
はてなキーワード:商品とは
新しい家電を買ったのだが、調べると「安い楽天の出品は偽物!公式オンラインで買え!」と書いてあるブログが続々と出てくる
結局のところポイント還元が公式ではない正規店で買ったはいいものの、開けてみてうーん、正規品であるシールだったらマークだったりがついてない…
正規店でも偽物を売りつけると言う与太話(えー)があって、もはや増田は疑心暗鬼である
この手元に来た家電を故意でないと思われる方法で壊し、メーカーに保証させ新しいものを手に入れる方法だ
しかしどうだろう、何の非もない商品をわざと壊すというのは流石の増田でも抵抗がある
まだ通電してないので、実際どうなのかはよく分からないが
はぁ、どうしたもんか
※誰かを攻撃する意図はありません。自分自身の整理と今後、誰かが同じ状況になった際の判断材料として記します※
※「」内に関しては発言を書き起こしたものではなく、そういう趣旨の発言であったものになります※
そのインフルエンサー(以降「A」とする)がどんな人かと言うことをざっと並べると、
・当時推しの名前をXで検索すれば、そのインフルエンサーの投稿がトップの方で表示される
そして
推しと出会う以前・以後のビフォーアフターを写真付きでかなり赤裸々に明かしていた
…といった感じ。
影響力の大きい人だというイメージはあったけど、
Aはある日を境に
「ライブチケットで良席を得て、推しからファンサをもらえたのは“引き寄せの法則”を利用したから」
といった投稿を始める。
※引き寄せの法則とは、
今自分の手元にない欲しいものを“すでに持っている”ものと意図して生活していたら、
思いがけない形でそれを得ることができちゃうよ〜みたいな法則(ざっくり)※
その頃くらいから、
引き寄せの法則にまつわる発オンライン講座を少額(ワンコインほど)で複数回開催し始める。
当時の講座も受けたことがある。
AはSNSで見る姿と変わりなくよく喋るが、面持ちからは緊張を感じた。
講座自体もしっかりした作りで、私はAに人間味を感じ、さらにAを信頼することになる。
講座を受けた人たちの引き寄せたものの実績もみるみる積み上がっていった。
ほどなくしてAは、
長期かつやや高額(型式が古くて5万キロ強走行した中古車なら1台は買える額)
な講座を主宰することになる。
そこにいる人々の様々なビフォーアフターも講座宣伝よろしくタイムラインに流れていく。
“それなりの幸せで満足しなくていい、もっと私たちは欲しがっていいんだ”
『もしかしたら私も変われるかもしれない』という気持ちは膨らんでいく。
だがいかんせん、値段が高すぎる。
興味はあるけど、参加は見送るつもりでいた。
某日、Aが
「講座自体はとてもいいものになっているのに、思ったより集客が伸びない」
というような弱音を吐いたことがあった。
記憶はかなり朧げなので内容は正確ではないが、
その時点で絆された私は、飛び込みで講座の受講を決定。
契約書もろくに読まず記名し、受講料を払った。
これで人生変わるんだ、と本気で思った。
『私なんかが…』と遠慮して受け取れなかった様々に手を伸ばせるようになった。
この機会じゃなきゃ出会えなかった人と、
そこに対してはAに感謝している。
ただ、この話はここでは終わらない。
ある講座生(Bとする)が Aに対して声を上げた。
「私は提出した課題に対して、Aさんからフィードバックをもらいたくてこの講座に入った。
それがないならここにいる意味がない。引き寄せを勉強しようと思うなら、本を読めばいい。
そうではなく、Aさんから学ぶことに対してもっと意味のあるものにしたい。なんとかならない?」
講座生は各々課題を提出するわけだが、Aからのフィードバックは無かった。
Aが提出された課題に添削して、その添削が見える環境にしてしまうと、
講座生同士で提出した課題に関して意見交流してもらうのを優先しているためだった、
Aの主張も、Bの主張もわかる。
私はBと同じく消費者として、
この流れに期待感を持っていた。
しばらくそのやりとりは続き、Aのある発言で空気がガラッと変わる。
「けど私からのフィードバックがないと意味がないって思うのは、Bさんの課題なんだよ」
「買い手としての一意見が、私の精神的な許容量の問題って言いたいってこと?」
Bは声を荒げ、Aは「そういう意味じゃない、間違えた」と切り返そうとするが、
A本人から個人のキャパの問題だと一蹴され、なあなあに決着をつけられてしまった。
この一連の流れに、私は事業者としてのAに不信感を抱くようになる。
その後も、
講座生に向けた講義とは別の配信でAがBに対して苛立ちをぶつけるような場面
