
はてなキーワード:戦車とは
ゴーストが私に囁くのよ「原作全然覚えてなくてよかったな」って、64点。
事故で脳以外を失った主人公は義体というメカの身体を手に入れ"少佐"として公安9課で働く。サイバーテロリストと戦う中でそのボスの正体が自分の過去に関わっていること、そして義体を自分に与えた国際的テック企業の闇に触れてなんやかんや頑張っていろいろ解決する。
みたいな話。
たぶん原作は士郎正宗じゃなくて押井守の映画版だと思うんだけどたぶんDVDかなんかを借りて中学くらいの時に見た気がするんだけど何も覚えてない。少佐がゴリラになって戦車のてっぺんをモギモギするシーンだけ覚えてたけど、今作でも再現されていて僕満足。それ以外についてはエロ同人誌でしか知りません。くらいのテンション感の文章だと思って読んでけろ。
まず、ヴィジュアルは結構頑張ってたと思うし、何よりアクションが良かった。
タイトル後のハンカ社とアフリカ系大統領が会談中にテロリストに襲われて少佐がそれを制圧するシークエンス。出てくる芸者ロボのキモオリエンタルな感じはかなりよかったし、透明化した少佐がガラス越しに銃撃し、ガラスを突き破って突入するところは美しさと格好良さの両方をちゃんと表現できてたと思う。突入してからのアクションも概ねよかったけどMATRIXを意識したと思われるワイヤーアクションはちょっとふわふわすぎて微妙。
敵のアジトに乗り込んでまんまとボコられるシーンでも暗闇の中でスタンスティックのフラッシュでアクションを細切れに移す手法とかもそこまでめっちゃ新しいってわけではないけど俺は好きだし、水辺での近接アクションシーンも透明化ってギミックとの噛み合いがよくてよくできてた。
ただ、街の遠景とかになると急にCG感が爆上がりするしふとしたところで安っぽい質感やなってなる部分があって気合入ってるところと抜けてるところの落差は結構感じたかな。少佐のえちえちスーツの質感もなんか妙にマットな感じでもっといい感じの質感にならんもんかとは思った。
あとはアレだな。主人公スカヨハでたぶんめっちゃ鍛えたんだと思うんだけど、むこうの女優が鍛えると普通にゴリってくるのでCGモリモリのファンタジーアクションの中でもスタイリッシュな格好良さってよりは「うおっ、ガタイ良っ!」ってなって笑っちゃった。中盤で普通に脱ぐシーンが出てくるんだけど背筋もめちゃめちゃモリってて強い(確信)ってなった。
キャラで言うと北野武が演じる課長は全然合ってなかったので別の人のほうが良かったと思う。急に桃井かおりみたいな女出てきたなと思ったら桃井かおりだったのでびっくりした。
ストーリーに関しては良くも悪くもなかった。
事故で身体を失って大企業のスポンサードによって機械の体と新たな記憶を受け取るも途中で徐々に記憶が戻り始め、決定的な人物と接触することで記憶が戻り、大企業の偉い人に戦闘ロボットを嗾けられるもこれを排除し大企業の偉い人は死亡するのであった。
こ~れはGITS信者ブチギレですよ。まぁ、俺は別にGITS信者じゃないので目新しさはないが一定の強度がある展開だなぁと素直に思いましたよ。なんでそんなことするの?みたいな混乱もなくスッキリと整理されていてストレスが少なかった。
ロボコップと違って主人公の大切な人枠が今回はテロリストで、仲間達とつるんで楽しく反企業活動してたら誘拐されて義体実験に使われたけど少佐以外は適性がなかったので殺されたり捨てられたりしたので企業を憎んでたって設定になっていて、まぁ納得性はあるけどもっと政治的、哲学的な思想があってもよかったと思う。
義体化という人間の感覚が機械に代替された=外部からアクセスすることでその人にとっての現実を乗っ取ることも可能であるという世界に置いてのサイバーテロリストの動機が昔ながらの仲間の仇ってのは、逆に正しいのかもしれないけど正直つまらん。
少佐の最終的な結論が「身体がどうこうよりも自分が何をするかが大事だよね☆」ってのも凡庸すぎる。まぁハリウッドのブロックバスターエンタメの限界か。なお、ブロックをバスターできなかった模様。
