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2025-12-03

この記事音MADAus Calendar 2025の3日目の記事です。


正直、ここ最近で『これ神動画すぎる…』ってなった動画が3本あります

どれも再生回数だけで測れない中毒性があるやつばかりで、気づいたら何度もリピートしてました…。

今回は完全に独断偏見で厳選した“本当にオススメしたい動画3選”をお届けします!

FC2-PPV-1101848

料理という日常風景に溶け込む、女性の豊かな胸元のライン

背後からの優しい触れ合いと、最後に見せる流れるような後背位での自然なボディの動きが、静かながらも強い存在感を放っています

男性パートナーの体型が個性的である点を除けば、ボディの美しさをじっくり味わえる芸術的作品と言えるでしょう。

・fantia.jp/products/96323

コスプレの完成度が本当に段違い。

ウィッグ被せて服着せただけ」の手抜き感が一切なく、メイク衣装小道具再現度完璧すぎて「これ公式が撮ったの?」って錯覚するレベルです。

しかもこの女優さん、元がめちゃくちゃ可愛い上に表情の作り方が神がかってる。

喜怒哀楽のすべてがキャラに憑依していて、見てるこっちまで感情が揺さぶられるんですよね。

正直、コスプレ作品でここまで「キャラ実体化した」って感じるのは滅多にないので、推しキャラ民は必見です。ちょっと短めでサラッと

コスプレクオリティ尋常じゃない。

ウィッグ衣装だけの安易ものとは完全に別次元で、まるで公式レイヤーさん。

それでいて女優さんがめちゃくちゃ可愛いし、表情豊かすぎてキャラが本当にそこにいるみたい。

推しが動いてる……!ってなること間違いなしの一本です。

あと後背位がヤバいコスそのままにガッツリ突かれてる姿が最高にエロい

・h ttps://video.fc2.com/a/content/20170814HCyrn3Ds

この動画マジで人類に見せたいレベルヤバい

冒頭0秒からいきなり超ローアングルで始まるんだよ。

まるで自分が床下に潜り込んで盗撮してるみたいな、犯罪スレスレ臨場感半端ない心臓バクバク確定。 そして立ちバックの破壊力よ。

清楚なワンピースを後ろからガバッと捲り上げられた瞬間、現れるのは完全に「今日絶対にヤる気満々」のエロ下着

レースTバックが食い込んだケツがプリプリ揺れて、喘ぎ声がもう部屋中に響き渡る。から騎乗位が完全に伝説

自分から「見て…」って感じで両手で大事なところ広げて、結合部ドアップで見せつけてくる攻めっぷり。

ただただ一つ、最大の罪。

せっかくの知的眼鏡美人なのに、顔がモザイク+手で隠し+謎の影で完全防衛されてること!!

「見せてくれよおおおおおお!!」って叫びたくなるレベルの惜しさ。

でも逆にその“絶対に見せない”という徹底っぷりが、盗撮感を1200%に爆上げして、

「俺だけがこっそり見てる…」という独占欲を最凶に刺激してくる。

……というわけで、ここまでAV というタグ解釈変遷とその源流を概観してきました。現時点においても「AV」は静的なカテゴリではなく、継続的進化中のライブタグであり、メタデータとしての意味論は未だ収束していません。

前述の通り、このタグのセマンティクスは単一オーサーによるトップダウン定義ではなく、ユーザー各自が追求する嗜好ベクトル集合知によって有機的に再構成されており、時代ごとのトレンド分布に応じてダイナミックにシフトし続けています。私個人としては、現行バージョンAV実装も高く評価していますが、次バージョン仕様改定規制対応配信形態変革・技術スタック更新等)がもたらす派生表現にも強い興味があります

いずれにせよ、この分野のイテレーションを今後もウォッチし続け、最新ビルドを追跡していく所存です。

── End of Document ─

Permalink |記事への反応(0) | 08:22

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2025-11-29

自分能力の「市場価値」を安く見せて他人に尻を拭かせる者は、恥を知れ

・隷従は、第二の本性となった「習慣」から起きる

圧政者の共犯者となって悪事をはたらき民衆を隷属させる実行部隊隊長は高々4, 5人

臣下を飼い慣らすやり口〉

ペルシャ王は遊戯によって民を腑抜けにした

ローマ圧政者たちは饗宴によって民衆を買収した上で「護民官」を名乗った

エジプト初期の王は小道具を使って自分権威神秘性を与えた

エペイロスの王は奇跡や驚異を「捏造」した

まり、「圧政者どもは、自分地位を確たるものにすべく、民衆服従ついで隷従の状態に慣れさせ、ついには自分を『崇拝』するに至らせるべく、弛まぬ努力を重ねてきた」

さらに、

万年野党として反発するその実、民衆ブレーキ役として圧政者と阿吽の呼吸で手を握り、旨みを噛み締める輩がいる(「証拠」を出せ!)

とはいえ

戦車体当たりしても轢かれるのがオチなので、自分の「何」が圧政者の利益になっているかを見極め、それを手札に使う。ただで「それ」を与えないということ。

Étienne deLaBoétie自発的隷従論」より

Permalink |記事への反応(1) | 18:08

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2025-11-27

anond:20251127120743

いろいろ小道具とかだしたかったんやが茂が定義を語りすぎるのですっきりさせたやで

Permalink |記事への反応(0) | 12:25

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2025-11-26

anond:20251126112735

それはお前の持論でしかなくて

チェーホフの銃とはもう解離してるよ。

チェーホフの銃でいくなら、「時間確認するシーンがないなら腕時計をつけるな」になる。

でこれは小道具の絞られる演劇(あと描写を絞れる小説)くらいでしか成立しない概念

見える世界すべてを辻褄あわせないといけないアニメなんかの媒体では成立しない。

Permalink |記事への反応(0) | 11:30

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anond:20251126105419

本題と違うがチェーホフの銃って

小道具の少ない演劇しか成立しない概念だと思うわ

例えばアニメドラマなんかで部屋に目覚まし時計おいてあったら絶対に鳴るシーンがあるべきなんてことはなくて

部屋にあるべきものがあるという表現というだけで役割果たしてる。

町ですれ違うモブすべてに通りすがり以外の役目を持たすべきなんて思ってる人もまずいないだろ?

