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2025-12-11

修学旅行女子パンツ忘れ物があって

名乗り出たんだろうか

名乗り出なかった場合のおパンツはどうするんだろう。

Permalink |記事への反応(1) | 09:09

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2025-12-08

今日特に抑うつが酷かった。

昼過ぎ頃に布団から這い出るも思考に靄がかかっていて体が重くて気持ちが悪かった。

先月くらいか抑うつ状態悪化している自覚があった。おそらく冬季うつというやつだ。

私は気分変調症を患っており年中うっすら抑うつ状態が続くのだが、時期によって程度がまちまちなのだ

お腹が空いてはいるが何を食べればいいか思考がまとまらなくて、とりあえずお菓子を食べた。

まだお腹が空いている気がしてレトルトカレーを食べた。

気持ち悪さが増した。

前回不調でキャンセルした精神科受診の振替日だったのだがあまりにも体が動かなくてすっぽかした。

休職している職場から休職延長の診断書を取得するよう言われているのに。

頭が働かないなりにぼんやり絶望した。

気がついたらそのまま眠っていて病院電話対応時間が終わっていた。

気持ち悪さが強くなっていて嘔吐した。

胃があまり動いていないようで昼に食べたカレーがそのまま出てきた。

クレカの引き落とし日が迫っているがまだ口座に入金をしていない。

通院のついでにするつもりだったから。

明日の私が動ける保証が無さすぎるので這うように外出の準備をして真っ暗な外に出た。

ついでに3日くらい放置してしまった回覧板を回しに行った。

無性に死にたくなった。

私は過去に親が自殺している。

自殺が周りに及ぼす影響を強く理解している。

そのためほとんど死にたい気持ちになることはない。(なっても実行する気に全くならない)

でも今日世界がいつも以上に冷たく見えて、死の感覚が私の背後にそっと寄り添っていた。

頭に熱がこもって不快なので車の暖房はつけない。

運転中の安全確認がいつもよりもおろそかだった。

信号ぼんやり眺めて、アクセル踏み込みたくなった。

視野が狭まっている感覚がある。

銀行では忘れ物がないかいつも以上に確認した。

寄り道せずまっすぐ帰路についた。

車載オーディオから「きゅうくらりん」が流れた。

「たとえば今夜眠って目覚めた時に起きる理由ひとつも見つからない朝が来たら私はどうする」

歌詞を聞いて涙が出てきた。

激鬱の時に聞く「きゅうくらりん」はこんなにも響くものなのだ

この感動のまま終わりたいかもしれないとぼんやり思った。

同時に、成功しても失敗しても良い結果にならないんだよなと思った。

特に失敗したら自分がより生きづらい未来が待っている。

玄関の扉を開けたら、猫が扉に張り付くようにして私の帰宅を待っていた。

猫は私を見つめて、たくさん鳴いて、喉を鳴らして、全身全霊で私の帰宅を歓迎していた。

私は玄関うずくまってわんわん泣いた。

猫はそんな私にまとわりついて体を擦りつけてシッポをピンと立てていた。

Permalink |記事への反応(0) | 19:23

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とある女優さんと飲んでて帽子忘れ物事務所に届けたの

騙りだった

だれやあのおばさん。

Permalink |記事への反応(0) | 16:33

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電車で端に座ってるところから降りるときに席を立つとすかさず端に詰める人多いじゃん?

あれやられるともし椅子の上に忘れ物置いてった時でもどうにもならなくなりそうで不安になるんだよね。

まあ物理的にそれがあると座れないほど嵩張ってるものだったらいいけど、ちょっとした走り書きだけど自分にとっては大事情報だけどくしゃってるやつとか椅子に忘れたところのうえにちょうど座られたら「メモ忘れたのでどいてください」なんて言えないよ怖くて

dorawiiより

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Permalink |記事への反応(1) | 14:32

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2025-12-04

発達障害

発達障害自律神経ゴミ、こう生まれたくてこう産まれた訳じゃないんだけどな。

鬱病だってなりたくてなった訳じゃないのになー。

毎日自殺したいな、死にたいな、死にたいな、死にたいな、死にたいな、死にたいな、死にたいなって言い続ける理性を別の理性で押さえつけて、動かない本能の代わりに薬で睡眠して、これ美味しいな、好きだなって言って何とか楽しみを見いだしてるフリして、そのフリがたまにほんとにそう感じられて、それでやっと良かった生きてて、って思おうとしてる感じ。

仕事もろくにできない、体力も着いてかない、いくら気をつけてても急に気絶する自律神経のざこ。でも別に大病ではないからこれに病名がついて労働できなくても仕方ないね、って言われる訳でもない。

発達障害もそう、いやしくも年金を頂いているけれどその年金だけで飯を食える額ではない。家賃すら払えないよ。月5万くらい。

いや、5万は安くは無いよ。5万なんて大金だよ。でも生存するには少なすぎる。

けれど働くには無能すぎる。

死にたい気持ちを押さえつけて、忘れっぽくてきがそれまくる頭でなんとかスケジュール管理して、でも忘れ物や無くし物を多発してしまうからどうしても山ほどミスが発生して呆れられたり怒られたりを繰り返し、でも悪いのはミスした私なのでそうとしか言えず。

鬱病発症しても死ぬのは迷惑だし治さなくてはならないから治そうとするけど、鬱病は治る病ではないとか、発達障害起因だからどうしようもないとかいわれ。

私が悪いんだけどなー、死にたいな、死にたいな、勇気が足りないのが悪いんだろうな。

死んでも迷惑なの面白いな。なるべく迷惑をかけずに死ぬ方法を探す人達気持ちがよくわかるようになった。

子供部屋おじさんおばさんとして生きていくしかないのに、その親に迷惑しかかけられない。

かけないように頑張っても、その頑張の成果は普通の人にとって「できて当たり前」ラインのその以下で。

なのに一人暮らしできるほどのお金は手に入らない。仕事がまともに出来ないから。

でも年金だけじゃやはり一人暮らしする額には届かない。

親に迷惑かけたくない。親の正しさがつらい、親の正しさはなんも言い返せないから、毎日それで辛くなるし。でも正しさが辛いんだから悪いのは私で。

強いて親をせめるなら、言うなら、障害持ちの子供を産んだのがわるい。産んでなんて頼んでない。

でもこれってただのわがままで。わがままだけど、精一杯やってきたことは平均以下のけっかしかうまないせかいで、生かされ続けてることが辛い。

生きてる以上、痛いのは嫌だし、苦しいのも嫌だし、怒られるのだって嫌だし、楽しく、美味しく、幸せに、笑える日が欲しいけど、実際はうつ病になる程度には幸福が感じににくい。

アンパンマンの歌がにくいよ、なんのために生まれて、何をして生きるのか、に答えられないよー。

そんなのは嫌なんだけど、何して生きるの?何してというか、何ならできるの?簡単バイトですら突然貧血起こして倒れてシフトに穴を開ける人間なんだけど。

何もしてなくても、スケジュールのことを考えてるだけですごく、疲れる、テスト勉強してるみたい。むしろテスト勉強の方が楽まである

ADHDASDも望んでなった訳じゃないのに、それを言い訳にするなと言われる。

それはそう、言い訳にしたところで良くなる訳では無いから。

でもじゃあどうしたらいいんだ、毎日生きてるだけで疲れるのに、普通の人になれないのに、この疲れてフラフラするからだと頭抱えて普通になれないで生きるくらいなら、眠るように死ぬくらいの選択肢は欲しかった。もしくは産まないで欲しかった、産んだやつが悪いと憎むのはダメなのか。それもダメか?

こんな体に産まれたことが憎い気持ちをどこに向けたらいいんだ?毎日誰かを害さなきゃいきてけない人間に生まれたくて生まれたい人なんかいないだろうに、

Permalink |記事への反応(0) | 19:54

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発達障害

発達障害自律神経ゴミ、こう生まれたくてこう産まれた訳じゃないんだけどな。

鬱病だってなりたくてなった訳じゃないのになー。

毎日自殺したいな、死にたいな、死にたいな、死にたいな、死にたいな、死にたいな、死にたいなって言い続ける理性を別の理性で押さえつけて、動かない本能の代わりに薬で睡眠して、これ美味しいな、好きだなって言って何とか楽しみを見いだしてるフリして、そのフリがたまにほんとにそう感じられて、それでやっと良かった生きてて、って思おうとしてる感じ。

仕事もろくにできない、体力も着いてかない、いくら気をつけてても急に気絶する自律神経のざこ。でも別に大病ではないからこれに病名がついて労働できなくても仕方ないね、って言われる訳でもない。

発達障害もそう、いやしくも年金を頂いているけれどその年金だけで飯を食える額ではない。家賃すら払えないよ。月5万くらい。

いや、5万は安くは無いよ。5万なんて大金だよ。でも生存するには少なすぎる。

けれど働くには無能すぎる。

死にたい気持ちを押さえつけて、忘れっぽくてきがそれまくる頭でなんとかスケジュール管理して、でも忘れ物や無くし物を多発してしまうからどうしても山ほどミスが発生して呆れられたり怒られたりを繰り返し、でも悪いのはミスした私なのでそうとしか言えず。

