Movatterモバイル変換


[0]ホーム

URL:


はてラボはてな匿名ダイアリー
ようこそ ゲスト さんログインユーザー登録

「坊ちゃん」を含む日記RSS

はてなキーワード:坊ちゃんとは

次の25件>

2025-11-21

朝ドラでずっこける増田の朝あの出すマルケコッズデラ土さあ(回文

おはようございます

今やってる朝の連続テレビ小説『ばけばけ』面白いわよ。

主人公トキがヘブン先生のちの小泉八雲勘違いして妾として迎え入れられるか否か!って時に、

ヘブン先生抱きません!って言うじゃない

抱くんかい抱かへんのんかい抱くんかい抱かへんのんかい抱くんかい抱かへんのんかい毛細血管詰いっぱいまってるとこ脇~って言って、

みんなでずっこける

ヘブン先生のところにおトキちゃん家族が押しかけていてそんな騒動を繰り広げるものから

なんかよしもと新喜劇みたいで、

私も思わず抱かへんのんかーい!ってずっこけちゃったわ。

ときおりおトキちゃん家族もめ事が起こる先で動員してみなでずっこけさせるこの手法に長けているわ。

トキちゃんも誤解で妾として招かれてヘブン先生と夜のお供をーってなんかそんなシーンも匂わせながらも、

ヘブン先生の抱きたくない!って一言

わずトキちゃんもそれはそれで失礼じゃないですかって抱かへんのんかーい!ってなっちゃっていたところがもう総員ずっこけどころね。

清水家の坊ちゃん三之丞さんは、

家業が潰れちゃったのでなんとかして働かなくちゃ!って一生懸命いろんなところに出向くんだけど、

三之丞さんはいきなり押しかけていってここの社長にして下さい!って

いきなりそうはならんやろ!ってみんなでまたずっこける。

そして至って三之丞さんは真面目な真顔。

あと一番謎で且つ気の毒だったあれなんだったの?って思ったのが、

最初におトキちゃん結婚した銀二郎さん

あれおトキの家最初から貧乏だって分かっていてなんで損なところにわざわざ婿に行くわけ?

当時の世の中のしきたりがよく分からいから、

なんでわざわざ?って思うけど、

結局銀二郎さんはおトキちゃんの家から出て行っちゃったし。

とにかく、

トキのお爺さんの勘右エ門がなんかがあると天誅!っつって木刀をもって暴れ回ってそれを家族総勢で止めにはいって、

え?それ誤解だったの?ずこー!ってみんなでコケる手腕に長けていて、

炊き立てのご飯朝ご飯として箸でお口に運ぶ動作の手も止まってしまうほど夢中になってしまって魅入っちゃうこと多々ありまくりまくりすてぃーなのよ。

そのあと、

我に返ってぱくぱくご飯を食べるんだけどね!

卵かけご飯でさ、

なんか割った生玉子を一回他の器に着地させてから卵についている白い紐のようなもの神経質に取り除こうとする人をたまに見かけるじゃない。

あの白い紐のようなもの名前カラザって言うんだってーってぐらい、

我に返って私はそんなカラザも気にしない生玉子を直接ほかほかの炊き立てのご飯の上にダイブさせるタイプスタイル方式で生玉子かけご飯を作ることに必死だったことすらも忘れていたわ。

たぶん、

よくシーエムとかで醸し出す謎のシズル感あるじゃん

スローモーションで高いところから主役の食材を落して、

例えばでいうところのお米の銀シャリの上にお鮨のネタシャリの上でワンバンドてふんわり着地してとびきりの鮮度で美味しいですよ!って

その銀シャリにワンバンドでのっかってくるネタが鰻だったらって思うともはや超ハイコンテクストよね。

そんでさ、

高いところから水の雫を水面に1滴落して

水面に着地した水滴が波紋王冠を作る水だけどなんて言うかミルククラウンのあの謎のそれなんてはごろもフーズ?って言うほどのシズル感

そう思わざるを得ないドタバタな展開に思わず笑っちゃう朝ドラ『ばけばけ』なのよ。

ばけばけは15分だけどゲバゲバは90分にも程があるわよね!

私思うんだけど、

朝ドラ史上主人公のお母さん役で一番お母さん役としてめちゃくちゃ仕上がっているランキング堂々1位獲得のフミ役の池脇千鶴さんのお母さんっぷりなのには圧巻だわ。

それだけでたっぷりって感じ。

あれ役作りであそこまでお母さん感を仕上げてたのかしら?

役者魂すごいわ!って思ったわ。

私はご機嫌さんで上出来に朝のタマゴかけご飯を仕上げていたのとは大違いね

私も思わずすっ転びそうになっておかわり卵かけご飯しちゃいそうになったわ!

いやしていいんだけどね。

もりもり食べ野菜って鈴木杏樹さんばりに食べるわ!

おかわりが弾む朝ドラも珍しいわよね。

時間があるときに本放送まで追っかけて観て追いつかなきゃ。

から悠長に卵かけご飯食べている場合じゃないし、

シジミ買ってこなくちゃ!ってところね。

うふふ。


今日朝ご飯

珍しく炊き立てのご飯に卵も生玉子が買ったばかりのがあったので、

これぞ!生玉子かけご飯チャンス到来!ってところでこのチャンスを逃さないで前髪をつかんだところでしっかり食べて今日も元気に出発よ!

デトックスウォーター

ホッツ白湯ストレートウォーラーばかりなので、

レモン果汁ポッカレモンインして多少のレモン風味いかすFUを加えてみた、

ホッツ白湯レモンウォーラーってところかしら。

ちなみにFUってのは雰囲気のFUね。

相変わらず大活躍タイマー運用できて70℃のホッツ白湯飲み頃の温度キープしてくれる電気ポットがとても便利だわ。

ホッツ飲んで身体の中から温めて身体を起こすのよ。


すいすいすいようび~

今日も頑張りましょう!

Permalink |記事への反応(0) | 09:13

このエントリーをはてなブックマークに追加ツイートシェア

2025-11-17

anond:20251117104818

髪型分かんないから短くしてもらえたらいい

坊ちゃん刈りやだけど仕方ない

Permalink |記事への反応(0) | 10:50

このエントリーをはてなブックマークに追加ツイートシェア

ニートだけどおっちゃんなのに坊ちゃん刈りにされる

短くしてくださいって言ってるだけなのに

Permalink |記事への反応(3) | 10:13

このエントリーをはてなブックマークに追加ツイートシェア

2025-11-13

絶対言葉遣い矯正するな

anond:20251112175613

俺は一人っ子で父母ともに大人しく行儀の良い人間だったのでいわゆる乱暴言葉とはそこそこ無縁で育った。

ドリフひょうきん族も見ない家庭だったので、別に親はそう意図したわけでもないと思うが純粋培養みたいな環境だったと思う。ちょっと言い過ぎか。別に息が詰まる家庭とかそういうレベルじゃない。いわゆるお坊ちゃん育ちみたいな感じといえば伝わるか。

おまけに俺自身一人遊びが割と好きで良くも悪くも周囲の友達言葉遣いの影響を受けることも少なかった。

しかしこれは大人になって気がついたことだが、友人関係を深めるには売り言葉に買い言葉というか、悪意も他愛もない乱暴言葉応酬ってのが一役買うことがある。

日常のふざけ合いじゃれ合いもそうだし、あるいはちょっと嫌なことをされたとき瞬発的に「ざけんなバーカ」と笑って言い返せるかどうかは友人関係においてまあまあ大事ことなんじゃないかと思う。もちろんほんとに嫌なら笑わなくていいがそのあたりの塩梅学習していくためにも、ある程度勢いのある言葉をポンと出せるかどうかの違いは大きい。

俺は男だが女でも同じだ。

娘が二人いるがまあ若者言葉全開で口が悪い。しかし本人たちは楽しそうだしちゃんとした場ではちゃんとした言葉を使っている。だから心配はしていない。

じつは子育て上も、「乱暴言葉」は役に立つ。

子がちょっとした悪さ(家の中でボール遊びしてぶつかったとか、それこそ親に対して乱暴言葉を使ったとか)をしたときコンコンと諭すように説教するには大げさだし、真面目なトーンでピシャリと注意するのもなんか違うなって場面はままある。そういうとき「なんだコラ?あ?」などと笑ってすごんで見せると場が和みつつ、ちょっとだけ「悪さ」を牽制できる。実に便利だ。親のタイプを問わない。いかついタイプの親がやればハマってて笑えるし、おっとり優しいタイプの親がやればギャップ萌えインテリタイプがやればインテリヤクザだ。楽しそうだろう?

