
はてなキーワード:内輪ノリとは
コテコテの左翼が、上から目線で偉そうだったり、粗暴な口ぶりで騒ぐのは、それはそれで不快だ。
しかし、創価学会の内輪ノリは、それとはまた別種の不快感がある。
今回の選挙は、立憲・公明が合体して、「中道改革連合」となっていた。
SNSを開くと、RICEの文字列と、お米の絵文字を掲げた人々がいて、宗教活動のノリで宣伝をがんばっていた。
中道改革連合への応援が、創価学会で埋め尽くされたように見えた。
学会員が公明党を応援することに、私はこれまで特に思うところはなかった。不快感が無いわけではないが、所詮は他人事だったからだ。
しかし、今回の選挙戦では、野党第一党の支持者たちが、創価学会の内輪ノリを見せつけてくる。私が公式情報に触れようとすればするほど、X(旧Twitter)やYouTubeでは、いかにも新興宗教くさい応援コメントが多数付いている状況を目撃するはめになった。
「中道いいじゃん」というハッシュタグ運動も、投稿者をたどってみると、学会員ばかりだった。内輪ノリが酷すぎて、排他的な雰囲気があった。
私はゾッとしてしまった。
他の人たちは、どう感じていたんだろう?
はてなでよく見る「自民党よりはマシ」って言い回し、正直かなりヤバいと思ってる。
だってさ、「何よりマシか」なんて人によって全然違うに決まってるじゃん。
それを前提共有できてるかの確認もなしに、
「自民党よりはマシでしょ?」って“まず絶対の前提”みたいな語り口になるの、普通におかしい。
自民党よりはマシ。
いや、何が?どういう意味で?
ってなるのが当たり前だろ。
ロジックだけで言うなら
「自民党のほうがマシでしょ」ならまだ100歩譲って理解できる。
選挙ってさ、
「より多くの共感を集めて、投票に足を運ばせる作業」なんだよ。
それなのに「自民党よりはマシ」なんて、
組織票を持たないなら、
「理由はこう」
それができて初めて、票が動く。
それもせずに、
「自民党よりはマシ」で全部済ませてるの、
説得を放棄してるだけじゃん。
そんな簡単なことすら出来ないのか?
去年の正月、久しぶりに友人と飲んだ。
その時の俺?
まあ、絵に描いたような弱者男性。
「どうせ顔」「どうせ金」「どうせ運」って言いながら、一人でいる現実を呪って、でも何も変えない。
孤独は怖い。
でも傷つくのはもっと怖い。
正直、空虚だったけど、「俺は悪くない」って言い訳だけは上手くなってた。
酒も回ってきて、俺は例の愚痴をこぼした。
「なんで俺は結婚できねえんだろうな」
すると友人が、間も置かずに言った。
カチンときた。
普通ってなんだよ、俺なりに生きてるわって。
でも、そこから続いた話が、説教じゃなくて実体験だったから、一つも言い返せなかった。
全部、人としての基本だった。
・自分語りばっかするな
・「分かってくれる人だけ分かればいい」をやめろ
これも刺さった。
俺、めちゃくちゃやってた。
「どうせ俺なんか」「非モテだしさ」って。
あれ、場の空気を重くするだけなんだよな。
友人は続けた。
・でも落として終わるな
誰かを叩いて終わる話、聞いてて気分良くなるわけない。
会話って、自分が気持ちよくなるためじゃなくて、相手がそこにいて楽かどうかなんだと、この歳で初めて理解した。
あと身だしなみ。
高い服を着ろ、じゃない。
清潔感。
髪、眉、靴。
それだけでいい。
これもやってみて分かった。
モテるためでも、寂しさを埋めるためでもない。
緊張する。
空回りする。
普通に断られる。
でも、
「居心地悪くなってないか」
そこだけ意識して続けた。
テクニックは何も身につかなかったけど、態度だけは変わったと思う。
運はある。
それは否定しない。
でも分かれ目は、「どうせ無理」って言い続けたか、「変わろうとして動いたか」そこだけだったと思う。
これ、今の時点では本人は「至高の美」だと思ってるんだろうけど、個人的には今後5年〜10年で、彼女たちはかつてないほどの「美の基準の変化」に苦しむことになると予想している。理由はいくつかあるんだけど、整理して書いておく。
まず、これ。彼女たちが本来ターゲットにしていたはずの「経済力のあるまともな男性」層が、すでにこの手の顔を敬遠し始めている。港区女子的な界隈でチヤホヤされているように見えるかもしれないが、それはあくまで「消費対象」としてであって、パートナーとしての「美」とは見なされていない。
