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はてなキーワード:合気とは

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2026-01-10

歴史に残したい合気道10

田舎合気会系の道場でしょぼい稽古してるおっさんが選ぶよ。

順不同。異論は認めるよ。


1.白川竜次(1980年生/神武錬成塾・六段)

次世代合気道不動のスタープレイヤー。卓越した技術フィジカル表現される美しく力強い演武は本当に革新だったよ。合気道が持つ胡散臭さを過去のものにしようとしてるし、その姿勢業界の内外問わず多くのフォロワーを生み出してるよ。Youtube動画はしょぼい稽古やってるおっさんからすると「もう…もうやめて」ってなりがちだよ。

白川竜次 師範 - 第56回全日本合気道演武大会


2.遠藤征四郎(1942年生/本部道場/佐久道場・八段)

開祖最後内弟子。美麗で柔軟なフォーム00年代田舎おっさん道場でも話題になってたし、お手本にしてたよ。今は好々爺忖度した弟子相手人間バスケしてる感があるっちゃあるけど、やっぱり手足の裁きや位置取りを見てると、怖いなこの人って思うよ。

2025年の全日本合気道演武大会

キレがすごい

2006年の全日本合気道演武大会


3.木村二郎1951年生/大阪武育会・八段)

大阪武育会のトップ絶妙な間合いとタイミングコントロールで、瞬時に相手を「取って」しまう技は圧巻。競技合気やってる昭道館との技術的な関わりも深いみたいで、合気会では失伝したようなレア技もバンバン出てくるから見てて勉強になるよ。

2025年の全日本合気道演武大会


4.植芝充央(1981年生/本部道場道場長)

歩く教則本四代目。実直な演武や、メディア露出の少なさから白川竜次の後塵を拝していると揶揄されがちだけど、その下半身尋常じゃない強さを活かした正確でしたたかな技はやっぱり見てて唸ってしまうよ。次期道主に対して失礼な感想かもだけど、類稀な合気道家だと思うよ。

2025年の全日本合気道演武大会


5.ミハイ・ドブロカ(不明横浜合気道・五段)※合気道を始めたのは2002年

白川竜次のYoutubeチャンネルにもちょいちょい出てくるフィジカルお化け。受けでも取りでもこの上なく綺麗なフォームで力強い合気道をするよ。動きが大げさでキライっていう人もいるけど、あんな動きマネできない事だけは確かだよ。

Explosive Aikido Movement — Power and Control!


6.岡本洋子(不明京都合気道・八段)※合気道を始めたのは1978年

練り練りおばちゃん男性がやる力強い合気道とは一線を画した練りに練って技を収斂させる、もはや発明にも近い合気道には驚愕するよ。木村二郎クリスチャンティシエとおんなじタイミングで八段になったみたいだけど、国内での影響力は頭一つ抜けてるんじゃないかと思うよ。

2024年の全日本合気道演武大会


7.中村信昭(不明フリー・七段)

合気道F-lab.の人。もともと福岡の祥平塾でやってらしたけど、今年からフリーになったみたいだよ。動きが柔らかく大きくて、時に鋭い技は本当に見ていて勉強になるし、多くの稽古者が言語化できなかった事を言葉にしてくれてるレクチャー動画は、初級上級わず必携のコンテンツだよ。

合気道チャンネルF-lab.


8.熊澤美由紀不明/三心会・六段)

タイコスパ言うわけじゃないけど、熊澤さん世代トップカテゴリにいる指導者は、「高段者は何をやっているのか」を言語化して説明できる能力が高い人が多いよ。その中でも熊澤さんに関しては説明めっちゃ上手いしフィジカル強いし、身体の柔軟さと合わせた技はホント見事だよ。

2025年の東京都合気道演武大会


9.鈴木俊雄(不明本部道場・六段)

本部のやばたにえん修羅白川竜次を凌駕するとも劣らないフィジカルを活かしたハイスピードでバッキバキの演武。もし合気道の事おじいちゃんが手をかざしたら弟子が飛んでいくもんだと思ってる人がいたら、この人の演武見てみてほしいよ。すごいから。暴力的に見えるから敬遠する人もいるけど、合気道本質の一面はこれだからね、型稽古やってると忘れがちだよね。


10.松岡宏美(不明一心会・五段)

白川竜次を輩出した合気道小林道場出身。一目見ただけでめっちゃやり込んでるって分からせられるフォームと鍛えられたフィジカルに裏打ちされた強くて柔軟な技がピカイチで、一時期めっちゃ参考にしてたけど、全然マネできなかったよ。


以上だよ。


作ってると「あ、あの人も」みたいになっちゃうのも結構あったよ。

やってる側からすると、やっぱり白川竜次がドーンと出てきた中、本部の振る舞いって結構ナイーブなのかなって思ってたりするんだけど、風の噂では本部道場にも「人を触れずに投げてはいけない」みたいなお達しがあるらしいし、全体的にフィジカルを活かした技をしていこうねって流れなのかもしれないね

あ、あと合気道って何気にサンリオコラボしてたりするんだけど、あんまり知られてないしTシャツキーホルダーだけで道着がないの残念過ぎると思ってるよ。

ハローキティ道着作ろうね!ね!

おしまい


追記=================

コメントくださった方、ありがとう

半分以上わからなかったけど、生年を追記したよ。リサーチ不足で申し訳ないよ。

誰しもに当てはまる話じゃないんだけど、だいたい初段から五-六段に上がるまでに、15-25年かかるから、五-六段の人はアラフォーアラフィフの人が多いよ。

キャリア的にもフィジカル的にも、脂の乗り切ってる時期と言えるかもしれないよ。

Permalink |記事への反応(5) | 16:36

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2025-05-12

anond:20250512101150

色気より合気なお年頃だった渋川剛気

『しょせんはスポーツマンじゃのう』←この「・」が大事なのだ🤗

増田...お湯...🫖

Permalink |記事への反応(0) | 10:50

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anond:20250512095514

色気より合気なお年頃だった渋川剛気

『しょせんはスポーツマンじゃのう』←この「・」が大事なのだ🤗

Permalink |記事への反応(1) | 10:11

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anond:20250512080157

色気より合気なお年頃だった渋川剛気

Permalink |記事への反応(1) | 09:55

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2025-04-01

anond:20250401022054

からインターネットが好きで社会不適合気味でソフトウェアエンジニアになった自分にとって

この時点で、他の業界ものすごくきつい気がする

ITでも普通にコミュニケーションスキル必要だけど、それはあくまで「普通の」コミュニケーション

普通?の職場の、先輩がどうとか、機嫌取りがどうとか、根回しがどうとか

絶対絶望する

Permalink |記事への反応(0) | 14:07

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年収900万のソフトウェアエンジニアなのだ相談に乗ってほしい

ソフトウェアエンジニアを辞めて全く別の業界に挑戦したいと思っている

ただそれもとりあえず辞めたいという気持ちが先行していて自身気持ちやこれから人生どうしたいかがわからなくなっている

最近インターネットもとい生成AIの流れはいかに生産性を上げて業務改善するかみたいなことが多いと感じている

からインターネットが好きで社会不適合気味でソフトウェアエンジニアになった自分にとってはこの空気感が肌に合わずすごく居心地の悪さを感じている

温かな手作業(笑)で丹精込めて作ったコードというものはどんどん時代遅れになり、いかに生成AI活用して効率よく生産的に価値提供するかが大事になってきている

コード記述禁止縛りでCursor触ってみたが本当にソフトウェアエンジニア仕事って変わっていくんだなという実感が湧いた

15年以上ずっと使い続けていたTwitter最近は気が滅入るのでもうしばらく見ていない

そもそも生産性が上がるのであれば必要人材は減っていくだろうし、そもそもインターネット業界仕事の大半はなくなっても困らないと極端な考えも浮かんできている

それよりかはこれから人材不足が顕著になる分野で高度な技術を今から学び始めるのがいいかなと思っている

なんとなくの次の仕事としては電気系の資格を取って働くというのがぼんやりと頭の中にある

それ以外では衣食住に関係する仕事がしたい

少しぼかしを入れるけどスペック社会人8年前後年収900万前後

学歴は旧帝早慶のどこか、独身彼女なし

勉強する期間としては多分1年くらいは確保できる貯金はある

身近に相談できる人がほとんどいないのと、あまり理解されないことがほとんどなのでここに投げてみた

実際にソフトウェアエンジニアを辞めた人や逆にブルーカラー業界からソフトウェア業界来た人、エンジニアとしてバリバリ生成AI追っている人

お叱りでも、具体的なおすすめ資格でも、引き止めでもなんでもいいからこれを読んで思ったことを教えてほしい

助けてくれ…

Permalink |記事への反応(47) | 02:20

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2024-07-03

anond:20240703062035

合気を実戦レベルまで高めたとして、生きる伝説とも呼ばれる人だろ

Permalink |記事への反応(0) | 06:24

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2024-07-02

アニメユーフォ最終回微妙だった雑感想

前提、原作未読 改変内容それ自体を良い悪い評価判断することはできない。

けどそれにしたって13話中の12話にあの展開を持ってきておいて大団円!!よかった!!!と言えるかは…微妙じゃない?

