
はてなキーワード:信教の自由とは
マスコミや一部の世論では「宗教法人は税金を払っておらず、優遇されている」という批判がしばしば聞かれます。
しかし、法律の専門的な視点からその実態を紐解くと、そこには私たちの「信教の自由」と「財産権」を守るための、極めて真っ当な論理が存在することがわかります。
今回は、特に重要でありながら見過ごされがちな「宗教法人法第84条」の精神を中心に、課税問題の正論を解説します。
1. 「宗教法人は無税」という言説の誤り
まず、世間に流布している「宗教法人は一銭も税金を払っていない」という認識を正す必要があります。現行法制度下では、宗教法人は厳格に区分けされた課税を受けています。
•収益事業への課税: 物品販売や不動産貸付など、法人税法で定められた「34の収益事業」から生じた所得には法人税がかかっています。
•個人への所得税:宗教法人の代表者や職員が受け取る給与(俸給)には、一般のサラリーマンと同様に所得税・住民税が課され、源泉徴収も行われています。
•消費税の支払い: 物品の購入時には、当然ながら10%の消費税を支払っています。
つまり、「坊主丸儲け」という批判は、事実を無視した感情論に過ぎないのです。
2.宗教法人法第84条が定める「聖域」の重み
最も大切なのは、宗教法人法第84条に明文化されている「宗教上の特性の尊重」です。この条文は、国家権力が安易に宗教活動へ介入することを禁じています。
【宗教法人法 第84条】
「この法律の規定中、宗教法人の管理運営に関する規定は、当該宗教法人の宗教上の特性及び慣習を尊重し、信教の自由を妨げることがないように特に留意して解釈し、且つ、運用しなければならない。」
信者が支払う「お布施(布施)」は、神仏への捧げものであり、サービスへの対価ではありません。これを「所得」とみなして課税することは、信者が既に所得税を払った後の財に再び課税する「二重課税」であり、かつ信仰心という聖なる思いを国が踏みにじる行為に他なりません。
もしお布施に課税すれば、税務当局が「何が宗教活動で、何がそうでないか」を査定することになります。これは、国が特定の宗教活動に介入し、監視下に置くことを意味します。84条は、こうした事態が「信教の自由」を根底から破壊することを防ぐために、当局に「慎重な運用」を厳命しているのです。
資料の中で鋭く指摘されているのは、**「宗教非課税こそが世界の常識」**であるという点です。
アメリカをはじめとする諸外国でも、宗教団体への寄付は所得から控除されるのが一般的です。それは、宗教が担う「人々の魂を救う」という公益性が、国家の提供する行政サービスよりもはるかに深い次元で社会を支えていると認められているからです。
一部の論者は「課税が原則で、非課税は例外だ」と主張しますが、これは逆転した考え方です。
憲法が保障する「財産権」や「信教の自由」こそが本来の原則であり、国が国民の財を奪う「課税」こそが、法律に基づいた限定的な「例外」でなければなりません。
特に、宗教活動における「収益事業」の判定についても、84条の精神に則れば、安易に類推解釈(法律を広げて解釈すること)をして課税対象を広げることは、法治主義の逸脱と言わざるを得ません。
小鮒将人(M.KOBUNA)
@light77
·
私は大反対です。 x.com/tweet_tokyo_we…
普通の法人は簡単に作れるのに、宗教法人は全く作れないのは常識だよ?
会社のように宗教法人を簡単に作れるようにしたほうが憲法に沿ってると思いませんか。
そっちのほうが信教の自由を守れと言ってるリベラルの人なら賛成してくれるはず。
【はじめに】
システム工学的「エポケー(判断保留)」と、リヴァイアサンの代謝
本稿は、現代日本政治における「権力と宗教」の構造的癒着、および「山上徹也」という事象を、道徳的善悪の彼岸にある「システム工学的な機能不全と最適化」の観点から記述する試みである。
あらかじめ断っておくが、本稿には犯罪行為を正当化する意図も、特定の信仰を弾圧する意図も一切ない。
現象の「論理的解明(Explanation)」は、決して行為の「倫理的擁護(Justification)」と等価ではない。
病理学者がウイルスの感染経路を淡々と追跡するように、筆者は犯罪者も、政治家も、信者も、すべて巨大な統治機構(リヴァイアサン)を構成する「部品」および「代謝産物」として等価に扱う。
読者が感じるかもしれない不快感は、システムそのものが内包する「非人間的な合理性」の反映に過ぎない。
筆者は前稿『歪なリヴァイアサン』において、自民党を「魂(イデオロギー)を持たない利益配分マシン」と定義した。
しかし、高度成長が終わり、配るべき「カネ(利益)」が枯渇したとき、魂を持たないこのマシンは、いかにして自らを駆動させる熱量を調達するのか?