・Aのオープンハートとも取れるが、見方によっては講座生に対する雑な扱い
・私欲を満たすために講座生たちが払ったお金を使われたのち、
講座受講期間中にAから「金策に困っている」というような発言を何度も聞いたこと
などの出来事も重なり、
私は特に「お金がない」という話を聞き続けた結果、精神的に疲労してしまった。
講座を履修したら継続で入れるサロン(月額も決して安くはない)があったが、
退会を決め、Aの事務局に申し出るも、申出から退会の受理までの対応に1ヶ月以上かかるなど、
退会を申し出てからの1ヶ月分のサロン月額料金は請求されなかったことから、
これを機会にAから離れ、学んだこと以外は忘れたように過ごそうと思っていた。
しかし、
ある時のタイムラインでAの過去の投稿について、糾弾するアカウントを見かける。
著しく良識に欠けていて、推しの人権を侵害しているという趣旨の発言と、
インフルエンサーとして好感を持った側面でしかAを知らなかった私は、
どうやらとんでもないことに首を突っ込んでいたらしいとようやく気づく。
ただ、講座を修了している以上、できることはほぼないに等しいのも安易に予測がつく。
悩んだ末、ネットで調べた情報をもとに、地域の消費生活センターに相談してみることにした。
になる。
同じようなケースの人がここにたどり着いた時のために記載しておくが、
消費生活センターの窓口相談を利用するには電話予約が必須なので気をつけて欲しい。
私は電話口で説明できる自信がなかったので、窓口相談を利用した。
契約書や、 Aの事業用のHPなどをかき集めて相談した結果の見解は、以下の通りになる。
代表者氏名が未記載であることから、事業者としての信用性は極めて低く、悪質性は高い。
・決済手数料の扱い
支払い方法によっては、規約外である手数料が上乗せされていることも問題である。
・返金対応
最初に説明されたカリキュラム通りに講座自体は進行していたことから返金は求められない。
また、通信契約の特性上、契約書の規定が優先されるため、返金を求めることはできないという結果。
(契約書にいかなる理由でも返金には応じないといった趣旨の記載)
説明された内容と実際の講座内容に明らかな乖離ががある証拠がない場合は、返金は厳しい。
無いに越したことはないが、同じケースに鉢合わせた場合は、不信に感じたその時に相談して欲しい。
センター自体に強制力はないが、今後Aに関しての相談件数が増えた場合は指導が入る可能性はある。
消費生活センターとしては、本件は“霊感商法による被害”という位置づけになるらしい。
誰でも被害者になりうるというお話も相談員の方からお伺いした。
困っている人がいたら、ぜひ電話でも窓口でも相談してみては、と思う。
被害者に限らず誰でも申し出は可能だが、金銭トラブルの解決は目的としていない。
契約書上の“この契約は消費者契約法や特定商取引法の適用を受けない”という記載に対して、
“法律(強制法規)が優先されて効力を持たない”という意味では、法律違反にあたる可能性がある。
(本件を具体的に相談した結果ではないので、あくまで可能性という結果にはなる)
という感じだった。
・現品を見て買えないものは、買う前にとにかく情報を集めましょう。
・良い口コミばかり出てくるものはめちゃくちゃ疑った方が良いです。
・そのインフルエンサーのことが好きでも、
・同じ買い物をした人たちが同じように消費者として傷ついていたら、
もし勇気があるなら手を取り合って、声をあげてください。
でもその人から買い物する時は疑って欲しい。誰かが私と同じように傷つく必要がない。
勉強代としては決して安くはなかったが、
“信頼と契約は別物”という教訓をこれだけ大騒ぎして得られたのは、
まぬけではあるが。
Aは今でもどうやら、講座を主宰しているらしい。
私はもう離れてしまったけど、
Aなりに楽しんで推し活するんだろう。
チャーミングな人だった。
ようやくこれを書き上げた。
この件に対してのモヤモヤをここに置いて、
もっと身軽にやりたいことを楽しむつもりだ。
うん、悪くない響きだ。
これ以上、この件については
追求することはありません。
ただ、いつかの誰かにこの記録が
役立てばこれ以上のことはありません。
B含む講座生のみんなにも、
あの時タイムラインで見かけた投稿者の方にも、相談員さんにも、
そして、 Aにも。
ありがとうございました。
ばいばい。
非都市部のわりに、最近は俺の自宅や仕事場近辺にもパティスリーが増え、しかもどの店も其々に美味しいチョコやケーキが有る。そのため、店を選ぶのも一つの店でどの商品にするかも非常に迷う。
妻の分も買って、二人で半分こして食べるのが例年の慣わしである。こうすると、食べる量は0.5個/人になるが、二種類の味を楽しめる。