こういう対応ができるようになったのも、子どもたちが俺に乱暴言葉を教えてくれたおかげだ。乱暴言葉も使いようだなとアラフォーにして初めて知ったよ。それ以来、子どもたちやその友達、あるいは自分の友人なんかを注意して見てると、できるやつはたぶん子供の頃からそういうコミュニケーションができていて、これもまた「コミュ力」の一要素か、などと思う次第。

「悪い言葉」はわざわざ意識して身につけるもんでもないと思うが、使い方次第で有益なのは間違いない。ジェンダー関係なく、子どもが今そういうふうな感じならあえて直さなくていいと思うよ。父親として「息子はいいが娘はちょっと」みたいな動機ならなおさらだ(ただまあ気持ちはわかる)。

それが原因で友人関係に傷つけてないか? 先生友達の親御さんやご近所さんに悪い言葉遣いをしてないか? など簡単チェックポイントだけ脳内で設定しておいて見守ってればいいじゃないかな。「ちゃんとした言葉」も「悪い言葉」も両方使いこなせるなら、そっちのほうがいいじゃん?

Permalink |記事への反応(0) | 06:56

このエントリーをはてなブックマークに追加ツイートシェア

2025-11-10

はてな匿名シャンメリーanond:20240221130800

未成年飲酒だとかなんとか騒がれて(いやチクられて?)キャンセルされたくない坊ちゃんちゃんは、クリスマスドンチャカ騒ぎなどの際にゼヒ活用しようなw

Permalink |記事への反応(1) | 15:06

このエントリーをはてなブックマークに追加ツイートシェア

2025-11-09

19歳で酒飲んだら社会的死を迎える世界、誰が望んでるの???

40歳の俺からすると、こんなことで騒いでいるのがアホくさすぎて涙出てくるんだけど

誰がこんな世界を望んでいるの?

「18,19歳飲酒は難しい問題だよな…」とかしたり顔で語ってるアホいるけど

全然難しい問題じゃないだろ

 

とは言っても1020代

20歳未満の飲酒法律違反!!!絶対やっちゃダメなんだゾ!!」

とか言ってるお坊ちゃんもたくさんいるみたいだから

そういう、『社会で生きづらそうな人たち』を量産してしまったリベラルの人は自らの行いを反省するべきだよね

Permalink |記事への反応(4) | 06:40

このエントリーをはてなブックマークに追加ツイートシェア

2025-10-30

日本人メイドインジャパンしてると思っているのは情弱

工場見てみろ

外国人だらけ

技能実習生が作ったものふるさと納税で安く買ってるんよな

日本製好きな人は卒倒するだろうな

受験塾行っているお坊ちゃんではマネ出来ない高品質クオリティ

それは外国人がやっている

塾言って大学行って大企業に行ってすることは設計をしたり工場勤務に指示を出すことである

Permalink |記事への反応(0) | 23:50

このエントリーをはてなブックマークに追加ツイートシェア

2025-10-09

安倍晋三イメージって、進次郎みたいだった記憶があるんだが

小泉内閣内閣官房やってたころの安倍晋三って、おとなしくて育ちがいいお坊ちゃん、みたいなイメージだったんだけどな。

まんま進次郎。

Permalink |記事への反応(3) | 12:42

このエントリーをはてなブックマークに追加ツイートシェア

2025-09-26

anond:20250925130326

ていうかあらためて元記事よんできたけどNHKはわりとまともで元増田こそおかしいわ。フィルターバブルからでてきたほうがいいよ

おまえの元記事を先によんだからNHKがポカやったのかとおもったら全然まともだった、俺のいいたいことはあれでいいわ

「まともになってる」のはおかみの目がとどくとこだけだよ

なにしろ地方てのは東京にくらべて人間がいないんだから密室がどこにでもある

密室ママに甘やかされてきた地方のお坊ちゃん経営者たちがまともにうごくわけねえわ

Permalink |記事への反応(0) | 18:52

このエントリーをはてなブックマークに追加ツイートシェア

2025-09-22

清太はアホなのか

言っとくけど、エリート家系坊ちゃんっていう背景もあるからな。

ソババアにヘコヘコしながら生きる位なら玉砕した方がいいですねえ! やりますねえ!

Permalink |記事への反応(0) | 12:42

このエントリーをはてなブックマークに追加ツイートシェア

2025-08-25

嫁との文化的バックグラウンドが違いすぎる

嫁は田舎出身で閉塞的な田舎文化に染まっている。

嫁いわく大学に行かせるのは子供可哀想医者になる以外は大学無意味どころか悪という価値観

夫(ワイ)は旧帝大大学院まで行ったのだが努力を認めるどころか、むしろ世間知らずでわざわざお金を払って無駄な苦労をするバカ勉強ばっかりさせられてきたお坊ちゃまと言ってくる。

嫁だけならまだしも嫁の親族もそんな雰囲気を感じる。言葉で直接言われることはないけど、何考えているかからないお高く止まってるお坊ちゃんと思われていそうな雰囲気

別にわいは勉強強制されてイヤイヤやってきたわけではないし、色々な知識欲を満たせて良かったと思っている。

嫁はまず知識欲みたいなもの理解できず何を言っても伝わらない。

勉強は悪。伸び伸び育てる上での邪魔しか無いという価値観

小学生から椅子に縛り付けて勉強させないと旧帝大なんて入れないと思ってる感じがある。

実際そんなこと無いのに周りに地元大学以上の大学に行く人が少なすぎて変なドラマ漫画知識しかないんだろう。

嫁に任せていたら確実に子供教育の機会を奪われるだろうけど、それは避けたい。

Permalink |記事への反応(6) | 13:13

このエントリーをはてなブックマークに追加ツイートシェア

2025-08-10

演技下手な俳優

でも本当にいい役ってあるな

棒読みがハマり役になってるというか。

そういうの好き。


有名どころだとコンフィデンスマンの東出とか。坊ちゃん感が出てるの面白いスタイルや顔に対してあの演技だからだろうか?

捜査課長ナイツ塙とか。ドラマコント感が増しててマジで面白い

今期ドラマだと大捜索の嵐相葉がとてもいい。

コネで入ってきた(と思われてる)新人ボンボン役なんだけど、自分立場をいい方向に利用して、犯人権力者の息子だから捜査中止にする!とか言っている上司圧力をかけたりするのが面白い

あの棒っぽい演技がハマってると思う。

脚本家がこの立場を用意したの上手い。あてがきかな?


上手い人ばかりの作品ももちろん好きだけど

たまに現れるハマり棒演技が好き。

ただの棒だと駄目で、うまいこと棒感をいい方向に利用している必要がある。


アニメだとソウルイーターマカとかも。アニメだとかなりレアケースに思えるけど。

風立ちぬ庵野個人的には良くない棒演技だったな。

コメディっぽさはいるかもしれない。

Permalink |記事への反応(0) | 20:35

このエントリーをはてなブックマークに追加ツイートシェア

2025-08-09

東京23区は本当に特別な街

ある日、コネ入社ではと密かにウワサされていた職場の後輩が無遠慮な先輩から

「なあ、お前ってお坊ちゃんなん?」

といきなりぶっ込まれていた。

全然坊ちゃんじゃないです。庶民です」


後輩が慌てて否定するも

「出たよ絶対うそ!!!ていうかお前の大学からうちの会社入るの5年振りやぞ」

と先輩はしつこい

(ちなみに、後輩はやはりコネ入社してきたお金持ちで父親が某巨大グローバルメーカー広報部長あられた。)。

後輩が苦笑いしながら

「いやぁ……お金持ちの親ならわざわざ神奈川県に家なんて買わないですよ」

と返すと、

先輩はまるで憑き物が取れたかのように

「あっ……確かにそうだな」

完璧に納得して一発で引き下がった。

このやり取りを傍らで見ていて、生まれも育ちも千葉県船橋市の俺は衝撃を受けた。

"神奈川に家を買う→金持ちではない"

という論理式をイキリとかではなく物の道理としてすんなり呑み込める階層人間がこの世に存在することに衝撃を受けた。

この先輩は生まれも育ちも日本橋で幼稚舎から慶応である祖父叔父、両親、兄弟全員が慶応幼稚舎出身だと言っていた。


さて、

ある日の晩にガキの使いを観ていたときのこと。

ガキ使メンバードライブをしながら車内から見える看板や店などの光景を手掛かりにひたすらトリビア披露し合ってその数を競うという企画だったのだが、多摩川大橋を渡って大田区から川崎市突入するとき

「おっ、これ渡ったら神奈川県や」

「これだんだん難しくなりますよ~何も無くなって来ますからねえ」

「店とかも少なくなりますからねえ」

気合を入れ直してたのを見て俺は大変な衝撃を受けた。

いや、五反田戸越とかならともかく、もう中延とか二葉になると川崎市幸区なんかと国道沿いの風景や賑わいは全然変わらないから。

ましてや馬込池上矢口なんかだと反町とか本牧以下まである


今思い出した。

目黒で生まれ育った友達と会話してたらふとしたときに露悪ではなく真顔で

小金井市はあれ東京って言わないから」

とまるでこっちにファクト面での誤謬があったかのような感じでツッコミを入れられたこともある。



東京23区に定住するってめちゃくちゃ特別ことなんだな。

強がりじゃなくてナチュラル特別意識があるやん。


船橋とかどう思われてんだろ。

マジで悪気なく化外の地くらいに思われてんじゃねえのか?

