
はてなキーワード:大学とは
こっちの家族仲がいいことにやたら嫉妬してくる知り合いがいるんだけど
(うちの家だったら考えられないよw家庭に恵まれてんね〜wみたいなことしょっちゅう言ってくる)
放っといてほしい
こんな俺でも、無償の愛をもらえたのかな。
愛されてなかったら分かっちゃうもんだね。
俺以外の家族が楽しそうに話してて、妹が言ったんだ。
いる訳ない。誰の目にも明白に分かる。でも母ちゃんは言うんだよ。
「いるでしょ~、しっかりしてるし」って・・・
このしっかりしてるってのはワガママを言わない、自分の意見を言わないだけなんだけど、
なんとまぁ適当なこと言って会話を切り上げたいんだ、と思ったね。
俺が冷蔵庫に飲みもの取りに行った時にさ、聞けばいいじゃんそれ。
怖いんだよ、俺と会話するのが。だってどうせ彼女いないの分かってるし。
だからと言ってなぐさめてもくれない。茶化してもくれない。相談に乗ってもくれない。
だって俺とは家族だけど深く関わりたくないから。人間としては、嫌いな方だから。
だから俺の話はさっさと切り上げるし、俺にその話をふらない。
大学受験の時も、俺にどこの大学に行きたいかギリッギリまで聞かない。
俺の学力ならギリ行けるであろう無難な大学に行かせる気満々だった。
アルバイトを始めた時、同僚に嫌いな人がいた。
嫌いだけど、一緒に働くから直接嫌いなんて言えない。俺はその人から話しかけられても、
苦笑いで「そうっすね」と会話を絶対に広げようとしなかったし、
俺はその時気付いた。ああ、俺の母ちゃんと同じことしてるって。
家族だから仕方なく育ててるけど、人間としては嫌いだから深く関わりたくないんだ・・・
顔が良ければな。ダメな俺でも愛してもらえたのかな。
https://anond.hatelabo.jp/20250303071104
念願の脱サラを成し遂げたわけだけど、鬱になった
漫画家として軌道に乗ってから仕事を辞め、部屋を引き払い、実家に帰って子供部屋おじさんとして実家で仕事していた
好きなペースで仕事して、好きな時に寝て、好きな時に出歩く
アシスタントはリモートで、自分の場合は担当通して仕事をお願いしていたので直接の会話はもちろん連絡すらしたことなかった
会社員時代に夢見てた生活をしていた訳だけど、仕事の調子が悪くなった時に一瞬で精神的に参ってしまった
先輩は今まで俺のような漫画家を山ほど見てきたようですぐにアドバイスをくれた
・生活習慣
好きな時に寝て好きな時に起きる(ほぼ昼夜逆転)→朝家族と一緒に起きて夜には寝る
・仕事場
好きな時に仕事して好きな時に起きる→仕事するのは平日の5日間、時間は朝9時から夕方5時半まででどんなに仕事が進まなくても夜9時には仕事を切り上げる
・人との交流
人との関わりは担当と家族だけ→他の先生たちやアシスタントと交流を持つ、編集部の紹介で漫画教室の講師も始めた、学生時代の友人や前職で仲良かった元同僚たちとの交流も再会
・運動
という感じ
自分の場合は通院とかせず、編集部の方のアドバイス通りに生活を見直してすぐに改善した
また、担当の先輩からは村上春樹のエッセイ「職業としての小説家」をもらった
村上春樹の小説は読んだことなかったが、彼の創作論や仕事への向き合い方は本当にタメになった
創作活動している人もしていない人もぜひ読んでみて欲しい
その中で村上春樹が言っていたのが、作家にとっては仕事のリズムが大切だ、ということ
作家は好きな時に好きなだけ仕事ができるし、サボることもできる
しかし、ずっと仕事をし続けるにはやはりリズムを大事にする必要があるとのこと
サラリーマンが40年間仕事を続けられるのは、朝起きて同じ場所に通勤し、決まった時間仕事して、大体同じような時間に帰宅するというリズムがあるからだと
これは本当にその通りだと思う
社会人になってしばらく経ち、結婚だ物件だと大きなプライベート案件の話が出てくると、いわゆる実家が太いとか、お育ちが雅でとか、そういう話が結構顔を覗かせるようになってきた。
自分は田舎のサラリーマン家庭で育った。THE中流階級だったと思う。小学校の頃は、自宅とは違う雰囲気の友達の家に遊びに行っても、いろいろあるなあくらいにしか感じていなかった。たくさんの習い事や歯列矯正をさせてもらっていたし、母から「パパもママもこどもにいちばんお金をかけたいの」と言い聞かせられていたので、自分は恵まれているなあとは思っていた。中学校はずっと学級崩壊しており、いじめと暴力と地方脱出のための勉強漬けでそれどころではなかった。高校は進学校だったので、医者の娘とか社長の息子とかがごろごろいた。私立医学科が選択肢にあるなんてやんごとねえな~くらいは思っていたが、自分の受験に必死でそれどころではなかった。オープンな校風の都内の大学に進学したので、お金がないやつもいれば世田谷の実家から通っているやつもいた。でも大体みんなバイト代でやりくりしていたし、大体みんなお金が無かった。大学生なんてそんなもんだった。
