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2026-02-11

anond:20260211111944


プロトコルB:ストリートエピステモロジー(Street Epistemology)――認識論的問診

ストリートエピステモロジーSE)は、相手の信念の「内容(What)」ではなく、その信念に至った「プロセス(How)」を問うソクラテス式問答法である陰謀論根拠のない政治的確信に対して、直接「それは嘘だ」と指摘するのではなく、「どうすればそれが真実だと知ることができるか」を共同で探求するスタンスを取る。

実践ステップ

プロトコルC:NVC非暴力コミュニケーション)による脱エスカレーション

オンライン上のトローリング攻撃的なコメントに対しては、マーシャルローゼンバーグNVCを応用した「脱エスカレーションループ」が有効である

実践テンプレート

このプロセスは、相手の「攻撃」を「満たされていないニーズ悲劇的な表現」として再定義し、敵対関係を協力関係へとシフトさせる構造を持つ。

第4部:デジタル空間における大量普及戦略――「美的非対称性」とネットワーク介入

個人対話スキルを向上させるだけでは、社会全体の分断は解消されない。SNSアルゴリズムが増幅する情動二極化に対抗するためには、デジタル空間特性アフォーダンス)を理解し、ネットワークレベルでの介入を行う必要がある。

4.1 「美的非対称性」とミーム戦争再考

政治的コミュニケーションにおいて、左派右派には「美的非対称性(Aesthetic Asymmetry)」が存在する。歴史的に、左派壁画プロテストソングのような「参加型」で「構成的(Constitutive)」な芸術――コミュニティの結束を高め、希望を共有するための表現――を好んできた。一方、現代右派特にオルタナ右翼)は、ミームやシットポスティング(Shitposting)のような「道具的(Instrumental)」で「武器化されたユーモア」――相手嘲笑し、混乱させ、分断を煽るための表現――に長けている。

この非対称性意味するのは、左派的な「真面目で、説明的で、道徳的に正しい」コンテンツは、ミーム戦争においては圧倒的に不利であるということだ。ミーム文脈を剥ぎ取り、瞬時に情動特に嘲笑優越感)を喚起することで拡散する。

対抗戦略:脱分断ミーム(Depolarizing Memetics)

反発を招かないデジタル拡散のためには、以下の原則に基づいた新しいミーム戦略必要である

4.2 「マルチプライヤー」への標的型介入

ネットワーク分析研究は、SNS上の世論形成において、著名な「インフルエンサー(発信者)」以上に、「マルチプライヤー拡散者)」と呼ばれる層が決定的な役割果たしていることを示している。マルチプライヤーは、特定イデオロギークラスター内で情報キュレーションし、リツイートによって可視性をブーストする「ゲートキーパーである。彼らは高い「整列スコア(AlignmentScore)」を持ち、陣営をまたぐことは稀である

戦略インサイト:

批判メッセージ拡散させるためには、インフルエンサーを説得するのではなく、このマルチプライヤー層が「リツイートしたくなる」コンテンツ設計する必要がある。そのためには、前述の「道徳的翻訳」が不可欠である保守系マルチプライヤーは、リベラル正論無視するが、「言論の自由」や「エリートへの懐疑」というフレームで語られた批判(例:「真の愛国者は、大統領であっても盲信しない」)には反応する可能性がある。クラスター境界を浸透できるのは、そのクラスター言語で語られたメッセージのみである

4.3アルゴリズムハッキング:怒りなきエンゲージメント

X(旧Twitter)等のアルゴリズムは、「怒り」や「恐怖」といった高覚醒情動を引き起こす投稿優遇する傾向がある。冷静な対話は「退屈」とみなされ、表示順位が下がる。この構造ハンディキャップを克服するためには、「怒り」以外の高覚醒情動、すなわち「驚き(Awe)」「好奇心Curiosity)」「感動(Kama Muta)」を利用する必要がある。

第5部:オペレーションマニュアルの骨子――「不可能対話」のためのフィールドガイド

以上の理論技法を、一般市民草の根活動家実践可能な形に落とし込むためのマニュアルハンドブック)の設計図を以下に提示する。この構成は、米国草の根運動ガイド『Indivisible Guide』の成功モデル(段階的習得、具体的アクションテンプレート化)を参照している。

フェーズ1:準備と武装解除(Day 1-15)

目的:実践者のマインドセットを「論破から「影響」へとシフトさせる。

アクション:

フェーズ2:小規模訓練(Day 16-30)

目的:安全環境対話プロトコル身体化する。

アクション:

フェーズ3:実戦配備デジタル自警団(Day31-60)

目的: 実際の対立現場で介入を行う。

アクション:

フェーズ4:評価と持続(Day 61以降)

目的:効果測定と燃え尽き防止。

アクション:

結語:無限ゲームとしての政治対話

報告書提示した戦略は、短期的な選挙勝利のための戦術ではない。サイモンシネックが言う「無限ゲーム」――すなわち、対話継続可能であり、社会システム崩壊しない状態を維持すること――を目的としている。

情動二極化という「内戦状態において、最大の勝利は敵を倒すことではなく、敵を「対話可能競争相手」へと戻すことである。そのためには、批判自身がまず武装道徳的優越感)を解除し、相手認知フレームの中に降りていく勇気を持たなければならない。この「戦略共感」こそが、分断された世界をつなぎ直す唯一の現実的エンジニアリングである

付録データソース引用キー

Permalink |記事への反応(0) | 11:22

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戦略的共感認知安全保障:反発を招かない政治的批判のための包括

戦略的共感認知安全保障:反発を招かない政治的批判のための包括的枠組み

序論:情動二極化時代における「批判」の再定義

現代政治空間は、政策の不一致(イデオロギー二極化)以上に、対立グループに対する嫌悪や恐怖といった感情的拒絶反応情動二極化)によって支配されている。この環境下において、伝統的な「批判」の手法――事実提示道徳的糾弾論理的論破――は、その機能不全を露呈しているだけでなく、逆効果をもたらしていることが多くの実証研究によって明らかになっている。批判対象者の信念を強化してしまう「バックファイア効果(Backfire Effect)」や、批判者を存立危機的脅威とみなすアイデンティティ防衛機制」が作動するためである

報告書は、心理学認知科学、政治社会学の最新知見に基づき、政治的対立者に対して反発(バックラッシュ)を招かずに影響力を行使するための戦略的枠組みを提示するものである。ここで目指すのは、単なる「中道的な妥協」や「礼儀正しさ」の推奨ではない。人間認知アーキテクチャ脆弱性特性ハッキングし、相手道徳的感情的防御壁を迂回してメッセージを届けるための、エンジニアリングされたコミュニケーションプロトコルである

報告書は大きく三つのフェーズ構成される。第一に、なぜ従来の批判が失敗するのかを脳科学的・心理学メカニズムから解明する理論編。第二に、その防御壁を突破するための具体的な対話技法ディープキャンバスストリートエピステモロジーNVC)を体系化した実践編。そして第三に、これらの技法個人スキルから社会運動へとスケールさせるための組織論と普及戦略である

第1部:政治的抵抗心理学構造解析

効果的な批判戦略設計するためには、まず人間の心がどのように政治的情報を処理し、拒絶するかというメカニズム理解しなければならない。政治的信念は単なる情報集合体ではなく、個人アイデンティティ所属集団への忠誠心と融合した「拡張された自己」の一部として機能している。

1.1情動二極化と「信頼のファイアウォール

近年の政治心理学における最も重要発見の一つは、情動二極化(Affective Polarization)の実態解明である。これは、対立する政治グループメンバーに対して「好きか嫌いか」という感情的温度差が極端に開く現象を指す。研究によれば、情動二極化は対人関係悪化だけでなく、個人心理的幸福感(ウェルビーイング)の低下、社会的支援の減少、ストレスの増大といった「個人内損害(Intrapersonal Harm)」をも引き起こすことが示唆されている。特にリベラル層において高い情動二極化ストレス健康悪化の相関が見られることは、政治的怒りが批判自身をも蝕むことを示している。

