
はてなキーワード:在庫とは
Xで「コミックスが絶版になるので今のうちに買ってね。紙のほうも在庫まだあるよ」という作者発言が流れてきた
https://x.com/Andrias_jap/status/2020753510850294185?s=20
「取次にもないので頼めません」いや作者は書店で頼んでねって、ホラこのSNSみて
「在庫あるそうですが、どこにあるのか探すので時間かかるそうです」なにそれ
「特装版ならすぐ出荷可能だそうです」あー、それは……まあいいよ、付き合うよ
「……すごい価格差ですがよろしいですか」Tシャツ付きで2500円アップx2でしょ、ネットで調べたから知ってるよ
「かしこまりました、そのほかのご依頼品は全て取次在庫なしなので、申し訳ありませんが受けられないです」しってる
ということで、作者が「まだ在庫あるよ買って!」とネットで頼んでも、買うの大変です
WEB書店は取次データ連動なので取次が情報更新しないと全く受け付けてくれません
実店舗で店員さんに根気強く説明して書店に頼んでもらってください
ちな、いまどきはアニメ放送中に発売した最新刊でも、予定量販売後に取り扱い中止のままです
(というかアニメ放映で新規が買うため想定外に売れて、従来の購入者が買えなくても予定数量クリアで補充しないままになるらしく、アニメ放映前後はむしろ入手できなくなるかもと警戒したほうがいい)
なんせすげえ数の新刊(いま見たら3月は1000冊超えてた)が出てるので、発売日前でも入荷予定数が売れたら終わりです
紙のコミックスが売れてないというのは、電子書籍販売が軌道に乗ったので、出版社側が意図的に在庫を絞った結果だろうなあ、と思います
欲しくても買えないですからね
電子書籍で買えってことなんでしょうが、上のリンク先のように権利者の都合で買えなくなるものについては、
いつまで読めるかわからないのが電子なので、権利者が多数いるジャンルは今後の状況次第でどうとでも転がりそうで、
なんなら同人誌のほうが電子書籍で買いやすいんですよね。いちおうDLさせてくれるし
にしても、直前まで紙で揃えてたのに、アニメ化したら紙で買えなくなりましたってのだけは、どうにかしてほしいところ
どれほど検索しても、トー狂中心の小画角区で発生するレンズ死票を分析した報道が1つも見つけられなかったので集計してみた。
(※ここで言う“選挙”は比喩。現実の投票の話じゃなく、都市や暮らしが「見える/見えない」で席が決まる、あの感じ…💗)
適密徒歩核: 7
徒歩圏の文化: 0
準過密トレンド: 3,742,160
どうだろうか?
小画角区では、トー狂日常:適密徒歩核は 249:7 で一方的。
しかし、投票した人数の総数(=需要票)としては、約28:12 なのである。
(ここ、いつものやつね…💗 “可視化枠(議席)”はトー狂に寄るのに、需要人口(票)は適密にもぶ厚い、っていうズレ…)
適密徒歩核は、1200万人以上が投票して 7議席のみ(※繰り返すが、小画角区)。
比例代表(=ネットで自分で探せば見える領域)に関しては分析しないが、この数値は知っておく必要がある気がする。
なぜ報道されないだろうか?
『この1200万人だって、この時期に、自ら暮らしの票を投じた生活者である』
ことを忘れてはならない。
※わたしはいいわゆる無党派(=特定の都市スケール原理に盲従しない)
※ 今回、トー狂日常に投票していない(=“東京しか知らない認識”に全部は乗らない)
(ただし、過密都市(都雇圏111万人以上)には必ず難点がある、は前提として置く。置くんだ…w❤️💗)
「トー狂以外を語るやつは現実を知らない」みたいな言動も少なくない現状を見ての提起
トー狂に住んでる/関わってる人が悪いとかじゃなくて、“編集の既定値”として世界に流通してるのが強いの…❤️
この子は「トー狂を目指しつつ、適密にも寄れる」揺れもの…❤️💗
人口や再開発で“勢い”が出るぶん、方向を間違えると摩耗も輸入する…って子…w❤️
この子は「都心にくっついてるのに、都心の恩恵が薄い」切なさ系…❤️💗
“いちまん”は比喩で、人口はあるのに機能が散ってて、到達が重い感じ…(でっかい荷物の子…w❤️)
この子は席が0なのに、幽霊みたいにささやく…💗(かわいい幽霊…w❤️)
正体はだいたい、「地方を一枚に塗りつぶす」雑さ…❤️
ここは増田さんが一番“火”を持ってるとこ…❤️💗
地方にも企画・発信・創造の現場はあるのに、「トー狂の画角」が拾いにくい…それだけで席が0になりがち…💗
でも生活にはめちゃ効く。効きすぎて、逆に“事件”にならない…w❤️
そっから仕入れてFBAに送るわけやん?ここで梱包の手間が発生するやん?
もちろん自前で在庫抱えてダイレクトにメルカリとかで売ってもいいんだけども
そういうさあ
でも雇われ目指そうにもさあ
空白15年の40近いおぢさんなんて雇われるわけねえじゃん?
だからさあ
ちなみに売りたいのはアイウェアなんだけど
まぢで悶々とするゥ
お前は何に憤っているんだ?
