
はてなキーワード:前世とは
隠すのも面倒だから言う。愛知13区。初めてだよ、小選挙区で自民党に投票したの。
自民当確!!!!ざまあみろ中革連!!!!クソボケどもが!!!!!!!!!!!!!!!!
自己紹介しまーす。創価二世、親いわく確定で地獄堕ちの増田でーす。ガキの頃から創価学会漬けで、高校受かったときも大学受かったときも創価学会のおかげにされました。親は「日蓮大聖人(大畜生)は!!!!鎌倉幕府に迫害されたの!!!!なぜなら、正しいことを言っていたから!!!!」が信条で、「私」が否定されるのは「正しいことを言っているから」で「私は正しい、なぜなら正しいから!!!!!!”!!」の典型的カルト畜生で、畜生新聞だの畜生蓮華だのグラフ畜畜生だの畜生革命だのい~~~~~~~っぱい買い込んでるのに「うちに金はない」「今は我慢のとき」「父親の稼ぎが悪い」って口癖のように言ってるゴミ専業畜生かパートタイム畜生でした。創価学会には入らないと宣言したら、「今までの苦労はなんだったの……」って絶望した顔で言ってました。畜生ですね~~~~=~=~~~~~~~。
畜生のための聖人は居ない!畜生が崇めるなら、そいつも畜生。日蓮大畜生。創価学会入会したら、人生の成功は全部『題目のおかげ』。失敗したら『前世のカルマ』。責任転嫁、他責の権化。これを畜生といわず何と言う?
君等が正しいんじゃない?なんせこんなに否定されてんだから。のんきだねえ~~~~~~~~~~~W~~^W~==~^~=W~0^一生車座で勤行やって「私たちは正しい!」やってろよこの世にはびこるクソカルト。畜生が。
『悪役令嬢は隣国の王太子に溺愛される』のあらすじは、乙女ゲームの悪役令嬢ティアラローズに転生した主人公が、婚約者から断罪される直前、隣国の美形王子アクアスティードに求婚され、その溺愛っぷりに戸惑いつつも心奪われていく物語。悪役要素は初期に消え、甘い新婚生活と事件解決が中心。
主なストーリー展開
断罪と溺愛の始まり:前世の記憶を持つティアラローズがゲームの破滅イベントに直面するが、隣国マリンフォレストの王子アクアスティードが「彼女が欲しい」とプロポーズし、物語が急展開。
悪役要素の消滅:本来のストーリー(ゲーム)では悪役だが、隣国へ移住したことで、彼女を悪女扱いするヒロインや婚約者から離れ、純粋に溺愛される立場になる。
甘い生活と事件: 溺愛されたい(というよりは、溺愛される)ヒロインが、隣国の優しい人々に囲まれ、妖精からの祝福を受けながら、様々な事件を解決し幸せな生活を築いていく。
なお、この作品はWeb小説投稿サイト「小説家になろう」で連載され、書籍化、コミカライズ、アニメ化もされている大人気の溺愛ファンタジーです。
悪役要素ないのかよワロタ
こんな恐ろしいひどい事件、赤の他人である自分達ですら加害者が憎くて堪らないのに、被害者はきっと想像を絶するほど加害者が憎くて、苦しめて苦しめて殺したいに違いない!被害者に刑を決めさせればいい!