鬱病発症しても死ぬのは迷惑だし治さなくてはならないから治そうとするけど、鬱病は治る病ではないとか、発達障害起因だからどうしようもないとかいわれ。

私が悪いんだけどなー、死にたいな、死にたいな、勇気が足りないのが悪いんだろうな。

死んでも迷惑なの面白いな。なるべく迷惑をかけずに死ぬ方法を探す人達気持ちがよくわかるようになった。

子供部屋おじさんおばさんとして生きていくしかないのに、その親に迷惑しかかけられない。

かけないように頑張っても、その頑張の成果は普通の人にとって「できて当たり前」ラインのその以下で。

なのに一人暮らしできるほどのお金は手に入らない。仕事がまともに出来ないから。

でも年金だけじゃやはり一人暮らしする額には届かない。

親に迷惑かけたくない。親の正しさがつらい、親の正しさはなんも言い返せないから、毎日それで辛くなるし。でも正しさが辛いんだから悪いのは私で。

強いて親をせめるなら、言うなら、障害持ちの子供を産んだのがわるい。産んでなんて頼んでない。

でもこれってただのわがままで。わがままだけど、精一杯やってきたことは平均以下のけっかしかうまないせかいで、生かされ続けてることが辛い。

生きてる以上、痛いのは嫌だし、苦しいのも嫌だし、怒られるのだって嫌だし、楽しく、美味しく、幸せに、笑える日が欲しいけど、実際はうつ病になる程度には幸福が感じににくい。

アンパンマンの歌がにくいよ、なんのために生まれて、何をして生きるのか、に答えられないよー。

そんなのは嫌なんだけど、何して生きるの?何してというか、何ならできるの?簡単バイトですら突然貧血起こして倒れてシフトに穴を開ける人間なんだけど。

何もしてなくても、スケジュールのことを考えてるだけですごく、疲れる、テスト勉強してるみたい。むしろテスト勉強の方が楽まである

ADHDASDも望んでなった訳じゃないのに、それを言い訳にするなと言われる。

それはそう、言い訳にしたところで良くなる訳では無いから。

でもじゃあどうしたらいいんだ、毎日生きてるだけで疲れるのに、普通の人になれないのに、この疲れてフラフラするからだと頭抱えて普通になれないで生きるくらいなら、眠るように死ぬくらいの選択肢は欲しかった。もしくは産まないで欲しかった、産んだやつが悪いと憎むのはダメなのか。それもダメか?

こんな体に産まれたことが憎い気持ちをどこに向けたらいいんだ?毎日誰かを害さなきゃいきてけない人間に生まれたくて生まれたい人なんかいないだろうに、

Permalink |記事への反応(0) | 19:54

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2025-11-30

発達障害を受容できない親の話がバズっている

ので、うちの話。

バズってる話とは本筋がズレている気もするが、まああのバズにかこつけて色々吐き出したくなったというだけです。

自分自身発達障害(asd,adhd)で、何かと苦労してきたと思う。知的障害を併発してはいなかったが、周りとは馴染めないし、友達もできないし、忘れ物等のポカも人様の数十倍

しかしそれよりつらいのは親がその気持ちを一切理解してくれなかったことだ。

自分知的障害を持っていない。はっきり言うが高IQの部類で、親は目に見えている発達障害特性や困りごとをガン無視して、そこばかり取り沙汰していた。辛い。

やればできるでしょ、頑張ればできるでしょ、あなたならできるでしょ。これら全ては自分への信頼の言葉のような顔をして投げかけられていたが、その実息子が"障害"を持っていることからひたすら逃げているだけの言葉だった。少なくとも自分にとっては。

大人になってからなんとか自分検査を受けると、かなり強めに発達障害の傾向があると出た。

能力が高いですね、という心理士さん(確か)の言葉は、これだといろいろ困ることもありますよね、と続いた。

その後、親に検査結果を打ち明けてみた。

「疑ったことはあったけど、考えて結局発達障害ではないと思っていた」

「本当にそうなのか? 検査してくれた機関は信頼できるのか?」

等々、わりと予想通りの返答が来た。予想通りではあったが、苦しかった。

なぜなのか。なぜ子供が他の児童の何倍も十何倍も忘れ物をしていても、異常に片付けができなくても、こだわりが強くても、対人関係でずっと困り続けていても、何の問題もない高機能人間であると断定できてしまうのか。

それでも自分、ここまではやってきたのだ。なんとかした。親に助けてもらった部分もある。先生にも数少ない友人にもたくさん手を差し伸べてもらった。でも、ここまではやってきたのだ。自分が。

その辛さを結局「もう少し頑張ってみたら」で一蹴できてしまうのは、やはり現実逃避に他ならないと自分は考えている。

しかし、"障害"という言葉のものに打ちのめされて、それ以上は考えられない、考えたくない、まさか自分の子がそんなわけ。そういう感情の中、親は戦ってきたのだろう。

親ばかりを責めるのは心苦しい。自分育児ノイローゼになり、息子と心中することも考えたそうだし、自分がうまく育たなかったので夫婦仲もめちゃくちゃになっていた時期がある。

親も苦しかったのだと思う。そんな事は考えなくたって分かっている。

ただ、少しでも"頭が良い子"とか、あるいは"障害者"とか、そういうレッテルを貼ったり型に当てはめたりしないで、自分自身を見てほしかった。

頑張るから助けてほしかった。

理想の息子ばかり夢に描かないで、現実に目の前にいる息子のことを考えてほしかった。

最近はいい加減割り切ろうと思い気持ちを切り替えているが、やはりとても寂しい。

バズっていた投稿は、自分とはかなりケースが違うと思う。自分療育とか就学の問題とか、そういうものに直面していたわけではない。

親の思い描く既定路線に進まなかったことだけは同じだと思うが……。

ただ、コメント欄で「絶望しすぎないで子供のものを見て」「障害があるから全ての可能性が閉ざされるわけではない」というような内容を見て、(その言葉が正解なのかはさておき)自分としても共感できて思うところもあったのでこういう話を書いてみた。

我が子の発達障害直視できない親を持った一人の子供の意見でした。

読んでくれた人ありがとう。大した意義のある文だとも思っていないけど、少しでも何か感じてくれたらうれしいです。

Permalink |記事への反応(0) | 18:25

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2025-11-28

気持ちはなんとなく分かるけど辛い話題

https://note.com/iyaiyaiiya/n/n7440ea79e0fb

自分も、ADHDかつ軽度のASDの子供がいて、ADHD当人で、配偶者ASDだか、少しだけ気持ちが分かるような、いろいろと辛いような、どちらの感情もあったので走り書き。

つい数年前までは、平凡で普通な平均の人間で、面白みのないありふれた当たり前の生き方人生だと思ってた。

奥さんの弟は少し破天荒タイプで、いつも義理の母が苦労していた。ちょっとしたマイルドヤンキーくらいに捉えていたけど、すったもんだであるとき検査をうけてASDと診断された。知的障害はないが、自閉症としては重度だった。

それでも近いようで対岸の火事気持ちだったから、義母も大変だから何かとサポートしようくらいの気持ちだった。

10年くらい前に鬱で休職して以来、ずっと普通に働いて生活してたつもりだけど、少しだけ精神不安定だった。それが数年前に仕事ドタバタで鬱ぽい状態から悪化して、会社をしばらく休職することに。

休んでる間はほぼ夏休み気分で溜まってた有給を消費しながらのんびりと過ごしてた。奥さん全面的サポートがあったからすごく助かった。

そんな時に、奥さんから精神科で軽度のASDADHDの診断を受けたと報告された。どうも僕のことを相談しにいって、問題自分の自認や特性に原因があるぽいよ、という医師の診断と検査結果だったみたい。

そ」から色々と話し合ったりして、もともとADHD特性に当てはまる自認があったから、鬱の通院のついでに相談して自分検査してもらった。潜在的な自認はあむたけど、冗談半分の気持ちだったから、たぶん精神科に通院している状態でなければ、検査する気や発想にはならなかったかも。

診断結果は生まれもっての注意欠陥と多動の発達障害でしょう、とのこと。

いまなら自覚もあるけど、自分性格普段の行動からも、多動症典型という感じはする。

蛇足だけど、老後生活をゆっくり過ごしている両親には伝えてない。でも自分以上に父親もっと多動だと思う。

それとほぼ並行して、息子が大学に通えずに精神科に通院し始めた。カウンセラーにもアドバイスをもらいながら検査もして、ASDADHDの診断だった。

不登校気味で友達関係や人付き合いに悩んではいたけど、自分よりもしっかりもので、事件トラブルもあったけど、真っ当に成長していると感じていたから、自分のことよりもびっくりした。けれど、まあ、両親の遺伝を考えれば当然なのかなという納得感もある。

あと精神科に通ったり発達障害について多少の知見があったのは、少しだけ子供サポートに役立ったような気がする。

自分自身が発達障害で何か困難があるかと問われてもあまり思いつかない。締切の直前まで先延ばしにする悪癖は間違いなくある。締切の直前とトラブル時にだけアドレナリンが出て能力1.5倍で働ける。世間では無能な類だと思うが、プログラマとして興味のある分野を勉強研究して、気に入ったOSSには足を突っ込んだり、担当外のプロジェクトトラブル問題茶々を入れたり、意外とそれなりにやれてきたような。

家を出る時は家族の誰かの忘れ物で何度も行ったり来たり、それでいて肝心の物は結局忘れたり。封筒でもらった現金お土産と一緒にしてたら空だと勘違いして捨てたり。漫画小説は昔から同じ巻が何冊か被ってたり。

言い間違いや勘違いや物忘れが多すぎて、友達にまとめられる程度にはトンチンカンだし。

いまだに自分家族の病名が覚えられなくて、いつもADSLだし。

他人から見たら診察するまでもなく自明なやつらなのかも。

書き出してみると、確かに優秀な人からすれば我慢が出来ないほどの可哀想特性なのかもしれんけど。自分たちは動物園水族館映画も大好きだから障害者割引を呑気に喜んだり平和にやっている。