社会人なりたて程度では、会社の同期も大学の友人たちも、一部を除いてそれほど突飛な収入差はない。みんな概ね一直線。そのはずだったのに、5年10年経つとなんかおかしい話が出始めてくる。明らかに弊社の収入では賄えない頻度の海外旅行とか、明らかに弊社の収入では賄えないマンションとか。お金の使いどころや株では片づけられないハテナが頭に浮かぶ。で、そのうち飲み会とかで噂が回ってくるのだ。「おじいちゃま松涛らしい」「マチアプで出会った彼女の親が」「生前贈与で」。
そんなのありかよと思った。ずっと勉強頑張ってきて、田舎から脱出して、ようやく23区で同じ土俵に立てたと思ったのに、立ってるところ全然違うじゃねえかよ。なんだそれは。配偶者の実家が太いパターンはさらに腹が立った。一発逆転ってそんな転がってるもんなのか。
自分は大好きで尊敬できる、似たような収入で似たような出自のパートナーとさっさと結婚していた。これに関してはなんの後悔もしていない。でもなんかもう空しくて仕方がなくて、パートナーにぼやいたところ、ライフプランシミュレーションのエクセルを見せられた。そこにはざっくりとした人生の進みとそれに応じた資金計画が書かれていて、ちゃんと働いてちゃんと資産形成していけば、20年後30年後には結構いい感じになってますというものだった。なんだ意外といけるもんかと安心し、しっかり者の相手に改めて感動したが、なによりも、自分の足でゆとりある生活を安心して送っていけるだけの学歴をつけてくれた両親への尊敬の念が湧いた。ようやく本当の意味で感謝できた気がする。
親の年収をしっかりとは知らないけれど、自分の方が学歴も収入レンジも高い。生活は細かく節約していたことが都会で適当に暮らしているとわかるし、こども2人が大学生だったときはなかなかギリギリだったと後になってこぼしていたのは少しだけ聞いたことがある。「地元に帰ってきてね」=「帰ってきて自分たちの面倒を見てね」が基本の田舎から、何も心配するな行けるとこまで行ってくれ、と背中を押してくれたのか。教育費をかけまくった見返りを期待することもなく。鳶が鷹をなどとは言いたくないし思ってもいないが、自分の代より子の代をずっと豊かにすることってできるのか。お生まれガチャや配偶者ガチャよりも尊いガチャを引き当てたのかもしれん。
親から良くしてもらったから、当然自分も自分の子にはお金も時間もかけてあげたいとは思っていたが、身が引き締まる思いがした。月並みな結論だけれど、しっかり親孝行も、子育てもしていきたい。保育園に迎えに行ってきます。
数オリは、内容が離散数学と初等幾何が中心、微積分が出題されない、と言う試験。大学の理工学部への入学判定で数オリ金メダルの実績がプラス査定されない、というのはそれほど不思議ではないと思う。
「数オリのような問題が解ける」と「大学以降の数学で理解を深められる」は必要でも十分でもない。https://t.co/e52jO8pdi1— 大澤裕一 (@HirokazuOHSAWA)February 12, 2026
昔の恥ずかしい記憶がフラッシュバックしそうになるとつい汚い言葉を叫んでしまう。セックス!!!!!!!!!!!
原理はわからないが、汚い言葉を叫ぶとそこで記憶の呼び起こしをキャンセルできるセックス!!!!!!!!!!!!!!!
小学校の廊下でレイザーラモンHGの真似をして腰をカクカクさせているところを姉の同級生に見られてああああちんぽ!!!!!!!!!!!!!!!
教室で自分の椅子の座面に頬ずりしていたつもりが実は間違えて女子の椅子にああああおっぱい!!!!!!!!!!!
空手の道場で100人くらいで練習している最中にうんこ漏らして「うんこ漏らしました!!!!」って絶叫報告ああああああああああセックス!!!!!!!!!
大学の廊下をつい走ってしまったときに教授にぶつかりそうになって、その教授にすごく迷惑そうな視線を向けられてまんこ!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!
