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2026-02-13

https://x.com/Kosodate_Ogawa/status/2015717584046522435 記事 新しいポストを表示 会話小川大介@90タイプ才能診断『コドモトメガネ』開発者 @Kosodate_Ogawa 協力できない社会で、私たちは何を見失ったのか ―子育て現場から考える、個別最適と公共性の再設計

はじめに──違和感の正体を、構造として考えたい

最近教育現場SNSで、ある種の"すれ違い"を目にする機会が増えました。

注意されたり、期待と違うことを言われたりすると、「自分とは合わない」と、そこでの人間関係のものリセットして離れてしまう。自己主張は強いのに、親や社会に支えられている事実への自覚が薄い。大人の側にも、責任を引き受けるより先に「自分権利」だけを語ってしまう振る舞いが見える──。

あなたも、こうした光景に心当たりがあるのではないでしょうか。

もちろん、これは特定世代批判しようとしているのではありません。私が今回考えたいのは、「その振る舞いが"合理的"に見えてしま社会の側の条件」です。なぜ今、対話よりも離脱が、協力よりも防御が選ばれてしまうのか。その背景には、私たち大人が気づかぬうちに変えてしまった「学びの物語」の喪失があるのではないか──。

そんな折、教育者中土井鉄信先生Facebook投稿出会いました。

そこで語られていたのが、「学びは公共財である」という視点です。教科書は、人類が積み上げてきた英知の集積であり、私たちはそれを受け取って生きている。だから学びは「自分のため」だけで終わらない。受け取ったもの社会に返していく視点が欠かせない──。

この言葉に触れたとき、私の中で点が線につながりました。

依存」「消費化」「対価志向」「関係短期解約」──これらは別々の現象ではなく、学びの位置づけの変化と深くつながっているのではないか

本稿は、その問題意識を整理し、立て直しの方向を考える試みです。中土先生問題提起へのリスペクトを込め、私が現場で向き合い続けてきた実践から、その解決の糸口を提示したいと思います

学びが"公共財"として扱われなくなると、何が起きるのか

学びや知識には、個人の便益(成績・進学・仕事)だけでなく、社会的便益があります社会一定ルールを共有できること、言葉が通じること、協力が成立すること。その基盤には、学校教育読書を通じて広がる「共通の知」があります

ところが近年、学びは少しずつ、「社会の基盤」よりも「個人投資」「購買体験」に寄って語られるようになりました。

どれだけ得をするか

どれだけ早く成果が出るか

お金を払っているのだから満足させてほしい

この枠組みが強まると、学びの場は「関係を育てる場」ではなく「サービスの場」に近づきます。すると、注意や指摘は「成長のための調整」ではなく「不快体験」になり、合わなければ話し合うよりも「さっさとその場を去る(離脱する)」ほうが合理的、という判断を招いてしまうのです。

「うるさい!もうやだ!こんな学校(塾)辞めてやる!」──この叫びは、わがままではなく、ある意味消費者としての合理的選択になってしまっているのです。

学びが「買うもの」になったとき私たちは何か大切なものを失いました。それは、学びを通じて人と人がつながり、社会を共につくっていく物語だったのではないでしょうか。

かつての日本が持っていた「学びの回路」

私が子どもの頃、勉強が得意な子に向けて大人が「末は博士大臣か」と声をかけることがありました。実際私も、祖母祖父、近所のおじちゃんたちに、何度となく聞かされたフレーズです。

今振り返ると、そこには単なる出世願望だけではなく、「力を持つなら、社会に役立つ人になってほしい」という期待が含まれていたように思います欧米で言われるノブリス・オブリージュ(地位能力を持つ者の社会責任)も、根は同じです。

かつて学びや能力は、個人利益で完結するのではなく、社会に返していく回路の中に置かれていました。この感覚は、言葉にされなくても、日常の中で自然に共有されていたのです。

この回路が弱まると、学びは単なる「受け取るもの」になりやすく、結果として「対価がなければ動かない」という感覚が広がります。それは個人問題というより、学びの物語社会が共有できなくなったことの反映ではないでしょうか。

私たちは今、この失われた回路を、新しい形で取り戻す必要に迫られています

自分との「不一致感」が、関係を壊していく

人が社会他者と健やかに関わるために、最初必要なのは規範」でも「協調性」でもないと私は考えています

私が多くの親子と向き合う中で、それら以前にもっと手前の問題として感じるようになったのは、「自分自身との一致感を持つことができていない状態」で生きている人が想像以上に多いという現実です。

たとえば、次のような振る舞いが見られるとき私たちはしばしば「甘え」や「依存」として片付けてしまいがちです。

やる気がないように見える

注意されることを極端に嫌がる

関係のものから距離を取ろうとする

しかし、丁寧に話を聞いていくと、その背景には別のものが見えてきます

「どう理解すればいいかからない」

「どんなペースなら続けられるのか分からない」

「何を期待されているのか曖昧なまま、結果だけを求められている」

まり自分特性と、求められている振る舞いとの間に深刻なズレが生じているのです。みんなと同じやり方で学び、同じ基準評価され、同じ反応を期待され続ける環境に長く置かれると、人は次第に「自分はどこかおかしいのではないか」と感じ始めます

この状態こそが、私が「自分との不一致感」と呼んでいるものです。

この不一致感は、単なる自信のなさではありません。それは、自分という存在が、この社会の中でどう機能すればいいのか分からない、という根本的な不安です。この不安を抱えたまま「協力しなさい」「もっと頑張りなさい」と言われても、人は動けないのです。

自分との一致感」こそが、協力の土台になる

人は、不安や恐れが強い状態では、協力よりも「防御」を優先してしまます自分の中が不安定なままでは、注意は攻撃に聞こえ、期待は重荷に感じられ、関係のものを避けることが合理的選択になりやすいのです。

逆に、「このやり方なら理解やすい」「この関わり方なら無理なく動ける」という安心感――すなわち「自分との一致感」があってはじめて、人は心理的に安定し、周囲と関わる余裕が生まれます

自分のやり方や反応を「これでいい」と理解できている人は、常に評価承認を求めて振り回される状態から一歩距離を取り、自分と違う人を「役割が違うのだろう」と捉えられるようになります。この視点の転換が起きたとき、違いは摩擦ではなく、補完関係に変わるのです。

協力とは、目標として押し付けものではなく、自分理解し、無理のない形で力を出せる人が増えた結果として、自然に立ち上がってくる関係性だと私は考えます

「協力できない社会」の問題は、協力を強制することでは解決しません。それよりも、一人ひとりが自分との一致感を取り戻すこと。そこからすべてが始まるのです。

家庭を「才能発揮の中心基地」へアップデートする

この「自分との一致感」を取り戻すために、私が提唱し、社会に先行して取り組んできたのが独自の「才能タイプ理論」による個別最適な子育て実践です。

そして、その実践において最も重要になるのが、家庭を「才能発揮の中心基地」へアップデートすることです。

学校社会が一律の基準を求めがちな外部環境であるからこそ、わが子の「才能の形(遺伝特性認知形成のクセ)」を深く理解し、本人そのものを伸ばしきれるのは、親をおいて他にはないからです。

