
はてなキーワード:国土とは
アロー戦争 英仏連合軍に大敗、清には対抗できる艦隊は存在せず海戦は起こらなかった
洋務運動の一環として清朝官僚の曽国藩、李鴻章によって江南機械製造局(現在の江南造船所)が上海に建設される
ロシアによって中東鉄路公司輪船修理工場(現在の大連造船所)が大連に建設される
日露戦争後、川崎造船所(現在の川崎重工業)が大連造船所と旅順造船所を運営
1945年までに3度にわたり拡張され、中国最大の造船所になる
★清朝滅亡
イギリスの実業家Nils Mollerが上海に"Mollers' Shipbuilding & Engineering Works"(現在の滬東中華造船)を設立
日本軍が江南造船所を占領し朝日工作部上海工場と改名、三菱重工が運営する
日本軍が"Mollers' Shipbuilding & Engineering Works"を占領し三井造船所と改名、三井造船が運営する
海軍の礎が築かれる
★中華人民共和国が成立
古寧頭戦役/金門戦役中国人民解放軍海軍は大量の漁船を徴用し金門島を占領しようとしたが大敗、これによって台湾侵攻を断念
戦争の歴史から、二度と繰り返してはならない、という思いを抱くのは日本だけではありません。中国もそうです。しかし、どんな教訓を得るかは、国によって異なります。
(略)
毛沢東は,1949年の中国人民政治協商会読第1回全体会議における開幕の演説で
「......どのような帝国主義者にも再び我々の国土を侵略させてはならない......我々は強大な空軍と海軍を保有しなければならない(......不允許任何帝国主義者再来我們的国土.....而且有一個強大的空軍和一個強大的海軍)」と指摘し,
1953年には
「わが国の海岸線は長大であり,帝国主義は中国に海軍がないことを侮り,百年以上にわたり帝国主義は我が国を侵略してきた。その多くは海上から来たものである(我們国家的海岸線視長,帝国主義就是欺負我僧没有海軍,一百多年免帝国主義侵略我臥大都是従海上乗的)」と軍艦の上で演説しました。
(略)
共通のできごとから「二度と繰り返すまい」と決意したとしても、国によって得た教訓は異なります。
いじめた側といじめられた側では、同じ出来事もずいぶん違った記憶になる道理です。侵略をして反省した側は「二度とあんなことはすまい」と消極的になり、侵略された側は「二度とあんなことはされまい」と積極的になるわけです。
そのために、国際政治の歴史の中では、あるときは羊のように餌食にされた国が、後には一変して狼のように振る舞い、そのことがかえって敵を増やしたりします。その逆だってあり得るでしょう。
朝鮮戦争勃発
劉華清ソ連・レニングラードのクズネツォフ海軍大学校に留学、セルゲイ・ゴルシコフに師事
第一次台湾海峡危機 江山島、大陳島を中華人民共和国が占領される
★6607型駆逐艦(鞍山級駆逐艦/7型駆逐艦/グネフヌイ級駆逐艦)がソ連から供与される
1930年代にイタリアから技術導入をしてソ連が建造した艦で時代的には吹雪型駆逐艦と同時期
50型警備艦(リガ級フリゲート)がソ連から供与され、6601型(成都級)としてノックダウン生産される
第二次台湾海峡危機金門砲戦中華民国側が防衛に成功、以降中華民国と中華人民共和国の間に大規模な戦闘は発生していない
その後中ソ対立によってソ連からの技術援助が打ち切られたため中国は潜水艦の国産化を迫られることとなった
存立危機事態とは、日本が国家と認めていない台湾のためではなく<アメリカが中国を抑止するため軍隊派遣行動に出て、アメリカが被害を被る場合に条約により日本が自衛隊を派遣する>ということ
台湾のために軍事行動を起こすわけでも、中国と戦うわけでもなく<アメリカを助けるため>
アメリカありきなんですよ
アメリカ自体が台湾有事に参戦するとも明言していないのに、そりゃあトランプに怒られますよ
そもそも、アメリカの盾になれ、という話でなんでアメリカのために日本が自国民を死地においやらねばならんのか?
