
はてなキーワード:厚岸とは
かつての北海道は札幌市(北海道の西)-旭川市(北海道の中央)-釧路市(北海道の東)の3都市によって道内経済の均衡が保たれていた。
釧路市の没落(北洋漁業の規制による縮小・炭鉱閉山・デジタル化に伴った新聞購読者減による新聞紙需要の低下)で札幌市一極集中化が進行した。
そして、札幌市と釧路市の中間に位置して北海道東西を結んでいた旭川市も札幌市と釧路市間を往来する必要性がなくなり巻き添えで没落するという憂き目にあっている。
この状況どうにもならんよなぁと考えてたが、ふと「AIに聞いてみたら良いんじゃね?」と思いついた。
一度はじめてみるとコレがまぁ面白い。どう考えても金が掛かり過ぎる夢のような計画がChatGPTやGeminiによってポンポンと出てきて、まるでシムシティで遊んでるかのような感覚があり、夢想の中で生まれ故郷を地方創生できてしまうのだ。
以下は、私がAIと共に作り上げた夢想「北海道グランドデザイン」(の文字数制限のため要約化)である。
本構想は、北海道経済の「札幌一極集中」を打破し、かつての「札幌・旭川・釧路」の三極体制を現代的・革新的な形で再構築するための超巨額投資プロジェクトです。以下にその核心的な戦略を要約します。
現在の道東経済は、石炭・漁業といった基幹産業の喪失により「低位均衡の罠」に陥っています。本構想は、小規模な支援ではなく、数兆円規模の「ビッグ・プッシュ(大規模投資)」を注入することで、経済構造を非連続的に転換させることを目的としています。
札幌〜釧路間(約300km)を最速約1時間15分で結び、道央と道東を物理的に一体化します。
| 項目 | 内容 |
| --- | --- |
| 想定建設費 | 2.5兆円 〜 3.5兆円 |
| 時間短縮 | 約4時間 → 約1時間15分 |
| 戦略的役割 | 札幌の過密緩和、二拠点居住の促進、観光需要の「プル要因」との連動 |
フィッシャーマンズワーフMOOを解体し跡地および周辺地域の約62,000平方メートルを、世界最大級の屋内型サブカルチャーテーマパークへと再開発します。
冬季の寒冷・降雪を逆手に取った完全屋内施設により、通年観光を実現。
アニメグッズ等の「地産地消」および、小ロットOEMに対応する高付加価値製造拠点を形成。
数千人規模の若年労働者のコミュニティを創出し、ナイトタイムエコノミーを復活させる。
釧路空港〜駅〜厚岸を時速200kmで結ぶ、次世代モビリティの開発です。
遠心力による傾斜を制御するアクティブ・チルト制御(ActiveTilt Control)を導入。旋回時の遠心力は時速200kmでは極めて大きな値となります。これを能動的に相殺する技術が不可欠です。
雪害に強く、野生動物の動線を阻害しない「エコロジカル・モビリティ」として確立。
天候リスクの高い島嶼国や先進国の再開発が遅れた地方(インドネシア等)へのインフラ輸出パッケージとして「釧路モデル」を外貨獲得源にします。
モノレール延伸により、厚岸を「食とリニア」を核とした富裕層向け温泉リゾートへ変貌。
東京〜釧路航路を再開し、大量生産されたグッズの輸送と、若年層の安価な移動手段(動くアニメホテル)を確保。
| フェーズ | 期間 | 主な内容 | |
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| Phase 1 | 0〜5年 | テーマパーク建設、新幹線着工、工場・寮の整備 | 予算 計5,000億円 |
| Phase 2 | 5〜10年 | テーマパーク開業、モノレール実証実験、末広町再生 | 予算 計3兆円 |
| Phase 3 | 10〜20年 | 新幹線釧路開業、モノレール厚岸延伸、海外輸出開始 | 予算 全体合計6〜8兆円(10年スパンのインフレ状況による増減) |
