
はてなキーワード:定理とは
チームみらい!ぜひ法律を変えてみてくれ!
https://www.47news.jp/13840813.html
形式主義による法律は、無矛盾になるよう注意深く設計された憲法という公理系から導出される定理のツリーだ!法律は形式的な記号の組み合わせで記述される式になり、法律家は数学者にとってかわり、裁判は数学的証明になる!理系の領域だ!過去の法律が持っていたような曖昧さは、そこでは完全に制御されている!
憲法はおかしな所ばかりだ! まず「労働の義務」を見てくれ! すべて国民は勤労の義務を負う?子どもは働いてないぞ! 「差別されない権利」「表現の自由」?差別表現はどうなる?矛盾だ!
1/(z^4+a^4)みたいな1位の極が2つ(以上)ある関数の周回積分がそれぞれの留数に2πiをかけたもの同士の「足し算」になるのはなんで?
ローラン展開とかじっと見つめててもわからないんだが?特異点が一つの場合の留数定理が成り立つ仕組みしか知らない。
dorawiiより
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超弦理論を物理として理解しようとすると、だいたい途中で詰まる。
なぜなら核心は、力学の直観ではなく、幾何と圏論の側に沈んでいるからだ。
弦の振動が粒子を生む、という説明は入口にすぎない。本質は量子論が許す整合的な背景幾何とは何かという分類問題に近い。分類問題は常に数学を呼び寄せる。
まず、場の理論を幾何学的に見ると、基本的にはある空間上の束とその束の接続の話になる。
ここまでは微分幾何の教科書の範囲だが、弦理論ではこれが即座に破綻する。
なぜなら、弦は点粒子ではなく拡がりを持つため、局所場の自由度が過剰になる。点の情報ではなく、ループの情報が重要になる。
すると、自然にループ空間LXを考えることになる。空間X上の弦の状態は、写像S^1 → Xの全体、つまりLXの点として表される。
しかしLXは無限次元で、通常の微分幾何はそのままでは適用できない。
ここで形式的に扱うと、弦の量子論はループ空間上の量子力学になるが、無限次元測度の定義が地獄になる。
この地獄を回避するのが共形場理論であり、さらにその上にあるのが頂点作用素代数だ。2次元の量子場理論が持つ対称性は、単なるリー群対称性ではなく、無限次元のヴィラソロ代数に拡張される。
弦理論が2次元の世界面の理論として定式化されるのは、ここが計算可能なギリギリの地点だからだ。
だが、CFTの分類をやり始めると、すぐに代数幾何に落ちる。モジュラー不変性を要求すると、トーラス上の分配関数はモジュラー群SL(2, Z) の表現論に拘束される。
つまり弦理論は、最初からモジュラー形式と一緒に出現する。モジュラー形式は解析関数だが、同時に数論的対象でもある。この時点で、弦理論は物理学というより数論の影を引きずり始める。
さらに進むと、弦のコンパクト化でカラビ–ヤウ多様体が現れる。
カラビ–ヤウはリッチ平坦ケーラー多様体で、第一チャーン類がゼロという条件を持つ。
ここで重要なのは、カラビ–ヤウが真空の候補になることより、カラビ–ヤウのモジュライ空間が現れることだ。真空は一点ではなく連続族になり、その族の幾何が物理定数を支配する。
このモジュライ空間には自然な特殊ケーラー幾何が入り、さらにその上に量子補正が乗る。
量子補正を計算する道具が、グロモフ–ウィッテン不変量であり、これは曲線の数え上げに関する代数幾何の不変量だ。
つまり弦理論の散乱振幅を求めようとすると、多様体上の有理曲線の数を数えるという純粋数学問題に落ちる。
ここで鏡対称性が発生する。鏡対称性は、2つのカラビ–ヤウ多様体XとYの間で、複素構造モジュライとケーラー構造モジュライが交換されるという双対性だ。
数学的には、Aモデル(シンプレクティック幾何)とBモデル(複素幾何)が対応する。
そしてこの鏡対称性の本体は、ホモロジカル鏡対称性(Kontsevich予想)にある。
これは、A側の藤田圏とB側の導来圏 D^bCoh(X)が同値になるという主張だ。
つまり弦理論は、幾何学的対象の同一性を空間そのものではなく圏の同値として捉える。空間が圏に置き換わる。ここで物理は完全に圏論に飲み込まれる。
さらに進めると、Dブレーンが登場する。Dブレーンは単なる境界条件ではなく、圏の対象として扱われる。
弦がブレーン間を張るとき、その開弦状態は対象間の射に対応する。開弦の相互作用は射の合成になる。つまりDブレーンの世界は圏そのものだ。
この圏が安定性条件を持つとき、Bridgeland stability conditionが現れる。
安定性条件は、導来圏上に位相と中心電荷を定義し、BPS状態の安定性を決める。
wall-crossingが起きるとBPSスペクトルがジャンプするが、そのジャンプはKontsevich–Soibelmanの壁越え公式に従う。
この公式は、実質的に量子トーラス代数の自己同型の分解であり、代数的な散乱図に変換される。
このあたりから、物理は粒子が飛ぶ話ではなく、圏の自己同型の離散力学系になる。
さらに深い層に行くと、弦理論はトポロジカル場の理論として抽象化される。
Atiyahの公理化に従えば、n次元TQFTは、n次元コボルディズム圏からベクトル空間圏への対称モノイダル関手として定義される。
