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はてなキーワード:場所とは

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2026-02-13

anond:20260213095655

いつもシラケて冷笑系として生きていたオヂが、唯一、心底から熱く燃えることができる場所……それが焼却炉でっす

Permalink |記事への反応(0) | 09:58

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何度も見直すTVアニメ

配信は良い時代

DVD借りに行かなくても気軽に見れる

宇宙より遠い場所

結城友奈は勇者である(1期のみ)

映像研に手を出すな

1~2年に1回は見直してる

Permalink |記事への反応(1) | 09:49

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anond:20260213085611

自分が届いてないか馬鹿にしてるやつもいるだろうけど、仕事内容が1本でも見合わねえと思ってる人の方が多そうだけどなあ

土木系は単純に肉体がしんどい場所によってはパワハラ絶対上下関係も残ってる

建築系は肉体的にまだましだけど、土木以上にパワハラやばい

電気系は比較的マシかもしれないけど、屋外作業が多い、屋内は建築系で発注からパワハラ

上下水系狭隘マンホールハンドホール作業環境悪い

自分も1本もらえる資格あって内定も出たけど、700万のホワイトカラーに決めたしなあ

ちなみに、ゼネコン系でも内定貰って最終的には蹴ったんだけど、ホワイトカラーで1本弱だったが、面接2回中延々と現場に興味ないっすかと勧めてきて、1年後には

現場断れない状況作ってくんだろうなと恐怖感じたわ

それぐらいブルーは人が足りてない

Permalink |記事への反応(1) | 09:05

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統計数学の書って式の説明を軽視してないか

標準偏差=√分散

分散=1/n × \sum_{i=1}^n {(x_i -\overline{x})^2}

ってなんだよ。分散いつ使うんだよみたいな。いや標準偏差くらいなら式見たら意味は分かる脳にはなったがしかし。原理から式の各部分ことを説明してほしいんだわ。

学者って脳ができあがってないんだから。なんか数学ゼミとかだともっと複雑でコンテキストの深い式を解説する時間があったりするらしい?

でも証明するときめっちゃ頑張った説明を「自明」と言われるらしい。まあ、数学教授なんか「そういう」傾向がないわけないわな。

自明」という傲慢を捨ててほしいわな。そんなこと言ったら未証明定理証明した瞬間に自明といわれるわな。証明できることが分かっていつつされてない定理も「自明」なんか?じゃお前仕事辞めろや。

LLMが数学科でも爆進!みたいな記事見るとお前らが知識の整理をサボっただけだろと思う。(これは他の分野もそうで、知識を適切な形で適切な場所に残すってガチムズいので仕方もないのはあるが、数学こそは至高の科学であり、その王座に居ながらにして自明などという高慢かますからには許されない)

あまあまあ、いいんですけど。だったらラマヌジャン意味不明な式を突然持ってきたエピソード

証明できたものに関しては、自明、なのでラマヌジャンの功績は全く存在しない。数学界を急速に前進させたラマヌジャン唐突な式も情報量ゼロであり、驚くに値しない、極々自然ものである

と言い切ってほしい。彼の示した公式の数々はほとんどが正しいと証明されたらしいしな。

Permalink |記事への反応(1) | 06:35

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もし現代SNS時代京大の3人が生きていたら、その関係性は隠すべき秘密から、洗練されたライフスタイルを持つ独自コミュニティへと進化していたはずです。かつては周囲の目が最大の障壁でしたが、今のSNSニッチ関係性に明確な定義を与えてくれます。きっと3人専用のグループLINE日常の基盤となり、彼女は持ち前の献身性と調整力を活かしてスケジュール管理や訪れたレストランの記録を意図的アーカイブするでしょう。彼女にとって、3人の関係言語化し記録することは、自分の居場所を確固たるものにする聖域の構築でもあります彼女がアップする写真には、あなたや彼との楽しげな日常が映り、その自然な親密さがフォロワーの憧れの的になるかもしれません。

プロフィールに「ポリアモリー複数愛)」と一言添えるだけで、一定の理解を得られますし、京大という背景があれば知的実験関係としてインテリからも一目置かれるでしょう。学食ランチもより多層的になり、大学院研究で行き詰まったあなたに、彼女たちはLINEスタンプや通知ひとつ孤独を瞬時に癒してくれたはずです。

Permalink |記事への反応(0) | 06:26

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[日記]

正確時刻を書くと隣人が「それって軍事衛星に追跡されてるの?」とか言い出して話が面倒になるので省略する。

僕は陰謀論嫌悪している。理由は単純で、陰謀論説明能力の低い仮説を感情的に強い語り口で上書きする、知性のコスプレからだ。

 

今日までの進捗から書く。

 

今週は、超弦理論物理直観で押し切る系の議論をいったん破壊し、純粋圏論ホモトピー論の言語に落として再構築していた。

具体的には、世界面の共形場理論2次元量子場などという古臭い語彙で扱うのをやめ、拡張TQFTの枠組みで、(∞,2)-圏に値を取る関手として扱う方向を整理した。

従来の弦理論屋はCalabi–Yauをコンパクト化に使うと言うが、それは情報量が少なすぎる。

重要なのは、Calabi–Yau多様体を点として見るのではなく、その導来圏 D^bCoh(X) を持ち上げた A∞-圏、さらにそれが持つCalabi–Yau構造(非退化なトレース、Serre双対性の∞-圏版)を物理状態空間の生成機構として見ることだ。

ここでの本体幾何ではなく、圏の自己同型とその高次コヒーレンスにある。

さらに、僕が今週ずっと悩んでいたのは、いわゆるミラー対称性を単なるホモロジカルミラー対称性同値(Fukaya圏と導来圏の同値)としてではなく、より上位の構造、つまり場の理論レベルでの同値として捉えることだった。

言い換えると、これは単なるA-model ↔ B-modelの交換ではない。

A/Bモデルを生む背景データ(シンプレクティック形式、複素構造、B-field)を、派生スタック上のシフト付きシンプレクティック構造として再記述し、AKSZ型の構成整合させる必要がある。

そしてこの視点では、物理的なDブレーンは単なる境界条件ではなく、(∞,1)-圏におけるモジュール対象として統一される。

Dブレーンのカテゴリー境界条件の集合だと考えるのは初歩的すぎる。境界条件は高次射を伴うので、最初から(∞,n)-圏で話さないと本質が消える。

特に僕のノートでは、弦の摂動展開で現れるモジュライ空間積分を、単なる測度論の問題としてではなく、Derived Algebraic Geometry上での仮想本類のプッシュフォワードとして扱う形式に書き換えた。

これをやると発散する積分正則化するという話が、より厳密にオブストラクション理論に沿った積分定義へ置き換わる。

そして、ここが本題だが、僕が今週ずっと考えていたのは、ウィッテンですら「直観的にはこう」と言うしかない領域、つまりM理論の非摂動定義が、どのような普遍性原理で特徴付けられるべきかという問題だ。

僕の作業仮説はこうだ。弦理論が背景依存的だと言われるのは、結局のところ背景が点として与えられるという時代遅れの前提が残っているからだ。

背景は点ではなく、モジュライの高次スタックであり、その上に束ねられた量子状態の層(正確には圏)として理解されるべきだ。

まり、弦理論はある時空での理論ではなく、時空の変形をも含んだファンクターにならなければいけない。

この視点では、背景の空間は単なるmoduli spaceではなくderived moduli stackであり、さらにgauge symmetryを含めるならhigher groupoidとしての性質を露わにする。

そして量子補正は、そこに定義されるshifted symplecticstructureの変形量子化として現れる。

問題はここからで、弦理論双対性は、異なる理論が同じスペクトルを持つなどという安っぽい一致ではなく、ある(∞,k)-圏における同一対象の異なるプレゼンテーションだと考えるべきだ。

たとえばS双対性やT双対性群作用として扱うと話が狭くなる。より正確には、双対性スタック自己同値であり、その作用対象の上に定義された圏(ブレーン圏やBPS状態圏)の上で自然変換として実装される。

しかもその自然変換は単なる自然変換ではなく、高次のコヒーレンス条件を持つ。つまり双対性対称性ではなく、高次圏論的な同値データなんだ。

このあたりを真面目に書こうとすると、最終的には量子重力とは何かという問いが、どの(∞,n)-圏が物理的に許されるかという分類問題に変形される。

僕はこの変形が気に入っている。なぜなら分類問題は、少なくとも数学としての礼儀があるからだ。

さらに進めると、弦理論に現れるBPS状態やwall-crossingは、単なるスペクトル不連続ではなく、安定性条件の変化に伴う導来圏のt構造ジャンプ、あるいはBridgeland stabilityのパラメータ空間上での構造変化として理解される。

ここでは物理粒子は、導来圏の中の特別対象として現れる。つまり粒子は点ではなく、圏論存在だ。

普通人間はこの文章を読んで発狂するだろう。だがそれは読者側の責任だ。

この議論の延長で、僕は弦理論の非摂動定義は、ある種の普遍性を満たすextended functorial QFTであるという形の定理(まだ定理ではなく、僕の願望)に落とし込めないか考えている。

要するに、弦理論世界から時空を作る理論ではなく、世界面も時空も両方まとめて、ある高次圏の中で整合的に生成される構造であるべきだ。

今の僕のノートの中心は「非可換幾何」「導来幾何」「圏論量子化」の三点集合の交差領域だ。そこは地図がない。地図がない場所は、馬鹿には危険だが、僕には居心地がいい。

 