中国と戦争をしかねない右翼政権の危険を、日本人は感じ始めてきた。右翼政権がなぜ危険なのか。実は、高市早苗総理らの右翼勢力は、西側先進諸国の通常の国家観(第一の国家観)とはまったく別の国家観(第二の国家観)を有していることが根本的な問題だ。これを理解せずに右翼リスクを理解することはできない。この二つの国家観を理解すると、現在の政局、国防上のリスク、これからの日本がめざす方向がはっきりと見えてくる。次の文章(高校卒業程度の国語力で理解することができる。新聞社説一つ分ぐらいの分量)を読むことで基本知識が頭に入る。ぜひお読みください。
賛同なさるかたはリツイートしてください。多くの人がこの二つの国家観を理解すれば、日本は現在の危機を脱することができます
世界が警戒する日本の「極右化」〜私たちはいま、重大な岐路にいるhttps://gendai.media/articles/-/51438
より抜粋
二つの国家観(人間のためにつくられたしくみとしての国と、人間を超えた集合的生命としての国=国体)を対比させて考えると、「ウルトラ・ナショナリスト」勢力の行動様式や、そのめざすものを理解しやすくなる。そして、現状を放置すれば、これから日本社会がどのような被害をこうむるかも予想できる。
第一の国家観では、国家を、ひとりひとりの人間の共存と福祉のための公共財である機械装置と考える。
国は水道や電気や医療や交通網のように、ひとびとの生存にとってきわめて重要なものだ。その意味で、危険な国家メンテナンス業務をおこなっている自衛官は、高圧線上で危険な業務をしている技師と同様に、尊敬されて当然である。
また、国に軍隊があるのも当然である(この観点から、日本が普通の先進諸国なみのリベラル国家になった後で憲法9条を改正すべきだと主張する筆者は、「リベラル・タカ派」と呼ばれることがある)。
この第一の国家観からすると、「ウルトラ・ナショナリスト」勢力のいう愛国心は、水道管や電線を愛の対象にするような、奇怪なフェテシズムの情熱である。すくなくとも、日本で愛国心というとき、そのような意味で語られることが多い。
そのような愛国心ではなく、苦労して磨き上げた、ひとりひとりの人間のための公共財機械装置の性能のよさに対するプライド、という意味での国家プライドはあるかもしれない。
国家が愛国心などというフェテシズムを万人に要求する制度は、日本国装置の性能の悪さとして、国家プライドを大いに傷つけるだろう。ただし、この国家プライドを新しく「愛国心」と名づけることも可能である。
それに対し、第二の国家観では、国家はひとりひとりの生命を超えた、より高次の崇高なる集合的生命とみなされる。このような現実感覚を生きるひとびとにとって、国家装置の防衛メンテナンスのための危険業務組織(軍隊)は、集合的生命の男根のように感じられる。
アメリカに負けて憲法九条を押しつけられたのは、「全能感を断念しなさい」と去勢されてしまったような、屈辱の体験である。
また集合的生命の根本にあるはずの神聖にして侵すべからず天皇を、単なる「象徴」にされてしまったのは、河童に尻子玉を抜かれ、腑抜けにされてしまったような屈辱である。
そして雄々しき大日本帝国は、自由だの人権だの民主主義だの甘ったるいおしろいをぺたぺた塗られて、女にされてしまったと感じる。
第一の国家観は、ひとびとの安全と生命を守りながら繁栄をもたらそうとうするリアリズム政治のための基本である。国益の計算や戦略的思考も、この国家観を前提としなければ何の意味もない。また軍隊は、この国家観にしっかり基礎づけて保有されなければならない。
第二の国家観は、非常時に短時間「だけ」、ひとびとを狂わせるための興奮剤である。必要がないときに使ってはならない。そして21世紀の世界でそれが必要になる時は、もうない。いまではこういったドラッグは、貧しい国々で誤用され、悲惨な流血や国土の荒廃をもたらす廃棄すべき毒物でしかない。
この毒物ともいうべき第二の国家観はどのようにして生まれたか。江戸幕府が支配していた日本列島は、列強の植民地にされる危険にさらされていた。