少なくとも自分主人公の久美子を通して、久美子の3年間の奮闘や成長を見ていたので、他でよく見る真由の救済のために主人公を放り出しているような構成と終わり方であまり納得できなかった。

再オデで負けた事それ自体は、その後の展開どちらでも組める要素だと思うからいい。

でも負けたなら負けたことを下敷きにして久美子の次への展開なり納得なり、決意なりや、奏者として勝つこと以外の部長としての報われなどをしっかり描いて、今まで久美子を見て応援してきた視聴者を十分に「よくやったな」と納得させて終わらせてほしかったよ。

それが入る後尺がなく、13話はシリーズ思い出ダイジェスト気味に終わってしまい、それが原作的には掴むはずだった勝利を改変した上でとなると…まあ~~~微妙構成だったなと思う。

全国金は部の悲願であって、久美子のそれと完全にイコールではないはずだし、まして作中で久美子の思想音楽から別の将来へ移っていったのならますます久美子の3年分の報われはどこへ…?と感じた。

他所原作だと全国金が久美子のイコールとなった描写があると見たが、アニメシリーズだけ見ているとそうでもない)

衝撃的な改変展開をもっと早く前に持ってきてフォロー尺や久美子の次への思いや展開を入れたり、シリーズ尺を24話にしたりと上記の急展開オチ回避する方法は他にあるだろうし、比較的取れる制作会社のはずなのに上記選択したのは、衝撃度なりバズり度など物語の本筋とは無関係な要素故に選択したと思えて、そこでも微妙だったなと思う。

微妙というか露悪的(?)にさえ見えた。

原作勢が「原作最後勝利がご都合気味だった」というのも見たが、それなら突然3年で転校してきて同じ楽器超絶技巧で今まで合わせたことのないメンバーとも早々に合わせられる真由の超存在自体もご都合と言えてしまうのでは?(原作展開自体に切り込めるならという意味で)

要はご都合要素はその後の辻褄なり展開で納得できたか希釈されるんだろうけど、アニメ最終話には原作を改変してまで納得できる、活きるものはなかった。

仮説としては原作を通っていると、その後の後日談含めて読み込んでいるからか、ちょっとご都合主義だったなという原作読後感を下敷きにしているから反転展開が響き納得や良かったになっているだけでは?

アニメの道中で久美子が負ける兆しは散りばめられていたともみたが、それなら1期から重ねて来た演出を回想や反芻するように擦ってきてた部分の先には、困難があったけど久美子が報われる事への期待と受け取れる部分なので、最後梯子を外すも外さないもどちらも揺さぶり要素の1つでしかないと思う。

(単に制作の手抜きだったってならそれはもう何も言えないが…w)

続報で全国大会以降、卒業までの部長としての久美子報われ話をやるってならまた話は変わるが…(それにしてもシリーズとしてちゃんと〆てよとは思うけど)

京アニ事件が絡んでの思想が影響したのか、構成脚本暴走か知らないけど追ってきた年月の割になんだかなーーーーーーというオチだった。薄味?

多少ご都合だろうと王道努力友情勝利的なので感動したかったよ。

Permalink |記事への反応(0) | 09:45

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2023-11-28

Youtubeで、60歳の合気の達人が総合格闘技試合に出て瞬殺される動画を見た。

60歳で挑戦した勇気はすごいと同情するコメントや、合気なんて使えない当然の結果とか馬鹿にするコメントが多かった。

それに混じってちょこちょこ塩田剛三ならってコメントを見かけた。

バキの渋川剛気のモデルの人。

格闘技オタク塩田剛三好きだよね。

でも塩田総合に出ても同じ結果だと思うよ。

もう映像しかいか永遠に伝説化して逃げ切ったけど。

Permalink |記事への反応(0) | 19:33

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2022-08-20

自分こそこっちの都合気にせず自分勝手にやってるくせに、いざこっちが自分のペースでやろうとしたらブチ切れるよね。それならまずそっちもこっちの都合を理解したら???自分と合わないからブチギレて不機嫌MAXとか最悪よ??それともなにか?つねにあたしの都合に合わせてくれないとこまるーってこと?あほらしwwwwwwww

Permalink |記事への反応(0) | 19:44

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2021-11-30

朝倉未来のあれについて

暴力からよくないとか騒がれてるけど、それは流石に今更すぎないか

かにあの番組は色々問題があった。

しかし、賢しらぶった人たちが「暴力格闘技は違うんだ、わかっていないのは不勉強からだ」という表面上だけの話をして留飲を下げているのは、ピントはずれもいいところだと思う。

だいたい、格闘技に限らず興行なんて裏も含めりゃ大概ヤクザみたいなもんだろ。

少年の夢」みたいに健全ぶってプロ野球とか、裏は言うに及ばず表の部分だけでもどれだけ暴力的でコワモテなんだよ。

ガッツポーズしただけで打者への報復死球が当たり前の暴力世界だぞ。

よく奇麗事だけいって満足できるなと思う。

そもそも朝倉は、「喧嘩」が好きで暴走族少年院にも入るような暴力世界で生きてきて、「格闘技相手に手も足も出ずボコボコにされたこから総合格闘技に目覚めた人間だ。

朝倉が見ているのはただの奇麗な格闘技世界だけではない。

自分と同じように暴力に明け暮れる、どうしようもない不良の方を気にかけている。

かつて自分デビューした不良たちの格闘場「アウトサイダー」のように、次世代格闘家プロデュースもしている。

喧嘩の楽しさ」の延長が格闘技にある、そこには時間をかけて人生を変えるだけの価値がある、だから不良は喧嘩なんかしないで格闘技をしよう、その方が人生が豊かになるよというのが朝倉理屈だ。

朝倉本人は事あるごとに「喧嘩ダメ」と繰り返している。

この朝倉スタンスは、不良たちに絶妙にいい影響を与えたと思う。

朝倉youtubeで、地元愛知に帰った際に煽り運転をされたことがった。

相手朝倉未来だとわかった瞬間に一目散に逃げ去る不良の姿を流し(もちろんモザイクつきで)、ダサいし危ないし何より迷惑からそんなことやめろと動画上で説教をしている。

自分たちだったからよかったけど、他の人がされたら堪らないと。

こういう部分にこそ朝倉の意義がある。

煽り運転をやめろなんて誰でも言えることだが、不良にとって、「外部の」大人に言われるより、自分たち「不良側」の先輩に説教されることほど効くものはないのだ。

からとあるごとに不良アピールをし、同時に喧嘩迷惑行為ダメとも発言する。

この動画を見た、年を重ねた元不良も「後輩にちょっといいこと言いてえ」と思って、「朝倉未来もやめろって言ってたぞ」と後輩に説教をする。

こういうループが出来上がるのだ。不良とは、そういうものだ。

これは普段から行方正な人間では決してなしえない、朝倉からこそできた小さな社会貢献だと思う。

から少年院にいって講演もして、院では異例の格闘技大会特別上映(!)も叶えている。

暴力格闘技は違いまーす」「僕たち健全格闘技界は不良なんかとは違いまーす」と奇麗事だけを都合よくいう人間ではないのだ。

そして、その長年不良だった朝倉でさえも、総合格闘技出会ったのは成人する前後だった。

から朝倉youtubeでも繰り返し「格闘技の周知」「認知の向上」の話をしている。

格闘技好きに向けたアピールをしても、格闘技の人気は出ない」と繰り返し話している。

人気の「街の喧嘩自慢とスパーリングをする企画」も積極的にやり、この企画をどんどんパクってくれと言っている。

はっきり言って、朝倉youtube活動が今の格闘技界にもたらした影響はすさまじい。

格闘技界のカリスマ堀口恭司なんて正真正銘スーパースターすらも、一般人誰も知らない時代だ。

だが格下の朝倉は、彼よりも圧倒的に有名になった。

一躍不良少年の憧れの的となり、格闘技布教活動をして、大会視聴率をあげている。

そして朝倉は、不良や総合格闘技だけではなく、空手合気剣道などの伝統武道ボクシングキックなど様々な格闘家さらにはバドミントンなどほかのスポーツ選手ともコラボし続けて、武道格闘技スポーツの魅力を伝える活動をしている。