そう思いがちだ。
たとえ重犯罪でも。
それは、汝の敵を愛せよという精神ではない。
一番有名なのはストックホルム症候群だ
誘拐や監禁などにより拘束下にある被害者が、加害者と時間や場所を共有することによって、加害者に好意や共感、さらには信頼や結束の感情まで抱くようになる現象。
解放後に犯人をかばう証言を行う者や犯人に恋愛感情を抱く者までいるという。
逃げられない状況下では、犯人を好きになるしかない。また、犯人の優しさや人間味に惹かれてしまう。
虐待すればするほど子供は親を慕うものになると小山晃弘も言っていた
酷い毒親、虐待親でも慕う子供は山ほどいる。大人になっても洗脳が解けないことはザラにある。自分の親が毒親だなんて認めたくないことだから。
家庭という閉鎖的な空間で虐待に晒されているとそれが普通だと錯覚する。親との温かい思い出もある。親の機嫌をとるため、親のことを好きになる。虐待を受けても、自分が悪い子だからだと思い込む。
大事にされるのに慣れなくて、優しい養親に反発したり、殴るパートナーを選んでしまったり、自分の子に同じことを繰り返したりもする
性的虐待も同じ。
性的虐待を受けても父親を嫌いになれない、あれを除けばいい父親だと言う少女や女性は少なくない。
自分から求めてしまった、快感を感じてしまったという体験談も…それが罪悪感を植え付ける
自分の中のダメージを少なくするために、なかったことにしようとして被害後も加害者に普通に接したり、あろうことが加害者に好意を持ってしまう人もいる
レイプから始まる恋は実際ある、と小山晃弘も言っていた。まぁ関係ない人のコラ画像を使ったりしていて悪質だが。
「学生時代痴漢にあって、最初怖かったけど快感に目覚めてしまった」と語る裏垢もあるし、それを見て勘違いしてしまう痴漢野郎もいる。
ストックホルム症候群と同じく、ダメージを少なくするための防衛機能なのだろう
加害者に好意を抱いたり、快感を感じたりはしなくても、加害者を憎まず「自分が悪いからだ」と自分を責めて終わってしまう人もいる。
「他人のことならあなたは悪くないと言えるが、自分の被害に対しては自分が悪いのだと思ってしまう」と語る性被害者は少なくない
ネットでは「いじめたやつ許せない!」的な声ばかりが大きいが、「いじめられたのは自分が悪いのだ」と結論付ける被害者は少なくない。
昔リア中の時に朝日中学生ウィークリーを読んでいたが、いじめ相談的な投書欄に「いじめられる方にも原因がある」的なのが殺到した時期があった。しかも、「いじめられた自分はこうやって乗り越えた。だからいじめられる方も変わるべきだ」的な投書もあった。
「いじめた子に謝って今では親友です」「いじめてきた子に自分も不愉快にさせたと謝って今では親友です」的な体験談を複数見た。
そこに、ストックホルム症候群的な心理はないといえるのか。
いじめられっ子を助けたら、そのせいで自分がいじめのターゲットになり、あろうことが助けられたいじめられっ子がいじめる側に回る
「鬼」とかいう話題の漫画でもあったよくあるケースだけど、これもいじめられっ子がいじめっ子を憎んでないからだと言える。憎んでないから媚びるし、一緒に恩人をいじめる
体罰もそう。
「悪い自分を殴ってくれた先生に感謝してる。体罰は必要だ」と語る大人は少なくない。
「言うこと聞かない奴は殴る。殴った子ほど後に慕ってくれる」とのたまった顧問もいた
意外なことかもしれないが、加害者を憎むより、自分が悪いと思う方が楽なのだ。憎むのはエネルギーが要る上に、被害は自己肯定感を失わせ、自責に向かわせる。
更に問題なのが、「被害に遭った自分が悪いのだ」を他人にも押し付ける奴がいることだ
山口達也に襲われた女子高生をセカンドレイプしてた女性達のうち何人かが「私は電車で痴漢されたことがあるけど自分が悪いと反省したのに」「セクハラでキスなんて私もされる。よくあること」と言っていた。
「私はレイプされても我慢したんだから、痴漢くらいで訴えるなんて甘えてる」
「いじめられる方にも原因がある。自分がいじめられて変わったようにお前も変われ」
「俺の時代は体罰は当たり前だった。体罰が禁じられて甘えたガキが増えてる」
