
はてなキーワード:感謝とは
連休のなかで子供の調子が徐々に下がり一昨日の晩に確実に異常な状態になり「インフルかウイルス性の何かだな」と確信。
夜中に何度も起きながら、朝方にかかりつけのクリニックにつれていき、そのまま紹介状を書かれて総合病院へ。
結果、病院から「状態がよくならないのでこのまま様子を見るより入院したほうがいい」と言われ、もちろんそのまま入院決定。(ほぼウトウトと意識が飛んでいて、かなりヤバかった)
明日はどちらが休むか、その後数日になる場合の対応も含めて会社にも慌てて連絡して入院。
どちらかが一緒に付き添い入院する必要があるが、どちらもまともな準備ができていないため、準備組と病院待機組で別れて対応。
昨日の夜から対応して、今日の夜の19時半くらいに諸々が一旦FIX。
そして家に帰ったら親(徒歩10分のところに住んでる二世帯みたいな距離感)に顔を出すと親が「大変だったね。ご飯一緒にどう?お寿司でもとる?」と誘ってもらい、疲れていたので自炊は無理なのでオッケー。
「こんなにしてやってるのに、感謝がない」
「子供はわからないから親が導いて、興味がなかったらやめればいいだけ」
みたいな内容に…........
疲れてるんだよ。なのにこんな内容、返す言葉はないよ。。。。
その帰宅途中の親の背中に怒りを感じている。何故だ。何故なんだ。どうして気が付かないんだ。。だから私の心が遠くなっていることに。
子供が親の面倒をみることを嫌がっていなくても、一人じゃないんだ。家族がいるんだ。
そうやってきてここまで育てきたじゃないか。
キレられてどうすればいいんだよ。家を出ていけってことでもないんだろ。分かってほしいんだろ。でもさ、今じゃないだろ。
いつでも正しいわけじゃないんだよ。分かってくれ。今日あった病院でのことを全部共有しないんだ。したら終わるんだよ。
分かってくれとは言わない。我慢してくれとも言わない。今じゃないだろ、本当に。
・かぼちゃのそぼろ煮
いや~
いつもべジファーストで食べてるんだけどそれすら忘れて夢中でマグロとご飯を行ったり来たり
脂ならではの臭みと大根おろしの鋭い香りが生み出す妙味にムホホのホ
たまらずおかわり
2杯目はおすましを米にかけて大根おろしを載せ
アルミホイルに残った焼き汁をかける
もうね
でもすげー胃もたれしてる
2ヶ月に1度ぐらいのペースでいいな
もうシーズンが終わった頃だろうか。娘の運動会に行くわけなんだが、運動会を見ていて、ふと気づいたことがある。
これって、ウマ娘と同じじゃね?
個性を出しながら同級生と走る徒競走はまさしくレース。ほんの一瞬で終わるので、見逃せない。
低学年は低学年らしいかわいいダンスだし、上級生は名曲に乗って全員が揃ったダンスを踊るのは、ウイニングライブである。
ちなみに去年の2年生のダンスは、「しかのこのこのここしんたんたん」で、今年の3年生の徒競走は、もちろん「ウマ娘」メドレーだった。
学年の担任団の誰かがオタクに違いない。なお、2年生のこしんたんたんはめっちゃかわいかった。
年1回しか見れないし、一人につき10回も見れないウイニングライブだぞ。とありがたく楽しんできた。
子供推し活に必要な金額は、22年で平均1,800万らしいので、月額7万円のサブスクと考えると、どうだろう?ちと高いか。
ウイニングライブ1公演あたり180万は高いな。まぁ他にも楽しみなイベントはたくさんあるんだけどね。
もうシーズンが終わった頃だろうか。娘の運動会に行くわけなんだが、運動会を見ていて、ふと気づいたことがある。
これって、ウマ娘と同じじゃね?
