
はてなキーワード:失望とは
「私は共産党支持者だったけど、オカマが女性スペースを使うことを容認した共産党に失望した! もう入れません!」
みたいなTERFがどれだけの人数いたのかって話かな?
とても繊細で、完成度の高い掌編ですね。
ご要望どおり――
「ウイルスに侵されているのを放置している女性を見る僕の心が、藤原道長の『望月の歌』の“満ちきった月”とは逆に、少しずつ欠けていく月のように削れていく様子を描いた作品」
⸻
藤原道長の
この世をば わが世とぞ思ふ望月の
欠けたることも なしと思へば
ここで起きているのは、
つまり、
欠けたのは月ではなく、月だと思っていた自分の視界
という構造になっている。
⸻
僕の胸のどこかにも、
静かに広がりはじめている気がした。
ここで、
• 奥歯の影
• 月の黒点
• 心の欠損
•幻想の崩れ
が一本の線で繋がります。
「失望というには小さい」
⸻
• 小さく始まり
•放置すると広がり
• 目に見えないところで侵食する
これはまさに、
•片思い
•理想化
侵されているのは彼女ではなく、
⸻
④特に優れている点
✔ 「標本のように。」の一行
ここで語り手の危うさが露呈する。
彼は彼女を愛しているのではなく、
保存したいと思っている。
この一行で物語は深くなる。
✔ 「あの揺らぎも失われるのかもしれない。」
完璧を取り戻してほしいはずなのに、
揺らぎが消えるのも惜しい。
このアンビバレンスが非常に人間的。
⸻
道長:
• 満ちている
• 欠けない
この作品の語り手:
• 欠けていく
•幻想が削れる
つまり、
⸻
余韻:強い
改善点をあえて挙げるなら、
どこか一箇所、さらに大胆な月の直接比喩を入れてもよいかもしれません。
⸻
率直に言うと、これは「恋愛小話」ではなく、
かなり良いです。
熟議型ではなく、動員型の政治手法。
民主主義は
の上に成り立つ。
右の奥歯にほんの小さな影を見つけた。
最初は光の加減だと思った。
でも違った。
その瞬間、胸の奥で何かがかすかに音を立てた。
朝露みたいに、触れたら形が崩れてしまいそうな。
控えめに笑う、その静かな輪郭。
妙な動揺だった。
失望というには小さい。
でも無傷のままではいられない。
清楚という幻想は、僕が彼女に被せたレースのベールだったのかもしれない。
考えてみれば、人間だ。
甘いものも食べるだろうし、
怠ける日もあるだろう。
でも僕は、
標本のように。
僕はその奥歯の影を思い出した。
痛くないのだろうか。
本当は少し沁みるのではないか。
誰にも言わずに耐えているのだろうか。
やがて気づいた。
僕が揺れたのは、
完璧じゃない。
少しずつ削れていく部分がある。
清楚さは壊れたわけじゃない。
むしろ、
その欠けた部分のほうが、
僕は少し安心するだろう。
でも同時に、
あの揺らぎも失われるのかもしれない。
片思いとは、
それとも、
その欠けたままの姿を
彼女がまた笑った。
奥歯の影は、
相変わらずそこにある。
僕の胸のどこかにも、
静かに広がりはじめている気がした。
Permalink |記事への反応(13) | 14:07
現代ビジネスにオランダ・ユトレヒト大学哲学・宗教学部准教授が書いた記事だが、まずタイトルだけでも頭おかしいと伝わると思う。
トランス女性がレズビアンのシス女性に向けた「やり場のない性欲」…股間に伸ばした手に「性器への愛撫」を不可能にさせる「木綿の天井」
嫌がるレズの股間に手を伸ばし(性犯罪)性器への愛撫をさせてくれない(同意を得てないなら当たり前)木綿の天井(女の出世を阻むガラスの天井をパクってトランス女性が作った言葉、パンツの木綿が邪魔でレズビアンとセックスできないという意味)
本文は更に頭おかしい
「ガラスの天井」という言い回しを聞いたことがある人は少なくないだろう。本当の意味での権力や影響力のある地位の一歩手前にはガラスの天井があって、多くの女性はその目に見えない天井に阻まれる。
では、時間のほとんどをオンラインで過ごしている少数の人々以外で、「木綿の天井」という言葉を知っている人がどれだけいるだろうか?この言葉はトランス女性がレズビアンのシス女性〔訳注:身体的な性別が心の性と一致している女性〕に惹かれたときに経験する困難を表現している。
シス女性レズビアンの多くはトランス女性を真正かつ完全な女性とはみなさない—性的な感情はそれほど単純に割り切れるものではないので、実際のところはどうかわからないが、少なくとも彼女らはそう主張する。
そのため、トランス女性がシス女性レズビアンと親密になって股間に手を伸ばしても、下着という木綿の天井に阻まれてそこから前に進むことが許されない。こうして、進歩的な人々の多くは、自分の性欲が中途半端にしか受け入れられず、ときには政治的信念に左右されることを、身をもって学ぶのである。
