
はてなキーワード:体当たりとは
1F、2F程度なら窓から逃げれそうだけど、そのへんは動画的にはよーわからん
まず未経験だと相手の人数と喧嘩になる雰囲気に飲まれて動けなくなる
そこが抜けれたら、腰目掛けて体当たりして転がしてから逃げるかなぁ
ボクシングしか経験がないから体当たりが思った通りの結果になるかわからんけど
相手一発目に右だしてきてるけどかなり適当で当てられた方も全然体が揺れてないけど
次が足があんだけ上がって頭に当てれてるからなんかやってる人なんかな
とりあえず一発目の右がへなちょこすぎてあれだと構えた瞬間にこっちが当てれそうだからその隙に逃げたい
まあでも反射的にまずは左手出して距離を作ろうとしてしまいそうだから泥試合になりそう
あのスペースだと回りながらの攻防なんかできんし掴まれたらどうしていいのかわからんので
打撃も関節もあるし掴み合いの攻防も日常的だろうし
知らんけど
> ①機動(偵察・遮蔽・追撃) ②“乗って運ぶ/降りて戦う”=騎乗歩兵(ドラグーン) ③条件が整った時だけの衝撃騎兵(突撃)、の三本柱でした。
——最近の報道で見えるのは、この“機動・補給の苦肉策”の側面です。
騎兵の“本質”は衝撃力よりも機動力(側面展開・追撃・攪乱・偵察・遮蔽)で、正面からの体当たりは条件が整った時にだけ狙う“例外技”でした。
相手に頼みに来ることさえしない
自分の仕事より楽な仕事を先に押さえて、本来の仕事である大変な仕事はやりませんという顔をして押し付けてくる
すげえ根性
図太い神経が体型に反映されてる
動き回ることが多いとか、屈まなければいけないとか
実際、デブにやらせるとミスがすごいから尻拭いするくらいなら…と引き受ける人も多い
そうやって甘やかされたんだろうなという体型をしている
デブ、「私は太ってるからテキパキ働けないの」って面をしてるのがムカつく
不可抗力みたいな顔すんじゃねえ、痩せろ
自分の仕事を自分がやり遂げるという責任感がないし、肩代わりしてもらって当然という面をしている
そら太るわな、動かんもの
こんな感じだが、今の職場に来てからさらに肥大化しているらしい
すげえよ
歩くのも一苦労なのか、若干目線を上げ気味にのしのし歩いている
ドアを開ける時なんかはもう、体当たりに近い
体当たりの反動でドアの向こうにあった物がズレたりするんだけども、直すどころか振り返りもしない
ぺんぺん草も生えねえ
こんな有様だが、本人は仕事ができると思っていて
周りにダメ出しや粗探しをするのだけは得意
同世代の中では遅くファッション面で自立し、服やら靴やら小物やらを自力で選び始めて早8年、ようやく頭を使わなくても小綺麗にまとまるようになってきた
年数を重ねるごとに似合う服の系統や自分の好みが分かってきたり、手持ちの服が増えたりして合わせやすくなってきている
それで思ったけど、これはソシャゲのキャラ育成やカードゲームのデッキ構築によく似ている
手持ちが増えれば増えるほど、自然と取れる戦略も増えてくる。戦略が増えると様々なシーンに対応できるようになる。今日は暑いし支度がめんどくさいからラフな薄着で行こうとか、今日は気合が乗ってるから髪のセットをしっかりしてオシャレな格好にしてみようとか
それから、自分のしたい格好の系統に応じて力を入れる箇所や抜く箇所についても固まってくる。たとえば自分は靴にはあまりこだわらず、鞄やアクセサリー類の充実を重視している。また髪型はセットしやすいがセットしなくてもそれなりに見えるように切ってもらっている
こういう積み重ねがあると、明日の服装を考える時にだいぶ楽になる。裏を返せば、まったくの初心者だった頃は髪型も小物も服装も全て体当たりでかなりキツかった
最近は服を捨てる前によく似た服を買うことで、お気に入りの型が崩れないようにすることも覚えた。今後は基本ラクできると思うと嬉しいこと限りない
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はてなに書いてみたいと思った。
その子とは長年連絡を取り合ってなかったが、実は先日、親戚付き合いの時に出会った。祖父方にあたる親戚の家のダイニングで。
その時に思う事があって、増田をしたためることにした。増田はたまに短文を書くくらいである。
その子と初めて会ったのは、私が21才の時だった。当時は茨城県にある大学で電気工学を学んでいた。夏休みの帰省先である実家は、(秒速5センチメートルの聖地)隣の栃木県にあった。
ある夏の帰省時に……その実家から、ほどなくの距離にある親戚の家に行ったのだが、玄関に入った時に、はとこに当たる子がいた。
当時は「はとこ」という単語は知らなかった。誰がどの親戚筋にあたるとか、そういうことにも興味なかった。ただ「女の子がいるな」としか思わなかった。
その、はとこに当たる子なのだが、『野乃花』ということにする。プリキュアの方ではない。野乃花(ののか)は玄関口で私と目が合って、「こんにちは」と言ったのかな。それは覚えている。
帰省時に親戚の家に行っても、一応成人である私は暇を持て余していた。子どもの頃から何度も行ってるが、その時みたいに居間でくつろぐことが多かった。周りは子どもばかりである。
親戚の子どもたちは皆ゲームをしていた。スマブラというゲームだった。大乱闘スマッシュブラザーズ。
私は任天堂のキャラをほぼ知らなかった。ピンク色のあれがカービイって言うのはわかったけど、あとは知らないキャラだった。ピカチュウも辛うじてわかったくらい。
