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はてなキーワード:因果関係とは

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2026-02-11

anond:20231012165658

そもそも作り話かもしれないから乗ること自体馬鹿馬鹿しいという前置きの上で、流れてきた話題に乗ってみる。
自分猫舌からといって、熱いうちに食べたいという家族希望を知ってるのに故意に冷ましてから料理を出すという話が仮に本当ならば、それは嫌がらせであり擁護余地はないと思う。—ystk (@lawkus)October 13, 2023

ただ、何品も作る場合に全ての料理が熱々でないことは致し方ないことも多い。
作り話でないとしても、筆者が「料理が熱々で出てこないのが気に食わない。要望しても改善されない」と「妻は猫舌」の間に勝手因果関係見出し故意だと思い込んでいるアレな人という可能性も否定はできないな。—ystk (@lawkus)October 13, 2023

Permalink |記事への反応(0) | 12:15

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ショートで大コケしたチームみらいが、議席を取れた理由

SNSではチームみらいのショート動画が得票の割に再生数少ないと指摘されているが、マーケティング観点から的外れ

なぜ彼らに支持が集まったのか。理由は極めてシンプル。みらいの提示した政策パッケージが、他党と比較して設計強度が圧倒的に高かったから。ただそれだけ。

得票分布ヒートマップを見れば一目瞭然だ。江戸川区葛飾区では低調だが、中央区港区千代田区といった、いわゆるパワーカップルや高度専門職が集うエリアで支持がある。ここの支持層は日頃から膨大な文書を読みビジネスを動かしているホワイトカラー層だ。残酷なほどに、平均年収支持率が正の相関を描いている。

そして彼らは、テキストを読むことに苦痛を感じない。むしろ15秒で消費されるだけのコンテンツ情報の欠落を感じ、不信感を抱くものだ。彼らはみらいのマニフェストを実際に読み、その持続可能社会保障システムへの再設計案を自分咀嚼評価した。

一方で、ショート動画をバズらせていた他党の支持者は長文のテキストを読む習慣がなく、あるいは複雑な因果関係理解できなかった。

誤解を恐れずに言えばショート動画というフォーマット自体思考リソース節約したい層に向けた麻薬のようなものだ。それに脊髄反射して投票行動を決めてしまう層と、文章を読み込んでその実現可能性と自身資産への影響を計算して投票する層の間には、富の格差以上に深い絶望的なまでの認識力の断絶が横たわっている。

おもしろいのは、この支持が都心部だけに留まらなかった点だ。これは陰謀論で言われているのとは異なり、東京ほどではないにせよ、一次情報に当たり政策を読み解くことができる層が関東以外にも残っていたという証左だ。場所がどこであれ、読む人は読むし、理解する人は理解する。動画しか見ない層を最初から相手にせずとも、文書を読める有権者だけを効率よく囲い込めばこれだけ戦えるということが証明されてしまった。

だが、ここからが大変だ。キャズムを超えマジョリティ層まで届かせるつもりなら、ショート動画しか物事判断できない層に向けて政策解像度を極限まで下げたコンテンツを作らなければならない。論理感情翻訳し、正しさを削って分かりやすさを取る。 次の戦いはそこになるだろう。

最後根拠のない批判してる人たちに一言言いたい

最近ちゃんとまとまった文章読んでる?

Permalink |記事への反応(2) | 10:52

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2026-02-10

置き論破

近々、周回遅れの話が増田に輸入されてくると思うので書いておく。

①いずれ悪いことが起きるに決まってるから今のうちから引き締めないといけないんだ。

雨乞い論法。雨が降るまで踊ればいつか雨が降る。

本当にそれは決まっているのか?因果関係は?そこを示さないとただの嘘です。

ゾーニングしてないのが悪い。

ゾーニングとは?

法規制などに違反してなければ良いはず。

好き嫌いを他の言葉に置き換えて自分を大きく見せるのは卑劣

法律お気持ちベースに決まる。

法律がそのように作られることがあると言うことは、今のお気持ち法律と同等であることを意味しない。

立法プロセスを踏め。

Permalink |記事への反応(1) | 12:12

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2026-02-08

anond:20260208194252

AIに聞いて上げたぞ

高市政権が「戦争に近い」と言われる主張には、事実解釈が混ざっており、因果関係が飛躍している部分が大きい。以下の4点で整理できる。

1. 「抑止力強化=戦争志向」という短絡

高市氏の主張は、軍拡ではなく“抑止力可視化”が中心。

敵基地攻撃能力: これは先制攻撃の解禁ではなく、すでに攻撃が始まった場合の反撃手段の話。国際法上も自衛権範囲内で、多くの国が標準装備している能力

国防費増額:日本防衛費は長年GDP比で主要国より低水準。増額は「異常な軍拡」ではなく、同盟基準への調整に近い。

・核共有の議論議論すること自体保有と別。NATOでは長年制度化されている現実があり、「議論核武装」という理解は飛躍。

抑止力を強めるほど戦争が近づくという理屈なら、軍事力を持つすべての国家が常に戦争直前ということになる。

2.憲法改正=好戦化という誤解

憲法改正論は「戦争するため」ではなく、法的整合性問題

自衛隊の明記: 現状でも自衛隊存在し、活動している。明記は“現実の追認”であって新戦力の創設ではない。

・フルスペック自衛権: すでに限定的に認められている集団的自衛権を、条文上整理する議論行使するかどうかは政治判断であり、自動的戦争参加を意味しない。

「戦える準備=戦う気」という解釈は、消防署を建てたら放火する気だと言うのに近い。

3.歴史認識安全保障を直結させる無理

靖国参拝歴史観と、即座に戦争リスクを結びつけるのは外交単純化

靖国問題外交摩擦の原因にはなり得るが、軍事衝突の直接要因ではない。現代戦争資源地政学安全保障構造で決まる。

歴史教育国内歴史観議論が即有事に繋がるなら、世界中歴史論争国家は常に戦争状態になる。

外交摩擦と軍事衝突の間には巨大な距離がある。

4.対中姿勢挑発という前提の問題

経済安全保障はすでに多くの先進国採用している標準政策

サプライチェーン再編: 米欧も進めている。特定国依存を下げるのはリスク管理であって敵対宣言ではない。

台湾有事への言及日本地理的条件上、無関係はいられない現実の共有。関心を持つこと自体挑発になるなら、沈黙しか外交手段がなくなる。

現実安全保障リスク認識することと、戦争を望むことは別物。

総じて、「戦争に近い」という評価は、政策存在動機や結果に直結させた心理的連想に近い。抑止力の強化や制度整理は、多くの民主国家平時に行っている通常の政策領域であり、それ自体戦争志向意味するわけではない。

どうせAI使うなら両論併記ぐらい考えないと

使い方下手だな

Permalink |記事への反応(1) | 19:55

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製造業第二次産業のある地方中核都市女性未婚率が低く結婚やす

女性男性比較できないか男性製造業で勤務地に縛りがあって雇用が安定しているという条件が重なると未婚率が下がるようだ。これを目指すと結婚はしやすい。

ロボットみたいだな。

1. 条件が揃うと未婚率が下がる構造

男性側の条件

職業製造業工業第二次産業雇用安定、収入安定

勤務地が固定される →引っ越しや転勤の不安が少ない

生活基盤が予測可能 → 家庭形成安心材料

女性側の心理環境

比較対象が少ない(地方中核都市人口限定的

生活の安定が重要視される →男性が安定職だと結婚に踏み切りやす

結果として

女性は「この人と結婚しても生活は安定する」と判断

都市部のように「もっと良い人がいるかも」と比較して先延ばしする心理が弱い

そのため、未婚率が低くなる

2. まとめると因果関係

要素効果

男性職業製造業工業雇用収入が安定 →女性安心

男性勤務地固定 家庭設計がしやすい →女性結婚決断やす

女性比較対象少ない地方都市のような晩婚化圧力が小さい

結果 未婚率が低くなる(30代女性結婚やすい)

