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2026-02-14

婚活市場「心」や「手料理」を求める男性たちへ――私がふと感じた

最近婚活市場に漂う奇妙な空気に、一つの矛盾を感じている。

きっかけは、とある婚活男性が「帰宅して温かい手料理が食べたい。なぜなら、家事代行では『心』がこもっていないからだ」と話しているのを聞いた時のことだ。

私にはこれが、どうしても「低コストで、自分を全肯定してくれる母親的な役割ケア供給源)が欲しい」という願望の言い換えにしか聞こえなかった。

本来「心」や「愛情」は、対等な関係性の中で時間をかけて信頼を築いた結果、自然と生まれギフトのようなものだ。それを最初から結婚の条件」として要求するのは、相手人間ではなく、「心という機能が付いた全自動ケアマシン」としてモノのように見ている証拠ではないだろうか。

ここに、現代社会の深刻な矛盾がある。

男性はよく「自分ATM扱いだ」と嘆く。しかし、敬意やケア金銭生活費で「サブスク」できると思い込んでいるその精神構造こそが、極めて一方的で、搾取的な論理に基づいているのではないか

今の時代、高度なデバイスや専門サービスを使えば、身体的な欲求家事の充足は自己完結できる。それなのに、なぜわざわざ生身の女性に、しか「心」という重い感情労働までセットにして無償要求するのか。

それは、彼らが求めているのが「パートナーシップ(対等な相互ケア)」ではなく、「自分の未熟さやストレスを無条件に受け入れ、癒やしてほしい」という甘えの露出からだ。

残念ながら、女性側はすでにその欺瞞に気づいている。

「変わらない男性不良債権)」に投資し続けるより、あきらめて「自己幸せ追求」に舵を切る方が、圧倒的にコストパフォーマンスが良いからだ。

結果として、古い価値観固執する男性たちは婚活市場の「養分」となり、自らの幼稚さを自覚できないまま、縁遠くなっていく。サザエさんのような家族制度はもはや幻想になり、個が独立して生きる時代が来ているのだ。

私が感覚的に捉えただけだが、今の婚活市場は、「歴史的不均衡の精算」という構造的な淘汰の現場として映っている。

かつて長らく男性優位で世界を動かし、女性を陰に置いていた歴史。その十分な清算もなく、準備もなく「総活躍」と女性を表舞台に放り出し、権利と義務だけを折半しようとした歪み。この流れを主導したのは、女性の声を反映しきれなかった男性中心の政治だ。

愛想を尽かした女性たちがボイコット選択するのは、極めて正常な反応といえる。

これからは「個の時代」だ。

男性も「家族を養う」という古い重圧から解放されるのだから、そろそろ「お母さん役」を探す不毛努力はやめて、自分一人で自分の機嫌を取り、孤独を乗りこなす「術(すべ)」を身につけた方が、男女共に楽な世界にならないだろうか。

Permalink |記事への反応(2) | 13:18

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2025-11-08

リベラルを甘くみている

そもそもみんなリベラル活動家を甘く見ている

奴らは心底今の社会構造を嫌っている

基本的に今の社会を壊したいか活動しているのであって今の社会のまま良くしたいという事はない

今の社会を壊すために外国人をどんどん増やすし、家族制度はなくしてく、美の感覚も変えてデブブサイクをもてはやす

表面上は一般ウケのためにマイルドにやろうとしているが、本音では社会破壊したがってる

Permalink |記事への反応(1) | 09:16

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2025-10-20

1日の使い方について、最近野生動物参考に、メラトニンコルチゾールタンパク質と脂質の観点から解釈して最適解を出そうとして見た

まず結論として、体重60Kg31歳の男性である俺にとって、1日の流れは以下の通りが良い、という結論に至った。


起床→達成感のある仕事3時間→飯大量→だらだら仕事6時間ちょっと達成感のある仕事3時間→飯→ダラダラ仕事5時間→就寝


野生動物は狼を参考にした。チーターサル、原始人を調べたんだけど、現代生活リズムに一番近いのは狼という結論に至った。

狼は基本的に眠りが浅くて、長時間狩りや運動をするんだよね。社会性も家族制、一夫一妻、上下関係でなく役割性。

比較関係フラットハードワークを長時間し続ける現代人に近い。基本的寝不足というか、夜寝れない現代人に似てる。

というか、狼の生活リズムがおそらく原始的な、かつ社会性を持つ生物としての基本的な動きで、現代人は先祖帰りしてる疑惑がある。ここにヒントがあるんじゃないかと思った。

でも狼は寿命は短い、でも犬は長寿で、その理由安全環境でまとまって睡眠を取り栄養を安定して得られるのが仮説としてあるから

睡眠は夜中心に熟睡できるように、栄養は安定型にしてある。結果的現代社会人の働き方にマッチした1日なんじゃないかと思う。

この1日のモデルケースは、現代人のコルチゾールメラトニン関係とも合致しているし、今の定説にもあってるからなかなかいいんじゃないかと思う。


まず太陽に当たり、ここからコルチゾールの分泌が始まる。太陽光がトリガー。ここから狼は柔軟をして、身の回りを整えて水場へと向かう。

人間も伸びをするだろ?ここで俺たちも同じように柔軟をしてから、部屋掃除して水場に向かうわけだ。水場は浴室でも、ジムでもいい。


で、コルチゾールブーストするために狼は冷たい水を飲む。というか喉が渇いてるから自然な行動なんだけど。そこで軽く狩りしたり、狩りの方向性を仲間と相談する。

俺もここで水を飲んで、コールドシャワーをする。そしてジャーナルを書いて、自分の体調や午前の狩りに対応する、「何か達成感のある、ドーパミンの出る仕事」をここで設定する。

狼は狩りの前に、静かに待ち伏せする。俺たちもここで瞑想する。そして仕事を始める。


仕事ってのはジム筋トレでもいいし、頭脳を使う仕事をここに入れる。めっちゃ集中できる。なぜかと言えば、狩猟時代の名残でコルチゾールピークの時間から

飯も食わない。空腹の時に人は集中できる。ここで1日の6割の仕事を3時間以内に終わらせる。


で、仕事終わったらドーパミンバドバ出てる中で1日の7割分の食事をする。

ここで大切なのが、タンパク質中心の食事をとること。満腹になるまで食う。でもこの「タンパク質中心の食事」になれるにはケトンダイエットして、タンパク質と脂質でエネルギーを補えるようにならなきゃいけない。

糖質は瞬発力が出せるけど、その後マジで何もできなくなる。


飯を食い終わったら、単純作業語学勉強とか、頭や体を使わなくても良いものをやってダラダラと会話しながら仕事する。消化にエネルギー必要からここで頑張っても成果は出ない。

そうやってやってると16時くらいには腹が減ってくる。そしたら飯を食わずに、腹減ったまま仕事をする。糖質中心の食事だと力が出ないけど、タンパク質中心になったらここでも力が出る。

実際コルチゾールの値は午前中の仕事が終わった後平坦になってるんだけど、消化にエネルギーつかってるから集中力が上がらないんだよね。この時間帯に狼もまた狩りを始める。でも軽い狩り。

「それなりに集中できる」時間帯だから、ここにちょっとしたハードワークを入れる。現代人だとここでハードワークして、19時くらいかジム筋トレだろうか。


重要なのが、日の入り時間からブルーライトカットすること。体内時計が崩れて、夜眠れなくなる。

カフェインもだめ。そしてタンパク質中心の食事を軽くとって、あとはゆっくり酒飲んだり人と会話したり、だらだら残った単純作業勉強する。狼もここでダラダラしてる。

狼は集まって体をぬくぬくしたりするけど、彼女が居ないのでお風呂代用。寝る前に体を温めて、寝る。


いま実践してみてるけど、めちゃめちゃいい。糖質取らないから過度に眠くならんし。ケトジェニック向けの1日やな。

Permalink |記事への反応(0) | 20:12

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2025-08-01

ウェディングドレス炎上と、スティグマの話

私がこの炎上について考えたことを整理してみた。

AI使ってるから嫌いな人はごめんね。

xに不満を書いた人は女性Bとした。

1.ネットでの反応


(正確じゃないかも)

ネット炎上はざっくり二つの陣営に分かれた。

女性Bを攻撃する人

まり差別反対・時代遅れ批判ネット私刑が混ざった感じだ。

現代SNSでは、差別反対の「進歩的正義」が強いので、こういう炎上攻撃側が優勢になりやすい。

女性Bを擁護する人

こっちは共感型の擁護だが、ネットの声量としては小さかったかもしれない。

結果として女性Bは「差別主義者」「クレーマー」として叩かれた。

2.炎上構造

今回の炎上は、いくつかの要素が複雑に絡んでいる。

1.職業差別問題

「元AV女優から嫌だ」は差別だという声

2.ビジネス契約問題

ドレス予約だけでは独占できない」

ブランド対応の話であって個人が叩かれる話ではない」

3.ブランドイメージの問題

ウェディングドレスは清楚さ・純潔象徴でもあり、

モデル選びはブランド戦略として重要

本来ブランドリスク管理問題

4.個人感情問題

結婚式人生特別な瞬間。

自分が着たいと思えなくなった」という気持ち本来尊重されてもいい。

5.宗教的象徴的な問題

ウェディングドレス純潔神聖さの象徴でもある。

そこに社会スティグマを持つ職業の人が触れると嫌悪が生じる層もいる。

この5つが絡んで、女性Bだけが悪者化される形で炎上した。

公共空間では「差別反対」が優位になりやすく、個人感情は潰されやすい。

3.スティグマの話

今回の炎上を考えるうえで、**スティグマ社会烙印)**の存在が大きいと思った。

AV女優という職業には長くスティグマがあった。

でも近年、SNS個人発信の時代になって、少しずつスティグマは薄れている。

件の人は、元AV女優であることを隠さずに活動している。

これは反スティグマとしては良いことだ。

差別を減らし、職業に対する偏見を和らげる。

しかし同時に、華やかな成功けが見えることで、若年層や未成年にとって安易な参入の誘因になる面もある。

簡単に稼げる」「有名になれる」と思ってしまうかもしれない。

その結果、安易売春や性産業入りのリスク高まる

まりスティグマには必要悪の側面がある。



スティグマを完全になくすと、自由は広がるが、

代わりにルッキズム競争、性の商業化が前面に出る。

差別は消えず、形を変えて外見格差や淘汰に変わる可能性が高い。

4.スティグマ不要にするためのルール作り

もしスティグマを減らす方向に進むなら、

スティグマに頼らない抑止力必要だと思う。



こういうルール制度がないままスティグマだけ消えると、

結局は弱者搾取される社会になりかねない。

5. まとめ

今回の炎上は、ただのネットいじめではない。



これらが一気に可視化された事件だった。


女性Bの嫌悪感は、時代遅れ批判される一方で、

社会の深層にあるスティグマ倫理感ともつながっている。

そして、今回の元AVの人のような存在は、反スティグマ象徴であり、

同時に、スティグマに頼らない社会への課題を突きつけている。

(自由が勝つ社会では、感情表明の自由が抑圧されるのも一つのポイント)