何が言いたいのかもう全然分かんないけど、自分人生幸せだと自信をもって言えるのは奥さん結婚して楽しく心地の良い生活ができているから。少し気難しい奥さんと仲良く楽しくやれるのは自分特性が少しは役立っているのかも、とか。人名も店名も曲名歌詞もいっつもうろ覚え支離滅裂な会話でものんびりぼんやり付き合ってくれる奥さんのパーソナルはとても相性がいい、とか。

息子の将来は心配なとこあるけど、いまだに一緒に野遊びに付き合ってくれる心優しくも楽しい良いやつだから、何とかなるのかなと楽観視はしてる。

しっちゃかめっちゃかだけど、現代社会を生きるのには不便な特性かもしれんけど、悲観するよりは楽観したほうが楽しいんじゃないのかな、という余計なお世話が思い浮かんだ。

Permalink |記事への反応(0) | 23:58

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2025-11-22

ネタバレたくさんあり】果てしなきスカーレットを観た

 珍しくふと、映画館映画を観たいと思った。最後映画館に行ったのは11年前、中学の頃親と一緒に行ったっきり。自力映画館に行ったことも無いのに、なぜかそんな気持ちになった。

 細田監督の最新作「果てしなきスカーレット」が、ちょうど公開されるらしい。小学生の頃、金ロー放送された「サマーウォーズ」を録画して、繰り返し観た記憶が蘇る。これは観るしかねえと思い立ち、TOHOシネマズに向かった。

 結論としては、良いところはあるものの、やはり細田脚本には問題があると言わざるを得ない出来だった。本当に現状のままでいいのか、細田監督を問いただしたい理由をまとめた。

(1回見ただけなのでおかしいところや思い違いがあると思うけど、容赦してね。)

【以下、ネタバレ










 まずは簡単にあらすじを紹介。愛する父親を殺された王女スカーレットは、父親を殺した叔父クローディアスの暗殺に失敗。死者の国で目を覚ますスカーレットは死者の国で、現代日本からやってきた看護師・聖と出会う。スカーレットは聖と共に、かたき討ちのためクローディアスを探す旅に出る。

 本作が題材にするのは報復連鎖細田監督自身インタビューでそう語っており、私もその予備知識ありでスクリーンに臨んだ。では、憎しみと復讐連鎖に伴う辛さ、やるせなさが描かれているのかと言われれば、十分に描かれているとは言えなかった。

 正直なところ、憎しみや復讐の描き方は「進撃の巨人」の圧勝こちらの方が断然よくできている。本作は「進撃の巨人」と比べて、憎しみと復讐が続いてゆく辛さ、やるせなさが身に強く迫ってこなかった。

 その理由はいくつかある。

 一つは、愛する父が暗殺される→クローディアスの暗殺に失敗→死者の国へ、という冒頭の流れが説明であること。スカーレットが抱える憎しみとその辛さは理解できるものの、それが自分の身に起こったかのように感情移入できなかった。「物語への圧倒的没入体験」を掲げる本作であるが、没入できないもどかしさが最後まで続いた。

 もう一つは、クローディアスが一貫して悪人として描かれていること。「進撃の巨人」では、主人公たちが相手を憎むのと同時に、相手側が主人公たちを憎む様子も丁寧に描いていた。絶対的な悪など無く、対立する両者がお互いに痛めつけあうやるせなさ。それが、本作にはほとんど見られない。長期連載作品である進撃の巨人」と、二時間に満たない尺の本作を比べるのはフェアじゃないかもしれないが、復讐や憎しみを描くうえで、そこは外してほしくなかった。

 しかし、復讐や憎しみを題材にしている本作であるが、より深いテーマを感じた。それは、「自分の好きなように生きよ」というメッセージである

 物語の序盤、スカーレットは父の敵討ちに燃え、死者の国で現れる敵を次々と殺してゆく。「王女としてそうあるべき」という義務感をスカーレットは抱いており、それが復讐モチベーションになっていることが描かれている。看護師である聖は、好戦的スカーレット対照的に、敵味方差別なく治療を施し救おうとする。それも、「看護師としてそうあるべき」と聖が考えているからだ。

 敵を殺そうとするスカーレットとそれを好まない聖は、一見対照的キャラクターに見える。しかし、「自分立場にとらわれて、本当はどう生きたいのか分からない」という内面は同じなのである

 スカーレットと聖は交流を重ねる中で、互いの心情に変化が生まれてゆく。スカーレットは、敵との戦闘になっても剣を鞘に納めたまま戦い、むやみに人を殺めなくなる。人を殺めるための短刀を、自分の髪を切る(新しい自分になる)ために使うシーンは、スカーレット内面の変化を印象的に描く。逆に、人を殺めることを否定していた聖は、弓矢でクローディアスの手先を殺めてしまう。物語の序盤、「人を殺めるな」とスカーレットに散々言ってきた聖が人を殺めてしまうシーンは大きな批判を生みそうだが、聖が自身の黒い感情に対して正直になった、もしくは抑えられない、という内面の変化が描かれる良いシーンであったと思う。憎しみという黒い感情否定しないことは、本作の美点の一つである

 一見対照的な二人だが、共に同じ苦悩をを抱えていて、それが変化してゆく、という構成は好印象だった。ただし、スカーレットについては憎しみに関する描写が強すぎて、「王女としてそうあるべきだから復讐燃えている」という内面理解しにくかった。物語の序盤も序盤、スカーレットの父が「王女としてではなく、女の子として好きなように生きなさい」と幼少期のスカーレットに語るシーンがあるのだが、さらりとしすぎている。スカーレット死ぬ前に、クローディアスの暗殺民衆が熱望していて、スカーレットがそれにプレッシャーを感じているようなシーンがあると良かった。

 クライマックススカーレットは死者の国から元の世界へと戻り、王女となる。王となったスカーレット民衆に、「民を救うこと」「子供絶対に死なせないこと」を宣言する。これは、スカーレットが「王女としてそうあるべきだから」と考えているからではなく、心の底からそう思っている。スカーレットは死者の国での交流を通じ、「私はこうありたい」という自発的な強い意志を手に入れて、物語は幕を閉じるのである

 そのようなクライマックスを踏まえると、「果てしなきスカーレット」は、憎しみの連鎖を描いた物語というよりは、少女自分生き方を決める物語なのだ個人的には思った。本質的には、「おおかみこどもの雨と雪」(主人公が、おおかみ or人間、どちらかの生き方を選ぶ)や、「バケモノの子」(人間世界 orバケモノ世界、どちらで生きるのか選ぶ)など、細田監督過去作品にも通ずるテーマであるといえるだろう。

 本作は他の細田作品と同じく、演出特にメタファーの使い方に優れる。特に水というモチーフが良い。序盤、空が荒れた海のようにうねる様子をまじまじと見せつけつつ、水一つない砂漠風景を延々と見せておいて、最後スカーレットを雨に打たせる流れが良かった。雨はスカーレットの心の痛みであると同時に、乾き続けた心を潤す恵みの雨でもある。スカーレットが抱く矛盾した複雑な感情を、水や雨というモチーフを使うことで、端的に表すことに成功している。物語全編を通じて砂漠風景が続くのは単調で少ししんどくもあったが、クライマックスに良い形で回収されたのは良かった。

 カラスモチーフも良い。本作ではカラスが度々出現するのだが、物語の終盤、クローディアスと対峙するシーンでザワザワとカラスが集まり、散ってゆく演出が良かった。黒い感情やざらつきが、スカーレットの胸に広がって去っていく描写である。このシーンでは、スカーレットが抱く感情にある程度没入することができた。

 しか最後最後、黒い竜がカラスとなり散っていくシーンは解釈が難しかった。カラススカーレット内面を表しているのであれば、竜が悪役に雷の制裁を加えるのはご都合主義すぎる。スカーレットの黒い感情の高まりが、直接悪を成敗しちゃってました、ってことになってしまわないだろうか。私の読解力では、一本芯が通った演出として理解できなかった。

 その他、聖のキャラクター人間味が無いとか、スカーレットの母が謎だとか、細田監督らしく突っ込みどころは沢山あるしキリがない。しかし一番の問題点は、わかりやすカタルシスに乏しいことだろう。「見果てぬ場所」を目指すとか、最後に聖とキスして永遠のお別れをするとか、カタルシスを作ろうという工夫は見られるが没入感が無く、わかりやすく感動できない。

 唯一カタルシスを感じたのが、劇中歌「祝祭のうた」(フルバージョンがストリーミングにある)をバックに、スカーレットが炎の中に吸い込まれ現代日本へとワープするシーン(このシーンはYoutubeでチラッと見ることができる)。なんだかよくわからないけれどいい感じにエモい歌が鳴っていて、スカーレットが「うわああああ」ってなってて、吸い込まれてゆく映像美も(IMAXなので)すごい。「コレだよコレコレ!このわかりやすい感じ!」と思ってスクリーンの中に身を任せたのだが、その先の現代で踊るシーンは作り物感が強く、映画館座席の上にストンと戻されてしまった。復讐だけのために生きてきたスカーレットが新しい自分を見つける、という背景を意識するとそれなりにエモく見えるのだが、直感的に感情移入してダラダラ涙を流すためにはあと一歩か二歩足りなかった。

 「君の名は」ほどではなくてもいいから、馬鹿でも分かるような感動が欲しかった。まず、分かりやすく感動できること。そのあと二回、三回とリピートしていくにしたがって、細田監督演出の上手さが生きてくる。水や雨、聖がおばちゃんから貰った楽器などのモチーフや、登場人物些細な変化。それに気づいていくことで、回数を重ねる度により深く物語へと没入することができる。

 個人的に大好きな「おおかみこどもの雨と雪」には、それがあったと思う。揺らいだカーテンに隠れた雪がおおかみの姿に変身する激エモシーンや、嵐が去った駐車場で花と雨がお別れする涙腺崩壊シーンなど、音楽(激エモ)と映像美(激エモ)の力を借りた分かりやすい感動ポイントが、まずあった。そのあと繰り返し鑑賞してゆくにつれ、瓶に入ったお花の描写や、おおかみであるとは?人間であるとは?といったテーマ理解度が深まり没入していく。そんな作品だった。それこそが「物語への圧倒的没入体験」だと思うのだけど、皆さんはどう思いますか?

