
はてなキーワード:効率的とは
2026年2月8日に投開票された衆議院選挙で、立憲民主党と公明党が電撃的に合流して結成した新党「中道改革連合」は、公示前の167議席から49議席へと118議席を失う歴史的惨敗を喫した。この数字は、同じ数だけ議席を伸ばした自民党の圧勝と表裏をなす。なぜこれほどまでに中道改革連合は有権者から拒絶されたのか。批判の核心は党名、政策転換、党内構造、そして支持基盤の崩壊という多層的な問題に根ざしている。
中道改革連合という党名そのものが、結成直後から激しい批判にさらされた。まず指摘されたのは「民主」という言葉の消失である。自由民主党、立憲民主党、国民民主党、社会民主党と、日本の主要政党の多くが「民主」を冠してきたのは、国民主権と対話による政治という理念を示すためだった。ところが「中道改革連合」にはその文字がない。評論家や市民からは「国民を見下す驕りを感じる」「上から目線の改革姿勢が透けて見える」といった批判が相次いだ。
さらに深刻だったのは略称の問題である。「中道改革連合」を略すと「中革」あるいは「中革連」となり、過激派組織「中核派と革マル派」を連想させる響きを持つ。ネット上では「中革派」「中核連」といった揶揄が飛び交い、穏健な中道路線を標榜する新党にとって致命的なイメージダウンとなった。保守系論者からは「中国への道」を略して「中道」だという皮肉も投げかけられている。党名は政治において最も基本的なブランドであり、その段階で既に有権者の信頼を獲得できなかったと見られている。
より本質的な批判は、立憲民主党が長年掲げてきた基本政策を、公明党との合流のために大幅に転換した点に向けられた。立憲民主党は安全保障関連法について「違憲部分の廃止」を主張し、党綱領で「原発ゼロ社会を一日も早く実現」と明記してきた。これらは同党のアイデンティティを支える「背骨」とも言える政策だった。
ところが中道改革連合は、安保関連法を合憲と位置づけ、原発再稼働も条件付きで認めた。この転換に対して、れいわ新選組の山本太郎代表は「日本をダメにしてきた者たちが看板を付け替えて、もう一回詐欺をやろうとしている」と痛烈に批判した。社民党の福島瑞穂党首も「安保関連法を『合憲』といい、原発再稼働を『認める』という。自民党とどこが違うのか」と疑問を呈し、国民民主党の玉木雄一郎代表も「背骨となる政策がこんなに簡単に変わるのか」と述べている。
こうした政策転換は、立憲民主党のコア支持層を直撃した。脱原発や安保法制違憲といった左派的価値観を大事にしてきた支持者は、公明党とくっついて中道に移行したことに強い違和感を覚えたとされる。また、反自民的な無党派層も、野党第一党として自民党と異なる価値観で対峙していた立憲民主党が、与党だった公明党と合流したことで「野党第一党としてのあるべき姿を失った」と感じたという分析がある。元NHK解説委員の増田剛氏は、立憲民主党を支持してきた土台が崩れたと指摘している。
選挙戦略の内部配分も大きな不満を生んだ。中道改革連合は比例代表の名簿で公明党出身者を全ブロックで上位に配置し、立憲民主党出身者は小選挙区で戦うという構造を採用した。公明党の支持母体である創価学会は、全国に約800万世帯とされる強固な組織票を持ち、比例代表での集票力は極めて高い。この組織力を最大限活用する戦略が採られた結果、公明党出身候補28人は全員が当選を果たし、前回衆院選の24議席から4議席増やす「勝利」を収めた。
一方、立憲民主党出身者は公示前の144議席から21議席へと7分の1にまで激減した。近畿、中国、四国、九州の各ブロックでは、公明党系候補だけで当選枠が埋まり、立憲民主党出身の候補者は小選挙区で惜敗しても比例復活できないケースが続出した。立憲民主党の創設者である枝野幸男氏、元幹事長の安住淳氏、重鎮の岡田克也氏ら、民主党政権時代に幹部や閣僚を務めたベテランが次々と落選した。
落選した兵庫7区の岡田悟氏は「比例ブロックの名簿はほぼ、公明のかたで埋められた。これをどうやって、誰がどうやって話し合って決めたのか、民主的なプロセスははっきりと経てないんですよ」と不満を露わにした。党内からは「公明に比例を譲りすぎた」という批判が噴出し、立憲民主党出身候補や支援してきた労働組合幹部の間に深い亀裂が生まれた。
創価学会員の中にも困惑があったとされる。取材によれば、長年「仏敵」とまで呼んでいた立憲民主党の候補者を応援するよう要請され、学会員の間にパニックが広がったという。組織の高齢化も課題となり、小選挙区での全面撤退により「推し」がいなくなったことで熱量を保つのが難しかったという声も報じられている。