ホワイトウォシュ問題とかいろいろあるだろうけどそもそも原作の素子は日本にいるからアジア人の外見をしている(汎用モデル)だったので、今回、舞台を欧米にした結果として外見が欧米人になっているのは理屈としては通ってるんじゃないの?知らんけど。エロ同人によく出てくる"草薙素子"の話も回収はしてるし。
でも、いつまで日本と中国を「オリエンタルな感じ」でひとくくりにしてるねんという部分に関してはイカンのイを唱えさせていただく。近未来のアメリカではチャイナタウンと日本人街とコリアタウンが合併されてアジアタウンになってる可能性がなきにしもあらずんば虎児を得ずか。
まぁそんな感じ。原作のアニメ版?漫画版?に思い入れがある人には不満も多いかもしれないけど、ちょっとゴージャスなMATRIXフォロワーの大作SFアクション映画としては一定の合格点は与えられる出来だと思うよ。原作信者じゃない人にはまぁまぁオススメ。
選挙マッチングという仕組みは、一見すると民主主義の効率化装置に見える。
質問に答えれば、自分と政策的に近い政党や候補者がランキングされる。
政治を知らない人にとっては入口になり、情報格差を縮める便利ツールにも思える。
選挙マッチングとは、政策選好の測定装置ではなく、選好の生成装置である。
測っているように見えて、実際には作っている。
つまりこれは、統計的インターフェースを装った政治的誘導であり、より正確に言えば工作のためのプラットフォームになり得る。
工作という言葉を聞くと、多くの人は陰謀論を連想して思考停止する。
単に他者の意思決定を、自分に有利な方向へ動かすための設計を意味する。
広告も、マーケティングも、SNSアルゴリズムも、すべて工作である。
そして政治は消費よりも致命的だ。
つまり、政治における工作は、単なる情報操作ではなく、社会の支配構造を設計する行為になる。
しかしマッチングは、質問項目を通じて意見を低次元のベクトルに圧縮する。
ここで何が起きるか。圧縮とは情報の破壊であり、破壊される情報は設計者が選べる。
つまりマッチングは「この国の政治はこの論点でできている」というフレームを強制する装置になる。
政治とは本質的に「何を議題にするか」のゲームであり、「どう答えるか」は二次的だ。
しかも選挙マッチングは、その世界観を「中立な診断テスト」の形で提示する。
中立に見えることが最大の武器だ。これは医療診断の権威を政治に転用した詐術に近い。
人間は「あなたはこのタイプです」と言われると、それを自己理解として内面化する傾向がある。
つまりマッチング結果は、単なる推薦ではなく、アイデンティティの付与になる。
たとえば「格差を是正するために富裕層への課税を強化すべきだ」という問いは、一見公平に見えるが、すでに「格差は是正されるべきである」「富裕層課税は是正の手段である」という価値前提を埋め込んでいる。
問いは中立な容器ではない。問い自体が論理式であり、前提を含む。言語は常に誘導する。質問を作るとは、政治的現実の記述ではなく、政治的現実の編集である。
ここで「いや、回答者が自由に答えればいいだけだ」と言う人がいる。
しかしその反論は、情報理論的に幼稚である。人間の意見は、質問形式に依存して変化する。
フレーミング効果、アンカリング、選択肢の提示順序、否定形の有無、尺度の粒度。
つまりマッチングは、ユーザーの「元々の意見」を測定しているのではなく、質問に曝された後の「変形された意見」を測っている。
しかもマッチングは、最終的に「あなたはこの政党と一致度85%」のような数値を出す。
ここで人間は数値に弱い。数値が出た瞬間、それは客観的事実のように見える。
だがその85%は、設計者が定義した距離関数の結果でしかない。重み付けを変えれば順位は変わる。
質問の重要度を均等にするのか、特定争点を強調するのか。政策一致をコサイン類似度で測るのか、ユークリッド距離で測るのか。曖昧回答をどう扱うのか。未回答をどう補完するのか。