本稿は、この問いに対する回答である。
システムは生存のために、外部から「安価な魂」と「無料の労働力」を調達する必要があった。その調達先こそが、統一教会という名の「政治的下請け業者(BPOパートナー)」である。
本稿では、リヴァイアサンがいかにしてこの異物を「召喚」し、その病理的な代謝プロセスの中で、いかなる副作用(山上徹也)を必然的に排出したのかを解剖する。
序論:誤診された「犯罪者」
2026年1月、奈良地裁は山上徹也被告に無期懲役を言い渡した。判決文、そして世論の多くは、彼を「家庭環境に絶望した、極めて特異で孤独な犯罪者」として処理しようとしている。
しかし、これは誤診である。あるいは、意図的な隠蔽と言ってもよい。
我々の「システム論」の視座に立てば、山上徹也という存在は、決して予測不能なバグ(異常値)ではない。彼は、戦後日本の政治システムが正常に稼働し続けた結果、必然的に排出された「産業廃棄物(システム・バイプロダクト)」である。
彼を「極端な個人」として切り捨てることは、工場が川に垂れ流した汚染水で奇形魚が生まれた際に、工場の排水システムを点検せず、「その魚の特異体質」を責めるに等しい。
なぜ、統一教会という異質なカルトが、日本の政権中枢にこれほど深く食い込めたのか。
「教会が巧みに自民党を洗脳・浸透した」という被害者面をしたナラティブが流布しているが、これは歴史的にも構造的にも誤りである。
正しくはこうだ。自民党というシステムには、構造的な「欠落」があり、その穴を埋めるために教会を自ら「召喚」したのである。
自民党と統一教会の関係を「信仰」や「思想の共鳴」で語ることは、事の本質を見誤らせる。
両者を結びつけていたのは、互いの「欠損」を補い合う、極めてドライで実利的な「政治的バーター取引(交換条件)」である。
この取引のバランスシート(貸借対照表)を精査すれば、なぜシステムが教会を切断できなかったのかが明確になる。
自民党が教会から調達していたのは、カネ(献金)以上に、「カネのかからない実働部隊」であった。
選挙には膨大な人件費がかかる。しかし、教会から派遣される秘書や運動員は、給与を要求しないどころか、教団の教義に従って「無私の奉仕」として24時間働く。
これは、企業経営で言えば「違法なほどの低賃金労働力」を独占的に確保しているに等しい。自民党議員にとって、これほどコストパフォーマンスの良い「兵隊」は他に存在しなかった。
数万票単位で動く教団の組織票は、全体の得票数から見れば僅かかもしれない。しかし、当落線上にある小選挙区の候補者にとっては、この「確実に計算できる数万票」こそが、政治生命を左右する決定打となる。
スパイ防止法制定や選択的夫婦別姓反対など、リベラル層からの反発が強い右派的政策の推進運動を、「国際勝共連合」という別動隊に担わせた。これにより、自民党本体は「中道」の顔を保ったまま、保守層の支持を固めることができた。
対する教会側が求めたのは、日本という巨大な資金源でビジネスを続けるための「不可侵条約」と「お墨付き」である。
教祖や幹部が、岸信介、安倍晋三といった歴代首相と並んで写真に収まること。あるいは、関連イベントにビデオメッセージをもらうこと。
これらは単なる記念ではない。信者や勧誘対象者に対し、「総理大臣も認める立派な団体である」と信じ込ませるための「最強の営業ツール」として利用された。政治家の権威は、霊感商法を正当化するためにロンダリングされたのである。
長年にわたり、霊感商法に対する警察の捜査や消費者庁の規制が、不可解なほど鈍かった事実は見逃せない。
さらに決定的だったのは、2015年の「名称変更」の承認である。悪名高い「統一教会」から「世界平和統一家庭連合」への看板の掛け替えを、当時の下村文科相下の文化庁が認めたことで、教団は過去の悪評をリセットし、新たな勧誘活動を展開することが可能になった。
これは実質的に、国家が教団に対し、「日本国民からの搾取を継続してもよい」というライセンス(免許)を更新したに等しい。
教会が喉から手が出るほど欲しがり、自民党が頑なに守り続けた最大の利権。それは、日本国内に「聖域」と呼ばれる非課税地帯を維持することであった。
通常の企業であれば、商品を売って利益が出れば法人税がかかる。
しかし、教会は「壺」や「多宝塔」を売る行為を、商行為ではなく「宗教的な寄付(献金)」と定義した。
日本の宗教法人法において、宗教活動による収入は「非課税」である。
これにより、信者から巻き上げた数千億円規模の資産は、国家による徴税というフィルターを通らず、丸ごと教団の懐に入った。これは、実質的に国家が教団に対して「法人税相当分(利益の約20〜30%)の補助金」を裏で渡しているに等しい。
