
はてなキーワード:任意とは
発売当時からネットでは非常に不評に見えた本作だが、実際には売上200万本以上とリメイクDQ作品としては史上最高となったHD2D版DQ3
不満点として良く上げられた部分を中心になぜそうなったのかを改めて考え、1・2に備えようではないか
実際遅かった。アップデートで修正が入り速度が上がったので良しとする。おそらく2の船はアプデ後の3と同じ仕様であろう
物理一辺倒の戦士や武闘家の使い道が皆無な一方で、固定ダメージ持ちの魔物使いや商人が大活躍となった
さらに攻撃力850が頭打ちで、850に近づくほどダメージが伸びにくくなるという仕様も良くなかった
アップデートでダメージが底上げされたうえに、勇者や武闘家の会心率が上昇して十分な火力が出るように
攻撃力も999までちゃんと影響するようになった(とはいえ上がれば上がるほどダメージの伸びは悪いが)
恐らく物理特技しか覚えないであろうローレシア王子の未来が不安であったが、確認される映像等を見ても十分なダメージを出すことが出来そうだ
なおダメージ計算式については詳細を省くが、同じHD2D作品であるオクトパストラベラーと似たような計算式が用いられている
これに限らずオクトラと似ているシステムは多いので都度紹介していく(HD2DDQ3の微妙なシステム周りは大体オクトラをはじめとするHD2D作品群のせいという話でもある)
しかもアプデ前は制限行動(同じグループのモンスターが1ターン内に同じ特技を使用しないように制限するもの)の設定がほとんどなく、強い攻撃でバンバン殺されていた
アプデで敵の行動回数や制限行動が追加、かなり戦いやすくなっている
ただしやられる前にやれという風潮は変わらずで、このあたりはDQ9あたりから見られ始める傾向(ただし9はクリア後からで序盤は普通)
因みにオクトラは序盤からやられる前にやれというゲームであるので、その考えで敵が強い可能性は高い(が向こうと異なり全体回復が弱いのでバランス調整がね)
なんならオクトラはダッシュ時にエンカ率が上がる仕様があるので、それがないだけマシである
こういうところだよスクエニ
これは世の中のほとんどのゲームがそうなので、DQ3が特段遅いというわけではない
DQシリーズだけでも8や9のほうがはるかに遅いし、アトリエやペルソナなんかも遅い作品はめちゃくちゃ遅い。アクションでないJRPG全般に言えること
昨今のゲームではよくある仕様で、ドラクエでも3DS版DQ8から実装されている
老害対策で1・2では選べるようになったようだ、スクエニも大変である
マジで分からないが、1・2では状態を見れるようになるらしいのでOK
ちいさなメダルやはぐれモンスターなどを、どこで手に入れたのかが分からなくなる
はぐれモンスターはまだ保護済みのモンスターと特技で多少はどうにかなるが、メダルの方はどうしようもない
がしかしこれは昔からそうなので、1個ずつ地道に探すしかないだろう
いずれも裏ダンジョンで要求されることが難点だったと思われるが、アプデで緩和された
特にメダルは完全に不要になったのだが、正直やり込みに対するご褒美だと思っていたので個人的にはメダルの部分だけ前のままが良かったと思っている
余談だがマリオカートワールドでは、フリープレイで達成済みの者がマップ上のどこか表示されるようになったが、正直多すぎて結局よく分からない
ポケモンZAでは取得済みのねじの場所を確認する方法がないが、全取得は完全にやり込みになっており、通常プレイの範疇で取得できる量で全ての恩恵を得られる
結局は完全にやりこみなのだから各々で頑張れということではある
イージーモードは絶対にHPが0にならなくなるという超極端な仕様
だがそのモードに設定しなければ良いだけなので、文句を言うのはお門違いな気がする
ハードモードは敵が強い上に報酬が減るので、ただ単にプレイ時間がかさむ
モード自体はプレイ中に任意のタイミングで変えられるので、ボス戦だけハードモードにするが正解か
いずれにせよゲームの設定として自由が利くのであれば、それに文句を言うなら設定するなというだけな気がする
通常モードの時点でそこそこ難易度が高いのは事実だが、アプデでかなりマシになったので遊びやすくなっている
ルーラのMPはDQ6から1でDQ9から0、ダンジョン内ルーラはDQ11から可能
流石にそういう時代なんだと割り切るしかない、これにMP管理ガーは老害認定されてしまう
