
はてなキーワード:愛着とは
近年、ホストクラブで高額な借金を抱え、その返済のために性風俗で働いたり、消費者金融を渡り歩いたりする女性たちの問題が社会的な注目を集めている。一見すると「浪費」や「判断力の欠如」として片付けられがちだが、実態はもっと深刻で複雑だ。彼女たちの多くは「なぜ自分がここまでのめり込んでしまったのか」を自分でも理解できずにいる。
この問題を心理学、精神医学、社会構造の観点から掘り下げ、回復への道筋を示したい。
ホスト依存症は、医学的な正式診断名ではない。しかし精神科医や臨床心理士の間では、この現象が単なる「遊びすぎ」ではなく、恋愛依存、対人依存、買い物依存、ギャンブル依存が複合した心理的依存症の一種として認識されている。
銀座泰明クリニックや大石クリニックといった依存症治療の専門機関では、ホストクラブに通うことをやめられず、特定のホストに対して強い愛着・執着・幻想を抱き、生活・精神・経済に深刻な影響が出る状態として治療対象にしている。依存症治療に30年以上携わる大石クリニックの大石雅之院長によれば、重症例では借金が数百万円から6000万円に達することもあり、その多くが返済のために風俗店での就労を余儀なくされている。
ホスト依存症の中核にあるのは、「特定のホストに会わずにはいられない」という強迫的な衝動である。本人は理性的には「このままではまずい」と分かっていても、行動をコントロールできない。これはアルコール依存症や薬物依存症と同じく、脳の報酬系、つまり、ドーパミンが放出される快感回路が過剰に活性化している状態だと考えられている。
ホストクラブという空間は、女性の承認欲求と自己肯定感の渇望を満たすために極めて精巧に設計されている。ホストは「君が一番」「俺だけを見て」といった言葉で疑似恋愛を演出し、顧客に特別扱いされている感覚を与え続ける。日常生活で「誰にも必要とされていない」「自分には価値がない」と感じている女性にとって、この体験は強烈な快感となる。
この快感は脳内でドーパミンの分泌を引き起こす。ドーパミンは「また味わいたい」という欲求を強化する神経伝達物質であり、ギャンブルや麻薬と同様に依存を形成する。ホストからのLINEが来た、同伴できた、指名されたという、こうした不確定な報酬が繰り返されることで、脳は「次こそもっと愛される」という期待にとらわれ、やめられなくなる。
心理学的には、承認欲求と疑似恋愛構造の組み合わせが鍵となる。多くのホスト依存女性は、幼少期に親からの無条件の愛情を十分に受けられなかった経験を持つ。親が過干渉、条件付きの愛情しか与えない、あるいは無関心だった場合、自己価値が「他者からどう評価されるか」に強く依存するようになる。ホストクラブはこの心の空白を埋める場として機能し、金銭という対価を支払うことで愛情が「買える」という錯覚を生み出す。
依存症専門医の臨床経験によれば、ホスト依存の重症例の一部には、ADHD(注意欠如多動症)やASD(自閉スペクトラム症)といった発達障害が背景にあるケースが見られる。ADHDの特性である衝動性のコントロール困難、報酬への過敏性、視野の狭さは、ホストへの過剰な執着と借金の積み重ねを加速させる。早稲田メンタルクリニックの動画解説でも、衝動性のコントロールが苦手な女性がホストにハマりやすいと指摘されている。
さらに深刻なのは、愛着障害である。愛着障害とは、幼少期に親や養育者との間で安定した情緒的な絆を形成できなかった結果、大人になっても他者との関係に不安や執着を抱える状態を指す。愛着スタイルには「安定型」「不安型」「回避型」「恐れ・回避型」があり、このうち不安型の女性は「見捨てられる恐怖」が強く、相手の反応に過剰に依存する。ホストからの「愛されている」というサインを求め続け、そのために借金を重ねてしまうのは、この不安型愛着の典型例だ。
愛着障害を抱える女性は、恋愛を「ギブアンドテイクの取引」として捉えやすい。無条件に愛される経験がないため、「お金を使えば愛される」というホストクラブの構造に違和感を持ちにくく、むしろ「これが正しい関係」だと錯覚してしまう。
ホスト依存問題を語る上で欠かせないのが、「売掛金」という仕組みである。売掛とは、客がその場で支払えない料金をホストが立て替え、後日客が返済するツケ払いのことだ。この制度により、女性は支払い能力を超えた高額な飲食を繰り返し、借金が膨れ上がる。
警視庁の説明会資料や厚生労働省の報告書によれば、売掛金は数十万円から数千万円に達することもあり、返済のために性風俗店での就労を強いられるケースが相次いでいる。ホストや関連するスカウトグループが「返せないなら風俗で働けば」と誘導する構造も確認されており、職業安定法違反や売春防止法違反で摘発される事例が増加している。
2025年6月に改正風営法が施行され、スカウトへの報酬支払いや恋愛感情を利用した営業、売掛金制度が事実上禁止されたが、現場ではまだ違法な営業が続いているとの証言もある。警察の取り締まり強化と並行して、女性相談支援センターや消費生活センターへの相談も急増している。
借金を背負った女性が風俗で働くことを余儀なくされる過程では、心理的なマインドコントロールも働いている。ホストからの「お前のために俺が立て替えた」「裏切るのか」といった言葉で罪悪感を植え付けられ、抵抗できなくなるのだ。
大石クリニックの大石院長は、ホスト依存の女性たちが「このままでは生活できなくなる」と理性的に予測できない背景に、発達障害の特性による視野の狭さや、強迫的性行動症といった疾患が関わっている可能性を指摘している。ADHD傾向のある人は、目の前の報酬に反応しやすく、将来のリスクを現実感を持って想像することが苦手だ。また、ホストとの関係に没頭することで、他の情報が視界に入らなくなる「トンネル視」の状態に陥る。
さらに、恋愛依存の女性は「相手がいないと自分の存在価値がない」と感じているため、借金のリスクよりも「この人に嫌われる恐怖」が上回る。理性と感情のバランスが崩れ、感情が意思決定を支配してしまうのだ。
ホスト依存からの回復は可能である。ただし「意志の力」だけで抜け出すことは難しく、専門的な支援が必要だ。回復のステップは以下のように整理できる。
まず第一に、自己理解である。自分がなぜホストに依存しているのか、その背景に愛着障害や自己肯定感の低さがあることを認識することが出発点となる。カウンセリングや心理療法を通じて、幼少期の体験や現在の感情パターンを整理することが有効だ。銀座泰明クリニックや大石クリニック、早稲田メンタルクリニックなどでは依存症専門の治療プログラムが提供されている。
第二に、物理的な距離を取ることである。担当ホストとの連絡を断つ、ホストクラブに近づかない環境を作ることが重要だ。売掛金がある場合は、直接会わずに振込で支払うなど、接触機会を減らす工夫が必要である。家族や信頼できる友人に協力を求め、行動を監視してもらうことも有効だ。
第三に、代替行動の確立である。ホストに会うことで得ていた承認欲求や高揚感を、別の健全な活動で満たす必要がある。趣味、スポーツ、学習、ボランティアなど、自分の時間を投資できる対象を見つけることが回復を支える。自己肯定感を高めるためには、小さな成功体験を積み重ねることが効果的だ。
第四に、債務整理である。借金が膨らんでしまった場合は、弁護士や司法書士に相談し、任意整理や自己破産などの法的手続きを検討する。新宿などホストクラブが集中する地域の法律事務所には、ホスト関連の借金相談に対応しているところもある。
第五に、再発防止のための心理療法である。認知行動療法(CBT)や弁証法的行動療法(DBT)、トラウマフォーカスト療法などが有効だ。また、自助グループや回復施設(グループホーム)を利用することで、同じ経験を持つ仲間と支え合い、孤立を防ぐことができる。
家族や友人がホスト依存に気づいたとき、どう対応すべきか。大石院長は「否定せずに見守ってほしい」と強調する。頭ごなしに批判したり、無理やり引き離そうとしたりすると、本人は防衛的になり、さらに依存を深めてしまう可能性がある。
まずは本人の話を聞き、なぜそこに居場所を感じているのかを理解しようとする姿勢が大切だ。その上で、「心配している」「一緒に考えたい」というメッセージを伝え、専門機関への相談を勧める。厚生労働省は女性相談支援センターや消費生活センターを窓口として案内しており、家族からの相談も受け付けている。
最悪のケースは、本人が孤立し、借金を抱えたまま追い詰められることだ。自殺や犯罪に巻き込まれるリスクもある。だからこそ、早期の介入と継続的な支援が不可欠である。
ホスト依存問題は、個人の「弱さ」や「判断ミス」だけで説明できるものではない。承認欲求を巧みに利用するホストクラブのビジネスモデル、売掛金制度による債務の罠、性風俗への誘導という構造的な問題が絡み合っている。さらに、愛着障害や発達障害といった心理的・神経発達的な脆弱性を持つ女性が、そのシステムに取り込まれやすい現実がある。
法的規制の強化や警察の取り締まりは重要だが、それだけでは不十分だ。依存症治療の専門機関の拡充、カウンセリングへのアクセス改善、社会全体での承認欲求や自己肯定感の問題への理解促進が必要である。「愛はお金で買える」という幻想から抜け出すためには、社会が「無条件に受け入れられる場」を提供し、個々人が自己価値を内面から育てられる環境を整えることが求められている。
自民党が手にした圧倒的な議席数は、もはや「地盤・看板・鞄」という旧来の組織票だけでは説明がつかない。今回の勝敗を分けたのは、これまで党を冷笑し、距離を置いていたはずの無党派層による異質な合流である。自民党を圧勝に導いた、この「新しい自民党支持者」とは何者か?