ゲームを一切しない子どもだった。家にスーファミもPS2もなかった。家の近くにある里山に出かけて、危険であろう山奥まで踏み込んで、昆虫やトカゲを捕まえて飼育するのが好きだった。日本にいるはずもないチンチラがいないか探そうとしていた。
親戚の子ども達は居間でゲームするだけじゃなくて、子どもらしい身体を動かす遊びもしていた。外での運動だった。まさにスマブラ。
居間でも、廊下でも、玄関でも、これでもかというほど広い庭でもそうだった。私は成人男性だったけど、元気のいい彼ら小学生の相手をすることもあった。
野乃花は、大人しい子……でもなかった。わーきゃー言って水鉄砲を打ったり、私に体当たりをしてゴロンとひっくり返っていた。溌剌な子だった。
野乃花はその時、7才だったはず。14才差なので。小学校に上がった年である。いい頃合いの年齢ということで、(私から見て)遠い親戚の人も、野乃花を本家筋の実家に連れてきたのだろうか。
それはそれとして、大学生であるというのに私は、毎年夏や大晦日になると……その親戚(本家筋)の家に行っていた。小学校~中学校の頃は、それこそ年に何度も。
うちの母親が私や兄弟を連れて行くと、祖母が漏れなく一万円をくれるのだった。うちの母親は、ことあるごとに其処に行っていた。子どもを連れて。ある種の集金システムである。
私は子どもながらに察して、祖父母にあざとくした。可愛い子だと見られようとした。今思えば浅ましい考えかもしれないが、毎回寄るだけで一万円をくれるのだから、それくらいは当然と思っていた。
中学生や高校生になると、親戚の家に行くことはなくなっていた。
しかし大学に進学すると、また急に行く頻度が増えた。私と祖父が同じ大学出身で、学群も同じ(祖父の時代は学部)だった。お気に入り度が上がったのだと思う。
20才になる年に入ると、祖父のとっておきの日本酒や焼酎を飲ませてもらった。あの頃はおいしい酒の味がわからなかった。モンテローザ系列の味に慣らされた舌には、明らかに上の味だったけど。
え、野乃花?あの子は、、、私が22才、23才、24才になる年も、毎年ずっと会い続けた。親戚の家に行く度に必ずいた。ほかの子はいないこともあったし、来なくなる子もいたのだが。
今思えば、懐いていたと思う。よく会話をしたし、ごっこ遊びにも付き合った。
夏休みや冬休みの宿題を私が教えることもあった。「増田くん。あたまいー!」とよく言ってくれた。私は漢字に弱かった。今でも書き誤りをすることがよくある。
野乃花に、「こないだの発表会でね、その旨(うま)をまとめて発表します」と読み間違えた話をしたが、さすがに理解してくれなかった。
ある日、曇天で雷が鳴っている時に、雷を素早く動いて躱せるのかという話になった。私が「雷はね。上から落ちてくるんじゃなくて、下から上に昇ってるんだよ」と伝えると、「うそ。ほんとー。今度試してみる」と言った。「絶対に試したらダメだよ」と釘を刺した。
野乃花について、はっちゃけた雰囲気の子を想像するかもしれないが、実際は年齢に見合わない利発な子だった。理屈っぽい私の話を、「へえ」と面白がってくれる唯一の人間だった。
夕食の時は席が大体隣だった。誕生日プレゼントをあげた時は抱き着いてきた。年齢差はあったけど、会話が弾んだ。
親戚の大人達が家にいない時だと、2人きりになることがあった。かくれんぼとか、鬼ごっことか、ノートPCでヤフーのポータル画面を開いて、いろんなことをググったりした。(ほかの親戚と一緒に)花火大会にも行った。水族館にも。遊園地にも。
彼女は明るくて溌剌としていて、私みたいな陰キャラとは違った。いわゆる"いい子"だった。はてなブックマークでいうと、女性ブクマカでトップコメに入りがちな、快活な方々がおられると思う。あんな感じの、知性やユーモアを伴った明るさである。
25才の頃は、新卒で入った茨城県にある電機メーカーに勤めていた。
親戚の家に行くのは、年に2回ほど。祖父は、私が社会人になっても毎年お小遣いをくれた。「早く技術士になれよ、期待してるぞ」って、行く度に祖父が言ってた。それから十年もかかったが、祖父と同じ電気分野で技術士の試験を通った。
それくらいの年齢になっても親戚の家に行ってたのは、野乃花のことが頭にあった。私に懐いてくれる女性というのは、それまでの人生で彼女しかいなかった。私はモテなかった。はてな語で言う弱者男性。
ある年の夏だった。自家用車で一人でその家に行くと、玄関口の廊下に野乃花がいた。靴を脱いで、家の廊下に上がったところに古い掛け時計があった。ずっと昔からあって、玄関に上がる時は時刻を見るクセがあった。
廊下に立っていた野乃花に近づいていって、野乃花の両肩に手を置くと、野乃花が唇を突き出した。キスをした。口にする方だった。
私は別に、ロリータの同人誌やアンソロジーを持ってたわけじゃない。そういうR18コンテンツに触れたこともない。当時の私は、社会人としての勤めや、理工学の勉強の日々の傍らに、読書をしたり映画鑑賞をする男だった。年少への性癖はない。ただ、孤独への性癖があっただけだ。
野乃花とのキスというのは、その時が初めてじゃない。鮮明でない記憶だけど、初めての時は、私が22~23才くらいの時だった。野乃花が8~9才くらい。
親戚の家の中ほどにある居間で、2人だけになってる時に、身体が不意にくっついて……その流れで、人生で初めてキスをした。少し大人になれた気がした。
それからは、2人になる度に、親戚の目がない時にキスをしていた。唇を合わせるだけの簡単なやつを。一日に何度も。別に理由はなかった。私も野乃花も、ただしたかっただけだと思う。