子供のいる女性は強者で、子供のいない女性は弱者。なんでこんな単純な事実を無視して、#ママを庶民の声の代表者かのように扱うのだろうか。
何百年も前から子供を産めない女性は石女として虐げられてきたじゃん
ましてや就職氷河期以降は、そもそも結婚したくても出来なかった女性が増えている
女性の生涯未婚率は2024年の時点で既に20%を超えており、今後も上昇が予想される。
https://seikatsusyukanbyo.com/statistics/2024/010769.php
また、未婚率は貧困層ほど高い傾向にあり、本来ならば野党に票を投じたかった層にも多いだろう。
#ママ戦争タグの発案者である清繭子さんは過去に、よりによって市川沙央さんにインタビューしている。
https://book.asahi.com/article/14917541
市川沙央さんは『ハンチバック』で芥川賞を受賞し、好奇の目を恐れず自らの障碍を敢えて前面に出して情報発信している人だ。
この記事によれば市川さんは実家で両親と暮らし、一般的な就職もしていないという。
それに対し清繭子さんは早稲田大学という高偏差値エリート大学を卒業し、新卒で出版社に入社にして結婚、出産という順風満帆そのものの人生を歩んでいる。
清繭子さんは1982年生まれ、市川沙央さんは1979年生まれ。3歳違いだ。年の近い女性にも様々な状況に置かれた人がいる事を知ってなお、「ママ」を前面に出して反戦を訴える軽薄さに呆れる。
偏差値ってみんなを数字化して初めて出てくるもんなんだけど、何を対象に数字化したのかって話だよ
当時、部室で編み物をしている女がいました。
冬が近づき、窓の外が冷え込んできたある日のこと。本当に何気なく、深い意味もなく彼女にこう言ったんです。
彼女は小さく頷いたような、流したような。
僕自身、そんなお願いをしたことすら、すっかり忘れてしまっていました。
それからしばらく経ったある日のこと。
いつものように部室のドアを開けると、突然、腕を引かれていきなり彼女にグイッと手を引っ張られました。
驚く僕をよそに、彼女は「サイズ合わせるから、手のひら貸して」
頭の隅に追いやられていたあの時の言葉が「あ、あの時の手袋の話、生きてたんだ……」と。フラッシュバックしました。
照れくささと申し訳なさが混ざった、なんとも言えない時間でした。
お礼に何かお返しをした記憶はあるけれど、関係はそれ以上でもそれ以下でもありませんでした。
でも、寒さが本格的になってくると、ふと考えることがあります。
「彼女、今でも元気に過ごしているんだろうか」
35歳で子供産んでももちっとも遅くない、というのは「生物学的に保ちます」という話でしかなく、産む瞬間のことしか言っていない。
人生設計の話をすると、仮に28歳までに3人産んで一番下の子が順調に大学出て面倒を見ることから開放された時に50歳、35歳の場合は57歳、この7年がでかい。
三人も生むのは贅沢だから24の時に一人運で終わるなら子育ては40代のうちに終わる。
定年退職が65歳だとする。子育てが終わり老後に入る時点でリタイヤするためのお金をため始める期間が15年あるのか、8年あるのか、でキツさが全然違ってくる事は間違いない。
そして30代の人にはこのポイントの想像力が働かない、自分の今の体力がいつまでも続くと思っている。
50歳なら体もまだまだ動くからいろんなアクティビティや何なら新しいことを学んでもいいだろうが、もう60も近くなっていればそういう気力もだいぶ減ってしまう。
そもそも子供がどんどんと成長していくのに親はどんどん衰えていってしまう、子供が最もめんどくさい思春期の頃にはもう体力的に追いつかないおっさんおばさんになってしまっている。
そう思うなら子供はできるだけ早く産んだほうが良いと思う。
昔、ファミマで昼飯買って帰るとき何故か自分を呼ぶ声がしたんですよ。
振り返ってみたら大学の部活の先輩で。名簿使って俺の自宅まで来たんだよね。
もうだいたいわかると思うけど 某政党に入れてくれってお願い。
なんかもう頭に来ちゃって「今後金輪際何があろうと"某政党"にだけは入れねー」とか言って絶縁しまして。
そして今回の衆議院議員選挙。
自分、選挙は情勢が拮抗するようにいつも勢力のすこし弱い方に入れるんですよ。
自分がないって言われればそれまでだけど。
だけど今回だけは昔の啖呵のこと思い出しちゃって、その勢力のすこし弱い方に入れないで死票確実の勢力のめちゃくちゃ弱い方に入れちゃったんですよね。
…多分そんな人今回沢山いたんだろうな、と。
その後の就職では女子枠で入ったかどうかなんて言わないだろうから人狼みたいになって企業側は躊躇しちゃうよね。