 それを踏まえると、やはり奥寺佐渡子さんの脚本に戻してほしいと切に願う。復讐や憎しみを題材にしながら「自分の好きなように生きよ」というメッセージ細田監督から投げかけられた私は、素直に胸を打った。しかし、カタルシスに乏しく物語に没入できてないので、そのメッセージが深くまで刺さってこないし、未消化感が残る。上映が終わった後、前の席に座った女性大学生くらい?)の二人組が、「何の話か分からない……」と漏らしていたのが印象的だった。監督が伝えたいメッセージが観客に伝わらないのは、あまりにも大きな問題ではないか

 奥寺氏が脚本に嚙まなくなった「バケモノの子」以降、細田監督作品脚本の弱さを批判され続けてきた。しかし、「竜とそばかすの姫」はそれなりに売れてしまったわけだし、商業的にやっていける限り細田脚本は続いていくだろう。

 しかし、本当にそれでいいんですか?

 「あなた脚本だと、メッセージが観客に上手く伝わってないみたいですけど、本当にそれでいいんですか?」と、細田監督に問いかけたくなる。「好きなように作って満足!」みたいな同人誌的な態度の映画作りで細田監督が満たされるのであれば、現状維持でかまわないと思う。我々はスクリーンの前で、感動ではなく悔し泣きの涙を呑むしかない。

 しかし、莫大なマネーステークホルダーを巻き込み、作品を広く世に知らしめる力を持つクリエイターとして、「自分メッセージを世の中に投げかけ、沢山の人の気持ちを揺さぶりたい」と細田監督が考えているのであれば、勇気をもって奥寺脚本に戻していただきたい。

 ちなみに奥寺佐渡子さんのことを調べたところ、最近脚本を手掛けた「国宝」なる映画がとてもすごいらしい。昭和ど真ん中の時代に、任侠の息子が歌舞伎役者として成長していく話なんて教養がない私にはとても敷居が高いんだけど実際どうなの????教えてエロい人。

PS

 TOHOシネマズBGMってあるじゃんピアノの曲。超久しぶりに映画館に行くので、あの曲が劇場で流れている雰囲気も楽しみにしてたんだけど、開場して五分後に入場したらすでに広告が始まってて聴けなかった。放映終了後も、「忘れ物に気を付けてください」の画面が出てくるだけで聴けなかった。開場直後に滑り込めばこのBGM聴けるの?これもエロい人がいたら、ついでに教えてほしい。

 仕方がないので、その曲を無限リピートさせながらこの記事を書いている。ちなみに、TOHOシネマズBGMは「ナッシュスタジオ」という、業務用向けのBGM効果音を専門に販売する会社のもので、ハードオフの店内放送曲や天神CM、デデドン絶望)もこの会社作品らしい。"NashMusic Library"で調べればストリーミングで聴ける。

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2025-11-20

なんでこんな死にたいのか考えてみたけど解決しなかった

近頃、とにかく死にたい

毎年10月から11月はこういう感じになるので、季節のせいであることは分かっている。12月になる頃にはだいたいなんかなんとかなってるから大丈夫

でも年々ひどくなっている気もする。それに、毎年ウワーッとはなるにせよ、そもそもなんでこういう死にたい感情に襲われるかがよく分からなかったので、何か直接的な原因がないものか、人生についてちょっと考えてみた。



仕事面白くないが、面白くないだけだ。

元々社福祉とか一次産業とかインフラとか配送業かに憧れがあった。誰かの生活を支える、縁の下の力持ちってかっこいい。でも増田危機管理能力がない。忘れ物は多いし、ケアレスミス死ぬほどするし、どんなに我慢しようとしたって余計な改善をしようとして結局改悪してしまう。保守運転とか一番苦手な分野だ。トラックどころか自分の体一つだって乗りこなせない。事故を起こさないため、誰かを殺さないため、そういう職業にはつかないほうがいいと思って生きている。

からから金を搾取することだけを考えているカスみたいなサービス下請けで、自分一人を養えるだけの端金をもらって、犯罪を起こしてないからそれでいいのだと必死に言い聞かせている。上手く出来なくてもカスの弊社が困るだけだからいくらミスしても罪悪感はない。

だがこれは直接死にたい原因ではない。やっとることはカスサービス形態ではあるが、ある程度転職にも使えそうな汎用的な職能の成長は出来るし、上司や同僚は増田の手助けや活躍を褒めてくれるし、そういった点でやりがい的なものがないわけでもない。業務自体はそこそこ向いてると思えるし、人間関係は良好と言って良いだろう。金額面も、自分一人を養えるくらいの金額は稼げているし、それによって欲しいもの我慢したり、望んだ生活を手放さなければならないほどではない。元々欲は薄い方だ。少ないながら貯金もしているし、いざとなれば親や友人を頼れば金がなくても多少の間はなんとかなる。労働自体は憎むほど忌み嫌ってるわけではないから、生涯現役でも全然構わない。

金銭や将来の不安職場人間関係悪化などがあって死にたいわけではない。

友人関係も悪いわけではない。

かにたびたび「人間じゃない」とか「常識的気遣いが足りない」とか「普通考えれば分かることがどうして出来ないのか」とか言われたりもするが、それでも根気強く付き合いを続けてくれる友人ばかりだ。何も言わずに去られるより全然マシなので、そういう耳に痛い言葉も言ってくれるだけでありがたい。一度も傷つけたことのない、あるいは傷つけられたことのない友人は確かにいないのだが、それでもみんな大事な友人だ。

そういう大事な友人にご迷惑をおかけすることで罪悪感で潰れそうになることはあるが、例えば無茶な振り回し方をしてきたり、金銭を貸せとやたらたかって返さなかったり、そういうガチトラブルに発展するような友人諸兄ではないし、増田もそういうことをしないよう、礼節を忘れないように重々気をつけている。それでもたまにうっかり日々の会話で地雷を踏んで怒らせることはあるものの、友人同士が「それは言い過ぎ」とか「お互い様」とか仲裁してくれるので、増田自身尊厳も守ってもらえていると思う。友人とボロカス喧嘩をして死にたい夜もないことはないが、それは大抵一時的ものだし、直近はそういう感じで険悪になってる相手はいない。

家族関係も悪くない。

父も母も理屈で話せば分かる人であるし、親戚一同もなんだかんだ元気に暮らしている。不謹慎ニュースを見て爆笑する叔父や、身の回りの世話を全部してあげないと心配で夜も眠れない叔母、とにかくプライドが高く他人を見下したり注目を集めたりしないと気がすまない従兄弟信仰押し付けはないもの新興宗教にどっぷり献金している祖父母など、アクが強くはあるが、こちらに実害はないので可愛い範囲で収まるものだ。肉親に怒鳴ったり、暴力を振るったり、金銭トラブルを持ち込んだり、結婚強要したりする人はいない。

まあ、両親に恨みがないと言えば嘘になる。幼稚園の頃に甘えようとすり寄ったら「は?鬱陶しい、ひっつくな」と引き剥がされたり、小学生の頃いじめられていた時に増田の言い分を一切聞かず「あなたにも悪いところがなかったかよく考えてみよう?」と3時間近く諭してきたり、愛着の面では問題があったのは確かだ。しかしそれは増田に対して愛情がなかったというよりは、それが彼らの愛着限界なのだ。飼っているウサギすら、部屋の中で凍死しかけていることに気づかなかった両親である。それを思えば、衣食住を保障してくれたのは事実だし、危険なことは叱ってくれた。大学まで学費も出してくれたし、両親の行きたいところにではあるが旅行にもそこそこ連れて行ってもらっていた。彼らにしてはだいぶ努力していたのだろうと今なら分かる。

から半年に一度程度は顔を見せに帰省しているし、それがめちゃくちゃ苦痛というわけでもない。全ては過去のことであり、無、凪、平熱、そういった単語がふさわしい関係性だ。これもまた、直接の原因ではない。

恋愛関係はないし、それを後ろめたくも思っていない。

増田Xジェンダー、リスロマンティック、アセクシャル三拍子揃った人間だ。その上、それでもどうしても起こる性欲の発散方法は「対象年齢・性別を問わないリョナ創作」と来た。絶対に世に出してはいけない、リアル人間に向けるなんて以ての外という嗜好をしている。

幸いなことに、告白されたことも、したいと思うほど惹かれた人も人生にいない。誰かを傷つけてしまうくらいならそれでいいと思っている。「恋愛理解できないのは正常ではない」と思って恋愛小説恋愛漫画を読んでは、イーッ!分からん!と一人で暴れていたこともあるが、それは「普通人生を送ること」に固執していたからであって、もう普通じゃなくていいやと開き直った今は、一人で生きていく覚悟がとっくに出来ている。

から恋愛ができなくて人生つまんなくて死にたいというわけでもない。

趣味はある。

増田創作が好きだ。物語を書くのが好きだ。随筆も、批判も、絵も、彫刻も、歌も、踊りも、とにかく何かを表現することが好きだ。それは自分の中にある感情思考を(作品に限らずこういった文章などでも)表し、発散することで一時的な沈静が見込めるからだ。だから誰かのために書いてるわけじゃなく、褒められるために書いているわけでもなく、ただひたすら自分衝動を、犯罪ではない範囲で発散できることに喜びを感じている。

