
はてなキーワード:悪徳とは
だから、“地盤(組織)看板(知名度)鞄(資金)”を継いだだけで、政治家としての覚悟や理想理念や教養を学んでいないような2世3世の放蕩息子議員が生まれる。『大恩ある◯◯先生の坊ちゃんを必ず国会へ!』てな感じ。85歳の爺ちゃんが“これまでの実績”で当選したりするしね。
日本の“民主主義”は元から存在してきた“封建主義”とのハイブリッドなんだよ。
“マカロニウェスタン”って映画のジャンルあったでしょ?イタリア人が西部劇映画をニュアンスだけで作っちゃうヤツね。
“名も無きニヒルなガンマン”が乱暴なアウトローや悪徳保安官をバンバン撃ちコロッしちゃうやつね。
日本の“民主主義”ってね、“マカロニウェスタン”みたいなもんだよ。
…あ、お願い!石を投げつけないで!もう少し話を聞いて。
“アメリカン先住民の苦難苦悩”や“黒人奴隷問題”とか、そんなシリアスな問題まで構ってられないイタリア人が、昔々のアメリカ西部のお話を単純な勧善懲悪の娯楽映画にしちゃうのと、自由や権利の保障とか、少数派の意見も取りこぼさないような建設的で闊達な議論とか、健全な批判的思考とか、民主主義についてまわる面倒でも大切で大事にしなきゃいけない民主的手続きとか民主的思考とか民主主義的理想理念とかを取り去って、『今まさに“多数派”にいる者だけが勝者なのだ!』っていう単純明快なシステムに魔改造した“日本式民主主義”って、メッチャ似てるでしょ?ちょっと強引?
だから、そこを海外の方々は理解してもらって、あんまり日本人の民主主義の理解度や政治リテラシーの低さを嘲笑するのはやめてあげてほしいと思うのよ。
むしろ、凄い事なんだよ。
“アメリカ様”に押しつけられた上に、“取説”とかを与えられないで、民主主義のシステムを“なんとなくこんな感じ”みたいに80年間やってきたんだから。
鬼頭莫宏の「なにかもちがってますか」は男子中学生が突然「物体と物体を入れ替える」能力に目覚め、眼の前の人間の脳みそをアスファルトと入れ替えるだけで殺害できるので「この能力を使って世直ししよう、悪徳政治家倒そうぜ!」と盛り上がるも、地方住み主人公が都会にいる悪徳政治家に会いに行くにはまず交通費がないため詰んでしまう…という話であった
面白くなりそうな始まり方だったのに、かつて悪意のこもった物語を発表していた鬼頭莫宏は、理解ある彼女と結婚して子供に恵まれ鬱病も治ってしまったので悪意を煮詰められなくなり、「世直しなんかより自分の人生が大事、受験勉強がんばろ」で終わってしまい肩透かしだった
俺は別に政治思想や政策について文句をつけたり意見したいわけじゃないんだよ。
夫婦別姓とか高額医療制度、憲法改正、まあいろんな考え方があるだろうし、そこは個人がどう思おうが自由だし。
でも、裏金問題は別だと思うんよ。グレーとはいえやってることはまあアウトなわけで。
不倫とかもそうだけどモラルの問題といえば裏金なんて完全にダメだし発覚したらなんらかの責任とれよって話だし。
統一教会の問題だって、なんら解決してない。すべてうやむや。その状態で日曜討論の場からも逃げる。説明しない。答えない。
今回の選挙だって、めちゃくちゃなスケジュールでバカみたいな金使って強行してさ。
なぜ今それやる必要がある?、裏金や統一教会、さまざまな問題に答えないまま逃げて肝心なことを何も説明しない。
何をやろうとしているのか言わないまま、大事なこと決めるんで、私を信頼して下さいって。
こういうときの常套句、「他にいないから」ってのも完全に思考停止のバカの台詞だよ。
じゃあ、犯罪者を選ぶの?って話じゃん。主義主張、政治思想、それ以前の問題として、人としてどうかって人間性の問題じゃん。
ちゃんとそこを見ようよってだけの話だと思うんだけど。
それともどんなクズでも目的のためなら手段を選ばないのが正しいって言うの? それが大人だと。
政治的発言をしたって漫画やアニメ声優を叩いてるやついるけどさ、少年漫画やアニメの悪役がやってることだよ、今の政治家のあれやこれや。
そういう勧善懲悪スカッとフィクションに出てくる悪徳政治家そのまんまじゃん、今の自民党。
長年の失政・悪事を顧みず、自分が当選したいがために悪徳集団から出馬するような奴ら。
いったいどういう倫理観なのか。
以下は適当にAIに列挙させたもの。直近の小粒なやつも混じってるけど。
1. 失われた30年を招いた構造改革路線の失敗と格差拡大(特に小泉・竹中改革)
非正規雇用を急増させ(現在約4割)、正社員の賃金抑制・メンバーシップ型雇用の維持と両立させた結果、実質賃金はほぼ横ばいか低下。少子化・消費低迷・デフレ長期化の最大の元凶の一つ。多くの人が「普通に働いて普通に暮らせなくなった」と感じる根本原因。
2.統一教会(世界平和統一家庭連合)との長年にわたる密接な関係・癒着
選挙支援の見返りに政策協定や推薦確認書を結び、半世紀近く関係を維持。安倍派を中心に多数の議員が接点を持ち、2022年の安倍銃撃事件で全国的に表面化。高額献金被害者の救済が進まないまま、教団の反社会的活動を事実上黙認したと批判される。道義的・人権的に極めて深刻。
3.政治とカネの構造的腐敗(裏金・キックバック・政治資金パーティー問題)