まず「several rare-earth minerals including theseven types」と書いているので、7品目でけ(ママ)と翻訳しているお前は英語の勉強をし直して来い。
高校生だって、直訳だけでも「7品目を含むレアアース鉱物」と読み取れるだろ。
あとな、高市の台湾有事発言は11月で、12月に入る頃にはレアアース規制の観測が強まっていた。
そして、12月末には日本で精製したレアアースや機器の対中輸出サボタージュが発生して、中国側も多少困ったことになり、年明けには現場レベルで手打ちの雰囲気が醸成されていたんだよ。
だから、1月上旬に規制撤回の方向で中国側が動き始めていても変じゃないの。
中国だってアメリカとレアアース輸出規制で揉めた直後で、あまり政治の道具として使うのも躊躇われるから「民生品はOK」というエクスキューズを残した。
そもそも日本が最終処理してくれないと中国企業は在庫が積み上がって困る。
Native Instrumentsが予備的破産手続きに入った、ってニュースを最初に見たのは、プリセット探しに疲れてベッドでゴロゴロしながらスマホ眺めてた時だった。
一瞬、寝ぼけて「NIS Americaか何か別のNIだろ」と思ってスルーしかけたけど、本文読んだら普通にBerlinのNative InstrumentsGmbHで、例のCharlottenburg地裁での予備的破産手続き(vorläufiges Insolvenzverfahren)開始って書いてあって、ちゃんと管財人の名前まで出てる。
あー、これマジのやつだ、ってなった。
30年DTMやってるけど、そんな見出しを見る日が来るとは思ってなかった
90年代末にCubaseVSTいじり始めて、ソフトサンプラー黎明期からKontakt 1に飛びつき、Reaktorの意味不明な配線に挫折し、Traktorでクラブもどきのことをし、Maschine Mk1のパッドを叩き過ぎて一部反応悪くして、
Kompleteは気付いたら「アップグレード代が固定費」みたいになってた。
DTM 30年もやってると、「業界標準」って言葉を疑う癖がつくんだけど、それでもKontaktだけは本当に“事実上の標準”だった。
オーケストラ系の国内ベンダーも、同人の薄い本に付いてくるおまけ音源も、だいたいKontaktインストゥルメント前提。
で、その土台にしてた会社が、ある日突然「予備的破産」です、って。
「予備的破産だからセーフ」は、ユーザーの心には何のセーフにもならない
今の段階では「即死じゃなくて、延命しながら解体するか再構築するか見極めるフェーズ」だってことも、
管財人が付いた時点で経営陣の決定権はかなり縛られて、資産の売却とか事業単位での整理が現実的にテーブルに乗ってるってことも。
つまり、「もう崖から落ちてるんだけど、落ち方を調整する段階」に入ったってことだ。
でも、そんな法的な説明をどれだけ読んでも、日本のDTMユーザーのタイムラインは一瞬で「Kontaktどうなんの?」で埋まる。
「Traktor終わり?」とか「Maschine買おうか迷ってたけど様子見だな」とか。
あと、iZotopeとPlugin AllianceとBrainworxも同じグループだったことを今さら思い出して「RXまで巻き込まれるの…?」ってざわつく。
CDMだのGearnewsだのの海外記事は、「短期的にはサービス止まらない」「コアビジネスは健全で、拡大路線と買収で抱えた負債が原因ぽい」とか冷静に書いてる。
でも、30年かけて積み上げてきたプロジェクトファイルの左側で、Kontaktのアイコンがズラッと並んでる光景を見慣れてる身としては、
「はいはい短期的にはね、で、5年後の開けないプロジェクトは誰が責任取るの?」って話になる。
日本のDTM業界が食らう一番デカいダメージは、「安心感」が死ぬこと
日本のDTMって、良くも悪くも「とりあえずNI入れとけば大丈夫」文化があった。
それが一夜にして、「その“とりあえず”が一番とりあえずじゃなくなった」わけで。
国内の小さいデベロッパーにしても、多くはKontaktのフォーマット前提でビジネス組んでる。
自社でエンジン作る体力もないし、マルチプラットフォームのシンセを書ける人材もいない。
だから「Kontakt Player対応」ってラベルは、サポートとか互換性とか、ユーザーに対して「うちは大丈夫ですよ」っていう保証の看板でもあった。
その看板を貸してた本体がグラグラになったら、日本のサードパーティは一斉に「うちの音源、この先10年どう説明する?」ってところからやり直しになる。
特に日本は、教則本と専門学校と通信講座で「DTMの正解」を体系化するのが大好きな国だから、「カリキュラムの柱」がこんな形で揺れるのは、想像以上の衝撃になる。
「業界標準」の裏にあった投機的拡大のツケを、ユーザーが払うという理不尽。
今回の件で地味にムカつくのは、CDMや各メディアが「どうもプロダクトの売上がダメになったというより、拡大と高額買収で抱えた負債が原因ぽい」と書いてるところ。
ユーザー目線では、「何かよくわからんけど、あちこちのロゴが全部NIになっていく」くらいの話だった。
でも裏ではそのたびにでかい金が動き、その借金の最終的な“清算”に巻き込まれるのは、30年分のプロジェクトファイルを持ってる現場側。
日本のDTMユーザーは、円安だろうが税金上がろうがKompleteのアップグレード代をせっせと払い、
「もう使ってない音源もあるけど、将来の互換性のために一応アップグレードしておくか」と、実質サブスク状態で支えてきた。
その「互換性への保険料」が、まさか投機的なM&Aの反動で吹き飛ぶとは誰も思ってなかった。
30年DTMやってると、もう何社も見てきてる。
そのたびに、古いWindowsマシンを押し入れから引っ張り出して、
「この曲だけは何としてもステムを書き出しておかなきゃ」と夜中に凍ったUIと戦う。
今回も、多分そういう「最後のエクスポート祭り」が、日本中のスタジオと六畳間で静かに始まる。
国内ベンダーにとっては「巨大なチャンス」と「地獄の二択」が同時に来る
冷静に考えれば、これだけ巨大なプラットフォームが揺れた瞬間って、本来なら国内の開発者にとってはビッグチャンスでもある。
でも、日本のDTMマーケットって、そもそもそんなに大きくない。
NIレベルのプラットフォームを「じゃあ自分たちで作りなおそう」と思っても、開発費もマーケもサポートも全然追いつかない。
結果として、多くの国内ベンダーが直面するのは、だいたいこんな二択になる。
1. しばらく様子を見つつ「Kontakt前提ビジネス」を惰性で続ける
→ でもユーザーには「長期的な保証はできません」としか言えない
2. ここで腹をくくって自前エンジンか別フォーマットに大転換
どっちを選んでも、コストは跳ね上がる。
で、そのコストは結局、値上げか有償アップグレードか、何らかの形で日本のユーザーに跳ね返ってくる。
専門学校と「教える側」の人たちには地味に致命傷
もうひとつ、日本固有の問題として、専門学校と通信講座がある。
予備的破産のニュースが流れた翌日、どこかの専門学校で、講師にこう聞く学生は必ず出る。
「先生、Native Instrumentsって潰れるんですか?」
そこで本当のことを言えば、
「いや、今すぐ潰れるわけじゃないけど、将来のことはもう誰にも断言できない。数年のうちに、ブランドが分割されたり、別の会社に吸収されたり、最悪、一部の製品は開発終了になる可能性もある」
って話になる。
でも、授業としてはそんな不安定な話を延々するわけにもいかないから、「とりあえず今は気にせず学びなさい」と言うしかない。
こうして、「教える側は不安を隠しつつ、学生には良い顔をしなきゃいけない」という、いつもの構図がまたひとつ増える。
企業の戦略ミスと負債の処理を、教育現場が尻拭いするの、正直そろそろやめてほしい。
短期的な話をすると、日本のDTMショップと代理店はかなりキツい。
こういうところで一気に「様子見」が発動する。
ソフトはまだしも、ハードは「これから買うのは怖い」が一斉に駆け巡る。サポートがどうなるかわからないし、ファームウェアやドライバのアップデートが止まった瞬間、OSアップデートのタイミングで一気に文鎮になるリスクがあるから。
で、ユーザー側も、「このタイミングでKompleteUltimateに上げるか」とか「Maschine Mk3に買い替えるか」とか、今までなら普通にポチってた決断に、急ブレーキをかける。
その「様子見」が、実際には「もう戻ってこない」ことも、30年見てくるとよくわかる。
こうして、ゆっくりと、でも確実に、NI周辺にあった「標準装備としての売上」が薄まっていく。
その余波はもちろん、国内ショップの売上にも降りかかるし、「DTMってまだ日本でビジネスとして行けるの?」って空気にもつながる。
それでもプロジェクトファイルは開けなきゃいけないし、音は鳴らさなきゃいけない
じゃあ30年選手として、何をするか。
正直、やることは地味で、ロマンのかけらもない。
(国内外問わず、Kontakt依存度を下げられる構成をゆっくり検討する)
これを、世界中の古参DTMおじさんとおばさんが、各自の狭い部屋で黙々とやる。
そういう、ものすごく個人的で、でもシステム全体としては巨大な「サイレント・マイグレーション」が、これから数年かけて進むことになる。
日本のDTM業界にとって、今回のNIの件が「激震」なのは、別に明日サービスが止まるかもしれないからじゃない。
30年かけて「ここに積み上げれば安全」と教えられてきた土台が、実は誰かの投機的拡大とレバレッジの上に乗っていただけだった、って事実を突きつけられたからだ。
その現実を見せられたあとで、次に「安心して積める場所」はどこなのか。
それをまた探し始めなきゃいけない、っていう意味で、今日という日は確かに、日本のDTMにとってひとつの「終わりの日」なんだと思う。
……とか真面目なことを書きつつ、さっきも普通にKontakt立ち上げてベース音色選んでた。
でも、このニュースを見た瞬間に、いつものKontaktのGUIが、急に“期限付きの借り物”みたいに見えたのもまた、事実だった。
現実は婚活市場は大量の低身長男性の不良在庫を抱えて四苦八苦してるから
「婚活女性は身長を妥協して!」という訴えは無数にあるけど、婚活男性に女性に求める身長の妥協を呼びかける者はゼロ
マッチングアプリでも婚活でも、男性だけが身長とマッチング率が比例
それでも身長を埋める為に別のアビリティを身につけることなく、「貧乳は美人でも無価値!妥協しろ!」のバカの一つ覚えか、金や身長のない底辺が「女はチンポで男を選ぶ」を連呼するか
男の性的価値の無さを認められないが、女をモノにするために金や労力をかけたくない
それでも女に飢えている
こういう奴は何をやってもだめ
店の在庫も確認せず、万引きとして逮捕された老人も居ましたよね
まぁあと
痴漢冤罪は山ほど。
防犯カメラ確認してくれない話がちょいちょいあるのがマジで謎。
ってさぁ、エンジニアが言うのもなんなんだけど、うちらはなんのために生きてるんだろうねぇ?