また、他人のそういう一面を見るのも好きだ。孤独ではない、と、他のどんな娯楽よりも、どんな脳内物質の分泌よりも、最も確かに感じられるし、癒されるからだ。みんな苦しくて孤独なのだと実感できるからだ。そしてそれらを十全に納得のいくまで突き詰めようと、他人創作物をしゃぶりつくしたり、自分表現を究めたりしようと思うと、百年に満たない短い人生を食いつぶすには、十分すぎるくらい時間がかかる。

これも死にたい原因ではない。むしろ趣味のことを考えれば、死んでいる場合ではないのだ。

これと言ったトラウマもない。

いや、ないことはない。小学校の頃は確かに治安が悪かったし、その中で最も低いカースト層にいたのは確かだ。靴箱に砂を詰め込まれたこともあったし、掃除の時はちりとりに集めたゴミを引き出しにそのまま流し込まれたこともあった。濡れた雑巾を頭に投げつけられたこともあった。ドッジボール執拗ボールをぶつけられることもあった。体育の二人一組ではいつもハブられていたし、仕方なしに増田を組まざるを得なかったやつは、増田の触れたところを校庭の土でこすって払った。まるで土のほうが汚くないとでも言いたげに。

クラスメイト全員敵だからいるわけがないのに、脅迫的に好きな人を聞き出され、最もいじめてきた回数が少ない人の名前をあげたら、翌日からそいついじめられ始めて、他人を好いてはいけないと思い知ったこともあった。給食着やテーブルクロスを、本当は持ち回り当番なのに毎週持ち帰らされて、親に「じゃんけんで負けた」「牛乳こぼした責任で」と嘘をついた。もちろんああいう感じの親なので「あんたはどうしてそうなんだろうね」と気づかれもしなかった。

「視界に入るな」「半径2メートルに近づくな」「菌が伝染るから学級文庫・机・プリント・日誌・配膳皿などに)触るな」あるいはもっと直球に「死ね」も全部日常的に言われていた。学級崩壊でまともに授業が受けられなくて教育機会を損失して、その頃に本来学ぶべきだった分野は今でもちょっと苦手意識がある。毎年劇をやるはずの発表会では制御不能判断されて、ペットボトルでお米を育ててみましたといううっすい内容を、誰がどこを喋るかまで一言一句ガッチガチに固められて発表させられた。自主性なんて言葉は死んでいた。若い新卒教師毎日授業で泣いていて、その頃にはとっくに泣き疲れて感情に蓋をしていた増田は、その涙を「煽るだけなのに」と冷ややかな目で見ていた。

カースト中の下だった傍観者クラスメイト大学で再会して、一緒に「小学校の思い出」とかいうクソみたいなグループワークの授業を受けざるを得なかった時、給食の班机で菌が伝染るからとやられていたみたいに1cmあけて机を組まれた瞬間、増田の心にヒビが入り、割れ目が出来て人格が四つに分かれしまい、今も元に戻らなかったりしている。そういう意味では、たしかトラウマと呼んでもいいのかもしれない。

それでも直接的な殴る蹴るという暴力は振るわれなかったからマシな方だったと信じている。記憶があり、はっきりと思い出せて、これだけの内容を泣かずに書けるようになっただけかなり寛解してきている。それに、当時の自分だって箒で殴り返すなどそこそこやり返したり、いじめっ子と同質になって増田よりもっとカーストの低い支援学級の子に対して、自分にされたことをそのままやり返すみたいにしていじめたりだってしていた。当時飼っていたハムスター憂さ晴らし虐待していた。弱いものさらに弱いものを叩き、ブルースは加速していた。そういう感じでなんだかんだ適応して元気にやっていた。

それらへの後悔に苦しみながら、同時にその延長で今も友人にライン超えの発言をしたり、逆に踏み越えてはいけないラインを踏み越えられてもその場では分からなかったり、自覚がないままキレ返してしま制御不能に陥ったり、暴力脅迫支配を伴わない合意の上での性行為では興奮できなかったり、記憶は共有しているもの人格割れしま解離性同一性障害まで秒読み状態だったりと、後遺症は色濃く残っている。

けれど、でも犯罪をしないで済むくらいの範囲で誤魔化しきれているし、それ以上を望んだりもしない。だからこれもまた、今の増田をむしばんでいる死にたさの原因ではない。その時期はとっくに乗り越えてあり、過去過去、今は今として整理がついていて、そういう自分のあり方を受け入れている。



仕事趣味、友人、恋愛家族趣味過去

人生構成するだいたい全部に、人並みの不満や後悔はあれど、満足していないわけでもない。人間関係にも金銭にも将来にも不安はない。上を見ればきりはないが、下を見てもきりがない。自分人生自分のものであり、それ以上でもそれ以下でもない。

増田には確固たる自己があり、誰にも侵食されていない。

私は私だ。

なのに何故こんなにも死にたいのか。

胸を打つこの衝動は何か。

線路に飛び込め、七階から落ちろ、溺れて死ね、とにかく死ね、そう囁き続ける声が内側に蔓延るのか。

思春期という言葉を藁のように握りしめて、この衝動的な嵐が、年齢を経れば終わってくれると、ただ若さなのだと、そう信じてしがみついてきたのに、どうしてアラサーになってもまだ衰える気配がないのか。

自己不安定な時期など、とうに過ぎていると言うのに。

自己、ああ、そうだ。この自己だ。

この衝動こそが死にたさの原因であり、結果だ。

この自己こそが死にたさの真の原因ではないのか。

本当はやりたい仕事を諦めて現状に甘んじている?

友人と上手く付き合うことが出来ない?

両親の愛着が足りなかった?

恋愛が怖くて最初から諦めている?

趣味が実質逃避になっている?

過去に嫌なことがあって未だに引きずっている?

幸せになろうとすること全てにブレーキをかけてしまっている?

全ては結果に過ぎない。

最初存在しているこの「自己」こそが引き起こした、必然の結果に過ぎない。

死にたいのは、嫌なことがあったのが原因じゃない。

嫌なことを引き起こすような自分に全ての原因があるということから、いよいよ目を逸らせなくなってしまたからだ。

増田はずっと、衝動、癇癪、叫びのような化け物を心に飼って、共に生きてきた。

こいつを野放しにしたら、とてもじゃないが人間社会では生きていけない、というかまず肉体が耐えきれなくて崩壊するような、触れるもの全てを敵と認識する、爆発的なエネルギーけがひたすら渦巻いている、自壊を厭わない衝動の化け物。

その化け物を飼い慣らすことだけが増田の今の全てを形作っている。

仕事や友人の選び方、楽しめる趣味思考、行動、言葉、その全部全部が、この化け物を静かに眠らせておくことだけに全力を注ぐように構成されている。

そしてそれが漏れ出てしまった瞬間、必ずトラブルが起こる。嫌なことは全てそうやって起きている。

全ての嫌なことに原因は、増田自身だった。

そう、気がついてしまった。

両親、友人、そして過去の思い出は、一般的社会に溶け込める人間たちが、その化け物を目の前にした時の、ごくありふれた正常な反応に過ぎない。

全ては結果なのだ

思えば最初から物心ついた時にはもう、そいつと一緒に生きていた。

その場の思いつきで突拍子もないことをして、危険危険だと分かっていながら飛び込まずにはいられない、じっとしてはいられないという性質を、持て余していた。

両親が増田のことを「あんたのことはよく分からない」と困惑して言った日のことをよく覚えている。

友人が「増田人間じゃなくて増田という生き物なんだね」としみじみ言った日のことも。

増田いじめて泣かせたクラスメイトが「だっての子最初に嫌なことをしてきたんだもん」と言ったことも。

先生が「どうしてそんなことしたの?」と泣いている増田を問い詰めたことも。

「泣いていたら分かんないよ。先生悪くないよね?なんで先生のこと怒るの?」と寄り添いのかけらもない態度をとったことも。

そして増田はただ、嫌がらせをしようとすら思ってもいなくて、そうすることしか出来なかった、それ以外のやりようがあるなんて考えつきもしなかっただけなのだと、説明出来なかったことも。

よく覚えている。

それらは全部、増田おかしかっただけで、みんなはただ、当たり前に困っていただけだ。

そして増田自身も、困っていた。

ただ、それだけだった。

よく分からないものは愛せない、未知は排斥する、ああ、そうだろうとも。それにしたって、みんなの方にだってもう少し上手くやりようがあるようにも感じるけれど、でも、人間完璧じゃない。上手く出来ないことだってあるし、それを責めたってどうにもならなくて、仕方がない。

からみんな、距離を取る。うん、まったくもって正しい。あなた自分を守るために、増田人生破壊されないために、必要距離だろうとも。

でも、増田だって、こんなのと一緒に生きていくのはもううんざりなんだ。

私は私と一緒に生きていくのが疲れた

そして私は、その内側の化け物から距離を取れない。

みんなみたいに、そっと距離を取ることができない。

ずっと近くにいる。

ずっと隣にいる。

剥がしようもなく側にいる。

趣味だって、ただそうすれば抱えた癇癪がマシになるからやっているに過ぎない。こいつから逃れられないから、仕方なく好きにさせてやってもいい場所を作っているに過ぎない。

本当は絵や文章なんか書かなくても気分が晴れるならそれが一番楽なはずだ。誰も傷つけずに、安心して一人で好きなだけ打ち込めるというだけの、苦しみから逃れるために必要なだけの、ただの麻酔だ。