リクルート事件(80年代末)以降、佐川急便事件、金丸信5億円、橋本派・小渕派の不記載、安倍派裏金事件(2022-2024)と繰り返し。派閥の還流スキームが30年以上温存され、組織犯罪まがいの体質が露呈。国民の政治不信を決定的にした。
国有地格安払下げ、獣医学部新設認可をめぐる便宜供与疑惑。財務省職員の自殺を招き、公文書を改ざんさせてまで隠蔽。公権力の私物化・国民を欺く姿勢の象徴。
5%→8%→10%と段階的に上げたが、景気対策が不十分で可処分所得を減らし、少子化を加速。社会保障費抑制とセットで、現役世代の負担増が深刻。
人手不足対策として低賃金労働力を大量導入したが、劣悪な労働環境・失踪・死亡事案が多発。人権侵害の温床となっている。
無意味な対中強硬姿勢が経済相互依存を損ない、サプライチェーン混乱や観光・留学生減少を招いた面がある。一方で、安全保障上の必要性との評価も分かれる。
8. N国党(NHKから国民を守る党)との参院共同会派結成
基本的に#真相をお話しますと同じ結論、原作を読めばいいです。30点。
医学生の友人が海外で自殺、医学生の下にその遺骨が届く。骨壺には謎のクリスタルオブジェが入っており医学生は友人の死の不信からオブジェの調査を始め、その過程で謎の天才外科医ブラックジャックと出会う。で、まぁいろいろあってブラックジャックは獅子面病という顔が変形してしまう病気にかかった妻の夫から手術の依頼を受けるが、妻は人生を儚んでルスカ・ロマ所属の暗殺医キリコに安楽死を依頼していた。ブラックジャックは彼女を救えるのか。そして医学生の友人の死の真相とは。
みたいな話だった気がする。知らんけど。
Netflixの映画ジャンルに来てたので映画として見たんだけど、なんか途中のシーン転換で左下に「ブラックジャック」って出ててこれドラマやないかーいってなったので、出てくる奴らがもうみんなコスプレすぎるし演技がやりに行きすぎててうんざりするというようなところには目を瞑る。
ただそれはそれとして一本の作品としての志が低すぎる。
原作のブラックジャックは、もろちん人間ドラマとしての強い側面を持っていることは俺も否定しないが、医療系漫画としての強度に決して手を抜いていない部分が大きな魅力であるはずだがこのドラマ映画版ではまともに手術シーンをほとんど映さない。
最も長尺でやった鉄骨に挟まれたガッキを救うために両腕を切断しくっつけるシークエンスも何をやっているかを一切画で見せない。ドラマだから……じゃ説明がつかない。医龍だってドクターXだってブラックペアンだってちゃんとやってた。これはドラマでもできることのはずだ。でもやってない。
もっとどうでもいいグダグダしたドラマパートを切って医療シーンを入れるべきだったと思う。
じゃあ人間ドラマでオミットした医療作品としての部分を補えているかというとそうは思えない。
本作は「金持ちのドラ息子のために善良な市民の内臓全部入れ替える(と見せかけて、善良な市民の顔をドラ息子とすり替える)話」「鉄骨に挟まったガキの両腕を切断してくっつける話」「獅子面病の患者を助ける話」「内臓にピンクダイヤを埋め込む話」「キリコが毒殺しようとするも救う話」の5つを採用してるけど
鉄骨の話とピンクダイヤの話は1本の作品として見た時にぶっちゃけまったくいらない。ハンバーグに入ってるパン粉くらいの必要度。ほないるかぁ。いらない。
かろうじて呼応しているはずなのは「ドラ息子の顔をすり替える話」「獅子面病の話」でこれはどちらも「顔が変わってもそれは同じ人なのだろうか」という面白いテーマとして語る価値があると思うのだが、そこに関してはほとんど触れられない。めっちゃ不満。医学生の友人は顔が変わったけど生きてて、獅子面病も治ってよかった~!おわり。
敢えて褒めるべきところを探すとしたら原作では悪徳警官が獅子面病になった息子を無理やり助けさせる話だったのが、今作では「妻の顔が好きすぎて拝み倒して結婚した冴えない男が妻の顔が変形するという境遇になって愛とは何なのかに向き合う」という形に改編したこと。そしていつも通りBJに大金吹っ掛けられるんだけど妻の顔が変わったことで愛がすでに薄れ始めていてハイとは言えない。そうこうしているうちにキリコの暗殺計画は進行して……というサスペンスとしての面白みはあるかな。
そして今作でいろいろ改変がされてるんだけどほぼ全部うまく行ってない。
骨壺に入っていたオブジェはBJが手術に失敗した人の身体の一部を埋め込んで戒めとしていたという謎設定が生えてくるんだけど、まぁそれ自体はBJそんな奴か?という部分はありつつ是非が分かれていい部分かもしれんけど、なんで「死んだドラ息子の身体の一部で作ったオブジェ」を顔を挿げ替えた善人の関係者の骨壺に入れたん?意味わからんやろ。
渡すとしたらドラ息子の父親のほうやろ。「フフ、そういえばこんなものをもらったのですが私には必要のないものでしてね。手術成功の記念にもらってやってください(まぁその中身、お前の息子の遺体の一部なんやけどな)」だったらまだ理解できるけど、医学生はなんの知り合いでもないドラ息子の身体の一部なんかもろてどうすりゃええねん。
そして無理やりくっつけられたキリコパート。増田で一時期話題になった「キリコ性転換問題」ってこれのことだったんかと懐かしみつつ、キリコが女になったことで何か妙にウェットになってるの解釈違いやわぁと思いつつそんなことは些細なことで。