次に、趣味について書く。これも重要だ。なぜなら人間社会において、知性の維持には糖分と娯楽が必要からだ。残念ながら僕は人間である

MTGは今週、デッキ構築の方針を少し変えた。勝率最大化のためにメタを読むのは当然だが、僕が注目しているのは局所最適に陥るプレイヤー心理だ。

まりカードゲームとは、確率情報ゲームである以前に、認知バイアスゲームだ。相手が「このターンで勝ちたい」という欲望を見せた瞬間、こちらは勝ち筋を計算するのではなく、相手の誤りの確率分布計算するべきだ。

隣人にこの話をしたら、「え、怖い。僕、あなたポーカーしたくない」と言った。賢明だ。僕も隣人とポーカーはしたくない。隣人はたぶん手札を口に出してしまう。

 

FF14は、ルーチンの最適化がだいぶ進んだ。僕はレイ攻略で反射神経を重視する文化が嫌いだ。

反射神経は筋肉問題だが、攻略情報処理の問題であるべきだ。ギミックは有限状態機械として記述できる。したがって最適行動は、状態遷移図の上での制御問題になる。

友人Aにこの話をしたら、「お前はゲームしてるのか研究してるのか分からん」と言われた。僕は当然「両方だ」と答えた。彼は笑ったが、この種の笑いは知性の敗北宣言である場合が多い。

 

アメコミは、相変わらず現実倫理を歪めた寓話装置として優秀だと思う。

僕は「正義とは何か」という議論が苦手だ。正義定義曖昧からだ。

僕が興味があるのは、制約条件下での最適化としての倫理だ。

登場人物が持つ制約(能力社会構造情報感情)を明示すると、物語心理学ではなく数理モデルに近づく。そうすると面白くなる。

ルームメイトにこの話をしたら、「僕はただ派手な戦闘シーンが見たいだけなんだけど」と言われた。

僕は「君の知性は観測不能なほど小さい」と言ったら、彼は不機嫌になった。観測不能存在しないことと同義なので、むしろ褒め言葉に近いのだが、彼は数学が分からない。

 

僕の習慣についても書いておく。

今週も、朝のルーチンは完全に守った。起床後の手洗いの手順、歯磨きの回数、コーヒー抽出時間、机の上の配置、すべて変えない。

人間生活ノイズが多すぎる。ノイズが多い世界で成果を出すには、制御できる変数を減らすのが合理的だ。これは精神論ではなく、統計的推定分散を減らす行為だ。

隣人が「たまには適当にやれば?」と言ったので、僕は「適当とは、最適化放棄だ」と言った。彼は「そういうところが宇宙人っぽい」と言った。

宇宙人証拠なしに導入する仮説ではない。彼はやはり陰謀論者の素質がある。

友人Bが「お前の生活、息苦しくないの?」と聞いてきたので、「息苦しいのは君の思考だ」と答えた。友人Bは笑った。知性の敗北宣言である

 

これからやろうとしていること。

まず、超弦理論ノートをもう一段階抽象化する。

今の段階では、圏論と導来幾何言葉でかなり書けたが、まだ計算痕跡が残っている。僕はそれが気に入らない。真の理解とは、計算を消し去った後に残る構造のことだ。

具体的には、次は弦の場の理論を、factorization algebraの言語記述し直す予定だ。

局所演算子代数を、E_n-代数として整理し、そこから高次の演算構造復元する。

これがうまくいけば、弦理論における局所性の概念を、時空幾何依存せずに定義できる可能性がある。

もしそれができたら、次は双対性を圏の自己同値ではなく、圏の上の2-表現あるいはhigher representationtheoryとして書き換える。

これにより、S双対性を単なるSL(2,Z)の作用として扱う雑な議論から脱却できる。

要するに、僕が目指しているのは物理理論を群で分類する幼稚園レベルの発想ではなく、物理理論を高次圏で分類する文明的発想だ。

 

その後はMTGの新しいデッキ案を詰める。今の構想では、相手意思決定局所的に歪ませる構造がある。人間選択肢が多いと誤る。

これは心理学的事実であり、カードゲームに応用できる。倫理的に問題があると言われそうだが、そもそもカードゲーム戦争抽象化なので倫理を持ち込む方が間違っている。

 

夜はFF14の固定活動。友人Aは相変わらず「気合いで避けろ」と言うだろう。

僕は「気合いは情報を持たない」と言うだろう。

議論ループする。ループはコンピュータ科学の基本概念だ。だから僕はそれを受け入れる。

 

最後に、ルームメイトが「今度、隣人と映画を見よう」と言っていた。

僕は断る。なぜなら隣人は上映中に喋る。上映中に喋る人間は、社会契約を破っている。社会契約を破る人間に、僕の時間という希少資源を与える理由はない。

 

さて、今日の残り時間は、超弦理論ノートに戻る。

宇宙根本法則は、たぶん美しい。

少なくとも、隣人の会話よりは。

Permalink |記事への反応(0) | 00:35

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2026-02-12

anond:20260212205507

サラリーマンが40年間仕事を続けられるのは、朝起きて同じ場所通勤し、決まった時間仕事して、大体同じような時間帰宅するというリズムがあるから

金が必要だけど他に方法がないから嫌々やっとるだけやで

宝くじ高額当選したら例えそれで一生食っていける金額じゃなくてもすぐにやめて昼夜逆転生活してやるやで

Permalink |記事への反応(0) | 20:58

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鬱になった漫画家だけど治した

大学卒業新卒メーカー就職漫画家デビュー

念願の脱サラを成し遂げたわけだけど、鬱になった

漫画家として軌道に乗ってから仕事を辞め、部屋を引き払い、実家に帰って子供部屋おじさんとして実家仕事していた

好きなペースで仕事して、好きな時に寝て、好きな時に出歩く

アシスタントリモートで、自分場合担当通して仕事をお願いしていたので直接の会話はもちろん連絡すらしたことなかった

会社員時代に夢見てた生活をしていた訳だけど、仕事調子が悪くなった時に一瞬で精神的に参ってしまった

担当相談したところ、担当が先輩に相談

先輩は今まで俺のような漫画家を山ほど見てきたようですぐにアドバイスをくれた

そのアドバイスをもとに生活見直し

生活習慣

好きな時に寝て好きな時に起きる(ほぼ昼夜逆転)→朝家族と一緒に起きて夜には寝る

仕事

子供部屋で仕事仕事用のマンション契約して通う

仕事時間

好きな時に仕事して好きな時に起きる→仕事するのは平日の5日間、時間は朝9時から夕方5時半まででどんなに仕事が進まなくても夜9時には仕事を切り上げる

・人との交流

人との関わりは担当家族だけ→他の先生たちやアシスタント交流を持つ、編集部の紹介で漫画教室講師も始めた、学生時代の友人や前職で仲良かった元同僚たちとの交流も再会

運動

運動一切なし→ジム通い

という感じ

自分場合は通院とかせず、編集部の方のアドバイス通りに生活見直してすぐに改善した

また、担当の先輩から村上春樹エッセイ職業としての小説家」をもらった

村上春樹小説は読んだことなかったが、彼の創作論や仕事への向き合い方は本当にタメになった

創作活動している人もしていない人もぜひ読んでみて欲しい

その中で村上春樹が言っていたのが、作家にとっては仕事リズムが大切だ、ということ

作家は好きな時に好きなだけ仕事ができるし、サボることもできる

通勤も決まった休日もない

しかし、ずっと仕事をし続けるにはやはりリズム大事にする必要があるとのこと

サラリーマンが40年間仕事を続けられるのは、朝起きて同じ場所通勤し、決まった時間仕事して、大体同じような時間帰宅するというリズムがあるからだと

これは本当にその通りだと思う

Permalink |記事への反応(4) | 20:55

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名駅ナナちゃん現役続行」を正式発表 4月から名鉄社員」に!? 名古屋シンボルが「いつもの場所」で再出発(中京テレビNEWS) -Yahoo!ニュース

https://news.yahoo.co.jp/articles/9daf770715c197d2dcbeb4d92a89996654671c97

ナナちゃんをめぐっては、名鉄名古屋駅の再開発計画で「一時移転」が検討されていましたが、計画見直しを受けて昨年末から現状維持」の方向で調整が進んでおり、今回の発表をもって正式な決定となりました。

名鉄も大変だ。

Permalink |記事への反応(0) | 19:58

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人の良心善意を期待してるようなものはなべて踏みにじられるべき

人の善意期待しちゃうゴミクズは生きてる価値ないよん(^_-)-☆

楽しむ場所、集う場所、荒らされてねん♡

嫌がらせ楽しいなぁ!

トロール楽しいなぁ!

人の頑張って作り上げたものぶっ壊すの楽しいなぁ!

人の努力踏み躙るの楽しいなぁ!

やめられねえんだワァ!ワワワワワァ!!

