Movatterモバイル変換


[0]ホーム

URL:


はてラボはてな匿名ダイアリー
ようこそ ゲスト さんログインユーザー登録

「役者」を含む日記RSS

はてなキーワード:役者とは

次の25件>

2025-10-27

映画】ミーガン2.0を見た

本国で大コケした結果、日本では配信スルーになってしまった作品だけど

別にそんなオオコケするほどじゃなくない?63点くらい。

 

ヒット作の続編の中の一つのパターンとして「1の魅力的なヴィラン主人公に据えた続編」というものがある。

おそらくもっと成功したのがターミネーター2。シュワルツネガー演じるT-800は1では主人公殺害するために永久に追いかけてくる恐怖のアンドロイドだったのが2では逆に主人公を守るためにやってくるアンドロイドになっていて、1のT-800のポジションにはより先進的な液体機械型のT-1000がつく。

 

ミーガン2.0は明らかにT2テンプレートを模して造られており、ミーガンの技術を模して造られた軍用アンドロイドアメリア暴走世界を滅ぼそうとする中、それに巻き込まれたミーガンの製作である1の主人公家族(特に娘)を守るため実は生きていたミーガンが復活する。

T2と違って一番問題なのは、悪役であるアメリア全然魅力的じゃないところ。ミーガンは不気味の谷を反復横跳びするような「ドール的な人工的な可愛さ」と「ロボット的なモーション」が魅力的なアンドロイドだったがアメリア軍事スパイ用という用途からすれば妥当ではあるのだが、どう見ても疲れたおばさんにしか見えない。動きも滑らかになっているので、無表情気味の超強いおばさんって感じ。別にそういうヴィランがいてもいいんだけど、ミーガンに求めてるのはコレジャナイんだよなぁ。

顔をミーガンみたいなドールタイプにしないにしてももっと人工的に見えるタイプの顔の役者アサインするとかなかったんかなと思ってしまう。そう考えるとT-1000は完璧だったよね。あのおじさん。ちゃんロボットに見えたもん。

 

ミーガン自体は1を踏襲して、作中でも言及されるクリップ問題AIクリップを最高効率で作ってと頼むとその過程人類を滅亡させる)に忠実で「娘を守るためなら倫理などない」という言動面白さはあるし、日本人だと寄生獣ミギーみたいな感じで見ていて愛着がわくと思う。途中で出てくるミニミーガンもかわいい。あれ商品化してほしい。

前作でミーガンダンスがバズったので今回も、と明らかに無理矢理突っ込んだダンスシーンは蛇足だったけどアクションパワーアップしていてよかった。でもホラー要素は減退していてこれは好き嫌いありそう。

途中でアメリアはミーガンが操っていたのでは!?みたいなスティングもありつつ、まぁそうなるよね的な大団円を迎えるのも視聴後感もいいし、普通にいい作品ではあったと思う。

 

可愛そうなのは主人公AIエンジニアのおばさんだよね。前作でミーガンが暴走したこと責任を感じて反AI運動活動家に転身、著書もいっぱい売れて、事故物件か?みたいな家賃クソ安い家で安全AIの開発にいそしんでいたんだけど、実は著書はクラウド型ミーガンが6万5000冊買って倉庫しまっていたり、家もミーガンが買ってミーガンが開発したウェポンハウスだったり、自分活動のせいで娘はいじめられ、反AI活動で気が合って一緒に活動していた相手は反AIテロリストだったり踏んだり蹴ったりすぎる。

あと全然どうでもいいんだけどエンジニアおばさんが開発してた介護現場作業補助用のパワードスーツアメリアに操られたときに水かけたらスパークして暴走しだしたけどそんな危ないもん介護現場作業用に売り出そうとしとったんかい。めちゃくちゃやなとは思いました。

 

結局、T2SFスリラーからSFアクションに舵を切ったように、ミーガンもSFホラーからSFアクションに舵を切ったわけだけど、前作がAI怖いだったのが今作では人間怖いに切り替わっており、なんでより凡庸なほうに行くねん!とはなったかな。

たぶん、アメリア女優もっと魅力的な人に代えてたらもうちょっとヒットしたんじゃない?知らんけど。

まぁ普通に面白い娯楽作品なので見てみるのオススメ

Permalink |記事への反応(1) | 10:21

このエントリーをはてなブックマークに追加ツイートシェア

2025-10-25

夢(No.1294 2025/10/24)

←前

帰宅しようと駅に立ち寄ると、聞いたこともない路線特急電車が停まっている。たった四駅しかない支線で、最終駅の名前「えだ」だという。こんな路線があるのかとぼんやりしていると、突然足元ががたんと揺れ、列車が出発した。いつの間にかぼくも乗り込んでいたのだ。これはまずいと思ったが後の祭りだ。諦めて次の駅で折り返すしかない。いや、どうせ時間も有り余っているところだ、せっかくだから見知らぬ街の観光も悪くないかもしれないなどと考え直す。

車内は案外混雑していた。ぎゅうぎゅう詰めというほどでもないが、かといって空いている座席もないという程度。これだけ人の往来があるということは、この先も思っていたより栄えた地方なのかもしれない。列車は海沿いの高架を走っているようだ。それにしても思っていた以上に走行距離がある。次第に退屈し、意識は細長く引き伸ばされてゆく。木々の枝の合間に瞬く夕日が眠気を誘う。

かれこれ数時間は走った頃だろうか、終点ひとつ手前の駅でふと我に返る。駅前には華やかなネオンが灯り始めた土産物店などが並び、浴衣姿の観光客たちで賑わっている。何があるところなのだろうかと不思議に思っていると、背後で列車の扉が閉まる音。振り返ると列車はぼくを置き去りにしたまま出発してしまった。どうやらこの列車乗客思念類推して勝手に乗せたり降ろしたりするらしい。そんなわけで、ぼくはなすすべもなくこの見知らぬ駅に置き去りにされてしまったのだった。

仕方なく、ひとまず帰りの時刻表を探す。壁一面に古びたホーロー看板が張り巡らされ、なかなか時刻表が見つからない。それどころか駅の名前も判然としない。少なくとも「えだ」駅ではないようだ。しばらくしてどうにか見つけた粗末な張り紙によれば、上下線とも一時間に一本ほどしかないようだ。この辺りで時間をつぶして待つしかない。