原作ではキリコの安楽死実行寸前にBJが駆けつけて患者を奪い治療を行うという展開だったと思うのだが、今作ではキリコが渡した安楽死キット(ナニソレ)を獅子面病の妻が使用してほぼ死んでしまう。そして妻の死に面した夫は「顔じゃなくて妻を愛していた」ことに気づいてBJに金はないけど俺の身体を使って(ホモ奴隷になるってこと?)くれ!と言い、BJはいつものドヤ顔で「それが聞きたかった!」と服を脱ぎだすんだけど(存在しない記憶)。
いや、薬剤注射で死にかかってる人間を助けるのって天才"外科医"のBJの仕事じゃなくね?内科医の仕事じゃね?いや、知らんけど。原作では元々BJが手術で救えるはずだった人を手術で救う話だったからいいんだけど、安楽死注射打って死にかけてる人をBJが救うのちょっと難しくね?これって気にしすぎ?
まぁ結局死ぬんだからなんでもいいじゃんって言われたらそれはそう。
でもあの最後に死ぬ展開も原作では、手術しないと死ぬ(しても死ぬかも)→安楽死させてあげよう→いや俺が救う→救えた!→でも別の事故(事件)で死ぬ→死なせとけばよかったのにVSそれでも俺は救う!の対立と諸行無常があったけど、今作では顔が奇形でもう死にたい→殺してあげる→自分で死ぬわ→グエー死んだンゴ→命も救って顔も戻す!→ありがとう→帰り道に事故で死にましたになっててシンプル脚本書いたやつ性格悪いなってなっちゃってる気がする。
別に実写化、フォーマットの変更にあわせて内容を変えたりオリジナル要素を入れるなとは言わないんだけどなんでそこの検証をおざなりにしてしまうんだろう。一本の作品としていいものを作ろうって気持ちがすごい薄く感じる。これが映画として撮られてたらさらに10点引いてもいい。
他の人がつくったまとめを読むのが好きなので、俺もならって書く。
※2025年に読んだ上位10冊だと、必ずしも2025年(もしくは前年末)に出版されたものに限らない。極端な例として、英文学の傑作とされる『闇の奥』とか出てくる。1902年版。
そこで、1年以内に刊行されたものだけでも10冊以上になるようにした。+αはその意。
有性生殖の壮大な歴史を概観する、いわゆるビッグヒストリーもの。
ぱっと見ではちょっと下世話なタイトル。しかし、20億年というバカでかい数字も含まれているとおり、読み始めるとビッグバンの話から始まって、地球が天体レベルで迎えてきた過去の大絶滅のイベントが進化に与えた影響について紹介するなど、大変にスケールが大きい&しっかり科学的な本。
作中では、まず物質から命が生まれ、単細胞から多細胞になり、性別を持ち…という流れが、生物史のイチから描かれる。やがて、多細胞生物は進化とともに性的役割分担を生じ、その中の一種であるホモサピエンスは狩猟採集から農耕に移行する中で複雑な社会を形成するようになり、階層が生まれ、新しい社会で性別は役割や職業だけでなく差別とも切り離せなくなり、そして現代では? というところまで総観される。
後半の主役はどうしても人類になるけど、一方で、人間とて有性生物の一種に過ぎず、我々の社会も「生物がつくりうる群れのパターンの一つ」でしかない、という視点が体感できるのが、この本の良さ。いわゆる文系でも読める。そこそこ厚めの科学系ノンフィクションがいける人はぜひ。ちなみにオチの一文がシャレている。
まったく余談だけど、本作は集英社刊行。この手のジャンルは早川や河出、みすずあたりが強いイメージがあるので意外だった。
俺は小さめの青虫なら手で触れるぐらい虫が好きで、知識もそれなりにあるつもりだけど、それでもどのページを開いても「ほお~」と嘆息してしまうぐらい情報が豊か。この本も、地球というのが生命の壮大な実験場で、長い歴史の中で膨大な選別と滅亡を繰り返している世界であり、いま生きているやつはみんな、構造の複雑さや大きさに関係なく、各自の戦略でもって何かしらの頂点、キングであることがわかる一冊。
見入ってしまう理由はもう一つあって、写真が本当に美しい。昆虫嫌いはどのページを開いても卒倒すると思うけど、うっかり手にとって目覚めてほしい気持ちもある…。
イスラエルのIT企業が制作・販売し、やがて各国要人のスマートフォンに忍び込むことになったスパイウェアをめぐるノンフィクション(←重要)。
作品としていくつかの側面があり、「テクノロジーの悪用を追求する社会派ノンフィクション」「追うものと追われるものの駆け引きを描いたサスペンス」「一つの大きなプロジェクトを、組織横断で運営する困難を描いた仕事もの」として読める。
俺は、どんな技術でも基本的にそれ自体には善い悪いはないと思っている。実際、優秀な若者だったイスラエルの起業家たちがペガサスを立ち上げたエピソードは、そこだけ読めば、ほかのビッグテックの成功譚の導入と変わらない。
ただ、巨大な力の行使を自主的に規制せず、金を払えるところならどこでも売る、という条件だけで市場に開放すれば、やがて歯止めが利かなくなる…というか、大きなクライアントから契約を得ること以外の指標がはじめから存在しないため、ブレーキのかかりようがなく、最後はろくなことにならない、ということがよくわかる。