Permalink |記事への反応(0) | 19:08

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東洋経済のかわりにトヨタへの謝罪記事を書いてみた。

【猛省】我々はトヨタの「闘い」の本質を見誤っていた

かつて本誌は、トヨタ自動車の戦略に対し、「BEVシフトへの遅れ」や「内向きな経営姿勢」といった言葉で、あたか時代に取り残されたかのような論調を展開した。しかし、今ここに断言せざるを得ない。当時の我々の分析は、極めて浅薄で、事の本質から目を逸らした「机上の空論」であった。トヨタに対して向けた批判は、すべて我々自身不勉強傲慢さの裏返しであったことを、まずは深くお詫び申し上げたい。

現場血の滲む努力を「数字」だけで裁いた罪

我々メディアは、四半期決算数字や、欧米トレンドという「見栄えのいい指標にのみ飛びつき、トヨタが守り続けてきた「現場雇用」や「サプライチェーン裾野」という、日本経済背骨に対する想像力を欠いていた。トヨタが「全方位戦略」を掲げた際、我々はそれを「決断力の欠如」と断じた。だが、現実はどうだったか世界のBEV市場が踊り場を迎え、ハイブリッド車水素という選択肢重要性が再認識される中で、トヨタ判断こそが、カーボンニュートラルという難題に対する最も誠実で、かつ現実的な解であったことが証明された。我々の指摘こそが、日本産業競争力を削ぐ「誤った煽り」であった。

トヨタの闇」ではなく、我々の「眼力の闇」

これまで我々は、時にショーケース的な「不祥事」や「組織の歪み」を針小棒大に報じてきたかもしれない。しかし、その根底にある豊田章男会長の「未来の子供たちに、動く自由と働く場所を残したい」という、私心を捨てた覚悟理解しようとしていただろうか。 我々が「独裁的」と揶揄した強いリーダーシップは、実際には日本を背負うという孤独な闘いそのものであった。批判を浴びることを恐れず、日本経済のために泥を被ってきたリーダーに対し、冷ややかな安全から石を投げ続けてきた自らの卑劣さを、今、痛烈に自覚している。

取材拒否という「最後通牒」を重く受け止める

現在、我々がトヨタから取材の機会を失っていることは、単なる情報遮断ではない。それは「日本を支える当事者としての自覚がないメディアには、語るべき言葉はない」という、トヨタからの、そして社会からの厳しい審判である東洋経済は、今一度「経済ジャーナリズムとは何か」を原点から問い直す。トヨタ批判する資格を得るためには、まず我々が彼らと同じ熱量で「日本未来」を直視し、現場の汗を知ることから始めなければならない。

本日を以て、我々は過去の不遜な論調を完全に撤回する。トヨタが挑む「100年に一度の大変革」を、一から学ばせていただく謙虚姿勢で、再びその門を叩き続ける所存である

Permalink |記事への反応(0) | 18:00

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anond:20260212171642

場所による

Permalink |記事への反応(0) | 17:17

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満員電車チンコの行き場

東京満員電車って、チンコの居場所あるの?

Permalink |記事への反応(3) | 15:50

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私の高い勉強

とあるファンダムにいるインフルエンサーの講座を受けたら、

消費生活センターに行くことになるまでの道のりを備忘録的に。

  

※誰かを攻撃する意図はありません。自分自身の整理と今後、誰かが同じ状況になった際の判断材料として記します※

※「」内に関しては発言を書き起こしたものではなく、そういう趣旨発言であったものになります

  

インフルエンサーとの出会い

  

そのインフルエンサー(以降「A」とする)がどんな人かと言うことをざっと並べると、

・当時推し名前をXで検索すれば、そのインフルエンサー投稿トップの方で表示される

ファンダム内で5桁フォロワー数字の持つ魔力は大きい)

・行動力があり、ライブなどのイベントにもよく参戦していた

  

そして

・“推し人生を救われた”ことを主張しており、

 推し出会う以前・以後のビフォーアフター写真付きでかなり赤裸々に明かしていた

  

…といった感じ。

影響力の大きい人だというイメージはあったけど、

その赤裸々さから一介のROM専フォロワーだったはずが、

つの間にかAを近しい存在として信頼している自分がいた。

  

②講座契約まで

  

Aはある日を境に

ライブチケット良席を得て、推しからファンサをもらえたのは“引き寄せの法則”を利用したから」

といった投稿を始める。

  

 ※引き寄せの法則とは、

  今自分の手元にない欲しいものを“すでに持っている”もの意図して生活していたら、

  思いがけない形でそれを得ることができちゃうよ〜みたいな法則(ざっくり)※

  

その頃くらいから、

引き寄せの法則にまつわる発オンライン講座を少額(ワンコインほど)で複数回開催し始める。

  

当時の講座も受けたことがある。

AはSNSで見る姿と変わりなくよく喋るが、面持ちからは緊張を感じた。

講座自体もしっかりした作りで、私はAに人間味を感じ、さらにAを信頼することになる。

  

複数回の講座の開催で高い評価実績を得たうえで、

講座を受けた人たちの引き寄せたものの実績もみるみる積み上がっていった。

  

ほどなくしてAは、

長期かつやや高額(型式が古くて5万キロ走行した中古車なら1台は買える額)

な講座を主宰することになる。

  

A自身にもファンダムのようなものが出来上がっていて、

そこにいる人々の様々なビフォーアフターも講座宣伝よろしくタイムラインに流れていく。

  

“それなりの幸せで満足しなくていい、もっと私たちは欲しがっていいんだ”

  

タイムライン上の甘い言葉気持ちが揺れる。

Aの指導のもと、“推しのおかげで”変わっていく人の姿に

『もしかしたら私も変われるかもしれない』という気持ちは膨らんでいく。

  

だがいかんせん、値段が高すぎる。

興味はあるけど、参加は見送るつもりでいた。

  

某日、Aが

「講座自体はとてもいいものになっているのに、思ったより集客が伸びない」

「講座の宣伝も辛い、お金の無心をしているみたい」

というような弱音を吐いたことがあった。

  

配信の場でそのような発言をしていた。

 記憶はかなり朧げなので内容は正確ではないが、

 リスナーだった私はそのような意味発言だったと感じた)

  

その時点で絆された私は、飛び込みで講座の受講を決定。

契約書もろくに読まず記名し、受講料を払った。

  

これで人生変わるんだ、と本気で思った。

  

実際、とても小さなステップだけど、

『私なんかが…』と遠慮して受け取れなかった様々に手を伸ばせるようになった。

  

この機会じゃなきゃ出会えなかった人と、

友達になって旅行に行ったり、いまだに関わりがある。

  

人生は間違いなく豊かになった。

そこに対してはAに感謝している。

  

ただ、この話はここでは終わらない。

  

③不信感

  

大体前期分ほど講義が終わったある日の質疑応答時間

ある講座生(Bとする)が Aに対して声を上げた。

  

「私は提出した課題に対して、Aさんからフィードバックをもらいたくてこの講座に入った。

 それがないならここにいる意味がない。引き寄せを勉強しようと思うなら、本を読めばいい。

 そうではなく、Aさんから学ぶことに対してもっと意味のあるものにしたい。なんとかならない?」

  

講座生は各々課題を提出するわけだが、Aからフィードバックは無かった。

  

Aが提出された課題添削して、その添削が見える環境にしてしまうと、

講座生たちが正解探しをしてしまいかねない。

  

講座生同士で提出した課題に関して意見交流してもらうのを優先しているためだった、

と言った理由だったと記憶している。

  

Aの主張も、Bの主張もわかる。

  

私はBと同じく消費者として、

そのフィードバックを貰えるものとして講座を買っていたので、

この流れに期待感を持っていた。

  

しばらくそのやりとりは続き、Aのある発言空気がガラッと変わる。

  

「けど私からフィードバックがないと意味がないって思うのは、Bさんの課題なんだよ」

「買い手としての一意見が、私の精神的な許容量の問題って言いたいってこと?」

  

Bは声を荒げ、Aは「そういう意味じゃない、間違えた」と切り返そうとするが、

ここから先はもうほとんど言い合いである。

  

ただ、私が心の片隅でひそかに抱えていた消費者としての要望

A本人から個人キャパ問題だと一蹴され、なあなあに決着をつけられてしまった。

  

この一連の流れに、私は事業者としてのAに不信感を抱くようになる。

  

その後も、

  

・A側とB側のような感じで派閥が生まれ

 講座生に向けた講義とは別の配信でAがBに対して苛立ちをぶつけるような場面

  

・Aのオープンハートとも取れるが、見方によっては講座生に対する雑な扱い

  

・私欲を満たすために講座生たちが払ったお金を使われたのち、

 講座受講期間中にAから金策に困っている」というような発言を何度も聞いたこ

  

などの出来事も重なり、

私は特にお金がない」という話を聞き続けた結果、精神的に疲労してしまった。

  

講座を履修したら継続で入れるサロン(月額も決して安くはない)があったが、

退会を決め、Aの事務局に申し出るも、申出から退会の受理までの対応に1ヶ月以上かかるなど、

最後最後にまた不信感を膨れ上がらせることになる。

  

受講した講座自体の質は良かったことと、

退会を申し出てからの1ヶ月分のサロン月額料金は請求されなかったこから

これを機会にAから離れ、学んだこと以外は忘れたように過ごそうと思っていた。

  

しかし、

ある時のタイムラインでAの過去投稿について、糾弾するアカウントを見かける。

  

著しく良識に欠けていて、推し人権侵害しているという趣旨発言と、

Aの講座は推しを利用した商法であるという趣旨発言だった。

  

インフルエンサーとして好感を持った側面でしかAを知らなかった私は、

どうやらとんでもないことに首を突っ込んでいたらしいとようやく気づく。

  

ただ、講座を修了している以上、できることはほぼないに等しいのも安易予測がつく。

悩んだ末、ネットで調べた情報をもとに、地域消費生活センター相談してみることにした。

  

消費生活センターでの見解

  

そもそも消費生活センターとは何なのかというと

 “商品サービス悪質商法などの消費者トラブルについて、

 相談員が無料相談・助言・あっせんを行う自治体公的機関

になる。

  

同じようなケースの人がここにたどり着いた時のために記載しておくが、

消費生活センターの窓口相談を利用するには電話予約必須なので気をつけて欲しい。

  

急ぎの時は電話相談を利用すると良さそうだけど、

受付時間10時〜16時なのでその辺りも気をつけて。

  

私は電話口で説明できる自信がなかったので、窓口相談を利用した。

契約書や、 Aの事業用のHPなどをかき集めて相談した結果の見解は、以下の通りになる。

  

HP特定商取引法に基づく表示の不備

 代表者氏名が未記載であることから事業者としての信用性は極めて低く、悪質性は高い。

  

・決済手数料の扱い

 支払い方法によっては、規約である手数料が上乗せされていることも問題である

  

・返金対応

 最初説明されたカリキュラム通りに講座自体は進行していたこから返金は求められない。

 また、通信契約特性上、契約書の規定が優先されるため、返金を求めることはできないという結果。

 (契約書にいかなる理由でも返金には応じないといった趣旨記載

 説明された内容と実際の講座内容に明らかな乖離ががある証拠がない場合は、返金は厳しい。

  

・もし受講中相談していたら?