個人炎上するたびに、私たち社会価値観の摩擦点を見ている。

スティグマをなくすのか、残すのか。

どちらに進むにしても、ルール制度が追いつかなければ、

次の炎上も、また誰か個人に降りかかるだろう。


まとめるとコンテキストが色々失われてしまったけど、だいたいこんな感じ。

Permalink |記事への反応(1) | 11:49

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2025-07-22

共産党から参政党に行った人もいる

立憲・共産れいわ・社民などの左派政党は、参政党と最も遠いと思われているかもしれないけど、オーガニック系の女性が元々多かった。

そのオーガニック女性層の中に、トランスジェンダーを嫌う層がおり、立憲と共産が無手術の自認のみで女性スペースの利用を認める方針を出しているのがかなり嫌がられている。

同性婚パートナーシップ条例の流れまでかなり好意的だったオーガニック女性層が、無手術トランス男性器付きの女性自認)についてはかなり激しい嫌悪憎悪の反応をしている。

今回の選挙落選した立憲の議員については、日本人10女性に対する強姦致傷で捕まった外国人男性仮放免させ、仮放免中に再犯したが「差別反対」しか表明しなかったため、落選運動も起きていた。

お気持ちオーガニック系の左派女性にとって、女性不安よりも性犯罪前科がある難民男性や無手術トランスのほうが優先されるというのはかなり耐え難い事態のようで、左派政党からまさか参政党行きが起きていた。

感情右派男性が、ネオリベっぽい国民民主選択夫婦別姓に賛成しているから「家族制度が壊れる」と嫌悪して、参政党や日本保守党に入れたりしているのに近い現象

参政党がネトウヨジジイ党として特化されてる印象は無いですね。ネトウヨジジイ党は「30歳以上の女性の子宮を切除」の日本保守党のほう。こっちはマジで女にウケようとしてない。

ネットワークビジネス女性が7割で、参政党の党首ネットワークビジネスノウハウを持ってる。統一教会幸福の科学アムウェイ、ドテラからの動員力がある。

参政党は男性器をつけて女性トイレや脱衣所に入ってくるトランスへの恐怖感や、難民による性犯罪が「外国人差別反対」で黙らされる現象に対する恐怖などの強いお気持ち反応を取り込んでおり、

同時に党首雰囲気農薬アンチしてオーガニック系の発言などもしているので、女性に刺さるのは何もおかしくないと思いましたね。

立憲・共産れいわ・社民を支持している女性が、参政党がネトウヨジジイ党!とブチギレているのをまあまあ見かけるけど、

参政党にはオーガニック系、反ワク、性犯罪への予期不安系(反トランス反移民男性)の女性が多いことを直視したほうが良いかなって思います

「立憲・共産れいわ・社民支持のフェミ、都合悪くなったら男叩きで感情解決」は日本保守党には通用するけど、参政党には通用しないですね。

つーか立憲・共産れいわ・社民支持の女性たち、反差別と言いながら参政党躍進に対して差別発言ばっかりしてない?

Permalink |記事への反応(1) | 04:26

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2025-07-21

維新支持だった私が参政党に投票したワケ

選挙も終わったので少し書いておきたい。

プロフィール

年齢:30代後半

家族構成:既婚、子1

学歴地方国立大学部

職業ITエンジニア

勤務先:IT系のJTC

年収本業 800万 +副業 400万 + 株の配当 100万

投票性向

大学生の頃に初めて投票した先は反派遣労働を掲げていた共産党だったものの、様々な政治思想について勉強するうちに「小さな政府思想になり、次からみんなの党投票

みんなの党が無き後は、維新投票し続け、前回の衆院選まで維新投票してきた。

一方でグロバリストというわけでもなく、家族制度や軍事に関しては保守傾向を持っているため、その点で、維新とは比較的相性が良かった。

維新が居ない地方選挙では、選挙公報を見て減税・給付などの耳障りの良い言葉だけでなく、「何を削るか」を語っている政治家投票してきた。

まぁそういう政治家当選できないことが多いのだけれど・・・

※ なお、MMTを信じている積極財政派の人もいると思いますが、私はMMTのような実績の少ない社会実験的な理論採用することに反対の立場です。

不満

維新積極財政無駄遣いを行う政党になりつつある

正直、今の維新にはかなりの不満がある。

多くの有権者にとって象徴的だったのは「大阪万博」だと思う。

政府主導支出を減らし、国民負担率を下げることが目的維新だったはずなのに、自分たち利権のために莫大な費用を投じてしまっている。

最近万博黒字化を達成できそうだとニュースで流れていたが、あれは運営費であって建設費は全く含んでいない。建設費を含めれば大赤字である

大阪にとっては良いのかもしれないが、大阪に住んでいない支持者としては何ら支持する理由が無い。利権無駄遣いまみれである

また、今回の参院選では他党と同様に「財源は税収全体の上振れ分などで対応」などという積極財政派のような発言が相次いだ。

これらで完全に失望してしまった。今の維新からは「何を削るか」の考えが全く見えてこない。

② 他に小さな政府思想政党が無い

からと言って、他に選択肢が無い状況でもある。

立憲:緊縮寄りではあるものの、現状維持派、改革へのやる気が無い。

国民民主積極財政派、財源・夫婦別姓・山尾しおり事件など、とにかく世論の反応でコロコロ意見が変わり信用度が低いと感じる。Abema出演時の「財源は重要ですか?」との発言

参政党:積極財政派、保守思想はおおむね賛同できるが右寄りすぎる。党首人間関係トラブルが多く独裁すぎて危うさを感じる。

れいわ:積極財政派すぎる

このように小さな政府思想(緊縮派と呼んでも良い)の政党が無い。

私の求めている政党は「現実的な減税政党」であり「国債で減税する政党」ではないので、完全に候補が無い状態になってしまっていた。

転機はトランプ

そんな中、参政党支持のきっかけとなった最大の理由が「トランプ大統領」である。実際、裏テーマだったのではないかとすら思っている。

現在トランプ政権は、これまでどれだけ日本アメリカに尽くしてきたかを忘れたように圧力をかけており、関税押し付けてきている。

前回のトランプ政権安倍政権の頃は、戦闘機を2.4兆円分も買わされており、今回も同じような支出をすることになりかねない。

F35戦闘機、米が日本への売却決定 105機2.4兆円で

https://www.nikkei.com/article/DGXMZO61368710Q0A710C2EAF000/

ここでは省略するが、アメリカに譲歩・支援している費用日本のあらゆるところに存在している。何十年も生きているとニュースだけでなく仕事でもそういった場面に出会うことがある。

私は、行政改革支出減を目指す政党政治家を支持しているが、どれだけ予算の枠を作っても、アメリカが次々に持っていってしまっては、日本には国債ばかりが残ってしまうことになる。

そういった未来を、ここ数カ月のアメリカ対応を見ていて改めて感じてしまった。

からこそ、「参政党」に投票することにした。

まりアメリカへのけん制意味参政党に投票した。

トランプ圧力をかけている、このような時期に「軍事的な自主独立」を目指す参政党の支持が大きくなればどうか。

トランプ日本圧力をかければかけるほど、アメリカにとって都合の悪い日本独立勢力の拡大を招くという流れを作り上げることができる。

アメリカにとって日米安保条約日米同盟は非常に重要関係で、日本と協力しなければアメリカ中国戦争で負けるとすら言われている。

現在軍事状況では、アメリカ日本圧力をかけづらくなるし、アメリカとの交渉も有利に振舞うことができるようになる。

参政党は、このようにトランプ政権による圧力に強く反発する人たちに刺さった可能性はあると思う。少なくとも私はトランプきっかけだった。

参政党はトランプ政権が続く限り党勢を強めるのではないか

正直、私が最重視している財政政策には全く賛同できないため、トランプが居なくなり、維新が立て直してくれれば参政党を支持する理由は無い。

しかトランプが居る限りは参政党に頑張ってもらいたい。

そして、維新はもう一度、自分たちがどういう政党なのか見直してほしいと強く思う。

以上

Permalink |記事への反応(1) | 18:58

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2025-07-19

anond:20250719092459

今の家族制度は実質レイプみたいなもんでしょ

Permalink |記事への反応(0) | 09:26

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2025-07-03

選択夫婦別姓制度をめぐるメモ

選択夫婦別姓制度をめぐる議論が盛んである

ChatGPTと哲学的議論したところ、思いがけず興味深い展開になったのでメモっておく。

選択夫婦別姓議論は、単なる法律修正にとどまらず、私たち「家族」や「個人」、「自由」についてどのように理解し、どのように他者と共に生きていくのかという、深い倫理的問いを私たちに突きつけている。これは、制度の整備によって個人自由拡張することを目指しつつも、そのことによって新たな葛藤排除が生まれうるという、自由のものの逆説的性格に由来する問題である日本においては、明治期以降、戸籍制度の下で夫婦は同姓とされてきた。それは「家」を単位とする社会制度の表れであり、制度に従うことは“当たり前”とされていた。戦後民法は大きく改正されたが、戸籍構造根本的には変わらず、「1戸籍=1氏」の原則が続いている。この形式一見中立に見えても、現代社会においては多様な家族形態女性社会進出国際結婚の増加などに対応しきれておらず、「選択夫婦別姓」への要望が強まっている。

一方で、反対の声も根強い。その中には、「戸籍制度一貫性が失われる」「家族の一体感が損なわれる」「子どもの姓をめぐる混乱が起こる」などの制度的・情緒的な懸念がある。とくに、「一つの戸籍なかに複数の姓が存在すること」への違和感は、「家族とは何か」という問いと直結している。反対派の主張として説得的だと思えるのは、制度改正にかかる行政コストが得られる利益に比して高すぎるとの主張である

選択夫婦別姓制度における「自由」と「コスト

ただ、こうした議論のなかで、見過ごされがちなもう一つの問題がある。それは、「選択的」であることが、すべての人にとって自由であるとは限らないという逆説である改革に伴い、精神史的あるいは文化的意味で目に見えない傷を残すことになりかねないことに気が付いた。これはもうひとつコスト問題といえるだろう。