アニメドラマみたいに無の空間を許さな媒体では「そこにある」というだけで存在意義は足りる

Permalink |記事への反応(1) | 11:01

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2025-11-20

anond:20251119214409

ホタテマンは、かつてフジテレビ系で1981年から1989年まで放映されたお笑い番組の『オレたちひょうきん族』内に登場した、安岡力也が扮するキャラクターの一つであるグループサウンズから悪役俳優転向した安岡テレビタレントとしての代表作となり、後にレコードも発売されてヒットとなった。

概要

見た目はホタテから手足が出たような姿の着ぐるみである。顔には悪役プロレスラーペイント風のメイク[1]が施されており、着ぐるみには傷跡が残され腕には安岡敬愛していた[2]エルビス・プレスリー衣装を模したウェスタンファッション特有の水切りが付いている。胸には「ホタテマン」と書かれた名札が付けられていた。

誕生過程

安岡力也1982年11月20日の『オレたちひょうきん族』のコント劇(タケちゃんマン)に暴力団員役でゲスト出演した際、タケちゃんマンを呼ぶ為の道具の一つである「ホラ貝」の事を思わず間違って「ホタテ貝」と言ってしまったのがきっかである[3][4]。これを他の出演者が軽く冷やかしたところ、力也が「何だと?そんなにおかしかったのかよ!」と突如怒り出してしまい、スタジオ内にあるセットの大道具小道具を投げ付けたりなぎ倒して大暴れとなり、他の出演者が血相を変えて逃げ出してしまうというハプニングとなった。

このような大騒動となってしまった原因は「後輩から馬鹿にされて屈辱だと思い込んだ力也が本気で怒ってしまった」「決して本気ではなく安岡がその場でわざとボケた」「腫れ物に触るような雰囲気だったので怒った振りをしてビビらせた」「事前の打ち合わせ通りで演技だった」など様々な説が存在するが、真相は定かではない。

この「力也ホタテ貝に絡んで大暴れ」のシーンが当時話題となり、力也は「ホタテマン」として『ひょうきん族』にレギュラー出演するようになった。タケちゃんマンのコーナー内で誰かが「ホタテ」という言葉を思わず口にした際には[5]、“ジョーズ”のテーマに合わせて力也が登場し、大暴れをして皆が逃げ出してわめいて大騒ぎになるのが定番パターンであった。当初は生身の力也が暴れていたが、番組内で「力也ホタテ」というイメージが定着したことで、着ぐるみを付けた「ホタテマン」というキャラクターへと変化していった[4][6]。

その後は、上記の流れが「ワンパターン化」して飽きられたと判断されると1シーンのみの出落ち要員となり、途中からたまたま場面に居合わせ榎本三恵子[7]演ずる「ハチの三恵子」に一目惚れをしてしまい、猛アタックの末に結婚榎本と共に番組降板となった。

その後、最終回ゲスト出演した。後日安岡不祥事逮捕された際、ワイドショー女性レポーターに「安岡さんは「ホタテマン」として子供たちに夢を与えてきたのに、こんなことをして申し訳ないと思いませんかね?」と質問をされたというエピソードがある[要出典]。

レコードリリースミニヒット


1983年5月5日に「ホタテロックン・ロール」を、ワーナー・パイオニア(現:ワーナーミュージック・ジャパンから発売。コミックソングながらも作詞内田裕也横澤彪城悠輔[8]、作曲加瀬邦彦という豪華な顔ぶれによるものであった。

更にアレンジは当時駆け出しだった小室哲哉担当している[9]。最終的には32万枚のセールスを記録した[10]。そのホタテ宣伝功績により北海道ホタテ漁業組合から表彰されるに至った[4]。

なお、この歌は『まんがジョッキー』の主題歌マンジキロックンロール」を改変したものであり、作詞作曲は同じコンビである[11][12]。

サンヨー食品の「サッポロ一番ほたてラーメン」や、かねてつ食品の「ほたて風味フライ」のテレビCMにも出演し、人気を博した。

他に広告活動として、BASFジャパンハイポジションクロムポジション)用コンパクトカセットテープCR-X」の広告に、写真のみで出演していた[13]。

柏レイソル応援歌がこの曲に似ているという指摘もある。

Permalink |記事への反応(0) | 08:21

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2025-11-17

チー牛男は女体化しても風俗で稼ぐことはできない

なぜなら私がそうだったからだ。

私がいたのはキャバでもデリでもピンサロでもなくソープだ。明確にセックス目的にされる以上夜職の中でもおそらく一番金が貰えると思われる。

なぜ風俗なんかやるに至ったは割愛するが、とにかく私はソープを選び、ソープ求人を見て、いくつか電話した。

ソープ黒服がまず聞いてくることは「スペはいくつか」「身体に傷はあるか」ということだった。

スペとは何か。風俗業界を見ないと目にしない単語なのではないだろうか。

スペとは、一言で言うと「身長cmから体重kgを引いた数字であるBMIのようなきちんとした基準ではない。アホの採用基準であるソープで働くにあたってまずこの数字が立ちはだかる。

インターネットの弱男たちは肉感のある女の方が需要が高いと叫ぶことがあるが、実際はほとんどの風俗店においては「細ければ細いほどいい」「その上で乳とケツはデカい方がいい」となっている。

具体的な「スペ」の数値を出そう。あくまで私の体感になるが。

110だ。

この数字が上がれば上がるほどいい店に入れる。

身長160cmであれば40kgである。ちなみに160cmの平均体重は56.3kgだそうだ。

女は股をひらけばじゃんじゃん金が入ると思っているよわよわ♡ざぁ〜こ♡の男の皆様におかれましては、自分の「スペ」を計算してみて欲しい。そして自分が「スペ110」に到達するためには何kg減らさねばならないのか考えて欲しい。さらに女体であればそこに乳の重さ(デカければデカいほど採用率は上がる。Cカップで両胸1kgほどらしい)も加わることも考慮するといい。

健康ガリガリクネクネ人間であれば余裕でクリアできるような気もするが。

そしてこれを書いてあるチー牛女は110という数字を全くクリアできなかった。

増田風俗の話をするような女が魅惑的なボディを持っているはずがない。

私はそれでもなんとか入れるソープを探した。

そこでなんとか見つけたのが吉原近辺のとあるソープであった。

腕が傷だらけのメンヘラであろうとブスであろうとデブであろうと入れるソープだ。

いざ行ってみると建物は非常にボロっちい。あってないような面接を挟んで入室したソープ嬢の部屋は6畳もないような狭い部屋だった。そこにおよそ6〜7人の女がみっちりといた。

そこで1日中みっちり待機して1人しか客が付かないのはデフォルトであった。

しろいい方だと思う。私は何年も居たわけではなく、新人期間ということで比較的優先的に客を回されていたからだ。

最初に着いた客はそのソープ新人が入ると必ず買いにくる老人であった。

その老人は私の肉体を見るなり「ああ、いかにもここのソープ嬢って感じの肉体だねえ」と言った。

激安ソープにも関わらずNS(ノースキン。生中出しである)が前提であったのできっちりジジイ中出しをして帰っていった。

接客の合間には黒服たちによる講習もあった。

ソープ嬢をするにあたってマットという技術を得なければいけない。

そもそもソープランドは「女と一緒にお風呂に入れるサービス」というていである。嬢は客がついたとき、ひとしきりエロいことを言ったあとに客を脱がせて身体を洗い、大きな風船のようなマットの上に客を寝かせ、その上でクネクネするというターンが入る。

身体を洗うのもただゴシゴシ洗えばいいわけではない。客の手を掴みいい感じに自分の乳と股を擦り付けイヤーン擦れて気持ちいいワーンをする必要がある。簡単に思えるが、講習ではこの手順を細かく叩き込まれる。桶にこの温度のお湯と石鹸をこの比率で混ぜ、客の身体にこの順番で触れ、それを流したらまた石鹸水を作り……といった具合だ。