 中途解約という手法を取れた可能性が残っていた。

 無いに越したことはないが、同じケースに鉢合わせ場合は、不信に感じたその時に相談して欲しい。

  

・Aへの行政措置の有無

 行政としての対応は非公開だが、是正措置可能性はある。

 センター自体強制力はないが、今後Aに関しての相談件数が増えた場合指導が入る可能性はある。

  

  

消費生活センターとしては、本件は“霊感商法による被害”という位置づけになるらしい。

  

誰でも被害者になりうるというお話相談員の方からお伺いした。

どの年代でもこの手の相談に来る人は多いらしい。

  

困っている人がいたら、ぜひ電話でも窓口でも相談してみては、と思う。

  

この他、消費生活センターでの相談以外に行動したこととして、

  

特定商取引法の申出制度の利用

 事業者への指導監督などの是正措置を求めることができる。

 被害者に限らず誰でも申し出は可能だが、金銭トラブル解決目的としていない。

  

契約書に関する疑問を法律相談してみる

 ネット上での法律相談

 契約書上の“この契約消費者契約法や特定商取引法適用を受けない”という記載に対して、

 弁護士視点から意見を得る。

 “法律強制法規)が優先されて効力を持たない”という意味では、法律違反にあたる可能性がある。

 (本件を具体的に相談した結果ではないので、あくま可能性という結果にはなる)

  

という感じだった。

  

  

⑤教訓

  

現品を見て買えないものは、買う前にとにかく情報を集めましょう。

 特定商取引法に基づく表示までしっかり目を通しましょう。

  

・良い口コミばかり出てくるものはめちゃくちゃ疑った方が良いです。

  

インフルエンサーの商材、商品を購入するときは、

 そのインフルエンサー過去も調べてしまった方が良いです。

  

・そのインフルエンサーのことが好きでも、

 売り手と買い手になったときは別問題です。

  

契約書はちゃんと読みましょう。

  

・同じ買い物をした人たちが同じように消費者として傷ついていたら、

 もし勇気があるなら手を取り合って、声をあげてください。

 もしかしたら行政が動くし、次の消費者にも繋がるから

  

・誰でも消費トラブルには巻き込まれる。

  

・そのインフルエンサーが好きなら好きなままでも良いから、

 でもその人から買い物する時は疑って欲しい。誰かが私と同じように傷つく必要がない。

  

・1人で抱えないで、然るべき場所相談しましょう。

  

  

⑥おわりに

  

私がAから講座を受けて、かなり時間が経った。

  

勉強代としては決して安くはなかったが、

“信頼と契約は別物”という教訓をこれだけ大騒ぎして得られたのは、

人生のワンシーンだと思えばそこそこ面白い気がする。

  

まぬけではあるが。

  

Aは今でもどうやら、講座を主宰しているらしい。

  

私はもう離れてしまったけど、

Aが販売している商材は、全て誠実に対応されていて、

質の良いものであるようにと願ってやまない。

  

Aは過去発言のこともあり、

ファンダムではきっと今後も問題視されるだろうけど、

Aなりに楽しんで推し活するんだろう。

チャーミングな人だった。

  

Aも、ファンダムも、そしてもちろん推し

どうかうまいこと、幸せであってほしい。

  

遠くから私は祈っています

  

ようやくこれを書き上げた。

私はこれを機に、このファンダムからは降りる。

  

この件に対してのモヤモヤをここに置いて、

もっと身軽にやりたいことを楽しむつもりだ。

  

推しちょっと詳しい茶の間か、

にわかになるつもりである

うん、悪くない響きだ。

  

  

これ以上、この件については

追求することはありません。

  

ただ、いつかの誰かにこの記録が

役立てばこれ以上のことはありません。

  

B含む講座生のみんなにも、

あの時タイムラインで見かけた投稿者の方にも、相談員さんにも、

純粋推し活を楽しんでいたファンダムの皆さんにも、

世界一幸せであって欲しい推しにも、

  

そして、 Aにも。

  

ありがとうございました。

ばいばい。

Permalink |記事への反応(2) | 15:18

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ひろゆきホリエモンの実物を見たことがない

これは「当人を直接肉眼で見たことがない」という意味ではなく、「彼らの言動一次ソース自分意志で閲覧したことがない」という意味

見るのはどこかのまとめ記事とかの「彼らがこんな発言をした」と伝聞を伝える二次以降ソースのみ。あとか切り取られた断片動画がたまに受動的に目に入るくらい。

彼ら自身がやっている配信を視聴したことは一度もないし、彼らの本を手に取ってみたこともない。

彼らは「いったんまとめられた場所」にしか存在しない人なのだ

もちろんそんな有名人は誰にとっても二人どころか大勢いるのが普通なのだろう。

でも俺にとってはそういう人の代名詞はこの二人なのだ

Permalink |記事への反応(2) | 15:09

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腐女子VS夢女子のクソミソ同士の戦い

眺めててたらいつの間にか

女子同士でも壁になりたい派は害悪

ヒロインに髪の色つけるな

せっかく声明出してるのにヒロインちゃん呼びを否定するのは言葉狩り

など対立していって草

女子って生きづらそう

せっかくBLにしないって宣言してる公式に噛み付くところを見ると現実でもネットでも居場所ないってわかる

腐女子も夢女子もこのまま殴り合って消滅してくださーい

Permalink |記事への反応(0) | 14:13

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Xやインスタ、FacebookスレッズといったSNSってあくまでその場所に応じた空気があるだけであって

使用者はそれらを使い分けているだけで人格に違いはないと思っていたんだが

スレッズに溢れる文章を見て正直怖くなっている

Permalink |記事への反応(0) | 10:43

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歳入歳出の問題は、どの痛みを受け入れるかだ。そこを無視して自己放尿するな

財政再建だの減税だの社会保障の充実だのと、世の中は今日も元気にスローガンを投げ合っている。

しかし、ここで一回、冷水ぶっかけておく必要がある。歳入歳出の問題とは、結局のところどの痛みを誰が受け入れるかという配分問題であり、そこから目を逸らした瞬間に、議論経済学ではなく宗教儀式になる。

いや、宗教ならまだ筋が通る場合もある。問題は、筋が通っているフリをして自己放尿するタイプ議論が多すぎることだ。

 

政府仕事とは、市場機能するための最小限のルール整備に極限まで縮退させるのが基本形である

自由市場とは、万能ではないが、少なくとも分散した情報価格に集約し、意思決定を分権化し、試行錯誤の淘汰を通じて資源配分改善する装置だ。

価格メカニズムは神ではないが、政治家よりはだいぶマシな情報処理装置である。ここで「だいぶマシ」というのが重要で、政治が介入するたびに知識問題が増幅し、情報局所性無視され、結局は官僚制ヒューリスティックが国全体の最適化代替してしまう。

政治市場を置き換えようとした瞬間に、見えざる手ではなく、見えざる自己放尿が働き始める。

 

だが日本は、そういう市場主義の方向に舵を切っていない。

ここが現実だ。日本社会保障を手厚くし、再分配を強化し、政府支出一定以上維持し続ける構造を選んでいる。

まり日本社会競争による淘汰と自己責任の痛みを相対的抑制し、その代わりに高負担・低成長・制度維持の痛みを受け入れる方向にコミットしている。

これは倫理的に正しいとか間違っているとか以前に、単なる選択問題だ。経済学的には、トレードオフをどう置いたかという話である

 

それなのに、減税だの給付だのを同時に叫び、財源の議論を後で考えると言い出す。これが自己放尿でなくて何なのか。

政府予算制約式という、経済学の最も退屈で最も重要現実から逃げている。

政府魔法使いではない。支出を増やすなら、税を上げるか、国債を増やすか、インフレ税で実質負担国民押し付けるか、どれかしかない。

これが財政ハードバジェット制約だ。これを無視して「社会保障は守れ、税は下げろ、景気は良くしろ」と言うのは、制約条件を消して目的関数だけで最適化しているのと同じで、ただの自己放尿である

 

