
はてなキーワード:内向的とは
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消灯が早いので、起床時間前に目覚める。夜間に看護師がドレーンが首から外れていないかを懐中電灯で照らして確認するので、何回か目が覚めていたが、良く寝られたと感じる。前日しっかり食べたので、各段に体力が回復している。
しかし今日の目標は、明日ドレーンを抜いてもらうために無駄に動かない、である。
この日から通常の食事となる。朝食にはクロワッサンが登場。カロリーが高いメニューが続くが、完食し続ける。朝のバイタルチェックで、ドレーンにつながるプラスティック容器に本日の日付が書き込まれる。ちょっと多いですね、といわれる。今日もシャワー禁止で、おしぼりで体をふき、ドライシャンプーをする。声帯を動かすために小さくハミングをして音を鼻腔に響かせる。低音は問題ないが、高音は音が割れる。空気が声帯から漏れている。その後もときどき声帯を動かす練習を行った
水筒へ水を汲みに休憩所にいくと、同室のクレーム老女と歩行器老女がテレビを見ながら熱心に世間話をしていた。話し相手がいるのは良いことだ。気難しいタイプのクレーム老女と話の弾む歩行器老女のコミュニケーション能力の高さに感服する。
10時ごろ、診察室に入るとさらに初顔の若い茶髪の女性医師がいた。4人目の医師。主治医と同世代か少し若い。明日、内視鏡しますね、ドレーンは70mlか、明日は無理かもね、とコメント。そんな不吉なことを言わないでほしい。
ベッド上で体を起こさず、ウォークマンを聴いて過ごす。この5年ほど使用していなかったのだが、入院に際して役に立つかもと持参していたのだ。久々の充電にも問題なく動き、大容量メモリ内に保存されている懐かしい曲、プレイリストをノイズキャンセリングでゆっくりと聴く。
体力、気力が激減しているのでスマホは長時間みる気力がなく、本も読めない、スマホでソシャゲの周回を脳死でやる、という気持ちにもなれない。音楽は心の救いになった。特にクラシック音楽と中学生のときに熱中した音楽が良かった。
体のすべてのエネルギーが、傷の修復に投入されている。全身の体積からみるとほんの小さな傷のはずだが、生存に関わる危機だと体が判定している。村上春樹の「1Q84」で、傷ついた野良猫が隠れてじっと動かずにいるように、といった表現があったことを思い出す。そう、傷が治るまでは動けない、動いてはいけないのだ。
今日ドレーンは抜けなかった、明日退院はできない、仕事、連絡、請求書、入金、どうする、どうすると善後策をぐるぐる考え続ける。
昼過ぎ、バイタルチェックにきた看護師にドレーンの状況をきく。全然出てないですよー、と良い知らせ。
師長がアラサー女性のベッドに謝罪に来る。どうやら不手際が2日連続で起こっている。前日は医者、本日は看護師がやらかしたようだ。聞いていると確かにそれはまずいとしか言いようがない失態だった。大部屋にプライバシーというものは存在しない。
回診に来た主治医にドレーンを早く抜いてほしいと訴えるも、ここまで非常に順調に来たのだから少し待ちましょう、抜いた後に体液が溜まって再度穴をあけることになったら大変です、と諭される。
16時過ぎ、研修医がやってきて、傷口のチェックをしたあと、ドレーンからの排出液をためるプラスティック容器を見て首をかしげる。再度手術の傷跡を確認し、今度は主治医を連れてやってきた。主治医も首とドレーンをチェックする。どうやら突然体液の排出が止まったので、ドレーンが曲がっているか、詰まっているのではないかと確認にきたらしい。特に問題はなく、帰り際に主治医が研修医に明日処置の準備をというのが耳に入る。ひそかにガッツポーズを決める。
食事やバイタルチェック、掃除のとき、クレーム老女も看護師やスタッフにお礼を言うようになった。私をはじめ他の同室者が愛想よくお礼を言い続けたのでつられている。まあ、ようやってもらってると感謝しないといけないわな、ともつぶやく。病室の空気がかなり軽くなった。
夜中、寒さと鼻水で起きる。自宅でもときどき発生する現象だ。持参していた貼るカイロを腰に貼り、横になる。朝、鼻水がたまっているが、元気に目覚める。日々、もりもり回復していることを感じる。
朝食に分厚い食パンとバター、ジャムが出る。昼食、夕食はどんぶり椀の白米だし、とにかく炭水化物を取らせる方針のようだ。病院なので当然ながら、毎回塩分はかなり少なく、甘い味付けが多い。
横になってウォークマンでミュージカル、レ・ミゼラブルのサウンドトラックを聴き、感極まって涙を流していると時間が非常にランダムなバイタルチェックがやってくる。やばい、と慌てて態勢を整える。やたらと体温が高く、血圧も高すぎて看護師が眉を顰める。音楽を聴いて興奮していたので、とも言えずなんででしょうねーとあいまいにごまかす。
診察待ちの待機部屋で同室の歩行器老女と顔を合わせる。お話好きの老女はすすっ、と私の隣に座り、すぐに自分の病状を話し出した。マスクで隠れていたが、鼻の手術で顔が内出血が大変になことになっている。私も自分の手術痕について話をして、赤いのって目立ちますよねー、嫌ですよねーと、同病相哀れんだ。
9時過ぎの診察は、若い茶髪の女性医師。予告していた内視鏡を鼻から入れる。声帯を動かし、確認をすると、「うん、右に比べて少し遅れていますが、左の声帯も動いていますね!これならすぐに戻るでしょう」と良い結果になった。主治医も喜ぶだろう。