株式会社と異なり、宗教法人は財務諸表の公開義務が極めて緩い(実質的に外部からは見えない)。
この「不透明性の維持」こそが、自民党が教会に提供した最大のサービスの一つである。
「信教の自由」を盾に、宗教法人法へのメス(厳格な会計監査の義務化など)を入れないことによって、教会は日本で集めた莫大な資金を、誰にも監視されずに韓国の本部や米国へ送金することができた。
日本は、教団にとって世界で最も効率の良い「集金マシン兼タックス・ヘイブン(租税回避地)」として機能させられたのである。
(元)連立パートナー(公明党・創価学会)への配慮という「人質」:
それは、統一教会だけに課税しようとすれば、かつて自民党の連立パートナーである公明党の支持母体(創価学会)や、自民党の保守地盤である神社本庁など、他の巨大宗教団体の既得権益も脅かすことになるからだ。
この「相互確証破壊」の構造があるため、宗教法人税制はアンタッチャブルな聖域となり、統一教会はその「大きな傘」の下で安住することができた。
この取引において、自民党は「政治コスト」を削減し、教会は「法的リスク」を回避した。
しかし、経済学の原則として、「フリーランチ(タダ飯)」は存在しない。
自民党が浮かせたコストと、教会が得た利益。その莫大なツケを払わされたのは誰か?
その全てのツケは、「信者家庭からの略奪的採掘」によって支払われた。
燃料としての家族:
自民党に「無償の秘書」を派遣するためには、教会職員を養うカネがいる。そのカネを作るために、山上徹也の母親は「霊感商法」によって資産の全てを搾り取られた。
山上家が破産し、兄が自殺し、一家が崩壊したプロセスは、悲劇ではない。それは、自民党という巨大なエンジンを回すために、燃料として「消費」されたに過ぎない。
燃料(資産と家庭の幸福)が燃やし尽くされた後に残った、燃えない残骸。
金も、親の愛も、学歴も、社会的地位も奪われ、空っぽになった人間。
それが山上徹也だ。
彼は社会不適合者だったから犯罪行為を起こしたのではない。システムが彼から全てを収奪し、その後の「廃棄物処理」を怠った結果、有毒ガスが充満して引火したのである。
あの手製の銃は、狂人の武器ではない。それは、政治システムが排出した「毒」が、逆流して配管(安倍元首相)を破裂させた物理現象だ。
2026年の無期懲役判決と、それに続く高市首相の解散総選挙。これらは一連の「汚染除去作業」である。
裁判所は、彼を「政治犯」として認めなかった。認めてしまえば、「自民党がカルトを使って国民を搾取していた」という因果関係を司法が公認することになるからだ。
彼を「母親への恨みで暴走したかわいそうな男」という物語に閉じ込め、刑務所という最終処分場へ隔離することで、システムは「我々には責任がない」と宣言した。
高市首相は、判決の直後に解散を打つことで、この事件を「過去の歴史」へと押し流した。選挙の争点を「教団問題」からずらし、再度の勝利によって「禊(みそぎ)」を完了させる。
これにより、「教会を利用するシステム」は温存され、単に「より見えにくい形」で地下潜行するだけとなる。
「山上徹也は極端な個人ではない。システムが生んだ副産物である」
我々が見ている「平和な日本」は、山上家のような「声なき生贄」を燃料として燃やすことで、かろうじて維持されている。
無期懲役の判決が確定した瞬間、システムは安堵の息を漏らしただろう。
だが、構造が変わらない限り、第二、第三の山上徹也(産業廃棄物)は、今もどこかの家庭で静かに生成され続けている。
トランプはアメとムチで押したり引いたりなだめすかして公約を実行してるだけ
オールドメディアがこの辺報道しないのでオールドメディアしか情報源が無くかつ頭の悪い人にはトランプが行き当たりばったりの暗君に見える
>トランプが思い付きで様々な行動をしているという意見もあるけど、基本的にこれに沿った政策を実行しているだけ、という事が殆ど知られてないのは不思議なんだよなあ。
>3.インフレを終わらせ、米国に再び手頃な価格をもたらす
>6.労働者に大幅な減税を実施し、チップには課税しない
>7.憲法、権利章典、そして言論の自由、信教の自由、武器を所有する権利を含む基本的自由を守る
>8.第三次世界大戦を阻止し、欧州と中東の平和を回復し、我が国全土を覆うアイアンドーム・ミサイル防衛シールとを構築する
>10.移民犯罪の蔓延を阻止し、外国の麻薬カルテルを解体し、ギャングの暴力を止め、凶悪犯罪者を監禁する