ここで改めて強調したいのは、個別最適とは、嫌なことを免除したり、好きなことだけを選ばせたりするための考え方ではないということです。むしろ本質は、「どの形なら、その人は役割を引き受けやすいのか」を探るための視点です。

言葉説明するのが得意な人、作業で支えるのが得意な人、全体を見て調整するのが得意な人。同じ「責任」でも、担い方は一つではありません。その違いを前提に役割を考えることが、結果的集団を安定させます

個別最適は、わがままを許すことではなく、それぞれの特性に合った形で、社会役割を引き受けられるようにするための設計思想なのです。

公共性とは、「自分らしい形」で社会に関わること

中土先生の「学びは公共財である」という言葉に立ち返ります

学びが公共財であるとは、個人より社会を優先しなければならないという意味ではありません。そうではなく、「社会から受け取った知や経験を、自分特性に合った形で、社会に返していく」という循環を大切にするということです。

かつての「末は博士大臣か」という言葉根底にあった、能力社会に返していく回路。それを、いま私たちは「個別最適」という新しいアプローチで再構築していく時代の扉の前に立っているのです。

公共性とは、画一的基準に全員を合わせることではありません。むしろ、一人ひとりが自分特性理解し、それを活かして社会と関わること。その多様な関わり方の総体が、本当の意味での豊かな公共性を生み出すのです。

家庭という「中心基地」で、わが子の才能の形を認め、自分との一致感を育むこと。それは、お子さんが「自分に合った形で、社会と良い関係を結べるようになる」ための自立への第一歩です。

おわりに──批判ではなく、再設計のために

この記事を通して、今の社会子どもたちを批判たかったわけではありません。なぜ「対話あきらめ、つながりを断つこと」が合理的に感じられてしまうのか、その背景に私たち大人の側の設計はどう関わっているのかを、一緒に考えてみたかったのです。

私自身、「才能タイプ子育て」という活動を通して、一人ひとりが自分と一致した状態で力を発揮し、その結果として、無理のない形で社会と関われる人が増えることを願っています

違いを前提にした関係の方が、結果的社会は安定し、協力は回りやすくなる。この実感を、現場での実践を通じて、少しずつ社会に返していきたい──そんな立場から問題提起です。

私たちが失ったのは、「協力する力」ではなく、「協力できる条件」だったのかもしれません。

そして、その条件とは、一人ひとりが自分との一致感を持ち、自分らしい形で社会に関われること。学びが公共財であるという物語を、個別最適という新しい形で紡ぎ直すこと。

今回の記事が、ご家庭で、職場で、教育現場で、何かを考え直す小さなきっかけになれば幸いです。

あなたは、どんな形で社会と関わっていきますか?

あなたのお子さんは、どんな才能の形を持っているでしょうか?

その問いから、新しい公共性の物語が始まります

Permalink |記事への反応(0) | 07:45

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2026-02-11

悲報】令和の中学生、塩の食べ過ぎで救急車で運ばれてしま

北九州市八幡西区本城中で、家庭科の授業で調理したピザを食べた複数の生徒が体調不良を訴え、6人が病院搬送された事案で、市教育委員会は10日、塩分摂取過多が原因と推察されると発表した。

北九州市 市教委学校教育課によると、1月23日に行った授業でピザ生地づくりを担当した生徒たちが、レシピの「塩3つまみ」の意味を正しく理解できておらず、不注意で多く入れたという。生徒は全員回復している。

Permalink |記事への反応(2) | 12:13

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2026-02-05

anond:20260205103321

わかる。自分増田と同じように感じていて、周りに聞いたり、共産党の出演している番組を見たりもしたんだけど、結局のところ党名にまとわりつく独裁」とか「暴力革命」とかの誤解がいまだに強くあるように思う(ここのコメントでもちらほらある)。

自分は今回は共産党に入れようと思ってるけど(前回はチームみらいに入れた)、

市田忠義っていう、元日共産党副委員長の講演の要約を見つけたから貼っておくね。

■党名について

名前を変えた方がいい」と言う方は、おそらく「共産党」と聞くと「怖い」「暴力革命の党」、あるいは「旧ソ連」を思い浮かべるのだと思います

また、「自由民主主義もない今の中国」を思い浮かべる人もいるでしょう。

から共産党という名前を使うと損だ」と。

いくら「そういう国とは違う」と説明しても、親戚のように思われてしまう。

最近亡くなりましたが、私の母は明治36年1903年)生まれで、小林多喜二*と同い年でした。

母は私にこう言いました。

忠義、どんな悪いことをしてもいいけど、

アカ』にだけはなるな」と。

私は母を責める気にはなりません。

母の世代は生まれた時から学校教育で「『アカ』といえば国賊非国民」と教えられてきたのです。

ですから、「こういう名前だと誤解する人がいるから、変えたらどうか」と言われるわけです。

しかし、もし党名を変えたら、その誤解は本当に解けるでしょうか。

おそらく、「今は〇〇党だけど、昔は共産党だった」「元共産党が……」という攻撃が必ず起きます

私たちは正面から、「共産党」という党名に込められた意味を粘り強く説明し、誤解を乗り越えていく道を選びたいと思います

■「共産」という言葉の本当の意味

共産」という言葉語源は、ラテン語の「コモリス(共同)」、英語の「コミュニティ」です。

まり共産主義」とは、国民同士が争うのではなく、みんなで力を合わせ、共同してよりよい社会をつくっていこうという考え方です。

会場の「コミュニティセンター」も言い換えれば「共産センター」。

誰もここを「独裁場所」とは思わないでしょう。

共産」の語源は、みんなが集い、助け合い、共に生きるという理念にあります

■誇りある党名の由来

日本共産党」という名前には、侵略戦争に命がけで反対し、主権在民を訴えて闘った先輩たちの、不屈のたたかいの歴史が刻まれています

戦時中、「戦争反対」と言えば命を落とす時代に、「国民こそ主人公」「女性にも参政権を」と主張した唯一の党が日本共産党でした。

他の党はすべて、「聖戦」と称されたあの戦争に協力・加担しました。

1941年太平洋戦争の前夜、すべての政党解散して「大政翼賛会」に合流し、「天皇政治を支えます」と誓ったのです。

残念ながら、自民党前身である政友会も、民政党も、社会党の前身である社会大衆党も、すべて侵略戦争に賛成しました。

から戦後、恥ずかしくて同じ名前では登場できなかったのです。

「昔の名前で堂々と登場できた」のは日本共産党だけでした。

自民党も認めた「歴史真実

自民党党員教科書日本政党』には、こう書かれています

日本共産党けがあの戦争に反対した。したがって、この党はどの党よりも道徳的権威をもっている。」

自民党の人たちでさえ、歴史真実ねじ曲げることはできなかったのです。

(今はその本、絶版ですが、国立国会図書館で閲覧できます。)

