
はてなキーワード:写真とは
無理なのかな?
そしたらさ、写真撮らなくても、見たことをそのままHDDに保存できるから便利だよ!
あと脳に空き容量ができるから、新しいことも覚えられるよ!
脳にUSB端子付けるのに抵抗があるなら、Wi-Fiとかで繋いでもOK
でも良く考えたら、外付けHDDではなく、脳をクラウドにアップロードすればいいのか…??
迷う〜っ!!
下記の動画で知ったけど、
Denys Davydov - Update fromUkraine |Wow!UkraineStarted aBig Counterattack!Isit a GoodIdea?
https://www.youtube.com/watch?v=nUjv7gLduIw&t=23m54s (23:54から)
ロシア国旗を含んだヘルメットが許されていたり、亡くなった人という意味では家族の写真が許されているなど、ダブルスタンダード感はありますわね。
「ロシア国旗を含むヘルメットは、国旗がロシア一国だけではない点が処分猶予の余地として考慮されるべき。ただし当然ながら規約違反ではあるので着用を推奨するわけではなく、今後とも着用するようであれば厳しい処分が課される。いっぽうで、ロシアの戦争で亡くなったスポーツ選手の写真を載せる行為は、複数国旗に混入したロシア国旗に比べるとメッセージが直接的であり、そのメッセージに直接的に賛意や反対を表明するものではないが、政治的メッセージを掲げること自体を禁止したオリンピックの精神からの逸脱は大きく、厳しい処分もやむを得ない」
…くらいの、他の事例と具体的に比較した上での、矛盾の指摘と真摯に向き合った丁寧な説明があれば、納得いくわけではないものの、理解はできるんだけどね。(調べてないのでそういう説明が既にあったらすまん)
VT250Fをベースにしたカスタムバイクを発表してたプロダクトデザイン会社懐かしい(その次作はそれをもっと先鋭的にしたコブラで数年後の年賀状に巳年なんでモチーフにしようとおもって大胆にも手紙を送ってみたら丁寧なお返事とともに現在は個人用ホバークラフトを企画中と実機写真が同封されてきた、懐かしい想い出…)
15時。用事が済んで時間が空いたのでお散歩がてら近くの自然公園に行った。さっそくハイキングコース入口にある梅の木からキュルキュルとかわいらしい声が聞こえるので近づいてみると、メジロさんが花を熱心についばんでいるのが見えた。甘党といわれるメジロさんはおやつタイムだったみたいだ。今回は目のまわりの白いフチドリもばっちり撮ることができた。
ハイキングコースではスズメサイズの小さいシロハラさんと、イソヒヨドリサイズの大きいシロハラさんを見かけた。大きいシロハラさんはぱっと見キジバトさんか?と思った。あんなにでかいシロハラがいるんだなあ。
遠くの方で馬鹿デカい声量で「ピッポクゥイ!ピッポクゥゥイ!ピッポ、クゥゥゥイ、ピッポ、クゥゥゥゥイ」とだんだんテンポが遅くなる中音のさえずりをしている鳥がいて、調べた限りではどうもコジュケイさんのようだった。(→https://www.youtube.com/watch?v=i707qUbIa74)コジュケイさんがこの一帯に生息しているという事実にわくわくした。いつか見てみたいなあ。
歩いているうち、ジュッジュッ、ジュッジュッ、という地鳴きがやけに聞こえるなあと思ったら僕の前方のあちらこちらにシジュウカラさんがいて、合計10羽以上いるのがわかってとてもびっくりした。こんなにいるのか!と思った。あの超有名なツツピーツツピーっていうさえずりこそ何度も聞いてきたけれどその姿はついぞ見たことはなかった。ここで暮らしていたのかあ。ハクセキレイさんみたいにそこらへんの住宅街のアスファルトで尾羽をフリフリしたりはしないんだなあと思った。
白と黒の見た目がハクセキレイさんと若干似ているが、シジュウカラさんは目から上が真っ黒なのでわかりやすい。また近くで見ると首のうしろが黄色から黄緑色に染まっているのがわかる。鳥を眺めているといろいろな発見がある。
小雨がぽつぽつ降り出したので帰ることにした。そういえば結局キジバトさんはみなかった。一昨日の雪からかなり冷え込んでいるから他のところに行ったのかもしれない。
梅のところに戻るとまだメジロさんが熱心に花をついばんでいるのが見えたので追加で写真を撮るなどした。ずっとここにいたんだとしたらかなりの食いしん坊さんだ。
ピーター・バラカンです。
私もさ、
ピーターバラカン方式とか逆ピーターバラカン方式とかって言ってそのワード使ってやってみたいなぁって思いつつ、
そんな、
みんなから届いたリクエストに応えるケースなんて無いわよね!って思うのよ。
オリンピック選手が金メダルを取ったときにかじる亀田製菓のお煎餅だったらさぞ美味しいんでしょうね!って興奮冷めやらぬ深海魚のサメヤラヌ鮫ももっと人気のある水族館のアイドルになってもいいと思うの!
遠目で見たら、
選手になにを齧らせたら面白いのか選手権大喜利みたいになっちゃってるし、
応援ありがとうございます!みんなの声が届きました!とか感謝しかないです!って
世界情勢や政治的背景で選手生命を絶たれた何か不安の漂う気の毒な記事かと思って読み進めたら、
表彰台ではしゃいでジャンプしたら金具が壊れて金メダルが壊れたって話。
物理的なやつかーい!って
他にも金メダル壊れたって話ししている現地の選手の声は多いので、
今回のオリンピックの金メダルの紐とメダルの繋ぐ金具の強度どうなってんのよ!?って思うわ。
あんまり時事的なことを書くとあとから色褪せて夏川りみさんばりに古いアルバムをめくったときに涙そうそう!ってまだ泣いてないから!