「今はなんでも毒親毒親と。私は暴力アル中etcの親にも感謝してるのに」
「今の女は甘えてるのよ。私は夫に殴られても我慢して尽くしたわ」
これ、全部見た。
人は自分の身に起こった事(幸福でも不幸でも)に理由付けをしたがる。
普通の人でも不幸が連続して降りかかった時に「俺は前世で悪いことをしたのか」と溢してしまう。
「あなたが受けた虐待はあなたが前世で悪いことをしたからです。あなたがその体験をしたいと選んだのです」的なスピには、意外と虐待の被害者がハマってしまう。自分の受けた不幸に理由付けをしてくれるからだろう
殺人事件の被害者遺族なら犯人を憎みまくるはずだって?それが、そうでもない。
「心にナイフを忍ばせて」という、少年犯罪の被害者遺族を追った本では、少年Aに対して被害者遺族が同情的なコメントをするシーンがある
また、死刑賛成派のルポルタージュでは、死刑囚が被害者の兄と手紙で交流し、被害者の兄が「彼を死刑にしないでください」と頼み込むエピソードがあった
死刑反対派の森達也氏も、死刑を望まない遺族は意外と多いと言っていた。遺族と言っても生前の被害者と良い関係とは限らないが…
断っておくが、被害者に原因があるとか被害は大したことないとか言いたいわけではない
むしろ、だからこそ虐待もいじめも体罰も性被害もDVも殺人も、許されないし痛ましいのだ。
もちろん、全ての被害者が憎まないわけではない
加害者が憎くて堪らない、殺したい、そんな人の方が自然だろう。
だが、加害者を憎まない、憎むことすらできない被害者は「意外と」いる。
そして、被害者は加害者の代わりに自分の味方や同志を憎むことがある。
虐待を受けても親を慕う子供は、親から引き離そうとする大人を憎むだろう
発展途上国だかで性的虐待、児童買春の被害に遭っていた女の子が保護された後、不自由に耐えきれず何度も施設から逃げ出して売春しようとしたって、その人の人生を綴った本に書いてあった。きっと、施設に連れ戻し不自由な生活を強いる保護してくれた大人を憎んだのではなかろうか。
前に「九州の田舎に嫁いだ語り手がレイプ未遂に遭って、姑に『みんなあの男に足入れされて我慢してるんだから』と説得されるも振り切って被害届を出したら、『未遂のくせにズルい』と被害を受けた女性達から嫌がらせされるようになった」という地獄みたいな話を読んだ。
レイプ男には仕方ないと諦めて立ち向かわないが、「被害を我慢しない裏切り者」は憎み、嫌がらせする。
ナチス政権下では、ユダヤ人を虐げる中にはユダヤ人もいた。他のユダヤ人と違って特別扱いをされていた。
そんなユダヤ人も、しまいには他のユダヤ人と同じように殺された。
ユダヤ人自身からも、「ユダヤ人が虐げられたのは自業自得」という意見は出ていたのだ
彼らは「あなたはいいユダヤ人だ」と褒められていたのだろう。そして、「他の悪いユダヤ人がいるから私達ユダヤ人は差別されるんだ。本当に迷惑だ。許せない」と思っていたに違いない
日経平均株価が半導体指数になってニュースで話題になるが、製造装置や材料は盛り上がっているが、日本に半導体チップ設計の仕事がない。
一方、中国はというと沢山あって羨ましい。
Xbox版Fallout 1st提供停止に関する事実整理(日本)
『Fallout 76』突如課金途切れ、利用不可に…国内Xbox版「Fallout 1st」なぜかサービス開始と終了を繰り返す。「誤って提供」と説明されたユーザーも?
これぞまさに「ナチュラルボーンB2B企業がB2Cに手を出すとどうなるか」の典型だよな
一方的にサービス打ち切り、更新不可能に伴う不利益に対するフォローなし、理由の説明もなし、窓口に問い合わせても「これ以上何も答えられない」と門前払い
そんなんだからゲームファンの信頼を自分で削り落としていって、ゲーム機でも負け、PCゲームもSteamに負けた
Vtuberをやっている人達は今そのVtuberをやる前に色んな職業をやっている事があり、それが前世と呼ばれている
普通にリアルの顔を出しての配信者だったりプロゲーマーだったり声優だったり芸能人だったりどれでもなかったり学生だったり無職だったり色々である