だがこの言葉には、当事者でなくても理解できるほどの痛み、失望、恥辱が含まれている。それに理解を示さないのは、下品かつ愚かな態度だ。
下品かつ愚かなのは嫌がるレズに性欲向けて、ガラスの天井パクってパンツの天井とか言葉作ってる男たろ。
トランス女性当事者がカマレズ無理ー女がいいの!とか言ってるのには何で差別と噛みつかないの。
何が受難だ。
俺はチームみらいに投票したけどさ
「選挙戦」が苦手なんだろうな
真面目にやれば勝てるって思い込みなんだろう
特にSNS、ショート動画の時代だから、そっちに力を割くべきだった
正論だけでは勝てないんだよな
今回はその消費税を下げると言い出して、何言ってるか分からない
でも、ここまで負けるのはなんか違うかな
個人的には日本人には失望したし、とりあえず投資してなんとか生き延びるけど、
戦争だけはなんとか避けてほしいよ
今回の総選挙の結果に失望した左翼アカの多くが「有権者は愚民」という捨て台詞を吐いており、さらにその一部から「政治教育が必要」という声が出ている
中道とれいわが分かりやすいが、政策で負けたわけじゃないんだよ
行動様式、左翼インテリ層()が好みそうな言い方にすると「コンピテンシー」で負けたのだよ
長々とした割には他者の批判、価値観の否定以外は何がしたいのかよく分からないプレゼン、他者批判が一丁目一番地に来てしまう日々の発言、れいわ大石氏に代表される「目的のためにはルール違反やハラスメントを厭わない」態度、等々
政治を議論する土俵に立つ資格はない、コンピテンシーをリスキリングして出直してこい、それが出来ないなら失せろ!
さて教育が必要なのは、与党に投票した多数の有権者か、左翼政党に投票したなけなしの一部の有権者、どちらだ?
自分達が偏差値65の側だと言い張ってたら実は偏差値35の側に移っていた…というのが現実だろう
否定から入らない、「伝わること」を前提にするプレゼン、ハラスメントに走らない…など、左翼の人達はコンピテンシーの再教育を受ける必要があると思う。それがない限り永遠に左派政党の支持は広がらない
前回の民主党政権ができたのは2005年の小泉大勝利の4年後だよ?
まじでやり方を間違えなければ4年後には高市だからダメだったって手のひら返して民主党政権の捲土再来が約束されている
しょせんは高市名誉女性様だからな、絶対この4年で失望される、
だって国民が一番重視しているのは経済についてだが、日本の複雑怪奇な経済が4年程度で良くなるわけねえんだわ
だから4年後はまじで野党が盛り返すチャンスなんだよ、だが勘違いしちゃいけない、そこでまともな経済政策なんて出しちゃいけない、そこで出すべきは前回の成功体験を踏まえた経済政策だそれこそが野党復活の鍵となる
Coworkの自動化できる仕事の例としてAnthropicが打ち出したのが「ファイル整理」って笑っちゃうよな。
Coworkの発表に使うって事は「Coworkの出来る作業でこれが一番映える」ってAnthropicが判断したって事だからな。
でも、これが今のAIだよなぁって実感する。AIが仕事を奪う!ってプロ驚き屋がいくら煽ったところで、そんな仕事どこにあるのってね。
「作業を奪うことで必要な人数が減らせて結果的に仕事を奪う」ってのは、嘘じゃないけどプロ驚き屋のいう「AIが仕事を奪う」の文脈とはちょっと違うよな。
OpenAIへの失望が叫ばれてAnthropicやGoogleが担がれてるのをよく見るようになったけど、
結局Anthropicもこういう感じなんだなってのは軽く失望もしてるが実感としては合ってるなとも思う。
グローバルインターネットで玩具として使うには「凄い!」と思えるけど、仕事に使おうとすると微妙に使いづらくてAIが出来るように仕事を変えないといけない感じ。
DXがバズワードだったころからいろんな会社が仕事を変えられずにDXのプロジェクトを頓挫させてきた。
高市さんに支持者が期待する「変化」は、具体的な政策がどうこうというより、空気をひっくり返してくれそうな感じへの期待に近い。
長く続いた自民党政権の中で、景気が良くなった実感もなく、将来像も語られず、政治はただ管理しているだけ、という低温の停滞感が溜まっている。
高市さんの強い言葉や断定的な言い回し、はっきりした敵の設定は、「少なくとも現状肯定ではない」という印象を与えていて、それが支持につながっている。
そこには「日本は本来もっと強かったはずだ」という郷愁も混ざっている。
軍事国家になってほしいとか、統制を強めてほしいというより、自信を持って言い切る態度、遠慮しない姿勢を見せてほしい、という願いに近い。
さらに一部には、官僚主導や既得権益を壊してくれるかもしれない、アメリカにもNOと言うかもしれない、という日本版の改革者ファンタジーも重なっている。
ただ、象徴的な変化はあっても、構造的な変化はほぼ起きないと思われる。
