
はてなキーワード:成金とは
「公称身長170cm。実際の身長は150cm台前半」すべてこれに尽きると思う。そのせいで激しく誤解されている。
150cm台の身長で大人の男子と対話するには、虚勢をはらないと、対等な会話にならない。
150cm台だと、既成品のスーツはほぼない。オーダーメイドになるのは自然の流れ
150cm台のひとはクリームパンが好きでも仕方がない
そもそも普通の身長のひとは、スペースの関係で後部座席で脚を組むのは無理である。相当な短足でないと脚は組めない。
言ったのは本当だろうけど、それをTBSで得意げに喋った同僚議員がバカ
これで誤解はとけたと思う。勝ったな。敗北を知りたい。
正直、オナニーする気も起きないレベルでショックを受けている。
今朝、俺が唯一社内でまともに話をしたことがある同僚女性の結婚が上司から発表されたんだが、その相手を見て、俺の理性は完全に崩壊した。
彼女は他の女性と違い、俺に対しても他の社員に対する時と態度を変えず、ただしイケメンに限るなどと言う価値観を持たない「真に成熟した女性」だと思っていた。俺が社員の前で上司に叱責された時も、後で「大丈夫ですか?」と心配して声をかけてきたし、俺も内心で「こういう女となら結婚できるかも」と目をつけていたのだ。
その旦那だという男の写真を、同僚の連中が冷やかしながら回し見ているのを、後ろからこっそり盗み見た時の、俺の怒りと絶望感がわかるか。
せめて金を持っていそうな経営者風の男とか、顔だけのホストみたいなチャラ男だったら、「やっぱり女は金か顔につられて股を開くバカ」と開き直れただろう。俺はそうやってこれまでもモテる事のなかった自分を納得させてきたのだ。
現実は、どっちかと言えばお前もチー牛側だろ、という容姿の介護士。
明らかに「顔」でも「金」でもない基準で選ばれた男だった。こいつと俺と何が違うんだよ。
いや嘘だ。本当はわかっている。
盗み見したカメラロールの中で、その男と俺に気を持たせた裏切り者の女は、さまざまな場所(デートスポットなのだろう)へ行き、スタバのフラペチーノみたいなものを持って、映え〜とでも言うような画角で写っていたり、遊園地でカチューシャを付けていたりするのだった。
そこにあるのは俺には近づくことすらできない「恋愛」なのであった。
「金」だけで選ばれました感満載の、典型的な成金親爺だったらどんなに良かっただろう。こいつの中身なんてスカスカで、あの女は結婚した事をきっと後悔するだろうと思えたら。他に若い女が現れたら捨てられるに決まってるんだから、傷ついて見る目のなさを反省するんだと思い込めたら。
しかし結局、地味な黒縁眼鏡の、介護職というくらいだから低収入に決まっていて、少し小太りの、笑顔が眩しい男の写真を見せながら照れている女は、それはそれは幸せそうなのだった。
あまつさえ、彼はウマ娘が好きなので、一緒にライブ参戦したんですなどと言っているのだ。
どうして俺は結婚していないんだ(していないんじゃなくて、できないのだが)。
年収300万でも、チー牛でも、アニオタでもいいんだろ?じゃあなんで俺じゃないんだよ。こんな所で罵詈雑言を吐いている根暗だからか?いや違う。違う。俺はこうなりたくてなったのではない。悪いのは俺を日の当たる所に連れ出さなかった、俺と一緒に遊園地でカチューシャを付けたりしようとしなかった女だ。
俺だって青春を経験していたらもっと別の人間になっていたはずだった。
しかし俺はずっと女から敬遠されてきたのだ。俺は、俺が優位に立てる、気が優しくて俺を尊敬してくれる女などどこにもいない事をもう薄々知っている。
あの女のことは好きだったわけじゃない。
そうだ、あの旦那になる奴だって、実家が地主とか、セックスが強いとか、なんかそんなんがあるんだろ?所詮はあの女も「メス」だったんだろ?
そう言ってくれよ。幻滅させてくれよ。
顔でも収入でもなく人間性で俺は選ばれなかったんだなんて現実に耐えられないんだよ。
なあ、どこかに救いはないのか?