ドレーンのプラスティック容器と日付をチェックし、「20mlか、ぎりぎりだな、主治医の先生はなんて言ってました?」少し待ちましょう、と言っていたとは言わず「いやあ」笑ってごまかす。「ま、抜きますか」やったね!と心の中で快哉を叫ぶ。
透明の管を抜き、首にできた穴に巨大な防水絆創膏を貼る。この後、バイタルチェックで絆創膏の状況が確認されることになる。体液がにじみでないように、この日も安静に過ごすことを心の中でひそかに誓う。絆創膏に体液がたくさんにじみでて状況が悪いから再度ドレーン、退院NGです! という事態を避けたい。
ドレーンのプラスティック容器をつるす点滴スタンドと別れを告げて、歩きやすくなる。歩行器老女がすれ違う際に、ドレーン取れたのですね、よかったですね!と祝福してくれる。ありがとうございます!シャワーの予約に行き、看護師からもおお、取れましたか!と声がかかる。にこにこ笑ってお礼を言う。大変うれしい。
同室の若い女性と看護師が差額ベッド代について話している。現在の差額なし大部屋に入る前の病室の請求書のようだ。救急で運ばれたときに、家族が第一希望のほか、第二希望の部屋タイプにチェックをいれていたらしい。その第二希望部屋タイプのベッド代である。本人が希望したわけではないので、納得しがたいだろう。緊急入院する際に、そこまで気の回る人も少ないと思う。ただ希望は紙に記載してしまっている。状況はなかなか厳しい。
水筒に水を汲みに行く際、杖を突いて歩く同室のクレーム老女とすれ違う。突然話しかけるのははばかられるので、笑顔で会釈する。和顔施は仏の教え。
母に自宅から仕事用スマートフォンを持ってきてもらう。ざっと情報を流し、不在中に問題が発生していないことを確認、チャットで連絡を入れ、退院日の帰宅後からWeb会議に出る予定とする。大きな心配事が解消し、ようやく安堵する。あとは予定通り退院するだけ。スマートフォンは再度母に自宅に持ち帰ってもらう。
夕食前に、首の手術痕がぴりぴりとするのを感じる。鎮痛剤が切れたようだ。食後に飲む予定であるし、前倒して飲むほどではない。痛むというより、何かがピリッとした、神経が走った、という感じであった。
快調に目覚める。絆創膏は体液がにじんでもなく、きれいである。昨夜看護師に一度貼り替えましたか?と尋ねられたぐらいである。術後、傷の修復に全投入されてたエネルギーが、他の部分にも回ってきたのか、体に力を感じた。
この日は日曜日のため医師は不在、病棟から患者も看護師も激減し、イベントは食事と最低限のバイタルチェックだけで、大変に平和だった。土曜に退院したかったな……。
一番の問題は、私の体力である。前日まで安静に努めていたため、起き上がった姿勢で長時間いれるのか、はたまた長時間歩けるのか、公共交通機関で帰宅できるのか、不安になる。
慣れるしかないため、一時間のうちで起きる時間、横になる時間の割合を少しずつ変えてゆく。食事の量は変わらないのに軽く完食できるうえに、食間に空腹を覚えるほどになった。お見舞いでもらったミカンを食べる。
退院後に傷口をメンテナンスするためのテープの使い方を看護師から教わる。手術前に買っていたテープで、3か月ほどの期間なので、買い替えもいらないだろうという。私の手術跡は大変見えやすいところにあるので大丈夫だろうと言われる。耳の近くなど、鏡で確認しづらい位置に傷跡がある人は大変なようだ。
夕食後のトレイを戻して部屋に帰ろうとすると、クレーム老女が杖もなく一人で歩いてトレイを返却に向かっていた。驚いて思わず目を見張り、ついでにっこり笑って会釈する。
部屋に戻ると、クレーム老女が歩行器老女のトレイも下げようと申し出て、そんな、悪いですよ。大丈夫、私も少しは動く練習しないといけないしね、とやりとりをしているのが聞こえる。誰も悪い人はいないのだ。
真っ赤な一文字の傷跡も、やや色が薄まり、幅が狭くなってきた。
快調に目覚め、しっかりと朝食をとる。母から今日は寒い、気を付けてとLINE。うん、持ってきた服で帰るしかないのだけどね。
診察待機部屋では、退院前の患者が私服で集まる。もう歩行器が不要になった同室の老女とお互いに退院を祝いあう。歩行器老女が先に呼ばれた後、残された若い男性と向き合う。「同じ部屋だったんですよ。男の人の部屋はお話したりしますか」「いや、まったく、全然です」老人ホームやデイケアで女性利用者同士はおしゃべりをするが、男性はしない、という話を思い出した。話をするほうがメンタルには良いと思う。
2日ぶりに主治医と診察で会う。退院ですね、では取りましょう!とドレーン穴に貼った巨大絆創膏を慎重にはがす。穴に貼る小さなシールを研修医が用意して手渡すが、主治医が首を傾げ、いや、いらないですね。このままで。となる。何かにじんできたら、市販の絆創膏貼ればいいです。と言われる。
あまり痛みを感じないのだが、鎮痛剤は飲まなければ痛むのか、処方が切れたあとに痛んだらバファリンなど市販薬を飲めばよいのか、と確認する。甲状腺はあまり痛まないという人が多い、痛まないならもう飲まなくてよい、余った薬は痛んだ時にとんぷくとして服用すればよい、とのことだった。
テープの使い方は教わりましたか、と確認される。はい、すぐに貼るんですよね? いや、ボンドが取れてから!と訂正される。一週間ほどで透明のボンドがボロボロと自然に剥がれ落ちるので、そのあとからテープでメンテをするようにと指示される。
改めてお礼を述べ、頭を下げて別れを告げる。
