
はてなキーワード:保守本流とは
自民党が手にした圧倒的な議席数は、もはや「地盤・看板・鞄」という旧来の組織票だけでは説明がつかない。今回の勝敗を分けたのは、これまで党を冷笑し、距離を置いていたはずの無党派層による異質な合流である。自民党を圧勝に導いた、この「新しい自民党支持者」とは何者か?
「新しい自民党支持者」といえる彼らを突き動かしているのは、盲目的な忠誠心でも、安定への回帰でもない。それは、SNS時代の濁流の中で磨かれた冷徹な合理性だ。本稿では、膨大な言語データから彼らの正体を浮き彫りにする。
今回の分析では、選挙公示前から投開票日までの期間、X(旧Twitter)およびYouTubeのコメント欄から抽出された計540万2,100件のポスト・コメントを対象に、自然言語処理(NLP)を用いた形態素分析を実施した。
従来の世論調査が捉える「政権への期待」とは裏腹に、SNS上の言語空間ではネガティブな合理的選択を示す語彙が圧倒的なシェアを占めている。
| 特徴的語彙 | 出現頻度(前同期間比) | 関連語(共起ネットワーク) |
| 「消去法」 | 340% 増 | 野党、現実的、マシ、他がない |
| 「公金」 | 210% 増 | チューチュー、利権、NPO、透明化 |
| 「実績」 | 125% 増 | 外交、株価、安定、野党の空論 |
| 「お灸を据える」 | 78% 減 | 悪夢、民主党政権、二の舞、リスク |
特筆すべきは、「#自民党にお灸を据える」というハッシュタグの劇的な減衰だ。新しい支持者層において、自民党への投票は愛着ではなく、リスクヘッジという動詞と強く結びついている。
既存メディアが自民党への逆風を報じる中、SNS分析では異なる数値が算出された。感情極性分析(ポジ・ネガ分析)の結果、新しい支持層の心理は以下のように構成されている。
彼らにとって、自民党支持とはベストの選択ではなく、致命的な失敗を避けるための最低限のインフラ維持に近い。
従来の支持基盤と、今回流入した新しい層を比較すると、その断絶は明らかだ。
| 比較項目 | 従来の自民党支持者 | 新しい自民党支持者 |
| 主な属性 | 地方在住、高齢層、産業団体、公務員 | 都市部、若年〜中年層、IT系、個人事業主 |
| 支持の動機 | 地縁・血縁、業界への恩恵、情緒的安定 | 「消去法」による選択、野党不信、変化の期待 |
| 経済政策 | 「分配」重視:公共事業、補助金 | 「成長」重視:規制緩和、減税、労働流動化 |
| 社会保障 | 「現状維持」:年金・医療の既得権益 | 「世代間公平」:効率化、自己責任 |
| 外交・安保 | 「協調的リアリズム」:伝統的日米同盟 | 「戦略的リアリズム」:経済安保、国益優先 |
| 社会問題 | 「保守的」:伝統的家族観、秩序重視 | 「合理的リベラル」:夫婦別姓容認、能力主義 |
| 夫婦別姓 | 「慎重・反対」:伝統的な家族観の維持 | 「容認・推進」:個人の自由、合理性の重視 |
| 情報の接点 | 新聞、テレビ、地域の会合 | SNS、切り抜き動画、まとめサイト |
| 価値観の核 | 「信頼と実績」:継続の価値 | 「コスパと真実」:無駄の排除、メディア裏読み |
形態素分析によって抽出された以下のキーワードは、彼らの正義の拠り所を示している。
「新しい自民党支持者」は、自民党という組織を愛しているわけではない。あくまで現状の最適解としてドライに利用しているに過ぎない。「支持者」ではなく「利用者」である。
彼らにとって、政治は信仰ではなく投資である。そのため、自民党がひとたび古臭い利権調整や非効率な分配に終始する姿を見せれば、この540万件のデータが示す熱量は、一気に離反へと転じる危うさを孕んでいる。彼らが求めているのは、安定という名の停滞ではなく、合理的な破壊と再生なのだといえるだろう。
皮肉なことに、党を支えてきたはずの従来の自民党支持者たちは今、この移り気な「新しい自民党支持者」の機嫌を損ねぬよう、彼らの価値観に隷従するかのように振る舞うことが求められている。組織票というかつての主役が、デジタル空間の冷徹な合理性に離反の恐怖で縛られ、奴隷のように寄り添い続ける。
立民と公明が合流し、建前上は「中道政党」ができたと言っているが、立民には左派が存在し、その左派は公明とあまりにも政策面で相性が悪い。そうなると、自民の右傾化により公明を投票の第一候補に入れていた私も流石に投票できない。本来は自民左派(保守本流)支持層であるためである。