次にマットだ。壁に立てかけてある、狭い風呂場にギリギリ入る大きさのマットを倒してローションを流し込み客を寝かせ、その上で身体を滑らせる。

バラエティ番組のローション相撲を見たことはあるだろうか。もちろんローションまみれのマットの上なんかで自由自在に動き回ることなどほぼ不可能である

それでもうっかり足を滑らせ客の上に転倒などしたら大惨事である。だが慎重に動き回るあまり時間を使いすぎると客は怒る。怒らなくとも満足しなければその客は二度とこない。

なのでこの辺を何度も講習で教え込まれる。

講習に給料は発生しない。それどころか「講習代」として給料から天引きされていく。

そうやってどうにか技術を身につけようとしたところで、前述の通り1日みっちり待機して1人客がつくような状態であったので、1日の給料は1万も行かなかった。

ここからさらに謎の諸経費が引かれる。それを込みにしたらだいたい1日6000〜7000円だ。

ソープ、本番あり、生中出し前提の店舗でこの金額である

そこから専用のドレス代。靴代。ローションなどの小道具の諸経費。月に2回、3000〜7000円の性病検査代。毎月のピル代が3000円強。

東京都最低賃金は1200円。8時間働けば9600円だ。

「女はセックスすれば楽に大金を得られる」だったか

はたしてそれを言う男は相応の身体の売り方ができるのだろうか。

もちろん顔がよくなくとも、太っていても、稼ぐ女は稼ぐ。

だがそれは「何もしていない」わけではない。とにかく奴らはテクニック無意識に身につけている。

セックス技術はもちろん、男を喜ばせるコミュニケーション術。オプションや延長の交渉技術デブでブスなりの魅力が確かにある。

そしていわゆる立ちんぼ的な非合法売春に行けば1日6〜7000円という事態にはならないはずだ。店のピンハネなんてないのだから好きに金をもらえる。

だが風俗なんてただでさえリスクばかりなのにさらリスク高まる。渡される金は偽物かもしれないし、薬を盛られるかもしれない。それこそ海外に売り飛ばされタダの売春の末にバラバラにされて終わりかもしれない。

それでも自分は女という性別に生まれてさえいれば男に腰振ってもらうだけで1日に何十万と稼げると思うのであれば、それは素直に立派なことだ。

ぜひその顔とプロポーションコミュ力ホストなんかをやってみてほしい。女風だってある。メンコンだってある。

できるのか?お前に。

今の超貧困時代において風俗で荒稼ぎというのはかなり難しい。

SNSで大はしゃぎして散財しているパパ活立ちんぼ女なんてものは一部が目立っているにすぎない。表に出ないだけで、時給換算すると普通に働いた方が早いレベルの、もしくはそれ以下の金しか得られていない売女なんて山ほどいる。

かに男というものは大変だと思う。そこには我々女からすると考えられないような苦しみがあるのだろう。男同士の同調圧力であったり、競争であったり。

からといって「この男の世界さえいなければ俺だって勝ち組だ、女は女というだけで恵まれている」というのは正しいと思うか?

お前は女になったところで同じように蔑まれながら低収入スマホポチポチさわることしかできないんだ。女に生まれたところで、セックス簡単に金が稼げるわけでもなければ、囲って金を出してくれる男が現れるわけでもないのだ。

他でもない、この私のように。

いか。女に生まれれば、なんて甘ったれたことを言うな。

私たちは男に生まれようと女に生まれようと、あらゆる異性同性に見下されながら、ろくに恋人もできず、インターネット自分が異常と思ったもの冷笑して安全から囃し立てるような生活しかできないんだ。決め台詞のように「努力じゃどうにもならないこともある」なんて言い訳を吐いて一生終わりだ。

負け組なんだよ。私もお前も。どんな「もしも」があろうとも。

Permalink |記事への反応(4) | 22:24

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2025-11-10

紅茶界隈の冷遇

紅茶ラヴァー世間冷遇されている。


長いリモート生活が終わり、会社毎日出勤する人も増えたことだろう。私もその一人である

オフィスには大概ウォーターサーバーとかがあり、運がよければコーヒースープまで出てくるやつが置いてある。

残念ながらうちは水オンリーだが、インスタントコーヒー飲み放題となっている。

あいにく、私はコーヒーが飲めない体質で、もっぱら紅茶派だ。

コーヒーも好きなのだが、ストレートコーヒーにハマってブラックで飲みまくっていたら腹を下すようになってしまった。

からオフィスでも紅茶が飲みたい。

しかも、淹れたてのやつだ。

しか最初は、淹れたてにこだわっていたわけではなかった。

最初は朝家で淹れてタンブラーに詰めて持ってきていた。

タンブラー紅茶飲むなと怒られそうだが、カップを持っていくほどではなかった。

だがそれは気温が高いうちだけだった。

朝淹れのお茶は、昼頃にはなくなる。

その後はウォーターサーバー胡散臭い水素水とかを飲んでいたが、最近寒い。だから赤い栓から出るお湯を飲む。

でもなんか、違うのだ。

お湯を飲んでもホッとはしない。

人間は寒くなると鬱になるとか言うが、それの小さい版だ。ホッとしたい。

から、午後も紅茶を飲みたい。


そして紅茶を求めてコンビニへ行ったが、下手するとティーバッグすら売っていない。

私ははしごをして別のコンビニへ行き、リプトンイエローベルを手に入れたが、

まりのまずさに飲むことを断念した。

また次の日も午後になってもお茶が飲みたくなり、

オフィスの近くにある洋菓子店を訪れたが、1pc250円はするくせに鼻が曲がりそうなほど臭いフレーバーティーしかなかった。

私は諦めてルピシアへ行った。


ルピシアなんかで紅茶を買うやつはにわかだ、と古のインターネットではよく叩かれてた気がするのだが、

私は基本的ルピシアしか紅茶を買わない。

安くて、駅ビルなんかに入ってて使いやすいからだ。

茶園ものストレートティーは当時から評価されていた気がするし、私も買ってるが、

よく飲むのはベルエポックというタージリン系のブレンドティーだ。

背伸びをしてストレートティーを買いに行っているうちに福袋に入ってたかなんかで飲んで、これでいいやってなった。

ルピシアに行くと特徴的な声の店員が贈りものですか?お伺いしましょうか?みたいなことを言いながらやってくるが、

贈り物なんか買ったことはない。この駅ビル新装開店した当初からずっとだ。

お茶プレゼントするなんて多分ナンセンスだ。おそらくは紅茶好きは自分で選んだお茶を飲みたい。

からはいとだけ答えてベルエポックを買う。

というか、店のちょっと入り組んだところでストレートティーを物色してる客が贈り物を選んでいると思うか?

お前たちの顧客入り口の一番目立つ棚にあるギフトボックススルーして、袋入りの茶葉を見ている客が、

誰かのためのプレゼントを迷っていると思うか?