クーデター成功後、最弱国日本、最弱明治政府を背負った指導者たちは、ゆっくり変化する時間的余裕がないなかで近代国家をつくりあげるために、集合的生命感覚に酩酊させるしかけを、当時入手可能な素材からでっちあげるしかなかった。
それが天皇を中心とする集合的生命としての国体(という共同錯覚)である。そしてこの興奮剤は効いた。国家の集合的生命感覚は、天皇を中心とする国体として、ひとびとの魂の底に埋め込まれていった。
生存のための必要に駆られてこのような興奮剤を使うときは、そのまえに目覚まし時計をセットしておき、時がくれば醒めるようにしておかなければならない。目覚まし時計を管理すべき指導層は、大衆を騙すための薬物にのめりこんではいけない。
しかし、昭和初期から敗戦にかけて、指導層のあいだでも「〇〇は国体にそぐわない」やら「不忠」やらといった、自家中毒が蔓延するようになっていった。ヤクザが売り物の覚醒剤に手を出すように、国家の中枢までもが、緊急用大衆操作劇薬の自家中毒にやられたのだ。
狂気の興奮剤におかされた指導層は、アメリカと戦争をするといった愚行に走り、敗戦の条件交渉にいたっては国民の生命や安全という本来の目的(第一の国家観)よりも国体護持(第二の国家観)などという幻想の薬物を大切にするありさまであった。国家の指導者として、これほどでたらめな酩酊者たちは類をみない。
学者も含め多くの人たちは、昭和初期から敗戦までの日本のありさまを「軍国主義」と呼んできた。軍国主義の社会であれば、軍事的成功を第一の優先事にするはずである。
しかし、戦争中の日本はそうではなかった。合理的に国益を追求したり、戦争に勝ったりすることよりも、国体を護持すること、国体をひかり輝かせることが優先された。
集合的生命としての国体は、単なる全体への外形的服従の積み重ねから成るものではなく、臣民ひとりひとりが自発的に個人であることをやめ、〈全体において永遠の今になる〉ことの内側から高次の命としてひかり輝く。
カミカゼ自爆攻撃などで死ぬ瞬間こそが、その永遠の今であり、人として生まれた最高の栄誉であり、「本当に生きること」である。それは華やかに花が咲いたような生のきらめき(散華)でなければならない。
このような国体の覚醒剤的な疑似哲学作用は、軍隊の合理的運用すら破壊した。
太平洋戦争では、みこまれる戦果と自軍の損失を計算すれば無意味であることが明白であっても、散華の輝き自体が目的となった軍事作戦がなされた(これは即身仏のような自殺儀式であって、軍事的な「作戦」とは言えないのかもしれない)。
毎日新聞記者の栗原俊雄は、このような輝きを後世に残すためと称して、自爆特攻作戦が続けられた例を紹介する(栗原俊雄「日本人が終戦まで「特攻」を止められなかった、驚きの理由」)。
また、航空機の援護なしに戦艦大和を沖縄に派遣するのも、国体を輝かせるための集団自殺である。これが抗いがたい空気となったのである。
もちろん、国体のなかでは「西欧流」の個人主義は徹底否定され、すべての臣民が自発的に集合的生命の一部で「あらねばならぬ」のであるから、すべてが強制である。戦争終結の成り行き次第によっては、一億玉砕というすさまじい「自発的」な散華が、すべての人に強制されたかもしれない。
世界が警戒する日本の「極右化」〜私たちはいま、重大な岐路にいる
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世界が警戒する日本の「極右化」〜私たちはいま、重大な岐路にいる(内藤 朝雄) |現代ビジネス |講談社
日本中、さらに世界中で「森友疑惑」が報じられ、ひとびとの関心を集めている。国内で芝居見物のようににぎわっている一方で、世界では、日本の現政権と右傾化がどうなるかという関心からこの疑惑を報じている。現政権は日本を戦前の社会に戻そうとしている「ウルトラ・ナショナリスト」政権であると考えられており、日本が戦前のタイプの社会に戻るかどうかは、大きな関心事だからだ。この社会は、これからどうなってしまう...