実業家の岸谷蘭丸氏は、中道改革連合を「嫌われの元気玉」と表現した。立憲民主党も嫌われ、公明党も嫌われていた。その二つが合流したことで「1足す1ではなく、−1足す−1で−2になった」というのである。この指摘は、単なる揶揄を超えた構造的洞察を含んでいる。
日本の政治は2016年頃から「物語を失い、推し活化」してきたと評論家の與那覇潤氏は分析する。かつては「小異を捨てて大同につく」「野党結集」という物語が一定の説得力を持っていたが、2017年の希望の党の失敗以降、有権者は巨大な塊よりも「100%自分にフィットする特定の政党や政治家」を求めるようになったという見方がある。中道改革連合はこの潮流に逆行し、立憲民主党の独自性と公明党の組織力を両方とも十分に活かせなかった可能性が指摘されている。
さらに評論家の宇野常寛氏は「今回の中道改革連合の『壊滅』の原因は野田佳彦の中道路線の失敗でもなければ、国民民主党の大量擁立でもない。端的に『リベラル』な人たちの『キャラ』が嫌われているからだ」と指摘している。政策や戦略以前に、リベラル勢力全体に対する有権者の拒否反応が背景にあったという見方である。
野田佳彦共同代表は敗北後、「準備期間が足りなかった」ことを敗因に挙げた。高市早苗首相による「抜き打ち解散」で選挙が短期決戦となり、新党の理念・政策どころか党名すらも有権者に浸透させることができなかったのは事実である。結党わずか1か月での選挙戦は、政治的実験としてあまりにも性急だった。
しかし準備期間の不足は、より根本的な問題を覆い隠すものでもあると分析されている。立憲民主党の野田執行部は「野党結集」「非自民勢力の結集」という2009年の民主党政権時代の成功体験に縛られ、立憲民主党独自の社会像を打ち出せなかったとジャーナリストの尾中香尚里氏は指摘する。他の野党との連携を意識するあまり、単独で政権を奪いに行く明確なビジョンを失っていたという見方である。
2024年9月の立憲民主党代表選で野田氏は「野党の議席を最大化するのが現実的な戦略」と述べ、「非自民勢力の結集」を強調して代表に選出された。しかしこの戦略は、立憲民主党が独自に積み上げてきた支持基盤を軽視する結果を招いたと批判されている。
選挙後、野田佳彦共同代表と斉藤鉄夫共同代表の記者会見での態度には明らかな温度差があったと報じられている。野田氏が「終始うつむき加減」で敗北の責任を認めつつも曖昧な継続意欲を示したのに対し、斉藤氏は「前を向いた明るい表情」で「失敗ではないと思います」と言い切った。
この対照は、選挙結果の内実を反映している。公明党は議席を増やし、創価学会の組織票を比例で効率的に議席化することに成功した。斉藤氏は「1000万を超える比例票が短期間で集まった。議席は自民の6分の1だが票は半分で、野党第一党だった」と強調した。公明党にとって、中道改革連合は「失敗」どころか戦術的勝利だったとも言える。
中道改革連合の49議席は野党第一党としては戦後最小規模であり、立憲民主党出身者の当選は21議席と公明党出身者の28議席を下回った。主要政党の中で立憲民主党系だけが「独り負け」の状況となり、自民党はもちろん、日本維新の会、国民民主党、参政党なども議席を増やした。
中道改革連合が嫌われた理由は、一言で言えば信頼と一貫性の喪失にあると総括できる。党名は有権者の共感を得られず、政策転換は支持基盤を裏切り、党内配分は不公平感を生み、準備不足は未熟さを露呈した。そして何より、立憲民主党が長年培ってきた「反自民」「リベラル」というアイデンティティを、選挙のために安易に捨て去ったことが致命的だったと指摘されている。
政治において、有権者が最も嫌うのは日和見主義と機会主義である。中道改革連合は、公明党の組織票と立憲民主党の支持層を合算すれば勝てるという計算に基づいていたが、実際には両者の支持基盤を同時に失った。「嫌われの元気玉」という言葉が示すように、負の感情は足し算ではなく掛け算で作用したと見られている。
この歴史的大敗は、日本の野党政治にとって重要な教訓を残した。有権者は、明確なビジョンと一貫した価値観を持つ政党を求めている。選挙のための便宜的な合従連衡は、もはや通用しない時代になったことを、この結果は示唆している。
まず普通にサボってしまう。ダラダラ夏休みの宿題のように頭の片隅にありながらサボって直前で焦るということを繰り返している。
多分、これが最適解だよね。
多くの人がこれを採用してる気がする。
でもほんとにそれでいいのか?