つまり時空の貼り合わせが線形写像の合成と一致することが理論の核になる。
そして、これを高次化すると、extended TQFTが現れる。点・線・面…といった低次元欠陥を含む構造が必要になり、ここで高次圏が必須になる。結果として、場の理論は∞-圏の対象として分類される。
Lurieのコボルディズム仮説によれば、完全拡張TQFTは完全双対可能な対象によって分類される。つまり、物理理論を分類する問題は、対称モノイダル(∞,n)-圏における双対性の分類に変わる。
この時点で、弦理論はもはや理論ではなく、理論の分類理論になる。
一方、M理論を考えると、11次元超重力が低エネルギー極限として現れる。
しかしM理論そのものは、通常の時空多様体ではなく、より抽象的な背景を要求する。E8ゲージ束の構造や、anomalyの消去条件が絡む。
異常とは量子化で対称性が破れる現象だが、数学的には指数定理とK理論に接続される。
弦理論のDブレーンの電荷がK理論で分類されるという話は、ここで必然になる。ゲージ場の曲率ではなく、束の安定同値類が電荷になる。
さらに一般化すると、楕円コホモロジーやtopological modular formsが出てくる。tmfはモジュラー形式をホモトピー論的に持ち上げた対象であり、弦理論が最初から持っていたモジュラー不変性が、ホモトピー論の言語で再出現する。
ここが非常に不気味なポイントだ。弦理論は2次元量子論としてモジュラー形式を要求し、トポロジカルな分類としてtmfを要求する。つまり解析的に出てきたモジュラー性がホモトピー論の基本対象と一致する。偶然にしては出来すぎている。
そして、AdS/CFT対応に入ると、空間の概念はさらに揺らぐ。境界の共形場理論が、バルクの重力理論を完全に符号化する。この対応が意味するのは、時空幾何が基本ではなく、量子情報的なエンタングルメント構造が幾何を生成している可能性だ。
ここでリュウ–タカヤナギ公式が出てきて、エンタングルメントエントロピーが極小曲面の面積で与えられる。すると面積が情報量になり、幾何が情報論的に再構成される。幾何はもはや舞台ではなく、状態の派生物になる。
究極的には、弦理論は空間とは何かを問う理論ではなく、空間という概念を捨てたあと何が残るかを問う理論になっている。残るのは、圏・ホモトピー・表現論・数論的対称性・そして量子情報的構造だ。
つまり、弦理論の最深部は自然界の基本法則ではなく、数学的整合性が許す宇宙記述の最小公理系に近い。物理は数学の影に吸い込まれ、数学は物理の要求によって異常に具体化される。
この相互汚染が続く限り、弦理論は完成しないし、終わりもしない。完成とは分類の完了を意味するが、分類対象が∞-圏的に膨張し続けるからだ。
そして、たぶんここが一番重要だが、弦理論が提示しているのは宇宙の答えではなく、答えを記述できる言語の上限だ。
だからウィッテンですら全部を理解することはできない。理解とは有限の認知資源での圧縮だが、弦理論は圧縮される側ではなく、圧縮の限界を押し広げる側にある。
フリードマンが厚生経済学の基本定理に対して言いそうな指摘は、だいたい次の一点に収束する。
理由は、基本定理が成立するための前提が、現実では政策が介入したい領域ほど崩れているから。
フリードマン的に言うと、厚生経済学は「市場が理想的に動くなら効率的」という話をするが、現実の政策問題はむしろ
みたいな、定理の前提が崩れる部分で起きる。
さらにフリードマンは、第二基本定理が言う「最初に一括再分配をしてから市場に任せろ」という構造を、かなり疑う。
なぜなら一括再分配なんて現実にはほぼ不可能で、再分配政策は必ず労働供給や投資インセンティブを歪めるから。
だからツッコミは「効率と公平を分離できるという話は、現実にはその分離を実装できない。政府はそんなに賢くも中立でもない。」となる。
要するに、厚生経済学の基本定理は市場礼賛の数学ではあるが、本当に重要なのはその後で、
フリードマンは基本定理を「理論としては正しい」と認めた上で、政策的含意を過大評価するな、そして「政府をブラックボックス扱いする厚生経済学は危険だ」と刺すだろう。
日本経済の長期停滞を説明する理屈はいくらでもあるが話は驚くほど単純だ。
原因は需要不足でもデフレ心理でもない。ルールを破壊し、価格シグナルを歪め、貨幣を政治目的に従属させたことだ。
ケインズ派の基本動作は、景気が悪いと見れば政府が需要を作り、財政赤字と金融緩和で穴を埋めることにある。
だが成長は支出から生まれるのではなく、生産性とインセンティブから生まれる。
それを中央銀行と財政当局が踏み潰す行為は、市場という分散計算機に砂糖水をぶちまけて自己放尿するようなものだ。
日本で起きたのは、貨幣の中立性を信じない政策当局が、期待形成を自分たちで管理できると誤信した結果だ。
量的緩和でマネタリーベースを膨張させ、金利をゼロに貼り付け、将来の不確実性を消せると考えた。
しかし合理的期待の世界では、予見可能な政策はすでに価格に織り込まれる。予測可能なインフレ目標は、予測可能に無力化される。
ここで起きるのは刺激ではなく、リスクの社会化とゾンビの温存だ。
退出すべき企業が退出せず、資本は低生産性部門に拘束され、全要素生産性は下がる。