これらの選択は数学の衣を着た政治判断である。数値は政治的意思決定の上に乗っているだけで、政治判断を消し去ってはいない。
選挙マッチングが工作になる第二の理由は、二値化による思考破壊だ。
政治的問題の多くはトレードオフである。たとえば防衛費増額は安全保障を強めるが財政を圧迫する。
移民受け入れは労働供給を増やすが社会統合コストを伴う。規制緩和は成長を促すが安全性を下げる場合がある。
現実の政治判断は、複数の目的関数の同時最適化であり、パレートフロンティアの上での選択である。
ところがマッチングは、これを「賛成か反対か」の単純なビット列に変換する。
つまり政策を理解する能力ではなく、反射神経を測るテストになる。こうして政治が「道徳クイズ」へ堕落する。
利害調整、官僚機構の制御、外交交渉、予算編成、法案作成、危機対応。政策は宣言であり、実務は別物だ。
マッチングはこの現実を完全に無視し、「政策の一致度」という最も分かりやすい幻想だけを見せる。
これは、料理を評価するのにレシピだけを見て、調理人の腕も厨房の設備も無視するようなものだ。
ランキングは、人間の意思決定を強制する。上位にあるものは正しい気がする。これは認知心理学のヒューリスティックであり、探索コストを減らすために人間が採用する合理的なバイアスだ。
マッチングはこのバイアスを利用し、ユーザーの投票行動を数候補への収束に導く。
これが何を意味するか。選挙マッチングは、選挙市場における需要の誘導装置になる。検索エンジンの上位表示が商業を支配するのと同じ構造が、民主主義に侵入する。
そして最も危険なのは、マッチングの背後にある主体が不透明な点だ。
誰が運営しているのか。資金源は何か。質問は誰が決めたのか。政党の回答はどのように取得し、検証し、更新しているのか。候補者が嘘をついた場合にどう扱うのか。アルゴリズムは公開されているのか。重み付けは固定か。ユーザー属性に応じて変わるのか。
これらがブラックボックスなら、それは政治的レコメンドエンジンであり、事実上の選挙介入である。
しかもSNSのように露骨ではない。教育的ツールを装っている分、遥かに強い。
重要なのは機能である。システムが特定方向への誘導を内蔵しているなら、それは工作機械である。
旋盤が意図的に金属を削っているかどうかなど問題ではない。削る機能があるから旋盤なのだ。
同様に、選挙マッチングは意見を削り、争点を削り、候補者を削り、最終的に投票行動を削り出す。これは政治のCNC加工機である。
もしユーザーの回答履歴が蓄積されれば、政治的クラスタリングが可能になる。年齢、地域、職業、関心領域、回答パターンから、政治的嗜好の潜在変数が推定できる。
これは推薦システムの典型的応用であり、NetflixやAmazonがやっていることと同じだ。
すると次に起きるのは、パーソナライズされた政治誘導である。あるユーザーには経済政策を前面に出し、別のユーザーには治安を前面に出す。質問の順番を変え、回答を誘導し、結果を最適化する。
つまり「あなたの性格に合わせた政治プロパガンダ」が自動生成される。これはもう民主主義ではなく、行動制御の最適化問題である。
ここで反論が出る。「それでも政治に無関心な層が投票に行くならプラスでは?」。
だがこの反論は、民主主義を単なる投票率競争に矮小化している。
無関心層を動かすこと自体が善なのではない。どう動かすかが本質だ。
誘導された意思決定は、意思決定ではなく条件反射である。民主主義は、条件反射の総和を集計するための制度ではない。少なくとも理念上は。
選挙マッチングの最大の罪は、「政治とは何か」という理解を誤らせる点にある。
政治は、単なる政策の一致ゲームではない。政治とは、価値観の衝突を制度の中に封じ込め、暴力なしで調整する技術である。
さらに言えば、政治は時間軸を含む。短期の人気政策と長期の持続可能性は対立する。