>11.首都ワシントンを含む都市を再建し、安全で清潔な美しい都市を取り戻す
>12.軍隊を強化し・現代化し、疑問の余地なく世界最強の軍隊にする
>14.定年年齢の変更を含め、社会保障とメディケアを削減することなく守り抜く
>15.電気自動車の義務化を中止し、高コストで負担の大きい規制を削減する
>16.批判的人種論、急進的ジェンダー・イデオロギー、その他の不適切な人種的、性的、政治的内容を子供たちに押し付ける学校への連邦政府からの資金援助を打ち切る
>18.ハマス過激派を国外追放し、大学キャンパスを再び安全で愛国的なものにする
>19.同日投票、有権者の身分証明、紙の投票用紙、市民権の証明など、選挙の安全を確保する
>20.新しく、過去最高レベルの成功をもたらし、国を一つにする
>と、大雑把にはこんな感じの内容で、現状での進捗と達成度は半分くらいだと言われているな。
魚を獲るスキルもなく食うに困ってもそれがあなたの選んだ道じゃんってなるのが本来の自由だったはず
例えば信教の自由があるとしてわざわざ信仰カルト宗教に帰依したとして
偏見以前に社会に実害を与えてきた組織に与することを指弾されるのは当然自由の代償だったはず
例えば着たい服を流行に染まらずに着続ける自由、無免許でも地方に住む自由、タトゥー入れたりピアス付けたりする自由などは、明らかにその自由を行使することで一切のペナルティを負うべきではないというニュアンスが強い。自由というよりは無制限の承認に近い。おそらく令和を境に自由の意味は大きく変わる。人権もだいぶ変節した意味が通用するようになってきたが、自由もまた同じ道を歩むだろう。
その一方で、自由とされるものを承認しない言動も目立ってきた。
例えば婚活するにあたり良い条件の人を選ぶのは幸福追求であり自由だが、これを認めないかのような言動は随分目立つ。何なら婚活を運営する側もその自由を愚かであるかのように言うケースすらある。本来は自由とされてきたものが不自由になる。昔から大学歴は偏差値で選ぶのが当然とされてきており、研究室で選ぶのは異端かのような空気があったが、それに近いだろうか。
キリスト教の墓地はあちこちにあるが、トラブルは起きていない。
土葬ができるということでイスラム教徒もキリスト教の墓地に葬られている。要は事情を汲んだキリスト教がこれを許している。
また日本での土葬を望むイスラム教徒の多くは、長年日本で働き、家庭もあり、日本国籍があったり(帰化)永住権のある人。労働や納税においても長年日本という国に貢献してきた人でもある。
日本人が海外で亡くなる時も同じだが、遺体の輸送は費用がかかるため、その地で葬ってくださいというパターンもある。
輸送して母国で葬られている例もある。が、これは「母国がある」=戦争や紛争に脅かされておらず、その国に血縁者が残っている場合に限る。紛争や迫害により血縁者もおらず、国がない/国に帰れない人も少なくない。そういう人を放り出すのは人道的にもどうかと思う。
日本も昔は土葬だった。3〜40年前まで土葬していた地域はあるし、今も土葬が当たり前の地域もゼロではない。
土葬した場合の土地の汚染についてもすでに調べられており、住宅区域から十分に離れていれば特に問題はない。
だいたい大昔のことなんて誰もわからないから今俺たちが住んでいる土地も昔は墓地だった可能性があるし、墓地でなくとも古い人骨が埋まっている可能性はいくらでもある。鎌倉は今も普通に掘れば人骨が出てくるが、あまりにも出すぎるのでもうニュースにすらならない。
全員がやっているわけではない。
それを言ったら亡くなった家族を20年間冷凍庫に保存していた日本人家庭や、葬儀費用が捻出できない/どうすればいいかわからなかった/親の年金目当て/などの理由で亡くなった親を自宅に放置し続けて捕まる例は膨大にある。
様々な理由で存在している。それこそ昔から土葬をしている土地はある。
それを言いだしたら「日本に住みたければイスラム教徒は棄教しろ」と言わなければならない。だがこれは明らかに信教の自由を冒しており一番やってはいけないことである。日本人が海外で同じ目に遭わされても文句が言えなくなるが、反対派はそもそも海外に行くようなこともないから好き勝手言えるのかもしれない。
占いが嫌いなのだが、ただ性別が女性というだけで占いに寛容な人間だと思われるので、「占い嫌いな女から見た占い」について話そうと思う
まず占いにハマる奴は何かしら訳ありである。貧困である、毒親育ちである、性加害の経験がある等。
もちろん占い師自身も何かしらの訳ありなので、弱い人間が弱い人間から金を巻き上げているのである。