文章を書いたり、絵を描いたりで努力できるのはすごいね」と褒めてもらえることもあるけれど、違うんだよ。それをやらないとあなた危害を加えてしまいそうだから仕方なくやっているだけなんだ。全然立派でも何ともない。犯罪者予備軍が犯罪をしないためにギャンブルや酒に溺れているのと一緒なんだ、これは。

依存で、中毒で、全然褒められたようなものじゃない。

厄介な人をあしらう術に長けた者たちだけが、周りに残っているのがその証左だ。

衝動性を逃がす以外のモチベーションはないから、創作で食っていこうとしてもクオリティにムラがあって仕事にならないのがその証左だ。

自分は化け物だ。

人間じゃない。

人間になんかなれっこない。

必死に身につけた人間性の全てが、衝動の化け物が眠る上に構築してあるというただ一点を理由に、崩れていく。

その眠る化け物が少し身じろぎするだけで、目覚めるまでもなく、増田の積み上げた全てを崩壊させる。

人間になんか、最初からなれっこなかった。

増田は自らの意思人生選択したのではなく、選択できる範囲の中で選ばされるしか出来なかった。

好きなもの一つ、「自分」の意志では決められない。化け物を起こさないようにごくごく慎重に、刺激しないものだけを選んでいる。

全部全部こいつのせいなんだよ。

化け物を一番殺したいのは増田なんだよ。

私の人生を全部めちゃくちゃにしてきて我慢ばっかりさせるような化け物を、一番憎んでいるのは私自身なんだよ。

両親を困らせたくなかった。

クラスの子と上手くやりたかった。

いじめられたくなかった。

ハムスターだって死なせたくなかった。

恋愛が怖いと思いたくなかった。

趣味だって昔は運動が好きだったはずだ。

仕事だって人の役に立つ誇らしい仕事がしたかった。

友達を傷つけるようなことなんて、今だって一個も言いたくない。

なのに全部できない。

全部全部、壊すのは増田だ。

私なんだよ。



死にたい

もう、こいつと一緒に生きていくことに疲れてしまった。

何もかも破壊して、めちゃくちゃにして終わらせたいという衝動が、朝も昼も夜もずっとずっと苛む。

増田にできるのは、この化け物を思い通りにさせず、誰をも傷つけることなく、自らの死以外の罪をこの肉体に起こさせないことだけなのではないか、という気分になってくる。

どんな声かけも慰めも麻酔も、虚しいばかりだ。

それよりも、慰めてくれた誰かに牙を剥きたくない。

恩を仇で返したくない。

そんな気持ちのほうが、ずっとずっと大きく膨らんでいってしまう。

無理に結婚子育てをしていなくて良かった。

死んではいけない理由を作ってしまっていなくて良かった。

それは誰かを不幸にするから

愛されないまま死んで忘れられることだけが増田にできる唯一の社会貢献だ。

せめてそれだけはさせてほしい。

許してほしい。

ごめんなさい。

まれてごめんなさい。

Permalink |記事への反応(2) | 00:01

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2025-11-18

発達障害

発達障害別に何か天才的にうまいことが出来る訳でもなく、体力がある訳でもないどころか割と体調崩しやす人間って生きてる価値あるのか?と自問自答してしまう。私のことだが。

80%のことが人よりできなくても、1020%のことが人の50倍くらいできるとか、いわゆる天才型ならまだそこで生きていけると思う。

特に特筆するほどのことはなくても、体が元気で体力があれば、仕事自体はあると思う。

しかし私はそのどっちでもない。

なんなら自律神経の問題で、定期的に貧血を起こして立ち上がれなくなったり、最悪気絶する。

何もかもできないってわけじゃない。一応大学もでたし資格も取れた。金出せばどちらも手に入るようなところもあるかもしれないし、わたしのいってたところもそうかもしれない、少なくとも大学単位が取れる程度には読み書きできた。

読み書きすらままならないほど、学力問題があった訳ではない。

接客もできた。発達障害の中には会話が怪しいレベルの人もいるにはいる。

私はその人に比べたら発話できる方だった。

音読も割と得意なほうだろう。アナウンスなどを任せていただきなすことは出来た。

私は決して何もかもができないほどではない。

しかし当然苦手なこともある。数学は得意じゃない。運動もかなり音痴だ。球技ラリー?が続けられない。バドミントンサーブすら打てなくて笑われてから私はとても運動が下手だな……と実感が強まった。

そしてそこに発達障害特性による「出来ないこと」や、自律神経失調症による「いつ来るか分からないぶっ倒れ」が重なった結果、まともなところでまともに働くことは多分不可能だ。

正直私が私じゃなかったら、私と働きたくない。突然具合悪くなってシフトに穴を開けまくったり、忘れ物やなくしものが多かったり、命令がないと動けなかったり。

そんな人間雇うなら普通人間を雇いたい。当たり前だろ。

ゲームやる時だって可能な限り最大効率出せるキャラしか採用したくないだろ。

せめて平均は出せなきゃやりたくないよ、なんで成功率30%くらいのキャラ採用する?しないだろ……。

優生思想何が悪いんだと思ってしまう。

いや、問題あるのはわかる、たくさん問題が出るだろう、でも私みたいなのはまれずに苦しまずに済んだのに。

私の父方の人達はみんな、何かしら精神疾患発達障害を持っている。多分そこら辺問題ある遺伝子なんだろう。

優生思想法律があれば、私の祖父母辺りでうちの家は途絶えていたに違いない。発狂して大暴れしたらしいし。

そしたらまず優生思想的にはアウトそうだし。

そしたら私みたいに苦しい人間は産まれなかったのに……。

家は現実でも私の代で途絶えそうだから、大差ないが。

ぜーんぶ中途半端ちゃんと苦しみが理解できないほど頭パッパラパーでもない、未来が全く想像できないほど知能に問題がある訳でもない、でも生きていくには足らない。

税金貰ってる立場だけれど、感謝してるけど、それはそれとしてそれだけじゃ絶対生活できない。月5万でどうやって生きていけと仰る。

仕事したくてもそもそも雇って貰えないし、迷惑かけたくもない。何とか雇ってもらえてもフルタイムで働けない。障害者用の作業所とかだと月数千円。高くても8万円くらいの給料しか貰えない。

家じゃ邪魔者で早く出ていけと言われる。

足らんて、普通に。一人暮らしするならもう少しないと流石に安定しないって。火の車で健康度外視食生活とかならなんとかなるかもしれないけど。

障害者福祉に繋がれば社会が生かしてくれるんでしょ?という人もいるかもしれないけど、全然そんなことない、マジでア〜とかしか言えないようなレベルだったり、読み書きできない会話もあんまり成り立たないレベルだったら知らんけど。

会話できて勉強ある程度できて動くのに支障ない(だが生きるのに支障はある)レベルだと上に書いた程度。

そして仕事はない、たすかりたい、助けがないと今の社会じゃ難しい、お金が無いと生きてけないけど、バカにはお金を手に入れるのが難しい。狩りとかの時代の方が多分生きてける。

つらい

Permalink |記事への反応(0) | 16:44

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2025-11-16

大きいハイテク車に乗る胡散臭いベンチャー社長、古コン見てえな男、女、俺が談話しながらドライブする。俺と男は何度も忘れ物をして、出発が遅れる。前日に広いスーパーで買い物してたのに。

珍しく、進展した、出発した。忘れ物するたびに席順が変わって、一番下座になった。車は横にスライド移動とかできた。

実家や、職業体験で行った商店街が出てきた

ナナフシ樹木を吸う、コツを男に聞いて終わってた。つの?で器用に彫刻刀みたいに削ってた。自分の形の模様を作っていた

Permalink |記事への反応(0) | 14:08

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2025-10-31

職場の同僚が馬鹿すぎるから愚痴聞いて

職場の同僚が忘れ物たか有給時間給)で家戻って取ってきて良いですかって上司に聞いてて

1時間ぐらいで戻ってきたとき「何忘れたの?」って聞いたら、照れながら「奥さんのお弁当忘れちゃった」だって

馬鹿すぎる。それなら時間給分の金で弁当とか外食したほうが安上がりだろ。

こういう経済観念がなってない男が結婚出来て、経済観念がしっかりしてる俺が未婚ってのもまた腹立たしい。

Permalink |記事への反応(2) | 19:27

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2025-10-20

攻撃してきた相手10年先でも20年先までも、いや末路まで見届けた方

意見対立とか、しょうもない行き違いでやたらめったら攻撃的になる人はまぁいるわけなんだけど、その程度も問題になるわけで。

こういった場合、余りにも相手攻撃がひどいときは一旦その場から離れるのは重要

とはいえこちらにもそこに忘れ物があるわけだからどこかで取りに帰らないといけない。

こうなってくると、定期的に相手状態確認してあげる必要があるんだけど普通の人はいずれ忘れちゃう

もったいない

ここを10年だろうが20年だろうが、いや思い切って末路まで見届けてあげる方が結果として相手の身になった行動であろう。

攻撃してきた相手が間違っている場合って、同じようなことをいろんなところでやっているから、

だいたい身動き取れなくなってるか、10年も経てば消えていることの方が多いのよね。

もちろん社会的に消えている事が多いけど、場合によっては物理って事もある。

そうなってからこちらの忘れ物を取りに帰れば、こちらには何も起きないので。

Permalink |記事への反応(0) | 19:05

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2025-10-10

鍵を無くしかけて焦る増田酢丸背当て悔過し区なを着か(回文

朝出かけるときに鍵がない!って焦って焦ったわ!

おはようございます

事なきを得まくりまくりまくりすてぃー!

