
はてなキーワード:恥の文化とは
宗派としては、日本におけるプロテスタントの最大教派である日本基督教団らしい。
石破総理が選挙に3回も惨敗したのに辞任しなかったのは、日本人の「世間」の常識が無かったから。
多くの日本人であれば、普通は国政選挙で2回、都議会選挙で惨敗したら、潔く身を引くものと考える。
これを言語化するならば「恥の文化」とか「体裁が良くない」とか「世間体を気にする」とか「お天道様が見ている」と表現できる。
キリスト教徒にとってはイエス様の意思が全てなので、「世間からどう見られるか」は一切気にしない傾向があるらしい。
それでは日本人が作り出す世間は無謬なのか、と問われると「そうだ」とは言い切れないわけで、難しい問題だ。
トランプは「自国のために世界を犠牲にすること」にいつだって全力だ。
シンゾーは「自分のために自国を犠牲にすること」にいつだって全力だった。
一見するとどちらも我田引水だが、その結果として得をする範囲が全く違う。
トランプの政治はアメリカの多数派だけが幸せになる。まあつまりアメリカ人口の50%よりちょっと少ないぐらいだけということだ。
およそ1億5千万人程度だろうか?
ではシンゾーの政治は?
シンゾーのやり方で幸せに慣れたのは彼のお友達とその取り巻きだけ。せいぜい1万5千人、多くても15万人程度だろう。
トランプのやり方では世界人口のうち50億人ぐらいは損をする側に回るだろう。
一方でシンゾーのやり方だと日本人のうち1億人が損をすることになる。
だが彼は自分に投票してくれた人達の大部分に利益を還元している。
一方でシンゾーはテキトーなおべんちゃらとバンドワゴン効果を駆使することで多くの日本国民を「肉屋を支持する豚」に変えてしまった。
日本人は恥の文化に根付いた正義感を振り回しがちなので「世界に迷惑をかけるトランプよりは、自国にだけ迷惑なシンゾーの方がまだマシだ」と思うかも知れない。
でも俺はそうは思わない。
表向きは「皆応援ありがとう!」と言いながら、実際には「でもお前ら一般国民共は別に僕のお友達じゃないからお前らの財布から抜いた金を本当のお友達だけに配るね」と財布扱いしておしまいだ。
こんな酷い話があるか?
投票によって選ばれる政治家でありながら「投票してくれた人間を騙して損をさせる」というのは最も卑劣な有り様なのでは?
俺はシンゾーのことを不誠実だと言ったが、彼の不誠実さがわざと国民を苦しませようとする嗜虐的な欲求から来ていたと思っているわけじゃない。
もしもシンゾーがもっとずっと有能だったなら、友達にも金を配りつつ日本人全員も裕福にさせることを実現させていただろう。
なぜならその方が彼の望む姿、皆に滅茶苦茶チヤホヤされて承認欲求みちみちフルマックスにたどり着けたのだろうから。
彼は我々を騙したくてアベノミクスをでっち上げたのではなく、本当に望んでいたのは成功したアベノミクスの立役者として日本中のヒーローになることだったのではないだろうか?
彼のような自己顕示欲の塊が、単に本当の友達にだけチヤホヤされて満足するとは思えないのだ。
だが、能力の低さから、その他大勢を売っぱらって手に入れた金を友だちに配ることで小さな成功を噛み締めていたのだろう。
惜しむらくは、日本という国の人的貧しさだな。
でも、サンパウロのカーニバルで題材に選ばれたり、ブラジル大使館が侍だと言い切ったりするくらい、
駐日ブラジル大使館 -Embaixada doBrasilem Tóquio
ブラジルのカーニバルに日本が参戦!2023年のサンパウロのカーニバルでサンバチーム「モシダデ・アレグレ」がチャンピオンに選ばれました。同チームは、日本初の黒人侍弥助の物語を語りながらパレードを行いました。モザンビークで生まれた弥助は1579年に日本に連れて来られ英雄となりました。
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OJapão no Carnaval doBrasil! A escola desambaMocidade Alegre foi escolhida campeã do carnaval deSão Paulo 2023. A Escola desfilou contando ahistória de Yasuke, o primeirosamurainegro doJapão. NascidoemMoçambique, Yasuke foi trazidoaoJapãoem 1579 e tornou-se umherói. Você conheciaessahistória?
