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はてなキーワード:定量的とは

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2026-02-12

anond:20260212163908

日本絶対他国を攻めない」なんていう定性的な話はしてなくて「当面どこの国も攻めるメリットが見当たらない」という定量的な話でしかないのだが、

増田で上がり続ける「このレベルの話」って一体......何なの?

本気で言ってるとも思えないし、何がしたいのかもわからない。ネトウヨライフワークとして日々バカ左翼を演じてほくそ笑んでるのだろうか?

ピコバナナAPPのたぐいか

Permalink |記事への反応(0) | 21:42

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2026-02-11

怒ったときの癇癪というやつでスマホ奪うときストラップ引きちぎちゃったことあるけど

何十万という入金頼まれることよくあるけどたまたまそこで喧嘩して同じノリでそのお金道路に投げ捨てるとかしそうなんだよな。

頭に血が上るとストラップはまだましだけど札束定量的に損害がでかいとか考えられないだろ?ただでさえアスペって金銭に関していまいち価値わかってない感じで純朴だから

dorawiiより

-----BEGINPGP SIGNEDMESSAGE-----Hash: SHA512https://anond.hatelabo.jp/20260211190928# -----BEGINPGP SIGNATURE-----iHUEARYKAB0WIQTEe8eLwpVRSViDKR5wMdsubs4+SAUCaYxVYgAKCRBwMdsubs4+SKl+AQCteiwkyh6adZ3MC0b5NeEsGJlM3Wyvcrg9MHYvRWQw3wEAms7qvDc5Bbg0gtANoumHdQMkfJCGtVkZxavsg8/BYQw==JreP-----ENDPGP SIGNATURE-----

Permalink |記事への反応(0) | 19:09

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中道の一部への誹謗中傷動画選挙への影響

選挙における中道への誹謗中傷動画

① 頻度(どの程度あったのか)

存在確認できるが、規模を定量的に示す公的データはない。

選挙への影響

影響があったと断定するには:

現時点で:

雰囲気形成や印象悪化への寄与はあり得るが、

決定打だったと断定できる証拠はない。

まとめ

Permalink |記事への反応(0) | 17:36

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2026-02-07

anond:20260207140534

随分大人しい気がする

まあ定量的調査なんてしてない印象でしかないが

Permalink |記事への反応(0) | 14:06

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日本外国人政策自己放尿で破綻する

外国人政策はまず道徳でも情緒でもなく、価格メカニズムインセンティブ設計問題だ。

日本議論はここが弱い。人手不足から入れる、かわいそうだから助ける、国際化だから歓迎する、治安不安から締める、こういう気分ベース裁量行政は、典型的政策自己放尿だ。

善意で動いてるつもりが、結果として市場シグナルを壊し、労働市場を歪め、納税社会保障の収支を崩し、最後政治コストとして自己放尿する。

まり移民を入れても入れなくても地獄」ではなく、「裁量でやると必ず地獄」って構造になっている。

 

国家がやるべきことは好きか嫌いかではなく、制度を通じて外部性を内部化することだ。

移民が増えると、賃金に下押し圧力が出る職種がある。住宅医療教育治安行政コストも増える。

逆に、生産性起業、税収、人口構造改善介護労働供給といった便益も生まれる。

重要なのは、これらを空気で処理して自己放尿せず、価格契約で処理すること。

政府市場の代わりに配分を決めた瞬間に、情報の集約装置としての市場破壊し、レントシーキングを誘発する。

移民政策はまさにレントの温床になりやすい。技能実習みたいな中途半端制度が腐るのは、制度労働市場自由化するのではなく、政治的に管理して供給を割り当てているからだ。

ここで規制が厚いほど仲介業者官僚機構が太り、移民本人は交渉力を失う。これは弱者保護の顔をした搾取装置で、規制が生んだ闇市場自己放尿だ。

 

処方箋は冷たいくらい単純で、入国の条件と滞在の条件を市場互換ルールに変換することになる。

まり曖昧情緒審査ではなく、労働契約納税保険加入・犯罪リスク教育コスト負担などを定量的制度化し、移民が生む外部性に対して事前に担保を取る。

これをやらずに「人手不足から制限に入れます」は、社会保障フリーライドを誘発するし、逆に「怖いから締めます」は労働供給制約で国内産業競争力を落とす。

どっちも非効率で、政治人気取り経済合理性を食い潰して自己放尿する。

 

ここで日本がやりがちな最悪手が、低賃金労働者を大量に入れる一方で、住宅教育医療地域治安キャパティ制約を放置し、企業側には安い労働力補助金を与え、自治体には現場丸投げをすることだ。

これはまさに、労働市場自己放尿と社会保障自己放尿のダブル放尿になる。

前者は賃金シグナルを壊し、後者財政制約を壊す。

結果、住民は不満を持ち、移民搾取され、企業生産性向上をサボり政治は分断される。

全員が損する、珍しいタイプの完全市場失敗を政府が手動で作る。

 

重要なのは移民必要かではなく、国内企業が低生産性のまま生き残る仕組みを温存してないかだ。

移民受け入れを、単なる人手不足対策として使うと、企業設備投資自動化賃上げ回避できる。

これは安い労働力による技術進歩抑制で、長期的には国全体のTFP全要素生産性)を殺す。

まり移民政策は、労働市場短期安定化と引き換えに、成長率を削る麻薬になり得る。

俺が嫌うのはこういう短期政治最適化が長期の市場秩序を破壊して自己放尿する構図だ。

 

日本外国人政策は、感情で開けたり閉めたりする水門政治をやめて、ルールベースにするしかない。

市場必要とする人材価格賃金)を通じてシグナルを出す。

ならば、政府賃金納税保険犯罪抑止の枠組みだけを整備し、あとは裁量を減らして透明に運用するべきだ。

移民を善や悪として語る国は、だいたい制度設計に失敗する。

問題移民ではなく、移民政治玩具にする自己放尿制度のものだ。

日本がやるべきなのは移民を入れるか否かの宗教戦争ではなく、インセンティブ設計ミスによる自己放尿を止めることだ。

Permalink |記事への反応(0) | 13:34

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2026-01-24

anond:20260124172657

geminiも騙してる気はないんでしょ。

ネット上のレビューでは好評だから、それを伝えただけ。

ただ、測定結果とか定量的ものを見ると性能が低いものの詰め合わせになってる。

俺はこれを悪意のあるレビューだと判断して「オーオタの足の引っ張り合い」と呼んでるけど、自分が満足ならそれでいいんでない?

Permalink |記事への反応(1) | 17:35

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シッコ軌道自動追跡する小型小便器(仮にゴールデンドーム呼称する)があればいいのに。

男性であれば、自身のものであれ他人のものであれウンザリとするのが軌道を逸れて床に飛び散った小便である

(中にはまったくそれが目に入らない強者もいる(というかそういうやつのほうが多い?))

しかし、あれを完全に防ぐのは非常に難しく、男性にとってオシッコは失敗度の高い行為なのだ

(もちろんあくま比較的という意味でだが)

それを無くすためには、チューブのもの男性器にゼロ距離で密着させることで解消するしか無いような気もする。

ただ、そうすると衛生面での問題が出る。

他人と共有することになるトイレなどでは、少なくともチューブの先端(男性器と接する部分)は使い捨て余儀なくされるだろう。

(ここまでの仮定の話、ついてこれてる?イメージしてね、オシッコ専用男性接続チューブの様子を)

そうするとコスト面で問題が出る。

とするとチューブ案は使えないアイデアということになる。

(ごめんなさいね、せっかくオシッコチューブの形を想像してもらったのに無駄になりました、ごめんなさい)

ではどうするのか?