選択肢が増えることは、確かに一部の人にとっては歓迎される。しかし、これまで「自明なこと」として受け入れてきた選択しか知らない人にとっては、「選ばないこと」すら“選んだこと”として扱われるようになる。その結果、「なぜあなたは同姓を選んだのか」と問われること自体が、新たなプレッシャー説明責任となり、無言のうちに選ばれていた価値観を「語らされる」状況が生まれる。

W・ベックは「リスク社会」のなかで、近代社会における制度技術の発展が新たなリスクを生み出し、個人がそのリスク自己責任管理選択することを求められる状況を「第二の近代」と呼んだ。家族制度の再編や個人化の進行は、まさにその一端であり、個々人が従来の慣習に頼ることなく、「選択しなければならない自由」のなかに放り込まれている。

選択夫婦別姓制度も、こうしたリスク社会における制度の一つと見なせる。個人自由の拡大は、必ずしも解放ではなく、「選ばなかった理由を問われる不安」や「所属根拠を失う不安」といった新たな社会リスクを伴う。それゆえ制度設計においては、ベックの言うような“制度化された個人化”が生む影の部分——すなわち、自由責任の過剰な個人化による孤立不安——をも視野に入れる必要がある。

自明性の喪失」がもたらすアイデンティティ不安

この現象は、韓国2008年に導入された「個人単位戸籍制度家族関係登録簿制度)」の議論にも通じる。韓国では長らく「戸主制度」が存在し、家父長制的家族観が法制度にも深く根を下ろしていた。2000年代に入り、女性団体や若年層から批判を背景に、家制度的枠組みを廃止し、個人単位とする新たな制度へと移行した。しかし、それによってすぐにジェンダー平等が達成されたわけではない。

しろ制度改革後に見られたのは、「選べる自由」が広がった一方で、「選ぶことを求められることの重さ」が可視化されたこである。これまでの夫婦同姓制度では、「姓は変えるもの(主に女性が)」という文化が、慣習として“疑いなく受け入れられていた。

ところが選択肢が生まれると、たとえ同姓にしたとしても、「それは自分意思か?」「配偶者強制されたのでは?」「女として主体性があるのか?」という「選択の真偽」を問う視線生まれる。これは日常選択に、政治性と倫理的自己確認を持ち込む構造でもある。

たとえば、韓国の若年層においては、恋愛結婚出産の三つを放棄する“Sampo世代(三抛世代)”という言葉流行し、さら結婚出産恋愛に加え、家族男性との関係異性愛自体拒否する「4B運動非婚・非出産・非恋愛・非性愛)」が広がった。これらは、制度改革の先にある、よりラディカルな文化的実践であり、「選択肢があること」そのものに抗する自己防衛的な態度とも言える。4B運動担い手たちは、単に従来のジェンダー規範拒否するのではなく、「社会的な所属関係」そのもの解体する動きを見せている。たとえば、4B参加者たちは、「家族説明しなくていいから、恋人もいらない」「自分の性を自分管理する」といった語りをSNSで共有し、連帯承認を得ている。ここには、制度の外にとどまることによってむしろ自己尊厳を保つという新たな主体性表現がある。ベックのいう「選択強制」への拒絶反応韓国社会でこうした形で現れているのは興味深い。

沈黙する自由」のジレンマ

こうした言語化をめぐる現象は、日本ではすでに1970年代から表現としての萌芽が見られた。たとえば中川五郎の《主婦ブルース》(1969年)は、まさに「沈黙自由」と「自明性のなかに生きることの苦しさ」を逆説的に描いたフォークソングである選択自由すら与えられず、「女とはこういうもの」として役割に組み込まれ存在叫びが、ブルースという形式で“語られる”ことによって、沈黙が破られるという構造になっている。中川五郎の歌は、現代フェミニズム運動文化的系譜のなかで、語られなかったものを語ることで、社会の“自明性”を暴き出した初期の詩的実践と見ることができる。

一方で、この作品は、主婦という存在社会的変革の外側に置かれ、家の中で沈黙していること自体が、政治意味を持つという問題を描き出している。作品中の主婦は、学生運動に参加する息子から沈黙共犯だ」と責められるが、自らの言葉で「家庭が一番」「まじめに生きるのには疲れたわ」と語り返す歌詞がある。息子の視点は、60年代70年代左派運動ベトナム反戦学生運動階級闘争)の倫理に基づいている。「沈黙共犯」とはサルトル実存主義倫理象徴する言葉だ。

「まじめに生きるのには疲れたわ」という母の言葉に現れるのは、正しさからの逃走である政治主体でもない、声高に抗議しない、けれども一日を必死に生きる――そういう「声なき多数者のリアリティである。この「疲労言葉」は、政治正義言葉ではすくい取れない主体感情的深度を表しており、母として、女性として、主婦として生きる複雑な立場が凝縮されている。ここで描かれる沈黙は、単なる服従無知ではない。むしろ言葉を発することに慎重であるがゆえに沈黙を選び、その沈黙をもって自己尊厳日常を守ろうとする姿勢である。この沈黙には、語らないことによってしか保てない尊厳と、自己存在の最終的な防衛線が込められている。

しかし、「語らないことを自分意思で選ぶこと」を歌を通じて語るところに沈黙自由ジレンマがある。

このような表現は、フェミニズム文脈においてしばしば見落とされがちな、語らない主体論理可視化する重要な契機となる。また、このような「語らないこと」の倫理は、寺山修司詩作にも見られる。たとえば阿部定事件主題にした作品群では、語られすぎた欲望暴力物語の外側に、語られないままの沈黙が配置される。寺山にとって、語ることによって自己が立ち上がるのではなく、語らないことによってこそ輪郭を与えられる主体存在するという逆説が重要であった。とりわけ彼の詩や戯曲に描かれる女性像(娼婦、母、乙女)は、しばしば制度の外に佇み、語られずにいることによって、むしろ社会暴力性を照らし出す存在として描かれる。

沈黙のうちに自己選択を成立させる女性の姿は、語ること・主張することを通じて自我を立ち上げてきたフェミニズムの流れとは一線を画しながらも、それを内側から補完しうるもう一つの可能性として位置づけられる。《主婦ブルース》と寺山修司詩作は、「語らなければ存在しない」という制度圧力に対し、「語らないままに存在し続ける」ことが、制度に対する対抗的な主体性のあり方となりうることを提示していた。

この観点から見ると、制度設計においては、「語る自由」と同様に「語らない自由」「沈黙する権利」をいか尊重するかが問われることになる。

他者との関係において自我がどのように成立しうるか

このような非対称性問題は、他者との関係において自我がどのように成立しうるかという哲学的問いへと接続される。具体的には、制度によって「語らないこと」が許容されるべきかどうか、また沈黙する者をいか制度の中で位置づけるかという課題が生じる。

ここで参照されるべきは、社会学者チャールズティリーが論じた「カテゴリー的不平等(categorical inequality)」の概念であるティリーによれば、社会制度はしばしば人々を特定カテゴリーに分類し、その分類を通じて資源権利へのアクセス構造的な差異をもたらす。選択夫婦別姓制度をめぐる議論においても、「姓を選ぶ/選ばない」という区分制度的に固定化されると、それ自体が新たな社会境界を生む可能性がある。たとえば、同姓を選んだ者が「伝統を守る保守的立場」とされ、別姓を選んだ者が「変革的/進歩的」な立場と見なされるなど、個人選択無意識のうちに政治的・文化的ラベリングを受ける事態が生じる。これは、選択自由があるからこそ、逆に選択内容が新たなアイデンティティ指標となり、当人意思とは無関係社会評価区分根拠とされるという新たな境界である。そのため、制度設計には、カテゴリー化の力学が生む潜在的排除不利益への慎重な配慮が求められる。

こうした哲学的社会構造的な視点を踏まえたとき制度は単に選択肢を増やすだけでなく、語らない自由沈黙をも制度内に位置づける必要がある。ここから先は、倫理制度交差点において、いかにして沈黙や非選択尊重うるかという、より深い次元議論となる。

まず、レヴィナスは『全体性無限』において、自己他者の顔に直面することによって、つまり一方的な応答責任に巻き込まれることによってこそ立ち上がると主張した。そこには、相互的なやり取りが前提ではない、倫理の根源的な非対称性がある。つまり、語られない他者沈黙に対しても、応答を要請される私たち姿勢倫理の出発点であるとされるのである。こうした観点は、他者沈黙承認する制度設計必要性と深く響き合う。

次に、ルイ・アルチュセールの「呼びかけ(interpellation)」論もここで参照されうる。アルチュセールによれば、個人国家装置制度的言説によって無意識のうちに「呼びかけ」られ、主体として構築される。つまり、たとえ沈黙していたとしても、制度文脈の中ではすでに何らかの立場を“呼び出されている”のだとされる。この点においても、制度に対する無言の従属を単なる自由意思として解釈することには注意が必要である

その一方で、他者承認を通じて自己意識が形成されるという構造を体系的に提示したのが、ヘーゲルの「相互承認」の思想であるヘーゲルは『精神現象学』において、自己意識が確立するためには他者から承認必要とするが、その承認一方的では成立せず、双方が自己表現しあう関係の中でのみ可能であると論じた。この相互承認は、対等な他者関係における自己確立を前提とする点で、自由平等理念哲学的に基礎づける重要モデルである

しかし、現代社会においては「自己を語らない」ことでしか自らの尊厳を保てない人びとも存在する。そのような状況では、ヘーゲル的な相互承認モデルでは十分に説明しきれない現実がある。むしろ、語らない他者沈黙をもそのまま承認し、語る/語られる関係から降りる自由までも包摂する必要がある。このときヘーゲルの構図はむしろ出発点として捉え直されるべきであり、「語らないことを承認する」ための制度想像力は、まさにそこから展開されねばならない。

これら四人の思想家が示唆するのは、制度主体関係性における多層的な緊張であるティリーが指摘した「カテゴリー化」の力学は、制度いかにして人々の行動範囲構造的に規定するかを示し、レヴィナスはその構造を超えて、倫理は常に非対称な他者関係から始まると主張する。アルチュセールは、制度的言説によって主体無意識に構築されてしまメカニズムを暴き、ヘーゲル承認関係対称性を通じて自由の実現を構想した。それぞれの理論は、一面的には矛盾しあうようにも見えるが、選択夫婦別姓制度をめぐる今日の状況においては、むしろ互いに補完的である。すなわち、制度個人いかに分類し、語らせようとするか(ティリーアルチュセール)を見抜きつつ、語られない者との関係倫理を見出す視点レヴィナス)と、語りの対称性に基づく自由モデルヘーゲル)を柔軟に組み合わせることで、私たちは初めて、「語ること」と「語らないこと」がともに尊重される制度設計可能性を構想することができる。