野乃花が小学校を卒業する年の2月だった。初めて2人だけで外に出かけた。それまでは、親戚付き合いの中で、花火大会とか水族館とか、飲食店などに一緒に行っていた。それが、野乃花が親に携帯電話を買ってもらい(青っぽいガラケー。私はスマホ)、LINEでやり取りするようになった。
デート場所は茨木駅周辺だった。茨城ってぶっちゃけ、鳥取~島根クラスに何もないところだけど、大きい駅の周辺では、ショッピング、グルメ、自然、文化体験など色々楽しめる。野乃花のいる栃木でもよかったけど、『秒速5センチメートル』ごっこになってしまうのでやめた。積雪で電車が止まるかもしれない笑
その日は、夕方まで一緒に何時間も過ごした。最後は美術館に行って解散した。帰りの電車賃は社会人だった私が出した。それ以外の、食事代とか入館料は割り勘だった。出そうとすると、野乃花が嫌だと言った。
電車が出る時間になってホームで別れる時、「楽しかったね」と私が言ったら、野乃花が「今日、一緒にいられない?」と聞いてきた。潤んだ瞳だった。吸い込まれる瞳ってどこかの小説に地の文があったけど、あれは作者の実体験だったんだと感じた。
「仕事あるからね。また今度ね」と言うと、野乃花は俯いて電車に乗った。最後に手で肩に触れて、「バイバイ」ってお互いに言った。野乃花は泣いていた。
あの頃は、年齢差のことを考えることがあった。私と野乃花の年齢差は、年度でいうと14年分。一番最初に会話した時は、小1と大3だった。
(以下閑話)※当時のメモを参考
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年齢差についての関数
年数をxとして、お互いの年齢の比をf(x)とすると、f(x) = (a+x) /(b+x)となる。年数xを経る毎に0<f(x)<1で単調増加で1に近づく(極限操作)。
お互いの年齢比が0.5になるときの経過年数は、式変形によりx=2a-bで表現できる。この比率をもっと一般的に表現すると……。上記のf(x) = (a+x) /(b+x)を微分すると、商の微分でf`(x) =(a-b) /(a+x) ^2
f`(x) =0になる極値は……?と考えると、残念ながら存在しない。
元の関数f(x) = (a+x) /(b+x)というのは、式変形すると、f(x)=1+((a−b)/(b+x))となる。これは、f(x)=a/(b+x)という直角双曲線をグラフ平面において平行移動させたのみである。
直角双曲線は微分可能であるが、極値がない。正負の値を関数に入れると、グラフ上で左右に分かれて存在することから、右極限と左極限が一致しない。
方程式 f`(x) =(a-b)/(a+x) ^2において、a−b=0が成り立つのは、a=bの場合のみ。導関数はゼロ。定数関数であり、傾きはない(定数関数が微分可能かどうかは流派による)。a≠bだと、導関数がゼロになるxの値が存在しない。
年齢算という算数を扱っている以上は、関数の形状はシンプルである。一番知りたい特定の値に向かって方程式に数値を入れるのみ。私は複雑な答えを求めたが、その行為自体が適切でなかった。つまり、二人の年齢差というギャップは、数学的には永遠に埋まらないという無慈悲な証明だけが残った。
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(閑話終わり)
野乃花が中学生になった年だ。私は茨城県にあった電機メーカーを辞めて、他業界のIT企業に転職した。広島市に営業所があるメガベンチャーだった。
仕事に忙しい日々だった。距離があるので関東に帰ることも無くなって、それで……野乃花とはそれっきりになった。LINEのメッセージも、いつの間にか途絶えた。既読無視をしたのは私の方だ。
今は独立して、都内でIT関係の下請けをしている。フリーランスだ。ハイクラスエンジニアでは決してない。うだつが上がらない日々だけど、いつかは1人社員の株式会社にしたいと思ってる。今の自営業の屋号は、結構厨二が入っている。実年齢よりも幼い人間なのだと感じる。
なぜ、この日記を書こうと思ったか。正月に野乃花と会ったのである。もちろんあの親戚の家で。あそこに行くのは久しぶりだった。
其処に行く途中の車内で、母に聞いた。あの家は祖父も祖母も亡くなっていて、今は叔父夫婦が住んでいるだけ。跡継ぎはいない。子どもはいたが、みんな自立したらしい。大きい家なのに勿体ないって、そんなことを思いながら親戚の家に着いた。
玄関を上がって、あの時の古い掛け時計が別のに変わっているのを見て、それから台所(兼ダイニング)に行くと、親戚が何人か座っていた。その真ん中あたりに……野乃花がいた。
野乃花と会うのは約15年ぶりだった。
私と目が合うと笑顔になった。ダイニングの隣にある小さい居間では、親戚の子達が皆で一緒にタブレットでアニメを観ていた(私はここ数年アニメを見てない)。少年の時、ボードゲームをしていたのが懐かしい。あの頃より人数が減っている。
話は変わるけど、もし『グノーシア』のボードゲームや、人狼ゲームがあったらやってみたい。一生叶うことはないだろうけど――もしアニメ化もされたら観てみたいと思う。
野乃花を見た後で考えた。
まだ夕方ですらなかった。これから何をしようか、どうやって暇を潰そうか。スマホを操作するだけでは勿体ないし、懐かしいその辺りを散歩しようと思った。
本当は野乃花と話したかったけど、連れていくわけにはいかないし、話せるだけの心の余裕もなかった。それに、野乃花は夕食の準備を手伝っていた。
近所の散歩が終わって、台所兼ダイニングで豪華な夕食を食べて、ビール瓶を何本も空けて、親戚連中の大人(あの頃の子ども達)とたくさん話をして、トイレに行ったり、親戚の子の遊びに付き合ったり、お年玉(※宿泊費)を払ったり、十数年ぶりの親戚の家は懐かしい。野乃花はずっと飲み会を手伝っていた。