財政側も同じ構図だ。公共投資で需要を作ると言いながら、実際には政治的配分で資源を歪める。
限界効用の低い支出に税と国債を投じ、将来世代に負担を転嫁する。
リカードの等価定理を完全に満たさないにせよ、将来増税の予想は現在の消費を抑制する。
さらに悪いのは、金融と財政の結託である。中央銀行の独立性を空洞化させ、財政規律を金融で肩代わりする。
これは金融抑圧と財政拡張のダブル放尿だ。金利という最重要の価格を潰し、政府の予算制約を見えなくする。
市場参加者は学習する。将来のルールが恣意的だと分かれば、長期投資は萎む。短期の裁定だけが増える。
k%ルールに象徴されるように、裁量ではなく予測可能性が重要だ。
日本は逆をやった。状況に応じて目標を変え、手段を増やし、説明を付け足した。
その結果、政策はノイズになり、期待は不安定化した。貨幣は中立でなくなり、しかも望ましい方向には動かない。
これらは症状であって原因ではない。
原因は、価格システムを信頼せず、政府が最適配分を計算できると考えた傲慢さだ。
日本で観測されたのは、ケインズ派の自己放尿が制度化され、止めるブレーキが外れた状態だ。
結論は地味だが冷酷だ。
貨幣政策は予測可能に、財政は制約を可視化し、退出を許容する。
それができない限り、自己放尿は続き、成長は戻らない。
蒸し網の蒸し野菜の話しか最近してないぐらい自分でもどうしちゃったのってぐらいな世の中。
いちいち初めて蒸す食材にションテン全爆上がりしていたら、
私も疲れちゃうわ。
とはいえ、
私の蒸し食材オープンワールドのアールピージーの中でのパーティーの役割では重要な職業でポジションの下仁田葱級に担っている「蒸し士」という謎の職業がパーティーに含まれている感じなぐらい毎日蒸しってところなの。
一房買ってきて、
試しに蒸して食べてみるの。
茎の軸の固いところも薄くスライスして、
それを想像するブロッコリー味のブロッコリー味だと思ったのね。
そしたらよ!
そしたら実食して、
パク!
房の部分シャクシャクしてて美味しくって茹でてぼやけた味のブロッコリーとは大違いな違うなんか緑色の強い濃い味で想像以上なの。
この味に仕上がるのね!って
房で驚きつつ、
次は軸の固いところを薄く切ったものを実食よ!
パク!
え?なにこれ!?
ちょ、ちょ待ってよ!
軸の方がメインの房よりも美味しくね?って。
謎の逆転現象が起こってるの!
今までの常識だとブロッコリーって房ありき房メインで軸は窓から投げ捨ててしまうものだと思っていたけれど、
軸のこのなにこの美味さ!
軸の方が先に完食して無くなっちゃったぐらい!
あまりの軸の方が美味しくって、
房の部分も美味しく蒸し上がっているけれど、
軸の足もとにも及ばないぐらいな感じになっちゃうの!
とはいえ、
房もしっかり美味しいのよ!
それをも遙かに上回る軸の美味しさ!
美味しいかどうか分からない私のチャレンジングスピリッツだけで挑み蒸したブロッコリー、
まさか房の本編より軸の方が美味しいだなんて!
野菜蒸して食べるごとに
そして、
今のところ何回も既に積んできた蒸し打席数!
今回もホームランで全打席ホームランは新記録を更新し続けているという偉業!
蒸し野菜を蒸してきたけどホームラン連続でかっ飛ばしている失敗のなさの
全部全回蒸し美味しい!って逆にどういうこと?って思うの。
まあ、
強いて言うのなら、
ブロッコリーの軸と本編である房の蒸し時間がちと長すぎたかな?ってことぐらいの懸念しかないぐらいなもう1分か2分蒸し仕上げる時間短くてちょうど良かったかも!って思うぐらい。
蒸し時間が長すぎて詰まった当たりだと思ってたけどホームラン!
結局昨日の晩の晩酌のお供は、
ブロッコリーだけで大満足という、
まさか房よりも軸の方が美味しいという大どんでん返しを喰らって感動して泣いてしまうぐらいの
しかも、
素材自体の味がしっかり蒸すことによって濃くなっているようなこともあってか、
直訳すると調味料無くっても蒸したブロッコリーは充分に美味しい!って意味ね。
あまりの手間の簡単さ過ぎてしかも手間に見合った以上の何倍の美味さになるので、
いままでの自炊してきた常識の自炊脳がおかしくなってしまうわ。
もう蒸すだけでよくね?って。
これって自炊のなんか面倒くささ、
何食べようどう切ろうどう煮よう焼こう炊こう味付けようと
蒸すってだけは、
切って蒸し網の中にいれて時間で蒸すだけ。
今までの自炊の苦労がなんだったのかしら?って思うわ。
もちろん自炊して作るビーフストロガノフも美味しく決まったときは嬉しい美味しい楽しい!ってドリームズカムトゥルーさんの歌みたいになっちゃうときもあるけど、
それも相まって簡単手間もないのにホームラン級の美味しさになっちゃう!ってことなのよ。
蒸しているだけなのに。
なんかここ最近の初めて蒸して食べる食材に全編全部感動していたら疲れちゃうわ!ってぐらいなんだけど、
それをも上回る、
そんな美味しいポテンシャル成分が有り余るほどふんだんに含まれていたとわ!
感動しすぎて疲れちゃったわ。
そう思いつつ、
ブロッコリーを食べながら思ってたのよ。
もう嫌だなぁ次を何蒸して食べてみようか?って考えるの。
その美味さに美味疲れを起こしてしまいそう。
身体にはめちゃ良さそうだけど。
おかげで昨日は晩ご飯ブロッコリーだけで大満足という結果に終わったの。
私は出来ちゃったわ!
