
はてなキーワード:信用創造とは
リフレ派の議論は、表向きは景気を回復させるための合理的金融政策を装っている。
しかし実態は、貨幣の価値という社会の基盤を削って短期の快楽を買う、典型的な自己放尿である。
フリードマンが繰り返し言ったのは、インフレとは道徳問題でも精神論でもなく、貨幣現象だということだ。
つまり物価が上がるかどうかは、根性でも国民性でもなく、制度設計とインセンティブ構造の帰結である。
ここを理解しない政策は、どれだけ善意で飾っても経済学的にはただのノイズであり、最終的には国民の購買力を破壊し自己放尿する。
日本がこれから直面しうるのは、「需要が足りないから財政で押し上げる」という単純化された世界観が、期待形成に殴られて崩壊する自己放尿だ。
インフレは静かに始まり、ある瞬間から臨界点を超えて、貨幣需要の崩壊とともに加速する。
そしてその時、リフレ派はいつものように言うだろう。「想定外だった」と。
問題の連鎖は単純だ。にもかかわらず、政治はこれを「景気刺激策」という包装紙で包み、国民に配布する。
減税する。税収が減る。だが歳出は減らない。むしろ選挙インセンティブのもとで増える。
そして次の段階に進む。
日銀が吸収する。つまり中央銀行が国債を買い取り、政府債務を事実上マネタイズする。
国債買い入れでベースマネーが増え、銀行システムを通じて信用創造が増幅され、結果としてマネーサプライ増加が起きる。
そしてフリードマン的には、ここから先はもはや議論ではない。恒等式と確率の世界だ。
貨幣価値が下がれば、同じ商品を買うのにより多くの円が必要になる。つまり物価増加が起きる。
この連鎖は、願望で止められない。
政治家がマイクで叫んでも止まらない。新聞が「インフレは一時的」と嘘を書いて自己放尿しても止まらない。
だが深刻なインフレの本体は、需要増ではない。貨幣需要の崩壊だ。
国民が円を持ちたがらなくなる。企業が円建て長期契約を嫌がる。労働者が賃上げ要求を強める。
輸入業者が先回りして価格を上げる。資産家が外貨や実物資産に逃げる。
このとき物価は上がるのではない。円の価値が下がるだけである。
インフレ期待がインフレを生み、そのインフレがさらに期待を押し上げる。
これは合理的行動だ。誰も損したくないから、先に値上げし、先に買い、先に逃げる。
この時点で政府ができるのは、金融引き締めか、歳出削減か、信用回復のための痛みを伴う制度改革しかない。
リフレ派がよく使う詭弁に、「日本は自国通貨建て国債だから財政破綻しない」というものがある。
この言い方は、形式的には正しい。日本政府は円を発行できる。だから名目上の債務不履行(デフォルト)は避けられるかもしれない。
しかしフリードマン的に重要なのは、デフォルトの形態は一種類ではないという点だ。
政府が返済不能になったとき、紙面上は返せる。なぜなら通貨発行で返済できるからだ。
だがその瞬間、実質的には国民の購買力が毀損される。つまりインフレ税という形で、国民から徴収する。
これは「破綻していない」のではなく、破綻を「通貨価値の下落」という形で実行しただけだ。
これが金融抑圧であり、インフレ課税であり、事実上の資産没収である。
破綻しない?
最大の問題はここにある。財政と金融の境界が溶けた瞬間、中央銀行は「物価安定の番人」ではなく「政府債務の処理係」になる。
「政府は歳出を削らない。日銀が支える。だから国債は安全だ。だがその安全性は貨幣価値を犠牲にしている。」
この理解が広まると、国債の信用は保たれるかもしれない。だが円の信用は落ちる。
そして本当に恐ろしいのは、インフレが進んだ後に引き締めをやろうとすると、国債金利が上がり、利払い費が増え、財政がさらに悪化する点だ。
つまり日銀は、インフレを止めるために金利を上げると政府を殺し、政府を救うために金利を抑えると通貨を殺す。
そしてこの状況は、政策の失敗ではなく、最初から制度設計の帰結である。
ここで多くの人が短絡的に言い出す。「じゃあ増税すればいい」と。
増税は、財政を健全化するどころか、政治経済学的には逆の方向へ向かう可能性が高い。
なぜなら増税とは、「政府がもっと使える余地」を与える行為だからだ。
「税を上げれば金が取れる。なら歳出を削る必要はない。」
