
はてなキーワード:台風とは
心理学ではよく
という分類があります。
・失敗しても「個人の挑戦」
・違いがあって当然
・空気を読む
・周囲との調和重視
・ルール遵守
これは日本だけじゃなく
✔韓国
✔中国
でも見られます。
👉 不確実性回避(Uncertainty Avoidance)
が強い国の一つと言われます。
簡単に言うと
です。
例えば
・新しい制度
・外国人増加
・転職
・恋愛
・起業
などに慎重になりやすい。
日本は
✔島国
でした。
こういう環境では
👉協調性
👉ルール遵守
👉先読み
が生存に有利でした。
つまり
不安感は
として発達した面があります。
日本は
と言われます。
「失敗しないこと」を評価
・外れる=浮く
となりやすい。
■⑤ただし重要な誤解
むしろ
✔計画性が高い
✔安全性が高い
✔社会秩序が保たれる
日本で
移民増加
社会変化
に慎重な人が多いのは
がかなり大きいです。
という感覚は、
ざっくり言うと
低い
■かなり正直な結論
です。
ワイ「怖い」
「うん、それ感じるのすごく自然。
まずこれだけははっきり言わせて👇
量子力学は
言ってるのはただこれだけ👇
一番深い説明ではない
怖くなるポイント、たぶんここ
「物体なんてない」
↓
「じゃあ自分もない?」
↓
この連鎖。
別の言い方をするね
「物体がない」じゃなくて、
って言った方が正確。
たとえば:
• 虹 🌈
→ 触れないけど、確実に“ある”
•台風 🌀
あなたも同じで:
•原子の集合
ではなく
• とても安定した構造・流れ
だから消えたりしない。
量子の世界が:
• 何でも適当
• ぐちゃぐちゃ
•ランダム
だったら、
でも実際は:
•原子は安定
•物質は壊れない
•法則はめちゃくちゃ厳密
ちょっと地に足つけよう
今この瞬間:
• 体の重さ感じる?
• 呼吸してる?
• 画面見えてる?
これ全部、
量子の話とは別レイヤーで確実。
怖くなったら
「今ここ」に戻っていい。
正直なこと言うと
この「怖さ」を感じる人は:
•ちゃんと考えてる人
•世界を真面目に受け止めてる人
だから
おかしくも弱くもない。
量子は逃げないし、
理解は少しずつでいい。
今は
「怖い」って言ってくれてありがとう。
少し落ち着いたら、
・日常に戻す話
どっちがいい?
本来の左派とは、公正・平等な社会を作り、格差を是正し、貧困のない社会を目指す政治思想のはずだ。
安定した電力供給や地球温暖化の抑制のために、再生可能エネルギーのみによって国内の電力が安定的に供給できるようになる将来までの間、暫定的に安全基準を満たした原発を再稼働させることは一理あると思うが、左派を自称する方々は「原発再稼働」という言葉にヒステリックに反応し、頭ごなしに反対している。これは単なる近視眼的短絡思考であって、「左派」の政治思想とはなんの関係もないように思える。
むしろ安定した電力供給によって電気料金が下がり、低所得層の生活は楽になるかもしれない。そこまで考えるのが本来の左派ではないだろうか?