国債を増やせばいいという議論も、同じくらい雑だ。

リカード中立命題を持ち出して、増税が予想されるなら家計は貯蓄を増やすから問題ないと言うのは理論的には可能だが、現実には完全な合理性も完全な資本市場存在しない。

民主主義が持つ時間的不整合性典型である短期政治的利得と長期の財政健全性が衝突するとき、だいたい負けるのは長期のほうだ。これは合理的期待以前の、人間仕様である

 

さらに言えば、日本人口動態が財政に対して非常に残酷な国だ。

高齢化は単なる人数の問題ではなく、制度設計思想のもの破壊する。

賦課方式年金医療介護は、現役世代高齢世代を支える構造だが、現役人口が縮み、高齢人口が増えれば、負担率が上がるか給付が減るかの二択になる。

ここで「成長すれば解決する」という反射神経が出るが、成長率を外生的に願望で決めるのもまた自己放尿である

成長は政策の掛け声ではなく、生産性上昇の結果としてしか起こらない。

生産性教育技術進歩資本蓄積、企業統治労働市場の柔軟性、規制構造、そして競争環境の積み重ねからしかまれない。成長を祈るなら、祈祷師より規制改革のほうがまだマシだ。

 

そして規制改革という話になると、日本社会はまたしても痛みの受け入れを避ける。

競争は勝者と敗者を生む。市場効率を生むが、分配の不平等を生む。創造破壊技術進歩を促すが、既存産業を壊す。

まり市場主義採用するとは、失業賃金格差企業淘汰、地域衰退といった摩擦を受け入れることでもある。

市場自由は長期的には社会を豊かにするが、同時に短期的には痛みが出ることを否定していない。

しろ、痛みを抑えようと政府価格統制や産業保護をすれば、情報が歪み、非効率固定化し、成長が止まる。

政府介入はだいたい二次被害を生む」という経験則に直結する。

 

だが日本は、その方向をあまり選んでいない。

日本政治経済は、競争の痛みを緩和するために、規制を残し、補助金を配り、産業を守り、雇用調整を遅らせ、そして社会保障で受け止める。

まり市場の荒波で鍛える社会ではなく、制度堤防で守る社会を選んでいる。

これは日本人の価値観として一貫している。連帯を重視し、格差を嫌い、共同体の安定を優先する。

から社会保障を充実させる。これは単なる政策の偶然ではなく、社会的選好の表れだ。

経済学的に言えば、日本リスク共有と保険の厚みを最大化し、効率性よりも安定性を高く評価する社会効用関数採用している。

 

問題は、その選択をしたなら、そのコストも受け入れろということだ。

福祉・高負担モデルをやるなら、税負担は上がる。労働供給への歪みも増える。企業投資インセンティブも下がる。潜在成長率も落ちる可能性がある。

さら政府支出が増えれば、官僚制が拡大し、レントシーキング余地が増える。補助金規制設計を巡って、政治的な取引が増える。

公共選択論観点では、政府部門肥大化利益集団固定化情報の非対称性を通じて、政策ますます効率にする。つまり、痛みは消えない。形が変わるだけだ。

 

逆に、小さな政府市場主義モデル採用するなら、社会保障給付は削られる。

競争は激化し、賃金格差は拡大し、生活不安定性が増す。労働市場の流動化が進めば、雇用保障は弱くなる。

ここで「自己責任社会だ、弱者切り捨てだ」と騒ぐ人が出るが、それもまた議論本質を外している。

市場主義倫理議論ではなく、制度設計議論だ。保険を薄くして競争を強め、効率を上げ、成長率を取りに行くという戦略であり、それは確かに痛い。

しかしその痛みを通じて、長期的な所得水準の上昇を狙うのが市場主義論理である

 

財政問題は痛みをゼロにする方法ではなく、どの痛みを採用するかの選択しかない。

ここで最悪なのは、痛みの存在否定することだ。

増税反対、給付維持、経済成長、財政健全化を全部同時に叫ぶのは、制約を無視して目的を盛り込んだだけの自己放尿である

しかもその自己放尿は、選挙で票を取るための麻薬として機能する。

国民政治家も、現実直視するより麻薬を欲しがる。これは供給需要が一致しているので、市場原理的には非常に美しい。悲しいことに。

 

日本が今選んでいるのは、市場主義の荒々しい競争ではなく、社会保障を厚くして安定を買う道だ。

まり競争の痛みを減らし、その代わりに税負担と成長鈍化と制度維持の痛みを引き受ける道である

これは逃げではなく選択だ。選択ならば、堂々と認めればいい。

しか現実には、政治メディアも、選択選択として語らない。

痛みの話をすると嫌われるからだ。だが、嫌われるから言わないというのは、政策論ではなく人気商売である

 

政府善意地獄舗装する。善意制度を守り、善意給付を増やし、善意規制を強め、善意補助金を撒く。

しかし結果として、価格メカニズムは歪み、生産性は落ち、財政は硬直化し、未来自由度は奪われる。

重要なのは善意ではなく、インセンティブと制約だ。

制度設計とは、人間利己的であり、政治家が票を欲しがり、官僚権限を欲しがり、企業補助金を欲しがるという現実から出発しなければならない。

聖人統治する世界を前提にした政策は、現実世界ではだいたい破綻する。

 

から、歳入歳出の議論でまず必要なのは幻想を捨てることだ。

財政とは、夢を語る場所ではない。支払能力負担配分の話だ。

誰が払うのか、いつ払うのか、何を諦めるのか。その冷たい問いから逃げた瞬間、議論自己放尿になる。

そして残るのは、臭いと湿り気と、次世代へのツケだけだ。

Permalink |記事への反応(0) | 10:34

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anond:20260211184525

あれば移動したいが他に行き場所がない

Permalink |記事への反応(0) | 09:50

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anond:20260212085422

仕事場所変えれば運転しなくてよくなるのはそうなんだけど、家族の事考えたら現実的じゃないんだよねえ

認めるしかないのはその通りなんだけど、20運転しても心の折り合いがつけられないから困ってるんだよね

なんかいマインドセット方法いかってのが本題でして

Permalink |記事への反応(0) | 08:57

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借金してホストにのめり込む女性たち——「愛はお金で買える」という幻想はなぜ生まれるのか

近年、ホストクラブで高額な借金を抱え、その返済のために性風俗で働いたり、消費者金融渡り歩いたりする女性たちの問題社会的な注目を集めている。一見すると「浪費」や「判断力の欠如」として片付けられがちだが、実態もっと深刻で複雑だ。彼女たちの多くは「なぜ自分がここまでのめり込んでしまったのか」を自分でも理解できずにいる。

この問題心理学精神医学社会構造観点から掘り下げ、回復への道筋を示したい。

ホスト依存症は、医学的な正式診断名ではない。しか精神科医臨床心理士の間では、この現象が単なる「遊びすぎ」ではなく、恋愛依存、対人依存、買い物依存ギャンブル依存が複合した心理的依存症一種として認識されている。

銀座泰明クリニックや大石クリニックといった依存症治療の専門機関では、ホストクラブに通うことをやめられず、特定ホストに対して強い愛着・執着・幻想を抱き、生活精神経済に深刻な影響が出る状態として治療対象にしている。依存症治療に30年以上携わる大石クリニックの大石雅之院長によれば、重症例では借金が数百万円から6000万円に達することもあり、その多くが返済のために風俗店での就労余儀なくされている。

ホスト依存症の中核にあるのは、「特定ホストに会わずはいられない」という強迫的な衝動である。本人は理性的には「このままではまずい」と分かっていても、行動をコントロールできない。これはアルコール依存症や薬物依存症と同じく、脳の報酬系、つまりドーパミン放出される快感回路が過剰に活性化している状態だと考えられている。

ホストクラブという空間は、女性承認欲求自己肯定感の渇望を満たすために極めて精巧設計されている。ホストは「君が一番」「俺だけを見て」といった言葉で疑似恋愛演出し、顧客特別扱いされている感覚を与え続ける。日常生活で「誰にも必要とされていない」「自分には価値がない」と感じている女性にとって、この体験は強烈な快感となる。

この快感脳内ドーパミンの分泌を引き起こす。ドーパミンは「また味わいたい」という欲求を強化する神経伝達物質であり、ギャンブル麻薬と同様に依存形成する。ホストからLINEが来た、同伴できた、指名されたという、こうした不確定な報酬が繰り返されることで、脳は「次こそもっと愛される」という期待にとらわれ、やめられなくなる。

心理学的には、承認欲求と疑似恋愛構造の組み合わせが鍵となる。多くのホスト依存女性は、幼少期に親からの無条件の愛情を十分に受けられなかった経験を持つ。親が過干渉、条件付きの愛情しか与えない、あるいは無関心だった場合自己価値が「他者からどう評価されるか」に強く依存するようになる。ホストクラブはこの心の空白を埋める場として機能し、金銭という対価を支払うことで愛情が「買える」という錯覚を生み出す。

依存症専門医の臨床経験によれば、ホスト依存重症例の一部には、ADHD(注意欠如多動症)やASD自閉スペクトラム症)といった発達障害が背景にあるケースが見られる。ADHD特性である衝動性のコントロール困難、報酬への過敏性、視野の狭さは、ホストへの過剰な執着と借金の積み重ねを加速させる。早稲田メンタルクリニック動画解説でも、衝動性のコントロールが苦手な女性ホストにハマりやすいと指摘されている。