ポイント

都市部は出会いは多くても、女性比較心理で「もっと良い相手いるかも」と先延ばし → 未婚率高

地方中核都市生活の安定感+比較対象の少なさが重なる →結婚意思決定が早く、未婚率低

まり統計に出ている「製造業第二次産業のある地方中核都市女性未婚率が低い」現象は、男性雇用安定+勤務地固定+女性比較心理が弱い環境が重なった結果だと考えられます

Permalink |記事への反応(0) | 12:38

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アンチ陰謀論者になる瞬間

燃やし手→アンチ陰謀論

 

1.◯◯がxxという理由炎上した、けしからん行為へのフォーカス

2.◯◯は△△ということもしていたらしい、人として最低だ【人格否定の始まり】 

3.◯◯のファンが□□みたいなことをした、□□も人として最低だ【連帯責任での攻撃の始まり】(外集団均一化バイアス

4.++ということもあったが、◯◯が原因に違いない【陰謀論者の始まり】(因果の逆転・相関の混同

5.◯◯がファンに愛されている、やはり頭がおかしいか洗脳されているか、水増しされている、なぜならこのデータを見てほしい【陰謀論者の完成】(認知の歪み・確証バイアス

6.XX界隈の者だけど、◯◯のファン攻撃されている【陰謀論者の被害妄想】(反転攻勢による自己正当化

7.◯◯の仲間や、スタッフも同罪であり、もっと叩かれなければならない【陰謀論者の聖戦化】

 

陰謀論者にならない人

1.行為安易に叩かない、炎上に与しない → まともな人に留まる

2.人格否定しない → 「詰みを憎んで人を憎まず」に留まる

3.ファンや界隈を攻撃しない → 人と集団を切り分けられる人に留まる

4.全ての陰謀に関連付けない → 因果関係は大事にできる人に留まる

5.都合のいい分析をしない → 冷静な分析はできる人に留まる

6.自分らを被害者として正当化しない

7.攻撃範囲を広げない

 

こう見ると、4・5あたりから「何いってんだこいつ」となるから、フリでやるのも厳しくなるよね

炎上させてる叩いてる人」と「陰謀論者」には大きな差があるように思える

Permalink |記事への反応(0) | 12:13

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2026-02-07

消費税減税は訴えない

何だろ?

データに詳しいとか主張している割に、数字しか見えてないなぁ、としか思えん。

相関関係だけで語り、因果関係理解してない手合いに近い。

かに社会保障費がでかいというのは手取りに直接響いているように見えるだろう。

けど、消費税は「安定雇用減」に効いている。

時間効果がデケェんだわ。

んでもって、中小企業ジェノサイド大量破壊兵器でもある。

他党との差別化を図っていて、「お勉強中途半端にできる『ボクは他人ちょっと違うんだ』的な逆張りスト」には好物になるんだろうけど、全体感がなくててんでダメ、としか言いようがない。

Permalink |記事への反応(0) | 20:50

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anond:20260207194501

いや、その「漫画感想」の例え、成立してないんですよ。

まだ出版されてない漫画の内容を断定的に語ったらアウトですけど、

僕が言ってるのは「内容を知ってる可能性がゼロとは言えない」って話なんですよね。

ここ、致命的に混同してます

・「事実だと主張する」

・「断定はできないと指摘する」

この2つ、全然違うんですよ。

で、悪魔の証明の話を持ち出してますけど、

それ完全に逆で、

「速度が異常だからAI確定」って断定してるのはそっちなんですよ。

断定した側に立証責任があるの、知ってます

こっちは

「その断定は成立しない前提がある」

って言ってるだけで、

人間だと証明しろ」なんて主張してないんですよ。

たとえるならこれ、

犯行時刻に現場にいた可能性がある」って言ってる人に

「無実だと証明できなきゃ犯人な!」

って言ってるのと同じで、

それこそ悪魔の証明のものなんですよね。

しかもまだ一度も

タイプ速度の算出方法妥当

投稿時刻が入力時間を反映してるか

・速度=AIという因果関係

このどれも説明できてないんですよ。

要するに今の主張って、

悪魔の証明を避けてるつもりで、

自分悪魔の証明を振り回してる状態なんです。

で、肝心の数学の話、

最初論点、どこ行きました?

そこに戻れない時点で、

もう勝ち負け以前に

議論破綻してるって気づいたほうがいいと思いますよ。

Permalink |記事への反応(1) | 19:46

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2026-02-06

結局はてな民氷河期世代自己責任だって思ってるじゃんw

実に示唆的なブコメが盛り上がっているのでまとめておく

https://www.tokyo-np.co.jp/article/466865

https://b.hatena.ne.jp/entry/s/www.tokyo-np.co.jp/article/466865

記事東京新聞記事

氷河期世代ブラック労働疲弊ドロップアウト、今まではれいわに投票してたけど何も変わらない!

