
はてなキーワード:原理主義とは
そもそも手術は身体違和が強い性同一性障害(GID)の患者の治療のために必要だということだったんだが、
身体違和のないトランスジェンダーが性器を残したいとGIDを叩きまくってきたんよね
https://kakuyomu.jp/works/16816927860040342257/episodes/16817330654417815669
対立の導火線となったのは、一九九六年――『「性転換治療の臨床的研究」に関する審議経過と答申』を埼玉医科大学倫理委員会が発表したことだった。
それを受け、一九九七年――日本精神神経学会の「性同一性障害に関する特別委員会」もまた、『性同一性障害に関する答申と提言』と『性同一性障害に関する診断と治療のガイドライン』の二つを発表する。
それ以前は、性別適合手術は三十年間も公認されていなかったのだ。
だが、やがてGIDと越境性差トランスジェンダーは袂を分けてゆく。
当然だろう――GID当事者たちは、生まれるべきだった身体を取り戻したいのだ。女装しただけで「性別が変わった」と言う人々とは相いれない。
特例法が作られたのは、身体を変え、多数派に埋没しようとする人々が、それでも埋没し切れない部分――戸籍上の性別を埋没させるためだった。「自分は元は男でした」と公言するのならば、特例法はいらないとさえ言える。
特例法成立以前から活動していた「トランス女性」の三橋順子は、このようなGID当事者の態度を「TS原理主義」と呼んで批判した。同じく「トランス女性」の米沢泉美も、「医療を望む者と望まない者との間に格差を生んだ」と述べた。そして両者とも、性別は身体ではなく、自己認識で決めるものだと主張している。
「身体」という現実は残酷だ。GID当事者はそこに違和感がある。これは身体的な症状――つまり「病気」だと言える。「病気」と認定されたことにより、それに伴う権利を(特例法や、治療への保険適応などを)GID当事者は得られた。
一方で、LGBT活動家の目的は、性同一性障碍という病気をなくすことだ。
何しろ、「男と言ったら男」「女と言ったら女」となる世の中を作りたいのである。それなのに、身体違和という現実を抱える人々がいることは目障りだ。
そこで捻り出されたのは、「性別を変えたいことを『病気』扱いすることは人権侵害」「性別適合手術は強制断種」という珍妙な理屈だ。
つまり、「ただ身体を変えたいだけなのに、それを『障碍』と呼ぶなど可哀そうじゃないか」「ただ性別を変えたいだけなのに、手術をしなければならないのは人権侵害」と主張しているのだ。
だが、性別適合手術はGID当事者が勝ち取ってきた権利である。性別適合手術が公認されていなかった時代、正式な診察のガイドラインを制定するように働きかけたのはGID当事者たちだ。
一方、いわゆる「TS原理主義」に対するLGBT活動家の反感は憎しみの域まで来ている。
越境性差トランスジェンダーの活動家・三橋順子と畑野とまとは、二〇一八年に「くたばれGID学会」という座談会を開く。そこでは、性同一性障碍の脱病理化について語られていた。
https://kakuyomu.jp/users/Ebisumatsuri/news/16817330654417898831
そもそも手術は身体違和が強い性同一性障害(GID)の患者の治療のために必要だということだったんだが、
身体違和のないトランスジェンダーが性器を残したいとGIDを叩きまくってきたんよね
https://kakuyomu.jp/works/16816927860040342257/episodes/16817330654417815669
対立の導火線となったのは、一九九六年――『「性転換治療の臨床的研究」に関する審議経過と答申』を埼玉医科大学倫理委員会が発表したことだった。
それを受け、一九九七年――日本精神神経学会の「性同一性障害に関する特別委員会」もまた、『性同一性障害に関する答申と提言』と『性同一性障害に関する診断と治療のガイドライン』の二つを発表する。
それ以前は、性別適合手術は三十年間も公認されていなかったのだ。
だが、やがてGIDと越境性差トランスジェンダーは袂を分けてゆく。
当然だろう――GID当事者たちは、生まれるべきだった身体を取り戻したいのだ。女装しただけで「性別が変わった」と言う人々とは相いれない。
特例法が作られたのは、身体を変え、多数派に埋没しようとする人々が、それでも埋没し切れない部分――戸籍上の性別を埋没させるためだった。「自分は元は男でした」と公言するのならば、特例法はいらないとさえ言える。
特例法成立以前から活動していた「トランス女性」の三橋順子は、このようなGID当事者の態度を「TS原理主義」と呼んで批判した。同じく「トランス女性」の米沢泉美も、「医療を望む者と望まない者との間に格差を生んだ」と述べた。そして両者とも、性別は身体ではなく、自己認識で決めるものだと主張している。