というもやっとした気持ちはあるが、とりあえずルピシア一択だ。

マリアージュフレールは素敵なマダムイケメンから紅茶を買うという体験を得るための店だと思っており、

まり飲んだことはない。

というか、いつから店員イケメンオンリーではなくなった。

今は垢抜けないモブの男、垢抜けないモブの女が店になんとなく立っているし、

制服も素敵なイエロースーツでもなくなった気がする。店によるかもしれないが。

ブランド価値みたいなものはかなり減ったのではないかと思う。

マルコポーロとか素直にうまいと思うが、

マルコポーロを飲んでいる自分ではなくマルコポーロの味が好きなら、

ルピシアでメルシーミルフォアでも飲んでいればいい。

ティーポンド清澄にできた当初、またハイソぶってる小綺麗な店ができたと思ったが、

ストレートティーを買うなら悪くない。ブレンドは高いので飲んだことない。店もターミナル駅にあるわけじゃないし。

フォーナム&メイソンなんかの大御所デパ地下で素通りしたことしかないし、カルディにあるジャンナッツ架空ブランド

更には個人経営専門店なんてもってのほか

喫茶ができる専門店レビューを見たら、

ダージリンは高いのでやめたら?と嫌味を言われたと低評価をつけられているのを見たことがある。

自分が行ったときはなかったし、セイロンを飲んだ。

でも個人全般にそういう斜に構えたジジイがやっているイメージを持ったからわざわざ行こうとは思わない。


ここまで書いて、私自身もその嫌味なジジイじみていることに気がつく。もうすぐでこの日記は終わりにする。

それで、会社に置く用のベルエポック(袋入り茶葉50g)を買って、

百均に来た。よく考えたらティーバッグで買えばいいのだが、コスパ呪いにかかっているので気が付かなかった。

今やディスカウントショップ互換となった百円均一。日本国民暮らしを支える一部になっていることは間違いない。

だってちょっとした茶器を買う店が思いつかないんだから。(よく考えたらあったけど)

私はティーストレーナーを求めて食器売り場を見る。

ただの"茶漉し"ではなく、なんか球体になっててカップに鎮められるやつか、カップで直接淹れられる深いやつ。

でもなかった。

コーヒー用品は5種類くらいの素材の違うドリッパーやペーパーフィルターなどの小道具がたくさん。

紅茶用品といえば、昔ながらの取っ手付きの茶漉しだけ。紅茶用品というか、紅茶にも使えるって感じ。

それを百均で買ってどうする?

我が家にも長らく使わなくなったただの茶漉しくらいある。

百均っていろんな便利グッズが売っている店じゃなかったのか。

インスタグラマーがバカの一つ覚えみたいにこれ欲しかった!って動画にして、

即完売するようなグッズが売りではなかったのか。

それが、こんな台所で眠っているような茶漉し。

私はしんみりと悲しい気持ちになった。


世の中の紅茶飲みは冷遇されている。

でも、それは違うかもしれない。

贈り物で紅茶なんてナンセンスと言うように、我々のこだわりが強いのかもしれない。

ルピシアで茶葉を買う、百均で茶漉しを買う、

そんなユーザーはもはや想定されていないのかもしれない。

しかに、ヴィンテージのポットに合う口径の茶漉しをハンズまで買いに行ったり、なくてAmazonで買ったりしていた。

Amazonにはたくさんの茶器が揃っている。

なかでも私のお気に入りは、サーモスの保温ティーポット。

発売当時に偶然見つけて以来、ずっと使っている。

我々がガラス製でジャンピングを見て喜ぶと思うか?陶器ティージーを着せていた頃もあった。

でもそういうほっこりした演出もいらない。

これさえあれば、2杯目もあったかいままだ。

飲むときステンレス匂いがする心配もなし。

やはりサーモスしか勝たん。


このように、我々は気難しいのだ。

Permalink |記事への反応(38) | 20:16

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2025-10-27

「青の純度」はおそらく原田氏の研究を参照していないんじゃないか

記事(anond:20251027134053)では、篠田氏が明言しているとおり「青の純度」はラッセンに着想を得たがラッセンモデル小説ではなく、篠田氏がラッセンモデル小説であることを否定した点をもって同氏が嘘つきであるかのように非難するのは的外れである旨を説明した。

さて、そうだとしても、「青の純度」は原田氏の研究を参考にしたにもかかわらずそれに言及しておらず不誠実でないか、という主張がある。なお、著作権侵害ではないこと(したがって表現剽窃が無いこと)は原田自身も認めるとおりであるから前提としてよかろう。

ここから先は出題編だけでなくオチまで含めた全面的ネタバレがあるので、ネタバレを読みたくない未読者にはブラウザバックを推奨する。

 

原田氏が「青の純度」が自分の業績の盗用であると主張する主な根拠は次の4点である

悪徳商法と切り離して美術評価検討するという視点自分が言い出したことである

②「インテリアアート」という用語自分たちが世に出したものである

日系人の墓が西を向いているという話は自分が現地で伝え聞き紹介したものと同じである

④偽ラッセンが8年前の嵐で自宅を被災したという設定は、ラッセン2023年ハワイ島大火災で一時行方不明になったという自分発見した事実酷似している。

 

このうち②は原田氏のラッセン展(2012)よりも前からインテリアアート」という用語が広く使われていたこと、③は原田自身も現地で伝聞した旨を述べているとおり原田氏の独創ではないこと、④は「8年前の嵐」と2023年火災は似ても似つかず、8年前の嵐は物語重要小道具であり、2023年火災エピローグで軽く触れられていることなから、いずれも牽強付会と言ってよかろう。

重要なのは①のラッセンの再評価という視点である

そして、この点でも、以下の理由から原田氏らの研究を参照したとは考え難いように思う。

なおこの先には物語重要ネタバレを含みます

 

まず原田氏らの研究について、ラッセンを再評価してみるというアイデアだけなら、永野の「ゴッホより普通にラッセンが好き」というネタを掘り下げれば容易に行き着くアイデアであって(それにしても「普通に」を入れた永野は慧眼である。)、研究成果とは言えない。研究価値があるのはその先の、再評価するとどうなるかという部分だ。

それでは原田氏らの研究ラッセンをどう再評価するのか。これについては原田氏らの論考集に対するAmazon読者コメントがよくまとめてあるので引用する。

1.美術界がラッセン無視した理由純粋美術ラッセンの属するインテリアアートを一段と下に見ていた。アートの美意識理解しない層に支持されていて、大きなマーケットを獲得していることへの反発があった。また、芸術には必ずあるはずの作家自己投影がない「空っぽ」の作品としてラッセン排除していた。ラッセン以前にも美術界は古くは藤田嗣治岡本太郎草間彌生バブル期にはヒロ・ヤマガタ等に対して無視の態度をとってきた。

2.ラッセン作品への評価マークマッカイやロバートネルソンなどのマリンアート模倣であって彼のオリジナルではない。同じ素材(イルカクジラ、星、波など)の組み合わせを替えて使い回す自己反復が顕著である。特徴は圧倒的な情報量と人工的な空虚である。「調和」「エコ」「静寂」「浄化」などのイメージを散りばめることでリラクゼーション効果を発揮している。ラッセンはいわばアロマキャンドルである

3.日本人ラッセンを愛した理由バブル期に豊かになった市民百貨店で自宅の装飾用に絵画インテリアアートを買うようになった。それはアールビバン(株)がヒロ・ヤマガタラッセン展示会を地方都市巡回して売りまくる素地となった。ラッセン作品は、過剰であり、大衆であるリアルで過剰な演出バブル期の人々の心性と符合した。見た目がカラフルでわかりやすい、専門知識がなくても理解できる。1作品1000枚単位で刷る大量生産によって全国で強引に売りまくった。