しかし、十中八九「どうせなら三個買わない?」と妻が言い出して、妻の誘惑に負けた俺がGOサインを出して、三個其々を半分こして食べることになる。こうなると、三種類の味を楽しむことと引き換えに、食べる量は約1.5個/人という大きな罪を犯すことになる。
妻が「せっかく、休みの日には運動して痩せようとしてるのに、結局、私が増田を太らせてしまってごめんね」と笑う。俺は「まあ精々、食べた分だけ身体を動かすよ」と答える。
「『あの時、あれを食べておけば…』と思いながら死ぬのは嫌じゃない?」と妻が言う。「確かに」と俺も頷く。
食い意地の張った、割れ鍋に綴じ蓋の二人。
それを丸ごとパクった商品をビジネスの世界で売ってたら著作権だの特許だので訴えられる
訴えられない範囲のパクりをしないといけない
他の政党にいい部分があったらそれを丸ごとパクろうが法的な問題は何一つ無い
パクりゃいいんだよ
参政党とかパクったら逆に支持失いそうな部分もあるだろうけど
最近躍進してるチームみらいなんてパクっても問題ない部分かなりあるだろ
パクれパクれ
いい所は全ての政党が共有しちゃえばいいんだよ
定期的に考える。
先に記しておきますがこれはただ自分の考えを書き散らして発散したい目的が主であり、何か大々的に議論をしたいとかそういう意図はございません。
じゃあそれこそチラシの裏にでも書いておけよって感じではありますが、ここに書いてみたくなったということでご容赦いただきたい。
あと似たような境遇の方がもしおられましたら、どのようにしているのか教えて頂けたら嬉しいなという気持ちもあります。
自分は女性として生まれて女性として違和感なく生活していますが、服装や髪型の趣味が男性的というか。
かわいいより格好良くなりたい、服をスラッと着たいので胸は普段から平らになるような下着を身に付け、美容室で参考に持って行く写真は男性モデルばかり。おまけに身長が高めで足もかなり大きいのを良いことに靴は冠婚葬祭用のパンプス以外が全てメンズ、服も半分以上がメンズでまかなっています。メンズ向け商品でしか探さないわけではなく好みのものを集めたらこうなっていただけでわざわざ異性装をしようと思ってしているつもりはありませんが結果的にぱっと見で性別が分かりにくくなってしまっている現状です。
自分の事をよく知っている友人や同僚たちは「あなたはちゃんと女性だよ」と言ってくれますが、通りすがりの人には分かりません。
風俗の無料案内所のキャッチに声を掛けられたり、旅行先で話した人に男の子だと思った!と言われたり。大抵の事は紛らわしくてすみません…で済みますが、トイレや温泉となると申し訳なさが倍増です。
向こうも申し訳なさそうに「失礼ですが女性の方…?」と聞いてこられる方、出会い頭に「は!?」と叫ばれる方、自分の姿を見て入口の表示を確認しに戻る方、女子トイレに入ろうとしたら背後から「女の子なのー!?」と叫ぶ子供とそれを窘めつつも「いや、でも…?」といった反応をされる保護者の方……本当に何度も、数え切れない人数の女性を一瞬でも不安にさせてしまったと今となっては反省しています。自分も自分のような外見の人間が女性専用エリアにいたらちょっとびっくりするかもしれないので彼女たちの気持ちは大いに分かるつもりです。昨今のトランス女性が女子トイレを使用云々の話題も相まって、強く警戒されるのも仕方がないと思っています。
そういった反省と共感を積み重ねて、現在は人が並んでいる女子トイレには入らなくなりました。今自分がやっているのは出来る限り外出先ではトイレに入らないようにすること(長時間外出しない、我慢する)、入る場合は飲食店などにある男女の区別がないトイレやコンビニの男女共用トイレを優先して、それらに入れない状況だったら空いている女子トイレか多目的トイレを1分以内に出るつもりで手早く済ませています。もちろん身も心も女性なので男子トイレを利用する選択肢は当たり前にナシです。温浴施設は友人が一緒に居る時のみ、1人では行かなくなりました。
これらの行動でストレスがないと言えば嘘になりますが、そもそも自分が紛らわしい格好をしているのが悪い、それが嫌なら髪を伸ばして一目で女性と分かる服装をすればいいのにその選択をしない自分が悪いと思っているので甘んじていますがそもそもこの対策も正解か分からないし。1分以内で出るとはいえ、タイミング悪く本当に多目的トイレしか利用できない方を少しでも待たせてしまったりしたら?空いている女子トイレに性別の分かりにくい人がいる方がたまたま鉢合わせる女性としては怖いのでは?やっぱり私が好き勝手な格好しなければ良くない?