そしてこの弱者が食い合う世界には親玉みたいな奴がいて、そいつが弱者を食い合うシステムからさらに金を巻き上げて儲けている。
しかし占いなんてものは明確なルールがない。素人でもココナラに窓口を開ければ始められる。
そこが弱い立場の人でも「私ならできるかも」と思ってしまうところなんだろうな。
信教の自由があるから何を信じようとも自由だが、「自分は宗教みたいな無知蒙昧なものから自由だ」と思っている人間のほうがヤバい。
人間は何かを信じながら生きている。それは神様だったり占いだったり二次元の推しだったりする。
占いというものを信じながら、「私はフラットに物を見ていますよ」という体の人間は逆に腹立つんだよな。
そして占いに不思議な力があるとしても、「その力で人助けをしたい」と思う人間は変なのである。
「自分には特別な力があり、人を助ける力があるのだ」と思っている人間は胡散臭い。本人はえてしてそこに気づいていないが。
前述したように占い師も訳ありの人間が多いのだ。それなのに他人の問題を解決しようとするのは異様である。他人を心配するどころじゃないだろ。まず自分のことを心配しろ。
健全な人間は自分を犠牲にしてまで他人を助けたりしない。そんなもんありがたがられるのはフィクションの中だけである。
それにそんな助けられ方をしても「あの人が犠牲になってしまった」と罪悪感を感じるだけなので、私は助けたがりの人間に助けられたいとは思わない。
そうすると「助けたがりの人間」の周りには他人が犠牲になっても気にしないやべーやつだけが集まるのである。
占い師をやっている人間はいつまでも幸せになれない。悪循環だ。
山上母のように大金を献金し始めたり、大金ではないにせよ生活資金に手をつけて献金し始めたり、とにかく異常な行動によって生活が危ぶまれはじめたら適応がある
手遅れになる前に入院させろ
日本の選挙はクリーンにしようとするあまり、人件費もまともに都合つかなくなってしまった。裏金作りが横行したのも雑費の捻出目的だという。ポケットマネーで何百万何千万をポンと出せる人間は潔白でいられる。
そこにカルトも目をつけた。信者を無料で使役できる強みを活かし、ボランティアを与党系選挙事務所に送り込む。これを断るなら、喉から手が出るほど欲しい即戦力の運動員を諦めるだけでなく「信教の自由に反して支持者を分け隔てした」というリスクを背負い込むことになる。支持者を選別して撥ねつけることは政治家にはまずできない。
統一協会はそうやって政治家とコネクションをつける。ヤクザならいずれ売った恩以上の実利を要求するわけだが、カルトは“支払い”を求めない。ただただ“権力者と親密な関係である”というアピール材料を、見せかけの権威を欲しているだけだからだ。
宮内庁に勝手に品物を送りつけて「皇室御用達の品」と喧伝する商法。
「支持の見返りに便宜を与えた」とか「統一協会の要求通りに政策を曲げた」とかいうのは、カルトの演出を鵜呑みにする態度である。
「森友学園」も全く同じ構図だった。山師みたいなおっさんがアベ大明神様と勝手に擦り寄って、その山師の演出をそのまま根拠として野党とマスコミの大キャンペーンが始まった。そして何の癒着も出てこなかった。押しかけファンを相互的な親友かのように粉飾するためにひねり出された小細工がバズワードとしての“忖度”である。
お前のような下賤なものの支持は要らぬと撥ね付ければ良かったというのは前述のごとく無理な話だ。
妹は「間違いなく兄だと思った。『特定の団体に恨みがあった』と聞いて旧統一教会と確信した」と振り返った。被害者が安倍氏だったことは不思議に思わなかったかとの問いには、「不思議に思いませんでした。母の部屋に安倍元首相が表紙の旧統一教会の機関誌がありました。信者の叔母から、選挙時に自民党の特定の候補に入れてほしいと言われたこともあります」と答えた。
安倍氏を殺害した犯人やその家族の認識もまた全く同様に、カルトによる押しかけ親密アピールをそっくりそのまま踏襲している。
政治家安倍晋三の功罪は殺害事件と無関係に検討されなければならないし、ひたすらにアベは悪の根源であったと信じ続ける人びとと今更話すべきことは何もない。
しかし檻の中の犯人にだけはそのレベルの認識で留まって欲しくない。カルトにくいものにされて殺人を決意するほど思い詰めた、そこまで真剣な思いがあったということなのだから。「アベざまあ〜」と軽薄に浮かれるサヨクなどはもとよりお前の友ではないはずだ。