4.ラッセンプライベートハワイ工房100人従業員を雇って作品制作している。公式サイトでの肩書き画家詩人作家音楽家ラッセンが愛好するものとして海、サーフィン、高級車、有名ブランド品、美食、マウイの豪邸などの徹底した成金趣味。彼が出しているCDアルバムの収録10曲のうち自作は2曲のみで他の8曲はカバーであるしかし、自作を装っているところにラッセンという人物本質が窺える。

これに対し作中の偽ラッセン作品評価や背景は次のようなものである

絵の特徴点とされるものが軒並み先行研究に表れていない篠田氏の独創である特にその技巧的特徴や日本人に受けた理由画家日本人の血で説明している点は、本作のテーマに関わる重要な特徴だろう。そうなればこそ本作はハワイ在住日系人に関する参考文献を多数掲載した、現代日系人と在ハワイ日本人物語なのだ

そして、作品の特徴を日本人の血に求める以上、本作の画家ラッセン評価は全く無関係だ。本作はラッセンの再評価などまったく目的としておらず、ラッセンの再評価についての文献を参照する必要に乏しい。というか、もしラッセン研究での再評価を借用したならば、「青の純度」の物語は全く成り立たない。

原田自身が、「青の純度」と自身研究類似性研究成果ではなく再評価というアイデアしか挙げることができていないように、これで篠田氏が原田氏の研究剽窃した、不道徳だと言うのは、無理があるのではないか

Permalink |記事への反応(4) | 22:35

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2025-10-23

裁判傍聴したい

最近リーガル・ハイレンタルで借りて見てる。

リーガル・ハイって役者が薬物で捕まったせいで配信サイトでは見れないんだって

リアル裁判って経験したことないし予定もないし入れたくもないけど、興味本位で見に行ったら恨まれたりするのかなあ。

六法全書持っていったり小道具司法浪人コスプレしていった方がいいのかな。

Permalink |記事への反応(1) | 09:42

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2025-10-22

もう何年も前、ジョジョ第三部のアニメ放送されていた頃

ディオコーランを読むシーンでアラブ人つーかイスラム教徒(配信されてない地域違法視聴)が

コーランを読むと悪人になるということか!」と怒ってたけど


日本人が見たら

ディオってアラビア語読めるんだ、スゲー」

とか

悪人なのに聖典を読むような複雑な内面を持った人物

みたいな感想になるよなー


まあ聖典を気軽にアニメ小道具みたいに使うことへの反発もあるのかもしれないが

やっぱあのへんの人たちって感覚が違うなと思った出来事だった

Permalink |記事への反応(0) | 14:04

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2025-10-08

anond:20251008130100

持ち歩く小道具から、実質は飲食物じゃなくて服飾品だぞ

服も新作っていうだろ?

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2025-10-07

anond:20251007151235

写真著作権があるからそれを使うのはまずいわけよ

例えば江口トレース元にしたファッション誌の写真

モデルスタイリストメイク家具小道具ロケ場所写真家……

って人達仕事結集した著作物からそれを絵にして収益にするのはまずいわけ

 

もちろん沢山の物を見て頭の中で混ざったり合成されたりしたものを絵として出せば

もはや「これの材料は私の著作物でしょ!」なんて言い難くなるんだけど

江口はそのままトレースし過ぎだね

 

からお前が自分友達写真を撮って

その写真を基にイラストを作るんならば

写真クリエティティイラストクリエティティもお前で

著作権的な問題は生じないよね

 

友達の顔なんて絵にした時点でわかるとも思えんから肖像権マターでもない

Permalink |記事への反応(1) | 15:21

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anond:20251007103518

いいですね、その設定…“再結晶物語”としてめちゃくちゃ相性がいい。まずは元作の骨格を押さえます。その上で、中年男性版として再構成した企画案(全13話相当)と主要キャラの成長線、理科ガジェットサンプル台本まで一気にまとめました。

まず:オリジナル瑠璃宝石』の確認(要点)

本家の“コア”

鉱物採集現代宝探し

師弟(導く大人×導かれる初心者

実在鉱物・道具・手順に根ざした“科学の手触り”。([カドコミ (コミックウォーカー)][1])

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中年男性版コンセプト ── 『瑠璃宝石:再結晶

タグライン

大地はゆっくりと、でも確実に自分を作り直す。俺たちも、きっと。

基本方針本家踏襲点)

主役チーム(あなたプロットを整理+関係性)

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全13話プロット(各話の鉱物装置としてのテーマ

1. 「はじまり水晶

山菜採り谷川が粗砥と遭遇。クラックと双晶の見分け、劈開の話。小さな水晶が“まだ俺は採れる”の象徴に。

2. 「黒い砂、静かな火」(砂金&磁鉄鉱

パニングで“待つ技術”。瀬戸初参加、スマホ顕微鏡アダプタで砂粒観察。

3. 「川が磨く、俺たちも磨く」(ガーネット

工場不適応=“丸まらない自尊心”。磨耗と丸みを肯定する回。

4. 「愚かなる金色」(黄鉄鉱)

愚者の金”とキャリアの見栄。立方体と黄鉄鉱双晶=見かけと本質

5. 「光る欠片」(蛍石

研究費不採択の粗砥。伊万里市民科学ツアー企画地域連携兆し

6. 「薄片は語る」(偏光顕微鏡/岩石薄片)

研磨→薄片→交差ニコル瀬戸画像分類の試作、谷川が“手順書”職能を開眼。

7. 「黒耀石の道」(オブシディアン)

旧石器交易路の踏査。笠丸の安全判断撤退美学

8. 「鉱山残響」(孔雀石・藍銅鉱/旧坑)

産業遺産環境。“採らない勇気”を学ぶ。

9. 「空洞のちから」(ゼオライト

空隙が強度を生む比喩で、余白=回復を描く。粗砥、申請を“捨てる勇気”。

10. 「変成の痛み」(蛇紋岩)

組織圧力→相変化の比喩谷川工場での工程改善が芽吹く。

11. 「翡翠の浜」(糸魚川ヒスイ

家族回。粗砥に第三子誕生伊万里受験期。自分へ贈る“指輪石”。

12. 「標本室をつくる」(展示準備)

学校観光工場を巻き込み地域ミュージアム化。瀬戸データ基盤が稼働。

13. 「再結晶」(総決算

市民科学助成が通り、“学びの循環”が地域根付く。各人の“続き”を示して終幕。

参考:本家も各話で水晶ガーネット、黄鉄鉱、砂金、蛍石などを題材化する構成で、ここは意図的踏襲しています。([カドコミ (コミックウォーカー)][1])

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キャラクター成長線(要約)

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科学と実務の“手触り”(小道具・手順例)

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代表シーン(短い台本

Ep1「はじまり水晶」より

粗砥「割ってみるか。割りたいから割るんじゃない。割らなくていい面を探してから叩く」

谷川「……(コツン)……あ、割れたのに形が残る」

粗砥「それが劈開仕事も同じだ。壊すときは、残す形を先に描け」

Ep6「薄片は語る」より

瀬戸「この干渉色、教科書どおりじゃないの何でだ?」

伊万里「人も岩も、履歴があるんだよ。教科書の“理想結晶”なんて滅多にない」

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視聴の柱(本家との“同質性”)