なんなら多くのゲームのファストトラベルは、MP消費どころかなんもなしにできる
特にボスを中心に、敵に状態異常をかけても短いターンで解除される仕様が存在する
そのため敵に状態異常をかけるのがあまりにも悪手で、ほとんどやる価値がない
なお敵に対する状態異常は1・2の映像を見る限り、1ターンで解けるなんてことはないように見えるがふたを開けてみてのお楽しみだ
敵の状態異常使用頻度が高いのは制限行動にされていなかったのも大きい
アプデで制限行動が追加された結果、使用頻度はかなり減ったように感じる
それでも敵からの状態異常が強い上に、耐性装備が意味をなさないのは良くない
あまつさえ序盤から確定眠りを押し付けてくるのはいかがなものか(マミーズアイ、君のことだよ)
オンラインゲーでもないのにナーフされるのって中々なことですよ
まあ全体的にやばいが、正直クリア後のやりこみだしぶっちゃけた話どうでもいいと思うユーザーが大半ではある
武器限定はちょっとおもしろいが、1分ぐらい考えれば微妙なことに気が付くはずである
しかも武器アイコンが全部剣マークなので、どれがブーメランでどれが斧でなのかはパッと見分かりづらい、結論微妙
パンドラボックスに至ってはあほすぎる、公式攻略本でもバシルーラで飛ばせと書かれている始末
ちいさなメダルと魔物集めは、先述したように集めた場所が分からない点を除けばやりこみに対するご褒美になっているので非常に良いと思う
このアイテム持ってきて君はマジでいらない。正直これが一番お使いすぎてつまらないゴミ
これはDQ9でもそうであったが、DQ10では非表示機能が追加されている
10でできたことがなぜできないのか、スクエニ内での連携はどうなっているのか
幸い1・2は一人当たりの特技や呪文の数が3よりも確実に少ないと思うので、探す時間は減らすことが出来そうだ
ななめグラフィックがない、戦闘中に味方キャラクターが動かないなどが多いか
ななめは1・2では実装されるようである(オクトラはななめなし)
開発会社が変わった影響なのか何なのか
どちらにせよ我々消費者からしたらそんな事情は知ったこっちゃないので、まあ文句は出るよね
これはダッシュにも通じる話で、このせいで常時ダッシュが必須と言っても過言ではない
改めて初報の映像を見るとマップは狭いが、若干チープに感じるので広い方が良かったのかもしれない
ダンジョン内は初報だとオクトラのような作りになっていて完全に別物、ドラクエらしさはあまりない
しのびあし前提すぎる調整、バカ
その通りだが眠りが通ると知らなければボスに使うことは滅多にないので、通常プレイではあまり影響がないか
むしろ2周目以降は楽に周回できるので助かる仕様ととらえることもできる(とはいえほぼ全員に通るのはどうなの)
アプデで同じ状態異常に連続でかかりにくくなる仕様が追加され、眠りハメゲーではなくなった
キラキラを多く配置しすぎたせいか、時期不相応なものが要所に出てくる
ラーミア入手後に高台まで行ってやくそうは何なのか、最初からそんな高台を作るなと言いたい
逆にいいものが手に入りすぎることも多く、武器防具はキラキラからの入手でほぼ事足りるし宝箱も合わせれば十分
個人的にはオクトラの盗むと似たものを感じた(時期不相応に強いものも弱いものも手に入る)
戦士は37レベルでようやくつるぎのまいというまともな物理特技を習得、43で五月雨剣、48で渾身斬り
武闘家は34でまわしげり(ムーンサルトの完全劣化)、38でばくれつけんである
魔法使いが29でベギラゴン、31でメラゾーマを習得するのと比較すると、明らかに遅いのが分かる
遊び人は32でムーンサルト、盗賊は29でヒュプノスハント、商人が36で最強特技ぐんたいよびを習得するのを考えると、戦士武闘家の冷遇がすさまじい
遊び人は呪文を習得しないし、本当に嫌がらせで設定したとしか思えない
アプデでかなり解消されているし、確認されている映像から1・2でさらに改善されていそうな雰囲気はある
正直1・2は多少期待しても良いのではないだろうかと思える
あるいは所詮スクエニなので、過度な期待はせず静観しておくのが吉か
先日カービィのエアライダーのダイレクトが放送されたが、ゲーム作りに妥協をは仕方なくあるとしてもそれを悟らせてはいけないなと強く感じたダイレクトであった
なぜあれがないのか前できたことができないのか、もちろん明確な理由があればまだしも(例:カジノ)、そうでないなら妥協はすぐに叩かれる