すると歳出は固定化され、既得権益が制度として結晶化し、公共選択論が示す通り、予算は削れない構造になる。
さらに悪いことに、増税で景気が悪化すれば税収は伸びず、結局また国債発行に戻る。つまり、
増税 → 成長率低下 → 税収鈍化 →国債発行 →日銀吸収 →インフレ圧力
結局、政府債務を増やし続ける構造が変わらない限り、増税は「健全化」ではなく「延命治療」にしかならない。
延命治療は医療では尊いこともあるが、マクロ政策では単に時間を買うだけだ。そして買った時間で政治が改革する保証はない。むしろ改革しない確率が高い。
インフレを語るとき、リフレ派は「需要ギャップ」や「潜在GDP」を持ち出す。
だがそれらは観測不能であり、推計モデル依存の幻影でもある。そこに政策の正当性を置くのは危険だ。
重要なのは、政策当局がコントロールできる変数と、できない変数を区別することだ。
政府が確実に増やせるのは支出だ。日銀が確実に増やせるのはマネタリーベースだ。だが経済成長や生産性は、命令で増えない。
だから「金融緩和すれば成長する」という発想は、因果を逆に見ている可能性がある。
成長するから貨幣需要が増え、結果としてマネー供給が吸収され、インフレが抑制されるのであって、貨幣を増やせば成長するとは限らない。
貨幣供給を増やしても、資本蓄積と技術革新と労働供給が増えなければ、ただの通貨希薄化で終わる。
リフレ政策の本質は、短期的な快感のために長期の制度を犠牲にすることだ。
しかも犠牲になるのは抽象的な制度ではない。国民の生活そのものだ。
貨幣価値の放尿、財政規律の放尿、中央銀行独立性の放尿。つまり、「貨幣、財政、制度のトリプル放尿」である。
中央銀行の独立性が壊れれば、インフレを止める最後の手段が失われる。
この三つは別々の問題ではない。相互に補強し合う。悪い意味でのシナジーを持つ。
インフレが進むと、賃金は追いつかない。追いついたとしても遅れる。結果として実質賃金は落ちる。生活水準が落ちる。格差が広がる。
インフレは税制上、資産を持つ者に有利で、現金労働者に不利だ。インフレは見えない再分配装置であり、政治が選挙で決めたわけでもない所得移転を勝手に起こす。
長期雇用、年金、保険、貯蓄、国債、家計設計。これらはすべて「通貨が安定している」という前提で成立している。通貨の信認が揺らぐと、社会の基盤が揺らぐ。
そして一度壊れた信認は、戻らない。戻すには時間と痛みがいる。これは歴史が何度も証明している。
「減税して景気を良くする」「国債を出して支える」「日銀が買えば問題ない」
この一連のストーリーは、現実の制約を無視した願望のパッケージだ。
減税 →国債発行 →日銀が吸収 →マネーサプライ増加 →貨幣価値低下 →物価増加
だが同時に、「増税すればいい」という発想も救いにはならない。
歳出が固定化し、政治が改革を回避し、借金を借金で返す構造が温存される限り、結末は変わらない。
問題は税率ではない。
問題は「支出を削れない政治」と「貨幣発行でそれを隠蔽できる制度」だ。
リフレ派がやっているのは、景気刺激ではない。
【はじめに】
システム工学的「エポケー(判断保留)」と、リヴァイアサンの代謝
本稿は、現代日本政治における「権力と宗教」の構造的癒着、および「山上徹也」という事象を、道徳的善悪の彼岸にある「システム工学的な機能不全と最適化」の観点から記述する試みである。
あらかじめ断っておくが、本稿には犯罪行為を正当化する意図も、特定の信仰を弾圧する意図も一切ない。
現象の「論理的解明(Explanation)」は、決して行為の「倫理的擁護(Justification)」と等価ではない。
病理学者がウイルスの感染経路を淡々と追跡するように、筆者は犯罪者も、政治家も、信者も、すべて巨大な統治機構(リヴァイアサン)を構成する「部品」および「代謝産物」として等価に扱う。
読者が感じるかもしれない不快感は、システムそのものが内包する「非人間的な合理性」の反映に過ぎない。
筆者は前稿『歪なリヴァイアサン』において、自民党を「魂(イデオロギー)を持たない利益配分マシン」と定義した。
しかし、高度成長が終わり、配るべき「カネ(利益)」が枯渇したとき、魂を持たないこのマシンは、いかにして自らを駆動させる熱量を調達するのか?