商店街ぼんやりと見て回る。アセチレンランプの灯る屋台食堂キッチンで、巨大な鉄板料理をかき混ぜる料理人がいる。少し空腹を覚え、食事をするのもいいかもしれないなどと考えながら通り過ぎる。だがさらに歩くとあっけなく街外れに出てしまった。寂寞とした葦原の向こうに激しく荒れた海が見える。何層にも厚く垂れ込めた空が落ち、誰かが遠くで荒れ狂う波に翻弄され断末魔叫びを上げているかのような底知れぬ不穏な気配。冷たい風の音だけに包まれ世界が妙に不釣り合いだ。再びあの疑念が沸き戻る。いったいこの街に何があるというのだろうか。

駅の方へ後戻りする途上にも、奇妙な違和感は頭の中で膨らみ続ける。一見華やかなネオンに彩られているものの、どことな張りぼてのような嘘くささ、取ってつけたような底の浅さが感じられるのはなぜだろう。何だかからない玩具を売る夜店の店先に退屈そうに座っている男。もう何年も品物が売れた形跡はなく、その収入生活できるはずもない。隣の古書店も品数は少ない。疎らな棚から試しに一冊手に取ってみると、子供クレヨンで描いた落書き帳だった。すべてが急ごしらえの街並みで、慌ただしくかき集められた役者たちが戸惑いながら呼び込みや観光客を演じている。そんな気がしてならない。おそらくあの時刻表も嘘だろう。帰りの列車など最初からないのだ。