本構想は単なる地方創生ではなく、「コンテンツ」と「先端インフラ技術」を新たな外貨獲得手段へと昇華させる試みです。技術的ハードルや労働力確保などの課題はありますが、これを乗り越えることで、北海道経済の自立と日本全体の災害リスク分散に大きく寄与する戦略的価値を有しています。
まぁつまりAIの答えは札幌市へ一極集中するなら釧路市へ巨大なコンテンツ観光を創出し、そのコンテンツを需要する釧路市以西の人々を函館市から札幌市へ延伸中の北海道新幹線を更に延伸させ釧路市へ接続し、北海道の冬は厳しいからジェットコースターとか運休しちゃうし施設は全天候の完全屋内型にして、更に釧路空港から釧路駅を経由し厚岸町へリニア駆動する懸架式モノレールを建設し、厚岸町を温泉リゾートとして再開発し、定期便フェリーも復活させて首都圏の金のない若者でも気軽に遊びに来られるようにすると札幌市一極集中じゃなくて中間の旭川市も復活して北海道経済は活性化するよ!予算は6〜8兆円ね!って言ってる。
ちなみにアニメ云々、懸架式モノレール云々、厚岸町云々とか大体8割くらいはAIが考えた。私は「テーマパーク作ってもルスツリゾート遊園地みたいに冬運休すんじゃね?」とツッコミ入れた程度。
どうもゴシップV豚増田です。花奏かのんさん、ご入籍ご出産おめでとうございます。
正味全然気配がなかった……は噓になるけど、花奏氏のそういう部分に興味がなかったので気にしてなかった。
以上です。引き続き紹介に移ります。
花奏かのん。映像制作者、バンドマン、ベーシスト、シンガーソングライター、ボーカロイドの中の人(予定)、バーチャルYouTuber。
デビュー日は2018年5月13日。にじさんじ月ノ美兎(2018年2月7日)、ホロライブ白上フブキ(2018年6月1日)、ななしいんく因幡はねる(2018年6月9日)に並ぶ黎明期後期の存在。
2019年9月に現在の所属であるななしいんくに加盟する(当時の所属はブイアパ)
バーチャル界のインディーズ音楽の古参としてVtuberおうちフェスを開催するなど界隈の盛り上げに貢献的だった。
AZKi・ツラニミズ(イノナカミュージック)の#音楽を止めるな、歌衣メイカのV紅白、ぽんぽこ24のように個人で多くを巻き込んだイベントを打つのはただただすごい。
高みに駆け上がっていったぼっちぼろまると違ってインディーらしさのある音楽をずっと続けていて好き。
パチスロで2年ほど生活のち、遊技機開発企業に就職。みんなが打ってるあの台の映像は花奏かのんが作っていたかもしれない。
バンド活動ではベーシストを務め、スタジオエンジニア(違ったらごめん)のハツコ・マキシマイズを引き抜いてバーチャル活動へ参入。
ハツコさんは頻繁に花奏かのんの配信に登場する精霊みたいなやつ(声は男性)
育ちは良く年末年始は帰省を強要され、北陸の古い風習の社会で家事に忙殺される。飾り切りが上手い。
音楽活動で名を上げて、音楽で両親に認知されたいと思っている。バーチャル活動は内緒にしている。
2021年秋に行われた3周年ライブはリアルバンドとの融合のAR方式で開催
にじさんじに先にやらせるために春から秋に延期になった可能性がある(お目目ぐるぐる)
(所属企業774株式会社(旧ラボット)は上場企業のアドウェイズの子会社で、代表取締役の岡村陽久氏がにじさんじ運営企業のエニーカラーに出資しており(のちに株式はアドウェイズに移管)以下略)
先に書いたが音楽性のインディーズ感が強い。ボカロミュージックとは別系統な文化を感じる(気のせいかもしれない)
現在はバーチャル活動を行いながらも映像クリエイターとしての仕事の比重が高いらしい(配信は週1定期+月1定期+不定期)
これまでガチ恋勢の発生に配慮してそういうのやらなかったけど、人妻でいいならやるって言ってたって縁側の猫が言ってた
買うから出して