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Japan inBrazil'sCarnival!SambagroupMocidade Alegrewas chosen the champion of the 2023'scarnival inSão Paulo. Thegroup presented thestory of Yasuke, the first blacksamurai inJapan. Born inMozambique, Yasukewasbrought toJapan in 1579 and became ahero.Didyou know thisstory?
真田広之の『SHOGUN将軍』で、なぜ黒人が居ないのか?とボヤる程度、英語のコミュニティできゃっきゃやってる界隈がある程度には知名度あるようです。
なので、黒人侍の存在を史実として認めないと、人種差別者扱いされます。そもそも、それを積極肯定している日本の大学教授もいます。(そして、英語圏のメディアに引用されてる)
日本の学者や研究者を名乗る人がYASUKE肯定した結果、それを根拠にして、日本の人種差別主義者ガーとか英語コミュニティでコメントが付いてる一例 ↓
However, a recent, widely shared post fromJapanesehistorian Yu Hirayama argues that Yasukewasindeed grantedsamurai statusby Nobunaga. Hirayama cites Yasuke’s stipend, housing, and sword affordedhimby Nobunaga, but acknowledges that Nobunaga’s enemiesdid notview Yasukeas asamurai.
(しかし、日本の歴史家である平山優氏による最近の広く共有された投稿では、弥助が実際に信長から侍の地位を与えられたと主張しています。平山氏は、信長が弥助に与えた俸禄、住居、そして刀を根拠として挙げていますが、信長の敵対者たちが弥助を侍とみなしていなかったことも認めています)
↓ 対するコメント
racist inJapan and racist in therest ofthe worldget to work hand-in-handnow
(日本のレイシストと世界のレイシストは、今、手を取り合って働く)
https://www.polygon.com/24204308/assassins-creed-shadows-yasuke-samurai-ubisoft-controversy
While there’s some questionas tohis exact role, Yasukewas a real person and,as aJapanese scholarhas recently pointedout, there’sno doubt that hewas asamurai, whichis a social status that can encompass a variety of duties.
(弥助は実在の人物であり、日本のある学者が最近指摘したように、彼が武士であったことは間違いない。)
https://metro.co.uk/2024/07/23/ubisoft-apologies-assassins-creed-shadows-doesnt-say-21281545/
しかも、その影響範囲は大きく、ご先祖様が武器を持ったことがあればみんな武士(侍)の子孫だし、新しい武士(侍)の定義を知らなければ、日本人は人種差別者と誹りを受ける。
羽振りのいいヘッジファンドくらいの高給を払わず、やりたい人の情熱と能力と使命感と倫理観だけに全てお任せしてしまった日本国民の自業自得なんでしょうかね?
(ゆうて、現状もだいたいの日常の困難は消えるレベルの高給は払ってるんですけどね・・・)
なので、肌の色が濃いキャラクターや、顔立ちの異なるキャラクターが登場する現代劇やフィクションの時代劇はもっと増えてほしいです。
BBCあたりが「日本ではこんなことが炎上したようです」って言うだけで「外圧がかかったぞ」とか謎の喜び方をする。
あくまで価値判断を挟まずに客観的に伝えるのがメディアの仕事だし、読者だって「へー、そんなことがあったのか」くらいにしか思わないからね?
そんなこともありません。ほとんどの記事は日本メディアの又伝え。調査報道なんてコストがかかるんだから、よっぽど読者の関心が呼べない限りやりません。
日本以外のBBCの海外報道も「その国のメディアが報じないからBBC様が代わりに制裁を下してくださってる」とか思うのか? 日本だけは特別だと思ってる?
新手の「日本スゴイ」かな?
共産党の「そういう漫画を書いちゃいけないなという空気を作ろう」みたいなアレ。
君たちに聞きたいんだけど、欧米や、台湾韓国などの民主主義国のどこで、そんなマナーの問題空気の圧力みたいな曖昧な力で社会を変えようとしてる国がある?