私はあくまでも保守なのである。であるため左派に入れるのは違う気がするし、だからといって保守傍流に入れたくない。政策的に近そうだなと感じたチームみらいも中国ブロックには存在しない。そんなことも知らず、斉藤氏の本当の意図も知らずズカズカ入ってくる立民左派に憤りすら感じる。それが保守本流の支持層の受け皿になるはずがないことも知らずに。
そもそも、私は理性的な政治を求めている。感情に訴えかけたポピュリズムとは逆の立場にある。しかし、立民左派の中には(もちろん理性的な議員もいるが)左派ポピュリズムに寄ったような議員もいる。理性的な中道政党(中道左派〜中道右派間の連合)とは全く違った政党が出来上がっているように見えてしまう。
ちょっと前にtwitter(現X)に、民族主義右翼団体の一水会を「戦前の亡霊みたい」と揶揄する投稿が流れてきてびっくりした。この投稿によれば、一水会は、大アジア主義などの戦前思想を受け継いでいる「サヨク」と同類であり、戦後の保守本流は「親米反共で統一協会や在日米軍とも仲が良い」のだそうだ。いまどき大アジア主義など意識しているのはこのtwitter子くらいで、この指摘はかなりトンチンカンだと思ったが、妙に心に残った。
「親米反共で統一協会や在日米軍とも仲が良い」のは、国家主義右翼の生存のための苦渋の方便だとずっと思っていたが、外面が内面を侵食し規定してしまったのが現在の(戦後のでは断じてない)「保守本流」なのか。
民族自決を放棄した保守本流はあり得ないだろうと、その時は仰天したが、一方で、いろいろ合点もいった。
私は、ある年に靖国神社にご縁ができて以来、毎年数回参拝に行っている。すると祭以外の平日でも、たまに境内でオールドアメリカンスタイルのマーチングバンドに遭遇する。その度に、戦中のアメリカの軍楽隊の役割を思い、この人たちはなぜ英霊への敬愛のていで御霊が嫌がることをするのだろうと不可解だったが、そうではなかったのだ。
彼らが敗戦から学んだのは、国力に勝る大国と戦ってはいけないということではなく、固有名詞としてのアメリカと戦ってはいけないということだったのだ。だからアメリカンな楽曲を靖国神社の境内で派手に演奏して御霊に聞かせるというパフォーマンスを行うのだ。それは、こんなにアメリカと仲良くなりましたよ、安心してお眠り下さいという彼らなりの鎮魂なのだ。
この英霊への鎮魂は、しかしやはり冒涜ではないか。聖域で禁忌を犯し神を怒らせて雨乞いをするような平和への願いは、無事叶うのだろうか。
石破茂君。
君が今、国政の頂に立ち、衆参両院にて与党過半を失い、党内の支持をも喪いながら、なお政権の舵を握り続けるその姿は、孤高にして重責を担う者の覚悟を映し出すものなり。
君が為し遂げんとするは、戦後政治の深層に巣食いし構造の歪みを、静かに、されど確かに解きほぐす試みなり。
党内において理念を異にする勢力を、力に訴えることなく、制度と空気と選挙環境をもって、自ずと党外に導く構造を築き上げ、また、労働界においても、現実路線を志向する者らと、理念的対立を抱える者らとの分岐を促し、中道と現実に軸足を据え直す政治秩序の再構築を目指すものなり。
それは、右と左、いずれの極にも偏らず、暮らしと制度の中庸に立脚せんとする、戦後保守の原点への回帰に他ならず。
吉田茂の遺した現実主義と倫理政治の系譜を、七十年の時を経て再び呼び起こさんとする、歴史的試みなり。
されどこの再編、国民にとりては分かりにくく、すっきりせぬものと映るやもしれぬ。
敵も味方も曖昧なまま、理念より構造が先に動くこの変革は、喝采よりも困惑を呼ぶものなり。
ゆえに君は、喝采を受けることなく、歴史の陰に退くこととなるであろう。
国会議事堂の中央広間に並ぶ銅像の列に、君の像が加わることは決してあるまい。
むしろ君は、すべてを成し遂げし後、悪者として退場することとなるやもしれぬ。
それは功労者に対する酷なる仕打ちなれど、君が去りし後に政治が安定し、国民が安心を得るならば、その孤独と不遇は、歴史において意味あるものとならん。
石破茂君。
この記事の見解は日本政治史について独特で興味深い視点を提供していますが、いくつかの点で議論の余地があります。
妥当性の高い部分:**