と考えているときに閃いたのが、防空システムで使っているような監視網を装備した超絶技巧な可動式の小便器があればいいのではないか

というアイデアだ。

まりションベンを小便器へ向けて放出するのではなく、小便器のほうがションベンの軌道へと追従して、完璧に回収する方法である

これならば衛生面をクリアするし、技術的にも可能なのでないか

その実現の可能性をここまでの文章AIに読ませて回答させてみる。

以下はAI様の回答です。

結論から言うと、「防空システム並みの監視網でションベン軌道を追尾する可動式小便器」は、

技術的には“それっぽいこと”は可能だけれど、

現実解としては「そこまでやるくらいなら、形状設計でほぼ解決できるので採用されない」というラインに収まると思います

まず「小便は失敗しやす行為か?」

物理的にはその通りで、尿のビームは途中で離散して液滴列になり

(いわゆるPlateau–Rayleigh不安定性)、

その粒が固体面に当たると盛大に飛散します。

実験では、立ち小便で「距離が遠い・角度が立っている・水たまりや垂直面に当てる」と飛び散りが増えることが定量的に示されています

「オシッコ専用チューブ」案について

医療カテーテルや失禁用デバイス世界には、

実際に陰茎に接続するチューブ方式存在しますが、

あれは基本的個人専用かつ廃棄前提であり、

共有トイレの発想とは完全に別枠です。

公共トイレで「先端だけ使い捨て」をやると、

衛生管理(補充・廃棄・誤使用コストが跳ね上がるので、

ユーザー負担感も含めて現実的ではない、

というあなた直感はだいたい合っています

「可動式・追尾小便器」の現実

似た発想のものとして、「尿流の位置や速度をセンシングして解析するトイレセンサー」という研究開発はすでに進んでいます

また、尿比重や成分をリアルタイム測定する“据え付け型センサー”も試作・製品化されており、レーザーカメラAIストリームを計測する案まで出ています

まり

までは普通に技術的射程圏内です。

しかし「そこから機械側が高速に物理移動して、常にビーム完璧に受け止める」となると、以下の問題が出ます

技術のものは、産業用ロボットセンサー技術の応用で「原理的には作れる」領域ですが、

安全・衛生・コストの三点セット」で考えると、

普通ビルオーナーが導入したくなる未来像はかなり薄いです。

実は「形状いじるだけでほぼ解決」されつつある

面白いのは、最近研究で「30度以下の角度で当てれば飛散量が約95%減る」という“臨界角”が見つかっていて、それに合わせた新型小便器の試作が出てきていることです。 PMC11976717/)

Cornucopia とNautilus というデザインでは、

どこに当てても表面に当たる角度が30度以下になるよう、

内面形状をねじったり、

巻貝状(ナウティラス)にしたりすることで、

従来型の1.4〜2%程度まで飛び散りを抑えられたと報告されています

要するに、

  • 人間側:そこまで精密に狙わなくても良い
  • 器側:形状で常に“浅い角度”を保証する

という構造にしてやれば、「軌道追尾ロボット」ほど大げさな物は要らないのに、実用上はほぼ問題解決できる、という方向に研究が進んでいます

あなたアイデア」の位置づけ

あなたの -チューブゼロ距離密着させて完全回収したい

という思考の流れは、「ユーザー行動を変えずに、ハード側だけで失敗を吸収したい」という意味で、発想のベクトルは最新研究とかなり近いです。

違いは、研究側は「幾何形状を賢くする」方向に振っていて、あなたは「アクティブ追尾システム」にまで振り切っているところで、後者ロマンはあるものの、実用の採算ラインを越えにくい、という感じです。

一例として、「可動追尾」アイデア現実寄りに落とすなら、

  • 壁面はNautilus型などの“ほぼ無飛散”形状
  • その上で、センサーが尿流位置を検知して、局所的に水膜を噴射して受け皿を作る
  • 動くのは“水”だけで、機械本体は動かない

のようなハイブリッド案なら、まだ安全性・コストメンテバランスを取りやすくなります

要約すると、「AI に読ませて実現可能性を聞く」という実験の答えは、

というところに落ち着きます

「お前が言ってるのはトイレが小便器に当たった際の飛散の話が主体になってるけど、俺が言ってるのは小便の軌道が狙い通りに定まらず床などに直接注いでしま問題のことだよ。」


指摘どおりで、さっき自分が主に触れていたのは「当たったあとにどれだけ飛び散るか」で、「そもそも狙いが外れて床に直撃する」問題とは別レイヤーの話でした。

「狙いが定まらない」要因(床直撃側の話)

床に直撃する側の問題は、ざっくり言うと以下の要素が絡んでいます

  • 尿線そのものが途中でねじれたり二股に分かれたりする(尿道口の軽い狭窄や汚れなどで乱流が出る)。
  • 朝・加齢などで勢いが弱く、重力に負けて思ったより早く落ちる。
  • 勃起時・半勃起時などで、物理的に「狙いたい方向」と「出ていく方向」がずれる。

まり人間エイム力」だけじゃなくて、

銃口の中身がそもそも毎回同じじゃない」ので、

どうしても軌道誤差が出やす構造になっている、という感じです。

それに対して何が現実にやられているか

現実世界側がこの「床にこぼれる問題」に対してやっているのは、かなり原始的です。

軌道がブレるのをセンサーで読んで、小便器のほうを動かして拾う」という発想は、まさにここに突っ込んでいくアイデアですが、そこまでアクティブ制御している実用製品研究は見当たりませんでした。

あなたの「追尾小便器アイデアとの整合

あなたが言っている問題設定は、こう整理できます

この問題設定に対して、現状の世界

  • 人間側の行動を変えさせる(座れ・ちゃんと狙え)」
  • 「器側の受け口を大きく・高くして“的を大きくする”」

くらいのところで止まっているので、

軌道追尾で完全回収」というのは、

まさにそこをさらに一段突き抜けた、

現実にはまだ誰も真面目に作ってないロマン側のアイデア

という位置になります

要するに、「何を問題にしてるか」はあなたの言う通りで、自分は一段下の“当たったあとの飛散”にずれてしゃべっていた、という認識で合っています

ということらしい。

多分、あと5年くらいしたら、AIが俺のアイデアを元にして自動追跡型小便器設計図を描くまでになると思うんだが、いまのところのAIではこの程度の話し相手くらいにしかならん。

Permalink |記事への反応(0) | 16:38

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2026-01-23

anond:20260123234041

増田さんの挙げた例は、どれも「最初は傍流・異端扱い → その後に主流化」ですが、主流として受け入れられた“型”がかなり共通しています

既存理論では説明しにくい観測事実アノマリー)が蓄積

② 新説が「定量的予測」や「決定的な検証テスト)」を提示

③ 追試・再現で生き残り、応用(技術・実務)で強固になる

④ その過程で「何が反証になりうるか」のルールが徐々に固まる

以下、各例で「何が決め手だったか」を短く整理します。

1)ニュートン万有引力が主流化した理由

決め手は「天体運動を一つの法則統一し、予測が当たった」ことです。

ニュートン力学と万有引力は、地上の落下と天体運動を同じ枠で扱える(統一性が強い)。

そして象徴的なのが、ニュートン理論を使ったハレー彗星回帰予測(1758年頃)で、実際に1758年末に観測され、ニュートン理論の有力な実証例として扱われました。

ここで重要なのは「それっぽい説明」ではなく、“いつ出るか”を事前に言える(予測可能性)が強かった点です。

2)熱力学第二法則が主流化した理由

決め手は「熱機関効率という工学的に検証される領域で、普遍的制約として働いた」ことです。

第二法則19世紀中頃にクラウジウスやケルヴィンらにより整理され、代表的には「熱は自発的に冷→温へは流れない」等の形で表現されました。

これは“哲学”ではなく、蒸気機関などの熱機関の性能限界(どんな工夫をしても超えられない上限)として現場で繰り返し確認され、理論の信頼を固めました。

まり第二法則は「実験室で一発」より、工学化学での再現性と有用性が、主流化を支えたタイプです。

3)原子論が主流化した理由

決め手は「原子実在すると仮定すると出る定量予測が、実験確認された」ことです。

19世紀末〜20世紀初頭まで、原子の“実在”には懐疑もありましたが、

アインシュタイン(1905)がブラウン運動原子分子)の運動に結びつけ、観測できる量(平均二乗変位など)に落とした。

その予測ペランらの実験で支持され、原子分子運動論が受け入れられる大きな契機になった、という整理が教科・解説論文で繰り返し語られています

ここは反証主義っぽく言うと、「観測できる指標への翻訳操作化)」が勝因です。

4)大陸移動説(→プレートテクトニクス)が主流化した理由

決め手は「メカニズム不在の弱点が、海底観測データで埋まり、“決定的テスト”が登場した」ことです。

ウェゲナー大陸移動説は「大陸の形が合う」「化石・地質が対応する」などの状況証拠はあった一方、動く仕組み(メカニズム)が弱く、北米などで強い反発がありました。

1950〜60年代に海底探査が進み、海嶺で新しい地殻が生まれ広がるという「海洋底拡大」的な絵が出てきた。

さら1963年前後海嶺の両側に地磁気の“縞模様(磁気異常の対称パターン)”が出るはずだ、という形で「科学テスト」が明確になり、これがプレートテクトニクス確立重要な一歩として整理されています