最終更新
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トランプがしたいディールはたぶんこんなだ。
(中国の主張は尖閣は台湾省の土地だからひいては中華人民共和国の国土。台湾さえ引けば正統性はない。)
言ってることはわかるけど、ただ一般市民側の能天気さももう少しどうにかならんのかね
今の日本人って、いくら台湾が好きだろうと、全面的に支援する覚悟あるとは思えないんだよな
直接的に支援するならウクライナの時のような少額では済まないけど、既に生活苦しくてインフレ下で減税訴えるような層が支援する側にまわれるのかね
他国の戦争支援の為の高負担に耐えられるのって宗教的熱狂に後押しされてるイスラエルに対するアメリカくらいで、
EUではもう無理ってなってるから日本も無理だと思うんだけどな、好きだとしてもそこまでの思い入れないでしょ
今のアメリカだと中国の台湾領有は認める一方で、TSMCはアメリカ資本も入れて共有くらいの落としどころにしそうなのも怖い
俺は小学生の頃に世界地図を見ていて、なぜこれだけの数の国と国境があるのか不思議に思った。
もし世界が弱肉強食で成り立っているのであれば、1000年もあればいずれかの国の政府が世界を統一しているはずである。
なのに未だに世界は、現在では196カ国と非常に多くの国があり、国境を分けてこの地球の地表にて住み分けをしている。
もちろん過去には滅んだ国もあれば、国土の増減もあっただろう。モンゴル帝国のような世界を支配しかけた国もあっただろう。
しかし、そのどれもが道半ばで弱体化したり、内部分裂によって崩壊して元の「ちょうどいい国境」へと戻っていった。
これが何を示すのかというと、その土地の性質ごとに、その土地の国民の性質が大きく異なっているということだ。
例えばエスキモーが赤道直下の黒人と同じような生き方をできるわけがない。
つまりは、その土地の生活様式の中でしか国家というのは成立しない。
例え侵略して征服することができても、アメリカ合衆国日本州、中華人民共和国日本省となったとしても、
遠い未来では全く生活様式の違う本国と内部分裂を起こして崩壊する未来しかない。
しかし今現在も権力者たちは「俺は違う」という認知バイアスを起こして征服しようと非常に無駄な努力に税金と国力を使っている。
なぜ、この当たり前の真実をもっと世界は広めようとしないのか?
と、当時の子供の頃の俺は結論に至り、今も戦争や権力者たちの正義だの悪だの最新兵器だのを冷ややかな目で見ている。
そこに永遠はないし何の真理もないのに溺れる者たちは何を考えているのだろうか?
からの
「俺が出張ると世界大戦だからよ、まずお前らが死ぬ気で戦ってこい。国土守るためだから命なんか安いもんだろ?