自動精算機で会計をする。高額療養費に関する申請は自動で行われると説明を受けており、マイナンバーカードの恩恵にあずかる。10万弱の表示に安堵する。命のほうが大切であり、お金のことは考えないようにしていたが、常に不安がどこかにあった。がん保険などに入っていなくても何とかなるものである。自分の治療に関わった人の数、労働時間、機材、薬剤を考慮すると、アメリカなら破産しているかもしれないと思った。
優先座席を利用させてもらい、公共交通機関で一人で無事に帰宅する。
昼過ぎ、ぴりぴりしたものを首に感じる。特に痛くはないので薬をのまずにやり過ごす。その後は鎮痛剤なしで問題なかった。
6日ぶりに誰もいない自宅で一人で過ごす。感受性が高く内向的な自分にとって、これが快適で最適な環境だと何十年も思っていた。入院中は24時間、常に人の気配を感じていた。四六時中トラブルと騒音が発生していた。突然一人の静けさが身に染みて、誰かと暮らすのも悪くはないかも、と思う自分に驚いた。
がんの疑いから32日目で手術、治療開始となった。RTA頑張った。
反省点として、生検から告知まで2週間かかっており、もっと早い日にしてほしいと依頼していれば日数は7日ほど短縮できていた可能性が高い。患者からの働きかけを躊躇してはいけなかった。ただ、様々な関係者のご厚意と尽力で最善に近い対応ができたと考えている。改めて感謝をしたい。
これからのがん治療予定は、摘出した甲状腺から筋肉への転移可能性の検査、甲状腺機能が右半分だけで保持されているかの検査、問題なければ10年間の経過観察となる。
退院直後から仕事を再開し、家事、炊事を始めた。自覚する体力ゲージは以下のように推移した。
| 入院前 | 100 |
| 手術直後 | 0 |
| 術後1日目 | 5 |
| 術後2日目 | 10 |
| 術後3日目 | 15 |
| 術後4日目 | 20 |
| 退院日 | 30 |
| 退院1日目 | 60 →いきなり上がる。 |
| 退院2日目 | 70 |
日常生活でいかに体を使っているか、外科手術・入院がいかに体力・筋力を低下させフレイルとなるのかを実感した。体重は入院前後で変動なしだったが、筋肉量がかなり落ちた。可能なかぎり手術・入院をしなくてすむように、健康に留意して生活をしたい。
長文を最後までお読みいただきありがとうございます。どなたかの参考となればと記録を残しましたが、私には長年の強度の高い運動習慣があり、年齢平均よりは体力・筋力があることを申し添えます。
一番良いことは、この記録が参考となる事態が発生しないことです。
ご指摘、非常に鋭いですね。読み進める中での「食い足りなさ」や「手癖で書かれたような感覚」という違和感は、多和田作品、あるいは近年の「純文学的なSF設定の使い方」に対する極めて本質的な批判だと思います。
「本気で人間や世界の未来に思いを致すような野心」を期待したときに、この作品が提示するダジャレ(献灯使/遣唐使)や、ふわふわした幻想性が「軽すぎる」「ごまかしている」と感じられるのは、ある種、当然の反応かもしれません。
その「小さくまとまった印象」を逆説的に読み解くと、以下のような作家側の「確信犯的なスタンス」が見えてきます。
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多くのSFが「なぜ世界がこうなったか」というマクロな因果律や「人類はどう生き延びるべきか」という大きな野心を描こうとするのに対し、多和田さんはあえてその視座を捨てています。
「タイトルからしてダジャレ」という点は、多和田葉子という作家の最も好悪が分かれる部分です。彼女にとって言葉は「真理を指し示す道具」ではなく、「音の連想で勝手に滑っていく遊び」のようなものです。
本作が全米図書賞を受賞した際も、海外では「福島後の日本を象徴する寓話」として高く評価されました。しかし、日本国内の読者からすれば、現実の震災や政治の混乱の方がはるかに「生々しく、予測不能で、幻想的」でした。
--野心的な問いの不在:「世界はどうなるか」という問いに対して、知的なシミュレーションを行うのではなく、イメージの断片を繋いで「雰囲気」を提示する。これが「深遠っぽい空気を醸し出しているだけ」という批判に繋がるわけです。
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この作品は、「未来を真剣に考えるための知的な武器」ではなく、「変わり果てた世界をやり過ごすための、ちょっとした言葉の慰め」として書かれている節があります。
そのため、本格的なSFや、魂を揺さぶるような文明論を求める読者にとっては、仰る通り「手癖で書かれた小品」という印象が拭えないのだと思います。多和田さんの「言葉の軽やかさ」が、本作では「設定の重み」と上手く噛み合わず、浮いてしまっているのかもしれません。
もし、もっと「吹っ切れた言語的実験」や「逃げのない未来への野心」を感じさせる作品を求めていらっしゃるとしたら、この『献灯使』はあまりに優雅で、内向的に過ぎたのかもしれません。
ちなみに、ユーザー様が最近読まれた中で、「これは本気で人間や世界の未来を問うている」と感じられた作品は他にありますか?(SFに限らず、哲学書や他の小説でも構いません)そちらと比較することで、本作の物足りなさがより具体的に見えてくるかもしれません。
「恋愛をしてみたい」じゃねえんだわ。
まずおとぼけビ〜バ〜の『ジジイis waiting for myreaction』を聴け。
聴いたか?