どう言い繕ったとしても安倍氏はとばっちりである。八つ当たりのため、あるいは本当の敵は韓国にいて捕まえにくいから、世間の耳目を集めるため、そういう利己的な理由で人ひとり殺した事実に犯人は毎時毎秒炙られ続けているか。それとももう何も考えないようにしているか。
小泉純一郎が離婚して再婚しないまま、要はファーストレディ不在のまま総理大臣になって外交していたのがまずインパクトあった。
離婚したら再婚しなきゃいけないし、異性愛が無理だったらゲイパートナーがいないとだめみたいな圧力がある。
小泉純一郎が離婚して再婚しないままだったの、「いいんだ」って思ったんだよね。
あと安倍晋三に子供がいないこと。政治家の奥さんって実質発言権なくて究極におとなしくしてないとだめなイメージが日本社会に対してあったんだけど、
安倍さんの奥さんはむちゃくちゃ派手に好き放題やってて、あれも「いいんだ」って思った。
保守思想には生殖主義が合体していることも多いから、保守層のなかで子供がいない安倍晋三の支持率が高いのも不思議に思えてた。
夫に連れ子がいる。そして夫が妻の姓に改姓している。
保守的には、女なのに出産してないこと、妻でなく夫が改姓してること、女が料理とか苦手でバイク好きのメタラーからのバリキャリで夫が料理得意とか、だめかと思っていた。
これも「いいんだ」って思ったんだよね。保守なのに。
まだ総理大臣になるか確定はしていないわけだけど。(とはいえ玉木総理は実現しないと思う。玉木は旧民主の失敗を繰り返さないために新党立ち上げてるのに、立憲と合体したら立党のコンセプトが根本的に崩壊する。確実に立憲にスポイルされる。あと石破自民には書面で行った約束を反故にされたから協力していけないが、高市自民となら協力ができるとは選挙前から言ってたんだよね。玉木は最初から高市寄りで、石破野田が無理という人。調べてね)(つーか玉木下ろし活動、「手取りを増やす夏」と言ったのに年末調整でしか減税されないのは詐欺とか言い出してる人いるけど、選挙期間中にも「年末調整で還付したいのでウチに投票してね」としか言ってませんでした。最速で手取り増やす方法が年末調整であって、給付金は時間がかかり来年になるって前から言ってました。れいわ支持者が熱心に玉木下ろししているけど本当に何?不支持は勝手にすればいいけど、嘘を言うなよ。給与所得があれば年末調整で大きな還付があり手取りが増えるけど、生活保護や年金が収入だと恩恵が無いというのは事実でしかなく全く嘘がないから、事実をもとにして不支持なのはいいと思う。でもデマをまくな)
まあ参政党の党首なんかは標準家庭の保守保守の保守って感じなんだけど。
自民、清和系?統一教会が支持基盤とされている?とこから出てる政治家って、統一教会が保守的な標準家庭を病的に称揚している割に、政治家が標準家庭ではないという印象がある。
逆にリベラルから実践的な政治家が思い浮かばない。政治家じゃないけどサイボウズの人とかはしっかりとリベラルだなと思う。
みらい安野は政治家かつリベラルらしいか。安野が断固として変な髪型を貫いてるし、編集者の奥さんは一人でも活動できて割と自由にしてるし。
(個人的に安野ってガチエリートの上澄みのイスラム教徒だけと会話したことがあってイスラム親和的なんじゃないかって気がして怖い。こちらがイスラム教徒に信教の自由を提供しても、向こうがこちらに対して無神論者でいる自由や仏教徒でいる自由をまったく認める気がないケースがむしろ多数派なんだけど、「超上流のすごく性格がよくて賢いイスラム教徒の友達がいる」という目線で「差別はよくない」って突っぱねられそうな感じが怖い。「狭量に対して寛容になり続けるとまずいことになるぞ」って言ってもあんま受け入れてもらえなさそうで怖い。いや嫌いじゃないんだけど安野)
他は別にいないし、左派政党から「男が産めるのうんこだけ♪」みたいなだいぶ愚かな生殖主義が出てきたりして、え~なんか破綻してない?って思う。
左派って現実味がないのがウィークポイントで知能が高いのが強みだったんだから、左派なのに愚かな生殖主義の歌い手が出てくるともうおしまいなんじゃないの。
追記:保守扱いをされているが田島陽子とグレタ・トゥーンベリのことは大好きだぞ。安野も小説読んでるし(イスラム云々書いたのは小説の印象)どちらかというと好きだぞ。「うんこだけ♪」の政治家に全員落選してほしいのと、れいわと参政党と日本保守党が本気で嫌いなだけ。
death_yasude右派共通の振る舞いとして相手にルールを強制はしたいけど自分は例外にしたいというのがあるとかむしろ特権的な例外身分を味合うために抑圧社会を作りたいまである
共産党のこと言ってる?