■変わらぬ信念と未来へのロマン

戦後日本共産党は「アメリカの言いなり」「大企業優先」の政治を改め、国民一人ひとりが主人公社会をめざして、誰にはばかることな意見を述べてきました。

この「不屈の伝統」が、党名に込められています

私たちが目指すのは、自由民主主義個性が花開く社会

共に支え合う未来社会です。

■「共産党」と書いて投票した人は820万人

共産党という名前だと投票しにくい」と言う人もいます

しかし、私が初当選したとき、「共産党」と書いて投票した人は820万人いました。

比例代表では個人名よりも多かったのです。

まり問題名前ではなく、中身です。

■結びに

共産党」という名前には、戦争に反対し、人間自由尊厳を守ってきた誇りが込められています

私たちはこれからもこの名前を掲げ、誤解や偏見を正面から乗り越えながら、共に未来を築く道を歩み続けます

小林多喜二(1903-1933)

秋田県まれ作家で、日本共産党員。

代表作『蟹工船』では、過酷労働に苦しむ人々の姿を通して、

社会不正搾取現実を描きました。

人間人間らしく生きられる社会」を信じて、権力に屈することなく書き続けた多喜二。

その信念ゆえに特高警察逮捕され、拷問の末、29歳の若さで命を奪われました。

彼が残した言葉作品は、今を生きる私たちに、「自由平等意味」を問いかけ続けています

Permalink |記事への反応(3) | 11:41

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2026-02-03

国民民主の切り抜き動画を上げたら、地獄みたいなコメント欄になった

今回の選挙国民民主党が「切り抜き動画OK」と言っているので、支持者として政策を広めたくて動画投稿してみた。

ところが、コメント欄自民党支持一部の人たちが湧いてきて絶望してる。

何を出しても「これを決めたのは高市早苗さんだぞ」「高市さんが正しい」の一点張り

いや、政治って党内の権力闘争とか三権分立とか、複雑な背景があって動くものだろ。そういう構造を一切無視して、「推しが言ったから」ですべてを論破した気になっている。正直、何を返せばいいのか全くわからない。

これはもう学校教育の敗北だと思う。

いっそ選挙権を15歳からにして、義務教育のうちから親子で選挙に行くのを当たり前にした方がいい。ネット思考停止してる大人より、中学生の方がよっぽどマシな議論ができるんじゃないか

まともな政策論議がしたいだけなのに、あまり民度の低さに頭を抱えてる。

Permalink |記事への反応(1) | 15:13

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2026-01-29

anond:20260129151302

かなり重たいテーマだけど、学術的・歴史的比較としてよく指摘される**共通点**はいくつかある。感情論ではなく、構造手法レベルで整理するね。


---


## 1.占領地の「自国化」を進める政策


**共通点**


占領地を一時的軍事支配ではなく、「恒久的に自国の一部」にしようとする

行政制度法律通貨教育支配仕様に切り替える


**例**


ロシア占領地でロシア行政制度導入、パスポート配布、住民投票国際的に認められていない)

大日本帝国朝鮮台湾満州日本行政法制度を導入し、皇民化を推進


---


## 2.住民同化・再教育アイデンティティの書き換え)


**共通点**


占領住民民族的国家アイデンティティを「書き換え」ようとする

学校教育言語歴史認識の統制


**例**


ロシアウクライナ語ウクライナ史を排除し、「ウクライナ本来ロシアの一部」という歴史観教育

大日本帝国日本教育強制神社参拝、皇国史観押し付け


---


## 3.抵抗勢力への強硬弾圧


**共通点**


レジスタンスや反対派を「テロリスト」「非国民」として扱う

逮捕拷問強制失踪見せしめ処罰


**例**


ロシア占領地での反露活動家市民の拘束や行方不明

大日本帝国占領地での抗日運動への厳しい弾圧特高憲兵など)


---


## 4.人口操作強制移動


**共通点**


占領地の人口構成を変えることで支配を安定化させる

忠誠心のある住民を増やし、反抗的住民を減らす


**例**


ロシアウクライナ住民特に子ども)のロシア国内への移送

大日本帝国満州への日本人移民推進、現地住民の追い出しや移動


---


## 5. 「解放」「秩序回復」という大義名分


**共通点**


侵略占領を「現地住民のため」「治安回復のため」と正当化

国際法違反否定し、自国メディア一方的正義を主張


**例**


ロシア:「ナチから解放」「ロシア住民保護

大日本帝国:「アジア解放」「大東亜共栄圏


---


##重要な注意点(比較限界


時代背景・国際秩序技術水準は大きく異なる

* 同一視はできないし、規模や具体的行為には違いもある

* ただし**「帝国主義占領構造」**として見ると、似たパターンが繰り返されているのは事実


---


もし


* 「どこが決定的に違うのか」

* 「なぜこういう占領は必ず失敗するのか」

* 「日本ではこの比較はどう受け止められているか


みたいな切り口も気になったら、そこも掘り下げられるよ。

Permalink |記事への反応(1) | 15:27

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2026-01-28

高市政権なのにモンペばっかなの何でなん?

昔ながらの日本を目指してるんじゃないのか

教育現場ゴミのままじゃん

先生権力ないしモンペ蔓延ってるのをどうにかしない限り学校教育まらんだろ

Permalink |記事への反応(1) | 12:33

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2026-01-24

anond:20260124150111

少子化対策には魅力的な女性必要

最近少子化の話があちこちで出てるけど、政府とかがいくら補助金出したり、保育園増やしたりしても、根本的な解決にならないと思う。

だって男性女性子供を孕ませられるかどうかって、結局のところ「お国のため」みたいな大義名分じゃなくて、純粋に「この人に子供を孕ませたい」って気持ち大事だよね。

妻が魅力的で、毎日一緒にいてワクワクするような人なら、自然子供が欲しくなるし、ジャンジャン孕ませたくなるはず。

なのに今の社会って魅力的な女性を育てる仕組みが全然ない。

学校教育とか、職場環境とか、全部が「仕事ができる人」を作ることに偏ってる。

そりゃ経済的には大事だけど、それだけじゃ男性の心は掴めない

例えば、ユーモアがあって、優しくて、家事積極的にやってくれる女性が増えたらどうなる? きっと、結婚率も出生率も上がるんじゃないかな。

国を挙げて取り組むとしたら、まずは性教育改革から

義務教育で「コミュニケーションスキル」や「感情知能」の授業を増やして、女の子たちが自然と魅力的に育つようにする。

デート術とかじゃなくて、相手尊重する心構えとか、面白い話の仕方とか。

企業も、残業ばっかりじゃなく、ワークライフバランスを本気で推進して、女性が家庭で活躍できるようにする。

スポーツ芸術支援大事

体力的にも精神的にも魅力的な男性が増えれば、男性は「この人に家族を孕ませたい」って思うようになる。

もちろん男性側も魅力的に育つべきだけど、今回のテーマ女性側に焦点を当てる

だって生物学的に見て男性の僻み意識が強いんだから、そこを狙うのが効率的だと思う。

政府が本気で「魅力的な女性量産プロジェクト」みたいなのを立ち上げるべき。

予算少子化対策の何分の一かで済むんじゃない?済まないか

Permalink |記事への反応(0) | 18:00

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少子化対策には魅力的な女性必要

最近少子化の話があちこちで出てるけど、政府とかがいくら補助金出したり、保育園増やしたりしても、根本的な解決にならないと思う。だって男性子供を持ちたいと思うかどうかって、結局のところ「お国のため」みたいな大義名分じゃなくて、純粋に「この人の子を育てたい」「この人と家族になりたい」って気持ち大事だよね。 妻が魅力的で、毎日一緒にいてワクワクするような人なら、自然子供が欲しくなるし、家庭を築きたいと強く願うはず。