じゃあ話を始めよう。
あのな、お前が中学の頃どうだったとか高校の頃どうだったかとかどうでもいい。
死ぬほどどうでもいい。
お前の恋愛に対する憧れもどうでもいい。
そんなもんはない。
毎日仕事をし、生活をしている人間が、「この人といるのは楽しい」「会えると嬉しい」「尊敬できる」と感じるのはどんな人間だ?
少なくとも、ただでさえ毎日忙しいのに相手をするのがめんどくせ〜奴や、こちらからの気遣いを要求してくる奴ではないよな?
会う時にいつも感じがいい。
機嫌が一定している。
人の事を悪く言わない。
デリカシーがあり、言いたくないことに突っ込んで来ない。
ふとした時に気が利く。
こういう人間との単純接触を繰り返していくうちに、人としての好感は確実に積まれていく。
要するに人望だ。
人望のある人間は人として好かれる。
一緒にいたい、遊びたい、話をしたいと思われる。
それだけの単純な話なのだ。
そういう人間的成長のための努力をせずに、「初期コストが〜」とか言ってるのかお前は?
バカか??
アルマーニのスーツを着ろとかロレックスの腕時計をしろとか表参道の美容院へ行けとか言ってるんじゃない。
周りの人間に対して能動的に善意を向けられる人間であれと言ってるんだ。
うちの職場は薄給だが、家庭のある人間、彼女のいる人間は多い。彼らは別にイケメンでもオシャレでもない。
たとえ地味な人でも「あの人を選んだ奥さんは見る目あるよね」と言われているタイプは一定数いて、そういう人たちは総じて普段から利他的な行動を取っている、人望の厚い人たちだ。
外向的な人もいれば無口で内向的な人もいる。
問題はそこではないのだ。
だから会話が下手とか口下手とか共通の話題が〜、とかしょうもない言い訳をするな。
お前がフッ軽な陽キャだと思っている人間の中で、自分に自信があって喋るの大好きな、生まれついてのムードメーカーなんて半分もいない。
残りの半分以上は(というかほとんどの人間は)「自分から話振ったりするのは面倒だけど、誰かがやらなきゃ場が回らない」「疲れてるけど顔に出したら場が暗くなるから」という義務感(善意)で、場を回したり自分なりの笑顔でリアクションしたりしてる、普通の人間だ。
コミュニケーションにおいて、見返りを求めずにそういう努力を継続したことはあるか?
口下手でも口下手なりに、黙々と誰かの役に立つことはできる。
見ている人は見ているから人望は必ず付いてくる。
この人になら相談できると思って異性から相談を持ちかけられたりすることもあるかもしれないし、そこでも変な下心を出さずに真摯に振る舞えば、そこからまた親密になるかもしれない。
そんな事は起こらないかもしれないが、起こらなかったからと言って誰も損はしないだろう。
お前が周りからうっすらと「良い奴だな」と思われ続けるだけだ。
それでも同性から人望を集めれば、出会いのきっかけも増えるだろう。
女を口説こうとするな。
自分のことばかり考えるな。
時には割を食ってでも人を助けろ。
ごくごく当たり前の、こういう心構えなんだよ。
お年寄りを助けろ。
道を譲れ。
店員にお礼を言え。
人の話を興味を持って聞け。
相手が興味があることに興味を持ち、相手が大事にしていることを大事にしろ。
それが人を尊重するということだ。
「女だから荷物を持ってあげる」とか「女だから歩道側を譲ってやる」とかじゃないぞ。
男だろうが女だろうが大変そうなら手伝ってやり、そうじゃないなら余計なことはするな。
人として当たり前のことだ。
ここまでやっても好かれないかもしれないんでしょ?僕ちゃん傷つきたくないよぉ〜と言っていたいなら一生やってろ。もう知らねえ。
だがな、40代独身だけどデートして連れ回してほしいみたいな事を書いてた増田もいたが、お前らがやりたいデートだの恋愛だのにおいて「相手が払っているコスト」という概念を忘れてないか???
遊園地で手作りのお弁当食べてイチャイチャしたいと言うとき、相手の女(別に男でもいいが)は、お前と遊ぶために休日の時間を割き、前の日から準備をし、その日やる予定だったことを別の日に回し、何を着るか、何を話すか、何を食べるか考え、楽しい時間を過ごすために気を遣い、頭を遣い、金を使うわけだ。
人生のために大事な資格の勉強とかを後回しにしてお前との時間を取るかもしれないのだ。
そのことをスッポリ考えから抜かして、「女の子に好きなように連れ回してほしいよぉ〜」じゃねえんだわ、甘えん坊か?
タクシー代全部払わされて道中無言でスマホいじっててもいいならともかく、お前らは自分と過ごしてニコニコ楽しそうにしていてほしいんだろうが。
会話を弾ませ、素敵な服を着て、機嫌を悪くすることもなく。
相手にそれを要求していることに全く無自覚なまま、自分は受動的でいいと思ってるのか?