自民党が1955年に自由党と日本民主党の合体により誕生し、社会党の伸長を警戒した保守派の結集だったという歴史的背景の説明は正確です。また、結党直後は鳩山一郎や岸信介など日本民主党系の総理が続き、その後池田勇人・佐藤栄作・田中角栄など自由党系の首相が続いたという系譜の整理も概ね正しいです。
議論の余地がある部分:**
1. **「左派」「右派」の定義**:自由党系を「左派」、日本民主党系を「右派」と分類していますが、この分け方は一般的ではありません。通常、政治学では経済政策や外交政策の立場で左右を分けることが多く、この記事の分類は混乱を招く可能性があります。
2. **保守本流の解釈**: 「保守本流」が「リベラル」的であるという表現は単純化しすぎています。保守本流は現実主義的な政策運営を重視しましたが、必ずしも「リベラル」ではありませんでした。
3. **現在の政治状況の分析**:岸田文雄・石破茂を「左派」として分類している点は、従来の派閥論から見ると疑問があります。
全体的評価:**
記事は自民党の歴史を一つの一貫した視点で整理しようとする試みとしては価値がありますが、政治史の複雑さを過度に単純化している面があります。特に「左派」「右派」という用語の使い方が独特すぎて、一般的な政治理解と乖離している点が問題です。参考程度に読むのは良いですが、この見解だけで日本政治を理解するのは危険でしょう。
1955年に二つの保守政党「自由党」「日本民主党」が合体して「自由民主党」が誕生した。
その10年前、敗戦直後の1945年に、非共産党系の革新政党が集合して「日本社会党」が生まれている。
この社会党の伸長を警戒した保守派が、呉越同舟で集まったのが自民党だった。
それ以降、自由党系と日本民主党系が派閥争いを繰り広げながら、自民党は党勢を拡大していった。
結党直後は鳩山一郎や岸信介など、日本民主党系の総理大臣が続いた。
しかし、そこから池田勇人・佐藤栄作・田中角栄など、自由党系の首相が続き、大勢を占めるようになったため「保守本流」と呼ばれた。
この記事では以降、自由党系=保守本流=「自民党左派」、日本民主党系=保守傍流=「自民党右派」と書く。
「日米安保と憲法9条を利用して軽軍備を保ち、浮いた軍事費を経済発展に回すぞ!」
という感じで、「保守本流」という字面に反して現在の「リベラル」的なイメージに近い。
「アメリカに押し付けられた憲法を改正して再軍備するぞ!経済は自由市場に任せるぞ!」
という感じでネオリベ的であり、現在の「保守」のイメージに近い。
その後、ロッキード事件で田中角栄が失脚、リクルート事件により竹下登が失脚、佐川急便事件により金丸信が失脚。
自民党左派の大物が次々と失脚し、自民党に厳しい視線が向けられるなかで、結果的に左派の重鎮・小沢一郎などが離党。
そうした自民党からの離党者が中心となって新党ブームが起こり、1993年に政権交代、1955年以来の自民党体制は崩壊した。
その後、非自民政権が終わり、自民党が政権復帰すると、右派の森喜朗が総理となる。
続けて右派から小泉純一郎が総理となり、高支持率を背景にネオリベ的な政策を実行していった。
左派の離党と小泉旋風の二つの要因により、自民党左派の影響力は縮小し、右派が力を持つようになった。
2009年の政権交代を経て、自民党右派の隆盛が極まったのが、岸信介の孫である安倍晋三政権だった。
しかし直近では、統一教会問題で右派は逆風に立たされており、左派の岸田文雄・石破茂が続けて総理になっている。
かつての民主党は、自民党から離脱した左派がその中心を担っていた。
いまでも立憲民主党の枝野幸男や、国民民主党の玉木雄一郎などは、保守本流の後継を自認している。
それは安倍政権下では「反自民」として機能していたが、現在の左派回帰した自民党との差異化は難しくなっている。
一方で、自民党から溢れた右派の受け皿となったのが、参政党などの右翼政党だろう。
こうした現状は、自民党の右派・左派の対立が、長い時間をかけて党外に広がったものだと言えるかもしれない。
Permalink |記事への反応(13) | 00:27
そもそも「保守主義」という意味では保守本流も傍流も保守主義ではなかった
「タカ派」「ハト派」という区分があったが保守主義とは実のところあまり関係ない
そもそも日本のリベラルが特殊なのであって世界的に見ればリベラルだから平和主義というわけではない