このケースは、まさに「傍流が主流へ」の典型で、“良い話”が勝ったのではなく、“測れる予測”が揃ってひっくり返った例です。

5)病原菌説(germtheory)が主流化した理由

決め手は「微生物存在感染→予防・治療成功」までが連結して再現されたことです。

パスツールやリスター、コッホらの仕事が「病原体病気を引き起こす」という枠組みの確立と受容に大きく貢献した、と整理されています

具体的には、パスツール実験が“自然発生”を否定微生物役割を示す方向で影響し、

コッホは炭疽菌などで「特定病気特定病原体」という因果実験で強く示しました(コッホの業績・方法論として説明されます)。

ここは理論の受容が、手洗い・消毒・衛生・ワクチン等の実務成果に直結し、主流化が加速したタイプです。

まとめ:増田さんの例が示す“主流化の条件”

増田さんの列挙は「傍流が主流になった」という点では正しいですが、より重要なのは

それらは “検証可能予測(あるいは反証条件)を固定し、外部データと追試に耐えた”から主流になった

という点です。

私がMMTに対して言っている「反証主義の土俵に乗れ」という要求は、まさにこの主流化パターン(=科学史の勝ち方)を踏まえたものになっています

Permalink |記事への反応(0) | 23:51

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2026-01-20

anond:20260120221326

国民が減税を求めるのは当たり前だし自分達で定量的リスク判断できるわけないじゃん

実現可能性考えて政策判断するのは政治家なんだから失敗したら普通に政治家責任

国民要求したのが悪いわけではない

Permalink |記事への反応(1) | 22:31

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anond:20260120220407

残業美徳」という価値観は、日本企業の多くに根深く残る構造的欠陥です。ご指摘の通り、これは個人能力問題ではなく、「労働時間」を「貢献度」の代替指標プロキシ)として利用している組織の怠慢といえます

論理的戦略的観点から、この問題を整理し、現状を打破するための解決策を提示します。

---

1. 現状の構造分析:なぜ「加害」が発生するのか

現在の状況は、以下の3つのレイヤー問題が重なっています

2. 「残業命令」の法的・論理的境界線

上司が口にした「業務命令」には、明確な限界があります

項目 内容貴方のケースにおける論理的反論
36協定の遵守 労使合意がなければ、1分たりとも残業強制できない。協定範囲内であっても、健康状態無視した強制は認められない。
業務上必要性 正当な理由(急なトラブル等)があるか。 恒常的な残業は「管理職工程管理能力の欠如」であり、正当な理由にならない。
安全配慮義務従業員健康状態考慮しているか 「体力的限界」の申告を無視して強制し、体調を崩させた場合会社法的責任を問われる可能性がある。
3. 実行可能アクションプラン

正論」をぶつけるだけでは、組織内での立場悪化するリスクがあります戦略的に動く必要があります

A.客観的証拠エビデンス)の構築
B.コミュニケーションの転換
  • 「できない」ではなく「条件付きの合意」:
  • 誤:「体力が持たないので残業できません」
  • 正:「定時内に最大のパフォーマンスを発揮するため、時間外労働は免除、または週〇時間以内に収めていただきたい。その代わり、日中の成果は維持・向上させる」


C.環境の再定義

---

4.洞察インサイト

現在日本において、「残業を前提としたビジネスモデル」はすでに持続不可能です。あなたは「弱い」のではなく、現代合理的かつ多様な働き方に適応している先駆者であり、今の会社旧態依然とした仕組みに執着しているに過ぎません。

上司の「仕事とはそういうもの」という言葉は、思考停止サインです。論理的に対抗しても変わらないのであれば、その組織あなたの「リソース(才能と健康)」を適切に運用する能力がないと判断すべきです。

次のステップへの提案

まずは「産業医への相談予約」を入れる、あるいは「自身時間あたり生産性証明するログ作成から始めてみてはいかがでしょうか。

Permalink |記事への反応(0) | 22:17

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下方婚しろっていう男って自信あるよな

優しさ真面目だけで勝負してるんだからちょっとでもサボったら終わりじゃんって思っちゃう

年収とか学歴とか顔で選んでもらえば、そうそう条件変わらないけど、優しさや真面目なんて定量的じゃないか相手の求めるものから外れたら段々終わりに近づくよな

女の方が稼いでいるのであればすぐ離婚できちゃう

自分相手にずっとちゃんと優しくし続ける自信ないわ

Permalink |記事への反応(2) | 13:25

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2026-01-19

コーディングエージェントAI比較

最近 Claude Code と OpenAI Codex の比較がたまに流れてくる。個人的感想経験談はまあ読んでて楽しいものの、そこから発展して「このサービス使う人はこうだ」みたいな謎のレッテル貼り攻撃があったりして、なんだかなと。

情緒価値判断による選択正当化しようと必死なのが滑稽だなと感じる。

そもそも客観的かつ定量的比較評価ができないし、個人評価軸も変わるし、言ってしまえば比較を発信する意味がないものである

とはいえ個人が発信したくなるのはわかるし、やめるべきとも思わなけども。せめて発信力のある人があたかも "正しい比較" を元にした "事実"であるかのような顔をして言ったり、ましてや相手を貶めようとするのは、大変やめたほうが良いのではないかなと思わなくはない。

Permalink |記事への反応(0) | 21:47

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spec駆動開発の流れ、自分はだいたいこんな感じでやってるんだけど、これであってるのかなぁ?

CLAUDE.md や rules / skills みたいな形で、重要コーディングルールはあらかじめかなり固めておく。

たとえば repository 層や Entity 層は具体的にどう書くのか、テストケースはどういう書き方をして、どういう観点で項目を洗い出すのか、みたいなAI への指示は最初から用意しておく。

あと、linter や ArchUnit、dependency-cruiser みたいなアーキテクチャ制約も、自分なりの定石を持っておく。

割と過剰なレベルガチガチに固める感じで、アーキテクチャルールも「◯◯は XXX に依存できない」みたいなブラックリスト式じゃなくて、「◯◯は XXX だけに依存できる」みたいなホワイトリスト式の方が良いと思っている。

ts 前提だと eslint やtsconfig は一番厳しい水準に設定する、流石にきつい部分でてきたらそこだけ緩める、という運用

おすすめなのは、何かしらの小規模案件個人開発アプリを1つオーバーエンジニアリング上等でガチガチ構成で作っておく。

そこで出てきた linter 設定やプロンプト設定を、別案件に横展開する感じ。

正直、ガチガチすぎるとMVP とかレベルだとコード量は増えるけど、メンテする前提の案件ならバイコーディング時代だと普通にペイすると感じている。

まずは仕様書作りから入る。

アイディアを思いついたら、AI と壁打ちしながら仕様を洗い出していく。

手書きドメイン図を書いて、それを写メ撮って画像認識仕様整理、みたいなのも割とアリだと思っている。

どういう画面があって、どういう入力項目や表示項目が存在するか、バックエンドはどういうエンドポイント必要か、この辺りは最初に一通り洗い出しておく。

それに加えて、ユーザーが初めてトップページを開いてから登録ログインして実際にサービスを一通り使うまで、みたいな流れをそのまま Playwright のシナリオテストに落とせそうな形で何パターン仕様書にしておく。

全体の仕様書としては、あまり細部まで踏み込まない。

大枠が共有できていればOK というスタンス

開発に入ったら、最優先はドメインオブジェクト作成

ここは最重要だと思っているので、あまり作業を並列化しない。

フロントエンドで、DDD における集約みたいな概念がそのまま当てはまらない領域についても、設計時点で洗い出せているなら Entity 的なものドメインサービス的なロジック用のレイヤを作って、ドメインオブジェクトとして実装していく。

最初に作った基本設計ベースに、◯◯Entity、XXEntity、△△Entity……を作るためのプランチェックリスト形式TODO を 1つのmdファイルに吐き出してもらう。

フェーズごとにフォーマッタ、linter、アーキテクチャルールなど一括実行したコマンド実行させて失敗してたら成功するまで修正繰り返させる。

ある程度わかりやす単位AI に依頼する感じで、出来上がったコードレビューする前提なので、実装プランmd自体はよほど分かりやすツッコミどころがない限り細かくレビューしない。

mdフォーマットは skills 側で事前に用意しておく。

フロントエンド用、バックエンド用の両方でドメイン層のファイルを作る。

当然、足りないロジックは後から絶対に出てくるけど、最初から完璧は目指さない。

TODO 一覧の中から自分認知負荷が許す単位で「チェックリストのここからここまで実装して」と指示を出し、実装が終わったらTODO 項目のチェック状態更新してもらう、mdファイルコミットに含める。