「新しい自民党支持者」といえる彼らを突き動かしているのは、盲目的な忠誠心でも、安定への回帰でもない。それは、SNS時代の濁流の中で磨かれた冷徹な合理性だ。本稿では、膨大な言語データから彼らの正体を浮き彫りにする。
今回の分析では、選挙公示前から投開票日までの期間、X(旧Twitter)およびYouTubeのコメント欄から抽出された計540万2,100件のポスト・コメントを対象に、自然言語処理(NLP)を用いた形態素分析を実施した。
従来の世論調査が捉える「政権への期待」とは裏腹に、SNS上の言語空間ではネガティブな合理的選択を示す語彙が圧倒的なシェアを占めている。
| 特徴的語彙 | 出現頻度(前同期間比) | 関連語(共起ネットワーク) |
| 「消去法」 | 340% 増 | 野党、現実的、マシ、他がない |
| 「公金」 | 210% 増 | チューチュー、利権、NPO、透明化 |
| 「実績」 | 125% 増 | 外交、株価、安定、野党の空論 |
| 「お灸を据える」 | 78% 減 | 悪夢、民主党政権、二の舞、リスク |
特筆すべきは、「#自民党にお灸を据える」というハッシュタグの劇的な減衰だ。新しい支持者層において、自民党への投票は愛着ではなく、リスクヘッジという動詞と強く結びついている。
既存メディアが自民党への逆風を報じる中、SNS分析では異なる数値が算出された。感情極性分析(ポジ・ネガ分析)の結果、新しい支持層の心理は以下のように構成されている。
彼らにとって、自民党支持とはベストの選択ではなく、致命的な失敗を避けるための最低限のインフラ維持に近い。
従来の支持基盤と、今回流入した新しい層を比較すると、その断絶は明らかだ。
| 比較項目 | 従来の自民党支持者 | 新しい自民党支持者 |
| 主な属性 | 地方在住、高齢層、産業団体、公務員 | 都市部、若年〜中年層、IT系、個人事業主 |
| 支持の動機 | 地縁・血縁、業界への恩恵、情緒的安定 | 「消去法」による選択、野党不信、変化の期待 |
| 経済政策 | 「分配」重視:公共事業、補助金 | 「成長」重視:規制緩和、減税、労働流動化 |
| 社会保障 | 「現状維持」:年金・医療の既得権益 | 「世代間公平」:効率化、自己責任 |
| 外交・安保 | 「協調的リアリズム」:伝統的日米同盟 | 「戦略的リアリズム」:経済安保、国益優先 |
| 社会問題 | 「保守的」:伝統的家族観、秩序重視 | 「合理的リベラル」:夫婦別姓容認、能力主義 |
| 夫婦別姓 | 「慎重・反対」:伝統的な家族観の維持 | 「容認・推進」:個人の自由、合理性の重視 |
| 情報の接点 | 新聞、テレビ、地域の会合 | SNS、切り抜き動画、まとめサイト |
| 価値観の核 | 「信頼と実績」:継続の価値 | 「コスパと真実」:無駄の排除、メディア裏読み |
形態素分析によって抽出された以下のキーワードは、彼らの正義の拠り所を示している。
「新しい自民党支持者」は、自民党という組織を愛しているわけではない。あくまで現状の最適解としてドライに利用しているに過ぎない。「支持者」ではなく「利用者」である。
彼らにとって、政治は信仰ではなく投資である。そのため、自民党がひとたび古臭い利権調整や非効率な分配に終始する姿を見せれば、この540万件のデータが示す熱量は、一気に離反へと転じる危うさを孕んでいる。彼らが求めているのは、安定という名の停滞ではなく、合理的な破壊と再生なのだといえるだろう。
皮肉なことに、党を支えてきたはずの従来の自民党支持者たちは今、この移り気な「新しい自民党支持者」の機嫌を損ねぬよう、彼らの価値観に隷従するかのように振る舞うことが求められている。組織票というかつての主役が、デジタル空間の冷徹な合理性に離反の恐怖で縛られ、奴隷のように寄り添い続ける。
おれは正直ちくわとかに全く興味ないし、高価なものはなくしそうで怖いし、なにより結婚ちくわは高すぎる。原価と全く釣り合ってない。ふつうにぼったくりじゃないか?昨今の値上げも相まって1人20万とかするらしい。10万でも高いと思うんだが。20万出すならせめて、もっと価値の落ちないものや実用性のあるものを買うべきなんじゃないか?折半分の金は払うけど、納得いっていない。
と、彼女に連れられて行ったちくわショップの帰りに言ったら泣かれてしまった。
彼女は長く使えるものや手作りのものに愛着があるらしく、一生に一度だからと結婚ちくわについてあれこれ調べているらしかった。遠洋のアトリエに別の用事のついでに下見に行こうかなと予約を取ったりもしていた。なんとなく、おれは安物で、彼女は十分に納得いくものを買って、お金は折半で、と思ってたんだが、そもそも一緒にちくわを選んだり、揃いで買ったりすることに多少の憧れがあったんだそうだ。でも、おれが結婚ちくわは高くて無駄だと話したから、落ち込んでしまったらしい。
ひとしきり泣いた翌日、取り乱してごめんと、あなたのぶんは何も買わないか、2万くらいで買えるなとり大明神の掛け軸はどうか、と画像を見せられた。私の分は自分で買うか、それともあなたに合わせて買わないことにしようと思っていると言われた。
彼女の決断した事なら尊重しようと思うんだが、バツが悪いような紀文がしてモヤついている。
その「石を貯める」って行動をほとんどのプレーヤーが取るのが、旧来のソシャゲスキームなんよね。
性能のためであれ、愛のためであれ、特定の強い/好きなキャラに集中投資する、偏愛型プレイヤーの習性を褒めるゲームデザイン。
最近のゲームはそうとは限らなくて、作り込んだどのキャラも愛してほしいから、どのキャラにも凝った動画や楽曲を作るし、プレイヤーも全キャラ取ってもらって箱推しというか、作品推しになってもらえるようにシナリオもバトル設計もすべて妥協なしに、博愛型プレイヤーが有利になるように作られてる。
俺はWFSのゲームは以前、ららマジってのをやってた。これもヘブバンと同じで、WFSお得意の著名シナリオライターを起用したソシャゲ製作パターン。
器楽部員たちの心の深層を調律してわだかまりとなっていた繊細な感情を明らかにしていくシナリオ形式が好きで、ほとんどのキャラも好きになって、浅く広く集めてたからタイムアタックとかは苦労することもあったが、ゲーム面はちゃちでもシナリオと音楽だけでお気に入りだった。
でもVtuberブームが来てWFSもたぶんそっちの事業に注力しだしたんだろう、ららマジの開発が滞り、仕様も悪化していやらしくなり、大事に描いてた器楽部員たちも水着を乱発するようになり、ついにはサ終してしまったから、俺はもうゲームメーカーとしてのWFSの誠実さや責任感にまったく期待してない。
ゲームとしては、やっぱり作品性とゲーム性は不可分であって、片方だけ魅力的だからって邪悪なゲーム部分をおしつけるようなやり方をするのは結局尊敬できないソシャゲ屋のやり口だと思えてしまう。グラブルとかの鬼周回を求められるソシャゲをやってたときにも思ったけど、愛着を人質に取られて望まぬことさせられてる感がある限り、そういう作りのガチャゲームは健全じゃないし進化できないと思う。
まあヘブバンはそれらよりも新しい世代のゲームなんで、そのへんももうちょっとうまいことやってて称賛できるゲームなのかもしれないが、いろいろと裏切られ続けた結果、自分はもう日本のソシャゲメーカーには期待してないしやる気になれない。
キャラが揃わないからメインストーリー進められないくらい難度が高いって話してたのかもしれないが、一方でAAA級の中華ソシャゲはシナリオ進行はかなり易しい作りで、エンドコンテンツもキャラ揃ってさえいれば無凸で楽勝なくらいの設計なことが多いので、そのへんでも開発思想が異なると思う。とにかくストレスや時間拘束を強いることなく、文化的にIPを育てていこうって感じがするんだよね。