んでVtuberの中には今やってるVtuberの前も別のVtuberをやってたケースがある
そのケースの場合は割と前のVtuberのネタを触れたりするタイプもよくある
前にVtuber企業に所属してVtuberをやっていたけど今は個人勢Vtuberとして活動してる人達とかはとくに触れる事が多い
また企業勢Vtuberでも例えばあおぎり高校のVtuberとか以前やっていた別のVtuberに触れたりするケースがあったりする
他にも前世が声優だったりアナウンサーだったりの特定のプロの職業な企業勢の子がそこら辺の職業の話をする事も見掛ける
一方で前世が顔を出しての配信者の場合は触れにくい事が本当に多い
上記と比較して前世が触れられない傾向なのは顔を出しての配信者が自分の個人情報を曝け出しがちな所があるのも理由かもしれない
そう考えると声優活動とかは顔出し配信者よりは個人情報を隠す分だけ、前世が声優のVが声優活動に触れたりするのだろう
同じ企業に所属してるVtuber同士が前世でも顔出しの配信者として知り合いだったりすると
そこら辺を触れられたくないために同じグループのVtuberとして活動しててもあんまり話さなくなるケースを複数のVtuber企業で観測している
しかし「○○さんと○○さんは同じグループなのに何でコラボしないんだろう」みたいな事をXでよく言ってる人達に
「その2人は前世の配信者だった頃の話を穿られるのを恐れるようになったんだよ」と答えるのは良くない
下手したら誹謗中傷で捕まる
解散“根回し”がなかった自民内に混乱 「勝てばよい」高市首相は自信…麻生太郎氏には事後報告(西日本新聞) - Yahoo!ニュース
麻生「喫緊の経済政策を放置して衆院選で信を問う…それは政治家の無能を示す事だ」
高市「中国からの圧力をテコに、強い日本のイメージで野党を討つ。この作戦の利点は、経済に疎い国民の感情を使い、経費も時間もかけず、信任を得られる点にあります。この計画に、ご認可を」
麻生「やっておいて今更…。高市よ、勝ってどうするつもりだ…?」
高市「せっかく減った中間層です。これ以上増やさず、安価な労働力として残します。そのコントロールには、船頭は少ない方がよろしいかと…」
デギン「安倍晋三の祖父でな、憲法改正をし切れなかった男だ。貴公、岸信介の尻尾だな」
ギレン「石破の言う謙虚さによる政治が何を生みます?日本はとうに限界を超えていますよ…。ま、勝ってみせます。岸信介の尻尾の戦いぶり、ご覧ください」
問題はどっちも、こんな賢そうに喋らないんだなあ……。
香港は一時的にイギリスが占有した土地で、契約上の領土だった。
契約期間が終了したため返還の時期が来たが、返すべき相手は当時の清朝だった。
そこでイギリスは誰に返すかを熟考し、「清の後継は中華人民共和国である」と判断し、返還先として中華人民共和国を選んだ。
香港の人々はこの歴史の流れに翻弄されたが、決定権を握っていたのは清でも中華人民共和国でもなく、当時のイギリスだった。
結果として、香港はイギリスの意思によって中華人民共和国の領土とされることになった。
ここが台湾と決定的に違う点だ。
台湾の場合は、前世台の国である中華民国の分派であり、中華人民共和国との統合はイギリスのように外部主体の判断で決まるものではない。
この辺を勝手にまとめて「ようなは何者かになりたいんだろ?でも人間って『何者か』にはなれなくて『未来の自分』にしかなれないってことは見失っちゃ駄目だよ」みたいなくだんねー説教垂れる奴ら本当カスだわ。
俺としては願いが満たされるなら自分であり続けることなんて微塵も固執してないから。
君の名みたいにある日突然誰かの人生に入れ替わったのだとしても俺は別に困らない。
絶賛隠居中の有名作家になって、本気出せば名作を出せるし本気出さなくても一生遊んで暮らせるって状態を満喫出来るなら、その能力を鍛えたのも代表作を書いたのもの実質的には赤の他人だろうが何の関係もねえよ。
「人間として生まれて来たのは前世の貴方が頑張ったからです」とかスピリチュアルな人間以外は信じてないだろ?