いわゆるマルチバースについて、いくつかの可能性を科学的に整理した本。
俺のような文系にはややハードだったが、逆に言えば、宇宙物理学(ビッグバンとか、観測できる宇宙の果て)や量子力学について、ぼんやりとでもイメージができれば、なんとなく理解しつつ読める。
この本、何が素晴らしいかというと、一般的にひとくくりにされがちなマルチバースという概念について、いくつか種類があるということを整理してくれるところ。
俺は宇宙物理とか量子力学の本をたまに読み、その中でいわゆる多世界解釈についても目にするので、「いろいろと読んだけど、こんな本が意外とマジでなかったな~」と感動している。
例えば、ある宇宙における一つの文明から物理的に到達しうる距離の限界を仮定して、その範囲を超えたところに別の文明や星が存在するなら、それはある意味でマルチバース。もちろん、まったく別の宇宙が別次元に複数存在してもマルチバース。
一方、超ミクロにも視点を移して、量子のゆらぎが世界の一つの可能性に収束するのではなく、複数の世界に分岐していくのだ、と主張するなら、それもマルチバース。
要するに、「マルチバース」という言葉の意味自体がマルチなのだが、そのことをかみ砕いてくれる本というのが実は貴重。これ系好きな人はおすすめ。次の本を読む上での下地にもなるかも。
アテンションエコノミーによって駆動している現代のデジタルプラットフォーム・SNSとの付き合い方について、作者が専門家と交わした議論をまとめた対談集。
アテンションエコノミーとは、ざっくり言って、ユーザーの注意関心を定量化し、それを指標としてコンテンツや運営方針を決めていくスタンスのこと。これを重視しすぎるあまり、商環境におけるモラルが二の次になってしまう、という問題がとっかかりなのだが、本作のすごさは、そこから人間の認知構造まで踏み込み、「そもそも、人が自由に自立して何かを消費するとは?」まで進むラディカルさにある。
例えば、人間の認知というのは迅速にorゆっくり判断する、という二つの軸を持ち、同時に、無意識にor意識して評価する、という二つの層を持っている、という点が説明される。そして、アテンションエコノミーというのは「迅速&無意識」の部分を攻撃しているため、やっかいであるとされる。
攻撃と表現したとおり、本作においてアテンションエコノミーとは、(全面的に悪とは言えないまでも)人類最高峰の知能を持つ人たちが、一秒でも長く少しでも多い反応をユーザーから引き起こすために仕掛けてくるハッキング行為でもある、というスタンスをとっている。
ここでジレンマ、というタイトルにつながってくる。俺たちが社会全体でアテンションエコノミーとの付き合い方を学ぶとしたら、有効な方法の一つは、教育を通じて学習することである。ただ、学んで育つとは、基本的に人間の本来の強さ・賢さを信じ、それを伸ばそうとするものであるため、「俺達は根本的に抗いようのない領域を抱えており、そこをハッキングされるとひとたまりもない」という弱さの認識とは食い合わせがあまりよくなく、手段の確立に苦労している(書いていて思ったが、性教育や薬物の危険さを学ぶことの難しさも同じかもしれない)。
今後、どうしたらいいかは探っていくしかないよね、という感じだが、一つ面白かったのは、デジタル技術は基本的に、自主的な決定と自己責任を重んじる、いわゆるリバタリアン的な価値観によって推進されることが多いが、その行く末が「ユーザーにそもそも判断させる余地を与えない無意識下の攻撃」に成り下がってるのでは? という指摘は、皮肉でかなり響いた。
ジレンマをもう一つ。利益面で言えば、プラットフォーマーにとっては無思考に時間とお金を費やしてくれるユーザーが一番ありがたいわけだが、消費者もそこまでお人よしではない。「全然自由度が低いっていうか、なんかナメられてね?」と思うこともある。
そこで、「じゃあ自分好みにいろいろ選べるように協力しましょう」という良心的な運営もあるだろうが、「ユーザーが自分で自由に選べた、という感覚さえ演出できれば、実態は別でもかまわない」という方向に進んでしまう運営も現れうる。いまやテックジャイアントの在り方とは、消費者の自主性を尊重している姿勢を見せつつ、いかに自分たちの利益に誘導できるか、その妥協点の模索に陥っているのでは(そもそもの理念はそんなじゃなかったはずなのに…)という見方も紹介されており、面白かった。
本年ベスト級。下で紹介している『アルツハイマー病の一族』がなければ1位だった。
九州の農協に勤めていたあるエース営業マンの不審死を追ったドキュメンタリー。
一人の優秀なサラリーマンが、組織内にも地域にも一つの「帝国」を築き、邪魔者は排除し、しかし、最後は(おそらく)破滅した様が描かれる。
大げさな言い方をすれば、社会における悪とは何かを考えさせられる作品。主犯とされる男が周囲の人に行ったことや、横領行為は悪いに決まっている。しかし、こんなやつは罰さなくては(もう本人は亡くなっているが)、という義憤がときどき迷子になってしまうのは、「本当に彼だけが悪いのか?」、そして「そもそも、この社会はこうした『悪』を罰せられる構造になっているのか?」と思ってしまうから。