どうするのが一番誰も嫌な思いをしないんだろうな。
今これ以上1人で考えても堂々巡りな感じがするし、他にやる事をやらないといけないのでこれで一旦おしまいとします。
https://x.com/tori_atm/status/2019740867733360653
【第3類医薬品】byAmazonネオラクターゼEX錠 560錠
ガスピタンと同じ成分(消泡剤(ジメチルポリシロキサン))が入っていて安いです
https://www.komedayakuhin.jp/product-category/digestive-medicine/
ただ、amazonを使っていて一瓶だけ試してみたいなら
「ヤマダ電機中国デマ」について調べたところ、主にヤマダ電機(ヤマダホールディングス)が中国企業であるという主張がデマとして広がっているようです。これは完全に誤情報です。ヤマダ電機は日本に本社を置く日本企業で、創業は群馬県前橋市(1973年創業)、本社は群馬県高崎市にあります。資本構成や登記情報を見ても、中国資本が支配している事実はありません。主なデマの背景最近のX(旧Twitter)などで見られる投稿(特に2026年2月頃の選挙関連のまとめポスト)で、「イオンとニトリとヤマダ電機は中国の企業だった」
という一文が拡散され、これを信じる声と「それはデマだ」と突っ込む声が両方出ています。
これらは根拠のない陰謀論的な主張で、以下のような誤解や混同が原因と考えられます:過去にヤマダ電機が中国へ出店(2010年頃に瀋陽・南京・天津で店舗展開)していたが、反日デモ・不買運動・市場の伸び悩みで2013年頃にほぼ撤退した(現在はほぼ中国事業なし)。
一部商品(特にPB=プライベートブランドのエアコンなど)が中国メーカー(例:ハイセンスなど)とOEM生産提携している。
他の量販店(例:ラオックスが中国の蘇寧に買収された)との混同。
しかし、これらは「中国企業になった」こととは全く別です。商品の製造委託は多くの日本企業で行われており、それで企業国籍が変わるわけではありません。
「びっくりどら焼き」みたいなふざけた名前の商品の商品番号が731で
ちょうど大学の授業で731部隊の話とか聞いてたときだったからなんか印象に残っちゃって
俺自身が読んでるのがラノベと漫画に偏ってるから共読に流れてくるやつも偏っちゃうんだけどまーた君らっすか四天王はこいつら
https://bookmeter.com/users/23924
https://bookmeter.com/users/81125
https://bookmeter.com/users/265319
https://bookmeter.com/users/556856
雑なんだよな本当に
その本を読んだ生の感情がそういうもんだったとしても他人の目に触れる場所に公開する以上ある程度整えろよ
別に批判的だからダメとか言ってるわけじゃなくて雑な感情を整理しないまま書くと批判的になるようになってんだよ人間の思考の作りが
それを正しく落とし込んでないから厳しい意見を書くけどとか辛口感想だからっていう定義に自分を当てはめるしかない
実際に内容を読み込んだうえでシビアな感想が多い人はいるけど、その場合は逆にその人なりにどういう作品を褒めるかっていう方向性は明確だしそれが俺の嗜好とは毎回解釈違いということで目に付くのはあるけどそれはまだマシ
個人ブログとかここみたいなところに書き捨てるんなら雑な文章で書くのはわかるんだけど、共読っていう機能で流れてくる以上ある程度まともな文章書いてほしいしBOOKWALKERの商品ページにも転載されんじゃん
それは当然読書メーターのシステムがクソアホノーガードなところに大いに責任があるとはいえちょっとは考えてくれ
意図的にレビューの攻撃性高めてるのもいるけどどっちにしろクソ邪魔
https://bookmeter.com/users/1539364
実際に見直すとプロフ長いのはどっちかっていうと一般文芸のレビュー書いてる系か
普通の感想だと思って読むと今の日本だと~とかこれだから作中の〇〇は今の社会でも~みたいな政治とか実在人物と紐づけてる系のキッツイおっさんおばさん多いわ