時代の古さが織り込まれちゃいそうなのであんまりその時のニュースのことは書かないようにはしているし、
私って時代のニュースのアンテナびんびんに張ってますから!って思われかねたりもしないのよね。
とはいえ、
サッカーの三浦知良選手が最年長試合出場記録を揖保乃糸級に伸ばして作る冬の寒いときに大変な作業を彷彿とさせるあの素麺を巧みな職人の手業で棒を差し込んで伸ばしていく作業はみんな必ず見たことあると思うんだけど、
その三浦知良選手が試合に出るようにって監督から指令が来たときに
「おしっこをちびりそうになりました。そのぐらいびっくりしました」って書いて載せてる新聞って全国紙で1紙しかなかったので、
あとの残りの全国紙は無難な「頑張ります」的な意味の内容でまとめられて、
多分これ記者との間柄が人間関係出来てんのじゃないかしら?って思うのよね。
だって、
ちびりそうになりました!ってそうそう全国紙で載せて良いかちょっとドキドキするワードじゃない。
三浦知良選手のことは詳しく知らないけどそういう人柄なのかな?って。
同じ記事でも新聞紙で書いてあること微妙に角度違って書いてあることがあるからそういうの見付けたらよっしゃー!って面白いのよね!
私が好きな外人四コマじゃない方の四コマの二コマ目がションテン低くて四コマ目がションテン爆上がりのやつ、
それじゃない方の新聞のテレビ欄の後ろからめくっていきなりあるようなあの四コマ漫画よ。
傑作四コマ漫画集!ってのを張り切ってみて読んでみたけど、
これなにが面白さに味を加えていてかと言うと、
その四コマ漫画と一緒の紙面に掲載されている新聞記事とのなんか内容がリンクしているか逆にリンクしてないかのあのギャップの面白さがあるのよね!
だからそういう時の一面に乗っている新聞記事と四コマ漫画が内容が関連してそうな感じだと、
ふふってなっちゃうし、
カラオケに行ったときにパフィーさんのカニ食べに行きたい曲をかけようと思って曲名がわからず適当にデンモクから注文した曲は「渚にまつわるエトセトラ」じゃなくて「アジアの純真」だったときに、
イントロぐらいが終わって、
あれ?曲違うくね?って
山崎まさよしさんが桜木町でなにかを探す歌を歌うようにパフィーさんのその歌が「渚にまつわるエトセトラ」だってことにあとから気付くのよ。
でね、
あたかも人間との三歳児の縮尺を麻痺させるような蟹のその一番大きな足が本当に大きく見えちゃう錯覚を利用した写真!
子どもに蟹の足とか蟹持たせて掲げるなよって思うの。
私一瞬!
この蟹大きいかも!って思わず0120ってダイヤル回しちゃいそうになる手を止める歌なんだっけ?ってまたその曲探しにぐるぐる回っちゃうの。
だから、
それなら、
ベビーベッドで寝ている赤ちゃんの横に蟹を並べて取った方が食い初め的な儀式にも見えるし、
そっちの方が潔くない?
あの子どもがカニを持った写真を見るたびに私はカニが食べたい口になるのよ!
もちろんその時の手の両手の格好はダブルピースでカニさん!を正に迫真の演技で演じきるかのよう!
サルカニ合戦の役者の臼、蜂、栗、猿、蟹、牛の糞の中で蟹を演じるなら、
助演蟹優賞の受賞待ったなし!だと思うの!
その賞を受賞したあかつきには、
蟹を掲げた写真を撮って載っけて欲しいの!
注意して蟹広告見てると、
カニだけどイカに子どもが蟹持たされているかってのがよく分かると思うわ。
いちいち新聞を読んでて登場する蟹広告に沢村一樹さんじゃない方の一喜一憂してたら疲れちゃうわ!
うふふ。
いつものみかんの花さく丘公園前駅の駅前商店街の喫茶店でモーニングを決めているわ。
珍しく珍しく、
ションテン上がるわー!
いい休日よ!
起きたときに飲むホッツ白湯ストレートウォーラーで身体が温まるわ。
今朝は雨模様のようなので、
そんなに冷え込みはなかったけれどね。
すいすいすいようび~
今日も頑張りましょう!