経営者や医師、外資系みたいなハイスぺ層と話すと、彼らが今求めているのは「圧倒的な清潔感」と「生物としての健康美」だ。 作り込まれた不自然な造形よりも、髪のツヤ、肌のキメ、程よく筋肉がついた体型といった、「生命力の強さ」に価値がシフトしている。カリカリの整形顔は、彼らにとって「不健康」「メンタルが不安定そう」「金がかかりそう」というネガティブなシグナルにしかなっていないのが現実だ。
じゃあなんで彼女たちは止まらないのかというと、完全に「女同士の内輪ノリ」で美の基準が形成されているからだ。SNSという閉鎖空間(タコツボ)の中で、「もっと鼻を高く」「もっと小顔に」と、互いに「いいね」を送り合うことで、基準がインフレを起こしている。 これは客観的な美しさではなく、もはや「課金額と痛みに耐えた量」を競うチキンレースだ。一般社会や異性の視点から完全に乖離したまま、極端な方向へアクセルを踏み続けていることに気づいていない。
これが一番残酷かもしれない。 今のα世代が大人になった時、今のカリカリ整形顔はどう見えるか。 かつてのバブル時代の太眉やソバージュ、あるいは一昔前の極細アーチ眉がそうであったように、「あ、これ昔流行った顔だ」という強烈な時代遅れ感(=おばさん臭さ)の象徴になる。
「不自然なほど尖った鼻と細い顎」は、将来的に「2020年代に青春を拗らせた層」の制服のように見なされるだろう。若者がナチュラル回帰していく中で、あの造形はあまりにもノイズが大きすぎる。
そして彼女たちを待ち受ける未来は、以下の3つが同時に襲ってくる「詰み」の状況だ。
美のトレンドの変化: これまで信じてきた「正解の顔」が、ある日突然「ダサい顔」「古い顔」として扱われるようになる。
整形後遺症(メンテナンスの限界): 無理なプロテーゼや骨削りは、加齢とともにガタがくる。皮膚は薄くなり、軟骨は変形し、メンテナンス費用は指数関数的に跳ね上がる。
自然老化: どれだけいじっても、生物としての老化からは逃げられない。不自然に引っ張った皮膚と、老いていく肉体のバランスが崩れ、いわゆる「崩壊」が始まる。
このトリプルパンチを食らった時、心身ともに耐えられる人間がどれだけいるだろうか。 「あんなに痛い思いをして、大金を払って手に入れた顔」が、社会から「古臭くて不気味」と評価され、さらに物理的にも維持できなくなる。 その時のアイデンティティの崩壊とメンタルの疲弊は、想像するだけでキツイ。
今、承認欲求のドーパミンで麻痺している彼女たちが、この「はしご外し」に気づく頃には、もう手遅れなのかもしれない。 美しさの定義が「加工」から「素材の健康」へ揺り戻しが来ている今、過剰な整形の出口戦略を考えておかないと、本当に地獄を見ると思う。
最初作った時はオタク用愚痴垢だったのであろうアカウントの不満ががどんどん政治や宗教、女叩き男叩きに矛先を向け始め、内容の量・質共に段階的にヤバくなっていっているのをよく見かける
年老い、学校を卒業し、社会に出ると自分の立ち振る舞いが変わる上、二次創作ばっかしてられないので現実への不満も現れるようになるのだろう。
柳沢きみおがエッセイ漫画でどんどん言動見た目共にシワッシワになっていくのと同じことが愚痴垢にも起きているんだと思う
人が不愉快に老いていく様を目の当たりにすることができるので、オタクは本当に愚痴垢なんか作らない方がいい
・言うほどスッキリしない
フォロワーや家族には言えないことを呟いてストレスを発散することがメイン目的なんだろうけど大概対抗勢力の愚痴垢が絡んでくるのでレスバの応酬にになりフラストレーションが溜まって終わっていく
愚痴用のアカウントとちゃんとしたアカウントで公私をきちんと分けられているとやってる本人は思ってるんだろうけど、普通に悪口や愚痴は一度言うとやめられなくなる上思っているより公私なんて分けられないから、なんだかんだで明らかに表向きのオタクアカウントでも炎上沙汰に言及するようになっていくのがわかる
・徒党ができる
ジャンルやコンテンツ、炎上は必ず飽きがくる。叩くネタは尽きたのに憎悪だけが冷めやらない状態だと、怒りの燃料を共有しあうことで怒りを持続させることが増える
マシュマロやウェーブボックスでネタを集めるうち愚痴垢の内容に共感する人間が増え、旗振ってキレているアカウントがインフルエンサーじみていく