インフレ抑制と景気刺激は対立する。社会保障の拡充と財政規律は対立する。現実は多目的最適化であり、単一の正解はない。
ところがマッチングは「あなたの正解」を提示してしまう。この瞬間、政治は宗教化する。正解があると思った人間は、対話をやめ、敵を作り、道徳で殴り始める。
そして皮肉なことに、選挙マッチングは中立ツールを装うことで、政治的責任を回避する。
推薦した結果が社会を破壊しても、運営者は「我々はただの情報提供をしただけ」と言える。
しかしそれは、銃を売った者が「撃ったのはあなた」と言うのに似ている。形式的には正しいが、本質的には責任逃れである。推薦とは介入である。介入は責任を伴う。
選挙マッチングは、政治の理解を深める装置ではなく、政治の複雑性を圧縮し、認知バイアスを利用し、意思決定を誘導する装置である。
ゆえにそれは工作である。工作とは「誰かが裏で悪意を持って操っている」という陰謀の話ではない。設計された情報環境が、個人の選択を体系的に変形するという、構造の話だ。
そして現代社会において最も危険な工作とは、強制ではなく、便利さとして提供される。
人は鎖で縛られるより、最適化されることを好む。摩擦のない誘導は、抵抗されない。選挙マッチングが普及すればするほど、人々は自分の政治的意見を「診断結果」として受け入れるようになる。
そうなったとき民主主義は、熟議ではなくレコメンドによって動く。これは政治の消費化であり、最終的には政治そのものの死である。
選挙で勝った人が防衛費を何兆円増やすって言ってるの見て、ちょっと笑ってしまった。
日本は島国だから守りやすいと思ってたけど、よく考えたら逆だった。
兵隊ゼロで負ける国に、戦車とか戦闘機とか意味あるんだろうか。
しかも相手は艦船の数も、航空戦力も、ドローンも、AIも、全部こっちより多いし。
こっちが1増やしたら、向こうは10増やせる。
しかも最後は「在日米軍がどこまで本気で戦ってくれるか」という運ゲー。
せめて、せめてだよ、物体としての戦車とか戦闘機が好きなだけだったらまだギリギリセーフかな、って思うよ。
でも、あの人、あきらかに戦闘行為そのものに興奮してるわけじゃない?
駿って、なんか戦車とかの偏愛を描いたエッセイ漫画みたいなの描いてるじゃない?
ああいうの読むと、戦車という機械だけではなく、あきらかに戦場の戦いをそのものに欲情してるじゃない?
なのに、さ、ちょっとでも軍国主義的な雰囲気が出ると、俺は絶対に戦争は反対!!!だ!!!!って
それも俺は日本一の平和主義者だみたいな顔で言うわけじゃない?
もう本気で意味分かんないよね。
二律背反にも、ほどがあるだろう、と。
よく、あれで子どもたちがグレなかったと思うよ。
なんかいろいろ間違ったインドネシア産ジョン・ウィックみたいな映画だった52点。
インドネシアで船上生活を送る主人公は市場に買い出し中にスラム街のガキにうっかり懐かれてしまう。いろいろあってその家族と仲良くなった主人公だったが、近隣を仕切る海賊にガキを車で撥ねられうっかり海賊を惨殺。海賊経由で元アン作者だった主人公の情報を求めていたマフィアに漏れてしまう。ガキを攫われ怒り新党の主人公は暗殺者協会に復帰し復讐を開始する。
みたいな映画だった気がする。
最初のガキを撥ねた海賊を路地裏におびき寄せて惨殺するシークエンスだけど映倫がないインドネシア映画らしくめちゃくちゃゴアっててよかった。マチェットを片手にイキってる海賊に対して神速でマチェットを奪って腕をバコバコ切断し、最後の敵は両腕を切断したうえで首チョンパ。このへん、スピード感と無敵感、主人公の異常性を表すシーンとしてはよかった。
あとスラムのガキに仕事を聞かれて「引退したんだ」「引退って何?」「仕事をもうしてないってことさ」「その引退って難しいの?」って会話をするシーンがあるんだけど、実際のところそういう映画だったので"引退"って言葉自体をよくわかってないガキを使って「引退って難しいの?」って言わせるのは若干露骨すぎるなぁって気もしつつパンチラインだなって感じがした。