ウケる!
次何を蒸そうかな?って考えちゃうわー。
ピーマンも意外と蒸し上がって良い味に仕上がる予想しか予想だにできない旨味しかまたこれなさそうなのよ。
他なに蒸す?
蒸し大根でまた大根の美味さのアップデートが走っちゃう更新されちゃうかも知れないという恐怖があるわ。
キノコ類は魚とかと一緒に蒸して魚の全旨味汁のルーシーを全受けして染み旨に仕上がるので
魚とキノコとかの組合せも漏れなくパーフェクトゲームを叩き出すの。
あと私やってみたいのが、
内臓だけ取ってあるまるまるの姿が残っている魚ってあるじゃない。
あれ丸ごと蒸したらどんなことになるの?って
たぶん美味しさのあまりに私がひっくり返っちゃうかも知れない憧れがあるロマン系魚まるごと蒸しってのにも挑戦してみたいわ!
そんなことしたら、
美味しくて誰かに怒られそうよ!
あとパックで売ってる無頭エビとか、
しかも自ら色が赤くなって蒸したて食べ頃を教えてくれるというシステムを持ち合わせているし。
海老も蒸したら大変なことになりそう。
これら、
ただ心配なのが
まあだいたい私が編み出した数学博士の秋山仁先生もビックリするような5分で蒸す5の倍数の定理をもってして蒸せば、
とりあえずだいたい上手に蒸せそうよ。
これ本当に私の蒸しライフにも彩りを与えてくれるのよ。
こんなに毎回蒸しでションテンが上がりまくっていたら蒸し料理なんて疲れて嫌になりそうだけど、
それをも凌駕する超えてくる美味しさには敵わないのよね。
蒸すってことが美味しさパラメーターのチートすぎておかしくなっちゃうわ。
ジャガイモ蒸かしたら超美味しいわよー!って窓開けて大声で叫びたいぐらいよ。
うふふ。
目新しく私の目前の目の前に飛び込んできたそのスモークサーモンとクリームチーズのサンドイッチは
アトランティックサーモンかトラウトサーモンかノルウェーサーモンかは分からないけれど
赤い色とクリームチーズの白い色のコントラストが鮮やかで引き寄せられてしまって手に取って買って食べてしまったわ。
ちょっとお値段するけれど
サーモンとクリームチーズが美味しくってこれまたリピ決定美味さだわ!って。
今日も頑張れる気がする!
うん!
ルイボスティーのパックもまだまだ夏から引き続きたくさんあんので、
すいすいすいようび~
今日も頑張りましょう!
ここ最近私が一人大騒ぎ騒いでいる食材を蒸したら蒸すだけで美味い!ってやつ。
あれジャガイモ何回か繰り返して、
蒸して食しているのね。
初回はフライパンで使える新しい蒸し網を買ってションテン爆上がりの上でのそれの初めて使う感動だけでジャガイモが美味しくなってたのかな?って思っていたいわゆるポテトビギナーズラック的なことだと思ってたの。
でも
2回目!美味し!
3回目!美味し!
うーん、
いわゆる品種とか拘らず無視して蒸してとにかく一応なんでもやってみようってポテトスタイルで挑む、
ここ何回か蒸してきたジャガイモなんだけど。
総じて全部全回美味しいのよ。
もう逆に思うにこのジャガイモの蒸しただけでの不自然なまでの美味しさに怪しく思っちゃうの。
蒸しただけでこんなにジャガイモの旨味を引き出すことができるの!?って。
しかも残念なことに私の蒸しパワーと蒸しレヴェルはまだまだ1なので、
私の超絶蒸しテクニックが超絶技巧ではないのは間違いないのよ。
つまりこれ、
誰が蒸かしてもジャガイモばっちばちに美味しく蒸し上がる?ってこと?
ここ最近試していた蒸す時間は数学者の秋山仁先生もビックリするような5の倍数の定理を守りつつ、
さすがにほっこりホクホクしすぎて、
もっと私のダイレクトに刻む歯応えを確かなものにしたいと蒸し時間を調整して短くしてみたの。
15分!
はい!
蒸し上がりました!
美味しいジャガイモのアルデンテやー!って
少し歯応えがあり固く仕上がっているけれど、
芯まで熱は通ってるのでホクホクには間違いないんだけど、
食べ応えのある歯応えになったのは大成功だったの!
そして、
なんか作ってもこれ美味しく仕上がってんのかしら?って
まーこんなもんでしょ?って首をかしげながら食べていたビーフストロガノフと焼きたてパンのオックスベーカーを浸して食べるんだけど、
これが私が美味く作ることができたのか、
よく正解が分からないままビーフストロガノフと焼きたてのオックスベーカーを食べていたのね。
手間かけた割りにはそうでもなくない?って
あまり飛び上がるような美味しさでは無いのよね。
なのになのによ!
それだけで美味さがいきなりマックスになるライドオン!なにこれ?って思っちゃうじゃない。
たしかに、
煮たり茹でたりしてルーシーのスープは美味い!とは感じていたけど、
これ全部茹でたり煮たりしたときに
野菜たちとかの素材の旨味のポテンシャル成分が全部流れ出ていたってことらしいの。
それを一切の一滴もこぼさずに
野菜や食材達の美味しいポテンシャル成分がモイスチャーな湯気に包まれるようにして蒸すことで、
そのポテンシャル成分が少なくなってしまうことがないってことなのよ。
マジもうこれこの冬シーズン、
つーか余裕でジャガイモ美味いしそれだけで暮らせそうなぐらいの味わい!