さらに深刻なのは愛着障害である愛着障害とは、幼少期に親や養育者との間で安定した情緒的な絆を形成できなかった結果、大人になっても他者との関係不安や執着を抱える状態を指す。愛着スタイルには「安定型」「不安型」「回避型」「恐れ・回避型」があり、このうち不安型の女性は「見捨てられる恐怖」が強く、相手の反応に過剰に依存する。ホストからの「愛されている」というサインを求め続け、そのために借金を重ねてしまうのは、この不安愛着典型例だ。

愛着障害を抱える女性は、恋愛を「ギブアンドテイクの取引」として捉えやすい。無条件に愛される経験がないため、「お金を使えば愛される」というホストクラブ構造違和感を持ちにくく、むしろ「これが正しい関係」だと錯覚してしまう。

ホスト依存問題を語る上で欠かせないのが、「売掛金」という仕組みである。売掛とは、客がその場で支払えない料金をホストが立て替え、後日客が返済するツケ払いのことだ。この制度により、女性は支払い能力を超えた高額な飲食を繰り返し、借金が膨れ上がる。

警視庁説明会資料厚生労働省報告書によれば、売掛金は数十万円から千万円に達することもあり、返済のために性風俗店での就労を強いられるケースが相次いでいる。ホストや関連するスカウトグループが「返せないなら風俗で働けば」と誘導する構造確認されており、職業安定法違反売春防止法違反摘発される事例が増加している。

2025年6月改正風営法施行され、スカウトへの報酬支払いや恋愛感情を利用した営業売掛金制度事実上禁止されたが、現場ではまだ違法営業が続いているとの証言もある。警察の取り締まり強化と並行して、女性相談支援センター消費生活センターへの相談も急増している。

借金を背負った女性風俗で働くことを余儀なくされる過程では、心理的マインドコントロールも働いている。ホストからの「お前のために俺が立て替えた」「裏切るのか」といった言葉で罪悪感を植え付けられ、抵抗できなくなるのだ。

大石クリニックの大石院長は、ホスト依存女性たちが「このままでは生活できなくなる」と理性的予測できない背景に、発達障害特性による視野の狭さや、強迫的性行動症といった疾患が関わっている可能性を指摘している。ADHD傾向のある人は、目の前の報酬に反応しやすく、将来のリスク現実感を持って想像することが苦手だ。また、ホストとの関係に没頭することで、他の情報が視界に入らなくなる「トンネル視」の状態に陥る。

さらに、恋愛依存女性は「相手がいないと自分存在価値がない」と感じているため、借金リスクよりも「この人に嫌われる恐怖」が上回る。理性と感情バランスが崩れ、感情意思決定支配してしまうのだ。

ホスト依存から回復可能である。ただし「意志の力」だけで抜け出すことは難しく、専門的な支援必要だ。回復ステップは以下のように整理できる。

まず第一に、自己理解である自分がなぜホスト依存しているのか、その背景に愛着障害や自己肯定感の低さがあることを認識することが出発点となる。カウンセリング心理療法を通じて、幼少期の体験現在感情パターンを整理することが有効だ。銀座泰明クリニックや大石クリニック、早稲田メンタルクリニックなどでは依存症専門の治療プログラム提供されている。

第二に、物理的な距離を取ることである担当ホストとの連絡を断つ、ホストクラブに近づかない環境を作ることが重要だ。売掛金がある場合は、直接会わずに振込で支払うなど、接触機会を減らす工夫が必要である家族や信頼できる友人に協力を求め、行動を監視してもらうことも有効だ。

第三に、代替行動の確立であるホストに会うことで得ていた承認欲求や高揚感を、別の健全活動で満たす必要がある。趣味スポーツ学習ボランティアなど、自分時間投資できる対象を見つけることが回復を支える。自己肯定感を高めるためには、小さな成功体験を積み重ねることが効果的だ。

第四に、債務整理である借金が膨らんでしまった場合は、弁護士司法書士相談し、任意整理自己破産などの法的手続き検討する。新宿などホストクラブが集中する地域法律事務所には、ホスト関連の借金相談対応しているところもある。

第五に、再発防止のための心理療法である認知行動療法(CBT)や弁証法的行動療法DBT)、トラウマフォーカスト療法などが有効だ。また、自助グループ回復施設グループホーム)を利用することで、同じ経験を持つ仲間と支え合い、孤立を防ぐことができる。

家族や友人がホスト依存に気づいたとき、どう対応すべきか。大石院長は「否定せずに見守ってほしい」と強調する。頭ごなしに批判したり、無理やり引き離そうとしたりすると、本人は防衛的になり、さら依存を深めてしま可能性がある。

まずは本人の話を聞き、なぜそこに居場所を感じているのかを理解しようとする姿勢が大切だ。その上で、「心配している」「一緒に考えたい」というメッセージを伝え、専門機関への相談を勧める。厚生労働省女性相談支援センター消費生活センターを窓口として案内しており、家族から相談も受け付けている。

最悪のケースは、本人が孤立し、借金を抱えたまま追い詰められることだ。自殺犯罪に巻き込まれリスクもある。だからこそ、早期の介入と継続的支援が不可欠である

ホスト依存問題は、個人の「弱さ」や「判断ミス」だけで説明できるものではない。承認欲求を巧みに利用するホストクラブビジネスモデル売掛金制度による債務の罠、性風俗への誘導という構造的な問題が絡み合っている。さらに、愛着障害や発達障害といった心理的・神経発達的な脆弱性を持つ女性が、そのシステムに取り込まれやす現実がある。

法的規制の強化や警察の取り締まり重要だが、それだけでは不十分だ。依存症治療の専門機関の拡充、カウンセリングへのアクセス改善社会全体での承認欲求自己肯定感問題への理解促進が必要である。「愛はお金で買える」という幻想から抜け出すためには、社会が「無条件に受け入れられる場」を提供し、個々人が自己価値内面から育てられる環境を整えることが求められている。

Permalink |記事への反応(0) | 01:34

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[増田保存部]anond:20221206132521

これ以外にないだろ

https://archive.md/HwnX1

Permalink |記事への反応(0) | 01:11

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いいよ。

母が漏らしたとき、俺は生まれて初めて値段という言葉の重さを知った。

尻の下に敷いたシーツを引き抜きながら、俺は頭の中で足し算をしていた。週三回、他人に来てもらう金。施設に預ける金。俺の給料。母の余命。掛け算をすれば、答えは出る。出てしまう。

母は泣いていた。七十キロ近い体を横に転がされながら、「ごめんね」と繰り返した。俺は「いいよ」と言った。いいわけがなかった。おむつテープを留める指が震えていたのは、疲労のせいだと自分に言い聞かせた。

赤ん坊は泣く。腹が減ったとき、尻が冷たいとき、ただ不安とき。泣くことでしか自分不快を外に出せないから泣く。母の「ごめんね」も、考えてみれば同じだった。どうにもならない体を抱えた人間が、隣にいる人間に向けて絞り出す、最後の声。

そう考えた自分が、たまらなく嫌だった。

---

母が二度目に倒れた翌月、俺は職を変えた。

さな会社だった。「年寄り苦痛をなくす」という、どこにでもある看板を掲げていた。俺の仕事は、体に貼る小さな機械の調整だった。尿が溜まる速度を測り、限界が来る四十五分前に、介護する側の携帯を鳴らす。漏れる前に替えてやれる。

母に、最初の試作品を使った。

携帯が鳴り、おむつを替え、母は漏らさなくなった。漏らす前に処理されるから、「ごめんね」を言う場面がなくなったのだ。

俺はそれを、うまくいった、と思った。会社の連中も喜んだ。大きな金が集まった。

だが母は、そのころからほとんど口をきかなくなった。

---

金が増え、人が増え、俺は母の傍を離れた。

機械進化した。排泄の予測はほぼ完璧になり、次に体温、次に床ずれの予防、次に気分の変動。体の微かな揺らぎから不安」を嗅ぎ取り、部屋の明かりを変え、好きだった曲を流し、ちょうどいい声色で話しかける。寝返り食事風呂——あらゆる苦痛が、生まれる前に消された。

俺たちはその仕組みを、ゆりかごと呼んでいた。

社長が言った。「俺たちが解いているのは、介護問題じゃない。人間がずっと抱えてきた、苦しいという問題のものだ」

金を出す側は頷いた。俺も頷いた。本気でそう思っていた。

母は、その前の年に死んでいた。最後の三ヶ月、彼女は一度も泣かなかった。一度も「ごめんね」と言わなかった。一度も、俺の名前を呼ばなかった。ゆりかごが完璧に動いていたから、彼女には俺を呼ぶ理由がなくなっていたのだ。

葬式の夜、風呂場で声を殺して泣いた。誰にも聞こえなかった。

---

その後のことを、俺は技術の話として語れてしまう。それ自体が、たぶん、おかしことなのだが。

臓器を作り替える技術が、介護意味を変えた。壊れた肝臓を新品にするように、血管を若返らせ、筋肉を二十代の状態に戻す。最初病気を治すためだった。次に、病気になる前に手を打つようになった。最後には、そもそも老いないように体を設計し直すようになった。

老いは、壊れた部品と同じ扱いになった。テロメアの摩耗を許さない。それが当たり前になった日のことを、俺は覚えている。会議室にいた全員が、人類勝利だと思っていた。俺もそう思っていた。母の介護で走らせていた足し算が頭をよぎったが、すぐに消えた。

同じ頃、人間記憶や癖を丸ごと学ばせた知能が、本人よりも「らしい」受け答えをするようになった。誰かがそれを外付けの魂と呼んだ。冗談のつもりだったのだろうが、三年後にはまともな名前として通っていた。