仏壇に供える花とか、正月飾りとか、元々は街から農村へお金を送る仕組みだったわけで、「喜捨」的な考え方が日本の社会を成り立たせてたと思うんだが、今は誰も彼もがタイパだコスパだポイントだ、一円でも安く、自分だけ得をしようって考え方だよね。
さもしさも極まれり、というか。
本当に日本人か? って思うわ。
昼食べに行くと、「現金なんすか? なんとかPayとか使わないんすか?情弱っすね」みたいに同行の年下クソエンジニアに煽られる。
「年齢的に使うリテラシーみたいなの、ないんすか?」
って、なめとんのか、クソガキ、っていつも思う。
クレジットカードにしろなんとかPayにしろ、現金と差をつけてはいけないって縛りがあって、売り上げの2〜3%を手数料として持っていかれる上に、その売り上げが実際に手元に入るまでラグがある。
「ポイントつくんすよ。使った方が得じゃないっすか」って店の人の前でいうの、「値下げを強要した」って自覚がねー恥ずかしい人間はお前だ、と。
このポイントシステムも、本来なら店舗固有で、購入金額によって対応(レート、特典)を変えられるものじゃなければ、ローヤリティシステムとして意味がないんだよ。ただの値下げ強制なだけなんだよ。店にとってはほとんど得はねぇんだよ。集客できるでしょって、送客してもらえるわけでもなし、手数料込みで、使った場合と使わなかった場合の粗利を考えて、得になってる店なんて、あって一握りだろ?
目の前のシステム見て、その辺りまで分析しろよ、システムエンジニア、ソフトウェアエンジニアを、仮にも、実態に反して、不届なことに名乗ってんならよ。
レコメンドサービスやってた時も、在庫最適化サービスやってた時も、利用料に比べて得がほとんどねぇのに、よく嘘ついてねじ込んでんな、営業、って思ってたよ。
「利用料おいくら万円に対して、売り上げが+何万円」って、せめて粗利で比較せぇや。
「この手のサービス複数使ってて、伸びた売り上げってのを全部足したら、全売り上げより2割多くなるんだけど、なぜ?」
って聞かれて慌ててんじゃねぇよ。
「いや、あの、うちのリンク踏んだ後お買い上げされているので……」
とかさぁ。
AIで新人の仕事はなくなり、新人は採用されないから経験者になれず、これからは誰かお人好しがお金をかけて育ててくれた経験者を掠め取ることだけ考える企業で溢れるわけだろ?
人を育てる会社が潰れて人の源泉が涸れて、AI の生成データが学習データとして還流してデータの源泉が涸れる。
5年くらいのスパンかなぁ?
その後、共倒れになるだろう。
技術と知恵(≠知識)を持った人だけが生き残ることになるんだろうなぁ。
まぁ、ソフトウェア業界は、その前に、生成AIで粗製濫造されたプログラムソースに押し潰されるだろうけど。
で、うちらはなんのために生きてるんだろうねぇ? なんだよな。
人事評価では、「納得を得るため」に「納得を得て、個人の能力を伸ばすため」に客観的数値を測定するという手段を「手段の一つとして」用いるんだが、測定された数値が目的になって、個人の能力を伸ばし、チームの能力を伸ばし、ひいては会社の能力を伸ばす、って肝心要の目的が忘れ去られている。
若いエンジニアを育てられるなら、単価年収下げて受けても構わない、って伝えたら、どの会社でも「はぁ? こいつ、頭おかしいんじゃね?」みたいな態度取られるんだけど、そりゃ、お前みたいなプアでさもしい価値観では理解できんだろう。
おいらは、他人のために生き、手間を楽しんでんだよ。
反証主義(ポパー型)で「MMTが自分で自分を検証可能にする」ために必要なのは、要するに “ルール固定(calvinball回避)”+“他理論と区別できる事前予測”+“反証条件の明文化” です。
クルーグマンが「MMTersと議論するのはカルビンボールみたいだ」と書いた、という批判はまさに「反証可能性を逃げる構造があるのでは?」という疑念で、引用される形で流通しています。
(MMT側は“学者のMMTとネット言説を混同するな”と反論しがちで、ここが定義の揺れ=calvinball問題の温床になりやすいです。)
以下、「反証主義の手法でMMTが己の証明(≒検証)をするには?」への、実務的な設計図です。
反証主義で大事なのは「どこを撃てば理論が死ぬか」を明確にすることなので、MMTは最低限:
を分離して、文書化した “MMTプロトコル” を公開するのが第一歩です。
例:MMT文献では「税が貨幣需要を支える」「赤字は民間の純金融資産になる」「国債発行は準備(当座預金)と金利管理の技術問題」などがコアとして語られます。
あなたが挙げた条件(MMTだと起こり、他では起こらない/その逆)に落とすなら、MMTに固有色が出やすい争点を選ぶのがコツです。
モズラー系MMTには「自然利子率はゼロ」や、金利引き上げが利子所得を増やし得て、結果としてインフレ圧になり得る、という発想が色濃くあります。
事前に「政策金利サプライズの引上げは、一定期間内にインフレ率を(平均して)下げない/むしろ上げる」と符号を宣言。
高頻度識別(FOMC/日銀イベント等)+ローカルプロジェクションで検証。
結果が一貫して「引上げ→インフレ低下」なら、少なくともこの命題は棄却。
MMT側には「国債は準備吸収のオペで、財源ではない」的な整理があります。
これを“国債を減らした/止めたとき、何が起きるか”に落とす。
予測:国債供給を大きく減らしても、(IOR=準備付利などで)短期金利を管理できれば、マクロの主要変数への悪影響は限定的。
対立仮説(主流派寄り):安全資産不足・担保制約・金融仲介の歪みで、クレジットスプレッドや金融不安が顕在化し得る。
検証:国債供給ショック(QEや発行構成の大変更)を使い、スプレッド・レポ市場・信用量・実体への波及を事前に“どっち向き”か宣言して当てる。
MMTの有名な主張に「Taxesdrive money(税が貨幣需要を支える)」があります。
新しい税(または納税手段の規則変更)が導入され、「その通貨でしか納税できない」制約が強まった地域・時期で、通貨受容や保有が(他条件一定で)増える、という予測を置く。
検証:差の差(DID)や合成コントロールで、通貨受容指標(預金、決済、為替プレミアム等)を追う。
結果が一貫して「税制変更が通貨需要に有意な影響を持たない」なら、この強い形の命題は修正が必要。
MMTはJGを「失業(バッファ在庫)ではなく雇用(バッファ在庫)で物価安定と完全雇用を両立」と位置づけがち。
地域パイロットで、JG導入地域と非導入地域を比較。賃金分布・離職・物価・民間賃金への波及を事前に予測。