愚痴垢が生まれる理由は大概オタクコミュニティの内輪ノリへの不快感が原因だったはずが、それ自体が内輪のコミュニティに発展していく様子はミイラとりがミイラになるのとほぼ同じ
インターネットで義憤や怒りに駆られてイキ汁飛ばすよりメモ帳アプリに罵詈雑言書いた方が有意義ですらある
愚痴垢は本当に作らない方がいいよ
かつてのxevraやイケハヤみたいに、はてなーならみんな知ってるはずって人がもういないし、内輪ノリがまだ残ってるのかわかんね
下記2つの文章が似ているなと思ってChatGPTに解析してもらった
https://anond.hatelabo.jp/20251004160446
https://anond.hatelabo.jp/20251001142227
どちらも「日本のIT界隈・技術者」について否定的・批判的に語る強い論調が共通しています。
・「日本のIT技術者のレベルが低い」など、欠点・未熟さを強調。
・「他者不在」や「価値観の乖離」など、内向的・自閉的な態度を問題視。
両者とも “日本(国内)” と “海外・世界” を対比軸にして話を進めています。
・最初の文:著者が海外で働いた経験をもとに、「予言が当たっている」ことを語る。
・二つ目の文:東欧・イランなど他国のIT成長を引き合いに出しながら、日本のITが遅れていると論じる。
両者は「意識高い系」「他責主義/他責思想」といった皮肉めいた言葉を使い、読者(IT界隈内)に向けた批判を込めています。
・2つ目の記事:タイトルにも “意識高いITエンジニアたち” という語が出てくる。
・最初の記事:自身の世代・業界経験をもとに、「内輪のノリ」「他者不在」といった言葉を使って語る。
どちらも「過去の経験(2000年代あたり)」を参照しながら、「今」「これから」の問題を語る文脈が入っています。
・二つ目の記事:2008年あたりまでの技術事情を振り返って論じる。
語られているのは「見せかけ・主張」よりも、「実力」「基盤(数学・理論・ドキュメント力など)」を問う視点。
・最初の記事:「ドキュメント力/会話・国語能力が重要」などの主張。
・二つ目の記事:「情報工学・電子工学などの基礎知識が無いと話にならない」などと述べる。
どちらも、ある種の閉じたコミュニティ論(内輪で完結している/他者を拒んでいる)を批判する要素があります。
・最初の記事:「他者不在」「内輪に籠ったまま高め合う」など。
・二つ目の記事:「一般層との乖離」「自分たちのノリが一般に通じない」など
両方の文章から「日本のITエンジニア」に対するコンプレックス的な感情がにじんでいるように読めます。整理するとこんな感じです。
海外経験を引き合いに出し「自分は外を知っている」という立場を強調するのも、ある種の優位性を示したい心理が透けています。これは、裏返すと「日本のIT界隈に属することへの劣等感」や「そこに埋もれたくない気持ち」が背景にある可能性があります。
両方とも「2000年代の経験」「海外との比較」を持ち出しつつ、現役の若手や国内に残る人たちへの苛立ちを強く書いています。
「俺たちの世代はこうだったのに、今はこうだ」という口調は、自分の立場が相対的に弱くなったり評価されにくくなったりすることへの防衛反応のようにも読めます。
日本のエンジニアコミュニティを「内輪ノリ」「他責主義」「基礎知識不足」と切り捨てることで、自分の価値観(基礎力重視、外の世界を知っている)を相対的に際立たせている。
これは「自分は同じ土俵にいない」と示すための心理的距離取り=一種のコンプレックスの表れと言えます。
まとめ
両文からは、「日本のIT界隈に属しながらも、そこに居場所を見いだせない気持ち」「海外経験や基礎力へのこだわりで差別化したい欲求」が読み取れます。
つまり「自分は国内エンジニアとは違う」というアイデンティティを強調する裏に、日本のエンジニア像に対するコンプレックスが透けて見える、と言えるでしょう。
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おれたちについて来れないやつは客じゃないから
べつにITに限った話じゃないよ。
けどコミュニケーションの「内輪ノリ」については諸外国もデカい口たたけないよな、とネタニヤフやトランプを支持する貴様らの大衆を見てると思うよ
そういう国籍抜きのコスモポリタンたちの群れに増田が放り込まれたのならお気の毒だけど、連中これからどう生きていくんだろうな?