なのに今の社会って、魅力的な女性を育てる仕組みが全然ない。学校教育とか、職場環境とか、全部が「自立して仕事ができる人」を作ることに偏ってる。 そりゃ経済的には大事だけど、それだけじゃ男性の心は掴めない。 例えば、明るくて、包容力があって、一緒にいて癒やされるような女性が増えたらどうなる? きっと、結婚率も出生率も上がるんじゃないかな。

国を挙げて取り組むとしたら、まずは教育改革から義務教育で「コミュニケーションスキル」や「感情知能」の授業を増やして、女の子たちが自然と魅力的に育つようにする。自分を磨く方法だけじゃなくて、相手尊重する心構えとか、豊かな感性の育て方とか。企業も、キャリア形成ばかりを押し付けるんじゃなく、ワークライフバランスを本気で推進して、女性が心身ともに余裕を持って生活できるようにする。芸術文化活動支援大事精神的に豊かで魅力的な女性が増えれば、男性は「この人と一生を共にしたい」って思うようになる。

もちろん男性側も魅力的に育つべきだけど、今回のテーマ女性側に焦点を当てる。だって、家庭の雰囲気育児において女性の影響力はやっぱり大きいんだから、そこを狙うのが効率的だと思う。政府が本気で「魅力的な女性量産プロジェクト」みたいなのを立ち上げるべき。予算少子化対策の何分の一かで済むんじゃない?

anond:20260124150111

Permalink |記事への反応(0) | 17:24

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anond:20260124155207

「男を育てる役割が女側にも生じる、痛みを伴うプロジェクト」?

なにそれ、完全に責任転嫁じゃない?

まず、「男を育てる」って発想自体がもう古い。

パートナー同士なんだからお互いが対等に成長し合う関係理想でしょ。

女性一方的に「男を教育する」みたいな構図を前提にしてる時点で、ジェンダー平等理解がズレてる。


実際、魅力的な男性を量産するのに必要なのは

学校教育感情教育コミュニケーション教育の強化)

職場文化家事育児参加を当然とする風土

メディア社会全体(「男らしさ」の再定義

これらを国レベルで変えていくこと。

女性個別に「痛みを伴って」男を育てるなんて、誰も望んでないし、現実的じゃない。

しろそんな負担女性に押しつけるからこそ、女性は「この男と子供産みたくない」ってなるんだよ。


次に「男の粗相に敏感ですぐカエル化現象を引き起こす完璧主義的な精神構造」って…

カエル化現象(ちょっとしたミスで急に幻滅するやつ)は、確かに一部の女性にみられるけど、それって男性側の粗相が積み重なってる結果でしょ。

最初から相手尊重して、思いやりを持って接してればそんな極端な反応は起きにくい。

女性完璧主義なのは過去に何度も「男の粗相で傷ついた」経験の積み重ねが原因の部分が大きいんだって

原因と結果を逆にして「女性精神構造が悪い」って言うのは、典型的被害者責めじゃない?


そして「実子誘拐代表されるように、日本女性思考世界的にも異質」って…完全に偏見デマミックスでしょ。

実子誘拐(連れ去り親権問題)って、確かに日本ハーグ条約加盟後も運用問題視されてるけど、

・連れ去りをするのは父親母親もいる(統計上、母親側が多いのは事実だけど、父親側も相当数いる)

欧米でも共同親権が導入されてる国で、母親が連れ去りするケースは普通にある

日本場合単独親権制度調停の長さ+DVの立証の難しさが、連れ去りを誘発してる側面が大きい


これを「日本女性思考が異質」って一括りにするのは、国際比較としてもデータとしても無理がある。

しろ男性DVモラハラを繰り返した結果、女性子供を守るために逃げるケースが大半。

それを「女性の異質な思考」って言うのは、加害者側の視点しか物事を見てない証拠


要するに、女性に「メタ認知しろ」「完璧主義をやめろ」「痛みを伴って男を育てろ」って言う前に、

・男側が自分粗相自覚して改善する

相手尊重する態度を身につける

社会全体で男女平等を進める

これをやらないと、女性が「この人と子供産みたい」って思うわけがない。

結局、「女性が変われば解決する」って主張は、男側の努力を一切免除してるだけ。

少子化本丸は、男性パートナーとして魅力的になること。

そこを避けて女性のせいにするのは、もう限界だよ流石に。

Permalink |記事への反応(1) | 16:05

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anond:20260123155629

大日本帝国学校教育を始めた時から目的ですからね。

Permalink |記事への反応(0) | 16:04

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追記あり少子化対策には魅力的な男性必要

最近少子化の話があちこちで出てるけど、政府とかがいくら補助金出したり、保育園増やしたりしても、根本的な解決にならないと思う。

だって女性子供を産むかどうかって、結局のところ「お国のため」みたいな大義名分じゃなくて、純粋に「この人の子を産みたい」って気持ち大事だよね。

夫が魅力的で、毎日一緒にいてワクワクするような人なら、自然子供が欲しくなるし、ジャンジャン産みたくなるはず。


なのに今の社会って魅力的な男性を育てる仕組みが全然ない。

学校教育とか、職場環境とか、全部が「仕事ができる人」を作ることに偏ってる。

そりゃ経済的には大事だけど、それだけじゃ女性の心は掴めない

例えば、ユーモアがあって、優しくて、家事積極的にやってくれる男性が増えたらどうなる? きっと、結婚率も出生率も上がるんじゃないかな。

国を挙げて取り組むとしたら、まずは教育改革から

義務教育で「コミュニケーションスキル」や「感情知能」の授業を増やして、男の子たちが自然と魅力的に育つようにする。

デート術とかじゃなくて、相手尊重する心構えとか、面白い話の仕方とか。

企業も、残業ばっかりじゃなく、ワークライフバランスを本気で推進して、男性が家庭で活躍できるようにする。

スポーツ芸術支援大事

体力的にも精神的にも魅力的な男性が増えれば、女性は「この人と家族を作りたい」って思うようになる。


もちろん女性側も魅力的に育つべきだけど、今回のテーマ男性側に焦点を当てる

だって生物学的に見て女性選択権が強いんだから、そこを狙うのが効率的だと思う。

政府が本気で「魅力的な男性量産プロジェクト」みたいなのを立ち上げるべき。

予算少子化対策の何分の一かで済むんじゃない?