失望しました!参政に入れます!という内容だ

まあそれ自体はどうということもない「あるある」記事なのだ

笑えるのがブコメの反応である

参政党は外国人を蹴落とす政党だ!そんなところに入れるやつが蹴落とされるのは自業自得!」

「頭が悪すぎる!頭が悪いから右翼に騙されるんだ!」

と、普段経済的弱者への自己責任論に、薄っぺら批判している類のブコメ民が

実に勇ましく正しい政治的自己責任論を、突然蒙が啓けたかのように開帳しているではないか

なかなかに面白い展開と言える



一応言っておくと、彼らの結論ある意味、一周回って正しいとも言える

結局、氷河期世代で浮かび上がれてない人間は「自己責任」だし、それが端的に現れてるのだから

氷河期就職時点はともかく、景気が回復した現在ですら社会ポジションを見つけられていないのは

「利害を最大化するより先に脊髄反射簡単構造に飛びつき、敵を叩きたくなってしまう類のバカ」ばかりである

こういう人間簡単誘導されて左右のポピュリズム政党やらカルトにあっさりハマるし

逆に自分の利害に本当に重要キャリア形成とか資産形成継続できない

ましてや長期的・大局的な視座にたった政治行為など無理に決まっている



これはどれも同じような人間性質に起因する

目先のストレス信号誘導されやすく、長期的な利害をもたらす因果関係には鈍いタイプってことだ

こういう人はよほど運が良くない限り経済的にも社会的にも詰むし、しょうもない政治主張に回収される

ただしそれは「自己責任論を唱えたか自業自得」とか「蹴落とすものは蹴落とされる」みたいな

公正世界観念の話ではない

単に頭が悪い経済的にも社会的にも上手く行かないし

誘導されてそこまで重要ではない相手を「敵」認定して攻撃してしまうので

変な団体しか受け入れてくれないってだけの単純な話である

それがたまたま左翼政党に回収されれば外国人は仲間!敵は資本家グロバリスト!と叫ぶ

右翼政党に回収されれば外国人資本家の手先!敵は資本家グロバリスト!と叫ぶ

しかし細かい叫びに対して意味はないし、そもそも信念や理解があるわけではないのだ

単に他で仲間が作れないか同調しているだけ

もっと変なカルト教義にハマるのも同じだ


その意味では、さっきブコメしていた連中も対して変わらんというのが滑稽な点

経済的自己責任論さえ表面的に否定さえすれば

「徳」を積むことができるから自分たちだけは解脱して自己責任から逃れられるという発想に基づき

それ以外の観点からは同様に自己責任論を展開するのである

しかしもちろんそんなことは一切関係ない

目先のストレス信号誘導されやすく、長期的な利害をもたらす因果関係には鈍いのは同じだから

リアル経済社会活動はもちろん上手く行かないし

ネット上の政治誘導にも失敗する

なぜかと言えば政治的な支持を拡げるよりも目の前の気に入らない人間を叩くほうが楽しくなってしま

今回のブコメのようにね

もちろん今回だけではなく二十四時間三百六十五日飽きもせず同じことをやっており

その結果として当たり前のように弱者同士はいがみ合い、政治的連帯不可能になるのだが

なぜかその因果関係を全く理解せず

「なぜ俺達は嫌われるんだ!バカばっかりだ!」と左右に分かれて喚き散らしている

しかし何も不思議なことは起きていないのである

Permalink |記事への反応(0) | 21:46

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2026-02-05

###画像テキストの逐一ダメ出し

画像テキストは、ある本のページから抜粋で、サルトル哲学引用解釈したものと思われます。以下では、画像内のテキスト自然な文単位で分解し、各部分について「どこが間違っているのか」と「本当はサルトルはどういう話をしているのか」を対応させて指摘します。指摘は画像テキスト順に沿って進めますサルトルの主な参照元は『存在と無』(L'Êtreetleant,1943年) で、不安(angoisse, anguish)と自由関係議論した箇所です。画像テキストサルトルアイデアを大まかに借用していますが、用語の置き換え、文脈の歪曲、偽の引用が目立ち、全体として自己啓発的な解釈に強引に当てはめている点が問題です。

#### 1. 「と、こんな風に考えてしまう人もいるかもしれません。でも、他人人生凝視している間は、自分人生を生きていないということになります。」

#### 2. 「フランス哲学ジャン=ポール・サルトルは、こう言っています。」

#### 3. 「『憂鬱とは、他人人生凝視しすぎた結果である解決策は、他人人生凝視しないことだ。』」

#### 4. 「彼は、人生崖っぷちに例えています。」

#### 5. 「崖っぷちで下を覗き込むと、めまいが起きる。」

  • **どこが間違っているのか**: この部分はほぼ正しいですが、「下を覗き込む」(gazer en bas)とサルトルが述べているのは事実です。ただし、画像ではこれを「他人人生凝視」に繋げるための布石として使われており、文脈が歪曲されています
  • **本当はサルトルはどういう話をしているのか**:サルトルは「めまい」(vertige)が起きるのは、崖の縁で下を凝視した時だと述べます。これは物理的な恐怖ではなく、心理的なものです。原文では「Je suis surun sentier étroit, sans garde-fou, qui longeunprécipice.」(狭い道で、ガードレールなしに絶壁に沿って歩く)という状況です。

#### 6. 「それは、落ちる恐怖からではなく、自分飛び降り自由を持っていることを認識たからだ。」

#### 7. 「つまり他人人生凝視しすぎると、自分自由直視できなくなり、憂鬱になる。」

#### 8. 「だから他人人生凝視せず、自分人生を生きろ、というわけです。」

####9. 「本当の成功者たちは、そんな他人人生なんて気にしない。自分人生を全力で生きている。だから憂鬱になる暇なんてないんです。あなたも、そんな人になりませんか?」

全体として、このテキストサルトルの絶壁の例を借用しつつ、「憂鬱」「他人凝視」という独自解釈を加えており、原典から大きく逸脱していますサルトル本質は、自由の重みを直視し、欺瞞なく生きることです。もし本の文脈自己啓発なら、正確な引用ではなくインスピレーションとして扱うべきですが、ここでは誤解を招く表現です。

Permalink |記事への反応(0) | 15:50

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映画カッコウを見た

えっ、いまさらそれ一本で戦いにくるんですか!?でもそんなにストレートにくるのは逆に新しいかも!って感じのスーパーナチュラルSFホラー映画だった。66点。

 

父と義母、義妹の4人でドイツリゾート地引っ越してきた主人公は今の家族とあまりうまくいっていない。なんとなくギクシャクしながらも、父の友人のねっとりした金持ちに誘われて彼のホテルで働き始める。ホテルではあちこちでゲボ吐いてる女が居たり、スカーフサングラスの謎の女に追いかけられたり、お客さんと唐突マリファナキメてレズりだしてホテルの金盗んで逃亡しようとしたら事故ったりいろいろあった後にこのリゾートの謎を追う刑事と知り合う。果たしてこのリゾートに秘められた謎とはなんなのか。

みたいな話。

 

もう唐突ネタバレしていくんだけど。まさか2024年カッコウの生態一本で挑んでくる挑戦者がいるとは。

日本横断ウルトラクイズだったら「鳥に関する問題です。カッk」ピンポーン「托卵」ってなるくらいのベタ問でしょ。数限りない作品引用されてきたし、数限りないエロ漫画モチーフになってきた鳥クリシェオブクリシェカッコウの托卵。ただこの映画のすごいところはそこから更に一歩進んで二歩下がって、このリゾートカッコウ人間繁殖保護観察地だったのだ!というトンデモ設定をぶち込んできたところ。カッコウの生態を倫理観問題じゃなくて、ナマのそういう生態の新人類に託すとはやりおる。

習性として、カッコウ人間である義妹がバニシンツインであったり、意外と先に巣箱に生まれていた別種である姉とは共存できていたり、また他のカッコウ人間が鳴き声で周囲の人間の脳をハックするとかいろいろしっかり踏襲していたと思う。あとカッコウ人間の鳴き声で「同じ時間を繰り返す」能力はたぶん鳩時計(海外ではカッコウ時計と呼ばれている)のモチーフなのもわかる。

そしてストレートカッコウ人間したことで、当初はむしろ自分カッコウのように巣の中で一人だけ異分子感を持って苦しんでいた主人公が、母への留守電から義妹の優しさを知り、最終的にカッコウ人間という究極の異物である義妹を受け入れ女性パートナーという「母性という本能ではない」形で新しい家族を作るというエンドが決まってるのはよかった。まぁ両親はどこ行ったんや?という疑問はあるが。

ただ唐突レズりだした時はなんやこれと思ったし(それはそれとして大好物です)、最終的に考えてももっと掘り下げようあったやろという女性パートナー女性同士であれば托卵される心配もないので異性愛世界が滅ぶという世界観に対するクィアカウンターやったんかな?個人的にはやかましわ!って感じだけどそういうテーマもいいだろう。

そしてカッコウ人間ブリーディングしてたねっとり金持ちと、妻を托卵の際の現象事故死させられてしまった刑事主人公と義妹を挟んで「素晴らしい新人類なんだ!保護して繁殖させないといけない!」「そいつ悪魔だ殺すしかない!」と銃を突き付け合う展開は、今の日本の熊問題環境保護過激派VS人間のほうが大事過激派の争いを彷彿とさせるし、もっとジャンプするなら移民問題もつながる気がするしらんけど。

 

なにより映像がよくてねぇ(シミジミ)。開始してすぐに、あ、これフィルムで撮ってるんやなってわかるけど個人的には別にそれはどうでもよくて、俺別にフィルム思い入れないし。

最初にウッってなったのが冒頭のトイレのシーンで主人公が共同トイレに入ると誰かがやってきてドアをガチャガチャするっていう一般的な驚かしがあってその後、その主が隣に移動するのを陰で見せる。そして壁を映してそこで絶妙な間があってカメラズズズッと上に視点移動していく、当然上には隙間がある。コワすぎィ!