←前

Permalink |記事への反応(1) | 01:18

このエントリーをはてなブックマークに追加ツイートシェア

2025-10-23

裁判傍聴したい

最近リーガル・ハイレンタルで借りて見てる。

リーガル・ハイって役者が薬物で捕まったせいで配信サイトでは見れないんだって

リアル裁判って経験したことないし予定もないし入れたくもないけど、興味本位で見に行ったら恨まれたりするのかなあ。

六法全書持っていったり小道具司法浪人コスプレしていった方がいいのかな。

Permalink |記事への反応(1) | 09:42

このエントリーをはてなブックマークに追加ツイートシェア

2025-10-19

燃えろ燃えろ、束の間の炎上

増田は歩きまわる影法師、哀れな役者

出番の間は、舞台で大見得を切っても、

袖に消えればそれまでだ。増田

間抜けが語る物語、大声で喚くばかりで、

意味などない。

Permalink |記事への反応(0) | 23:20

このエントリーをはてなブックマークに追加ツイートシェア

適応障害に思いを馳せる

同僚が適応障害休職することになった。

大口案件に取り組んでいる真っ只中のことである

なぜ同僚が適応障害に至ったのか、少し自分の頭の整理も含めて書き連ねていこうと思う。

同僚の性格はあけっぴろげというか、底抜けに明るいというか。

一言で表すなら「エンターテイナー」だと思う。

大多数の人間から見れば「明るくて話しやすい」「取っ付きやすい」人間だ。

からこそ今回の休職は「まさかあの人が?」という反応であった。

しかし同僚の根底にあるのは「所属欲求の強さ」だったと私は思う。

同僚の生い立ちを聞き齧っただけだが、あまり所属に恵まれているとは思えなかった。

家庭も、友人も、かつての職場も、今の職場も。

表面的な付き合いはできるのだろうが、深い話は恐らく誰にもしていない。

それこそパーソナルな部分に踏み込むような話を、同僚はたった1人で抱えて生きているようだ。

信頼できる人間を探し求めているが、自分の思う信頼できる人間には出会えていないのだろう。

探し求めるその姿は、私から見ると道化のようであった。

あえてオープン自分を演じ、酒を大量に消費する様はいっそ哀れである

同僚の思う「信頼できる他者」は「もう一人の自分」でしかなく、それ故に苦しみは続く。

此度の休職はここが上手く消化できなかったからに他ならない。

適応障害を含む精神疾患は、私個人定義になるが「自分の持つ気質社会が適合しない状態」を指すと考えている。

誰しもが自分の持つ気質性格と折り合いをつけながら、どこかに所属したり働いたり、交友関係を築いている。

社会との適合は、いわゆる我慢連続に他ならない。私だって正論を振り翳し他者を詰りたい時がある。

しか我慢をせずにいれば、生きていくことができなくなる。

この我慢無意識に行うことが多いが、我慢限界という言葉通り、何かしらの要因で限界は訪れる。

例えば身体的に具合が悪い時など、気質制御するより優先事項が高い状況がそれにあたる。

先に書いた通り、まず同僚は他者を信頼できない。それはまごうことなき本人の素養である

信頼できないか業務報告はおろか、自分の体調も他者と共有ができなかった。

そして同僚の関係者も、普段演じている同僚の芝居を信じ切ってしまった。

最後最後体調不良の申し出をしても、本気で捉えてもらえなかった。

「あれだけ『大丈夫』と言われ、報告もなければ踏み込みようがない」という関係者の言は悲痛である

同僚は助けを求められない環境を、自らの演技で作り上げてしまった。

明るく振る舞い、誰にでもにこやかにしかける役者の姿を、崩すことができなくなったのだ。

自分所属欲求を満たすための演技が、自分の首を絞めてしまったのだ。

職場環境における適応障害は、当然周囲の環境も大いに影響する。

だって時間残業薄給には耐えられないだろうし、やりがい搾取なんてもっての外である

しかし此度の一件で思ったのは、本人の素養も影響するのだろうことだ。

だって本当の自分を見せるのは怖いし、それが受け入れられる環境ではない。職場は最も困難な場所である

しか業務上の不具合不都合など、自分で処理をするのが困難な時が多い。

困った時は責任者を引っ張ってこなくてはならない立場なら尚のことである

プライベートを見せろとは言わないが、業務は隠すものではない。

同僚の場合、周囲の関係はいつも気にしていた。その環境をどうか蹴らないで欲しかった。

他者の信頼、とまでは行かずとも、業務の困りごとの共有はして欲しかったしすべきだったと思う。

信頼しにくい環境であったことは否めない。

誰もが自分の抱えた業務に振り回されており、誰が助けてくれるのかがわかりにくい環境なのは事実から

そういう時は、オープンにして良い状況だけでも適当に身近な同僚に喋って良いのではないか、と私は思う。

休職前も一悶着あった。

同僚は休職を認めようとしないのである

もうこれ以上進められないのに、他の案件も全てストップしてしまっているのに。

恐らく表面上は「ひとりで片付けられる」という思いからくるものだと思う。

しか根底には「所属欲求」が見え隠れしていた。

役立たずと思われたくない、やっぱりダメだったと思われたくない、一人でやりきったという賞賛が欲しい。

ここまで来ると危険で、他者言葉が耳に入らないだけではない。

他者自分と同様の環境押し付けようとするのである

自分生活を切り詰めて仕事をしている、お前も同様に苦しめと。

同僚には同僚なりの言い分はあるだろうが、優先順位は人によって異なる。

自他境界がどんどん曖昧になっていく姿は、痛ましかった。

結局後始末に奔走しているのは関係者であり、私もそのうちの一人である

同僚が今まで共有してこなかった情報を探り、掘り起こし、まとめ、時が過ぎていく。

同僚の上長はあちこちに頭を下げて回っている。

仕事に関しては、一平社員が一人で抱え込んで良いなんて事象はない。

なぜなら自分で尻が拭けないかである。悲しいことに、換えの効く駒に他ならない。

責任者に全てを開示し、なすりつけておく準備をしておく必要がある。

信頼なんてもの存在しない。それをどうかわかって欲しい。

上長や周囲の人間を信頼しようとしまいと、会社から給料が出ているうちは所属しているのである

法律上は、会社は雇った人間を守る義務だってある。

そこに所属欲求関係ないのである

仕事に潰されそうな時、自分一人で抱え込んでいないかどうか確認してみて欲しい。

下っ端は上長に報告するまでが義務みたいなものだ。

それを受け取らない上長は、上長が悪いのである

自分は記録を残しました」と言えれば充分である


長くなってしまったが、ここまで読んでくださった方

貴重な時間ありがとうございます

様々な環境があり、一概に原因特定はできないけれど

こんな素因もあるんだな、程度に心に留めておいてください。

会社である以上、ひとりぼっちでできる仕事なんてない。

ひとりぼっちになっている、と思った方は今一度周囲の環境を見渡してみてください。

助けてくれる人がいなくたって良いんです。

かになすりつけられる状態さえ作っておけば。

Permalink |記事への反応(1) | 23:17

このエントリーをはてなブックマークに追加ツイートシェア

昼寝をした。Twitterで流れてきた恐怖の役満(自民国民維新N国参政)の風刺画を見ながら寝落ちした。

夢の中でサカナクションライブにいた。

曲はchouchouのLunaria。

暗い客席、白い砂の舞台を円に囲む観客は星。

舞台で歌う好きな歌手と美しい音、そこに副総理?になったからと仕事舞台に立つ嫌いな政治家そいつ齋藤だったか石丸だったか。曲の精神を何も理解しないまま俺の好きなものを穢している(この俺の夢こそが好きな作品を汚す勝手な融合でもある)。

舞台の上で、歌に合わせて役者達が踊る。天から舞台に差す光芒に、一輪の白い花をかざす役者達。青い星からの光を花で遮り、輝く夜空を見上げる役者。この曲の精神表現したパフォーマンスだった。

しかし、役者の1人が泣き崩れる。演技を続けようとしては跪き顔を埋めてしまう者がいる。それは俺だった。こんな穢れから解放されることを謳った曲が穢れに屈している。これ以上の屈辱はない。俺は必死に役を演じようとまた花を天のライトにかざそうとした。そうするたびに涙が溢れて、体が崩れ、地に伏した。

ステージを見に来ている橋下徹は居眠りしている。カメラが捉えたそれをリポーター必死病気や薬やと庇う言い訳を述べている。隣の者が慌てて起こすも橋下は何も慌てない。

怖い。眩しい。悲しい。あぁ。不甲斐なく泣き叫んだところで起きた。

起きたらまた見たくもない醜悪に描かれた高市風刺画が目に映った。

くっそ。

(村上春樹だったかが、物語の力うんぬんを何か言っていた気がする。政局物語に酔って憂うのはまさに自分が恐れている悪い物語であるし、政治への怒りに精神侵蝕されていることも含めて嘆かわしい。しか物語の力は信じたい。穢れのない物語のものは大切にして自己の涵養に努めたい。)

Permalink |記事への反応(0) | 17:24

このエントリーをはてなブックマークに追加ツイートシェア

2025-10-18

今だにテレビで「高市氏は女性から選ばれた」と言い出す女性コメンテーター?が出てきてるのキモい

からお前はテレビ役者まりなんだよ

Permalink |記事への反応(0) | 10:09

このエントリーをはてなブックマークに追加ツイートシェア

2025-10-08

映画を生で見る

映画が好きだ。

エンドロール最後まで席を立てないタイプ

あと、たまにエンドロールの途中でも泣くやつ。

 

なんで映画が好きなのかな、と思ってたけど、

ちょっと別の似たようなもの出会って、こういうのが好きなんだなって気づいた。

「イマーシブシアター」ってやつ。

 

ざっくり言うと、席に座らずにお芝居を見る。

建物の中を歩きながら、人物を追いかけていくタイプのやつ。

 

最初に見たのは、セリフが一切なくて、

音楽ダンスだけで物語を見せてた。

これがほんとに“映画を生で見た”って感じだった。

クライマックス音楽が鳴る瞬間に、

自分もその場の空気ごと飲み込まれる感じ。

 

舞台でのお芝居は昔からあるけど、それとはちょっと違うと思う。

映画舞台のあとに生まれ形式で、

セリフじゃなくて音楽で見せるシーンが多いじゃん。

感動するシーンって、キャラが無言で、いい曲かかってるシーン多いでしょ?