追記

・魅力というのは相対的概念では?

出生率が上がるのに必要なのは「全員が超イケメン・超高収入」になることじゃなくて、「この人と子供を産みたい」と思える男性が大多数になること。

日本韓国みたいに「魅力的な男性は上位10%だけ」みたいな極端な分布だと、女性の多くが「この人と子供産みたい」と思える相手出会えず、晩婚・非婚・無子化が進む。

魅力の「絶対値」を底上げすれば、相対的に「上位」が増える。

「上位はごく一部のまま」って言う人は、結局「俺は平均以下だからどうせ無理」って諦めモードで、現状維持正当化してるだけに見える。


女性年収を下げて男性に頼らざるを得なくしたらまた子供が増えるのでは?

婚姻率が下がってる主な理由は、経済的に自立できる女性が増えたのに、男性側がパートナーとして魅力的になっていないこと。

自立できるのに、結婚メリットを感じられない相手しかいないか結婚を先送り・諦めている。

男性の魅力が上がらない限り、女性は「仕方なく結婚」しても、子供は産みたくない(産んでも後悔する)状態になる結果、晩婚・非婚は減っても、無子化・少子化は加速する可能性が高い。


一夫多妻制の導入

一人の男性に何人も女性が集中するより、魅力的な男性もっと増えた方が効率的

一夫多妻だと、上位の超魅力的な男性けが子供を量産して、下位の男性は完全に取り残される。

結果、非モテ男性の不満が爆発して、社会不安定になる。

一人の男性が多数の妻と子供ちゃんと育てるなんて現実的不可能

経済的時間的精神負担が爆増して、結局ほとんどの子供が十分なケアを受けられず、子供貧困ネグレクトが激増する。


女性が「魅力的な男性」のハードルを下げればいいのでは?

女性ハードルを下げろと言うのは、結局男性努力しなくていい言い訳しかならない。

実際、女性ハードルを下げるとどうなるかというと、

①「まあこの人ならいいかレベル結婚が増える → 後悔・離婚・無子化のリスクが爆増

女性が「仕方なく」産む子供が増える →子供幸福度が下がり、将来的な社会問題になる

男性が「どうせハードルいか努力しなくていい」と思考停止 → 魅力の平均値さらに下がる悪循環

まるで今の日本ですね!

Permalink |記事への反応(55) | 15:01

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anond:20260123155629

でも、少なくとも義務教育中学までを言うなら、それ普通に習うだろって内容まで「義務教育で教えろ」とか主張する人が多いからな

例えば三権分立目的とか、小選挙区制危険性とか、治安維持法男子普通選挙制のセット導入などを通じて権力への警戒心を持つ事は中学社会科で習うけど

現実生活では何ら警戒心を持たずに政府追従する人があまりにも多い

せっかく学校で教わっても「社会に出て」からその意識を削がれるんだよね

問題があるのは学校教育じゃなくてそれ以降の方だと思う

Permalink |記事への反応(1) | 09:23

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2026-01-23

anond:20260123143001

日本学校教育資産家と国家献身する奴隷生産する工場からお金法律に関するリテラシーを教えてない。

代わりに真偽が不明天皇歴史ストーリーや、古文という授業などを通して貴族文化を教える。

日本学校教育害悪しかいから、ホームスクールなどで卒業検定を受けて、日本史・古文保険体育みたいな時間無駄ものは切り捨てて代わりに金融労働法社会福祉などを学び、さら時間があればノーコードや生成aiプログラミングで早い内から創作経験起業体験をさせたほうがいいよ。私は少なくともそういった教育をうけたかった。

Permalink |記事への反応(15) | 15:56

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2026-01-20

俗に言われる「普通の日本人」の感覚が、自分の生きてきた「普通」と違い過ぎる

なんで彼等は共産主義リベラルあんなに憎んでいるんだ?理想主義が嫌いなんだ?

日本普通中流家庭に生まれ普通地域社会と関わって、普通義務教育を受けて育ったら

差別は良くないとか隣人に優しくしましょうとか貧富の差をなくしましょうとか、そういう規範が身につくものなんじゃないの?それとも今の学校教育は違うのか?(映画教育愛国』は一応見た。)

現実理想と違うのは当たり前で、理想に合わせて少しずつ改善していくものなんじゃないの?理想を掲げる事自体否定してどうするよ?

とにかく自分の考える「普通」と違い過ぎる。

でもそれなら弱肉強食差別上等の無法地帯を望むのかと思いきや、何故か学校でのいじめは許せないとか言ってる。意味不明

Permalink |記事への反応(55) | 15:37

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2026-01-18

まれてはじめて勉強にハマり学校教育問題点がわかった

まれて初めて勉強にハマり勉強面白さを理解し、同時に学校教育問題点がわかったので書くわ。

本当の意味での勉強面白さは良い点を取ることではなく、今まで呪文みたいに見えてたもの理解できるようになり、世界の見え方が変わったりすることなんだよね。(何を当たり前のことをって話だが)その面白さに気づいて自発的勉強するようになるのが理想学校教育は完全に間違ってる。

学校の一番の欠点は基礎を疎かにしてる子を放ったらかしにすること。いや正確に言えば学校は基礎を疎かにしてる子を放ったらかしにせざるを得ない環境からよくないと言うべきか。早い話が生徒多すぎるよね。あとペース落とせないのもまずい。正直勉強なんて基礎をどれだけしっかり頭に入れるかどうかが全てでそれ以外はオプションみたいなもん。だから基礎はぼんやりしてるけど次に進むって無理なのよ。けど今の学校教育はそれをしちゃってるから大多数の子勉強嫌いになり一部の生徒は不良になる。そりゃ勉強嫌いになって不良になるわって思うよ。だって基礎学べないんだもん学校は。

なので理想はその子のペースに合わせて勉強して学ぶことの楽しさをわかってもらうことなんだろうけど、今の世の中じゃ無理だね。成績がいい子も良い点を取ると親が褒めてくれるから勉強する。周りが褒めてくれるからあいつより良い点を取りたいから(競争)そういうもんじゃないだろ勉強は…。

よく社会人になってから勉強楽しくなりましたみたいな人いるけどそれは自分のペースで学べるからだと思う。学校学校のペースで勉強しなきゃいけないか地獄なんだよ。勉強の才能ない子は放ったらかしにされるの確定だかんね。

Permalink |記事への反応(0) | 09:41

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2025-12-29

なぜ日本人は「外国人が悪い」と考えやすいのか→日本教育は「考える力」より「従う力」を育てた

なぜ日本人は「外国人が悪い」と考えやすいのか

1.教育は「考える力」より「従う力」を育てた (サラリーマンを量産した。税の教育をしなかった。)