「#ママ戦争止めてくる」の清繭子さんの企画 「小説家になりたい人が、なった人に聞いてみた。」の第1回目のゲストは市川沙生さん。
市川沙生さんの、何度落ちても落ちても諦らめなかった百折不撓の信念が読んでいるだけでも伝わってくるし、立場を越えて尊敬できる人だと思う。
この市川沙生さんとの対談を経てなお「#ママ戦争止めてくる」などという、母性信仰丸出しの言葉を使用してしまうのは、呆れる程の鈍感さと空虚さだよ。びっくりだよ。
何とも広告代理店的な、薄っぺらさと空虚さ。このタグに乗せられている人達は気付いてくれないものか。
文學界新人賞・市川沙央さん 「なにか職業が欲しかった」ままならぬ体と応募生活20年の果てに 「小説家になりたい人が、なった人に聞いてみた。」#1
https://book.asahi.com/article/14917541
小説家志望のライター・清繭子が、文芸作品の公募新人賞受賞者に歯噛みしながら突撃取材する。なぜこの人は小説家になれたのか、(そして、なぜ私はなれないのか)を探求し、“小説を書く”とは、“小説家になる”とは、に迫る。連載第1回は第128回文學界新人賞を「ハンチバック」で受賞した市川沙央さん。受賞作の主人公と同じく、筋疾患により車椅子生活を送る市川さんには、「小説家になるしかない」切実な理由があった――。(文:清 繭子、写真:武藤奈緒美)
【あらすじ】
親が遺したグループホームで裕福に暮らす重度障害者の井沢釈華。Webライター・Buddhaとして風俗体験記を書いては、その収益を恵まれない家庭へ寄付し、Twitterの裏垢では「普通の人間の女のように子どもを宿して中絶するのが私の夢」と吐きだす。ある日、ヘルパーの田中に裏垢を特定された釈華は、1億5500万円で彼との性交によって妊娠する契約を結ぶ――。
定期的に考える。
先に記しておきますがこれはただ自分の考えを書き散らして発散したい目的が主であり、何か大々的に議論をしたいとかそういう意図はございません。
じゃあそれこそチラシの裏にでも書いておけよって感じではありますが、ここに書いてみたくなったということでご容赦いただきたい。
あと似たような境遇の方がもしおられましたら、どのようにしているのか教えて頂けたら嬉しいなという気持ちもあります。
自分は女性として生まれて女性として違和感なく生活していますが、服装や髪型の趣味が男性的というか。
かわいいより格好良くなりたい、服をスラッと着たいので胸は普段から平らになるような下着を身に付け、美容室で参考に持って行く写真は男性モデルばかり。おまけに身長が高めで足もかなり大きいのを良いことに靴は冠婚葬祭用のパンプス以外が全てメンズ、服も半分以上がメンズでまかなっています。メンズ向け商品でしか探さないわけではなく好みのものを集めたらこうなっていただけでわざわざ異性装をしようと思ってしているつもりはありませんが結果的にぱっと見で性別が分かりにくくなってしまっている現状です。
自分の事をよく知っている友人や同僚たちは「あなたはちゃんと女性だよ」と言ってくれますが、通りすがりの人には分かりません。
風俗の無料案内所のキャッチに声を掛けられたり、旅行先で話した人に男の子だと思った!と言われたり。大抵の事は紛らわしくてすみません…で済みますが、トイレや温泉となると申し訳なさが倍増です。
向こうも申し訳なさそうに「失礼ですが女性の方…?」と聞いてこられる方、出会い頭に「は!?」と叫ばれる方、自分の姿を見て入口の表示を確認しに戻る方、女子トイレに入ろうとしたら背後から「女の子なのー!?」と叫ぶ子供とそれを窘めつつも「いや、でも…?」といった反応をされる保護者の方……本当に何度も、数え切れない人数の女性を一瞬でも不安にさせてしまったと今となっては反省しています。自分も自分のような外見の人間が女性専用エリアにいたらちょっとびっくりするかもしれないので彼女たちの気持ちは大いに分かるつもりです。昨今のトランス女性が女子トイレを使用云々の話題も相まって、強く警戒されるのも仕方がないと思っています。
そういった反省と共感を積み重ねて、現在は人が並んでいる女子トイレには入らなくなりました。今自分がやっているのは出来る限り外出先ではトイレに入らないようにすること(長時間外出しない、我慢する)、入る場合は飲食店などにある男女の区別がないトイレやコンビニの男女共用トイレを優先して、それらに入れない状況だったら空いている女子トイレか多目的トイレを1分以内に出るつもりで手早く済ませています。もちろん身も心も女性なので男子トイレを利用する選択肢は当たり前にナシです。温浴施設は友人が一緒に居る時のみ、1人では行かなくなりました。
これらの行動でストレスがないと言えば嘘になりますが、そもそも自分が紛らわしい格好をしているのが悪い、それが嫌なら髪を伸ばして一目で女性と分かる服装をすればいいのにその選択をしない自分が悪いと思っているので甘んじていますがそもそもこの対策も正解か分からないし。1分以内で出るとはいえ、タイミング悪く本当に多目的トイレしか利用できない方を少しでも待たせてしまったりしたら?空いている女子トイレに性別の分かりにくい人がいる方がたまたま鉢合わせる女性としては怖いのでは?やっぱり私が好き勝手な格好しなければ良くない?
どうするのが一番誰も嫌な思いをしないんだろうな。
今これ以上1人で考えても堂々巡りな感じがするし、他にやる事をやらないといけないのでこれで一旦おしまいとします。
https://digital.asahi.com/articles/ASV2B26L3V2BUTIL01CM.html
例えば、政府は沿岸を防衛する「シールド構想」を打ち出し、攻撃型ドローン数千機を初めて購入する予算1千億円超を来年度予算案に計上した。高市首相も選挙戦で、ドローンを活用した「新しい戦い方」や長期戦への備えの必要性を街頭で訴えた。
しかし国内では、実戦に欠かせないドローンの訓練が十分にできないという実態がある。
自衛隊の演習場は小規模なものが多く、訓練時にコントロールを失えば近隣の民間地に墜落しかねない。実際に今年1月、陸上自衛隊の演習場で訓練中の災害用ドローンが強風にあおられて行方不明になり、後日約300メートルも離れた畑のあぜ道で見つかる事案が起きた。
写真・図版