個性を出しながら同級生と走る徒競走はまさしくレース。ほんの一瞬で終わるので、見逃せない。
低学年は低学年らしいかわいいダンスだし、上級生は名曲に乗って全員が揃ったダンスを踊るのは、ウイニングライブである。
ちなみに去年の2年生のダンスは、「しかのこのこのここしんたんたん」で、今年の3年生の徒競走は、もちろん「ウマ娘」メドレーだった。
学年の担任団の誰かがオタクに違いない。なお、2年生のこしんたんたんはめっちゃかわいかった。
年1回しか見れないし、一人につき10回も見れないウイニングライブだぞ。とありがたく楽しんできた。
子供推し活に必要な金額は、22年で平均1,800万らしいので、月額7万円のサブスクと考えると、どうだろう?ちと高いか。
ウイニングライブ1公演あたり180万は高いな。まぁ他にも楽しみなイベントはたくさんあるんだけどね。
ロングランと前評判で期待は高かった。チ。にどっぷりハマった者として、映画で魚豊さんの世界を浴びれるのは非常にありがたかった。しかし育児もあり中々映画に足を運ぶタイミングが掴めず、気付いたら地元のシアターでは上映が終わってしまった。県内を調べると、電車で30分の距離のシアターならやっていたので、タイミングを見つけてようやく観に来れた。
見知らぬ土地のため用意周到に早めに来ると1時間前だった。TSUTAYAに寄って本や文具を眺める。ゆっくり本屋を彷徨く時間も少なくなっていた私はその時間さえ愛しいものだったが、やはりここでも台詞回しが最高な魚豊さんによる腰巻が目を引く『スマホ時代の哲学』を手に取っていた。
まだ30分ある。スタバで軽くこの本を読んでから映画を観よう。結局まえがきしか読む時間は無かったが、思えばこの映画の”まえがき”としても非常に良かったのかも知れない。
さて、本題の映画『ひゃくえむ。』の感想だが、有り体に言うととても良かった。どのくらい良かったかと言うと、時間があっという間に感じたとか、涙が止まらないとか、明快かつシンプルな感情を伝える表現は色々あるけれども、私が体験した事実を書くと、この映画で初めて、終わった後に足に力が入らずフワフワと漂うようにシアターを出て駅へと向かい、ホームでこんな長文の感想文を書いていることだ。私は比較的映画を観る方だが、大抵はまずネタバレ有りの感想をスマホで検索し、表現に長けた人々の感想や考察を読み浸っては、ウンウンそうだよね、なるほどそういう見方、と情報と感情のやり取りをインターネットの向こう側の人にそれを求めた。だが今回は違った。何故なら『ひゃくえむ。』は自分の人生を観て、問う映画だった。
海堂の言葉「現実が何かわかってなきゃ、現実からは逃げられねぇ。」…私は現実を見てきたのか?私は何から逃避し、今ここにいるのか?トガシの言葉「ガチになるため」…私はいつからガチで生きてないのだろうか?いや、ガチのつもりだった。毎日毎日、精一杯生きてるつもりだった。正社員でワンオペ育児。それは毎日生きるだけでもガチではないか。いや、じゃあこの人生がガチだったとして”所詮こんな人生”…なのだろうか…?30代も後半になると、自分の人生の順位がぼんやり見えてくる。「あぁ、何者にもなれないのだな。」私は予選敗退。大学の時好きだったthe pillowsの大好きな歌詞が頭に流れる。「歴史には価値のない 化石の一つになるのさ」もはや、私は私の人生にガチになるより、もう、子供に託すべきでは?では私の人生とは一体ーーー?
トガシが公園で泣き崩れる場面で、私は自分のこれまでの人生を観た。小学校時代に転校して田舎のイントネーションを笑われたこと。中学でいじめに遭い不登校になったこと。勉強さえ頑張ればV字復帰できると信じて勉強に打ち込んだこと。第一志望だった大学ではろくに学ばずバイトや性愛に明け暮れたこと。それらしいコトを言って推薦で大手メーカーに就職したこと。新卒らしく生意気で尖った発言をしながら土日も仕事に明け暮れたこと。子をもうけ、感情ジェットコースターに苛まれること。女という性に生まれたことを恨み諦めたこと。そして今、”何者にもなれないなりに日々ガチで生きてる”と錯覚していたことに気づいたこと。
『スマホ時代の哲学』のまえがきだけの知識で言うなら、ニーチェ曰く「なんとかして、君たちは自分を忘れて、自分自身から逃げようとしている」らしい。そしてこの映画はまさに自分の逃げと対峙させるための映画だった。『スマホ時代の哲学』では、哲学を人生で”経験”にするには蜂に刺されるような感覚を伴う必要があると(正しい表現でないです)。だから、『ひゃくえむ。』を観ただけでは、私が私の現実に向き合い、何にガチになり、何から逃避するかを決定することはおそらくできない。ただ、蜂が部屋に突然現れた時のような緊張が、確実にこの映画にはあった。蜂をうまく逃すのか、駆除するため奮闘するのか、刺された痛みに眉間に皺を寄せながらも、それでも立ち上がるのか。
人生は私の手の中にある。それを再認識させる映画だった。私は私の人生をガチで変えてやりたい。
おわりに、映画『ひゃくえむ。』は興収7億を突破したらしい。チ。に続き、人生を変えるきっかけをくれた魚豊さんに敬意を示すとともに、こんなふうに文章で自分の気持ちを表現するのは慣れていない(理系なのでと言い訳する)ため、ここまで感想を読んでくれた方に感謝します。『ひゃくえむ。』最高!とりあえずまえがきしか読んでない『スマホ時代の哲学』と漫画『ひゃくえむ。』を読むぞー!それに『ようこそ!FACT(東京S区第二支部)へ』も楽しみだー!!