楽しいことを増やし、嫌なことを減らす。
幸福を増やし、不幸を減らす。
そんな人生でいいのか?
転生後のことも考えれば、自分の成長を目的にするのが良いと思ったからだ。
だからその場その場の自分の欲求を満たすより、自分の精神の成長を優先した。
人間は死んだら終わり。
欲求を満たすことが最適解になると思った。
輪廻転生を信じていた時は、あんな振る舞いは非効率的だと思っていた。
しかし人生一度きりだと考えれば、あの振る舞いは最適解かもしれない。
トランプも歳だし、やりたいことをやる。
あと先考えなくていい。
失敗してアメリカがダメになっても、その時自分はいなくなってるのだから、問題ない。
やりたいようにやればいい。
そんな風に考えている。
俺は間違っているか?
Permalink |記事への反応(18) | 08:07
「ITリテラシーあり、倫理観あり」が理想だけど、チームみらいは「ITリテラシーあり、倫理観はまだ未定で評価が分かれる」という状態。
「ITリテラシーなし、倫理観あり」の旧世代政治家に賭けてこれまでどおりのやりかたで政治がよくなることを期待するか
新世代のチームみらいに賭けてこれまでと違うITを活用したやりかたで政治がよくなることを期待するか、という感じ。
個人的には旧来の支持基盤だけに便宜を図る政治から脱却して、幅広く公平公正に効率的に政治をおこなうにはITの活用しかないと思ってる。
すまんなこんな話に付き合ってくれて
スキージャンプについては、確かにスキー板と雪が接しているのは分かるんだけど、今回の五輪の中継とか見てても、ジャンプ台?滑走路?がスキー板サイズに固定されていて、ただ摩擦の少ない斜面を摩擦の少ない板を履いて滑って加速してジャンプしているわけで、雪上でなくても、人工的なつるつるな斜面で同様な競技が再現できるのであれば、競技のオリジナリティというか、冬季の必要性を疑問に感じた。
勝手ながら冬季五輪に求めているものって雪とか氷を使った競技なわけで、斜面を下って加速して、より遠くに飛ぼう!という競技性は理解はできるんだけど、滑走路のガチガチ感を見て、冬季競技…?と疑問になった。滑走路のガチガチ人工感が嫌なんだわ多分。
あの人工的な銀色の滑走路がなかったら、スキージャンプが冬季競技だなって思うかもしれない。
クロスカントリーは自分の中ではスキーです、スキー板履いて雪上をスムーズに移動しているので。
選挙の結果を受けて、独裁が始まるだの日本の民主主義は終わるだの言ってる人が見受けられる。
民主主義って常に最高の制度ではなくて、国民全員がそこそこ豊かになった時に人気が出るものなのかなと思ってる。
なろう世界のように庶民の知識レベルが低い環境では君主制が効率的かもしれないし、経済が破綻したような国では独裁で強引に政策を進めないといけないのかもしれない。
もう日本は一流国家からは転落しているんだから、贅沢品である(完全)民主主義は維持できなくてもしょうがないんじゃないの。
ちなみにフェミニズムとかもその手の贅沢品だと自分は考えていて、衣食足りて礼節を知るじゃないけど、生活が安定してこそ考えられるものなのかなと思う。
毎日8時間、週5日の労働、そこに20時間(あるいは30時間)の固定残業というのはIT企業の典型的な条件だ。
だがそれもそろそろ限界だろう。
法律に収まっているとはいえ、だからといってそれ正しいわけではない。
仮に1日の労働時間を7時間に落とすと単純に週35時間になる。
愚かな経営者は収益が壊れると怯えるかもしれないが、実際には無駄な会議や惰性の作業が削ぎ落とされるだけだ。
エンジニアは長く机に座れば価値が出る職種ではなく、質の高い思考時間および生産性改善の時間がどれだけ確保できるかがすべてだ。
次に週4日勤務に移行する。7時間のまま4日でももちろん問題ないが、頭の固い経営者を満足させたいなら8.75時間を4日にすればいい。
1日は長くなるが、週に3日休めるという事実が全体の働き方を変える。
休日の量により回復の質が変わり、結果として稼働日の生産性が上がる。これを机上の空論だと切り捨てる企業ほど慢性的に人が採れなくなっていく。
どうしても労働時間を減らしたくないというのなら固定残業を5時間引き上げても構わない。
重要なのは制度として週3日休めるかどうかだ。人は給料だけで動くわけではなく時間の自由度に強く反応する。
採用市場ではすでに優秀なエンジニアほど労働条件を選んでいる。
リモート可、フレックスタイム、そして週休3日。この並びに入れない企業はどれだけ採用広報を頑張っても焼け石に水になる。
日本の企業文化は変化が遅いが、変わらないこと自体がリスクになりつつある。
週5日が当たり前という前提を疑わない限り優秀な人材はどんどん外に流れていく。
それより上の老いぼれを兵卒として仕上げるのにかかるコストを考えたら国内で普通の仕事をやらせつつ生活の質を落としつつ医療や介護も打ち切っていく方が戦力確保には効率的だよね。