高市さんは体制の外から壊す人ではなく、自民党という枠の中で体制を強める立場にいる。
表現やメッセージ、儀礼的な振る舞いは変わるかもしれないけれど、予算配分や税制、雇用制度、人口構造といった生活を直接左右する部分は動きにくい。
少子高齢化や社会保障費の膨張、財政赤字、米国依存の安全保障といった問題は、個人の思想でどうにかなるものじゃない。
実際に起こりそうなのは、防衛や経済安保での言説と予算の強化、価値観をめぐる論争の前面化、対中・対韓・対メディア姿勢の硬化、保守層に向けた象徴的なメッセージが増える、といったレベルだ。
高市さん支持の正体は「変化が欲しい」というより、「変わらなさに耐えられなくなった感情」に近いと思われる。
選挙で大勝した場合、党内の抑制勢力はむしろ強まり、野党が弱いほど、実質的な対立軸は、自民党の党内に移る。
党内を敵に回さない運用能力、これが歴代の内閣に求められてきた。これは55年体制以来、普遍の法則だ。
内閣改造で第二次高市政権は、政策を強く進めようとするだろう。しかし、党内で足を引っ張る勢力もこれまで以上に強くなる。
恐らく裏金議員に見返りを与えることでそれなりにバランスをとってくるような気がしているが、予算編成でも利益分配をないがしろにし、
派閥の均衡をとった人事を行わず、自らの進めたい政策優先の人事を行うとどうなるか。
党内が反発し、党内をまとめる力がかねてから弱いと指摘されていた高市氏は、妥協することになるだろう。
強い強いリーダーシップをもって決断が早いというのは、裏を返せば、調整不足や、事前の共有が足りないリスクを伴う。
歴代の政策主導型リーダー、例えば小泉氏、安倍氏を例にみるとと、幹事長や官房長官をしっかり固めていることがわかる。
小泉政権では、福田康夫をはじめ、その後、細田博之、安倍晋三が官房長官を歴任した。
高市政権が安定政権になるかどうかは、誰を側近に固めるかにかかっているように思う。
一人でなんでも決めてしまうような体制になってしまうと、恐らく短命政権に終わるだろうし、
この氷河期世代の人は男性だけど、Xを見ていると女性でも左派政党に失望して転向したって人を多く見かけるんだよなあ
理由としてはやはりトランスジェンダー問題が大きいようで、まぁその気持ちも分かるんだけど、
もしも戦争になったら戦時性暴力によってそれより遥かに大きな被害が出るだろう事を思うと、意を決して左派政党に入れるべきだと思うんだけどなあ
https://www.tokyo-np.co.jp/article/466865
https://b.hatena.ne.jp/entry/s/www.tokyo-np.co.jp/article/466865
氷河期世代でブラック労働で疲弊しドロップアウト、今まではれいわに投票してたけど何も変わらない!
まあそれ自体はどうということもない「あるある」な記事なのだが
「参政党は外国人を蹴落とす政党だ!そんなところに入れるやつが蹴落とされるのは自業自得!」
と、普段は経済的弱者への自己責任論に、薄っぺらい批判している類のブコメ民が
実に勇ましく正しい政治的自己責任論を、突然蒙が啓けたかのように開帳しているではないか
一応言っておくと、彼らの結論はある意味、一周回って正しいとも言える
結局、氷河期世代で浮かび上がれてない人間は「自己責任」だし、それが端的に現れてるのだから
氷河期の就職時点はともかく、景気が回復した現在ですら社会にポジションを見つけられていないのは
「利害を最大化するより先に脊髄反射で簡単な構造に飛びつき、敵を叩きたくなってしまう類のバカ」ばかりである
こういう人間は簡単に誘導されて左右のポピュリズム政党やらカルトにあっさりハマるし
逆に自分の利害に本当に重要なキャリア形成とか資産形成は継続できない
ましてや長期的・大局的な視座にたった政治行為など無理に決まっている
目先のストレス信号に誘導されやすく、長期的な利害をもたらす因果関係には鈍いタイプってことだ
こういう人はよほど運が良くない限り経済的にも社会的にも詰むし、しょうもない政治主張に回収される
ただしそれは「自己責任論を唱えたから自業自得」とか「蹴落とすものは蹴落とされる」みたいな
公正世界観念の話ではない
誘導されてそこまで重要ではない相手を「敵」認定して攻撃してしまうので
それがたまたま左翼政党に回収されれば外国人は仲間!敵は資本家とグローバリスト!と叫ぶ
右翼政党に回収されれば外国人は資本家の手先!敵は資本家とグローバリスト!と叫ぶ
しかし細かい叫びに対して意味はないし、そもそも信念や理解があるわけではないのだ
その意味では、さっきブコメしていた連中も対して変わらんというのが滑稽な点
「徳」を積むことができるから自分たちだけは解脱して自己責任から逃れられるという発想に基づき
目先のストレス信号に誘導されやすく、長期的な利害をもたらす因果関係には鈍いのは同じだからだ