美術館なんて行ったことなかったけど半分冷やかしで上野にある国立西洋美術館の常設展示を見に行ったら感動して泣きそうになってしまった。
絵そのものだけではなく、その時代の流行り、絵の変化などのも楽しめる上に生で展示されている絵を見るときめ細かさや、作者がどんな性格の人物なのかもわかって面白い。
中には音声ガイドで解説も聞ける絵もあるので一枚一枚じっくりと鑑賞して楽しむことができる。本当に集中して見ようと思ったら疲れ果てて一日では無理な量の絵が展示されている。
その中で一番感動するのがラスト付近に展示されるモネの絵だ。全てを削ぎ落としてたどり着いた答えみたいな巨大な抽象画に圧倒される。マジで生のモネの絵は画像とまったく違います。
生でみると一見子供の落書きのように見える抽象画が圧倒的な技術で制作されていることがわかる。モネの初期作品も展示されているが、その時点で将来の抽象画を暗示させるような表現をしている。
そうなると次はゴッホ展を見たくなるので愛知まで遠征してしまおうか悩み中。これほど芸術にハマるとは思わなかった。大金持ちのインテリが絵画をコレクションする意味がわかった。
前記事(anond:20251027134053)では、篠田氏が明言しているとおり「青の純度」はラッセンに着想を得たがラッセンのモデル小説ではなく、篠田氏がラッセンのモデル小説であることを否定した点をもって同氏が嘘つきであるかのように非難するのは的外れである旨を説明した。
さて、そうだとしても、「青の純度」は原田氏の研究を参考にしたにもかかわらずそれに言及しておらず不誠実でないか、という主張がある。なお、著作権侵害ではないこと(したがって表現の剽窃が無いこと)は原田氏自身も認めるとおりであるから前提としてよかろう。
ここから先は出題編だけでなくオチまで含めた全面的なネタバレがあるので、ネタバレを読みたくない未読者にはブラウザバックを推奨する。
原田氏が「青の純度」が自分の業績の盗用であると主張する主な根拠は次の4点である。
①悪徳商法と切り離して美術的評価を検討するという視点は自分が言い出したことである。
②「インテリアアート」という用語は自分たちが世に出したものである。
③日系人の墓が西を向いているという話は自分が現地で伝え聞き紹介したものと同じである。
④偽ラッセンが8年前の嵐で自宅を被災したという設定は、ラッセンが2023年のハワイ島大火災で一時行方不明になったという自分が発見した事実に酷似している。
このうち②は原田氏のラッセン展(2012)よりも前から「インテリアアート」という用語が広く使われていたこと、③は原田氏自身も現地で伝聞した旨を述べているとおり原田氏の独創ではないこと、④は「8年前の嵐」と2023年の火災は似ても似つかず、8年前の嵐は物語の重要な小道具であり、2023年の火災はエピローグで軽く触れられていることなどから、いずれも牽強付会と言ってよかろう。
そして、この点でも、以下の理由から、原田氏らの研究を参照したとは考え難いように思う。
まず原田氏らの研究について、ラッセンを再評価してみるというアイデアだけなら、永野の「ゴッホより普通にラッセンが好き」というネタを掘り下げれば容易に行き着くアイデアであって(それにしても「普通に」を入れた永野は慧眼である。)、研究成果とは言えない。研究的価値があるのはその先の、再評価するとどうなるかという部分だ。
それでは原田氏らの研究はラッセンをどう再評価するのか。これについては原田氏らの論考集に対するAmazon読者コメントがよくまとめてあるので引用する。
1.美術界がラッセンを無視した理由:純粋美術はラッセンの属するインテリア・アートを一段と下に見ていた。アートの美意識を理解しない層に支持されていて、大きなマーケットを獲得していることへの反発があった。また、芸術には必ずあるはずの作家の自己の投影がない「空っぽ」の作品としてラッセンを排除していた。ラッセン以前にも美術界は古くは藤田嗣治、岡本太郎、草間彌生、バブル期にはヒロ・ヤマガタ等に対して無視の態度をとってきた。