帰ってからパスタ茹でる11分ですら面倒くさがって夜茹でパスタ王になるんだー!って思いは強くても、
手間のコストを遙かに凌ぐジャガイモの美味さで全てが帳消しになるの。
むしろ蒸しだけにってワケじゃ無いけど、
そんな手間は惜しまない!って蒸したい気持ちが私がマックスに余裕で帰宅してクタクタになったヒットポイントが少ないわずかな1ポイントでも
面倒くさいを乗り越えてでも食べたい蒸しジャガイモなのよ!
こんな夜に
美味しい蒸したジャガイモとか食べてたら逆に美味しすぎて身体に害になるのでは?って思って一応AIたちChatGPTちゃんやGeminiちゃんに尋ねるけれど、
野菜とか最高すぎるやろ!カップラーメン食べて寝るよりかははるかにマシ!って計算結果を叩き出すのよね。
ホクホクの美味しさだけしかない、
しかもわりとビタミンCとかも含まれているジャガイモは完全食品とまで言わないけれど、
完全食品よりな食材であとズーチーのチーズとか乳製品さえあれば大丈夫とのこと。
ジャガイモ1つ蒸して食べてるだけなのに、
やっぱりこれはおかしい!美味しすぎる!怪しい!って思いつつも
あっと言う間に小ぶりなジャガイモを2つホクホクと食べ切ってしまって罪悪感のない満足感に包まれるの!
でね、
ぱく!
食べるでしょ、
美味っ!甘くてホクホクでカボチャも美味すぎるでしょ!って
1打席で2本のホームランが打てちゃえないけど打てちゃった感じの、
うーん、
こんなに美味しくていいのかしら?って不安になるレヴェル。
でも箸でほぐれるぐらいのもうとろける寸前!
蒸すってこんなに凄かったの?って
何度でも感動してしまうそのフライパンの上の蒸し網のステージの食材達への拍手喝采なのよ。
自炊の謎ミラクルに奇跡的に美味しく仕上がっても再現性のない二度と再現できない料理とくらべて、
これは蒸し時間だけなので、
蒸す時間という意味での再現性に必要な要素はそれしかなくてどう考えても間違えようのないバッチリ感なの!
こんな毎晩ションテン爆上がりしてていいのかしら?って
私のションテンメーターがたった1つのジャガイモだけで壊れてしまいそうだわ!
あまりにも相手の戦闘力が高すぎて計測出来なくてスカウターが爆発してしまう、
新しいションテンメーターを博士に開発してもらわなくっちゃ!って。
また恐ろしいことに、
これまた美味しい食材をシンプルに蒸しただけのワンパン何品かそろったやつをションテンメーターで計測したらたぶん計測不可能な美味しさになってしまいそうで計測するのが怖くなっちゃうわ。
なんで毎回蒸したジャガイモがこんなにも美味しい?
不思議に思うわ。
私一人で大騒ぎしているみたいよね。
でもジャガイモが美味すぎるのはどうやら毎回蒸しても大成功なので間違いないみたいね。
美味しくっていいんだけど、
やっぱりどう考えても蒸すだけでこんなにも美味しくなってしまうのは
怪しいと首をひねってしまうわ。
また今夜もパクパクとあっと言う間に美味しく蒸したジャガイモを食べながら唸るに決まってるのよ。
目に見えているわ。
うふふ。
そう思っていて迷っている自分を反映している鏡に映しているかのようだわ。
でも今朝はそう迷いは無かったはずなのに、
そう言うことにするわ。
美味しいことに変わりはないから。
美味しくいただいて身体が温まったところ。
すいすいすいようび~
今日も頑張りましょう!
最近蒸し料理のもう仕事化している申し子!ってぐらいの蒸し料理ずいてきているんだけど、
でね、
それをこちらも至ってシンプルに1玉を3分割する輪切りにして、
フライパンの上に乗せた蒸しの上に輪切りにしたタマネギを搭載するの。
で!
蒸すこと約10分!
輪切りにしたタマネギが上質に蒸し上がって、
タマネギの年輪に見える層が蒸しあげられたことによって盛り上がってきて、
自ら蒸し上がりました!って盛り上がりを隠しきれないぐらいな勢いで出来上がっちゃってるの!
早速実食よ!
パク!
な!なにこれ!
うま!
辛みなんか一切なく、
タマネギの甘さしか勝たんってぐらいきっと優勝出来ちゃいそうな勢い!
この美味しさ?
あっと言う間に試しにと思って輪切りにしたタマネギ1玉はペロリと私の胃袋の中に収められたの!
とろとろでタマネギ自体に自分の甘さを閉じ込めすぎているので、
中でジューシーに溢れるタマネギ汁がまさにオニオンスープのそれで、
鬼の形相とは裏腹に思わずそのオニオンスープの全タマネギの甘みをあますところなく自らのタマネギの身をもって保湿しつつ、
モイスチャーに蒸し上がったタマネギはタマネギのいいところしか残っていない感じなの。
晩酌にってつもりで美味しくなくて失敗したら窓から投げ捨てればいいじゃん!って思っていたのとは大違いに、
むしろ逆にもう1玉2つのタマネギを蒸せばよかったわ!ってぐらいに
あっと言う間に食べちゃったの。
まさに味のホームランよ!って
私も二刀流大谷翔平選手みたくなるんだ!って蒸し料理界の二刀流を目指せるなって1回ぐらいは思っちゃったぐらい!