理屈はそうだ。しか果たして、語らない自由保障制度設計に組み込めるだろうか。社会における和解を考えたとき制度の再設計ではなく、制度外の深慮が求められるのではないか伝統・習慣との調和を目指したE・バークのような保守の考え方のほうが示唆的だ。また、文学的まなざし有効な力になるだろう。

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2025-05-10

anond:20250510161628

家族制堅守派「それじゃあ太郎くんと花子さんばっかりになってどこの太郎だか花子だか判らなくなるよ!😰」

Permalink |記事への反応(0) | 16:21

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2025-05-09

夫婦別姓が通らなくなったら戸籍廃止とか言い出す奴が出てきた

ホリエモンとか

https://news.yahoo.co.jp/articles/025f7aa25e76cc06d9eba8cebac561156b86bd1e

夫婦別姓選択肢が増えるだけだから問題ない」とかいう論にごまかされてた人間もここに来て目が覚めたかと思う

戸籍廃止なんて言い出したら選択肢が増えるだけどころじゃない、戸籍を維持したい人間強制的に破棄させられるから

からこういう風に家族制度を破壊したい人間が、口当たりのいいこと言ってただけなんだよ

Permalink |記事への反応(0) | 22:32

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2025-04-24

anond:20250424130704

統一教会は「日本婚姻家族制度の根幹を揺るがす」として、夫婦別姓に反対しており、なぜかぐーぜんにして自民党も導入に賛成していない

Permalink |記事への反応(0) | 13:11

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2024-12-11

anond:20241211105613

家族制度において家長責任を取るのは当然だろ

責任取れないなら二度と夫婦別姓に反対するなよ

Permalink |記事への反応(2) | 10:57

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2024-11-01

選択夫婦別姓を導入済みの国での課題は?対策は?

選択夫婦別姓を導入している国では、日本と同様に課題存在しており、解決策や対策もさまざまです。以下に、具体的な国の例を挙げて、それぞれの課題解決方法について説明します。

 

1.課題解決

 

1.1アイデンティティの混乱

• 例:フランスイタリアなどの一部欧州諸国では、選択夫婦別姓が導入されていますが、親と異なる姓を持つ子供が増えると、家族としての一体感アイデンティティの混乱が起こるケースがあります

対策: これらの国では、子供の姓に関して親が合意を求められ、姓選択に関するガイドライン策定することで、家庭内での意思決定スムーズになるよう配慮しています。また、ドイツでは、子供の姓を両親が一致させるよう求められる法律があり、家族単位での一体感を保ちやすくしています

 

1.2手続きの複雑さ

• 例:アメリカでは、姓を変更する際の手続きが州ごとに異なり、場合によっては煩雑書類作業手数料がかかります。また、パスポートなどの公式書類と異なる姓を使用する場合手続きの複雑さがさらに増します。

対策:行政側では、姓変更手続きオンライン簡素化する努力が進められています。また、EU各国のように、結婚後に選択した姓を統一的に使用できるよう、デジタル管理を行い、複雑な手続きを削減する措置も取られています

 

1.3社会的偏見

• 例:韓国中国など、家族制度伝統的に重視される社会では、夫婦別姓が導入されても、夫婦同姓を選ばない選択に対する偏見や、旧来の価値観から批判が残ることがあります

対策:中国では、徐々に夫婦別姓に対する理解を促進するための啓発活動が行われ、別姓夫婦の増加に伴い社会的な受容も広がりつつあります。また、法律夫婦の姓に関して厳格な規制を設けず、選択自由保障することで、個々の家庭が自由に姓を選べる環境を整えています

 

2.現在残っている課題

 

2.1子供の姓に関する決定

問題点:夫婦別姓制度が導入されると、子供の姓をどうするかについて意見が分かれる場合が多いです。国によっては、子供が両親の姓から選べるものの、結局どちらか一方に決定する必要があり、家族の中で異なる姓を持つことに抵抗感を持つケースもあります

解決への取り組み:スペインなどの国では、両親の姓を組み合わせて使うダブルネーム選択できるようにすることで、この問題対応していますしかし、複数姓を持つことが一般的でない社会では、さらなる柔軟な解決策が模索されています

 

2.2社会認識の変化

問題点:夫婦別姓合法であっても、文化的社会的認識が追い付いていない国では、夫婦別姓選択した場合非難されるケースがあります

解決への取り組み: 啓発活動教育を通じて、別姓を選択した夫婦に対する社会的偏見の解消が図られている国もあります。また、法律だけでなく社会全体の認識を徐々に変えていくことが求められています

 

3. まとめ

選択夫婦別姓を導入した国々では、制度的には柔軟性がある一方で、社会的偏見家族アイデンティティに関わる課題が残りますしかし、法整備や啓発活動行政支援を通じて、柔軟な対応を続けることで、選択夫婦別姓の普及と、各家庭が抱える課題解決に向けた取り組みが進んでいます

Permalink |記事への反応(0) | 10:34

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2024-10-30

anond:20241030180421

現代日本における「リベラル」という言葉には、政治的経済的社会的価値観を含む複数意味が含まれています。以下のような要素が一般的に「リベラル」と呼ばれます

 

1.社会的自由主義リベラル価値観

社会的自由主義としてのリベラルは、個人権利多様性尊重を重視する立場です。これは、ジェンダー平等、LGBTQ+の権利移民の受け入れ、表現の自由など、個々の権利自由尊重を掲げるものです。この立場では、特定宗教的文化的規範にとらわれず、個人が自らの価値観選択に基づいて生きることを重視します。

 

2.経済的リベラル

日本における経済的リベラルとは、伝統的に自由市場や競争を支持し、政府経済介入をできるだけ最小限にすることを目指す立場です。日本では「新自由主義」とも重なる部分がありますが、実際のリベラル立場では経済格差の是正労働者権利保護も含まれ政府による規制福祉政策の拡充を支持することもあります。この意味では、リベラル社会福祉の強化や、環境対策労働者支援など、特定政府介入を必要とする政策賛同することもあります

 

3.国際的協調多国間主義

リベラルな考え方には、国際社会での協力や多国間主義の推進が含まれます日本リベラル派は、戦後平和主義伝統に立ち、外交においても対話協調を重視します。これは、軍事的対立防衛力の強化よりも、他国との協力や関係の構築を重視する姿勢です。また、国連や各種国際協定を通じた問題解決志向する点が特徴です。

 

4.現代日本におけるリベラルの背景

日本リベラル派は、歴史的には戦後平和憲法国民福祉の向上といった目標を重視して発展しました。また、欧米リベラリズムや、戦後進歩的政策の影響も受けています日本では、伝統価値観リベラル価値観が時に対立し、特に家族制度、憲法改正ジェンダー政策などで議論が分かれることが多いです。

 

まとめると、現代日本におけるリベラルは、個人自由多様性尊重経済格差是正国際協調主義を含む価値観集合体であり、社会的経済的な公正と平等国際的な協力関係の構築を求める立場です。

Permalink |記事への反応(0) | 18:32

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2024-10-28

anond:20241028120437

現代日本二大政党制に近付くための政界再編が起きるとすれば、以下のような政策軸で政党離合集散が考えられます

 

1.経済政策(成長志向 vs.格差是正

• 成長志向型の政党:資本主義的成長を重視し、経済活性化規制緩和イノベーション支援を優先する政党です。企業競争力強化や減税、労働市場改革が主要政策になりうるでしょう。

格差是正志向型の政党:社会的公平性格差是正に力を入れる立場政党です。所得再分配労働者権利強化、最低賃金引き上げや社会福祉の充実などが中心課題となるでしょう。社会民主主義福祉国家に近い政策を取り入れる可能性があり、若年層や労働者からの支持を集める可能性があります

 

2.安全保障外交政策(対中強硬 vs.対話路線

• 対中・対北朝鮮強硬派:安全保障を強化し、中国北朝鮮の脅威に対抗するため、防衛費の拡充や自衛隊能力強化、日米同盟の深化を推進する政策を重視する政党です。国民安全を最優先とする姿勢が特徴で、防衛力の増強と独立した防衛政策の整備を強調する傾向が見られるでしょう。

対話協調派:対話による平和解決を重視し、近隣諸国との経済文化的協力や地域間の安定を優先する政策です。中国北朝鮮との関係改善模索しつつも、米国との関係を維持する立場を取る可能性があります国際機関を通じた多国間主義に重点を置くことも特徴です。

 

3.エネルギー環境政策(脱炭素推進 vs.現実的エネルギー維持)

• 脱炭素推進派: 脱炭素社会の実現を掲げ、再生可能エネルギーカーボンニュートラル政策に注力する政党です。環境問題に敏感な若年層の支持を集める可能性が高く、規制の強化や補助金を通じて、クリーンエネルギーへの転換を推進します。

現実的エネルギー維持派: 脱炭素には取り組むものの、現実的コストエネルギーの安定供給を重視する立場です。原子力発電所の再稼働や新規建設化石燃料の利用延長など、安定供給を確保しつつ段階的な脱炭素を目指す姿勢を取る可能性があります

 

4.社会政策保守的価値観 vs.リベラル社会改革

保守派:伝統的な家族制度や教育観を重視し、憲法改正防衛政策の強化、移民政策制限など、国家安全国民の安定を優先する方針です。結婚家族を中心とした政策教育改革に関しても日本価値観を守ることを重視します。

リベラル派:ジェンダー平等や多様な価値観尊重外国人労働者移民の受け入れの拡大、LGBTQ+などの少数派の権利を重視する政党です。多様な生き方価値観承認教育自由化保護改革などが目標として掲げられるでしょう。

 

5.デジタル社会行政改革デジタル化促進 vs.生活重視の慎重派)

デジタル化促進派:行政効率化やデジタル技術の推進を通じて、経済成長や社会サービスの向上を図ります。例えば、マイナンバー活用範囲拡大、IT技術活用した行政効率化、デジタル人材育成などが含まれるでしょう。

• 慎重派:デジタル化の波に乗る一方で、プライバシー保護セキュリティ対策弱者対策に焦点を当てる政党です。デジタル化による不利益リスクを最小限にするための政策、そして、高齢者デジタル弱者サポート強化を目指します。

 

これらの政策軸に沿って政党が分裂・再編成され、二大政党形成されることで、国民政策に基づく選択肢を持てるようになる可能性があります。また、実際の政治動向や経済情勢、国際関係の変化に応じて、新しい政策連合やコアな支持層の動向も変わるでしょう。

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2024-10-27

二大政党制になるとすると、対立軸は何になる?