「身体」という現実は残酷だ。GID当事者はそこに違和感がある。これは身体的な症状――つまり「病気」だと言える。「病気」と認定されたことにより、それに伴う権利を(特例法や、治療への保険適応などを)GID当事者は得られた。
一方で、LGBT活動家の目的は、性同一性障碍という病気をなくすことだ。
何しろ、「男と言ったら男」「女と言ったら女」となる世の中を作りたいのである。それなのに、身体違和という現実を抱える人々がいることは目障りだ。
そこで捻り出されたのは、「性別を変えたいことを『病気』扱いすることは人権侵害」「性別適合手術は強制断種」という珍妙な理屈だ。
つまり、「ただ身体を変えたいだけなのに、それを『障碍』と呼ぶなど可哀そうじゃないか」「ただ性別を変えたいだけなのに、手術をしなければならないのは人権侵害」と主張しているのだ。
だが、性別適合手術はGID当事者が勝ち取ってきた権利である。性別適合手術が公認されていなかった時代、正式な診察のガイドラインを制定するように働きかけたのはGID当事者たちだ。
一方、いわゆる「TS原理主義」に対するLGBT活動家の反感は憎しみの域まで来ている。
越境性差トランスジェンダーの活動家・三橋順子と畑野とまとは、二〇一八年に「くたばれGID学会」という座談会を開く。そこでは、性同一性障碍の脱病理化について語られていた。
https://kakuyomu.jp/users/Ebisumatsuri/news/16817330654417898831
・「SpotifyDJはネットワークとかのリスクがあって〜」って冷静に説明する人(でも、心の奥底では「従来のDJが最高と言いなさい」みたいに思ってそうなところもある)
・「まあ自由にやらせとけばいいでしょ、ある程度慣れたら多分音源買うようになるさ」と、干渉する気は無いと言いつつ従来方式を推す人
こういうのを見てると、なんか絵師コミュニティがAIイラストを目にした時の反応と同じだな〜と。
革新的なやり方が入って来た時の反応って、どのコミュニティでも変わらないんだね。
(一応フォローしとくと、革新派と従来派が両方いることによって、リスクとリターンがちゃんと天秤に測られて健全に技術が使われてくってところはあると思います。)
宗派としては、日本におけるプロテスタントの最大教派である日本基督教団らしい。
石破総理が選挙に3回も惨敗したのに辞任しなかったのは、日本人の「世間」の常識が無かったから。
多くの日本人であれば、普通は国政選挙で2回、都議会選挙で惨敗したら、潔く身を引くものと考える。
これを言語化するならば「恥の文化」とか「体裁が良くない」とか「世間体を気にする」とか「お天道様が見ている」と表現できる。
キリスト教徒にとってはイエス様の意思が全てなので、「世間からどう見られるか」は一切気にしない傾向があるらしい。
それでは日本人が作り出す世間は無謬なのか、と問われると「そうだ」とは言い切れないわけで、難しい問題だ。
RPGとして、お使いしまくってクリアするという意味では非常によくできていて、私は大好きですが、悪く言いうとシナリオから外れると何もすることが無いので、これを基準とするとオープンワールド原理主義者からは叩かれる気がする(ギャングとかコープとか、面白い材料はあるので勢力争いとか拠点構築とか盛り込んで欲しかった)
あと、サイバーパンクって、2020年発売でもう5年経つので、それ以降のAAAタイトルが軒並みこけていて基準となるようなゲームが無いというのも問題たと思うんですよね(エルデンリングとかバルダーズゲートがあるので、こいつらがRPGの基準なんじゃね?とは思うけど荒れそうなので言わない)
共産主義及び文化的マルクス主義の浸透と国家制度への影響に関する質問主意
共産主義勢力が官僚、司法、教育、行政に入り込み”古き良き日本”を破壊している
また、文化的マルクス主義者たちがジェンダー平等やダイバーシティ、多文化共生、外国人参政権など
それらを国はどう評価をしているか?対策をしているか?という質問
政府の答弁としては、日本共産党は調査対象団体であるが中身は公安の業務に差し支えるから明かせない
文化的マルクス主義的価値観なるものが明らかでないので回答できないよというもの
政府として、自由民主主義体制を守る観点から、共産主義的思想やその文化的変種(文化的マルクス主義)による国家秩序の内側からの転覆に対して
啓発・教育・制度的監視を含む包括的対応を採る考えがあるか示されたい、対応を採る場合、その具体策を示されたい
過去の暴力革命から日本共産党が調査対象になるのは分かるし暴力革命はアウト
でも、言論、表現の自由がある中でこの特定の思想に対して啓発・教育・制度的監視を国がやり始めたら終わりだと思うんだけど