支援はしてやるよ」
からの
支援した対価だろ?世の中タダほど高いもんなんかねーんだよ」
をくらうのが既定路線。
「ちょっかい出してこいよ」
中国にも
(2)以降についても,根拠をあげて反論しようと思ってんだけど,20251121123427が言うように「前提が違いすぎる」ので,何を書いても通じないんじゃないか,という気がしてきた。
ずっと,あなたたち「現実主義者」と私たち「リベサヨ側」で何が違うのか,というのを考えていた。それを書いてみようと思う。
たぶんだけど「為政者」という存在に対する根本的な信頼の有無なんじゃないか,と思った。
あなたたちは,為政者が常に(あるいはたいていは)正しい判断をしていて,現実の問題に対処するためにはしばしば法を超えてもしかたがなく,それに異を唱える人間は現実が見えていない,と思ってるんじゃないかな。
一方で私たちは,為政者こそが国を守るうえで最も警戒するべき相手であり,その行動は法でガチガチに縛っておかないといけないと考えている。縛りのかけられていない為政者は,ロシアや中国や北朝鮮がそうであるように,必ず国民を踏みにじる存在になると思っている。なので事に当たるおいては,何よりも法で許された手段の中だけで対応することを強く求める。その法律や閣議決定は,憲法で定められた縛りを絶対に超えてはいけないと考えている。現在の日本国憲法は,対外的にはともかく,国民を為政者から守るという観点で,それなりによくできていると思っているからだ。
(ちなみに憲法九条は,使い方によっては軍事力に頼らない国防を実現する強力な武器になったはずなのに,と個人的には思っているが,残念ながらそうなっていないので,改正もやむなしかなあ,という気はする。が,憲法を超えた自衛隊の使い方をするなら解釈改憲を繰り返すのではなく,まずは九条を正面から改正してから望むべきだし,人権に関する条文の改正は絶対に許さん)
まあ,そんなわけで,私らが国のやることに一々文句をたれるのは,決して愛国心が欠けている訳ではなく,これが私たちなりの愛国心だ,ということだけは理解してほしい。私たちの愛国心は,この国の国民と国土に向いていて政府には向いていない,というだけなんだ。
ヤフコメはともかく、ブコメでも中国相手に勇ましい事言ってる人たち、殺される覚悟あるのかなぁ。
どちらが悪いとかじゃなくて、話の通じない相手にイキがっても殴られるだけなのに、なんで落とし所を見つけようとしないんだろう。
戦争する、殺し合いをする覚悟はあるんだろうか。まともに貿易できなくなって、今以上に物価も上がって、仕事もめちゃくちゃになってもいいんだろうか。
ハテサを叩ければいいのかな。相手はアタオカなんだよ?中国はなんだかんだ理由にならない理由をつけて戦争仕掛けてきても、自分は死なないと思ってるんだろうか。ウクライナやガザを見て、中国が同じ事を日本にしないと思ってるんだろうか。日本が焦土になってもいいんだろうか。
百歩譲ってお前が死ぬだけならいいけど、日本の国土が一部でも焦土と化すのは俺は嫌だね。そういうのは地震や台風や熊だけで十分だよ。
ヤフコメなんかを見てても、こうやって太平洋戦争になったんだな、その反省を活かせもせずに、また戦争になるんだなって悲しくなってくる。
分裂。国土と人口が大きすぎるので、中国は常に統一⇔分裂の繰り返し。
今の中国は膨張主義に傾いているけど、縮めたければ膨らませばいいと老子も言っているように、仮にある程度膨張したとしても、閾値を超えれば自壊が待ってるだろう。
1に決まってんだろw 賢しらぶったはてブどもも100字のお気持ち抗議で終了。香港の何を見てきたのか。ネトウヨもいつもどおり勇ましいのは口だけ。衰退を選んだ日本も中国に国土献上して日本人はジェノサイドだからね。
①一択だろ。台湾のことを愛してるしめちゃくちゃよく行くけど、巻き込まれたくないし、日本政府は台湾政府を国家承認してないんだから介入する理由もない。
他国のことなんて知ったことではないの。日本の主権と国民の生命を優先する。集団的自衛権の根拠もこれだから選択肢はない。ただクリミア半島と同じで台湾は一瞬で併合されると思うよ。
見捨てる一択。独立派が数百人位殺されるかも知れんが、対日本の戦線が開くと桁が二桁上がると思うよ(漢民族では無いので対異国民戦線になる)/米国は見捨てるよ。
1だよ。ウクライナにもそうしてるしパレスチナにもそうしてる。それを批判するやつは今どこにいるんだ?ドネツク?ガザ?まさか日本にはいないんだよな?