飲み会の後、ダイニングでスマホをいじっていると、深夜が近づくにつれて親戚の数が減っていった。「そろそろ寝ようか」と思ったところ、廊下から野乃花が入ってきて、こちらに歩いてきた。私の隣の席に座った。結婚指輪はしてなかった。
「久しぶりだね」
と私が声をかけると、
「増田くん元気そうだね」
と返ってきた。
面影がすごく残っていて、懐かしい感じがした。
子どもの頃の就寝時間は午後十時だった。今は大人だから、あと一時間は起きていられる。野乃花と喋ってから寝ることにした。
思ったより多くの会話をした。卒業した学校とか、就職先とか、今の趣味とか、好きな本とか、最近観た映画とか。私はサブカルが好きだけど、野乃花もそうだった。アニメだと『ブルーロック』の話をした。エゴの塊みたいなキャラの話で盛り上がった。漫画・小説の話もした。吾峠呼世晴の初期短編集は2人とも読んでいた。
でも、野乃花が不意に言ったのだ。
心臓がドンって叩かれた。この時まで、悪いことしたという思いはなかった。
でも、この時になって、私があの頃、どういうことをしていたのかって、そういう思いが一瞬で頭の中を駆け巡って、後悔が襲ってきた。
「迎えにきてくれると思ってた。連絡がほしかった。私は増田くんに会いに行けないのに」
野乃花を見ると、涙を拭っていた。鼻もすすっていた。
それから沈黙が続いて、「ごめんね」と言った。そしたら確か、「増田君は結婚したの?」と聞いてきた。
結婚どころか、離婚まで経験していることを話すと、野乃花は爆笑していた。机に突っ伏して、本気で笑いを堪えている様子だった。話を続けると、野乃花も一度離婚を経験していた。
なんだか変な雰囲気になって、それからまた、さらに笑える話を(お互いに)続けて、そうこうしてると午後11時になった。LINEの連絡先を交換して寝室に入った。
読者の方は察してるとは思うが、私はいわゆる発達障害である。診断済みだ。
メガベンチャーに転職をして地方都市に引っ越した後、仕事の人間関係で苦労することがあった。明らかにおかしいと思い、精神科医に診てもらったところ、様々なテストの後に、そういう診断が出た。子どもの頃からの行動傾向を見てると明らかだった。
ある情報によると、発達障害の精神年齢というのは……実年齢×0.60~0.70らしい。青春期の、精神が最も発達する年代に脳が発達をしてくれない(脳発達のピークが30代にくる)。
一方で、一般的な女の子は、男の子よりも数才精神年齢が高い。ということは、最後に野乃花と会った時の精神年齢は……私だと26才×0.60~0.70≒15~18才ということ。野乃花が実年齢12才+2~3才とすると、14~15才ということだ。
あれ、なんだこれと思った。そういう視点で考えると、野乃花との年齢差があっても話が通じたことの合点がいった。
話は以上である。
我ながら恥ずかしい執筆体験だった。私の言葉で思い出を表現できてよかった。理屈っぽくて読みにくかったとは思う。
でも、言葉にしたかった。あの時、親戚の家のダイニングで、20代後半になった野乃花と再会した時の衝撃とか、それよりずっと前の、野乃花との楽しい日々の思い出とか。ここで、こうして吐き出すことができてよかった。
明日からは、また一人のはてなユーザーである。みんなの面白い日記を、また読ませてほしいです。ここまで読んでくれた人、ありがとうございました。
玉城デニー知事は10月24日の記者会見のおいて、尖閣諸島周辺で中国艦船が地元漁船の漁を妨害して漁民に不安が広がっていることについて、「安心安全な領域で漁が営まれることのほうを選択されたほうがよろしいのではないか、と個人的には思う」と述べた。
これは尖閣諸島での中国艦船のパトロールを黙認しているような発言であり、また地元漁師が尖閣諸島周辺での漁をやめさせようとも受け取られかねない発言だ。
海上保安庁は国土交通省の管轄です。武装した漁船に体当たりされても親分の国交大臣を親中派の公明党が長年占めてるんですから、海保もどうしようもありませんでした。
・隷従は、第二の本性となった「習慣」から起きる
・圧政者の共犯者となって悪事をはたらき民衆を隷属させる実行部隊の隊長は高々4, 5人
〈臣下を飼い慣らすやり口〉
・ローマの圧政者たちは饗宴によって民衆を買収した上で「護民官」を名乗った
・エジプト初期の王は小道具を使って自分の権威に神秘性を与えた
つまり、「圧政者どもは、自分の地位を確たるものにすべく、民衆を服従ついで隷従の状態に慣れさせ、ついには自分を『崇拝』するに至らせるべく、弛まぬ努力を重ねてきた」
さらに、
・万年野党として反発するその実、民衆のブレーキ役として圧政者と阿吽の呼吸で手を握り、旨みを噛み締める輩がいる(「証拠」を出せ!)
とはいえ、
・戦車に体当たりしても轢かれるのがオチなので、自分の「何」が圧政者の利益になっているかを見極め、それを手札に使う。ただで「それ」を与えないということ。
「下段を奥義」とするのも獣と相対した際の死活問題から来ていると今では推測している。半身で構える下段は体当たりしてくる四足の獣の動きへ穂先の反応が遅れたとしても槍の柄が使用者と獣の間に残り、槍の柄で防御へ転じられる。これが上段や中段の構えであれば穂先の反応が遅れた瞬間に獣の一撃を直接身体へ貰うことになるだろう。下段から何が出来るか?攻撃と防御が同時に出来るのである。
なるほど!四ツ足で突撃してくるから下段だと振り遅れても突撃を遮れるのか!