主人公はシラットの使い手って設定で全盛期のセガールよろしく接近戦での無駄も容赦もない爆速格闘はよかった。途中から殺し屋協会から派遣されたスナイパーと共闘するんだけど、狙撃手を頼むって言ったら対戦車ライフル持ってくるっていうあまりにバカな展開は笑った。次々敵の頭を文字通り"吹き飛ばす"スナイパー怖すぎるだろ。
敵のアジトに乗り込む際に途中で知り合ったトゥクトゥクの運転手を先に送り込んで、セキュリティや店内の強面たちにドル札を渡しながら「◯◯って人知らない?」って聞いて回らせるってシークエンスがあって、誰か探す必要なんかあったっけ?俺が見落としただけ?と思ってたら、実はドル札型遠隔爆弾でドル札を丸めて耳に挟んでたセキュリティの頭がふっ飛ぶバカ展開も面白かった。ドル札程度の質量にそんな爆発力ねぇだろとか、そもそもどうやって起爆したんだよとか言いたいことがないわけではない。
たぶんジョンウィックをパク、インスパイアしたんだと思うんだけど主人公は元殺し屋協会の会員で今回のヴィランは主人公に両親を殺されたって設定なんだけど、まぁそれは(映画的にも)どうでもよくて。途中でヴィランに殺し屋を送り込まれた主人公は体内のカプセルを起動して殺し屋協会に復帰するんだけど、復帰そんな簡単なんやって感じもするし、殺し屋協会ってメガネのカワイ子ちゃんが一人でデジタルキーボードをパタパタしてるだけで規模感が全然ない。深夜のすき家なん?中途半端なんはいっちゃん冷めるから。
序盤は超絶無敵主人公が敵を上回る殺戮力を発揮する展開なんだけど、その後はどんどん敵が間抜けになっていくのでこれ主人公が強いんじゃなくて敵が弱いだけじゃね?ってなるし、敵のアジトに侵入してからは主人公もどんどん間抜けになっていくのでナンダカナーって感じ。子供時代に両親を殺し屋に殺されてその復讐に燃えていたって設定のヴィランなんだからめっちゃ鍛えてて大立ち回りを用意してくれててよかったのに、それもないし。っていうか、ヴィランに魅力がなさすぎる。こいつがバカなせいで話が全部おかしなことになっとる。
アクションシークエンスもいいところと悪いところの差が激しい。接近戦は概ねいいけど、一部いまさらカメラに向けてパンチ撃つ?みたいなのがあったり、遠距離の銃撃戦になるととたんにオリジナリティがなくなるのもこの手の映画では致命的な気がする。
あと主人公がなんかヘンなやつでさぁ。(おそらく)殺し屋協会みたいな組織に元々所属していて倫理観がちょっとおかしい。途中、ガキが飼ってたニワトリが野犬に襲われて死んじゃうシーンがあって悲しみに暮れるガキに主人公が「どこの犬だ。その犬を探し出して殺さないのか」と真顔で言いだして「なにこいつこわ」ってなった。そしてそのシーンではガキは「殺しちゃダメだよ。それは悪いことだよ」って言って主人公は「あ、そうなん?」みたいな感じで終わるんだけど、作品の最後でヴィランに背中に弓を撃ち込んだ(一緒に弓を練習するシーンもある)ガキが「犬は殺さなきゃ」って言い出して、いやこの話の展開でそっち方向に倫理振ることあるんだ!って驚かされてしまいましたよ。
あと最後、ヴィランをぶっ殺してエンドロール前のCパートで救ったガキと家族の話をやるのかと思いきや、それは一切なしで手伝ってくれたトゥクトゥクの運ちゃんにオシャレに金渡してエンドロールに入ってまたまたビックリ。ガキと家族はどうなったの!?
そんなこんなでやりたいことはわからないじゃないけど、ちょっと今の一線級の作品に比べると距離があるかなぁって感じかな。金ローっていうよりは平日の13時くらいにローカル局でかかってるアクション映画って感じの作品だった。主人公の見た目もチャックノリスみたいだし。
だったら講説してやるけど、そもそもウクライナ軍の常備軍は地上軍じゃなくてミサイルにやられてるわけ
開戦当初にロシアのミサイルは枯渇した!みたいな報道あったろ?