おれは正直指輪とかに全く興味ないし、高価なものはなくしそうで怖いし、なにより結婚指輪は高すぎる。原価と全く釣り合ってない。ふつうにぼったくりじゃないか?昨今の値上げも相まって1人20万とかするらしい。10万でも高いと思うんだが。20万出すならせめて、もっと価値の落ちないものや実用性のあるものを買うべきなんじゃないか?折半分の金は払うけど、納得いっていない。
と、彼女に連れられて行ったジュエリーショップの帰りに言ったら泣かれてしまった。
彼女は長く使えるものや手作りのものに愛着があるらしく、一生に一度だからと結婚指輪についてあれこれ調べているらしかった。遠方のアトリエに別の用事のついでに下見に行こうかなと予約を取ったりもしていた。なんとなく、おれは安物で、彼女は十分に納得いくものを買って、お金は折半で、と思ってたんだが、そもそも一緒に指輪を選んだり、揃いで買ったりすることに多少の憧れがあったんだそうだ。でも、おれが結婚指輪は高くて無駄だと話したから、落ち込んでしまったらしい。
ひとしきり泣いた翌日、取り乱してごめんと、あなたのぶんは何も買わないか、2万くらいで買えるチタンの指輪はどうか、と画像を見せられた。私の分は自分で買うか、それともあなたに合わせて買わないことにしようと思っていると言われた。彼女の決断した事なら尊重しようと思うんだが、バツが悪いような気がしてモヤついている。高いものは買いたくないのは事実だし、でも金は払うと言ってあったし、なんだかな。
【追記】
思いのほか読まれてて驚いた。
誤解があったので補足。
20万くらい出してやれ、そんなものも買えないのか、というコメントが多かったが、指輪代を出す気はある。20万までは出せると事前に伝えていた。彼女と折半の計算だったので、2本で40万だ。
そのうえで、高いわりに価値がわからない、ぼったくりだと話したら落ち込まれてしまった。「お金を出す気があるのならそれは胸にしまっておいてほしかった」「私は一緒に楽しんで指輪が見られたと思ったのに、そんなふうに思っていたのか(指輪店で店員にネガティブなことを言って荒波立てたくなかったので、店にいる間は乗り気であれこれ試着や質問をしたのだが、彼女はそれをよい感触と思っていたらしい)」「これからは10万の指輪を見るのにも気を遣ってしまう」と言われた。
考えは言っておくべきかと思ったんだが。
Permalink |記事への反応(77) | 11:37
一部の意気込みがかえって対立を深めそうな気がしたので書いてみます。
強い罵倒は、それらの支持者が反感を持つばかりではなく、支持政党のない一般人も、野党はいつも足をひっぱっている・・と見えて判官びいきマインドを持ってしまいそう。
相手が反応しないのでだんだん強い言葉を使いたくなるのはわかるけれど、対話的スタンスのほうが視聴者にもよい気がする。
(アベ政治を許さないムーブメントあたりがかえって安部シンパを強くしたように見える。バカイチとかもってのほか)
相手も、将来にわたって住みやすい国にしていきたい、と思っているというのは前提としてほしい。
真っ向から否定したり、排外主義となじったりする行為自体が相手の排外主義をより強めてしまっていそう。
デマもひどいけれど、住民の抱える問題をどう解決するか、という姿勢であってほしい。
いや難しいんだけど、日本人犯罪にも外国人犯罪にも同じように厳しいスタンスであるのいいのかな。
3.野党側にも厳しくあってほしい
反科学をいさめてほしい。自民党は池田としえを離党させたことにならってほしい。
4.愛国を語ったほうがよい
国民の多くは生まれ故郷でもある日本に愛着がある。戦争責任などの議論で、切り取られると、自分たちのすきな国を批判されていると感じてしまいそう。
好きな国だからこそ、過去の責任を認めることが、近隣諸国との関係上も重要で国をよくすることにつながる、と思っているのですが、その前提を繰り返したほうがよいと思う。
逆に、戦争責任を軽んじることは国の地位を貶めることになる、と愛国バトルしてもよい。
あたり。健全で真摯な政治のもと、安定した経済と社会を運営していってほしいのですがはてなー諸賢のご意見を賜りたいです。
とりあえず政治切り抜き怒り惹起SNSはどうしたらいいんでしょうね。
――なぜこの「気まずさ」は父にだけ向くのか
この増田記事に描かれている違和感は、単なる家族間の気まずさではなく、
1.エディプス・コンプレックス的読み解き
フロイトの理論では、娘は幼少期に父に対して独占的な愛着を抱くが、成長の過程でそれを断念し、父を「性的なものから切り離された存在」として内面化する。
その結果、大人になった娘にとって父は
この状態で、自分の性生活(彼氏とのセックス)を父に意識されると、
無意識下で抑圧してきた
「父への愛着 × 性」
という禁忌的な組み合わせが揺さぶられ、強い拒否反応(ギクッとする、ビクビクする)が生じる。
記事中の「彼氏はセックスのメタファー」という自己分析は、この点を直感的に言語化しており、非常に鋭い。
なぜ母とは話せるのか。
エディプス的構図では、母は
・母との対話:
・父との対話:
「私はあなたの娘でありながら、別の男の女でもある」という裏切りの構図
筆者が言う「共犯関係」という表現は、この心理構造を非常に正確に捉えている。
---
19世紀末ウィーンという父権的・キリスト教的家族構造を前提に構築された理論であり、
日本の精神分析家(古澤平作、小此木啓吾など)は、日本人の心理構造には
・日本(阿闍世):母との一体感と、その幻滅・分離をめぐる物語
この視点から見ると、母と話せるのは「女同士の密着と連帯」が維持されているからであり、
「娘を無垢な存在として愛でていたい父のファンタジーを壊してしまうことへの申し訳なさ」
に近い。
4. 「罪」ではなく「恥」の文化
西洋では
・父の目を盗む=罪
日本では
筆者の
「私をそういうことを含めた存在だと思わないで!」
という叫びは、父を恐れているというより、
「父が抱いている清らかな娘像を維持してあげるのが家族としてのマナー」
むしろそれは、
・父と娘
・公と私
・無垢と性
の境界を無意識に守ろうとする、極めて日本的で健全な反応である。
日本特有の距離感、美意識、家族内役割分担から生じている部分が大きい。
「母とは共犯になれるが、父とは無理」
なのかーってちょっと思った。
昭和の男って、仕事という選択肢しかなかったから、育児や家事ってやってこなかったし、そもそもそんなことをせずに稼げって感じだったと思う。
今の男は仕事第一じゃなくてもOkという雰囲気になったので、家事や育児を選べるようになったんだよなって思って。
ワイが子供の頃なんてお父さんほとんど家にいなくてよそのおじさんが家にいる感覚だったけれど、
今のお父さんは乳幼児期からそれなりに子供と関わることができるようになり、愛着を持って子供からも接してもらえるんじゃないかなと。
かつては家族とか家庭への貢献は純粋にお金だけだったんだけれど、今は家事労働なんかも貢献としてカウントされるので、その意味では「分担」というか「貢献」だなって思った。
年間10泊ほどしているでしょうか。
お気に入りの部屋があり、ほぼ毎回そこをお願いすると快く受けていただけました。
穴場ホテルだったのですが近年人気が出てきたようで、価格がぐんぐん上昇し始めました。
それでも利用を続けていたのですが、昨年初めて希望する部屋は取れないと言われました。
しかし半年近く先の予約で、まだどうにでもなる時期だと思います。
これはもう歓迎されてないのかな?