また、電波の問題もある。大量のドローンを動かすには多くの周波数帯を使用するほか、敵のドローンは電磁波を放って攻撃するが、そのシステムの訓練も周辺の民間人のスマホやテレビを故障させる恐れがあり、国内では行えない。
そもそも、実戦でどう運用するかも定まっておらず、防衛省関係者は「省内外で『ハリボテ構想』とも呼ばれている」と打ち明ける。
自民が維新との連立時に合意した「次世代動力艦の保有」にも不安の声があがる。原子力潜水艦の導入を念頭にしたものだが、防衛省内では否定的な受け止めが少なくない。
原潜は長期間にわたる潜航が可能で、大型化により長射程のミサイルも搭載できる。ただ、原子炉を扱う専門性の高い人材が必要なうえ、艦も大きくなるため、定員は通常動力型(約70人)の2倍ほどが必要になる。
写真・図版
海上自衛隊の潜水艦「とうりゅう」の艦内。狭いスペースを有効に使うため、魚雷管の下に寝床がある=2025年9月17日、矢島大輔撮影
自衛隊は毎年2万人の定員割れが続いており、特に海上自衛隊は人手不足が深刻だ。中でも、潜水艦は最も過酷な職場とされ、音で他国の艦艇に位置を探知されないようにシャワーは3日に1回。隠密行動のため家族にも出航期間を伝えられない。
ある防衛省幹部は「現実は、映画や漫画のようにはいかない」と話す。
高市首相の「台湾有事」発言以来、日中関係の悪化は深刻さを増す。12月には中国の空母艦載機が日本の戦闘機にレーダー照射する事案も起きた。
連立を組む維新は衆院選で「専守防衛」から「積極防衛」への転換を公約に掲げており、そうなれば中国の警戒をより強めるおそれもある。
自衛隊機による中国機への緊急発進は常態化しており、2013年度以降は年間400回を下回ったことがない。ある防衛省関係者は「現場は疲弊している。防衛強化と同時に、偶発的な衝突がエスカレートして戦争につながらないよう外交努力もしてほしい」と語る。
脂ぎった顔で料理の写真を撮り、SNSに上げては安っぽい快楽物質に浸る。自分の意思で動いているつもりでも、実際は「消化器官の維持管理」という本能に乗っ取られただけのバイオリアクターだ。家畜にすら失礼かもしれない。家畜は生存のために食わされているが、彼らは自ら進んで原始的な報酬系に首輪を差し出している。
美味しいだけの食事。気持ちいいだけのセックス。すべては生物学的にプログラミングされた鎖だ。自分でハンドルを握っているつもりで、ドーパミンという鞭に打たれて走らされている。予約困難な店に並び数万円のコースに舌鼓を打つ。いずれ排泄物へと変わる一時の通過儀礼に一喜一憂する姿は、合理的思考を放棄した幸福の奴隷そのものだ。
今の食事はオペレーションだ。昼はタンパク質と食物繊維、低GIの炭水化物を調達する。夜は完全栄養食とプロテインを流し込む。そこに喜びはなく、あるのは充足だけだ。
このルーティーンを確立して以来、脳は解放された。「今日、何を食べようか」という卑しい悩みから解き放たれ、血糖値の乱高下に振り回されることもない。美食家たちが食後の眠気で泥のように眠っている間、私は常に一定のパフォーマンスを維持し、冷徹に世界を観察しているのだ。
「人生損してる」と彼らは言うだろう。だが、外部環境に幸福を依存させ、餌を与えられた犬のように尻尾を振る人生こそが損失ではないか。
私は自分の脳を、食欲というバグから守りたい。感情に支配された群衆を見下ろしながら、サプリメントを噛み砕く。その静かな優越感こそが、家畜ではない人間としての唯一の証明である。
こいつら絵の前で掲げてパシャパシャ写真撮りまくって馬鹿じゃねえの、もう検索して観ろよ
のんびり肉眼で観てたらパシャパシャパシャパシャパシャパシャパシャパシャパシャパシャパシャパシャパシャパシャパシャパシャパシャパシャパシャパシャパシャパシャパシャパシャうるせえったらありやしねえ
目の前割り込んでスマホ掲げてきたり、絵よりもスマホバカの後頭部のほうが目に映ったわクソが
■シナリオについて
・なんで配信してるのか?
→現代の若者に配信する理由はそこまで必要ありません。大人世代がご飯の写真を撮るくらいの気軽さで配信します。
・歌/推しに救われた
→現代の若者は余白がありません。情報爆発が起こってる今、それに追いつき追い越すため日々学んでいます。
結果として、原始的な行動である歌や踊り、美しさに惹かれるのです。
■キャラクターについて
→ハイスペばかりのキャラクターたちですが、各々欠けているものがあります。
カグヤに家を与え育てたことで、イロハは資金を得て、ヤチヨは失った身体を得ました。
■「世の中への舐め」
これは真逆かと。超かぐや姫!では、物語の中心にずっと「お金」が存在しています。
お金に振り回されながら、苦しみ、楽しむ。
いくらハイスペであろうと、資金が無ければ摩耗し、満足なパフォーマンスを発揮できない。
その問題を身近な手段で解決すると、自ずとインフルエンサー/配信者になるわけです。
あのライブは、客のためではありません。カグヤたちのためのライブです。
レベルとしてはtiktokのダンス動画に近いかもしれません。
例外もありますけど、かなりゆるめのダンスで、途中友達とふざけたりもします。
カグヤたちはアイドルではありません。ヤチヨはともかく、まだまだ一般人のひよっこ配信者です。
制作陣は、ライブの完成度よりも、彼女らの「楽しい」を伝えたかったのではないでしょうか。
だから笑うし、ふざける。身内感がある。
■総論
超かぐや姫!は、シビアな現実を、キャラクターをハイスペに設定することでエンタメ化して伝えている。
映画全体のテンポ感等々から見てわかる通り、明らかに若者向けの作品です。
・お金があれば大体なんとかなる。無ければハイスペであっても苦しい。
・頼れる人がいれば頼り、どうにかなるうちになんとかしよう!
ということを伝えたかったのではないしょうか。
いろいろとダイジェストだったり勢い任せなところはありますが、主軸はここな気がします。
本当にこれがメッセージだったとしたら、推しや配信、ハイスペキャラ、ライブ等でエンタメ化しないとあまりにも重苦い。
重い話が好きな人には刺さりそうですけど、本来のターゲット層に伝わらない可能性があります。
ライブの身内ノリ感も、「なんとかすればこんなに楽しくなれるんだよ!」ということかもしれませんね。
決めるだけで叶っているのはデフォルメ化であり、主軸は別。
超かぐや姫!最高!