 

イマーシブは、その映画の「音楽で見せる瞬間」を、

生で、すぐ近くで体験できる。

ほんとに目の前で、役者が泣いたり、走ったりしてる。

視点自分で選べる。

 

たぶん自分が好きなのは

物語音楽が合わさって、心が動く瞬間を“リアルタイム”で見られることなんだと思う。

その点で言うと、イマーシブは映画の延長線上にある気がする。

映画好きな人ほど、刺さると思う。

 

イマーシブシアターっていってもいろんな種類があるみたいだけど、

個人的には、セリフがないダンス系がいちばん好き。

言葉がないぶん、想像が入り込む余地があるというか、

観る人の心の動きを信用してくれてる感じがする。

まぁこの辺はちょっとよくわかってないんだけど。

 

日本でもいくつかやってるけど、

ちょうど来週から横浜でそういう公演がある。

前も見たけど、すごくよかったからおススメ。

 

映画を“生で見る”ことが出来たら、こんな感じかもしれない。

終わったあと、歩いてるだけで、

まだちょっと映画の中にいる気がするから

Permalink |記事への反応(0) | 13:54

このエントリーをはてなブックマークに追加ツイートシェア

2025-10-06

何度でもいうけど、小泉進次郎役者やるべきだったし、孝太郎政治家になるべきだった

山本太郎といい、なんで優秀な役者政治家をやりたがり、優秀な政治家役者をやりたがるんだろうか

孝太郎見るたびに周りの気遣いや頭や要領、不器用だけれどまっすぐな人間関係の上手さが伝わるし

進次郎はそのユーモアと別方面人間関係の上手さ、感情の込め方や入り方の上手さが伝わる。

Permalink |記事への反応(0) | 16:50

このエントリーをはてなブックマークに追加ツイートシェア

知識ユーチューバーは、台本専門家が書けばもっと洗練するのでは?

芸能人に求められているのは、結局のところ流暢さと振る舞い、雰囲気だけであって、内容や知能にまで期待されてはいないわけだよね。

専門家台本の内容、例えば経済学とか物理学とかをしっかり考えて、芸能人はそれを暗記して演じるだけで十分なわけ。要するに、完全に役者に徹すればいいの。

だってビッグバン★セオリーシェルドンクーパーを思い出してみなよ。あのキャラクターは頭が良く見えるけど、役者本人が二次方程式の解の公式をスラスラ言えるかどうかは別問題だろ?

同じことは政治家知識番組出演とかでも言える。視聴者が期待しているのは、表面的に「知的に見える演技」だけであって、実際の理解や専門知識じゃないんだ。

まあ、今後Vtuberや完全AIキャラクター一般化すれば事情は変わるかもしれない。AIなら暗記も演技も完璧再現できるから人間芸能人価値は減るだろう。

でも現状では、芸能人人間味、つまり微妙な間の取り方や表情のニュアンスにはまだ一定価値がある。

逆に、芸能人自体台本を考えて知識コンテンツを作ろうとすると、いろんな方面から容赦なくツッコミが入る。専門性の不足や矛盾を指摘され、結局イメージけが損なわれるリスクも高い。

から役者は演じることに徹して、専門家知識と観客の期待の間でうまく立ち回るのが、最も合理的生き方だよね。

Permalink |記事への反応(0) | 04:01

このエントリーをはてなブックマークに追加ツイートシェア

2025-10-04

過去言われてショックだったことが追いかけてくる

昔言われた言葉がその場で終わればいいのだけど。

今もフラッシュバックではなく、情報で思い出してしまうことになった という。

今はしがない会社員ですが、昔はちょっとバンドなどしていたことがあり。

本気でプロというか、それで生計を立てたいと思っていた。

苦手だけど営業や人脈形成と思い色んな飲み会に顔を出したりもした。

案の定馴染めず居心地悪い思いをしてたら

その時たまたま隣の席になった人が、PV映画を撮っている映像関係の人。

上手く話せないなーと思っていたらやはり

「おめぇ話しててもつまんねぇなあ!だから売れねぇんだよ」

という一言

その通りだと思った。

自分には人的な魅力は自分にはないし、それを補うコミュ力も「天然」なところも「お馬鹿」みたいな性質もないほんとに普通人間なのだ

一番嫌なとこ突かれたと思った。

でも深く考えてもよくない、自分自分だと思い切り替えて生きてきた。

それから音楽もやめて普通会社勤め。

後悔はしていない。

あの頃のことも糧に と思う中

その映像関係の人の記事ネットでよく見かけるようになった。

SNSも数万フォロワー

・若手だけどアーティスト役者に寄り添い最高の作品を生み出す新進気鋭

・有名アーティストとも仕事したり、真摯仕事をする

そんな情報がいやでも流れてくる。

こう見ると本当に熱意も技術人格もしっかりしてて、周りの評価もきっと間違ってないんだろう。

ということは、私への

「おめぇ話しててもつまんねぇなあ!だから売れねぇんだよ」

という言葉も、やはり正しくて

から自分は駄目なんだ

と何度も何度も思い知らされる。

その人の活躍が妬ましいのかもしれない

なんであんな奴が好きな事で生きてるんだと

記事に書いてるようなその立派な思想や優しい心は私にくれなかったじゃないか

と。

でも確かに作品は素晴らしく、評価もされていて

とするとやはり私への評価も正しいのだ。

そんなことを気にしてもしょうがないとは分かってるが

古傷のえぐられ方ってこういうのもあってるんだ

と思った。

遠ざけようにも嫌でも目に入ってくる情報

その度に完治しかけで少しずつえぐられる傷跡

そんな必要ないのに惨めな気持ちになる自分

どうしようもないけど、

忘れたくても忘れられない人の言葉ってこういうのもあるんだな

と思った。

Permalink |記事への反応(1) | 15:13

このエントリーをはてなブックマークに追加ツイートシェア

2025-10-03

anond:20251003200822

はてな極左だらけだから叩かれてもしゃあない

奈良の鹿を中国人乱暴に扱ってる件も、オールドメディア役者使って擁護したりはてなーが擁護したり

いつものパターン

Permalink |記事への反応(1) | 20:14

このエントリーをはてなブックマークに追加ツイートシェア

「本を並べれば賢い」という発想のユーチューバーがいる

なんか背景とかに本を置いとけばオレ賢い、みたいな

まずそいつは、十中八九それらをすべて読んでいない

読んでいたとしても、舞台役者台本を暗記するレベル理解

まあ、賢く見られるのが目的なら読む必要ないのかもしれんな

Permalink |記事への反応(3) | 12:04

このエントリーをはてなブックマークに追加ツイートシェア

2025-10-01

anond:20251001124057

気づくも何も何年も前からやってるローリングの反woke運動の一部なんだから自分たちがその槍玉に上がってるのはわかってるでしょ。でも、あの二人は役者としてキャリアを築いてきたし、ワトソンフェミニズム活動家としてもすでによく知られてるからローリングがいまさら喚いても大したダメージはないと思う。

