
はてなキーワード:初老とは
ぶつかりおじさん(亜種含む)によくぶつかられるアラフォーおばさんである。
歩きスマホはしない。外見は白髪染めカラーの地味髪ミディアム、カジュアル寄りの大人しい服装、メイクも派手ではない。外見的なイメージでは「優しそう」と比較的言われる。
道や順番は男女問わず基本的に譲る。嫌な思いはしたくないので。
そういう女が直近一年くらいで会ってきた、女にのみ攻撃的なおじさんを紹介したい。
黒リュックを背負った初老おじ。電車の中で鏡を見ながら前髪を直していたところ、真横にいたおじが小声で「ブスが色気づいて……」「ブスのくせに……」と独り言を言い始める。「何か言いたい事あるんですか?」と聞くと気まずそうに無視&逃走。
学生しか持たないようなスポーツブランドのリュックを持ってたから若く見えたがそうでもないのかもしれない。駅の混雑の流れが止まった時、私の真後ろにおり、「止まんなよブス」と吐き捨てて、前に割り込み追い越して行った。私が止まったんではなく人の流れが止まったんだが…。
・絶対道譲りたくないおじさん(50〜60代)
基本的にみんな左側通行している歩道で左側を歩いていたところ、前方から流れに逆らって歩いてきたサラリーマン風のおじ。避けようにも右側からも人が来るので、どうしようかと迷っている間にもずんずん直進してきておそらくぶつかってこようとしていたため、やむなく細長くなって避けた。
目の前で20代前半かハイティーンとみられる女の子が歩きながらスマホを見ていたのだが(歩道のド真ん中とかではなく普通に端の方)、その前方から来たおじさんが見えてるなら避ければいいものを、女の子を直視しながら真正面にわざと直進。ぶつかるギリギリで女の子が察知してよろけながら避けたが、謝るでもなく立ち去る。歩きスマホしてるバカ女に制裁!とか思ってたのだろうか…。
職場のアルバイトのおじさんなのだが、プライドが高く、忙しかったりで自分の思い通りにならないとでかい音を出したりイラつきをアピールして八つ当たりをするため腫れ物扱いされている。しかしそれは周りに自分よりおとなしく小柄な男性や女性のパートさんがいる時に限り、厳つい社員や上司の前では押し黙るのである。こいつ絶対外ではぶつかりおじさんしてそうと思っている。
・新人追い込みおじさん(50〜60代)
これも職場のおじなのだが、新人の女子がちょっと通行を遮ったりすると「邪魔なんだよ」と不機嫌になる。他の男性の同僚の前ではごくごくおとなしく、若い女の子にだけなぜか当たりが強いおじさん。このおじに当たられ続け、女の子はメンタルを病んで辞めてしまった。新人なので要領は掴めてなかったかもしれないが、彼女が故意に危険な事や仕事の妨害をしたわけでは決してない。もっと仕事ができない男はいくらでもいる。
よくいる感じの悪いおじさんや今思い出せないおじさん、ヤカラ、ガチ性犯罪者のおじさんは除いた上で、印象に残っているおじさんを挙げてみた。
最近は年の功で自分への害は避けられるようになってきたこともあり、目撃しただけのやつも多くなったが…。
こうして見ると、おじさんにとってぶつかり行為というのは自分の正当性や不快感を女に「わからせる」ための行為なんだろうか、という気がする。
あと女性側が謝ったり顔色を窺うような反応をするとぶつかり行為はエスカレートするように思う。
真正面から「何すか?」と言い返されると相手は黙るしかないのだ。自分のやっている事に実際は正当性がない事を薄々知ってるから。
もちろん世の中にいるのはぶつかりおじさんだけではない。
車椅子のおじさんが困っているところに駆け寄って手助けしていたおじさん、コンビニの扉を押さえていてくれたおじさん、狭い通路で鉢合わせになった時、会釈しながら通ってくれたおじさん………見知らぬ、二度と会わない他人へも善意を忘れないおじさんもたくさんいるのである。
この場所を掘り当てた、見知らぬ君へ。
誰に宛てるでもなく、ただ書き置いておく。
それなりに機嫌よく生き抜こうとした
一人の凡人の思索の跡がある。
私は君と語らうつもりはない。
ただ、もし君が
読んで、考え、そして去ればいい。
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まず、認めておきたい前提がある。
世界は、数式と物理法則に従って動く巨大な機械のようなものだ。
私が今この文字を綴ることも、
君がそれを読むことも、
影が実体を動かすことはない。
私たちは、
だが、特別な才覚はなかった。
結局、何者にもなれぬまま、
今になって、ようやく分かったことがある。
決定論の中では、静かな安らぎになるということだ。
すべてが決まっているのだとしたら、
なぜ私は、案外機嫌よく生きていられるのだろうか。
眺めるという一点においてのみ、
この列車がどこへ向かうのか、
終点に降りて、初めて知る。
私は生きるために、人生の八割を使った。
それは、この自然界を生き抜くための、
冷静な策略だった。
残りの二割の時間、
私は車窓に寄りかかり、
人生の先が見え始め、
予測がだいたい当たる年齢になると、
歯を磨かなかったこと。
それら負の履歴さえ、
身体が先に答えを出し、
脳が0.5秒後に理由をつける。
「これが正解だ」と。
私なりの作法だった。
今、この文字を追っている君へ。
私の答え合わせを、いくつか置いておく。
何者かになりたい君へ。
君のせいではない。
絶望している君へ。
今は、痛みの質感を眺めていればいい。
世界を呪う君へ。
世界は答えない。
ただ、中庸にそこにある。
幸せな君へ。
その幸せを、よく噛みしめるといい。
それは偶然与えられた福音だ。
虚無な君へ。
虚無でいい。
それでも世界は回り、君はそこに在る。
この文章を書くことは、
私が自分の傷を舐め、
だが、この自己救済の円環こそが、
私がこの世界に刻める、
私は、私を許す。
それでも、君を祝福する。
そのお客さん(初老っぽい男性)はレジ付近で店員に何かを語りかけていた。時折、出入り口の自動ドアの方に顔を向けながら、最初はそんなに大声でもなかった。
私はほんの数メートル程度離れていただけだが、店員はそのお客さんの言っていることがよくわからない感じで、私にもわからなかった。
「あそこにさぁ、ほらあれあるだろ、あれのこと」
文字で書けば言ってること自体はわかるかもしれないけれど、実際の発声はもっとわかりにくい。
何の話をしているのかさっぱりわからず、店員は「え?」を繰り返しながら困った顔をするだけ。
そしたら、そのお客さん唐突に怒り出した。
「お前んとこは、お客さんのものを盗むのか!つってんだよ!」
何のことだかさっぱりわからない。
だが、同じようにその光景を見ていた別のお客さんが中に加わって、
「あれって、傘立てのこと?」
と言うと
「だよっ!この人だってわかってるじゃねぇか、ボケカス。傘忘れてなかったか?って、さっきから何度言えばわかるんだ!」
いや、「あれ」としか言ってなかったと思うんだけど。
何言ってるのかわからないから、何度も聞き返すしか方法がなかったと思うんだけど、何度も聞き返したらダメなのか?