読み進めると、彼が所属していた組織もお金の流れもあまりにいい加減で、根本的に腐敗しており、システムの中心としてそれを差配していた彼の周囲に群がっていた同僚や市民も、何か妙なことが起きていることを薄々察知しながら甘い汁を吸い続けていたことがわかる。
つまりこれは、悪事と責任が彼以外にも分散しているということなのだけど、もう一つ思うのは、そもそも社会というのが、本質的に悪の所在をあいまいにし、「悪」でさえなくす、ロンダリングする仕組みなのではないか? ということである。
どういうことかというと、物事や手続というのは本来は筋道や道理があり、それらにのっとらないといけないはずなのだが、これを四角四面に処理しようとしても遠回りになるだけで何の意味もないことが往々にしてあり、そして、よく言えばそれを円滑化する、悪く言えば本筋をねじ曲げることのできる人物がどこにでもいるもので、結果としてその人のおかげで、(あくまで、そのコミュニティの中では)物事がうまくいく、ということがよくある。
肥大化&形骸化したナンセンスな仕組みなら見直せばいいのだが、組織にそんな向上心もリソースもなく、それでも体裁を取り繕わないといけないとき、それを(自分の利益とブレンドしつつ)調整する役目を負う者が求められ、必然的に出現するとしたら、その誰かを悪と断じることの意味はなんなんだろう? と思ってしまうのである。
もちろん、シンプルに悪事は悪事であるという答えはぼやかせない。
盗んだり誤魔化したり、他者をいじめたら悪いに決まっている。当然のことだ。ただ、システムを悪用して悪事の限りを尽くすやつと、有能ゆえに組織の悪徳を背負わされて破滅するやつが、同じ人物ということもあり得るよな、とは思う。
19世紀のコンゴを舞台に、西洋文明による資源と労働力の搾取を描いたジョゼフ・コンラッドの小説。1902年刊行。
ホラー作家である平山夢明の短編『すまじき熱帯』がまず面白かったのがあり、その元ネタがたぶん、フランシス・コッポラの『地獄の黙示録』であって、その原作が『闇の奥』…という紆余曲折あって手に取った。
例えば気まぐれに古典を読むと「名作ってやっぱすげえ」と思うことが多く、実はこれは意外ではなくていまの俺たちの価値観や言葉の下地になっているものである以上、それなりに当たり前のことなのだが、はじめて読んだ『闇の奥』も例に漏れず強烈だった。
基本的にこの作品は、西洋によるアフリカの搾取、強制された苦役と恥辱の物語として読まれている。有名なセリフである「地獄だ!地獄だ!(the horror!)」も、まずこの視点から解釈するべきで、それは先進国に必須の認識だと思う。ちなみに、 セリフを発したのは現地で開発を差配していて発狂してしまったクルツという西洋人。
一方で、個人的な印象としては、クルツにある種の英雄性を感じてしまったのだった。
暗黒大陸とも形容される当時のアフリカの奥地に、「文明の担い手」として一人で立ち向かった人間。「闇」と「文明」が接する最前線で彼が発した「地獄だ!」といううわ言は、その言葉自体が、未知の世界から切り出されて西洋側に持ち込まれた(負の)成果物であると思う。『対馬の海に沈む』でも思ったが、俺は腐敗した組織の一員である誰かが役目に邁進し、自身の欲望と背負った責務の中で破滅するナルシシズムが好きなんだろう。
もちろん、コンゴの側から見れば、勝手にやってきた侵略者の一人が勝手におかしくなって破滅しただけであり、そこにヒロイズムを感じるのは先進国の大変な欺瞞だと思う。加害と被害の歴史は前提として理解しないといけないし、意見を発するうえでバランスは気にかける必要があるのだが、↑のような感想を抱いてしまった。
余談だけど、今年刊行された本に『ブラッド・コバルト』というすさまじいノンフィクションがあり、同じコンゴが今度はハイテク機器に使用されるレアメタルの産出国として、ふたたび西洋社会による深刻な搾取を被っている様子が描かれている。
医師として病院に勤務する主人公。ある日、救急で運び込まれてきた心肺停止状態の患者は彼とうり二つの顔をしていて…という導入から始まるミステリー。
2025年はミステリーやホラーを中心に15冊ぐらい小説を読んだんだけど、その中でもぶっちぎりで面白かった。
※ 以下、少しネタバレ。注意
今作の優れたところは、冒頭の謎をオチまで温存することなく、あくまで読者を引き付けるためのフックとして割り切ったところだと思う。
導入部分の真相については、正直「科学的にあり得るならこうだろうな」という域を出ない。それを冷静に見越したうえで、いわばロケット(作品)を高く飛ばすための燃料として中盤で切り離し、さらに高い地点への加速と突破は他の要素や伏線回収で狙う、という戦略だと感じた。別作品の批判になるが、同じようなネタを武器として最終盤まで引っ張ってしまったミステリーも同じ年にあり、個人的には格が違った印象がある。
ベタな表現になるが、後半もどんでん返しが続き、飽きさせない。逆に言えば、スキャンダラスな波乱の展開をいくつ詰め込めるかを始点に逆算してつくられた感じはある。これを品がないと思う人もいるかもしれないが、こだわりがない人は面白く読めると思う。
後半に続く。
元々実家でも猫を飼っており生まれたばかりの猫を育てたこともあるので
生後三ヶ月にしては小さ過ぎないか?
