
はてなキーワード:入社式とは
会社の看板を水戸黄門の印籠みたいに使って道理を引っ込めて無理通さないと納期に間に合わないような日程を引くのやめてくれませんか
「自分の能力が足りてないんだな、上司も俺には優しくしてくれるけど、看板出して威圧する悪者やらせて申し訳ないな」
って思ってたけど、
ある日上司に呼ばれて
「お前は俺を使うのが遅すぎる!こんな成立してない日程マトモにやってたら誰も実現することできるわけないだろ!」
と想定外のお叱りを受けて、あ、入社式では偉い人たちはテキトーなこと言ってたんだなとわかってからはすぐ上司を使うようになって、いつの間にかできる奴的な評価をもらえるようになった
別に最近の世の中はスピード感が早いから日程成立してない無茶な納期が来ても仕方がないけど、会社の看板が無くても〜みたいなキレイゴト言うのはやめて欲しい
確かに、今ほど身近ではなかったし土用の丑の日ぐらいにしか食べなかった
ポストの人はアラ60で自分は10個ほど下だから、その10年でかなり体験変わってくるのかと
自分は10代20代の時に鰻を扱った漫画を読んでた。普通に食べるグルメ漫画もあったし、後藤隊長が詫びで振舞うとか特別な食事。ミスター味っ子だけはフランスでは普通に食べてるオムレツ(品種違い)
ギリギリ30代でネタの大きいお寿司屋さんで食も細いので好きなものをちょこっと食べるの機会に食べるようになったのと、安くてそこそこの鰻が出回ったのとで食べるようになったが、そうでなかったらほんとに習慣づかないというか機会が無かった気がする。そういえば入社式後に小さい会社だったから会食に連れて行ってもらって懐石でちょっと鰻とか出て来てたかもしれない。味は覚えてない。酢につけるな勿体ない系だったかも
今だと懐石とか味わかるの増えたけど、あれもありがたみがわからん。酸っぱい海老とか芋練ったやつとか。鰻は一番トンカツ(焼肉?)に近いが属性はあっちだったかもしれない
アナゴは学生時代に淡路島で一匹300円か100円かの焼きたて食べて美味しいと思った
恵方巻とかと一緒(自分は関西圏なので中学ぐらいで無言食べ制度を認識してた。父実家に引っ越した時からかもしれない)で、イベント飯という認識で終わってた気がする
確かに美味いが、そもそもは馬鹿高く、ゆーてたれの味とかが主なわけで(疑似ウナギ食べると本家のバランスよさにも気づかされるが、ザイアンス説)、あと謎の関西プライドで蒸しやら焼きに
無理して食うもんでもないと思っているのだが、変わりが居ないのよね。
つい牛丼屋でうな牛とかをオーダーしてしまう。脂なのかなぁ(※
下手に品質が上がった輸入品の値段釣りあげれば(関税?)昔のバランスに戻るのかもしれない
※魚肉ソーセージ食べてたら全然物足りなかった(コンビーフ、スパム、ベーコン比)のだが、切ってフライパンで揚げ焼きしたら化けた
25卒男 休職中 長文注意
若手のタイパ重視離職に落とし穴 「勤続1年未満お断り」の企業も
https://www.nikkei.com/article/DGXZQOUC216PJ0R20C25A5000000/
勤務地の良さやオフィス内の環境に惹かれ、面接でもその事を大っぴらに話して、今の会社から内定を貰った。
人事も入社後の様々な場面で勤務地の良さをアピールし、配属の面談になった時も、ある程度自ら所属部署等の話を伝えたものの、そこで働くことを前提に色々と話を進めてきた。
でも実際に配属されたのは全く違う僻地の営業所(厳密には違うが、一般的な書き方で記載する。)だった。
実家から通えなくもないが、駅から該当の場所まではバスで何十駅と掛かる辺境の地であり、周りにはコンビニの一つすらない。
営業所の話は入社前から聞かされていたが、配属の面談でも、営業所で働きたいなら本社で経験を積めと言われたこと、自分から希望を出さない限り配属されることはない、と説明されていたのもあって悪い言い方をすると騙されてしまったような気分だった。
後日社長から、自分の希望した部署はどうにも営業所で経験を積んでから働くべき所だと全く逆の回答を貰ってしまいめちゃくちゃ困惑した。
自分の一個上の先輩は自分が希望した部署にいるにも関わらず、営業所での経験を積まず、最初から本社勤務であることもちょっとだけ不満に思った。