よくわからん。
長期間自宅を開ける準備をして、何度も戸締りを確認し、家を出る。万が一のための連絡先、パスワードを机の上に残す。
指定された10時に病院に行き、使い方も慣れてきた自動受付機に診察券を入れると予約なしとカードが戻されてしまった。戸惑っていると、初めて来たときに案内してくれた初老の男性が入院はこちらですと案内してくれ順番カードをとってくれた。荷物を見れば入院患者であることは一目瞭然なのだ。
マイナンバーカードの登録、レンタル着のサイズ、各種書類の確認後、病棟に向かう。
病棟で身長体重測定後、部屋に案内される。他の患者もいる大部屋だが妙に広い。希望タイプが今日は満室なので今日はここで、明日空き次第移動するという。希望していないタイプの部屋であるため、差額ベッド代はかからないとのこと。良かったと安堵するが、明日手術だよね、どうやって移動するんだと不安になる。
入院患者識別用の氏名年齢血液タイプバーコード付き耐水コーティング紙が手首にまかれる。退院まで取らないようにと注意される。手術の開始時間は11時。2件目の手術となるため、前の手術終了時間により前後するとのこと。足首、ふくらはぎの太さを測り、手術着と弾性ストッキングを渡される。10時までに着替えるようにと指示。LINEで母に手術開始予定時間を伝える。
主治医がベッドまで挨拶に来てくれる。手の甲に「左」とマジックペンで書かれる。エコー、CT画像の左右について確認をする。気管と甲状腺腫瘍の位置関係についてきくと、「そうです! 足元から写すので左右逆になります」
画像を思い出すと、気管が円となっていた。体の正面から撮れば、気管は上下に伸びる直方体となるわけで、円になっている時点で喉を垂直にスライスした画像だと気づくべきだった。
午後には、薬剤師がやってきて手術後から毎食後に服用する痛み止めと胃薬を渡される。看護師から首の手術跡を保護するためのテープを売店で買ってくるように指示を受け、病棟から売店に向かう。外来患者もゆきかう売店のあるエリアから入院病棟に戻るエレベータが満員でなかなか乗れない。車いすの入院患者が先に待っていたので、空いていたエレベータに乗るように促すが、後でいいと首を振られた。後日実感したが、入院中はあまりにも暇なので、急いでいる人がいればお先にどうぞどうぞ、という気持ちになる。早く病室にもどったところでやることはないのだ。外にいるほうが気がまぎれる。
何も他にすることがなく、持参した文庫本を三分の一まで読み進む。早々に読み切ってしまうのではと心配したが、その後しばらく本を読むような余裕はなかったので問題なかった。
昼食の量が多いな、と思っていたのだが夕食はさらに量が多かった。白米が茶碗ではなくどんぶりサイズで出てくる。食事トレイは可能であれば自分で返却してください、と言われていたので、半分を残し、自分でトレイをワゴンに下げにいくと、トレイにセロハンテープで留められている小さなメニュー票(氏名付き)は取らないように、と看護師に注意される。
すぐにわかったのだが、どれだけ食べたかはすべてチェックされ、完食できていない場合栄養士がやってきてどのような味、形状、硬さなら食べられるかを確認するのだ。これにはうかつな回答ができない。白米の炊き具合が自分にとって硬すぎると回答した老人が、その後おかゆと麺類のみとなり、退院したらもうしばらく麺は食べたくない、と嘆いているのが耳に入った。
翌日からしばらくシャワー禁止となるので、シャワーを浴び、念入りに頭を洗う。シャワー室は2つ、予約制で時間は20分。要介護の患者にも対応しているためか、シャワールームがかなり広い。
21時から手術前の絶食が開始となった。ベッドの上に氏名、絶食開始時間、絶飲開始時間を記載された紙がでかでかと掲示されている。
4人部屋は満室で、耳栓をして健やかに寝た。入院するまでの間、何か忘れていないか、準備に手落ちはないかと、落ち着かない緊張状態が長く続いていた。もはや自分にできることは何もない、まな板の上のコイとなり、墜落するように寝た。
早めに寝たため、朝5時に目覚める。起床時間は6時。同室者を起こさないようにトイレに行き、給茶機で水を飲む。6時半から絶飲となるので、最後の水だ。
7時の朝食時間経過後、看護師が各ベッドを巡回し、体温・血圧・血中酸素飽和度を記録する。手術前に移動する、というので荷物をまとめる。
9時半、落ち着かないので早めに手術着に着替え、弾性ストッキングをはく。すぐに看護師がやってきて点滴用の針を腕に刺し、チューブを固定する。更に他の看護師もやってきて、もうすぐ部屋が空きますから!という。前の患者の退院を待っている状態。
10時40分、空きました!と声がかかり、荷物をキャスター付き机にのせ、点滴スタンドとともに、机ごと部屋を移動する。移動先の部屋で、荷物を開け、手術直後に必要となりそうなもの(コップ、水筒、ティッシュ、マスク、タオル等々)を取りやすそうな位置に置く。
10時50分、手術室へ案内するという若い人懐こそうな看護師がやってきて、自分で歩いて移動を開始する。通常のエレベータを使おうとすると、大混雑中だったので、関係者専用のベッドが3台ほど乗りそうな広いエレベータにぽつんと二人だけ乗って手術フロアに移動する。
11時前、手術室の前で待機。緊張状態の患者に何くれとなく同伴の看護師が話しかけてくれる。誰かといる、ということが必要なケアであることが感じられる。手術フロアは、廊下があり得ないほど広い。ベッドに乗せられた患者が廊下のあちらからこちらからと行き交っても全く問題ない広さである。他の手術室から、朝一の手術が終わったと思われる患者が移動式ベッドでガラガラと運ばれていった。
ほとんど時間通りに手術室に招き入れられる。想像していたより3倍は広い。患者は一人なのに不釣り合いに感じる。医療漫画でみるように、ガラス窓の向こうには見学室のようなものもある。ここでベッドに乗る。小柄な私でも幅が狭いと思うベッドなので、体格の良い男性であれば大きくはみ出るだろう。麻酔をする前に、仰向けに寝て少し膝を曲げた態勢で手足が固定される。
手術を担当してくれる看護師や主治医が横たわった私に挨拶をしてくれる。よろしくお願いします。としか言えない。名前は右から左でとても覚えられない。全身が白く覆われ、目の部分しか露出していない看護師たちはやたら目力が強く、いつか見た中東のマッチングアプリの女性がならんだ画像が頭に浮かんだ。
麻酔のマスクが口に当てられると、その次の瞬間には手術が終わっていた。
名前を呼ばれ、終わりましたよ!と声を掛けられ目を開ける。周りを取り囲んだ3、4名の看護師たちに、手を動して、足を動かして、と立て続けに指示される。何か聞きたいかと言われ、今何時かと聞く。13時XX分ですよ(もはや記憶にない)。輸血はしたか、と聞くとしていませんと回答。その後も足を動かしてみたりと確認が続く。とりわけ目力の強い看護師が笑顔で大丈夫ですか、何かききたいことはありますかと聞いてくれる。気管は切りましたか、と尋ねると、笑顔が固まってそれは先生に聞かないとわからないという。え?そうなの?