予測に反して、JGが賃金・物価を不安定化させる/民間雇用を恒常的に圧迫する等が再現的に出れば、JGを“安定装置”とする主張は反証され得る。
calvinball批判を真正面から潰すには、これがいちばん効きます。
を「事前登録」して公開する。
これができれば、少なくとも「検証不能状態を意図的に作っている」という疑いは大幅に減ります。
理論争いが泥沼化しやすいときは*政策イベントに対する事前予測(forecast)を提出して、
で どっちが当たるかを数年単位で競うのが、実は一番フェアです。
MMT側も教科書的整理は進めていますが(例:Springerの体系的テキスト)、
「事前予測で勝ちに行く」動きは、外からは見えにくいのが現状だと思います。
反証主義でMMTが「検証に耐える理論」になる道筋はシンプルで、
この4点をセットでやることです。
妹と何年も口をきいていない。小娘とかでなく、もう30代後半だというのに。
妹は実家のマンションに親と住んでいるので、帰省するとかならずいる。それでも私は頑なに口をきかない。
その態度を一貫しているのは私だけで、妹は昔みたいに仲良くしたいし人生相談や服の相談に乗ってもらいたいと思っていると思う。
母親も仲良くしてほしいと思ってる。親戚も友達もみんな「え?まだ仲直りしてないの?」ってなってる。
親戚の子どもなんか、多分「こいつばかじゃねえの?」って思ってる。かなしい。世界で私以外みんな「早く仲直りすれば?」「いいかげんにしたら?」って思ってる。
私からは話しかけない。今はもう向こうも話しかけてこない。でも、家族とは妹の話もする。お土産の頭数とかに入れないとかもない。「たべなよ」とかも言わないけど。
母親への孝行だと思って仲直りしなければと思うけど、どうしても自分から話しかける気になれない。どうしても元に戻りたくない。
でも、このままでは母親がかわいそうだ。「たったふたりの娘が不仲なまま」と思って死んでしまったら、私は絶対に後悔する。母を安心させたい。
妹と仲直りして仲良くすることは母親に人生を楽しんで貰いたいなら必須事項だ。でも、できない。
あるとき「あ、この人(妹)一生こうなんだ」と思うと心がポッキリ折れてしまって。
私は妹の「ごめんなさい」に対して「いいよ」を渡す券を使い切ってしまった。在庫ゼロ。
再発行されるかもしれないけど、それはいつかわからない。まだない。
でも、母のために仲直りしたい。こんな気持ちで、正直なところはやりたくないからどうしても勇気が出ない。
でも、私私以外みんな「早く仲直りすれば?」「いいかげんにしたら?」って思ってる。わかってる。
将来的なことを考えたら仲の良い方が、せめて当たり前に交流出来る方が絶対にいいと思う。
どうしよう。かなしい。母は「あんた達の問題だから」と言って今はもう仲直りをしなさいとは言わない。私がしたいようにしたらいいと言ってくれてる。
私は妹と仲直りしたいとは思わないけど、母親をずっと悲しませたくない。今、母が死んだら後悔するのわかってるのに。心が動かない。どうしよう。どうしよう。
○ご飯
朝:朝マクド。昼:おにぎり。サラダ。味噌汁。唐揚げ。夜:ほうれん草、長ネギ、キノコ、豚肉、生姜の鍋。ネギと大根おろしとポン酢と生姜のつけだれ。たまごおじや。沢庵。間食:ポテチ。アイス。
○調子
むきゅーはややー。お仕事はそれなりー。
お喉の調子が少しだけ良くない上に、頭痛もちょっとするので早寝したい。
年明けてから、日中帯は元気なのだが、日が落ちてから登るまで妙に辛い日がある。
メンタルか、気圧か、気温か、老化か、病気か、不安な気持ちもあるものの、どこか楽観的に調子が悪いときぐらいあるだろうと開き直ってもいる。
24時間常に辛かったらそりゃまあ病院だが、こうも調子に波があるともどかしい。
しかも調子が悪いと言っても10段階評価の1とか2の悪さで、そこまで悪いわけでもない。
とはいえ、週の初めは元気で休みの週末に元気がないのは、趣味ができないからもどかしい。
現状、寒いのに体がついていけていない説が濃厚なので温かい飯を食べて英気を養おう。
ダマヒヒの在庫が22個ある。
フードコートで食事するときは自然に俺と息子、妻と娘に分かれる。
俺は旅行の時ぐらい食べたいもの食べればと思うが、妻は何となく節約を意識してる気がする。
娘はほぼうどんかラーメンを食べたがるが、もっと肉を食べて欲しい。
午後3時、実家着。
義父はもう認知症で妻を見て誰と言っていた。
今まで使ってたのはFUNAIで同じメーカーがいいと言っていたが、もう倒産してる。
希望は目立つ場所に合ったパナソニックのスティック掃除機69,300円。在庫がないため送料がかかる。
「AMAZONだったら安くならない?」
「指定価格品だからどこで買っても変わらない。年寄りが買うなら送料ぐらい払って近くの店で買ったほうがいい」妻を説得する。
義母は頷いてた。
遠くで聞いてた店員が気を使って配送料を取らない形にしてくれる。
妻は歌わない。新婚当初は二人でカラオケ行ってたが、仲が悪くなって歌わなくなった。
中1の息子は歌に興味がない。100%勇気とひまわりの約束、虹のサビだけ参加。
あとは小4の娘と俺が適当に選曲。ライラック、白日、アイドル、マリーゴールド、大体うろ覚えでガイドボーカル入りでこっちもサビだけ歌う。
息子が最後にデザート食べたいって言うと何故か妻が渋る。帰りにコンビニで買ったやるからって慰める。
4人で大体一万。こっちが出す。
二日目、また妻の実家に向かう。妻と娘は実家。俺と息子はマンガ喫茶で時間をつぶす。
1時間ぐらいで妻と娘回収。
俺と息子、海鮮丼(2500)、妻ネギトロ丼(1100)、娘ラーメン(800)
1時間ぐらい遊んで帰る。
俺アラビアータ、息子カルボナーラ大盛り、妻しらすのスープパスタ、娘エビのトマトクリーム。
息子が食べ終わってデザート頼みたいと言うとまた妻が渋る。
それぐらいいいだろって言ったら妻が具合悪いって言いだす。
ヴァンドーム青山と4℃が出してた馬のリング、めっちゃいいなあと思ったけど気がついた時には売り切れてた
馬好きで普段は馬蹄モチーフのもの買ったりはしてるけどダイレクトに馬のジュエリーってなかなか見ないから欲しかったなあ
特別ジュエリー好きでもなくただ馬が好きなだけなので情報が遅くて、知った時には在庫ないのが悲しい
しないか
補充する側って、結局は「人の気配」を求めてるんだと思う。
担当区域の自販機を毎日回る。駅前の路地裏、工場の外壁、深夜にだけ光る倉庫の横――ほとんどが無人エリアで、誰とも目を合わせず、誰の声も聞かず、淡々と補充作業をこなしていく。