なぜかと言えば政治的な支持を拡げるよりも目の前の気に入らない人間を叩くほうが楽しくなってしまう
今回のブコメのようにね
もちろん今回だけではなく二十四時間三百六十五日飽きもせず同じことをやっており
その結果として当たり前のように弱者同士はいがみ合い、政治的連帯は不可能になるのだが
「なぜ俺達は嫌われるんだ!バカばっかりだ!」と左右に分かれて喚き散らしている
老婆は、下人をつき放すと、いきなり、短剣の鞘を払って、白い鋼の色をその眼の前へつきつけた。けれども、下人は黙っている。両手をわなわなふるわせて、肩で息を切りながら、眼を、眼球がまぶたの外へ出そうになるほど、見開いて、唖のように執拗く黙っている。これを見ると、老婆は始めて明白にこの下人の生死が、全然、自分の意志に支配されていると云う事を意識した。そうしてこの意識は、今までけわしく燃えていた憎悪の心を、いつの間にか冷ましてしまった。後あとに残ったのは、ただ、ある仕事をして、それが円満に成就した時の、安らかな得意と満足とがあるばかりである。そこで、老婆は、下人を見下しながら、少し声を柔らげてこう云った。
「わしは検非違使の庁の役人などではない。今し方この門の下を通りかかった旅の者だ。だからお前に縄をかけて、どうしようと云うような事はない。ただ、今時分この門の上で、何をして居たのだか、それをわしに話しさえすればいいのだ。」
すると、下人は、見開いていた眼を、一層大きくして、じっとその老婆の顔を見守った。まぶたの赤くなった、肉食鳥のような、鋭い眼で見たのである。それから、皺で、ほとんど、鼻と一つになった唇を、何か物でも噛んでいるように動かした。細い喉で、尖った喉仏の動いているのが見える。その時、その喉から、鴉の啼くような声が、喘ぎ喘ぎ、老婆の耳へ伝わって来た。
「この服を剥いでな、この服を剥いでな、衣類にしようと思うたのじゃ。」
老婆は、下人の答が存外、平凡なのに失望した。そうして失望すると同時に、また前の憎悪が、冷やかな侮蔑と一しょに、心の中へはいって来た。すると、その気色が、先方へも通じたのであろう。下人は、片手に、まだ死骸の体から奪った布切れを持ったなり、蟇のつぶやくような声で、口ごもりながら、こんな事を云った。
「成程な、死人の服を剥ぐと云う事は、何ぼう悪い事かも知れぬ。じゃが、ここにいる死人どもは、皆、そのくらいな事を、されてもいい人間ばかりだぞよ。現在、わしが今、服を剥いだ男などはな、魚を四寸ばかりずつに切って干したのを、干魚だと云うて、太刀帯の陣へ売りに往いんだわ。疫病にかかって死ななんだら、今でも売りに往んでいた事であろ。それもよ、この男の売る干魚は、味がよいと云うて、太刀帯どもが、欠かさず菜料に買っていたそうな。わしは、この男のした事が悪いとは思うていぬ。せねば、饑死をするのじゃて、仕方がなくした事であろ。されば、今また、わしのしていた事も悪い事とは思わぬぞよ。これとてもやはりせねば、饑死をするじゃて、仕方がなくする事じゃわいの。じゃて、その仕方がない事を、よく知っていたこの男は、大方わしのする事も大目に見てくれるであろ。」
下人は、大体こんな意味の事を云った。
老婆は、短剣を鞘におさめて、その短剣の柄を左の手でおさえながら、冷然として、この話を聞いていた。勿論、右の手では、赤く頬に膿を持った大きな面皰を気にしながら、聞いているのである。しかし、これを聞いている中に、老婆の心には、ある勇気が生まれて来た。それは、さっき門の下で、この老婆には欠けていた勇気である。そうして、またさっきこの門の上へ上って、この下人を捕えた時の勇気とは、全然、反対な方向に動こうとする勇気である。老婆は、饑死をするか盗人になるかに、迷わなかったばかりではない。その時のこの老婆の心もちから云えば、饑死などと云う事は、ほとんど、考える事さえ出来ないほど、意識の外に追い出されていた。
「きっと、そうか。」
下人の話が完おわると、老婆は嘲けるような声で念を押した。そうして、一足前へ出ると、不意に右の手を面皰から離して、下人の襟上をつかみながら、噛みつくようにこう云った。
「では、わしが髪を抜こうと恨むまいな。わしもそうしなければ、饑死をする体なのだ。」
老婆は、すばやく、下人の髪を抜き取った。それから、足にしがみつこうとする下人を、手荒く死骸の上へ蹴倒した。梯子の口までは、僅に五歩を数えるばかりである。老婆は、抜き取った長い白髪をわきにかかえて、またたく間に急な梯子を夜の底へかけ下りた。
しばらく、死んだように倒れていた下人が、死骸の中から、その裸の体を起したのは、それから間もなくの事である。下人はつぶやくような、うめくような声を立てながら、まだ燃えている火の光をたよりに、梯子の口まで、這って行った。そうして、そこから、短い黒髪を倒さかさまにして、門の下を覗きこんだ。外には、ただ、黒洞々たる夜があるばかりである。