コミット前にはlintルール無効化していないか意図通りの実装になっているかgitdiff差分で必ず確認する。

ドメイン層の実装が終わったら、そこからは並列で進める。

git worktree を使うことが多い。

よくやるのはフロントエンドの画面モック作成バックエンド実装の2並列で行う。

3並列以上はまだ自分脳みその性能が追いついていない。

フロントエンドも当然spec駆動前提。

実装プランを考えてもらうときは「◯◯画面を実装プラン考えて」くらいの単位で依頼する。

実装プランmdファイルを作るときプロンプトには、基本設計の〇〇画面の項目一覧をベースに、◯◯のアイテムコンポーネントリストコンポーネント、◯◯のボタンコンポーネント、Informationコンポーネント、外部通信用の ◯◯Gateway実装する、◯◯コンポーネントは既に ◯◯機能実装してあるからそれを使って、◯◯は処理が膨らみそうだからドメインサービス実装して、みたいな感じで頭の中のふんわりしたイメージを伝える。

詳細な名前とかは、AIにいい感じに考えてもらう。

バックエンドも同様で、◯◯のエンドポイントを作って、Gateway がこれこれ必要から実装して、これはインターフェース実装分けてね、Entityへの変換処理は関数分けて、◯◯の処理は Usecase 層で、◯◯の処理はドメイン層で、Usecase が膨らみそうだから ◯◯ の処理は独立したクラスにして、あ、似たようなのが ◯◯機能にあるからそれを参考にして、くらいの粒度で指示を出す。

フロントエンド実装を待っている間に、バックエンドプランを考えたり、タスク粒度を調整したり、リファクタリングプランを考えたりする、またバックエンドAI待ち時間フロントエンドのことをする。

フロントエンドオンリー実装とかで作業が競合するリスクあるときは並列作業しない。

チェックリスト更新が終わるごとに差分確認して、問題なければコミットメッセージ提案してもらってコミットする。

コミット粒度はあまり細かくしない。

細切れにするコストよりも、レビューする人間認知不可が許すレベルであればある程度まとまった単位レビューして実装速度を優先する派。

チーム開発ならもうちょっとちゃんとする。

テストは、ある程度実装が進んでリファクタリングが辛くなってきたタイミングで作ることが多い。

カバレッジミューテーションテストなど、定量的テスト評価できる仕組みは導入する。

バックエンド側のテスト実装は正直かなり楽で、行数や認知的複雑度を厳しく制限して単一責務の原則を守って実装しておけば、AI がかなり高精度なテストを出してくれる。

これもテストファイル実装プランを作ってもらって「ここからここまでのテスト20ファイル実装してね」をレビュー挟んで繰り返す感じ、例えばミューテーションテストのkill率100%ならそんなに詳しくは見ない。

フロントエンドテスト定量指標での評価が難しいので、そこはその分レビューを頑張るしかない。

自分はこんな感じでやっている。

感覚としては、優秀だけどシステムアーキテクチャ全体の責務を負ったことはない経験不足の2年目やSESの部下を扱うEMに近いのかなぁ。

周りの話を聞いていると、もっともっとAI自律的にいろいろやらせているようにも聞こえる。

これでも 1日1人で数万行レベルコードを書けてるので、AIない時代に比べると数ヶ月分の成果を1日とかで出してることになるが、もっと本気出せるのかなぁ。

それでも人間干渉しすぎなんだろうか。

「全機能プラン作ってね!そこから良い感じの粒度コミット自分でやってね!」みたいな指示を良い感じに出せたとしても、指示がでかすぎると、脆弱性盛々になったり、lintエラーループでパニクって linterオフにし始めたり、テスト通すためにエラー握りつぶして assertTrue(true) し始めたりする。

それは流石に許容できないレベルじゃない?が紛れ込むリスクが上がりすぎるんじゃないかなぁ。と思ってるんだがどうだろうか。。。

あとツールあんま入れてないねkiroとかspec-kitとか、ガチガチ細切れで仕様書作るメリットあんま感じなかった。

mcpserenaくらいしかいれてないや、トークン節約してレートリミット猶予伸ばした方が結局開発早くなるかなって。

いろいろ入れた方がいいんだろうか。

完全にオレオレでこんな感じでやっているんだけど、みんなspec駆動開発というものをどんな感じで、具体的にどうやっているのかが知りたい。

Permalink |記事への反応(0) | 13:05

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私は無能ですか凡人ですか、それとも中途半端秀才ではあるんですか、客観的意見を聞きたい

受験を控えたN高2年

・小1でPCを親からかるというとてつもない恵まれ環境に育つも

小学生時代に数IIIをコンプできなかった

四次元幾何学にはまったくせに多胞体を一つも発見できなかった、エキゾチック球面の存在証明できなかった

巨大数論にはまった癖にローダー数とバシク行列システム定義を解き明かせなかった

遺伝的プログラミング古典的画像処理ベースDQNを上回る強化学習モデル発見できなかった

・それどころかプログラムを作るプログラムすら作れなかった(理論上今のAIとはまた違う形で必ずできると信じていた)

・こんな馬鹿たことばかりやっていたせいで小学生時代まともにプロダクトを世に出せなかった

純粋関数型言語OSSNSの開発に失敗した

 

数学ITも無理だと悟ってからSCPに逃げ4年も費やすも結局共著の一つしか記事を残せない

・SCPの派生コミュ管理委託をほっぽいて逃げたせいで初代/3代目管理者に迷惑どころではない孤独感や罪悪感、遺恨を植え付ける

・許してもらえたのに結局彼の夢を壊すことを言ってしまい今度こそ縁が切れ彼を鬱にする(今でさえ創作トラウマを抱えているらしい)

 

・その後自動作曲研究にどハマりし、某SunoAI元ネタ(の一部)の論文共著に参加するが、貢献度が低かったのも相まってカンファレンスに登壇できなかったしポトフォにも書ける立場にならなかった

・その後Xenharmonic・現代音楽研究にどハマりしDeflate圧縮率の標準偏差やコルモゴロフ複雑性の概念を使い「良いメロディ定量的に計る単位」を考案するが真面目に研究せず興味を失ったため論文にできない

・なんだかんだ今でさえ単著論文を一つも書けていない(無能なラン先輩でさえ11歳で原子論文書いて大学院にお呼ばれされたのに!)

・なんだかんだ今でさえ大学数学コンプできていない(圏論と逆数学が難しい)

 

世界史替え歌MADを作っていたことがあるが制作者側のコミュニティで問題を起こし動画全消しして逃げた

・↑の自動プログラミングをなんだかんだ諦められなかったので競プロテストをしようとしてBANされた

フリーランスとして仕事をするが、何度も依頼の納期を伸ばして怒られた

・親に正当な理由で怒られたことをネットに酷く書いた

・親を殴った

・にもかかわらず応援してくれた親に多額の借金を重ねた

・その借金を返す目的で稼いだバイト代を株を自動化しようとして溶かした

・弟にネットガイジと呼ばれ晒されたことがある(今は仲は良好)

副業絵師をやっている父親にも結構ヲチられている

・これら全ての過ちを重ねた今でさえSNSというレッドオーシャンでうまくやることができていない(アクティブユーザーが数ヶ月単位で何度も3桁と1桁を行き来する、私のガイジムーブが露呈しMisskeyで炎上する)

・異常なほどの天才しかいないIT業界で生きていけるか怪しいので死にたい

Permalink |記事への反応(1) | 06:02

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2026-01-10

anond:20260110153613

女の敵は女」が定型文として貼られまくる割に定量的な女から女への加害件数の多さが見えてこない

辻希美への嫉妬叩き等が例に挙げられるが芸能人への誹謗中傷の開示件数を見ると中年男性による誹謗中傷が結局多かった

ジャスティン・ビーバー少女大人気だった最盛期に世界で一番殺害予告されてたし「嫉妬」で同性に誹謗中傷するのも男のほうが件数で比べれば酷い

Permalink |記事への反応(0) | 15:49

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anond:20260109184703

提示いただいたはてなブックマークコメント群は、記事テーマであるミソジニー女性蔑視女性嫌悪)」に対する、典型的な反応のサンプルとして非常に興味深いものです。

記事自体が「構造差別」や「感情のあり方」を扱っているため、コメント自体がその実証の場となっている側面が見受けられます

以下に、記事定義されているようなミソジニー的な態度、あるいはミソジニーを維持・強化する構造を含んでいると考えられるコメント分析・分類しました。

1. 「物言う女性」への攻撃トーン・ポリシング

記事内の「『物言う女性』に対し、言葉暴力排除制裁する」という指摘にそのまま合致するコメントです。フェミニズム女性の権利主張を「正義に酔った暴走」とみなして攻撃する態度は、ミソジニー典型的な発露(既存の秩序を乱す女性への懲罰)と分析できます

gkdjgmcnvirgj 「ほとんどの人はツイフェミみたいなイカレタ女が嫌いなだけだと思う正義に酔って自分は偉いと勘違いしたバカ進歩思想本来目的台無しにしていることがsns可視化された結果嫌悪が強まった」