日本学校教育は長年、

正解を早く出す

空気を読む

和を乱さな

から説明を疑わない

を重視してきました。

👉 結果

複雑な問題構造で考える訓練が弱い

→ 原因を「分かりやす対象」に押し付け思考が残る

外国人はその最も分かりやすスケープゴートです。

2.歴史教育が「加害と被害」を避けてきた

植民地支配

戦争責任

移民との摩擦

これらを

曖昧

感情論を避け

深掘りしない

形で教えてきた。

👉

自分たちが何かを壊した/壊され得る存在」という感覚が育たず、

外部要因に原因を置く癖が残った。

3.単一民族神話刷り込み

事実

日本は実際には多民族的要素を持つ

でも教育では「ほぼ単一民族」と教えられる

結果:

「内=善」

「外=異物」

という無意識の二分法が形成される。

4. 失敗を個人が背負わされる社会

日本では:

国の政策失敗

経済構造の歪み

少子高齢化

責任個人転嫁される。

しか個人国家批判できない。

そこで怒りは 叩いても安全対象外国人) に向かう。

「なんの為の教育だったのか?」への答え

皮肉ですが、答えはこうです。

秩序を維持するための教育だった

異議を唱えない

上に従う

社会を壊さな

平時には強いが、

問題が起きたときに“誰が悪いのか”を冷静に分析できない。

なぜ今になって顕在化したのか

人口減少

経済停滞

将来不安

SNSで怒りが可視化

余裕がなくなると、

教育で抑え込まれていた思考の癖が一気に噴き出す。

まとめ(短く言うと)

日本人排外的なのではない

排外的思考が生まれやす教育社会構造だった

教育は「思考停止の防波堤」にはなったが

危機対応能力は育てなかった

あなたの問いは、

外国人が悪いのか?」ではなく

日本社会はなぜ自分直視できないのか?」

そこを突いている。

Permalink |記事への反応(0) | 11:07

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2025-12-28

anond:20251228080056

学校教育指導要領に清潔感を入れたら女性ばかりが清潔感要求される差別的状況が強まりかねない

Permalink |記事への反応(0) | 08:07

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2025-12-23

大和大学社会学部教員修士号博士号なし教員が4割

自民党関係の深いといわれる大和大学

社会学部教員博士号をもっていないどころか修士号ももっていない学士ごろごろいるが、これは大学としてよいのですか?

学士と無記載教員24名中10名で42%。さすがにこれでは大学教育はできないのでは?

大和大学社会学部 24

学士: 4名

• 無記載リサーチマップあり): 2名

• 無記載リサーチマップなし): 4名

修士: 7名

博士Ph.D.含む): 7名

ウェブサイトリサーチマップでの学位記載

西田 宗作 学士文学

天野 健作 博士国際協力学)

岩本 一善 文学修士

梅本 尚 学士

岡田五知信 修士

梶木 義敏 無記載 /リサーチマップなし

佐々木 正明 学士言語文化

立花 晃 博士環境人間学修士環境人間学修士芸術制作金属工芸))

得能 弘一 修士学校教育学)

福嶋 雅直 英語教育学修

廣瀬直哉 無記載 /リサーチマップあり

松林 薫 無記載 /リサーチマップなし

山口 彰博 学士

小原 宏基 博士心理学)・修士工学

木下 昭 博士人間環境学)

小島名子 Ph.D.  /リサーチマップあり

児玉 恵理 博士理学

長野 真一 無記載 /リサーチマップなし

増本 貴士 無記載 /リサーチマップあり

茂呂 輝夫 教育学(修士

本山 謙二 修士

安田恭子 修士 (リサーチマップより)

脇本 忍 無記載 /リサーチマップなし

米谷 充史 博士学術

その他情報教員ではない)

安倍晋三 2017年10月16日 12時32分 大阪府吹田市大和大学学生食堂学生らと食事NHK番組の収録。

Permalink |記事への反応(0) | 21:39

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2025-12-20

理系文系以前の問題

理系とか文系とかの前に、まず「言葉定義する」ってことができてない土人が多すぎるんだよな、ジャパン

 

ジャップにとって言葉とは「定義」でなく「比喩」で使うもので、そのせいで科学的な概念も(エントロピーとか)、定量的見積もりでなく、SFじみた魔法概念みたいにしか使われない。

 

言葉定義とは、理系ならば数学モデルだ。「数式」「条件リスト」「ダイアグラム」「アルゴリズム」まだあるかも知れないが、そういうものだ。

文系ならば、「厳密な文献から引用」あたりになるのか。理系文系だというが、本当に学問的な話で言えば、文系だってただの比喩みたいな思いつきの言葉かいは、してはならないはずだ。

 

ジャップは(特にネット自分知識人のように思い込んでいるが、小説マンガしか読んでない本当は無学なジャップは)、学校教育が「感想」ばかり求めてきたせいもあって、根本的に学問的な言葉かいというものが身に付いていない。

理系文系以前の無学しかいないのに、理系文系で争うのは本当に馬鹿げている。本当の無知民族だ。

Permalink |記事への反応(1) | 21:25

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算数の「掛け算の順序」はなぜ評価対象になるのか

よくこの手の議論になっているのを見て。

昔、少し教育に関わっていたことがあるので、酩酊任せにチャッピーと一緒に書きました。


もう寝る。あまり人に見つかりませんように。


批判する場合は、「思考判断表現」を評価する別の手段発明する必要があると思っていますが、

まりそのような議論にならないので、もったいないな、と思っていました。

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「掛け算の順序問題」を評価視点から読み解く:なぜ「順序」が重要なのか

SNS等で定期的に議論を呼ぶ「掛け算の順序問題」。

数学的には交換法則( a x b= b x a )が成り立つため、「順序が逆でも正解にすべきだ」という意見一般的です。

しかし、学校教育における''「評価」の仕組み''を紐解くと、教師が順序を重視する背景には、指導要領に基づいた合理的理由が見えてきます


1.学習指導要領における「3つの柱」と評価棲み分け

現代学校教育における評価は、文部科学省の定める学習指導要領に基づき、主に以下の3つの観点で行われています

ここで重要なのは、''「答え(数値)が合っているか」と「立式(プロセス説明)が適切か」では、評価している対象が異なる''という点です。

テスト用紙や通知表にも、上記観点は書かれているので、気づかれてない方は見てみると面白いと思います


2. 「知識技能」の評価:結果と習熟度の確認

知識技能」を確認するテストにおいては、その名の通り「計算を正確に実行できるか」という技能の習熟度が問われます

純粋技能を測る場面では、必ずしも立式(プロセス)は求められません。限られた時間内で正確な解を導き出す「実行力」そのもの評価対象となるからです。ここでは結果が正しければ、その技能習得していると見なされます