無事見付けられました。

たぶん、

昨日帰ってから着替えたとき廊下に落ちてたんだわ。

うっかり超ミス

小銭入れと車の鍵はなくし書けることが多々あることが多いので、

電子忘れ物タグをつけたの。

以降意識しすぎて無くさなくなったのはめでたいのよね。

でも家の鍵とか、

車は単独で別なので、

家の鍵の束の束はいつもすぐに出して置いておく習慣だったのに、

ついつい忘れてしまってそのままにして置いたらこありすさま。

アリス様に申し訳がたたないわ。

何回かこれやらかしてるので、

鍵を掛けるフックが欲しいわ。

マグネットで木の壁にもくっつくやつ!

あれだと帰ってからすぐにフックにかけてふっくするの。

いやホッとするの。

同じ事をやらかしている警報発令中なので、

これは可及的速やかに事態を重く見て、

改善策に努めなければならないわ。

なので、

フックを買う準備の心はオーケーよ!

でもさ、

インターネッツでそのフック買おうと思ったら、

ロットがあるみたいで、

うーん、

いきなり12個も必要ないんだな。

1つでいいの。

フックが1つ欲しいだけなのに、

そんな一気に12個とかのパッケージ必要ないの。

1つで良いの。

私はそのフックを探し求めれば求めるほど1パッケージの入っている量が多くなるばかりで

1パッケージに1つしか入っていないでお馴染みのフックが欲しいのよ。

残りの11個の余ったフックってどうする?

使いどころに迷うわよね。

まあとにかく、

善は急げっていうほど善に急いだ方がいいので、

余ったらあまったであとでなんとかなるでしょ。

鍵を無くしてしまいそうになってロスタイム10分取られるタイムロスが一番痛いわ。

おかげで今朝は出掛ける時間ちょっと遅くなっちゃったのよ。

私の不注意がそもそもとしていけなかったんだけど。

以後気を付けるわ。

持て余す残りのフック11個の使い道を今日一所懸命いや十一所懸命に考えてみたいわ。

こういう時こそ

AIなのよね!

でね、

さくっと尋ねてみたらキッチンおたまやシャモジを引っかけるのはどう?って

私が期待した11個余ったフック大喜利とは違ってリアルに真面目に答えちゃってくれて、

ここはボケて良いのよ!と言う方がいいのか、

フリとして「絶対ボケたらダメからね!絶対によ!」って念押し絶対

絶対に押すな押すなの押すパターンAI文脈理解できるのかしらってことが頭の中をよぎったわ。

でも

私の一番の任務今日任務インポッシブルしなくてはいけない任務

絶対に鍵を無くさないためにフックを買うことね!

これは絶対よ!

絶対からね!

うふふ。


今日朝ご飯

レタスハムサンドしました。

しゃきしゃき元気の良いレタスが朝のフレッシュさを私に与えてくれると同時に美味しさそしてお腹を満たす元気として取り込まれるのよ!

レタスハムサンドもしゃきしゃきレタスたまにはいいわね!

デトックスウォーター

コーン茶ウォーラー茶ね。

こっちも絶賛大好き飲み中のリピ製造コーン茶ウォーラー茶よ。

美味しさはしばらく飽きそうにないわね。

しばらくコーン茶ウォーラーブーム続くわ!


すいすいすいようび~

今日も頑張りましょう!

Permalink |記事への反応(0) | 08:39

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2025-10-07

映画】Play Dirtyを見た

70点くらいの普通に面白い1990年代アクション映画だった。

よかったところはテンポスケール感、悪かったところはノリ?とシナリオ

 

プレイ・ダーティー」はシェーンブラック監督が贈る、アクション満載の骨太で巧妙なスリラー作品強盗団を率いる冷徹な男パーカーマーク・ウォールバーグ)。彼はグロフィールド(ラキース・スタンフィールド)やゼン(ローササラザール)といった腕利きの仲間たちと共に、桁外れの価値を持つお宝の強奪に臨むこととなる。しかし彼らの前には、ニューヨークに根を張る巨大な犯罪組織が立ちはだかるのであった。

という紹介文を見て、いや「シェーンブラック」が撮る映画じゃ無くね?と思って見たらこ文章から感じられる内容では全然なかった。リーサルウェポンとかラストアクションヒーローとか撮った監督だぞ!って感じのアクションコメディ

 

紹介文から感じられる特殊能力に長けた腕利き強盗団による綿密な計画に基づいたクライムアクションみたいな感じだけど、実際に出てくる奴らアホばっかりだし、ウォールバーグも冷酷ではあるけど基本はアホだし、頭使って見る映画だと思って見たら脳みそ溶けちゃうよ。

例えば冒頭の強盗シークエンスからしてこう。

銀行強盗に乗り込んだウォールバーグ一味。なぜかアホな若者が仲間にいて事態をかき回す。計画は上手く進んでいると思いきや休日忘れ物を取りに来た警備員強盗気づき裏口で待ち構えていて襲撃を受け、盗んだ金を奪われてしまう。車で逃げた警備員を素顔を晒して銃を撃ちまくりながら走って追いかけるウォールバーグ。レース開催中の競馬場に追い詰め、大衆環視の中警備員を撃ち殺すウォールバーグ。金を取り戻しめでたしめでたし

いや、アホなん?今の時代SNSで晒されて終わりやで。

こんなテンションで終始展開される映画なのでそういうもんだと思って見るべき映画

 

そんな中でもちゃんスティング!な展開が盛り込まれていたり、シェーンブラック的なコメディ要素もウザったい部分も多いながらもクスリとさせられる部分もあり、シェーンブラック的な無駄に規模の大きいアクション個人的にはよき。高架を走る貨物列車脱線させるも落下位置を見誤って仲間全員巻き込まれシークエンスとか「うわ~~~~バカだな~~~!!」って感じでよかった。

個人的に一番よかったのは冷酷なマーク・ウォールバーグという設定が途中、こいつやっぱアホなのではという1990年代主人公的な展開を挟みつつも最後まで活きていたところ。

最初強盗シークエンスの後、メンバーの一人が裏切り主人公は重傷、他の仲間は全員全員死亡してしまう。復活した主人公裏切り者を探し出し追い詰めるも彼女祖国を救うために巨大な強盗計画を企んでおり、最初強盗計画はその資金調達のためだったことが判明。ウォールバーグは半ば巻き込まれる形でその大強盗計画に乗り出していく。

その計画の中で彼女の助けを借りたり想いを聞いたりして本当の仲間になっていき、最終的に計画は別の形で成功をおさめ彼女祖国は救われたことがニュース流れる中、主人公彼女をきちんと射殺する。仲間を殺したケジメをつけるために。

個人的に見ながらずっと「でもこいつ仲間撃ち殺したやつなんだよなぁ」と思いながら、なんとなくそこはうやむやな感じで終わるのかなとか、ウォルバーグをかばう形で死んだりするんかな思ってたんだけどきちんと主人公の手でケジメをつける展開はよかった。

 

紹介文の「骨太で巧妙なスリラー作品」と思って見始めたら???ってなっちゃうけど、ノリの古さとかも含めてまぁこんな感じの作品でしょって感じで、今日ちょっとなんも考えずにアホなアクション映画見たいな~ってときに見るにはちょうどいい作品だったと思った。

サブスク無料で見る分には上等な映画だと思うのでオススメ

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2025-10-06

ADHDが羨ましい

ADHD公言している人は、遅刻が多かったり忘れ物が多くても、まあ〇〇さんは仕方ないからな〜という雰囲気でなんとなく許されてる。

健常者は許されない。

自分ASDだが公言していない。公言すれば〇〇さんのように優しい対応をしてもらえるのだろうか、いや煙たがれて終わりだろうなと羨ましいし妬ましい。

遅刻忘れ物はないものの、明確な指示出しがないとめちゃくちゃ不安だし、頓珍漢なことを口走ってしまうせいでいじられ役になって傷つくしメンタルが弱いから嫌なことがあればすぐ希死念慮に襲われる。療育のおかげでこういう時は不安になりがちだけどこういう風に行動すれば大丈夫学習して社会対応できるようになった。でもなあなあで回っている部分に直面してどうしようと不安に駆られることは度々ある。人生こんなもんだと思ってたけど、健常者はそうじゃないらしい。ADHDも同じ発達障害なのに、それほど不安じゃなさそう。もちろん私がわかっていないだけで相当の苦労をしているのだろうが。

自分自意識過剰被害妄想しているだけであって、実際は誰も自分に期待も失望もしていなくて、ただ自分仕事をすればいいだけだとはわかっているのに、怒られたらどうしよう、なんであいつがここにいるんだ身の程知らずだなと思われてたらどうしようと反芻している。自他境界が分けられていないのは自覚しているが、療育で受けた相手気持ちを考えようという指導は、自分にとっては相手気持ち想像し過ぎてしまう結果に終わったらしい。

Permalink |記事への反応(0) | 23:33

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いちおう状況というかわたしのもってる病気の正体について説明ときますという話。

診断名はおなじみADHD注意欠陥多動性障害)なんだけど程度が薬をもらえるまで高くないし、地方ならではの特性で「診断してもらえるまでに専門のお医者さんの手があくま時間がかかる」ということから心理士さんをつけてもらいなんとかやり過ごした。

最近この病気について非常にファッション的に消化されてるけど、これっていってしまえば「自分無意識下でミスが起こりそれがあとで発覚する」ということがありまして、それを小学校社会人くらいまで「あなたミスが多いかダメ人間だ」と言われ続けることなのね。

それは何らかの形で可視化されるわけで、小学校でいえば忘れ物ランキング中学校以降ならテストの点数とかにそれは出てくる。

中学校以降それなりに勉強を頑張ったのは、ダメ人間烙印を押されるのを恐れたからってのはある。かんたんに言うとケアレスミスのせいでわたしたちは本来の点数をとることができません。