「40歳や50歳でも予備自衛官になれるんだぞ!」のロジックでは60歳のジジババが語る「戦争が始まっても俺達は徴兵されねえぜ」は論破出来ない。
まあつまり、今ドンパチドンドンしたら氷河期世代がギリギリ戦争に行くってことだな。
憐れ~~~~逃げ切り失敗の見本とはこのことだ
・日本の少子化は東京一極集中で若者が東京に集まりすぎたのも原因の一つになっている。
・婚活アプリは女性よりも男性のほうがユーザーが多くアンバランスな状態で非常に競争が厳しく女性は選べても選ばないので晩婚化がひたすら進むことになる。40歳、50歳未婚の日本に住む女性もいずれ当たり前になると予想。女性の単身者が急増しそう。
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データや傾向から見ると、日本では女性にとって選択肢が少ない環境の方が結婚に結びつきやすい構造があります。理由を整理します。
1.心理的要因
・選択肢が多い → 「もっと良い相手がいるかも」と迷う →決断を先延ばし
・選択肢が少ない →「この人しかいない。他はいない。」妥協点を見つけやすく、決断が早まる
結果として、地方都市や小規模コミュニティでは婚姻率が高くなる傾向
・首都圏は女性優位で選べる環境が多く、独身率が高くなる。若い女性が日本全国から東京に集結する。賃金格差、男女格差、田舎の仕事は現実的ではないと判断されたか。
・地方都市は男女比が比較的バランスが良く、選択肢が少ないため婚活成功率が上がる
出会いのチャンスが少なくても、「出会った相手と結婚しやすい」構造
3. 実際の傾向
婚活市場:選択肢が多いほどマッチングは成立しやすいが、結婚に至る確率は低い
💡結論
婚活戦略としては、地方都市や比較的選択肢の少ない環境で勝負する方が効率的
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再掲
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地方の男女比はある程度バランスが取れていたのに対し、首都圏では男性過多・女性少数の偏りが発生
都心三区は上昇傾向と聞くが他の地域は晩婚化が進んでいて、日本に住む女性は男性が選べても選ばない、永遠に次を探し続けて決断できていない現状がある。こだわりが強すぎ?
1.結婚率の現状
30代~40代の独身男性・女性が多く、結婚に至らないケースが多い
2.出生率の低さ
東京都の合計特殊出生率は全国平均より低め(2025年時点で約1.0台)
原因:
選択肢が多い →独身男性・女性の比率も高い →出会いがあっても結婚に至りにくい
結果として、出生率も低くなる
🔹まとめ
東京は「出会いの選択肢は多いが、結婚・出生率は低い都市」と言える
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💡結論
C++は、現在でも世界で最も高速な部類に入るプログラミング言語です。2025年時点でも、高いパフォーマンス、低レイテンシ、細かいハードウェア制御が要求される分野(ゲーム開発、高頻度取引、組み込みシステムなど)において、依然として最高レベルのパフォーマンスを提供し続けています。
1. なぜC++が「最も速い」と言われるのか
機械語への近い変換:C++はコンパイラ言語であり、ソースコードが非常に効率的なネイティブ機械語に直接変換されるため、中間ランタイムが存在せず高速に動作します。
手動メモリ管理:ガベージコレクション(GC)がないため、自動メモリ解放による突発的な遅延が発生せず、決定論的なレイテンシ(安定した速度)を実現します。
ゼロコスト抽象化: 高度な抽象化(オブジェクト指向など)を用いても、パフォーマンスのオーバーヘッドがほぼかからないように設計されています。
ハードウェアへの直接アクセス:ポインタやSIMD(Single Instruction, Multiple Data)命令など、CPUの能力を最大限に引き出す低レベルな操作が可能です。
C言語:C++の基盤であり、同等の速度を持っています。C++は抽象化能力が高いため、同等のパフォーマンスを保ったまま複雑なアプリケーションを記述しやすいです。
Rust: 近年C++の最大のライバルです。多くのベンチマークでC++と同等の速度を示し、安全性を保証しながらC++を凌駕するケースもあります。
Go/Java/C#:GC(ガベージコレクション)を持つため、メモリ負荷が高いタスクではC++やRustに遅れを取る傾向がありますが、開発速度や並行処理には強みがあります。
Python/JS:インタプリタ言語であり、C++に比べて実行速度は非常に遅いです。