小川一水とか神林長平とかのSFで解釈違いとか書き方が気に入らないみたいなんはレビューとしてわかるけどマジでここから何読み取ってリアル政権批判の話しとるんやこいつみたいなのいるし
ベタ褒めっていうかそれしか書けんのかお前みたいなのもいるけどそっちはもう気にならない
本当にWeb検索結果に出てくる広告枠とかAIが書いた文章みたいなもんだと思って目が留まらないようになってるな
常に褒めるやつは毎回文章ギッチリ書くからスルーしやすいし短文でよかったですねぐらいの文章の奴はまだいい意味で毒にも薬にもならない
こういうの
https://bookmeter.com/users/443540
https://bookmeter.com/users/906624
まあ本のレビューってもの自体が良かった/悪かったの感情が強く出たときじゃないと書かない人が多いだろうからそのどっちかに偏ること自体はある程度しゃーない
それまで消費税5%だったときにはパパやママからの小遣いでしかモノを買ってない
身銭削ってモノの高い安いを感じるという消費者感覚を消費税5%のときに身につけてない
2019年以降の7年間に成人したやつは消費税10%の時代しか知らない
ここ2-3年の成人世代、20代前半とかになるともう物価高の時代しか知らない
マックシェイクやチーズバーガーやチキンクリスプが100円で買えた時代を知らない
ほんの12-13年前、ガソリンがリッター130円だった事も知らない
ダイソーの商品の大半が100円だったことも、いま300円500円の商品が100円で買えたことも、
俺等30代や40代はその時代に戻ってほしいと願ってるが20代はそんなことには興味がなかった
モノの値段に対してどうとも思ってない
俺等30代や40代が消費税高い物価高い何もかも高いと感じるのは安かった時代が基準になってるだけであって
今の20代は物心ついて生まれ育ったときには消費税10%で今の物価だった
彼らにとってはもやし一袋やうどん一玉が30円であるのと同様、他のすべての物の値段も「そういうもの」でしかなかった
俺が、俺達が、等しく感じてると思ってる痛みは、実は20代は既に耐性を持っていた
おっさんの俺が激難で艱難辛苦と思ってるこの渡世が、彼らにとっては生まれ育ってからの日常で、
だから20代にとって減税しろ物価下げろとしか言わない野党には魅力が感じられなかった
税金だの物価だのそんなことより、政策の中身より、参政党やチームみらいのように、
「なんか面白そうなことしそう」「世の中を明るくしてくれそう」という期待感のほうが、
よほど刺さったに違いない
実際、先払いで商品の引き渡し永遠に先延ばしに出来てたらこんなボロい商売はねーわな
荻窪の吉田カレー、「ブスの女子会禁止」と貼り紙!文句言われたらFBで常連客達と「空気の読めない性格ブス、被害妄想、めんどくさいやつ、美しい女性は笑い飛ばして終わり」と盛り上がる - posfiehttps://posfie.com/@waterpear121873/p/9TgZiYV
喫煙者はきっちり隔離され酔っ払いの数も減った。街に落ちているゴミは減ったし捨てる人も減った。ゴミ箱の数は明らかに少なくなっているのに。
ネットでもテレビでもリアルでも暴言やひとを貶める発言は減った。ひどい言動も減った。多様性は認められ差別発言も減った。
セクハラパワハラがうるさいので男性のひどい言葉遣いはなくなったわけではないがだいぶ少なくなったと思われる。それでもまだ多いといわれてるのだろうが体感では減った。貴方の体感ではちがうかもしれないが。
食料をはじめとして値段は高騰しているが質は良くなっている。エンターテインメントは懐かし補正が厄介だがそちらの質も良くなっている。
なべて世界は良くなっていると思われる。世界情勢や政治に詳しいひとにはどこが?と思われるのかもしれないしいつか戦争がはじまりすぐにこの状態が嘘になるのかもしれないがそんなことを言い出すと全てがそうだ。
だから暫定的に昭和から世界は良くなったと思う。思っていただきたい。
ブスの女子会という言葉が強すぎるのですぐに訂正しますが、女性のおしゃべりですね。
おしゃべりは問題ないです。問題は場所です。場所を問わずおしゃべりを続けているのは昭和からずっと治りませんね。これはなぜでしょう?ずっと治りませんね。これはなぜでしょう?