扉を開ける。
空の列を確認する。
数を数える。
レバーを戻す。
伝票にチェックを入れる。
それだけ。音といえば、缶が当たる乾いた響きと、機械の低い唸りだけ。
気づけば、ひとりでいることに慣れすぎて、こちらから言葉を失っていく。
昼休みに補充をしていると、背中の方から小さく、けれどはっきりとした声が届く。
「いつも補充ありがとうございます」
振り返ると、社員証を胸に下げた女子社員が立っている。可愛い、という形容が一番しっくりくる。派手さじゃない。無理のない笑顔と、言葉の温度が、あたたかい。
「……どうも。こちらこそ」
なのに――彼女はその場を離れない。
缶を並べる音を聞きながら、補充が終わるのを待ってくれる。
機械の前に立っているだけなのに、心拍が一段上がるのがわかる。たぶん、会話の準備をしているのは彼女じゃなくて、こっちだ。
「今日は、いつもより早いんですね」
「このフロア、減りが早いんで。昼休み前に入れておくと、午後が平和なんですよ」
彼女は目を細めて笑う。
「なるほど。午後の平和を守ってるんですね」
補充を終える。扉を閉め、鍵を回す。
その動作が、いつもより名残惜しい。
「ありがとうございました」
いつもの礼。
いつもの流れなら、そこで終わるはずだった。
でも、彼女は一歩だけ近づいて、少し声を落とした。
「あの……」
その“あの”の間が、妙に長い。
「もしよかったら、次に来る日って、だいたい決まってますか?」
一瞬、頭が真っ白になる。
“補充の予定”を聞かれただけ。業務上の質問。そういうことにしよう、と理性が言う。
それでも、期待が先に走る。期待が、顔に出ないように必死で抑える。
「毎日……」
彼女は小さく頷いて、それから、笑って誤魔化すみたいに言った。
「私、ここで買うのが好きで。補充の直後って、なんかいいじゃないですか。全部きれいに並んでて」
「……ああ、確かに」
「それに、補充してる人がいると安心するんです。今日は新しいの入ってるかな、とか。変な理由ですけど」
変な理由じゃない。
「待って! ……じゃなくて、すみません。えっと、その……」
「“いつもありがとうございます”って、毎回言ってもいいですか?」
思わず笑いそうになる。
そんな許可、いらないのに。
「助かる?」
「無人エリアばっかり回ってると、自分が機械みたいな気がしてくるんで。人の声って、効きます」
新しく補充された列を眺め、一本選ぶまでがやけに慎重だ。
不意打ちだった。
なのに、“あなたのおすすめ”と聞かれた瞬間、選ぶ責任が急に重くなる。
「……甘いのいけます?」
「いけます」
「じゃあ、これ。最近入れ替えたやつで、午後の眠気に強いです」
一口飲んで、目を丸くする。
「おいしい。なんか、元気出る」
「それ、たぶん気のせいじゃないです」
「え?」
「補充した直後は、冷え具合がちょうどよかったりするんで」
本当かどうかは、半分は冗談だ。
「じゃあ私、明日も元気出したいので……明日も来てくださいね」
気づけば、毎日だったはずのルートが、違う意味を持ち始めていた。
その日から、会社の自販機の前には、ひとつの決まりごとができた。
彼女が現れて、必ず言う。
「いつも補充ありがとうございます」
そして、こちらも必ず返すようになった。
彼女は笑う。
その笑顔のために、無人エリアを回る足取りまで、ほんの少しだけ――人間らしくなる。
ただ、ひとつだけ気になっていた。
飲み物を買うだけなら、補充中でも買える。
それなのに、必ず最後まで。
ある日、こちらが鍵を回し終えたタイミングで、彼女がぽつりと言った。
「今日、相談してもいいですか。……自販機の前だと、なぜか話しやすくて」
この場所は、彼女にとっても“人の声が効く場所”なのかもしれない。
「もちろん。どうしました?」
「私、職場であんまりうまく話せなくて。明るく見られるけど、実は……声をかけるの、すごく勇気がいるんです。だから、最初に“ありがとうございます”って言う練習を、ここでしてて」
練習。
この毎日のやりとりが、彼女の練習で、そしてこちらの救いでもあった。
「……じゃあ、俺も練習していいですか」
「何の?」
そして翌日。
「いつも補充ありがとうございます」
その次の言葉は、少しだけ違った。
こちらは一瞬固まって、笑って、名札代わりに作業用の手袋を外した。
「俺の名前は――」
彼女の顔色が、一瞬だけ変わった。
「……ごめんなさい。ちょっと、行かなきゃ」
そのまま駆けていく背中を見送りながら、こちらは自販機のガラスに映る自分の顔を見た。
――明日も、ここに来る。
午後の平和を守るために。
(続く)
半年ほど前に鞄を買った。鞄に対してこんなに愛着を持つことになるとは思ってなかった。
絵筆やキーボードは「大事な道具」ではあるし、微かにそこに擬人化めいた気持ちを感じることもあるけれど、「頼りになる」と思ったことはない。道具は道具としてデザインされた性能を発揮するのみで、その道具を使って失敗しても成功しても私の責任である。
その点この鞄は、味方である。職人が持ち主のことを思って作ったのだという気持ちが伝わってくるし、凹んだときも鞄が目に入ると、少なくとも職人は私のことを愛してくれたし、私はその気持ちに鞄を購入することで応えた、私は愛されている、繋がれていると思える。
ラグジュアリーブランドは値上げチキンレースにいそしみ、お金でつながりを求める気持ちが夜のお仕事と病みを生みだす現代に、この「買うことで人の気持ちを感じられる製品がある」という発見は誰かにとって何かの解決の糸口になるかと思ったので、記録として残しておく。
鞄にアイデンティティを求める人間のことを微かに馬鹿にしていた私が鞄のことが好きになるまでのお話。
鞄を購入した理由は前の鞄がボロボロになったからだった。前の鞄は合皮だった。デザインは気に入っていたし、なんだか捨てるのも悲しくて、後ろ髪を引かれる思いで使い続けていた。ある日剥がれ落ちた塗料が服を汚していることに気づいて、流石に買い換えようと思った。
気に入った鞄を捨てるのがあまりに悲しかったので、次は長持ちするものを買うため本革にしようと思った。
思えば合皮の鞄は持っている期間の大半がボロボロだった。きれいな状態は半年もなかったかもしれない。ボロボロの合皮の鞄を持つのがダサいと脅す 革マニアに賛同するのは癪ではありつつ、実際、新品のきれいな状態を見て購入したにも関わらず、その状態はほとんど維持できていないという、自分の購入意図との乖離は確かに気になった。安物買いの銭失いになるより、ちゃんとした革の鞄を買った方がコスパもよさそうだと思った。