冷静に考えると、術後の意識レベルの確認をされている患者が聞くことではなかった。しかし、意識が飛ぶようなつまらない会議でも意見を求められたら瞬時に適切な意見を述べる反射神経が鍛えられているので、何かありますか、と聞かれたら、ついつい意味のある質問をしなくては!と反応してしまうのだ。
そこで記憶は途絶え、気が付くと病室にいた。
鼻から酸素チューブが伸び、点滴スタンドから手首に点滴が行われ、首からは透明の管(以下、ドレーン)が出ている。
おそらくは手術から30分経過。意識の確認、体温、血圧、血中酸素飽和度が測られる。
その後、1時間置きにバイタル、痛み、しびれ、麻痺を確認される。痛みは感じないが、口がカラカラだと訴えてもそれは仕方ないとスルーされる。起き上がってはいけない。絶対安静。断続的に睡眠と覚醒を繰り返す。自分で体を動かすことができない。
15時ごろ主治医がベッドサイドにやってきて、気管は切らなかったと教えてくれた。
16時半、看護師がやってきてベッドから起き上がるようにと指示をする。鼻から酸素チューブを抜く。水を口に含んで飲むと、大きくむせる。「むせてますね」すかさずパソコンに記録される。生理食塩水に加え、抗生物質が点滴される。首のドレーンの先はシャンプーを入れるような透明なプラスチック容器で、赤い液体が少したまっていた。点滴スタンドを押して、歩行可能であることを確認する。トイレは自力で行くということだなと理解する。母親と友人にLINEで手術終了、意識回復を連絡する。倒れるように横になるが、自分で体をずらして体位を動かせるようになった。
17時頃、主治医がやってくる。傷口、ドレーンをチェックして「順調ですね」と満足げに帰る。
手術後少しそれこそ10歩ほど歩いただけなのに力尽きて横になっていると、18時すぎに流動食が運ばれてきた。まったくお腹が空いていない。しかし、食べるべきだろうと体を起こす。体に力がない。全くない。エネルギーが完全に切れているのだ。トレイのメニュー票には、重湯、スープ、栄養ジュースの他、手書きで「牛乳」が追加されていた。これは「君なら飲めるよね?」という挑戦なのだろうか。おお、飲んでやろうじゃないか。と気合を入れる。しかし、少し重湯を数口入れるだけで胃が重い。少し食べては横になって休憩をし、時間をかけて食べ続ける。水分ばかりでお腹がちゃぽちゃぽ限界を感じたので、カロリーのありそうなものを優先し、無色透明のスープを半分残し、あとは完食した。食後の痛み止めの服薬を開始する。
19時ごろ、主治医が見慣れない若い女性を伴ってやってきた。研修医だという。退院まで回診などに来るという。いかにも生真面目で肩に力が入っている。よろしくお願いしますと挨拶をする。
しばらくのち、トイレに立ち、ふと病室の入り口にある洗面台の鏡を見て、愕然とする。首の左に手術の傷口があるのかと思えば、首のど真ん中に真っ赤な一文字がひかれていた。やや左が長い。切開痕から更に左へ三センチほどずれたところから透明な管、ドレーンが出ている。透明なボンドで留めてあるので傷口が丸見えなのだ。まるでフランケンシュタインだ。ただ、高さは想定よりかなり低く鎖骨の直上ぐらいであり、襟足の短いハイネックでも十分隠せるだろうというのが慰めだった。
初めて目にする赤い傷跡は、衝撃だった。
夜間、点滴、ドレーンの確認見回りにくる看護師の懐中電灯に何度か起こされるも、十分に眠れた感覚をもって起床時間前に目覚める。明らかに前日の夕方より体力が回復している。
起床時間後、看護師が巡回し入院患者のバイタルチェック、お通じ確認などが行われる。前日濃い紅だったドレーンの液体が、透明なオレンジ色になっている。質問をすると「おー、順調ですね!」と言われる。出血が止まってきたサインだという。プラスティック容器に、本日の日付の印がマジックペンで記載される。メモリがあり何mlたまっているかわかる仕組みになっている。
7時過ぎに朝食がくる。おかゆ、牛乳、バナナ。量が多くないですか? とにかく回復のために気合を入れて食べる。気持ちは完全にフードファイター。
トイレ、給水で廊下を歩くたびにすれ違う人を傷あとでビビらせている気がする。傷口をこれだけさらしている患者が他に見当たらない。しかしドレーンの管が皮膚に張り付けられており、隠すことも難しい状況だ。そもそも見た目を取り繕い、整えようとする気力がない。
9時すぎから、入院患者の診察が始まる。入院フロアにある診察用の部屋に順番に呼ばれる。呼びに来たのが昨日の手術室で会った目力つよつよ看護師だった。診察は初顔の中年男性の医師だった。手術をした三人のうちの一人だろうか、年齢的に主治医の上司だろうと推測する。傷口、ドレーンを念入りに確認し、鼻から内視鏡を入れる。声帯を動かしてチェックをする。「水でむせていたらしいですが、左の声帯が動いていないですね」という。手術で声帯のまわりをひっぱったので、一時的な麻痺で戻る可能性は高いという。
そうか、手術の影響がでているか、と少し落ち込む。声帯機能の低下により、声がかすれる、割れる、嚥下がしづらくなるという事前のリスク説明は確かにあった。
12時すぎに昼食。おかゆ、魚、カボチャ、サラダ、お吸い物とやはり完食するにはかなり気合が必要な量がやってくる。とにかくおかゆの量が多い。
食後、抗生物質の点滴が始まる。これが終われば、生理食塩水の点滴が残っていても点滴は終わりになるという。これだけ食べていれば点滴でエネルギーを補給する必要はないだろう。