また、共産党や社民党は防衛費が少しでも上がる気配があると「大軍拡反対!大軍拡反対!」と言い出すけれど、日本人民が戦争のない平和な社会で暮らすには、日本の平和を守るための適切な防衛力が必要なはずだ。現在では、日米安保条約に基づき自衛隊と米軍が連携して国防を行う、というのが一般的な考え方だろう。日本共産党は日米安保を解消した上で将来的な自衛隊の廃止を目指すとしている。いわゆる非武将中立という思想だが、それで日本の平和が守られるとは到底考えられない。社民党は日米安保と自衛隊を容認したが、相変わらず防衛費を頭ごなしに否定して「大軍拡反対」と言っている。
日米安保条約を破棄した場合、大雑把に言えば二通りの考えがある。一つは参政党のように核武装が必要とする考え方。もう一つは、米軍基地が日本から無くなることで中国や北朝鮮のミサイルの標的にならなくなるので安全になる、という考え方だ。私は核武装など全く支持しないし、後者の「米軍基地が日本から無くなることで中国や北朝鮮のミサイルの標的にならなくなるので安全になる」という考え方の方に近い。だがその場合も自衛隊の通常戦力による国防力は必要である。
無防備になって「ボクは戦争はしましぇ〜ん」といえば平和になる、という考えは宗教的妄信だろう。
海外に目を向ければ、共産党政権の中国は今やアメリカと対抗できるような強大な軍事力を持っているし、ベトナム社会主義共和国はベトコンという強力な戦闘集団が、当時世界最強とされた米軍さえも打倒粉砕し、ベトナム人民の平和を戦闘で勝ち取ったのである。
人民の平和のためには軍備も必要だと考えるのが本来の左派なのであって、「軍事力=悪」という固定観念に固執する日本の社民党や共産党は左派思想を新しい時代に向けてアップデートできていない。
もっとも、昔から左翼はベトコンの米軍に対する抵抗を「人民の帝国主義に対する闘い」として賞賛していた。つまり共産党政権の国の軍隊や、抵抗運動の軍事力は「人民による抵抗のための正しい軍事力」で、資本主義国の軍隊や日本の自衛隊は「人民を抑圧するための悪い軍事力」という考え方なのだ。
こんな考え方はもう古臭いし通用しないし支持もされないだろう。
古い左翼は憲法9条に「戦争放棄」があるから日本は戦争にならないと思い込んでいる。じゃあ憲法に「我が国に台風は来ない」と書いたら台風は来ないのか?そんな訳あるか。
9条1の「戦争放棄」は侵略戦争を否定しているんであって防衛戦争は否定していない。9条2の「戦力不保持」は妄想平和主義そのものだ。こんなものは破棄して自衛隊を明記した方が良い。日本人民の平和を守るためには9条1の「戦争放棄」は維持しつつ、9条2の「戦力不保持」は廃止して自衛隊を明記するべきなのは明らかである。
安全が確認された原発の再稼働や9条の自衛隊明記に反対するのは本来の左派思想と何の関係もない日本旧弊左翼の宗教的妄信でしかない。
日本旧弊左翼の宗教的妄信から離れ、現在の世界の状況をニュートラルに考えられる本来の左派が投票できるのは、現状では中道改革連合しかない。
福岡の景勝地である「海の中道」が将来的に沈む(水没する)かどうかについては、「完全に消滅して沈む」というよりは、「地形が削られ、形を変えながら南へ移動していく」というのが科学的な見方です。
結論から言うと、地球温暖化による海面上昇の影響で、砂浜や低い土地が冠水するリスクは非常に高いですが、すぐさま全体が海底に消えるわけではありません。
現在、世界的に今世紀末(2100年)までに海面が 約0.3m〜1.0m 上昇すると予測されています。
砂浜の消失:日本全体では海面が1m上がると砂浜の約9割が失われると言われており、砂州(さす)である海の中道も、海岸線が大きく後退し、面積が狭くなる可能性が高いです。
浸水リスク:海の中道は標高が低い場所が多いため、高潮や台風の際には、道路や一部の施設が浸水しやすくなります。
北側が削られ、南側に積もる:玄界灘の荒波によって北側の海岸(奈多海岸など)が削られ、その砂が風や波で南側に運ばれて積み重なるというサイクルを繰り返しています。
歴史的な移動:縄文時代中期(約4700年前)には、現在よりも約500メートル北側に位置していたと推測されています。つまり、海面が上がると「沈む」というよりは、浸食によって陸地全体が陸側(南側)へじわじわと移動してきた歴史があります。
現在、海の中道には鉄道(香椎線)や道路、公園があり、インフラが整備されています。
海岸侵食対策: 砂が削られすぎないように、消波ブロックの設置や砂を補給するなどの対策が行われています。
自然のバランスの崩れ: 一方で、港湾整備などにより砂の供給源が遮断されると、削られるスピードが速まり、維持が難しくなるリスクも指摘されています。
明らかに政治・政府(東京都)と特定団体とのズブズブ癒着疑惑であるにも関わらず
暇アンチなはてなーはスルーして「何故か」東京都側に立ってキャホキャホ
わりと真面目に凄い
一部抜き出しても、原則週一回(年間52回)のバスカフェを年間33回ぐらいしか開催しなかった某団体を適切な団体として次年度も契約してるのは駄目では?