Permalink |記事への反応(1) | 10:31

このエントリーをはてなブックマークに追加ツイートシェア

2025-08-07

MO当時、坂本龍一飲み屋で偶々見かけた松田優作に「おう、優作!」って気安く話しかけ行ったら

https://anond.hatelabo.jp/20210603134218

そのとき松田優作と一緒に飲んでた内田裕也ファミリーの連中に

「てめえコラ、気安く呼び捨てしてんじゃねえよ!!!!」

と血相変えてマジ切れされて半泣きで謝って退散したって話を聞いたことある

真偽不明らしいけど俺は本当だと思ってるし、この話は好きだ。

河出書房インテリ編集者の家に生まれて、塩崎官房長官幼稚園から幼なじみで、物心ついた時からピアノ英才教育受けてきて、都立新宿高→東京藝大に進学するような龍一坊ちゃんなんて、

所詮女子供運転手スタッフとか自分より弱い者あるいは、看板とか窓ガラスとかモノに対してくらいしか腕力絶対に振るえないんだよ。

普通に考えたら分かる。

ファンは痛々しい陰キャしかいないから「あの人をキレさせたらヤバい!!!」とか陰キャらしく素直に信じてるけど。

Permalink |記事への反応(0) | 15:07

このエントリーをはてなブックマークに追加ツイートシェア

2025-08-04

anond:20250804043300

投資家短期的な成長しか見ない?そんなバカな。だったらなんでアメリカを中心にこんなPERが高いの?

正に「短期的な成長に賭けるしかない」からPER歴史的に割高になっちゃてるんだよ🤪

カネ余りなのに目に見えて成長している産業がないから、MAG7みたいなのに資金集中させるしかない

上がるから買う、買うから上がるの需給ドリブンのマネーゲームに君みたいな「金融リテラシーの高い」坊ちゃんちゃん

成長だと勘違いして虎の子お小遣いをぶち込んでるのが昨今のインデックス買って寝ときOK相場なんだな🤣

Permalink |記事への反応(1) | 07:45

このエントリーをはてなブックマークに追加ツイートシェア

2025-07-31

anond:20250731025456

金を出すのに躊躇しないお坊ちゃんお嬢ちゃん趣味かと思ってたが

人足提供しないとコネが維持できないのか

Permalink |記事への反応(0) | 11:35

このエントリーをはてなブックマークに追加ツイートシェア

2025-07-22

政治家に賢さは必要か?

安倍晋三って親も祖父東大だろ?

親族絶対高学歴にしたかったと思うんだよね。

東大家庭教師もつけたわけだし。

寄付金で裏口で入れるならいくらでもしたと思うんだけど、成蹊だろ?

今ほど東京私大偏差値が上がってなかった時代成蹊だろ?

留学したってPh.Dどころか修士MBAも取ってきたでもないし、学校勉強っていう意味での、頭の出来はよくなかったんだろうなって思う。

あの時代に、寄付金がっぽり出せる家庭の坊ちゃんだったら、早稲田慶應もよっぽどバカじゃなければ受け入れたと思うよ。

提出物さえ出せば学位でもなんでも授与したと思うよ。

よっぽど、ダメだったんじゃないかな。

ここまで書くとディスってるみたいだけど、ディスるつもりはないんだ。

でも、名宰相だったろ?

よくやったよ。

答弁で賢いなぁって思ったことはないし、著書だってタイトル以外本人はほとんど書いてないと思う。

でも、政治家必要なのって、調整力で、受験エリート政治家をやればいい政治ができるっても思わないんだよね。

Permalink |記事への反応(0) | 13:07

このエントリーをはてなブックマークに追加ツイートシェア

2025-07-19

anond:20250718014412

エリートだらけと言うなら政治家自体東大卒ゴロゴロいるし、東大とは言わなくても良い大学を出たお坊ちゃんお嬢ちゃんだらけなはずなのだけど、こうして反発を受けるのは若すぎるからなんだろうか

Permalink |記事への反応(0) | 13:51

このエントリーをはてなブックマークに追加ツイートシェア

2025-07-12

他人女性を指して娘さんと言うが、それの男バージョンってないよな?血縁関係って意味がない場合呼び方

子供だったら女はお嬢ちゃんで男はお坊ちゃんだし、大きくなったら姉ちゃんちゃんってのはある。年取ったらおばさんおじさん。全部通りすがりの人を呼び止めたりするような、他人に対して使える言葉だ。でも娘さんと対応するのはなくない?誰かの子って時に限れば、娘さんに対応するのは息子さんだけど。

Permalink |記事への反応(0) | 17:23

このエントリーをはてなブックマークに追加ツイートシェア

2025-07-06

anond:20250706012944

まず小学校お受験させる意味とは?

個人的にはお受験小学校ってひまわり学級も団地の子供も知らない「世間知らずのお坊ちゃん養成機関だと思ってる。

私立小学校出身者を何人か知ってるが、半数が無意識レベルで"鼻につく雰囲気"をかもしている。

で、小論文についてだけど

5歳児時点の子もの能力差なんてたかが知れてる。

私立小学校は優秀な子供が欲しい一方でむしろ勉強に熱心な家庭が欲しいという面もある。

から子供能力を選別したいのと同時に「お受験ネットワーク」に詳しい親も見ているわけ。

お受験情報に疎い親なんて要らないし、子どもお受験のためならなんでもしますという奴隷属性を見てる。

あるいは、実は小論文の内容は関係ないのかもしれない。

実際は親の属性を見ていて「稼いでいそうか」「社会的立場がありそうか」でしか判断していない可能性がある。

小論文で多少差別化できそうな内容を出しておけば小論文で差をつけているんだとアピールやすいというだけ。

いってしまえば小論文はただのカモフラージュ

不合格だった人には「小論文ができていなかった」とだけ言えばいい。本当の理由は親の年収だったとしても。

後者場合問題なく合格でしょうね。

Permalink |記事への反応(1) | 01:58

このエントリーをはてなブックマークに追加ツイートシェア

2025-07-02

anond:20250702125817

ぶっちゃけ欧米アジア人差別日本人女は強い。日本性別差別に慣れてるので差別を喰らっても(あえて海外に行くような女だと特に)反撃できるし大してなんとも思わん。

海外に行く日本人男の方がマジョリティで生きてきてわりと心優しいソフトエリート層の坊ちゃんが多いのでメンタルやられる。留学生界隈見てたらわかると思うが

Permalink |記事への反応(4) | 20:17

このエントリーをはてなブックマークに追加ツイートシェア

2025-06-28

anond:20250628044144

理想はそうかもね。でも国会議員東大出身率ってそんなに多い?