「爺ちゃんの傍さ離れんなよ」
孫は聞いているんだか聞いていないのだか「うん!」と答えるが、その辺で拾った良い感じの木の枝を振り回し遊ぶ。木々が生い茂って独特の静寂さを持つ山中を老人とその孫、そして愛犬の五郎は進んでいった。
後年、知ることになるが本州の山林とは違い、ここ北海道の山は本州のそれとは違って非常に視界が悪い。本州の山林のほとんどは林業を営む方々が手入れをし真っ直ぐに樹木は伸びるが、北海道ではその圧倒的な森林面積により人の手が入っていない部分が数多く残り、文字通りの原生林として山の威容を示し、伸び放題となった木々は山中を行くあらゆる生命の視界を遮る。
老人とその孫の身なりは帽子、長袖長ズボン、長靴、本革製の手袋と手足首を覆う手甲と足甲は老人の妻、即ち孫から見れば祖母の手製だ。ハイキングならばまだしも老人と孫の装備は見るものが見ればひと目で生業を特定できる。猟師だ。可能な限り肌の露出を抑え、特に四肢を重点的に防護する見た目は娯楽ではない事を表す。
老人の右手には大鉈、左手には老人の背丈と同じ程度の狩猟槍、肩に猟銃を下げていた。孫は武器らしい武器はほぼ無いが猟に出る際にだけ持たされるマキリと呼ばれる小刀は腰に差されていた。マキリの持ち手には滑り止めを兼ねたフクロウを模した見事な装飾が施されており、この持ち手の作者は孫の目の前を行く祖父である。
この日は週のうちに何度も繰り返す山道の整備と捕獲罠の点検だ。祖父は大鉈で不要な草木を打ち払いながら進み、樹木の肌やその根本を観察する。昨今の報道でも知られるようにクマは樹木へ爪で傷を付け自身の縄張りを主張する。そして熊だけでなく多くの野生動物は排泄をする際に隠れるため木々の近くでする事が多い。
「爺ちゃんコレ!」と孫が樹木を指差す。孫はマーキングを見付けたと祖父へ伝えた。「おぉそうだよく見付けたべなぁ。クマが出っかも知れねぇから気ぃ付けろぉ」と孫を促す。当然ながら孫よりも先に祖父はマーキングに気が付いている。しかし孫の"発見"を褒めてくれるのだ。一応の確認として猟犬としてよく訓練された五郎へ目を配り何も反応がない事を知ると前へ進んだ。
いくつかの罠を巡ると、くくり罠に雄のエゾシカが捉えられているのを見付けた。祖父はそっと猟銃と大鉈を地面へ置き、槍を構えてエゾシカへ近付いた。そこそこの歳を重ねているであろうエゾシカはその場へ伏せていたが祖父を視界に収めると立ち上がるものの一切の抵抗を見せない。エゾシカはまさに威風堂々と言った立ち振舞いをし祖父を見つめている。祖父が音もなく踏み込み、首元から深く入るたったの一突きでエゾシカは倒れた。
馬ほどの体格を持つとは言え、素人目からするとたかが草食動物を容易に倒したように見えるが首元から様々な骨を避けて心臓まで一閃する達人の技だ。
実は昭和30年代に北海道で冷夏が相次いで森が飢饉状態となりエゾシカやヒグマ、キタキツネなど野生動物が人里へ大量に押し寄せる状態となったことがあった。その際に多くの民衆がヒグマに襲われるという事故が頻発し、若き日の老人は槍一本のみで日夜ヒグマを狩り続け、多いときには月に20頭以上、日に3頭ものヒグマを狩った。この若者は周囲の村落で大いに語られる槍の名手として名を馳せた。
その男気を聞きつけて槍を習おうとする男衆に混じり見物に来ていた女性は槍の名手の男に惚れ込んでそのまま押し入り女房となったという。それが孫の祖母である。
「奥義は下段」
孫は槍の名手たる祖父から毎日のように槍を習った。槍を習うとは言っても「まだ早い」と言われ穂の無い槍、すなわち単なる長い棒であり来る日も来る日も孫は祖父お手製の"槍"を振った。
祖父は口癖のように「奥義は下段」と言った。漫画の中で見るような敵を大きく吹き飛ばしたり環境大破壊を伴う派手な技でない。単に獣へ対して半身を取って穂先を地面すれすれに落とす構えこそが祖父の槍、アイヌの槍の奥義なのだという。
「槍を振った」と前述したが、実のところ槍を振り回すことはお説教を招く動きだった。「振るなァ!突かんかァ!」という祖父の怒号は今でも頭の中で鮮明に響き渡るほど毎度毎度同じ説教を貰った。
「突き引きが遅い!」「力任せに振るな!」「穂先を目線より上げんな!」「下段から何を出来るか考えれェ!」と覚えの悪い孫は何度も何度も同じ説教を受け続けたがコレがまたなかなか上手く出来ないものだった。祖父が用意してくれた的へ次々と素早く当てようとするとどうしても槍を振ってしまうのだ。
後年、孫は祖父の教えの真髄を1つずつ理解するようになってきた。
特徴と言えば祖父の槍、つまりアイヌの槍は内地(本州)の槍よりも短い。前述したが長さは使用者の背丈前後程度。これには理由があり樹木が生い茂る環境で内地の槍は振るうこと叶わず、まさに無用の長物となるのであった。内地の槍の長さは人間同士が平地で争うための長さだ。
これが理解できれば"樹木が生い茂る環境で槍は振るうこと叶わず"であり、槍は基本として突かなければならないというのも理解できるようになる。槍を振れば周囲の樹木へ当たる。しかも槍を使っているということは獣とまさに相対している時である。森林で槍を振るということは自らの死を招く愚行なのだ。
「下段を奥義」とするのも獣と相対した際の死活問題から来ていると今では推測している。半身で構える下段は体当たりしてくる四足の獣の動きへ穂先の反応が遅れたとしても槍の柄が使用者と獣の間に残り、槍の柄で防御へ転じられる。これが上段や中段の構えであれば穂先の反応が遅れた瞬間に獣の一撃を直接身体へ貰うことになるだろう。下段から何が出来るか?攻撃と防御が同時に出来るのである。