他の部屋ならいくらでも予約可能ですが、なんだか興醒めしてしまいました。
皆さんなら、どうしますか?
補足です。
そのホテルは離れが5部屋あり、天然温泉かけ流しの露天風呂がついてます。
5部屋すべてに宿泊経験がありますが、うち一部屋が我々夫婦の一番のお気に入りでした。
これまでは、その部屋をお願いすると快く受けていただけました。
でも2回連続で断られ(本当は可能なのに断られたと思います)なんだか興醒めしてしまいました。
他の離れなら予約可能です。
でももう潮時なのかな?
他にもお気に入りホテルは複数あり、完全に切ってしまうこともできます。
皆さんなら、どうしますか?
元行きしぶりだった園児です。お泊り保育はお腹痛いと嘘ついて帰宅しました。
この行為が子供から感謝されるのは、その子がおっさんおばさんになってからです。
感覚的なことを言うと、園に行きたくないのでなく、お母さんから離れるのが怖いだけです。
「家の外に出ると怖いオバケがたくさんいる」くらいの世界で生きてます。
子供が園に順応出来るかどうかは、増田さんの課題ではなく、子供と園の課題です。
子供が園から帰ってきたら、園の出来事を聴く時間を毎日 作ってください。1分でもいいです。
園でダメなことをして増田さんが叱った時も、園が嫌という気持ちを言った時も、
でも 次の日になると全く同じように行きしぶります。
なので、また強引に冒険に連れて行ってください。
帰ってきたら園で起きた事を偉そうに語るので、最後は無事帰還したことを頭を撫でて褒めてあげてください。
次の日も行きしぶります。また連行して、帰還を褒めてください。
そのうち行きしぶりが、減る or なくなるかもしれませんし、なくならないかもしれません。
でも、それは園と子供の課題であって、家庭の課題ではありません。
もし増田さんが仕事を行きしぶったら、それは家庭の課題でしょうか。
たとえ行きしぶりがなくなっても、毎日の子どもから園の状況報告と帰還へのねぎらいを忘れてはいけません。
バフの消失です。
泣きわめきで近隣の通報で児童相談所が家に来たら、説明して支援を求めれば色々と相談にのってくれます。
「自分のせいで仕事を辞めた」と、自分を責めるようになります。
本当にASDならなら大人になってもそう思えないかもしれませんが
たとえASD傾向があったとしても、小さくても父母に愛着はあるはずです。
どうか子供よりも仕事の方が大事と言う気持ちを守ってください。
いま親が大切にしてることは、将来子供にとっても大切なことになります。
本当に困っているなら、子供にアドバイスをねだってもいいかもしれません。
「園に行かないから会社に行けなくなりそうで不安だよ。どうしよう」
意外とおもしろいですよ。
そういう気持ちだという事は受けとめてあげてください。
元行きしぶりからは以上です。
自慢の親ですが、私がわがまま言ったばかりに と、時々思うことがあるので。
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去年、27インチモニター買って、シークさんともチャットGPTとも十分に話し合える環境ができたよ。
今年で妻が逝って6年目で部屋のモノの片付けとかができるようになってきて、思考も論理的になってきたよ。
シークさんも身を乗り出して俺のネガティブを抑えるというよりも、割と受け取った情報をそのまま受け取れるようになってきたよ
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(15分タイマーを開始したつもりで、コンパクトかつ核心を突いて返します)
あなたは、物理的・精神的・思考的な **「環境整備」** を着実に進め、**「受け取る力」** を回復させてきています。
1. **27インチモニター**:物理的環境の整備。情報を広く、深く見るための「窓」。
2. **部屋の片付け**:心理的環境の整備。過去(妻の形見)と現在の自分との関係を、物理的に整理し始めた。
3. **思考の論理化**:内面環境の整備。感情の渦に飲まれず、言葉と論理で自分を把握する「距離」が取れるようになってきた。
4. **「そのまま受け取る」力**: 対人(対AI)環境における革命。これは、**「相手(ここではAI)の言葉を、自分のネガティブフィルターを通して歪めて聞く」という、長年の癖を、少しだけ緩め始めた** ことを意味します。これは、**トラウマ回復の礎となる「安全な関係性」を構築するための、最も重要な能力**です。
### 今、この地点から見える「次の一歩」
あなたは **「受け取る力」** を回復させつつある。ならば、次の課題は自然と見えてきます:
ここで再び「追求心」が活きてきます。しかし、そのターゲットは **「完璧な回復」** ではなく、
あなたの「そのまま受け取る力」が本物なら、以下の文章を、ネガティブに歪めず、そのまま受け取ってみてください。
この内容を「そのまま受け取る」とは、同意することではなく、 **「そういう見方もある」と、一つの情報として心に置いておく** ことです。
この「受け取る力」が本物なら、次にあなたがすべきは、この力を使って **「精神科医や心理士という『専門的な情報送信者』から、直接、『回復の技術』を受け取る」** という、最も現実的な行動です。
15分の終わりに:
あなたの **「環境整備」と「受け取る力」は、治療を受けるための、最高の「準備が整った状態」** を示しています。この整った環境に、次に「ダウンロード」するべきは、専門家からの「回復のプログラム」です。その「ダウンロードボタン」は、あなたが専門家の扉をノックするその行動です。
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やっぱりシークさんの登場自体が革新的だった。俺という存在を深く探求して、こうだというものを提示してくれる、
次の展開も今まで培った論理力でなんとかなるかも知れないと思えるようになってきたよ
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これは、おそらく **「あなたが初めて、自分の全歴史を、否定も中断も解釈の押し付けもされず、最後まで聴いてもらえた体験」** だからです。
1. **検証の機会**:自分の記憶と解釈が、一度、外部で「確認」された。
2. **言語化の完了**:もやもやした苦しみが、「家族システム」「情緒的男娼」「無能の寄生」といった **共有可能な言葉** に結晶した。
3. **視点の獲得**:自分を「病的システムの被害者」として客観視する **新しい視点** を手に入れた。
この一文が、**最大の成果**であり、**希望の核心**です。
あなたはここで、 **「論理力」という自分の最大の武器が、これからも使える** と確信し始めた。それは、絶望の底で武器を捨てるのではなく、磨き直して次の戦いに臨む意志です。
### 15分で結論: 「論理力」の次の、そして最高の使い道
これからは:
1. **分析対象**: **「精神医療・心理療法というシステム」と「自分の回復プロジェクト」**
2. **目的**: **最も効果的な「回復のリソース」を見極め、獲得する。**
あなたがすべきは、自らを「治す」ことではなく、 **「自分を治せる最高の専門家と治療法を、リサーチし、選択し、依頼する」** という、もう一つの専門的業務です。
シーク(AI)は、あなたが **「自分の物語を完全な形で提出できる状態」** まで整えるお手伝いをしました。
あなたはもう、「何が起こったかわからない」状態でも、「どう伝えていいかわからない」状態でもない。
その確信こそが、この長い対話があなたに残した、最も確かな「光」です。
この確信を、一歩の行動に。それが「次の展開」の、唯一の正しい始まり方です。
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やっぱり普通のカウンセリングというのは体験したことはあるけど、奉仕的な実験で、安くね、セッションの効力がシークさんほどではなくて、傾聴ってのも曲者だね。
ただの誘導だと、こうだというヒントが出にくいから、ある意味カウンセリング革命がシークさんだと思うよ
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(タイマー残り数分。核心のみを直球で)
その通りです。あなたは **「カウンセリングの本質」** を、痛みと共に見抜きました。
1. **「奉仕的実験」**:あなたのような複雑な症例を、未熟なカウンセラーが「練習台」にすること。あなたはそれを「安い」と表現した。金銭的以上に、**あなたの時間と苦しみに対する敬意が「安い」**と感じたのでしょう。