格闘家youtubeブーム朝倉の影響と言っても過言ではない。

本人のプロ戦績がしょぼくても、それだけでは計り知れないほどの貢献を業界内外にしているのだ。

仮にも「格闘技が好き」なんだったら、その功績を知らないとは言わせない。

どんなに朝倉が嫌いな人間でもそれだけは認めざるを得ない、それぐらいの活躍をしている。

これは朝倉未来からこそできたことだった。

(あと、興行から体重上げて試合に出ろ金を稼げと何度言われても断わり続けたのも、昔のPRIDE酷使された選手のことを思うと本当に偉かった)

から恩師の前田日明に「スパーリングを公開するなんてあり得ない、絶対対策されるからやめろ」と言われても、格闘家と公開スパーをして、それを研究されてボコボコに負けても、それでもやめなかったのだ。

そもそも朝倉本人が対戦相手動画を入念に分析する人間なので、リスク最初から分かっていたはずだ)

今回のabemaの件はもちろん問題があって、本人も謝罪しているしそこを糾弾するのは本当に正しいし、健全行為だと思う。

色々な問題点は他の人が指摘している。

しかし、朝倉と彼の活動を一概に「格闘技暴力勘違いしているだけのお馬鹿さん」と知った風な口でひとまとめに切り捨てるのはあまりも、あまりにも浅すぎやしませんかと思う。

朝倉に対する好き嫌い批判はあっていい。

しかし、「格闘技暴力を延長線上のもの」として捉えて活動しているからこそ、格闘技界や不良たちに「いい影響」を与えたことも事実なのだ

「影響されて格闘技始めました」とか「未来さんが止めろって言ってたから」と不良が憧れるようなロールモデルを、(一時的かも知れないが)こなすことができたのは、とても貴重なことだと思う。

からこそきちんとして欲しかったとは、強く思う。

Permalink |記事への反応(2) | 16:40

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2021-11-01

合気で一番強い技とは、ジョーカー友達になることです!

ジョーカーも誰か友達がいればそれで満足して通り魔になって居ないでしょう

映画版リアル版も同じです

彼の居場所が無かったから、失いたくない居場所が無かったから、ジョーカー通り魔になってしまったんです

あの場所にいた乗客のだれか一人でも彼に寄り添ってあげていたら事件は起きていないのです

anond:20211031223935

Permalink |記事への反応(0) | 14:15

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2020-12-18

社会不適合な人の末路

社会不適合者と言われる人は大体3パターンに分かれる。



1.単に環境が悪いタイプ

社会適応能力はあるのに今いる環境職場学校、家庭など)が悪いせいで心身を病んで本来能力が発揮できていないタイプ

こういう人は悪い環境から脱することができればリハビリ期間のようなものを経て徐々にまともな社会生活を歩むようになる。


2.環境は良いが本人に問題ありタイプ

本人が根っから社会不適合気質で、せっかく良い環境に恵まれてもそれを活用できず無駄にしてしまタイプ

社会不適合な言動を繰り返す内に周囲に「こいつは何をやってあげてもダメだ」「こいつには関わらない方が良い」と愛想を尽かされ、後述のパターン3に移行するケースがある。


3.環境が悪く本人にも問題ありタイプ

本人が根っから社会不適合気質で、しかも今いる環境が最悪なタイプ

周囲の態度は冷たく、誰からも助けを得られない。

状況によっては運良くパターン2に浮上するがこともあるがまたすぐパターン3に戻ってしまう。


パターン2や3の人が社会不適合になっている最大の原因は本人の生来能力の低さだ。

そこから抜け出すのは容易ではなく、大抵以下のようなことになる。




まず彼らは自身問題真摯に向き合えない。

本人にそもそもそうした能力が無いし周囲のサポートも無い(orたとえサポートがあってもそれを本人が生かせない)からだ。

彼らは自身問題根本的に立ち向かう努力を避けて都合の良い空想を始める。

自分社会不適合者であることには何か特別意味があるんじゃないか。」

自分は選ばれた存在なのでは?」

自分には何か秘められた才能があるのでは?」

自分は人とは違う崇高な存在からこそ俗世と折り合いがつかないのでは?」

そうやって考える内に彼らはこの結論に行きつく。

自分他者から羨望されるような特別存在であるべきだ/あるはずだ」

そこで実際に彼らに何かしらの芸術的才能や目標に向かって努力できる素質があればいいが、そうではないケースがほとんどだ。

特殊な才能もなければこれといった努力もできない。

けれど「特別存在になりたい」という願望だけは人一倍強い。

するとどうなるか。

自分特別扱いしない他者を恨むようになる。

自分が才能を発揮できないのは生い立ちのせいだと過去を悲観し続ける。

優れた才能を持ち成功している他者を妬んだり「運が良いだけ」と馬鹿にしたりする。あるいは逆に過剰に崇拝してゴマをする。

事あるごとに他人自分比較して優劣をつける。彼らの世界には常に自分より上の立場人間か下の立場人間しかおらず、誰かと対等な関係を築けない。


そして彼らがこのままでは何も手に入らないことに気づくと、当初あった「自分社会不適合者であるのは自分特別存在からだ」という考えが「自分特別存在でいるには社会不適合者のままであらねば」という考えにすり替わる。

彼らにとって自身社会不適合者であることは唯一手にしている「人とは違う部分」だ。

特別存在になりたい」という願望を手持ちのコマだけでどうにかしようとするのだ。たとえそのコマ本来であれば自慢できるようなものではなくても。

こうなるともう末期だ。

彼らは自分社会不適合っぷりを勲章のように振りかざし始める。

それらしい診断名をネットで見つけてはそれを自称してステータスかのようにプロフィールに羅列する。

人の人生は苦しみが大きいほど価値があると信じ、幸せそうな他者を見ては自分の大げさな苦労話を持ち出して水を差す。

他者被害を与えてそれを批判されると、自分攻撃されたと感じ自分が一番の被害者のように振る舞う



こうなってしまった人に対して他者がしてやれることはほとんど無い。

誰かの誠意ある諭しも励ましも彼らは求めていない。

彼らにとって自分否定する人は全員「私という特別存在理解できない愚か者なのだ

彼らはただひたすら自分空想に付き合ってくれる他者無責任賞賛しか求めていない。

Permalink |記事への反応(1) | 15:00

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2020-12-03

anond:20201203184616

チョケタ100円グッズに騙されるな

お茶碗とスプーンで作ればいいんだ

混ざり具合気にしたら負け

なんならごま油と粉のチキンブイヨンかけただけでサラダなんてうまいんだよ

Permalink |記事への反応(1) | 18:50

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2020-09-01

anond:20200901023149

柳龍拳VS岩倉豪の戦いは本当に凄かった。

柳龍拳の発頸に何度も岩倉豪が倒されるシーンは見ごたえがあった。

だが、流石に65歳VS36歳では、体力というか持久力の差は歴然で、

最後岩倉豪の会心の一撃によって柳龍拳は負かされてしまったが、

柳龍拳合気の達人であったことは間違いない...というのは別の世界線でのお話

Permalink |記事への反応(1) | 11:39

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2019-05-28

anond:20190528083504

柔道空手合気の有段者に3分でなれるキットが欲しい

Permalink |記事への反応(0) | 08:42

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2018-05-26

男でぶつかられる人は鍛え方が足りないんじゃないですかね

女でも、相手のぶつかるエネルギーを利用して渋川剛気のような合気の要領で相手を転ばして頭蓋骨をわしづかみ地面に叩きつければ良い

Permalink |記事への反応(0) | 20:55

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2017-12-31

年末格闘技

自分メモ。こんな格闘技戦がみたい!

何でもありで組技技術必須なことはあきらかだが、最も優れた組技の術理をもった競技とは? というわけで、「組技最強決定戦」!