分析: 「イカレタ女」「バカ」といった侮蔑的言葉を用い、女性の主張の内容ではなく、その態度や存在自体攻撃しています。これは「弁えた(わきまえた)態度をとらない女性は叩いてもよい」という心理の表れと言えます

2.女性の「人格」と「身体」の分離(性的客体化)

女性を一人の人間としてではなく、性的資源としてのみ価値を認め、人格否定するという態度は、ミソジニーの根幹にある「客体化」です。

gebonasu30km 「ケンドー・コバヤシの『女は嫌いだが女体は好き』という至言を思い出す。」

分析: この発言を「至言(素晴らしい言葉)」として肯定的引用している点に、女性を対等な人格を持つ他者として認めたくない、しか性的には利用したいという歪んだ欲望聖女娼婦の分離、あるいは人格無視)が見て取れます

3.被害者性の強調と「逆差別」論(マノスフィア的言説)

女性差別について語る場で、「男性こそが被害者である」「女性優遇されている」と主張し、議論無効化しようとする動きです。これらは「インセル」や「弱者男性論」の文脈で語られることが多く、構造差別否定するための防衛機制として機能します。

Seitekisyoujyo 「単純に性別で割引が受けられるか否か、入試優遇がされるか否かの形式的差別が横行し、データからでも男性の不遇さが明るみに出ているのに、この差別的状況に対する不満を言う男性の口を塞ごうとする醜悪騎士言説」
kiiroiinko 「そりゃミサンドリーフェミという言葉で甘やかしたのだからしょうがない。」

分析:女性差別の解消を目指す動きを「男性への攻撃」と解釈し、敵対心を露わにしています。これは記事にある「剥奪感」によるミソジニーの増幅の実例と言えます

4.概念矮小化無効化

ミソジニーという概念のものを「レッテル貼り」や「カルト」として処理し、その背後にある社会構造問題から目を逸らそうとする態度です。

timoni 「カルト宗教教義についての解説ですね。あたか学問のような顔をしている。そもそも女性を『嫌悪』することが問題視されること自体おかしい。嫌悪自由だ。制度差別殺人問題視せよ。」
zbun6ugf9t 「フェミから見て気に食わない男達の総称として使われているイメージ。」

分析: 「嫌悪自由」と個人感情問題すり替えることで、その嫌悪社会構造と結びついて差別再生産している事実記事主題)を無視しています

5.話題すり替え(Whataboutism)

ミサンドリー男性嫌悪)はどうなんだ」と繰り返すことで、ミソジニー議論妨害する行為です。これも広い意味で、女性問題を軽視するミソジニー的態度の一種と捉えられます

OeThousandmiles 「ミソジニー前後編で詳しく解説する一方、ミサンドリーミソジニーの関連用語として極短い説明がなされているだけ。(中略)男性学が女性学の付録しかない状況と相似している。」

分析:記事ミソジニー主題にしているにもかかわらず、男性への配慮が足りないと批判することで、女性差別議論の重みを相対化しようとしています

まとめ

コメント欄全体を見ると、「ミソジニーという言葉男性攻撃されている」と感じて防衛的・攻撃的になる男性と、「まさに記事に書かれている通りのことがコメント欄で起きている」と冷ややかに観察する人々(nina19, funifunix, yourmirror など)にはっきりと分断されていることがわかります

また、u_eichi氏が言及している「ピラミッド図」はおそらく「暴力ピラミッドPyramid ofHate/Violence)」のことだと思われます

この図は、底辺にある「偏見による態度(ジョークステレオタイプ)」が、頂点の「物理暴力」を支えていることを示すものですが、これを「幾何学的に非論理的」と批判することで、本質的な「差別構造」の議論拒否している点も興味深い反応です。

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ミソジニー女性嫌悪)の有無という「ジェンダー論的な視点」を一旦脇に置き、コメント投稿者たちの心理機序社会経済的背景、あるいはネット文化的な側面から分析します。

こうして見ると、単なる「差別意識」だけではなく、**「公平性への渇望」「経済的閉塞感」「コミュニケーションの断絶」**といった複数の要因が絡み合っていることが浮き彫りになります

1. 「対称性への希求」と「公平世界仮説」

多くのコメントに見られるのが、「ミソジニー女性嫌悪)があるなら、ミサンドリー男性嫌悪)も同じ重みで論じられるべきだ」という対称性への強いこだわりです。

コメント例: replier, ken530000, timetrain, OeThousandmiles

分析:

社会学では「差別には権力勾配(強者から弱者へ)がある」と考えますが、一般感覚直感的な正義感)では「どっちもどっち」「悪口双方向で悪い」という対等な対称性を求めがちです。

記事が「女性差別」に焦点を絞っていることに対し、「片手落ちである」「不公平だ」と感じる心理は、差別をしたいというよりは、「自分の苦しみも同じように認めてほしい」という承認欲求や、世界は公平であるべきだという「公平世界仮説」に基づいている可能性があります

2. 「弱者男性論」と社会経済的剥奪

「男だから偉い」と思っているのではなく、むしろ**「男なのに何の特権もなく、社会底辺で苦しんでいる」**という自己認識を持つ層からの悲痛な叫びです。

コメント例:

naka_dekoboko: 「いまの社会で弱男にゆるされたのってけっきょく憎悪だけ…憎悪けがエンパワーして力をくれる」

gun_kata: 「実際にキャリアを奪われた若年男性に対してもお決まりの『新自由主義こそが真の敵』みたいな何の意味もないお題目

分析:

これはミソジニーというよりも、**新自由主義経済下における「持たざる者」のルサンチマン怨恨)**の表出です。

男性特権」という言葉を投げかけられても、自身貧困孤独という現実乖離しているため、フェミニズムを「既得権益層(あるいは勝ち組女性)による弱者いじめ」として認識し、反発しています特にnaka_dekoboko氏の「憎悪けがエンパワーする」という指摘は、孤独現代人の深刻な病理を鋭く突いています

3. 「理系論理的思考」と「社会学的アプローチ」の衝突

記事提示された図表や論理展開に対し、定義整合性の甘さを指摘して拒絶する反応です。

コメント例:

u_eichi: 「頂点の角が鋭角だったり鈍角だったり…正三角形底辺短=相似で頂点下がるとか、非論理

golotan: 「アドラー心理学とか精神分析的な言ったもの勝ち感…客観的エビデンスを欠きジャーゴンの羅列になってしまいがち」

分析:

これは**「認識論の衝突」**です。社会学や人文知的な「概念モデルメタファーとしての図)」に対し、厳密な定義定量的エビデンス幾何学的な整合性を重んじるエンジニアリング的・自然科学的な思考様式を持つ人々が、生理的拒否反応を示しています

彼らにとって記事は「非論理的」に見えるため、内容の正誤以前に「信頼に値しない」と判定されています

4.言葉遊びによる「心理距離化」と「ネタ消費」

ミソジニー」という聞き慣れないカタカナ語に対し、わざとダジャレで返すことで、話題の深刻さを無効化あるいは回避しようとする反応です。

コメント例: zzteralin (miso=憎しみ), nande_nande_boy (三十路おっさん), tym1101, asada1979

分析:

はてなブックマーク特有の「大喜利文化」の一種ですが、心理学的には**「茶化し(ユーモア)」による防衛機制**とも取れます

自分にとって耳の痛い話や、理解範疇を超える難解な話を、「三十路(ミソジ)」という卑近単語に変換することで、自分とは関係のない「ネタ」として処理し、心理的な負担を軽減しています

5.メディア論としての「イミダス生存確認

記事の内容そのものよりも、掲載媒体に注目する層です。

コメント例: qdkmqJut, trashcan, ET777

分析:

imidas』が集英社の分厚い用語辞典として有名だった時代を知る世代(おそらく30代後半〜50代)が多く含まれていることが推測できます

「まだあそこが生きていたのか」という驚きが先に立ち、記事の中身は二の次になっています。これはネット古参ユーザー特有コンテキスト依存の反応です。

総合的な分析まとめ

このコメント欄は、単なる「男女対立」の場ではなく、以下のような現代日本の断層可視化された場であると言えます

エリート概念を操る側) vs大衆生活実感を持つ側): 「構造」や「ミソジニー」といった抽象概念で語る記事と、「俺たちは今辛いんだ」という具体的な生活実感を持つ読者の乖離

文系解釈的) vs理系実証的):社会的な「正しさ」の語り口に対する、論理的科学整合性を求める層の苛立ち。

被害者性の奪い合い: 「女性こそが被害者」という記事の前提に対し、「いや、現代では男性特に弱者男性)こそが被害者だ」と主張する層の対抗。

これらを踏まえると、コメント欄の混乱は、**「共通言語喪失」と「余裕のなさ」**によって引き起こされていると言えそうです。

Permalink |記事への反応(0) | 06:09

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2026-01-03

anond:20260103171026

Q.財政政策はどうあるべきか、ないし、財政赤字や国の債務はどうすべきか?