というか、現状ローリングの印象が悪すぎる。

Permalink |記事への反応(1) | 12:51

このエントリーをはてなブックマークに追加ツイートシェア

JKローリングは既に旧役者達の影響力を削ごうとしてると思う

エマワトソンとかラドクリフJKローリングが彼らの影響力を徹底的に削ごうと既に闘争を始めてるのに気づいてるんだろうか。

彼らは役者として大成出来てないし、どんどん影響力がなくなってきてる。

JKローリングはそれに気づいて、キャライメージを新役者達で埋めようとしてるよね。

ドラマ版のハリーポッターなんかは過去役者たちのイメージをもう消し去ろうとしてる。

これからまれてくる子供たちにとってはハリーポッターダニエルラドクリフじゃないし、ハーマイオニーエマワトソンじゃなくなる。

Permalink |記事への反応(4) | 12:40

このエントリーをはてなブックマークに追加ツイートシェア

2025-09-30

anond:20250930183022

エマがやりすぎなのは間違いないけどハリー・ポッターという作品に参加した役者としてJKローリング批判することを暗に求められたのが最初なわけでしょ

トランス権利批判したらどうなるか目に見えているしトランス否定するのが間違っていると考えたら拒否するのは難しいよなあ

JKローリングはそんなこと100も承知大人から自分意見を持つ権利があると最初に言っているんだと思うけど

大衆はいつでもろくでもないわ

Permalink |記事への反応(1) | 20:12

このエントリーをはてなブックマークに追加ツイートシェア

2025-09-29

映画】M.I.ファイナルレコニングを見た

ついでにデッドレコニングも見た。

評価としてはデッドが2.3でファイナルは2.5。

デッドがマジで酷すぎてそれに比べたらマシだけどやっぱ相当酷い。

 

デップーウルヴァリンワイルドスピードファイヤブーストみたいな作品だった。

シリーズ追ってきた人に対するご褒美映画というか、製作者のケジメ映画というか。

過去作品からいろんな人物がちょこちょこ出てきて雑に消費されていく。

これ見て「サービス精神がすごい!」ってみんな言うからMCUみたいなサプライズゲスト商法蔓延るんだろうな。

一生やってろアホ。

 

どっちも悪い部分は共通していて、しかもその部分がこの作品のウリになっているのがタチが悪い。

そういう意味ではnot for meな作品なのかもしれないが、

それでもレコニングシリーズになるまではまだおもろかったんだよ。

なので、このレコニング2部作が特にヤバいんだと俺は思ってる。

もう語り尽くされてるけど「いい歳したトム・クルーズがすごいスタント自力でやる」ことだけが主題

あとはそのスタントにどうつなぐか以外にほとんど意味がない作品になっている。

なので、どっちも二時間半を超える大作だけどほとんどの時間が退屈。

特にデッドはもう話が退屈で退屈で。

ウルトラグレートスゴイAI支配する鍵の奪い合いゲームなんだけど、

スられました、スり返しました、スられ返しました、スり返しました、落としました、それを拾われました、それをスり返しました、終わり。話がイチミリも進んどらんのよ。

やってるのが超A級エージェントと超AAエージェントとその辺のスリの女。アホなん?

デッドではUGS(ウルトラグレートスゴイ)AI電子機器アクセスしまくって妨害してくるっていう(凄腕ハッカーが出てくる作品とどう違うのかよくわからんが)現代スパイの弱点を突く展開があって、そこは若干の面白みがあったんだけど。

ファイナルはそのAIにほぼ全世界支配された世界の話なのに急にAIの影が薄くなってて笑う。

核発射施設へのハッキングに忙しくてイーサンのほうには意識が避けなかったのかもしれない。

ワンオペAIかわいいね。アホか。

ファイナルのほうは多分、スタントしながら脚本書いたんだと思うんだよね。

今回のウリのトム・クルーズが小型飛行機免許取って実際に飛行機運転しながらやりました!ってスタントがあるんだけどさ。

そこでラスボス飛行機に空中でトムが乗り移っててんやわんやあって飛行機が壊れて、敵が「パラシュートいからお前死ぬで」って言って飛び降りたら尾翼に頭ぶつけて死ぬっていう酷い展開があるんだけど。

でもまぁ、空中で超高速で飛行する壊れた飛行機に取り残されたトム。どうやって脱出するのか!

パラシュートありました!やったぜ。

エッ!?

たぶんさー、飛行機に取り残されたところまで撮って、やっぱいい感じで脱出するの無理やなってなったから、パラシュートあったことにしとこうぜってなったんだと思うんだよね。じゃなきゃ説明つかない。悪役の人頭打って死んじゃったし、もうスタント撮り直せないからそのまま行きにしたんだと思うの。

M.Iシリーズアクションを魅せる映画だって主張は6割は理解できるとしてもこればっかりは擁護のしようがないでしょ。

俺は別にそうは思ってないし、過去作に登場したラスト大どんでん返しもなくなってれば、面白スパイガジェットもなくなってるし、これが本当にM.Iシリーズか?M.Iシリーズファンならこの作品を嫌いになるわけない!って言ってるやついっぱい見たけど、この2作は明らかにスパイ作戦じゃなくてトムのスタント作戦だろ。

 

で、パラシュートで着地したトムをバックにこの作品テーマを死亡したルーサー(レックスじゃないほう)先生が5分栗かけてペラペラお語りになられるんだけど、まーじでダサいからやめて。最後に「このメッセージは5秒後に自動的消滅する」って出るんだけど、それは「視聴者の頭からも5秒後には消滅してる」って意味か。ずいぶん自虐的だな。

あとどうでもいいノイズとして、まーた黒人の女大統領かよっていうのと、サイエントロジー信者陰謀論者を説教する映画is何っていうのと、結局スリの女、ホンマにその辺から急に生えてきたスリの女なん?っていうのと、ガブリエルに妻を殺されてMIFに入ったトムが今度はガブリエルから大切な女を救う話かと思ったらそっちはそっちで勝手問題解決してて草、とか。

過去のM.Iシリーズを好きだった人ほど、この作品適当さには心底怒りがわくと思うんだが。

もちろん、特にこのVFX全盛期でここからAI映画業界支配される可能性もある時代にいい歳したトムが自分ですごいスタントをやって、そのことで役者ってすごいんだぜ、生身の人間がやる映画ってすごいんだぜ!っていうランドマークを打ち立てたこ自体は大変意義のあることだし、トムありがとう、そしてありがとう、って思いはある。

が、それと映画面白いことは別だし、生身の人間危険なことやってるのがいい!ってだけならそれこそXゲームダイジェスト集でも編集して映画サイズにしとけばよくね?主役をヴィン・ディーゼルとかアイスキューブかにしてさ!