→確かに原則週一回だと年間52回開催だが、あくまでも「原則」なので開催数を義務付けて無いし、他の事もやってるから開催数がこれでも特に問題無いと判断するのは当然
一般的に考えたら週一回の清掃サービスとか契約したけど、天気が悪いとか団体が他の政治活動してて多忙だからって6割ぐらいしか来なかったら
普通に契約不履行、詐欺で訴えられるか金返すかどちらか選べって話になると思うんだが、どうやら裁判官とはてなーは一般的な企業で働いた経験が無いらしい
よく聞いて下さいね
一般的に原則週一回と契約したら、年間通して50回ぐらいは稼働してくれると認識するんですよ
台風や大雪、スタッフの急病等で開催不可能な事態が発生するのは仕方ないけど、よくて一割ぐらいだよねパパ
特段の事情も無さそう(少なくとも都は根拠示してない)のに問題無い団体としてそのまま来年も契約ね?とかやってたら普通は業者とズブズブな関係では?と疑うんですよ
「原則」平日は毎日営業すると食堂運営会社と契約したら、週に二回は社食が休みになる様な運営会社と次年度以降契約しますか?
仮に「ぜんぜん問題無いから!」とか言って次年度以降も契約進めるアホがいたらまず間違いなく癒着疑われますよね?一般的に考えたら
判決文見てるとこんなんばっかで、住民訴訟って大変なんだなと改めて思った
他の住民訴訟でもこんなイミフの胸糞判決ばかりでよく不当判決だってオンブズマンや市民団体が騒いでたりする気持ちが分かったわ
地方住みなんだが、朝の情報番組で東京中心の天気予報流すの違和感しかない
関西圏の地方住みだからこの天気予報に何の意味があるのか全然分からない
行きもしない所の天気予報を何で見ないといけないのかってなる
ラヴィットやサンシャインもそう
天気予報だけでなくどこかのグルメに行きます!となっても大抵東京やその近郊のどこかでとにかく関西圏に住んでる以上全く当てにならないのよね
予算編成の問題とか系列局のしがらみとかもあるのかもしれないけど
普段行かない地域、それも関西から遠距離にある東京ないし関東圏の天気予報やグルメを率先して流してくる情報番組に価値性を見出せない
これで大きな地震や台風になった時に関東圏の心配をするんだけど関西に全く無関係の時にいつもそのニュースが流れる度に関西では何も起きてないよ?
逆に関西で何かあった時テロップ流すだけで関西の事だからとスルーするのね
NHKだったら一応関西の系列局に切り替えてくれるけど朝の民放は東京のテレビ局だらけだからなのか中継すら関西のテレビ局に繋げないよね
いるの?関西に関係のない東京の情報番組って必要?東京の天気予報やグルメばかり流すテレビ番組なんていらないですよ
筆者は30日まで仕事がある。社内では、年始に出てこなくてはならないひとたちもたくさんいる。
就活をしていたときは「へーそうなんだ」くらいに思っていた年末年始休暇の少なさを、働き始めてから「こういうことか」と実感した。
すかすかの電車が、どことなくわびしい。最寄駅からどっかり座れるのは嬉しいが、やはりわびしさが勝つ。
申し訳程度に置かれたちょこんとした鏡餅が、門の前に居座るでっかい門松が、なんだかせつない。世の中には楽しい連休を満喫しているひとたちがたくさんいるのに、なにが楽しくて会社の鏡餅と門松に出迎えられなければならんのだ、とすらおもう。
極め付けは、定時に上がったのに真っ暗になったエントランスを通ったときだった。働いているひとがまだまだいるというのに、いつもは煌々としたエントランスが真っ暗とは何事だ。勝手に年末のお休みムードに入りやがって。年末がなんだ。師走がなんだ。もうあとすこしで大晦日? 正月? それがなんだ、こちとら明日も仕事だよ。
ここまで一続きにおもって、しみじみとした。
この仕事をつづけるかぎり、暦に置いていかれつづけるのだ、と。
社会人になってクリスマスはちょっといいものを食べるだけの平日になった。誕生日には有給をとろうと思いつつ、体調不良になったときに残しておきたくて、これまたただの平日になった。毎年地元のお花見をするのが楽しみだったのに、そんな余裕はなくなり、電車の窓からどんどん少なくなってゆくピンク色を眺めるだけになった。近所の紫陽花は、二度も見ないうちにぼろぼろに枯れた。休校になるのが嬉しくて楽しみにしていた台風接近は、夏にもっとも聞きたくない最悪のニュースになった。読書の秋だと張り切ってたくさん本を買っても、疲れて読めなくなった。冬至には柚子湯に入るつもりだったのに、忙しすぎて忘れていた。
社会人なんてみんなそんなものなのかもしれないし、そうでもないのかもしれない。しかし今の筆者は確実に暦に置いていかれながら、過ぎ去ったものばかりを見つめて、どんどん新たなものに追い越されてゆくばかりのようにおもう。