同期は皆本社に配属を言い渡されたのに、自分だけ僻地で、入社式当日の4/1時点で退職を考えようとしてた。
でもそれだけで辞めてしまうのは早計だと思い本社での研修を頑張った。
子供の頃からケアレスミスなどの不注意や落ち着きがなくパニックになりやすいなど、いわゆるグレーゾーンの気があり、特にバイト等を経てその辺りにコンプレックスを感じ始めていたので、研修ではその辺でトラブルにならないよう常に細心の注意を払ってた。
休みの日も常に会社の業務について勉強して、趣味の傍らでもずっと社会人としての意識とか、今思うと自意識過剰なくらいに会社の事を考えてたと思う。
とは言え、研修は研修で大学時代の講義とかその辺に近いような事しかやってなかったのでそんなに気合いを入れなくても良かったと今になって思う。
あと、本社の人間が人事も含めて誰も件の営業所について知ってる人がいないため、常に余所者扱いのような空気が結構しんどかった。
なんだかんだで研修も終わり、営業所での業務が始まると、想像以上に過酷というべきか、入社前に何度も話を受けていたような環境とは遠くかけ離れたものだった。
業務もかなり忙しく、その中で自分の落ち着きのなさや、ケアレスミス等は意識して注意しようにもどうにもならない所もあり、周りの人から注意されてしまうこともあった。
また、自分の教育係である上司も体育会系の人間で、セクハラまがいの質問をされたり、かなりオラオラした性格で正直合わない人ではあったと思った。
ただ、キャリアや人柄は本当に素晴らしい方で最初の内は、営業所で経験をこの人のようになりたいとも思った。
なんやかんやで最初の数日は乗り越えられたのだが、ある日突然電車に乗る前に涙や頭痛、吐き気が止まらず、仕事中も慢性的に症状が止まらない日があった。
これから頑張らなくてはと思っていたのに体が拒否反応を示し始め、心療内科にかかったところ不安障害だと診断され1カ月休職するよう診断書が出された。
以上が休職に至るまで。
結局メンタルや、環境、人のせいにしようとする自分に落ち度があると片付け、休職中でも仕事を忘れられないという悪循環に陥っているのだが、それ以外に今の気持ちのやり場が無いのでどうしようもないし、会社の人達は仕事を全うしてるまでなので当たり前だが責めようとする気も起きない。
しかし、時に自殺を図ろうとしたり自傷行為に走ったこともあり、親が止めてくれたり、その度警察沙汰にもなったりした。
そういう事もあって会社の事を考えるとだいぶ精神的にきつく、現在は転職やフリーターからの正社員登用といった別の選択肢を検討している。
そんな中での冒頭に貼ってある記事を目にした。
Xなどでも朝から議論が激しく、「どんな理由であれ、1年未満の退職は会社にいれるな。」とか「相応の理由があるなら聞くべきだろう」とか「会社も人を選ぶ権利はある」といった感じで様々な意見が飛び交っている。
そこで自分はどうか?と考えてみた。
勤務地の違いくらいなら飲み込むべきだし、精神的にキツくてもそれは自分の性格の問題であると片付けられるだろうし、相応の理由にはならないだろうと思った。
そう思ったら、転職を検討してる自分がバカバカしくなってきて、復職も嫌ならいっそのこと死んでしまえば良いのではと思い始めてきた。
1年未満での短期離職なんて普通の人間なら絶対あり得ないし、ある程度の不満なら我慢がきいて然るべきだと思うし、そもそも売り手市場のなかそんな会社に貴重な新卒チケットを使って入った自分自身の問題であると思った。
そういうわけで、短期離職なんかで経歴を汚すくらいなら死んでしまったほうがいいんじゃないかと思い、様々な死に方を検討しているところ。
4月1日。
春にはふさわしくない、寒くて大雨の降る日だったことを今でも覚えてる。
入社式が始まっても一向に現れない君。
電話しても通じない。
人事担当の私は気が気じゃなく冷たい雨の中君の到着を外で待っていたら、30分以上遅れて、お母様の運転する車でやってきたね。
車を降りるや否や、君が発した言葉は「遅刻しましたごめんなさい」とかではなく、「傘入れてもらっていっスか?」。
あっけにとられてる私を見ながら、次に言ったのは「ご迷惑をおかけしました」とかではなく、「お母さんが寝坊して起こしてくれなくて。。。」。