連中もまた高コミュニケーション力の内輪ノリで生きてるわけで、コミュニケーション不可能だった下の連中がマジョリティになっていく世の中にどう適応していくのか
興味ある。
昔と違うのは女オタクが昔男オタクがやっていたジャンルのほぼ全領域に進出したこと
一見男向けに見えるジャンルでも、かなり女オタクの割合が多く幅を効かせている
まずこれが昔と全然違い、ぼざろの件で炎上してるけど似たような改変(女オタク向けの配慮)が山程ある ハルヒの時代なんか男オタクの内輪ノリの時代で、女に向けて毒吐いても問題ないが今は女が男に何を言っても問題ないけど逆はあり得ない
インターネットキャバ嬢のホロライバーとかなら男割合高かったので、まだこの手の化石でも大丈夫だろう(最近は女オタクのリスナーが激増してるけど)
昔みたいに男に都合が良く男が癒される女みたいなのは女オタクに敵視されやすいんで存在は激減してる
オタクコンテンツみたいなのってそういう世相が真っ先に反映されやすいんだよ
アニメに癒されて〜とか抜かす元増田=美少女アニメの萌豚で、しかも一丁前にトレンドとか意識してるゴミ
それはな、「高校野球なんて無価値なもののために未来ある若者の心が歪むのは許されないが、国防という大いなる大義のために肉の盾・肉の弾になると誓い自分で人権を売り払った連中が身内で傷つけ合うのはしょうがないから」じゃよ。
高校野球なんてものをやってる奴らのうち、日本の国益に貢献するのは全体の数%もおらん。
大部分は単に自分たちが楽しく思い出作りするためでしかないのに、他人の人権を侵害して平気な顔をしていて、そうして積み上げた壊れた世界観で大勢の犯罪者を生み出し合ってるだけというのが実態なんじゃな。
つまり、多くの日本国民からすれば前時代的な負の遺産であり、人類史にとってのマイナスでしかないわけじゃ。
端的に言えば、高校野球なんてものは将来の犯罪者予備軍を生み出すことと引き換えにするほどの価値がない脳筋クソアホ共のつまらん内輪ノリでしか無いってことじゃな。
対して国防じゃ。
これはもう大きな意味がある。
いざという時に人殺しを平気でやれるような狂人を数万数十万の単位で飼っているかどうかを競い合う「キチガイ人間コロシアム」こそが戦争の実態なわけじゃな。
日本国が保有する「命令が出れば人をバンバン撃ち殺せるような人権意識の壊れた人間兵器」の頭数が減りすぎれば、ロシアや中国が攻め込んでくるのは明白なのじゃ。
「平気で人を殺せそうなキチガイの数」を一定数確保することこそが、そうじゃない1億人の国民にとっての至上命題ということじゃ。
ここで重要なのが、そもそも自衛隊に志願する時点で「いざとなったら人殺しになってもいいと考えるような人権意識軽薄人財」なわけじゃよ。
ぶっちゃけな、そんな奴らが今更「本当に人を殺せるキチガイ」になろうが「そういったキチガイに心を壊されたキチガイ」になろうが、「人を殺そうなんて考えるだに恐ろしい普通の人」からすればどうでもいいんじゃな。
4.5周年を迎えたブルーアーカイブ。たいへん楽しくプレイさせてもらっています。
ただ、インターネットミームになっている「殺してやるぞ陸八魔アル」というフレーズ。あれはどうしても好きになれない。いや、わかるよ。「悪ふざけ」「内輪ノリ」って楽しいよね。元ネタボーボボだし、その理不尽さがネタなんだから理不尽なのが当然というか、そのノリのためには理不尽である必要があるよね。それはわかる。けど、その悪ふざけ、おまえの中の「先生」はするかな? わたしの中の先生は、イオリの足は舐めるし、ヒナの頭皮の匂いは嗅ぐけれど、大切な生徒に対して「殺してやるぞ」なんて絶対に言わない。このネットミーム、愛がないと思う。「いや、これは愛があるからこそのイジリだよ」という人たちもいるかもしれないけど、それってすごく「いじめっこ」の発想にわたしには見えてしまう。