現在1歳になる猫を元々飼っており、もう一匹そろそろ飼いたいね〜なんて言っていたら家族がお迎えしてきた。(新しくお迎えして良いかの打診はもちろんあった)
ペットショップ兼ブリーダーのお店らしい。私はそのお店に一度も行ったことはない。
お迎えをした家族の話を聞いていたら中々香ばしいので書いてみる。
・HPで見た子猫を見に行ったら別の柄の子がでてきたので指摘すると「写真は小さい頃で大きくなったので柄が変わった」
・ペット生体代+安心パック?(ワクチン代・血統書・マイクロチップ)の金額と記載されていたのに追加で血統書代を払わされた「自家繁殖の子の血統書は別」
あまりペットショップやブリーダーなどに一人で行く経験のなかった家族はあれよあれよと契約をしてしまい、当日お迎えをしてきた。
猫って当日お迎え出来るもんなの???
そして連れて帰ってきた猫と対面。
小さい、なんか小さいし毛がみすぼらしい。生後すぐ拾った子猫でも三ヶ月の時もっともふもふしてたぞ。
ただ可愛い。はちゃめちゃに可愛い。子猫ってだけで可愛い、この可愛さは刹那的な可愛さだと思う。もちろん大きくなっても可愛いが。
謎の母子手帳(追加料金有り)と一緒に1回目のワクチンの接種の記録も貰ってきた。えらい。
誕生日も記載されており、HPに掲載されている現在も販売中の猫と同じ日付。
同じ母猫から生まれてきたなら納得だが、本当にそうなのか?疑問を感じながら該当のお店をネットで検索する。
・お迎えした子が病気だった
・環境がかなり劣悪
色々レビューに書かれていた。
家族よ…なぜそのお店でお迎えしたんだ。せめてネットで調べてからそのお店に行ってくれ。
お迎えしてからは数日の軟便。
移動のストレスかなと考えていたが、1日2回の給餌で消化不良を起こしていただけだった。多分。
1日4〜5回にしたら軟便も治り体重が劇的に増えた。
一週間で毛艶も良くなり体重も増した。
先住猫と会わせる準備しないとなーと思っていた矢先。
子猫がくしゃみをした。1日に数回、それも数日続いて。ただ鼻水はない、食欲、排便、うるさいくらいに元気。
元々隔離していた部屋で遊ばせていたが、ふと謎の悪臭を感じた。
周りを見渡せどうんちは無い。居るのは猫だけ。
猫風邪の不安も相まって慌てて子猫用のキャリーに突っ込み病院へGO。
不安に襲われながら病院に連れていけば、わんぱくな子猫が大好きな老若男女から死ぬほどモテた。こんなにモテたのは人生初だった。
やはり子猫はすごい。
診察室に呼ばれ、先生にくしゃみをするが元気ならワクチンをしたい旨を伝えたところおもむろに耳をめくる
耳ダニでした。
もう耳の中真っ黒。毛色で全然気付かなかった自分をぶん殴りたい。悪臭も多分これ。
この量ならブリーダーのところで感染したんだろうということで、耳の洗浄、点耳薬、風邪の疑いがあるので抗生物質、先住猫のダニの薬(隔離してても飼い主を媒介に移る可能性があるのでこれは必須だった)
耳を掃除して貰ったからか、ふやけたコーヒーかすの様なものが落ちる落ちる。
キャリーの中に黒いゴミが散乱しケージにもそれが飛び散っていた。(数日経っても時折大きなカスが取れて落ちている)
絶句。
その日はケージの中に居てもらい、数日はケージから一切出さずに生活して貰った。というか現在進行形でそうしてる。
耳ダニはその黒いゴミの中にダニの卵やダニ本体が居るため可能であれば布製品は捨てた方が良いらしいが、
悲しいかな前日にニトリでNウォームの猫ベッドを買ってしまった私は泣く泣く布団乾燥機でダニ抹殺モードで熱消毒をしたうえで洗濯機にかけた。(ただの洗濯では落ちない)
ケージの二段目に布が貼り付けてあるところはドライヤーで熱した上で掃除機もした。
ちなみに先住猫は普段とは異なるダニの薬にすごい顔をしていた。10分くらいは斜め後ろに傾いてた。
これを書きながら、
杜撰なお店だったからこれマジで健康診断がっつりちゃんと野良猫と同じレベルでやった方が良いのではないか?と思っている。
あと病院に行くのを一週間先送りにしなくて良かった。年の瀬にこれだったら多分忙殺されてただろう。
ブリーダーに連絡しないのか?と思う人もいるが、せいぜい出来て「交換しますか?」と言われるくらいで後は無理だと思う。
契約書にもウィルス性の病気が判明したら交換するといった記載しかなかった。先天性の病気があったらどうすんのか。あと多分耳ダニが居るのをわかってると思う。
脈絡もなく書き連ねたが、
私が想像もできない劣悪な環境で育ちこれからどんな疾患が発覚しようとも、やはり家族として迎えた責任と愛着もあるし当たり前に治療をし終生大事にするが、ブリーダーに関しては色々納得してない。