実母に「育児してくれる夫くんに感謝しなきゃね」と諭される?の何度目だろ。
そのたびに「自分の子供を育児するのは当たり前。ましてやうちは正社員共働きで収入も同程度なんだから、その理屈なら私が働いてることにも感謝されなきゃおかしい」と答えるが、それでもまだ「でも昔は…」「でも夫くん周りの旦那さんよりは育児してくれるでしょ?」。
それにも「今は昭和じゃない」「育児するのが当たり前であって、それができない無能と相対評価して褒めること自体おかしい。周り比べることに何の意味がある?」と返すと「今の人はそういう感覚なのねぇ…」と黙るがしばらくするとまた振り出しに戻って同じやりとりになる。10年弱延々これの繰り返し。
いや夫と同等に稼ぎ育児もメインでする自分の娘を差し置いて、何でよその男をそんなに褒めたいの?何でそんなに夫に感謝させたいの?意味不明。
部屋の壁はけいおんの澪やμ’sのにこのポスターで埋まっていて、ノートの端には毎回ミクを描いていて人に見れらそうになるとそのページを破る、みたいなことをしてた。
友達にはよく馬鹿にされたし、合コン?なんてフィクションの存在。
リア充に無理やりつれて行かれても無言。
女の子に話しかけられると 「は、はひ…ふひひw」 と声が裏返るタイプだったんだよ。
正直、別にそれでも良かったんだよ。俺には澪たんが居るし!って本気で思ってた。
ゼミが終わって何人か残って喋ってたときのことで、そのうちの一人がポロっとこういった。
その瞬間、頭の奥でスイッチが切れるような、変な感覚があった。
急に冷めた。
あ……そうか。俺がずっと恋してたものって、人間じゃないんだ。
その実感が、妙にリアルに落ちてきた。
人間に似てないからこそ好きになれたっていう、本当に当たり前のことにやっと気づいた、というか。
そこから一気に熱が落ちていった。
部屋のポスター全てを剥がして、澪にもにこにも「今までありがとう」と声をかけながら押し入れにしまった。
コンビニでお弁当温めますか?と聞かれたとき、「あ…え…お、お願いします…でぃふふ」じゃなくて「お願いします」って堂々と言えるようになることから始めた。
何を馬鹿な…って思えるかもしれないけど、それぐらいコミュ障だったんだ。
最初はぎこちなかったけど、でもこういう小さな練習を積んだおかげで徐々に…少しずつ、変わることが出来た。
ファミレスの厨房バイトを辞めて、大学のカフェで働いたのも良かった。
お客さんと話すことが増えて、少しずつ普通の会話ができるようになった。
当然ながらうまくいかないことのほうが多かった。
気になる子に連絡しても返ってこなかったり、勇気を出して食事に誘ったのに断られたり、そういう経験が何度もあった。
でも、そのたびに、ああ、これが『人を好きになるってやつなんだなって実感があった。
虹では味わえなかった痛さや恥ずかしさが、むしろ心地よかった。
そして一昨年、結婚した。
出会いと別れを何度か繰り返した後に出会ったのが、今の妻だった(身バレが怖いので、出会いの詳細は省く)。
月曜の朝、ふとインスタを開くと大学からの10年来の親友のストーリーが飛び込んできた。
「結婚式をしました!!!最高ーーーに楽しかった!関わってくれた皆に感謝!」
ねえちょっと待って。
呼ばれてないんだけど。
私は成人してから一度も知り合いの結婚式へ参列した事がなく、同級生の結婚をインスタで知る事は日常茶飯事であった。
彼女との出会いは、私がまだ大学に入りたての頃、じゅけんきに通っていた塾にたまたま遊びに行った時、先生に「同じ大学を目指してる子がいるよ」と紹介され話したのが最初だった。
彼女は無事合格し、学年は違うものの専攻も同じで趣味も似ている事から意気投合した。卒業後も彼女の引っ越しにより距離は離れたものの、フェスに行ったり飲みに行ったりと、私の中では頻繁に遊ぶ仲だった。
そんな彼女の結婚式に呼ばれず、インスタのストーリーで知る事となるとは思いもしなかった。
し、親族だけで挙式したのかな!という望みも虚しく、しっかり親しい人は全員呼ばれていた。