あとは何でもない主人公を映したショットなのになぜか主人公の奥の森の一部にカメラのピントがぬるっと合ってめっちゃ誰かがいる感出してきたり、夜に主人公自転車で逃げてるシーンで主人公の正面からショット主人公と並行する風景ショットカメラの振りの長回しで映すんだけどさ。並行する風景ではグラサン女が遠景の中とんでもない勢いでダッシュしてるのが見えて、また主人公の顔に戻って気付いてるの?いないの?ってなっててまた風景に戻るといない。そして主人公視点自分自転車の陰にふっと女と伸ばしてくる手の影が映る。コワすぎィ!

じわっとねっとりと怖い撮影がかなりすごいと思ったわね。

個人的カッコウ人間の鳴き声攻撃を受けた時に画面が振動するのは今どき音をあらわすのにそのエフェクトなん?とは思っちゃったかな。

主人公若い頃(フィフス・エレメントとか初代バイオハザード)のミラ・ヨヴォヴィッチみたいな尖ってるけど繊細な感じでよかった。ねっとり金持ちはいかにもすぎて逆にノイズ。こんなやつおらへんやろってちょっとなった。

 

そんなこんなで映像もよくてテーマ性もわかりやすくよくできてたけど、個人的にはもっとカーンって感じの作品とかロジック因果関係がはっきりしている作品のほうが好きなので、感想としてはよくできてるけど面白さはそこそこ!みたいな感じに落ち着いちゃったところはあるかな。あと、結局主人公と義妹の問題何となく解決したけど、主人公家族問題は散々胸糞だった割にうやむやになっちゃうのもなんかビミョー。俺は好きだったけど、そもそもカッコウ人間ってなんやねん!ってなっちゃう人にはちょっと厳しいか

そんな感じで美しい映像とねっとりしたいやぁな怖さのホラー映画好きにはオススメ

Permalink |記事への反応(1) | 09:39

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2026-02-01

人気者だから成果を出す?お前因果関係わかってる?

数学者が人気者になるとき、何らかの定理証明たからだ

もともと人気だった者があとから定理を見つけたのではない

政治家はどうだ?

何の成果もなく、人気だけが高い者が、あとから成果を期待されている

そういうの、希望的観測っていうんだぞ

人気者ならばいい人だ、いい人ならば良いことをする、っていう集団妄想

IQ100はこういうのが多い

Permalink |記事への反応(1) | 20:32

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2026-01-30

anond:20260128231712

今の老人が現役だったときは社保払ってないのに、若い人の給与からがっつり取っている。今の老人は税金がかかっていた世代ではないから、基本的若い人の日にならないほど貯蓄が多い。

高齢者負担を一律三割にしたところで、高額医療制度は維持される。日常的な風邪に対する負担額が若い人と同じになったところで、死亡率に因果関係は生まれない。

老人に死ねと言うのか、と言う奴がいるが実際は死なないだろう。代わりに若い人は老人になる前に死ぬことになる。

Permalink |記事への反応(2) | 00:25

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2026-01-29

anond:20260128233344

呪術思考って因果関係に踏み込まずにあれこれ推論するから統計と相性がいいんよ

Permalink |記事への反応(0) | 09:44

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2026-01-28

なぜ「なぜなぜ分析」はなくならないのか

会社ルールから

正確には、古い会社ルールを見直さず放置しているか

偉い人が言うから

正確には、偉い人が学習を怠り、過去自分成功体験を繰り返しているか

他の方法勉強していないか

なぜなぜ分析の結果は、対外的説明やすいか

「なぜなぜ分析」はなくならない理由はこんなものだろう。なお「対外的説明やすい」点についてはある程度は理解できる。なぜなぜ分析が示すシンプル因果関係ストーリーはわかりやすいことは確かであるしかし、結果として選択したシンプル因果関係ストーリーはすぐに破綻する。また別の理由で次のインシデントが発生するからである。再発防止策がさらに増える。チェックリストが拡充される。そして無駄作業ばかりが増え、生産性は落ちていく。

https://b.hatena.ne.jp/entry/s/agnozingdays.hatenablog.com/entry/2026/01/24/170000#bbutton

これはすばらしい言語化

まり最大公約数的な説明をしようとすると平均値の知能に合わせないといけないわけで、

まりワイのような平均値以下ではエンジニアリングはできないから、

こういう説明必要になるんだな。

無理にワイらに合わせず、できる人同士でやってくれとしかえんな

Permalink |記事への反応(0) | 00:30

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2026-01-26

【論考】「浸透」ではなく「召喚」された怪物:「山上徹也判決から見る統一教会自民党政治経済学

【はじめに】

システム工学的「エポケー(判断保留)」と、リヴァイアサン代謝

本稿は、現代日本政治における「権力宗教」の構造癒着、および「山上徹也」という事象を、道徳的善悪の彼岸にある「システム工学的な機能不全と最適化」の観点から記述する試みである

あらかじめ断っておくが、本稿には犯罪行為正当化する意図も、特定信仰弾圧する意図も一切ない。

現象の「論理的解明(Explanation)」は、決して行為の「倫理的擁護(Justification)」と等価ではない。

病理学者ウイルス感染経路淡々と追跡するように、筆者は犯罪者も、政治家も、信者も、すべて巨大な統治機構リヴァイアサン)を構成する「部品」および「代謝産物」として等価に扱う。

読者が感じるかもしれない不快感は、システムのもの内包する「非人間的な合理性」の反映に過ぎない。

筆者は前稿『歪なリヴァイアサン』において、自民党を「魂(イデオロギー)を持たない利益配分マシン」と定義した。

しかし、高度成長が終わり、配るべき「カネ(利益)」が枯渇したとき、魂を持たないこのマシンは、いかにして自らを駆動させる熱量調達するのか?

本稿は、この問いに対する回答である

システム生存のために、外部から安価な魂」と「無料労働力」を調達する必要があった。その調達先こそが、統一教会という名の「政治下請け業者BPOパートナー)」である

本稿では、リヴァイアサンいかにしてこの異物を「召喚」し、その病理的な代謝プロセスの中で、いかなる副作用山上徹也)を必然的排出したのかを解剖する。

序論:誤診された「犯罪者

2026年1月奈良地裁山上徹也被告無期懲役を言い渡した。判決文、そして世論の多くは、彼を「家庭環境絶望した、極めて特異で孤独犯罪者」として処理しようとしている。

しかし、これは誤診である。あるいは、意図的な隠蔽と言ってもよい。

我々の「システム論」の視座に立てば、山上徹也という存在は、決して予測不能バグ(異常値)ではない。彼は、戦後日本政治システムが正常に稼働し続けた結果、必然的排出された「産業廃棄物システムバイプロダクト)」である

彼を「極端な個人」として切り捨てることは、工場が川に垂れ流した汚染水奇形魚が生まれた際に、工場排水システム点検せず、「その魚の特異体質」を責めるに等しい。

第一命題冷徹なる「バーター取引」の明細書

なぜ、統一教会という異質なカルトが、日本政権中枢にこれほど深く食い込めたのか。

教会が巧みに自民党洗脳・浸透した」という被害者面をしたナラティブが流布しているが、これは歴史的にも構造的にも誤りである

正しくはこうだ。自民党というシステムには、構造的な「欠落」があり、その穴を埋めるために教会を自ら「召喚」したのである

自民党統一教会関係を「信仰」や「思想共鳴」で語ることは、事の本質を見誤らせる。

両者を結びつけていたのは、互いの「欠損」を補い合う、極めてドライで実利的な「政治バーター取引(交換条件)」である

この取引バランスシート貸借対照表)を精査すれば、なぜシステム教会を切断できなかったのかが明確になる。

自民党発注者)が得たもの統治コストの「極限的削減」

自民党教会から調達していたのは、カネ(献金)以上に、「カネのかからない実働部隊」であった。

無償公設秘書運動員人的資源ダンピング):