大部屋の病室内でトラブルが発生する。80を軽く超えている老女の大切な持ち物が紛失したという。入院期間が長く、別のフロアからの移動もあった。不機嫌で怒りが爆発している老女を4、5人の看護師がなだめながらあらゆる引き出し、荷物を開けてゆく。更に老女の怒りの声が響き渡る。クレームの内容は持ち物から、病院、看護師、訪問看護師、息子、嫁と際限なく広がっていく。
通常であれば、トラブルの現場から遠ざかればよいのだが、ほとんど動く力がない。他の同室者はとっくに出ていった。あきらめの極致で聞くとはなしに聞いていたが、だんだんとこの老女は寂しいのだな、と理解した。一人暮らしで人工肛門で訪問看護を受けていて、普通の会話では相手にしてもらえない。クレームであれば、立場の弱いものが応対せざるを得ない。
15時すぎ、母が見舞いにくる。携帯を指定したのに、手術後病院から携帯ではない家電話に連絡があり、父親が対応したらしい。私が受けるつもりだったのにとぷりぷり怒っている。さらに、数日前家族がけがをして救急車で運ばれていたのだと、新事実を知る。何か色々話したいことが溜まりすぎているようで話が止まらない。座った姿勢で話を聞き、うん、うん、と相槌を打ちながらドレーンを見ると、赤い液体が出てきている。やばいのでは。
更に追い打ちをかけるように診察の案内がやってくる。母を待たせて診察室に行く。またもや初顔の中年女性の医師。手術対応の3人目だろうか。年齢的にこの人も主治医の上司に見える。傷口を確認し、腫れていないですね、と頷く。ドレーンの先のボトルを見て、明日抜くのは無理かな、ちょっと多いなとコメント。ええ、さっきからいけてない気がしていました。
この日手術結果のチェックに来たような中年医師2名と手術室の看護師は、その後会うことはなかった。
とにかく退院するには、ドレーンを抜く必要がある。起き上がると体液が出やすくなる、と理解する。可能な限り横になって過ごすこととする。ベッドに横たわったままドレーンと、声帯についてスマートフォンで調べ続けた。ドレーンがあるためシャワー禁止で、おしぼりで体をふき、ドライシャンプーをする。
今まで頭を占拠していた手術の結果が良好だったため、仕事の心配が始まる。
定例会議の日程、今月の予定、必要な連絡などが頭をぐるぐるする。早く退院しなくてはと焦りだす。
16時過ぎ、主治医が病室にやってくる。再度内視鏡を入れて声帯を見たいという。一時的に麻痺していても三か月ぐらいで大抵は戻るのだが、手術で神経には触らなかったので、状況を確認したいという。おそらく、手術については自信があったのだろう。手術の結果一時的にしろ麻痺が発生した、という判定は不服なのだと思われた。
頻繁に確認されるのだが、不思議なほどに首の手術のあとは痛まない。私は8時間以上寝ると頭の重みで頭痛になる。この24時間で21時間ぐらい横になっているのにまったく頭痛がしない。鎮痛剤ってすごいな、と感心する。
新たに同じ病室入ってきたアラサー女性は、救急車で病院に担ぎ込まれたらしく、平静を装っているが自分の重大な病気をまだ受容できていない。時折上ずる声が痛々しくアラフィフおばさんの胸が痛む。
病室内の空気が重すぎる。看護師がバイタルチェックや食事を運んできたときに、意識して明るく大きな声で「ありがとうございまーす」と返事をする。よどみすぎている空気を軽くしたい。
最近、なんかSNSで、一言で言えば「加齢の責任」「相応しい加齢(をしていない)」とでもいうのだろうか?そんな意見を見かけるようになった。
世間的に若者がやると見られている趣味を老年になっても続けていたり、若々しい初老の人などをみて、「年相応の〇〇を果たせ」と言いたげな、そんな何かだ。
しかし、私には若々しいといおうが幼く大人げないといおうが、「年相応」でない老人の何が悪いのかよく分からない。
そもそも私はあまり他人の年齢とか性とかに興味が沸かず周囲や国家権力が口を出すべきではないと思っているので、
20歳差のカップルが誕生したとか、50代のサッカー選手がまだクラブに在籍しているとか、そういうニュースに怒り出す人たちの気持ちなどもよく分からないのだが。
ただ、「加齢」=「肉体及び外見的に老人になる」のは私も当然そうで当事者ではあるので、関心を持っている。私は今30代前半で、多分もう言い方によればオッサンオバサンの列に並んでいる。
「加齢の責任?が具体的に果たされる社会」がどんなものなのかまず知りたい。
40歳の誕生日を迎えたその日に「ああ、私は壮年になった。しかめっ面をしよう。会社の部下に対し以前より20%増しに冷たくしなければならない」という感じなのだろうか。
ある場所で、「最近は老人が『壁として』振る舞わないからひいては若者が、国家全体が劣化する」みたいな文章も見た。
この場合、例えば何かの会議で効率的で実現可能性のあるプランが提案されたとしても、それが年下によるものである場合、内心で納得していても『年上としての責任』で理不尽にも見える拒絶をまずはしなければならない、という感じなのだろうか。
そういう不毛かつ非効率なやりとりをやり、わざわざ文字通りの「老害」(それが演技なのかもわからない)になることを受け入れるのが、「相応しい加齢」の妙だというのだろうか。
ここまで書いていて、学校なり部活などの人間関係で(創作などでも時たま現れる)「実はあなたを思って『冷たく』『厳しく』接していた」「(上司や教師や親の)理不尽な行いも実は成長を願って行われていた」とか、ああいう不毛な振る舞いのことを思い出した。
こういうものってそもそもどうやって外部から具体的に、「観測」するのだろうか?(観測という言いかたが正しいのかも分からないが)