このニュースなんですがね
自民党の総裁選で林芳正氏が靖国神社のA級戦犯分祀について言及してはてなー達は諸手を挙げて賛成賛成と言ってますが、待ってほしいこれ憲法違反なのでは?
当たり前ながら我が国の憲法で信教の自由を保証されています。宗教法人によって運営されている以上は総理大臣がA級戦犯分祀の介入することになり、信教の自由を侵すことになります。
自民党総裁になり総理大臣になろうとしてる男が言及するような発言ではなく明確な宗教法人への圧力。ちょっと私は賛成できません。
再び靖国神社を国の管理下に置くなら話は変わってきますが、政教分離の観点から難しいでしょうし、そちらの方が海外諸国の反発がありそうな気がしなくもないからやれないでしょう。
【転載】北九州市の『ムスリム用ハラル給食』に関する市議会質疑は相当面白かった - INVISIBLEDojo. ーQUIET &COLORFUL PLACE-
https://b.hatena.ne.jp/entry/s/m-dojo.hatenadiary.com/entry/2025/09/22/090812
これのブコメがけっこう酷いのだけれど…
は特に酷い
ハンバーグ好き好き教がなぜ、カウンターになるの分からないが、ハンバーグが子供に人気の食べ物であることを考えると
好きな物だけを食べさせろという一般的にわがままと思える主張と宗教上の配慮を求める主張を同一視しているのだろう
毎日ハンバーグは栄養の偏りという点から却下されるが宗教上の配慮は、そう簡単ではない
宗教上、給食が食べられないとなった場合、給食の目指すところである、子供の健康を害する恐れがあるためである
神主の家系に生まれながら継がなかった身としては、命や健康より大事なものがあるのだろうかと思うが他所の事情は分からないし、そういう人たちもいるのだろう
まあ、わがままだと主張するのは分かるけれど学生団体出てこないかなが酷いのだ
まだ、道理の分からない子供が主張するのは分かるが、成熟したはずの大人が自身の主張を子供に擦り付けようとしている
僕は甲殻類アレルギーがあるが喉がイガイガする、痒くなる程度で重度ではなかった(エキス程度は問題ない)
当時は、アレルギーに対する考え方が今ほど厳しくなかったこともあり、配慮も何もなくヤバそうな物が出た時は、友達に食べて貰っていた(そもそも給食で甲殻類はほとんどでない)
そのような中で、配慮してもらっていたそばアレルギーの子を羨ましく思ったことはある
体に強いコンプレックスがあり、人前で肌を晒さすことに強い抵抗があるから、プールを生理で休める女子を羨ましく思ったこともある
だから、子供があいつだけズルいと思うことはあると思う、でもそれは、道理が分からないからでしょう、過去の自分を正当化するようで恥ずかしいが
なのに道理を分かっているはずの大人が、当てつけを道理の分からない子供にやらせようとするその醜悪さに自覚がないのだろうか
コメントした人も☆を付けた人も少し考えてみた方が良いと思う
第20条
・信教の自由は,何人に対してもこれを保障する。いかなる宗教団体も,国から特権を受け,又は政治上の権力を行使してはならない。
教育基本法
第15条
第1条
・この法律は、学校給食が児童及び生徒の心身の健全な発達に資するものであり、かつ、児童及び生徒の食に関する正しい理解と適切な判断力を養う上で
重要な役割を果たすものであることにかんがみ、学校給食及び学校給食を活用した食に関する指導の実施に関し必要な事項を定め
もつて学校給食の普及充実及び学校における食育の推進を図ることを目的とする
第10条
・栄養教諭は、児童又は生徒が健全な食生活を自ら営むことができる知識及び態度を養うため、学校給食において摂取する食品と健康の保持増進との関連性についての指導
食に関して特別の配慮を必要とする児童又は生徒に対する個別的な指導その他の学校給食を活用した食に関する実践的な指導を行うものとする
以上の3つがまず、議論の大前提なのだがそれを満たしているブコメが少なく感情的なものが目立つ