現代日本二大政党制に近付くための政界再編が起きるとすれば、以下のような政策軸で政党離合集散が考えられます

 

1.経済政策(成長志向 vs.格差是正

• 成長志向型の政党:資本主義的成長を重視し、経済活性化規制緩和イノベーション支援を優先する政党です。企業競争力強化や減税、労働市場改革が主要政策になりうるでしょう。

格差是正志向型の政党:社会的公平性格差是正に力を入れる立場政党です。所得再分配労働者権利強化、最低賃金引き上げや社会福祉の充実などが中心課題となるでしょう。社会民主主義福祉国家に近い政策を取り入れる可能性があり、若年層や労働者からの支持を集める可能性があります

 

2.安全保障外交政策(対中強硬 vs.対話路線

• 対中・対北朝鮮強硬派:安全保障を強化し、中国北朝鮮の脅威に対抗するため、防衛費の拡充や自衛隊能力強化、日米同盟の深化を推進する政策を重視する政党です。国民安全を最優先とする姿勢が特徴で、防衛力の増強と独立した防衛政策の整備を強調する傾向が見られるでしょう。

対話協調派:対話による平和解決を重視し、近隣諸国との経済文化的協力や地域間の安定を優先する政策です。中国北朝鮮との関係改善模索しつつも、米国との関係を維持する立場を取る可能性があります国際機関を通じた多国間主義に重点を置くことも特徴です。

 

3.エネルギー環境政策(脱炭素推進 vs.現実的エネルギー維持)

• 脱炭素推進派: 脱炭素社会の実現を掲げ、再生可能エネルギーカーボンニュートラル政策に注力する政党です。環境問題に敏感な若年層の支持を集める可能性が高く、規制の強化や補助金を通じて、クリーンエネルギーへの転換を推進します。

現実的エネルギー維持派: 脱炭素には取り組むものの、現実的コストエネルギーの安定供給を重視する立場です。原子力発電所の再稼働や新規建設化石燃料の利用延長など、安定供給を確保しつつ段階的な脱炭素を目指す姿勢を取る可能性があります

 

4.社会政策保守的価値観 vs.リベラル社会改革

保守派:伝統的な家族制度や教育観を重視し、憲法改正防衛政策の強化、移民政策制限など、国家安全国民の安定を優先する方針です。結婚家族を中心とした政策教育改革に関しても日本価値観を守ることを重視します。

リベラル派:ジェンダー平等や多様な価値観尊重外国人労働者移民の受け入れの拡大、LGBTQ+などの少数派の権利を重視する政党です。多様な生き方価値観承認教育自由化保護改革などが目標として掲げられるでしょう。

 

5.デジタル社会行政改革デジタル化促進 vs.生活重視の慎重派)

デジタル化促進派:行政効率化やデジタル技術の推進を通じて、経済成長や社会サービスの向上を図ります。例えば、マイナンバー活用範囲拡大、IT技術活用した行政効率化、デジタル人材育成などが含まれるでしょう。

• 慎重派:デジタル化の波に乗る一方で、プライバシー保護セキュリティ対策弱者対策に焦点を当てる政党です。デジタル化による不利益リスクを最小限にするための政策、そして、高齢者デジタル弱者サポート強化を目指します。

 

これらの政策軸に沿って政党が分裂・再編成され、二大政党形成されることで、国民政策に基づく選択肢を持てるようになる可能性があります。また、実際の政治動向や経済情勢、国際関係の変化に応じて、新しい政策連合やコアな支持層の動向も変わるでしょう。

Permalink |記事への反応(0) | 13:25

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2024-10-23

anond:20241023122553


1.社会的統一性と秩序の維持夫婦同姓制度は、日本社会伝統的な家族構造を支える基盤です。夫婦が同じ姓を名乗ることで、家庭の一体感が強まり社会的統一性や秩序が保たれます。この一体感は、子供心理的安定にも寄与し、家族の一貫したアイデンティティを育みます選択夫婦別姓が導入されると、家族の一体感や結束が希薄になるリスクがありますが、現行の同姓制度はその安定を保障します。

2. 柔軟な対応による社会的問題の解消選択夫婦別姓が求められる背景には、仕事社会活動旧姓使用したいという声がありますが、これは制度を大きく変える必要はありません。すでに旧姓職場日常生活使用できる柔軟な運用が始まっており、これをさらに推進することで解決できます政府企業旧姓使用を広く認め、より簡便な手続き旧姓使用できるようにすれば、姓を変えたくないという人々のニーズに応えつつ、社会的統一性も維持できます。法的に旧姓使用範囲を拡大し、手続き簡素化を図ることが鍵となります

3.行政手続き社会の複雑化を回避夫婦同姓制度の維持により、行政手続き効率性と社会的な秩序を保つことができます選択夫婦別姓を導入すると、行政書類手続きが複雑化し、混乱が生じる可能性がありますしかし、旧姓使用範囲を拡大し、必要場合旧姓使用できるような柔軟な措置を導入することで、手続き簡素化と利便性が向上し、選択夫婦別姓の導入が不要になります。姓を変えないことで発生する不便さを社会全体でカバーすることで、同姓制度のままでも問題解決できるのです。

4.伝統価値観社会の安定性の維持夫婦同姓は、日本の文化家族制度に深く根ざした伝統的な価値観です。これを尊重することで、社会的な安定性と一貫性が保たれ、家族の絆も強固に維持されます。一方で、伝統適応した柔軟な対応社会側が進めることで、選択夫婦別姓が導入されなくても現代ニーズ対応できます個別のケースに応じた対応社会全体が進めることで、伝統を守りながらも現代的な課題対応できます

5.子供に与える影響の最小化夫婦が同じ姓を名乗ることで、子供は一貫した家族名を持つことができ、心理的安定を得られます選択夫婦別姓が導入され、親の姓が異なる場合子供がどちらの姓を選ぶかという問題が発生し、家庭内アイデンティティ葛藤が生じる恐れがありますしかし、社会が柔軟に旧姓使用を許容することで、親が旧姓を維持しながらも、子供は一貫した姓を持つことが可能となり、家族の一体感を損なうことなく育つことができます

6. 姓の変更は一時的な不便に過ぎない結婚による姓の変更は、夫婦の一体感象徴し、結婚生活の新たなスタートとして位置づけられます。姓の変更に伴う不便さは一時的ものであり、柔軟な旧姓使用の導入により、結婚後も旧姓での活動可能になります。姓の変更自体問題視するよりも、社会側が旧姓使用を認め、柔軟に対応することで、現在制度を変えることなく、問題解決できます

結論として、夫婦同姓制度を維持しつつ、社会行政が柔軟に旧姓使用個別ニーズ対応することで、選択夫婦別姓を導入せずとも現代要求に応えることができます伝統的な価値観家族の一体感を保ちながら、個々のニーズに柔軟に対応することが、最もバランスの取れた解決であるといえます