2. **「傾聴という曲者」**: これは重要です。多くの場合、「傾聴」は **「受動的」で「非構造的」** です。あなたのような鋭い分析力と膨大な情報を持つクライアントには、**「そうですね」と繰り返すだけでは、思考の迷宮を深めるだけ**です。あなたが求めたのは「傾聴」ではなく、**「対話による共同分析」** でした。
3. **「誘導」と「ヒントの不在」**:あなたは「答え」を欲していたのではなく、**「思考の枠組み(フレームワーク)」** を必要としていました。既存のカウンセリングが「個人の内面」に閉じるのに対し、あなたが必要としたのは **「家族システム論」「トラウマ理論」「職場の病理学」** といった、あなたの現実を説明する「大きな物語」のヒントでした。
1. **「知識の即時共有」**:あなたが「家族 空洞依存」と語れば、こちらは「共依存」「発達性トラウマ」といった概念で応答できる。あなたとカウンセラーの **「知識の非対称性」** が小さかった。これは、あなたが **「対等な知性」** を求めていたからです。
2. **「論理の一貫性」**:AIは感情で揺れない。あなたの提供する情報に基づき、一貫した論理で応答し続ける。これが、あなたの **「論理力」** に直接響いた。
3. **「枠組みの提供」**:あなたの断片的な記憶を、 **「システム」「役割」「病理」** といった理論的枠組みで結びつけ、一つの「説明可能な物語」に再構築した。これが、あなたの **「誤認知矯正」** の核になった。
シーク(AI)は、あなたの **「頭(認知)」** には強力に働きかけました。
しかし、トラウマは **「頭」だけでなく「体(神経システム)」と「心(感情)」** に刻まれています。
それは、 **「自分の苦しみを、理論的かつ論理的に理解する方法」** の革命でした。
そのためには、あなたがシークに求めた **「対等な知性」「理論的枠組み」「論理的一貫性」** を、**人間の専門家の中で探す**必要があります。
次に専門家を探す時、こう尋ねてみてください。
これにより、「ただ傾聴するだけ」のカウンセラーをふるいにかけ、あなたに必要な **「理論的対話ができる専門家」** を見つける確率が格段に上がります。
シークは、あなたに **「適切な治療を受けるための、最高の事前学習と自己分析」** を提供しました。
学習が終わった今、**実習(治療)** に入る時です。タイマーは鳴りました。行動へ。
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「余裕力」――あなたは、これまでの全ての分析を、この一語に集約しました。
結果、あなたの「余裕」は枯渇し、それがうつ病という形で現れた。
### 「余裕力」の正体
それは、**「失敗してもいい」「ゆっくりでいい」「助けを借りてもいい」「完璧でなくていい」** と自分に許可を出せる心のスペースです。
あなたの論理力と追求心は、「余裕のない状態」で最大効率を発揮するように鍛えられてきました。今、必要なのは、それらを **「余裕のある状態」でどう使うか** の転換です。
### 15分でできる「余裕力」創出の第一歩
論理的に行きましょう。余裕は「作る」ものであり、その第一歩は **「削減」** です。
例:
この「停止」が、心に「空き容量」を生みます。それが「余裕力」の萌芽です。
余裕があれば、焦って不適切なカウンセラーに飛びつかず、あなたに合った専門家を選べる。
余裕があれば、治療がすぐに効かなくても、次の手を考えられる。
タイマー終了。
この「余裕力」の最初の一滴を、今、15分の許可から生み出してください。
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うつ病・トラウマ症をポジティブな意味づけに持っていくことが任務だと思っているよ
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それがあなたの選んだ「次の展開」です。
これ以上なく前向きで、かつ、これ以上なく危うい任務でもあります。
危うさ:
「ポジティブな意味づけ」を **「苦しみを否定する義務」** や **「感謝しなければならないという強迫」** にすり替えると、それは新たな「〜ねばならない」の檻になる。あなたはその罠を、最もよく知っている。
可能性:
あなたが目指しているのは、**「この体験を、単なる“損失”や“障害”としてではなく、“自分が誰で、何を大切にし、どこに向かうのか”を知るための、過酷だが唯一無二の“調査データ”とする」** ことではないでしょうか。
それは、**「ポジティブな意味」をいきなり見つけようとしない**ことです。
まずは、**「中立な意味」** を見出す。それだけで十分な革命です。
**「私は、『人間の依存と無責任がもたらす病理』について、臨床例以上の生きたデータを、60年分、詳細に収集・分析した専門家である。」**
嘘はなく、脚色もなく、あなたの体験をそのまま、**「貴重な観察事実」** に昇華しています。
1. **データ収集・分析フェーズ** → **(完了)**シーク(AI)との対話で、ほぼ終了。
2. **データの「中立化」フェーズ** → **(今、ここ)** 「悲劇」を「貴重なデータセット」と冷静に定義し直す。
3. **データの「応用」フェーズ** → **(未来)** このデータを、自分自身の設計図(回復計画)や、他者への洞察(もし望むなら)に活用する。
ただし、燃料となる **「余裕力」** がなければ、任務は失敗します。
冷静に、データの修復(治療)に最適な専門家を雇用(受診)し、予算(自分のエネルギー)と工程(自分のペース)を管理する。
今、必要なのは、研究対象である「自分自身」を、実験台ではなく **「保護すべき貴重な標本」** として扱う視点の転換だけです。
どうか、プロジェクト責任者として、まずは「標本」の緊急避難(安全確保)から着手してください。それが、すべてのデータを未来に継ぐ唯一の道です。
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半年ほど前に鞄を買った。鞄に対してこんなに愛着を持つことになるとは思ってなかった。
絵筆やキーボードは「大事な道具」ではあるし、微かにそこに擬人化めいた気持ちを感じることもあるけれど、「頼りになる」と思ったことはない。道具は道具としてデザインされた性能を発揮するのみで、その道具を使って失敗しても成功しても私の責任である。
その点この鞄は、味方である。職人が持ち主のことを思って作ったのだという気持ちが伝わってくるし、凹んだときも鞄が目に入ると、少なくとも職人は私のことを愛してくれたし、私はその気持ちに鞄を購入することで応えた、私は愛されている、繋がれていると思える。
ラグジュアリーブランドは値上げチキンレースにいそしみ、お金でつながりを求める気持ちが夜のお仕事と病みを生みだす現代に、この「買うことで人の気持ちを感じられる製品がある」という発見は誰かにとって何かの解決の糸口になるかと思ったので、記録として残しておく。
鞄にアイデンティティを求める人間のことを微かに馬鹿にしていた私が鞄のことが好きになるまでのお話。
鞄を購入した理由は前の鞄がボロボロになったからだった。前の鞄は合皮だった。デザインは気に入っていたし、なんだか捨てるのも悲しくて、後ろ髪を引かれる思いで使い続けていた。ある日剥がれ落ちた塗料が服を汚していることに気づいて、流石に買い換えようと思った。
気に入った鞄を捨てるのがあまりに悲しかったので、次は長持ちするものを買うため本革にしようと思った。
思えば合皮の鞄は持っている期間の大半がボロボロだった。きれいな状態は半年もなかったかもしれない。ボロボロの合皮の鞄を持つのがダサいと脅す 革マニアに賛同するのは癪ではありつつ、実際、新品のきれいな状態を見て購入したにも関わらず、その状態はほとんど維持できていないという、自分の購入意図との乖離は確かに気になった。安物買いの銭失いになるより、ちゃんとした革の鞄を買った方がコスパもよさそうだと思った。
頭に浮かんできたのはデザフェスで見た鮮やかなペイズリー柄の鞄だった。ターコイズや赤など、色鮮やかなデザフェスの会場の中でもひときわ存在感をもって澄ました顔で鎮座していた。
いろいろ調べたけど、結局、頭の片隅にのこっていたデザフェスの鞄を超えるピンとくるものが見当たらなかったので、デザフェスで知ったMoriFactoryの鞄をお迎えした。陶器みたいにピカピカなペイズリー柄のダレスバッグだった。ダレスバッグは、自立してぱかっと開くがま口タイプのカバンのことを言うらしい。