本稿では、下記ブログで軽妙に紹介される釧路市の停滞について歴史的経緯から振り返ってみようと思う。
https://www.kansou-blog.jp/entry/2018/10/18/173838
http://b.hatena.ne.jp/entry/s/www.kansou-blog.jp/entry/2018/10/18/173838
近世期には、釧路は「クスリ場所」という漁場が設定され、松前藩から委託された業者がそこからの利益を独占していた。
そこでは鮭や昆布、鰊などの海産物のほか、内陸やその他獣の毛皮が収集されていた。
釧路には港がある。というか、大きな港を構築できた。これが大きかった。
函館から太平洋側に航路をとると、日高の小さな諸港を数えるばかりで、大きな築港ができない地形が続く。
例えば十勝国は広尾港の小港を除けばずっと遠浅の地形が続く。内陸に続く十勝川河口も例外ではなく、ついに十勝では大規模な漁港を構築しえないまま現在に至っている。
苫小牧港は、実は昭和の初めから計画されたもので、陸地を魔改造した港。自然にできたものではない。
釧路は道東の地域に程良く近い。厚岸にもいけるし、白糠にも近いし、内陸を通って今の北見国にも通ずる。
港を基点に色々なところに行ける。
近世末~近代初期にかけて、釧路では石炭が取れることがわかってきた。
そもそも北海道の鉄道の濫觴は、採炭メインで三笠市に小樽市とを接続したもの(ファンが多い分野だからあえてここでは雑に触れる)。
っつーことで、明治34年に釧路駅ができる。そこから十勝方面に鉄路が伸びて、日高山脈と言うでかい山脈越えるのが明治40年。
これで札幌・小樽・函館・本州方面に鉄路でモノを送れるようになる。
明治40年にここまで行けたのは結構重要。結果的に、大正3年~の第一次世界大戦の好景気に間に合う形になり、色々な階層を潤わせた。
となりの十勝の連中は昔から今まで農畜産物を本州に輸送し続けてやがる。
北海道は森林資源が豊富だが、でっかいどう過ぎて、山奥から運べないし、そもそも北海道から運べない。
鉄道ができたことで、山奥から何とか駅まで運べば何とかなることになった。
製紙業が発展するのが大正時代。第一次世界大戦の好景気後に「なんだ? 釧路に工場作って船や鉄道で運べば産業になるじゃん」と本州資本が本腰入れ始めるわけだ。
王子製紙、富士製紙なんかの巨大企業が木材の切り出しから工場生産まで取り仕切るようになる。つまり、カネを投下してゴリゴリ生産し始める。まぁ切出しは下請けに任せるんだが。
また、水産加工業もまた、この時期にこうした大規模化がはかられる。ビートやでんぷんの工場も本格化する。
昭和の初めになると、全国的に観光ブームになる。すごいね、JTB(の前身)。
そうなると、阿寒ですよ。成熟した鉄道路線の観光利用が始まる。
こうした中で、食品の釧路ブランド化の萌芽が見られる。最近のB級グルメブームまで尾を引いている。
さて、読んでいてわかる通り、釧路を支えてきた要因が全て転換期を迎えている。あるいは既に転換してしまっている。
魚は食が多様化してしまったし、石炭は使わねえし、紙はIT化で打撃を受けた。阿寒に行きたい? ちょっと一回くらい行きたいかなぁーーーくらいでしょう?
唯一の望みは工場敷設。釧路には、近隣の農水産物を加工する工場があるわけだが、そこも絶対的に振るっているかというとそうでもない。
輸送技術や輸送ルートも多様化して、釧路の固有性が薄れてしまった。この辺りは正直詳しくない。
最近、日本製紙の釧路工場が規模縮小するというニュースがあった。また人口が減るねえ。
https://www.fukeiki.com/2018/05/nippon-paper-stop-production.html
ただし、釧路が栄えるにも衰えるにも、こうした地勢と歴史的要因にヒントがある。すべては地理とそこでの人の営みだ。