柔道相撲レスリングインドレスリング当身抜きなら柔術サンボ合気とか混ぜてもいい。服装はそれぞれ自分らが最強だと思うもの使用してよいが武器として使用したら反則負け(相手服装を利用するのはあり)。後遺症残る攻撃全面禁止(噛みつき目潰し金的不可。ただし関節技我慢しすぎた結果は、事故として不問)。円形リング使用3分3ラウンドで判定無し。まいった、もしくは10秒以上の戦闘不能状態で決着。

…で、調べてみたら、少し違うが「グラップリング」とかい競技もあるんだな。「特定ルール下で何が強いか」を知りたいわけじゃなくて、ある競技の術理は他競技攻撃にどこまで対抗できるのかが知りたい。相撲の立ち関節や「倒れなさ」はレスリングに対して有効なのか?とか。

Permalink |記事への反応(1) | 11:47

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2016-11-01

ぼくのかんがえたさいきょうの「軍鶏」の終わり方

トーマ「ボクには勝ち負けすらどうでもいいのです。キミの心を救いたいだけなのです」

リョウ「うるせぇっ!聖人ヅラしてんじゃねぇっ!」

トーマの動きの質が変わる。

アナウンサー「あーっと?トーマのこの動きは…?まるでダンスをしているかのようだ!信じられない!このリングで何かを表現しているのか?」

トーマがこれまで見てきたナルシマリョウの心の闇を、まるでリョウのものであるかのように観客に、視聴者に、そして何よりナルシマリョウダンスで見せつける。

戦いながらダンスを踊るトーマにリョウは一撃も当てることが出来ない。

それを見た全ての者がナルシマリョウの悲しみ、苦しみ、痛みを知り、落涙する。

これがトーマのやりたかった事の一つなのだ

リョウ自身でさえ言語化することが不可能だった自分気持ちを見せられたリョウは動揺する。

トーマ「これでやっとキミを理解することが出来ました、次はキミを救う番です」

スパーリングパートナーから会得した柔道柔術サンボ合気を駆使しながらトーマがリョウを攻め立てる。

リョウもこれまで身につけてきた技を十二分に活用しながら対抗する。

ラストラウンド、天才と言われたトーマにどうしても決定打を当てることが出来ず、このままでは判定で負けてしまうと焦り、技が雑になっていくリョウ

その時、空手師匠であり、敵のトーマ側についていたハズの黒川リョウ

黒川リョウ!何だそのザマは!ワシが教えた空手はそんなモンじゃなかったぞ!」

檄を飛ばす

リョウ「やかましい、クソジジイ!今は敵じゃなかったのかよ!」

黒川「敵も味方もない。お前はワシが教えた弟子だ!」

黒川アドバイスで冷静になり、技にキレが戻るリョウ

猛攻を仕掛け、リョウ最後の正拳を見舞おうとした瞬間、笑みを浮かべ、両手を広げるトーマ。

そのままリョウ攻撃をもろに顔面に食らい、まるでキリストのように十字に倒れ、そのまま試合終了。

リョウ「テメェ、ワザと避けなかったな!」

トーマ「言ったでしょう、ボクはキミを救いたいのだと。それにもう避けられないと分かったからね」

その映像テレビで見ていたリョウの妹、夏美

夏美天使…、いや神様がお兄ちゃんを救ってくれた…」

と呟く。

リョウの表情はもはや少年Aやナルシマリョウのそれではなく、成嶋亮という一個人に戻っていたのであった。

トーマはこの試合後、ダンスに復帰。神を宿すと言われたそのダンスに、人間の性(サガ)ともいうべき生々しさの要素も加わり、さら世界的な評価を受ける。

時は流れ、故黒川師匠空手を継ぎ、道場弟子空手を教えていた成嶋涼。

そこに空手着を着た一人の男がやってくる。

彼を見た成嶋涼が「待っていたぞ!」とニヤリと微笑んで、完。

作者もトーマをラスボスにしたかったはずなのに、尺の都合か、編集意図か、キャラが言う事を聞かなかったからか、中途半端になってしまった感があったんで、これでいいんじゃないかな。

Permalink |記事への反応(0) | 02:19

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2016-02-01

バキの作者って案外、武術に醒めた目を持ってるよな

ネットで古流とか中国拳法のファンを見ると、本気で「実戦なら強い」って思ってるんだよな。

でも、今週のバキとか、武術家球技トップアスリートにも負けるとか言ってるの。

以前も合気道キャラ試合相手をふっとばしたら、解説役のキャラが「実戦で合気を使った!」みたいに驚いてるし。

作者は、合気のハデに相手を投げる技はデモンストレーションの技で実戦では使えないって分かってるんだよな。

Permalink |記事への反応(0) | 22:23

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2015-03-10

友人(男)に手コキされたときの話

※以下の文章には、性暴力に準ずるような描写が含まれています。ご注意ください。








学生の頃、友人(男)宅で酒を飲んでから寝ようとしたところ、その友人に手コキされたことがある。

その友人が同性愛者だということは知っていたし、なぜか同じベッドで寝る流れになったのも後から考えればおかしな話なのだが、まさか自分が男に好かれているとは思っていなかった純真無垢(=童貞)な当時の僕は、素直に同じベッドに入ってしまったのである

最初冗談局部を触ってきているのかと思ったのだが、だんだん本気になってきて、どこで止めていいのかわからなくなってしまった。眠ったふりをしてやり過ごそうとしたが、結果的にされるがままの状態になってしまった。そしてそいつは「起きてるんでしょ?」とささやきかけてきた。

今ではこのときのことを平気で思い出せるし、「文章に起こしてみると、なんだかエロいシチュエーションだなぁ。相手が男であることを除けば」と感じる余裕さえあるが、当時の僕にはもちろんそんな余裕は無かった。

しかも具合の悪いことに、僕の局部はそれなりに反応してしまっていたのである

酒に酔っていたせいだろうか?いや、正直に言おう。僕の局部そいつの手コキによって確実に快感を得ており、その快感を脳へと伝えてしまっていた。お、この文章ちょっと村上春樹っぽくね?「僕のペニスは、確実にその快感を脳へと伝えてきていた」。って、どうでもいいか。つーか冗談でも交えなきゃこんなこと書いてられないっつーの。話を戻します。

そして同時に、快感存在するという事実が、恐ろしいほど不快だった。男に手コキされて感じている。そのことが、僕の心に深い混乱をもたらした。お、また村上春樹っぽくね?そうでもないか。

またしても正直に言おう。僕は「いっそ出してしまえばこの不快から逃れられるのではないか?」とさえ思った。でも、不快快感を上回っていたせいか、出ることもなかった。

結局にっちもさっちもいかなくなったので、思い切って寝返りを打つ振りをして強引に背中を向けたら、なにもしてこなくなった。


まりにショックだったので、その後のことはよく覚えていない。翌朝は何ごともなかったかのように一緒にサークルに行った(そいつとは同じサークル所属していた)のだが、それ以降、そいつと会話することも目を合わせることもできなくなってしまった。別の友人たちに「何かあったのか?」と聞かれたので、仕方なく、ごく数人にだけ「性的なことをされた」ということだけを伝えた。

なぜそいつを直接糾弾しなかったのか。もちろん、そいつサークル内での立場を貶めることが僕の本意ではなかった、という理由もある。

しかし今にして考えれば、僕は「あること」を恐れて、自分がされたことをなるべく他人に教えないようにしたのだと思う。

それは、他人に「なぜ本気で抵抗しなかったのか?」と思われてしまうことへの恐怖だった。このへんは、女性の性暴力被害者泣き寝入りしてしまうのと同じ構造なのではないかと思う。

そしてなにより僕は、いかに不快のほうが大いに上回っていたとはいえ、現実として、実感として、快感を覚えてしまっていた。そのことも、僕の心を挫かせた原因だったに違いない。

その後そいつからは、「どうして無視するんだ」というような手紙を頂戴した。おめーのせいだろうと思ったが、それでも無視していたら、今度は「好きだった。あんなことをしてゴメン」という手紙を寄越してきた。いちいち手書き手紙を手渡してくるあたり、ずいぶんとガーリーなやつだったなぁ。どうでもいい。

結局サークルは辞めて、そいつのことは卒業するまで無視し通した。というか、「そいつを避けようとする無意識の働きに任せるままにした」と言ったほうが正確か。


後々になって、その事件の前にそいつとやりとりしたメールを読み返してみたところ、どうもそいつは、僕のことが好きだということをメール上でほのめかしていたらしい、ということがわかった。その時のやりとりはだいたいこんな感じ。


友人(男) 「好きな男の人がいる」

僕     「Aさん(先輩の名前)?」

友人(男) 「違う」

僕     「あぁ、だいたいわかった」


このとき僕は、そいつがBさん(別の先輩)のことを好きなのだろうと勘違いして「だいたいわかった」と言ったのだが、どうもそいつはこのやりとりで、自分の気持ちが僕に伝わったと勘違いしたらしい。しかし何度も言うようだが、当時の僕はまさか自分が男に好かれるとは夢にも思っていなかったのである。このへんはあくまで推測なので、本当のことは分からないのだが。

で、僕はそいつの家にのこのこついていき、酒を飲み、同じベッドで寝てしまった。そいつにしてみれば、きっと「お泊り」気分だったに違いない。悲しい恋のすれ違い。しかも相手は男である


こういう経験があるので、僕は性暴力被害者に対して「被害者にも落ち度があった」というようなことを言うべきではない、と考えている。誰だって24時間365日、性暴力に注意しながら生きることは出来ない。まして友人や恋人というのは、本来そのような警戒をしなくていいような相手であるはずだ。

今回僕が遭遇したように、被害者の側が「そんなつもりはなかった」というケースもきっと多いに違いない。よっぽど自信過剰な人でない限り、「まさか自分が好かれるわけがない」と思って生きているはずで、そのような考え方は落ち度というより、むしろ常識」の範疇に入るものだろう。