もう滅びたが
#ママ戦争止めてくるわの清繭子さんのエッセイも読んでみたけれど
生活感が無くモデルルームのような理想の生活に理想的な夫と子供がおり、生身の人間がそこにいる感じがなかった。
まぁ、夫や子供のプライバシーに配慮しフェイクを入れてわざとそうしているのかもしれないけれど。この人は子供の写真をインスタに上げるような迂闊な真似はきっとしないんだろうね。
一般的なエッセイを読む時に感じる、あるあるや共感を感じない。
多分、この人に向いているのは小説家でもエッセイストでもなくコピーライターなのではないだろか。
北の方向から走ってやって来る車の屋根の上に雪がどっさり乗っかったままな姿を見ると、
囲炉裏にきりたんぽが周りに刺して焼いてあってその炭火の上に自在鉤に吊された鍋に美味しく炊けているぐつぐつ煮えて温かい大根汁をパワーウインドーを下げてお椀を構えている運転手さんにドライブスルー形式で寒いところから来なさったね!って大根汁をお玉ですくってそのお椀によそって振る舞いたいぐらいな、
雪のお便りがきたわ!って感じじゃない?
あの車の屋根にどっさり雪が積もっている車を見ると!
フライパンに乗せて使えるお手軽蒸し網で蒸し料理をいろいろと食材を試しているんだけど、
なんかさ、
むかし、
高速道路の海老名のサービスエリアでインド系屋台トラックがあってチキンティッカかタンドリーチキンか私は詳しく分からなかったけれど、
その屋台トラックで買ったそのチキンがめっぽう美味しくて出逢えたー!って下條アトムさんばりに言って喜んでいたんだけど、
幻だったのかしら?っていうぐらい今また蒸している海老!
もうさ、
私は
帰り道晩ご飯で食べた
で早速海老に挑戦したの。
適当に買ってきたブラックタイガー海老の海老を蒸し網に乗せること10尾!
おおお!
この迫力のあるブラックタイガー海老の10尾ならんだところはパノラマ写真で撮って残しておきたいぐらいな迫力の風景!
ちょっと気を効かせてテクってお酒なんか振り掛けてちゃったりなんかして。
蒸すこと10分弱!
美事蒸し上がったわ!
海老の良いとこ食べ頃になったら恋をしているように赤くなる海老だから今よ!って食べ頃のチャンスを逃さない自信はあるの。
実食!
パク!
うわー!
ぷりぷりで海老の旨味しかない美味しい美味の味がする波の音が聞こえてきそうな感じ!
でもよくよく考えたら海老って
そんな波打ち際で獲れるようなものじゃないわよね?って一旦ここは冷静になりつつも、
むむむ!と海老の美味さの詰まったぷりぷりの身を楽しんでいたの。
でもこれは急に訪れたこの海老のションテン爆上がりの一気な急降下!
急にもう海老飽きちゃった!ってなったの。
この現象何?
今噂の最新AIに尋ねてみたの!
そしたら美味さ疲れだって!
旨味だけしかない海老を食べ続けるとそれに一気に飽きちゃって美味しいんだけどもういらないってなる現象があるんだって。
なーんだ。
言うならば味の素を直接舐めて美味い!って舐め続けてこれは美味しいのか?はて?って
要は海老が美味すぎる故にすぐ舌がその変化のない一定の旨味しかない味に疲れちゃって呆れ命令が脳にいくらしいの。
そんでかー!
あと微妙に殻を剥いて食べるのが面倒くさくなってきたのも否めないこともないこともなさげな顔を私はしていたのかも知れない。
一気に爆上がる美味さの頂点はいつまでもキープできなくて一気に降下する海老への憧れ。
実は、
旨味の甘さしかないので食べ続けるとなんか飽きちゃうというか、
紅はるかもいい蒸しあがりっぷりを披露して美味しいのは美味しいんだけど、
その美味しすぎるゆえのなんかもういいや!ってなる現象になりかけていたけれど、
それは紅はるかを細身の2本を余裕で食べ切っちゃうぐらいの適度な量だから、
半ば飽きる前に食べ切ったこともファインプレーだったのかも知れないわ。
私の今まで蒸し網でトータル10回ぐらい蒸してきた食材の膨大なデータを参照してみると、
鯛・鮭・ジャガイモ・カボチャ・ピーマン・シメジが圧倒的なの!
特に鯛は閉店間際の割引シールのついた爆安鯛を見付けちゃうともうまっしぐら!
リピ率最強かも知れない。
でも人って気まぐれなの私の舌のように。
鯛にも飽き飽きしちゃいそうなその淡泊で水っぽい味に。
でもここでまた最新のAIに尋ねてみたの!
そしたらよ!
とにかく凄い自身なの!
私は導かれるまま言われるがままに、
食べるラー油を買い求めてみて蒸し上がった鯛の白い美しい身の上に食べるラー油をのせて食べてみたの!
うわ!
これまた味変のチャンスきた!って
まあ食べるラー油の味が濃すぎてその味しか勝たん!ってなっちゃうけど、
また鯛の身が良い仕事するじゃない!
これもう、
食べるラー油をのせる器として鯛の蒸し上がった白身があるだけになってない?って
なるほどね!
なしよりのありか
ありよりのありかと言われたら
あり中のあり!だわ!