私も「。。。」ってなったよ。
動乱の予感を感じた、冷たい春の雨の日だったね。
4月2日。
配属部署を告げる副社長に、「オレ、そういうのやってないんで。」と言ったね。
4月3日。
4月4日。
お母様が手配した退職代行業者から、退職する旨のご連絡をいただいたよ。
巣立つ君へ 言葉を贈る。
しかもおまえ、2日目来た時に「一番近かったから」って理由で”社長車専用”ってぶっ太い黄色の字で書かれた駐車スペースにとめやがったな。
ショッピングモールでたまたま入り口付近で見つけた駐車スペースにとめる感覚で社長専用の場所にとめてんじゃねぇよ。
そば専門店で「うどん!」って注文した客に向かって「ウチ、そういうのやってないんで。」なノリで辞令にタテついてんじゃねぇよ。
今日は、君のかつての同僚だった子たちは、名刺交換の作法を覚えましたよ。
動作こそまだまだぎこちないけれど、所作は正しく美しく、お取引様の前に出しても恥ずかしくない出来です。
まだ名刺交換ができるようになっただけですが、これからもっともっと、色々なことができるようになっていく頼もしい存在です。
もうきっと、いえ絶対二度と、お会いすることはないですが、例えば10年後に何者になったのかを知ることができたら、嬉しいです。
よかったね、
まさに君のためにあるような世の中だ。
2時に寝た。
朝ごはんも食べたしメイクもできたし、予定より早い時間の電車に乗れそうでもあった。
すごい混んでた。
ほな次のに乗るか〜という余裕すらあった。
集合時間の30分前に集合した。早すぎた。
おかげで先輩方とはたくさん話せた。やったー!
パンプスって本当に足が痛い!キャンメイクトーキョー!
↑
こういうの言うのやめたいんだけど口が勝手に出力してるから無理なんだと思う
緊張もしなかったので気疲れは特にしていないが、とにかく足が痛い。
足の爪を失ったばかりなので歩きにくいし。パンプス痛いし。
とりあえず早めに寝るが吉っぽい。寝る。
けさの関東は入社式・入学式の日と大雨の日がかぶってしまったせいなのか、多数の路線に混雑理由の遅延が表示されていた。9:15現在JR東日本アプリで表示できる範囲だと11路線 (直通路線を除外すると実質4路線だが) 。
乗換案内アプリは出口に一番近い車両だけでなく、空いている車両を表示する機能があってもいいと思うのだが。
ちなみに、弱冷房車や女性専用車はもともと混雑がすくない車両に設定されていることが多いので、混雑回避にはこれらの車両を選択するのもひとつ。あとJR山手線や東急田園都市線など、車両ごとの混雑率を公式アプリからリアルタイム表示できる路線もあるので、きょうから新しい路線という人はインストールを。
あれはもう20年近く前だけど、当時勤めていた会社に新入社員としてすごい美人が入ってきた。
あの頃はまだ佐々木希もデビューしてなかったけど、佐々木希の鼻筋を北川景子と交換した感じ。
整った顔もだけど、腰まで届きそうな黒髪が目立っていた。
工場みたいな中で着替える職場で、化粧禁止だったので入社式翌日からはいつもすっぴんだったけど、まったく同じ顔だった。おまえはマネキンかってくらい完璧な顔。
今だと黒髪も珍しくないけど、当時は黒髪率が今より低くて、すごいインパクトだった。
なんていうか、注目を浴びるツボをよくわかってたのだと思う。
一度も髪を染めたことがないとか、ピアスを開けたこともないとか、嘘かもしれないけど、美人がいうとすごいインパクトだった。
腰までロングとか、いきなりショートとか、美人がやるとある種の奇行も映える。
服装も基本的に地味なのに、時々、靴だけ真っ赤なエナメルだったり、突然大きなコサージュをしてきたり、ファッションも目立ってた。
普通の女の子がしたらひくようなアイテムも、彼女が身につけると誰もが息を呑む。
・入社数年の一般職社員でも冬ボーナスが50~60万円(大卒初任給が12~13万くらいの時代)
・社長が全社員の顔と名前やプロフィールを把握しており当然全員と会話もしている
・「先輩がガミガミうるさい」、「上司の顔が気に入らない」、といった幼稚な理由で新入社員が「うるせえ!1回言えばわかんだよ!」などと無礼な言葉遣いで激怒したり、あるいは嫌いな先輩や上司に対して完全な無視を決め込んだり、幼稚な反乱を起こしても洒落で済み(周りも「あいつら仲悪いんだよなあ(笑)」くらいにしか受け止めない)、特に遺恨も残らず、処分も食らわない