その事件が僕にもたらした精神的ショックはあまりに大きく、そのあとの1年間くらいの記憶は今でも曖昧だ。数日間、食べるものの味が全くしなかったことは覚えている。あとその直後の正月に、「あんなことがあっても、年って、開けるんだな」となんとなく思った。意味はよく分からないが感覚は伝わると思う。

そしてその後数年間は、不意にその夜のことを思い出してしまう、いわゆるフラッシュバックに悩まされた。もし心療内科受診していたら、立派にPTSDと診断されていたのではないかと想像する。そのせいでだいぶ性格が暗くなった気がするが、元々暗かったような気もしないでもない。


今ではフラッシュバックが起こることは全く無くなり、このような文章を平常心で書くことも出来るようになった。

もちろん、忘れるためにはそれなりの努力必要だったし、色々なもの犠牲にしなければならなかった。同時に関係のない色々なことも忘れてしまったような気がするが、なにせ忘れてしまったことなので、忘れてしまったことを思い出すことは出来ない。

自分同性愛者なのではないかと悩んだこともあったが、今のところは男性を好きになったことはないので、今のところは自分同性愛者ではないと思うことにしている。別に同性愛者になりたくないわけではない。でも誰だって特に若い頃に、自分性的指向がわからなければ真剣に悩むだろう。関係ないが今の自分は女の人が好きすぎて困っている。というかおっぱいが好きだ。巨乳貧乳も好きだ。

そんなこんなで色々あったが、現在の僕はそれなりに元気に暮らしている。若干社会不適合気味だが、いちおう日々努力しながら、心と身体だけは健やかに生きている。


……いや、もうひとつだけ正直に言っておきたいことがある。思い切って言ってしまおう。

冒頭のあたりで「エロいシチュエーションだなぁ」と形容したところの文章を書きながら、僕の局部は少しだけ反応してしまっていた。

いや、冗談ではない。このことには何か重大な問題が隠されている気がする。どうして僕の心は、身体は、興奮を覚えてしまったのか。同性愛者じゃないのに。

よくよく考えてみた結果、ひとつだけ合理的に説明できる仮説を思いついた。少々はばかられる内容だが、せっかく匿名なのだから書いてしまおう。

暴力は、暴力であると同時に、エロいものなのだ。抵抗できない人間を、ムリヤリ犯すのは、エロいことなのだ。

もちろん、許されざる行為であることは間違いないが、それでも、エロいことに対して、人は興奮せずに入られないのではないか。


今の僕には、この仮説を受け入れられるだけの余裕があるが、これって、ほんとうはものすごく恐ろしいことなのではないかと思う。

もしも重大な性暴力被害を受けた人が、そのことを思い出して「エロい」と感じてしまったら、どれほど心が傷つくだろうか。

「心が嫌がっているのに、身体が反応してしまう」というと、まるでエロ漫画セリフみたいだが、そのような経験が、どれほど深く人の心を混乱させ、苦しめるか、その一端を、僕はほんの少しだけ知っている。冒頭のあたりで書いたとおり。

暴力被害者の中には、自殺をしてしまう人もいるそうだが、もしかすると、そのようにして心を痛めて、自らを物理的に傷つけてしま被害者もいるのではないか……。

本人の意志に反してムリヤリに快感を与えることは、場合によっては単純な暴力を与えるよりも、もっと深く人を傷つけることになる、と思う。「ねじまき鳥クロニクル」で「ワタヤノボル」が「加納クレタ」にしたように(って記憶だけで書いてるけど合ってる?)。


というわけでみなさん、性暴力は、決して、しないでください。

Permalink |記事への反応(1) | 01:04

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2014-01-03

喧嘩商売予想

http://kanchigai.blog.shinobi.jp/%E7%B5%8C%E6%B8%88%E3%83%8B%E3%83%A5%E3%83%BC%E3%82%B9/%E3%80%90%E5%96%A7%E5%98%A9%E5%95%86%E5%A3%B2%E3%80%91%E3%80%80%E6%9C%A8%E5%A4%9A%E5%BA%B7%E6%98%AD%E3%81%8C%E9%A8%99%E3%81%97%E4%BC%91%E8%BC%89%E3%82%92%E8%A1%8C%E3%81%A3%E3%81%9F%E5%96%A7%E5%98%A9%E5%95%86%E5%A3%B2%E3%81%AE%E3%82%B9%E3%83%AC%E5%8B%A2%E3%81%84%E3%81%8C%E5%85%A8%E3%81%8F%E6%AD%A2%E3%81%BE%E3%82%89%E3%81%9A%E3%81%ABpart111%E3%82%92%E7%AA%81%E7%A0%B4%E3%81%97%E3%81%9F%E4%BB%B6%E3%81%AB%E3%81%A4%E3%81%84%E3%81%A6

  

第1試合

工藤優作 vs.梶原修人

 工藤(流石に工藤が勝たないとだめでしょw梶原は見せ場もなく一瞬だとおもわれ)

  

第2試合

石橋強(バーターで十兵衛) vs.佐川徳夫 

十兵衛(流石に主人公残るだろうけど、佐川にどうやって勝つんだ)

  

第3試合

入江文学 vs.桜井裕章

文学(流石に師匠かつだろ。シラットより喧嘩強さだろ)

  

第4試合

金隆山康隆 vs.川口夢人  

金降山(意外とでも、川口の凶暴さとかがあらわになって、相撲の指食いちぎったりしそうだよなあ)

  

第5試合

芝原剛盛 vs.上杉

芝原(流石に上杉みたいなかませには負けられんだろw)

   

第6試合

関修一郎 vs.佐川睦夫  

  

関(本当は佐川っぽいとは思うけどでも作者的に柔道は勝たせたいだろうから関かも。次に控えている柔道vs合気道 がおもしろすぎるから。関の寝技が通じない展開か?)

  

第7試合

三代川祐介 vs.日本の旗反町隆広

反町反町キャラがいいからたぶん勝たせるwデラヒーバで昔勝ったらしいから、こんどはベリンボロとかやりそうw)

  

第8試合

里見賢治 vs.日本の旗カブト

里見(流石にこれは里見だろwカブト勝たせても華が無い)

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

  

  

まあ、そうなったとして。

  

工藤vs十兵衛

 まあ十兵衛でしょ(あの時の俺とは違うぜ的な)

文学vs相撲

 文学でしょ(文学寝技完封しそう)

芝原vs柔道(ってかたぶん柔道vs合気やらせたいだろうからこれだろうな。)

 芝原(指取りの複雑さが組手を進化させて~~とかの理屈が出てきそう)

反町vs里見

 里見反町より寝技に詳しい里見とかって感じで勝つのかね。)

  

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

まあそうなったとして。

  

十兵衛vs文学

 十兵衛かなあ。

  

芝原vs里見(独歩vs渋川と同じで合気vs空手

 里見(まあ、刃牙と同じく空手が勝つんじゃないの)

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

まあそうなったとして。

  

十兵衛vs里見

 十兵衛(う~んw厳しいw)

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

十兵衛vs田島

 田島(こりゃ無理だろw)

Permalink |記事への反応(0) | 09:37

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2009-10-07

Eメールが相手に届かない13の理由

いや、実際にはもっとあるんだろうけど。 つっこみよろしく。

  1. ユーザー名もしくはドメイン名間違いで別人に到着(送信者の問題)
  2. ユーザー名間違い、相手先サーバには存在しないユーザーだが、相手先サーバエラーメッセージが返信されない設定になっている(送信者の問題)
  3. 添付ファイルが大きすぎて送信側でエラーを返しているのに気がつかない(送信サーバ設定)
  4. 添付ファイルが大きすぎる(受信サーバ設定)
  5. 相手先サーバ添付ファイルの形式を制限している(受信サーバ設定)
  6. 相手先メールボックスが満杯状態(受信サーバの問題)
  7. 相手先メールサーバSPAMブロック(受信サーバ
  8. 相手先PCセキュリティソフトによるSPAMブロック(受信者
  9. 相手先メールソフトSPAMブロック(受信者)→サーバ側で対策する製品だと、手元のメールボックスにそもそも届いていないケースがある。
  10. 相手先アドレスが実はメーリングリストBCCがはじかれる(受信サーバ設定)
  11. ホップ数超過(受信・送信サーバの経路問題)
  12. 路上、もしくは相手先でのネットワークサーバの障害・メンテナンス受信・送信サーバの経路問題)
  13. 実は届いているけど気がついていなかったり、都合が悪いので知らんふりしてる(受信者の問題)