本稿は、この問いに対する回答である。
システムは生存のために、外部から「安価な魂」と「無料の労働力」を調達する必要があった。その調達先こそが、統一教会という名の「政治的下請け業者(BPOパートナー)」である。
本稿では、リヴァイアサンがいかにしてこの異物を「召喚」し、その病理的な代謝プロセスの中で、いかなる副作用(山上徹也)を必然的に排出したのかを解剖する。
序論:誤診された「犯罪者」
2026年1月、奈良地裁は山上徹也被告に無期懲役を言い渡した。判決文、そして世論の多くは、彼を「家庭環境に絶望した、極めて特異で孤独な犯罪者」として処理しようとしている。
しかし、これは誤診である。あるいは、意図的な隠蔽と言ってもよい。
我々の「システム論」の視座に立てば、山上徹也という存在は、決して予測不能なバグ(異常値)ではない。彼は、戦後日本の政治システムが正常に稼働し続けた結果、必然的に排出された「産業廃棄物(システム・バイプロダクト)」である。
彼を「極端な個人」として切り捨てることは、工場が川に垂れ流した汚染水で奇形魚が生まれた際に、工場の排水システムを点検せず、「その魚の特異体質」を責めるに等しい。
なぜ、統一教会という異質なカルトが、日本の政権中枢にこれほど深く食い込めたのか。
「教会が巧みに自民党を洗脳・浸透した」という被害者面をしたナラティブが流布しているが、これは歴史的にも構造的にも誤りである。
正しくはこうだ。自民党というシステムには、構造的な「欠落」があり、その穴を埋めるために教会を自ら「召喚」したのである。
自民党と統一教会の関係を「信仰」や「思想の共鳴」で語ることは、事の本質を見誤らせる。
両者を結びつけていたのは、互いの「欠損」を補い合う、極めてドライで実利的な「政治的バーター取引(交換条件)」である。
この取引のバランスシート(貸借対照表)を精査すれば、なぜシステムが教会を切断できなかったのかが明確になる。
自民党が教会から調達していたのは、カネ(献金)以上に、「カネのかからない実働部隊」であった。
選挙には膨大な人件費がかかる。しかし、教会から派遣される秘書や運動員は、給与を要求しないどころか、教団の教義に従って「無私の奉仕」として24時間働く。
これは、企業経営で言えば「違法なほどの低賃金労働力」を独占的に確保しているに等しい。自民党議員にとって、これほどコストパフォーマンスの良い「兵隊」は他に存在しなかった。
数万票単位で動く教団の組織票は、全体の得票数から見れば僅かかもしれない。しかし、当落線上にある小選挙区の候補者にとっては、この「確実に計算できる数万票」こそが、政治生命を左右する決定打となる。
スパイ防止法制定や選択的夫婦別姓反対など、リベラル層からの反発が強い右派的政策の推進運動を、「国際勝共連合」という別動隊に担わせた。これにより、自民党本体は「中道」の顔を保ったまま、保守層の支持を固めることができた。
対する教会側が求めたのは、日本という巨大な資金源でビジネスを続けるための「不可侵条約」と「お墨付き」である。
教祖や幹部が、岸信介、安倍晋三といった歴代首相と並んで写真に収まること。あるいは、関連イベントにビデオメッセージをもらうこと。
これらは単なる記念ではない。信者や勧誘対象者に対し、「総理大臣も認める立派な団体である」と信じ込ませるための「最強の営業ツール」として利用された。政治家の権威は、霊感商法を正当化するためにロンダリングされたのである。
長年にわたり、霊感商法に対する警察の捜査や消費者庁の規制が、不可解なほど鈍かった事実は見逃せない。
さらに決定的だったのは、2015年の「名称変更」の承認である。悪名高い「統一教会」から「世界平和統一家庭連合」への看板の掛け替えを、当時の下村文科相下の文化庁が認めたことで、教団は過去の悪評をリセットし、新たな勧誘活動を展開することが可能になった。
これは実質的に、国家が教団に対し、「日本国民からの搾取を継続してもよい」というライセンス(免許)を更新したに等しい。
教会が喉から手が出るほど欲しがり、自民党が頑なに守り続けた最大の利権。それは、日本国内に「聖域」と呼ばれる非課税地帯を維持することであった。
通常の企業であれば、商品を売って利益が出れば法人税がかかる。
しかし、教会は「壺」や「多宝塔」を売る行為を、商行為ではなく「宗教的な寄付(献金)」と定義した。
日本の宗教法人法において、宗教活動による収入は「非課税」である。
これにより、信者から巻き上げた数千億円規模の資産は、国家による徴税というフィルターを通らず、丸ごと教団の懐に入った。これは、実質的に国家が教団に対して「法人税相当分(利益の約20〜30%)の補助金」を裏で渡しているに等しい。
株式会社と異なり、宗教法人は財務諸表の公開義務が極めて緩い(実質的に外部からは見えない)。
この「不透明性の維持」こそが、自民党が教会に提供した最大のサービスの一つである。
「信教の自由」を盾に、宗教法人法へのメス(厳格な会計監査の義務化など)を入れないことによって、教会は日本で集めた莫大な資金を、誰にも監視されずに韓国の本部や米国へ送金することができた。
日本は、教団にとって世界で最も効率の良い「集金マシン兼タックス・ヘイブン(租税回避地)」として機能させられたのである。
(元)連立パートナー(公明党・創価学会)への配慮という「人質」:
それは、統一教会だけに課税しようとすれば、かつて自民党の連立パートナーである公明党の支持母体(創価学会)や、自民党の保守地盤である神社本庁など、他の巨大宗教団体の既得権益も脅かすことになるからだ。
この「相互確証破壊」の構造があるため、宗教法人税制はアンタッチャブルな聖域となり、統一教会はその「大きな傘」の下で安住することができた。
この取引において、自民党は「政治コスト」を削減し、教会は「法的リスク」を回避した。
しかし、経済学の原則として、「フリーランチ(タダ飯)」は存在しない。
自民党が浮かせたコストと、教会が得た利益。その莫大なツケを払わされたのは誰か?