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2025-10-06

テレビ局で働いていた頃の思い出


一度、ここで書いてみたいと思ってた。初老が近いおじさんである

会社勤めとしてのディレクター業について執筆したい。辞めてから時間が経つけど、たまにあの頃の夢を見るのだ。

最近の夢だと……バラエティ番組の収録の時だった。当時は新入社員に毛が生えたくらいの若造の頃。

ナインティナインの2人がネタ合わせしてる横で、ADである自分が怒鳴られてる夢である。夢じゃなくて、本当にあったことなんだが。いい夢を見ることもあるけど数は少ない。

今はフリーランス映像ディレクターをやってる。仕事は順調……とは言い難い。仕事が少ない年もある。

でも、食いっぱぐれる心配はない。一応そういう実力がある。お金がなさ過ぎて餓死なんてことはない笑

から、もう時効かなと思って、昔の話を書こうと思った。大手テレビ局にいた頃の話だ。

え、なに。守秘義務エンタメ業界にそんなものはない。特定個人企業名前を出さない限りは、お見逃しの世界である。ええい、ままよ。ぶっちゃけてやろう。



1.テレビ局奴隷だった頃

小さい頃からテレビっ子だった。特にバラエティが好きで、将来は絶対あい面白系の仕事がしたいと思ってた。小学生中学生の頃は、お笑い芸人になりたかった。人をニコニコさせるのが好きで。ただまあ、才能がないのって、子どもながらに露骨にわかるんだよな。

勉強ができたか?と言われると、割とできる方だった。要領がいいというよりは、突き詰めて普通の人よりも勉強して高得点をとる感じだった。大学早稲田に進学した。今は亡き(?)社会科学部である( ;∀;)

就職活動の結果、テレビ局内定をもらえた時は本当に嬉しかった。人生ピークだったかもしれない。

入ってみたら想像とは違った。

配属されたのは、生ける伝説みたいなバラエティ番組制作部署だった。ここまではいい。配属希望は通ったのだから

自分ADとして入った。一般的ルートである。珍しい新卒だと、最初カメラマン大道具という珍しいパターンもあるにはある。

仕事だけど、最初は正直何やってるのかわからなかった。とにかく怒鳴られる。プロデューサーから、先輩ディレクターから出演者から下請け制作会社の人から、とにかく罵倒の嵐だった。なんというか、現場での動き方がわからなかった。学生時代イベント運営仕事をしておけばよかった。

正式じゃない企画会議デスク周りや喫煙所でやるような……)に呼ばれることがあっても、「面白くない」「もっと笑い取れるの考えろ」って言われ続ける。それこそ誰からも。

ある時は、夜中の3時まで明日の収録の準備で残っていた。実際、自分仕事はほぼなかった。担当ディレクターが帰れないだけであり、自分やほかのスタッフはそれに引きずられる格好だった。

それでも、「さあ帰ろうか」という雰囲気になったところで……

明日までにあれ用の新しい企画を出してこい。運がよかったら使ってやる」

とか普通に言われる。徹夜もある。週に2,3回、家に帰れたらラッキーだった。あの頃は若かったので、ああいう夜型の生活ができた。今は無理だ。眠気に勝てない。

職場の奥には簡易ベッドがあって、そこで寝るんだけど、寝てる間に先輩に……「寝てんじゃねえよ!」って蹴られることがあった。完全に嫌がらせ憂さ晴らしだった。人間、疲れるとこうなってしまう。

仕事ができる人でもそうだった。

疲労が極限に達すると、おそろしいくら残酷になる。ある時、先輩ディレクター女性AD現場の配置関係口喧嘩になっていた。今思えば、考えられないほど下らない理由だった。

その争いの現場はちょうど、小道具が置いてある狭い狭い空間だった。そこでひたすらに道具を指さしながら、喧嘩をしている。

その女性があまり文句を言ってるので、その先輩ディレクターは、何か重たい小道具ごみ箱みたいな?)を持ち上げると、彼女が出られないような位置にドカン!と置いたのだ。

「おい、さーや。おい、デブ自分でどけてみろ!!」

と、その男ディレクターは言った。

自分はただ、出入口のドアからそれを見て「かわいそうに」と思っていた。思うだけで、助けようという気力は湧かなかった。大学生の頃だったら、助け舟を出したに違いない。

案の定かわいそうに、円柱状の小道具が重過ぎて持ち上げられない女性ADのさーやちゃんは、そこらへんの絨毯みたいになってる小道具に突っ伏すと、わんわん泣きだした。

男性ディレクターは、そんな様子をさらからかっていた。これが、疲労人間の態度に及ぼす影響である。今でも気を付けるようにしてる。

あとは、ある料理番組の野外ロケだった。イケメンを多く輩出する芸能事務所の若手タレントがキャンプ場で料理に取り組んでいた。

皿洗いの最中に、先輩からこんな指導を受けたことがある。

バカ。使った皿は洗う必要ない。ズボンで拭いとけ!男やから、どうにかなるわ。イケメンなんやし。いいか増田。ばい菌だって、巡り巡ってまた口に入るんやから。それが世の中ってもんだよ」

何を言ってるか意味不明だった。先輩の人格が壊れていた可能性がある。

この撮影現場というのは、野外キャンプでの調理だった。イケメンタレントさんが食べた後の皿を……ちょうど水場がなかったので、そこらへんにあったエプロンでササっと拭いて、別のタレント用に再利用した場面である。実際、これくらいのことは日常茶飯事だった。

そのタレントさんは若かったけど、多才な挑戦で知られる人だった。普段は二人組で、もっと若かった時に、女の服を来てピンクレディー楽曲テレビ披露していた。

被害……いや、このあたりのことはさすがに書けないし、「書いていいよ♪」と言われても書かない。こればかりは矜持であるアナウンサーから照明、カメラマン、道具係、ADに至るまで、一応は元仲間である。そこまでするつもりはない。



2.新しい道に目覚めたキッカケ

30代になっても体調は悪かった。ご飯はいつもコンビニ弁当だ。風呂にも何日も入れないから、体から変な匂いがする。誰かに指摘されたら「焼肉を食べたんだ」ってごまかした。口内炎は治らないし、胃はずっとキリキリしてる。

身も心もボロボロだった。一応は、大卒総合職のはずだった。オフィスで働く人のはずだった。想像していたホワイトカラーとは違っていた。

さて。この頃の俺は、ディレクター(※特に演出のこと)になる年齢が近づいていた。正直いうと、実質的ディレクターだった。上の人がサボりがちであり、自分の方にディレクターが行うはずの仕事を振っていた。

この時代視聴率がすべて。それがルールだった。

から企画会議では、芸能人のどうでもいいスキャンダルをいじったり、誰かを笑いものにする企画が出てくる。芸人同士の暴力は基本であり、人権感覚など持ち合わせてなかった。あの頃の局全体は、マジでアホだったと思う。

なんで、あん会社で働いてたんだろう……と言うと、理由ひとつだ。「番組を作りたいから」である。ほんのちょっとでも自分の爪痕を世の中に残せたら、それはなんて素晴らしいことだろうと感じていた。