食べるラー油がチート過ぎて実はあれ単体でもパクパクスプーンですくって食べられちゃいそうじゃない?って悪い予感しかないので、
これはあまりに食べるラー油が美味しすぎて鯛専用兵器にしなくてはいけないぐらいの禁じ手よ。
やっぱり、
確かに蒸しても美味しいけれど、
その美味さの塊ゆえ舌が美味さ疲れを起こしちゃってすぐに飽きちゃうって現象を発見しただけでもまた人類の蒸しの1ページになにかを記すことができそうなのよね。
あとなんだっけ?私がもう一つ蒸して食べたけどそんなにションテン上がらなかった食材って?
あ!レンコンか!
あれは固すぎたのよ。
横着しないで丸ごと蒸すもんだから文字通り噛み切れない歯が立たなかったのよ。
タマネギもまるで食べるオニオンスープや!ってひっくり返る美味さだったけど、
あれはあれで1玉という絶妙な分量が飽きる前に食べきれる感動をキープできたのかも知れないわ。
そうではないみたいね。
だったらとっくに世の中は蒸し料理で征服されているはずでしょ?
蒸し料理があまりに素晴らしくてこれがなぜ世の中を征服していないのかがちょっと分かったような気がするわ。
エビは1尾で充分なのよ!
美味さの塊は食べ続けられないみたいね。
うふふ。
ツナも久しぶりに食べるとツナ!って感じでツナツナ!ってあがるわ~。
夜蒸し野菜ばかりなので、
すいすいすいようび~
今日も頑張りましょう!
まあ色んなバックグラウンドの人間いるから多少変なこととかすれ違いあるのは仕方ないけど、それにしてもヤバいなと思うやつがいる。
ソイツは、ファックスをなぜか取引先に最低2回は送信する。しかも必ず手書きでコメントをいれないと気がすまないらしく、1回目は注文了承した旨、2回目は納品日なんかを書き込んでいて予定変わったりするごとに毎回手書きして何回も送る。ちなみにファックス対応簡素化するための返信定型文の判子がある。それ押してロットだけ下に書いて返信すればいいと確かに教えたんたがなぜか全部手書きにすり替わってる。まあ、ここは社内には害がないからまだいい。取引先には無意味にファックスが複数回きて迷惑かもしれんが今のところクレームはなし。
その後が問題でなぜかファックスした紙の写真を撮ってSlackにアップしてくる。ファックス済みですのようなコメントつけてくるんだが写真が挟まると画面の縦幅かなり取るし他の話してるところに割り込まれると情報が無駄に流れて見えなくなる。それで先日写真のちょうど前のコメント見落としがあり対応が遅れたという事があった。
そこでその手書きマンにファックスしたという内容をこのチャネルに書くな、情報散在するし必要なコメントが流れて邪魔だから注文専用のチャネルかせめて業務用チャネルに書いてくれと頼んだら無視。
そもそもファックスしたという報告は誰もいらない。恐らく過去に相手にファックスが届いてなかったせいかと思うんだが過剰すぎる。
その時は取引先から営業に返信まだかと問い合わせがきて、営業がこの手書きマンにファックス届いてないらしいとチャットした。普通に考えると再送しろという意味だと思うんだが、なぜか何時何分何秒にこの宛先に送信してますが?という返信がきている。営業も瞬時に諦めて、メールで送るからデータ寄越せと言ってその時に写真を撮って送ったのが発端だと思う。
とにかく邪魔なのでこちらが他のチャネルに避難してやり取りを続けることにした。ちなみに写真邪魔というメッセージは無視されていたので後日対面した機会に内容伝わったか確認したところ、意味が分からないから返信しなかったとのこと。情報は流れるものだしこのチャネルの〇〇さんに連絡しているんだから注文専用チャネルに書くのはおかしい!お前らの独自ルールに付き合ってられるか!という主張。こちらから見ればソイツこそが独自ルール量産マンなんだが、こちらに害がなければ自由だから他所でやってくれというだけなんだが。
ちなみに部長にだけ独自ルールというのが確かにあって必ずメンションつけないといけないとか、やっぱり報告は全部メールでくれとか時々ルールが変わる。それには対応できてるみたいなんだが、周りの人間によると部長ルールを社内ルールと思い込んである日突然全員にメールで連絡するようになっていたらしい。
誰も社内の人のメールとか基本読んでないから1人が気づいてチャネルに書くよう伝えるまで延々と独り言のように送っていた。
俺はさ、昔は「図書館で数学する!」みてーな些細な投稿をFacebookで友人にシェアして楽しんでたのよ。
それが今はどうだ?インプ?外発的モチベーションはすべてのやる気をなくすんだよ。
あの頃の俺にとって、数学の難問と格闘してノートを埋める時間は純粋に俺だけのものだったし、それをSNSに上げるのは、ただ「今、俺は充実しているぞ」というささやかな生存報告に過ぎなかった。
誰に評価されずとも、せいぜい身近な友人が数人「頑張ってるな」と「いいね」をくれるだけで十分満たされていたんだ。
しかし、いつの間にか世界は数字という名の毒に侵されてしまった。
投稿すれば表示回数が可視化され、どれだけ拡散されたか、どれだけ見知らぬ誰かの感情を揺さぶったかという指標が、自分の行動の価値を決定づけるようになった。
インプレッションという麻薬は、確実に俺の好奇心の根っこを腐らせていったんだ。
本来なら自分が面白いと感じるから解いていたはずの数式が、いつの間にか「どう見せれば反応が良いか」という計算にすり替わっていることに気づいた時の絶望感と言ったらねえよ。
外側から与えられる報酬や承認は、一度味わえばそれなしでは動けなくなる劇薬だ。
脳が数字の増減に一喜一憂するようになると、内側から湧き出ていたあの静かな情熱は、騒がしい通知音にかき消されて消えていく。