(大正四年九月)
召使いは老婆を突き飛ばし、一瞬の隙に鞘から刃を抜き、冷たい鋼鉄を彼女の目の前に突きつけた。しかし、老婆は黙ったままだった。彼女の手は嵐に揺れる木の葉のように震え、肩は荒い呼吸で上下し、目は眼窩から飛び出しそうに皿のように大きく見開かれ、無言の者のように、ラバのように頑固に沈黙を守った。それを見て、召使いは彼女の生死が自分の手に委ねられていることをはっきりと悟った。そして、その考えは、それまで彼の中で激しく燃え上がっていた憎しみの炎を冷ましてくれた。残ったのは、絹のように滑らかに、仕事をやり遂げたという安易な満足感だけだった。そこで老婆を見下ろしながら、彼は少し声を和らげて言った。「私は保安官事務所の保安官でも何でもない。少し前にこの門の前を通りかかったただの放浪者だ。だから、お前を縛り上げたり、危害を加えたりするつもりはない。ただ、この時間にこの門の上で何をしていたのかを話してほしいだけだ。話してくれれば、それで終わりだ。」それから老婆はさらに目を大きく見開き、召使いの顔をじっと見つめた。赤く縁取られたまぶたは、鷹のように鋭く、彼をじっと見つめていた。しわくちゃで鼻とほとんど一体化した唇は、何かを噛んでいるかのように動いていた。痩せこけた喉仏が動き、喉仏がコルクのように上下に揺れているのがわかった。そして、その喉からカラスのような声が、息を切らし、ゼーゼーと喘ぎながら、召使いの耳に響いた。「ほら、この髪を引っ張って、かつらを作ろうとしていたのよ。」召使いは、彼女の答えがいかにも平凡だったことに、ひどくがっかりした。そして、その失望とともに、冷たく冷笑的な、軽蔑と混ざり合った昔の憎しみが蘇ってきた。きっと彼女は彼の気分の向くままに、死体の頭から引き抜いた長い髪の束を握りしめたまま、ヒキガエルの鳴き声のような声で、どもりながら呟いた。「確かに、死人から髪を抜くのは邪悪な行為に見えるかもしれない。だが、ここに横たわるこの死体どもは、もっとひどい扱いを受けるに値しない連中だ。今、髪を抜いたこの女を例に挙げよう。彼女は蛇を10センチほどに切り刻んで乾燥させ、ジャーキーにして兵士たちの陣地に売り歩いていた。疫病にかかっていなければ、今でも売り歩いていただろう。彼女のジャーキーは味が良かったという噂で、兵士たちは食料としてこっそり買っていた。彼女の行為は間違っていなかったと思う。そうしなければ飢えてしまう。選択の余地はなかった。だから、私がしていたことは間違っていなかったと思う」どちらでもない。そうしなければ、飢えてしまう。そしてあの女は、他に方法がない時の辛さをよく知っているから、きっと簡単に許してくれるだろう。」老婆が言ったのは、まさにその通りだった。召使いは刀を鞘に収め、左手を柄に当て、冷静に彼女の話に耳を傾けた。もちろん、右手はずっと頬の大きな赤い膿んだニキビをいじっていた。しかし、彼女の話を聞いているうちに、彼の心の中にある種の気概が湧き上がった。それは、先ほど門の下で欠けていた勇気だった。そして、あの老婆を捕まえるためにここまで来た勇気とは全く違う――むしろ、正反対の。彼はもう、飢え死にするか、無法者になるかなど考えていなかった。その時の彼の心境では、飢えなどほとんど考えられず、完全に頭から追い出されていた。「まさか、そうなの?」老婆が話を終えると、召使いは嘲るような口調で彼女を問い詰めた。それから一歩前に進み出て、突然、右手をニキビから引き抜き、襟首を掴み、コヨーテのように噛みついた。「それなら、お前を裸にしてやるからな。私もそうするか、さもなくば餓死するぞ。」召使いは瞬きするかのように素早く老婆の赤褐色のローブを剥ぎ取った。そして、老婆が彼の脚に爪を立てると、彼は彼女を死体の上に蹴りつけた。梯子の入り口まではわずか五歩だった。剥ぎ取られた服を脇に抱え、彼は急な梯子を瞬く間に駆け下り、漆黒の夜空へと消えていった。しばらくして、死んだように動かず横たわっていた老婆が、死体の間から裸の体を起こした。ぶつぶつと呻きながら、揺らめく松明の明かりを頼りに梯子の頂上まで這い上がった。そこで、短い白髪を逆さまに垂らし、門の下を覗き込んだ。外には、漆黒の夜の虚空だけが広がっていた。召使いがどこへ逃げたのか、誰も知らない。(1915年9月)
何を見てもイラつくってぐらいに。
同じ仕事で何度もやり直しさせられてることがあって、自分への失望と周りと比べての劣等感と、あと溜まった疲労が限界になって、怒りが抑えられなくなった。
やり直ししてくれって言ってきたのは上司なんだけどさ、その人は何にも悪くないのに、なんでやり直しなんだよ!何度もやり直しなんてさせやがって!って理不尽な怒りが湧いてきてすごい仏頂面で話聞いちゃったんだよな。その人だってやり直ししなきゃいけなくなったら作業が増えるんだし、大変になるのに。