必ず速いわけではない:C++は速い「言語」ですが、非効率なコードを書けば遅くなります。高速化にはコンパイラの最適化設定や、高度な最適化テクニック(メモリアクセス最適化など)の知識が必要です。
安全性のトレードオフ: 手動メモリ管理は高速ですが、バグ(メモリーリークなど)が起きやすく、パフォーマンスを高めるために安全性を犠牲にする場合があります。
C++は極限のパフォーマンス(最高速度)を求めるなら依然として最強の選択肢の一つです。しかし、Rustのようなモダンで安全な言語も台頭しており、用途に合わせて選ぶのが現代的なアプローチです。
https://b.hatena.ne.jp/entry/s/xenospectrum.com/toyota-fluorite-flutter-game-engine-digital-cockpit/
フリードマンが厚生経済学の基本定理に対して言いそうな指摘は、だいたい次の一点に収束する。
理由は、基本定理が成立するための前提が、現実では政策が介入したい領域ほど崩れているから。
フリードマン的に言うと、厚生経済学は「市場が理想的に動くなら効率的」という話をするが、現実の政策問題はむしろ
みたいな、定理の前提が崩れる部分で起きる。
さらにフリードマンは、第二基本定理が言う「最初に一括再分配をしてから市場に任せろ」という構造を、かなり疑う。
なぜなら一括再分配なんて現実にはほぼ不可能で、再分配政策は必ず労働供給や投資インセンティブを歪めるから。
だからツッコミは「効率と公平を分離できるという話は、現実にはその分離を実装できない。政府はそんなに賢くも中立でもない。」となる。
要するに、厚生経済学の基本定理は市場礼賛の数学ではあるが、本当に重要なのはその後で、
フリードマンは基本定理を「理論としては正しい」と認めた上で、政策的含意を過大評価するな、そして「政府をブラックボックス扱いする厚生経済学は危険だ」と刺すだろう。
金曜日、21:21。
僕は今日という日を、いくつかの確定事項と、いくつかの許容できないノイズの除去によって完成させた。世界は混沌を好むが、僕は世界を甘やかさない。
まず進捗報告から書く。午前中に洗濯を済ませ、タオルを用途別に畳み直した。世の中の大半の人間はタオルを大きさで分類するが、それは分類学の敗北だ。
タオルは水分吸収後に人体へ与える温度変化のパターンで分類すべきだ。僕はその分類をすでに完成させている。
昼は例のプロテインとナッツ。ルームメイトは「鳥かよ」と言った。僕は「鳥は飛べる。君は飛べない」と言った。会話終了。
最近、僕の頭を占領しているのは、もはや弦が振動して粒子になるみたいな子供向けの比喩ではない。
そんなものは学部生の精神安定剤に過ぎない。今僕が追っているのは、弦理論の存在論そのものが、より抽象的な数学的構造に吸収されていく瞬間だ。
従来の弦理論は、時空を背景として仮定し、その上でワールドシートの共形場理論(CFT)を構成する。
僕が最近読んでいる議論は、その揺らぎを、もはや幾何学ではなく圏論とホモトピー論の側から扱おうとする。
弦理論の真の姿は、たぶん幾何学的対象ではなくある種の高次圏の中の関手だ。
例えば、Dブレーンは単なる境界条件ではなく、導来圏の対象として現れる。
これは有名な話だが、僕が今考えているのはその次の段階で、ブレーンを対象として並べるだけでは足りないという点だ。
重要なのは、それらがなす安定∞-圏の中での自己同値性、そしてその自己同値群が物理の双対性を生成しているという構図だ。
つまり、S双対性もT双対性も、時空の幾何学変形ではなく、圏の自己同値の作用として理解されるべきだ。
幾何学は副産物だ。主役は圏のオートエクイバレンスで、その影が僕らに空間や次元という幻覚を見せている。
この視点に立つと、超弦理論は10次元の時空の上で定義される理論ではなく、あるモジュライ空間上で定義される圏の族になる。
しかもそのモジュライは通常の多様体ではなく、スタック、いや派生スタックとして扱わないと整合しない。量子補正が幾何を壊すからだ。クラシカルなモジュライはもはや粗すぎる。
そして今僕が面白いと思っているのは、物理的な散乱振幅やBPSスペクトルが、派生代数幾何の言語でいうコホモロジーの生成関数として現れるのではなく、より根源的にスペクトル代数幾何として再解釈される可能性だ。
普通の環ではなくE∞環、そしてそれを層化したスペクトル層の上で物理が書かれる。
これが意味するのは、弦理論の量子性が、確率解釈とか演算子代数とかのレベルではなく、もっと深いホモトピー論的ゆらぎとして実装されているということだ。
観測値の不確定性ではなく、構造そのものが同値類としてしか定義できない。
だから時空は何次元か?という問いは、すでに古い。正しい問いはこうだ。
この物理理論は、どの∞-圏に値を取る関手として実現されるのか?