この情動二極化は、脳内一種の「信頼のファイアウォール」として機能する。アウトグループ(外集団から発信された情報は、その内容の真偽にかかわらず、自動的に「悪意ある攻撃」としてタグ付けされる。扁桃体が脅威を検知し、前頭前野論理的推論ではなく「反論の生成」のために動員される「動機づけられた推論(Motivated Reasoning)」が作動するためである。この状態にある対象者正論をぶつけることは、火に油を注ぐ行為に等しい。

1.2 バックファイア効果力学批判の無力化

バックファイア効果とは、誤った信念を訂正しようとする試みが、かえってその信念を強固にしてしま現象である。このメカニズムには、自己肯定感の維持と集団への所属欲求が深く関わっている。批判を受け入れることは、過去自分否定すること(自己一貫性喪失)や、仲間を裏切ること(社会的死)を意味するため、脳は全力でそれを回避しようとする。

さらに、批判フレーミング(枠組み)が、受け手イデオロギーミスマッチを起こしている場合、説得効果は皆無となるばかりか、抵抗を強める結果となる。例えば、新型コロナウイルス感染症(COVID-19)対策におけるメッセージングの研究では、リベラル層が「利得フレームマスクをすれば命が助かる)」と「損失フレームマスクをしないと命が失われる)」の双方に敏感に反応し、コンプライアンスを高めたのに対し、保守層はこれらのフレーミング効果に対して強い抵抗を示したことが明らかになっている。これは、問題が高度に政治化された文脈においては、一般的行動経済学的介入(ナッジ)さえも、イデオロギーフィルターによって無効化されることを示唆している。

1.3知的謙虚さと「好意」の媒介効果

批判が受容されるための極めて重要な、しかし見過ごされがちな因子として「知的謙虚さ(Intellectual Humility:IH)」がある。IHとは、「自分知識や信念が間違っている可能性を認識する能力」と定義される。最新の研究は、対話において自身知的限界を認める態度が、相手情動二極化を低減させる強力な緩衝材となることを示している。

特筆すべきは、IHが「相手から好意(Target Liking)」を媒介して、対話への「接近行動(Approach)」を促進するというプロセスである批判者が「私は絶対に正しい、お前は間違っている」という道徳的マウンティング(Moral Grandstanding)の態度を取ると、相手は「回避行動」をとる。逆に、批判者が「私も確信はないのだが」「複雑な問題で迷っているが」という不確実性を提示することで、相手の警戒心が解け、対話土俵に乗る可能性が高まる知的謙虚さは、相手武装解除を促すための「白旗」ではなく、心理的防衛壁を通過するための「通行手形」として機能する戦略的資質である

第2部:道徳基盤の翻訳プロトコル――「道徳的合気道」の理論

政治的対立の根源には、事実認識の相違以上に、道徳的直感の相違がある。リベラル保守は、異なる「道徳言語」を話しているにもかかわらず、自身言語相手を説得しようとするため、コミュニケーション不全に陥る。本セクションでは、道徳基盤理論(Moral FoundationsTheory: MFT)を応用し、批判相手価値観翻訳して届ける「道徳的リフレーミング」の技術を詳述する。

2.1道徳基盤の非対称性と「翻訳」の必要性

ジョナサンハイトらが提唱した道徳基盤理論は、人類道徳的判断が以下の5つ(または6つ)の生得的な基盤の上に構築されているとする。

実証研究が一貫して示すのは、リベラル層が主に「ケア」と「公正」の2基盤に強く依存するのに対し、保守層は5つの基盤すべて(特に忠誠、権威神聖)を重視するという非対称性である

多くの政治的批判が失敗するのは、リベラル保守に対して「それは弱者を傷つける(ケア)」「不平等だ(公正)」というリベラル特有の語彙で攻撃するためである保守層にとって、これらの価値は「忠誠」や「権威」よりも優先順位が低いため、批判は響かない。逆に、保守リベラルに対して「伝統破壊する(権威)」と批判しても、リベラルはそれを抑圧としか捉えない。

2.2リフレーミング戦略相手土俵相撲を取る

反発を招かない批判のためには、自身の主張を相手道徳基盤の語彙を用いて再構成リフレーミング)する必要がある。これを「道徳的合気道」と呼ぶ。相手道徳的エネルギー価値観)を利用して、相手姿勢を崩す技法である

以下の表は、主要な政治的争点において、従来のリベラル批判バックラッシュリスク大)を、保守道徳基盤に翻訳した戦略的フレーム(受容可能性大)に変換したものである

争点従来のリベラル批判高リスク戦略的リフレーミング(低リスクターゲットとする道徳基盤
環境保護地球温暖化弱者未来の子供を苦しめる。」(ケア「我々の国土と美しい自然は神からの授かりものであり、汚染から守り抜く義務がある。」神聖堕落、忠誠/背信
同性婚「誰を愛するかは個人権利であり、平等であるべきだ。」(公正)結婚社会を安定させる伝統的な制度であり、同性カップルもその責任ある関係に組み込むべきだ。」権威転覆社会秩序)、忠誠
軍事費軍事費を削って福祉教育に回すべきだ。」(ケア/公正)無駄軍事支出国家財政を弱体化させ、真の国防力を損なう背信行為だ。」忠誠/背信権威
政治腐敗富裕層ばかり優遇するのは不公正だ。」(公正)私利私欲のために公職を利用することは、国家への裏切りであり、高潔職務を汚す行為だ。」忠誠/背信神聖堕落
移民問題難民を助けるのは人道的な義務だ。」(ケア「秩序ある移民受け入れは、国家の活力を維持し、アメリカンドリームという伝統を守るために必要だ。」忠誠、権威(秩序)

研究によれば、保守層に対して環境保護を「神聖さ」や「愛国心」の文脈で語った場合リベラル文脈で語った場合よりも支持率有意に上昇することが確認されている。重要なのは、主張の内容(環境を守る)を変えるのではなく、その理由付け(なぜ守るか)を相手言語翻訳することである

2.3ゲインフレームによる「批判」の再構築

批判は通常、「現状のままでは悪いことが起きる」という損失フレーム(Loss Frame)で行われることが多い。しかし、損失フレームは恐怖や不安喚起し、防衛的な反応を引き起こしやすい。これに対し、「ゲインフレーム(Gain Frame)」を用いた批判は、望ましい未来像を提示し、その実現を阻害する要因として現在問題を指摘する手法である

例えば、政治家のスキャンダルを追及する場合、「彼は嘘つきだ(損失フレーム:信頼の喪失)」と攻撃するのではなく、「我々は正直で高潔リーダーを持つに値する国家だ(ゲインフレーム尊厳回復)」と主張する。このアプローチは、批判対象を「個人から規範の維持」へとずらし、相手の「権威への尊重」という道徳基盤を刺激しつつ、攻撃性を緩和する効果がある。研究は、特にリスク回避傾向の強い層に対しては損失フレーム有効場合もあるが、イデオロギー的に対立する層に対しては、ゲインフレーム道徳的適合性の方が「聞く耳」を持たせる効果が高いことを示唆している。

第3部:対人戦闘プロトコル――現場で使える対話マニュアル

理論実践に移すためには、具体的な対話スクリプトと手順が必要である。ここでは、異なる文脈(対面、オンライン、深い対話)において効果実証されている3つの主要なプロトコルを詳述する。

プロトコルA:ディープキャンバスDeep Canvassing)――物語による感情の書き換え

ディープキャンバスは、戸別訪問キャンバス)において1020分の深い対話を行うことで、トランスジェンダー権利移民問題などの二極化した争点に関する態度を変容させる手法である。従来の「事実弾丸」を撃ち込む方法とは異なり、「脆弱性の交換」を通じて相手情動的反応を書き換える。

実践ステップ

研究によれば、ディープキャンバスは従来の説得手法の約102倍の効果を持ち、その効果は数ヶ月持続することが確認されている。

プロトコルB:ストリートエピステモロジー(Street Epistemology)――認識論的問診

ストリートエピステモロジーSE)は、相手の信念の「内容(What)」ではなく、その信念に至った「プロセス(How)」を問うソクラテス式問答法であるPermalink |記事への反応(1) | 11:19