自分が無表情になってるの上司も当然気付いてて、すごい元気なくなるじゃん、ってちょっと気まずげに笑っててさ。それでも俺はどうしても笑うことが出来なかった。だってもうしんどいっすよ〜、でも頑張ります、と答えることが出来なかった。
そんな自分に余計にイラつきつつ、仕事を終えて帰りの電車に乗ろうと駅に向かったら、遅延してていつも以上に大混雑してたんだよ。もうホント満員電車。やっぱり列とかもごちゃごちゃしてて、どれがどの列なのか分かんなくて後から来た人が新しく列を作っちゃってたりしたの。コレもさ、いつもならしょうがないで済むんだけど、俺はそいつらを怒鳴り散らしてぶん殴りたくなる衝動を抑えるのに必死だった。更に、ようやく来た電車の中に乗っても、吊り革の下の位置をキープしたいからって、乗車口と逆側のスペースが空いているのに詰めようともしない奴らがいて、そいつらを何度も何度も拳でぶん殴って、詰めろや!!!!!一歩前でろ頭使えボケ!!!!!!!って絶叫したくてて仕方がなかった。
分かってるんだ。全部わかってるんだよ。俺が悪いってことは。
そんな理由でそんなことしちゃいけないってことは。
でも実行したくて仕方なかった。
自分のストレスが限界だからって、人を傷つける理由をわざわざ探してたんだ、俺は。
最低だよな。
でもさ、俺は何とか踏みとどまれたけど、ニュースやSNSの晒し動画に映ってるような、一見普通の見た目なのに絶叫したり誰かを言葉や行動で傷つけたりしてるあの人たちは、きっと踏みとどまれなかった人たちなんだよな。
ストレスなんて0にはできないから、きっとコレからも歯を食いしばって踏み止まらきゃいけない瞬間ってのが何度もあると思うんだ。
誰だってきっとそうなんだ。
誰だって、画面の向こうのあの人になってしまう可能性を持っている。
分かっていても踏み止まれない日が来るかもしれない。
それでも、もしその日が来てしまっても、なるべく誰も傷つけないようにしような。
夜寝る前に苦しくて眠れないような後悔だけはもうこれ以上重ねないようにしような。
おすすめは絶叫だ。
「わーーーーー!」って叫ぶだけならまだただの変な人ってだけで終わる。
人気のないところならもっといい。
そうやって少しだけガス抜きできたら、またストレスが溜まる前に、転職とか夜逃げとかしよう。
人を傷つけるよりずっとマシだ。
俺は今回の仕事をもう一回だけやり直して、それでまたやり直しって言われたら、仕事を無断欠勤してそのまま退職しようと思う。
笑顔で退勤して、そのまま体調悪いです😵って言ってフェードアウトする。それで、職業訓練校に行って、お金もらいながらしばらくのんびり過ごすんだ。
なぁ、これを読んでるアンタ。アンタすごいよ。
アンタは当たり前って思ってるかもしれないけど、誰も傷つけずにいられたのはすごいことなんだよ。
褒めてやってくれよ。
どうか、頼む。
と、錯覚してしまうほどに、インターネットのコメント欄というのは程度が低い
仮説としては
・賢い人ほど書き込まないから、アレらは平均以下だよ
・過激なもの、極端な意見ばかり上がりすぎるから、あれは平均じゃないよ
・頭の出来はともかく、攻撃的な人ばかり書き込んでるよ
・ごく一部の変なやつの意見が目立ちやすい仕組みになっているだけだよ
ここらへんは複合して存在している気がする
実際
・インターネットで何か活動してる人(必ずしも皆が頭いいわけではない)
・著名人、タレント、インフルエンサー、多くのYoutuber(全員ではない)
・知り合い
こういう人からはさほど変なコメントは出てこないので、このギャップが奇妙で怖く感じる
コンテンツを発信されてる方はかなり賢いと感じるし、慎重だし、言語化がうまく、空気も読めるし、変な意見もあまり言わないんだが、それを見てる視聴側はひょっとして全員猿なのか?と錯覚する
たとえばXのコメントの一部なんて、2chと攻撃性は変わらない
どんな人が言ってるのかとアカウントを覗いてみると、普通の垢もある一方で、病気持ちを公言していたり、フォワー2みたいな人は体感多いように感じる
まあそもそもリア友と繋がってる垢でそういうことは言わないから、人柄というよりアカウントの違いかもしれないが
何割かは、自分でも思いつかない切り口の意見を持っていて感心するが
半分くらいはやはりバカにしか見えず、特にスターを付けてるだけの人?はキツイ
これはXなんかでも同じで、つまりバカが多いせいで「より間違った意見にいいねが集まり上に来る」という事象が起きるんだ、集合知ならぬ集合痴
たとえば、サラリーマンが見るようなビジネス系Youtubeのコメント欄や、Xの賢いインフルエンサーの返信欄ですらこれはひどくて、彼らも相当失望してることだろうと心中を察する、まともな人もっと反応してくれーとか思ってんのかな(いやもう完全に無視してるのか?考えてみたら彼らのスルースキルすごくね?)