ただ、テレビを見る人の「ペルソナ」って……当時のテレビ業界人の認識においても、「低俗な内容が好きな人」だった。今だからぶっちゃけしまおう。皆そういう認識だった。

今でも同じだと思う。インターネットだと、「やらおん!」「はちな起稿」とか、youtubeだと「アシタノワダイ」「フェルミ漫画大学」とか、あとは暴露系が人気を博している。Xの低俗さはもはや基本。あれが人間本質の一部である

人の心を動かす作品を作りたかった。実録ドキュメンタリーとか、社会矛盾を突くようなドラマとか。そういうのが好きだった。特定作品だと、水上勉の『雁の寺』『海の牙』『火の笛』『土を喰う日々』が好きである

一度だけ、飲み会の場でそういう発言したことがある。「社会派作りたいな~」って。でも、そんなこと言おうもんなら、「何言ってんの?」「誰が見るんや!!」「うちでは作れない」って一蹴される。

自分らはテレビ局奴隷だった。視聴率という数字に魂を売った奴隷である視聴率のためなら、人権侵害も上等の集団。上の人達も同様。

そんな日々の中で、心を救ってくれた作品があった。

地獄のような日々が続いていた30代後半のある夜、たまたまテレビをつけた。とりあえず、家に帰ったらテレビを見る。同業他社作品を観て勉強するのだ。その時も軽い気持ちだった。

その作品は、テレビ東京でやってた『ハイパーハードボイルドグルメリポート』だった。

たことある人がいるかもしれないが、世界ヤバい地域に行って、マフィアとかギャングとか戦争難民とか、そういう人たちが何食べてるのかを映すドキュメンタリーだ。書籍作品で言うと『もの食う人びと』に近いものがある。

最初は「なんか変な番組やってるな」くらいに思ってた。でも、見始めたら目が離せなくなった。

あの時、画面に映ってたのは、コロンビアの元麻薬密売人だった。彼は仲間と、貧しい家で豆を煮て食べていた。その顔には、絶望疲労と、それでも生きようとする強い意志が混じり合ってた。

「これだ!」と思うと涙が止まらなかった。

俺が作りたかったのは、こういう作品だった。くだらない笑いじゃなくて、人間本質に迫るような、生々しくて、でも美しいもの

画面の彼は「食べることは生きることだ」って言ってた。当たり前の言葉だけど、すごく重く響いた。

自分達が毎日作ってる番組は、誰かを笑わせることはできても、誰かの魂を救うことはできない。誰かの心に深く残ることはできない。精神性がないバラエティ番組を作っている。

上っ面ばかりの、人間の心の表層を撫でるだけの、そういうコンテンツ自分が作りたかったのは、人間の心の底流(アンダーカレント)を刺激する番組だった。

テレビ局を辞めることを決意した。独り立ちの準備を重ねたうえ、約二年後に退職願を提出した。



3.貧乏になったのと未来

退職届を出した時のことを覚えてる。人事部長が「もったいない」と言ってた。俺の同期にも辞めた人が何人もいて、知る限りでは、みんな同じことを言われてた。

でも、いいやって思えた。命まで取られるわけじゃない。自分自身の命さえあれば、人の魂を救える作品づくりができるはずだ。

そんなこんなで、業界の伝手を辿って念願の独り立ちを果たした。いわゆるフリーランスである。ほかの会社に勤めるという選択肢はなかった。テレビ東京に不採用になったのもあるけど笑

最初は大変だった。フリーランスになったもの仕事は少ない。貯金は減っていく。実家からは「ちゃん仕事してるの?」って里帰りの度に聞かれた。昔の同僚からは、飲み会の時に「今何してんの?」と聞かれるけど、何とも答えにくかった。それでも答えたが。

初年度の年収は、フジテレビにいた頃の4分の1くらい。段々と家賃も払えなくなって、ボロのアパート引っ越した。都心に出るまでに電車で何十分もかかるような。

後悔はなかった。テレビ局に居た頃は毎日が「作らされてる」感覚だった。誰かの指示で、誰かの期待に応えるために、自分の心が望まないものを作り続けてた。

今は違う。自分が作りたいものを、自分の手で作ってる。CM企画仕事でも、ドキュメンタリー編集でも、放送作家に近い仕事でも、全部自分がやりたいことだ。

特に大きかったのは、サブスク動画配信サービスでの番組制作仕事だ。2025現在アマプラなどでは自社がお金を出してプロに作らせるのが一般的だが、当時は盛んではなかった。

ある時だった。飲み屋で知り合ったのがきっかけで、自分企画書を見てくれたプロデューサーが「面白い」と言ってくれた。それは、テレビ局では「視聴率が取れないから無理」と言われるような、いわゆる追放ものストーリーである社会の片隅に追いやられた人が底辺で足掻くお話だった。『モンテ・クリスト伯』みたいな。

その動画配信サービスプロデューサーは「視聴率はそこまで関係ない。ある種のペルソナ、ある種の人達にどれだけ深く届くかが大事」と言ってくれた。そういうわけで、自分が作りたいものを思う存分作ってやった。



4.人の幸せってこういうこと?

一週間のうち、最低でも数日は充実している。あの頃とは比べ物にならないほどの多幸感である

朝起きて会社に行くわけじゃない。スタジオに行くことは月に何度もあるけど。基本は自分の家で、自分のペースで仕事をする。疲れたら好きなだけ休める。

テレビ局にいた頃は、自分が何のために働いてるのか分からなかった。魂をすり減らしてる感覚だった。

今は違う。自分が作ったドラマを見て「感動した」とか「考えさせられた」とか「面白かった」とか、そういう感想をもらえるとマジで嬉しい。作品が誰かの心に届いてる。そう思うと、もっと頑張ろうって思える。

年収はまだ低い。テレビ局時代の約半分である結婚はできないかもしれない。

でも、幸せだ。あの頃の俺はイライラしてた。自分の好きなものを作れなくて、世の中にウケるものだけを追い求めて、消耗していた。自分自分でないみたいで。

あのグルメリポート番組感謝してる。そしてあの時、勇気を出してテレビ局を辞めた自分感謝してる。

不安しょうがなかったけど、あの頃の不幸だった自分いるから、足掻いていた頃の自分いるから、今があるんだと思える。ありがとう、あの頃の私。諦めないでくれてありがとう

もし、仕事に疲れてる人がいたら、自分の心を無視しないでほしい。本当にやりたいことは何だろう、って自分に問いかけてみてほしい。人生を変えるきっかけになるかもしれないから。

Permalink |記事への反応(26) | 21:04

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2025-09-30

anond:20250929004837

スタッフコメント引用だったか、5chスレの誰かの考察だったか覚えてないけど、「風邪をひくために濡れたまま扇風機の前に座る状態を作るため水着選択した」というのがあった。