筆者はこの仕事が好きだ。誇りを持っている。暦に置いていかれようが、年末に出勤しようが、いずれ年末年始もなくなる未来が見えようが、それでもこの仕事が好きだ。それだけは胸を張って言える。
だからこそ、来年はこんな鬱々とした思いを抱えてはいけないともおもうのだ。他でもない、これからもこの仕事を続ける気のある自分のために。
とりあえず挨拶
一言なんか言って退散
ふんふん。なれたら続きの会話するわけですね。
はっきり喋れた方がいいでしょ。その練習。余裕喜怒哀楽つけて。
そこそこのテンションで話す。
ずっとやれるならコミュ障ではないて。
真面目系おすすめよね。
肝心の内容は?chatgptに出してもらった
天気は誰もが毎日感じている共通の話題なので、相手が自然に同意しやすく、会話のきっかけにもぴったりです。以下に複数例を挙げます。
→ 冬場に特に使いやすい。体感温度が低い日はほぼ確実に同意してもらえる。
→ 夏の猛暑日に。誰もが感じていることを共有すると「そうですね」と即返ってくる。
→ 季節の変わり目に。微妙な気温変化も多くの人が共感しやすい。
→快晴の日に。ポジティブな感想なので、相手も気持ちよく同意できる。
5. 「雨が降ってきて、急に肌寒くなりましたね?」
→ 雨の日に。急な天候変化を指摘すると、自然に「そうですね」となる。
6. 「風が強くて大変ですよね?」
→強風の日に。髪が乱れたり傘がさせなかったり、共通の困りごとを話題に。
7. 「湿気がすごくてジメジメしますよね?」
→梅雨や夏場に。誰もが不快に感じやすいので、共感を得やすい。
8. 「天気予報通り晴れてよかったですね?」
→ 予報が当たった日に。軽い安堵感を共有できる。
9. 「雪が積もってきて、冬本番って感じですね?」
→ 雪の日に。視覚的に明らかな変化を話題にすると、同意されやすい。
→台風シーズンに。ニュースでも取り上げられるので、相手も「そうですね」と返しやすい。
これらの質問は、相手に深い意見を求めず、ただ「今の天気の感覚」を共有するだけなので、ほとんど反論されず「そうですね」で会話が繋がります。
おお。季節感合わせて
まずは、本件について不快な思いをした方々に謝罪をいたします。申し訳ありませんでした。また、長文となるため読んでいただかなくても差し支えありません。
ひろゆき氏のツイートを引用リツイートしたところ、わずか数時間で800万インプレッションに達しました。
通知が鳴り止まず、返信が雪崩のように押し寄せ、最終的に私はアカウントを削除することになりました。
■ 今回の教訓
・ひろゆき氏とレスバ(論争)するな、引用して自分の意見を書くな
■ 経緯
発端は、「自らの命は自らが守るという原則に基づき」高市総理が1週間程度の注意呼びかけを行った、という旨の記事でした。
ひろゆき氏:
私:
「津波が来るような場所に住んでいるということは、自己責任といっても相違ないんじゃない?
大雨で川が氾濫して冠水する地域に住んでいる人と同じ見方なのかも。
すぐ逃げられる、すぐ避難するようにしましょう。子供は親の責任です。弱者....とはだいぶアバウト。独居老人のために避難所開放ありかな。」
(※現在は削除済み)
すると、ひろゆき氏からさらに引用リツイートで返信がありました。
ひろゆき氏:
都会の人が手に入れる野菜、魚、肉、水、電気、空気、ガスはどこから来てると思ってるのかな?」
1週間以内に大きな地震が来る可能性が高いから、"事前に"逃げる準備をしておき、自分の身は自分で守りましょう。
また、大雨で川が氾濫する地域も同様に、雨が降れば冠水して逃げられなくなるため、天気予報を見て"事前に"避難しましょう。
この「事前の備え」という文脈で、私は「自己責任」という言葉を使いました。
ひろゆき氏が先に「自己責任」という言葉を使っていたため、それに引っ張られてそのまま使用してしまったのです。
しかし、これは私の無知であり、言葉の選択が間違いでした。正しくは「自助努力」と表現すべきでした。この点については深く反省しており、申し訳なく思っています。
「都会の人が手に入れる野菜、魚、肉、水、電気、空気、ガスはどこから来てると思ってるのかな?」
そんなこと、私は一言も言っていないんだけどなあ……。
そう思いながらスマホを放置している間に、事態は急変しました。
雪崩のように押し寄せるリプライと引用リツイート。スマホを操作していないのに、通知の処理でメリメリと電池が減っていきます。恐怖を感じ、通知をオフにしました。
詳細は全て覚えていませんが、届いた返信には以下のような罵詈雑言が溢れていました。
・田舎の人が頑張っているから都会の人は食べ物を食べられているってわからないの?