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2026-02-09

選挙マッチング工作

選挙マッチングという仕組みは、一見すると民主主義効率装置に見える。

質問に答えれば、自分政策的に近い政党候補者ランキングされる。

政治を知らない人にとっては入口になり、情報格差を縮める便利ツールにも思える。

だが、ここで一度、冷徹定義し直した方がいい。

選挙マッチングとは、政策選好の測定装置ではなく、選好の生成装置である

測っているように見えて、実際には作っている。

まりこれは、統計的インターフェースを装った政治誘導であり、より正確に言えば工作のためのプラットフォームになり得る。

 

工作という言葉を聞くと、多くの人は陰謀論連想して思考停止する。

だが工作とは、超自然的な何かではない。

単に他者意思決定を、自分に有利な方向へ動かすための設計意味する。

広告も、マーケティングも、SNSアルゴリズムも、すべて工作である

違いは、工作対象が消費か政治かだけだ。

そして政治は消費よりも致命的だ。

なぜなら、政治法律暴力装置を動かすからである

まり政治における工作は、単なる情報操作ではなく、社会支配構造設計する行為になる。

 

選挙マッチング工作になる理由は、構造的に説明できる。

まず質問項目の設計者が争点空間を決める。

争点空間とは、政治論点の座標系である

人間意見本来、高次元曖昧で、矛盾している。

しかマッチングは、質問項目を通じて意見を低次元ベクトル圧縮する。

ここで何が起きるか。圧縮とは情報破壊であり、破壊される情報設計者が選べる。

質問存在しない論点は、ユーザー政治意識から消える。

まりマッチングは「この国の政治はこの論点でできている」というフレーム強制する装置になる。

 

そしてこのフレーム設定こそが、政治操作の中核である

政治とは本質的に「何を議題にするか」のゲームであり、「どう答えるか」は二次的だ。

たとえば増税か減税か、移民賛成か反対か、憲法改正か維持か。

こうした論点を並べるだけで、政治世界観は作られる。

しか選挙マッチングは、その世界観を「中立な診断テスト」の形で提示する。

中立に見えることが最大の武器だ。これは医療診断の権威政治転用した詐術に近い。

人間は「あなたはこのタイプです」と言われると、それを自己理解として内面化する傾向がある。

心理学的にはラベリング効果自己成就予言が働く。

まりマッチング結果は、単なる推薦ではなく、アイデンティティ付与になる。

 

さらに致命的なのは質問文そのものバイアスを含む点だ。

たとえば「格差是正するために富裕層への課税を強化すべきだ」という問いは、一見公平に見えるが、すでに「格差是正されるべきである」「富裕層課税是正手段である」という価値前提を埋め込んでいる。

問いは中立な容器ではない。問い自体論理式であり、前提を含む。言語は常に誘導する。質問を作るとは、政治現実記述ではなく、政治現実編集である

 

ここで「いや、回答者自由に答えればいいだけだ」と言う人がいる。

しかしその反論は、情報理論的に幼稚である人間意見は、質問形式依存して変化する。

これは行動経済学でも統計調査でも常識だ。

フレーミング効果アンカリング選択肢提示順序、否定形の有無、尺度粒度

これらが回答分布を変えることは、何十年も実証されている。

まりマッチングは、ユーザーの「元々の意見」を測定しているのではなく、質問に曝された後の「変形された意見」を測っている。

 

しかマッチングは、最終的に「あなたはこの政党と一致度85%」のような数値を出す。

ここで人間は数値に弱い。数値が出た瞬間、それは客観的事実のように見える。

だがその85%は、設計者が定義した距離関数の結果でしかない。重み付けを変えれば順位は変わる。

質問重要度を均等にするのか、特定争点を強調するのか。政策一致をコサイン類似度で測るのか、ユークリッド距離で測るのか。曖昧回答をどう扱うのか。未回答をどう補完するのか。

これらの選択数学の衣を着た政治判断である。数値は政治意思決定の上に乗っているだけで、政治判断を消し去ってはいない。

 

選挙マッチング工作になる第二の理由は、二値化による思考破壊だ。

政治問題の多くはトレードオフである。たとえば防衛費増額は安全保障を強めるが財政を圧迫する。

移民受け入れは労働供給を増やす社会統合コストを伴う。規制緩和は成長を促すが安全性を下げる場合がある。

現実政治判断は、複数目的関数の同時最適化であり、パレートフロンティアの上での選択である

ところがマッチングは、これを「賛成か反対か」の単純なビット列に変換する。

まり政策理解する能力ではなく、反射神経を測るテストになる。こうして政治が「道徳クイズ」へ堕落する。

 

さらに悪いことに、マッチング政策一致しか測らない。

だが選挙で本当に重要なのは政策ではなく執行能力である

政治家は紙に書かれた政策を実行するだけの存在ではない。

利害調整、官僚機構制御外交交渉予算編成、法案作成危機対応政策宣言であり、実務は別物だ。

マッチングはこの現実を完全に無視し、「政策の一致度」という最も分かりやす幻想だけを見せる。

これは、料理評価するのにレシピだけを見て、調理人の腕も厨房設備無視するようなものだ。

 

工作の第三のポイントは、ランキングという形式である

ランキングは、人間意思決定強制する。上位にあるものは正しい気がする。これは認知心理学ヒューリスティックであり、探索コストを減らすために人間採用する合理的バイアスだ。

マッチングはこのバイアスを利用し、ユーザー投票行動を数候補への収束に導く。

まり多様な政治可能性を縮退させる。

これが何を意味するか。選挙マッチングは、選挙市場における需要誘導装置になる。検索エンジン上位表示商業支配するのと同じ構造が、民主主義侵入する。

 

そして最も危険なのはマッチングの背後にある主体不透明な点だ。

誰が運営しているのか。資金源は何か。質問は誰が決めたのか。政党の回答はどのように取得し、検証し、更新しているのか。候補者が嘘をついた場合にどう扱うのか。アルゴリズムは公開されているのか。重み付けは固定か。ユーザー属性に応じて変わるのか。

これらがブラックボックスなら、それは政治レコメンドエンジンであり、事実上の選挙介入である

しかSNSのように露骨ではない。教育ツールを装っている分、遥かに強い。

 

選挙マッチング工作であることは、意図の有無に依存しない。

重要なのは機能であるシステム特定方向への誘導を内蔵しているなら、それは工作機械である

旋盤意図的に金属を削っているかどうかなど問題ではない。削る機能があるから旋盤なのだ

同様に、選挙マッチング意見を削り、争点を削り、候補者を削り、最終的に投票行動を削り出す。これは政治CNC加工機である

 

そして工作の高度化は、単なる質問設計に留まらない。

もしユーザーの回答履歴が蓄積されれば、政治クラスタリング可能になる。年齢、地域職業関心領域、回答パターンから政治的嗜好の潜在変数推定できる。

これは推薦システム典型的応用であり、NetflixAmazonがやっていることと同じだ。

すると次に起きるのは、パーソナライズされた政治誘導である。あるユーザーには経済政策を前面に出し、別のユーザーには治安を前面に出す。質問の順番を変え、回答を誘導し、結果を最適化する。

まりあなた性格に合わせた政治プロパガンダ」が自動生成される。これはもう民主主義ではなく、行動制御最適化問題である

 

ここで反論が出る。「それでも政治に無関心な層が投票に行くならプラスでは?」。

だがこの反論は、民主主義を単なる投票競争矮小化している。

投票とは意思決定であり、意思決定情報の質に依存する。

無関心層を動かすこと自体が善なのではない。どう動かすかが本質だ。

誘導された意思決定は、意思決定ではなく条件反射である民主主義は、条件反射の総和を集計するための制度ではない。少なくとも理念上は。

 