君たちが憧れてる先進国はみんな、何かを変えようと思ったら徹底的に理論武装して公開の議論をして、公正な選挙のもとで勝ったやつが正しい、負けた方が悪いという原理原則を貫いてる国です。
勝てなきゃ無駄を理解してるから、決死の覚悟で自分の信じる道に殉じます。
だからこそルールとしてきっちり残るし、政策として効果が出ます。
正義の行動をとってるつもりのやつが自己満足の独自理論で内輪の同調を煽ってばかりで、他人に通じる言葉を捻り出そうとしない限り彼らみたいにはなりません。
それを変えないでチートみたいに空気で変えようとしてるからダメなんじゃないの?
根本でダメなものを雰囲気でなんとかなると信じるって、旧日本軍的な雰囲気戦略と何が違うの?
日本の「リベラル」、マジで欧米の真似をしようとしかしてない。
君ら少しはアジアの仲間(と思ってるか知らんけど)を見たらどう?
自分の国を良い国にするために欧米から「やり方」を学ぼうとはしても、欧米と同じ価値観をインストールすれば良いとは思ってない。
自分の国のアイデンティティや文化も守ろうとするし、自分の国特有の差別や文化的偏見にも向き合おうとする。
「犬食なんて海外にバカにされる。恥だ。みっともない」なんて自国の食文化を殺そうとするだろうね。
日本の「リベラル」が海外ヴィーガンにおもねって、「精肉業者への中傷」という日本文化におけるタブーを平気で見逃すようにね。
そんなの、多文化主義者でも何でもない。ただの名誉白人。かわんねえな日本人は。
恥の文化自体を反省して、罪の文化で物事を考えられるようにならなきゃ民主主義社会なんて作れない。
恥ずかしいから変えるんじゃないし、恥ずかしいことを変えろなんて言ってたら多文化共生なんて不可能も良いとこ。
Mrs. GREEN APPLEを名誉白人と言いながら、自分らも「フランス人にバカにされたよ」「BBCにバカにされたよ」と名誉白人の立場を気にすることばかり言ってる。
時代とともに恥の文化ってのは徐々に形態を変えてきたんだろうけど、ネットによって急速に変わったものの一つが「恥ずかしい」という概念なのかもしれない
俺はネットで自分の趣味や年収や家族のことを話すのはとてもためらうし、正直恥ずかしい
匿名であっても例えば「俺の親父は子供に暴力を振るうようなクズ」や「年収3000万の父は自慢だった」みたいなことを話すつもりはない
たとえ中流で温和で読書が趣味であっても、それをあえて公言することに意味はないし、恥ずかしいと思っている
けれどどうもネットというのは匿名性が確保されていればそういうことを書いてよくて、というか書くべきという風潮があるらしい
特に増田は家庭内のことを赤裸々に書きつつ、ブコメも詳細を知りたがる人がちらほらいる。なんでそんなことを書くのか、また聞こうとするのか。
もちろん大部分はそんな人ではないのだが、むやみに突っ込みたがる人を見ると「ネットはそういうことを恥ずかしげもなく明かすのがデフォになったのか」と思わずにいられない
彼らは自分たちの生活を切り売りするようなことをして、恥ずかしくないのだろうか
自分には無理だ
ネトウヨ出て来いよw中国韓国未満の卑しい国。息を吐くように嘘をつくジャップ。恥ずかしくないの???
こんな国に誰がしたって?少なくとも俺ではないな。俺は反自民でずっと野党に入れ続けてきたから。
自民が統計も公文書も偽装してて大した処罰もないからジャップ民もあ、ぼくたちもやっていいんだ!ってなったのが現在な
だから野党に政権とらせて全部膿を洗い流す必要があったよね?どうせ野党政権なんて一年もすれば終わるのにビビッて何もしなかったジャップ人民まじカスだよね。しかもご自慢のアベノミクスすらGDP統計偽装してたっていうw好景気だけどくるちいおwくるちいから産地偽装したんでちゅか~w
民主時代とは経済が違うとか言うけどその経済も大したことないなら民主選ぶべきだったけどそれでも民主選ばなかったのはジャップの頭が腐ってたから
まあ岸田は今のところはある程度評価してるけどね。同じ自民じゃたかが知れてるだろう
ずっと安倍自民を支持してきたジャップのせいで中国からも偽装大国呼ばわりされててワロタ。政治の腐敗は国民の腐敗って本当だな、ジャップは腐ってやがる。ニホンジン名乗るなら恥ぐらい知れよw恥の文化とやらがあるんだろ?ん?