なので、ケアレスミスによる減点を抑えるためにめちゃくちゃ勉強したりしてたわけ。

まあ、それはさておき…

いい意味発達障害ADHD社会から理解が進みまして、そうなると

・幼少期はミスに対してめちゃくちゃに怒る大人がいる

大人になってからはそういう大人がいない

・それはさておき発達障害というものがないとか甘えという考えの人もいて、めちゃくちゃにミスを叱責してくる

とくに一番下がやっかいで、中学社会人までそういうタイプ人間っていたのです。

そういう人間が周りにいると、自分ミスしたときに何度もその人の声がリフレインしてきて、妄想の中で怒られるみたいなのがある。

また、幼少期と今の怒られのギャップもあるので、自分にムチを打つために「ミスをした自分を責立てる自分」を作り出すこともある。

ミスをしないためにどうするかっていうと反省するしかいからね。

徹底的に反省させるスパルタ人格ってのを作り出すわけです。

こいつがやっかいで、ミスが重なったりすると面に出てきて、でかい声で怒鳴りながらペン刃物わたしに突き刺したり、殴ったり、妄想の中で責め立てたりする。SNSを乗っ取ることもあるし、もとの人格スイッチングすると、今回のようになります

一応この事象自体は死に至ることは意外とないらしいので心配される方もいるかもですが、なんとかその叱責して責め立てる「あれ」がコントロール次第では優位になる。

参考までに黒塗りにして変なツイートをした記憶も、自分を殴ったり文具を体中に刺したりした記憶が「ない」んです。

からこれを受けてそんなことやめなよといっても、結構難しく、仕様と思っててほしいのです。

どうしても腕に傷を作ること、頬にみみず腫れができてること、人格が乗っ取られることは心配されますが、ご心配なく…

お願いとして

ADHDエンターテイメントとして消費することは危ないかも。ドジっ子とかじゃなくてミスやすい+ミスのことが頭に思い浮かぶ+対策として人格乖離させるという私みたいな反応を引き起こす人もいることはご理解いただきたい

ミスに対して責め立てることも責め立てないこともどちらでもこうなるのが厄介なところ。

まとまりはないですがそんなところかなです。

勘違いしないでいただきたいのは趣味関連で(自分の不甲斐なさに幻滅してうまく動けないというのは一因としても)主催や出演のプレッシャー、いろんなことの作業量がうんぬんでこうなってるわけではない、とだけお伝えしときます

しろなにか自分必要とされてる機会があることで、死を遠ざけるというか抑止力にはなってるかも。

この症状により死ぬことはないですが、コントロールミスるとこうなる人間がいること、ご理解いただきたいです。

Permalink |記事への反応(0) | 22:19

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2025-10-03

へー、終点に止まって車庫に入っただけの列車に置いてきてしまった忘れ物、回収できないんだ

どんだけネコババされてるんだろうな

Permalink |記事への反応(0) | 17:46

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2025-09-20

最近の日々の記録(普通日記

朝、目覚ましが30回鳴ったところで飛び起きる。

ADHDの私は、これが日常の始まりだ。

いつもなら歯磨きを忘れ、鍵をどこかに置き、通勤電車時間勘違いして焦りながらホームを走る。

人に言わせれば「そろそろ何とかしないと」と自分を責める材料は山ほどある。

****

でも最近、なんだか生きやすくなってきた。

仕事の手順を紙に書き出すだけで、見落としが激減した。

あの煩わしかった「何を次にやるんだっけ?」という心のノイズが、ふっと消える瞬間がある。

まるで目の前の霧が晴れて、一歩ずつ確かに足を進められるような感覚だ。

ある雨の日、コンビニの窓辺で傘の忘れ物を探しながら思った。

「これまでの私は、まるでシャワーを浴びたまま服を着ているみたいに、常に何かが抜けていた」

でも今は、濡れた背中をぽんとタオルで包んでもらったように、安心できる。

****

ふと立ち寄ったカフェで、新しく出会った同僚がこう言った。

君ってキラリとした瞬間があるよね」

私は驚いて、「そんなこと言われたの初めて」と笑った。

その言葉が胸の奥に小さな灯をともした。

数十キロ先の誰かに私のことを覚えてもらえるなんて、まるで夢のようだ。

****

家に帰ると、ToDoリストが机の上で私を待っている。

以前なら、見ただけで息苦しさを感じたはずだ。

今は、1行ずつ丁寧に消していくたびに、「できた」という手応えが心地よい。

消し跡が増えるほどに、私の世界は少しずつ整っていく。

夜、窓の外を見上げると、街の灯りがやさしく揺れていた。

その瞬間、私はこう考える。

ADHDの私にも、静かな夜明け前の静けさが訪れるのだ」と。

かに移動も迷いも多い人生だけれど、

今はこのまま、書き出しと消し込みを繰り返しながら、

さな成功と失敗の粒子を全部抱えて生きていこうと思う。

行動の理由なんて、後からわかればいい。

いまはただ、一歩ずつ進むだけでいいのだ――そう感じさせてくれる、私なりの「生きやすさ」がここにある。

Permalink |記事への反応(0) | 12:34

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2025-09-12

ズッコケ三権分立

夏休み自由研究に頭を悩ませていたハチベエハカセ・モーちゃんの三人は、社会科の授業で習った「三権分立」という言葉に目をつける。

「国のえらい人たちは、立法行政司法に分かれてるんだってさ!」――ハチベエ一言から、三人はクラス舞台に“模擬政府”をつくることに。

モーちゃんはみんなの意見を聞いて“立法”を担当し、新しい校則もどきを作り出す。

ハチベエリーダー気質を生かして“行政”を握り、その校則を本気で実行に移そうとする。

ハカセは“司法”役として冷静に判断を下し、クラストラブルを模擬裁判で裁こうとする。

最初は遊び半分だったが、忘れ物掃除の当番をめぐって本気の“裁判”が始まりクラス中を巻き込む大騒動に発展。やがて三人は、「立法行政司法がうまく分かれているからこそ公平な社会になる」という仕組みを、身をもって学ぶことになるのだった。

Permalink |記事への反応(1) | 09:21

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2025-09-11

忘れ物癖の夢で目が覚めた・・・

素人ボクシング試合でみんなの順番を決めるのに必死自分試合の道具を全部忘れてきてたの思い出して顔面蒼白になったところで目が覚めた・・・

リアルで一度やらかして取りに戻るために順番をやり直してもらったことがあって忘れ物癖はほんまなんとか直したい

Permalink |記事への反応(0) | 05:14

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2025-09-05

anond:20250905154651

意外と忘れ物コーナーに届いてたりするよ

そのライブ民度によるけど

Permalink |記事への反応(0) | 15:48

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2025-09-03

なるべく人に親切にするようにしてんのね

隣の人がセルフレジの使い方に戸惑ってたら教えたりとか

荷物ぶちまけちゃった人がいたら手伝ったりとか

Be MyEyes入れて忙しくない限りは対応したりとか

変なナンパみたいなのに絡まれてる女性がいたら「この子友達ですけど何か用ですか?」って助けに入ったりとか

目の前で忘れ物した人がいたら追いかけて渡したりとか

なんかこう、ボランティアとかは変な団体とかだったら嫌だなーって思うからしないけど、手の届く範囲で親切にしてる

でも全然性格いから、横入りされたらキレるし出先に騒いでるガキがいたら真顔でじっと見つめてやめさせてる

穏やかで優しい人になりたいけど、一生無理なんだろうな

神経質だから周りが気になってるだけなんだろうな

Permalink |記事への反応(2) | 16:57

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2025-08-31

オタクである事はミジメさをより際立たせる

秋葉原メイドカフェに行った。好きなアニメコラボしていたので、コラボ商品目当てにだ。

まず整理券をもらい、2時間ほど待った後にようやく入れた。

店内は賑わっていて、1人で来た自分は少し恥ずかしさを感じた。

店員メイドが「あちらの席へどうぞ」と案内してくれたが、その席にはバッグが置いてあった。

しかしたら前の人の忘れ物かもしれない。そう思い、店員に「この席、バッグが置いてあるんですが・・・」と報告した。

すると、「お客様はこの席に案内されたのですか?」と少し怒気をこめた感じで言われた。

よく見ると、自分が案内された席はもう1つ奥にあったらしく、

バッグの置いてある席は一時的トイレに立った人のものだったらしい。

ただの席間違え。だったのだが、とても言いようのない恥ずかしさが自分を襲った。

店内はコラボしたアニメのノリノリな音楽が流れている。

まずこんなアニメアニメした店に入る事自体メイドカフェに入る事自体が恥ずかしいのに、

席間違えで注意までされてしまった。

自分を覆っていたベールが無くなり、むき出しの自分が、恥ずかしい存在である事が浮き彫りになった。

これが普通飲食店なら、こんな思いはしなかった。

席を適当に案内した店員にも非があるし、まぁ席間違いなんてよくある事だろうと割り切れた。

しかし、俺は今から幼稚なコラボグッズ目当てで、幼稚なコラボメニューケーキを頼むのだ。

店内は、俺が好きなアニメ映像が流れている。

俺は、このアニメが好きだなんて人に言えない。可愛い女の子がたくさん出てくるアニメが大好きだなんて、言えないのだ。

そう、ここではキモオタなのを隠す事ができない。

アニメコラボしたメイドカフェに来たキモオタな事を、隠すことはできない。この世界の最底辺

それを思い知る場所なのだ、ここは。

ケーキの味は分からなかった。ただ、ミジメさだけを味わって店を出た。

Permalink |記事への反応(2) | 13:34

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