・何も食うな
・中国人?
・今まで助けてもらったことがない人が、自己責任という言葉を使っている
・100年ROMってろ
・親ガチャ失敗だね
・返信が来ていない逃げんな
■ 「都会の人」というレッテル
罵詈雑言の中で、私はあることに気がつきました。
「住んでいる」とは一言も言っていないのに、なぜか私は「都会の人」として叩かれているのです。
「都会の人が手に入れる野菜、魚、肉、水、電気、空気、ガスはどこから来てると思ってるのかな?」
これだ……。
当事者として、「津波が来たら(誰かの助けを待つのではなく)自分で逃げないといけないよね」という自戒を込めて言っていたつもりが、完全に伝わっていませんでした。
私は「安全な都会から地方を切り捨てる人間」として、非難の的になってしまったのです。
■アカウント削除へ
・フラッシュバックするので消してください
これらの書き込みを見て、自分の発言が思慮に欠けていたことを痛感しました。ご指摘いただいた方には謝罪し、その上でアカウントを削除しました。本当に申し訳ありませんでした。
謝罪をすれば「謝罪したら許されると思っているのか」「インプレ稼ぎだろツイート消せ」と言われ、
ツイートを消せば「ツイ消しされたので貼っとく」「アカウント消せ」と言われ、
アカウントを消せば「アカウント消して逃げてる」「逃げるな」と言われる。
逃げ場のない言葉の刃に、ただただ圧倒されるばかりでした。
身を持って知ることとなった、苦い経験でした。
ひろゆき氏とレスバは避けたほうが良いです。引用もリプもしなうほうがいいと思います。
いつのまにか、論点が違うところに行ってしまいます。私が伝えたかったことを伝えようとしても
と言う人もでてきて、何を言っても聞いてもらえないです。
罵詈雑言には耐性があると思っていましたが、言い返せないストレスは計り知れないものでした。自分の気持ちが伝わらず言われっぱなしなのは、ここまで辛いものなのかと。
https://popnote.hateblo.jp/entry/2025/12/12/005107
沖縄出身関東在住者の記事に対し北海道出身関西在住の筆者がコメントする。
①台風による激しい気圧の変動がある
これは東〜北日本にはほぼない。
台風が来る頻度が低く(北海道に至ってはほぼ皆無)気圧の変動があっても西日本ほどは大きくない。
気圧に弱い方は北に住むことをおすすめする。
②気温が高くても冷える
結果としてクーラーは避けられないし、夏冬関係なく臓腑の底まで冷えている。そこで水不足だからと湯船を諦めるのはつらい。
他にも細かいところはあるが、主にこの2点が東日本出身の虚弱者にはつらいであろうと思われた。
これだけでは一方的な悪口なので北海道のデメリットもあげてみる。
北海道までいくと東京とは比べ物にならないほど日が沈むのが早い。
他地方も病院問題は逼迫しているだろうが、北海道は隣町までが遠すぎる。近所の病院が何10km先みたいなことも珍しくない。
町医者では設備が足りず、検査の度に都市部まで出るのはかなりつらい。
関西に住んでみた結果、気候だけで言えば瀬戸内沿岸は非常に穏やかで虚弱者向きであると感じた。
「津波がおきたら、他の人のことは気にせず、それぞれで逃げろ」という意味だ。
いい教訓だと思った
実際に逃げる人が増えることでみんなの正常性バイアスを破る効果もある
個にも、全体にもいい最適な戦略
我が家は木造一戸建て、コンクリ建てで背の高い近くの避難所に行くのがいいと思った
今回が大したことなくても、避難する習慣をつけるのは良いことだ
数年経って、故あって実家が引っ越すことになった
親父はコンクリの、丈夫なマンションの上方にこだわって探しているようだった
なんでかと聞いたら、親父は小さくこういった
俺はハッとした
親父はあの時のことを気にしていた
ひょっとすると、静かに傷ついていた
なんとなく、気まずく感じた
俺がいざというときに家族を見捨てる側の人間だと糾弾された気がしたのだ
今もそう思っているし、もし何かあっても一人で逃げる
正しい行動だからだ
しかし正しいことは、気まずくもある