1・2の中身次第で7にも影響してくるだろうし、良いものが出てくることを期待したいが……
※カジノはヨーロッパの規制が原因で、アホの彼らは現実と虚構の区別もつかずゲームのカジノで現実でもギャンブル中毒になると考えている
しかも非常にたちが悪いのが過去のゲームにも規制をかけている点で、ポケモン赤緑は現在18禁ゲームというありさま
→ 実務経験やスキルがあれば「Software Engineer」「Mechanical Engineer」など自由に名乗れる
ただし、「Professional Engineer (PE)」という国家資格が必要な分野はある(土木、建築、電気などの公共インファレントに関わる仕事)
-イギリス:誰でも名乗れる。Chartered Engineer (CEng)は任意のプロ資格。
-ドイツ:Diplom-Ingenieur / Masterが必要なのは公的業務や大学教員など。民間企業では自由。
-フランス:École d'Ingénieur卒が「ingénieur」を名乗るのが一般的だが、法的に禁止されているわけではない 。
では、Tarskiの真理条件をもう少し詳しく掘り下げていきましょう。特に、以下の3点に焦点を当てます:
3.自己言及とパラドックスへの対応(例:「この文は偽である」)
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Tarskiが定義しようとしたのは、「文が真である」とはどういうことか?という問いへの形式的な答えです。
「ある言語Lの中の文 φ が真であるとは、φが世界の状態(モデル)において成り立つときである」
つまり、
• 真理とは、言語と世界の対応関係(コレスポンデンス)に基づく。
•言語内で完結するのではなく、「文」と「現実の状態(モデル)」との関係を定義する。
たとえば、任意の文 φ に対して:
「φ は真である」 ⇔ φ
という形を満たす理論が、正しい「真理理論」の必要条件になる。
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• デイヴィッドソンはTarskiの理論を使って、**自然言語の意味論(意味の理論)**を構築しました。
• 彼は「意味とは真理条件である」という立場(truth-conditional semantics)を採り、たとえば:
> 「犬が吠える」は、犬が吠える状態が成り立つときに真である。
といった形で、自然言語の意味をその真理条件によって定義しようとしました。
これは、現在の**形式意味論(formal semantics)**や自然言語処理(NLP)の理論にもつながっています。
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AIでは、知識ベースが世界についての文(命題)を保持し、それが真か偽かをモデルに基づいて判断します。たとえば:
• ならば「Socrates は死ぬ」 ⇒ 真
このような推論には、各文の真理条件を明示的に扱う論理体系(述語論理など)が不可欠で、Tarskiの真理概念が理論的基礎になっています。
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Tarskiが最も警戒したのは、以下のような真理に関する自己言及的文です:
「この文は偽である」
これはいわゆる**「偽であると述べる真理」パラドックス**であり、整合的な意味論では扱えません。
• 「真理を定義する言語(メタ言語)」と、「真理が定義される対象(オブジェクト言語)」を完全に分ける。
•自分自身について真偽を語ることができないようにすることで、パラドックスを回避。
例:
• 「英語の文の真理」を定義したいなら、英語より強力な言語(例:数理論理を含むメタ英語)で記述する必要がある。
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項目 内容
表題の通り、心理検査を受けその結果が先日返ってきたので、医師や臨床心理士のフィードバックを思い出しつつ備忘録として残しておこうと思う。
現在社会人で、もともと高校生くらいの時から死にたい気持ちがあった。大学、社会人と人生のステージが上がるにつれて、自分が無能であると感じることが多く、死にたいと思う頻度も増えていった。