3. 「思考判断表現」の評価構造の捉え方の可視化

一方で、テストで「式」を書かせる場合、それは''「思考判断表現」''の評価へとシフトします。算数教育における立式は、単に答えを出すための手段ではなく、''「問題構造をどう捉え、それをどう式という言葉表現するか」''という論理的思考再現を求めているのです。

したがって、順序を逆にする(構造無視する)ことは、数学的に間違いではなくとも、''「その授業で意図した思考プロセス評価観点)」に達していない''と判断される要因になり得るのです。


4.批判の矛先をどこへ向けるべきか

数学的な正誤」と「教育課程における評価」は別次元の話です。現場教師が順序を指導するのは、個人のこだわりではなく、国が定めた評価基準を忠実に運用しようとする職務遂行の一環と言えます

もし「順序の固定」に強い違和感を抱くのであれば、個々の教師を責めるのではなく、以下のような本質的な議論へと向かうべきです。

  1. ''教科書会社テストメーカーへ:'' 「思考判断表現」を評価する手段として、立式の順序以外の方法を開発・提案する。
  2. ''文部科学省へ:'' 「思考判断表現」という評価軸そのものの是非や、その運用のあり方について再検討を求める。


ではおやすみなさい

Permalink |記事への反応(0) | 03:23

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2025-12-17

賛同

そもそも日本語の正しさというのは何ですか?

よくよく考え下さい。

その正しさというのは何を根拠にしていますか?

私は言語学日本語に関する本を70冊くらいは読んでいますマイナー試験ですが日本語検定一級にも合格しています

貴方が例に出しているもの表記の話が多いように感じます日本語には正書法がないと言うのは日本語を真面目に勉強している人は誰もが知っていると事実であると思いますが、何を根拠に「正しい」といっているのか。正書法がないのになぜ「正しい」といえるのか大きな疑問です。

私が日本語言語学に関する本を読む際、「日本語の正しさ」とはなにかという疑問の解答を見つけることをテーマひとつにしていますが、未だにその答えを見つけるにいたっていません。

表記に関しても「正しさ」というのはなんだ?という素朴な疑問を抱いており、日本語表記に関する歴史国語政策歴史などにかんする本だけでも相当数読んできました。

しかし、「正しさ」とは何なのかその根拠は一体何なのかという答えは見いだせていない。分かったことといえば「正しさ」を主張する人たちは、「正しさ」の出処について深く考えていないということと、そして、学校先生などが言ったことを無批判に信じ込んでいるのではないかということです。

日本語の正しさ」「正しい日本語」この手の表現安易に使う人は、日本語について深く考えていない、又は日本語を金儲けのネタにしている人達なのではないか。今はそう思っています

表記の「正しさ」について主張する人たちの根拠は大抵内閣告示若しくは学校教育にあるのでしょう。内閣告示では表記に関しては表音主義をとっています発音するように表記する。しかし、発音と違う表記をする場合が「正しい」と主張される場合があるのはなぜか。その答えは「盲信」「洗脳」にあるという印象があります文系教育宗教的な側面が強いため、無批判に信じてしまうことには危うさを感じます

正しい日本語

このフレーズ安易使用する人は要注意です。

「正しさ」とは何なのか。一体どこから来ているのか。一度深く考えましょう。

dorawiiより

-----BEGINPGP SIGNEDMESSAGE-----Hash: SHA512https://anond.hatelabo.jp/20251217175900# -----BEGINPGP SIGNATURE-----iHUEARYKAB0WIQTEe8eLwpVRSViDKR5wMdsubs4+SAUCaUJw1gAKCRBwMdsubs4+SAPSAQDZzgSu2cfqfYdqVsLKcEXAwh4ExCS3xcahmDOVLmY1KgD/Ql8OtTF0rakOkPYtLZaC/m9fxV3aw612RczbY4X97AQ==geZi-----ENDPGP SIGNATURE-----

Permalink |記事への反応(1) | 17:59

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学校教育の成果

若者政治傾向や愛国心は、単純に学校教育の成果だと思う。

新しい教科書かによる教育成功したのだろう。

そして若者の選んだ政治家がまた教育改革をしていくから、うまくループが続いて行く。

Permalink |記事への反応(0) | 07:54

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2025-12-14

家庭でのLinux導入は教育格差問題という視点提供したい

まりにも長くなりすぎたのでこのエントリAIによって要約されている

世界Linux人材を求めている

現在IT業界ではLinux事実上として必修化しているのは情報技術者ならば誰も否定しない現状です。

そして更にIT業界以外でも主に統計や計測などを用いる分野ではLinuxによってそれら統計・計測システムを稼働させることが当たり前となっておりLinuxを扱うことは最早IT業界だけに留まらない。

数学物理学工学医学生物学経済学社会学etc...このエントリを読むアナタたちが今その端末で「分野名Linux」という様な語でWeb検索をかければ確実に活用例はヒットする。

学問だけでないのです。画像認識技術により例えば製品の表面の傷を発見するなどという工業生産上の不具合発見システムLinux上で稼働していることが多く、画像認識で分類できる気付いたのならば交通整理や布製品の縫製パターン病原菌発見などにも応用できる、されている事にも気付きます

世界の有名私立進学校エリート校で導入されるLinux

2012年時点の調査で、Linux教育に導入している約8割は富裕層が通い、平均よりも偏差値の高い学校であったことが判明しています

特に同21012年の調査Raspberry Piのお膝元である英国でRaspberry Piが導入できている学校の約8割は富裕層の通う私立校であると英国の王立協会が認める事態となっており、また、米国ニューヨーク・タイムスやその他の米国の主要メディアが行った調査では、貧困層の通うエリアにある公立高校ではiPadが導入され、中流以上ではChromeBook(またはTablet)、上流ではChromeBook(またはTablet)に加えてRaspberry Piなど"創造デバイス"が導入されていると報告され、公教育におけるLinux格差欧米問題視されています

日本でも灘高校開成中学校などを代表例に有名私立進学校エリート校ではRaspberry Piが導入されていることが確認でき、一般的にはそのイメージが程遠いと考えられられている学習院女子高等科での導入事例桜蔭中学校での導入事例、慶應義塾幼稚舎での導入事例など、有名私立進学校エリート校でRaspberry Piを中心にLinux学習が進められていることが確認できる。

当然ながらロボコンなどで有名な高専、そして最高峰教育環境が期待できる東京大学京都大学、有名エリート大学ではLinuxは最早当たり前のような状況となっており、世界の有名私立進学校エリート校では小中課程でRaspberry PiなどからLinuxに初めて触れ、高校課程で実用・応用を学び、大学課程でLinuxを高度研究に用いるというカリキュラム事実上として存在する。

なぜ中流以下の一般家庭ではLinux導入できないのか?