王様かお前らは。
私がどういう立場からこれを書いているのかも表明しておこうと思う。
会社員として、どちらかと言えば男が多めの職場で働くミドサーの女である。
若い頃は別にモテる方でもなかったが、この年齢になって「手近なところでワンチャンいけそうな、レベルの高すぎない独身の女」としての需要が出てきてしまい、下心ありありの非モテのおっさん(同世代〜50代)によく絡まれている。
奢ってあげるから飲みに行こうだの、ご飯食べに行こうだの、チケット取ってあげるから◯◯行こうだの、今暇?だの
うるっっっっせええええんだよ
黙れ。散れ。こっちの反応を横目に窺うようなその気色悪い顔をやめろ。
ワンチャンねえんだよ。
お前らにとっては私はキャバクラのお姉ちゃんやP活より金のかからなそうな手近な女かもしれないが、私はお前らと出かけるために化粧をしたくないし、十年くらい前で時代が止まってるつまんね〜話をニコニコ聞きたくねえんだよ。
それと総じて「◯◯してあげる」って上から目線だけど、どうしてこっちから望んだわけでもないのに実費さえ出せば感謝されると思ってるんだ。
大体、なんにも努力はしたくないけど恋愛はしたいよぉ〜、セックスはしたいよぉ〜、なんつ〜のは、すね毛も乳毛もボーボーに生やした女が鼻くそほじりながら「イケメンにクンニされてえなあ〜ありのまま愛されてえ〜」とほざくようなもんなんだよ。
嫌だろそんな女。
目の前の相手に、「女」という幻想や幻覚ではない、人間としての興味関心を持ち、相手が嫌がるだろうなとか、困るだろうなと思うことはやるな。
https://www.youtube.com/@%E3%83%88%E3%82%AF%E3%83%8A%E3%82%AC-q6z/videos
【千歳くんはラムネ瓶のなか】4巻まで読んでも千歳朔が好きになれない男によるチラムネ4巻の正直な感想【2025年秋アニメ】
https://www.youtube.com/watch?v=vFerA2aUuJU
【千歳くんはラムネ瓶のなか】正直チラムネ5巻は良さもキャラ心情もよくわからなかったです【5巻のネタバレ注意】
https://www.youtube.com/watch?v=8bP_QJmuhqc
肯定的な反応: 多くの欧米ファンは千歳朔を「社会的に成功したリア充」「自信に満ちた好青年」と捉えている。例えば、Redditユーザーは「dense(鈍感)なMCではなく、千歳は王様のような存在で、多くの可愛い女の子に囲まれている」と評し、彼の自信あふれる振る舞いを評価している。また別のコメントでは「MCは非常に有能で、一見したよりも深みがあり、社交性に乏しいオタク系主人公ばかりの中で新鮮な存在だ」とも述べられ、作品中では千歳が「手先が器用で有能」なキャラとして好意的に描かれていることが分かる。レビューサイト「The Outerhaven」でも「千歳は言動がぶしつけで“好きか嫌いか分かれる”タイプだが、物語が進むにつれて裏にある優しさが見えてくる」と分析され、彼の厚い外面の下に隠れた誠実さが指摘されている。プロトンストームによるレビューでも、千歳の「社交性」が共感を呼ぶ要素とされ、「周囲を理解しようとする姿勢が非常に人間味あふれている」と評価されている。これらから、西洋の評価では「意外にも共感できるリア充主人公」という肯定的な意見が目立つ。
批判的意見: 一方で「セリフ回しが演技じみて不自然」「作者(または視点)がわざとらしい」といった指摘も散見される。Redditの視聴者は「キャラクター同士の会話が演劇のように聞こえる」「千歳自身の発言が、現実の高校生とはかけ離れている」と批判し、Oregairu(俺ガイル)風の重厚なセリフ回しが気になるとの意見が出ている。アニメ第1話の感想では「千歳の振る舞いはやや尖って見える」「(作風として)やや取っつきにくい」といった声もあり、好みが分かれるようだ。
主要ヒロイン(柊夕湖、内田優空/瑠唯、七瀬悠月など)への評価
ヒロイン全体の印象: 米英レビューでは、ヒロインたちはいずれも「個性豊かで魅力的」「二次元的ではなくよく描き込まれている」と評価されている。Protonstormのレビューでも「女性キャラは男性陣と同等に丁寧に描写されており、どのキャラも“よく練られた存在”に感じられる」と指摘される。実際、ある読者レビューでは「ヒロインは誰もステレオタイプな駒になっておらず、主人公との関係も自然で楽しい」と称賛されている。
柊夕湖(Yūko): 率直でおおらかな性格が支持されている。Redditでは「Team Yuko(柊夕湖推し)だった」という意見があり、夕湖の奔放さや思い切った告白に共感する視聴者が多い。実際、「彼女は自分の想いをまったく隠さずストレートにぶつけてくる」「素直で好感が持てる」というコメントも見られる。一方で、少数意見ながら「“Queen Skank”」のように揶揄されることもあり、胸の大きさなどをネタにした表現に批判的なコメントも存在する(ただし多くはそれを擁護する声が上がっている)
内田優空(Yua)※瑠唯(Rui)の記載はおそらく優空のことかと思われる: 冷静で落ち着いたストレートマン役として好意的に受け取られている。Redditの声では「優空の声優(羊宮妃那)が素晴らしい」「真面目なキャラで好印象」というコメントがあり、チームのムードメーカー的存在として評価されている様子がうかがえる。特に自転車で千歳と過ごすエピソードなどでの繊細な心情描写を評価する声もある。