もちろん、「だからこのネットミームを使うのをやめろ」と主張する気はない。ただ、わたしはこのネットミームには愛がないと思うし、「先生」がこのネットミームに乗っかるのは好きじゃないな〜、という好き嫌いの話にすぎない。けど、まあ好き嫌いの表明くらいはしてもいいじゃないですか。
似たような感じで好きではないものに、ユウカのふとももが太いというネタとアリスが淫夢厨というネタがあるが、これは「殺してやるぞ陸八魔アル」に対するほどの強い嫌悪感は感じない。これがなぜなのかは自分でもわからない
雨穴・梨・背筋・澤村伊智、全員小説を買ったことがある。おうみは気になってたけど結局買ってなかった。大森時生のコンテンツも見てる。
ホラー好きで漫画も読むしアニメも見るしゲームもする。好きなアーティストもいる。映画やドラマも見る。
それと同じように広義の「創作物」のひとつだと思ってるからバラエティ番組や漫才やコントも大好き。
だから今回の件は好きな界隈が燃えていて残念に思うと同時にちょっとざまあという気持ちがある。
おうみの件もそうだけど「いちばん美味しいゴミだけ食べさせて」が燃えた件もずっとアーティスト・俳優・芸人といった三次元界隈の人間がやられてきたことなんだよね。
昔のインタビュー記事・テレビ番組を引っ張り出してきてタレントを叩く→過去に差別的なツイートをしていたことを引っ張り出してツイッタラー作家を叩く
深夜放送の番組内の下世話な発言が書き起こされてYahoo記事に載り、深夜放送ということを把握していない人たちが「ゴールデンタイムに老若男女に向けて大々的に見せつけた」と勘違いして「子どもへの悪影響が!」などと叩く→Steamのインディーゲームの宣伝記事が大手企業アカウントに取り上げられ、Steamのインディーゲームがどういう位置づけの作品なのか知らない人たちが「Switchで発売されようとしている」 「任天堂がマリオやスプラと一緒に大々的に宣伝した」と勘違いして「子どもへの悪影響が!」 「差別が!」と叩く
タレントがやられてきたことがこれからどんどん二次元クリエイターに適用されるようになっていくよ。
芸能畑の人間が燃やされた時に、こんな奴らに品行方正さを求めるのはやめようとか、見出しで釣ろうとする恣意的なコタツ記事に惑わされるのはやめようとか、そういうことをしてこなかったどころか「こんな奴らどうでもいい、潰れとけw」とキャンセルカルチャーに加担してきたツケを支払う順番がやってきた。
商業作家になる前から同じTwitterアカウントを使い続けているカクヨム発の作家だとか、
昔の声優ラジオとか、アニメディア・アニメージュのスタッフインタビューとか、二次元オタクの好きな人たちの過去の発言が掘り返されて今の価値観で測られて燃えていくのはこれからどんどん増えていくだろう。
そして自分のSNSでは公的な立場としての発言のみしか許可されず、露悪的な5chノリを出すと糾弾される。
え?なんで?私は/俺は普通の人間なのに?たかがネット発の新人創作者がなんでお行儀よくしてなきゃいけないの?なんでそんなもの求められなきゃいけないの?
それだってミュージシャンや芸人がずっと言ってきたことだよ。印税もらってるプロのくせに何で自分たちは逃れられると思ったの?
オモコロも星野源とコラボしたり雨穴やみくのしんの本がヒットしたりして大きなコンテンツになってきているのに、つい最近の動画では、セブンで買ったせんべいをボロクソにこき下ろしててびっくりした。
増田の言うようにいつまでも内輪ノリ。自分の立ち位置がどういうものかとか自分の発言に対する責任だとか世間に対する意識が薄い。
本当なら「深夜番組/Steamなんだし露悪とかも好きに表現すればいいじゃん」 「たかがタレント/クリエイターに人間性なんか求めるなよ」という風潮になっていくのが理想だけど
今はネット民が一方的に前者だけ燃やして後者だけ庇いだてして正義ぶってる気持ちの悪い状況になってるからどっちも燃えていいよ。