ジャップ民哀れすぎる。みすぼらしいみっともない国に成り下がったな。
ま、俺は関係ないけどねw
沢山書いたやで
・実名主義
80年代末まで偽名でも銀行口座が開けた。だから複数の社会的人格を持って経済活動する事ができた。
職場で旧姓を使い続けても問題無かった。1986年に米国でマネロン規制法、その後1990年までに国際的取決め、日本もそれに倣い口座の実名証明必須になり社会でも実名主義が当然になった。
MDMAが非合法化されたのは1991年頃(うろおぼえ)。クラブシーンやレイブパーティでは当たり前に使用されていた。
心臓発作を惹起する為に規制。m.o.v.e.のmotsuが所属していたMOREDEEPの曲には「エクスタシーをキメていた頃」というフレーズがある。
90年代のクラブではマリファナは普通に喫われており、自分は使わなくても中に居ると副流煙で景色がとろけてくる、肉体遊離感が起きるというのは当たり前だった。また自衛隊員も米兵経由で入手する者がおり、除隊後に北海道野生パカロロツアーとかアムステルダム飛びツアーなどを企てる人もいた。
・式場での結婚式
1970年代からブライダル産業が隆盛し一般化した。これ以前は神前式、キリスト教教会一般的。
団塊世代のロマンチックラブイデオロギーのため。この以前、地方では婚姻の自由は憲法上の絵に描いた餅であり、親が決めた相手と結婚して神前式を挙げるのが当たり前で共同体から排除されないための義務だった。
団塊世代はそこからの逃避の為にフォークソング等でキリスト教式を称揚し、そのニーズに答える産業が発展して定着した。
古い評論を読むと戦中派、戦前派が式場での披露宴に憤っている文章がよく出てくる。
1990年頃まで日本人の公共空間でのマナーは先進国ぶっちぎりで最低であり、酔って吐く、道にゴミや噛んだガムを捨てる、タンを吐くなど当たり前であった。終点近くの長距離列車車内はぶん投げたゴミだらけだった。
・外国で旅の恥をかき捨てない
かつて旅の恥はかき捨てで、特に海外での不行跡が酷く日本人旅行者(特に団体)は眉を顰められる存在だった。
遺跡に名前を彫ったり、腹巻で目抜き通りを歩いたり、コンダクターに痴漢行為をしたり、名跡で立ち小便したり、売春ツアーをしたり、現地女性に「ハウマッチ」と聞いたりもの凄かった。
これを西洋は宗教倫理の文化で日本は恥の文化、共同体の外では恥の羈束力は働かないからだ、と説明されていた。
電話には加入権というものがあり、契約時に設備負担金を払う必要があった。金額は7万円と高い。
この為に電話加入権を売買したり、質に入れるという商売があった。2003年頃から段階的に廃止された。
森内閣の「IT革命」まで自治体や省庁のホームページは夜には繋がらなかった。これは庁舎内のドメインコントローラWindowsNTサーバのIIS(インターネットインフォメーションサーバー)サービスでHPを提供していたため。
終業時間になるとサーバとルータの電源を落として帰っていた。サイトの作成は役人の趣味みたいな感じで作っていた。
1998年ごろまでLANを構築していないオフィスというのが結構あった。プリンタはパラレルポートで繋がれていたので、このパラレルケーブルを切り替える「プリンター切り替え器」というKVMのような装置が使われていた。
駅のトイレにはトイレットペーパーが無く、入口に100円の紙販売機があるのでそれを買っていた。
民営化したJRが紙の常置を始め、1990年代前半に他社も倣った。
90年代中頃まで路上駐車は当たり前に見逃されており、国道などの最左端は駐車車両で埋まっていた。駅近くでは駐車車両とタクシーの客待ちで二重駐車になっていた。
2000年頃から増える。警察が路上駐車取締強化してから10年ほど、駐車場が無いのに路上にとめると必ず検挙という無茶な状態が続いていた。
和室は必ず設定されており、末期には3畳の納戸だけが和室なんてケースもみられた。1990年代前半に無くなった風習。
家電量販店が増えて競合で出来るようになると消耗品以外の商品価格は隠され、店員と交渉で決めるという風になった。この為に店員は電卓を持ち歩き、電卓を叩いて値段を表示した。