この蒸し料理というか、
蒸すだけでこんなにションテン爆上がりするものなのかしら?
うま!って。
もうみんな今年が午年だってことを忘れているでしょ?って私は「うま」いって叫び続けるのよ。
今年はもしかしたら私蒸しの年になるかも知れない!
この1年の切って火蓋が切られて兜の緒を締めるたい感じ!
もっと早くに蒸し料理のいや蒸し野菜の良さを知るべきだったわ。
今知らない人がいたら、
試してみるといいわよ!
フライパンの中に設置できて蒸せる蒸し網ってのがここ21世紀になって開発されたようなので、
これはもう味の文明開化やー!って言いたいぐらいなの。
いや逆に今知れたからこそ良かったのよ!
超絶ヘルシーになっちゃうの!
生野菜のサラダとかもドレッシングなしでパクパク食べちゃう体質!
これもあってかか分かんないけど、
ジャガイモはポン酢使うんかーい!って言われちゃいそうだけど、
もちろん使わなくてもジャガイモの味の甘みの旨味は充分にあるの!
今のところ、
全打席初球ホームラン!って感じで失敗しないいや失敗する余地がないのよ!
失敗しようが無いのよね。
あと強いて言うのなら蒸し時間があるけれど、
だいたい5の倍数でいいみたい!
はい!
今思いついた名言でました!
気付いちゃったわ!
白身魚とかのお魚だったら5分!
うわ!
だいたいの蒸し料理の時間は5の倍数でいい!って法則まで見付けられちゃって一挙両得を5倍にしたい気持ちよ!
ションテン爆上がり毎晩上がっていたら
ションテン爆上がり疲れを起こしちゃいそうだけど、
それをも上回るほどの蒸し上がったお野菜たちの美味さが炸裂しているので、
私は言わせないの!
こんなに身近に幸せがあって良かったのかしら?
いや今までどんだけ不幸だったんだよ!って言う意味では全くないけれど、
たぶん、
私はそこそこ自炊やって来た手間味噌自慢しているわけじゃないけれど、
それがひっくり返るぐらいの
「簡単さに美味しさに食べ応え強さ」と
私のお粥の研究テーマでもある「手軽さと簡単さと食べ応え強さ」にも匹敵するぐらいなの!
ただ切って食材を蒸し網に乗せるだけ。
今まで自炊やってきた私の膝が崩れ落ちそうだわ。
こ、こんなにも蒸し蒸すだけで超絶なんでも美味しくなっちゃうなんて!
恐ろしいことにこれが失敗していない
まぐれで奇跡的に超絶美味しいのができるけど、
自分でですら。
だけど、
蒸し料理は食材を乗せてだいたいの食材の量とか固さとかで蒸す時間は5の倍数という秋山仁先生もビックリするような定理!
ふふふ!
今度は私はサーモンに挑戦する、
いわば蒸し界隈のラスボス級の食材に挑戦しようと思っているの!
そしてキノコも一緒に蒸せば、
たぶんまた1回の表初打席初球ホームラン間違いないのは今から想像するに容易すぎるわ。
私のサーモンチャレンジもお見逃しなく!って言いたいところよ。
サーモンでやったらたぶん大変なことになるかもしれない!
でも過信してはいけないの!
蒸しがあまりにも簡単で手軽だからって自分の蒸しレヴェルと蒸しパワーを過信しないようにしたいわ。
ションテンが爆上がりしていることをサーモンに悟られずに
蒸しサーモンやってみるつもり!
うふふ。
昨日買って食べるのをすっかり忘れていた納豆巻き!
今朝に持ち越し朝ご飯に!
でもこうやって朝ご飯に大好きな納豆巻きを食べられるダブルでの幸せ。
って思ったけど思い出したかのようにまたルイボスティーのティーパックがあることを忘れてしまいそうだったから、
慌てちゃったけど
落ち着いて1日を過ごしたいわね!
すいすいすいようび~
今日も頑張りましょう!