国会議員がそんなたいそうご立派な方々の集まりには見えないですが。

色物タレントもいれば2世政治家のお坊ちゃんもいれば宗教団体からゴリ押しされてる人もいる。

Permalink |記事への反応(1) | 13:09

このエントリーをはてなブックマークに追加ツイートシェア

2025-06-25

anond:20250624165709

リアル介護や看病で疲弊したり困窮してる親の姿とか見たことないんだと思う。

そういうハード現実から切り離された綺麗な理屈世界で生きてるお坊ちゃんが多いんでしょ。

Permalink |記事への反応(0) | 08:58

このエントリーをはてなブックマークに追加ツイートシェア

2025-06-23

anond:20250623202901

 しかし、事態は、実に思いがけなく、もっと悪く展開せられました。

「やめた!」

 と堀木は、口をゆがめて言い、

「さすがのおれも、こんな貧乏くさい女には、……」

 閉口し切ったように、腕組みしてツネ子をじろじろ眺め、苦笑するのでした。

お酒を。お金は無い」

 自分は、小声でツネ子に言いました。それこそ、浴びるほど飲んでみたい気持でした。所謂俗物の眼から見ると、ツネ子は酔漢のキスにも価いしない、ただ、みすぼらしい、貧乏くさい女だったのでした。案外とも、意外とも、自分には霹靂へきれきに撃ちくだかれた思いでした。自分は、これまで例の無かったほど、いくらでも、いくらでも、お酒を飲み、ぐらぐら酔って、ツネ子と顔を見合せ、哀かなしく微笑ほほえみ合い、いかにもそう言われてみると、こいつはへんに疲れて貧乏くさいだけの女だな、と思うと同時に、金の無い者どうしの親和(貧富の不和は、陳腐のようでも、やはりドラマ永遠テーマの一つだと自分は今では思っていますが)そいつが、その親和感が、胸に込み上げて来て、ツネ子がいとしく、生れてこの時はじめて、われから積極的に、微弱ながら恋の心の動くのを自覚しました。吐きました。前後不覚になりました。お酒を飲んで、こんなに我を失うほど酔ったのも、その時がはじめてでした。

 眼が覚めたら、枕もとにツネ子が坐っていました。本所大工さんの二階の部屋に寝ていたのでした。

「金の切れめが縁の切れめ、なんておっしゃって、冗談かと思うていたら、本気か。来てくれないのだもの。ややこしい切れめやな。うちが、かせいであげても、だめか」

「だめ」

 それから、女も休んで、夜明けがた、女の口から「死」という言葉がはじめて出て、女も人間としての営みに疲れ切っていたようでしたし、また、自分も、世の中への恐怖、わずらわしさ、金、れい運動、女、学業、考えると、とてもこの上こらえて生きて行けそうもなく、そのひとの提案に気軽に同意しました。

 けれども、その時にはまだ、実感としての「死のう」という覚悟は、出来ていなかったのです。どこかに「遊び」がひそんでいました。

 その日の午前、二人は浅草の六区をさまよっていました。喫茶店はいり、牛乳を飲みました。

あなた、払うて置いて」

 自分は立って、袂たもとからがま口を出し、ひらくと、銅銭が三枚、羞恥しゅうちよりも凄惨せいさんの思いに襲われ、たちまち脳裡のうりに浮ぶものは、仙遊館の自分の部屋、制服蒲団けが残されてあるきりで、あとはもう、質草になりそうなものの一つも無い荒涼たる部屋、他には自分のいま着て歩いている絣の着物と、マント、これが自分現実なのだ、生きて行けない、とはっきり思い知りました。

 自分がまごついているので、女も立って、自分のがま口をのぞいて、

「あら、たったそれだけ?」

 無心の声でしたが、これがまた、じんと骨身にこたえるほどに痛かったのです。はじめて自分が、恋したひとの声だけに、痛かったのです。それだけも、これだけもない、銅銭三枚は、どだいお金でありません。それは、自分が未いまだかつて味わった事の無い奇妙な屈辱でした。とても生きておられない屈辱でした。所詮しょせんその頃の自分は、まだお金持ちの坊ちゃんという種属から脱し切っていなかったのでしょう。その時、自分は、みずからすすんでも死のうと、実感として決意したのです。

 その夜、自分たちは、鎌倉の海に飛び込みました。女は、この帯はお店のお友達から借りている帯やから、と言って、帯をほどき、畳んで岩の上に置き、自分マントを脱ぎ、同じ所に置いて、一緒に入水じゅすいしました。

 女のひとは、死にました。そうして、自分だけ助かりました。

 自分高等学校の生徒ではあり、また父の名にもいくらか、所謂ニュウス・ヴァリュがあったのか、新聞にもかなり大きな問題として取り上げられたようでした。

 自分海辺病院収容せられ、故郷から親戚しんせきの者がひとり駈けつけ、さまざまの始末をしてくれて、そうして、くにの父をはじめ一家中が激怒しているから、これっきり生家とは義絶になるかも知れぬ、と自分に申し渡して帰りました。けれども自分は、そんな事より、死んだツネ子が恋いしく、めそめそ泣いてばかりいました。本当に、いままでのひとの中で、あの貧乏くさいツネ子だけを、すきだったのですから

 下宿の娘から短歌を五十も書きつらねた長い手紙が来ました。「生きくれよ」というへんな言葉ではじまる短歌ばかり、五十でした。また、自分の病室に、看護婦たちが陽気に笑いながら遊びに来て、自分の手をきゅっと握って帰る看護婦もいました。

 自分の左肺に故障のあるのを、その病院発見せられ、これがたいへん自分に好都合な事になり、やがて自分自殺幇助ほうじょ罪という罪名で病院から警察に連れて行かれましたが、警察では、自分病人あつかいにしてくれて、特に保護室収容しました。

 深夜、保護室の隣りの宿直室で、寝ずの番をしていた年寄りのお巡まわりが、間のドアをそっとあけ、

「おい!」

 と自分に声をかけ、

寒いだろう。こっちへ来て、あたれ」

 と言いました。

 自分は、わざとしおしおと宿直室にはいって行き、椅子腰かけ火鉢にあたりました。

「やはり、死んだ女が恋いしいだろう」

はい

 ことさらに、消え入るような細い声で返事しました。

「そこが、やはり人情というものだ」

 彼は次第に、大きく構えて来ました。

「はじめ、女と関係を結んだのは、どこだ」

 ほとんど裁判官の如く、もったいぶって尋ねるのでした。彼は、自分子供とあなどり、秋の夜のつれづれに、あたかも彼自身が取調べの主任でもあるかのように装い、自分から猥談わいだんめいた述懐を引き出そうという魂胆のようでした。自分は素早くそれを察し、噴き出したいのを怺こらえるのに骨を折りました。そんなお巡りの「非公式訊問」には、いっさい答を拒否してもかまわないのだという事は、自分も知っていましたが、しかし、秋の夜ながに興を添えるため、自分は、あくまでも神妙に、そのお巡りこそ取調べの主任であって、刑罰の軽重の決定もそのお巡りの思召おぼしめし一つに在るのだ、という事を固く信じて疑わないような所謂誠意をおもてにあらわし、彼の助平の好奇心を、やや満足させる程度のいい加減な「陳述」をするのでした。

「うん、それでだいたいわかった。何でも正直に答えると、わしらのほうでも、そこは手心を加える」

ありがとうございますよろしくお願いいたします」

 ほとんど入神の演技でした。そうして、自分のためには、何も、一つも、とくにならない力演なのです。

 夜が明けて、自分は署長に呼び出されました。こんどは、本式の取調べなのです。

 ドアをあけて、署長室にはいったとたんに、

「おう、いい男だ。これあ、お前が悪いんじゃない。こんな、いい男に産んだお前のおふくろが悪いんだ」

 色の浅黒い、大学出みたいな感じのまだ若い署長でした。いきなりそう言われて自分は、自分の顔の半面にべったり赤痣あかあざでもあるような、みにくい不具者のような、みじめな気がしました。

 この柔道剣道選手のような署長の取調べは、実にあっさりしていて、あの深夜の老巡査のひそかな、執拗しつようきわまる好色の「取調べ」とは、雲泥の差がありました。訊問がすんで、署長は、検事局に送る書類をしたためながら、

からだを丈夫にしなけれゃ、いかんね。血痰けったんが出ているようじゃないか

 と言いました。

 その朝、へんに咳せきが出て、自分は咳の出るたびに、ハンケチで口を覆っていたのですが、そのハンケチに赤い霰あられが降ったみたいに血がついていたのです。けれども、それは、喉のどから出た血ではなく、昨夜、耳の下に出来た小さいおできをいじって、そのおできから出た血なのでした。しかし、自分は、それを言い明さないほうが、便宜な事もあるような気がふっとしたものですから、ただ、

はい

 と、伏眼になり、殊勝げに答えて置きました。

 署長は書類を書き終えて、

起訴になるかどうか、それは検事殿がきめることだが、お前の身元引受人に、電報電話で、きょう横浜検事局に来てもらうように、たのんだほうがいいな。誰か、あるだろう、お前の保護者とか保証人かいものが」

 父の東京の別荘に出入りしていた書画骨董こっとう商の渋田という、自分たちと同郷人で、父のたいこ持ちみたいな役も勤めていたずんぐりした独身の四十男が、自分学校保証人になっているのを、自分は思い出しました。その男の顔が、殊に眼つきが、ヒラメに似ているというので、父はいつもその男ヒラメと呼び、自分も、そう呼びなれていました。

 自分警察電話帳を借りて、ヒラメの家の電話番号を捜し、見つかったので、ヒラメ電話して、横浜検事局に来てくれるように頼みましたら、ヒラメは人が変ったみたいな威張った口調で、それでも、とにかく引受けてくれました。