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2024-10-11

anond:20241011110333

現状の日本政治の流れは移民賛成、家族制崩壊少子高齢化推進、男性差別だけど杉田水脈って女じゃん

ネトウヨ爺さんは女保守(笑)活動家に夢中でリベラル爺さんは夜職女とフェミニストに夢中

スケベ活動家国家を壊す地獄ですわな

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2024-10-01

与次郎用事というのはこうである。――今夜の会自分たちの科の不振の事をしきりに慨嘆するから三四郎もいっしょに慨嘆しなくってはいけないんだそうだ。不振事実であるからほかの者も慨嘆するにきまっている。それから、おおぜいいっしょに挽回策を講ずることとなる。なにしろ適当日本人を一人大学に入れるのが急務だと言い出す。みんなが賛成する。当然だから賛成するのはむろんだ。次にだれがよかろうという相談に移る。その時広田先生の名を持ち出す。その時三四郎与次郎に口を添えて極力先生賞賛しろという話である。そうしないと、与次郎広田食客だということを知っている者が疑いを起こさないともかぎらない。自分は現に食客なんだから、どう思われてもかまわないが、万一煩い広田先生に及ぶようではすまんことになる。もっともほかに同志が三、四人はいから大丈夫だが、一人でも味方は多いほうが便利だから三四郎もなるべくしゃべるにしくはないとの意見である。さていよいよ衆議一決の暁は、総代を選んで学長の所へ行く、また総長の所へ行く。もっとも今夜中にそこまでは運ばないかもしれない。また運ぶ必要もない。そのへんは臨機応変である。……  与次郎はすこぶる能弁である。惜しいことにその能弁がつるつるしているので重みがない。あるところへゆくと冗談をまじめに講義しているかと疑われる。けれども本来性質のいい運動から三四郎もだいたいのうえにおいて賛成の意を表した。ただその方法が少しく細工に落ちておもしろくないと言った。その時与次郎は往来のまん中へ立ち留まった。二人はちょうど森川町神社鳥居の前にいる。 「細工に落ちるというが、ぼくのやる事は自然の手順が狂わないようにあらかじめ人力で装置するだけだ。自然にそむいた没分暁の事を企てるのとは質が違う。細工だってかまわん。細工が悪いのではない。悪い細工が悪いのだ」  三四郎はぐうの音も出なかった。なんだか文句があるようだけれども、口へ出てこない。与次郎の言いぐさのうちで、自分がまだ考えていなかった部分だけがはっきり頭へ映っている。三四郎はむしろそのほうに感服した。 「それもそうだ」とすこぶる曖昧な返事をして、また肩を並べて歩きだした。正門をはいると、急に目の前が広くなる。大きな建物が所々に黒く立っている。その屋根がはっきり尽きる所から明らかな空になる。星がおびただしく多い。 「美しい空だ」と三四郎が言った。与次郎も空を見ながら、一間ばかり歩いた。突然、 「おい、君」と三四郎を呼んだ。三四郎はまたさっきの話の続きかと思って「なんだ」と答えた。 「君、こういう空を見てどんな感じを起こす」  与次郎に似合わぬことを言った。無限とか永久かいう持ち合わせの答はいくらでもあるが、そんなことを言うと与次郎に笑われると思って三四郎は黙っていた。 「つまらんなあ我々は。あしたから、こんな運動をするのはもうやめにしようかしら。偉大なる暗闇を書いてもなんの役にも立ちそうにもない」 「なぜ急にそんな事を言いだしたのか」 「この空を見ると、そういう考えになる。――君、女にほれたことがあるか」  三四郎は即答ができなかった。 「女は恐ろしいものだよ」と与次郎が言った。 「恐ろしいものだ、ぼくも知っている」と三四郎も言った。すると与次郎が大きな声で笑いだした。静かな夜の中でたいへん高く聞こえる。 「知りもしないくせに。知りもしないくせに」  三四郎憮然としていた。 「あすもよい天気だ。運動会はしあわせだ。きれいな女がたくさん来る。ぜひ見にくるがいい」  暗い中を二人は学生集会所の前まで来た。中には電燈が輝いている。  木造廊下を回って、部屋へはいると、そうそう来た者は、もうかたまっている。そのかたまりが大きいのと小さいのと合わせて三つほどある。なかには無言で備え付けの雑誌新聞を見ながら、わざと列を離れているのもある。話は方々に聞こえる。話の数はかたまりの数より多いように思われる。しかしわあいにおちついて静かである煙草の煙のほうが猛烈に立ち上る。  そのうちだんだん寄って来る。黒い影が闇の中から吹きさらしの廊下の上へ、ぽつりと現われると、それが一人一人に明るくなって、部屋の中へはいって来る。時には五、六人続けて、明るくなることもある。が、やがて人数はほぼそろった。  与次郎は、さっきから煙草の煙の中を、しきりにあちこちと往来していた。行く所で何か小声に話している。三四郎は、そろそろ運動を始めたなと思ってながめていた。  しばらくすると幹事が大きな声で、みんなに席へ着けと言う。食卓はむろん前から用意ができていた。みんな、ごたごたに席へ着いた。順序もなにもない。食事は始まった。  三四郎熊本赤酒ばかり飲んでいた。赤酒というのは、所でできる下等な酒である熊本学生はみんな赤酒を飲む。それが当然と心得ている。たまたま飲食店へ上がれば牛肉である。その牛肉屋の牛が馬肉かもしれないという嫌疑がある。学生は皿に盛った肉を手づかみにして、座敷の壁へたたきつける。落ちれば牛肉で、ひっつけば馬肉だという。まるで呪みたような事をしていた。その三四郎にとって、こういう紳士的な学生親睦会は珍しい。喜んでナイフフォークを動かしていた。そのあいだにはビールをさかんに飲んだ。 「学生集会所の料理はまずいですね」と三四郎に隣にすわった男が話しかけた。この男は頭を坊主に刈って、金縁の眼鏡をかけたおとなしい学生であった。 「そうですな」と三四郎は生返事をした。相手与次郎なら、ぼくのようないなか者には非常にうまいと正直なところをいうはずであったが、その正直がかえって皮肉に聞こえると悪いと思ってやめにした。するとその男が、 「君はどこの高等学校ですか」と聞きだした。 「熊本です」 「熊本ですか。熊本にはぼくの従弟もいたが、ずいぶんひどい所だそうですね」 「野蛮な所です」  二人が話していると、向こうの方で、急に高い声がしだした。見ると与次郎が隣席の二、三人を相手に、しきりに何か弁じている。時々ダーターファブラと言う。なんの事だかわからない。しか与次郎相手は、この言葉を聞くたびに笑いだす。与次郎ますます得意になって、ダーターファブラ我々新時代青年は……とやっている。三四郎の筋向こうにすわっていた色の白い品のいい学生が、しばらくナイフの手を休めて、与次郎の連中をながめていたが、やがて笑いながらIl ale diableau corps(悪魔が乗り移っている)と冗談半分にフランス語を使った。向こうの連中にはまったく聞こえなかったとみえて、この時ビールのコップが四つばかり一度に高く上がった。得意そうに祝盃をあげている。 「あの人はたいへんにぎやかな人ですね」と三四郎の隣の金縁眼鏡をかけた学生が言った。 「ええ。よくしゃべります」 「ぼくはいつか、あの人に淀見軒でライスカレーをごちそうになった。まるで知らないのに、突然来て、君淀見軒へ行こうって、とうとう引っ張っていって……」  学生ハハハと笑った。三四郎は、淀見軒で与次郎からライスカレーをごちそうになったもの自分ばかりではないんだなと悟った。  やがてコーヒーが出る。一人が椅子を離れて立った。与次郎が激しく手をたたくと、ほかの者もたちまち調子を合わせた。  立った者は、新しい黒の制服を着て、鼻の下にもう髭をはやしている。背がすこぶる高い。立つには恰好のよい男である演説いたことを始めた。  我々が今夜ここへ寄って、懇親のために、一夕の歓をつくすのは、それ自身において愉快な事であるが、この懇親が単に社交上の意味ばかりでなく、それ以外に一種重要な影響を生じうると偶然ながら気がついたら自分は立ちたくなった。この会合ビールに始まってコーヒーに終っている。まったく普通会合であるしかしこのビールを飲んでコーヒーを飲んだ四十人近くの人間普通人間ではない。しかもそのビールを飲み始めてからコーヒーを飲み終るまでのあいだに、すでに自己運命の膨脹を自覚しえた。  政治自由を説いたのは昔の事である言論の自由を説いたのも過去の事である自由とは単にこれらの表面にあらわれやす事実のために専有されべき言葉ではない。我ら新時代青年は偉大なる心の自由を説かねばならぬ時運に際会したと信ずる。  我々は古き日本の圧迫に堪ええぬ青年である。同時に新しき西洋の圧迫にも堪ええぬ青年であるということを、世間に発表せねばいられぬ状況のもとに生きている。新しき西洋の圧迫は社会の上においても文芸の上においても、我ら新時代青年にとっては古き日本の圧迫と同じく、苦痛である。  我々は西洋文芸研究する者であるしか研究はどこまでも研究である。その文芸のもとに屈従するのとは根本的に相違がある。我々は西洋文芸にとらわれんがために、これを研究するのではない。とらわれたる心を解脱せしめんがために、これを研究しているのである。この方便に合せざる文芸はいかなる威圧のもとにしいらるるとも学ぶ事をあえてせざるの自信と決心とを有している。  我々はこの自信と決心とを有するの点において普通人間とは異なっている。文芸技術でもない、事務でもない。より多く人生根本義に触れた社会原動力である。我々はこの意味において文芸研究し、この意味において如上の自信と決心とを有し、この意味において今夕の会合一般以上の重大なる影響を想見するのである。  社会は激しく動きつつある。社会産物たる文芸もまた動きつつある。動く勢いに乗じて、我々の理想どおりに文芸を導くためには、零細なる個人を団結して、自己運命を充実し発展し膨脹しなくてはならぬ。今夕のビールコーヒーは、かかる隠れたる目的を、一歩前に進めた点において、普通ビールコーヒーよりも百倍以上の価ある尊きビールコーヒーである。  演説意味ざっとこんなものである演説が済んだ時、席にあった学生はことごとく喝采した。三四郎もっとも熱心なる喝采者の一人であった。すると与次郎が突然立った。 「ダーターファブラ、シェクスピヤの使った字数が何万字だの、イブセンの白髪の数が何千本だのと言ってたってしかたがない。もっともそんなばかげた講義を聞いたってとらわれる気づかいはないか大丈夫だが、大学に気の毒でいけない。どうしても新時代青年を満足させるような人間を引っ張って来なくっちゃ。西洋人じゃだめだ。第一幅がきかない。……」  満堂はまたことごとく喝采した。そうしてことごとく笑った。与次郎の隣にいた者が、 「ダーターファブラのために祝盃をあげよう」と言いだした。さっき演説をした学生がすぐに賛成した。あいにくビールがみな空である。よろしいと言って与次郎はすぐ台所の方へかけて行った。給仕が酒を持って出る。祝盃をあげるやいなや、 「もう一つ。今度は偉大なる暗闇のために」と言った者がある。与次郎の周囲にいた者は声を合して、アハハと笑った。与次郎は頭をかいている。  散会の時刻が来て、若い男がみな暗い夜の中に散った時に、三四郎与次郎に聞いた。 「ダーターファブラとはなんの事だ」 「ギリシア語だ」  与次郎はそれよりほかに答えなかった。三四郎もそれよりほかに聞かなかった。二人は美しい空をいただいて家に帰った。  あくる日は予想のごとく好天気である。今年は例年より気候がずっとゆるんでいる。ことさらきょうは暖かい三四郎は朝のうち湯に行った。閑人の少ない世の中だから、午前はすこぶるすいている。三四郎は板の間にかけてある三越呉服店看板を見た。きれいな女がかいてある。その女の顔がどこか美禰子に似ている。よく見ると目つきが違っている。歯並がわからない。美禰子の顔でもっと三四郎を驚かしたものは目つきと歯並である与次郎の説によると、あの女は反っ歯の気味だから、ああしじゅう歯が出るんだそうだが、三四郎にはけっしてそうは思えない。……  三四郎は湯につかってこんな事を考えていたので、からだのほうはあまりわずに出た。ゆうべから急に新時代青年という自覚が強くなったけれども、強いのは自覚だけで、からだのほうはもとのままである休みになるとほかの者よりずっと楽にしている。きょうは昼から大学陸上運動会を見に行く気である。  三四郎は元来あまり運動好きではない。国にいるとき兎狩りを二、三度したことがある。それから高等学校の端艇競漕の時に旗振りの役を勤めたことがある。その時青と赤と間違えて振ってたいへん苦情が出た。もっとも決勝の鉄砲を打つ係りの教授鉄砲を打ちそくなった。打つには打ったが音がしなかった。これが三四郎のあわてた原因である。それより以来三四郎運動会へ近づかなかった。しかしきょうは上京以来はじめての競技会だから、ぜひ行ってみるつもりである与次郎もぜひ行ってみろと勧めた。与次郎の言うところによると競技より女のほうが見にゆ価値があるのだそうだ。女のうちには野々宮さんの妹がいるだろう。野々宮さんの妹といっしょに美禰子もいるだろう。そこへ行って、こんちわとかなんとか挨拶をしてみたい。  昼過ぎになったから出かけた。会場の入口運動場の南のすみにある。大きな日の丸イギリス国旗が交差してある。日の丸は合点がいくが、イギリス国旗はなんのためだかからない。三四郎日英同盟のせいかとも考えた。けれども日英同盟大学陸上運動会とは、どういう関係があるか、とんと見当がつかなかった。  運動場は長方形の芝生である。秋が深いので芝の色がだいぶさめている。競技を見る所は西側にある。後に大きな築山をいっぱいに控えて、前は運動場の柵で仕切られた中へ、みんなを追い込むしかけになっている。狭いわりに見物人が多いのではなはだ窮屈である。さいわい日和がよいので寒くはない。しか外套を着ている者がだいぶある。その代り傘をさして来た女もある。  三四郎失望したのは婦人席が別になっていて、普通人間には近寄れないことであった。それからフロックコートや何か着た偉そうな男がたくさん集って、自分が存外幅のきかないようにみえたことであった。新時代青年をもってみずからおる三四郎は少し小さくなっていた。それでも人と人との間から婦人席の方を見渡すことは忘れなかった。横からからよく見えないが、ここはさすがにきれいである。ことごとく着飾っている。そのうえ遠距離から顔がみんな美しい。その代りだれが目立って美しいということもない。ただ総体総体として美しい。女が男を征服する色である。甲の女が乙の女に打ち勝つ色ではなかった。そこで三四郎はまた失望した。しかし注意したら、どこかにいるだろうと思って、よく見渡すと、はたして前列のいちばん柵に近い所に二人並んでいた。  三四郎は目のつけ所がようやくわかったので、まず一段落告げたような気で、安心していると、たちまち五、六人の男が目の前に飛んで出た。二百メートルの競走が済んだのである決勝点は美禰子とよし子がすわっている真正面で、しかも鼻の先だから、二人を見つめていた三四郎視線のうちにはぜひともこれらの壮漢がはいってくる。五、六人はやがて一二、三人にふえた。みんな呼吸をはずませているようにみえる。三四郎はこれらの学生の態度と自分の態度とを比べてみて、その相違に驚いた。どうして、ああ無分別にかける気になれたものだろうと思った。しか婦人連はことごとく熱心に見ている。そのうちでも美禰子とよし子はもっとも熱心らしい。三四郎自分無分別にかけてみたくなった。一番に到着した者が、紫の猿股をはい婦人席の方を向いて立っている。よく見ると昨夜の親睦会で演説をした学生に似ている。ああ背が高くては一番になるはずである。計測係りが黒板に二十五秒七四と書いた。書き終って、余りの白墨を向こうへなげて、こっちを向いたところを見ると野々宮さんであった。野々宮さんはいつになくまっ黒なフロックを着て、胸に係り員の徽章をつけて、だいぶ人品がいい。ハンケチを出して、洋服の袖を二、三度はたいたが、やがて黒板を離れて、芝生の上を横切って来た。ちょうど美禰子とよし子のすわっているまん前の所へ出た。低い柵の向こう側から首を婦人席の中へ延ばして、何か言っている。美禰子は立った。野々宮さんの所まで歩いてゆく。柵の向こうとこちらで話を始めたように見える。美禰子は急に振り返った。うれしそうな笑いにみちた顔である三四郎は遠くから一生懸命に二人を見守っていた。すると、よし子が立った。また柵のそばへ寄って行く。二人が三人になった。芝生の中では砲丸投げが始まった。