スーパーの駐車場、スーパーの青果売り場の狭い通路、商品を詰めるサッカー台、スーパーがわかりやすいので取り上げましたが、スーパーに限らず、たくさんのひとが利用する場所で時間を忘れたかのようにトークライブがはじまってます。昭和から令和の今日にいたるまでありますよね。
嗚呼やはりもっと正確なほうがいいですね。女性でくくるのはダメですね。女性全体だと場所をわきまえないおしゃべりは減ったのかもしれません。だからババアということにします。ババアのおしゃべりです。ババアという語感からイメージしたひとの何割かがそれに該当していますね。ムッとこられる方も多いかと思いますが、しょうがないです。事実です。おしゃべりがうるさいな邪魔だなと思ったらそこにいるのはかなりの確率でそれはババアです。女性に年齢を尋ねるなと言う風潮からそのババアが何歳から何歳までがそうなのかわかりませんが、ババアだと直感的に思ったのがババアとさせていただきます。そういう概念におけるババアです。あなたのことではありません(多分)。」
ババアは場所をわきまえずにおしゃべりしてます。なぜなんでしょう?
昔のババアよりはだいぶ賢いババアが増えてきたと思うのですよ。全体的に知性と常識が底上げされてきています。人間全体がそうだと思います。ジジイもババアも子どもも知性と常識が昭和の時とは比較しようがなく上がっていると思っています。でもババアは時と場所をわきませずにトークライブを繰り広げ誰かを待たせた誰かに煩いなと思われている。
昨今のグローバル化で中国人観光客が駅や観光地などで煩いことがあるじゃないですか。あれと同じことを日本人の生活圏で繰り広げられています。
あたりまえの権利ではないですよね?だってうるさいですし迷惑ですもの。
こういうときに必ず「男だってそうじゃない」って方も出てきます。でも公正な気持ちで思い出してください。それは男性と女性とどちらが多いですか?ババアと女性とどちらが多いですか?AIの質問より早く答えにたどり着くことでしょう。
なぜババアはおしゃべりを止めることができないのでしょう?
ババアがおしゃべりを止めることができないのはおしゃべりが好きだからです。それが実際のところファイナルアンサーです。周りに迷惑をかけるよりおしゃべりが楽しい今が人生で最高の瞬間だからです。
だから方向性を変えてみます。どうしてババアのおしゃべりは許されていると思われてます?