選挙マッチングの最大の罪は、「政治とは何か」という理解を誤らせる点にある。

政治は、単なる政策の一致ゲームではない。政治とは、価値観の衝突を制度の中に封じ込め、暴力なしで調整する技術である

さらに言えば、政治時間軸を含む。短期の人気政策と長期の持続可能性は対立する。

インフレ抑制と景気刺激は対立する。社会保障の拡充と財政規律対立する。現実多目的最適化であり、単一の正解はない。

ところがマッチングは「あなたの正解」を提示してしまう。この瞬間、政治宗教化する。正解があると思った人間は、対話をやめ、敵を作り、道徳で殴り始める。

 

そして皮肉なことに、選挙マッチング中立ツールを装うことで、政治責任回避する。

推薦した結果が社会破壊しても、運営者は「我々はただの情報提供をしただけ」と言える。

しかしそれは、銃を売った者が「撃ったのはあなた」と言うのに似ている。形式的には正しいが、本質的には責任逃れである。推薦とは介入である。介入は責任を伴う。

 

選挙マッチングは、政治理解を深める装置ではなく、政治の複雑性を圧縮し、認知バイアスを利用し、意思決定誘導する装置である

ゆえにそれは工作である工作とは「誰かが裏で悪意を持って操っている」という陰謀の話ではない。設計された情報環境が、個人選択を体系的に変形するという、構造の話だ。

 

そして現代社会において最も危険工作とは、強制ではなく、便利さとして提供される。

人は鎖で縛られるより、最適化されることを好む。摩擦のない誘導は、抵抗されない。選挙マッチングが普及すればするほど、人々は自分政治意見を「診断結果」として受け入れるようになる。

そうなったとき民主主義は、熟議ではなくレコメンドによって動く。これは政治の消費化であり、最終的には政治のものの死である

 

民主主義を壊すのに、戦車はいらない。ランキング表と「あなたおすすめ」があれば十分だ。

Permalink |記事への反応(1) | 11:45

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2026-02-05

anond:20260205084436

結論: 知らねーよ

強さは相対的から「全員が」「絶対に」強いと言い切れる事んて無いよ…ffも「100db±5」とかルール化されてない以上、ウィスパーボイスでも「ff!!強すぎ!!」と言う奴や、鼓膜が破れるくらいでかい音でも「まだpp」と言う奴がいるかもしれん

それと「強さの尺度」によっても判断が変わる。例えば「声量が大きい=強い」ならffの方が強いが、「会場に響き渡る=強い」ならppでも強いかもしれん。合唱やってないから知らんけど。が、「肌の露出が多い=強い」とか言い始めたら「その尺度おかしいだろ」とツッコまれるだろう。合唱やってないから知らんけど。

本題に戻ると、「政治」の強いって何? と聞かれても「人それぞれだろ」「どの尺度で決めるんだよ。外交?内政?」となるし、防衛の強さの尺度が「核兵器の数」は「その尺度おかしいだろ」「まず核兵器を持たなくても強いかどうかの判断からだろ」って感じ。設問が悪いので「知らねーよ」と答えるしかない

Permalink |記事への反応(0) | 20:42

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政治言葉で使われる「強い」って、なんだろう。

たとえば防衛(?)として核兵器を持つことが「強さ」だとしたら、何発あれば強くなって安心できるんだろう。

北朝鮮と同じ50発?

中国と同じ600発?

ロシアアメリカと同じ5000発?

他の国より核兵器を持ってる数が多かったら「強い」なら、どんどん作ったらどんどん強くなるってこと??

自分合唱やってたんだけど、

ffフォルテッシモ=強い声)よりも、

ppピアニッシモ=弱い声)を会場の一番奥まで届かせるときの方が、

ずっっっと深く、強く、お腹に力を込める必要があったことを思い出す。自分イメージする強さって、弱い音を届けようとするその時の感じ。みんなはどうなんだろう

追記

ポエムとしてはええけど、国際政治合唱は別物やろ。現実見ようや(´・ω・`)

コメントありがとう合唱の話が例として良くなかったのかもしれない。合唱の話してる奴と政治の話できないとか言われててしょぼんとしている…。

でも、政治において、「現実を見る」って何なんだろうね。

(あと政治の話になると、すぐに左翼とかリベラル右翼とか保守みたいにラベリングしてしまうのはなんでだろう?しかもそのほとんどが、目の前にいる相手の声をもっとよく聞くためでなく、相手の声を黙らせるために使われることが多い印象。右派左派ともにね。)

自分は、「現実」と呼ばれているものが、いつの間にか一つの見方に固定されてしまうことに引っかかってる。軍事国益の話は現実で、人が何を恐れて、何を信じて、何を希望するかは「ポエム」なのかな。

実際には、どの言葉現実的で、どの言葉空想だとされるか自体が、社会の中でつくられてきたものだと思う。差異や多様さ、弱さや希望が「非現実的」と片づけられるとき、それはしばしば「これしかない」という前提を守るための言葉でもある。希望を語ることや、別の可能性を想像することは、現実逃避ではなく、今ある価値序列暴力の前提を問い直す行為だと思っている。言葉政治が、人を排除もするし迎え入れもするのだとしたら、どんな言葉を「現実言葉」として使うかは、とても政治的じゃないかな。

それをポエムと呼ぶなら、そうなのかもしれないけど「別の世界はあり得る」と言い続けることなしに、現実が変わってきた場面があったとも思えない。

現実を見ることと、現実が一つではないと問い続けること。その両方を手放さずにいたい、という話です。

この話は、外国人労働者移民が増えていることへの恐れとも、どこかでつながっている気がする。でも自分は、それを「侵略」と同じものとして語ることには違和感がある。

たとえば、結婚したい相手苗字を、どちらかが手放さないと制度結婚できないことも現実だし、性的マイノリティの友人たちが国から存在を認められていないことも現実

どの現実を「現実」と呼ぶのか。その選び方自体が、政治ってことなのかな??

追記よんでも何が言いたいのかわからん。 』

長々とごめん。政治言葉で使われる「強い」ってなんなのかが知りたいって思ってる!言いたいよりも、聞きたい。

核兵器(ff)と斬首作戦(ppを会場の一番奥まで届かせる)はどちらが強いかみたいなことを考えてもあまり意味は無いと思う。』

自分pp斬首作戦とは思ってないよ!ただ強さについて考えるときに、自分が思い出す身体感覚を書いてみた。政治的なことも、自分自身の身体感覚から考えられないかなと思ったんだけどな。

『さて、増田はいったい何がいいたいんですか?増田は勝てない相手に逆らったことがあるんですか?増田は、喧嘩したことがあるんですか?理想を語ることなんて誰でもできるんですよ。そんなことで人より上になったとか思うのは、恐ろしく恥ずかしいことですよ。口先だけの人間は、この世で一番価値がないですよ。(抜粋)』

うーん。この前の文章は分かるんだけど、後半の↑の文章はどうしてこうなるかわからなかったな。

一応、答えておくと、勝てない相手に逆らったことはあるけど、具体的な暴力での喧嘩はないよ。痛いのやじゃん。あなたは好き?理想を語ることはほんとうに誰でも出来て、口先だけの人はこの世で一番価値がないの?

自分もできる範囲で、困窮者支援への炊き出しや、学習支援子ども食堂ボランティアを手伝ったりもしているんだけど(だからといって別に偉いとも思わない)、

口先だけってなんだろう?あなたのその文章と、どこが違うんだろう?あなたはどんなふうに行動している?もしよかったら聞かせてほしい。

歴史勉強すれば(過去人類が何をやってきたのかを少しは知れば)そのラノベかなんかみたいなシンプル過ぎる発想から脱却できると思うよ』

コメントありがとうオススメの本とかある??自分最近歴史的に考えること」「背景マッカーサー元帥師」を読んだよ(もしかしてラノベかなんかみたいなシンプルすぎる発想っていうのは政治家のことを言ってる?)。

どれくらい歴史勉強すれば、政治について分からないことを誰かに聞いてもいいんですか?