昔のいろいろな作品にも出てくるが、創作として描かれるにしても当時は「それが相手に受け容れられていた」「感受されていた」ことが前提になる。
つまり、50年前の時点でも、「他人に当たり散らすだけの・利己心の『パワハラ』老害」と、「人のためを思って行う愛の鞭好々爺」的なことは区別されていたはずだが、現実の様々な事例を見る限りそんな区別は実際には通用しているように見えない。
少なくとも現時点での私の結論は、「年齢なんかに縛られず好きに生きようぜ」、である。
70歳の老人が盆栽をいじってもガンプラをいじっても少女漫画を読みふけっても問題ない。20代のいる飲み会に70代が参加しても問題ない。
それを「あれは相応しい加齢をしていない」「若者はむしろ迷惑している」という方が問題がある。当事者間に問題があるなら当事者間が解決すればいい。だがSNSなどの風潮は全く関係ない。
こんな夢を見た。
『2025年12月のある真夜中、モスクワは崩壊した。何が起こったか世界は知りえなかった。12時間後、北京政府は地球外からの侵略者に備えると宣言し、シベリアに軍を派遣した。しかしその軍は跡形もなく崩壊してしまった。その12時間後、北京も崩壊した。
まだ世界は何が起こったか理解できなかった。その中で朝鮮の太っちょは側近を連れシベリアに向かった。彼はロシアと中国に何があったか少し知っていた。太っちょがシベリアにつき、何者かに接して24時間後、朝鮮軍は全長20kmを超える三機の漆黒のモノリスの助力を得て南進した。南進開始より48時間経たず、南の国家は崩壊し、太っちょは朝鮮半島の統一を宣言し、アメリカのトラ大統領他中国周辺の各国首脳を、ピョンヤンに招くと伝えた。
崩壊したモスクワでは、朝鮮半島とは別の深紅のモノリスより現れた仮面の人物により新生ロシア政府の成立が宣言された。ウクライナに即時の現状維持での停戦を求めたが、ウクライナはそれを拒否した。そして、言ったはずだ!同志になれと!!なぜそれが判らなかったのだぁ!!!とのメッセージとともにキエフもまた崩壊した。キエフが崩壊してから24時間後モスクワからリヴィウに、今度は蒼鉛のモノリスが向かった。時を同じくして、何かを知っていたローマ教皇がバチカンに集めた枢機卿を引き連れてウクライナに向かった。モノリスはリヴィウにつき、中からでてきた初老の男性がプッチン以下をウクライナに引き渡した。ローマ教皇一行はモノリスからの人物の前に跪き、神よとあがめたが、その人物は、神とは違うのだよ!神とは!と答えた。NATO各国も初老の男性に接触しようとしたが、すぐさま蒼鉛のモノリスとともに消え去り、詳細を得ることはできなかった。
数日後、トラ大統領他中国周辺国家の首脳は日本に集まり、事前協議をした後、横田基地より米軍機に乗りピョンヤンに降り立った。朝鮮の太っちょが議長となり、各国首脳とモノリスから現れた人たちの会談が開かれた。主を失った中国は、当面周辺各国が進出し、難民の流出を押しとどめ、分割統治が行われることが決まった。日本は現地人の対日感情が悪いということで、何ももらえなかった。朝鮮軍の南進によって捕虜となっていた在韓米軍はモノリスの人物の好意で、モノリスによって丸ごと横田基地に運ばれることに決まった。トラ大統領一行もモノリスに同乗し、その技術力に目を見張った。
横田基地に帰還したトラ大統領一行により、詳細の発表が行われた。失われた十部族が帰ってきたのだと。十部族は地球帰還に際し、無人のシベリアを帰還地としてロシアと交渉していた。おりしもウクライナ戦争で不利になったプッチンが、台湾進攻を企てていたプーとともに、十部族の持つの技術を奪取しようとしたが、返り討ちにあったのだと。
敵か味方かわからない十部族について世界各国は動揺した。それを静めるため、太っちょとトラ大統領の計らいで、後日十部族の長たちが国連で演説することとなった。
数週間後、白銀のモノリスで、十部族の各長が国連に到着した。降り立ったのはすべて女性であった。そして、その長達によって驚くべき歴史事実が公表された。
ユダヤ一神教の神とは、宇宙航行種族であったこと。航行種族が地球を発見以来、詳細な人類史の記録があること。知性の萌芽を見つけた宇宙航行種族は、宇宙の法を教えようとしたが、ユダヤ民族以外は受け入れなかったこと。十二部族が他民族に滅ぼされかけたので、従った十部族だけ緊急に航行種族のルナベースに保護されたこと。ローマ帝国成立後、航行種族は介入を止め、観察に徹したこと。
イエスは十部族と関連があった人物であったが、規則を破り、他民族にも宇宙の法を広めようとしたこと。6壺のワインと、5000人分のパンをUBERで注文したが、代価を払わなかったこと。そのため罰として、地上で処刑されるとき見放し、のちに復活させて収監したこと。大陸の東の孤島に収監する前にローマから逃げるパウロに会わせたことが、偶然カトリック教会の礎になったこと。現地妻との間にできた子供に誕生祝いのコップを贈っているが、それは聖杯ではなく収監先の津軽焼のお土産であること。
この時イエスの拘束された写真が表示されたが、聖骸布とは似ても似つかぬ、丸顔に無精ひげのおっさんであった。
そして、マホメットとは十二部族とも航行種族とも何の関係もないことが語られた。
世界はパニックに陥った。ローマ法王はまだ沈黙を続けている。イスラム圏では、それでもイスラム教を信じるもの、棄教するものとの争いになった。
まだ公表は続く、七十人訳聖書の誤訳について、旧約聖書の舞台は現代のイスラエルではなく、紅海の東岸、イエメンとサウジのある場所であること。
十戒を下した場所が特定され、出エジプト記のルートも従前言われたエジプトからではなく、アラビア半島内での逃避行であったことが明示された。