あれってロシアが保有する巡航ミサイル2000発以上を全部機甲師団にぶっ込んだ
人類史上最大規模のミサイル攻撃でウクライナ軍は戦車と装甲車合わせて3000両だか4000両だか失った。陸上自衛隊4個分が消し飛んだ
つまり地上戦を行わない時点でウクライナ陸軍は壊滅状態に陥り、そこから地獄の徴募兵の逐次投入が始まる
海の向こうの小競り合いなんて認識で中国と事を構えたら、一撃で終わりかねない
初撃で全滅し、そこから自衛隊を立て直すために社会のあらゆるリソースが費やされるリスク、これをどこまで本気で考えているのか
かつて聖都があったとされるその場所は、今や鬱蒼とした原子林に覆われ、文明社会から隔絶された「忘れられた土地」となっていた。
第3魔法科学師団、ノア准尉はホログラムディスプレイに表示された『LOST』の文字を見て嘆息した。
最新鋭の偵察ドローン「シュタルクmk9」が、これで5機目だ。
「原因は?」
「不明です。魔力反応なし。物理的損傷なし。ただ、通信が途絶え、機体が消失しました」
オペレーターの報告は、まるで幽霊話だ。だが、ノアは科学の信奉者だった。魔法とは解明された物理法則の一種であり、不可解な現象など存在しない。
そして、こちらを見上げる小柄な影。
『……ん? 変な鳥だねぇ』
エルフの老婆だった。
年齢不詳。ボサボサの白髪に、今どき博物館でも見ないような古臭いローブ。
彼女はドローンに向かって、しわくちゃの手を差し出した。 『お腹、空いてるのかい?』
次の瞬間、映像は花畑のような極彩色のノイズに包まれ、途絶えた。
***
森に侵入したのは、自動歩行戦車「ゾルトラーク・カノン」の小隊だった。
かつての「人を殺す魔法」の名を冠した兵器は、その名の通り、人類最速の殺人機構を備えている。
対する老婆――フリーレンは、あばら屋の前で座り込み、古い書物を読んでいた。
戦車のセンサーが彼女をロックオンする。 「警告。直ちに退去せよ。さもなくば実力を行使する」
無機質な合成音声。
フリーレンは顔を上げ、眩しそうに目を細めた。 「……うるさいねぇ。今、いいところなんだよ」 「攻撃開始」
容赦はない。戦車の主砲、収束魔導レーザーが放たれた。岩盤をも貫く熱線。
だが。
「――防御魔法」
フリーレンが指先を軽く振るうと、六角形の幾何学模様が空中に展開された。
最新科学が生み出した破壊の光は、その薄い膜ごときにあっけなく弾かれ、森の木々を薙ぎ倒して空の彼方へ消えた。 「……硬いな」
フリーレンはあくびを噛み殺した。「昔より、ちょっとだけ威力が上がったかな。でも、構成が雑だ」
放たれたのは、黒い閃光。
それは戦車の装甲をバターのように貫き、次々と鉄塊に変えていく。
燃え上がる最新兵器の残骸の横で、彼女はひどく心細そうな顔をした。
「どこに行ったんだろう……また怒られちゃうな」
接触:調査隊が遭遇したのは、ボケたエルフの老婆。会話は成立せず、彼女はドローンを「鳥」と呼び、戦車を「魔物」と呼んで魔法で吹き飛ばす。
現象:現代の対魔導防御(アンチマジック)が機能しない。彼女の魔法はOSを介さない「生コード」のようなもので、解析不能。
第一波攻撃: 軍は「最強の通常兵器(対要塞用バンカーバスターや気化爆弾)」を投入。
結果:彼女の「防御結界」の前に傷一つ付けられず、逆に結界の反射で部隊が半壊。彼女は「雨が強くなってきたね」程度にしか認識していない。
対策会議:物理攻撃の無効性が判明。「環境破壊も辞さない核兵器(戦略級対消滅魔法)の使用」が提案されるが、汚染リスクから反対意見も出る。
新プラン: 「魔法には魔法を」。世界中からSランク魔導師(現代の魔法科学者や特殊部隊員)を招集し、彼らの魔力を連結した「超極大魔法」で結界を突破する作戦が立案される。
集結:プライドの高い現代のエリート魔法使い集団が集まる。「古代の遺物ごときに」と舐めている。
総攻撃: 粋を凝らした「超極大魔法(サテライト・キャノン級の術式)」が発射される。