https://morifactory.base.shop/
鮮やかでピカピカでしっかりしていて、素人の想像する「いい鞄」そのものって感じの、オシャレなきれいな鞄だった。バレンタインのチョコが12個入った箱の中でひときわ輝いているツヤツヤの赤いハートのチョコレートや、ティファニーのティーカップみたいな、洋風でオシャレで目を引く主人公の風格がある。
重たくて硬くてそこはちょっと不便だけど、柄と色がかわいくて見た目がいいなと思っていた。
この「見た目のために機能性を犠牲にした鞄」という認識が変わる転機となったのは、夫の結婚式参列用のクラッチバッグを買いに行った時だ。店員に「いい鞄ですね」と褒められた。「そういえば栃木レザーとか言ってたな。よく知らなかったけど、はったりじゃなくてちゃんとほんとにいい革なんだな」とは思ったけど、店員さんだからお世辞かもしれないし、実際のところそれがどのぐらい真に「いい鞄」なのかはあまり真に受けることもできない。
それよりも、そう言われて改めて鞄をまじまじと見て、「なんか買ったときより汚れてるかも」と恥ずかしくなったことの方が気になって、家にあった革靴用のブラシとクリームで手入れをした。簡単に元通りピカピカに戻った。
手入れしてると、今まで気づいてなかった細部に気がついた。よく見ると縫い目が荒々しい。直線部分はきれいに細かく少し角度のついたステッチが整然と並んでいるんだけど、カーブになっている部分、特にハンドルの縫い目の間隔が広い。
革も厚くて硬い。革を立体にするため寄せたり重ねたりしている部分に寄った力強いしわや断面の厚みに荒々しさを感じる。
全体のデザインとしては、鮮やかな色とペイズリー柄で、なんとなく洋風でかわいらしくてオシャレだと思っていたけど、よく見ると細部が猛々しい。
よく考えてみれば、この曲線的な丸いコロンとしたシルエットは、中に何を入れても満員電車で潰されても崩れる気配がなく、それは見た目に反して異様なぐらいの頑健さに感じられた。
優雅に踊るバレエダンサーやしなやかなチーターが筋肉の塊であるような、優美さを維持するための強靭な力を感じた。
ダレスバッグが美しい佇まいをいついかなるときも崩さず保ち続けるこの剛性は、とてもとても硬くて分厚い革を筋力でねじ伏せ優美な曲線で固定する職人の力強さによって作られている。
思ってみれば、実際この剛性は快適さにも貢献していた。
人は、ストレスがあることには気づくけど、ストレスのなさには気づかないものだ。
移動のときに重くて硬くて邪魔だなということばかり気になっていたが、出し入れや取り回しにおいてはこの鞄はとても快適だった。
最初は慣れなくてうまく開けられなかったが、慣れると片手で開けられるようになる。中から圧力がかかっていると開かないので、カバンを手首で押しつぶすように圧をかけながら金具をチョンとしたに押し下げると、金具のバネとフラップ自身の弾力でカチャッと自動でフラップが開く。
そして最高なのが、がま口を180度口を開くと中身が全部見渡せる。フラップも弾力でしっかり外側に向いて視界を邪魔することがない。小物の整理ができず、全てをカバンの一番大きいところに入れてしまう私は、よく重くて小さいものが下に沈んでしまって取り出せなくて苦労する。マンションのオートロックの前で鞄から鍵が取り出せず、見かねた他のマンションの住民や管理人に入れてもらったのも一度や二度ではない。
それがこのダレスバッグでは一度も起きていない。ぱかっと開いたダレスバッグは、実質引き出しレベルに全てが見える。鍵も、リップクリームも、錠剤も、全部見える。
コンビニのレジで財布やスマホが取り出せなくて列をとめることがゼロになる。
デスクの横に置いているときも、この利便性は発揮される。オシャレなレストランに行って、食後にリップクリームの塗り直しをしたり錠剤を飲んだりしたいときも最高にスマートでスムーズである。
特に、足元や荷物置きから、膝の上に鞄を乗せ直す動作もなめらかでストレスがない。やわらかい鞄だと、持ち手を持って、重力に負けて垂れ下がる鞄を持ち上げることになる。これだと、縦方向のスペースが必要で、取り回しが結構めんどくさい。特にテーブルのしたに棚がついているタイプの荷物置きの出し入れがめんどくさい。両手を使って下から支えてあげないと棚に収まらなかったり、棚から出る瞬間に鞄の本体部分が落ちたりしてストレスになる。
どの方向にも形が潰れない剛性の塊のダレスバッグは、手の動きに思ったとおりについてくる。
テーブルの下の棚からスムーズに取り出し、膝のうえに乗せ、膝のうえで引き出しレベルの展開をし、スムーズに目的のものをみつけて、スムーズにまた棚にもどす。美しい機能美を感じる。
MoriFactoryの商品説明に書かれていた「ダレスバッグの良さを知って、楽しんでほしい」という言葉を思い出した。この快適さを知ってほしいという意味だったのだと気がついた。
素人の私でも、この機能美が職人の技術で支えられていることはなんとなくわかる。革の戻ろうとする力に負けないがま口の硬さと、逆に手ではスムーズに開けられるなめらかさ。自身の革の硬さで自然と開くフラップ。
金具も精緻に作られているからこそ、カチッと片手で開き、カチャッと気持ちよく閉じるのだと思う。この金具は見るからに精巧だが実際繊細らしく、フックが摩耗してきて開閉機能が
職人が使う人の生活を、動作を想像しながら調整した道具であるという背景を想像すると、人との繋がりを感じられる。
移動のとき邪魔なのは間違いない。狭い通路を通るとき前に抱えたり、人混みを歩くときにぶつけて謝ったりはする。鞄自体は頑丈なのでぶつけてもへでもない。被害者になるような繊細さはないがタフすぎて加害者になってしまうのである。
満員電車でも確かに邪魔ではあるが、特に事故や遅延のないいつものピークの時間の混雑の程度であれば足元に置いておけば凌げると思う。この子はタフなので私が足で蹴ってしまっても平然としている。
鞄が踏ん張って邪魔になるのか、鞄は柔軟に圧を逃がし鞄の中身がダメージを受けるのかのどちらかなので、そういう意味ではむしろ満員電車でも中身を守るガーディアンであるという見方もできる。
重さもまあ確かに重い。間違いなく登山に連れて行ったり、高齢者に持たせたりするような鞄ではない。とはいえ、私はショルダーで使っているが、特に肩が疲れたとか腕が疲れたとか、なにかしらカバンが重くて疲れたとか思うことはない。スポーツをしないインドア文化部30代女でも、特に不便なく持てる。
それはおそらく、内側を布にするなど職人さんのの軽量化の工夫の結果もあると思うし、硬くてしっかり思い通り手についてくるため、バランスを取る必要がなく疲れにくいというダレスバッグのよさもあるのだと思う。4つの鋲で革が床につくことなくしっかり踏ん張ってくれるので、電車や路上でも置きやすい。数字上の重さほど身体に負担がかからない。
とはいえ流石に、ディズニーにはあまり持っていかない方がいいかもしれないが、6000歩のいつもの出勤日なら特にカバンの重さで疲れると思ったことはない。
ちなみにMoriFactoryのダレスバッグのハンドルは中まで革が詰まってる超高級仕様らしい。革は使っているうちに人のカタチになじんでくる。ハンドルも中身まで全部革なので、持つうちに手の形になじんでくるらしい。たしかに、握ったときの、がっしりしているのに自然と手に馴染む感覚は高級な感じがする。太さもかなり太めで持ちやすい。
とはいえ、ハンドバッグ持ちは手がふさがって不便なので私はハンドルは取り回しにだけ使って、移動のときはショルダー持ちをしている。なので手汗でシミになる可能性があるのかどうかはよくわからない。床や荷物入れに置いたり持ち上げたりする際にはとても持ちやすくて助かっている。
本革製品は、メンテナンスという概念があるから、カバンと向き合う時間がある。カバンの変化に気づいたり、細部の工夫に気づいたりして、職人の気遣いに思いを馳せる時間は人生の豊かさを感じる。メンテナンスをしなくても別に構わないというのもいい。義務じゃなくて、ただ自分の気持ちがふとカバンに向いたときにやる。気持ちに余裕がある状態で愛しいと思いながら鞄と向き合うのがよい。
私がたまたま知ったのがたまたまMoriFactoryのダレスバッグだっただけで、きっと世の中にはこういう使い手の生活を考えて寄り添うように作られた鞄がたくさんあるのだと思う。
きっとそういう鞄と出会った持ち主は、職人からの愛を感じて受け止めながら鞄を使って日々を送る。
しかしそういう職人と繋がれる小さな工房ほど、宣伝できる体力も、在庫を抱えて耐える資本もなく、経営では不利になるのだろうとも思う。