『強さは相対的から「全員が」「絶対に」強いと言い切れる事んて無いよ…ffも「100db±5」とかルール化されてない以上、ウィスパーボイスでも「ff!!強すぎ!!」と言う奴や、鼓膜が破れるくらいでかい音でも「まだpp」と言う奴がいるかもしれん

(中略)設問が悪いので「知らねーよ」と答えるしかない』

あ〜、確かに強さって相対的だ。ここに関しては、かなり同意。強さは相対的だし、尺度次第で全然変わる。

からこそ、自分が気になったのは「日本列島を、強く豊かに」ってコピーが、その“尺度”を一切示さないまま、強さだけを断定してる点で

から政治言葉で使われる強いって何?」って質問は、答えを出すためというよりも、みんながどんな尺度でその言葉を受け取っているかを聞いてみたいって思って聞いたよ。

『強くても安心できない国もあれば弱くても安心できる国もあるので、分からないのは強さじゃなくて安心かもしれない。』

しかに、強い=安心、では全然いね

軍事的・経済的には「強い」とされていても将来が見えなかったり、分断が深かったり、生活の足元が不安定な国は普通にあるし、逆に「弱い」と言われがちな国でも、日常安心感が高いところはあるのかも。

そう考えると、分からないのは「強さ」じゃなくて、政治が何をもって人を安心させようとしているのかなのかもしれない。

追記、よい文章と思いました。「現実」という言葉の持つ政治性、もっと言えば宗教性に多くの人は無自覚だし、だからこそ「現実」は強固なものなのだけれど、でもまったくひっくり返せないわけではない。それを相対化し、数ある可能性の一つに格下げしてきたのは、人類文学的芸術的学問的な努力であって、それによって人間社会進歩し、悲しみの種を少しずつ摘んできた。そんな社会を後退させるのは、現実とはこれひとつであると主張する権力であり民衆諦観です。われわれが本当に抗うべき敵はこれなんだと思います。(抜粋)』

返信ありがとう

読んでいて、そうだなぁと思いました。「現実」という言葉が、いつのまにか一つの見方だけを指すようになってしまうこと。それに抗ってきたのが、文学芸術学問だった、という話も、その通りだと思います

自分が「強いって何なんだろう」と考え始めたのも、ニュース選挙のチラシで「強い日本」とか「守る」とか「抑止力」という言葉を見るたびに、それが自分生活のどこに触れているのか、よく分からなくなる感じがあったからです。朝起きて、仕事に行って、帰ってきて、ご飯を食べて、誰かと話す。その一日の中で、いま言われている「強さ」は、何を支えているんだろう、と。

おっしゃる通り、暴力生存に直結する現実の強度は無視できない。暴力は実際に人の体や生活を壊すし、それが前に出てくると、世界が一色に見えてしまう。だからこそ自分は、「国際関係武力で決まる」という言葉をそのまま飲み込まずに、いったん立ち止まりたかったんだと思います。じゃあ、どれくらい持てば「強い」のか。そもそも核兵器は、本当に「強さ」なんだろうかと。

一方で、自分の周りを見渡すと、名字制度のせいで結婚選択肢制限されていたり、クィアの知り合いが「国から存在を認められていない」と感じながら生きていたりする。それもまた、確かに現実です。でもそういう話は、よく「理想論」や「ポエム」に押しやられる。

恐怖や敵意を前提にした「現実」だけが前に出ると、他の現実が見えなくなる。だからあいまい不安排外感情をいったん脇に置いて、できるだけ具体的に、現実的に考えたいと思っています。それは空想というより、自分や周りの人が、明日普通、、、いや普通っていう言葉じゃないな。もっとマシに暮らせるかを考えることに近い。

これを書いてて思ったけど、もしかすると有権者諦観に飲み込まれないことが「強さ」なのかもしれないですね。「もっとましな現実に移れるかもしれない」という言葉、ほんとに自分もそうあってほしいって思う。

合唱やってるんなら、合唱コンクールを思い浮かべればいいのでは。そこにも強弱差はあるだろうし、毎年入賞している強豪チームもいれば参加するだけで終わってるチームもあるだろ』

しかに、合唱コンクールの順位を思い浮かべれば「強い/弱い」はあるよね。毎年入賞する学校もあれば、参加するだけで終わる学校もある。その意味で、合唱世界にも力関係や差はあると思う。

でも自分が気になっていたのは、その「強さ」が何で測られているのかなんだと思う。声量なのか、技術なのか、編成なのか、審査基準との相性なのか。同じ曲でも、ホールや聴き手が変わると評価が変わることもある。

政治の話で「強い」と聞いて、例えば自分が思い浮かべたのは「軍事力」だったけど、合唱コンクールでも声がでかい学校が常に勝つわけじゃないのと同じで、政治において何を「強さ」と呼ぶかは本当はもっと複数あるはずだと思う。それを知りたいと思った。

Permalink |記事への反応(14) | 08:44

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2026-02-03

anond:20260203193046

ワイのポートフォリオ比較して推測するに、準富裕層コロナ禍以前に規定された尺度)程度の資産持ちか

Permalink |記事への反応(0) | 19:39

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2026-02-01

anond:20260201120807

外野から

言わんとすることは分かるが、説明がわからないのは説明者の頭が悪いからって話につながっているな

違うよ

いかこれ大事な話だからよく聞けよ?

  

元増田によれば、内在的批評は書くのも読むのも専門知識が要る

ならそれはそもそもそれは通用する範囲が狭いんだ

そのことは良いも悪いもない

狭い世界で専門知識がある者同士でやっていくジャンルってのはあるよね

「内在的批評がわからないのは専門知識が無いからです。」それは正しい。 

    

 

でも元増田

対して外在的批評抽象的な話(例え話)になるから専門的な知識必要無く、、、まり共感が得られやすい。

あと外在的批評は、素人でも直感的に書けるが、内在的批評は専門的知識がないと書けない。

共感なんていうシャバい物を基準としてるわけ

 

まりこいつはうそつきのニセモノってことだよ

こいつの「内在的批評」云々の自己規定は嘘にまみれている

  

本当に専門知識がある者同士で読んで書く世界に耽溺してる者は

はなから共感なんか得られるわけない、狭い人にしか通じないことをやってるんだから」というスタンスだろう

こいつみたいに世間共感なんてものを気にしてるわけがねーのよ

 

 

わかる?

まりこいつは世間共感されたい、受けたい、でもそれが得られない、

それはボクチンたちは内在的批評をしてるからなんだよなー 高度だからなんだよなー

つってるわけ

 

自分にも他人にも嘘をついてるわけよ

シャバ世界での評価が欲しいのに評価してもらえない

それはシャバ世界通用する能力が足りてないからだという事実に直面出来ない 

自分は高尚なんだと言いながら高尚な世界で満足せず

シャバ世界のことを気にしてる  

 

シャバ世界での成功シンプルだよ

世間共感得るか得ないかなんてことは面白い面白くないか

その尺度世間に受けたいなら面白くなるしかないわけ

 

自分面白くないという事実に直面して努力するしかないわけ

「ボクチン内在的批評からなー」とか言ってる限り努力スタートラインにも立てない

そのまま世を拗ねながら歳を取ったら最悪だぞ

惨めなバカ左翼みたいな感じになる

 

人生を損ねないでほしいから言ってる

 

  

 

そういう場合もあるし、そうでない場合もあり、何か言っているようでいて何も言えていない

そういう万能逃げ口上を垂れるな

自分のやりたいことに対して能力が有るか無いかなんだよ 

 

ずっと狭い専門領域で内在的批評で完結したい奴はやればいい。

そういう奴はきちんとやり切って自分で満足してる。

それは立派な人生だよ。

 

けど広いシャバ世界で受けたい成功したいって思ってる癖に

そこで勝負する勇気がない、実力不足に直面するガッツすらないか

「ボクチンは内在的批評なんだよなー」とか言ってごまかして歳とる奴

それはどうやったって擁護しようがない惨めな人生だよ。

 

要するに嘘をつくなってことよ。

Permalink |記事への反応(0) | 12:27

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2026-01-27

anond:20260127074108

発想が小物だの迷惑な人だの、自分尺度他人を語るのは頭が悪い証拠だよ

相手側の立場を考えてみたら?