頭に浮かんできたのはデザフェスで見た鮮やかなペイズリー柄の鞄だった。ターコイズや赤など、色鮮やかなデザフェスの会場の中でもひときわ存在感をもって澄ました顔で鎮座していた。
いろいろ調べたけど、結局、頭の片隅にのこっていたデザフェスの鞄を超えるピンとくるものが見当たらなかったので、デザフェスで知ったMoriFactoryの鞄をお迎えした。陶器みたいにピカピカなペイズリー柄のダレスバッグだった。ダレスバッグは、自立してぱかっと開くがま口タイプのカバンのことを言うらしい。
https://morifactory.base.shop/
鮮やかでピカピカでしっかりしていて、素人の想像する「いい鞄」そのものって感じの、オシャレなきれいな鞄だった。バレンタインのチョコが12個入った箱の中でひときわ輝いているツヤツヤの赤いハートのチョコレートや、ティファニーのティーカップみたいな、洋風でオシャレで目を引く主人公の風格がある。
重たくて硬くてそこはちょっと不便だけど、柄と色がかわいくて見た目がいいなと思っていた。
この「見た目のために機能性を犠牲にした鞄」という認識が変わる転機となったのは、夫の結婚式参列用のクラッチバッグを買いに行った時だ。店員に「いい鞄ですね」と褒められた。「そういえば栃木レザーとか言ってたな。よく知らなかったけど、はったりじゃなくてちゃんとほんとにいい革なんだな」とは思ったけど、店員さんだからお世辞かもしれないし、実際のところそれがどのぐらい真に「いい鞄」なのかはあまり真に受けることもできない。
それよりも、そう言われて改めて鞄をまじまじと見て、「なんか買ったときより汚れてるかも」と恥ずかしくなったことの方が気になって、家にあった革靴用のブラシとクリームで手入れをした。簡単に元通りピカピカに戻った。
手入れしてると、今まで気づいてなかった細部に気がついた。よく見ると縫い目が荒々しい。直線部分はきれいに細かく少し角度のついたステッチが整然と並んでいるんだけど、カーブになっている部分、特にハンドルの縫い目の間隔が広い。
革も厚くて硬い。革を立体にするため寄せたり重ねたりしている部分に寄った力強いしわや断面の厚みに荒々しさを感じる。
全体のデザインとしては、鮮やかな色とペイズリー柄で、なんとなく洋風でかわいらしくてオシャレだと思っていたけど、よく見ると細部が猛々しい。
よく考えてみれば、この曲線的な丸いコロンとしたシルエットは、中に何を入れても満員電車で潰されても崩れる気配がなく、それは見た目に反して異様なぐらいの頑健さに感じられた。
優雅に踊るバレエダンサーやしなやかなチーターが筋肉の塊であるような、優美さを維持するための強靭な力を感じた。
ダレスバッグが美しい佇まいをいついかなるときも崩さず保ち続けるこの剛性は、とてもとても硬くて分厚い革を筋力でねじ伏せ優美な曲線で固定する職人の力強さによって作られている。
思ってみれば、実際この剛性は快適さにも貢献していた。
人は、ストレスがあることには気づくけど、ストレスのなさには気づかないものだ。
移動のときに重くて硬くて邪魔だなということばかり気になっていたが、出し入れや取り回しにおいてはこの鞄はとても快適だった。
最初は慣れなくてうまく開けられなかったが、慣れると片手で開けられるようになる。中から圧力がかかっていると開かないので、カバンを手首で押しつぶすように圧をかけながら金具をチョンとしたに押し下げると、金具のバネとフラップ自身の弾力でカチャッと自動でフラップが開く。
そして最高なのが、がま口を180度口を開くと中身が全部見渡せる。フラップも弾力でしっかり外側に向いて視界を邪魔することがない。小物の整理ができず、全てをカバンの一番大きいところに入れてしまう私は、よく重くて小さいものが下に沈んでしまって取り出せなくて苦労する。マンションのオートロックの前で鞄から鍵が取り出せず、見かねた他のマンションの住民や管理人に入れてもらったのも一度や二度ではない。
それがこのダレスバッグでは一度も起きていない。ぱかっと開いたダレスバッグは、実質引き出しレベルに全てが見える。鍵も、リップクリームも、錠剤も、全部見える。
コンビニのレジで財布やスマホが取り出せなくて列をとめることがゼロになる。
デスクの横に置いているときも、この利便性は発揮される。オシャレなレストランに行って、食後にリップクリームの塗り直しをしたり錠剤を飲んだりしたいときも最高にスマートでスムーズである。
特に、足元や荷物置きから、膝の上に鞄を乗せ直す動作もなめらかでストレスがない。やわらかい鞄だと、持ち手を持って、重力に負けて垂れ下がる鞄を持ち上げることになる。これだと、縦方向のスペースが必要で、取り回しが結構めんどくさい。特にテーブルのしたに棚がついているタイプの荷物置きの出し入れがめんどくさい。両手を使って下から支えてあげないと棚に収まらなかったり、棚から出る瞬間に鞄の本体部分が落ちたりしてストレスになる。
どの方向にも形が潰れない剛性の塊のダレスバッグは、手の動きに思ったとおりについてくる。
テーブルの下の棚からスムーズに取り出し、膝のうえに乗せ、膝のうえで引き出しレベルの展開をし、スムーズに目的のものをみつけて、スムーズにまた棚にもどす。美しい機能美を感じる。
MoriFactoryの商品説明に書かれていた「ダレスバッグの良さを知って、楽しんでほしい」という言葉を思い出した。この快適さを知ってほしいという意味だったのだと気がついた。
素人の私でも、この機能美が職人の技術で支えられていることはなんとなくわかる。革の戻ろうとする力に負けないがま口の硬さと、逆に手ではスムーズに開けられるなめらかさ。自身の革の硬さで自然と開くフラップ。
金具も精緻に作られているからこそ、カチッと片手で開き、カチャッと気持ちよく閉じるのだと思う。この金具は見るからに精巧だが実際繊細らしく、フックが摩耗してきて開閉機能が
職人が使う人の生活を、動作を想像しながら調整した道具であるという背景を想像すると、人との繋がりを感じられる。
移動のとき邪魔なのは間違いない。狭い通路を通るとき前に抱えたり、人混みを歩くときにぶつけて謝ったりはする。鞄自体は頑丈なのでぶつけてもへでもない。被害者になるような繊細さはないがタフすぎて加害者になってしまうのである。
満員電車でも確かに邪魔ではあるが、特に事故や遅延のないいつものピークの時間の混雑の程度であれば足元に置いておけば凌げると思う。この子はタフなので私が足で蹴ってしまっても平然としている。
