
はてなキーワード:家庭科とは
彼はかっこいい海外の音楽を聴きながらかっこいい自転車に乗り、かっこいいウェアを着て、かっこいいバックパックにバスケットボールを入れ、ひとりで練習出来るコートに向かう。
「かっこええ…」
当時の私はそう思った。多く人が思ったであろう。小学校中学年くらいのことである、真似をすることにさほど時間は要さなかった。
ポイントは音楽、自転車、ウェア、バックパックにバスケットボール、屋外のバスケットコートである。
流川はウォークマンを使って音楽を聴いていたがこちらは小学生。今の時代なら子供でもスマホにイヤホンは標準装備に近いが、当時の小学生にそんな高尚なものはない。みんな本当に鼻水をたらしいてる時代である。
しかし外せないポイントである為、近所の本屋に向かいかっこよさげなCDを買った。
T-BOLANのByeForNowである。確か千円くらいだった気がする。小学生には高級品であるがポイントだから押さえなければならない。
次に自転車。当時すでに自分の自転車を持っていたので困ることはなかった。
ただ、濃い緑色ででっかいカゴと荷台がついており、かわいい車の絵が描いてあった。ハンドルの先のひらひらでスピード感の演出もできる仕様であった。
次はウェアである。当時、車を横から見た目を書いたかわいいデザインが多くあった。私はそのトレーナーがとても気に入っており、ウェアに関することに悩みは生まれなかった。
下は半ズボンしか持ってないからそれで。ショートパンツではなく半ズボンである。
バックパックとボールであるが、ボールは家にドッジボールがあったので解決。問題はバックパック。ものを運ぶためのリュックと言う概念は当時の小学生には存在せず、出かけるときは半ズボンにウエストポーチ一択である。しかし唯一持っていたバックパックっぽいもの、それが家庭科(当時は「生活」って言ってた気がする)で作ったナップサックである。いろいろな乗り物が描かれたかわいいデザインである。これでバックパックも解決。
結果、ハンドルの先にひらひらが付いたでかいカゴと荷台のついたチャリにまたがるかわいい車の絵が描いてあるトレーナーとデニムっぽい半ズボンを着た小さいナップサックにドッジボールを入れている流川楓が誕生した。
もやチンの作り方
3 チンする
実作業時間1分、原価50円で野菜200gが取れるし塩分控えめ。
こんなのでいいのかよ。
なんか自炊に対して意識高い奴らが多すぎるせいで10年ぐらい勘違いしてたわ。
ペペロンチーノを入荷させるとか玉ねぎを飴色にするとかそんなの必要ねえじゃん。
「耐熱容器に食材を盛る→水に溶かした味の素をかける→チンする」
これこそ小学校で教えるべきだろ。
ハンバーグとか面倒なだけだからいらねーよ豚こまを切って電子レンジでチンしてから軽く焼き目をつけるだけでいいだろ。
タイトルは完全に盛ったけども
https://twitter.com/sato_masahicom/status/2015344062212223414
「新・解きたくなる数学」(岩波書店):見ているだけで思わず解きたくなる数学問題がずらり、と日経サイエンスの新刊ガイドに。確かに、例えば、こんな問題↓が載ってます。この一見、冷静に狂っているようなところが、惹かれたり引いたり・・。(佐藤雅彦)
秤に乗せてそれぞれ300g表示のバナナと200g表示のりんごを一緒に載せると600g表示になっている。
それぞれ本当の重さは?という問題。
数学というよりリプ欄が本番。
「秤のバネがおかしくなってる」
「秤の闇」
「秤がズレてる」
そんなん気になるじゃん、ということで観に行った。まあ、案の定だった。
一緒に見に行った夫が、「細田守監督、昔は面白かったのに」と言うので、帰宅して「時をかける少女」を観ることになった。
私は細田守監督の作品は、時かけ、サマーウォーズ、おおかみこどもを観たことがある。
サマーウォーズは登場人物に誰一人共感できないのと、なつき先輩がウザすぎた。
おおかみこどもは「母は強し」みたいなのが嫌いなのでそこがダメだった。
時かけは、観たのがだいぶ昔でほぼ覚えてなかった。
ただみんなが口々に「時かけは良かった」と言うのと、