経済学の定理とかあるとして、それを数値に落とし込めば対称性とか出てくるのに、文系は定義で理解しようとするから、定義に合致しない主張を「数値が示していても」拒否している。
やっぱMMTディスってるよね
経済学の定理とかあるとして、それを数値に落とし込めば対称性とか出てくるのに、文系は定義で理解しようとするから、定義に合致しない主張を「数値が示していても」拒否している。
経済学の定理は、本来はほとんどが数式で書ける。効用関数、制約条件、期待値、均衡条件。そこに一度落とし込むと、対称性や保存則めいたものが自然に立ち上がる。
たとえばMM命題でも、「企業が外に出す総キャッシュフローが一定」という制約の下で、配り方を変えても価値が不変になる、という構造的対称性が見える。これは定義の問題ではなく、写像の不変量の話だ。
「企業価値とは何か」「株主が得するとは何か」という定義をまず固定し、そこから外れる主張は、たとえ数値やモデルが示していても「定義に合わないから却下」になる。これは反証拒否というより、形式言語への過剰コミットだ。
「優待は現実に得をしている人がいる」→「得している以上、価値がある」
ここでは期待値も価格調整も、数値としての均衡条件も登場しない。代わりに「得」という日常語の定義だけが支配する。数値モデルが示す対称性は、最初から視界に入っていない。
まず量を置く。保存量があるかを見る。対称性があればノーザー的に不変量を疑う。定義は最後に整える。
経済学の定理も、本来はこちら側の文化に属している。MM命題が美しいのは、倫理でも経験談でもなく、対称性が露出しているからだ。
このズレが厄介なのは、数値で示しても通じない点だ。
「この条件下では期待収益は等しい」と言っても、相手は「でも優待は嬉しいよね?」と返す。これは反論ではなく、別の座標系で話している。
問題は、構造の話をしている場面で、例外や感情を主語にしてしまうこと。
経済学の定理がしばしば誤解されるのは、「社会の話なのに、実は対称性の話をしている」からだ。
時給1117円。
交通費480円まで。
主要業績3件×3部、製本済。
その時点でだいぶ覚悟はしていたが、面接は想像より一段深い地獄だった。
面接官が言う。
「ところで、科学史をご専門とのことですが、高校レベルの数学はどの程度お分かりですか?」
嫌な予感がした。
「ええと……数IIIまでは一応……」
歯切れが悪くなった瞬間、相手の目が光る。
「では、この程度は大丈夫ですよね?」
ホワイトボードに書かれる、
平方完成。
頭が真っ白になる。
できない。
いや、正確には「昔はできた気がするが今は無理」だ。
沈黙。
と言われた瞬間、何かが切れた。
「違うんです!!」
気づいたら叫んでいた。
それと平方完成は別なんです!!」
面接官が少し困った顔で言う。
「でも、それって……
呆れた口調だった。
この瞬間、敗北を悟った。
「……はい」
としか言えなかった。
本当は言いたかった。
科学史とは、
でも、時給1117円の面接で
そんな説明をする気力は残っていなかった。
帰り道、思う。
自分は平方完成ができない。
だが、
それでも社会は言う。
たぶん、この学問は
時給1117円。
科学史とは、
今日もまた一つ、身をもって学んだ。
dorawiiより
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高校生やったのはもう20年前だから今は違うかもだけど、塾行ってなかった自分からみたら、色々便利なの習ってたように見えた。
例えば、
例えば数学なら、授業なんてどこに行っても
定義→定理1の証明→定理1を使う例題→定理2の証明→定理2を使う例題→定理1定理2を使う例題
って流れしかないでしょ?
加法定理の証明って教科書だと単位円上に点とって、幾何の性質から方程式立てて導いたんだけど、塾行ってたやつらはベクトルの内積使って導く方法を知ってた。
私の頃は、数学Ⅰと数学Ⅱは必修だけど、数学Aとか数学Bはそのなかから何単元か選択必修みたいな感じだったので、三角関数が出てくる数学Ⅱで、選択必修の知識であるベクトルを使わせてくれなかったんだと思う。
数学Ⅱで使えるのは、数学Ⅰと数学Ⅱの知識だけで、必ずしも習うとは限らないベクトルは使えないみたいな理屈で。
学校の教科書や授業は、なんだかんだ、その知識にとって重要なポイントを重要だと伝えてくる。
「生徒が興味を持ちやすい面白いコラム話」とか挟む。そもそも知ろうと思うことが重要なので。
あと正確性のために、年号とか、使用頻度は低いが並列的である定理とかが、やたら詳しく書いてあることもある。
技術ブログみたいの見かけるしそういうのでは先進的なことしたり技術的なところ力入れてそうに思ったけど転職活動してて実態は違うなと思った
やりたいことが現実にはできないから暇時間にあれこれ試してブログ書いて発散してる感じなのかな
たしかに大きなサービスとも慣れば頻繁に大幅に技術更新してリプレースなんてできないだろうし、メンテや機能の変更とかもある
話聞いてもそっちで手一杯でこのままの予定というところばかり
使う技術はレガシーな物が多くて、何が流行るかわからなかった頃にとりあえず選んでもう全く聞かなくなったフレームワークとか
比較的知名度あって今名前覚えてるものでも、Perl,Java,CodeIgnior,Riotjs,Cordva,VBA,Angularjsとかがあった
もう何年もOSSのリポジトリ更新されてないだろってのもあったはずなんだけどな
選定理由もとりあえず使える人が多いとかそういうの
RoRとかもう長いこと話題を見なくて絶滅したのかと思っていたものがかなりあちこちで使われていて驚く
PHPもまだ5系が動いてるところが多くて怖い
ソフトウェアベンダで働いてたことあるが、大手企業が相手だとEOLとかは顧客側が許さないところが多くて1年,2年は前から検討して余裕持って更新とかは必要になっていたから意外だった
外部に非公開の社内システムでこれなんだぜ?
自社でサービス持ってる有名どころの公開サービスがサポート切れで動いてるのは攻撃する側から狙われて当たり前だろと
新しさをアピールしてるといってるところもあったけど、「AI開発してます」がLLM有料契約して裏でプロンプトを自動で入れてその結果を画面に表示しますだけだったり
開発とは?
あとはバイブコーディングでAIがコード書いてる事が多いですと言ってるところ
現在のは最低限動く程度にはなってもそこまでクオリティ高いコードにならないと思うけど
一般エンジニアはAIのほうが多くてリードポジになると自分で書いたほうがいいから自分で書くことが多いらしい
OSSコミットしてますドヤァ、とかじゃないんか?スクール上がりとかを雇ってるんか?