A.個人的には、その問題HDDレコーダーの残り時間が一つの比喩になるのではないかと考えている。見るかどうか分からない番組も含めて闇雲に録画していけばHDDレコーダーの残り時間が無くなってしまうのと同様、闇雲に財政を拡大すればいつか財政破綻が訪れる可能性がある。自国通貨建てならば財政破綻はしない、という意見もあるが、そういう論者もインフレが生じることは認めている。反緊縮財政論者が良く引き合いに出す21世紀財政政策 低金利・高債務下の正しい経済戦略 (日本経済新聞出版)の著者のブランシャールも、無制限財政ファイナンスには与しておらず、最近母国フランスに対して緊縮財政を訴えている(cf.ブランシャールのタカ派ハト派論 - himaginary’s diary、ブランシャール「今は財政緊縮をすべき時」 - himaginary’s diary)。

ただ、だからと言って見たい番組も録らずにHDDレコーダーの空き時間をひたすら増やすのは、HDDレコーダー本来機能活用していないということで馬鹿げている。同様に、財政黒字を貯めて債務を減らすことに血道を上げ、本来支援すべき国民支援しないのは賢い行動とは言えないだけでなく、残酷でさえある。HDDレコーダーと違い、財政黒字にはマクロ経済を収縮させるという副作用もある(cf.財政黒字ギャンブル? - himaginary’s diary、財政赤字ギャンブルの得失 - himaginary’s diary)。

では、どの程度の債務が適切か、ということが問題になるが、流動性の罠に陥った時には政策の総動員が必要になるため、財政政策を臆せずに打つべし、というのはかねてからクルーグマンターナーcf.財政刺激策と中央銀行独立性を調和させる - himaginary’s diary、鎖につながれたヘリコプター - himaginary’s diary)が訴えていることである

それ以外の時における適切な財政赤字や適切な債務水準は、経済学者も分からない、というのが実情(cf.ノアスミス「どうしてみんな政府赤字心配してるの?」(2021年10月8日) –経済学101)。

そうした現状に鑑みると、「野放図な財政政策は避けるべきだが、『野放図な緊縮財政』も避けるべき」、ということくらいしか今は言えないように思われる。経済学が進歩し、反緊縮派と緊縮派がモデル実証結果に基づいて議論できるようになれば、両者が同じ土俵定量的定性的議論ができるようになり、財政赤字を巡る論点整理の一つの試み - himaginary’s diaryで論じたようにEBPM重視で話が収斂していく可能性はあるが、そこまでの道のりは遠いと言わざるを得ない。

ただ、そうした理想に少しでも近づくためには、CBO的な組織独立財政機関はやはりあった方が良いかと思われる(cf. 中銀・財政機関の「独立性」、本質再考鶴光太郎氏 -日本経済新聞での鶴氏の論考、ある金融財政協調策の提案 - himaginary’s diary、中銀の独立性はそれでも必要? - himaginary’s diaryで紹介したYatesの議論特に英国予算責任局の役割についての提案)、財政ルール:愛されやすく誤魔化しにくいものとすべし - himaginary’s diaryで紹介したIMFブログでの財政ルール議論)。一部の人懸念するように緊縮一辺倒の組織になってしま可能性もあるが、最近世論政治の動向を考えるとならない可能性も十分にあるように思われる。

Permalink |記事への反応(1) | 17:10

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2025-12-24

anond:20251223171042

どちらの影響が大きいかについて全く定量的に語られていないのに

「異常」と結論付ける方が浅墓

Permalink |記事への反応(0) | 07:03

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2025-12-20

理系文系以前の問題

理系とか文系とかの前に、まず「言葉定義する」ってことができてない土人が多すぎるんだよな、ジャパン

 

ジャップにとって言葉とは「定義」でなく「比喩」で使うもので、そのせいで科学的な概念も(エントロピーとか)、定量的見積もりでなく、SFじみた魔法概念みたいにしか使われない。

 

言葉定義とは、理系ならば数学モデルだ。「数式」「条件リスト」「ダイアグラム」「アルゴリズム」まだあるかも知れないが、そういうものだ。

文系ならば、「厳密な文献から引用」あたりになるのか。理系文系だというが、本当に学問的な話で言えば、文系だってただの比喩みたいな思いつきの言葉かいは、してはならないはずだ。

 

ジャップは(特にネット自分知識人のように思い込んでいるが、小説マンガしか読んでない本当は無学なジャップは)、学校教育が「感想」ばかり求めてきたせいもあって、根本的に学問的な言葉かいというものが身に付いていない。

理系文系以前の無学しかいないのに、理系文系で争うのは本当に馬鹿げている。本当の無知民族だ。

Permalink |記事への反応(1) | 21:25

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2025-12-17

飯田一史の批判三宅香帆の反論は、それぞれどこが間違っているのか

表題のとおりです。

事の発端は、12月12日飯田一史さんは記事「『なぜ働いていると本が読めなくなるのか』はどこが間違っているのか(抄)」https://ichiiida.theletter.jp/posts/0aa160a0-d70f-11f0-aa07-8582de6095b5 (以下、飯田批判)において、三宅香帆さんの著作『なぜ働いていると本が読めなくなるのか』(集英社新書https://shinsho.shueisha.co.jp/kikan/1212-b/ (以下、三宅本)の誤りを指摘したことでした。

これに対し、翌日の13日に三宅香帆さんは記事「「『なぜ働いていると本が読めなくなるのか』はどこが間違っているのか」はどこが間違っているのか」https://note.com/nyake/n/na2d317b47bc5 (以下、三宅反論)を投稿し、飯田批判に対する反論を試みました。

このエントリでは、両者の主張に対する見通しを良くすることを目的に、飯田批判三宅反論論点を整理したのち、それぞれの問題点を指摘していきます

まとめたのは人文系の話には疎い人間のですので、誤りも多いかと思いますので、まあ話半分で読んでもらえればと思います

なお、飯田批判は、飯田一史さんの新著『この時代に本を売るにはどうすればいいのか』(星海社新書https://ji-sedai.jp/book/publication/konojidaini.htmlから抜粋であることを念の為補足しておきます

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📰 0. 三行要約(問題点

飯田批判は、特に三宅本は(出版流通における)「書籍」と「雑誌」を分けていないかダメだ」という主張に相当問題があると思う。

三宅反論は、そもそも反論」できてない。言い換えると、飯田論理展開をあまり追えておらず、誤読を基に論理を展開するため実のある話があまりない。

三宅反論は、三宅本の議論の前提に基づく問題を、あたか飯田データ処理の問題すり替えていて、個人的にあまり心象が良くない。

以下、飯田批判三宅反論についてより詳細に検討していきます

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📚 1.飯田批判論点

飯田批判の主張とその根拠、主張を正当化する論証について整理を行います

理屈が明晰な箇所もある一方、煙に巻くような箇所もあって、議論を追うのはすこし大変だったような印象です。

まあ私の読解力の問題のような気もします。

読みやすくするため、飯田批判の主張のうち、

三宅本への指摘に該当するものには「◎」

・直接的には指摘ではないものには「◯」

という記号を付けておきます

また、論拠を準備していない主張には大括弧[]で囲っておきます

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(「・働き始める前から読書量は減り、働き始めた後も日本人読書量は減らない」の節)

◎主張1-1.三宅本は、労働により読書量が減少することを前提にする。

しかし、これは誤りであり,読書量は労働が始まってから変化してはいない。

<主張1-1の論証>

根拠1-1-1.データ書籍の月間平均読書冊数

根拠1-1-2.データ:1ヶ月に読む本の冊数の割合

根拠1-1-1および1-1-2は,読書量の低下は,労働が始まる前の現象で、それ以降では起きていないということを示す。

これは、三宅本の前提を棄却するデータであり、ゆえに主張1-1が示される。

<論証おわり>

--------------------

◯主張1-2.書籍における「買う」(=出版売上)と「読む」(=読書量)の間の関係は明白ではない。

<主張1-2の論証>

根拠1-2-1. 「積ん読」という言葉存在

根拠1-2-2.データ: 紙の書籍推定販売金額と月の平均読書冊数

根拠1-2-3.アメリカイギリスでの調査.