その全てのツケは、「信者家庭からの略奪的採掘」によって支払われた。
燃料としての家族:
自民党に「無償の秘書」を派遣するためには、教会職員を養うカネがいる。そのカネを作るために、山上徹也の母親は「霊感商法」によって資産の全てを搾り取られた。
山上家が破産し、兄が自殺し、一家が崩壊したプロセスは、悲劇ではない。それは、自民党という巨大なエンジンを回すために、燃料として「消費」されたに過ぎない。
燃料(資産と家庭の幸福)が燃やし尽くされた後に残った、燃えない残骸。
金も、親の愛も、学歴も、社会的地位も奪われ、空っぽになった人間。
それが山上徹也だ。
彼は社会不適合者だったから犯罪行為を起こしたのではない。システムが彼から全てを収奪し、その後の「廃棄物処理」を怠った結果、有毒ガスが充満して引火したのである。
あの手製の銃は、狂人の武器ではない。それは、政治システムが排出した「毒」が、逆流して配管(安倍元首相)を破裂させた物理現象だ。
2026年の無期懲役判決と、それに続く高市首相の解散総選挙。これらは一連の「汚染除去作業」である。
裁判所は、彼を「政治犯」として認めなかった。認めてしまえば、「自民党がカルトを使って国民を搾取していた」という因果関係を司法が公認することになるからだ。
彼を「母親への恨みで暴走したかわいそうな男」という物語に閉じ込め、刑務所という最終処分場へ隔離することで、システムは「我々には責任がない」と宣言した。
高市首相は、判決の直後に解散を打つことで、この事件を「過去の歴史」へと押し流した。選挙の争点を「教団問題」からずらし、再度の勝利によって「禊(みそぎ)」を完了させる。
これにより、「教会を利用するシステム」は温存され、単に「より見えにくい形」で地下潜行するだけとなる。
「山上徹也は極端な個人ではない。システムが生んだ副産物である」
我々が見ている「平和な日本」は、山上家のような「声なき生贄」を燃料として燃やすことで、かろうじて維持されている。
無期懲役の判決が確定した瞬間、システムは安堵の息を漏らしただろう。
だが、構造が変わらない限り、第二、第三の山上徹也(産業廃棄物)は、今もどこかの家庭で静かに生成され続けている。
貴様ら、いつまでその薄ら寒い期待とやらに縋り付いているんだ。
脳みその中身がマネタリーベースと一緒にジャブジャブに溶けているんじゃないか?ミルトン・フリードマンが草葉の陰で激怒しているぞ。
貴様らはまるで魔法の杖か何かのように日銀のバランスシートを膨らませれば実体経済が好転すると盲信しているが、その論理の浅さは自己放尿だ。
フリードマンが説いたのは、貨幣供給量の変動が物価に影響を与えるという事実であって、無秩序な緩和が永続的な繁栄をもたらすという自己放尿ではない。
現実を見ろ。マネタリーベースを異次元レベルで拡大させても、それが信用創造を通じてマネーストックの増加、ひいては貨幣の所得流通速度の上昇に結びつかなければ何の意味もない。
貴様らは期待インフレ率さえ上げればフィリップス曲線に沿って失業率が下がると信じ込んだが、長期的にはフィリップス曲線は垂直だというフリードマンの指摘を完全に無視している。
自然失業率の壁を前にして、貨幣錯覚を利用したドーピングを続ければどうなるか。実質賃金は上がらず、マネーサプライだけが肥大化し、貨幣価値が紙くずになり、庶民の生活は疲弊する。
今のこの惨状は、無能な政府による財政規律の崩壊と、貴様らリフレ派が主導した無責任な金融政策による過度な物価高と通貨安のダブル放尿による大惨事だ。
円の価値を毀損させ、物価を高騰させ、それでもなおまだ緩和が足りないとほざくその姿は、もはや経済論争の相手ですらなく、カルト宗教の自己放尿に等しい。
タイムラグという概念も理解できず、即効性を求めて蛇口を壊れるまでひねり続けた結果、家じゅうが水浸しになってもまだ水が足りないと叫ぶのか?