全てが分からなくても調べたら出てくることなんだから

ま、そういうが頭がないから程度の低いことしか言えないんだろうね

Permalink |記事への反応(1) | 08:41

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2026-01-20

anond:20260120141702

ゆるいと思っているかもしれんが他人尺度なんてわかるわけないだろう

自分(あるいは世間一般レベルでもよい)と当人は一致せんのだよ

Permalink |記事への反応(0) | 14:30

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anond:20260120011653

物価も違うから

日本円しろ米ドルしろメートルキロみたいに絶対的尺度ではない


例えば価値が安定してるゴールド日経平均を見ればまた違った景色が見えてくる

Permalink |記事への反応(1) | 01:23

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2026-01-16

anond:20260116221017

歴史の長さで僻地かどうか決まるわけでもなし

日本の文化に影響をより与えてきたのはなんjだろう(jk流行語等)

文化発信の中心かどうかを尺度にした場合増田こそあきらかに僻地側の存在

少なくともレスバって概念を名付けたのはなんj側であって(増田で返信に当たるもの呼称レスではなくトラバである以上当たり前である)空以前から増田存在していたのはあえていうならディベートに過ぎない

dorawiiより

-----BEGINPGP SIGNEDMESSAGE-----Hash: SHA512https://anond.hatelabo.jp/20260116221303# -----BEGINPGP SIGNATURE-----iHUEARYKAB0WIQTEe8eLwpVRSViDKR5wMdsubs4+SAUCaWtaHQAKCRBwMdsubs4+SAehAP9plPh7C34knYEMZc65KZEIhr06oFJsVZ3yW29tckI5mAEAtDUZYkd+1qLAj5FRL2dPtGnUUqniwxYVPWvXPLL+9g0==o4Ip-----ENDPGP SIGNATURE-----

Permalink |記事への反応(0) | 22:13

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2026-01-14

anond:20260114144405

その強い弱いってのが人間尺度で測れないのが進化の難しいところだよな

下戸遺伝子は単体で見るとネガティブ要素だが省エネに役立つ遺伝子と結びついてるから特定の状況ではその個体が有利、みたいなことがあるから

Permalink |記事への反応(2) | 14:48

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2026-01-10

俺は「何者かになりたい」とは思ってないけど「一生働かなくていい金が欲しい」「承認欲求は満たされたい」「俺が生きてきたことが社会プラスであって欲しい」「親父や知り合いに俺を尊敬させたい」とかは思ってるよ

この辺を勝手にまとめて「ようなは何者かになりたいんだろ?でも人間って『何者か』にはなれなくて『未来自分』にしかなれないってことは見失っちゃ駄目だよ」みたいなくだんねー説教垂れる奴ら本当カスだわ。

俺としては願いが満たされるなら自分であり続けることなんて微塵も固執してないから。

君の名みたいにある日突然誰かの人生に入れ替わったのだとしても俺は別に困らない。

絶賛隠居中の有名作家になって、本気出せば名作を出せるし本気出さなくても一生遊んで暮らせるって状態満喫出来るなら、その能力を鍛えたのも代表作を書いたのもの実質的には赤の他人だろうが何の関係もねえよ。

そもそも俺達の人生って俺達と関係ない所が重要すぎるじゃん?

人間として生まれて来たのは前世貴方が頑張ったからです」とかスピリチュアル人間以外は信じてないだろ?

要は運だからさ。

子供の頃適度に恵まれて適度に飢えてて適度に苦労して適度に楽をしてきたかどうかが今の自分形成する重要な要素で、自由意志なんてのは既に組まれデッキの中から順番通りに引いてきたカードをどう切るかでしかないわけ。

まれた瞬間天和上がってる奴もいれば、よっぽど気の狂った山のずらし方でもしない限りは絶対ベタオリ以上は望めない人生が組まれ状態から始まってそのまま終わることもあるわけよ。

俺はね、金のために働きたくもないし、承認欲求を満たすために努力したくないし、自分が居ないほうが良かったなんて思いたくもないし、親父や知り合いから「この程度の奴」みたいに思われたままで人生を終えたくもないんだよ。

他人にとっては大事幸せでも俺にとってはどうでもいいことが沢山あるの。

モテたいとか、世界を救いたいとか、後進育成に力を入れたいとか、名声を残したいとか、死にたくないとか、そういうことは俺にとっては別に重要でもなんでもないのよ。

たとえ俺が異世界転生したら魔王の体になって世界からまれながらも無限の命の手慰みに世界征服をした後毎日色んな種族奴隷と子作りに励んだとしたら、それは誰かにとっての「理想人生」なのかもだけど、俺にとってはそういうこんがらがった面倒くさい展開は望まないわけよ。

シンプルに金と尊敬が欲しいの。

それだけでいい。

それだけの夢を「何者かになりたいんだろ?」なんて言われる筋合いはねーよ。

マジで意味不明から

人の夢をお前の自由尺度勝手に要約するの辞めろよ。

「ようは勇気がないんでしょ?」や「電車とか好きそう」で無限マウント取れた低知能な社会じゃないんだよもう。

Permalink |記事への反応(0) | 22:33

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2026-01-08

anond:20260108130956

なんか中国の「道徳」みたいな話だな

体制従順なことを民度が良いとするその尺度

Permalink |記事への反応(1) | 14:01

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2026-01-06

本当に勉強になる再開発

再開発権利変換でほとんどの人が最初に陥る誤解が列挙されて教科書かと思った。

あくま再開発法に則った話なので、おたくマンション規約は知りませんよ。

それでも再開発の話に対して個別規約持ち出して来てこれが正解っていうのもどうかと思いますけどね。

マンションを立て替える際、全住人の同意を得る必要がある

おたくマンションならそうかもしれませんが、再開発ではマンションの住人の権利は戸数で按分されます

20部屋全部に住人が住んでるとしたら、1部屋に1/20権利が与えられる。

再開発全体から見たとき、そのマンションが持つ権利は1。

それは、一つの物件に対して与えられる権利が1だから

全ての権利者は、1つの物件に対して1/権利者だけの権利を与えられる。

で、再開発の採決は3/4の同意をもって行われるので、マンション内で意見割れていようと権利者総数の賛成を全て足して3/4を満たせば計画は進んでいきます

もう一つ満たすべき割合敷地面積のうち3/4を所有する人の賛同必要

これについてもマンション住人は底地の面積を割合で所有しているはずなので、全員の賛同うんぬんじゃなくて賛同者の累積で計算されます

要するに、全住人の賛同なんて全く不要で、賛同した人の割合再開発区域全体で条件を満たせば計画は進んでいくというわけですね。

・住人は部屋の面積分権利を持っている

・立て替え後も既存住人が望むなら同じ面積の部屋を与えないといけない

再開発において、この部分が一番誤解される。

特にこの「同じ面積」の部分。

行政主導の再開発において、こんなことは絶対にといっていいほどないです。

「面積分権利を持っている」というのはそりゃそうとしか言えないんだけど、大事なのはこの持っている権利とは何かということ。

大体の人は、この権利を「生活品質」だと勘違いする。

例えば再開発前に60平米2LDKの部屋に住んでいたら、元増田みたいに権利変換後も同じ面積の部屋に住めると勘違いしてしまう。

まずこれがありえない。

権利変換の基礎となるは資産価値であって、資産価値分での等価交換大前提

もともと住んでいたマンションの築年数が何年だかわからないけど、例えば20年前に建てたマンションなら当然劣化もしていて資産価値もその分落ちるでしょ。

再開発後に用意されるのは当然新築マンションなので、20年前のマンションと比べれば同じ間取りでも物件の単価が高くなるのは当然。

例えば元々増田みたいに、査定額5千万だったのに9千万の部屋を同じ広さだからよこせって言ったら4千万も上乗せして請求しているってことになってしまう。

権利者一人一人にそんなこと許してたらどこからそんなお金が出てくるの?