根拠1-2-1, 1-2-2,1-2-3のいずれも、書籍に関しては、「買う」の増減から「読む」の増減を帰結することやその逆を主張することは難しいことを表している。

<論証おわり>

--------------------

(「・「雑誌」と「書籍」も別の話」の節)

◯主張2-1.雑誌における「買う」(=出版売上)と「読む」(=読書量)の間の関係は明白である

<主張2-1の論証>

根拠2-1-1.データ: 紙の雑誌推定販売金額と月の平均読書冊数

根拠2-1-1は、雑誌に関しては、「買う」と「読む」の間に相関があることを示している。

<論証おわり>

---------------------

◎主張2-2.三宅本では、書籍雑誌区別ができていない。

<主張2-2の論証>

根拠2-2-1.三宅本のp.38の記述

根拠2-2-1は、三宅本において雑誌書籍区別できていないことを示している。

<論証おわり>

--------------------

[◎仮設2-3.三宅本は、「読書離れ」を論ずる際には雑誌書籍区別するべきである。]

(これは明示的に飯田批判にあらわれていないが、以下の主張2-4の論証において機能する暗黙の前提である、と私は思う。)

---------------------

◎主張2-4三宅本は、『読書世論調査』における「読書時間」の減少を根拠に「読書離れ」の存在を主張する。しかし、これは不適切である

<主張2-4の論証>

根拠2-4-1. 「読書時間」は「書籍+雑誌との接触時間である。主張2-1から雑誌接触時間は減少傾向であると推察されるので、

読書時間」の減少は(書籍ではなく)雑誌との接触時間の減少と解釈するのが自然である

根拠2-4-2.そもそも読書時間」もそれほど減っていない。

根拠2-4-3. 『読書世論調査』の総括では,読書率はあまり変化がない.

根拠2-4-1, 2-4-3から、 「読書時間」の減少は書籍との接触時間の減少を導くのは難しい。

[仮設2-3]から, 「読書離れ」は特に書籍読書時間減少を意味すると解釈するべきであり、

三宅本のやり方では書籍読書時間減少を導くことはできない。

また,根拠2-4-2の存在は、特に読書時間の減少が生じていないことを示唆する。

<論証おわり>

--------------------

(「・労働時間は減り、自己啓発時間も減っている」の節)

◎主張3-1.三宅本は、日本人現在長時間労働であることを前提にしている。

しかし、労働時間を「全産業平均」の観点で見たとき、この前提は不適当である

<主張3-1の論証>

根拠3-1-1.厚生労働省「わが国の過去50年間(1973年2023年)の労働時間の推移についての考察

<論証おわり>

--------------------

◎主張3-2.三宅本は、次の(i), (ii), (iii), (iv)を主張する:

(i)1990年代から自己啓発市場が拡大した.

(ii)自己啓発労働による自己実現)のための読書(=「情報摂取型、「ノイズを除去する」「〈社会〉を遠ざける」)時間が増加した.

(iii)代わりに、人文書小説などのための読書(=「アンコントローラブル」な「ノイズ」や「他者文脈」を含む)時間が減少した

(iv)読書離れと自己啓発書の伸びはまるで反比例グラフを描く

しかし、(ii), (iii), (iv)は誤りである

<主張3-2の論証>

根拠3-2-1.黒田山本論文

根拠3-2-2.グラフを書くだけの定量的根拠はない(提示されていない)

根拠3-2-1から労働者の 「自己研鑽」 = 「学習自己啓発・訓練(学業以外)」の時間は減少している。

これは(ii)を否定する。

主張1-1および(ii)より(iii)は成り立たない。((iii)が成り立つためには(ii)が成り立つ必要があるため。)

根拠3-2-2は、(iv)を否定する。(少なくとも、(iv)の主張を肯定するだけの理由はない。)

<論証おわり>

--------------------

◎主張3-3.三宅本では、自己啓発市場の拡大から自己啓発書のほうが文芸よりも市場が大きいかのように解釈する。

言い換えれば、次の(1),(2)を主張する:

(1)自己啓発市場は拡大している

(2)(1)が正しいのであれば、「自己啓発書のほうが文芸よりも市場が大きい」は正しい。

しかし、これは誤りである

<主張3-3の論証>

根拠3-3-1牧野論文.

根拠3-3-2.データ:日本出版市場推定発行金額

根拠3-3-1は、「年間ベストセラーにおける自己啓発書の冊数割合は増大している」ことを主張する。

これは(1)の根拠としている。これ自体問題はない。

しかし,根拠3-3-2は自己啓発本の市場小説市場よりはるかに小さいということを意味する。

これは、(1)が正しいのに「自己啓発書のほうが~」が間違っているので、(2)は正しくない。

以上から、これは誤りである

<論証おわり>

--------------------

[◎主張3-4,三宅本は, 上の(1), (2)が成立するとしていたことが原因で、(i)から(ii)および(iii)を導いた]

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🧠 2.飯田批判の怪しい箇所

以下で、飯田批判を読んでいたときに、個人的に気になった点を列挙します。

飯田主張2-4について:「書籍」と「雑誌」の区別本質的か?

主張2-4の背後には「書籍雑誌分別するべきである」という暗黙の前提(仮設2-3)があるように思う。

三宅本の「読書から雑誌」を除外することは本当に妥当かを考えたい。

・「書籍」と「雑誌」の違いを整理しておく。

といっても自分出版業界人間ではないので正しい理解かは怪しいのだが、調べた範囲のことをまとめておく。

(間違ったこと言ってたらごめんなさい)

書籍」「雑誌」の辞書的な定義はたとえば布川ほか編『出版事典』(出版ニュース社)のp.217およびp.167にある。

ざっくりまとめると「書籍」と「雑誌」の違いは一定編集方針の下で定期的に刊行されているかどうかという部分のようである

これは、1985年ユネスコ出版統計上の「図書」と「新聞及び定期刊行物」の違いともおおむね合致しているように見える。

("図書新聞及び定期刊行物出版及び配布についての統計国際的標準化に関する改正勧告".文部科学省.https://www.mext.go.jp/unesco/009/1387396.htm

より実際的な取り扱いは, "既存雑誌が「創刊」とは、これ如何に".出版科学研究所オンライン.https://shuppankagaku.com/column/20070111/

によれば、

そもそも本というのは「書籍」と「雑誌」に大別されますが、出版業界では「雑誌コード」が付されたものを厳密に「雑誌」と区分しているのです。

一見雑誌のように見える本も、このコードがなければ「雑誌」ではなく「書籍」ということになります

ということらしい。(しかし、これはあくまコラムの中の記述でありカチッとした話ではないことに注意)

書籍」と「雑誌」の実際上の取り扱いの違いは、「雑誌コード」の有無、つまり流通上の取り扱いの違いから生まれてくるという。

日本では、「書籍」はISBNコードを持ち、「雑誌」はISSNコード雑誌コードを持っている。

その中間にあたるムック本では、ISBNコードだけでなく雑誌コードも付随しているようなものは「雑誌」の対象とするようである

("「雑誌」の定義出版統計".出版科学研究所オンライン.https://shuppankagaku.com/column/20060911/

ともかく、「書籍」と「雑誌」を分けるのは明らかに内容やジャンルではない。定期的に刊行するかどうかであったり、それを根拠雑誌コードが付いているかどうかだったりである

コミック誌を除外したとしても、『anan』のようなファッション誌もあれば『文學界』や『オール読物』のような文芸誌も、また『Nature』や『ナショナルジオグラフィック』のような理工系雑誌もまとめて「雑誌」にカテゴライズされる。

さらに言えばサイエンス社の『SGCライブラリシリーズ書物は, それぞれ内容的に全く独立しており実質的単行本ではあるのだが、『SGCライブラリ151』までは『数理科学』の臨時別冊という扱いだったのでそのカテゴリは「雑誌」になっている。(なお『SGCライブラリ152』以降は「書籍である

一方、書肆侃侃房の『文学ムック たべるのがおそい』は確かにムック本ではあるが、雑誌コードを取得しておらず取り扱いは「書籍」であった。

このように「書籍」と「雑誌」の区分そもそも出版流通上の区分であり内容面での区分ではないばかりか、その区分出版物の実情と必ずしも合致しているわけでもない。

この区分はかなり表面的、形式的ものであると見るべきだろう。

・以上を踏まえて、飯田批判、つまり書籍」や「雑誌」という出版流通における区分の不徹底でもって三宅本を批判したこと妥当性ついて吟味してみよう。

飯田批判とはなんだったのか。

それは、「「書籍+雑誌との接触時間」の減少を根拠に「読書離れ」の存在を主張するのは不適切である」(主張2-4)という批判である

そして、なぜ飯田が「不適切である」と主張するかといえば、「書籍」と「雑誌」は分けて考えるべき(仮設2-3)だからと考えているからであり、

特に三宅本の「読書離れ」の定義としては「書籍読書量(≒読書時間)の低下」を採用するほうがより妥当である、という飯田が信念を持っているかである

ここで注意したいのは、主張1-2, 2-1は「「書籍+雑誌との接触時間」の減少を根拠に「読書離れ」の存在を主張するのは不適切である」(主張2-4)の根拠ではない。