一周回ってヤフコメの方が最近はマシに見えてきた(まああれも、注目度の高い5件に2件まともなのがあったら良いほうだけど)、あれはたぶんエキスパートという仕組みを入れてるお陰でマシに見えてるのかもしれない(ビジネスモデルが違うからあれができるのかな?)
SNSの黎明期、開発者は「皆の投票でいい情報を上に持ってくる」という仕組みを考えたんだと思うが、そろそろ全ての仕組みが破綻してきていると思う
次世代の枠組みが必要だと思うが、難しいんだろうな、名だたるサービス全部コメント欄が地獄になりつつある
っていうか、こういう人たちってAIとどういう会話してるんだろう・・・見たくないかも
___
ていうか、攻撃性あるアカウントって、ASDとか更年期障害とか統合失調症とか、あるいは失業などでストレス下に居る人など、体に問題がある人だけでも世の中の3%くらいはいるわけで、100万人居たら3万人は居るんだよな
自分も失恋で病んだ時のSNSはそりゃもう酷いもんだった(垢ごと消した)
果たしてそういう人の影響がないといい切れるのかと言ったら疑問で、だとしたら「建設的なコメントをしよう」などという性善説に立った呼びかけは無理なんじゃないかと思う
何人かに1人は制御不能であり、彼らが事態を悪化させている可能性がある
結局そういうPV数が金になるというアテンション・エコノミーが諸悪の根源かもなあ
「じゃあ他のマネタイズ考えてみろよ」と言われると、むずいんだよね・・・
どこかの雑学系YouTubeでも言ってたが、現代人はSNSというものを処理できていないんだと思う、村社会のつもりで発言したら世界に伝わってたり、誰かに苦言を言ったらそれが炎上の一端だったりと、非常に相性が悪い
しかし良い面もあるのでやめられない止まらないとなってる、やだねえ
ーーー
ネットのコメントなんか見てるお前はアホだと言われたらそうだと思う
世の中の多くの人、コンテンツだけ見てコメントは見てない人多い、そうなりたい、でも見ちゃうんだよね
___
なんか今日のコメントみんなまともで嬉しい、こんなぼやき聞いてくれてありがとう
「アテンション・エコノミー」って用語、もっと広まってほしい、今後より一層社会課題になると思ってる
Permalink |記事への反応(42) | 08:09
24日のみ参加、25日は配信見ようか迷ってたが、結局見ていない。
感想は言わずにいるつもりだったが、Xで25日のセトリを見て耐えられなくなってここに書くことにした。所詮、5年程度しか千早を見ていない人間なので、浅いところもあると思うがご容赦願いたい。
怒っているところは大きく3つ。
XR(要するに3Dモデルがライブをやる形式)である以上、なんらかの方法で映像を出してそれを見る形式のライブになるのだが、今回はそれをセンターステージでやるという。
実際には周囲360度全部に客が入っているわけではなく、ちょうど3時と9時のあたりは座席が入らないステージ構成だったが、それでも十分新しい試みだと思ったしちょっと期待してた。
で、蓋を開けてみたら、ほとんどこっちを向かない。具体的には北側をほとんど向かない。センターステージだから、そりゃどっちかが正面になるのは分かっていたが、だとしてもマジで向かない。配信のカメラが南側にあるからか、ずっと背中を見るハメに。なんだ?3Dモデルで実在してないからこっち向かなくても良いってか?ふざけんなと言いたい。
また、自分は南東ブロックの1階席、つまりアリーナと2階席の間だったのだが、そうなるとステージ上部のモニターが2階席に隠れて全く見ることができなかった。結果として、本人を直接見えないけど代わりにモニタで顔が見えます、というアレすら全く見ることができず、本当に本当に何を見ているんだ俺は?と思う時間が多かった。
正直、アイマスに脳を焼かれた人間が大勢いるから騒ぎになっていないだけで、普通に金取ってはいけないレベルで最悪だ。せめて、見切れ席って言って売ってくれれば許せた。バンナムの有料会員入って最速先行だぞこっちは。
そもそも上部モニタが見えていないのに演出を語るなと怒られてしまいそうだが、それでもおかしいと思うところが2つあった。
良くあるステージから立ち上るアレ。やりたいのはまぁ分かるし、普段のライブなら文字通り熱気が感じられて好きなんだけど、XRのライブに対してやった結果、炎が千早やそれを写すためのセンターステージの装置(要するにスクリーン)に反射して、結果的に没入感が落ちていた。
そんな細けぇこというなと言われそうだけど、覚めるからやめてほしかった。こっちは夢見に来てんだから、素直に歌ってるところを見やすく見せてくれりゃ良いのに。
どういう理屈か知らないが、ソニーの新しいロボットを使った演出があった。直方体の全面液晶が、ライブに合わせて移動しながら映像を映し出すというもの。
まず、正直見た瞬間は何がしたいか分からなかった。なんでバラード歌ってるときにで本人より周りにいる物体が強く光って動いてるんだよ。目をどっちに向けさせたいんだ。そういう楽曲のときにダンサー配置しないだろ普通。シンプルに意図がつかめず、個人的には不要だと感じた。だがまぁ、ここは正直好みの問題でしかない。