(そりゃ国家成立後70余年掘り返してみてもユダヤの遺跡なんか見つかるわけないわ、各国の聖書考古学者は嘆き、その人生を後悔した。)
イスラエルにいるユダヤ人とは血統的に十二部族とは関係がないこと、それ以上にパレスチナ人の方が残された二部族に血統が近いこと。
ローマ帝国の滅亡により、帰還が1000年遅れたこと。そしてローマ帝国の滅亡の轍を再び踏もうとしたため帰還予告を送ったこと。
ファティマの預言とは、十部族の帰還の予告であった、百年待っていて下さい、きっと逢いに来ますから。その時までに文明崩壊をさせないようにという警告も含めていたことであった。なぜファティマが選ばれたか?それはたまたま十部族の地上関係者の居住地の近くだったに過ぎない。
日本神話とギリシャ神話、インド神話はそれぞれ実際に起こったことを神格化したに過ぎず、アトランティスは現在のドニャーナ国立公園にある。
そして、所定の場所を掘ればそれなりの遺跡が出るとのことだった。
バベルの塔は、塔ができたことにより、いろいろな言語を話す人たちが集まってきたが、落雷で壊れ、その時の混乱が大げさに伝わったものだった。
ノアの洪水はかつて地中海は干上がっていたが、そこに黒海より水が流れ込んだ時の出来事であったとか。
(まぁ、昔だから距離とか偉業とかは口伝で正確ではなく、記録が定まったときには大げさになってるだろうと、各国の歴史学者は妙に納得した。)
ムー大陸とノストラダムスの予言に至っては、チャーチワードの詐欺でありまた、詩集を他人が勝手に拡大解釈したものとバラされた。
(カルト宗教や陰謀論の信者たちは、それでもこれらを信じた。)
航行種族より十部族にも公開されてない史実があるらしい、それは総会後の雑談でもたらされた。
インダス?シュメール?あれはねぇ、ちょっとした失敗らしいの、前だから詳しくは教えてもらえなかったの。
でね、ピラミッドは航行種族の転送装置を、現地人が真似て作ったもの。真似だから動かないし、時代を経るごとに大きくなっちゃたらしいの。
巨石遺跡や隙間のない石垣は、現地人がやってくれたら法を学んでくれると言われたからやったらしいけど、結局学んでくれず、放置されちゃった名残りだって、等々。
十部族はすでに月の裏側のラグランジュポイントにシオン公国を築いており、地上ではシベリアに基地を持っていたので、約束の地は放棄する方針であった。
そしてルナベースには航行種族の系外へのワープ施設が設置されているとのことだった。(ちなみにこの施設、一回動かすのに13バクトゥンかかるらしい。)
その発表後、ローマ法王は真実の隠匿を認め、カトリック教会の解散を宣言し、マラキの予言通り、最後の法皇となった。カトリックより分派した宗教は、カトリック以上にそれぞれの存在意義を失った。
中東は大混乱に陥った。まず、イスラエルはその存在意義を失った。イスラエルを離れるもの、一個人として残るものと様々であった。
パレスチナ人は、今更ユダヤ教に改宗してどうする?と血統と信教の板挟みに陥った。
サウジイエメンは国内にある聖書の遺跡や約束の地の扱いに苦慮する羽目になった。
欧米では、宗教意義を失った移民と現地民との間の軋轢が高じ、無政府状態に陥った地域もあった。
各国の陰謀論者たちは歓喜したが、思い至らなかったこと、関係者ではなかったことを悔やんでいた。
台湾は将来の中華統一を目指して、関係各国と粛々と交渉を始めている。
太っちょは、十部族の一番弟子、統一の英雄、大朝鮮帝国初代皇帝を自称し、認めたくないものだな自分の有能さを、とにっこにこである。
日本では、少し?物価高になったが、相も変わらず、日常が続いている。
かくして天国の門は開かれた。七つの大罪を背負うものは地上に留め置かれ、七つの徳を成したものは昇天する権利を得た。
なお、日本の女性首脳はまだ踊っている、あぁ時間(とき)が見えると。
おしまい。』
例えば「昔超好きだったゲームシリーズ」にリメイクが出るとするじゃん
俺の感覚では「とにかく忘れないでいてくれてありがとう」とか「新作への希望が見えてきた」とかになるんだよ
でも「昔のゲーマー」に関してはめちゃくちゃアラ探しに必死だったり、その一方でその買ったゲームに情熱を傾けられてない印象があるんだよ
しかも、修辞や例えを沢山使って、時には自分が小学生だった頃のゲームの思い出みたいな話までしてさ
で、そんな風に浸った上で何を書くかといえば、自分がどんな風にゲームを否定したか、だよ
「老眼で目をしょぼしょぼさせながら若い頃を思い出してプレイしましたが、すぐに辞めましたw」
みたいなさ
マジでさ、こいつらってぶっちゃけゲームじゃなくて「自分の思い出」が好きなだけだよな?
「昔はキャラに声が付いてなかったのに、今はボイスが実装されているのが残念」みたいなことを書き込む前に冷静になって考えてみるべきだろ
子供はゲームを遊べば楽しい。それこそクソゲーでも楽しかったよな?
でもお前は大人になったの!下手すりゃ初老!そりゃちげぇだろ絶対プレイ感覚は
で、大人になったら「育てる」みたいな意識持て!無邪気にゲーム遊んで、昔みたいに楽しめなくて、ゲームが悪いみたいに言ってる場合じゃねえんだよ
喪失を成長と捉えて諦め、リメイク発売という慶事を喜び、空気感を作り上げろ!何が不満なんだよ昔好きだったゲームがまた世に出て
あと買ったゲームはカスカスになるまでやれ。それこそ子供の頃思い出せって話じゃん
それが出来ないのなら、忘れろ。愛着を持ってるのは「ゲーム」じゃなくて「思い出」だってことを自覚しろ
身を引け!もうゲームどころじゃねえんだ、お前は!