主人公の気づき:攻撃直前、主人公は彼女の持っていた遺物(聖典等)から、彼女が「葬送のフリーレン」本人だと確信する。「あれに魔法勝負を挑んではいけない!」と叫ぶが、攻撃は止まらない。
防御:彼女は迫りくる極大魔法を「一般攻撃魔法(ゾルトラーク)」の通常射撃だけで相殺、あるいは「魔法を解除(ディスペル)」して霧散させてしまう。
フリーレン「今の魔法使いは、派手なのが好きだねぇ。隙だらけだよ」
最終手段: 万策尽きた軍部は、ついに核兵器(またはそれに準ずる禁忌兵器)の使用ボタンに手をかける。
決着: その時、彼女が森全域に展開したのは、攻撃魔法ではなく「花畑を出す魔法」。
解析不能な多重構造の術式が、兵器の照準システムや火薬の化学構造を書き換え(あるいは物理的に花に変え)、戦闘行為そのものを無力化する。
「超極大魔法」の失敗と「花」の奇跡は、現代科学への敗北として、あるいは新たな研究対象として世界に衝撃を与える。
彼女はまた静かな生活に戻る。「ヒンメル、これでよかったのかな」と呟きながら、主人公が残していった現代のガジェットをいじる。
現代アートが「分からない」のは、そのように作られているから。大の大人が一見では分からないように設計されるのが現代アートだからということ。
ではなぜそのように設計するのか。
たとえば、子どもの頃にはじめて見たドラえもんの映画も「分からない」箇所が多くあったのではないか。
なぜ、しずかちゃんは泣きながら戦車に乗るんだろう。リリルはなぜのび太に「いくじなし!」と叫ぶのだろう。セイテンタイセイってなんだろう、タイムパラドックスとは…。
そういう分からなさはありつつ楽しみ、歳をとって物語や感情や技法の知識がいつの間にか身につくと、そのシーンや言葉の意味がハッキリと分かるようになる。
子どもこ頃は、分からないもの、未知があるのが当たり前であり、それが分かるようになるのが成長でもある。
その「分からないものがあるけど楽しむ、分かるようになるとより理解が深まる」を大人向け、玄人向けに提供しようというのが現代アートだ。という見方もできる。
作品を前にした時に、まず感覚的なインパクトがあり、そして作品の文脈や歴史的理解、相対的な作品の位置付けなどのコンセプトが分かると、作品の感じ方が変わってくる。
子どもの頃に分からないながら感じ取ろうとしていた感覚を、大人になって再び感じ取ることができる。
色んな種類の体験やエンタメをある程度体感し終えて、同じようなものに触れても以前ほど新鮮な感覚を得られなくなる。
そうした「世界に対する飽き」への対抗策、この知覚できる世界というゲームが終わらないためのDLC(ダウンロードコンテンツ)が現代アートなのではないか。
お金持ちならなおさら、お金でより多くのことを味わえるので、飽きるのも早い。
よく「そんなに金があるのに、行き着くところがドラッグと女(男)遊びなのか」という話があるが、正にそれ。
そんなところがゴール地点にならないための一手段として、金持ちはアートを買う。
お前らさ、テレビと新聞しか見てない連中に何言っても無駄なんだよな。
マスコミが報じない。大学が教えない。だから「存在しないこと」にされてるだけ。
でもな、ネットは全部残ってる。
消しても、魚拓がある。消しても、スクショがある。消しても、海外サイトにミラーがある。
あいつらの理事、5年前のプロフィールと今のプロフィール、微妙に書き換わってるの気づいてるか?
偶然?
また偶然か?
それを指摘するとどうなる?
都合が悪いとすぐこれだ。
いいか、よく聞け。
中国共産党はな、
今は
・NPO
・研究会
・人権団体
「証拠は?」って?
あるに決まってるだろ。ただしテレビには一生出ない。
一本引っこ抜いたら芋づる式になる。
だから誰も触らない。
ネットは違う。
無名の個人が、必死で資料を掘って、翻訳して、突き合わせてる。
でも歴史を見ろ。
ワクチンも、公害も、情報操作も、最初に疑った奴は全員「頭おかしい」扱いだった。
で、後から「実は…」って小さく訂正。
いつもこれ。
俺はもう騙されない。