七瀬悠月(Nanase):美人でクールな人気者として描かれる七瀬にも注目が集まっている。あるファンは「彼女も自分を演じているように見える」「夕湖と同様に“完璧な人気者”像を維持している」と指摘し、千歳と同じく虚像を演じているのではないかと考察している。また第1話感想では「Nanasewas pretty fake, justlike Chitose」と述べられ、千歳と同様に“嘘の自分”を演じていると受け取られている。ただし「冷静で美しい存在感が魅力的」「役者だけあって表情豊か」といった肯定的意見もある。いずれにせよ、ヒロインたちはストーリー全体で徐々に掘り下げられる余地があると受け止められている。
人間関係・コミュニケーション: 多くの英語レビューは「理解し合うこと」の重要性に注目している。レビューの冒頭にもあるように、「『コミュニケーションの鍵は相互理解への意欲』である」と千歳が説く場面が示され、互いに理解しようとする姿勢が物語のテーマになっている。プロトンストームは「まさに千歳くんはラブコメにおける『相互理解』の役割を担っており、表面的な人気者と引きこもりの対照を通じて人間関係の機微を描く」と解説している。特に、陽気な千歳と内向的な健太(Kenta)の対比が物語の軸になっており、「人気者には聞こえてこない“陰の声”を、主人公が受け止めていく過程が青春らしい成長として描かれる」と評価されている。千歳は外見上は完璧なリア充だが、実は「周囲の期待に応えようとするプレッシャーに押しつぶされそう」な弱さも抱えており、その内面が物語の大事なテーマとなっている。
青春・自己肯定感: 「青春=かけがえのない時間」という楽観的な視点も指摘されている。先述のレディットレビューでは、作者自身の言葉として「青春は本当に最高の時間だ」というポジティブなメッセージだと説明されており、Oregairuの「青春は嘘だ」という否定的な視点とは対照的だと述べられている。このように「青春」というテーマを肯定的に描く試みが、欧米のライトノベルファンからも共感を呼んでいる。
リアル指向の演出:アニメ版でも、自然な高校生活の再現を重視する姿勢が見られる。外部サイトのファーストリアクションでは「典型的な学園ものとは一線を画す“インテリジェントな文体”」として脚本が評価され、ステレオタイプな決まり文句を避けた会話が新鮮だとされている。千歳とクラスメイトたちのやり取り(例:蔵先生との屋上でのやり取りなど)はお互いに毒舌を返し合うなど型破りで、「型にはまった学園スライス・オブ・ライフとは違う」として好意的に受け止められている。
賛成意見:欧米ファンの多くは、作風の新鮮さやキャラの魅力を評価している。LNレビューやRedditでは「文章表現が秀逸で、オタク向け作品にありがちな軽いノリではなく、しっかり読み応えがある」とされる。特にヒロインたちが「大胆で個性的」「性格が立っていて面白い」との評価があり、友人たち全員が魅力的に描かれている点が好評だ。また、作中のしっかりとした「絆」や「助け合い」の描写に共感する声が多く、笑いの要素も豊富で「笑いの量はKonosubaやOregairuに匹敵する」と絶賛する読者もいる
否定的意見: 一方で、「対話が不自然」「シナリオが平坦」といった批判もある。Redditの一部感想では「非現実的な台詞回しで、まるで演劇を観ているようだ」という意見が見られ、「ストーリーが予測可能で、主人公は最後に必ず良い人を救うだけ」「物語として目新しさに欠ける」と評する声もある。アニメ第1話時点では「ヒロインのキャラデザインがやや平凡」「主人公に共感できない(特にオタク視点の視聴者)」といった指摘も上がっており、好みが分かれる要素である。いずれも「安易な異世界ものに慣れた視聴者には癖が強い」と評価する向きがあり、プロットよりも会話や演出に重点を置いた作風への賛否が対立している。
以上のように、欧米のファンコミュニティでは千歳くんやヒロインたちについて賛否両論の意見が飛び交っており、特に主人公の描写や会話の「リアルさ」が議論の焦点となっている。一方で「従来のラノベとは異なる新鮮な青春譚」として肯定的に受け止める声も多く、今後の物語展開に期待するユーザーが少なくないことが特徴的である
「人生の原則」などという時、本人にはしっかりした根拠があるように思っているが、実際に見てみるとその基盤が危ういということがある。
例えば私の知人は「お金の余裕は心の余裕」という原則をお守りのように主張し続けていたが、それを見ると、もっとこう「知足」みたいな内面を充足させる方法だってありうるようにも思えてしまうわけだ。
私の人生の原則の一つに、「睡眠薬のストックを確保しておけ」というものがある。これは、私が特殊なタイプの統合失調症を患っており、錯乱する時は睡眠のトラブルを抱えているケースがほとんどであるためである。
しかし、物事を一般化するとおかしなことになりかねない。「備えあれば憂いなし」という格言があるが「日本終了に備えろ!」と主張する都市伝説Youtuberの言うことを聞くべきとも思わない。
そうすると、極端な原則というのは脆弱になりうるという話だ。もし睡眠不足で錯乱したら、睡眠薬を致死量飲んでしまうことも考えられるという話で、ストックを持つにしても適量というものがある。