孫は何度か祖父が槍のみでヒグマを打倒するところを見たことがある。法令上、猟銃が使用できる範囲は限られ、猟銃使用許可のある場所であっても射撃方向に民家があると使用できなかったりするためだ。
「遠くへ行ってろ」と言われ祖父から離れるが、ギリギリ祖父を視認できる距離で見ていた。猟犬五郎は祖父の指示を受けるまでもなく孫が祖父から離れると護衛のように孫へついて行く。
奥義の下段を忠実に構える祖父の気迫は幼い孫が遠目で見ても物凄く伝わってくる。じりじりとヒグマとの距離を詰め、痺れを切らしたヒグマが祖父へ体当たりを敢行する。祖父の動きは音がしない破裂音である。パンッと鳴ったと錯覚するような鋭く素早い動きでヒグマの体当たりを回避したかと思えば、ヒグマは自ら後ずさりする。祖父の槍の穂先がヒグマの血で赤く染まっていた。
ヒグマの口から鼻先が切り裂かれているようだ。瞬く間に祖父はヒグマから後の先で呼吸を奪った。命のやり取りという極限のストレスの中で呼吸が難しくなるというのは息をする者にとってはかなりの重荷を背負ったことになる。時間が経てば経つほどにその巨体が自らに重くのしかかり、逃げることすら困難にさせる。
体当たりは分が悪いと悟ったヒグマは祖父へ怒涛の勢いで距離を詰め、右前腕での引っ掻きを狙うが右前腕の起こりに合わせ祖父は瞬時に熊の手を下段から貫いた。ヒグマはあまりの激痛からか唸りとも呻きとも取れる声をあげて四足を地へ付く姿勢に戻ろうとするが右前腕は軽く浮かせたままである。
三足となったヒグマは再び必死の体当たりを敢行するが祖父は素早く真横へ体当たりを回避し、三足となり横方向の動きが制限されたヒグマは祖父の動きを視線でしか追えず首へ必死の槍を受けた。祖父は力なく地へ沈むヒグマの様子を見ると距離を取り2分3分と下段の構えを解かずヒグマの様子を伺い続けた。
短いようで長い時間が経つと下段の構えを解き、祖父が手を振って終わりだと合図したことを察した孫は祖父へ駆ける。仕留めたヒグマは体調2mを優に超える大物だ。「すごいすごい!」と興奮する孫をよそに祖父はニヤリと意地悪く笑って孫へ「血抜きすんぞ」と告げた。
ヒグマはメートル100キロ、2m超のヒグマは200kg以上である。これを老人と幼き孫が気合いで持ち上げ木へ吊るして血抜きするのである。祖父との狩猟で最も楽しくないのが大物の血抜きという重労働であり「忘れてた!」と声を出さずともわかる表情を孫は浮かべた。
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父が「来月から毎日山を見て回るぞ」と言うので幼き日の思い出を書きました。
私が1人でヒグマを獲ったのは二十歳を越えた頃、何かあったときのために祖父が後ろで見守りながらだったという、祖父とは違って槍下手なのですが私程度であっても昨今の情勢で何か社会のお役に立てれば幸いかなと。
では、行ってきます。
Permalink |記事への反応(12) | 08:02
例えば、
社会人になりたての頃は、
そこから40代になった今は、一応一部上場の企業に勤め、年収は1,000万を超え、子宝には恵まれなかったが、妻と2人でささやかに暮らしている。
現在、弱者男性ではない理由は、他人に期待しなかったからだと思う。
まず近親者に問題が多かった。家族でもこれだから赤の他人や行政が親身になって自分を救ってくれるとは到底思えなかった。
みんな自分の事で精一杯なのに、なんで何も持たない俺を気にかける?他人にとって俺を助けるメリットはない。だから自分を助けるのは自分しかない。ずっとそう思ってた。
独学でスキルを学び資格を取り、体当たりで色んな場所に顔を出してコネを作ったり、落とされても何度も挑戦して転職もできた。
途中では、挫折もしたし、恥も沢山かいた。ぞんざいな扱いに傷ついたり、悔しい思いも数知れない。
社会人のスタートが遅かったから年下にこき使われることも頻繁にあった。情け無い気持ちになっても自分のプライドを抑えた。生い立ちとか学歴とか、未だにコンプレックスだらけだ。
運が良かっただけとか生存者バイアスとか言われるかも知れない。でも誰かの救いを待ってるだけでは現状は悪くなるばかり。自分は自分しか救えない。これは真実だ。
そして、これからの人生で何が起きて、また弱者男性になるかわからないが、そんな時でも他人には期待できない。困らないような準備を今からしておく。
みんな頑張れ。
自転車乗ってたら交差点でさらに左から自転車が追い抜いてきて右折してくるの超危ないんだけど。
こっちの進路は直進だったんだからこっちが止まってなかったら曲がって来た自転車からすれば体当たりするような、まるでこっちが当たり屋かのような形になる。
悪いのは追い抜く方なのにね。
自動車の脇を路肩から抜いて同じことが起こる場合自動車側が慣れっこだからあまり問題にならないんだと思う。
でも自転車はそうではない。なので同じ感覚を自転車同士にも適用する馬鹿は消えて欲しい。
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毎朝、改札前でぶつかってくる「ぶつかりおじさん」の被害に遭ってる
マジで最悪。
うちの駅の改札前、毎朝同じ時間に現れる「ぶつかりおじさん」がいるんだけど、あれ何なの?