「おい、その電話機、すぐ消毒したほうがいいぜ。何せ、血痰が出ているんだから

 自分が、また保護室に引き上げてから、お巡りたちにそう言いつけている署長の大きな声が、保護室に坐っている自分の耳にまで、とどきました。

 お昼すぎ、自分は、細い麻繩で胴を縛られ、それはマントで隠すことを許されましたが、その麻繩の端を若いお巡りが、しっかり握っていて、二人一緒に電車横浜に向いました。

 けれども、自分には少しの不安も無く、あの警察保護室も、老巡査もなつかしく、嗚呼ああ、自分はどうしてこうなのでしょう、罪人として縛られると、かえってほっとして、そうしてゆったり落ちついて、その時の追憶を、いま書くに当っても、本当にのびのびした楽しい気持になるのです。

 しかし、その時期のなつかしい思い出の中にも、たった一つ、冷汗三斗の、生涯わすれられぬ悲惨なしくじりがあったのです。自分は、検事局の薄暗い一室で、検事簡単な取調べを受けました。検事は四十歳前後の物静かな、(もし自分が美貌だったとしても、それは謂いわば邪淫の美貌だったに違いありませんが、その検事の顔は、正しい美貌、とでも言いたいような、聡明静謐せいひつの気配を持っていました)コセコセしない人柄のようでしたので、自分も全く警戒せず、ぼんやり陳述していたのですが、突然、れいの咳が出て来て、自分は袂からハンケチを出し、ふとその血を見て、この咳もまた何かの役に立つかも知れぬとあさましい駈引きの心を起し、ゴホン、ゴホンと二つばかり、おまけの贋にせの咳を大袈裟おおげさに附け加えて、ハンケチで口を覆ったまま検事の顔をちらと見た、間一髪、

「ほんとうかい?」

 ものしずかな微笑でした。冷汗三斗、いいえ、いま思い出しても、きりきり舞いをしたくなります中学時代に、あの馬鹿の竹一から、ワザ、ワザ、と言われて脊中せなかを突かれ、地獄に蹴落けおとされた、その時の思い以上と言っても、決して過言では無い気持です。あれと、これと、二つ、自分の生涯に於ける演技の大失敗の記録です。検事あんな物静かな侮蔑ぶべつに遭うよりは、いっそ自分は十年の刑を言い渡されたほうが、ましだったと思う事さえ、時たまある程なのです。

 自分起訴猶予になりました。けれども一向にうれしくなく、世にもみじめな気持で、検事局の控室のベンチに腰かけ、引取り人のヒラメが来るのを待っていました。

 背後の高い窓から夕焼けの空が見え、鴎かもめが、「女」という字みたいな形で飛んでいました。

[#改頁]

第三の手記

 竹一の予言の、一つは当り、一つは、はずれました。惚ほれられるという、名誉で無い予言のほうは、あたりましたが、きっと偉い絵画きになるという、祝福の予言は、はずれました。

 自分は、わずかに、粗悪な雑誌の、無名の下手な漫画家になる事が出来ただけでした。

 鎌倉事件のために、高等学校から追放せられ、自分は、ヒラメの家の二階の、三畳の部屋で寝起きして、故郷からは月々、極めて小額の金が、それも直接に自分宛ではなく、ヒラメのところにひそかに送られて来ている様子でしたが、(しかも、それは故郷の兄たちが、父にかくして送ってくれているという形式になっていたようでした)それっきり、あとは故郷とのつながりを全然、断ち切られてしまい、そうして、ヒラメはいつも不機嫌、自分あいそ笑いをしても、笑わず人間というものはこんなにも簡単に、それこそ手のひらをかえすが如くに変化できるものかと、あさましく、いや、むしろ滑稽に思われるくらいの、ひどい変り様で、

「出ちゃいけませんよ。とにかく、出ないで下さいよ」

 そればかり自分に言っているのでした。

 ヒラメは、自分自殺のおそれありと、にらんでいるらしく、つまり、女の後を追ってまた海へ飛び込んだりする危険があると見てとっているらしく、自分の外出を固く禁じているのでした。けれども、酒も飲めないし、煙草も吸えないし、ただ、朝から晩まで二階の三畳のこたつにもぐって、古雑誌なんか読んで阿呆同然のくらしをしている自分には、自殺の気力さえ失われていました。

 ヒラメの家は、大久保医専の近くにあり、書画骨董商、青竜園、だなどと看板文字だけは相当に気張っていても、一棟二戸の、その一戸で、店の間口も狭く、店内はホコリだらけで、いい加減なガラクタばかり並べ、(もっとも、ヒラメはその店のガラクタにたよって商売しているわけではなく、こっちの所謂旦那の秘蔵のものを、あっちの所謂旦那にその所有権ゆずる場合などに活躍して、お金をもうけているらしいのです)店に坐っている事は殆ど無く、たいてい朝から、むずかしそうな顔をしてそそくさと出かけ、留守は十七、八の小僧ひとり、これが自分の見張り番というわけで、ひまさえあれば近所の子供たちと外でキャッチボールなどしていても、二階の居候をまるで馬鹿気違いくらいに思っているらしく、大人おとなの説教くさい事まで自分に言い聞かせ、自分は、ひとと言い争いの出来ない質たちなので、疲れたような、また、感心したような顔をしてそれに耳を傾け、服従しているのでした。この小僧は渋田のかくし子で、それでもへんな事情があって、渋田は所謂親子の名乗りをせず、また渋田がずっと独身なのも、何やらその辺に理由があっての事らしく、自分も以前、自分の家の者たちからそれに就いての噂うわさを、ちょっと聞いたような気もするのですが、自分は、どうも他人の身の上には、あまり興味を持てないほうなので、深い事は何も知りません。しかし、その小僧の眼つきにも、妙に魚の眼を聯想れんそうさせるところがありましたから、或いは、本当にヒラメのかくし子、……でも、それならば、二人は実に淋しい親子でした。夜おそく、二階の自分には内緒で、二人でおそばなどを取寄せて無言で食べている事がありました。

 ヒラメの家では食事はいつもその小僧がつくり、二階のやっかい者の食事だけは別にお膳ぜんに載せて小僧が三度々々二階に持ち運んで来てくれて、ヒラメ小僧は、階段の下のじめじめし四畳半で何やら、カチャカチャ皿小鉢の触れ合う音をさせながら、いそがしげに食事しているのでした。

 三月末の或る夕方ヒラメは思わぬもうけ口にでもありついたのか、または何か他に策略でもあったのか、(その二つの推察が、ともに当っていたとしても、おそらくは、さらにまたいくつかの、自分などにはとても推察のとどかないこまかい原因もあったのでしょうが自分を階下の珍らしくお銚子ちょうしなど附いている食卓に招いて、ヒラメならぬマグロ刺身に、ごちそうの主人あるじみずから感服し、賞讃しょうさんし、ぼんやりしている居候にも少しくお酒をすすめ、

「どうするつもりなんです、いったい、これから

 自分はそれに答えず、卓上の皿から畳鰯たたみいわしつまみ上げ、その小魚たちの銀の眼玉を眺めていたら、酔いがほのぼの発して来て、遊び廻っていた頃がなつかしく、堀木でさえなつかしく、つくづく「自由」が欲しくなり、ふっと、かぼそく泣きそうになりました。

 自分がこの家へ来てからは、道化を演ずる張合いさえ無く、ただもうヒラメ小僧蔑視の中に身を横たえ、ヒラメのほうでもまた、自分と打ち解けた長噺をするのを避けている様子でしたし、自分もそのヒラメを追いかけて何かを訴える気などは起らず、ほとんど自分は、間抜けづらの居候になり切っていたのです。

起訴猶予というのは、前科何犯とか、そんなものには、ならない模様です。だから、まあ、あなたの心掛け一つで、更生が出来るわけです。あなたが、もし、改心して、あなたのほうから、真面目に私に相談を持ちかけてくれたら、私も考えてみます

 ヒラメの話方には、いや、世の中の全部の人の話方には、このようにややこしく、どこか朦朧もうろうとして、逃腰とでもいったみたいな微妙な複雑さがあり、そのほとんど無益と思われるくらいの厳重な警戒と、無数といっていいくらいの小うるさい駈引とには、いつも自分は当惑し、どうでもいいやという気分になって、お道化で茶化したり、または無言の首肯で一さいおまかせという、謂わば敗北の態度をとってしまうのでした。