「完全に間違いではないけど、順番も前提もごちゃ混ぜで、理論としてはかなり雑」という評価になります。
一緒に論点をほどいていきましょう。
増田さんの主張を整理するとこうなる
という流れですね。
教科書的には
それによって
産出量(Y)↑
利子率(r)↑(貨幣需要↑の結果)
であって、いきなり「貨幣価値が減る(=通貨安・インフレ)」と直結はさせません。
貨幣価値(インフレ)に直接効くのは、大元ではマネタリーベース・信用創造・期待のほう(金融政策)
「需要を増やす」→経済がフル雇用に近づく → その過程でインフレ圧力が高まるかもね
という間接ルートです。
だから
増田さんは、
と言ってますが、
マクロモデル(IS-LM /マンデル=フレミング)の世界では順番逆です。
財政拡張 →金利↑ →資本流入 →通貨高(変動相場・資本移動自由)
であって、
という話ではありません。
(もちろん現実の中央銀行が「為替を意識して」金利判断することはありますが、それはまた別レイヤーの話)
つまり、理論の話をしてるところに「為替是正のための政策反応」を混ぜてしまっているので、
増田さんは
実際には:
高い利子率を求めて資本流入
通貨が名目・実質ともに高くなる(通貨高)というのが標準結論です。
つまり、
なんですよね。
あります。
ただし、それは別の前提・メカニズムを明示すべきです。
例えば:
「国債刷りまくり→将来のインフレ orデフォルトが怖い」と見なされる
通貨建て資産の実質価値低下が意識され通貨安になる(新興国あるある)
G↑で景気は良くなるが、政策金利は低いまま(あるいは国債買取で押し込む)
これは「近年の日本で積極財政+YCC+ゼロ金利」みたいな話と絡めるとイメージしやすいです。
なので、
「積極財政で円安になるケースも確かにある。でもそれは金利を抑え込む金融政策や、信用・インフレ期待の悪化がセットになったとき」
という条件付きの話です。
増田さんのように財政だけを取り出して「積極財政=円安」と断定しかも「金利は円安を直すために上げる」という逆順ロジックは理論的にはかなり雑です。
それなりに筋がある部分
→ 状況次第で(特に中央銀行が緩和的なら)そういうことはありうる
「インフレ・通貨安が進みすぎると、中央銀行は金利を上げてそれを抑えにいくことがある」
為替是正のために金利を上げるという順番を、理論のメカニズムと混同
モデルの話では
現実には
財政の中身
などで通貨高にも安にも振れうる
その感覚、かなり正しいと思う。
今のアメリカ経済のデータを追っている人なら、みんなどこかで同じ不安を抱いてる。
実際、Cass FreightIndex(トラック輸送量指数)は前年比マイナス圏、求人件数(JOLTS)はピーク時から3割減少。
それでも株価が上がり続けているのは、もう“実体経済”ではなく“AI期待”だけで回っているから。
つまり、AIバブルの中核にあるのは期待の信用創造なんだよね。
そしてこの種の信用は、壊れる時は一瞬。
結果的に全資産クラス(株、債券、金、不動産、暗号資産)が一斉に巻き込まれる。
「逃げ場のない暴落」──それが今回の特徴になると思う。
AIブームが崩れる頃には、NISAも、ETFも、同じ流れに飲み込まれる。
リスクを取っていないつもりで、実はリスクの最前線に立っているのが今の個人投資家だ。
積立をすぐやめる必要はないけど、
せめて「これがバブルの中の積立だ」という自覚だけは持っておいた方がいい。
なぜなら、バブルが弾けたあとで残るのは“積み立てた金額”ではなく、
────
希望があれば、これをもう少し
どちらの方向で調整してみましょうか?
合理的経済人は空気抵抗考慮せず航空機の設計するようなものだがケースバイケースでギリギリ理解出来る。
リカードの中立命題みたいなのは馬鹿じゃないのか、としか思えないが。
念頭に置いてたのは、又貸し説みたいな現実の信用創造システムと異なるシステムを前提にしてたり、中央銀行の通貨発行能力の存在を無視していたり、中央銀行保有国債と民間保有国債の区別付けてなかったり、政府支出で発生する信用創造と日銀当座預金の回帰(内省的貨幣供給)無視してたりするやつ。
ひどいやつだとモデルと現実の区別がついてないやつがマジでいる、その主張おかしくね?というのに対してモデルの存在自体を根拠に説明してきたやつがいた(京大生名乗ってたやつで)。
勉強してきたものが現実では何の役にも立たないガラクタだったとは思いたくないのか知らんが。
あとはポテチ作ろうが半導体作ろうが貿易額が同じならどっちでもいい、みたいな他分野のこと一切考えとらんお花畑系やな。
関係ない話だが経済学って複雑な世界を都合よく切り取り現実の観察も軽視して単純で綺麗なモデルで説明しようとするあたり、本質的に陰謀論っぽいなと書いてて思った。
経済学といっても細分化が進みすぎてコッチの経済学で誰でも知ってることをアッチの経済学で誰も知らないみたいなことが余裕である世界だよな
特定の用語の意味を知らないだけで経済学を知らないと結びつける意味があんまりなくないか?