奥華子の「ガーネット」と「変わらないもの」はめちゃ聴いてて大好きなので、そのイメージでなんとなくいい印象を持っていた。
冒頭、キャッチボールをする3人。
青春、いいじゃないの。
やだよーと言いながらも素直に桃を受け取るのが可愛らしい。
そして登校したら、細かいセリフは忘れたが「私は成績も普通でスポーツも普通で色々普通な女の子です」みたいなナレーションを真琴がしながら、
これを見て、この主人公の真琴ちゃんって子はこういう子なのね!可愛らしいじゃないの、と、すでに親しみを持ち始める。
この時点で、もうこの映画はスカーレットとレベルが違うんだなと感じていた。
みんなと遊ぶのが本当に楽しいんだということが、言葉ではなく行動で表されてて、愛おしくてどんどん彼女を好きになる。
踏切で桃が飛び散るシーンは絵としても美しく、面白く、違和感がなく、「あ、これ名作映画ですわ」となった。
違和感がなく、と書いたのは、スカーレットにもシーンの絵単品で見たら美しいと思えそうなものもあったが、
流れ的にその絵ありきで無理やり作っただろ!違和感しかない!と思う瞬間が多々あったから。
その時の手の動きが、なんかぶりっ子少女みたいになってておかしい。今までそんな歩き方じゃなかったじゃん・・キャラとも合ってなくない・・?
絵としては美しいのにそれが気になってモヤモヤしかない。みたいな。
あと、これはスカーレット見た人に話してもあまり共感してもらえなかったんだけど、私は、口が大きすぎると感じた。
スカーレットは叫ぶシーンが何回もあるんだけど、その時とか、驚いた時とか泣いた時とかの開けた口が大きすぎて、ギャグシーンに見えた。
心を閉ざした人はそんなに大口開けないと思うんだよね。しかも高貴なプリンセスなわけだし・・。
「表情が豊か」みたいな表現なのかもしれないけどちょっとガサツというか、無防備な印象を受けた。
で、時かけ見て分かったんだけど、こっちも口の大きさが同じくらいだったのよ。
真琴はキャラ的にちょっとガサツな子だし、それ以外のキャラも口が大きくても変な感じはなくて感情の大きさとして受け止められた。
多分、平和な世界で、心の傷とかもそんなになくて、全体的に明るい雰囲気の映画だから口の大きさが上手く働くんだと思った。
まあそんな感じで楽しく見てたんですよ。
で、友達だと思ってた男子に告白されて、心が未成熟な真琴は戸惑って、前の楽しい状態に戻そう!と時間を戻す。
それまでの行動原理とも合致してて、そのウブな感じ、精神的成長度にばらつきがあるティーンエイジャーたちの人間関係、尊い!!良い!!
で、しかも、何回戻しても、チアキくんは告白してくるのです。君も真っ直ぐな思いで告白してたんだねーーー
最初「コウスケが告白されてたからノリで言ってみた」みたいな雰囲気で切り出してたけど、
何回戻っても言うってことは「今日絶対に告白するぞ・・!」ってその前の時点で決めてたんだねーーー可愛いじゃないの!!
チャラそうな茶髪イケメンに見せかけて、中身はティーンエイジャーらしく真っ直ぐで純粋な心なんですねーーーーー
で、そこから、「タイムリープで自分の思い通りにした分、誰かに皺寄せが行っているのでは?」という問いで、
真琴は自分がチアキに酷いことをしているのではないか?と思い至る。
(もっと辛い皺寄せを食らってる人がいるような気がする&そのことを真琴が完全スルーしていることは若干引っかかるが一旦置いておこう。)
ここで、このピュアな恋愛にタイムリープというSF要素が綺麗に効いてくる!!お見事!!!
え・・・・・??
え??じゃああの告白はなんだったの??
「この時代にいる間、未来に戻るまでの期間だけ付き合いたい」って意味だったの??
タイムマシン失くして、探してる合間のひとときの時間だったんだよね・・??
そしたらお前らといるのが楽しくて・・?この時代の女の子と付き合って・・・??見つかったら別れて帰るつもり・・・???
それとも、真琴のためにこの時代に骨を埋めるつもりで、そこまでの覚悟を持った告白だったってこと?あのシーン。。
いやいやいや、にしては軽いっていうか、そういうの求めてないんですけど!!