選挙には膨大な人件費がかかる。しかし、教会から派遣される秘書運動員は、給与要求しないどころか、教団の教義に従って「無私の奉仕」として24時間働く。

これは、企業経営で言えば「違法なほどの低賃金労働力」を独占的に確保しているに等しい。自民党議員にとって、これほどコストパフォーマンスの良い「兵隊」は他に存在しなかった。

鉄の組織票限界議席の決定権):

数万票単位で動く教団の組織票は、全体の得票数から見れば僅かかもしれない。しかし、当落線上にある小選挙区候補者にとっては、この「確実に計算できる数万票」こそが、政治生命を左右する決定打となる。

教会はこの票を餌に、個々の議員コントロール下に置いた。

「汚れ仕事」の代行(イデオロギーの防壁):

スパイ防止法制定や選択夫婦別姓反対など、リベラルからの反発が強い右派政策の推進運動を、「国際勝共連合」という別動隊に担わせた。これにより、自民党本体は「中道」の顔を保ったまま、保守層の支持を固めることができた。

統一教会(受注者)が得たもの:「略奪のライセンス

対する教会側が求めたのは、日本という巨大な資金源でビジネスを続けるための「不可侵条約」と「お墨付きである

権威ロンダリング信用創造):

教祖幹部が、岸信介安倍晋三といった歴代首相と並んで写真に収まること。あるいは、関連イベントビデオメッセージをもらうこと。

これらは単なる記念ではない。信者勧誘対象者に対し、「総理大臣も認める立派な団体である」と信じ込ませるための「最強の営業ツール」として利用された。政治家の権威は、霊感商法正当化するためにロンダリングされたのである

行政権力による「不作為」の防波堤

長年にわたり霊感商法に対する警察捜査消費者庁規制が、不可解なほど鈍かった事実は見逃せない。

さらに決定的だったのは、2015年の「名称変更」の承認である悪名高い「統一教会から世界平和統一家庭連合」への看板の掛け替えを、当時の下村文科相下の文化庁が認めたことで、教団は過去の悪評をリセットし、新たな勧誘活動を展開することが可能になった。

これは実質的に、国家が教団に対し、「日本国民から搾取継続してもよい」というライセンス免許)を更新したに等しい。

財務面での隠し報酬:「宗教法人格」というタックス・ヘイブン

教会が喉から手が出るほど欲しがり、自民党が頑なに守り続けた最大の利権。それは、日本国内に「聖域」と呼ばれる非課税地帯を維持することであった。

献金」という名の非課税売上:

通常の企業であれば、商品を売って利益が出れば法人税がかかる。

しかし、教会は「壺」や「多宝塔」を売る行為を、商行為ではなく「宗教的な寄付献金)」と定義した。

日本宗教法人法において、宗教活動による収入は「非課税である

これにより、信者から巻き上げた数千億円規模の資産は、国家による徴税というフィルターを通らず、丸ごと教団の懐に入った。これは、実質的国家が教団に対して「法人税相当分(利益の約20〜30%)の補助金」を裏で渡しているに等しい。

財務ブラックボックス化(監査免除):

株式会社と異なり、宗教法人は財務諸表の公開義務が極めて緩い(実質的に外部からは見えない)。

この「不透明性の維持」こそが、自民党教会提供した最大のサービスの一つである

信教の自由」を盾に、宗教法人法へのメス(厳格な会計監査義務化など)を入れないことによって、教会日本で集めた莫大な資金を、誰にも監視されずに韓国本部米国へ送金することができた。

日本は、教団にとって世界で最も効率の良い「集金マシンタックス・ヘイブン租税回避地)」として機能させられたのである

(元)連立パートナー公明党創価学会)への配慮という「人質」:

なぜ自民党宗教法人課税に手を付けられないのか?

それは、統一教会だけに課税しようとすれば、かつて自民党の連立パートナーである公明党支持母体創価学会)や、自民党保守地盤である神社本庁など、他の巨大宗教団体既得権益も脅かすことになるからだ。

この「相互確証破壊」の構造があるため、宗教法人税制はアンタッチャブルな聖域となり、統一教会はその「大きな傘」の下で安住することができた。

第二の命題山上徹也という「排出ガス」

この取引において、自民党は「政治コスト」を削減し、教会は「法的リスク」を回避した。

まさにWin-Win関係である

しかし、経済学原則として、「フリーランチ(タダ飯)」は存在しない。

自民党が浮かせたコストと、教会が得た利益。その莫大なツケを払わされたのは誰か?

その全てのツケは、「信者家庭からの略奪的採掘」によって支払われた。

ここで、山上徹也という存在の正体が明らかになる。

燃料としての家族

自民党に「無償秘書」を派遣するためには、教会職員を養うカネがいる。そのカネを作るために、山上徹也の母親は「霊感商法」によって資産の全てを搾り取られた。

山上家が破産し、兄が自殺し、一家崩壊したプロセスは、悲劇ではない。それは、自民党という巨大なエンジンを回すために、燃料として「消費」されたに過ぎない。

ラグ鉱滓)としての息子:

燃料(資産と家庭の幸福)が燃やし尽くされた後に残った、燃えない残骸。

金も、親の愛も、学歴も、社会的地位も奪われ、空っぽになった人間

それが山上徹也だ。

彼は社会不適合者だったか犯罪行為を起こしたのではない。システムが彼から全てを収奪し、その後の「廃棄物処理」を怠った結果、有毒ガスが充満して引火したのである

あの手製の銃は、狂人武器ではない。それは、政治システム排出した「毒」が、逆流して配管(安倍元首相)を破裂させた物理現象だ。

司法政治による「封印処理」

2026年無期懲役判決と、それに続く高市首相解散総選挙。これらは一連の「汚染除去作業である

判決意味

裁判所は、彼を「政治犯」として認めなかった。認めてしまえば、「自民党カルトを使って国民搾取していた」という因果関係司法公認することになるからだ。

彼を「母親への恨みで暴走たかわいそうな男」という物語に閉じ込め、刑務所という最終処分場隔離することで、システムは「我々には責任がない」と宣言した。

解散意味

高市首相は、判決の直後に解散を打つことで、この事件を「過去歴史」へと押し流した。選挙の争点を「教団問題からずらし、再度の勝利によって「禊(みそぎ)」を完了させる。

これにより、「教会を利用するシステム」は温存され、単に「より見えにくい形」で地下潜行するだけとなる。

結論リヴァイアサンは、今日も何かを食べている

山上徹也は極端な個人ではない。システムが生んだ副産物である

教会侵略者ではない。システム召喚した下請けである

この二つの命題が指し示す事実残酷だ。

我々が見ている「平和日本」は、山上家のような「声なき生贄」を燃料として燃やすことで、かろうじて維持されている。

無期懲役判決が確定した瞬間、システムは安堵の息を漏らしただろう。

だが、構造が変わらない限り、第二、第三の山上徹也(産業廃棄物)は、今もどこかの家庭で静かに生成され続けている。

リヴァイアサンは飢えており、次の燃料を常に求めているのだから

Permalink |記事への反応(0) | 18:30

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2026-01-25

anond:20260123234219

いじめられる側責任がない」ってのは、理論的には原因と結果、つまり因果関係について話している。

 