・営業職は9時に社屋を飛び出し、同期や先輩と近隣の喫茶店に合流し、昼過ぎまでくっちゃべっだり、ゴルフの打ちっぱなしに繰り出したりするのが普通で、万が一それがバレても一発怒られて水に流して貰えた
・入社1年目の若手たちが「もう仕事うんざりだわ。今日は出社拒否してみんなで海行こうぜ!」とサボっても、翌日めちゃくちゃな大目玉を食らうだけで処分されたり周りからの扱いが悪いほうへ変わることは無い。
裏では上司も先輩もむしろ「会社サボって海なんて(笑)若い奴らは元気だなあ」くらいに微笑ましく見守る気持ちでいる
・仕事やキャリアについてどうも重大に思い悩んでる20代30代の社員がいたら「お前、日本から出て遊んでこい!海外子会社出向ってことにするから、1年間思う存分観光するとか遊ぶなりして好きなように過ごして帰ってこい!」などと社長直々に放蕩遊学旅行を打診してくる
今の若手なんかは
「外回り中にパチンコ行ったのがバレた、というだけで懲戒処分を下され、周りからまともに相手してもらえなくなり、会社人生が終了する」
といった感じの厳しさのなかでしか社会人生活を味わっていない。
ディストピアもいいところ、クソみたいな息抜きしかありえない、といった環境でも「これが当たり前でしょ?(おじさん何言ってんの?)」とでも言わんばかりに、息が詰まる環境には別に文句言わずに黙々と働く仕事マシーンのように思えて憐れ、痛ましさすら感じる。
Permalink |記事への反応(23) | 12:43
昔の職場が派手に爆発四散したので思い出を語ってみる。
とっくの昔に退職したから、今回の件の内部事情は全然知らない。
期待して開いた人はごめんね。
募 集 要 項 に 書 い て あ っ た ん で す け ど ?
大学の推薦で受けてるから無碍に扱う事も出来ず、真面目に選考受けつつも落ちる事を祈っていた。
無 事 採 用 。
リーマンショックの影響が色濃い時代だったので、内定出ただけマシかって事で入社。
本社で入社式と新人研修だけ受けて、そこからは中国工場に3か月間放り込まれる。
F井電機は「FPS」と言われる生産方式を採用していて、カンバン方式とカイゼンによる効率化が特徴。
要は昔えらい人たちがトヨタの工場で研修を受けて「すげぇ!」ってなったトヨタ生産方式(TPS)をまんまなぞってるだけ。
「FPSで無限の改善」とか言ってたけど「無限ではねぇだろ」といつも思ってた。
このFPSを学ぶために新人は中国工場にライン工として送り込まれる。
工場は広東省のド田舎にあるので娯楽はなく、自動的に工場の寮に缶詰状態になる。
休みの日はたまに先輩が深圳に連れてってくれたりはあったけど、基本的に工場周辺の飲食店かスーパーに行くぐらいしか出来なかった。
工場で一緒に働くのは更にド田舎から出稼ぎに来てる兄ちゃん姉ちゃんで、自分は中国語話せなかったけどメモ帳に漢字で筆談で割となんとかコミュニケーションできてた。
無愛想な人もいたけど、フレンドリーな人も多くて異文化交流が楽しかった思い出がある。
ただ、自分たちがその辺の工員の10倍の給料を貰ってる事だけは絶対黙っとけと言われてたので、交流しながらずっと心にわだかまりがあった。
ただ、それ以上の学びはそんなになく「こんなに金と時間かけてやるほどの研修か?」と思った。
研修の終わりに配属希望を聞かれたので、ラインで担当していた製品の部署を希望した。(当然カメラじゃない)
最後の送別会では白酒をアホほど飲まされ、みんなで寮のロビーで死んでた。掃除のおばちゃんごめん。
で、本社に戻って配属先発表。
流石に3か月も工場にいるとその製品について詳しくなるわけで、それを活かす部署に配属されるのかと思いきや、全く別の部署。
人に関しては良い人が多かったかなーと思う。
ただ、雑談で話す内容が基本「社内の噂話」「ゴルフ」「女」「酒」ばっかりで、全然水が合わなかった。
技術職ってもっとオタクがいるのかと思いきやめっちゃ体育会系。
そういう意味では情に厚く面倒見のいい人が多かったかもしれない。
飲み会の後に興味ないおっパブに呼び出された挙句、自分の分自腹で払わされたのは未だに納得してないけどな。