たぶん40代後半から50代前半くらいのスーツ姿。見た目はいかにも普通なサラリーマンなんだけど、改札を抜けようとするタイミングで、確実にこっちに向かってくるんだよ。
スマホ見てるとか、急いでて視野が狭いとか、そういうレベルじゃない。目線はこっち見てるのに、避けようともせず、むしろ中心をめがけて体当たりしてくる。
最初は単なる事故かと思ってたけど、もう週に3回以上は遭遇してるから、絶対にわざと。しかもぶつかった後、謝るどころか「チッ」とか舌打ちして去っていく。
という災難話がネット(5chのなんJ、なんG)で披露されているのをちょくちょく見るが、投稿者が事の顛末を細かく答えていくにつれて
「制限速度遵守していた」
「一時停止で止まったフリではなく完全停止にしていた」
「ウィンカーを30m手前で出していた」
などの事実が判明するやいなや、ほぼ間違いなく
『杓子定規に交通ルール守ってるお前が悪い。やっぱりヘタクソが被害者ぶってやがった』
という流れを見てきている。
お定まりといっていいほど叩かれている。
自分も杓子定規に交通ルールを守ってハンドルを握っているタイプなので、暗黙の了解を守れていない不良有害ドライバーなのではないか?と正直かなり不安になっている。
実際、私自身、こうした杓子定規の認識について警察官からかなり強く怒られた経験がある。
夜間にかなり見通しが悪い片側一車線道路を制限速度ぴったり(30km/h)で走っていたら、
具体的には、
追突寸前まで煽られ、こちらがハザードを焚いて停まったのにその後続車も停まる
→やむを得ずこちらが再発進した途端に途轍もない速度で追い越され、今度は急ブレーキを連発されその車が停止
→仕方が無いのでこちらが横から追い越そうとしたら急発進・急ハンドルで体当たりしてくる
そして、奇跡的に無事故で何キロも走行した末に、やっとの思いで東急青葉台駅前まで辿り着き、ちょうど道路沿いに立っている警察官を発見し、停まって経緯を説明し必死に助けを求めたら
『さっき抜いて行ったあの赤い車のこと!?
あなたのスピードが遅いから怒ったんでしょ!?それだけの話じゃないですか!!』
と、
むしろ私に腹が立って仕方がないというような態度でかなりキツめに突き放されたという苦い経験がある。
なので、運転に関する態度や認識をちゃんとアップデートしなければいけないという危機感を覚えている。
どういう認識でいるのが実際のところ正しいのか教えて欲しい。
制限速度遵守、一時停止で完全停止などは建前じゃないところでは論外なのだろうか?
Permalink |記事への反応(43) | 12:44
スーパーで買い物中の女性2人にいきなり体当たりし骨折のケガなどさせる 傷害の疑いで39歳の女を逮捕 女の逮捕は4度目《新潟》(TeNYテレビ新潟) -Yahoo!ニュース
https://news.yahoo.co.jp/articles/de0400c1015e7d6e25b74f45a423770944efa6b1
スーパーマーケットで買い物客の女性2人に体当たりをしたとして傷害の疑いで30日、長岡市に住む無職の女(39)が逮捕されました。
警察によりますと女は7月14日午後2時半ころ、長岡市内のスーパーマーケットで買い物をしていた80代の女性と50代の女性の親子にいきなり体当たりをしたということです。親子2人は救急搬送されました。
(略)
女が逮捕されたのは今回で4度目で、ことし3月には長岡市のスーパーマーケットで「お腹が痛い」と消防に通報。消防と警察が駆け付けると、女に症状が認められなかったため家に帰るよう説得すると、怒った女が駆け付けたパトカーのバンパーを蹴り公務執行妨害の疑いで逮捕。
また6月には、長岡市で複数人で下校していた男子児童に「うるせぇ」などと言いながら、背後から押し倒す暴行を加えた疑いでも逮捕されていました。
さらに7月15日には、長岡市の歩道を歩いていた面識のない女性を突き飛ばしました。突き飛ばされた女性が助けを求め駆け込んだ保育園で、男性職員のスマートフォンを投げつけ破壊。器物損壊の疑いで現行犯逮捕されていました。
「娘が女性を突き飛ばした」と母親通報 買い物中の女性2人が体当たりされ重傷 39歳女を逮捕 新潟・長岡市(BSN新潟放送) -Yahoo!ニュース
https://news.yahoo.co.jp/articles/f0b2975ed7f123b6e8f1cf773c205fbf7aa1cd22
7月15日に女性を突き飛ばして逃げた先の保育園で職員のスマホを壊し逮捕
7月14日に重傷者を出すような事件を起こした人が15日に事件を起こしたのは一体何事でしょうか
14日は事情聴取だけされて解放されていたのか、それともそのまま行方不明になって15日の事件に及んだのか
https://news.yahoo.co.jp/profile/news/comments/7bcd0302-b9ad-44a7-9671-43ebbd046c49
こんなおばさんが増田やはてブやってるのかもしれないと思うと怖くてネットも歩けなくなるね、、、
Permalink |記事への反応(21) | 11:34
ぶつかりおばさん、実在した
「娘が女性を突き飛ばした」と母親通報 買い物中の女性2人が体当たりされ重傷 39歳女を逮捕 新潟・長岡市