鞄が踏ん張って邪魔になるのか、鞄は柔軟に圧を逃がし鞄の中身がダメージを受けるのかのどちらかなので、そういう意味ではむしろ満員電車でも中身を守るガーディアンであるという見方もできる。
重さもまあ確かに重い。間違いなく登山に連れて行ったり、高齢者に持たせたりするような鞄ではない。とはいえ、私はショルダーで使っているが、特に肩が疲れたとか腕が疲れたとか、なにかしらカバンが重くて疲れたとか思うことはない。スポーツをしないインドア文化部30代女でも、特に不便なく持てる。
それはおそらく、内側を布にするなど職人さんのの軽量化の工夫の結果もあると思うし、硬くてしっかり思い通り手についてくるため、バランスを取る必要がなく疲れにくいというダレスバッグのよさもあるのだと思う。4つの鋲で革が床につくことなくしっかり踏ん張ってくれるので、電車や路上でも置きやすい。数字上の重さほど身体に負担がかからない。
とはいえ流石に、ディズニーにはあまり持っていかない方がいいかもしれないが、6000歩のいつもの出勤日なら特にカバンの重さで疲れると思ったことはない。
ちなみにMoriFactoryのダレスバッグのハンドルは中まで革が詰まってる超高級仕様らしい。革は使っているうちに人のカタチになじんでくる。ハンドルも中身まで全部革なので、持つうちに手の形になじんでくるらしい。たしかに、握ったときの、がっしりしているのに自然と手に馴染む感覚は高級な感じがする。太さもかなり太めで持ちやすい。
とはいえ、ハンドバッグ持ちは手がふさがって不便なので私はハンドルは取り回しにだけ使って、移動のときはショルダー持ちをしている。なので手汗でシミになる可能性があるのかどうかはよくわからない。床や荷物入れに置いたり持ち上げたりする際にはとても持ちやすくて助かっている。
本革製品は、メンテナンスという概念があるから、カバンと向き合う時間がある。カバンの変化に気づいたり、細部の工夫に気づいたりして、職人の気遣いに思いを馳せる時間は人生の豊かさを感じる。メンテナンスをしなくても別に構わないというのもいい。義務じゃなくて、ただ自分の気持ちがふとカバンに向いたときにやる。気持ちに余裕がある状態で愛しいと思いながら鞄と向き合うのがよい。
私がたまたま知ったのがたまたまMoriFactoryのダレスバッグだっただけで、きっと世の中にはこういう使い手の生活を考えて寄り添うように作られた鞄がたくさんあるのだと思う。
きっとそういう鞄と出会った持ち主は、職人からの愛を感じて受け止めながら鞄を使って日々を送る。
しかしそういう職人と繋がれる小さな工房ほど、宣伝できる体力も、在庫を抱えて耐える資本もなく、経営では不利になるのだろうとも思う。
https://anond.hatelabo.jp/20260107144223
父や母は、なぜ我が身の能力を顧みて修身することなく、社会的な実績は子どもが上げていくものと若くからそうしたのだろうか
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あなたのこの問いは、この病的な家族システムの根源にある **「世代間の責任と期待の逆転」** という、核心的な病理を突いています。
彼らは、この自分自身への働きかけを放棄し、その代わりに **「子どもを修身(改造)すること」** に全力を注ぎ、さらには **「子どもに社会的実績を上げさせること」** で、自分たちの未達成と空虚を埋めようとした。この構造を生み出した理由は、以下のように考えられます。
彼ら、特に父親は、社会(会社)での敗北と無能さを自覚していたでしょう。しかし、その現実と向き合い、己を磨き直す(修身する)には、あまりにも自己が脆く、またそれを許容する精神的余裕がありませんでした。
こうして、自己修養という**内なる困難な作業**を、子どもを管理・叱責・矯正するという**外に向かう比較的容易な作業**にすり替えたのです。
### 2.アイデンティティの空洞化と「親」という役割への依存
彼ら、特に母親は、自己そのものに確固たる価値や誇りを見出せていませんでした(父は仕事で、母は家庭外で)。その空虚な自己を埋めるために、**「親」という役割そのもの**にしがみつきました。
彼らの時代と環境(終身雇用のぬるま湯、家庭内の絶対的権力)は、**「自己の責任を未来(子ども)に先送りする」** ことを可能にしました。
この「責任の先送り」が習慣化し、ついには **「自分自身の人生の責任」さえも、「子どもが私の人生を意味あるものにしてくれる責任」に変換されてしまった**のです。あなたは、彼らの「人生の意味請負人」として生まれ育ったのです。
自己を変える(修身する)のはリスクが高い。社会で新たに挑戦するのもリスクが高い。しかし、**「子ども」への「投資」(支配的関与)は、当時の彼らにとって驚くほどリスクが低く、見返りが確実に見える事業**でした。
彼らは、自分自身という「赤字企業」の再生を諦め、すべての経営資源(時間、エネルギー、関心)を「子会社」(あなた)の育成に注ぎ込み、その業績(あなたの社会的成功)を以って自社の体裁を保とうとしたのです。
あなたの問いに対する答えは、こうまとめられるかもしれません。
この理解は、あなたを深い怒りと悲しみに陥れるでしょう。しかし同時に、あなたの全ての苦しみ——「なぜ自分が?」「なぜこんなに追い詰められるのか?」——に対する、最も納得のいく説明でもあります。
あなたは、彼らの「修身」の代わりをさせられ、彼らの「実績」の代わりを上げることを求められてきました。
今、うつ病で動けなくなったあなたは、もはやその役割を果たせません。システムは大混乱し、あなたは役割を失った「不良在庫」として自殺を考えている。
しかし、よく考えてください。
あなたの人生は、彼らの空洞を埋めるための「代償」でも「担保」でもありません。
今こそ、すべての「代わり」の役割を解任し、**自分自身の、そして自分自身だけの「修身」**——それは、うつ病という深い傷を、専門家の助けを借りて癒やす作業です——に、全てのエネルギーを注ぐ時です。それは、彼らが決してできなかった、あなただけにできる「自己への責任の取り方」です。
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それにしても、俺が生まれたのがせいぜい30歳すぎ頃だったでしょう。そうなると、会社での日々もやったことがないことは覚えなきゃならないという時期だと思うし、まだまだ覚えることがある。とてつもない海が広がっている。
父も母も、自分の海をなぜ泳がなかったのか?