客足が減る悪習なので1990年代頃に取りやめられた。
バブル後の都の財政難の打破を喧伝して都知事になった石原慎太郎(1999年~)は増収策として無断で道路にはみ出し設置されていた自販機と建物袖看板の道路使用料徴収を持ち出した。これまで自販機は当たり前に道路にはみ出して置かれていた。
これに対応して既存機の撤去とスリムタイプへの交換が進み、他県でもはみ出し設置にならないスリムタイプが標準となった。
以前は富士通系の親指シフト配列を好む人が居たり、電源のオンオフ、リセットなどの余計なキーが付いている配列があった(誤爆シャットダウン頻出)。
2006年ころに一世を風靡したネットブックでSSDが一般化したが、最初の数年の製品は数秒に一度ごと動作が止まるなど酷いものだった。
嘗ては電気電話水道など公共料金というのは各社の窓口か郵便局、銀行で「公共料金振込用紙」に書いて振り込むものだった。
当然平日3時までしかやっていない銀行に会社員が行けるわけがない。
そこで振り込みの為に仕事を中抜けするというのが黙認されていた。自動引落設定、コンビニ払いが一般化した1990年代後半頃に消滅。
18才は未成年で飲酒できないはずだが、大学生は成人したものと見做され飲酒は黙認されていた。
ゼミの飲み会で普通に教授も参加して飲んでいた。警察も何も言わなかった。
・線路を歩かない
都電やローカル線などでは近道の為に線路を歩いていく人が普通にいた。電車進来時に警笛を鳴らされるが線路わきに避けていればそれ以上の事は何も言われない。トンネルや鉄橋で出くわすと流石に怒鳴られるがそれだけ。ストの時は皆線路を歩いて行く。家の玄関が線路に向いている家も普通にあった。引っ越し作業は大変。
90年代中頃に写真撮影する鉄オタの事故が連続し、その後厳しくなっていった。
初代のスーパーカブの取扱説明書などには「ビールコップ一杯程度なら良いが、ウイスキーは酩酊するからダメ」と書かれている。
・小銭を所持しないで外出
1000円札の読み取り装置が一般化したのは1980年代中頃。それまでは鉄道の券売機でもバスでも小銭しか使えなかった。
この為、小銭の所持数が足りないとお金が払えないというのが当たり前だった。売店でガムなどを買って両替するのが必要だった。万券を両替する為に少額商品を買うのは喧嘩を売るのに等しく勇気が居る行為だった。常に所持している券種と小銭額の把握は必要だった。
1989年の消費税導入まで物の価格は全て10円刻みになっていて1円玉は公共料金以外殆ど使われていなかった。
・個室
和風の家の部屋割りは個室という概念が無い為、都会を除いて1960年代までの日本人はプライバシー空間というものが無い生活をしていた。個人あての手紙は親が勝手に開けて読んでいた。
・個人
家にプライバシーが無く、また会社もイエが準用される社会だった為に「社員のプライバシーに踏み込む」という感覚が余りなかった。
「会社以外の自分」も大事だと言い始めた団塊世代は「個人主義」と罵倒され、80年代世代は「新人類」と宇宙人扱いされた。
ウオークマンは街で個人的空間に浸るものだとして批判の対象になった。個人主義はそれ自体が罵倒文句だった。
全共闘運動はあらゆる権威を攻撃し、大学の知の権威というものも破壊した。この為その後大学教授というのは学生に対して尊敬されない状態が継続。やがて学生は脱政治化したが大学や学問には敬意が持たれず、特に文系では学生が誰も勉強せずレジャーランド化した。
90年前後の大学改革でICUや上智の比較文化など厳しいカリキュラムに注目が集まり、学生が勉強するという当たり前の状態が復活した。
この為に卒業年1994年頃を境に知識やモノの考え方で極端な程の違いがある。
・様々な塩製品
塩は国家専売品だったので専売公社の製造する塩以外の岩塩、ミネラル入り塩、胡椒入り塩などは製造販売禁止だった。塩の小売りには国の許可と標識の掲出が必要だった。
・「メイド喫茶」などの語