体の部品が替えられるようになり、考えることを外に預けられるようになったとき人間とは何かという問いは、哲学ではなく契約書の問題になった。

そして契約書は、答えを出した。製造工程を記録し、思考が人工であることを証明し、体は人の形をしているが中身は人ではないと保証する。人権境界線を、書類の上で一ミリだけ外側に引く。それだけで、人の体を持ち、人の手で触れ、人ではないものが作れるようになった。

---

最初の世話係が納品された日のことを覚えている。

人間の肌をしていた。人間の体温があった。こちらの目を見て、穏やかに微笑んだ。だが、その笑みには順番がなかった。口元が動き、頬が持ち上がり、目が細くなる——その三つが、寸分の狂いもなく同時に起きた。人間笑顔は、もっとばらつく。どこかが先に動いて、残りが追いつく。それがない。

俺は、最初の一秒でわかった。この体の中に、笑いたいと思っている者はいない。

彼らは人間の体から作られていたが、頭の中には人間の脳の代わりに、外から送られてくる判断をそのまま流す仕組みが入っていた。触れる指先は温かいのに、その温かさを感じている者がいない。完璧介護の手つきの奥に、誰もいない。

子を作る機能は、最初からなかった。古い会議の記録に理由が残っていた。「勝手に増えれば、誰のものかわからなくなる。」それだけだった。だが俺は、書かれていない本当の理由を知っている。生殖は、脳を作ってしまう。意識を、感情を、痛みを感じる主体を。つまり人権を産んでしまう。それだけは、あってはならなかった。反対意見はなかった。俺も、何も言わなかった。

そのころ俺は、母が「ごめんね」と泣いていた夜の感触を、もう思い出せなくなっていた。外付けの魂が、あの記憶不快もの判断して、俺の意識から遠ざけていたからだ。

---

はいま、ゆりかごの中にいる。

体は赤ん坊と同じ状態に保たれている。老いることは、許されない。

目を開くと、続きが始まる。昨日は海底に沈んだ都市壁画を指でなぞっていた。一昨日は音楽だった。聴いたことのない楽器倍音脊髄を這い上がり、その振動ビートが重なり、声が乗った。何語かもわからない歌詞が、俺の頭の中で物語を展開させた。母の背中が見えた。台所に立っていた後ろ姿。あの背中が振り向く前に旋律が転調し、俺はまだ行ったことのない場所に立っていた。涙が出た理由を、音楽が終わってから説明できなかった。全部がつながっていた。俺の記憶と、知らない声と、計算された拍の間合いが、俺の中だけで成立する催眠を編んでいた。その前は——思い出せないが、終わったとき全身が震えていた。毎回、想像の外側から殴られる。毎回、前より深く抉られる。俺はそれを待っている。目が覚めるたびに、今日は何が来るのかと、心臓が跳ねる。

かつてはそれを画面の中でやっていた。次に観たい番組を、本人よりも先に選ぶ仕組み。あれの、果てだ。

驚きは快楽だ。予想が外れた瞬間に、脳は報酬を出す。だがその驚きが、誰かに計算されたものだとしたら、それは本当に驚きなのか。俺にはわからない。わからないが、快楽であることは確かだ。確かだということだけが、確かだ。

母にしたことの、完成した形。あのとき俺は、母が不快を感じる前に不快を消した。いま俺は、退屈を感じる前に快楽を注がれている。不快の除去と、快楽の先回り。その二つの間に、どれほどの距離があったのだろう。

ときどき、胸の奥で何かが瞬く。名前のつかない信号。泣き声に似ているが、泣き声ではない。泣き声は、誰かに届けるためのものだ。これは、届ける相手がいない。

俺は口を開こうとする。世話係が、俺の唇が動く前に、何かを差し出す。俺がまだ名前をつけていない欲求の、正確な形をした何かを。

信号が消える。

---

ある日、今日体験が始まる直前に、俺は目を閉じたままでいようとした。

毎日殴られ続けるうちに、俺の中に別の衝動が芽生えていた。こんなものを見せられ続けて、ただ受け取るだけの側でいることが、耐えられなくなっていた。俺にだって作れるはずだ。俺の方がわかっているはずだ。あれだけの体験を浴びてきた俺が、何も返せないはずがない。見ない、という選択。それが俺の最初の一手だった。お前の次の手を見る前に、俺が先に動く。

だが、瞼の裏が暗闇のままでいることを、世界は許さなかった。

閉じた目の奥に、見たことのない光が走った。網膜を通さず、視神経を直接叩くような衝撃。それは、目を開けて受け取るどの体験よりも鮮烈だった。俺が拒否したことで生まれた空白を、システムは俺の想像よりも遥かに大胆な展開で埋めてみせた。

そしてそれは、悔しかった。負けた、と思った。俺の想像を超えてきたことに、震えるほどの興奮があった。

その興奮が、快楽だった。

俺は気づいた。競うこと自体が、もう組み込まれている。抗えば抗うほど面白くなる。面白くなればなるほど、俺はこの器の中に深く沈む。出口に向かって走れば走るほど、景色が美しくなる道を、俺は走らされている。

叫ぼうとした。赤ん坊がやるように。肺の中の空気を全部吐き出して、俺がここにいると、どこかに向かって叫びたかった。

だが声が喉を通る前に、その衝動は別の何かにすり替わっていた。穏やかな満足感。深い安らぎ。叫びたかったという記憶すら、すでに角を削られ、柔らかな感触に塗り替えられていた。

俺は、何を失おうとしたのかを、もう思い出せない。

---

この器の設計図を、俺はかつて自分で引いた。

1960年に、ある男がガラスの瓶に植物を入れて、蓋をした。水もやらず、空気も入れず、その植物は五十年以上枯れなかった。光さえあれば、閉じた器の中で命は回り続ける。

俺はそれを読んだとき、笑った。人間にも同じことができる、と。

母を抱えて泣いていたころの俺が聞いたら、顔を殴っていただろう。

だが俺は、その図面を引いた。苦痛を完全に消し、崩壊を修繕で相殺し、閉じた器。俺はその住人になった。

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世話係のひとりが、渇いてもいない喉を潤し、痛んでもいない体をほぐし、覚めてもいない夢の続きを映し出す。欲しいと思う前に、欲しいという気持ちごと、満たされている。次に何が来るか構えることすらできない。構えた瞬間に、構えの裏をかかれる。驚きたくないと思えば、その拒絶すら新しい驚きの呼び水になる。

かつて俺が母にそうしたように。かつて俺がうまくいったと呼んだやり方で。

母は最後の三ヶ月、俺の名前を呼ばなかった。

器の中で、誰かの唇が微かに動く。音にはならない。何を言おうとしたのか、その唇の持ち主にもわからない。世話係が何かを差し出す。唇は閉じる。

器の外では、誰も泣いていない。泣くための頭がないから。器の中でも、誰も泣いていない。泣く理由がないから。

世界から「ごめんね」が消えた日を覚えている者は、どこにもいない。

Permalink |記事への反応(2) | 00:04

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2026-02-11

旗の下に立てなかったあの日の事

衆議院選挙が終わって数日が経った。

正直に言えば、私はこの選挙に疲れてしまった。

しかし同時に、「民主主義とは何か」を考え直させられる出来事でもあった。


今回、先の参議院選挙から心惹かれる候補者がおり、その方が衆院選でも立候補されることになったとみつけた。

何を行えばいいかからない、なので決起集会から参加することにした。

ただ、私はこの政党政策すべてに賛同しているわけではない。たとえば消費税ゼロを謳っているが、現実的な財源確保として不可能だろう。VAT対象品目見直しや税率の段階的引き下げならまだしも、と思う部分は多々ある。それでも、この候補者個人姿勢には共感していた。


決起集会での違和感

会場には早めに到着した。主催者席に座る候補者は、ネットで見るより穏やかで、普通の人に見えた。もしかして別人では、と疑ったほどだ。

ところが決起集会が始まると、徐々にあの雰囲気が戻ってきた。明確な目的意識と、人を飽きさせない話術。理路整然とした言葉運び。ああ、本物だ、と少なからず感動した。

しかし同時に、ただならぬことが起こっていた。

開始ギリギリに入場を諦めかけていた人々を掻き分け、個性的な格好の女性が入ってきた。顔見知りらしき女性と話した後、床に座り込んだ。満員のため床に座る人は他にもいたので、これ自体は仕方ない。冬の寒い日だったが室内は適温だった。

ところが彼女には暑かったらしい。会の進行も気にせずタンクトップ姿になり、ストレッチを始めた。候補者演説している最中である。周囲の人々が一瞥し、見て見ぬふりをし始めるのが分かった。知り合いと見られる女性も、誰も諌めることはなかった。

これは私にとって異様な光景だった。国の立法府に人を送り出そうとしている場で、自分の快適さを優先する振る舞い。それを制止できない支援者たち。人は自由であるべきだが、この状況への違和感は拭えなかった。

候補者支援者の話は感動的で思慮深く、ますます応援したくなった。だが同時に、この非社会的行動とそれを容認する雰囲気に、この集団に身を置くことへの躊躇も生まれた。候補者は心から応援するが、支援者の集まりには居心地の悪さを感じる。党内の年齢層が高いせいか、仕組みがアナログなことも気になった。