仕事の方は流石にアレコレと具体的には書けないけど、とにかく会社がケチだった。
年間休日数は業界内でぶっちぎりの最下位。祝日のある週は土曜出勤ってパターン。
しかし残業代はフルで出てた。定時は22時みたいな感じだったけど満額支給だった。謎。
外注するような部品は流石に経費申請するけど、ホームセンターで買えるような材料は自腹。
外注先への見積もり依頼も基本的に相見積もりを取って、必ず価格交渉するようにと厳命されていた。
地元のおじいちゃんがやってるような町工場に毎回価格交渉するのが本当に嫌だった。
挙句、値段だけみて中国の激安工場に発注して、とんでもない品質で上がって来た部品を社員が手作業でリワークすんの。バカかと。
そういえば、全国にある某施設に収めた製品に不具合があるのが分かって、暇そうな社員集めて全国修理行脚するなんてイベントがあった。
自分は青森担当になって、往復の飛行機とホテル2泊の事前申請?をしたんだけども、
「往路は丸一日かけて青森まで新幹線で行ってください」「復路はホテルに泊まらず夜行列車で帰ってきてそのまま出社して下さい」って言われた。
行きはバカみたいに時間かけて行くくせに、帰りそんな急いでホテル代までケチる必要あるんか???(帰着日に急ぎの案件があるわけでもない
ちなみにその夜行列車は普通に遅延したので、出社したのは朝の予定が昼過ぎ。なんなんだよ。
出張の時はどれだけ時間かけてもいいから1円でも安い交通手段を探せってのがルールになってて、人件費って知っとる????って感じだった。本当にアホ。
自分が辞める直前の頃は業績も悪くて出張行くのは管理職以上ばっかりで
その管理職自身で役員が納得するような安い飛行機をめっちゃ時間使って探すような状況だった。あのさぁ人件費って(ry
まぁ、こんな感じで人にもモノにも金払い悪いし、本当にセンスないなって思った。
会長が本書く度に社内で配ってた。誰も興味ないのに。
「業績悪いからボーナス減らすね」って言いながら自分の功績をまとめたWebサイトとか社史とか作ってた。マジそういうとこやぞ。
社長から会長になっても、新社長の影が超薄い。裏で牛耳ってるのは結局会長。
社内行事があっても「会長は、会長でないと対応できない案件のため欠席です」ばっかり。
波乱万丈なAV機器業界で90歳のおじいちゃんが舵取りしてて生き残れるわけないじゃん。
自分が設計したものが工場で量産されて市場に出ていくのは確かにおもろいよ。
でも、
って一見すると技術者として幸せなようで、全くやりがいがなかった。
自分の仕事がどこにどう繋がってるのか、自分の目や肌で感じる事が自分の中では大切な事なんだなって気付いた。
だから辞めた。
会社でものづくりしても何も面白くねぇわ!!!ってなって、今は全く別の業界で生きてる。
辞める時は上司が「そんなんで世間で通用するとは思えない」って言ってたけど、普通に年収増えてるしノー残業だよ。
一緒に仕事してた人たちはどうしてるだろうなぁ。無事に逃げられてたらいいけど。
まぁ話半分で読んでくれたらいいよ。
Permalink |記事への反応(10) | 16:16
虐待を耐え抜き生き残って良いことあったか??保護された施設でもいじめられるし、ジジババからは恥ずかしいってことで存在しない者にされるし、結局誰1人捕まらなかったな。それでも大学出ないと恥ずかしいとかで行かないといけないんだ。自力で。推薦制度があって良かったなほんとに。当然コミュ障だから誰とも仲良くなれないし面接も落ちまくる。辛うじて入った会社は入社式が地下室で行われる。この辺りで流石にまずいと思って、人に一生こき使われるのは嫌だと思って辞める。まじでいろんな仕事を転々としながら資格を取る。大半は落ちたが。一生独り身だと思っていたら結婚する。その人はお前のことを大事にしてくれる人だから、ちゃんと大事にするんだよ。いいね。
前提、まずは私の母の話。
母は何でもできる人だ。
小学校から名門学校に通い、大学は某国立大学。はっきり聞いたことはないけれど、思い出話を総合するとずっと主席(もしくはそれに近い存在)。
母の教育方針に、「答えを簡単に教えない」というものがあった。
人に聞いて簡単に得た知識はすぐ忘れてしまう。だから、試行錯誤して自分で答えにたどり着くべきだ、と。