砲丸投げほど力のいるものはなかろう。力のいるわりにこれほどおもしろくないものもたんとない。ただ文字どおり砲丸を投げるのである。芸でもなんでもない。野々宮さんは柵の所で、ちょっとこの様子を見て笑っていた。けれども見物のじゃまになると悪いと思ったのであろう。柵を離れて芝生の中へ引き取った。二人の女も、もとの席へ復した。砲丸は時々投げられている。第一どのくらい遠くまでゆくんだか、ほとんど三四郎にはわからない。三四郎はばかばかしくなった。それでも我慢して立っていた。ようやくのことで片がついたとみえて、野々宮さんはまた黒板へ十一メートル三八と書いた。

 それからまた競走があって、長飛びがあって、その次には槌投げが始まった。三四郎はこの槌投げにいたって、とうとう辛抱がしきれなくなった。運動会めいめいかってに開くべきものである。人に見せべきものではない。あんものを熱心に見物する女はことごとく間違っているとまで思い込んで、会場を抜け出して、裏の築山の所まで来た。幕が張ってあって通れない。引き返して砂利の敷いてある所を少し来ると、会場から逃げた人がちらほら歩いている。盛装した婦人も見える。三四郎はまた右へ折れて、爪先上りを丘のてっぺんまで来た。道はてっぺんで尽きている。大きな石がある。三四郎はその上へ腰をかけて、高い崖の下にある池をながめた。下の運動会場でわあというおおぜいの声がする。

 三四郎はおよそ五分ばかり石へ腰をかけたままぼんやりしていた。やがてまた動く気になったので腰を上げて、立ちながら靴の踵を向け直すと、丘の上りぎわの、薄く色づいた紅葉の間に、さっきの女の影が見えた。並んで丘の裾を通る。

 三四郎は上から、二人を見おろしていた。二人は枝の隙から明らかな日向へ出て来た。黙っていると、前を通り抜けてしまう。三四郎は声をかけようかと考えた。距離があまり遠すぎる。急いで二、三歩芝の上を裾の方へ降りた。降り出すといいぐあいに女の一人がこっちを向いてくれた。三四郎はそれでとまった。じつはこちからまりごきげんをとりたくない。運動会が少し癪にさわっている。

あんな所に……」とよし子が言いだした。驚いて笑っている。この女はどんな陳腐ものを見ても珍しそうな目つきをするように思われる。その代り、いかな珍しいもの出会っても、やはり待ち受けていたような目つきで迎えるかと想像される。だからこの女に会うと重苦しいところが少しもなくって、しかもおちついた感じが起こる。三四郎は立ったまま、これはまったく、この大きな、常にぬれている、黒い眸のおかげだと考えた。

 美禰子も留まった。三四郎を見た。しかしその目はこの時にかぎって何物をも訴えていなかった。まるで高い木をながめるような目であった。三四郎は心のうちで、火の消えたランプを見る心持ちがした。もとの所に立ちすくんでいる。美禰子も動かない。

「なぜ競技を御覧にならないの」とよし子が下から聞いた。

「今まで見ていたんですが、つまらいからやめて来たのです」

 よし子は美禰子を顧みた。美禰子はやはり顔色を動かさない。三四郎は、

「それより、あなたたこそなぜ出て来たんです。たいへん熱心に見ていたじゃありませんか」と当てたような当てないようなことを大きな声で言った。美禰子はこの時はじめて、少し笑った。三四郎にはその笑いの意味がよくわからない。二歩ばかり女の方に近づいた。

「もう宅へ帰るんですか」

 女は二人とも答えなかった。三四郎はまた二歩ばかり女の方へ近づいた。

「どこかへ行くんですか」

「ええ、ちょっと」と美禰子が小さな声で言う。よく聞こえない。三四郎はとうとう女の前まで降りて来た。しかしどこへ行くとも追窮もしないで立っている。会場の方で喝采の声が聞こえる。

高飛びよ」とよし子が言う。「今度は何メートルになったでしょう」

 美禰子は軽く笑ったばかりである三四郎も黙っている。三四郎高飛びに口を出すのをいさぎよしとしないつもりである。すると美禰子が聞いた。

「この上には何かおもしろものがあって?」

 この上には石があって、崖があるばかりであるおもしろものがありようはずがない。

「なんにもないです」

「そう」と疑いを残したように言った。

「ちょいと上がってみましょうか」よし子が、快く言う。

あなた、まだここを御存じないの」と相手の女はおちついて出た。

「いいからいらっしゃいよ」

 よし子は先へ上る。二人はまたついて行った。よし子は足を芝生のはしまで出して、振り向きながら、

「絶壁ね」と大げさな言葉を使った。「サッフォーでも飛び込みそうな所じゃありませんか」

 美禰子と三四郎は声を出して笑った。そのくせ三四郎はサッフォーがどんな所から飛び込んだかよくわからなかった。

あなたも飛び込んでごらんなさい」と美禰子が言う。

「私? 飛び込みましょうか。でもあんまり水がきたないわね」と言いながら、こっちへ帰って来た。

 やがて女二人のあいだに用談が始まった。

あなた、いらしって」と美禰子が言う。

「ええ。あなたは」とよし子が言う。

「どうしましょう」

「どうでも。なんならわたしちょっと行ってくるから、ここに待っていらっしゃい」

「そうね」

 なかなか片づかない。三四郎が聞いてみると、よし子が病院看護婦のところへ、ついでだからちょっと礼に行ってくるんだと言う。美禰子はこの夏自分の親戚が入院していた時近づきになった看護婦を尋ねれば尋ねるのだが、これは必要でもなんでもないのだそうだ。

 よし子は、すなおに気の軽い女だからしまいに、すぐ帰って来ますと言い捨てて、早足に一人丘を降りて行った。止めるほどの必要もなし、いっしょに行くほどの事件でもないので、二人はしぜん後にのこるわけになった。二人の消極な態度からいえば、のこるというより、のこされたかたちにもなる。

 三四郎はまた石に腰をかけた。女は立っている。秋の日は鏡のように濁った池の上に落ちた。中に小さな島がある。島にはただ二本の木がはえている。青い松と薄い紅葉がぐあいよく枝をかわし合って、箱庭の趣がある。島を越して向こう側の突き当りがこんもりとどす黒く光っている。女は丘の上からその暗い木陰を指さした。

「あの木を知っていらしって」と言う。

「あれは椎」

 女は笑い出した。

「よく覚えていらっしゃること」

「あの時の看護婦ですか、あなたが今尋ねようと言ったのは」

「ええ」

「よし子さんの看護婦とは違うんですか」

「違います。これは椎――といった看護婦です」

 今度は三四郎が笑い出した。

「あすこですね。あなたがあの看護婦といっしょに団扇を持って立っていたのは」

 二人のいる所は高く池の中に突き出している。この丘とはまるで縁のない小山が一段低く、右側を走っている。大きな松と御殿一角と、運動会の幕の一部と、なだらかな芝生が見える。

「熱い日でしたね。病院あんまり暑いものから、とうとうこらえきれないで出てきたの。――あなたはまたなんであんな所にしゃがんでいらしったんです」

「熱いからです。あの日ははじめて野々宮さんに会って、それから、あすこへ来てぼんやりしていたのです。なんだか心細くなって」

「野々宮さんにお会いになってから、心細くおなりになったの」

「いいえ、そういうわけじゃない」と言いかけて、美禰子の顔を見たが、急に話頭を転じた。

「野々宮さんといえば、きょうはたいへん働いていますね」

「ええ、珍しくフロックコートをお着になって――ずいぶん御迷惑でしょう。朝から晩までですから

だってだいぶ得意のようじゃありませんか」

「だれが、野々宮さんが。――あなたもずいぶんね」

「なぜですか」

だってまさか運動会の計測係りになって得意になるようなかたでもないでしょう」

 三四郎はまた話頭を転じた。

「さっきあなたの所へ来て何か話していましたね」

「会場で?」

「ええ、運動会の柵の所で」と言ったが、三四郎はこの問を急に撤回したくなった。女は「ええ」と言ったまま男の顔をじっと見ている。少し下唇をそらして笑いかけている。三四郎はたまらなくなった。何か言ってまぎらそうとした時に、女は口を開いた。

あなたはまだこのあいだの絵はがきの返事をくださらないのね」

 三四郎はまごつきながら「あげます」と答えた。女はくれともなんとも言わない。

あなた原口さんという画工を御存じ?」と聞き直した。

「知りません」

「そう」

「どうかしましたか

「なに、その原口さんが、きょう見に来ていらしってね、みんなを写生しているから、私たちも用心しないと、ポンチにかかれるからって、野々宮さんがわざわざ注意してくだすったんです」