 

とにかく最後に言いたいことはトム・クルーズお疲れ様。安らかに眠れ。R.I.P

二度と復活するな。

Permalink |記事への反応(2) | 09:44

このエントリーをはてなブックマークに追加ツイートシェア

2025-09-27

男がババアを見たくないように女もジジイ見たくないんだよなあ

ジジイ芸人ジジイ役者広告で出てくるとくそ萎え

Permalink |記事への反応(1) | 11:51

このエントリーをはてなブックマークに追加ツイートシェア

2025-09-19

表現の自由

個人の感想です

商業的なやつの

 

漫画

かなり自由だが、倫理的問題があるキャラを賛美するようなことはあまりしない

業界関係者良心制御されている(これ結構すごい)

 

小説

いまいちからないが、漫画に似てるとは思う

 

アニメ

基本的テレビ流れることを想定されているため、漫画よりも気を使っている

業界、各会社である程度の基準がありそう

最近は、海外への輸出も進んでいるので規制が厳しくなりそうで心配だが、メインが配信サイトなので思ったより自由やらせてもらっている気がする

 

ドラマ

アニメと似ているが、実在役者がいる分表現の幅は狭まる

配信専門のドラマは少し規制が緩い(特にグロ

 

映画

配信ドラマに似ている

ただし商業的にテレビで流すことを意識しているだろうし思ったよりやんちゃはしない

・・・だったのだが、米を中心とした映画界は今DEI基準が新たにできてかなり自由度は狭まった

 

ゲーム

一番規制が厳しい

CEROレーティングのような仕組みもあるし、最近ポリコレの影響もかなり受けている

ただし過激作品があるのもまたゲームが一番かもしれない(特にインディーズやR18)

一般的倫理観無視した作品も数多い

ゲームだけはプレイヤー物語コントロールする仕組みなのも影響している

Permalink |記事への反応(0) | 11:39

このエントリーをはてなブックマークに追加ツイートシェア

anond:20250916223637

今月行った演劇ブルーレイ。正直、たぶん死ぬまで見ない。役者さん(ハーモニーという脇役含む)音響さん監督さん全員へのお布施のつもりで買った。あとで三星化成に送るために買ったような物だ。なんというか、役者ってのはもうオリンピック選手くらい動くんだよ。相撲の幕みたいなやつが花輪しかないし花輪じゃスタッフにもコーヒー代も届かないから究極には円盤平成歌手総選挙握手券めあてに勝った円盤みんなどうしてたんだろうな。

Permalink |記事への反応(0) | 03:42

このエントリーをはてなブックマークに追加ツイートシェア

2025-09-17

高校生の62.5%が「今年テレビドラマを見ていない」

https://news.yahoo.co.jp/articles/81131db4db31c2e17115b17439db850756a3e96b

アンケート結果によると、62.5%が「今年、テレビドラマを見ていない」と回答した。大前提としてそもそもテレビを見ない」という声が多く、テレビを見ている高校生でも「ドラマを見るより、他にやることがある」「その時間TikTokを見ている」「YouTubeを見ていた方が楽しい」など、ドラマよりも優先順位が高いコンテンツがあるようだ。

 一方で「今年、テレビドラマを見た」という高校生からは「好きなアイドルが出ているから」「推し役者が出ているから」などの意見が多かった。“ドラマが見たい”という動機より“推しを見たい”という熱量の方がドラマ視聴につながっていた。

高校生っていうともう物心ついた頃からスマホがあった世代かな

音楽映像オンデマンド・定額低額サブスクが当たり前の世代かあ

それにしても「推し」が出てるって理由だけでつまんないドラマ見るのつらくない?とは思う

俺はつらいわ

福原遥目当てで朝ドラ見てたけど苦痛だった

Permalink |記事への反応(0) | 19:18

このエントリーをはてなブックマークに追加ツイートシェア

脚本家俺、吉田恵里香インタビューを読む

まあ、脚本家と言っても木っ端だが…

そもそも脚本家仕事わかってない奴が多そうだなと思ったのでそれ交えつつ書く。




結論から言うと吉田恵里香はすげーーーーーーまともなことを言っている。

批判してる方は頭にきてよくわからなくなってるだろうが相当分が悪いと思った方がいい。



脚本家ってのは実際のところ、すさまじいほどの調整役だ。

原作を汲み、監督意向を汲み、時にはスポンサー意向を汲み、ドラマなら事務所役者意向を汲み…そうやって話をなんとか成立させるのが仕事だ。

オタクにとっては原作第一だが、そも金がないと(スポンサーがいないと)映像化できないので、大人の都合で泣く泣く筋を変えて…といったこともある。(特撮なんかは顕著だ。どんなに話の流れ的に無理矢理でも絶対オモチャを出さねばならない。)

で、ここでバランスを欠くと、セクシー田中さん問題のようなことに発展しかねないのでこの辺り非常に慎重にバランスをとっていかなければならず日々気が狂いそうである


そういった中でぼざろ制作陣と吉田恵里香は「原作の良さを生かし、本来ターゲット層も喜ばせながら一般層にも当てる」という難易度Sの技をやってのけているのでマジですごい。

しかもこれは

原作者や監督と一緒に検討したと明らかなっており

原作自身も「原作より良くしてもらった」と喜んでおり(はまじ先生ツイートを見た)

③実際にヒットを飛ばしたくさんのファンができた

ので、正直外野がガタガタ言うことではない。

(まあ現在原作者がどう思っているのかはわからないが、何を言っても火に油なのでしばらく無言なのではないかと思う。)