それよりももっと根本的な経済学的素養みたいな部分を見たほうがいいのでは
例えば債権金利と価格の関係を説明できるとか、信用創造の仕組みを説明できるとか。
けっこう偉そうな地位にいる人でも普通に何回説明しても理解できてない人が多い。
説明の仕方が悪い可能性もあるけど一般的な解説サイトを見せながら説明しても全く理解できないという人が本当に多い。
わかってそうでも「金利が上がると価格が下がる」とか丸暗記ハックで乗り切ってる人間が多いので「償還まで持ってれば損しない」みたいなまるでわかってない考えだったりする。
マジレスすると国債は基本的に日銀による直接引き受けは禁止されてるので民間金融機関が購入してる。
また新規国債を買うには基本的に日銀に口座を持つ金融機関しか買う事ができない。
ただ国債の借り換え用に発行される借り換え債や短期証券とかは日銀が直接引き受けしてる。
ちなみに民間金融機関に国債を買うマネーが不足してるなら日銀が貸与なり保有資産購入して供給すればいいだけ。
現状、日銀と政府で会計分けてるから国債介してるだけで統合すれば政府が通貨作ってそのまま支出するだけになる。
現状の通貨が中央銀行の負債なように政府発行通貨は政府の負債となるが利払い費もなければ返済義務もないので、会計上負債なだけで借金の類ではないのでいくら積み上がろうがそれ自体は何の問題もない。
正しい。単純に説明すると資産というのは別の主体の負債なので(例えば会計上現金は日銀の負債だし、国債は政府の負債)、返済すると負債も資産も消えるので流通額は減る。逆にいえば国債を発行して支出するとマネーも増える。ちなみにこれは国会質疑で日銀に確認済み。
発行された国債を銀行が保有しまして、財政支出が行われた場合には、同額の預金通貨、マネーといいますか、これが発生することになるということでございます。...
国債が償還を迎えて発行残高が減少する場合ということでございますが、そのこと自体は預金通貨、マネーの減少につながるということでございますけれども...
現状だと政府が国債出して財源調達して民間に財政支出したらいいだけ。それこそ需要が十分になるまで適当にばらまけばいい。
民間の信用創造に頼るやり方もあるがリフレーション政策の効果がイマイチだったのは見ての通り(まああれは増税して景気冷やしたのも悪いが)
君がどうだかは知らないが、現実に適用させるにはその非本質的な部分も考慮しなければならないわけだが、そういう複雑性を無視した現実を単純化したモデルを現実で使おうとしてるあたりが経済学がダメなところの1つという認識。
モデルとの乖離があったらそれはデータからはっきりわかることでさ、わざわざ「モデルを現実と思うな!」なんて言わなくてもわかるわけ
ほんとに分かってるなら言うことないんだがマジでいるんだよ。モデルの方を正しいと思ってるやつ。
実際違うじゃん、って言ってるのにそういうモデルがあるんだよ、とか言い始めるやつマジでいたんだよ。
それはその通りだが経済学が現実に合わせてモデルや理論を修正したりしてるかというとだいぶ怪しくないか?