そういういろんな感情が混じった重いやつじゃなくて、ただ好きで、好きだから告白する、っていう純粋・ピュアな心の現れなのがよかったんじゃん!!
てかそんな重いの受け止められるような子じゃないじゃん!!今の真琴は!!君が一番よく分かってるはずじゃないか。。
でしかも、クールな君の真っ直ぐな一面が見れたと思ったら、君はとても重大な隠し事をした状態での、全てを曝け出さない告白だったんだねあれは。
興醒めし、そのあとの色々はなんかよくわかんなくて
なんで彼が未来に帰らないといけないかとかもよくわかんなくて、よく考えれば分かったのかもしれないけどなんかもうどうでもよくなっちゃって、
クライマックスの、真琴が彼に会うために走ってるシーンも、なんかもうモヤモヤが晴れなくて感情移入なんかできなくて
「ああーせっかくいいシーンっぽいのになんか入り込めなくて悲しいな」とかもう客観的に見ちゃってて
ダメだった。
奥華子流れて、いい曲だなーって思って終わった。
また野球のシーンで終わる感じとか、女の子たちを混ぜて終わるのとかいいなとは思ったけど、
そのシーン見た時は「ピュア!!良い!!」と思っただけに、
その好きって思ったシーンが汚されたというか、
「チャラ男に見えて実は真っ直ぐなチアキ」がやっぱりチャラ男(その時代の女の子つまみ食い)だったんかいor真琴には重すぎる事情を隠し持った純粋とは程遠い告白だったんかい!
ってなってガッカリが大きい。
みんなここに関してどう思ってるんだろう。「時かけは良かった」勢は。あのチアキに感情移入できるんか??誰か教えて
もちろん感情移入が全てではないと思うんだけどじゃあどこを楽しんだら良いんだ。
肉じゃがや味噌汁といったいわゆる家庭料理をレシピ通りに作れたら料理は出来るといって良いと思う。
弱火というのがどれくらいなのかわからないし、大さじがどれかわからない。
逆に言えばレシピを読めさえすれば家庭料理レベルのものは作れる。
いつでもレシピを調べられる現代においてたくさんの料理を覚えておく必要は薄い。
ただ、ひとつだけ気をつけてほしいのは毒や病原菌などについてだ。
料理として美味しいかどうか以前に危険なものは論外で、しかしそういう基本的過ぎることはいちいちレシピに書いていない。
主要なものとしては……
これらはたぶん小学校の家庭科でも教えていると思うのだけど絶対に把握しておくこと。
食材として売られているものであっても調理をミスると人は死ぬ。
はじめに。
内容はまったく肯定的でないです。
本文中、主語がざっくりしている箇所がありますが、この文章の目的上、「アニメ銀八を楽しめていない〇〇」であることを含みおき下さい。
楽しんでご覧になっている方や、銀八や銀魂が大好きで面白い面白くないは関係ないんだという方はご気分を害される内容のはずです。
自分自身の気持ちの整理や一感想として残しておくこと、また、同じように感じている方に届けばいいなと言う気持ちで書きました。
したがって、作文の程度は低いものですので、お目通しになる際は、可読性についてはご容赦ください。
よくある5段階評価を付けるなら、決して星2を超えない。
星1ではなく2なのは、声優さんの演技や製作の苦労といった、クリエイターへの“同情”から。
まるちばーす祭りもライビュを昼と夜の両方見に行ったり、銀八放映開始を本当に楽しみにしていた。
それがどうして低評価となったのか。
Xやレビューサイトで評判を調べれば、多くの人が次のように口を揃えている。
「テンポが悪い」
賛同する。
「ギャグが滑っている」
「銀魂本編のノリと違う」
これも確かに言える。
何故こんなふうに言われるのか。
まず、『銀八先生』シリーズの原作小説は空知先生ではなく、大崎知仁先生が著されている。
ギャグの雰囲気に違いを感じる人がいるのは、書いている人が異なるためもあろうと理解できるが、私が読んだのはシリーズの折り返しまでであるものの、原作小説も十分“楽しめる”内容とクオリティだった。空知先生も「(ノベライズの内容は)銀魂そのものだ。自分の代わりに大崎先生に書いてもらうことにする」と冗談めかしながらも太鼓判を押していたくらい。