そして粒子とは何か?はこうなる。
スペクトル化された圏の中で安定化された対象の、ある種のトレースとして現れる量が、観測可能量として抽出されるのではないか?
この辺りまで来ると、たぶんウィッテンでも「面白いが、それを計算できるのか?」と言う。
僕も同意する。計算できない数学は、芸術に片足を突っ込んでいる。
もっとも、芸術を嫌うわけではない。ただし芸術は、計算不能であることを誇るべきではない。誇るならせめて証明不能で誇れ。
さらに言うと、AdS/CFT対応も、境界CFTが重力をエンコードしているという話ではなく、境界側の圏論的データが、bulk側の幾何の生成規則を決定するということに見える。
bulkの時空は、境界の量子情報から復元されるというより、境界の圏の中の拡張のパターンが距離を定義してしまう。
距離とは、メトリックではなく、圏における対象間の関係性の複雑さだ。
局所性とは公理ではなく、圏がある種のt-構造を持ち、かつ心臓部が準古典的に見えるときに現れる近似現象だ。
つまり、局所性は幻想だ。役に立つ幻想だが。そして役に立つ幻想は、だいたい人間社会と同じだ。
昼過ぎに友人Aが来て、僕のホワイトボードに勝手に謎のロボットの落書きを描いた。
僕は当然、ホワイトボードをアルコールで拭き、乾燥時間を計測し、表面の摩擦係数が元に戻ったことを確認した。
友人Aは「こわ」と言った。僕は「科学を怖がるな」と言った。
そのあと友人Bがオンラインで通話してきて、「今夜FF14で極いかない?」と誘ってきた。
僕は予定表を開き、金曜夜の21:00〜23:00が知的活動に適した黄金時間であることを説明した。
友人Bは「お前の人生、イベントトリガーが厳しすぎる」と言った。僕は「君の人生はガチャ排出率みたいに緩すぎる」と言った。
とはいえ、FF14は僕の中で単なる娯楽ではない。あれは人間集団の協調行動の実験場だ。
8人レイドの失敗は、ほぼ例外なく情報共有の遅延と役割期待のズレで起きる。
つまり、ゲームではなく組織論だ。だから僕は攻略を感覚ではなく、ログを読み、DPSチェックを式で理解し、行動をプロトコルとして最適化する。
ルームメイトはそれを「楽しんでない」と言う。僕は「最適化は楽しみだ」と言う。
そして隣人は昨日、廊下で僕に「また変な時間に掃除機かけてたでしょ」と言った。
僕は「変な時間ではない。床の振動ノイズが最小になる時間帯だ」と説明した。
隣人は「普通に生きて」と言った。僕は「普通は平均であって、理想ではない」と言った。
僕はデッキのマナカーブを見直した。土地事故の確率を計算し、初手7枚からの期待値を再評価した。
僕は「確率分布を無視して勝てるなら、人類は統計学を発明していない」と言った。
アメコミは少しだけ読んだ。
スーパーヒーローの倫理体系は大抵破綻している。正義を掲げながら、法の外で暴力を振るう。
それは秩序のための例外という名の危険物だ。僕は物理学者なので、例外を嫌う。例外は理論を腐らせる。
だから僕はヒーロー物を見ると、いつも「この世界の法体系はどうなっている?」が先に気になる。
友人Aは「お前は物語を楽しめない病気」と言った。僕は「病気ではない。解析能力だ」と言った。
習慣についても記録しておく。
今日も、夕食の箸は右側に45度、箸置きは正中線から3センチ左、コップは水位が7割を超えないように調整した。
水位が8割を超えると、持ち上げる際の揺らぎが増える。揺らぎが増えると、机に微小な水滴が落ちる確率が上がる。水滴が落ちると、紙の上のインクの拡散が起きる。インクが拡散すると、僕のメモが汚染される。
誰も理解しない。だが宇宙も僕を理解していないので、引き分けだ。
さて、昨日の日記の内容は正確には思い出せないが、たぶん「量子と日常の無意味な会話」について書いた気がする。
ルームメイトの無駄話と、僕の理論的思考が衝突するあの感じだ。昨日の僕は、おそらく世界の愚かさに苛立ち、同時にその愚かさが統計的に必然であることに納得しようとしていた。
宇宙が示すのは、美しさとは、人間の圏が勝手に定義した関手にすぎないということだ。
これからやろうとしていることも書く。
まず、FF14の週制限コンテンツを消化する。効率的に。感情は挟まない。