なぜ死にたいかかを突き詰めていくと、自己肯定感のなさからきているのではと思い至った。自己肯定感のなさは、失敗した経験、ものの考え方、性格、様々なところから来ていそうだ。そういったことを総合的に検査することで、自分のトリセツのようなものができれば、もう少し楽に生きられると思ったから受診した。
一般的な言葉の定義はよくわからないので、自分が受けた検査について書く。
①WAIS-Ⅳ知能検査:IQを測るテストをする。IQテストといわれてよく想像する積み木の並び替えだけでなく、言葉の知識や頭のメモリのリソースを測るものなどテストは多岐にわたる。
④ロールシャッハ・テスト:モノの見方を検査する。墨汁で書かれた謎の絵を見て想像したことを話す。本当に謎。
①県のサイトで検査を受けられる病院探し:探す際は診断をしてくれるか、知能検査以外の検査もしてくれるかを重視して探した。
②病院に電話して診察の予約:ここが一番大変。病院によってはそもそも患者がいっぱいで受け付けていないとかざらにある。受け付けていたとしてもとにかく電話がつながらない。時間を置いてみたり、根気強くかけ続けよう。
③医師の診察(1時間程度):いきなり検査ではなく、まずは診察から。本当は発達の検査をするときは親などの第三者からの話もあった方がよいが、自分一人で行ったので、簡単な生育歴とエピソード、今の一番の困りごとについてパワポを作成し印刷して持っていった。最後に次回の心理検査を予約した。
④心理検査1回目(2~3時間程度):半日有給とった。疲れる。
⑥医師からの検査結果のフィードバック:検査が混みあっていたので検査からだいたい1か月程度かかった。まだ正式な検査結果の書類はできていないので口頭でのフィードバック
⑦臨床心理士からの検査結果のフィードバック:任意だが欲しかったのでお願いした。この日に検査結果の書類を受け取った。(書類発行は任意で5000円程度)。検査結果の書類をもらうまで合計5回通院した。
・自分の結果はASDの傾向はあるものの、適応し生活できていることからそれが生きづらさに直接つながるものではない。
・IQは項目によって数値の差があるものの、どれも平均より高いため問題ない。
・日常の中で気持ちが大きく振れやすく、時に過剰に良く見えたり、悪く見えたりするモノの見方が生きづらさにつながっていると考えられる。
との診断だった。
結果についてこれ以上詳しくは書かないが、今回様々な検査を受けたことによって、自分を多角的に見つめなおすことができた。
自己否定的な気持ちが強く、見えていなかった自分の強みを発見することができた。また、自分の感情の動きや考え方が言葉で説明つくようになり、トリセツができたのは大変良かった。
最後になるが、最近はファッションADHDなどという言葉もあるが、そういったステータスのようなものを手に入れるために検査を受けるのではなく、今つらい気持ちがある人が、自分を見つめなおすきっかけを得るために検査を受けてほしいと心から思う。
結婚って重要ステータスなの? 生涯未婚率も急上昇しているし、結婚しない人生を選択する人の方が多くなる時代もそこまで来ていると思うな。
昔は家族親族からの結婚圧力も強かったらしいし、相手を見つけてやろうというおせっかいも山ほどいたらしい。だから、選ぶとか選ばないとかは関係なく、未婚同士が社会的な圧力により無理やりにくっつけられていたんじゃないの? そういう圧力が無くなれば、当然結婚しない選択をする人もいるわけで、例えば男女で半々が結婚に興味がないとすれば、任意の組み合わせで結婚に興味ある者同士が出会うのはせいぜい20-30%くらい。
まぁ、そういうことだから、悲観することないと思う。二人が出会って大恋愛の末に結婚して生涯幸せに暮らしました、なんて、現代におけるおとぎ話にすぎないよ。結婚しないのがスタンダード。
お盆を過ぎ、めだかシーズンも終盤戦。概ねうまくいっています。
水替え後に全滅が3回ほどありましたが…。
と、言った矢先にお彼岸も過ぎてしまいました。この文章はお盆休みに書いていました。
今年の飼育方法をまとめておきます。3つの槽を作り最低限のお世話ルーチンで運用しました。
本年は小型容器で、水替え回数を増やして採卵しました。水替え時は去年作ったバケツに載せる網で汚れた飼育水を濾して、卵を根こそぎゲットします。
・ダイソーのメダカ飼育容器6Lを15個 だいたい同じサイズの8Lの白い小型プランターも併用