実際いまは許されてると思ってるから場所を憚らずにおしゃべりしているのです。
ババアに自覚はあるかないか?彼女らはおしゃべりしてるという自覚はあると思います。そこがおしゃべりに適してない場所という自覚もあると思います。
通学中のかしましい女子学生たちが、途中駅で次々と友達がひとり、またひとりと減っていくにつれておしゃべりのボリュームが落ちていき、最終的にひとりになったら黙ってますよね。理論上は女子学生の人生の先ににババアがいるはずなのでそういう感覚はわかっていると思うんですよね。でも、ババアは止まりませんよね。
これは注意されてもたいしたことないって学習しているのか、周りに気をつけておしゃべりしようという神経が摩耗したのか。どちらもか。
そしてもうひとつの案としてババアのおしゃべりがうるさいと諌められた歴史というものがなかったか非常に浅かったのかもしれません。
だから今日もババアは周りの迷惑をものともせずに全世界でおしゃべりを続けているのでしょう。
まあ、俺も正直言うと、若い頃は友達とスーパーの通路でダラダラ喋ってた記憶あるしな。
今は歳取って「うるせえな」って思う側になっただけだ。
結局、昭和から令和まで変わらないのは、人間がおしゃべり好きだってことなんだろう。
ただ、みんながちょっとだけ我慢できなくなってるのも事実かもな。そんな中、荻窪の吉田カレーみたいに「ブスの女子会禁止」ってストレートに貼っちゃう店もあるわけで。
あそこは極端すぎるけど、「おしゃべりしたいなら他でやってくれ」って本音を隠さないだけマシかもよ。
……ってか俺もこの長文で延々愚痴ってる時点で、立派な「おしゃべりババア(ジジイ)」予備軍だわ。
ごめんね、周りのみんな。次からは静かにするよ(多分)。世界は良くなった。
俺たちも、もうちょっと優しくなろうぜ。
なぜこれが優しめか
「俺も昔やってた」「歳取って文句言う側になっただけ」と自己投影して、読者に「わかるわ〜」と思わせる。
吉田カレーを「極端だけど本音隠さない」と少し擁護寄りに触れて、ただの叩きじゃなくバランス取る。
最後に自虐+「みんな優しくなろうぜ」で締めて、毒舌文なのに丸く終わる。
男目線なので「ババア」呼びは残しつつ、攻撃性を下げて「人間みんなおしゃべり好き」論に昇華。
これで、読後感が「イラッとしたけど、最後はほっこり」くらいになるはず。
必要もないキャンペーンのお知らせや新商品のお知らせやセール情報とか、別に見たくも無いし邪魔だし、
なんなら迷惑メールじゃん?
でもね。
新人が入りましたー、とか
ワクワク感が違う。
テレビとか車とか冷蔵庫パソコンのセール情報送られてきても人生でそう何度も利用しないじゃない?
でも風俗は違う。
人によって年に1回だったり、週に1回だったり、
まぁ頻度はまちまちだけどさ。
『その気になれば購入出来る』
これがデカい
手が出る価格なんだよね
手が出る価格だからって毎年テレビや冷蔵庫は買い換えないじゃん?
だから、実際に金を使うとか使わないとかじゃなくて、
お、こんな可愛い娘が入ったのかぁ、ニャニャ
で、満足できる。
別に行かなくてもいい。
これはコスパ良いよ
このことから前島は、翌1876年、浄土真宗の僧侶・島地黙雷の元を訪れ、一般庶民への貯蓄思想の普及を懇願したが、「日本人の気質に合わない」ということで断られてしまった。
貯蓄の道徳についてを、小学校の教育に取り入れることを発案した。
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E9%83%B5%E4%BE%BF%E8%B2%AF%E9%87%91
「郵便貯金は、預入限度額の引き上げや新しい商品の提供など、国民にとって身近な貯蓄金融機関としての役割を果たすため、サービス内容を充実させていった結果、全国にある郵便局で利用ができること、政府による保証があること、ローリスク・ローリターンの金融商品を扱っていることが評価され、国民から多くの資金を集めることに成功した。その結果、郵便貯金は、世界最大の預金残高を持つ巨大金融機関にまで成長を果たし、世界各国から認知されるようになっていった。」
MITの講義、Stanfordの資料、YouTubeの解説、arXivの論文、GitHubの実装例、オンラインジャッジ、オープンソースの教科書。
極端に言えば、ノートPCとネット回線があれば、線形代数から圏論まで、アルゴリズムから分散システムまで、形式手法から機械学習まで掘れる。
しかも、大学の講義よりわかりやすく、大学の教授より説明が上手い人間が大量にいる。
つまり知識それ自体はすでに市場でコモディティ化しており、値段はゼロに近づいている。
にもかかわらず、大学に行くために何百万円も払い、四年間も時間を捨てるのは、どう考えても合理的ではない。