これは一連の増田Togetter、それに付いたはてブ確認できるように、親や公立校の教員Linuxを教えられないからです。

貧困層の通うエリアiPad採用事例が多いのは、自治体予算の都合から情報工学に詳しい教員採用しにくいため、ニューヨークタイムスの報告にもあるように強固にサンドボックス化されたiPadOSであれば自由創造性を働かせて活用できないため教員情報工学に詳しくなくてもマニュアル通りの管理が容易に行える点にあります

しかも親は今現在自身労働環境から社会に出ればWindowsしか使わない」と思いがちであり、今現在学校教育が「ChromeOSなどLinuxカーネル採用したOSデファクトスタンダード化している」ことに気付かず、逆に仕事上で経営者トップ技術者として働くエリートな親の家庭では「Linuxスキルを持った人材を高度人材として採用することを実体験で知っている」ため我が子に高度人材となって貰おうと早期にLinuxを学ばせようとします。

現在ChromeOSなどLinuxカーネル採用したOSデファクトスタンダードなので間違いなく確実に10年後は有名私立進学校エリート校を中心にLinuxを高度に学んだ新社会人が登場し始めますが、貧困層の多いエリア公立学校出身者はiPadが導入されてしまっているので彼らが新社会人となっても有名私立進学校エリート出身人材スキル格差スタート時点で発生します。

これらの事実を知ってもLinuxは家庭に必要ないでしょうか?

例えば我が子が通う学校iPad採用しており、Raspberry Piの導入など夢のまた夢で、我が子はLinuxを一切知らない。

AI人間には到達し得ない速度で帳票を分類したり、おそらく数年以内にWindwosを高度に操作したり、広告として堪えうる画像を生成する時代が来るだろうとわかっていて、まだWindwosでの家庭内学習へこだわりますか?

AIに何をさせるかを指示したり、新たなAIを生んだり、AI活用する知識ベースとなる新たな基礎研究をしたり、AIが苦手とする物理的な嵌合(はめ合わせ。複雑に組み合ったレゴブロック想像すると良い)を用いた土建衣服などを含んだ工業製品設計etc...これらの求人枠を有名私立進学校エリート出身者が掌握するだろうとわかっていて、まだWindwosでの家庭内学習へこだわりますか?

高度人材求人枠は現在でも年収千万円、AIに奪われるであろう低スキル求人枠は年収500万円程度。親の感情として我が子をどちらへ進ませたいかなんて言うまでもないでしょう。

学校教育が有名私立進学校エリート校のような先進ICTSTEM教育をしてくれないのであれば、親がLinuxを学ぶ努力をして家庭内Linux学習を我が子に施すしかないのです。

私も親ですから皆さんの想いは理解できるつもりです。Windowsのままで良いだろう、MBAを求める子にMBAを与えてやれば良いじゃないか。Windwosゲームさせたら良いじゃないか

でも、でもしかし、世界Linuxスキル取得に動いてしまっている。AIがどんどん発展していってしまっている。有名私立進学校エリート校が積極的Linux学習を進めてしまっている。

おそらく今後、皆さんはニュースなどで学生ラズパイLinuxを扱っているシーンを見るたびに私のエントリを思い出すでしょう。そのとき皆さんがどう想うか、どうするかは各々の家庭の自由だと私は感じます

Permalink |記事への反応(12) | 14:08

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2025-12-12

anond:20251212124835

まりそれはお前らが大嫌いだった新しいもの否定する保守的な親そのものだな

情報技術者なら誰しもが認める事として現在情報技術界はLinux知識事実上の必修科目になっている

その影響によって世界中STEMICT教育Linux学校教育へ導入する需要が高くなった。その結果が安価に導入でき学校教育グループウェアGoogle Classroomが製品パッケージとして存在するChromeOSだったんだよ

しかもより先進的なSTEMICT教育を導入する日本の有名私立進学校(例えば灘や開成)、情報学科学部を持つ高校高専大学ラズパイ発祥の地である英国、そして米国ラズパイ義務教育の中に導入した

更にNASA連携したラズパイ学習プロジェクト「AstroPi」は国際宇宙ステーションへ常駐する宇宙飛行士によって子供たちがコーディングしたプログラムを実行して宇宙実験するという非常に野心的な学習プロジェクトが行われている

これらの結果を知って確実に来るであろう未来を想定するならば、今後10年以内に裕福な家庭や先進的なSTEMICT教育を導入する学校出身者であればあるほどLinuxを学んで社会に出てくるという確定的未来

世界各国地域シェアは違うけれど、それが貧困家庭であってもSTEMICT教育で投入される学習コンピューターの6割〜8割がChromeOSであることを踏まえると、低い割合を想定しても新社会人の2人に1人はLinuxで学んで社会に出てくるんだよ

大卒が約半数となった日本で、我が子により良い教育を施したいと考えるのであれば、このSTEMICT教育の大激変であるWindowsMacではなくLinuxを学ぶ」という動きは子供の将来を考える親ならば察知していなければならず、子供需要に応えるのが親の努めならば親こそがLinuxを学んでおく必要があるんだよ

気持ちはわかる。発端の夫を倒したい元増田で夫も言及しているように「一般目線で考えるならばWindowsであることは間違いない。しかしその一般目線には前提として言葉を1つ追加する必要がある

それは「現在の親世代経験豊富社会世代一般目線ならばWindows」という形だ。誰に聞いても間違いがない。親世代経験豊富社会世代リアルタイムの今まさに仕事Windowsを使っている。プログラマークリエイターならばMacという選択もあるだろう

しかし既に我々は知った。現行のSTEMICT教育は「WindowsMacではなくLinuxを学ぶ」であることを。それはつまり未来社会の中心となっていく子供世代一般目線ではLinux」という時代が到来しつつあり、更に言えば未来日本リードしていくであろう先進的なSTEMICT教育を受けている裕福な上流層の子供の一般目線は輪をかけてLinuxになっていくんだ

Windowsを学ぶ方が良いだろう」「学校教育で導入されるタブレットiPadの方が安定していて高性能だ」

大人ならそう考える。しかしそれは現在STEMICT教育がどうなっていて未来人材がどのような一般目線を持っているかを想定しないという、今自分生活大事革新性に拒否感を示す保守的大人ならではの直感しかないんだ

WindowsMacではなくLinuxを学ぶ」という現在STEMICT教育から予測できる確実に訪れる未来へ先行投資できるか否か。この話題はそれを機敏に察知できるかのリトマス試験紙としての側面を持っていた深い話題なのだ

欧米や裕福な日本の家庭はLinuxを、ラズパイ教育に導入している。それを知った我々がどうしなければならないかなんて言うまでもないだろう

Permalink |記事への反応(0) | 16:21

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セックス嫌いとか苦手という人間が量産されてるのは完全に学校教育が悪い

保健体育を見直すべき

セックスの楽しさ、セックスの素晴らしさ、セックステクニックとコツ、必要な筋力や体力、必要栄養素、セックスマナー、気をつけるべきこと、などなどをしっかり教育しよう

Permalink |記事への反応(1) | 05:56

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