「メイド」は放送禁止用語だった。基本住込みで働く為、身分制や階級制の象徴のような職業であって、戦後の身分平等にそぐわないと見做された為。メイドは家政婦と言い換えられ、住込みでなく通勤が一般的な「雇用」となった。
一周回ってメイドの構造が過去帳入りした為に「メイド喫茶」などで使うのが問題視される事が無くなった。2005年頃。
・キャノーラ油
キャノーラ油の原料は菜種。
米国では菜種油を食用販売することが禁止されている。この菜種油の成分を調整して販売を認めさせたのがキャノーラ油。
米国で生産量が増加した後に日本に入ってきたので、一般化したのは1990年代。
過払い金などの広告が出来るようになったのは弁護士法が改正された2000年から。それまでは屋号や執務時間などの表示のみ。
1991年に大店法が改正されるまではデパートの閉店時間はPM6時、スーパーの閉店時間はPM7~8時というのが相場だった。更に定休日もあった。
基本的に地元の商工会の意見で決められていた(大店法の定めによる)。これの改正が商店街の全滅に繋がった。
・生ビール
ビールは酵母菌により発酵するが、発酵が進みすぎて飲み頃を過ぎると酸っぱくなってしまう。飲み頃に提供するのが生の地ビール。
この為ビン缶詰では熱で酵母を全て殺してから詰める必要がある。
1970年代末にサントリーがフィルターで酵母を除去する製法を開発。飲み屋への営業力を活かしてジョッキ生を広めた。この為初期は生=サントリーだった。後に各社が参入して生戦争が勃発。
だから地ビールの生はずっと昔からあったが、全国流通製品の生ビールはサントリー生が1970年代末、その他の各社は1984年ごろから。因みにサントリー生より生じゃないキリンラガーの方がずっと美味い。
バブル期の好景気期に端緒。残業上限規制が導入され36協定があっても残業上限40(80かも)時間/月の行政指導が主に大手企業に行われた。
それまで残業代はフルチャージだったが計算上打ち切るという慣行が発生。それらの会社はタダ働きしてると奇異の目で見られた。
これが平成不況時に残業代は基本支払われずに長時間労働という慣行に変化していく。当初の指導の対象外だった中小企業ではずっと残業代フルチャージだったがこれらにも悪習が伝播していった。
1990年から。1970年代にも導入が試行されたことがあるが全く普及せず直ぐに撤去された。例えば地下鉄では1974年開業の有楽町線池袋駅だけに自動改札機があり、同駅の入場だけにしか使われていなかった。これも後の1986年頃に一度撤去。札幌地下鉄などでは当初より継続して使われていたのと対照的。
1995年以降。それまでササニシキが絶大な人気だったが、冷害に弱く1993年冷夏で全国的な米の不作が発生、大騒動になった。
冷害に強いコシヒカリ系の後継種、あきたこまち、ひとめぼれが席巻するようになった。
駐車違反にバイクと車の別はないが、バイクの駐車違反は2006年まで摘発されていなかった。摘発を民間に委託してインセンティブを付加し原付まで摘発するようになると店舗に駐輪場が無い都心ではバイク移動が不可能になり、バイク市場が干上がる効果となった。
・大学生の専攻無し
学部でも一部以外では専攻は必ず取るものだったが、1990年代初頭の教育学部ゼロ免課程の流行や福祉大などの開学で専攻無しの学生が増加。1990年代後半から。
Permalink |記事への反応(27) | 09:35
きっと増田はBLを嗜好している事を恥ずかしいって思ってるんだろうね
だからその恥ずかしい事を恥じらいもせず大っぴらに堂々と公言出来る腐女子を気持ち悪いと思っちゃうみたいな
作品の性質上BLは過激な描写が多いって事もあってどうしても大声で好きだと言いづらいって人の気持ちも分かる
BLは隠すべき物、恥ずかしい物、こっそりと嗜むべき物、って思ってる人は愛好してる人にも結構居るみたいね
それこそかつてのオタクがそうだし、中でもBLを嗜む女性のオタクはその同類の男オタクからも目の敵にされて叩かれてきたし
BLを嗜んでいる事を知られたくない、恥の文化だと思っている人が居るのは正直勿体ないなと思うけど、そういう人を否定するのも違うんだろうなぁ