元は普通の小説を書かれる作家さんであることは、銀八本文内の表現や言い回しに滲んでいる。だから、文体をあえてここまで落として、よくあのハチャメチャな作風を文字として表現できたなと、私は銀八原作小説を結構高く評価している。私が読んだのが半ばで止まっているのは、その“あえて落とされた文体”が個人的に合わず、読むのに大変な体力を使うからで、内容の退屈さからではない。
なので「原作小説からそもそも面白くなかった」という声は、この若年層向けの文体が合わなかったものではないかと推察している。こう言っているのは、高校生以上の読書慣れした人が多いのではないか。小中学生なら取っ付きやすくハードルの低い文体だと思う。
だから「ギャグが滑って」「面白みを感じない」のは、場面転換や時間経過表現、セリフとセリフの間の妙なテンポの悪さが寒々しいからではないだろうか。その寒い所へBGMのアシストもないので、笑わせるつもりのネタも響いていかない。そうして場がシラケるような気まずさを視聴者に与えるのだろうと思った。
では、何故テンポが悪いのか。
文字ベースの原作小説をアニメにすると恐らく尺がギュッとして足りなくなる。これを30分枠で一本の作りにしているため、間が持たずタラタラしてしまうのではないだろうか。
割り切ってAパートとBパートで分ける、クレしんのような形式にすればここまで間延びはしなかったのではないか。何話目か忘れたが、この構成の週は間延び感が緩和されて感じたので、的外れな発想ではないように思う。
さらに、原作小説そのままでは尺が足りないのであれば、元を削るようなことはせず、アニオリはその不足分を充填する要素として用いればいいのに、何故か原作小説の内容を削ってアニオリを入れてくる。これが面白いなら構わないが、面白くないから賛否別れるハメになっている。
複数のレビューで同様に見られた表現が「二次創作みたい」というもの。これには唸った。
例えば2話か3話のアバンで、銀八が生徒らが幼児化や獣化する白昼夢を見る。正直公式のアニメにそういう供給は求めてない。
見るのはオタクばかりじゃない。天下のWJの目玉漫画でギャグの人気が高いんだから、漫画が好きな普通の人たちも読んでいたしアニメも見ている。評判を調べていても「懐かしいと思って見てみた」という人も多い。
そうした需要の様相に対して、特定の、狭いニーズに向けたようにも感じられるショタ化ロリ化、ケモ化といったイロモノネタは面白くないどころか笑えないとさえ思える。
銀魂アニメのアニオリは、いい意味で、空知先生と同年代か少し上のおじさんたちが、おじさんホイホイやキワキワの下ネタでアニオリを突っ込んでくれていたので、作品との相性が良かった。しかし今回は監督も脚本も女性で、恐らくそうした方面への解像度が以前の上流工程陣ほど高まりにくいのではないだろうか。
銀魂アニメの監督さんたちは現在50代前後の男性で、彼らの子供時代にはまだ家庭科授業は女子だけというような区分があった。男女で見えるもの、培えるものに今よりも差があったことは想像しやすい。
加えて、キャラクターの扱いや動かし方といったものも雑だ。分かりやすいところだと高杉や土方。
頬をこけさせ好物を吸引する土方が、バケモノのように揶揄され、その姿をくどく使いまわしていたところや、ギャグを放とうとして滑り散らかす高杉というネタも、それしか弾がないかのように繰り返し繰り返しで、大変しつこかった。大抵の繰り返しネタは二回、内容や出来によっては三回程度なら繰り返していいが、この浅さで動かされるキャラクターネタを二度三度見せられるのは御免だと思った。
深夜放送とはいえ学園設定、学生ものであるゆえに、昨今のコンプラ意識の変容による縛りを余儀なくされ、表現の幅・深度に制約があることも考えられるが、どちらにせよ、アニオリ部分に面白みを感じられない。
「そういうのは二次創作でやる」というやつだと思う。公式なら、ちゃんとキャラを動かしてほしい。
従って、全体的に惜しさ、つまらなさ、退屈さ、以前のアニメとの差異を覚える流れは以下のセットだと推測。