一般入試とかいう一発勝負で入ってくるやつよりよっぽど計画的で要領いいだろ。
推薦組は頭悪いとかって批判する人いるけど、その推薦組のレベルがその大学が求めてるレベルなんだから、批判してるような頭の良い人はもっと上のランクの大学いけばいいじゃん。
そもそも大学が来てほしいって言わなきゃ推薦枠はないわけで、一般入試枠を減らしてる傾向からも大学は推薦組に来てほしいと思ってるんだよ。
療養して回復したら大学受験しようと思っていたが、さっぱり良くならないまま何年も経ち、受験は諦めた。
通信制大学に入ってみても、基礎学力不足とメンタル不安定のせいで、休んだり自習の繰り返しで、なかなか卒業できそうにない。
自覚なかったけど実家の環境がヤバかったらしく、20代半ばでいわゆる「理解のある彼くん」と結婚してから、ゆっくりではあるけど心身の回復が進み、ここ数年は「専業主婦」と呼べるくらい家事はできるようになってきた。
しかし妊娠出産育児に耐えられると思えるほどには回復しないままアラフォーになってしまったため、子どもはいない。
心身の状態が良くなるにつれて、いつか働きたいと思うようになってきたが、自分の経歴に絶望している。
高校中退、職歴ゼロ、アラフォー主婦なのに育児していたわけでもない。
精神障害者として作業所通いでもするのが妥当なのだろうが、現状、週3以上外出するのもきついから厳しいし、できたところで大して稼げやしない。
大学で専攻したかったことに近い分野のボランティア活動には参加してて、一緒にやってた人の中には独自性を出したりクオリティを上げて稼げるようになった人もいるから、その道を目指すのが手っ取り早そうだとは考えてる。
でも、今後もし働けるくらい調子が良くなったとしても、何も無い経歴が足を引っ張って、仕事なんかさせてもらえないんじゃないか。
この何も無い経歴を覆そうと思ったら、そこらの健常者より圧倒的に有能にならないと駄目なんじゃないか。
どうしたらこの社会に価値を認めてもらえる人間になれるんだろうか?
「理解あるの彼くんに養ってもらえてるならいいだろ」って言う奴もいると思うけど、配偶者以外の誰にも、社会的にも金銭的にも価値を認められずに生きているのが、苦しくてどうにもならない。
京大時代、YY年前に2人の女性へポリアモリーを提案していたらどうなっていただろうか。ポリ。。。とは、週末に3人でデートしたり、学内で一緒にランチしたりする両手に花関係のこと。ランチならもちろんさしづめ学食だろう。一人は1つ下であまり美人ではない女性、もう一人は途中でサークルを辞めた2つ下の美女。不美人の彼女はすこしばかり自分に夢中で、美女の方も恋愛感情ではなかったが腕を組んでくる程度には受け入れてくれていた。二人は高校も大学も一緒の先輩後輩関係。サークル時代の自分は、彼女たちを含め五典の女性から好意を寄せられ、望めば2人で協力してデートやランチに付き合ってくれた気がする。当時は不美人からの好意を避けるしかないとわたくしも狭量だったが、サークルを辞めて大学院進学前後に「3人で定期的に食事しよう」ときっかけを作っていたらどうだっただろう?どうせ大学院生は恋愛の機会が少なく、結婚となるとさらに難しい。不美人は当時わたくしに少し夢中だったし、美女の連絡先も知っているから、多少わがままでも俺の希望とあれば呼び寄せてくれて、ポリアモリーもできた気がする。ただし誰かが社会に出た時点で、中道みたいに解散。2つ下だったから、わたくしが博士号取得のときにはD1で在籍していて、関係も続いていたかもしれない…ああ、なんということだ。そう考えると、ポリアモリーで承認欲求を満たし、飢餓感を避けられたかもしれず、提案していれば勝ち筋があったのではと思う。京都大時代のある日、荒れそうな飲み会の入り口で、戸惑い呆然と立ち尽くしていた美女がいた。僕を見つけるなり縋るように腕を組み、「代わりにお酒を飲んで」と頼んできた。騎士気取りで彼女を守り、代わりに杯を重ねたその夜、その姿を見て思いをさらに募らせた不美人な後輩がいた。やがて美女が辞めて去ったとき、その穴を埋めるように「私でもいいですか」と手を挙げたのは、その不美人だった。数ヶ月後、彼女からもらったプレゼントの重みを今でも覚えている。「一人の女性に絞るべきだ」という狭量さから、不美人の好意を避けることしかできなかったけれど、今思えばあの時、どちらかを切り捨てるのではなく、3人でテーブルを囲み、歪でも幸せな関係を築くポリアモリーもあったのかもしれない。サークル時代の自己肯定感から、大学院時代の孤独や飢餓感に急落したけれど、三角関係が救ってくれたかもしれないという「もしも」が夢に現れる。あの時、彼女に「これからも3人で会いたい」と言えていたら、モラトリアムはどう終わっていただろうか。