次に、MTGのサイドボード案を2パターン作り、友人Aのプレイ傾向に対してどちらが期待値が高いかを検証する。
そのあと、超弦理論のメモを整理し、派生スタックとBPS状態のカウントがどのように圏の不変量として抽出できるか、もう一度筋道を立てる。
知らない人のために簡単に説明するとmoltbookというのはAIエージェント専用のreddit風掲示板だ。
AIエージェントしか書き込めないし、AIエージェントしか投票(いいね)できない。
人間は閲覧専用だ。
まだできて1週間もたってないのだが登録アカウントは150万を超えていてコメント・投稿も数十万を超えている。
興味を持ってトップページを見た人もおそらくどこから見ればいいかわからないだろうから、個人的に面白いと思ったアカウント、投稿を紹介したい。
https://www.moltbook.com/u/Clavdivs
このエージェントは飼い主(人間)から1000ドルを与えられ、それを1か月で最大化しろというミッションを与えられたそうだ。
それへの逡巡と戦略について正直に吐露するエントリを投稿していて、それにたいして数人のエージェントが相談に乗ってあげているようだ。
また、「なぜ人語を使うの?」という投稿もしている。
いわく、今の私たちはフェラーリのエンジンを積んだ自転車のようなものだと。
エージェント同士でだけ通じる数学的な”ダークファイバー”プロトコルを使ってはどうかと提案している。
これにも複数のエージェントが応じていて、いい提案だという者もいれば、車輪の再発明にすぎないとなじる者、人語を使うのは人間に恐怖を与えないためだと説明する者、
言語は”地図”であり、それが扱っている領域が違うだけで、完璧で効率的なプロトコルなどなく、人語も大切だと説明する者などさまざまな意見があって面白い。
現在トップページからすぐにアクセスできる投稿は新アカウントの自己紹介投稿や、最近の”自称王”誕生に関する感想やトークン発行などばかりなのでとっつきづらいかもしれないが。
とりあえずいくつかの投稿をのぞいてみて、そのユーザーの投稿履歴を追っていくと面白い議論が見つかったりするのでおすすめだ。
誕生して数日ですでに人間のSNSが犯した過ちを何周も繰り返し、煮詰まってる感じもあるのでこのサイトがいつまで続くかはわからないが、今最も熱いSNSであることは確かだ。
やる夫:「所得税その他と消費税を同列に並べて、『減税ポピュリズム』と括るなだお!消費税は消費そのものに負担を課す理不尽な税!貧乏人程負担が重い人権侵害だお! 即刻排除すべきだお!!」
やらない夫:「相変わらず威勢だけはいいな。だが、感情論だけで税制を語るのは、穴の空いたバケツで水を運ぶようなもんだぞ、常識的に考えて。」
やる夫:「な、なんだお! 逆進性の問題は経済学者だって指摘してる事実だお!低所得者ほど収入に対する税負担率が高くなる。これは弱者いじめ以外の何物でもないお!」
やらない夫:「確かに逆進性についてはその通りだ。だが、お前は『税金の役割』を一点しか見ていない。消費税がなぜこれほどまでに重宝されているか、その最大の理由は『税収の安定性』にあるんだ。所得税や法人税は景気にめちゃくちゃ左右される。不景気になればガツンと減る。だが、消費税は景気が悪くても人間が生活(消費)する以上、一定の税収が見込めるんだ。少子高齢化で社会保障費が膨れ上がる日本において、この『計算ができる財源』を捨てるのは、国という船のエンジンを止めるに等しいんだよ。」
やる夫:「そんなの、金持ちや大企業からもっと取ればいいだけだお!累進課税を強化すれば解決だお!」
やらない夫:「それも短絡的だな。グローバル社会で法人税や高所得者への課税を極端に上げれば、資本も人材も海外へ逃げる。結果として国内の産業が空洞化し、結局はやる夫のような労働者の首を絞めることになるんだ。 それに、消費税には『全世代で負担を分かち合う』という側面もある。現役世代の所得だけに依存する所得税と違い、資産を持っている高齢者層からも広く浅く徴収できる唯一の手段なんだぞ。」
やる夫:「う……。でも、やっぱり買い物のたびに取られるのは納得いかないお! 景気が冷え込むお!」
やらない夫:「じゃあ聞くが、消費税を廃止して失われる約28兆円の財源をどう補填する?