代表的なのは「出ていけ」や「イスラムは他に配慮しないだろ」的なものであるがどちらもこの問題には関係ない
日本人がイスラム教国に行って様々な権利の制限を受けても、日本国憲法の及ぶ範囲では、そのようなことは一切関係なく平等である
特定宗教への配慮が宗教的活動に当たるのかという議論はあって当然だが
文部科学省は「外国人児童生徒受入れの手引き」で一定の配慮を求めているのが現状
この問題は、宗教的活動に触れるからと宗教へ一切の配慮を行わなかった結果、特定の宗教が大きな不利益を被る可能性がある場合、どうするかという話だと思う
有名な神戸高専剣道実技拒否事件があるじゃんか、エホバの証人の信者の学生が剣道の実技を拒否していたら、留年、退学になったっていう
学生側が処分の取り消しを求めて裁判を起こしたわけだけど、最終的に原告が勝って、処分は取り消され、復学した訳で
健康や心身の発達に関わる給食の場合も一定の配慮が求められる正当性があるんじゃないかって思う訳よ
もちろん、コスト的に難しいってのはよく分かる、リソースは無限じゃないし、だからこそ、色々方法を探って議論をして何とか道を探っているんじゃないか
それなのに、そういう建設的な議論をすっ飛ばしたブコメが目立っている
弁当を持たせたら良いというのはその通りで実際にそうしている家庭も多くある、で、弁当の時に問題になるのがコピー弁当問題
コピー弁当というのは、アレルギーや宗教の関係で給食を食べられない子に親が学校の献立と全く同じ弁当を持たせるというもの
学校で子供が浮かないようにやいじめられないようにという親心、子供が求めるケースもあれば親の独りよがりなケースもある
コピー弁当でなくても大丈夫という指導があるようだが親として少しでも子のリスクを減らしたい、同じ給食を共有という体験をさせたいのだろう
それなら、子供のために教えをちょっと逸脱してもいいのではと僕は思うけれど当事者はそう簡単にいかないらしい
また、子供たちが宗教への理解がある程度あれば、献立の違う弁当でもいじめられたり、妬まれたりすることは多くないだろうと思う
しかし、子供たちのお手本となるべき大人がカウンターとしてハンバーグ好き好き教を立ち上げて宗教上の理由で毎日ハンバーグを食べさせろみたいな学生団体出てこないかななどといい
キャッキャしているのだ、これで子供が同じ釜の飯を食べない子供を尊重出来るだろうか?
世の中、理念だけでは回らないし、リソースも有限だしでどこかで線を引いてやりくりしていく必要があるが、理念まで忘れてしまってはいかんでしょう
うちの小学生の息子、夏休みの自由研究のテーマを聞いてびっくりした。
……え、小4でそのテーマ?理科の実験とか貯金箱作りじゃないの?
そこまでは良かったんだけど、息子はふと疑問に思ったらしい。
私は答えた。「うーん、宗教法人はね、普通の会社と違って、宗教活動で得たお金には基本的に税金がかからないのよ」
すると息子、すかさず「なんで?」と首をかしげる。
「信教の自由を守るためってことになってるけど……」と言いかけたら、
「え、それ関係なくない?信じるのは自由でも、お金のことは別でしょ?」と即答。
……たぶん、私より筋が通ってる。
「小さい教会やお寺は免除して、大きいお金持ちの団体だけ税金を取る方法もあるよ!」
「あと、お金の出入りが見えるようになれば、悪い宗教もわかりやすくなるじゃん!」
・信教の自由は守るべき
正直、大人の私が言っても角が立ちそうな主張なのに、小学生が言うと不思議と素直に聞けてしまう。
というか、こんなに整理して筋を通せるなら、国会で言ってほしいレベルだ。
息子に「なんでそこまで真剣に考えたの?」と聞いたら、「だってさ、僕たちは毎日消費税も払ってるんだよ。みんなで出し合ってるのに、一部の人だけ特別扱いはおかしいじゃん」
……ごもっともです。
この自由研究、正直夏休み明けの発表会でどんな空気になるのかちょっと心配だけど少なくとも私は誇らしい。