では「中庸」は原則となりうるかというと、そうでもない。やはり「極端に避けるべきこと」というのは存在する。
非合法な薬物には一切手を出してはならないし、他人に対する暴力もいけないし、あるいは何が善であるかがわかるならそれを追求すべきだろう。
中庸とは「一方の側が善でもう一方の側が悪である」とは言えない事象に適用可能な概念である。MBTIのテストをするとき、「内向的か外向的か」などと問われるが、どちらの側面もバランス良く持っていて良いのである。
「自分はこういう人間だ」とか「自分はこういうものを原則にしている」というのは、つまるところ遺伝や環境などの諸々の条件において生きやすいと感じた行動傾向ではないだろうか。
しかし人間の人生が高々100年しかないなら、個人の経験がもつ情報量も限定的であり、単なる思い込みと言っていい。
心理学で「科学的に」って言うと、個性を無視した平均主義でしかないし、プラグマティズム的な視点も完全に抜けてるんだよね。
SNSは他人に影響を与えるための道具ではなく、自己の内面を観測して整合性を取る装置として使う。他人が発信して社会の森を動かす中で、自分は観測者として内面を記録し、理解する。この二面性が情報空間全体の平衡を保つ。
下記2つの文章が似ているなと思ってChatGPTに解析してもらった
https://anond.hatelabo.jp/20251004160446
https://anond.hatelabo.jp/20251001142227
どちらも「日本のIT界隈・技術者」について否定的・批判的に語る強い論調が共通しています。
・「日本のIT技術者のレベルが低い」など、欠点・未熟さを強調。
・「他者不在」や「価値観の乖離」など、内向的・自閉的な態度を問題視。
両者とも “日本(国内)” と “海外・世界” を対比軸にして話を進めています。
・最初の文:著者が海外で働いた経験をもとに、「予言が当たっている」ことを語る。
・二つ目の文:東欧・イランなど他国のIT成長を引き合いに出しながら、日本のITが遅れていると論じる。
両者は「意識高い系」「他責主義/他責思想」といった皮肉めいた言葉を使い、読者(IT界隈内)に向けた批判を込めています。
・2つ目の記事:タイトルにも “意識高いITエンジニアたち” という語が出てくる。
・最初の記事:自身の世代・業界経験をもとに、「内輪のノリ」「他者不在」といった言葉を使って語る。
どちらも「過去の経験(2000年代あたり)」を参照しながら、「今」「これから」の問題を語る文脈が入っています。
・二つ目の記事:2008年あたりまでの技術事情を振り返って論じる。
語られているのは「見せかけ・主張」よりも、「実力」「基盤(数学・理論・ドキュメント力など)」を問う視点。
・最初の記事:「ドキュメント力/会話・国語能力が重要」などの主張。
・二つ目の記事:「情報工学・電子工学などの基礎知識が無いと話にならない」などと述べる。
どちらも、ある種の閉じたコミュニティ論(内輪で完結している/他者を拒んでいる)を批判する要素があります。
・最初の記事:「他者不在」「内輪に籠ったまま高め合う」など。
・二つ目の記事:「一般層との乖離」「自分たちのノリが一般に通じない」など
両方の文章から「日本のITエンジニア」に対するコンプレックス的な感情がにじんでいるように読めます。整理するとこんな感じです。
海外経験を引き合いに出し「自分は外を知っている」という立場を強調するのも、ある種の優位性を示したい心理が透けています。これは、裏返すと「日本のIT界隈に属することへの劣等感」や「そこに埋もれたくない気持ち」が背景にある可能性があります。
両方とも「2000年代の経験」「海外との比較」を持ち出しつつ、現役の若手や国内に残る人たちへの苛立ちを強く書いています。
「俺たちの世代はこうだったのに、今はこうだ」という口調は、自分の立場が相対的に弱くなったり評価されにくくなったりすることへの防衛反応のようにも読めます。
日本のエンジニアコミュニティを「内輪ノリ」「他責主義」「基礎知識不足」と切り捨てることで、自分の価値観(基礎力重視、外の世界を知っている)を相対的に際立たせている。
これは「自分は同じ土俵にいない」と示すための心理的距離取り=一種のコンプレックスの表れと言えます。
まとめ
両文からは、「日本のIT界隈に属しながらも、そこに居場所を見いだせない気持ち」「海外経験や基礎力へのこだわりで差別化したい欲求」が読み取れます。
つまり「自分は国内エンジニアとは違う」というアイデンティティを強調する裏に、日本のエンジニア像に対するコンプレックスが透けて見える、と言えるでしょう。
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米津玄師が「デンジって女性に対してものすごく性欲的な感情を抱くけれども、セクハラ的な行動は絶対しないんですよね」とインタビューで話した件について、ネットの弱者男性界隈がガチギレして殺気立っている。米津玄師の存在を消して、米津玄師に共感する女だけに対して異様な被害者意識を抱いている。
Xを見れば特に楚バットなる中年弱者男性の噴き上がり方が凄まじい。