参政党が発表した新日本憲法(構想案)に言論や表現の自由などが明記されていなかったけど狙って書いていたのかなという気がしてきた
今も右派左派、いろんな人たちが、自分の主張に反する人たちを教育する!!と戦っているけどこれ国民同士の争いじゃんか
少なくとも、日本において国家がそのどちらかを規制するような状況にはなっていない、日本には言論、表現の自由があるから
けれど参政党の憲法や彼らが理想とする世界ではたぶん無理だよね
今が辛くてそれを参政党が解消してくれるというならバンバン支持したらいいしぼくがとやかく言うことじゃないけど
神谷宗幣にとってそれは、自分が目指す世界を作るために国民の支持が必要だからであって国民のためにやっている訳じゃないと思う
いつか、神谷宗幣の目指す世界と、支持する人の世界がすれ違う時が来るからその時に手遅れにならないようにだけ気を付けて欲しい
参政党が来月講演会に呼ぶCharlie Kirkもかなり濃い人
文化的マルクス主義がアメリカを破壊していると主張している人で2020年の大統領選の不正選挙を支持
レビ記の第二十章13節
つい先日、日本では対面販売で緊急避妊薬の市販がされることになったけど彼はピルの全面禁止支持者で
中絶も母体の生命に関わる時を除いて強姦などでも例外とすべきではないという原理主義者
「国選弁護士はやる気や能力が無い?」と相談者に聞かれることがある。
どのように回答すれば良いか、少し迷うが結局、
「国選であっても弁護士ですから、やる気や能力が無いということは無いと思いますよ。」と嘘をつくことにする。
罪を犯したとの嫌疑をかけられている者のために、弁護を行う仕事である。
嫌疑をかけられて捜査されている者を被疑者、起訴され裁判にかけられた者を被告人と呼ぶ。
刑事弁護とはいわば、被疑者・被告人のために、警察や検察、場合によっては裁判所といった国家機関と戦う仕事である。
多くの場合弁護士の仕事とは、依頼者が事務所に相談へやって来て「先生ぜひお願いします。」などと言われて始まることとなる。
刑事弁護も、本人やその家族関係者が事務所へやって来て依頼される(これは「私選」という)こととなるが、刑事弁護には「国選弁護」という制度がある。
私選を依頼する場合、弁護士費用として大体50万円から100万円程度はかかる。
けっこう高い。だから、お金が無くて弁護士に依頼したくても依頼できない人が出てくる。
そういう人のために、「国が弁護士をつけてくれて、弁護士費用も国が払ってくれる制度」が「国選弁護」である。
ただし、弁護士は指名できないので、どのような弁護士が担当になるのかは運である。
この報酬は、かなり低い。
裁判まで担当しても、報酬総額は20万円前後になるように思う。
報酬が、同じ事件を私選で受けていた場合の半分以下になることも珍しくない。
また、努力して結果(無罪を勝ち取ったとか、示談をして不起訴になったとか)が出ても、若干報酬に上乗せはあるが、およそ手間や労力に見合うだけのものではない。
だから、国選弁護士としての依頼は一切受けていない、という弁護士も珍しくない。
このような状況は少しネットを見ればわかる。
このような状況を調べたからこそ、「国選弁護士はやる気や能力が無い?」という疑問に行き着くのだろう。
ネットでは回答として、
「国選も私選も同じ弁護士ですから変わりありません。ただし国選だとあまり細かい内容は対応してくれないかも。」
「そりゃ報酬が低いし頑張っても評価されないんだからやる気も優先度も下がりますよ。」
私自身は、まだ真面目に国選弁護に取り組んでいる方と自負している。
国選弁護の世界は狭い。
「国選弁護は、報酬に見合う分だけしか働きたくない。」という発言をリアルで迂闊にしようものなら、
刑事弁護原理主義者の弁護士たちから袋叩きにされる可能性が高い。下手をすると懲戒請求さえしてきそうである。
そこで匿名で色々国選弁護について書いてみようかと思ったが、どうもここまでどうでも良い話を書き過ぎた。
さっさと本題に入れば良かった。疲れて続きは書けない。
突き詰めれば同じなんだけど、主観によって大分差があるんだけど混同してるやつが多い
投資は、【これまでの実績】などに基づいて利益確保の可能性が【高く】、【中期~長期】の資産運用
投機(ギャンブル)は、これまでの実績より、【直感や自分なりの経験則に基づいて】利益確保の可能性は比較的【低い】が当たればデカい、【短期】の資産運用
「高いとか低いとか」、「長いとか短いとか」当然幅があるので、個人差が出るため突き詰めたら同じって理屈にはなるんだけど、実績を重視するか勘や経験則を重視するかってスタンスが明確に違うと思っている
だから投資と投機(ギャンブル)を同一視するやつはちょっと待ってくれって感じちゃうんだよね
例えばパチンコやスロットで期待値原理主義者なら投資になると思うよ