 この時もヒラメが、自分に向って、だいたい次のように簡単に報告すれば、それですむ事だったのを自分は後年に到って知り、ヒラメの不必要な用心、いや、世の中の人たちの不可解な見栄、おていさいに、何とも陰鬱な思いをしました。

 ヒラメは、その時、ただこう言えばよかったのでした。

官立でも私立でも、とにかく四月から、どこかの学校はいりなさい。あなた生活費は、学校はいると、くにからもっと充分に送って来る事になっているのです。」

 ずっと後になってわかったのですが、事実は、そのようになっていたのでした。そうして、自分もその言いつけに従ったでしょう。それなのに、ヒラメのいやに用心深く持って廻った言い方のために、妙にこじれ、自分の生きて行く方向もまるで変ってしまったのです。

「真面目に私に相談を持ちかけてくれる気持が無ければ、仕様がないですが」

「どんな相談?」

 自分には、本当に何も見当がつかなかったのです。

「それは、あなたの胸にある事でしょう?」

「たとえば?」

「たとえばって、あなた自身、これからどうする気なんです」

「働いたほうが、いいんですか?」

「いや、あなたの気持は、いったいどうなんです」

だって学校はいるといったって、……」

「そりゃ、お金が要りますしかし、問題は、お金でない。あなたの気持です」

 お金は、くにから来る事になっているんだから、となぜ一こと、言わなかったのでしょう。その一言に依って、自分の気持も、きまった筈なのに、自分には、ただ五里霧中でした。

「どうですか? 何か、将来の希望、とでもいったものが、あるんですか? いったい、どうも、ひとをひとり世話しているというのは、どれだけむずかしいものだか、世話されているひとには、わかりますまい」

すみません

「そりゃ実に、心配ものです。私も、いったんあなたの世話を引受けた以上、あなたにも、生半可なまはんかな気持でいてもらいたくないのです。立派に更生の道をたどる、という覚悟のほどを見せてもらいたいのです。たとえば、あなたの将来の方針、それに就いてあなたのほうから私に、まじめに相談を持ちかけて来たなら、私もその相談には応ずるつもりでいます。それは、どうせこんな、貧乏ヒラメの援助なのですから、以前のようなぜいたくを望んだら、あてがはずれますしかし、あなたの気持がしっかりしていて、将来の方針をはっきり打ち樹たて、そうして私に相談をしてくれたら、私は、たといわずかずつでも、あなたの更生のために、お手伝いしようとさえ思っているんです。わかりますか? 私の気持が。いったい、あなたは、これから、どうするつもりでいるのです」

「ここの二階に、置いてもらえなかったら、働いて、……」

「本気で、そんな事を言っているのですか? いまのこの世の中に、たとい帝国大学校を出たって、……」

「いいえ、サラリイマンになるんでは無いんです」

「それじゃ、何です」

画家です」

 思い切って、それを言いました。

「へええ?」

 自分は、その時の、頸くびをちぢめて笑ったヒラメの顔の、いかにもずるそうな影を忘れる事が出来ません。軽蔑の影にも似て、それとも違い、世の中を海にたとえると、その海の千尋ちひろの深さの箇所に、そんな奇妙な影がたゆとうていそうで、何か、おとなの生活の奥底をチラと覗のぞかせたような笑いでした。

 そんな事では話にも何もならぬ、ちっとも気持がしっかりしていない、考えなさい、今夜一晩まじめに考えてみなさい、と言われ、自分は追われるように二階に上って、寝ても、別に何の考えも浮びませんでした。そうして、あけがたになり、ヒラメの家から逃げました。

 夕方、間違いなく帰ります。左記の友人の許もとへ、将来の方針に就いて相談に行って来るのですから、御心配無く。ほんとうに。

 と、用箋に鉛筆で大きく書き、Permalink |記事への反応(1) | 20:31

このエントリーをはてなブックマークに追加ツイートシェア

anond:20250623202707

 また、犯人意識、という言葉もあります自分は、この人間の世の中に於いて、一生その意識に苦しめられながらも、しかし、それは自分の糟糠そうこうの妻の如き好伴侶はんりょで、そいつと二人きりで侘わびしく遊びたわむれているというのも、自分の生きている姿勢の一つだったかも知れないし、また、俗に、脛すねに傷持つ身、という言葉もあるようですが、その傷は、自分赤ん坊の時から自然に片方の脛にあらわれて、長ずるに及んで治癒するどころか、いよいよ深くなるばかりで、骨にまで達し、夜々の痛苦は千変万化の地獄とは言いながら、しかし、(これは、たいへん奇妙な言い方ですけど)その傷は、次第に自分の血肉よりも親しくなり、その傷の痛みは、すなわち傷の生きている感情、または愛情の囁ささやきのようにさえ思われる、そんな男にとって、れいの地下運動グルウプの雰囲気が、へんに安心で、居心地がよく、つまり、その運動本来目的よりも、その運動の肌が、自分に合った感じなのでした。堀木の場合は、ただもう阿呆のひやかしで、いちど自分を紹介しにその会合へ行ったきりで、マルキシストは、生産面の研究と同時に、消費面の視察も必要だなどと下手な洒落しゃれを言って、その会合には寄りつかず、とかく自分を、その消費面の視察のほうにばかり誘いたがるのでした。思えば、当時は、さまざまの型のマルキシストがいたものです。堀木のように、虚栄のモダニティから、それを自称する者もあり、また自分のように、ただ非合法匂いが気にいって、そこに坐り込んでいる者もあり、もしもこれらの実体が、マルキシズムの真の信奉者に見破られたら、堀木も自分も、烈火の如く怒られ、卑劣なる裏切者として、たちどころに追い払われた事でしょう。しかし、自分も、また、堀木でさえも、なかなか除名の処分に遭わず殊に自分は、その非合法世界於いては、合法紳士たちの世界に於けるよりも、かえってのびのびと、所謂健康」に振舞う事が出来ましたので、見込みのある「同志」として、噴き出したくなるほど過度に秘密めかした、さまざまの用事をたのまれるほどになったのです。また、事実自分は、そんな用事をいちども断ったことは無く、平気でなんでも引受け、へんにぎくしゃくして、犬(同志は、ポリスをそう呼んでいました)にあやしまれ不審訊問じんもんなどを受けてしくじるような事も無かったし、笑いながら、また、ひとを笑わせながら、そのあぶない(その運動の連中は、一大事の如く緊張し、探偵小説の下手な真似みたいな事までして、極度の警戒を用い、そうして自分にたのむ仕事は、まことに、あっけにとられるくらい、つまらないものでしたが、それでも、彼等は、その用事を、さかんに、あぶながって力んでいるのでした)と、彼等の称する仕事を、とにかく正確にやってのけていました。自分のその当時の気持としては、党員になって捕えられ、たとい終身、刑務所で暮すようになったとしても、平気だったのです。世の中の人間の「実生活」というものを恐怖しながら、毎夜の不眠の地獄で呻うめいているよりは、いっそ牢屋ろうやのほうが、楽かも知れないとさえ考えていました。

 父は、桜木町の別荘では、来客やら外出やら、同じ家にいても、三日も四日も自分と顔を合せる事が無いほどでしたが、しかし、どうにも、父がけむったく、おそろしく、この家を出て、どこか下宿でも、と考えながらもそれを言い出せずにいた矢先に、父がその家を売払うつもりらしいという事を別荘番の老爺ろうやから聞きました。

 父の議員任期もそろそろ満期に近づき、いろいろ理由のあった事に違いありませんが、もうこれきり選挙に出る意志も無い様子で、それに、故郷に一棟、隠居所など建てたりして、東京に未練も無いらしく、たかが、高等学校の一生徒に過ぎない自分のために、邸宅召使い提供して置くのも、むだな事だとでも考えたのか、(父の心もまた、世間の人たちの気持ちと同様に、自分にはよくわかりません)とにかく、その家は、間も無く人手にわたり自分は、本郷森川町の仙遊館という古い下宿の、薄暗い部屋に引越して、そうして、たちまち金に困りました。

 それまで、父から月々、きまった額の小遣いを手渡され、それはもう、二、三日で無くなっても、しかし、煙草も、酒も、チイズも、くだものも、いつでも家にあったし、本や文房具やその他、服装に関するものなど一切、いつでも、近所の店から所謂「ツケ」で求められたし、堀木におそば天丼などをごちそうしても、父のひいきの町内の店だったら、自分は黙ってその店を出てもかまわなかったのでした。