「楚バット@geEeZ4e
デンジ(未成年、孤児、貧困層、児童労働、大人に利用され続けた被害者)に向かって"性欲あるのにピュアでかわいいでちゅね〜"的なセクハラしてるオバサンオタクほんまにキモくて有害な女性性の悪魔かと思った」(1万いいね)
デンジくん、マキマさんパワーちゃん姫パイと序盤から連続してスケベ行為の見返りに危険な事をさせられるという直球の性的搾取を受けてるんですが、それをデンジくんはセクハラとかしなくってぇ・・・みたいな消費のされ方してるのちょっとグロテスクだと思います」(5千いいね)
「石壁@waxter1211
デンジは性欲があるのにセクハラしない紳士!」は本質を捉えてないし「デンジの性欲は綺麗!」はもはや噴飯物の主張あれは人生で女性と全く関われなかった影響でセクハラや性欲まみれのアプローチすら実行する発想が無い、本物の恋愛弱者のムーブだろ本当に皆さんは弱者が目に入らないんだな」(1.4万いいね)
その他、有象無象のキモオタアイコン弱者男性ミソジニスト男オタクが、うじゃうじゃと女特有の読解力のなさだとか男性を加害生物のように扱うのが許せないだの行く動に直球の差別発言を吐いているが
要するに【米津玄師サンが発言者なのは男だから脳内から消去します】【デンジはセクハラしないのが長所だと女が語るのは、弱者男性(俺)への性的搾取に決まっている】【女に俺の性欲を否定された】という歪んだ主張に尽きる。
まず主題歌を連続で担当するだけあって、米津玄師の読解は正しい。
『チェンソーマン』は暴力的で野蛮でショッキングでバイオレンスに見せかけて、最近の漫画らしく主人公陣営は馬鹿をやっても不快感が極力なく応援したくなるように、きちんと計算してヘイト管理されている。
「藤本タツキは天然でM性癖だから」で片付けるのは、さすがにタツキの頭を見下しすぎだ。作品理解力が誰よりも劣っている。
デンジは育ちは無茶苦茶で語彙はドブだが、決してクズではない。
陰キャ特有のめんどくささは皆無。素朴で真っ直ぐで不幸な目にあってもすぐ立ち直る明るさがある。
1話時点から粗暴な野生児ながら倫理観と社会性をそれなりに備えていたし(己を搾取したヤクザを殺した事でさえ成り行きでゾンビ化して人間に戻れないなら仕方ないと分別のうえだった)
人並みの環境に移ってからは世間との折り合いやコミュニケーション能力が急成長している。それが出来ているのは自分の不幸を言い訳にしないからであり、自分が弱者であることに甘える発想が無いからだ。
王道の少年漫画主人公らしい魅力を持ったいい奴である。性欲のある孫悟空みがある。
そんなデンジに、デンジとは180度真逆の、自分のケアを他者に強要する事しか頭になく倫理観と社会性が中年になっても欠如したままの、自分の弱さを盾に諸々放棄して全ての責任から免除されようとする自分だけに甘い卑劣さな超陰キャオジサン達が一斉に自己同一視しているかと思うと、滑稽であると同時にデンジに同情してしまう。
そもそも「デンジって性欲はあっても、加害したりマウントしないのがいいよね」の一言に勝手に湧いて出てきて「傷つけられた」「はい性的搾取」と騒ぐ心性が理解できない。
楚バットラルナ石壁ら100人異常散見できた自称弱者男性軍団の理屈に照らし合わせると、まるで『男(俺)の性欲には女を加害しても許される男性権が当たり前に含まれており、それを不当に奪われたから怒った』と言わんばかりではないか。
性愛に限らず、人は何がしかの欲求に常に振り回されている。その我欲の充足のために他人を傷つけたり貶めたりしないのは人間として最低限の道徳であり、普通の対等のコミュニケーションである。
その普通の対等のコミュニケーションを、女性が男性に対して肯定した時だけ「搾取だ」「グロい」「傷ついた」と逆上する被害者意識は超弩級の女性差別主義と一体だ。
「男性を女を屈服させる願望持ちの加害動物のように言うな」などと女性憎悪で誹謗中傷のクソリプする弱者男性集団は論外で、その行動で自らの男特有のミソジニックな加害性を証明してしまっている。
マジレスするけど、もし、デンジが自分から性行為と引き換えに悪魔退治してやると女性陣に持ちかけてたら、読者の印象は最悪だぞ。「弱みにつけ込む小狡い肉欲クズ」として。
女性陣の性的奔放さを強調したとしても、どうしてもデンジに計算高い印象を与えてしまう。それだとキャラがブレる。
性的取引が初手から大満足の結果だったらデンジが早々に目標を失ってしまい、作者が困る。
何事に対しても内向的で受け身なアニメの碇シンジ系キャラならイラつく読者も多くなるだろう。「積極的に動いてエネルギーを外に向けて発散する外向性を有しつつ女性に対しては奥手」は昔から愛される王道主人公像だ。
とにかく『チェンソーマン』本編の面白さと読者好感度のバランスは、デンジの性欲抱いてもセクハラではなく純粋なイチャラブ願望で実現しようというピュアさと健気さで成り立ってる。
作り手が意図して「こんな男子、可愛げあって好感持つでしょ?」と造形してるんだから、その観点でデンジに好感持ってる米津玄師や女性ファンは正しい。
内なる暴力性を持て余してる欲求不満の非モテ男性が「俺を無害と見なすなクソ女!俺様の抑圧されし性欲の恐ろしさを思い知れ!男と書いてチンポの怒りをくらえ!」と突然キレ出して暴れるような、自称弱者男性の理想の物語が欲しければ新井英樹の漫画でも読んでろ。