今や図書館の静寂さえも、映える写真を撮るためのセットにしか見えない。
結局、俺たちは自分の人生を誰かに見せるためのコンテンツとして切り売りし、その対価として最も大切な「没頭する喜び」を差し出してしまったんだ。
かつての無邪気な投稿を振り返るたびに、あの頃の自分が持っていた無敵の自給自足的な幸福が、今のこの空虚な数字の羅列よりもずっと価値があったのだと痛感させられる。
他人の目に映る自分を磨くことに必死になって、肝心の自分自身が空っぽになっていくこの感覚は、まさに現代の病そのものだろう。
今回の第51回衆議院議員総選挙で神奈川19区で小選挙区も比例も維新に投票した。とにかく、社会保険料を低くして欲しい、持続可能な社会保険制度にして欲しい、というのが基本にあったが、自民・国民・維新の候補者も良く分からなかったので事務所に電話したり演説を聞いたり選挙公報見て判断した。正直第一候補は国民の候補だった。
## それぞれの候補について
・事務所に電話するもボランティアの中年女性の対応が微妙だった
・YouTubeやX等で見たが、全体的にふんわりしている感じがした。
・最終日に宮崎台駅で演説を聞こうと思ったが、奥さんのポエム調の演説が長かった。本人が選挙区に居るのになぜ奥さんがここまで演説するのか良く分からなかった。本人の演説も全体的にポエム調だった。ハーフの出自で微妙にアイデンティティー政治をしようとしているのが気になった。オバマの広島での演説を薄めた感じ。
・数か月前に赤沢大臣が公民館のようなところへ来て演説会をしていたときに認識はしていた
・事務所に電話して秘書の方が対応してもらったが、結局折り返しの電話なし
・Xで駅前で演説スケジュールを見て行くも、ビラも渡されず、本人から握手などもなかった。ボランティアの人たちと握手していた。本人はYouTube用のカメラに向かって話している感じだった。市議会議員なども演説していたが、そこまで当選させたい感はなかった。
・小泉大臣が来るということでわざわざ別のエリアにある駅に行ってみたが、警官の警備が厳しいわりに演説が全体的にポエム調で、リモートワークでやや時間の融通が利くとは言え10分ぐらいで退散した。
・最終日に宮前平駅の最後の演説も行ったが、動員数は非常に少なかった。高市総理が隣の選挙区まで来たのにこの選挙区には来なかった等内輪ネタ的な内容が多かった。演説後もボランティアの人たちと握手をして写真を撮り、その写真がSNSにアップロードされていた。ボランティアの方のために演説しているようにも感じた。
・菅さんの応援メッセージも見たが、神奈川2区の後継者へのメッセージとの熱量にやや困惑した。数十年前の菅さんだったら、少なくとも2回は握手出来ていたのではないか、と勝手に思った。
・選挙公報を見てそこまで悪くはないと感じた
・たまたま駅前の商業施設前で演説していたので、少し会話をして悪くないと感じた
・SNSやYouTubeの使い方は微妙だと感じたが、国民や自民の候補の組織運営能力と比べてそこまで差があるように思えなかった。
・最終日に宮前平駅の最後の演説も行ったが、微妙に遠いところに居たので、握手は求められなかった。
## 結果を受けて
神奈川19区は最後の最後まで結果が出なかった選挙区の一つで、エンタメとして面白く見ていた。結局国民の候補は借敗率9割以上で比例復活したが、こうしたギリギリの戦いが来り広げられたのも自分が体感した組織運営能力の稚拙さが表れているようにも思えた。
維新の候補は借敗率が3割台だったが、数パーセント高ければ同じく借敗率が3割台だった神奈川10区の維新の候補のように比例復活出来た選挙だった。最後の最後で目の前の自分に握手を求める人たち以外の人たちに語りかけるのを止めていた光景を思い出す。ちなみに、数日前に期日前投票でその本人の名前を書いていた。
この選挙区は人口の5%程度が毎年入れ替わる点、やや人口が増加している点が特徴だと思う。そのため常に新規にどのようにリーチしていくかが問われる。自民の候補は「多摩川格差」の是正なるものを訴えていたが、それは東京に通勤通学する前提の発想で、このエリアで職住近接した生活が出来るならば多摩川の向こうがどうなっていようが関係ない。実はこの地域のある駅のビルをシンガポールのファンドが購入し郊外型ラボにしようとするなど郊外でのオフィス供給の新しい展開があったりする。数年前の財政審議会の分科会で「社会資本整備総合交付金」を都心の再開発に投入する意味はあるのかというような問題提起があったが、そうした議論を発展させることも一つの方向性だと思う。
もともとはURが整備したいわゆる「歩者分離」の街並みが多いが、2000戸数程度のURの供給数だけでなく駅前の一等地で謎の商業活動を行っていたりする。都心一極集中が進むなか郊外にオフィス供給を作ることこそ民間が出来ないことであり、何故民間でも出来ることをわざわざその劣化版として独立行政法人が行う必要があるのか、などを昨今の住宅問題と絡めて議論を提起していくのも良いのではないか。
ちなみに、「歩者分離」の街並みだが自転車での移動が微妙に面倒くさい、国際プールなる施設も近くにあるが設備の劣化が著しい、横浜市営地下鉄が微妙過ぎる(東京メトロや東急に乗るときにすごく快適に感じる)、なども面白いと思う。この微妙な横浜市営地下鉄が新百合ヶ丘まで延伸したとしてどのようなメリットがあるのか、全く分からない。今年の5%の一人として。
人生100年とか言われてるから、まだ半分という考え方もあるが、健康寿命はもっとずっと短い。