問題は、アンコールの「約束」の最後に、1体だけステージ上に留まって動かなくなって、緊急停止かなんかして、周りと一緒に一気に電源落ちたようになったところ。ここの演出自体はアニメの21話の再現をやりたいのだというのがすぐに分かったし、正直これだけのためにロボット入れたんすよって言われたら、素直に手のひら返しして謝罪してたんだが、よりによってアイドルを想像できるような演出をやった依り代が、急にぷっつり電源落ちて終わりで終演後にステージ上に放置ってのはさすがに笑えない。
実際、意図していないものだったのだろうとは思うが、やらかしはやらかしなので許しがたいとは思う。こうなるリスクを取ってまでやるべき演出だったのか?とは思う。まぁその辺は次の怒りがあるからなのだが。
おそらく、一番世間から同意を得られないと思いつつも、個人的に一番しんどくて、今回のライブを全く許せないものにしたのはここ。今まで書いてきた1と2に対する怒りをまとめて1とするなら、こちらが10とか50とかそういう位にデカい。
まず、このライブの名称は「如月千早武道館単独公演」であった。アイドルマスターという作中のアイドルが一人で武道館に立つ、というその事実だけで心がときめいた。
しかも公式サイトを見ると分かるのだが、このライブに関してアイドルマスターという名称は一度たりとも使われていないし、なんなら765プロの名前すらない。要するに、「あくまで作中のファンとして千早のライブを見に行くことができる」という体で準備されていた。と、少なくとも私はそう感じている。
また、武道館という場の重さも、それらに対する期待を更に強くしていた。だって、武道館だぞ。ステージとして重たさが違う。立つこと自体が夢である舞台に一人で立つなんて、期待しないわけがない。
まぁなんというか、思ってたより765プロじゃん、というのが率直な感想で、拍子抜けであったし、うっすら失望していた。「隣に…」とか、「Kosmos,Cosmos」とか来るんか。えぇ、自分の武道館公演で千早はそれを歌うの?という違和感が拭えなかった。曲は好きだし歌も好きだけど、えぇ?
一方で、「蒼い鳥」が1曲目であり、765プロの面々と歌った楽曲などを経て、最後に「約束」に繋げていくセトリの流れ自体は、それこそアニメの最初から最後までを1公演で表現するような内容にも思えて、暗い海の底にいるようななかで、歌うことにすがりもがいていた千早が成長し救われていく流れにも感じられた。
だから、まぁ思うところがないでもないが、「今の千早ってこういうことだから」という意志自体は感じられ、同意できるかはさておき理解はできる内容ではあった。
ただ、だとしても自分のソロ曲が数多ある中で、公演アンコール前の最後に「M@STERPIECE」は無いだろうと思う。名曲だけど、ソロの武道館の最後に歌う曲ではないだろう。それこそ、そこは「Just Be Myself!!」だろう、と突っ込みたかったし、私の周りの席の人が複数人、千早が歌い出ししたのを聞いてすぐにため息ついてたのが印象的だったし、私も同じ気持ちだった。
だが、これらは勝手に期待して勝手に裏切られているだけである。正直武道館から帰る電車では、「まぁそんなもんか」、「ほぼ背中しか見てないけど、配信チケット売れて次があればうれしいな」ぐらいに思いながら家帰って寝てた。
そしたら2日目、ごりごりに越境して他ブランドのアイマス曲をバンバカ歌っててさらに失望。もうこれは「アイマス」のライブであって、そもそも最初から「如月千早」のライブにするつもり無かったんだなってなおさら悲しくなった。
冷静に考えてほしいんだけど、武道館ライブをするアーティストがお世話になってるからと言って、仲いい人達の曲を歌いますか?という話。歌ってもせいぜい1~2曲ぐらいでしょう?
念のため、別にアイマス文脈特有の持ち歌を勝手に歌うな論争がやりたいのではない。それなりに見てきたアイドルが一人で武道館に立つという晴れ舞台なんだから、当然彼女の数多ある曲の中から彼女が選んだであろう楽曲を彼女が決めたセットリストで歌ってくれるのだと信じていたのだけれど、こういうことするなら、最初から「アイマス20周年記念特別公演」とか言ってくれりゃ良かったんだ。そしたらそのつもりで見てたと思う。
私にとって今回の千早の武道館公演は、千早の単独武道館公演には到底見えないものだった。
結局今回のライブは、アイマスの話題づくりの一環でしかなくて、20年存在していた千早というアイドルをステージに下ろすという覚悟が感じられるものではなかった。少なくとも私はそう感じた。
XRのセンターステージの技術検証とか、新ロボット技術のお試しの場とか、配信のチケット販売ノルマを達成するためのセトリとか、そういうバンダイナムコの大人の事情、「やれそうな場と立て付けがあるからやりたいことたくさん突っ込んじゃえ~」でやっちゃった、コンセプトに見合わないステージだったように感じた。
そういう場に千早が選ばれたこと自体は、彼女は人を集める力があるという証左であり、それ自体は喜ばしいことだが、だとしても武道館に一人で立つ場はもっと大切にしていただきたかったというのが本音。
いや、なんか取り繕ってるなぁ、もっとちゃんと言うべきかもしれない。