あとは適当に思ったこと書くが、

吉田恵梨香は原作を「素晴らしい」と絶賛した上で、”覇権を取るために”ノイズになる部分を除いたと言っているので

原作を「ノイズ」と言った!みたいな上げ足取りはどうかと思う。

スク水については

・ぼざろアニメ化にあたってのメインテーマであるバンドを通しての成長」には関係ない

大衆向けを狙うには明らかにノイズとなる(描写について不要議論を巻き起こす可能性もある/それこそ過激フェミがあれこれ言う可能性もあるし)

という2点において取り除くのは実に真っ当と思う。

原作きららという男性向け媒体ゆえ読者サービスとして裸を入れていたが、

アニメ化にあたり女性子供にも楽しんでもらいたい」となれば調整するのは真っ当だろう。


あとは批判派を見ていると

ノイズというワードが悪い

というコメントがあるが、脚本を書く上では(というか漫画家編集と話していても)

テーマに対してこの表現ノイズになる」「ターゲットへのアプローチに対してこの台詞ノイズになる」

という言い回しデフォだ。知らん人には強いワードに見えるのでわからんことはないがまぁそんなキレることでもないぞ…と思う。


あとは、

・「加害性」というワードが悪い

というコメントもあるが、あのインタビューは「性的描写には加害性がある!」のような話はしておらず

『恋せぬふたり』(2022年NHK)というドラマにおいて「恋愛暴力性」の話をしているだけだ。

>「恋愛を扱うドラマが描かれるときって、『恋愛しないと成長しない』とか、『恋で人生の全てが変わる』みたいな、恋愛人生において最も重要ものとして描きがちというか、その考え方を押し付け暴力性があるのではないかと、以前から気になっていたんです」

まり自分恋愛が好きだからこそ、それを表現する時には嫌な人に押し付けてないかその加害性を考える」といった話をしているだけである

強いて言えば、タイトルにつけたKAIYOUはバズらせようとしてこのワードチョイスしただろうからそれはどうよと思う。


あとは

ダイバニでは裸が出てるじゃないか

というやや無理矢理な批判もあるが、あれはターゲット女性に振ったからああなったのだろう。(売るためにはよくある。トリコの後半みたいなもん。)

男性向けのアニメとなれば女キャラサービスシーンを出すのと同様なので、主義主張は一貫している。

というか監督らの意図(どういう層をターゲットにするか?)にあわせて変えるのが脚本家仕事なのでこれについてはただ仕事してるだけだろう。


で、肝心のぼざろ部分だが、

>「原作ではひとりちゃん(※主人公後藤ひとり)が水風呂に入るシーンで裸になっているんですが、アニメでは水着にしてもらいました。ぼざろがそういう描写が売りの作品ならいいと思いますが、そうではないと思いますし、覇権を狙う上ではそうした描写ノイズになると思ったんです」

>「現実ではそんな会話しない」と強く否定した“女の子たちが互いの胸の大きさについて言及し合う描写”なども含め、そういうシーンはアニメにおいては何気ないよくあるものと考えてしまっていたが、吉田恵里香さんは「それを売りにしている作品でない場合においてはノイズ」と言い切る。

>「原作がまず素晴らしく、原作サイドもとても協力的で、監督含めスタッフ音楽チームも本気で動いてるし、けろりらさん(※キャラクターデザイン/総作画監督)もすごく良い絵を描いてくれている。制作の段階からこれなら覇権が取れるって思える作品なのに、そうしたノイズがあると多くの人に見てもらえなくなってしまます

前述した通り「大衆向けにするために引っかかりそうな部分を取った(売りになる部分だけを残した)」ということしか言っていない。


まあ批判派は、知らない内にポリコレ意識がある(吉田恵里香最後ゾーニングの話もしている)制作陣の手の上に乗せられていたことが恐怖だったのだろうと思うし、

裸などを楽しんでいることを「加害性」と言われいてるようで(言ってないのだが)居心地が悪かったのだろうと思うし、

この流れでゾーニングが進むのはたまったもんじゃないと思ってるのだろう。気持ちはわからないでもない。

ただ残念だが客観的に見ると

「それまで原作との比較もせず批判もせず無邪気に楽しんでいたのに性的表現を消されていると知るや否やキレだす残念な人間

になってしまっているのは気づいたほうがいいと思う。せめて「意図はわかるが、俺は男性向けに作ってほしかったぞ!」と言うか「ぼざろは楽しんだが、ゾーニングには反対!」というほうがいい。

Permalink |記事への反応(1) | 18:30

このエントリーをはてなブックマークに追加ツイートシェア

脚本家俺、吉田恵里香インタビューを読む

まあ、脚本家と言っても木っ端だが…

そもそも脚本家仕事わかってない奴が多そうだなと思ったのでそれ交えつつ書く。




結論から言うと吉田恵里香はすげーーーーーーまともなことを言っている。

批判してる方は頭にきてよくわからなくなってるだろうが相当分が悪いと思った方がいい。



脚本家ってのは実際のところ、すさまじいほどの調整役だ。

原作を汲み、監督意向を汲み、時にはスポンサー意向を汲み、ドラマなら事務所役者意向を汲み…そうやって話をなんとか成立させるのが仕事だ。

オタクにとっては原作第一だが、そも金がないと(スポンサーがいないと)映像化できないので、大人の都合で泣く泣く筋を変えて…といったこともある。(特撮なんかは顕著だ。どんなに話の流れ的に無理矢理でも絶対オモチャを出さねばならない。)

で、ここでバランスを欠くと、セクシー田中さん問題のようなことに発展しかねないのでこの辺り非常に慎重にバランスをとっていかなければならず日々気が狂いそうである


そういった中でぼざろ制作陣と吉田恵里香は「原作の良さを生かし、本来ターゲット層も喜ばせながら一般層にも当てる」という難易度Sの技をやってのけているのでマジですごい。

しかもこれは

原作者や監督と一緒に検討したと明らかなっており

原作自身も「原作より良くしてもらった」と喜んでおり(はまじ先生ツイートを見た)

③実際にヒットを飛ばしたくさんのファンができた

ので、正直外野がガタガタ言うことではない。

(まあ現在原作者がどう思っているのかはわからないが、何を言っても火に油なのでしばらく無言なのではないかと思う。)