席次表も名前を伏せた状態で公開されており、およそ60人規模程度の結婚式であったことがわかった。
彼女は交友関係が広く活発であったものの、友達ランキングの上位に入ってるものだと信じていた。
違和感があったとすれば、1年半前に遊んだのを境に連絡が途絶え、遊ぼうと誘えば雑に断られ、たわいもないメッセージを飛ばしても既読無視か途中で終わっていた事。また彼女の入籍も同じくインスタで知ったという事くらいだ。
一生に一度のハレの日に呼ばれるような事をどこかで私はしてしまったのだろうか。そう考えると震えと涙が止まらないのだ。
何が1番怖いかと言えば、この事後報告を私も見ているインスタで公開してしまっているという事だ。彼女は私がひどく動揺し傷付いている事も知らずに、私以外の「皆」に感謝を述べていた。
私は軽音部であった事もあり、「結婚式で余興絶対披露するからね!」と盛り上がっていた事もあった。しかし私はイベント参加枠からも落選していたようだ。
同じ境遇の人を探そうとするも、「そんな関係は果たして親友だったのか」「よくある事ですよ」という類のコメントばかりで、私側に救いはなかった。
晴れ姿見たかったな。
彼女にとって私は友人ではなかったみたいだし、貴方と関わる事はもう叶わないけれど、この場を借りてお伝えさせてください。
結婚おめでとう。
ちょっと優しくしてやっただけで舐めてるのはお前らだろ
昔ぼっちに近い男子に若干いじめ始まりそうなところで止めてやったらそれからニヤニヤして上から目線で話しかけられるようになって最悪だったの思い出した 助けなきゃ良かった 感謝しなくていいけど何で上からになったのか全く理解できん
私は特に両親がモラハラというわけでもなく、どちらかというとこの夫的な感じで育ったと思う
この方ほど「稼いでるのに」的なことは思わないけど、全く思わないかというと多分ウソになる
■夫婦アラサー、子供2人、私2500万、妻400万でほぼフルリモート時短
妻は比較的倹約家で浪費しない方、まだ子供も小さいのでしょうがなく時短
本来は転職して年収上げたいけど今は家庭のためしょうがないという感じ。つまり本人は家庭や自分のために年収やらあげたいという気持ちがあるが、家庭のため(私自身海外出張で月に数日はいないこともあり)年収が低いこともある
私にそんな負い目もあるからか、お金のことになっても私はそんなに不満はない。妻の年収が0円だと「うーん」と思うけど、生活費を全てこちらが出すのは構わない。むしろそうしたい。ただ奥さんの趣味で使うお金ぐらいは自分で稼いでほしいぐらいは思うかな。とはいっても妻の年間趣味費用は30万いかないと思うけど
結局は相手がどれだけ感謝してくれているか、考えてくれているかかなと思う。同じ土俵に立ってお金・家庭について悩んだり考えたりしているか。 子育てにも近いものがある。同じレベルで悩んで、考えて、行動して!
お金も、「あなたが稼げないのはわかってる」、あなたはそれを常に理解して、私と同じぐらい家庭の費用について悩んでくれれば、お金を出すのは構わないかなと。。私だったらそう思いそう
私でさえ、「じゃあ今日は昼飯食べに行こう!」ってなって私は節約で1000円以下の頼むのに、妻が高いメニューを選んでいたら、「そりゃ高いぜ、、一言言ってくれよ。笑」と思う。 そんな1,2000円レベルのことでさえ。
恩を仇で返してくる
昔ぼっちに近い男子に若干いじめ始まりそうなところで止めてやったらそれからニヤニヤして上から目線で話しかけられるようになって最悪だったの思い出した 助けなきゃ良かった 感謝しなくていいけど何で上からになったのか全く理解できん
多分
「俺を助けたってことは、この女、俺に気があるんだ!」
のニヤニヤかなぁ……。
「俺のこと好きなんでしょ」
「話しかけられてうれしいんだろ」
……っていう。
チー牛弱者男性は「男は女に比べて助けられない!だから女尊男卑なんだ!」って言うけど、助けた男の態度が悪いから助けられなくなったと思わないんだろうか