 それが急に、下宿のひとり住いになり、何もかも、月々の定額の送金で間に合わせなければならなくなって、自分は、まごつきました。送金は、やはり、二、三日で消えてしまい、自分は慄然りつぜんとし、心細さのために狂うようになり、父、兄、姉などへ交互にお金を頼む電報と、イサイフミの手紙(その手紙於いて訴えている事情は、ことごとく、お道化虚構でした。人にものを頼むのに、まず、その人を笑わせるのが上策と考えていたのです)を連発する一方、また、堀木に教えられ、せっせと質屋がよいをはじめ、それでも、いつもお金不自由をしていました。

 所詮自分には、何の縁故も無い下宿に、ひとりで「生活」して行く能力が無かったのです。自分は、下宿のその部屋に、ひとりでじっとしているのが、おそろしく、いまにも誰かに襲われ、一撃せられるような気がして来て、街に飛び出しては、れい運動の手伝いをしたり、或いは堀木と一緒に安い酒を飲み廻ったりして、ほとんど学業も、また画の勉強放棄し、高等学校入学して、二年目の十一月、自分より年上の有夫の婦人と情死事件などを起し、自分の身の上は、一変しました。

 学校は欠席するし、学科勉強も、すこしもしなかったのに、それでも、妙に試験の答案に要領のいいところがあるようで、どうやらそれまでは、故郷の肉親をあざむき通して来たのですが、しかし、もうそろそろ、出席日数の不足など、学校のほうから内密故郷の父へ報告が行っているらしく、父の代理として長兄が、いかめし文章の長い手紙を、自分に寄こすようになっていたのでした。けれども、それよりも、自分の直接の苦痛は、金の無い事と、それかられい運動用事が、とても遊び半分の気持では出来ないくらい、はげしく、いそがしくなって来た事でした。中央地区と言ったか、何地区と言ったか、とにかく本郷小石川下谷神田、あの辺の学校全部の、マルクス学生の行動隊々長というものに、自分はなっていたのでした。武装蜂起ほうき、と聞き、小さいナイフを買い(いま思えば、それは鉛筆をけずるにも足りない、きゃしゃなナイフでした)それを、レンコオトのポケットにいれ、あちこち飛び廻って、所謂いわゆる「聯絡れんらく」をつけるのでした。お酒を飲んで、ぐっすり眠りたい、しかし、お金がありません。しかも、P(党の事を、そういう隠語で呼んでいたと記憶していますが、或いは、違っているかも知れません)のほうからは、次々と息をつくひまも無いくらい、用事の依頼がまいります自分の病弱のからだでは、とても勤まりそうも無くなりました。もともと、非合法の興味だけから、そのグルウプの手伝いをしていたのですし、こんなに、それこそ冗談から駒が出たように、いやにいそがしくなって来ると、自分は、ひそかにPのひとたちに、それはお門かどちがいでしょう、あなたたちの直系のものたちにやらせたらどうですか、というようないまいましい感を抱くのを禁ずる事が出来ず、逃げました。逃げて、さすがに、いい気持はせず、死ぬ事にしました。

 その頃、自分特別好意を寄せている女が、三人いました。ひとりは、自分下宿している仙遊館の娘でした。この娘は、自分れい運動の手伝いでへとへとになって帰り、ごはんも食べずに寝てしまってから、必ず用箋ようせんと万年筆を持って自分の部屋にやって来て、

「ごめんなさい。下では、妹や弟がうるさくて、ゆっくり手紙も書けないのです」

 と言って、何やら自分の机に向って一時間以上も書いているのです。

 自分もまた、知らん振りをして寝ておればいいのに、いかにもその娘が何か自分に言ってもらいたげの様子なので、れい受け身奉仕精神を発揮して、実に一言も口をききたくない気持なのだけれども、くたくたに疲れ切っているからだに、ウムと気合いをかけて腹這はらばいになり、煙草を吸い、

「女から来たラヴ・レターで、風呂をわかしてはいった男があるそうですよ」

「あら、いやだ。あなたでしょう?」

ミルクをわかして飲んだ事はあるんです」

光栄だわ、飲んでよ」

 早くこのひと、帰らねえかなあ、手紙だなんて、見えすいているのに。へへののもへじでも書いているのに違いないんです。

「見せてよ」

 と死んでも見たくない思いでそう言えば、あら、いやよ、あら、いやよ、と言って、そのうれしがる事、ひどくみっともなく、興が覚めるばかりなのです。そこで自分は、用事でも言いつけてやれ、と思うんです。

「すまないけどね、電車通りの薬屋に行って、カルモチンを買って来てくれない? あんまり疲れすぎて、顔がほてって、かえって眠れないんだ。すまないねお金は、……」

「いいわよ、お金なんか」

 よろこんで立ちます。用を言いつけるというのは、決して女をしょげさせる事ではなく、かえって女は、男に用事をたのまれると喜ぶものだという事も、自分ちゃんと知っているのでした。

 もうひとりは、女子高等師範の文科生の所謂「同志」でした。このひととは、れい運動用事で、いやでも毎日、顔を合せなければならなかったのです。打ち合せがすんでからも、その女は、いつまでも自分について歩いて、そうして、やたらに自分に、ものを買ってくれるのでした。

「私を本当の姉だと思っていてくれていいわ」

 そのキザに身震いしながら、自分は、

「そのつもりでいるんです」

 と、愁うれえを含んだ微笑の表情を作って答えます。とにかく、怒らせては、こわい、何とかして、ごまさなければならぬ、という思い一つのために、自分はいよいよその醜い、いやな女に奉仕をして、そうして、ものを買ってもらっては、(その買い物は、実に趣味の悪い品ばかりで、自分はたいてい、すぐにそれを、焼きとり屋の親爺おやじなどにやってしまいました)うれしそうな顔をして、冗談を言っては笑わせ、或る夏の夜、どうしても離れないので、街の暗いところで、そのひとに帰ってもらいたいばかりに、キスをしてやりましたら、あさましく狂乱の如く興奮し、自動車を呼んで、そのひとたちの運動のために秘密に借りてあるらしいビル事務所みたいな狭い洋室に連れて行き、朝まで大騒ぎという事になり、とんでもない姉だ、と自分はひそかに苦笑しました。

 下宿屋の娘と言い、またこの「同志」と言い、どうしたって毎日、顔を合せなければならぬ具合になっていますので、これまでの、さまざまの女のひとのように、うまく避けられず、つい、ずるずるに、れい不安の心から、この二人のご機嫌をただ懸命に取り結び、もはや自分は、金縛り同様の形になっていました。

 同じ頃また自分は、銀座の或る大カフエの女給から、思いがけぬ恩を受け、たったいちど逢っただけなのに、それでも、その恩にこだわり、やはり身動き出来ないほどの、心配やら、空そらおそろしさを感じていたのでした。その頃になると、自分も、敢えて堀木の案内に頼らずとも、ひとりで電車にも乗れるし、また、歌舞伎座にも行けるし、または、絣かすりの着物を着て、カフエにだってはいれるくらいの、多少の図々しさを装えるようになっていたのです。心では、相変らず、人間の自信と暴力とを怪しみ、恐れ、悩みながら、うわべだけは、少しずつ、他人と真顔の挨拶、いや、ちがう、自分はやはり敗北のお道化の苦しい笑いを伴わずには、挨拶できないたちなのですが、とにかく、無我夢中のへどもどの挨拶でも、どうやら出来るくらいの「伎倆ぎりょう」を、れい運動で走り廻ったおかげ? または、女の? または、酒? けれども、おもに金銭不自由のおかげで修得しかけていたのです。どこにいても、おそろしく、かえって大カフエでたくさんの酔客または女給、ボーイたちにもまれ、まぎれ込む事が出来たら、自分のこの絶えず追われているような心も落ちつくのではなかろうか、と十円持って、銀座のその大カフエに、ひとりではいって、笑いながら相手の女給に、

「十円しか無いんだからね、そのつもりで」

 と言いました。

心配要りません」

 どこかに関西の訛なまりがありました。そうして、その一言が、奇妙に自分の、震えおののいている心をしずめてくれました。いいえ、お金心配が要らなくなったからではありません、そのひとの傍にいる事に心配が要らないような気がしたのです。

 自分は、お酒を飲みました。そのひとに安心しているので、かえってお道化など演じる気持も起らず、自分の地金じがねの無口で陰惨なところを隠さず見せて、黙ってお酒を飲みました。