あとは適当に思ったこと書くが、

吉田恵梨香は原作を「素晴らしい」と絶賛した上で、”覇権を取るために”ノイズになる部分を除いたと言っているので

原作を「ノイズ」と言った!みたいな上げ足取りはどうかと思う。


そういえばノイズについては、安倍晋三いじりのシーンを除いたところが印象的だった。

https://x.com/RyMfegzBUFNoZ8k/status/1880588138474820026

ここはおそらく原作者の思想も入ったシーンだろうが、

・ぼざろアニメ化にあたってのメインテーマであるバンドを通しての成長」には関係ない

大衆向けを狙うには明らかにノイズとなる(政治についての不要議論を巻き起こす可能性がある)

という2点において取り除くのは実に真っ当と思う。

スク水についても基本は同じ考えだろう。

原作きららという男性向け媒体ゆえ読者サービスとして裸を入れていたが、

アニメ化にあたり女性子供にも楽しんでもらいたい」となれば調整するのは真っ当だろう。


あとは批判派を見ていると

ノイズというワードが悪い

というコメントがあるが、脚本を書く上では(というか漫画家編集と話していても)

テーマに対してこの表現ノイズになる」「ターゲットへのアプローチに対してこの台詞ノイズになる」

という言い回しデフォなので、わからんことはないがまぁ無理矢理難癖つけてるな…と思う。


あとは、

・「加害性」というワードが悪い

というコメントもあるが、あのインタビューは「性的描写には加害性がある!」のような話はしておらず

『恋せぬふたり』(2022年NHK)というドラマにおいて「恋愛暴力性」の話をしているだけだ。

>「恋愛を扱うドラマが描かれるときって、『恋愛しないと成長しない』とか、『恋で人生の全てが変わる』みたいな、恋愛人生において最も重要ものとして描きがちというか、その考え方を押し付け暴力性があるのではないかと、以前から気になっていたんです」

まり自分恋愛が好きだからこそ、それを表現する時には嫌な人に押し付けてないかその加害性を考える」といった話をしているだけである

強いて言えば、タイトルにつけたKAIYOUはバズらせようとしてこのワードチョイスしただろうからそれはどうよと思う。


あとは

ダイバニでは裸が出てるじゃないか

というやや無理矢理な批判もあるが、あれはターゲット女性に振ったからああなったのだろう。(売るためにはよくある。トリコの後半みたいなもん。)

男性向けのアニメとなれば女キャラサービスシーンを出すのと同様なので、主義主張は一貫している。

というか監督らの意図(どういう層をターゲットにするか?)にあわせて変えるのが脚本家仕事なのでこれについてはただ仕事してるだけだろう。


で、肝心のぼざろ部分だが、

>「原作ではひとりちゃん(※主人公後藤ひとり)が水風呂に入るシーンで裸になっているんですが、アニメでは水着にしてもらいました。ぼざろがそういう描写が売りの作品ならいいと思いますが、そうではないと思いますし、覇権を狙う上ではそうした描写ノイズになると思ったんです」

>「現実ではそんな会話しない」と強く否定した“女の子たちが互いの胸の大きさについて言及し合う描写”なども含め、そういうシーンはアニメにおいては何気ないよくあるものと考えてしまっていたが、吉田恵里香さんは「それを売りにしている作品でない場合においてはノイズ」と言い切る。

>「原作がまず素晴らしく、原作サイドもとても協力的で、監督含めスタッフ音楽チームも本気で動いてるし、けろりらさん(※キャラクターデザイン/総作画監督)もすごく良い絵を描いてくれている。制作の段階からこれなら覇権が取れるって思える作品なのに、そうしたノイズがあると多くの人に見てもらえなくなってしまます

前述した通り「大衆向けにするために引っかかりそうな部分を取った(売りになる部分だけを残した)」ということしか言っていない。


まあ批判派は、知らない内にポリコレ意識がある(吉田恵里香最後ゾーニングの話もしている)制作陣の手の上に乗せられていたことが恐怖だったのだろうと思うし、

裸などを楽しんでいることを「加害性」と言われいてるようで(言ってないのだが)居心地が悪かったのだろうと思うし、

この流れでゾーニングが進むのはたまったもんじゃないと思ってるのだろう。気持ちはわからないでもない。

ただ残念だが客観的に見ると

「それまで原作との比較もせず批判もせず無邪気に楽しんでいたのに性的表現を消されていると知るや否やキレだす残念な人間

になってしまっているのは気づいたほうがいいと思う。せめて「意図はわかるが、俺は男性向けに作ってほしかったぞ!」と言うか「ぼざろは楽しんだが、ゾーニングには反対!」というほうがいい。

Permalink |記事への反応(0) | 17:49

このエントリーをはてなブックマークに追加ツイートシェア

2025-09-13

ただ優秀なスタッフ役者を手に入れた時に、自分はその人たちが今までやってきたことがないことをできるかもしれないっていう、その人たちを違う次元に連れていくことができるかもしれないっていうふうに、みんなに思ってもらえる瞬間を作れるかどうかってことなんです

氷河期世代

Permalink |記事への反応(0) | 14:34

このエントリーをはてなブックマークに追加ツイートシェア

2025-09-08

とある女性との会話がもやもやする

その女性は、話の前提を説明せずに、いきなり「6とかじゃなくて、10まで貯めてからやりたいんだよね〜」などと話しかけてきます。私には何のことかさっぱり分からないので、その都度「何の話?」と聞き返さなければなりません。

このように、前提が不明なまま話されることが頻繁にあります

以前、何度か「その話し方だと、他人には何の話か分からいから、もう少し順序立てて話してくれないか」とお願いしたことがありますしかし、彼女は「女性同士の会話なんてこんなものよ。これでも通じるの」と言うばかり。そしてまた、「映画ドラマでは違う役者だったんだよね〜」と話しかけてきます

Permalink |記事への反応(2) | 22:07

このエントリーをはてなブックマークに追加ツイートシェア

次の25件>
ログインユーザー登録
ようこそ ゲスト さん
Copyright (C) 2001-2025 hatena. All Rights Reserved.

[8]ページ先頭

©2009-2025 Movatter.jp