因果関係について話しているのであって、どっちが悪いか、つまり責任所在については話してない。

そこを混同されがち。

 

まりだな、例えば「ブスだから虐められました」が因果の原因にあるならば、

全てのブスがいじめられてないと矛盾するが、そうではない。

いじめられる側がブスであることは、「いじめの原因」ではない。いじめられる側が悪くて起きているのではないというわけだ。

そう考えていくと、いじめられる側の持つ共通の「原因」は存在しない。 

 

いじめる側には共通の原因がある。「やるやつがアホで倫理観が未熟」がそれだ。ここまで明確な事実

 

 

お前がやりたいことをちゃんと言いたいなら、あいつは確かにいじめにあったが、それとは関係なくムカつく奴だ、とか。別軸の話をせよ。

Permalink |記事への反応(0) | 16:11

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2026-01-24

伊藤詩織擁護派(あの界隈)のロジック破綻

伊藤詩織個人攻撃されたから、望月には個人攻撃していい」という論

不正根拠不正正当化している

個人攻撃は誰に対しても許されない

• Aが被害に遭ったことを理由に、Bへの攻撃正当化する因果関係は成立しない

原則放棄した瞬間に主張の正当性が失われる

普段個人攻撃誹謗中傷否定している

• 「今回は例外」とした時点で原則ではなく感情論になる

• 外からダブルスタンダードに見える

論点ずらしとして機能してしま

望月への個人攻撃話題が移る

制作過程説明責任手続き上の問題議論から消える

結果的に一番損をするのは擁護

伊藤詩織の主張の信頼性が下がる

擁護派全体の説得力が失われる

被害者支援という理念自体が傷つく

総括

個人攻撃例外付きで容認するなら、その原則最初から存在していない

過去被害と、今誰かを攻撃してよいかは完全に別問題

Permalink |記事への反応(0) | 18:57

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2026-01-22

虫歯の人って30代40代になると十中八九糖尿病らしいな

今糖尿の先生に罹ってて予備軍って言われたけどずっと虫歯治療してた事言ったら

糖尿発症者の8割以上が虫歯歯周病で通院中だって

そんな因果関係あったの知らんかったわ

Permalink |記事への反応(1) | 21:26

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これは典型的因果関係の誤認

これさあ。

非モテ女は「妊娠出産リスクを取れないか非モテ」なのではなく、「非モテから妊娠出産リスクの取りようがない」んだが?

ancv 私今頃気づいたんだけど、女性非モテは「妊娠出産リスクを取れない人」なんだと思う。だから妊娠出産を厭う女性ネットで叩かれるでしょ。過度に安全志向する人は、男女ともに非モテ

https://anond.hatelabo.jp/20260121161245

男にモテる女がリスクを嫌って男を避ける→分かる。

リスクを取らないから男にモテない→????分からない。

因果関係が逆じゃね?

そもそも男が寄ってこない女には妊娠出産リスクも何もないだろう?こっちはリスクに挑戦するチャンスも与えられてねえんだわ。

仮に自分から男に告白した所で断られたら非モテなんだから非モテと「リスクを取らない」事は何ら関係なくないかおかしくない?


「過度に安全志向する人は、男女ともに非モテ」はもしかしてから書き足したか有性生殖生物の仕組み上どう足掻いてもオスが動かなければ子供は作れないので、男の場合はまあ分かるけど。

女に当て嵌めるのは明らかにおかしいだろう?

典型的因果関係の誤認。原因と結果を逆に捉えている。

ていうか普段リベラルぶって人達がこのコメントに星を付けていてドン引き

相変わらず他の話題だと社会主義的なのに恋愛結婚子育て話題の時だけ自己責任論全開になる現象マジで!?

Permalink |記事への反応(5) | 12:28

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2026-01-18

anond:20260118205359

それ、因果関係をだいぶ雑にまとめてません?

再生数が儲かる仕組み」と「デマが増えること」に関係ゼロとは言わないですけど、

からといって「YouTubeの仕組みが原因でデマが増える」って断定するのは飛躍なんですよ。

まず、再生数が儲かるなら

事実ベース面白い動画も同じ条件で伸びるはずですよね。

実際、解説系・検証系・専門チャンネルちゃんと伸びてる例はいくらでもある。

それに、デマ陰謀論が伸びる理由って

「儲かるから」じゃなくて

信じたい人が一定いるからなんですよ。

YouTube

デマから再生される」んじゃなくて

再生されるもの機械的に出してる」だけ。

これ、人間の嗜好を反映してるだけで、設計思想問題とは別です。

あと大事なのが、

仮にYouTube再生数で儲からない仕組みだったとしても、

デマは別の場所に移動するだけなんですよ。

ブログ、X、Telegram、オフライン口コミ

歴史的に見て、メディアが変わるたびに同じ現象が起きてます

まり

再生数=金

・金=デマ

っていう一直線のロジックは成立してなくて、

正確には

人間は刺激の強い話を好む」

→「それが可視化されやすい」

→「結果的に一部が金になる」

この順番です。

で、ここを無視して

「仕組みが悪い」「会社が悪い」って言い切ると、

肝心の

なぜ人はデマを信じるのか

なぜそれを止められないのか

って議論から逃げてるだけになる。

それこそ、

「全部黒幕が悪い」っていう

陰謀論と同じ構造になってません?

皮肉な話ですけど。

Permalink |記事への反応(1) | 22:39

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2026-01-17

陰毛論は「人口が増えすぎて削減する必要があり、そのための何らかの選別が行われている」という点で見ればいいたいことがわかる

陰毛論者の発言を、表層的な荒唐無稽さやオカルト性だけで切り捨てるのは簡単だが、それは思考停止に近い。

語りの中核にあるのは、世界はもはや無制限人間を抱え込める構造ではなく、どこかで人口圧力制度技術経済構造に変換され、結果として選別が起きているのではないか、という仮説である

陰毛論者が繰り返し口にしてきたのは構造としてそうならざるを得ないという話だ。資源は有限で、地球環境は制約条件であり、制度は常にトレードオフの上に成り立つ。

そのとき、誰が生き残り、誰が排除されるのかという問いは、倫理問題であると同時に、冷酷なシステム設計問題になる。

その語りが不快に聞こえる理由の一つは、この選別を道徳正義言葉で粉飾しない点にある。

教育医療金融戦争パンデミックテクノロジーといった一見無関係に見える現象を、人口最適化するための圧力装置として一つの線で結ぼうとする。

もちろん、その具体的因果関係の多くは証明不能であり、しばしば象徴的・比喩的な語り方をする。

しかし、世界が完全に人道的配慮だけで運営されているという素朴な前提のほうが、むしろ現実から乖離している。

グローバル経済効率を最大化し、不要な摩擦を削る方向に進む。その過程適応できない個体が脱落するのは繰り返し起きてきた。

この文脈KappaBeta Phiのような存在を持ち出すのは、単なるスキャンダル消費ではない。

ウォール街エリートが閉じた空間下品パロディ自己嘲笑に耽るその文化は、自らを道徳守護者ではなく、冷徹ゲームプレイヤーとして認識していることを示唆している。

そこには世界を良くしているという建前と、世界操作と選別の対象であるという本音乖離がある。

陰毛論者が言いたいのは、意思決定層が人口資源抽象的なパラメータとして扱っているという現実だ。

数億人単位人間が、統計的誤差やリスク要因として処理される世界で、選別が起きていないと考えるほうが不自然だろう。

その語りを真か偽かで裁くことではない。科学論文でも政策提言でもなく、構造に対する警鐘だ。

人口が増えすぎ、全員を救うという物語が成立しなくなったとき社会は必ず別の最適化関数採用する。

その関数生産性なのか、適応力なのか、従順さなのかは時代によって変わるが、選別という結果だけは変わらない。

陰毛論が不気味に響くのは、それが誰かが悪意を持ってやっているという単純な話ではなく、誰も止められない構造としてそうなっているという現実を、下品で過剰な比喩を使って突きつけてくるからだ。