商売の道具にするならもっと手厚く大事にして欲しい。商品だと言うならその商品を丁寧に扱って欲しい。命として見れなくなってても、商品としてはちゃんと見て欲しい。
誰に話せることでもないので此処で吐き出す。
悪徳によって得た富は長続きしない
「悪徳によって得た富は長続きしない」という命題は、全くの誤りではない。
しかし、ここでいう「長続きしない」とは「未来永劫ではない」という程度の含意にとどまり、当人が富裕な生活を享受しつつ天寿を全うするだけの時間的余裕は十分にある。
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🌟エコノミクス⭐️プリキュア — The Invisible Hands ofJustice!
かつて豊かだった国は、「欲望のディストーション」によって市場が歪み、人々が“貨幣の呪い”に囚われてしまった。
そこに現れたのが、五つの「理念のクリスタル」を宿す少女たち──。
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アダム・スミスの精神を継ぐ、やさしさと理性のバランスガール。
特技は「インビジブル・ハンド・ヒーリング」で、対立した人々を調整する。
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巨大なハンマー“ダス・キャピタルブレイカー”で悪徳資本を粉砕。
⸻
💙理性の風!キュアケインズ!
冷静沈着なブレーンタイプ。
金融嵐を収束させる「フィスカル・ウィンド・リカバリー」で仲間を支援。
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💚調和の智!キュアセン!
「みんなが“できる力”を持つ世界を!」
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最終ボスは「ゼロ・サム・クイーン」──他者の損失を快楽とする存在。
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本当に辛そうだった
バリバリ仕事して、結婚して、子供もいるのに、顔に糸を入れて吊り上げをしたら(糸リフト)、顔面どころか体の神経まで影響が出て、メンタルも絶不調
その顔の糸を取り除くにも、逆に顔の神経を傷つけて悪化するかもしれないから取れないらしい
その糸は溶けるらしいが、1年経っても溶けない、話によると溶けない場合もあるらしい
何十件も他の医者に診察してもらっても、待つしかない、うちじゃ無理と言われるらしい
ある病院だと、手術代が1000万くらいいると言われてた
他の人のTwitterでも、顔の脂肪吸引とか、骨を削るとかで、後遺症になってる人がいた
元の状態に戻りたい、整形なんてしなくていいって訴えてた
自分は整形はする気はそんなになかったけど、それより、健康体でいられるのはありがたいことだなって思えた
そして今苦しんでる人たちが少しでも楽になってほしいし、
切にそう感じました
「日本ってけっこう中抜き地獄だよなぁ」中抜きの業者は末端と先端以外は何もしておらず、船頭が多すぎる。個人的には、トップよりも間の何もしてない奴らの方がヤバいと思う話
増田はとあるインフラ企業に勤めるオッサンです。多分日本で弊社の名前を全く聞いたことがない人はほとんどいないと思う。
当社が主に頼る建設業界って多重下請けピラミッドというステレオタイプな偏見で見られることが多いと思うんですね。
冒頭のまとめ記事もそうだけど、昨今ネットやリアルでも中抜きバッシングが賑やかに言いたい放題言われているのを見ている中で
どうも「中抜き」の実態をよく知らないまま批判しているな?というニュースやネット記事をちょくちょく見かけるので
インフラ企業のインサイダーから「中抜き企業を排除する方法」がどれだけ難しいかを少し説明しようと思います。
建設工事において、弊社は発注者として元請企業に施設の新設や修繕・改造工事を委託します。
そして元請企業は基本的に受注した業務のパートごとに二次請以下へ仕事を降ろしていくことになります。
そして、実際発注者である弊社の施設で現場作業を行うのは、四次請以降の企業の社員ということになるわけですね。
(元請や二次請企業も管理のため基本現場には常駐しますが、実作業はあくまでそれ以下の下請が行います)
この工事を門外漢が単純に見ると元請(一次請)から三次請の企業は実作業をしないのにマージンを抜いていく悪徳中抜き企業と評されるのでしょうね。
要するに、この状況を改善し"悪しき中抜き企業"を飛ばして、実作業を行う四次請以下の中小企業が発注者の弊社から直接カネを貰って仕事をすれば良いじゃないか!