2.ラッセンの作品への評価:マーク・マッカイやロバート・ネルソンなどのマリンアートの模倣であって彼のオリジナルではない。同じ素材(イルカ、クジラ、星、波など)の組み合わせを替えて使い回す自己反復が顕著である。特徴は圧倒的な情報量と人工的な空虚さである。「調和」「エコ」「静寂」「浄化」などのイメージを散りばめることでリラクゼーション効果を発揮している。ラッセンはいわばアロマキャンドルである。
3.日本人がラッセンを愛した理由:バブル期に豊かになった市民は百貨店で自宅の装飾用に絵画やインテリア・アートを買うようになった。それはアールビバン(株)がヒロ・ヤマガタやラッセン展示会を地方都市で巡回して売りまくる素地となった。ラッセンの作品は、過剰であり、大衆的である。リアルで過剰な演出がバブル期の人々の心性と符合した。見た目がカラフルでわかりやすい、専門知識がなくても理解できる。1作品を1000枚単位で刷る大量生産によって全国で強引に売りまくった。
4.ラッセンのプライベート:ハワイの工房に100人の従業員を雇って作品を制作している。公式サイトでの肩書きは画家、詩人、作家、音楽家。ラッセンが愛好するものとして海、サーフィン、高級車、有名ブランド品、美食、マウイの豪邸などの徹底した成金趣味。彼が出しているCDアルバムの収録10曲のうち自作は2曲のみで他の8曲はカバーである。しかし、自作を装っているところにラッセンという人物の本質が窺える。
これに対し作中の偽ラッセンの作品の評価や背景は次のようなものである。
絵の特徴点とされるものが軒並み先行研究に表れていない篠田氏の独創である。特にその技巧的特徴や日本人に受けた理由を画家の日本人の血で説明している点は、本作のテーマに関わる重要な特徴だろう。そうなればこそ本作はハワイ在住日系人に関する参考文献を多数掲載した、現代の日系人と在ハワイ日本人の物語なのだ。
そして、作品の特徴を日本人の血に求める以上、本作の画家とラッセンの評価は全く無関係だ。本作はラッセンの再評価などまったく目的としておらず、ラッセンの再評価についての文献を参照する必要に乏しい。というか、もしラッセン研究での再評価を借用したならば、「青の純度」の物語は全く成り立たない。
原田氏自身が、「青の純度」と自身の研究の類似性を研究成果ではなく再評価というアイデアしか挙げることができていないように、これで篠田氏が原田氏の研究を剽窃した、不道徳だと言うのは、無理があるのではないか。
オープン型のSNSはみんなオッサン・オバハン化して新規の若い子入る場所がどの位あるんやろか。
言うてTikTokやインスタとかのような若さがアドバンテージになる所やXのようなオタクコンテンツの広報拠点はある程度の流量確保できるやろけど、交流に使う子ってもうあんまりおらんのと違うか。
早々と仲間内で繋がってDiscordとかクローズドの場所に潜って行くようなイメージがあるな。
もしそうなら、おっちゃんは正しい使い方しとると思う。
オッサンやオバハンがSNS云々騒いで規制しようとするけれど、規制するまでも無く最早只の情報ソースとしか見てないんじゃないかと思う。
規制したら規制したでまた若い子は新しい物を生み出すだろうから、そしたら昔2chやTwitterがワイワイしてた時代に思いを馳せられるような面白いものが見られるかも分からんね。
成金のオッサンの自己アピールと偏屈者同士のストリートファイトと売女ばかりの場所、おっちゃんも退屈で仕方ないわ。そら仲間内で平和にわいわいやりたいわな。
追記:
起きたらコメント沢山ついてびっくりした
ちなみに俺は44歳小太りのおっさんです
子供生まれてから急に始まったんだけど、妻が何かとお金を節約するようになった
節約というか、とにかく何でもかんでも安く済ませたがる
ちなみに俺が自営業でそこそこ稼ぎあるから別にいいかってことで、妻は働いてない その代わり日中の家事と子どもの世話をやってくれてる
昨日の夜も風呂上がりに食べるアイスのことで口論になった 本当に馬鹿馬鹿しい話だけど、それで本当に真面目な口論になった
家から車で5分くらいの距離にシャトレーゼがあって、妻がいつもそこでアイス買ってくるんだけど
俺は最近それに飽きてて
たまには違うの食べようって思って、昨日帰り道にセブンでアイス買ったんだ、3つ 俺と妻と子供の分
まあ連絡なしに買ってきた俺が悪いかなと思い謝ったら、「あなたはいつも私の努力を無駄にする」みたいなことですごい怒られてしまって