『台湾の次は九州』と言ってる人も多いが飛躍しすぎ。そんな理由で軍事介入する方が危険が高まるし。形だけの経済制裁と『遺憾の意を最大限の強い言葉』で表明するくらいでは?
そして、外国政府が自国民に日本からの避難勧告を出したら、即飛行機に乗って逃げろ。
ウクライナでもガザでも、耳の早い外国政府は、争いの予兆をかぎつけると自国民に避難勧告を出すからね。
逃げ先は、オーストラリアかカナダか、お金持ちならドバイとかに。お金ないなら南米のブラジルとかもいいのかも。
戦争が起きたら円はゴミになるので、ゴールドETFやドルなどの別の資産で積み立てな。
逃げてる飛行機の上や現地から売却注文を出して、お金を移せるようにHSBCとかの海外の銀行や、ビットコイン等の口座を作っておけ。
ここまで想定しておけば、大丈夫だよ。
日本は衰退し続けている。
このような反論が返ってくる
「衰退していない、緩やかに成長している」「ゼロ成長でマイナスにはなっていないのだから衰退ではない」
たいていの人はこのような認識だ
そして原因は「政治が悪い」。99.9%はこのように答える。
いやいやいやいや、民主国家で主権は国民にあるんだから国民の責任でしょ。
政治家に騙されたと言うが、何年騙され続けてるの?やっぱりバカじゃねぇか
かつ、毎回騙されてるのにちっとも反省しない、記憶力がヤバい。
小学生が急に成長が止まったとする、
とは言わない、諸外国が成長し続けてる、世界平均で年4-5%成長してて自国だけ30年間ゼロ成長なんだから
なにかが間違えてる、病院にでも連れて行くのが普通だが、お薬を飲もうとしないのが日本人。
そもそも日本人は自信過剰だ、我々民族は優秀、このような幻想を抱いている。
いやいやいやいや、自力で産業革命も民主化も成せなかった程度でしかない。そこらの土人と変わらん。
ギリ中世までは到達できたが、そのほとんどが中国や朝鮮からの盗用
独自の文化が花開いた、的な枕詞で賛美するが、江戸時代、科学的な成長や成果は皆無だ。
金銀銅、当時のレアメタル三種セットと主要エネルギーの石炭が廉価な労働力で無尽蔵に採掘できる国で
成長しないほうがおかしい、成長というても、余りある金で西洋から文化、科学を買ったにすぎない
大正から昭和初期、世界中で鉱山開発が進み、主要エネルギーが石油に転換し秒で斜陽、
かろうじて残っていた社会資本(軍事力他)をフル回転させアジア周辺国から搾取して生き延びていたわけだが
西洋から「そーゆーの、えー加減にせぇよと」、フェアにやろう、非人道的、不条理不合理な弱者からの搾取はもうやめよう。
植民地とかもうやめよう、ってかつて植民地のフィリピンをとっくに独立させていたアメリカが日本に突きつけたのがハルノート。
ハルノートを強欲なアメリカが理不尽な要求で日本を追い詰めた、という図式で解釈している奴がいるが、
中身読んだ?歴史勉強した?どうみても真っ当で妥当で正当性のある要求でしかない。
だが、国内で3500万人程度の食料しか自給できない国土にもかかわらず、無計画に人口増やし続けた結果、7000万人。
輸出して稼ぐにも天然資源はすでに国際競争力を失い、第二次産業、加工産業も長らく西洋の模倣しかしておらず
独自技術や先端技術は無いので西洋の製品に価格も性能も敵わない、外貨を稼げない。
大消費地の中国に近く、西洋に対して輸送コストのみが競争力だった。
だが、第一次世界大戦で船舶輸送技術が大幅に進歩し、地の利を失った。
そこに追い打ちのハルノート、戦勝利権、大昔の最恵国待遇とかいい加減に戻せ、フェアにやれという要求にすぎない
アホかと。
問題は人口なんだから諸外国に頭下げて引き取ってもらいながら人口減らすしかない。