Permalink |記事への反応(20) | 13:34
ある短期バイトをしていた時、同じように短期で入ったメンバーが50代の腰が悪い奥様とアラサーの私と、同年代だが髪の毛サラサラで肌が綺麗でまつパもしていて20代にしか見えない美人百花系の女性(新婚で、夫の転勤で仕事を辞めて引っ越してきたらしい)だった。
私は面接で「今求職中で⋯」と話しており、やってみたらバイトも案外肌に合っていたので、あわよくば長期採用にならないかと、頑張って⋯いや、かなり必死で働いた。
しかし契約終了が近くなったある日、部長(初老の男性)と、アラサー美人妻が物陰でこそこそと話しているのを見かけた。
部長は私に気づくとそそくさと話を切り上げたが、なんとなくピンとくるものがあって、私は彼女に「もしかして採用の話ですか?」とカマをかけてみた。
すると彼女は予想通り「そうなんですよねー、来月からも来てって言われて。でもまだ迷ってて⋯」と、困ったように言うのだった。
私ならふたつ返事でOKだったのだが、声をかけられたのは彼女であって私ではない。
私と彼女は仕事の面ではさして差はなく(身びいきだが私の方が成果がよかった気すらしている)、何が違うかと言えば、私は冴えないブスで貧乏でメンタル病んで失職中の独身おばさんであり、彼女は職場の9割を占める男性たちが話しかけられるとちょっとテンション上がってしまうような美人で、美容や服にも金をかける余裕がある人なのだった。
あーあ、私が頑張った意味って何だったんだろうな〜と心の中でこぼしながら黙々と仕事をしていたが、帰る段になって、一人で歩いていると急にぼろぼろと涙が出てきて、号泣した。
そういえば誰か(男)が、仲良くなりたいと思った女の子が別の中身がなくて(と彼は思っていて)顔がいい男と飲み会から消えた時、その子に選ばれなかったということがめちゃくちゃ堪えたという話をしていた。
それなんだよな〜。
モテるモテないとか、単に嫉妬というのともまた違っているし、事は色恋沙汰だけの問題でもない。
比べられた結果、選ばれない。それを人生の中で何度も繰り返すことがなんかつらいんだ。
それからしばらくして別のバイト先に入ると、またしても同い年の明るい美人がいたのだが、最終日には男性社員たちが「何かあったらまた連絡しますんで!」「つか打ち上げしません?」と彼女を囲んでLINE交換していた。
彼女はインター出身だか留学経験もあるだかで英語対応できる有能な人でもあったので、能力の面でも、人物としても高く評価されたんだろう。
私の最後の挨拶に帰ってきたのは、軽い会釈と「お疲れっしたー」という短い返事だけだった。
とりわけ無愛想なわけでもなく、一生懸命愛想よくふるまい、毎日しっかり化粧をしてこれである。
インターじゃなくて田舎の保育園と市立小学校で鼻水を垂らして過ごしていたのが悪いのだろうか。
主人が三人の使用人にそれぞれ5タラントン、2タラントン、1タラントンの財産を預けて旅に出て、帰ってきたとき、5タラントンと2タラントンの使用人は預かった財産を元手にして増やしていたが、1タラントンの使用人は主人に責められるのがおそろしくて、財産を一切使わずに1タラントンを丸のまま残しておいたと報告した。
すると主人は財産を増やした二人の使用人を褒め称え、より多くの財産を管理させることにして、1タラントンをそのまま残していた使用人には「お前今まで何やってたの?お前に預けるくらいなら銀行に預けた方がマシだったわ(それはそう)」と叱りつけたのだという。
あらかじめ多くのものを与えられた者は、それを元手に増やしてますます多くのものを手にするのも道理だが、少なく与えられた者は、増やすチャンスだってその分少ないはずだ。にも関わらず、「いや努力しないのが悪いんじゃん」と責められる。
商売をする方だって、1タラントンしか持ってない者より、5タラントン持っている方を相手にしたいのは当然だ。
外見やお育ちがいいというのは多分5タラントンの資本になるのだ。その資本を元手に、持てる者にはさらに多くのものが与えられる。
そして持たざる者は「お前に預けるんじゃなかったわ」と、わずかな1タラントンすら取り上げられるのである。
何の話してるんだかわからなくなってきた。
魅力がないというのはつらいよね。
魅力って何なんですかね。
これは男女分断を煽りたくて「男は美人が好き」みたいな話をしているのではない。
男だって選ばれないつらさに泣いてるのだろう。
せめて自分が何かしら選ぶ側に立った時は、できる限り平等に、公平に人を選びたい。
その結果損をする可能性もあるだろうけれど。
まさしくその通りで、自分でも書きながら少々気恥ずかしく思っていました。何しろ、本当に地道で目立たないことをしている人間が、自分の内面を語り始めると、どうしても話のスケールを大きくしてしまわないと、文章として成立しないのですね。
現実の俺なんて、コーヒーをすすってパソコンの前で唸っている時間の方がずっと長い、もっと地味で、おおげささとは真逆の存在です。河川敷のウォーキングだって、途中でコンビニに寄って肉まんを買うかどうかで延々悩んでいる程度のレベルですよ。
ただ、若い頃には「恥ずかしい」と思っていた、この「おおげさに語らないと自分を保てない」不器用さも、結局のところ、俺の「素直さ」の裏返しなのかもしれません。斜に構えることができないから、全てを真正面から受け止めて、ちょっと大げさな言葉で「頑張っているフリ」でもしないと、心が持たない。
でも、この「おおげさな初老」の文章が、少しでも誰かの心を動かしたのなら、この程度の見栄なら許してもらえるでしょうか。
...なんて、また大げさなことを言ってしまいましたね。ご指摘ありがとうございました。おかげでまた一つ、自分の情けなさを再認識できました。
どの記事のブコメを見ても捻くれたコメントがスターを集めている。
どこか斜に構えたような、素直に内容を受け取らずに「実は〇〇だよね」とか、「〇〇の根拠は?」とか、「〇〇と同じ。」とか。
そんなブコメ欄をスクロールしながら、俺は冷めたコーヒーをすすった。もうすぐ定年が見えてくる年齢で、会社では「初老」なんて呼ばれ方をするようになって久しい。SNSやネットの世界で、あのスターを集めるコメントを書いているのは、きっと若くて頭の回転が速い、人生の斜め上を涼しい顔で歩いているような連中なのだろう。彼らの切れ味鋭い皮肉や、ちょっとした知識をひけらかすようなコメントは、確かに面白いし、ある種の共感を呼ぶのだろう。