それが当たり前だって請求するのがどれほど過剰な行為か、金額で考えればすぐに分かることでしょ。

その部分を無視して、「今までの生活がー」とか「狭い部屋に押し込もうとしているー」とかって、貧乏人を煽るのが反対派の常套句ですからね。

そういうちょっと考えればわかることを考えてもわからない人たちを集めて反対活動を行っているのでそれはもうどうしようもないことなんだけど、それが正しい意見ですみたいに発信するのはどうかと思いますよ。

当然住人は面積分権利は持ってます

でも、持っている権利あくま資産に対する権利であって、あなた生活品質が守られるわけではありません。

なぜって?

生活品質なんて曖昧尺度で全権利者が納得できる計画なんて作れるわけないからだろがい。

もしこれに不満があるなら、あなた論文でも用意して生活品質を数値化するのがよいと思いますよ。

その結果出てきた数値に絶対文句を言わないというのであれば。

そもそもとして、そういうときに反対するべきは再開発計画ではなくて、再開発法です。

再開発計画自体粛々と法に則って進んでいくだけなので、法の不満を盾に反対運動したってなんも変わらないどころか、貧困層ターゲット政治家に利用されて終わるのが関の山

それで最後まで反対運動させられて、何も得られずに行政に対する不満だけが育って、怒りのモチベーションだけで選挙に向かう貧困運動員の出来上がりですよ。

こういう人たちのせいで毎回説明会が遅延されて本当に迷惑だった。

戦うなとは言わないけど、戦い方をもっとちゃんとしてくれ。

コワモテの人に権利を売るとかすれば提示額より儲かるかもね

こういうことをバカでも考えるのが目に見えているので、再開発においてある程度の段階から第三者への売却が原則禁止されます

それすら知らないでドヤ顔でこういうこと書けてしまうの、いくら匿名であってもめちゃくちゃ恥ずかしいよ。

もしかして周囲に気持ちの良い言葉を言う人しか残ってなくて、玄関とか壁にこれでもかってほど政治家ポスター貼られてない?

anond:20260105104712

Permalink |記事への反応(2) | 10:00

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2026-01-01

anond:20260101223310

その尺度で言うと全員じゃない? 別に年の割にみんな幼稚だったよ

ただインフラの人らとか公務員とか、商社の人らは割とかっちりしてた。

かっちりしてた人がいたか外資ゴリラとか靴が尖がってるサラリーマンとかが揶揄されてた。光通信とかね

今は全体的にレベルが上がってる気がするよ。別に年に関わらず

Permalink |記事への反応(0) | 22:36

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2025-12-18

人格の良い生成AI絵師オススメして!

増田は(手描き)絵師かつ兼業エンジニア職、という立場人間で、今の生成AI問題についてやや複雑な気持ちを抱えている。

自分自身自分イラストに生成AI活用することはないが、とはいえ昨今のAIを巡る論争にはすっかり食傷気味で、なんか上手い事秩序が引かれる日を待っている状態である

そこで思ったのだが、生成AI絵師って結局「AI絵師人格が悪そうに見える」事が悪印象に拍車をかけてるという所に、大きなロスが生じているんじゃないかな?って思う訳だ。

例えばパッと思いつくだけで、

・手描きであると偽ったり、そのように見せかけたりする

・手描き絵師に対して攻撃を行う

・手描きが前提となっているシステムに乗り込む

規約禁止されている他人イラストAI勝手に取り込んで再加工する

みたいな所って、生成AIがどうのこうの以前の問題に「偽装」「中傷」「規約違反」みたいな所で引っかかるんじゃないかな?と思うわけだ。

生成AIからではなく、そもそも人力で同じ事やっても人としてダメな部分がダメなだけ、というか。

これは自戒も含めて、ほとんどの人間感情論・印象論に全く一切引っ張られずに判断を下す事ができない。

今日なんかちょうど話題になっているが、人を殺すという大罪を犯した山上氏ですら、その気の毒な身の上を聞けば「酌量されるべきではないか」という意見が出るぐらいなわけだ。

人を殺した山上氏を擁護した目線で見て、一応今の所日本法律上合法行為である生成AI絵には怒り狂ってる人を見た事がある。

そしてこれは決してダブルスタンダードとかそういうことではなく、「実際の法律よりも人格の方が大事である」というその人の一応統一された尺度なのだろう。

その是非はともかく、"実際の罪の重さに関わらず"、印象はこれほどの力を持つことがある。

人格問題のある生成AI絵師を割とよく見かける気がする」、たったこれだけで冷静な議論が出来なくなるには十分なわけだ。

じゃあ、

生成AI絵師側に、もうちょっと倫理的にしっかりしてる人がデカデカとした立ち位置で張ってたらいいんじゃない

って思うんだ。

から、生成AI絵師としてその辺しっかりしてる人がいれば、その人の発言がよりデカくなるように是非応援したいのでお名前を教えてください!

Permalink |記事への反応(5) | 17:28

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2025-12-17

善悪の彼岸

10年前に人が死んだ。高橋まつりという女性だ。過労自殺だった。誰が彼女を殺したんだろう?

当時の俺はまだガキだった。「自分死ぬくらいつらいなら仕事を辞めればいいのに」と素朴に思った。けど、実際はそういう判断能力さえ消失するから人は自分から死ぬ。俺自身が週七日、1日10時間から12時間ほどの労働を1ヶ月続けてわかったことだ。疲れるとまともに思考さえできなくなる。

これでも、高橋まつり氏の連続47時間勤務には到底及ばない。

会社彼女を殺したんだろうか。それとも会社の同僚や上司、あるいはその人たちを育てた親の教育不足だろうか。もしかしたら、そんな会社に入れた親の責任だという突拍子のない意見もあるんだろうか。

人は殺傷能力を持つ物体をぶつける以外の方法でも死ぬんだ。当たり前のことだ。

そういえば、北海道旭川市では女子高生が凍死したな。誰が彼女を殺したんだろう? いじめ相手言動だろうか、それともその子供たちの親の教育不足だろうか、あるいは死んだ子供いじめられるような人間だったから死んだのか?

誰が傷つけて、誰が損なってる?

被害者加害者人生、そのバックグラウンドまで読み取っていくと、何が悪かったのかわからなくなることがある。誰かにとっては友達でも、誰かにとっては悪人。誰かにとっては家族でも、誰かにとっては嫌いな上司善悪立場によっても変わるし、場面ごとに善悪は変わるみたいだ。

善悪の彼岸には何があるんだろう。

まり善悪という尺度を捨てたら、どこに価値尺度を置くことになるんだろう。わからない。

善悪意味で、意味は後付けなんだ。

金だけを追求するのが正解なのかなあ。止揚を探している。

Permalink |記事への反応(1) | 21:58

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2025-12-14

anond:20251214144122

何故尺度けが現代なんだ?

むかしは牛馬に並ぶ労働力が確保できるんだから喜んで生産してたんだよ

Permalink |記事への反応(0) | 14:42

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2025-12-10

投資20年の私が個別株に投資する理由

近年、投資話題になると、判を押したようにオルカン等のインデックス投資信託が推奨されている。それに異論は全くないのだが、「オルカン一択個別株に手を出すのは情弱」というのは少し視野が狭いのでは?と考えているので、私が敢えて個別株への投資を続けている理由を語りたい。

前提情報

40代メーカー勤めの普通会社員

資産構成は全体を100とすると、持ち家50、国内個別23外国株インデックス10日本円12米ドル5ぐらい。

NISA積立と確定拠出年金は全額を外国株投信に向けている。

現在保有している個別株は約20銘柄。売却は滅多になく、ほぼバイアンドホールド

Yahooファイナンスポートフォリオ登録して、普段は1日に2,3回眺める程度。

1. 期待リターンは個別株の方が高い

投資信託には、信託報酬運用経費が必ず発生する。(オルカン場合、直近で約0.08%)

個別株への投資ではこれらのコストは発生しない。SBI楽天なら株式の売買手数料無料だ。

一方、個別銘柄の将来のリターンを事前に把握することは不可能であることを前提とすると、各銘柄のリターンの期待値市場平均と等しいので、理論上の期待リターンはコストの分だけ僅かながら個別株が有利となる。

また、日本では上場企業の3社に1社が株主優待を導入しており、これも個別株に有利な要素だ。(私は優待目当ての投資はしないが、それでも換金可能優待がいくつか届いている。)

2.個別株でも分散投資によりリスク低減は可能

インデックス投資メリットは言うまでもなく手軽に分散投資できることだが、個別株でも複数銘柄分散することで、個別事情に起因するリスクは相当程度軽減できる。

どこまでを許容範囲と見るかは人によるが、私にとっては現状のポートフォリオは許容可能リスク範囲に収まっている。インデックスより上振れする確率と下振れする確率は同じであり、細けえこはいいんだよ、という気持ちだ。

3.金銭以外の尺度を加味した個別投資満足度は高い

さて、言いたいことはここから

個別投資には「推し活」的な楽しみがありますインデックス投資と比べて金銭的に大きく不利でないのであれば、楽しい方が良くないですか?