東京を出て北関東に住んでいるのだけど、気軽に電車に乗って都内に友達に会いに行けるのは、ひょっとしたらあと15年くらいかもしれない。
この歳になると2、3年会わないとか普通にあるけど、そうなると人生であと5回しか会えないのかもしれない。と思って、去年から意識して仲の良い友人とは会うようにしている。それでも年に数回だ。昔は毎週末飲みに行ったりしていたのに。
元気なうちに、生前葬をやりたいと思っている。葬式に来られても私は会えないし、健康寿命は長くないが寿命は長い親族が多いので、自分もそうなればただでさえ少ない友人が残っていないかもしれない。遠方にいてなかなか会えない友人も、生前葬となれば来てくれるだろう。結婚式はやらなかったので、代わりに盛大な生前葬をやりたい。地元の好きなお店のケータリングを頼んで、私が好きなものだけを出す。かける音楽は当然エアロスミス。友人たちに昔の写真を持ち寄ってもらって、スライドにして流したいな。棺桶に一緒に入れる手紙も強制的に書いてもらおう。私も友人たちに書く。引き出物はたまにお取り寄せする和菓子にする。考えたら楽しくなってきた。これを人生最後の目標にしようかな。
3日前、店舗の前にAmazonの箱が置かれていた。ここは商店街の中で、店の前は人が行き交う道路だ。私有地ではない。
以前、Amazonには「絶対に置き配をしないでくれ」と何度も連絡を入れたが、改善されない。置き配がしなくなったと思ったら、早朝または深夜の配達になって受け取れなくなった。営業時間中に配達してほしいと連絡したら「その時間は配達していない」と言われた。「じゃあどうすれば?」と聞くと「最寄りの場所に取りに行け」とも言われた。プライム会員だが、普通のサービスは受けられないということらしい。ということで、オーダーは極力しないようにしている。
他の人が支払った荷物を道端に放置していくというその感覚が全く理解できない&それを日中には配達できないと言い切るシステムも分からない。
朝イチに店の前に置かれた箱の写真が送りつけられてきた。道路に放置されてる。雨が降れば、雨樋から弾いた雨水で濡れるし、道路に流れてきた雨水でも普通に濡れる。そこに個人情報が記載された箱が放置されている。通りすがりの人たちにさらされている。クソ過ぎる。
CSに連絡すると、中国名の担当者が丁寧に謝罪し「すぐに回収に行きます」という。そしてその報告はすぐにメールしますと。「何度も何度も置き配はしないでくれと頼んである」と伝えても、ただただ平謝り。言ったところで仕方ない。何も変わらないのだから。とにかく荷物を回収してくれたらそれでいい。すぐにメールは来た。定型メールで、いつ回収するかとか、どうなるかとか言った内容は全くなし。
そして出勤しても、箱はそのまま。回収に来るかと思ったけど来ない。で、再びCSへ連絡。再び中国名の担当者(朝とは別人)からエスカレーション。日本名の担当者に代わり「そのまま廃棄してください」だって。なんなのそれ??とにかく何もしないらしい。廃棄だって。それも人任せ。自分でやれよ。クソ過ぎる。
これだけでも十二分にクソッタレだったのに、今日出勤すると店の前に他の人宛の箱が積まれてた。嫌がらせなのか??
再びCS。日本名の担当者に「他の人宛の荷物が店の前に積まれている。すぐに回収してほしい」と伝えると「それはできません」だって。は? 「住所を伝えるので回収に来てください」と言っても「それはできません」だって。聞き間違えじゃないらしい。「宛名のお客様から荷物が届いてないという連絡がないと何もできません」だと。は?意味が分からないんだけど。「ここで荷物が邪魔なんですけど」と言っても「何もできません」だって。
もう日本のルールじゃないよね、Amazon様ルール。意味が分からない。
消費者センターに電話したら「佐川とかヤマトの配送業者に連絡してください」とか言うし。「違います、Amazonが配送してる荷物です」って言っても理解してないみたいだった。結局「交番に拾得物として届けてください」だって。
結局、夜まで放置されたまま。宛名を見ても近所だけど知らない人だし、直接持って行っても気味が悪いだけだし。交番に届けるしかない。で、CSに連絡すると「はい」「はい」「そうして下さい」とサクサク言われた。は?なんで当たり前みたいに第三者が動かなくちゃいけないの?ふざけんなよ。クソッタレ。
近くの交番に届けたら「Amazonの荷物、多いんですよ」「あの人たち、本当に何にも対応しないから」とか、毎度だって説明で、衝撃。
第三者の時間と労力を奪い、最終的には公務員が配達してるの???クソ過ぎないか??
大手の外資ならなんでもありなの? 第三者や行政のリソース奪って商売するのもアリなの? やったもん勝ちなの?
今回の選挙で「金があればなんでもあり」「金があれば権力ふりかざして好き放題」を見せつけられたので、本当にムカつく。
必要もないキャンペーンのお知らせや新商品のお知らせやセール情報とか、別に見たくも無いし邪魔だし、
なんなら迷惑メールじゃん?
でもね。
新人が入りましたー、とか
ワクワク感が違う。
テレビとか車とか冷蔵庫パソコンのセール情報送られてきても人生でそう何度も利用しないじゃない?
でも風俗は違う。
人によって年に1回だったり、週に1回だったり、
まぁ頻度はまちまちだけどさ。
『その気になれば購入出来る』
これがデカい
手が出る価格なんだよね
手が出る価格だからって毎年テレビや冷蔵庫は買い換えないじゃん?
だから、実際に金を使うとか使わないとかじゃなくて、
お、こんな可愛い娘が入ったのかぁ、ニャニャ
で、満足できる。
別に行かなくてもいい。
これはコスパ良いよ