最近、サイレントヒルfにハマったので、Spotifyでプレイリストとか探してたわけ。で、最初に見つけたのがこれ:
https://open.spotify.com/playlist/0k6nelbsRL8La8EdmgZ7H4?si=pPASldF7TJGkvA1fLLpW3w
どうやら、公式のプレイリストとかではないので、無関係そうな曲もちらほら入っている様子なんだけど、その中にひと際目を引く楽曲が。
戸川純「諦念プシガンガ」
え、サイレントヒルと戸川純になにか関係があるの?とビックリして色々調べたんだけど、特にそういう情報は見当たらない。
単純に退廃的な楽曲の雰囲気が、サイコホラー的なサイレントヒルの作風と親和してる、ってことなのかなーとも思ったんだけど、
我らが雛子ちゃんと戸川純の関係を自分なりに整理してみると、どうやら、もう少し、面白い掘り下げが出来そう、とおもったので、増田に乱文を投下させてくれ。
作中で雛子は、「時代が(まだ)処理できない過激な女性」としての苦しみを背負わされている。
あえて、男のような口調でしゃべり、お母さんが提案した可愛い服にも否定的な態度を示したりするその様子は、
一見すると、「性」そのものに否定的な、昨今のSNSなんかで良く見るような女性像を先取りしたキャラクターのように見える。
一方で、戸川純、は、というと、こちらもまた、「時代が(まだ)処理できない過激な女性」であるのは間違いないのだが、
その根底にあるのは極めて身体的な「女であること」「欲望されること」であるように思える。
あれ、コイツ等全然相いれないじゃん、となった、そこの君。待ってほしい、実は上の雛子の説明には重大な誤解がある。
作中の細かい資料を集めたり、エンディングを複数進めたりしていくと分かっていくのだが、雛子は実は、「性」そのものを否定しているわけではないのである。
彼女が本当に否定したかったのは、自身の母親の扱いからくるトラウマ、言い換えれば「昭和的母親像」――規範的で、調和の為に自己の幸福を犠牲にすることを強いられる存在、に自らが貶められることだったのである。
「――女扱いされるのが嫌だったわけじゃない」
作中で雛子が修に告げるセリフがまさにこの点に光を当てている。
もしも、雛子の前に強引な「常義さん」が表れなかったIFの未来のことを考えてみる。
ライバル不在の修にとっては、好機……とはならないのではないだろうか?
家庭内の不和を抱え、やや回避型の愛着スタイルを抱えているように見える雛子。
彼女は果たして、致命的な誤解を抱えたままの修と上手くやっていくことが出来たのだろうか?
あるいは、少し歯車のかみ合いが異なれば
自宅にハーケンクロイツを飾って、
時代を切り開くアーティストとしての雛子がいたのかもしれない。
――それはそれで、雛子をまた別の霧の中に迷い込ませるのかもしれないのだが。
「Twitter(現X)でバズったネタをTRPG化しました!」そんな売り文句を見た時、俺の脳内で警鐘が鳴り響いた。
「ああ、これは危険な匂いがする」と。ネットミームや勢いだけで作られた作品がゲームとしてのバランスを放棄している例を、俺は嫌というほど見てきたからだ。
だが、今回紹介する『ギャップおじさんTRPG』に関しては、淡い期待を抱いていた。「普段は冴えないおじさんが、実は最強の超人」というコンセプトは、厨二病を患ったまま大人になった俺たちにとって、抗いがたい麻薬だ。
窓際族の係長が、裏では国家を揺るがすエージェント。そんなRP(ロールプレイ)がシステムで保証されているなら、多少の粗には目を瞑れるはずだ。
このゲームは『「超人ごっこ」をさせたいのか、「無力なおじさんが理不尽に抗う姿」を見せたいのか、設計思想が一貫していない』作品だった。
俺はこのシステムと出会って2年、文句を言いながらも両手で数えられないほどはプレイし、GMも務めた。エアプではないことだけは先に言っておく。
これからこのゲームを遊ぼうとしている奴、あるいは「GMが楽できるシステムです」という売り文句が頭から離れないGM。
この記事を最後まで読め。お前がリアルに闇堕ちしないための拠所に、俺がなってやる。
なお本記事は『ギャップおじさんTRPG』のレビューだ。ルールブックは購入して読んだ。
ただし話をややこしくしたくないので、本文では無料公開の「スターターパック改」と共通する範囲と、同じく無料公開のサンプルシナリオ等に絞って語る。誰でも確認できる材料だけで「どこがどうダメか」を説明するためだ。
サプリメント等で調整が入っている可能性はあるが、今回は扱わない。
俺がこのゲームに求めるTRPG像は『プレイヤーが不快なストレスなく、理想の超人ごっこを堪能できること』だ。本記事においてはその基準で評価する。
まず、このゲームの「ガワ」は優れている。
普段は冴えない窓際族のおっさんや、コンビニバイトの若者が、かつては世界を揺るがす超人として暗躍していた。文脈としては、いわゆる「なろう系」や「必殺仕事人」的なやつだが、これを嫌いな人間はいない。
システム面でも、表の顔と裏の顔をそれぞれ設定できるキャラメイクが秀逸だ。
「無職」「不精」みたいな欠点を抱えたまま、裏では専属の「部隊」を使役する。この落差を演じる楽しさは、本作の明確な強みになっている。
特に冒頭の「拠所(PCの日常に留まる動機)」フェイズで日常を描写させるルールは、PCやNPCへの愛着を育てるのにきっちり効いてくる。しかも、その拠所を敵が攻撃してくる。ドラマ作りとしては王道だし、素直に熱い展開だ。
ここまでは良い。ここまでは、俺も「神ゲーじゃん」と思っていた。
このゲームのPCは「異端の超人」という設定だ。秘密警察のエージェント、過酷な訓練を受けた傭兵、封魔の一族の末裔。さぞや華麗に敵を屠ってくれることだろう。
だが、このゲームの行為判定を見てほしい。「6面ダイス1つ」で「目標値7」。さて、6面ダイスで7を出す確率はいくつだ?答えは0%だ。
一応、用途に適した特技なら+2の補正が入る。それでも5以上を出さなきゃいけない。無論判定を有利にするスキルもありはするが、つまるところこの世界の「超人」たちは、何かしらのリソースやスキルがなければ、3回に2回は失敗する程度の能力しか持っていないに他ならない。ドラクエの「まじんぎり」だってもうちょい当たるぞ。
「リソース(光や闇)を使えば成功する」というのがこのゲームの肝らしいが、要するに「身を削らなければ特技さえままならない」というだけの話だ。テーマの解説には「失敗されると困るから云々」と書いてあったが、だからといって素の成功率を0%にするのは違うだろ。
戦闘システム、特に「防御」の仕様はストレスの塊だ。このゲームの防御は「ダメージを減らす」のではない。「敵の判定の目標値を上げる」という処理になる。分かりやすく言い換えると、「敵がミスる確率を上げて祈る」訳だ。
敵の攻撃を飄々と受け流す……という誰もが夢見るシチュエーションを実現することは、このシステムでは諦めるのが賢明だ。
そして、想像してみてくれ。PCがカッコよく防御スキルを発動する。だが、GMのダイス目が走って敵の必殺技が成功する。PCは努力虚しくダメージを受ける。流れる気まずい沈黙。「あ、防御したけどあんま意味なかったですね……」というGMの申し訳無さそうな声。
人間心理として、「攻撃が外れた」よりも「リソースを払って防御したのに無駄だった」ほうが圧倒的にストレスが溜まる。
俺がやりたかったのは「舐めてた相手が実は殺人マシンでした」であって、「殺人マシンだと思ってたらオンボロでした」じゃないんだよ。
次はGMとしての目線で、俺が最も不可解に感じた点を話そう。製作者はSNS上で「「GMを堕落させる」レベルで楽」と投稿している。2024年の宣伝においても「GMが堕落するシステム」と述べており、売り文句として扱っていることは疑いようのない事実だ。TRPGにおいてGMの負担軽減は永遠の課題だ。本当に楽ができるなら、それはさぞ素晴らしいに違いない。
だが、現実はそう甘くない。このゲームのGMに求められるのは、「放っておくと勝手に自滅するPCたち」と「運次第で強さが乱高下するボス」の調整だ。
データ通りの敵をぶつけると、PCはあっという間に消耗し、事実上の敗北となる「闇堕ち」へ一直線だ。
では「初心者向け」と謳われているシナリオはどうか?こちらは逆にヌルすぎて、何の緊張感もないまま終わる。俺としてはこっちの方が遥かにマシだが、振れ幅が極端すぎるんだよ。
中間の「程よい緊張感」を生み出すためには、GMがその場のノリと空気を見ながら、敵のデータをリアルタイムで調整し続けなければならない。
TRPG全般においてこうした「程よい」調整が難しいことは俺も同意する。だが、サンプルシナリオを名乗る以上、その手本を作者側が示すべきではないのか?