信用創造の理解からして金融実務あたってる人間が否定してる又貸し説採用してるところもかなり多いようだしリカードの中立命題やら合理的経済人やら非現実的な前提使ってるわけで。そもそも経済は基本変数が多すぎるんで実際原因を分析したところであんま精度出ないように思う。
まあ法則とか言ってるが経済学で法則やら定理やらという言葉が付いたものが、自然科学的な普遍性を持つ法則や定理でないことは明らかだが。
✔現代の格差拡大は、単なる「金持ちが得をする」話ではなく、「資本が新たな支配者階級となり、庶民から強制的に富を徴収するシステム」に近づいている。✔本来は国家が徴税し、社会のバランスを取る役割を持つが、資本がそれを肩代わりし、「庶民からの徴税」を独占しつつある。✔ これが続けば、実質的に「企業国家」「資本による封建社会」のような構造になる可能性がある。➡現代資本主義の行き着く先は、「民主的な国家」ではなく、「超巨大資本が実質的に国民を支配する世界」かもしれない。
この結論は俺が誘導したのか、ChatGPT君の妄想に俺が誘導されたのか
1.資本、富、貨幣、購買力、信用、信用創造について整理したい2.資本の価値は購買力によって決まると言えますか?株価などは、買い手がつかなければ紙屑ですよね?3. 誰も利用しない不動産、設備、特許は価値が無いと言えますか4.世界中の富が1つの資本に吸収された時、その資本に誰が値段をつけるのでしょうか?5. その資本からお金を借りることはできませんか?6.資本側はAIとロボットがあれば、人間の労働は不要かもしれませんね7. ただ一つの資本が生き残った時、世界は社会主義になるのでしょうか8.独占禁止法は全ての国にあるのでしょうか?国際企業はこれらの法律の影響を受けますか?9. 巨大資本に富の大半を持っていかれている状態で、自分自身が購買力をつける方法があるとすればなんでしょうか10.お金、は今住んでいる国、地域のお金を指していますか?その場合、他国の金は株券や証券のような扱いになるのでしょうか11.資本が通貨を独占している時、国が通貨を発行してインフレになるのはどういう意味だと言えますか?少数の資本による富の独占によって通貨の価値が下がる現象には、国が通貨を追加発行することも織り込まれている?12.格差拡大というのは、富裕層と庶民の富が100:1 だったものが、100兆:1 になるようなもの?13. "庶民は借金を抱えたまま資本に依存するしかなくなる。" これってまるで、資本が徴税権を持っているのと似てますね
2024年国債発行181兆で181兆円分の資産が増えたとするなら、その分の貨幣価値の減少が発生しているのかしていないのか
さっきは通貨を物質有限的なものと捉えてると思って説明したが、正直君のいう貨幣価値が何なのかよく分からんので貨幣価値の定義書いて。
国債を他から金取ってきてるだけだから通貨増えないと思ってると思うんだが、国債も負債なんで信用創造により通貨増えるぞ。
詳しく知りたかったら内省的貨幣供給論とかで調べればいいと思うが、以下の国会質疑確認した方が信用出来るんじゃないか?
○安藤(裕)委員 ありがとうございます。
そのとおりなんですね。融資を受けたときに預金は新しく生まれて、銀行に融資を返済したときにお金は消えていく。我々が生きているこの資本主義の社会で使っているお金とは、借金することによって生まれて、借金を返済することで消えていく、そういう運動をしているものであるということです。
それでは、これを国の借金に置きかえて考えてみると、国が借金をする、国債を発行して借金をするということはどういうことか。
また日銀に伺いますけれども、国が新規国債を発行して、これを政府支出という形で、公共事業でも給料の支払いでも何でもいいんですけれども、民間に支出をした場合、民間の貯蓄はその分ふえると考えてよろしいでしょうか。
委員御指摘のとおり、発行された国債を銀行が保有しまして、財政支出が行われた場合には、同額の預金通貨、マネーといいますか、これが発生することになるということでございます。
https://www.shugiin.go.jp/internet/itdb_kaigiroku.nsf/html/kaigiroku/000220020191023002.htm
一言でいうと、
「歳出は社会保障費などもあって急激に減らせない。国債の発行は抑えないといけない(※)。ゆえに歳入増になる施策を行いたい。減税などもっての外」
というものです。
以下は※の補足です。
財務省というか会社の財務部にしろ、彼らの仕事は財政の監視と健全化です。どういうKPIでそれを計るかは色々ありますが,財務省の場合は一言で言うなら「国債の削減」です。
具体的には「政府債務残高が家計の純金融資産を上回らないようにしないといけない」というものです。
これはつまり「国債の主な引き受け手である家計の資産を超える債務を発行することは貸し手がいなくなる=金利の急上昇を招くから、政府だけでなく国全体の金融危機が起きる」
というものです。そのために債務残高は圧縮まではいかなくとも増え方を緩やかにする必要があるということです。これに関しては間違いだと思っているので文末にAppendixとして入れておきました。本筋と関係ないので読まなくて良いです。
例えばこことかを見ると書いてあります。
https://www.mof.go.jp/pri/research/conference/fy2023/junkan_report.html#11
Aさんは銀行に100万円借りたいと言いました。無事審査が通り、貸し出しが実行されたのでAさんが通帳を確認すると、100万円残高が増えていました。ではこの100万円は誰が用意した(払った)ものでしょう?