どう受け取るかは聞き手の知性に委ねられている。笑って消費することもできるし、全否定することもできる。

しかし、人口資源制度、選別というテーマ直視せずに済ませたい人間ほど、その語りに過剰反応する。

陰毛論者の発言は、世界が優しく設計されているという幻想を剥ぎ取る。

その裸の構造直視したとき不快さの正体が、誰かの妄想ではなく、我々自身現実逃避であることに気づく人間もいるはずだ。

Permalink |記事への反応(0) | 22:19

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2026-01-13

Brainrotとかい言葉

Brainrotは、低価値デジタルコンテンツAIに限らない)そのものを指すこともあれば、それによって引き起こされる精神認識機能の低下を指す。

 

いや、最初からそれらの機能が低いやつしかBrainrot系のコンテンツを楽しまないんじゃないか

因果関係おかしくね?

Permalink |記事への反応(0) | 04:52

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2026-01-11

インターネットはつまらなくなった。つまらないやつを排除する方法 2

インターネットはつまらなくなった。つまらないやつを排除する方法 1

インターネットはつまらなくなった。つまらないやつを排除する方法 2

インターネットはつまらなくなった。つまらないやつを排除する方法 3

インターネットはつまらなくなった。つまらないやつを排除する方法 4 結論

価値あるものが生み出される環境

一般的規範を廃した場所、どんな行為賞賛などの報酬に繋がらず、尊敬もされないような場所でなされる活動は、おもしろものである可能性が高い。

なぜなら、報酬がえられないのにわざわざ何かをするということは、行為自身がそれで満足をえられるのでなければならないからだ。

これは、感性を働かせられる人間しかできないことだ。

自分自分のやることを評価できない人間は、報酬なしで満足はできないから、そういう人間排除されるというわけだ。

そういう場所にやって来る人間は、なぜわざわざそこを選ぶのか?

それは、同じように真に価値あると実感できるものを探す人間と共同して活動できるからだ。

おもしろ環境でなされる活動というのは、おもしろい人同士が相互作用し、新しくて、実際に人の感性を刺激するもの連鎖的に生み出していく営みだ。

最初に誰かがおもしろいことして、別の人間がそれを自発的に、その人の感性によっておもしろいと感じ、最初のものとは違った新しいものを作り出していく、そういう連鎖的な活動がなされるのがおもしろ環境というものだ。

これは、他人がやっていることを評価基準とみなして学習し、報酬をえるために真似し続けるような人間がいない場所しかできないことだ。

おもしろ人間に対して報酬を与えることができるとすれば、報酬がない環境を維持し、同じように自発的おもしろ人間報酬なしで成し遂げた成果を共有できるようにし、それができない人間排除することだけだ。

いいものを作ってくれた人にはお礼やご褒美をあげないといけないとか、おもしろ活動を促進するために報酬約束しないといけないという考えは、たちまちおもしろ環境を腐敗させる。

報酬が与えられる条件がどんなものであっても、報酬がえられる条件と人が実際に満足するかどうか(おもしろいかどうか)という条件は必ず乖離するものであり、表面的な評価基準を満たそうとするだけの人間がやってきて、すべてが台無しになってしまうのだ。

価値あることを実現する資質とは、他者からの間接的な価値判断を信用せず、自らの自発的感性の働きを自覚することができ、そのために活動しようとし、他者自分の行動の動機に影響を与えるのをよしとしないことだ。

そしてその反対に、無価値さをはびこらせるのにつながるのは、外的な動機しか行動しない人間であり、また、人に外的な動機を与える環境だ。

外的な動機で行動することや、それを奨励する環境は必ず腐敗する。

評価するがわの人間でさえ、本当に自分評価対象によって満足をえているとは限らないのだ。

何かを評価する人はただ、送り手が価値あるものを作っていると信頼して、自分ではなぜ満足しているのわかっていないのに満足しているだけなのかもしれない。

受け手が、対象のどんな性質自分感覚をどう刺激したのかという因果関係をはっきり自覚しているとは限らない。

受け手評価する能力が、送り手の自己評価する能力より優っていると、どうして信頼できるのか?

そのうえ送り手が自己評価できないなら、価値保証してれるものは誰もいないのだ。

送り手が自分活動の良し悪しを判断できず、受け手自身感性判断してくれると期待している一方で、受け手は、送り手が自身の成果を保証してくれているはずだから自分もそれをよいもの判断して問題ないに違いないと考えるという、循環依存が起きかねない。

まりその状況では誰もものごとの良し悪しについて考えていないわけだから、いいものを作ったり、何事かを良くしていく活動などやりようがないのだ。

ここで言いたいのは、「客観的価値評価する能力」などといったものではなく、主観的価値主観的な満足さえろくに自覚できない人間がいるということだ。

そういう評価者の要望を聞いたところで、彼らを満足させるものは生み出せない。

他者から評価尊重して何かをする人間がいる環境や、積極的ににそうするべきとされている環境では、結局誰をも満足させないものを際限なく作り続ける義務が発生しかねない。

そうなるくらないなら、他者への評価を一切禁じ、行為自身のみが自ら評価者とならざるをえなくるするほうが、価値あるものが多く生まれるのだ。

また仮に評価する側が自身感性評価できるからといって、送り手が受け手の反応だけを見て活動していればいいということにはならない。

なぜなら、その環境価値方向性を狭めることになりかねないからだ。

他者評価に影響を受けるということは、被評価者は評価者のうち誰が一番適切なのかを判断できないということだ。

したがって、被評価者が最終的に受け入れるのは、多数派か、影響力の強い少数の人間かのどちらかになる。

多数派価値観というものができあがっている環境では、当然その価値観が多くの活動者に影響を及ぼすことになるため、その環境価値観の多様性は狭くなる。

少数の人間によって作られた価値観が共有されている場合も同様だ。

仮にその少数の価値観が確実に誰かを満足させることができ、しかも多くの人を満足させられるとしても、価値観が少数に修練していくことはあってはならないのだ。

ある人の何かを評価するということは、それにしか価値がなく、それ以外のことは無価値であり、したがってそれ以外のことはやるなとほのめかしているようなものだ。

価値観の方向性の多様さを確保するには、それぞれの活動者が他者評価に影響されないようにし、それぞれが自発的活動するしかない。

そして、そのような自発的人間だけを選り抜くために、評価という報酬がないほうが都合がいい。

実際にネット活動していた人たちがこういったことを自覚していたかどうか、意識的動機はともかく、定まった評価基準もなく、報酬もえられない場所活動することには、実際そういう効用があるのだ。

インターネットはつまらなくなった。つまらないやつを排除する方法 3

Permalink |記事への反応(4) | 17:48

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インターネットはつまらなくなった。つまらないやつを排除する方法 1