書籍も高価で、論文にアクセスするにも壁があり、専門家に会うことも難しかった。
しかし現代では、ゲートは崩壊している。知識は空気のように拡散し、検索エンジンとLLMが圧縮して配布する。
学問の入り口に門番はいない。にもかかわらず大学だけが学びの正規ルートであるかのように振る舞うのは、情報流通革命の現実を無視した時代錯誤だ。
しかも数学とコンピュータ・サイエンスは、特に大学不要度が高い分野である。
証明を書けばよい。実装を書けばよい。競技プログラミングでスコアを出せばよい。GitHubにコードを積めばよい。論文を読んで再現すればよい。
個人の能力を示す客観的アウトプットが作れる以上、大学の単位や学位は本質的ではない。
学位は能力証明の一形態にすぎないが、その証明が過剰に高コストで、かつノイズが多い。
四年間を耐えたというだけで、思考力や創造性が保証されるわけでもない。
コンピュータ・サイエンスの実務世界は、ライブラリも設計思想もインフラも数年単位で変化する。
だが大学は制度として硬直しており、講義内容は更新されにくい。
学生が学ぶのは、現代の戦場で使える武器ではなく、過去の博物館ツアーになりがちだ。
もちろん基礎は重要だ。しかし基礎は無料で学べる。基礎を学ぶために大学という巨大な行政機構に参加する必要はない。
そして最大の問題は、大学が学びたい人間のための場所ではなく、学びたくない人間を四年間拘束する場所になっていることだ。
多くの学生は学問に興味がなく、就職のために在籍し、単位のために暗記し、卒業のためにレポートを書く。
その結果、講義は知的探究ではなく、脱落しないための事務処理へと変質する。
優秀で意欲ある少数の学生は、その空気の中でむしろ学びを阻害される。
学問とは本来、興奮と執念の領域であるはずなのに、大学はそれを出席管理と成績管理で薄める。
さらに残酷な話をすれば、大学に行く最大の理由は「自分が大学に行った方が安全だと思い込んでいる社会構造」そのものだ。
皆が行くから行く。行かないと不安だから行く。つまり大学は教育機関ではなく、集団心理によって維持される保険商品に近い。
これは合理性の皮を被った同調圧力であり、個人の学習とは無関係だ。
数学やコンピュータ・サイエンスのような分野で、真に強い人間は、学位ではなく成果物で語る。
証明、コード、論文、プロダクト、貢献履歴。そこには逃げ道がない。
大学の単位は「できるかもしれない」という曖昧なラベルだが、GitHubのコミットや実装は「できた」という事実だ。学問の世界では、事実だけが通貨である。
学位という紙切れに依存する必要はない。しかしもう半分の真実として、大学は知識ではなく、社会の信用システムとして機能している。
だから人々は大学へ行く。学びのためではなく、社会を攻略するために。
だがそれは同時に、現代の大学が知識の殿堂ではなく信号の発行所になってしまったことを意味する。
もし数学やコンピュータ・サイエンスを学びたいなら、大学の門をくぐる必要はない。必要なのは、静かな時間と、強烈な好奇心と、圧倒的な継続だけだ。
・増税も減税も急がない
・安全保障もほどほど
・スキャンダルが少ない
「まあ妥当だよね」って感情でわざわざ駅前行ってビラ配らないし、SNSで拡散もしない。
支持者ですら「なんとなくマシ」以上の言葉が出てこない。
どういう予算分配が適切かとか、税金の取り方が良いかとか、そういう「中身」で競うものだと、わりと最近まで本気で信じてた。
YouTubeの再生数とか各種SNSの異常値、選挙報道、選挙当日の新聞広告とか見ると、まぁ確かにそうだよな。
政策の良し悪しとか、討論の上手さとか、そういうのを必死に比較してた自分がちょっとバカみたいで。
YouTube広告、SNS広告、駅前の看板、ポスター、芸能人。
要するに「どれだけ目に入るか」の勝負。
中身じゃなくて、露出量。
民主主義ってもう少し知的なゲームだと思ってたけど、実態はただの資本力バトルだった。
冷静に考えれば当たり前かもしれない。
テレビCMだって商品が良いから売れるんじゃなくて、流した回数で決まる世界だし。
でもそれが政治でも同じだって、はっきり結果に出されるとちょっときつい。
結局、「一番声が大きい」やつが勝つ。
なんだかなあ。
実際は広告に一番多く触れた先になんとなく手が伸びるだけなのかもしれない。
財布の厚さで未来が決まるなら、もうそれ資本主義の延長戦じゃん、って。
広告に公費と献金注ぎ込める政党に選挙ハックされて詰んだ感は強い。
規範と実証の分離。政策議論が壊れる典型例(善意で地獄、etc)。
「仮定が現実的か」ではなく「予測精度で裁け」という有名な話。
実物要因と貨幣要因の分離。
公共選択論の導入。
この教科書の特徴は、