俺には、そんな器用な真似はできない。斜に構えるなんて面倒くさいし、素直に「良いものは良い」「頑張っている人は素晴らしい」と、何の裏もなくそう思ってしまう。若い頃は、そんな自分を「素朴すぎる」とか「単純」だと、少し恥ずかしく思っていた時期もあった。流行の服や音楽に乗り切れず、会社の飲み会でも気の利いたジョークの一つも言えずに、ただニコニコしているだけの存在だった。
でも、この年になってやっと分かったのは、素直さや単純さこそが、この長く、ときには退屈で、ときには理不尽な人生を乗り切るための、俺の最大の武器だったということだ。
会社での仕事もそうだ。俺の担当する部署は、地味で、誰もが嫌がるような「後始末」や「資料整理」が多い。派手な新プロジェクトでもないし、昇進に直結するような華々しい成果もない。それでも、俺は毎日黙々と、一つ一つの資料の誤字脱字をチェックし、古いデータを最新の情報に照らし合わせ、誰もが面倒くさがって放置していたシステムの小さなバグを地道に修正し続けている。
「そんなこと、AIにやらせればいいじゃないですか」「もっと効率の良いやり方がありますよ」と、若手は言う。彼らの意見は正しい。だが、俺が手を動かし続けることで、この巨大で老朽化し始めた組織のどこかで、大きなミスが未然に防がれていることを知っている。誰も見ていない、評価にも上がらない、でも会社が、そして誰かの生活が滞りなく続くための、目立たないけれど重要な土台作りだ。
最近、始めたウォーキングもそうだ。カッコいいウェアを着て、ストイックに山を走る人たちの動画を見ては、「自分とは違う」と笑ってしまう。俺のウォーキングは、近所の河川敷を、ただただマイペースに歩くだけだ。膝も腰も万全ではないから、無理はしない。それでも、雨の日以外は毎日続ける。特別な目標があるわけではない。ただ、一歩一歩、地面を踏みしめる感覚。心臓が規則正しく脈打つ音。それが、「まだ、俺は大丈夫だ」という、静かな自信に繋がっている。
ブコメ欄で捻くれたコメントにスターが集まるのを見るたびに、「ああ、俺はあちら側には行けないな」と思う。でも、それでいい。誰にも理解されなくていい。スターも、いいねも、いらない。
俺は、今日も誰かのために、あるいは自分のためだけに、地道で、素直で、不器用な一歩を踏み出す。会社の誰も見向きもしない古い資料の整理を終え、日が暮れる前に河川敷を歩く。斜に構えることなく、ただひたすらに、自分が信じる道を、真っ直ぐに。この単純で地道な「頑張り」こそが、初老の俺の、唯一にして最大の生きる術なのだから。
とある地域イベントで、大学と提携して学生がアプリを作ることになったのね。
そこで大学側から要請があって、地方でしがないプログラマーをやってる俺こと増田が学生が作るアプリの面倒を見ることになったのね。
~~どうでもいいけど追記~~
その大学のゼミから手伝いの要請があって、外部の増田が手伝ってる。
知らない人は知らないかもだけど、別に珍しくもないよくある話。
別に信じてもらわなくてもいい部分だけど。
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
さすが学生たちは若くて吸収する力があって、プログラミング初学者ながらもAIを駆使してアプリを完成に導いたわけ。
「これだけAIが発達してきたらプログラマーも厳しいんじゃないですか?(お前ができてることを学生たちがこんなに簡単にできるようになってしまっては)」的なニュアンスのことを。
そりゃそうだよね。
こちとら30年も地方でプログラマーやってて初老にもさしかかる頃にできてることを、かたや学生たちは20代前半でAI使って1ヶ月でアプリ開発できちゃうんだもん。
そこで俺は言ってやったわけよ。
「そうですね。(サッカーだって小学生や幼稚園児だってできます。
"うちの学生たちだってサッカーボールを蹴ったらゴールに入れられますよ、どうです?すごいでしょう?"
そうですか?私はそうは思いません。
サッカーができたからといって、ゴールにボールを入れられたからといって、プロサッカー選手にはなれませんし、誰もその試合を見たいと思ってお金を払ってくれません。
プログラマーも同じです。アプリが稼働したから仕事があるわけではありません。
とね。
実際、イベント中にWEBアプリとして稼働するために多くのことを増田がサポートしたし、それはプログラミング初学者が1ヶ月の中で想定して稼働にまで導くには無理な部分だったし、絶対に30年の経験がないと先回りできないところだったりするわけで。
お年寄りから子供まで参加する地域イベントで、ペアレンタルコントロール化のスマホでもアクセスできるようにlet's encryptでHTTPSにしておいたり、データーの持ち方的にイベント中にgitの更新がかかるとデーターが飛ぶ恐れがあるんで先回りしてガードしてたり、スムーズなイベントの進行を妨げないようなバックドアを仕込んでおいたり、あえて決め打ちのハードコードを仕込むことで印刷工程に間に合わせたり。
そこでヘルプマークを持った初老の男性がきたのだが、まぁ他の座席も空いているし譲る必要なんてないであろうと思って何かアクションを起こさずにいようとしたのだが、
なぜかその男性は私のところに来て顎をまるでアヒルのように突き出して「ンッンッ」と。
はてなんの事だろうと思っていると、「そこがいいんだ」と言われたのだ。偶然にも、隣の聖母マリア的倫理観持ち主の親父が譲って「どうぞー」って声かけをしたので、まぁ私はええかと思ったのだが、「ンッンッ」と返されるだけ。
あれが今でも許せない。
確かに、優先席はジジイのカスどものために用意されているわけで、18のガキに向いている席でないかもしれない。ただ、横を開けているのになぜ私のところにわざわざ座ろうと思うのか。あれなのか18の私が席にすわっているには気に食わないと言うのか。
自分語りになるが、私は片毒親で生きてきて、メンクリにも行っている。自殺もしようとしたこともある。(医者からすれば軽い抑鬱だけでモーマンタイらしいが)
障害者という枠組みでのうのうと生きてきて、社会から自動で救ってくれて、きっと親もいる。そこは知らんが。なんであんな“強者”に席を譲らなければいけないのだ。18にして人生に絶望し、救いもない私がさらに虐げられなければいけないのか。若者だから苦労しろ?クソ喰らえだ。