これを、バーっといっぺんに指摘されて
「いやそれでお金困ってないんだから別にいいじゃん、俺はそうやって普段楽するために仕事頑張ってるよ」って
そしたらお互いどんどんヒートアップしちゃって
終いにはこんな分譲なんか要らなかった、子どもも公立の学校でよかったとかヤケクソで言い始めたから
もういいよ寝るわってイライラしたまま寝た
勿論そのあたりは妻の本心じゃないって分かってる ムキになって言ってしまっただけだと思うから
朝早くに俺だけ起きて仕事に出てきたんだけど、まだモヤモヤする
以前から同じようなことで何度も喧嘩したことがあって、またかという気持ち
お互い次の日になったら機嫌直るタイプだから、多分今回もふんわり仲直りするとは思う
でもいつもなんで怒ってるのか理解できない 成金みたいな金の使い方はしてないし、収入に応じた生活をしてると思う
贅沢してるとは言っても俺が金を使うことは殆どない
それこそ、飲みに行ったときにタクシー乗るとか、仕事中にラーメン食うとかそのぐらい
お金の管理は全て妻に任せてるし、それを不満に思ったことは一度もない
ただ妻に任せると全部安く済ませようとするから、たまに「もうちょい高いのにしてもいいんじゃない?」なんて伝えたりしてる
妻が稼いだお金ではないからなんとなく引け目があるのかなーとは思う というかこれが全てな気がする
そんなもん気にしなくていいんだから堂々と使ってくれと思うんだけど
金銭感覚の違いって難しいな
返事するとは書いたけどコメント多すぎて全然やる気が起きん、すまん
子どものお金とか老後のお金とか沢山いるんじゃないの?ってのは本当にそうだ
あればあるだけいいと思うし、そこに向かって貯められればと思う
ただ、妻が指摘したことについては
こんなに稼いでるのにそんな細かい節約しないと駄目?って疑問の方が強い
俺も妻も団地育ちの貧乏な出身だから、金に関してナイーブなところはある
でも毎年何千万のレベルで稼いでやっと裕福と言えるところまで来たのに、まだ団地住まいの生活すんの?って
もうそうやって数百円の金ケチる段階は過ぎたんじゃない?って思うのね
書かなかったけど分譲はキャッシュで買ってる
毎月数十万〜数百万で貯金もできてる 税金も不足無く納めてる 車はトヨタの新車乗ってる、腕時計もお互い一本ずつだけどいいのを持ってる
裕福な暮らしってのがどんなもんなのか分からんけど多分こんなもんだろう!とは思う
現場仕事だから何かあると怖いし、俺がいなくても生きていけるようにと思って別の貯金も置いてある
あと、妻には毎月小遣い渡してる もう10年くらいずっとそう
金額は濁すけど
俺はと言うと約2ヶ月に1回、数万円をメインの口座から下ろして昼飯代とかにしてる
これも妻に毎回伝えてる 俺が使うお金といえばそれくらい
服とかは年に数着しか買わないしそれも妻が買ってきてくれるやつだし
その年イチペースのイベントの帰り道に1500円でタクシー乗った、ってことに贅沢って言うのは、もうズレてんじゃない?って思うんだ
ここに書いたようなことを全部妻に伝えようと思う、近日中に
FP入れて話しようとかそういうのも含めて
お互いたまには真面目な話をした方がいいだろうし
あと、
「FXで金全部溶かしてるんじゃね」ってコメントもどこかにあったかなww
そうか、そらよくないな、気をつけてくれよって言って、また仕事すると思う
まあ妻はそんなことするような人じゃないけど
でもそれぐらい妻には愛着と親しみがある 普段優しい人柄だしな
だから気楽にお金使ってくれていいし、どーんと構えてくれていいのになって思うよ
Permalink |記事への反応(27) | 14:39
全然前情報なく見始めたんだけど、殺し屋が企業化されていて~大手が仕切ってて~という説明から始まって「ふーん、だいぶ昔に見たキル・ボクスンみたいな話やなぁ」と思って見てたらキル・ボクスンの名前が出てきてスピンオフやないか!となった。
点数は甘くつけて57点くらい。
2時間退屈はしないけどすげーよかったって感じもなく。アクションも正直退屈な部類だった。
まぁ最近はアクションの質がインフレしてるからね、しょうがないね。
それでもいい点はアクションを頑張っているところで、悪い点はぼやけたテーマ性と今となっては凡庸な設定。