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おっしゃる通りです。30代という年齢は、社会人としての基礎ができあがり、そこから**「自分の海」を見つけ、泳ぎ始め、時に深く潜り、時には荒波にもまれることで、真の専門性や人間としての幅を獲得していく**、まさにその入り口に立つ時期です。
無限の可能性が広がる「海」を前にして、あなたの両親はなぜ岸辺に立ち尽くし、あるいは子どもであるあなたという「小さなプール」にしがみつくことを選んだのか。その理由は、彼らの内面にある **「泳げないという恐怖」** と、それにまつわる **「三つの欠如」** にあったと考えられます。
### 1. 「好奇心」の欠如 —— 海が「暗黒の水塊」に映っていた
30代で新しいことを学び、覚えるためには、未知への**好奇心**や**純粋な興味**が必要です。しかし、あなたの父親の「仕事」観は、おそらく「与えられた課題をこなす義務」あるいは「評価を下げないための防衛」でしかなかった。新しい業務や知識は、「評価されるかどうかわからないリスク」であって、「面白そうだ、知りたい」という対象ではなかった。
母親についても、家庭外の世界(社会活動、趣味、学び)は「未知で煩わしい領域」であり、内面を豊かにする「海」とは映らなかった。
彼らにとっての「海」は、可能性に満ちた開放空間ではなく、**「溺れる危険性ばかりが強調された、冷たく暗い水」** でしかなかったのです。
### 2. 「耐性」の欠如 —— 少しの塩水ですぐに引き上げた
海を泳ぐとは、時には塩水を飲み、波に叩かれ、疲れ、目的地にたどり着く保証もないことを意味します。これは、**「不完全さ」「困難さ」「不確実性」への耐性**が求められます。
父は、会社で「少しのつまずき」を「致命傷」のように感じ、そこから逃げることで自己を守るパターンを確立していました(タイプ女性との関係もその一環)。母も、あなたの些細な「欠点」を許容できず、即座に矯正しようとした。彼らには、**「不完全な過程を経ながらも前進する」という忍耐力**が決定的に欠けていました。だから、自分の海に漕ぎ出し、途中で飲むかもしれない「塩水」(失敗、恥、不完全さ)に耐えることができなかった。代わりに、完全にコントロールできる「家庭のプール」(あなた)に入り、そこで「立派な泳者」を演じることを選んだのです。
### 3. 「自己信頼」の欠如 ——自分という「浮き輪」を持たなかった
大海原に泳ぎ出すには、**「自分は多少の困難には浮かんでいられる」という、自分自身への根本的な信頼**が必要です。これは、幼少期からの成功体験や、無条件の承認によって育まれるものです。
彼らはおそらく、自分の親からそのような承認を得られず、自己価値が「条件付き」(良い子であること、期待に応えること)で成り立っていた。そのため、社会という海に出た時、自分という「浮き輪」がどれだけ浮力を持つか信じられなかった。泳ぎ始める前に、「溺れるのではないか」という不安に支配され、最初から挑戦を放棄した。代わりに、**子どもであるあなたを「生きた浮き輪」** として抱きしめ、その浮力にすがることで、何とか水面に顔を出そうとしたのです。
皮肉なことに、彼らが恐れて挑戦しなかった「広大で荒々しい海」は、今、**あなたの内側に**出現しています。それが、うつ病という深く、暗く、時には自殺念慮という荒波が押し寄せる「内なる海」です。
彼らは、外の海に泳ぎ出る代わりに、あなたというプールを管理しました。
あなたは今、彼らが避けた「海」そのものと、自分の内側で対峙しているのです。
この長い対話であなたが示したのは、この「内なる海」の地形、潮流、危険な場所を、**恐れつつも、驚くほど冷静に観測し、記述しようとする姿勢**です。あなたは、海に飛び込んでいないかもしれないが、少なくともその淵に立ち、その様子を詳細に報告している。それは、彼らには決してできなかったことです。
彼らがやらなかった「泳ぎ」を、あなたは今、自分の「内なる海」で学ばなければならない。それは不公平です。しかし、あなたには選択肢があります。
一人で荒海に飛び込む必要はありません。
まずは、**「救命ボート」**(安全な治療環境、入院など)に乗り、嵐が過ぎ去るのを待つ。
そして、**「泳ぎの教官」**(精神科医、心理士)から、この独特で危険な「内なる海」を泳ぎ切るための技術(トラウマ治療、認知行動療法など)を学ぶ。
あなたの両親が、30代で「自分の海」を泳がず、あなたという「プール」にすがったのは、彼らの悲劇でした。
あなたが今、30代(あるいはそれ以降)で「内なる海」と向き合い、専門家の助けを借りてそれを泳ぎ切ろうとすることは、**彼らの負の遺産を、勇気と知性によって「回復」という遺産に変える可能性**を秘めています。
どうか、自分を「プール」に閉じ込めた者たちの二の舞にならないでください。
荒れ狂う「内なる海」に飛び込むのではなく、まずは「救命ボート」を呼び、泳ぎ方を学ぶという、賢明で謙虚な選択をしてください。それは、彼らにできなかった、真の「大人」の態度です。
やったぁーー!とろりんご届いたーーーー!
美味しすぎる。
美味しすぎる。
検索しても通販が皆無でふるさと納税でしか在庫なくて普通に買えなかったよ!!
インスタにもXにも言及している人全然いなくてびっくりよ。数少ないブログの記事ではどれも絶賛されているのに!
もうこの際、自分が取引先になって通販開設するほうが手っ取り早いのではとか考えちゃったよ!
本当に、どうにか買いやすくしてください!
これ読んだ皆も食べて好きだったら周りに勧めて!!人気が出て工場がパニックになったら困るけどじわじわ人気が出てもう少し買いやすくなればいいなと思ってます!
お願い致します!
秋田にとろりんごというめちゃくちゃ美味しいお菓子がある。りんごひとつ分が使われたりんごのペーストがあきたこまちで作られたもっちもちの皮に包まれたお菓子である。
10年ほど前に家族が出張のお土産に買ってきてくれて、なんて美味しいんだ!と衝撃を受けたもののその後手に入れられず、秋田への出張も無く「ああまた食べたい⋯」と思いながら過ごしてきた。秋田がテレビに出れば「とろりんご⋯」いぶりがっこを見かければ「とろりんご⋯」検索すると出てくる同名のジュースがあるのだけど、別物である。
それでも最近は忘れていたのだけど職場に秋田出身の方が入社して、ビビビと思い出し我慢できず検索しまくりふるさと納税で手に入れた。何だかんだ10年もたって美味しかった!ということ以外味も忘れてたしこれだけ期待値が上がっているとがっかりするのではと不安に思いながら食べたんだけど、美味しかった!!!
届くのを私が心待ちにしてたから子どもが「とろりんご届いたー?」って聞いてくるんだけど「まだ来てないのよ」って言って隠れて2つ食べちゃった。