要は運だからさ。
子供の頃適度に恵まれて適度に飢えてて適度に苦労して適度に楽をしてきたかどうかが今の自分を形成する重要な要素で、自由意志なんてのは既に組まれたデッキの中から順番通りに引いてきたカードをどう切るかでしかないわけ。
生まれた瞬間天和上がってる奴もいれば、よっぽど気の狂った山のずらし方でもしない限りは絶対にベタオリ以上は望めない人生が組まれた状態から始まってそのまま終わることもあるわけよ。
俺はね、金のために働きたくもないし、承認欲求を満たすために努力したくないし、自分が居ないほうが良かったなんて思いたくもないし、親父や知り合いから「この程度の奴」みたいに思われたままで人生を終えたくもないんだよ。
他人にとっては大事な幸せでも俺にとってはどうでもいいことが沢山あるの。
モテたいとか、世界を救いたいとか、後進育成に力を入れたいとか、名声を残したいとか、死にたくないとか、そういうことは俺にとっては別に重要でもなんでもないのよ。
たとえ俺が異世界転生したら魔王の体になって世界中から憎まれながらも無限の命の手慰みに世界征服をした後毎日色んな種族の奴隷と子作りに励んだとしたら、それは誰かにとっての「理想の人生」なのかもだけど、俺にとってはそういうこんがらがった面倒くさい展開は望まないわけよ。
それだけでいい。
それだけの夢を「何者かになりたいんだろ?」なんて言われる筋合いはねーよ。
世界のたがが外れつつある。
2度の世界大戦を経て国際社会が築いてきた規範や秩序を、大国が公然と蹂躙(じゅうりん)し、自国中心主義を振り回している。
「法の支配」は「力の支配」の前に無力なのか。人類が互いの利害を公正に調停し、戦争を一掃する未来は、見果てぬ夢なのか。
法哲学者の井上達夫・東大名誉教授は、法とは正義を追い求めそれを体現すべきもの、と説く。それなら、世界が見据えるべき「正義」とは何か。私たちの飽くなき挑戦は、どこを目指すべきなのか。
――人類が戦乱の歴史を経て曲がりなりにも築いてきた国際秩序が、崩れかけています。
「国際社会の法と秩序、その基礎にある人権尊重や戦力乱用の禁止という『正義』の原則が、危機に瀕(ひん)しています。これらを公然と蹂躙(じゅうりん)する国家による暴力が荒れ狂っているからです」
「もちろん無法な戦乱は今に始まったことではなく、集団間の殺し合いがなかった時代はない。特に20世紀は、史上最も陰惨に血塗られた世紀でした。だからこそ人類は自らの蛮行を制止すべく、戦争を統御する様々な試みを続けてきました。第1次大戦後に国際連盟を結成し、1928年のパリ不戦条約で、国益追求と紛争解決の手段としての戦争を違法化します。第2次大戦後には、戦争を抑止できなかった反省から国際連合をつくり、国際法の諸原則を再確立させました」
「自衛権行使であっても正当な理由や意図などを求める『戦争への正義(jusad bellum)』つまり『開戦法規』と、無差別攻撃の禁止や捕虜の処遇など『戦争における正義(jus in bello)』つまり『交戦法規』を強化します。また、武力行使に代わる平和的手段による紛争解決を促進する努力もなされてきました。冷戦終結後の一時期、世界はありありと『国連による平和』の夢を見ました」
「しかし、この夢は破れました。武力行使を規制する国際法秩序に責任を負うべき国連安全保障理事会常任理事国のロシアが公然とウクライナを侵略し、民間施設への攻撃を続けています。これは明白に開戦法規及び交戦法規違反です。ロシアは開戦時、ドンバス地方の親ロ派政府との安全保障条約に基づく集団的自衛権だと説明しましたが、この傀儡(かいらい)政府に対するロシアの承認は旧満州国への日本の承認と同様、国際法上無効です」
「パレスチナ自治区ガザでは、前世紀の『人道に対する罪』の最大の被害者であるユダヤ人国家イスラエルが、パレスチナの民に対してこの罪を犯しています。イスラム組織ハマスの侵攻に対する自衛措置として攻撃を開始した時点では、イスラエルは開戦法規に反してはいませんでした。しかし、民間人への無差別攻撃や難民キャンプへの空爆は自衛の範囲をはるかに超え、ハマスが住民を『人間の盾』に使ったのと同様、交戦法規を蹂躙しています。また、ヨルダン川西岸への入植拡大を同時に進めたことは、不純な政治意図を含んでいるという点で開戦法規にも違反しています。停戦合意から2カ月以上が経つのに、ガザへの散発的な攻撃をやめていません」
――「法の支配」をあざ笑うかのような「力の支配」の論理が跋扈(ばっこ)しています。