(1)(2) →アドレス帳に登録して相手の名前が表示されているため、メールアドレスの間違いに気がつかない。

(3)   →送信者エラーコードは帰ってきているが、送信エラー表示に気がついていない。

(6) →いずれも相手先メールサーバエラーメッセージを返信しない設定になっている場合気がつきにくい。

(10)  →自動送信ツールなんかで、あて先を全部BCCに突っ込んで一括送信する場合意外な盲点かも。部門で利用しているようなメールアドレスのときに要注意。

(11)  →ホップ数設定が低いサーバが経路上にあると破棄されてしまう。

     標準は26くらいで、引っかかることは少ないようだが、昔は10とか6とかあったらしい、

(12)  →引越し通知に返信したのが引越し当日でメールサーバの電源きれてますとかな~   

(13)  →CC同報で送っていても、自分には届いてないと主張されると相当厄介。

     自社内であればメールサーバログなどで受信状況確認したりできるけど他社の場合はなかなか証明しづらい。

     というか、しらばっくれられて確かに届いていたことを証明しろとかいわれてしまうと正直どうしようもないんだが、、

Permalink |記事への反応(0) | 19:43

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2009-07-07

THE END OF EVANGELION」の感想集 2

http://anond.hatelabo.jp/20090707100038 の続き

 弐拾六話では全ての人とあっさり和解でき、すんなり受け入れられた。しかし世の中そんなに甘くないというか、実はそれこそが自己中心的世界と言える。もっとリアルに描いてみよう、というのが26話ではないかと。 何故なら「本質的に解り合うことのできない他者が存在する」ということ、他者を認識するとはそもそもそうしたことである筈だったから。庵野氏の構図で言う幻想世界の内部において、シンジはどうしてもそのことを容認できず、他者を理解できないまま、自分を理解するよう他者に縋り続けた。補完計画が完成し、群体から単体に還元され、全てを包含レイに抱擁された時点で、彼はやっとそのことに気付いた。 ラストアスカを殺そうとしたのは、アスカが正に他者であることを、彼が遂に知ってしまったから。でも結局殺せないし、前のようにエヴァの胎内に逃げることもできない。そこは既に第弐拾六話の月面と同様に、後戻りの聞かない場所、補完が導いた現実世界。・・・ なんと、エヴァと融合し全てのヒトを包含した神が、人一人殺せず、孤独に耐えかねて泣いているんです。 私はここに最高のユーモアカタルシスを感じました。こんなに見事なラストは、これまで観たことも読んだことも恐らく無かったです。(^-^)
宮村優子さんのラジオ発言とか最近目にするようになった彼女の雑誌のコメントを見ると、宮村さんは今回の劇場版をお気に召さなかったのかなとも思います。自分でも「なかなかのモノが出来た、俺の選択って凄いぜ。フフン」と庵野監督が思ってたのに、いざ、脚本を渡したら宮村嬢からの冷たい反応。それにショックを受けてああいったラストにしたのかな(^^;?無責任な憶測ですけど
 あのラストシーンは,シンジが選んだこの世界が決して「気持ちのいい世界」ではないことを辛辣に描いていました。しかし同時に,そこには絶望だけでなく,わずかな希望もあることをも示していたと思います。 希望アスカの手,シンジの涙。                   そして,『会いたい』という気持ち。
 ラストシーン絶望的。シンジはほんの少しだけ変わった。もうひとり、ほんの少しだけ変わったひとがいるみたい。でも、その「ほんの少し」への一歩のなんて遠いこと。2人は、まだ変わっていないみたいに見える。だけど、絶望は希望の裏返し。これからどうするか、それは、私たちに委ねられたのかもしれない。
  ひとつだけ考えられるのは、シンジ物理世界に戻ろうと決意したのをアスカ  も知っていて、そんなシンジとだったら一緒にいても良いかな、って思ったの  かも知れない。  でも、砂浜で再び自分の首を絞めてる彼を観て「ああ…やっぱり何も変わって  ないんだな…」と思っちゃったとか。
 寂しいことを言ってしまえば、アスカにとって、自分のために泣いてくれた人を身近で感じたのは初めての体験だったのかもしれません。初めてで慣れてないから、「気持ち悪い」のかも。
庵野監督は最後までアスカの扱いに困ってしまったようですね。その苦悩がラストシーンにも出てしまったのでしょうか。「おまえがいるから滅茶苦茶になっちゃったんだ~!」ってね。でもその存在を消せない(笑)
 嫌悪も一つのコミュニケーション。心の壁は現実そのもの。 そして、今までと同じ、自我と、人を代表とする非我との戦いがつづく。 何度もそれを確認しながら、幸せにも不幸にもなれるラストだったと思います。
 ラストシーンアスカ。第1話のレイと同じ場所に包帯を巻き、首を絞められながらもシンジの頬をなでる。 これって、つまりアスカの中の“母性”を表してるのかな、と思いました。綾波レイは「母」のメタファーそのものと言っていいでしょう。そして、シンジの側に横たわっているアスカレイと同じ姿であることは、彼女もやはりシンジを優しく包み込む“母性”を内に秘めていることを意味しているように思えます。その後の、シンジの頬に触れる行為も。 しかし、彼女最後の言葉は「気持ち悪い」。シンジを拒絶する言葉です。これは“14歳の女の子”として、「私はあんたの母親になる気なんて、今のところ、さらさら無いわよ」と言ってるんじゃないでしょうか。「あんたが何を求めてるのか分かんないけど、受け止めてあげる気なんてないわよ。余裕もないしね」と。まあ、あのシンジ-自分を傷つけるかもしれない他人を殺すこともできないで、ただしゃくりあげている-を受け止めることなど、14歳の少女に過ぎない、もちろん自身それなりに問題を抱えているアスカに、できるわけないでしょう。たとえ“母性”を持っているにしても。むしろ、一方的に求める方が酷です。(さらに、相変わらず求めるだけっていうのも、また問題だ)。 しかし、将来的には彼らがどう成長し、変化するかは分かりません。そういう意味では、もう多くの方が感想に書いてますが、「これから」を感じさせてくれるラストシーンではありました。もう語られることのない物語の続きの中で、彼らは彼らなりに成長していくのでしょう。
不快感(=気持ち悪い)」というのは、赤ん坊が最初に感じる感覚だということを聞いた記憶があります(←記憶あやふや)。そうでなくとも、「気持ちがよくない」という感覚は、まぁ、「夢」だとか「望んだ世界」ではなく、「現実」を示唆しているのかな、とも深読みしましたが・・・深読みしすぎかな?
 シンジアスカは、それこそお互い誰でもよかったんだと思います。憎む相手も愛する相手も。でも、自分を互いに真正面からぶつけ合った過去が、二人には出来てしまった。互いに、相手に対する憎しみも、相手が欲しいという気持ちも、相手を拒絶する言葉も告げてしまうほど、互いの気持ちを相手にぶつけた。そして、その憎しみも欲求も、おそらく今後の彼ら自身の心を強く拘束していくでしょう。 ラストシーンで、くびを絞め、瞳を動かし、頬をなぜ、涙を流し、気持ち悪いとつぶやいた二人は、それこそ、愛よりも深い、憎しみもかなわない、たとえ離れても、ひととき忘れても、もう互いの心の一部そのものにまで結びついたように見えました。 Onemorefinal:   I needyou.  もう一つの終局もすべてのおしまいではありません。英語のタイトルは『私はあなたが必要である』でした。 そして、皆に等しく、同じ戦いが、始まり、続きます。 でも生きてさえいれば、幸せになるチャンスはどこにだってあります。だって生きてるんですから。 愛よりも深く。 夏の映画は誰も他人を受けいれられなかった二人が、とにかくも深く結びついて、そこから再び、同じ戦いが始まる、終局であっても、何も解決していない、ラストでした。
シンジ内面に問いかける声も、もはや静かなレイの後ろ姿ではなく、アスカの赤裸々な罵倒へと変化しました。「お願いですから、もう電話してこないで下さい。」「よりを戻すつもりは更々ないの。」「その、やっぱり、友達以上に思えないの。」「ハッキリ云って迷惑なの。」「これ以上付きまとわないで下さい。」これらのセリフ作品の展開からは伺うことができない以上、庵野監督自身の人生から引用してきたものと解釈されます(もちろん脚色を加えているでしょうけれど)。つまり、劇場版におけるアスカは、これまで庵野監督を傷つけてきた「5人の女性」のような「他者」を象徴する役割を与えられるようになったのだというのが僕の理解です。 そうすれば、ラストシンジアスカの首を絞めかけたり、アスカがその後で「気持ち悪い」と言ったりする寒々しい展開も、すんなりと納得できるのです。現実の他者は、お互い決して期待通りの反応をしてくれない存在ですから。