全裸風呂に入り風呂から上がって下着を着る状況だと、一度バスタオル身体を拭いており半裸ではあるが体は濡れていない。

水着だと、風呂から上がる時に体を拭いても水着は湿ったままなので扇風機の風に当たるとすごく寒いという状況ができる。

風呂シーンの原作からの改変は、ぼっち髪型カメラ位置設定、小道具追加など、脚本タイム計測)と関係ない部分で行われているものが多く、絵コンテ斎藤圭一郎がやったと推測できる。主に斎藤が手掛けた作業なのに吉田エピソード披露したということは、これがぼざろの「ノイズを消す作業」を象徴するエピソードとしてスタッフ間で共有されてたんじゃないだろうか。

Permalink |記事への反応(0) | 12:15

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2025-09-29

anond:20250929024534

自分偏見を持っているかもしれないという疑いは

お祭りの中でベビーカステラマジョリティか?」という文化的背景によって対立を生じうる問題から

お祭り感を出す小道具として何が適当か?」っていうフラット問題に変換するための思考フレームワークなわけ。

お祭り感を出す小道具として何が適当か?」っていうそ自体で自立する問題を考える手段じゃないの。

元増田提示した問題の定式化をまず間違えていますね。

Permalink |記事への反応(0) | 02:59

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2025-09-01

放さんか、ジジイ日本昔ばなし

「枯れ木に花を、咲かせましょう」

から江戸まで東海道を、行商姿の花咲爺いが、薬籠担いでひとり行く。

熟女を標的、「回春手ほどき」売り文句にして、秘伝奥義の瞋仙丹を、ここぞと高値でつかませる。

さてさてここは、花のお江戸、見かけた美人薄雲太夫

これは上客太い客、爺いの心は、春霞。

猫を小道具、猫撫で声で、伝手を遣ってついに対面。

さてこの爺い、商売文句を立板に水、太夫は花の20代

ところが太夫特殊詐欺には造詣が、つと立ちさよならお爺さん。

爺いは思わず、袖を掴んで、ここを先途と縋りつく。

薄雲太夫「放さんか、ジジイ!」

Permalink |記事への反応(0) | 17:14

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2025-08-28

anond:20250828115955

加藤雅俊

関西学院大学経済学部教授

分析考察研究力が落ちたのは何故なのか?本当に検証しているのだろうか。国立大学への運営費交付金の減少が大きな影を落としている可能性が高い。この資金は、大学教育研究活動安定的で持続的に行うための基盤的な経費であるが、これが減少することで多くの活動で支障が出ている。その影響は大きく、研究者の負担研究以外の業務)は増える一方で、十分な研究時間が確保できない。「国による政策優先順位づけや研究力強化の取り組みを大学研究機関に十分に浸透させられなかった」という塩崎氏のコメントには、もはや唖然とするしかない(国のいうことを大学が聞かないから?)。アカデミアにとっては、絶望的なニュースだ。

これに尽きる。PBなどの財務省増税小道具しかない無意味目標を追いかけ、自国通貨発行出来る国で増税しないと支出増やせないなどという妄想に囚われて財政政策を渋った結果でしかない。

Permalink |記事への反応(1) | 12:10

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2025-08-27

anond:20250825150220

食べ物小道具にするシーン、美味そう以外の感情喚起されるのだと魔女の宅急便ニシンパイインパクトかい

Permalink |記事への反応(3) | 16:33

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2025-08-25

anond:20250824232013

恋愛経験はなかったけどハチクロ最後サンドイッチのシーンは感動したよ。

フィクション食べ物小道具にしたシーンで一番好きかもしれない。

Permalink |記事への反応(3) | 15:02

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2025-08-21

anond:20250821094826

けっこう前からトーク主体になる兆候はあったよ。

昭和から平成初期までは、台本ガッチリ小道具大道具総動員して演出する番組が多かったけど、そういうのが減って、台本存在感が薄い芸人がなにかをやらされるコンテンツになった。

結局、いじめが1番視聴者にうけて、それ以上の工夫をしなくなった。コンプラ的にも許されなくなってきたし、なにより視聴者イジメに飽きてきた。

自浄作用かのように、M1が始まったりして、視聴者は「芸」の復権を歓迎したんだけど、売れたら漫才はやらないでコメンテーターポジションにつくっていう伝統だけそのまま。

そうこうしてるうちに、芸人いじめコンテンツも衰退して、雑談しか残らなくなった。

登竜門を抜けた者たちだけが参加できる雑談

ジュニア時代から応援きてるジャニーズアイドルを推すように、M1から知ってる芸人には親近感がわくっていう感じの育成商法なんだろ?

から知ってて親近感が湧いてるから楽しいのであって、初見の人にとっちゃ、「最近あった○○な出来事」とか記憶で喋られてもつまんないよ。

でも、こういうのは宿命なんだろうな。

人は次々新しいアイドル芸人を追っていられない。

若い頃好きになった推しをずっと追う生き物だ。

笑点だってもともとは新人を発掘する番組だったんだろ?

つのまにか、よく見知った顔の爺さんたちを見ることが心地よくなって、話してる中身なんて放送直後すら覚えてないくらいに興味がなくなる。

オープニングの渾身の演芸よりも、ジジイたちのダジャレしかない大喜利が1番視聴者に喜ばれる。

新しくテレビをみる人口が増えないから、既にテレビを観る人のためのコンテンツ、つまり知った顔が雑談してるコンテンツばかりになる。

終わりだね。

Permalink |記事への反応(0) | 10:43

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2025-07-29

AV女優ドレスを貸し出した業者が悪い

ウェディングドレスは単なる服ではなく結婚式という儀式演出する重要小道具であって、しかもそこには清廉だとか潔白だとかい意味が込められている。その儀式的な意味真逆イメージを持つ人物ドレスを着せて、しかもそれを嬉々として宣伝するのは明らかに自分たちが何を売っているか』を見失っているし、業者自分たちサービス価値を下げるような発信を行っているのであれば顧客がキレるのは当然だろう。

Permalink |記事への反応(3) | 12:43

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2025-07-10

dorawii

CM微妙に何をイメージしているのかわからない服装の女登場。

すると野郎コールが聞こえる。そうかこれはアイドル役だったのか。

文脈を補う野郎の声。デザインに自信がなくてもこうやって小道具的なものごり押しで伝えられるものなのね。

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2025-06-13

anond:20250613141136

積み木遊びのようなもの想像するといい。

物体としては四角だの三角だのに過ぎないけれど、城ということにする、馬ということにするという想像力を広げることで遊びになるわけ。

これがロールプレイというものだ。

その発展形として、ドット表示のアイコンで城が表示されるファミコン世代ゲームがあり、本物同然ではないにしても舞台小道具くらいの説得力はある。

ただ、舞台小道具物語ありき。

ナレーションもなく演者もいないところに小道具説得力を持たせることは難しい。

画面に城のアイコンだけあってもそれが城であるという説得力がない。

道具がチャチいか物語説得力を付け加えてたんだよ。


それが今や本物を撮影しているかのような高度な3Dグラフィックを表示できるようになった。

何の説明もなく城の前に放り出されてもそこに城としての存在感を感じられる。

説得力を持たせるための物語はもう不要になったんだ。

ただ、小道具説得力を持たせるためには物語不要でも物語がなくて良いわけではない。

より高度な物語を紡ぐことが出来るようになったのだが、そのためのノウハウが追い付いていないように思える。

Permalink |記事への反応(0) | 14:47

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