これ自体はまあ、その通りだと思う。
例えば、本を読んでいて、知らない単語が出てきたとする。
で、近くにいる母に、「これどういう意味?」と聞く。
すると母は部屋の一角を指さして「そこにあるのは何?」と質問を返す。
母が指さすのは分厚い広辞苑。
これで質問タイムはおしまい。私は一人、重たい広辞苑を本棚から引きずり出して単語の意味を調べる。
「え、そんなことも知らないの?」
大げさに目を真ん丸に見開いて、びっくりした顔で、おどけた風に言う。
そして数秒、そのままの顔で私を見つめる。
多分、本気半分、冗談半分だったのだと思う。
その年の子がその単語を知っていることは当然だと、母は本気で思っている。母自身がその年齢だった頃にはその単語を知っていたからだろう。自分が読書好きに育てた子だから、なおさら。
ただそれをそのまま言うのははばかられるから、ちょっとおどけて言ってみているだけ。毎度そう言うのはもはや鉄板ネタみたいな。
それが堪らなく嫌だった。
驚いた母の顔を見る度に自分の愚かさを突き付けられる気がして心底惨めになった。
今思えば、母に懇切丁寧に教えてもらいたかったのかもしれない。言い換えるなら甘えたかったのかもしれない。
いつの間にか、母に何かを聞くことは避けるようになっていた。知らない単語に遭遇したら一人で広辞苑を開くようになった。
母の教育方針が良かったのか、幸運にも私も母には遠く及ばないが、ほどほどに誇れる程度の学歴を手に入れた。
同時に、他人に何かを聞くことが全くできない人間になっていた。
分からないことに遭遇すると、他人に何かを聞いて解決しなければならないときになると、おどけて驚く母の顔が脳内に浮かんで何もできなかった。
あらかじめ他人の言動をとにかく観察し、脳内で何度もシミュレーションし、自分が絶対に失敗しないように。そればかり考えて過ごすようになった。
例によって空気を読みながら仕事を無難にこなしていたが、ある時かなり大きな失敗をやらかした。
詳細は省くが、原因は私がその日の業務を正しく理解していなかったことだった。そのせいでお客さんに迷惑をかけて社員さんに尻拭いをさせてしまった。
「なんで何も聞きに来なかったの?きっと分からなくて確認に来てくれると思って待ってたんだよ」
怒ってる、という感じではなかった。
静かに諭すように言われた。
衝撃だった。大人に質問するのは悪いことではないのかと。馬鹿にされるようなことではないのかと。
寧ろ聞きに来てほしかった、と言われて、それは許されることなのだと、自分の価値観がひっくり返された。
それ以来、かなり頑張って質問をするようにした。
おかげさまであの時以上に大きな失敗はせずにバイトを終えることができた。
当然ながら新入社員にとっては分からないことだらけ。入社式の翌日の研修では、講師から「貴方たちの仕事は質問することです」と口を酸っぱくして言われた。
ありがたいことに同じ業務の担当になった先輩がかなり優しい方なので、ご厚意に甘えさせてもらってあれこれ聞きながら業務にあたることになった。
先日、先輩から「貴方は何でも聞いてくれるから仕事しやすい」と言われた。
ようやく、小さいころにかかった呪いが解けてきたような気がする。
それでもやっぱり、「これ分からないな」と思った瞬間、目を丸くした母の顔が頭の片隅にちらつく。
俺は今年の春、超有名な大手企業に入社した。世間的にはホワイトだと思われてる会社だ。でも、あえて実名は伏せる。だって、これから書くことが本当だってバレたら、会社はどうなるかわからんからな。
まず、毎日朝5時起床。研修は7時開始で、23時終了。睡眠時間は実質4時間くらい。「これが社会人の洗礼だ」って上司は笑ってた。
研修内容? クソみてぇな暗記ゲームだよ。会社の歴史から社長の愛人の名前(これマジ)まで、全部丸暗記。覚えられないとビンタ。「愛のムチ」だってさ。
毎日誰かが失神してた。救急車? 呼ばねーよ。「甘えんな」の一言で終わり。
俺は1ヶ月で限界がきた。退職願出したら、「会社の恥になるな」「親を泣かせる気か」って脅された。
でも、逃げ出せて良かった。今、この話を書いてるってことは、まだ生きてるってことだからな。
みんな、憧れの大企業に入る前によく考えろ。華やかな表の顔の裏に、こんな闇が潜んでるかもしれねーぞ。