音の乏しさ。テンポのもたつき。イマイチ乗らない視聴者の気持ち。シラけ、空回りした空気。キャラクターの掘り下げの甘いネタ。さらにシラケる視聴者の心。以下ループ。
声優さんの変わらない演技とプロ意識、及第的な作画で体面は保たれているが、原作小説の履修、未履修に関わらず、自然のうちに期待のハードルが上がっていたものが銀八アニメでは叶えられなかったということなのだと思う。ましてや、まるちばーす祭りなど、公式サイドが気流を上げまくっているのだから、期待値とともにハードルは上がって当然だ。
1話のアバンでも確かにこの事については触れていた。「渡されたバトンが重い」と。
でもね、と。
これについても言及したい。
プロが、クオリティの担保をできないことを、いくらやりたい放題ギャグ作品であろうと、「別物だと思って」と言い訳めいた建前を設けたことには、はっきり拒否感情を覚える。
確かにメタさは銀魂の醍醐味のひとつだ。けれど、これまでよくネタにされてきた、オマージュをやって色んな偉い人に怒られたというメタエピソードは、視聴者を楽しませるためにギリギリアウトのことまでした結果、BtoB的にはひんしゅくを買ったという話なのであり、今回のように、BtoCで十分な提供が出来ないことを言い訳がましく置き石するようなネタとは性質を全く異にする。例えば環境が整えられる状況でなかったとか、無理な予算や納期で進行していたという話はエンドユーザーには関係の無い話である。製作者らで談義したり解決すべき話なのであり、消費者をそれに巻き込まないでもらいたい。
ちなみに、銀魂アニメの時のような、外部のひんしゅくを招きかねないリスクを再びなぞってほしいと言っているのではない。あれらの話は、何度頭を丸めようが、額を床に擦りつけようが、立ち続けられたプロデューサー、その他製作の偉い方々の多大なる自己犠牲の上に成り立っていた。彼らが笑い話として盛り込んでいても、それはご本人の類い稀なる胆力、相手方や周囲の理解と協力によって我々に届けられていた。だから、また同じことをして笑わせろと要求している訳では無いことだけは、忘れずに言い置いておきたい。
山崎ががんばる話でした。地上波でもつい先日放送されたみたいですね。
作画も良くBGMもあり、アニオリでしたがお通ちゃんの新曲披露回とあってかなり手が込んでる印象でした。
昭和には今考えるとあり得ないようなクレイジーな教師が居たんだよ、ということを備忘録として記しておく。
生徒に「便所」「うんち」といったあだ名を付けて自分だけでなく生徒間でも呼ばせていた。
あだ名を付けられたのがひょうきん男子たちだったから事なきを得ていたけれど、あれはどう考えてもイジメだった。
体育は2クラス合同で、更衣室がない代わりに男女別の教室で着替えるんだけど、Hは堂々と女子生徒が着替え中の教室に入ってじっくりと女子生徒の着替えを観賞。
女子生徒に苦情を言われても「ここは俺が担任の教室だ!」と開き直り居座った。
男子生徒がつけたあだ名はジャイアン。もしくはバーコードハゲ。容赦ないよね…
今思うとそれほど悪い先生ではなかったとは思うんだけど、
女子体育教師がいる中で、女子生徒の体育担当になったのは悲鳴が上がるのも仕方ないとは思った。
今考えると気持ち悪い。
でも当時は他にも何人かそういった教師は居た。
熱血漢ではあるのだが、できない生徒に約束という名の押し付けを迫り、それが破られるとキレるというマッチポンプ熱血漢でうざかった。
予習をしてきた生徒が次々と課題をこなすのを叱ってたのは意味がわからなかった。
生徒を完全に自分のコントロール下に置くのが至上命題だったっぽい?
自分が務めてる高校ではなく、母校であるもう一つの進学校を賞賛し、勤務先の高校をけなしてばかりの人だった。
予習をしっかりして、授業中に眠るべきという、訳のわからない主張をしていた。
英文を読んで即座に和訳して問題を解け、という当時でも前時代的としか言い様がないやり方を押し付けてうざかった。
ちなみに生徒間で呼ばれていたあだ名はアイババ。
本名もじり+ババア+サイババみたいな髪型だったからそう呼ばれていた。