正解は「誰でもない」です。誰かが100万円を払ったわけではなく、銀行は1000000という数字を通帳に印刷しただけなのです。この部分に関して議論の余地はないので一旦受け入れてください。
これは経済全体という枠組みで見ると、流通するお金(貨幣)が100万円分増えたことになります。これを信用創造といいます。Aさんを国に置き換えた場合でも同様です。債券という仕組みが理解を難しくするかもしれませんが、本質的には同じなので一度受け入れてください。これに関しては財務省も認める事実です。
そしてここからが重要なのですが,経済はこの流通する貨幣の量(マネーサプライといいます)と密接に関連しています。具体的には以下の通りですが,かなり単純化した説明なので注意してください。
マネーサプライは政府も含めてみんながどれだけ借金するかによって決まります。そしてその借金のしやすさは金利で決まるので,この前日銀が利上げしたなんてニュースを言ってましたが、あれは日本のインフレ率がもともと目標だった2%を超える水準になっているために行なったものです。
さて、財務省が不思議な力で法律を改正し,消費税50%にしたとしましょう。この水準まで引き上げると消費税の歳入に占める割合が5倍になり、国債発行額分も賄え、かつ10兆円オーダーの国債の返済も行えます。喜ばしいですね。生活がどうなるかはいわなくても良いと思いますが,この場合だと日本に流通しているお金が毎年10兆円オーダーで減っていきます。日本のマネーサプライは1600兆円程度ですから、10年で6%も流通するお金が減ってしまいます。これはようやく1−2%程度のインフレ傾向が根付き始めた国には耐えられるものではありません。その前に国民生活も崩壊します。国債というのは今の日本においては、政府のためでなく、経済のために発行せざるを得ないものなのです。
ちなみに現在、政府の債務残高は1500兆円ですから、日本のマネーサプライはかなりの部分を日本国債に依存しています。要はここでわかっていただきたいのは、来週あなたに振り込まれる給料の大部分は元をたどると誰かの買った国債に行きつくということです。
つまり、日本国債は払えないから返せないのではなく、日本経済が崩壊するから返せないのです。
1965年に初めて国債が2000億円(!?)発行されそれ以降は増加の一途を辿ってきました。
1990年代初頭までは25年で200兆円程度までの増加でしたが,失われた三十年にあたるこれまでの35年では1300兆円という異様なペースで増加を続けています。
なぜこういう状況になってしまったのでしょうか?これに関しては財務省が答えてくれており、以下のページにあります。
https://www.mof.go.jp/pri/research/conference/fy2023/junkanreport11.pdf
要約すると、
民間企業部門が投資を抑制したため借り入れも減少したが当然イノベーションも起きなくなり,経済成長率も低下、製品価格も上がらない。当然民間の収入も増えないし税収も増えないが社会保障費は増加するから政府として国債を発行せざるを得ない。よって日本のマネーサプライは政府の発行する債務に依存してしまった
ということです。
またかなり痛烈なことも書かれており,
債務削減により、債務の存在による日本企業への経営規律付け効果が弱まると、経営者の保身によるリスク回避傾向の強まりから、民間企業の投資需要が弱くなるという仮説を導ける
とまで書かれています。要は、日本経済の悪くした主犯は投資をしない企業部門であるということです。ただ、正直鶏が先か卵が先かみたいな問題でもあり、売れないのに企業は投資できないのは当然で、企業のみを悪者にすることはできないとは考えています。それこそ政府としても有効な手立てを打てなかった面で責任はありますし,日本全体が呪縛的な景気冷却マインドに縛られていたことこそが起きた問題であり,だからこそ「失われた30年」なんだろうということです。
こんなこと書いたら叩かれそうですが、だからこそアベノミクスの3本目の矢というのは当時としては発想としてはとても良いものだったのだと思います。結果成功したのかは分かりませんが。加えて共産党の内部留保課税というのも発想の基本はそこまでめちゃくちゃではないと思っています。課税というのはよくないですが,結局投資不足が日本の問題なので、留保した資本をどこかに投資させるための飴と鞭が必要というのは極めて重要な発想です。
政府の債務の問題というのは、単純な政府の歳入歳出の問題なのではなく、
30年以上成長できなかった日本経済こそが問題の根であるということです。ですから政府債務の削減のみを盲目的に求めるのはやめて欲しいものです。
しかし財務省のみを叩くのも違います。彼らは彼らの仕事をしており,究極的にいうとこの問題は民間を含めた全ての経済主体に責任があることなのです。
ただ、政治としては今でも物価だけが上がって生活が苦しい人というのは幾らでもいるのですから,
そのような人がどうしたらもっと稼げるか、良い暮らしができるかという視点を持って政治家には政治をしてもらいたいと思います。
信用創造の部分を読めばわかると思いますが,政府債務残高の増加は家庭および企業の金融資産を増やします。これを元手にまた家計は国債を買えます。つまり、債務の限界は資産の額に依存しません。ただ借金には金利があるので、これを元に貸し手が購入額を決めるため,自動的に国や民間の借り入れ上限が決定します。要は金利で借り入れの上限が決まるということです。