まあ結局そういう古い技術ばかりだから新しいものを積極的に使いたいとか、経歴でそういうものを導入してきたとアピールしてみても合わないと言われたりする
技術面でフルスタックに開発できて言語等のコア部分まで詳しく仕様書レベルで読んだり新機能提案みたいなレベルまでキャッチアップしてますとか言っても、すごいですねと言われるだけで通らない
エージェント通した場合の評価を見ててもスキルや得意としてることをウチでは活かせないと言われることもある
まぁ求人だと◯◯を作ってますというからそこに興味持って応募しても、面接で詳細を聞いたらそのコア部分は外部のライブラリに任せていて作ってる部分はただそれをウェブページに埋め込むだけだったりということも普通にあるし
どういうことやりたいかみたいな話でも、技術面を強く押すと避けられる印象
結局はユーザーありきなので技術的に難しいことをするわけではなく要望にある機能を淡々と実装していけばいいみたいなものなんだろうなと
プライベートでは開発系に一切かかわらず仕事のみのエンジニアで2,3年ほどウェブ系の言語だけ触ってれば十分みたいなところも多い印象
技術力よりコミュ力やサービスや会社の考え方にマッチするかどうかみたいな
たしかに解決が難しい技術課題があるわけじゃないならそういう採用方針にはなるなと
あとは意外とウォーターフォールが多いらしい
ウェブ系企業なんてみんなアジャイルだろと思ったのに、数割のところは設計書書いてからコード書くとかやってるらしい
お堅いところで設計書を完璧にしてレビューして通ってからみたいなところもあれば、方眼紙エクセルで書いてますまであって絶句
流石につらすぎないかと思う
実装し始めて初めて気づく問題とかいくらでもあるわけで、ウォーターフォールで当初の予定通りに上手くいくのは稀だと思うけど
ベンダですらアジャイルよりな開発が増えてきてるというのに・・・
むしろ契約上の厳密な納期がないからこそ自社でサービスやってるところのほうが向いてるのか?
珍しくめちゃずーっと寝てて、
おかげでHD-2D版のドラゴンクエストのI・IIの2の方が全然進められてない、
ほとんどゲームやっていない状況NIKKE以外はって感じなのよ。
珍しく稀に見るこんな状況に
プレイステーションの今年の遊んだゲームの発表!って私は入店してみたけど、
今年の実績ゼロ!って
ゼロってありえある?
ぜんぜんプレイステーションをプレイしてなかったステーションになっていたんじゃない!
私はてっきり古古古米のラッドウインプスの野田洋次郎さんも言いそうなぐらいの言葉だったじゃない?
それだけに「米」くると思ったのになぁ。
米こなかったわね!
あと熊になった理由が
アーバンベアとか都会に出没する熊が今年は頻繁にあり危なかったですね!って言う理由がもっともだと思うんだけど、
中国にパンダ返還も1行その今年の漢字に選ばれた「熊」の制定理由に寄せられていたので、
ちょっとこれ弱くない?って思っちゃった無理矢理感が否めないわね。
お休みの日もやっぱり12月師走よろしく1月の和尚がツーで走るより忙しい昨今。
何かと私もやることがあって、
それで思った様にゲームできなかったり新聞読んだり出来なかったりするこの未消化の読めてないものに対してのモヤモヤがあって、
思いっ切り好きなこと出来ていないフラストレーションがフラスコの底に溜まっていて、
その繰り返しなのよ。
思った様に動けなかったおやすみのなので
なんかもの凄く寝たい欲に駆られていて、
そのまま実行したって感じのところがあるのよね。
だから
週末出来なかったことにモヤついていると言うより、
休日の大半を大谷翔平選手みたくなりたいんだ!ってのはそこまでは思ってないけれど大谷翔平選手ばりに良く寝たわ!って。
そこは良く寝た感は達成実感しているので、
要は良く寝ていた!ってだけの話なのよね。
でも私は朝のスタートでやりたいこと予定ずれちゃうと1日の予定がずれたまんまなのがモヤモヤすんのよね!
1つのことを思いっ切り時間を割いてじっくりやりたいってところ。
これ塔の上に登るんだったっけ?下るんだったっけ?って今どういう状況か分からないどっちに進む進んでるんだっけ?って
再開しても分からないので、
一旦体勢立て直してルーラして宿に泊まって顔洗って文字通り出直してきなさい!って思ったの、
そんなションテン低めのことだから、
今回はドラゴンクエストI・IIの2は遊ばなくていいかーってそんあ鰯気な気持ちだったのよね。
なにげにテレビでやってた『北極百貨店のコンシェルジュさん』をぼんやり観ていたり。
あとさ、
思ったんだけど、
部屋が寒いのがどうしてもこのこのやる気のなさを露呈しているかのようなのよ。
だって寒いと縮こまって何かをやろう!って気合い入んないじゃない!
きっと部屋が寒いからよ!って思って暖房つけたらポカポカになっちゃって寝入っちゃったこの週末の寝る時間は近々に稀に見る睡眠時間を叩き出したのよね。
良く寝たわー!って。
たまには
良く寝るのもよき!と思うしかないわね。
こういう時もあるわってことにしておくわ。
うふふ。
最近これが本当にお気に入りでリピ率高しで申し分ないタマゴを感じられる美味しさで元気出てくるわ!
せっかくちょっと早く起きたけれど、
ボーッとしていたらもったいないわよね!
シャキッと目覚めるわ!
すいすいすいようび~
今日も頑張りましょう!
おまけ
アクスタ試作できたよ~!と言っても今後これをどうするか身の振りがないのでとりあえず作ってみた感じ。ちなみにはてなブログのアイコンをAI生成してもらったものを、そこからさらに全身生成してもらって作ってみたわ!