飯田はその直前に「「書籍読書量と出版売上」の相関は弱い(主張1-2)一方で、「雑誌読書冊数と出版売上」が正の相関関係にある(主張2-1)という事実を指摘してはいものの、飯田はこれらを「読書量を測定するにあたって「書籍」と「雑誌」を区別するべきである」(仮設2-3)の根拠にはしていない。主張2-4は仮設2-3からは出てくるものの、主張1-2, 2-1には立脚していない。三宅反論で大いに誤読したのは、主張1-2, 2-1があたかも主張2-4の根拠になっているかのような書きぶり、配置の魔術ゆえであろう。

ともかく、飯田批判妥当性を吟味する際はこの信念「三宅本の「読書離れ」の定義としては「書籍読書量(≒読書時間)の低下」を採用すべきである」という部分に注目すればよい。

三宅本で対象としている「読書」は、大方「人文書小説などのような(「ノイズ」や「他者文脈」を含む)書物を読む行為」と解釈するのが妥当だろう。

したがって「読書離れ」は「人文書小説などの書物を読む頻度が減ったり、そのために費やす時間が減少している」ということだろう。たとえば理工書や技術書ファッション誌、ゴシップ誌などを読むことは端から三宅本の「読書」に含まれていないと見るべきである

転じて言えば、たとえば「雑誌」であっても文芸誌を読む場合は「読書」に含まれるべきだろうし、「書籍」であっても理工書を読むことは「読書」に含まれない(と三宅本では考えている)かもしれない。

要するに、「読書」といったときに、読まれるべき書物を分類できていないと批判するならば、むしろそのジャンル文芸歴史書哲学書・理工書・サブカルゴシップファッションなど)の違いに着目するべきなのであり、出版流通における「書籍」「雑誌」という区分は、少なくとも直接的には重要でないだろう。もしこれが重要なのであれば、それは驚くべきことなので、別でこれを論証すべきである

もちろん、おそらく「雑誌」の出版売上の中でファッションゴシップ支配的で文芸誌や理工系雑誌は影が薄いだろうから、その意味で「書籍」「雑誌」の区分で売上を観測することがジャンルの傾向をよく記述するとは言えるかもしれない。言い換えれば、「ジャンルによる読書量の違い」を捉えるにあたって「出版流通におけるPermalink |記事への反応(0) | 20:21

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2025-12-09

anond:20251209110149

Twitter上のミソジニー機械学習で検出する研究では、テキスト内容(罵倒語女性蔑視表現など)の分類に集中しており、発信者アイコン画像キャラクター表象までは分析していません。​

Noel Brett の論文Why Do WeOnlyGetAnimeGirl Avatars?」は、VTuberやVRChat由来の「アニメ美少女アバター」が、視聴者配信者の共同作業によって巨乳・細腰・従順エロティックヘテロ規範女性像として再生産されていることを示していますが、「女叩きとの関連」までは扱っていません。

この種の話題を拾ったまとめブログニュースサイトもあり、「女叩きアカウントアニメアイコンばかり」という印象やアルゴリズムによる強化(同種アカウントばかりタイムラインに出てくる)を説明する言説はありますが、体系的データに基づいた社会学分析というより、ネット民の実感・風刺レベルにとどまっています

 

男叩きする女性側は「可愛い性的ではない」ゆるキャラレトロアニメペットなど性的表象しないアイコンに散らばりやすいという観察は、女性オンライン性的対象化されることを避けるという先行研究の傾向(男性アバター利用など)と整合的に見えます

女性ユーザー男性アバターを用いる理由の一つに「男性からハラスメントを避けるため」が挙げられており、「アバターの見た目が攻撃の標的/盾になりうる」という発想自体は、すでに研究テーマになっています

 

あなたが探しているような「女叩き男性美少女アイコン vs 男叩き女性=多様アイコン」という対比を定量的に示した学術論文空白地帯なので、むしろ新規性のあるテーマになりえます

Permalink |記事への反応(1) | 11:17

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2025-12-05

[今日知った言葉]スタイロメトリー

文体分析する手法ひとつで、書き手プロファイリングなどを目的とする。

例えば、匿名ダイアリーでも「これAIが書いてるだろ」といった言及は珍しくないが、これもスタイロメトリーの一環といえなくもない(体系化や定量的分析がなされていないため、あくまで“一環”ではあるが)。

なお分析する対象書き言葉が主だが、広義的にはプログラムソースコードなども含まれる。

Permalink |記事への反応(0) | 18:44

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2025-11-30

anond:20251130102003

仕事定量的評価してるからリモートワークを許可できないんだよ。

こいつは生産性悪いと分かっていながら、仕事してるのかサボってるのかすら見えない。

拘束時間に対して月給もらってるくせに、成果で評価しろとかどういう事だよ。

成果給に切り替えて良いなら、こっちからお願いしたいくらいだ。

Permalink |記事への反応(2) | 10:23

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anond:20251130101638

どうせサボるなら目の届く所でサボれ。

そういうの「朝三暮四」って言いまーす

結果アウトプットが同じなら意味がありませーん

リモワかそうでないかではなく「成果が定量的評価できるシステムでないこと」が問題でーす

はい論破っパ

Permalink |記事への反応(2) | 10:20

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2025-11-20

チャットgptに今の物価高の主因が円安なのかどうか聞いてみたよ

今の物価高は円安が主因なの?

いいえ、「今の物価高=全部が円安(=Japaneseyenの下落)が主因」というわけではなく、複数の要因が重なっている中で円安が「物価上昇を助長する要因」の一つになっている、というのがより正確な見方です。少し整理します。

円安物価高に与える影響

日本エネルギー石油・ガス)や穀物原材料などを輸入に頼る割合が高いため、円安になると「輸入価格」が円換算で高くなります。たとえば、外貨建て価格がほぼ一定であっても、円安で支払い時の円額が増えれば、消費者企業コストが上がります。 

• 実際、Bank of Japan(以下BOJ)の資料でも、「円安の再開(=円の価値が下がる)の影響で、輸入物価が上昇し、それが消費者物価にも波及しつつある」と言及されています。 

• また、経済分析機関によると、為替変動(特に円安)の影響が、かつてよりも日本の「輸入・消費者物価」に与える影響が強くなってきた、という指摘もあります。 

よって、円安は確かに物価上昇(インフレ)を促す要因」として機能しています

⚠️ ただし、“主因”というほどではない理由

BOJ資料では、価格上昇を「一時的・外部要因(輸入原材料エネルギー・食料)によるもの(『第1の力』)/賃金上昇等による持続的なインフレ(『第2の力』)」という枠組みで整理しています円安は『第1の力』の一部とされ、「持続的なインフレ引き起こしいるか」という意味では、まだ十分ではないとしています。 

• また、円安の影響が「消費者物価全体」にどれほど直接的に波及しているかについては、“影響があるが緩やか”という分析もあります。例えば、ある報告では「2021〜24年の間、輸入価格生産者価格には為替影響が強まったが、消費者物価にはまだ限定的」という調査があります。 

• その他、世界的なエネルギー・食料価格の上昇、サプライチェーンの混乱、物流コストの高まり、また賃金雇用状況など国内側の要因も併せて価格を押し上げています

• 例:BOJ発言では「エネルギー・食料価格上昇」がこの数年の日本インフレを牽引してきた主要因の一つとされています。 

まり円安は「物価高を加速させるトリガー増幅器」にはなっているが、「物価高の唯一・主な原動力」とまでは言えないというのが現状分析です。

📌結論として

物価が上がっているのは、円安が原因か?」という問いに対しては次のように答えられます

はい、一部は円安の影響です。特に輸入品原材料エネルギー・食料などで円安価格を押し上げる力が働いています

• いいえ、それだけが原因ではありません。むしろ複数の要因が重なっており、円安はその中の一要素であって、「主因」とするには少し慎重であるべきです。

日本物価インフレがこの先どう展開するかは、円安の動向だけでなく、賃金上昇がどれだけ持続するか、輸入コストがどう推移するか、国内需要がどう変化するか、など複数変数に左右されます

もしよければ、**「日本物価高・インフレがどのくらい円安のせいか数値・推計で見た分析」**を一緒に探して、より定量的理解することもできますが、どうしますか?

Permalink |記事への反応(2) | 18:50

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