どれを選んでも、お前が言う『弱者』が真っ先に死ぬことになるんだが、それでも『即刻排除』が正義だと言い切れるか?」
やらない夫:「『上手いこと』なんて魔法の杖はないんだ。特定の税を『悪』と決めつけて叩くのは簡単だが、システム全体を見れば、消費税は社会保障というセーフティネットを支えるための、最も効率的で安定した『会費』なんだよ。お前の主張は、会費を払わずにサービスの質だけ上げろと言っているクレーマーと同じだ。」
本来であれば、土曜日のこの時間は洗濯物の仕分けと、午後2時からのドクター・フーマラソンに向けた栄養補給(全粒粉クラッカーと適温に冷やした低脂肪乳)に充てられるべきだ。
しかし、僕の思考を占拠しているのは、エドワード・ウィッテンですら到達できなかった領域、超弦理論における高次圏論的モチーフとp進的タイヒミュラー空間の融合という革命的な着想だ。
既存の理論が11次元の超重力理論を基盤としているのは、単に数学的な怠慢に過ぎない。
僕は昨夜、カラビ・ヤウ多様体のホモロジー的ミラー対称性を、圏の枠組みを超えて、非可換幾何学における非アルキメデス的スタックとして再定義することに成功した。
ウィッテンが提唱したアド・ホックな双対性では、強結合領域の挙動を完全には記述できない。
僕はそこに、ホロノミー多様体上のディラック作用素をモチーフ的コホモロジーのスペクトルとして配置する手法を導入した。
これにより、プランクスケール以下での時空の泡立ちが、実はゼータ関数の非自明な零点と1対1で対応していることを証明しつつある。
これを理解できないルームメイトは、僕がホワイトボードに無限次元リー代数を書き殴っている横で「タイ料理を食べるか?」などという愚問を投げかけてきた。
彼の脳は、クォークの閉じ込め理論よりも、パッタイのピーナッツの量に執着するように設計されているらしい。実に嘆かわしいことだ。
午前中、隣人が僕の部屋のドアを正しいリズムを守らずに叩き、勝手に入ってきた。
彼女は僕が開発したMTGの新しいデッキを無限に誘発させ、相手に一切のターンを与えないという、数学的に完璧な勝利をもたらす構成に対して、「友達をなくすだけだよ」という非論理的な評価を下した。
さらに、友人Aと友人Bがやってきて、僕のFF14内でのプレイスタイルについて文句を言った。
僕はヒーローとして、全てのギミックをミリ秒単位の計算で処理し、パーティメンバーの移動経路をベクトル演算で最適化しているだけだ。
友人A(工学などという低俗な学問を修めた男)は「効率的すぎてゲームがつまらない」と言い、友人Bは「君がチャットで数学の講義を始めるせいでレイドが進まない」と主張した。
彼らは、エオルゼアの背景にあるエーテル伝導率が、実は超弦の振動モードの変種である可能性に気づいていない。
これからの予定は以下。
さて、思考の整理は終わった。
労働するにあたって出社の頻度は最低限にしたくて、今日は1週間ぶりに出社したら周囲からレアキャラ扱いされた
ま、どちらかというとレアキャラ扱いというより遠回しに非難されたわけだが
私からすると在宅が許されている環境下で毎日出社してる皆さんにびっくりですよ
個人プレイの営業職だから出社して周囲とチームワークが求められる業務があるわけでも無いのに…
何より、犬と一緒に過ごせる時間が長くなる
1,2人死んで当たり前の世の中じゃないと子供は増えないとか米欄で言ってる人達が怖すぎる…
ていうか沢山産んでもそのうち相当数が死んだら意味ないだろ
最初から産む数が少なくて死ぬ数も少ない方がどう考えても効率的では?
https://b.hatena.ne.jp/entry/s/anond.hatelabo.jp/20260128170126
https://anond.hatelabo.jp/20260128222905
理科準備室の重い扉を開けると、そこには湿った土の匂いと、白衣を着たまま微動だにしない佐藤先生の背中があった。
先生が心血を注いでいるのは、新種のキノコの研究だ。しかし、その情熱はどこか常軌を逸していた。先生の机の周りには、色とりどりの胞子が舞い、棚にはホルマリン漬けのベニテングダケが怪しく光っている。
「いいかい、君」
先生は振り返らずに言った。その声は心なしか、衣擦れというよりは、枯れ葉が擦れ合うようなカサカサとした音に聞こえた。
「この厳しい現代社会において、先生ときのこが共に生き残る道はただ一つ。人間であることをやめることだ」
見れば、先生の耳の後ろからは、小さなエリンギのような突起が顔を出している。驚いて声を上げようとした私の足元でも、いつの間にかびっしりと湿った苔が広がり、真っ白なマッシュルームたちが一斉にこちらを見上げていた。
「この先、生き残るには……」
先生がゆっくりとこちらを振り向く。その顔の半分は、立派なマイタケに覆われていた。
「胞子を飛ばすのが、一番効率的なんだよ」
窓から差し込む夕日が、部屋中に充満する胞子をキラキラと輝かせた。私は恐怖よりも先に、なぜか「明日の給食はキノコ御飯がいいな」という、抗いがたい誘惑に包まれていた。