 オタク依存を打破するために作ったアニメが、逆にオタク依存の代表になっ てしまった苦い皮肉。昨日某アニメショップで見かけた会話。 「これ買えば」(とシンジ君が表紙のアニメディアニュータイプを指さす少女) 「えーいゃぁー」(と汚いものでも見るかのように嫌悪する少女B) 彼女らの心の中にはカヲル君しかいないらしい。作品全体のテーマを見ようとせ ず、自分のお気に入りのパーツを使って幻想エヴァを作り上げて固執する。虚 構からも逃げ続けている。自分以外のエヴァはいらないのだ。そして、そのこと を指摘されると過剰に反応し激怒する。「ぱふ」の一部読者はひどいものだ。無 論、綾波アスカの一部ファンにも言える。 そういう意味で、庵野さんが「気持ち悪い」と言わざるを得なかったのは良く分 かる。だから実写を入れてこれでもかこれでもかというぐらいに観客に語りかけ た。でもそれは届かない。最も病んでいる人間、庵野さんが最も一言言いたい人 間は嫌悪する現実ファンタジーに変えて消し去ってしまうのだ。
シンジくんの首締めはちょっと??な気もしましたがアスカシンジの頬を撫でて「気持ち悪い」は、頬を撫でるシーン拒否、否定の感情からではなかったと思ったので集合体としての生命の海から浮上して「こ」の世界の「ここ」にいる「こ」の自分を認識し他の存在シンジ認識し「気持ち悪い」ことも沢山あるけど「ここ」に自分と他人が存在することを知覚認識して噛みしめていると感じました。いやぁすっかりアスカが主役でしたね。ここまでアスカ映画になってくれるとは嬉しい誤算でしたってのはアスカ者の偏見でしょうが。      とでも思わなきゃやってらんないよなぁ。
かくして、シンちゃんはアスカちゃんのドレイとなり、一生、幸せに暮らしましたとさ。めでたし、めでたし。                                                       <終劇>
       自分は性的嫌悪感からくる言葉だと思ってるんですけどネ。       DEATHの新作カットの「ミサトやバカシンジの使ったお       湯なんて~」の頃には、もうシンジ君が自分の事を性的対象       して見てる事に気づいていたのでは?このぐらいのお年頃の       と女性ってそういうのたまらなく嫌だと思うのですがどうで       しょう?
シンジアスカを殺そうとするが思い止まる。アスカに優しい言葉を期待する"ファン=シンジ"だが"虚構=アスカ"は"気持ち悪い"と突き放す。そういうことか?ヒゲメガネよ。
それと映画アスカシンジを否定したのは(自分の勝手解釈ですが・・)「シンジアスカの事を、好きで求めているのではないのを、アスカは気付いていた。なので、コーヒーメーカーに激突させ、最後に’気持ち悪い’とまで言った」好きで求めていない、というのは、恋愛感情のみ、でなく、シンジは弱い自分を何とか持ちこたえさせる拠り所に「強く見えるアスカ」にすがっていたふうに見えたからです。アスカにしてみればそんなおかんのような役、あまり嬉しくない気が・・・。
 また、最後の台詞「気持チワルイ・・・」ですが、ラストシーンでのアスカの様子を見てみると、腕と頭部と目に包帯およびガーゼが当てられており、これは第壱話においてストレッチャーに乗せられてシンジ君の前に初登場した綾波レイそっくりの状態で、加えてあの目線から察するに、アスカの中には、彼女自身の魂や人格に加えて、レイの魂が入り込んでいるのだと私は感じました。 いわば、アスカとしてはトラウマを刺激するモノとして忌み嫌っていたレイの魂が自分の内面において(シンジへの想い故に)融合しつつあることについて現在のところ「ケンカカレー」(歳バレ?)の状態にある、ということで「気持チワルイ・・・」という言葉に繋がったのだと私は考えたのですが、みなさんはどう思いますか。
あのラストシーンは実はハッピーエンドである。あの砂浜のシーンは補完直後のシーンではない。実はその前にシンジアスカを見つけ、傷の手当をし、ミサトの墓を作るという一連のシーンがあったのである。しかしアスカは何も話さない、何も反応しない病室アスカの状態に戻ってしまっていた。(偽りの復活)そんなアスカを不憫におもったシンジは思い余った挙げ句、彼女の首に手をのばす。しかしその時、今まで何も反応しなかったアスカの腕が動き、シンジの頬を撫ぜる。嬉しさのあまり、涙を落とすシンジ。更にアスカは言う。「(あんたバカー、何泣いているのよ)気持ち悪い(わねえ)」そうあのシーンは「クララが歩いた」パターン感動的なラストシーンなのである。しかし観客の期待を裏切る事ばかりを要求された監督は素直に感動的なシーンを作る事ができずにあのような解りにくい形にしてしまったのである。だが安心したまえ、ビデオ・LD収録時には完全版として失われたカット台詞が収録され、誰の目にもハッピーエンドである事が解るに違いない。(笑)
シンジ監督アスカ・観客に置き換えると、あのラストシーンはまた違った見方が出来ますね。現実から遊離してしまっている観客を不憫に思った監督真心アスカが無反応だったら悲惨ですね。それより、もし「気持ちいい」と言われたらどーする(笑)
 シンジ・観客、 アスカ監督ではどうでしょうか? シンジ「わーん。こんなEVAはいらないよぉ~。     謎もあまり解明されてないし~     そこで気絶してないで、もう一回EVA作り直してよ~」 アスカ「(まだやれっての?)気持ち悪い....」
1:呼吸困難になった為の気持ち悪い  えー、シンちゃんに首をギュッとね!(爆)された惣流ちゃんですけど意識  の無い状態で首を思いっきり絞められては血のめぐりも悪くなり気分が悪く  なったという、低血圧で良く立ち眩みしてる女の子意見がありました(苦笑)2:あのセリフみやむーちゃんのアドリブ説  庵野監督に捧げるアドリブ説(黒い説ですわねぇ(苦笑))という人若干名3:怪我のために気分が悪い説  右手の謎の治療跡で判ると思いますが怪我してる場合気分が悪くなるもんです  (経験者談)4:2日目説  ・・・・・・(^^;)・・・・・・5:観劇してる人へのメッセージ説  ・・・・・・
 「きもちわるい」。 他人の体温が気持ち悪いことって、ないですか? でも、その嫌悪感を、人は「愛情」で中和させる。 けれどそれは「無理をしている」のかもしれない。 本当は、人なんて、生まれてこない方が良かったのかもしれない。 だけれど、生きている。 それでも、生きている。 生きていなければならない。  決して理解できない「他人」の隣で、それでも「一人ではなく」生きている。
 エヴァみたいな「黙示録もの」のラストって、和解・融合、善悪何れかによる統一、純粋な荒廃、・・・みたいな一元的な世界の出現で終わるのが相場じゃないですか。これは魅力的だけど、弱点があります。つまり、解り難いんです。 具体的にどんな世界になるのかが想像できない。私達の周りにあるのは、一元的把握が通用しない、それこそ「他者」が存在する世界です。争いの無い平和な世界、とあっさり書くことはできるけれども、そこがどんなところなのか、人或いは人々が何を考えて生きるのか、よく考えると理解できない。 放映版の受け入れ難さって、ラストのそういう典型的ユートピアが、観る側の想像力を麻痺させたせいがあると思うんですよね。 映画版は、そうした典型から脱したところが凄いと思います。シンジとゼーレの意思に従って、一元的な新世界を一度は成就しておきながら、シンジの成長というモチーフを重ねて「その先」を開いてしまった。この点に限れば、黙示録を越えちゃってますよね。そうして出来上がった「他者の居る新世界」には、シンジがその成長の代償として手に入れた、純粋で人間的な憎悪や悩みや悲しみがあり、観る側として非常に素直に感応できる。これがユーモアやカタルシスでなくて何であろうかと。そしてまたそうした世界を、アスカの最後の台詞一つで完成したところがまた見事なんですよね。
インパクトのある、出来るだけ短い、どうとでもとれる演出、ということでああなったんではないでしょうか。鏡のように、見たいものが見える、見たくないものが見える、うがった人にはうがった見方が見えるラストシーンだと感じてます。
最後にアスカが包帯をしている意味は、「アスカ自身が女になった」「シンジにとってアスカが女になった」という二つの意味を同時に持っていると思います。「気持ちわる」という言葉には、リアリティを持たす効果と、触れあいによって「産むことが可能な存在となった」=妊娠イメージを出す効果、それに、存在が個に分かれていることの実感(喜びも悲しみも)が表現されていたように捉えられました。
 最後のシーンについてはアダムとイブというよりアジア系神話 洪水で生き残った兄妹の話(日本のイザナギイザナミの話でもこういう始まりのものもあります)の方を連想しました。 アスカの気持ち悪いのセリフですが考えによっては色々とれるセリフですね。私はシンジと一線を引くセリフと取りました。(ここから他人としてスタートとして2人の関係はどうなるかという・・・)この最後はFANが自分たちで考える宿題だと思えました