さて、ここから本題の話をするのですが
この話、発注者側の本音を言えばぶっちゃけ多重下請け構造にしてもらいたいなんて別に思ってないんですよ。
でも実際はそうならず二次請三次請四次請に流れていくのは、「その方が安いから」ということでしかありません。
弊社がやる工事の場合、元請企業っておおよそ大企業で人件費も高いんですよ。
そういう元請社員に直接手を動かしてもらうより、その下請以下の安い人材にやってもらう方が経済的合理性があるわけです。安さは正義。
当然入札で安い見積を出したい元請企業も事情は同じで、自社社員に現場作業をさせるより下請を使おうという動機付けが起きるのです。
ちなみに、弊社のような顧客企業から直接四次請の中小企業に発注したら良いじゃないかという主張もあるかもしれませんね。
(建設業ではないですが、実際にマイナポータルの事業で、NEC等大手メーカに発注せずデジタル庁から中小企業に直接仕事を発注すれば良いじゃないかという主張が一部でありました)
この主張に反論すると、ただの建設工事と一言で言ってもその中では様々な工程があるんですよ。土木工事も要る、配管屋も塗装屋も電気工事も要る。他にも多種多様に業者が必要になる。
これらの業務を直接発注する場合、弊社の社員が直接仕事を切り分けしてそれぞれの専門業者(つまり四次請)に頼むことになるわけですが、
この事務作業に掛かるコストも馬鹿にならないんですよ。弊社も大企業ですから社員もそれなりに高単価で人件費が掛かるのです。
そうするとこの事務作業は自分のところでやるより外注した方が安いねというインセンティブが働き、事務作業も含め管理業務も一括で委託できる元請企業に委託した方が合理的だという結論になるわけです。
そして元請企業もある程度の切り分けまでは行いますが、それ以上の細かい事務作業はさらに下請以下へ任せる方がトータルコストは安くなります。
この構造を打破するには、実作業を行う中小・零細企業が元請の代わりに仕事の切り分けを全部やって、発注者へ「おたくの工事の中で○○はウチができますよ!」と提案してこないといけない。
もちろんやってくれるなら大歓迎なのですが、残念ながら中小零細企業の99.9%はこの事務作業ができません。できないからこそ三次請や四次請に甘んじているわけです。
そして、実際のところ三次四次の中小もこんなことやりたいとも思っていません。高レベルだしそんなことできる人材もいないからです。
中抜き中抜きと言えば何かいっぱしの批判をした気分になってる方々も、上記の事情を知って頂ければ
中抜き企業を排除するには中小零細企業が元請企業レベルの事務作業の能力を持つ必要があること、そしてそれは中小零細にとって酷な要求だということが理解頂けるのではと思います。
一応念の為に知人の話…としておく
ぶっちゃけた話 都内は女子ピー生と安くエッチなことができる天国のような状態になっている。
昔のP活風俗で働く女の子はホストのためだった。ホストクラブは(確認してない悪徳店も多数あると思うが)未成年禁止で身分証明書の確認も行われるので
基本的に大学生以上が通っている。なので一昔前の体売る若い子の大半はホストクラブの担当のために働く子が大多数だった。AV女優も。
しかしここ数年で一気に体売る女性の層が入れ替わった。未成○が拡大しているのである。
それもトー横界隈みたいな荒んだ子ではなく、大人しくて真面目そうな子である…。
今の日本の都内は裏では未成○の真面目そうな子がP活しまくりのとんでもない事が起きている。その理由はなんなのか。
その理由はメンズ地下アイドルの特典会。メンズ地下アイドルのライブは誰でも見に行ける。そこに未○年が行ってハマり担当のためにP活。
詳しくは知らないが今どきはチェキ会どころではなく、30〜50万払ったら土日に浅草デートという特典会があるらしい。みんなそのために戦っている。
おそらく特典会のトップオタは毎日活動できるP女子の大学生や風俗嬢で、その下に時々しか活動できない女子○生みたいな構図だと思われる。
そして昔と違うのは体を売る子の容姿。昔はちょっとアレな子が売るイメージだったがメンズ地下アイドルに貢ぐために頑張る子は
アイドルみたいな可愛い子が多いのである。馬鹿みたいに体を売る子の質が上がっている。
可愛い子がライブ見に行く→自分は可愛いので頑張れば本気で付き合えそう→P活開始→その流れで上位オタの過激派ほどアイドルみたいな可愛い未○年が増える
という日本全体からみたら地獄みたいな状況になっているが…俺が言いたいのは
プライドを捨ててP活するほうが真面目に生きるより満たされる逆転現象が起きている。正直今真面目に生きるのはかなり勿体ない。
メンズ地下アイドルもいつ規制されるかわからない。ダメ人間になるほうが得なのである。
会い方教えてくださいというコメントが沢山きたら続きも書く。