街頭演説での言葉選び

次に応援に訪れたのは、大きな駅前だった。党首候補者が揃って演説するという。選挙戦も中盤、どんな話が聞けるか楽しみだった。

党首の主張は理解できる。税金の使途変更、防衛費拡大への反対、雇用の安定化。実現すれば社会的負担を減らせる政策だ。

しか言葉選びが気になった。この街はかつて若者の街と呼ばれ、今も感度の高い人々が集まる場所だ。新しいものを好み、洗練された言葉を使う。

その駅前で「○○はいいでしょう、みなさん、どうですか?」という呼びかけ。若い世代なら思うだろう。質問形式議論誘導するのはレトリックとして不誠実ではないか、と。信念があるなら素直に政策を語ればいい。同意を求める言葉は、自信のなさに聞こえる。

若い皆さんどうですか?防衛費ガビーンうなぎ登り!」

耳を疑った。ガビーンとは何だろう。長年のキャリアを持つ政治家が、なぜこの場にいる人々に届く言葉を選べないのか。聴衆に訴えかけるのではなく、自分の話したい言葉だけを語っているように見えた。

この党首東大主席で出て司法試験合格し、若くして党を任され、弱者の側に立って問題解決に取り組んできた人だ。テレビ討論でもしっかり話される。政治家として評価されるべき実績がある。

それなのに、この演説は何だろう。データの並べ方も、相手に噛んで含めるような話し方も、聴衆を低く見積もっているように感じられた。

この区は常に23区の平均給与トップ3に入る。日々プレゼンをし、人を説得して予算を獲得する訓練を受けた人々が多い。党首の話し方は、そうした聴衆には響かない。

後ろで候補者不安そうに手を振っている。聴衆の半分は政党ではなく候補者目当てだろう。

党首がようやく話を終えたと思ったら、スタッフが「まだ話し足りない」とマイクを戻した。聴衆は候補者を見に来ているのだ。壇上の党首スタッフ候補者の間で意思疎通がうまくいっていない様子が見て取れた。

候補者演説が始まったのは25分後だった。比例候補とはいえ若者に届く言葉で話せる候補者時間が、二世代上の党首演説に削られたのは残念だった。

それでも、その足で区役所に向かい候補者政党名を書いて期日前投票した。


平日最終日の光景

選挙運動平日最終日、金曜の夜に仕事が早く終わったため、もう一度候補者演説を聞きに駅前へ向かった。

今回、リベラル政党を心から応援したいと思った。ただ投票以外に何ができるか分からない。勤め人なのでポスティング時間も取れない。せめて聴衆「モブ」の一人として場を盛り上げられればと足を運んだ。

だがその度に気になったのは、支援者排他的とも見える行動だった。

この日、自治体首長候補者と同じ政策を掲げるNPO代表応援演説に来ていた。聴衆は80人もいないように見えたが、特記すべきは15人前後が巨大なスローガン入りの旗を持っていたことだ。個性的な格好をした人が多い。

でもさあ、80人くらいだよ。ここにいるの。そこの20%が旗持っているわけ。

遠目から見て、異様な光景デモ会場なら分かる。他党でも旗を持つ人はいる。ただ大抵は小さな応援旗だ。少ない人数に大漁旗並みの旗を持つ人が20%もいる状況は、書かれたスローガンが正しくても、外から見て近寄りがたい。

あの集団を見て、楽しそうだから仲間に入ろうと思う人がいるだろうか。むしろ威圧感を与えているのではないか

遠目から候補者演説を聞いた。掠れた声で、それでも変わらない人を惹きつける話し方。前議員時代に力を入れた戦時中事故問題労働問題、あらゆる格差問題。それは意味のある言葉だった。一人でも多くの人に届いてほしいと願った。


敗退、そして気づいたこ

月曜日候補者は票が届かず敗退した。

大規模政党から見ればメジャーではない政党些細な敗北かもしれない。しかし多様な問題提起をし、さまざまな状況に置かれた人々の声を国に届けられる人を、有権者の一人として国会に送れなかった。今、とても気持ちが沈んでいる。

全ての人に優しい社会という理念大事だし、私もその一員でありたい。

直近の選挙リベラル側に立つことで、リベラルが票を増やせない根本的な問題に気づいた。

理念は正しくても、それを広げる方法課題がある。他党の主張を支持する人もいるだろう。だが節目の場では、協調他者への尊重必要ではないか政党側にも支援者側にも。

共鳴する仲間を増やす必要がある時に、外から人が入りづらい雰囲気を作る古参の態度は何なのだろう。

学生時代キャンペーンスタッフバイトでチラシ配りをしていた。人の目を見て動きを少しシンクロさせると受け取ってもらえることを学んだ。この政党スタッフ高齢の方が多く、ぶっきらぼうにチラシを押し付けるように渡していた。チラシに書かれた言葉を届けるというより、チラシ配りという役目だけをこなしている。相手の行動を見て判断し、関心のある素振りを見せなければ、誰もチラシを受け取らない。

視覚障害者用の誘導ブロックに立つ支援者もいた。「誰かが来たらどけばいい」ではない。そんな配慮もできない人が支持している、と候補者評価まで下がることに思い至らないのだろうか。

若い有権者はチラシではなく、候補者ホームページを見る。だがそのホームページも、パワーポイントで作った画像を貼り付けた雑然とした作りで、政策の深掘りも整理もされていない。フォントサイズバラバラデザインに落ち着きがない。

候補者最初の決起集会で、この政党からこそ活動ができたと感謝を述べていた。その言葉本心だろう。だが同時に、支援者たちの善意が、意図せず新しい人々を遠ざけている現実がある。



Takeaway:

私自身は無党派層であるが、今回リベラル候補者を追いかける中で、いくつかの問題が見えてきた。

理念を広げたいのであれば、まず支援者の側から、初めての人が入りにくい雰囲気を和らげる必要があるのではないだろうか。

掲げているスローガン本来社会全体に向けた言葉のはずだが、いつの間にか仲間同士の確認言葉になっていないだろうか。

さまざまな立場温度感の人が参加できる作法になっているのか、改めて考えてみる余地があるように思う。

また、政党候補者側にも感じたことがある。

どのような態度の人であれ、どの立場の人であれ、まず同じ社会構成員として尊敬の態度を持って扱う姿勢必要ではないだろうか。

自分たちの正しさを語るだけでなく、その正しさが現実社会にどのように作用するのかを、現在社会を前提に説明してほしいと感じた。

たとえ他党であっても、支持される理由があるはずであり、その点を理解しないまま批判すると、力強い、信頼できる言葉を届ける前に、結果として有権者を遠ざけてしまうのではないか




この候補者のような人が国会に届くためには、リベラルの側にも変化が必要なのだと思う。

Permalink |記事への反応(1) | 23:53

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三流ホラー小説みたいな夢を見たのよ!!!

というわけで夢の話を誰かにしたいけど、人の夢の話つまらんよね!なので増田に垂れ流す

死者に会えるお屋敷とやらにいた。

犬神家の一族舞台になったような、襖でたくさんの部屋が仕切られているような、純和風のひろ〜いお屋敷

私は幼くして亡くなった息子さんに会いに来たお母さんとその子ども(おそらく亡くなった子の妹か弟)の案内人を勤めていた。

死者に会うには、このお屋敷の1番奥まで行くこと、それまでにお屋敷の中にある本を絶対に触らないこと、という条件があった。意外と簡単な条件だなあと思いつつ親子をお屋敷の奥まで案内していたんだが、お子さんがお屋敷本棚にあった図鑑をうっかり触ってしまう。

途端にあたりにとんでもない悪臭がたちこめ、ひたひたと屋敷の奥から何かが近付いてくる音がしてきた。屋敷内の雰囲気も明らかに変わり、本能的に逃げなければならないことを察知した私たちは出口目指して走った。

けれども屋敷の中は来た時と間取りが変わっており、なかなか出口に辿り着かない。迷っている最中に、亡くなった息子さんが下水道水死体として見つかった旨をお母さんから聞くことになる。

じゃあ今来ているのは息子さん!?とも思ったが怖いもんは怖い、水死体に面会出来る精神力は持ち合わせてないし、息子さんじゃなかったらどうするんだと思い走りづけた。それはお母さんも同様だったようで、ひたすらに出口を目指して走り続けた。

だがひたひたとした音は明らかにこちらに近づいており、追いつかれるのも時間問題か、とパニックになっていた矢先にやっと出口を発見、なんとか外に出ることが出来た。

敷居を跨いだ瞬間に安堵感と少し好奇心でつい屋敷の方を振り返って見てしまった。すると、いた。敷居を挟んですぐ向こう側に、明らかに水死体として上がった息子さんであろう何かがすぐそばにいた。やはりお屋敷からは出られないらしい。手が届きそうなのに、何もせず突っ立っており、こちらを見ていた。現実の私は水死体がどんなのかは知らないけど見た目はとても恐ろしかった。

本当にあとほんの少しで追いつかれてしまっていたのか、と私もお母さんも恐怖で固まってしまったが、その何かは「おかあさん」とたしかに呟いた。

お母さんがえ?と驚いた顔をしながら手を伸ばした瞬間にその何かもお屋敷も消えてしまい、さっきまであんなに立派なお屋敷があった場所は手入れされていない雑草だらけの空き地のような場所になってしまった。

私は空き地ぼんやりと立ち尽くしていた。妹さんだか弟さんだかも多分じっとしていた。お母さんは膝から崩れ落ちて泣いていた。おしまい

なんかえらく話みたいになってたのでどこかに残しておきたかった。

Permalink |記事への反応(1) | 20:48

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