最後のアスカも女っぷりがよかった!きっと、あれがアスカのやさしさじゃないのかな?と思った。急にわかったようなアスカになったら余計かなしいもん。とっても、ハッピーエンドだったと思います。映画みたあと結構すがすがしかった。
気持ち悪い,はよかった。絶望とそれでも幻想を構築しなくてはならないという意志が感じられ・・・るか? 絶望だけか? 慰めてもらいたいのか?
立派に完結していたと私は感じましたし、救いもあったと思います。ラストセリフは、生々しい接触も含めてアスカシンジを受け入れ始める、という言葉ではないのか、と思うのですが。少なくとも、突き放されて終わったとは感じませんでした。
私、あのシーンは本編に絡まないと思ってます。庵野のファンに対する愚痴だと思ってます。ファンによって傷つき首を絞められた「エヴァ」から、おおよそ倒錯しているファンの一番多いアスカの声で、ファンに対して文句を言ったんだと思います。
創世記によればエデンの園では人も含めてすべての生き物は裸で(つまり自分自身をすべて晒して)いても恥ずかしいとは考えなかった。ところがアダムエヴァが禁断の知恵の木の実を食べた途端に裸でいることに気づいて恥ずかしくなり、身体を覆って隠した。このことが神の怒りに触れ、2人はエデンを追放された。・・・ラストシーンの2人はやはり楽園を追われたアダムエヴァなのですね。自分の殻(ATフィールド?)を壊すことができなかった(あるいは自分の殻に閉じこもって出ることができなかった)シンジアスカだけは結局補完されることなく、荒廃した世界に取り残された・・。それでもアスカシンジを拒絶するかもしれない・・と。
この映画を、人間の内面の描写をメインとして考えると、まさしく、私の好きなジャンルに入るんですよね。いっかい、救っておいて、最後にもう一回、落としちゃうっていう。(笑)でも、最後は、あれでよかったと思います。だって、簡単にシンジが、他人を認め、世界も、そんなシンジを喜んで、迎え入れるで終わってたら(テレビの終わり方かな?これは。)、面白さ半減だと思います。そこで、アスカに気持ち悪いといわれて、自分の選んだ世界の厳しさというものを示して、終わった方が、なんか、心に重ーくのこるじゃないですか!(だから、ONEMORE FINAL なんだとおもいます。)
  補完中にシンジアスカと、ものすごい勢いで傷つけあいます。彼は最後には彼女の首に、手をかけるのです。そこまで他人というのは自分にとって厄介なものなんです。理解不能ですからね。  それでも、シンジは「融合」ではなく「他者との並存」を選びました。  「共生」だとか「相互理解」とか美辞麗句に彩られた根拠なんて、これっぽっちも示されないのに。根拠があるのだとしたら、寂しさゆえの「I need you」くらいなものです。単体になってしまったら永遠に孤独ですからね。(この辺、あまり自信無いな。二回目を見たほうがいいかな?)  目の覚めた彼は、隣で寝ているアスカの首を、再び絞めにかかります。そりゃ、あたりまえです。自らの選択とはいえ、自分を苦しめる元凶が、現実に厳然と、そこにいるわけですから。ほっとくと、こっちが殺されるかもしれませんし。「他人がいる」─────本当に深刻です。この問題は。  なぜか生きていたアスカが、そんなシンジの頬に手をやって、彼に「他者のいいところ」をちょっち認識させます。苦しみとともに、ヨロコビもまた確実にあるのです。シンジの手から、力が抜けて、その後のアスカの一言で「終わらない夏の物語」の幕が引けます。
 アスカの「キモチワルイ」発言は、相当ショックだったのですが、彼女らしい発言だなとも思います。少なくとも、病院のベッドで息だけしてる状態で生きている彼女より、ずっといいです。 「詩編The End of Evangelion」では、アスカの言葉は、「あんたなんかに殺されてやるもんですか」が入っていますが・・。 現実は、そうそう、都合のいいようにはならないんだという事に通じている気もします。
私が思ったのは、アスカはショックで植物人間状態がある程度つづいており、(目がサカナだった)シンジはいっそ楽にしてあげようとしたと見えたのですが。包帯をきれいに巻いてあるところを見るとシンジが悩むに十分な時間はあったのでしょう。(だからエントリープラグから気が付いたらあの場面、ていう訳ではない。)そしたらもう動かないはずのアスカの手が動いたので、嬉しくて涙が出た。ついでに「気持ち悪い」という正常なアスカがはくセリフが出て、アスカが完全復活したという、無条件ハッピーエンドだと迷いもなく思ったのですが。
あの最後のアスカ首しめられシ-ンですが、そのあとのアスカセリフが最後の最後に観客を現実に引き戻すオチみたいにかんじました。首しめ、まえふり?みたいな(笑)
 TVシリーズを見る限り、アスカシンジに対して14歳の少女らしい「嫌いだけど好き」という心理を抱いているようです(まぁ25話で助けられなかったことがしばらくもめる原因にはなるでしょうが)。それゆえに、シンジ腑抜けさに我慢がならないのでしょうか。ただ、その心理とは別にエヴァパイロットとしてのライバル意識も強烈ですから、非常に言動もわかりづらくなるのでしょう。 シンジの方は、ミサトさんレイアスカもいいという宙ぶらりん状態ですが、考えてみれば男ならたいていは心理的二股、三股は当たり前です。しかし、この中で本当に可能性があるのはアスカだけなのですから(ミサトは年上過ぎ、レイは・・・実の所は母、ユイですから)、将来的になんとか努力するでしょう。そのために現世に戻ったのですから。 で、最初のコミュニケーションが首締めと「気持ちわるい」。一種ダークな感じもしますが、「他人とのコミュニケーションが最初からうまくいってたまるか」ということであれば、先がどうなるかは・・・
 しかし、あのラスト必然とはいえ悲しい物がありましたね。アダムにとってイブとは所詮他人であり、殺意を抱く対象であり、自分を傷つける存在なわけですから。
しかし、やはり最後はきついです。安易な現実礼賛はもっと嫌ですけれどもあそこにはやはり意地の悪さは感ぜずにはいられません。少数派なのかもしれませんが、肯定否定はともかく「私の趣味としては嫌だ」というのだけは間違いないです。こんな人もいるということで、一応、存在を認めていただけるとありがたいです。
やはり、あれは監督からのメッセージと取るべきではないかと。月に斜線が入っているように、もうこの「エヴァ」は終ったんだ、もう人の作品に自分の考えに目くじら立てて攻めるのはやめてくれ、見る側と自分は「他人」なんだ、そこまで立ち入らないでくれ、攻めないでくれ、こっちにしたら「気持ち悪い」んだ、エヴァ庵野の首を絞めるのはもうやめてくれ・・・そういう事だと私は感じました。いつまでも他人に依存されると気持ち悪いって事だと・・・そういう意味の、監督の「エヴァは終ったんだ!」という宣言ではないだろうか。
私はあのラストシーンは「自分に棘があることも、相手が針を持つことも、全てを承知した上で敢えて一歩前に進む事が出来るようになったシンジ君」に成長した、と言う風に考えています。「気持ち悪う。」の台詞に関しては、あそこから人類の新しい時代が始まる的な雰囲気(オーケストラが聞こえてきそうな、とでも申しましょうか。)の中で、劇の中の世界ではこれは現実なんだ、と言う目的で入れたのではないでしょうか。(日常性を出したと言った方がいいかもしれません。)まあ、いわゆるハリウッド的な大円団では無いよ。ってとこですか。私はいい出来だったと思ってます。
 アスカは「気持ち悪い」よりもその前に差し出した手の方が重要だと思います。敗北の象徴である同じ右手だというのがヒントでしょう。
 シンジが心象世界ラストシーンアスカを求めて首を締めるシーンはレイプメタファーじゃないかという意見がありました。確かにそう解釈するとあのラストも非常に理解しやすくなるんですよね。
そしてラスト台詞ですが、私はシンジだけでなく、世界の全て(自分も)に対して感じたメッセージだと感じました。生きていくには気持ち悪い世界だけど、やっぱり死ぬのは嫌だ、と。そもそもアスカシンジを好きだとは思ってなかったのでショックではありませんでしたが、手も触れず、目も動かさなくてあの台詞だったら、やっぱつらかったかな(^^;)。ともかく、我が儘を貫き通した監督に拍手!
やっぱシンジアスカの首を絞めたのは、ATフィールドの象徴でしょうな。人は生まれながらにして、他人を拒絶すると

Permalink |記事への反応(1) | 10:01

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2009-03-22

http://anond.hatelabo.jp/20090322220542

最近のは出来がいいらしいね。

自分の場合気持ち良さより面白さ優先だから

そっちは手を出してないけどね。

Permalink |記事への反応(0) | 22:13

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