だが、日本人は賢くて優秀、なんだそうだ。
そもそも焼け野原になどなっていない。ありゃアメリカが諸外国から手を引かせるためのプロパガンダにすぎない。
実際には工業力はさほど毀損していない、米軍はちゃんと狙って攻撃していたのだ。主要都市の主要施設、重要な橋や製鉄所は外していた。
かつ、アメリカは太らしてから弁済させる、計画だったのだろう。他の大国からは賠償権を放棄させ、小国には雀の涙で賠償を承諾させ、
全ての戦勝利権と国家制御権を手にしたのがアメリカで、経済成長全振りの社会政策、ハレーションや矛盾は無視。
で、いまだにチューチューされてるのに、低知能の日本国民はアメリカにべったり、
短期的経済成長全振りを80年やって社会矛盾が出まくりなのに認知できない。
中国が正当な戦後補償を求めていたらそもそも日本はとっくに消えて無くなっているのにね。
日清戦争で日本が被った被害と得た賠償金を調べてから、日中戦争で日本が与えた被害を比べてみ、無理ゲー
が
どんだけ神だよ
尖閣諸島が欲しい?
上げろwくれてやれ、差し上げなさいw
が、優秀な国民で輝かしい我が国は、領土は1平米も譲らん、なんだそうだ。
南京大虐殺は捏造とか言うてるの、それ以外で4,500万人殺してるのは事実だろうがよ
中国には経済力でダブルスコアで完敗、と思って調べたらすでにトリプルスコアだったw
それでも、日本人は優秀、政治が悪い、なにも変えない、変えたくない、省みることはない、正しい歴史認識!
言っとけカス
環境省の最新資料[1]では、ツキノワグマの生息数を「約4万2千頭以上」と推計している。しかし、この数値の実態は、調査手法も精度も異なる各県の推計の中央値を単純に合算したものに過ぎない。 「以上」という表現から察せられるように、これは正確な実態を示すものではない。専門家でさえ、全国の正確な生息数を把握できていないのが実情だ。
この推計値がいかに曖昧であるかは、秋田県のエピソードが端的に示している。2019年、同県はカメラトラップ調査とベイズ推定により生息数を2,800〜6,000頭とかなり幅の広い推計した。さらに深刻なのは、この推計に基づき「2023年に2,314頭(当時の推定中央値の半数近く)を捕獲したのだから絶滅に向かう」といった主張すら見られた。しかし、実際には2025年現在過去最悪の被害が出ていることを考慮すると、当初の推計値が実態を捉えていなかった、あるいは半数捕獲という見立てが正確ではなかったことを示唆している。
より精度の高いDNA検査を用いるヘア・トラップ法も存在するが、高コストがネックとなり、十分な調査予算が確保されていない。
ツキノワグマによる被害は10月をピークに11月以降は減少傾向に入るため、冬が近づくと議論が下火になりがちだ。しかし、生物の個体数は指数関数的に増加しうるものであり、長期的な視点での政策が不可欠である。現状のように正確な生息数がわからなければ、将来的な管理目標や、適切な捕獲数上限[2]を設定することは不可能だ。今、目の前の被害が一時的に減ったからといって対策を先送りにすれば、国土の大部分が山で覆われる日本の将来に、深刻なツケを残すことになる。
持続可能な頭数管理を実現するため、今こそツキノワグマの正確な生息数調査への予算措置を最優先で行う必要がある。科学的アプローチの一丁目一番地は、信頼できるデータを集めることから始まるのだから。
[1]:環境省資料 https://www.cas.go.jp/jp/seisaku/kumahigai_taisaku/dai1/shiryo1.pdf
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