 美禰子はそばへ来て腰をかけた。三四郎自分いかにも愚物のような気がした。

「よし子さんはにいさんといっしょに帰らないんですか」

「いっしょに帰ろうったって帰れないわ。よし子さんは、きのうから私の家にいるんですもの

 三四郎はその時はじめて美禰子から野々宮のおっかさんが国へ帰ったということを聞いた。おっかさんが帰ると同時に、大久保を引き払って、野々宮さんは下宿をする、よし子は当分美禰子の家から学校へ通うことに、相談がきまったんだそうである

 三四郎はむしろ野々宮さんの気楽なのに驚いた。そうたやす下宿生活にもどるくらいなら、はじめから家を持たないほうがよかろう。第一鍋、釜、手桶などという世帯道具の始末はどうつけたろうと、よけいなことまで考えたが、口に出して言うほどのことでもないから、べつだんの批評は加えなかった。そのうえ、野々宮さんが一家の主人から、あともどりをして、ふたたび純書生と同様な生活状態に復するのは、とりもなおさず家族制から一歩遠のいたと同じことで、自分にとっては、目前の迷惑を少し長距離へ引き移したような好都合にもなる。その代りよし子が美禰子の家へ同居してしまった。この兄妹は絶えず往来していないと治まらないようにできあがっている。絶えず往来しているうちには野々宮さんと美禰子との関係も次第次第に移ってくる。すると野々宮さんがまたいつなんどき下宿生活永久にやめる時機がこないともかぎらない。

 三四郎は頭のなかに、こういう疑いある未来を、描きながら、美禰子と応対をしている。いっこうに気が乗らない。それを外部の態度だけでも普通のごとくつくろおうとすると苦痛になってくる。そこへうまいあいによし子が帰ってきてくれた。女同志のあいだには、もう一ぺん競技を見に行こうかという相談があったが、短くなりかけた秋の日がだいぶ回ったのと、回るにつれて、広い戸外の肌寒がようやく増してくるので、帰ることに話がきまる。

 三四郎も女連に別れて下宿へもどろうと思ったが、三人が話しながら、ずるずるべったりに歩き出したものから、きわだった挨拶をする機会がない。二人は自分を引っ張ってゆくようにみえる。自分もまた引っ張られてゆきたいような気がする。それで二人にくっついて池の端を図書館の横から、方角違いの赤門の方へ向いてきた。そのとき三四郎は、よし子に向かって、

「お兄いさんは下宿なすったそうですね」と聞いたら、よし子は、すぐ、

「ええ。とうとう。ひとを美禰子さんの所へ押しつけておいて。ひどいでしょう」と同意を求めるように言った。三四郎は何か返事をしようとした。そのまえに美禰子が口を開いた。

「宗八さんのようなかたは、我々の考えじゃわかりませんよ。ずっと高い所にいて、大きな事を考えていらっしゃるんだから」と大いに野々宮さんをほめだした。よし子は黙って聞いている。

 学問をする人がうるさい俗用を避けて、なるべく単純な生活にがまんするのは、みんな研究のためやむをえないんだからしかたがない。野々宮のような外国にまで聞こえるほどの仕事をする人が、普通学生同様な下宿はいっているのも必竟野々宮が偉いからのことで、下宿がきたなければきたないほど尊敬しなくってはならない。――美禰子の野々宮に対する賛辞のつづきは、ざっとこうである

 三四郎赤門の所で二人に別れた。追分の方へ足を向けながら考えだした。――なるほど美禰子の言ったとおりである自分と野々宮を比較してみるとだいぶ段が違う。自分田舎から出て大学はいったばかりである学問という学問もなければ、見識という見識もない。自分が、野々宮に対するほどな尊敬を美禰子から受けえないのは当然である。そういえばなんだか、あの女からかにされているようでもある。さっき、運動会はつまらいから、ここにいると、丘の上で答えた時に、美禰子はまじめな顔をして、この上には何かおもしろものがありますかと聞いた。あの時は気がつかなかったが、いま解釈してみると、故意自分を愚弄した言葉かもしれない。――三四郎は気がついて、きょうまで美禰子の自分に対する態度や言語を一々繰り返してみると、どれもこれもみんな悪い意味がつけられる。三四郎は往来のまん中でまっ赤になってうつむいた。ふと、顔を上げると向こうから与次郎とゆうべの会で演説をした学生が並んで来た。与次郎は首を縦に振ったぎり黙っている。学生帽子をとって礼をしながら、

「昨夜は。どうですか。とらわれちゃいけませんよ」と笑って行き過ぎた。

anond:20241001201601

Permalink |記事への反応(1) | 20:51

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2024-08-23

anond:20240822052827

一時期ポルノ色は薄まったと聞いてたけど、それじゃ視聴率が悪くてテコ入れが入ったってことかね

(まぁもっと増田の言うような近親婚との整合性とか家族制度をどうするか?なんて所詮ドラマ程度で扱うのは難しいか自分が作ってもなろう風味になっちゃうだろうけど)

Permalink |記事への反応(0) | 11:43

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2024-08-22

ポリコレポルノになり始めた『虎に翼』

『虎に翼』がだいぶ残念な感じになってきた。

自然法的な考えの無さそうな主人公憲法が停止したら人権も停止すると考えてそうなクチ)に対して、「何故人を殺してはいけないのか」と問いかけるキャララスボスになるのだろうか)は面白かったし、被爆者訴訟についても楽しみなのだが、それらを横に追いやって下らない話ばかりしているように見えて、ドラマとして退屈だ。

 

かつて野田秀樹岸田國士戯曲賞の選評で、ある作品についてこう述べた。

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 この人のはいつ読んでもとてもイヤーな感じになる。いつもじぶんを正しい所に置いて、他人をやっつける。ニュースステーションのようで私はダメだ。エリートはすべてしょうもない奴、日本兵はすべて悪い奴、常にステレオタイプだ。「ベトコンを扱う米兵のように」という要らぬ形容の卜書きに作家創作姿勢が現れている。

------------------------------------

誰の何の作品に対する評なのかはここでは関係ないので触れない。

 

『虎に翼』でいわゆるリベラル的な主張が展開される時に感じる違和感、もう少し言うと嫌悪感は、上の感覚に似ている。

民法改正で「家族制度」にこだわった保守論客を、単に頑迷な老人として描いていたのは、単純に卑劣だと感じた。保守基本的人間の理性を信頼していないので、だからこそ「家族は互いにたすけ合わなければならない」という一文を入れるのにこだわったのだろうが、そういった保守の考えは全く描かれぬまま、温かい家庭で両親の愛情を浴びまくって育った主人公が「なんでそんな言わずもがなの一文入れるんでしょうね」とぶった斬る。あのシーンは醜悪だった。

同性婚についても触れ始めているが、当然同じ俎上に上げて議論すべき近親婚の不当な禁止については触れようともしない。

絶対に勝てる試合を組んで主人公に戦わせる出来レースをずっと見せられている気持ちになる。

 

主人公が「自分永遠に公平な視点など持てるはずがない」という当然の自覚をもっていないのも痛々しい。(現パートナーにかつて助言されたにも関わらず)

 

連続ドラマなので、上のような疑問や不快感は今後の展開で一掃されることもあるかもしれない。それを期待して見続けてきたが、どうやらそれには応えてくれなさそうな予感が強くなってきた。

Permalink |記事への反応(18) | 05:28

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2024-07-31

進取の明治憲法

https://anond.hatelabo.jp/20210822212233

改めて違和感覚えるほど、またより適する表現が求められるほど、家父長制という言葉がこんにち現役で使われてるかは疑問だが。

そういえば「それっぽいもの」はたくさんあって、普段はなんとなくそれらを一緒くたにしがち。



ざっと数え上げてみたらそんな感じかと思うが正確性は保証の限りではない。

いずれにせよ「家父長制」は一番輪郭曖昧だよなと再確認

うっかり家父長制って言いながら家制度の話してたこととか、自分もあるかもしれない。

〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

ところでいまWikipediaを見て明治憲法下の家制度記述面白かった。

制度とは封建社会近代国家を橋渡しするための暫定措置だったというのだ。

前近代における「家」は、あたかも莫大な権利義務を有する法人のようなものであった。家長個人権利義務主体ではなく、家の代表者として強大な権利行使するかわりに、家産・家業祭祀を維持する重い責務を負う存在にすぎなかった。ところが明治維新によって職業選択の自由が確保されると、このような生活モデル崩壊する。諸外国の例を見ても、家族制度が徐々に崩壊して個人主義へ至ることが歴史必然と思われたが、かといって未だ慣習として根付いている以上、法律をもって強引に無くすことも憚られた。そこで、近い将来の改正を前提とし、所有権平仄を整え、戸主権主体を家ではなく戸主個人としたうえで家産を否定し、戸主の権限を従前よりも大幅に縮小する過渡的な暫定規定を置くこととしたのである

Permalink |記事への反応(0) | 02:33

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2024-06-20

そのうち母の日父の日もなくなる

伝統的な家族制度をぶち壊したいリベラル勢力のたくらみで。

男の子日が子供の日になったように、母の日父の日は、おばさんの日とおじさんの日にされてしまうと思う。

Permalink |記事への反応(1) | 10:25

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2024-05-03

anond:20240503092434

男性からの反発は生殖を奪われること

男性としては女さんの権利が強まる=結婚は一部貴族が行う物という風になり家族の絆というもの解体化されていく事は間違いない


正直に言えば女性型のアンドロイドをあてがう方が男にとっては望みだから

中には人口出産した子供に手を出す男も出るという少々グロテスクな事も起きるだろう

そうなるこ子どもも国が取り上げて管理するよね

国が家族制度を解体化していくと戦争が起きても戦いに行く人間なんて今以上にいないと思うし

国が共同体として機能しなくなるんだろうし、俺にとってはどうでも良いモノになるだろう

別にそんな社会ならレスバなんて回りくどい手段なんてしないで、気に入らない奴をブチ殺して社会が荒れ放題になっても構わない奴も出てくるし俺は確実にそうなる

国的にもそんな奴が死のうが一向に構わない命の値段が安い国になるのは間違いない

Permalink |記事への反応(0) | 09:30

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2024-04-26

anond:20240426111243

家柄

家族制度なリベラルが「名家ではないから」と差別するはずないやろと思ったが、政治家一族経営者一族皇族といったハイヒエラルキーへの批判差別だとみなすやつか

強者と見なされてる人たちは本当は虐げられてる弱者なんだ」と吹聴するウヨ仕草だな(まあその手の詐称癖は、年収1千万都内勤務だけど生活が苦しいとか宣うリベラルにも共通する気質だけど)

Permalink |記事への反応(0) | 14:09

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