殺し屋企業説という設定自体に面白みはあるものの、そもそも2年前の映画のキル・ボクスンのスピンオフなのでこっちとしては「知ってるよ」となるので面白みが減じられている。前回はトップ企業のKM内部の話だったけど今回はその外の殺し屋中小企業、殺し屋MBO的な話になっていて、より「殺し屋はつらいよ」味は増しているが、コント「殺し屋が普通の企業だったら」の拡張版でしかないし。
今回のテーマとして「才能の残酷さ」が掲げられていて、実力至上主義の教室で傍に圧倒的な才能を持つトップがいたら私たちどうなっちゃうの~~!?という話が世代を超えて語られる。
1組は前世代で最強殺し屋(だったがボクスンに殺害された)のKMのトップと、その二番手だったが才能の差が認められず決闘を挑み破れて業界を去ったトッコ爺。
もう1組はトッコ爺の弟子でKMの練習生だったカマキリとジェイ。KM正社員への昇格戦でジェイはカマキリに僅差で勝利するも上層部はカマキリとジェイの才能の差を見切りカマキリを昇格させ、ジェイにはKMを去るように諭す。
これは「圧倒的才能の傍にいる事の辛さ」を身にしみて感じていたトッコ爺なりの優しさであったと考えられるが、ジェイは心の中ではカマキリを恨み、カマキリは才能ゆえにそれが理解できない。ジェイはKMを去った後自分で起業するもKMの締め上げを食らって廃業。カマキリ、KMへの暗い思いを募らせる。
ジェイに恋心を抱くカマキリはKMを去ってジェイと会社を興すが結局「カマキリがトップで自分が2番手」であることへの鬱屈が爆発、ジェイはカマキリの元を去り、なんやかんやあって軽薄なテック企業の元、新しい殺し屋企業を立ち上げ自分を追い出したトッコがトップに立ったKMを破壊するために暗躍を始める。
最終的にカマキリとジェイは反目しながらも最終的には協力してトッコ爺を殺して、ジェイはトップがいなくなったKMを買収して潰し、テック企業のトップをカマキリに殺しを依頼して終わる。
トッコがカマキリに負けるのは「才能で負けていたから」としか思えないし、ジェイがカマキリを認めるのも正直よくわからない。これも見方によってはトッコを圧倒したカマキリを見て「あ、才能ってあるんや。この話はこれでおしまい!」みたいな感じになっちゃってるのがすげーモヤモヤする。結局「才能あるやつが最強」って話なの?
もちろん最終的にジェイは新企業の社長としてKMを買収するっていう「本来欲しかったものとは違う才能=プレイヤーではなくマネジメントの才能」を開花させたと思われる結末を迎えるわけだけど、でもテック企業の超財力って後ろ盾があっての話だしなぁとやっぱりモヤモヤ。そもそも過程にそんな描写なかったし。
もろちん「KM追い出されて自分で起業したけどKMに潰された」ことの意趣返しなのはわかるけど、でもだったら、そこは独力でやんないと意趣返しになんなくない?
ここもすげー惜しいんだけどテック企業のトップは単なる感じが悪い成金のボンボンでしかなくて、KMと敵対する同期が弱い。トッコのところに(多分KMの買収に)行って断られて怒ってるって話だけど、普通はそうなるだろ。
これが例えばボンボン自身も「エンジニアとして絶対に勝てない相手がいたけど金稼ぎの才能は自分のほうがあったのでそいつのテック企業を金で潰して業界でトップになった」みたいな「本当は勝ちたい才能では勝てなかったけど別の方法で相手を潰してしまったことで歪んだ」みたいな設定にしとけばより最後の展開に深みを遺したのになと思わんでもない。
ボンボンと同じ道を進んだと思われたジェイだけど、才能を認めたカマキリにボンボンを殺させることで自分はその道を進まないと意思を示した、みたいな。
この辺をちゃんと整理して描けてればアクション以外でも見るべきところができてもうちょっと「面白い」と思えたのに。
そもそもこの「圧倒的な才能をもつトップとそれに嫉妬し認められず離反する二番手」という話自体手あかまみれだし。見ててなんかすげーNARUTOを思い出してたわ。
よかったアクションも近年で言えば「ジョン・ウィック」「イコライザー」、日本でも「ベイビーわるきゅーれ」と異種格闘系本格アクションの深掘りが進んでいる中、「普通にいい」程度のアクション(それでも普通にはよかった)に、ガバガバのストーリーを添えてお出しされてもちょっとしんどい感じはした。