「娘が女性を突き飛ばした」と母親通報 買い物中の女性2人が体当たりされ重傷 39歳女を逮捕 新潟・長岡市|TBSNEWS DIG
新潟県長岡市で今年7月、スーパーマーケットで見ず知らずの女性2人に体当たりをしてけがをさせたとして、39歳の女が逮捕されました。
傷害の疑いで逮捕されたのは、長岡市宮栄に住む無職の女(39)です。
警察によりますと、女は7月14日午後2時半ごろ、長岡市内のスーパーマーケットで買い物に来ていた見ず知らずの80代女性と50代女性の親子2人に対し、いきなり体当たりをして、80代女性に全治約1か月のろっ骨骨折など、50代女性に全治約2週間の頸椎捻挫のけがを負わせた疑いが持たれています。
女は母親と買い物に来ていて、犯行を目撃した母親から「娘が女性を突き飛ばした」と110番通報があったということです。
警察が捜査を進める中で、女は翌15日朝、長岡市内の保育園で職員のスマートフォンを地面にたたきつけて壊したとして現行犯逮捕されていました。
警察の調べに対し、女は「間違いないと思います」と容疑を認めているということです。
二郎の20分以内に喰えという要求が話題になっていたが、概ね受け入れられているようだ
これは二郎が特別というわけでもなく、早く捌けるに越したことはない行列店なら基本的に受け入れられる要求じゃないかと思う
逆にそれが気に入らないという人もいて客を何だと思っているんだ的な反発もあったが、東京に住んでいればこの程度どうってこともないんだよな
単純にブロイラー以上の密度で詰め込まれるという家畜同然の扱いもさることながら、それ以上に凄いのは客自身が団結して出来る限り乗車率を上げようとするところ
相互監視が厳しく効率的な乗車に協力しない客を「狛犬」「地蔵」と呼んで蔑んだり、体当たりや肘打ちしながら突っ込むなど暴力も厭わない
改めて考えるとイカれてるとしか言いようがない状況が日常になっている
プライドはないのか?という問いかけは満員電車の乗客にこそふさわしいと思う
まぁ、無いんですけどね
あのさあ、最近気づいちゃったんだけど、世の中の文章って、だいたい全部むずかしくない?
俺はObsidianにいろいろメモしてるんだけど、1ヶ月前の自分のメモがもう解読不能なんだよね。なんか意識高いこと書いてる風なんだけど、中身が全然頭に入ってこない。未来の自分への挑戦状かよって。
ニュース記事もそう。「首相、連立拡大に慎重…」とか言われても、「へー」で終わっちゃうじゃん。眠くなるし。仕事の稟議書とか報告書に至っては、もはや呪文か何かにしか見えない。読んでるだけでHPがゴリゴリ削られていく。
で、ふと思いついて、AIに「この記事、デイリーポータルZ風にして」って頼んでみたのよ。そしたら、何が起きたと思う?
さっきの首相、連立拡大に慎重 社保改革協議、野党も賛同:時事ドットコムっていうニュースがこうなった。
偉い人たちの「俺たち、どうする?」会議を勝手にレポートしてきた
こんにちは。先日、なんだか日本の今後を左右しそうな偉い人たちが集まって、あれこれ話す会があるというので、野次馬根性で行ってきました。会場は都内某所。スーツ姿の人が多くて、ちょっと緊張する。
登壇したのは、与党や野党の党首のみなさん。テレビでよく見る顔ぶれが、代わる代わるマイクの前に立つ。今回のテーマは「選挙が終わったら、この国をどうしていくか」。壮大である。
「今のチーム、気に入ってるんで」
まず登場したのは、我らが首相、石破さんだ。「選挙が終わっても、今のメンバーでやっていきたいんだよね」と、新しい仲間をチームに加えることには、どうやら慎重なご様子。長年続いたバンドが「新メンバー募集!」と言われても、「いや、俺たちこのままでいいし…」となる、あの感じだろうか。わかる、その気持ち。
ただ、「社会保障っていう、超大事な問題は、みんなで一緒に考えようぜ!」とはりきっていた。これはいいことだ。学校の文化祭の出し物を決めるときみたいに、クラス全員でアイデアを出し合えば、きっといいものができるに違いない。
お小遣いを配るか、お菓子の値段を下げるか
最近、ありとあらゆるものが値上がりして、お財布が悲鳴をあげている。この問題、どうするのか。
首相は「とにかく今すぐ効くやつがいいだろ!」と、みんなにお金を配る「給付金」案を猛プッシュ。痛み止めみたいに、即効性を重視するスタイルのようだ。
一方、野党のみなさんからは「いやいや、そもそも物の値段を安くしようよ!」という声が上がる。期間限定で消費税を安くして、お買い物をしやすくしようという作戦だ。これはまるで、「今月ピンチだからお小遣いをくれ!」と主張する子と、「いや、日々の無駄遣いをなくすべきだ!」と諭す親の会話のようであり、急に身近な問題に感じられてきた。
どうよ、これ。めちゃくちゃ頭に入ってこない?政治ニュースが、急に地元の寄り合いの話みたいに身近になった。
これって、革命だと思うんだよね。
もう、あらゆる文章に主観とユーモアと「~である。」「~なのだ。」を足していくだけで、世界は格段に読みやすくなるんだよ。難解な言葉で煙に巻こうとするやつらへの、最高のカウンターパンチだ。
というわけで、俺はもう決めた。これから俺の周りの文章は、全部AIにデイリーポータルZ風に翻訳させる。自分のメモも、ニュースも、仕事のメールも、全部だ。
たぶん、世の中のほとんどの問題は、コミュニケーション不足じゃなくて、単に「文章が固くて読む気が失せる」のが原因なんだよ。