「こんなの、おすきか?」

 女は、さまざまの料理自分の前に並べました。自分は首を振りました。

お酒だけか? うちも飲もう」

 秋の、寒い夜でした。自分は、ツネ子(といったと覚えていますが、記憶が薄れ、たしかではありません。情死の相手名前をさえ忘れているような自分なのです)に言いつけられたとおりに、銀座裏の、或る屋台のお鮨すしやで、少しもおいしくない鮨を食べながら、(そのひとの名前は忘れても、その時の鮨のまずさだけは、どうした事か、はっきり記憶に残っています。そうして、青大将の顔に似た顔つきの、丸坊主おやじが、首を振り振り、いかにも上手みたいにごまかしながら鮨を握っている様も、眼前に見るように鮮明に思い出され、後年、電車などで、はて見た顔だ、といろいろ考え、なんだ、あの時の鮨やの親爺に似ているんだ、と気が附き苦笑した事も再三あったほどでした。あのひとの名前も、また、顔かたちさえ記憶から遠ざかっている現在なお、あの鮨やの親爺の顔だけは絵にかけるほど正確に覚えているとは、よっぽどあの時の鮨がまずく、自分に寒さと苦痛を与えたものと思われます。もともと、自分は、うまい鮨を食わせる店というところに、ひとに連れられて行って食っても、うまいと思った事は、いちどもありませんでした。大き過ぎるのです。親指くらいの大きさにキチッと握れないものかしら、といつも考えていました)そのひとを、待っていました。

 本所大工さんの二階を、そのひとが借りていました。自分は、その二階で、日頃の自分陰鬱な心を少しもかくさず、ひどい歯痛に襲われてでもいるように、片手で頬をおさえながら、お茶を飲みました。そうして、自分のそんな姿態が、かえって、そのひとには、気にいったようでした。そのひとも、身のまわりに冷たい木枯しが吹いて、落葉だけが舞い狂い、完全に孤立している感じの女でした。

 一緒にやすみながらそのひとは、自分より二つ年上であること、故郷広島、あたしには主人があるのよ、広島床屋さんをしていたの、昨年の春、一緒に東京家出して逃げて来たのだけれども、主人は、東京で、まともな仕事をせずそのうちに詐欺罪に問われ、刑務所にいるのよ、あたしは毎日、何やらかやら差し入れしに、刑務所へかよっていたのだけれども、あすから、やめます、などと物語るのでしたが、自分は、どういうものか、女の身の上噺ばなしというものには、少しも興味を持てないたちで、それは女の語り方の下手なせいか、つまり、話の重点の置き方を間違っているせいなのか、とにかく、自分には、つねに、馬耳東風なのでありました。

 侘びしい。

 自分には、女の千万言の身の上噺よりも、その一言の呟つぶやきのほうに、共感をそそられるに違いないと期待していても、この世の中の女から、ついにいちども自分は、その言葉を聞いた事がないのを、奇怪とも不思議とも感じております。けれども、そのひとは、言葉で「侘びしい」とは言いませんでしたが、無言のひどい侘びしさを、からだの外郭に、一寸くらいの幅の気流みたいに持っていて、そのひとに寄り添うと、こちらのからだもその気流に包まれ自分の持っている多少トゲトゲした陰鬱の気流と程よく溶け合い、「水底の岩に落ち附く枯葉」のように、わが身は、恐怖から不安からも、離れる事が出来るのでした。

 あの白痴淫売婦たちのふところの中で、安心してぐっすり眠る思いとは、また、全く異って、(だいいち、あのプロステチュウトたちは、陽気でした)その詐欺罪犯人の妻と過した一夜は、自分にとって、幸福な(こんな大それた言葉を、なんの躊躇ちゅうちょも無く、肯定して使用する事は、自分のこの全手記に於いて、再び無いつもりです)解放せられた夜でした。

 しかし、ただ一夜でした。朝、眼が覚めて、はね起き、自分はもとの軽薄な、装えるお道化者になっていました。弱虫は、幸福をさえおそれるものです。綿で怪我をするんです。幸福に傷つけられる事もあるんです。傷つけられないうちに、早く、このまま、わかれたいとあせり、れいのお道化煙幕を張りめぐらすのでした。

「金の切れめが縁の切れめ、ってのはね、あれはね、解釈が逆なんだ。金が無くなると女にふられるって意味、じゃあ無いんだ。男に金が無くなると、男は、ただおのずから意気銷沈しょうちんして、ダメになり、笑う声にも力が無く、そうして、妙にひがんだりなんかしてね、ついには破れかぶれになり、男のほうから女を振る、半狂乱になって振って振って振り抜くという意味なんだね、金沢大辞林という本に依ればね、可哀そうに。僕にも、その気持わかるがね」

 たしか、そんなふうの馬鹿げた事を言って、ツネ子を噴き出させたような記憶があります長居無用、おそれありと、顔も洗わずに素早く引上げたのですが、その時の自分の、「金の切れめが縁の切れめ」という出鱈目でたらめの放言が、のちに到って、意外のひっかかりを生じたのです。

 それからひとつき、自分は、その夜の恩人とは逢いませんでした。別れて、日が経つにつれて、よろこびは薄れ、かりそめの恩を受けた事がかえってそらおそろしく、自分勝手にひどい束縛を感じて来て、あのカフエのお勘定を、あの時、全部ツネ子の負担にさせてしまったという俗事さえ、次第に気になりはじめて、ツネ子もやはり、下宿の娘や、あの女子高等師範と同じく、自分脅迫するだけの女のように思われ、遠く離れていながらも、絶えずツネ子におびえていて、その上に自分は、一緒に休んだ事のある女に、また逢うと、その時にいきなり何か烈火の如く怒られそうな気がしてたまらず、逢うのに頗すこぶるおっくうがる性質でしたので、いよいよ、銀座敬遠の形でしたが、しかし、そのおっくうがるという性質は、決して自分狡猾こうかつさではなく、女性というものは、休んでからの事と、朝、起きてからの事との間に、一つの、塵ちりほどの、つながりをも持たせず、完全の忘却の如く、見事に二つの世界を切断させて生きているという不思議現象を、まだよく呑みこんでいなかったからなのでした。

 十一月の末、自分は、堀木と神田屋台で安酒を飲み、この悪友は、その屋台を出てからも、さらにどこかで飲もうと主張し、もう自分たちにはお金が無いのに、それでも、飲もう、飲もうよ、とねばるのです。その時、自分は、酔って大胆になっているからでもありましたが、

「よし、そんなら、夢の国に連れて行く。おどろくな、酒池肉林という、……」

「カフエか?」

「そう」

「行こう!」

 というような事になって二人、市電に乗り、堀木は、はしゃいで、

「おれは、今夜は、女に飢え渇いているんだ。女給にキスしてもいいか

 自分は、堀木がそんな酔態を演じる事を、あまり好んでいないのでした。堀木も、それを知っているので、自分にそんな念を押すのでした。

「いいかキスするぜ。おれの傍に坐った女給に、きっとキスして見せる。いいか

「かまわんだろう」

「ありがたい! おれは女に飢え渇いているんだ」

 銀座四丁目で降りて、その所謂酒池肉林の大カフエに、ツネ子をたのみの綱としてほとんど無一文ではいり、あいているボックスに堀木と向い合って腰をおろしたとたんに、ツネ子ともう一人の女給が走り寄って来て、そのもう一人の女給が自分の傍に、そうしてツネ子は、堀木の傍に、ドサン腰かけたので、自分は、ハッとしました。ツネ子は、いまにキスされる。

 惜しいという気持ではありませんでした。自分には、もともと所有慾というものは薄く、また、たまに幽かに惜しむ気持はあっても、その所有権を敢然と主張し、人と争うほどの気力が無いのでした。のちに、自分は、自分内縁の妻が犯されるのを、黙って見ていた事さえあったほどなのです。

 自分は、人間のいざこざに出来るだけ触りたくないのでした。その渦に巻き込まれるのが、おそろしいのでした。ツネ子と自分とは、一夜だけの間柄です。ツネ子は、自分のものではありません。惜しい、など思い上った慾は、自分に持てる筈はありません。けれども、自分は、ハッとしました。

 自分の眼の前で、堀木の猛烈なキスを受ける、そのツネ子の身の上を、ふびんに思ったからでした。堀木によごされたツネ子は、自分とわかれなければならなくなるだろう、しか自分にも、ツネ子を引き留める程のポジティヴな熱は無い、ああ、もう、これでおしまいなのだ、とツネ子の不幸に一瞬ハッとしたものの、すぐに自分は水のように素直にあきらめ、堀木とツネ子の顔を見較べ、にやにやと笑いました。

 しかし、事態は、実に思いがけなく、Permalink |記事への反応(1) | 20:29

このエントリーをはてなブックマークに追加ツイートシェア

次の25件>
ログインユーザー登録
ようこそ ゲスト さん
Copyright (C) 2001-2025 hatena. All Rights Reserved.

[8]ページ先頭

©2009-2025 Movatter.jp