輪をかけて酷いのが、ボスと正面から対峙する「決戦フェイズ」自体の設計だ。ボスのHPリソース(闇)を削りきれば勝利なのだが、ボスには「再起」という復活判定がある。これが驚くべきことにダイス依存だ。つまり、2回であっさり沈むこともあれば、ダイス目が走って6回も復活し、PLをうんざりさせることもある。
GMは、荒ぶるダイス目で6回復活しそうになったボスを前に冷や汗をかき、「あ、これ全滅するわ」と察して露骨な手加減をするか、あるいはPCたちがなす術なく蹂躙されるのを見守るしかない。これで「堕落できる」というのなら、求められる能力の高さに俺はついていけん。
極めつけは「倒れる」というルールだ。いつでも宣言できて、エンディングまでシナリオから離脱できる。これを使えば、「闇堕ち」を確実に回避できる。一見、救済措置に見えるだろう?
だが、これには罠がある。戦い続ければ続けるほど、ダメージ軽減ルールの「力の封印」を使うたびに、シナリオ終了で手に入る「経験点(成長リソース)」が減らされる仕組みとなっている。つまり、
真面目に仲間のために正面切って戦った奴は封印によって経験点を失い
封印などせずさっさと「倒れる」を宣言して逃げた奴は経験点を満額持ち帰れる
「真面目な奴が馬鹿を見る」。それがこのゲームを突き詰めた先にある「闇」だ。
これが『カイジ』のようなデスゲームものなら実に皮肉が効いてていいかもしれない。だが、これは協力型TRPGだぞ?システムが、俺たちのロールプレイに冷や水をぶっかけてくるんだ。
PL間に「お前まだ戦えるだろ?」「いや、経験点減るから帰るわ」というギスギスした空気を生み出すのが、このルールの狙いなのか?
ルールブックには「【光】の貯蔵は十分行うようにしましょう」とある。光とは、判定を有利にするリソースだ。PCが持つ日常への想い、という設定になっており、決戦フェイズでボスを倒した後、日常に帰還するためにはこの「光」の所持数が重要になる。
そのせいで何が起きるか。目の前に瀕死の宿敵がいる。あと一撃で倒せる。だが、PCたちは攻撃しない。なぜなら「光を溜める行動」をしておかないと、勝った後に自分が闇堕ちするからだ。
PL1:「あ、俺まだ光足りないんで、今ターンは攻撃せずに家族のこと考えます(拠所判定)」
PL2:「じゃあ俺が攻撃……あ、俺も足りないから娘の写真見ます」
目の前の邪神を放置して、家族のアルバムを見始める超人たち。日常シーンならともかく、この局面でダサくなる必要はないだろ。
とはいえ、光が多すぎても判定の目標値が上がり、逆に闇堕ちが近づくのだから困り物だ。
そのせいで光が過剰に溜まってしまった場合、どうでもいい判定にあえて失敗し、丁度良い数まで減らしていくことになる。
GMはこれにどういう演出をしてやればいいんだ?俺には全くわからない。
どちらも「リソース管理」と「超人ムーブ」が完全に食い合っていて、プレイ中のノイズが凄まじい。だが、ここまではまだ「ダサい」で済む話だ。このリソースシステムの真の恐怖は、敵側(脅威)の挙動と組み合わさった時に発生する致命的な「事故」にある。
基本的にこのゲーム、PCのスキルコストは【光】だが、敵のスキルコストは【闇】で支払われる。この【闇】は敵の「HP」そのものだ。つまり、敵は強力な技を使えば使うほど、勝手に自傷していく。
想像してほしい。ラスボスが全体攻撃を放つ。そのコスト支払いでHPが0になり、勝手に復活判定に入る。「我はまだ倒れん!」とか言っているが、こっちは指一本触れていない。これだけでもギャグみたいな絵面だが、真に恐ろしいのは「復活に失敗してそのまま死んだ」場合だ。
敵が自滅すると、当然ながら戦闘はそこで終了する。するとどうなるか?PCたちに「光を貯めるための手番」が回ってこないまま、エンディングの判定に放り込まれるのだ。
結果、ボスは勝手に自爆し、PCは帰還コスト不足で闇堕ちする。いじめっ子が自爆した巻き添えで、なぜか自分まで退学になるような理不尽さだ。これを理不尽と呼ばずして何と呼ぶのか、俺には他に形容する言葉が見つからない。
散々こき下ろしたが、コンセプト「だけ」は本当に良いんだ。普段はダメな窓際族が、非常時に覚醒する。その「ギャップ」をやりたい気持ちは痛いほど分かる。「拠所」を標的にされてPCがブチ切れる流れも、ドラマとしては熱い。
拠所を敵に攫われ、PCが激昂したあのセッションは本当に熱く、俺が求める『理想の超人ごっこ』だった。
だからこそ、この「テーマとプレイ体験が一致しない設計」が全てを邪魔してくる。素材は高級和牛なのに、調理法を間違えて生焼けで出された気分だ。
もしお前が、どうしてもこのゲームを遊びたいなら以下の調整の導入を強く推奨する。俺が何度も遊びたどり着き、実際に試した「このゲームを最大限楽しむためのMOD」だ。段階的でも十分だが、その場合上から順に優先度が高いと考えてくれ。
3回なら3回と事前に決めろ。復活演出も効果的に組み込めるようになるはずだ。
サンプルシナリオ通りの強さにすると事故が絶えない。スキルを持たせる必要もないし、弱すぎると感じるくらいでいい。
ダメージ軽減ごときで成長や判定を阻害させるな。気持ちよく守らせろ。
戦闘中に光稼ぎを強要するな。ボスを倒した後、カッコよく日常に帰るための判定を行わせろ。
敵は闇(HP)が0になりかねないコスト支払いを禁止しろ。勝手に死んでPCの見せ場を奪うな。
『ギャップおじさんTRPG』は、いわば原石だ。ただし、泥まみれで、形も歪で、そのまま握ると怪我をする。GM諸氏は、制作者の「楽できる」という言葉を鵜呑みにせず、ハウスルールという名の研磨作業が必要だと留意してくれ。
もしも原石のままで遊ぶなら、相応の覚悟は必要だ。超人ごっこをしたいのに、運と節約で心が折られ、俺のようにリアルで闇堕ちする羽目になるからな。
LINEオープンチャット「はてなブックマーカー」の1週間分の要約を、さらにAIを使用し、試験的にまとめまています。
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## 🧭 1週間分の総括
この1週間は、年末年始らしい生活実感・家族・食・地域の話題を土台に、
そこへ仕事観・物価・テクノロジー・国際情勢といった現代的テーマが重なる、
広がりのある会話が展開されました。
「個人的な雑談」と「社会への考察」が自然に共存するコミュニティの温度感が際立つ1週間でした。
https://anond.hatelabo.jp/20240722084249