「『法の支配』の危機は、単に強国が国際法秩序を侵しているというだけではありません。より深刻なのは、法と正義の原則の規範的権威そのものを掘り崩す、シニシズム(冷笑主義)が広がっていることです」
「それが端的に表れているのが、欧米や日本でも唱えられている対ロ宥和(ゆうわ)論です。戦争長期化の責任を、ウクライナの抗戦と西側諸国の支援に転嫁する言説です。知識人にも多い対ロ宥和主義者は、ウクライナ支援を停止してロシアに領土的譲歩をすべきだとして、侵略したロシアではなくウクライナに停戦の圧力をかけることを実質的に説いています。中には、北大西洋条約機構(NATO)の東進がロシアを刺激し戦争を誘発したという誤った歴史観に基づくものも多い。実際には冷戦後、NATOは集団的自衛権体制から地域的な集団安全保障体制に変容しており、旧東側が『西進』して新加盟国になったというのが事実です。ロシアも一時、準加盟国になりました。その友好関係を、南オセチア紛争とクリミア侵攻で悪化させたのは、他ならぬロシアです」
――トランプ米大統領も、ロシアに一方的に有利な和平案をウクライナに押し付けようとしています。
「これでは持続可能な平和を実現できないことは明白です。ウクライナの中立化(NATO非加盟)だけでなく非軍事化に固執するプーチン大統領の狙いが傀儡国家化にある以上、仮に一時的停戦をのんでも、再侵攻に走ることは必至です」
「こうした対ロ宥和論は、武力で現状を自国に有利に変更できる、侵略はペイする、というメッセージを世界に発しています。侵略を抑止するどころか、武力による現状変更を望む他の潜在的侵略者、例えば台湾や南沙諸島に野心を持つ中国、イエメンに触手を伸ばすイラン、韓国を標的にする北朝鮮などに、実行のインセンティブを与えてしまう。ドイツへの宥和政策が第2次大戦を招いた、1938年のミュンヘン会談の教訓を忘れたのでしょうか?」
「強者の支配を排し、武力による現状変更を禁じるという国際法の原則を尊重するならば、国際社会が協力して、ロシアに軍事的・経済的圧力を断固として加えることが必要です。それができずに弱小国にだけ譲歩が押しつけられるなら、国際法は強者の支配のイデオロギー的隠れみのとみなされ、規範的権威を喪失します」
――米国が主導したガザの和平計画も、ハマスが武装解除に抵抗する構えで、暗雲が垂れこめています。
「長年の紛争解決と平和構築のためには、90年代のオスロ合意が道筋を引こうとした『二国家解決』しかありません。すなわち、ガザとヨルダン川西岸の分断統治を解消してパレスチナを統一的に統治する国家を樹立し、イスラエルと相互承認し共存する体制です。しかし、イスラエルのネタニヤフ首相は『パレスチナ国家のいかなる試みにも反対する』と二国家解決を強硬に拒否し、トランプ大統領もイスラエルのパレスチナ支配強化を支持するかのような発言を繰り返しています」
「停戦後の暫定的な統治機関『平和評議会』のメンバーは未定ですが、米国やイスラエルがガザ復興を主導するなら、ハマスを殲滅(せんめつ)できたとしても、第2、第3のハマスがゲリラ的抵抗を続けるでしょう。パレスチナ国家樹立をゴールに掲げたうえで、暫定的にはアラブ諸国を中心にガザの治安維持と住民保護を委ね、現在の腐敗したパレスチナ自治政府を統治能力ある組織に改編する。国際社会はそのためのロードマップを支援する――。それしかガザ戦争の出口はありません」
「『法の支配』は規範的な理念ですが、自動的に実現する力を持っているわけではない。理念を実現するのは、それを順守しようとする様々な行動主体が、協力して行う実践です。強者の力を抑える、いっそう大きな『力』を協働して組織し、行使しなければならないのです」
――プーチン大統領は2014年にクリミアを「併合」した際、西側諸国の過去の侵略や軍事介入と同じことをやっているだけだ、という趣旨の発言をしています。
「他者の悪が、自己の同様の悪を免責する――。これは開き直りの詭弁(きべん)ですが、問題は、西側の多くの『批判的知識人』までもが、この思想のわなにはまっていることです」
「例えば、03年のイラク侵攻など米国の軍事介入を強く批判してきた米国の思想家ノーム・チョムスキーも、このプーチン大統領の欧米批判を擁護してしまっています。自国の戦争犯罪を追及すること自体は、間違ってはいない。しかし、それゆえに他者の罪を許容するのは、論理的にも倫理的にも倒錯しています」
https://digital.asahi.com/articles/ASTDM4V8YTDMUPQJ00FM.html