自然投資先の企業業界経済ニュースを楽しめる。

投資がより主体的活動として感じられる。

総合商社PERが5〜6倍ぐらいの頃に割安に思って買ったら、バフェット氏も買っていたことが分かってめっちゃ上がった。

仕事で関わった会社で印象が良かったとか、後輩の転職先とかの縁で買うことも(インサイダーじゃないよ!)。上がるか下がるかは結果論だけど、いずれ自分推し会社なら納得感がある。

自分倫理感にフィットしない企業への投資を避けることができる。

株主総会配信経営者の思いを直接聞けて、会場に行けば質問もできる。

○ 誠実な回答、共感できるビジョンを聞いて買い増ししたこともあった。

もちろん、満足を感じるかは人それぞれです。経済企業活動に関心がなく、1秒たりとも投資時間を使いたくない人もいるでしょう。

ただ、私は一人のビジネスパーソンとして、こうしたこと好奇心や楽しさを覚えるので、細々と個別株への投資を続けているのです。

Permalink |記事への反応(1) | 22:19

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2025-12-07

anond:20251207140924

いやあ本当その通りだと思うんだけどさ

人間的な尺度を捨てちゃうと、社会的コミュニケーションがまあ難しくて捨てきれないでいるわ

ふとした時にやべーこと言っちゃったみたいな雰囲気になってしま

Permalink |記事への反応(0) | 14:11

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2025-12-01

娘をもつ親にききたい

世間的な尺度容姿が並未満の娘を、親は心から可愛いと思えるものなんですか?

 

ぶさいくだなーと思われてるなあ…と折々に感じながら育ったことが三十路になっても克服できないトラウマ。これを払拭するのに、他の親が、世間尺度はどうあれ娘が世界一可愛いと思ってる話を聞かせて欲しいんよ。

変な話かもしれないけど、他の家に生まれていたら素直に自分を受け入れられてたかもと思ってさ。

本人がぶさいくだったらもう終わりで救いはない、なんてことはないんだって思いたい。

 

ちなみに私は二人姉弟の姉の方。弟が幼少期かわいい顔立ちだったのと、幼稚園で仲の良かった子が抜群にかわいかたことで比較されることが多かった。

私は客観的に見てかわいくなかったと思う。ついでに父親似で、母親からよく残念ぽい感じを出されてた(容姿についてのコンプレックスは、主に母からのあーあ感による)。

大学進学で家を出てメイク、髪、服についての制限がなくなり、そこから徐々に容姿が良くなって今は人並み。なので日常的に病んでるわけではないので、そのへんはお気遣い無用です。

 

何だろうね。あの頃の自分を救ってあげたいんだよね。

Permalink |記事への反応(3) | 18:10

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日常会話や世間話なら一人当たり一文。ほとんど一文ごとに話し手聞き手は入れ替わる。

このやり方である限りにおいては先生弟子があるテーマに沿って対話して一緒に学びを深めていくようなことにも当てはまることだが、話す順番は特に意識する必要はない。相手が聞いてきたこから答えればいい。

それは問いも答えも文章的には一文によってやり取りされることに関わっている。

これが二文以上を費やしてもっとまとまりのある情報を一度に伝えようということになる段階で文章の組み立てというもの意識される。

長い文章ほど推敲もしないで思いつくままに話したり書かれたりされても受け手はどんどん置いてきぼりになっていく。

全体として流れが自然であるような文章が望まれる。

やみくもに話したり書いたりしたとしても偶然話の組み立てとして最適解な順番になっていて推敲した時と同じ効果受け手に及ぼすこともあるかもしれない。

しろそれが偶然よりも高い確率で起こるようにするためにこそ推敲をするのだと考えるべきだろう。

ここまでのことを踏まえれば、結局逆に言えば挨拶英会話のような単純な質問と応答のような世間話のような類をラインネット上の掲示板チャット感覚で行なうことにおいては、その文章本質的には形式に囚われて文章と分類していても仕方がないのではないかということだ。

まずこれらの文章には解釈学の常識通用しない。

文章他人の目に触れた瞬間それは解釈的に作者の手から離れるというが、まさかチャット書き手が誤解されて誤解であることを釈明した後でも「お前の先の文章ではそう解釈できるんだからお前がどういう意図で書いたか関係ない」とか言ったらただのキチガイだろう。

政治家発言撤回したならば撤回したという事実自体は受け入れられ、批判されるのだとしても「撤回するなら最初から言うな」といったような類であるのが健全であり、まるで撤回したことなど知らないかのように「なんであんなことを言うの」と言い続けるのが異常とみなされることに対応する。

また一般的文章では同じ言葉は極力使うべきではないという考え方があるようだがチャット的な単なる意思疎通のための文章では別にそのようなこだわりは求められていないと思う。

これも音声での対話でも同様に同じ言葉を何度使おうが全く気にしないのと対応している。

そもそももし我々が声帯も手も失ってしまったら何が望まれるだろうか。

から口を動かしたりキーボードを叩くとき命令が検出されたらそれに対応した人工音声の再生なり、ネット対象としているなら端末への文字入力なりが望まれるのではないか

ネット対象をしてなくて対面でもあえて胸元にiPadみたいな液晶をぶら下げておいてそこに言葉を発しようとする時の脳の命令対応する文字が出てくる仕組みを望む人もいるかもしれない。

いずれにせよこうやって考えてみると、音声のとき文字の時とで文章かどうかの扱いが変わってしまうという考え方には本質を欠いた印象を受ける人も出てきているのではなかろうか。

しかし現行の考え方では人工音声か胸元に文字が表示されるいわゆる筆談形式をとっているかというだけで文章という呼称適用すべきかの判定をしていることになる。

増田というある種の仮想空間においても我々は喉を潰され筆談強制されているようなものだ。

筆談する障がい者表現は全て「文章」力という尺度によって評価されるべきなのだろうか?現に「口下手」だった後天的啞が筆談コミュニケーションを取っている場面でその巧拙考察される場合、おそらくそれは会話という捉え方で分析されるように思えるし、このような場での表現巧拙をやみくもに全て文章力と呼んで処理する傾向は腑に落ちない。

dorawiiより

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2025-11-30

anond:20251130104931

資本主義にも尺度があって、人間目線資本主義が死んだら共産主義になる

どういうことかと言うと複利的に資本(生産設備)が拡大していくと、人間が消費しきれない量を生産加工できるようになる。

そうすると人間すべてに労働を割り当てたら生産過剰で無駄になるから、限られた労働を人々で分配することになる

人間は週1時間労働で1年の生活費が賄えるような状況になると、金融(人間尺度)資本主義としての価値観崩壊する

じゃあその状況において資本家も貴族も成立し得なくなるので、どういう社会しましょうかね、で出てくるのが共産主義社会

Permalink |記事への反応(0) | 16:20

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2025-11-28

anond:20251128164249

その枠組みはいずれ終わるでしょ

誰かが「AI社会で誰が商品を買うのか」って話してたけど、誰も買わなくなるが正しい

生産能力が極大化したら構造的に(人間尺度の)資本主義は成立しなくなる。

自己生産自己拡大する資本にとって人間の消費など塵芥に過ぎない量なので

残るとしても、あなたの100円で地球防衛艦隊衛星軌道ミサイルフリゲートが1隻配備できます、みたいな状態になる

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