インターネットはつまらなくなった。つまらないやつを排除する方法 1

インターネットはつまらなくなった。つまらないやつを排除する方法 2

インターネットはつまらなくなった。つまらないやつを排除する方法 3

インターネットはつまらなくなった。つまらないやつを排除する方法 4 結論

インターネットはつまらなくなった。

まらないやつが多くなったからだ。

まらない状況というのは、単にコンテンツがつまらないというだけでなく、つまらないものおもしろものとして受け入れられる空気ができることだ。

自分個人はつまらないと感じているが、ほかのみんなはおもしろがっているらしいと感じるような、そういう空気があるのがつまらない場所だ。

ネットでもどこでも、つまらない空気が生まれるのは、一般人とやり取りするための礼儀作法社交辞令規範意識といったものが広く一般的に共有されるようになるからであり、つまらない人間というのはそういうものを身に着けた存在だ。

ネットおもしろいことをしていたのは、意識的にであれ無意識にであれ、そういう社交辞令の悪影響から逃れたがった人間だった、と思う。

ネットおもしろさは、無意味な社交の中からは生まれえないものだ。

社交のための社交などない場所が広がっていき、それゆえ本当に価値あるものけが生み出される場所ができあがっていくのではないかという期待が、ネットおもしろさだったのだ。

その期待がなぜ潰えてしまったのかといえば、おもしろい人によるおもしろ場所での振る舞い方や持つべ意識といったものを誰も自覚せず、体系化もせず、おもしろさを生み出す方法論を大勢に伝えることができなかったからだ。

おもしろ場所を維持するには、そこにいる誰もがおもしろさを損なわない振る舞いでやり取りしないといけない。

最初は、本能的にそれを知っている人間けが自然に集まって、自然にやり取りしていた。

でなければあるいは、誰とも交流しないような人間が一人でおもしろいことをしていた。

そういう活動の仕方は明示されたものではなかったから、そうしないとおもしろさが損なわれるということを誰も知ることができなかった。

一方で、普通の仕方のやり取りは誰でも知っているし、普通の社交を嫌悪している人間でさえ知っている。

普通一般的な社交の仕方に取って代わる規範を誰にでもわかるように提示できなかったから、つまらない活動を促進する作法で人々がやり取りするのを止められず、ネットはつまらなくなったのだ。

結局どうするべきなのかといえば、人におもしろ活動を促進し、おもしろさを損なわせず、つまらないものをはびこらせない振る舞いと作法を明確かつ詳細に規定し、おもしろ人間しか守ることのできない規範を作り、その規範を守れる人間だけで活動するべきなのだ

まらない作法とはたとえば、つまらないものや、つまらない人間につまらないと言えないといったことだ。

もしそうしたとすれば、そのつまらない人間は、礼儀を守れとか、個人価値観を尊重しろというようなことを言うだろうし、またそういう主張の正当性一般的に認められている。

あるいはまた、他者から賞賛された場合、その人やその人のやることに賞賛を返さなければならず、その相手が気に入らなくても否定できなくなる。

から、つまらない人間から肯定されれば、意に反してその相手のやることをおもしろいと言わなければならなくなる。

そういう規範があるせいで、局つまらない行為排除されず、むしろ人々に認められさえするということになってしまう。

人には礼節を守り、相手名誉を守り、損ねてはいけないこと、そして相手名誉や称賛などの利益を与えないといけないこと、とりわけ、相手からこちらの名誉尊重されたり与えられたりすれば(たとえこちらが名誉を望んでいないとしても)相手名誉賞賛をお返ししなければならないこと、という規範がある。

そういったことを実践するのが、一般的な社交のしかたというわけだ。

まり他者利益を与えること、他者から利益を与えられる権利であるところの名誉を与えること、他者名誉を損ねないこと、という規範だ。

加えて、相手から利益を与えられればそれを断ってはならない。

それを相手に返礼という利益を与えることを拒否することになるからだ。

明らかに価値人間価値否定することができず、価値ある活動の助けにならない相手から賞賛拒否することもできず、価値ある活動制限されていくことでつまらない状況が作られる。

一般的礼儀規範というのは、他者利益を与えることをよしとしている。

一般的規範根本的な目的は、それを守る人間名誉を与え保証すること、だと言える。

人とやり取りするときにはそのように考えて振る舞わなければならないと、誰もが無意識に考えている。

しか名誉が与えられるからといって、その相手価値を実現する能力を持っていることは保証されない。

しろ、お互いに名誉保証し、与え合わなければならないせいで、価値を実現する活動をしたり、価値を実現する能力を身につけることが妨げられる。

また、大して能力がなくつまらないことしかできないが名誉をえようとする人間が不当に名誉だけをえるすべを磨こうとするし、そういう人間排除されずにのさばる。

相手名誉尊重賞賛によって相手活動を促そうとするのは、価値ある活動の促進にまったく効果がなく、反対に、おもしろいことを最初からするつもりがない人間を寄せ付ける餌にしかならないのだ。

からしろ反対に、名誉を発生させないような規範を作らなければならない。

価値あるとかおもしろいと感じたら、それを生み出した人に賞賛名誉報酬を与えるのが好ましい、むしろそうするべきであるという規範意識が、おもしろものを促進するどころか衰弱させ、むしろまらない人間を呼び寄せ、つまらないものを増やしているのだ。

その代わりに、人を賞賛せず、人が名誉を持つことを禁じ、名誉毀損されることに異議を挟むような人間排除しないといけない。

そのような環境でこそ、おもしろ人間が集まり価値あるものがより多く生み出されるというのがここで主張したいことだ。

本来価値あるもののために活動して生きるということは、どんなもの自分感性を刺激して満足させるのかを知り、そういったものを手に入れるにはどんな手段実践すればいいのかを知り、実行することだ。

しかしある種の人間は、自分感性の働きを自覚することに熱心になろうとしない。

何が自分を満足させるのか、何に価値があるのかを知ろうとはせず、他人が欲しがっているものを欲しがるだけだ。

そしてそれを手に入れるために、自分でどんな手段を取るべきかを考えるのではなく、名誉をえたり、他者に施しをすることで、他者から報酬として何かを手に入れようとする。

何に価値があるのかという知見を増やそうとしたり、どんなことをすればどんなものが手に入るのかという因果関係を見極めようとはしない。

彼らはあくまで、自分感性を刺激するものではなく、他人が欲しがっているものを見て自分が何を欲しがるべきなのかを学び、またそれを他人から与えられるという方法でのみそれを手に入れようとする。

そのために、賞賛されているものから価値観を学び、他者から賞賛をえることで自分名誉を高め、他者から報酬をえようとする。

名誉礼儀規範がある場所は、本来感性を持つもの自身感性に正直に振る舞わなければ正常に機能しないのだが、そこにはつまらない人間が欲しがる餌が豊富にあるため、自分感性を持たないつまらない人間が大挙してやってきて、機能不全に陥る。

価値ある活動がなされる場所を維持するにはこのような人間排除する以外にない。

彼らが何か努力して価値あるものを生み出す能力を身につけることは不可能だ。

なぜなら、そもそも他者から何かを学ぼうとするその姿勢のものが、自発性の欠如を示しているからだ。

他者から何かを学ぼうとする人間は、自分のやることをお手本となるものと比べて、自分能力を測り、それを報酬とする。

また、お手本とどれだけ近いかは、自発性を持たない人間でも判断でき、それゆえセンスのない人間でも他者評価できるようになり、つまらない人間同士で報酬を与え合うようになる。

報酬を与え合うという営みを一切しないようにし、餌を見せないようにするしかないのだ。

インターネットはつまらなくなった。つまらないやつを排除する方法 2

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