・水替えは週に1回のペース
・エサは朝に1回
・選抜した4から8匹(メスを多めに入れるほどタネ親レベルのメダカがいなかったのでオスメス比率は任意)を投入
・採卵は週に1回
・どちらかというと午前にしか日が当たらない日陰に配置
・採卵床は、セリアの浮上タイプと沈下タイプとチュールタイプをめだかの好みに合わせて使い分け
・イケアのトロファスト20L(棚の高いところは水面が見えなくなるため、NVBOX#13を使用)を8個
・水替えは1ヶ月に1回のペース(孵化後、1cmくらいまで育て別の大きな容器へ)
・エサは朝に1回
・投入数は産卵床を6個くらい
・週に1回のペースで1cmになった稚魚は育成槽へ移動
・水草は、オオサンショウモとウィローモス、睡蓮、睡蓮の枯れ葉
・どちらかというと日向に配置
シーズン終了まで水替えなしで運用することを目標にタライを改造しました。これまではL字型の塩ビ管を組み合わせて作った水面排水のオーバーフローから底水排水へ改造し、底面に育苗用トレイに入れた砂利を沈めました。着想としてはジョウロでキレイメダカ鉢を大型化したものです。元の穴は、防水テープで塞いで水量が稼げるように少し上のほうに開けなおしました。
・80L、60Lタライを8個
・エサは朝に1回
・棚の下段に配置
・週末
タネ親の水替え
採卵
育成槽への注水
6 網に残った卵を集めて、針子稚魚槽へ入れる
1 白くにごっている、ねばついてる卵は除去する
2 卵が集まりすぎているところは、手で取って複数の卵がくっつかないようにする
3 卵は容器を洗って水替えをした針子稚魚槽に入れる
本年の飼育方法のまとめでした。自動給水もエアレーションも利用せず、ハイテク感がない飼育方法となりました。育成槽は、いっぱいになりました。冬越ししたあとの選別が楽しみです。
そんじゃーねー。
吉田某の案件https://anond.hatelabo.jp/20250920102717ブコメでsay-dogap と言うキーワードが出てきて調べたらこんなの出てきた。
一応Gemini/ChatGPT の両方で検証してはいるが、AIで調査した奴なのでハルシネーションの可能性はある。
成人向けサイトを一ヶ月以内に見たことがあるか、と言うアンケートをとったところ、全ユーザの12%が見たと申告した。
しかし、回線数数をベースにアクセスデータ解析をすると、任意の1日に成人向けサイトにアクセスする回線は全体の12%で、一ヶ月で少なくとも1回アクセスした回線は38%
企業向け専用の回線を除いたのみであるため、法人回線なども含む上に、回線数で丸められているため、個人ベースに直すとさらに多いと想定される。申告と実際に相当なギャップがある。
成人向けのアイキャッチは不要、と言うアンケート結果を元に、ヌードを排除した所、ニューススタンドでの販売は確かに増えたが、全体の売上がガクンと下がって方向性が誤りとして復活。
別の雑誌、表紙から露出の多い女性が映っている版と、同じ女性が映っているが露出が少ない版と、人間が映っていない版、3パターンを作成し、地域ごとに分けて入れ替えながら数号分実験を行ったところ、露出が多い版、人間が映っていない版、露出が少ない版、と言う売上の傾向だった。
しかし、女性読者が明らかに増えたのでよい、として表紙から人間を排除することを強行したが廃刊に追い込まれた。
多様性を大切に、女性管理職やマイノリティに配慮しているとしてその割合を公表している企業のデータを確認してメタ解析すると、
配慮している企業とそうで無い企業の場合、得に配慮していない後者の方が利益の成長率が高いという傾向があったそうな。
ただし、時価総額の伸びでみると女性管理職やマイノリティ配慮を掲げた企業の方が伸びている傾向はある。
問題広告や製造現場の劣悪さで問題にとなり、ネットでボイコット運動が発生したものの、実際には売上が前年比2割から3割増という例が複数あるとのこと。
さらに「社会・政治的立場で買う、または買わない」と表明した層は64%に登るという調査結果があるが、POSデータなどを分析すると高くても瞬間最大的に3割程度が最大だそう。
伝統的スポーツ雑誌が、年に一度作る女性アスリートの水着写真特集。人種差別が色濃く残る時代に黒人女性を起用したり、ヒジャブ・ブルキニ水着のモデルを起用したり、高年齢の女性やトランスジェンダーを起用したことにより、より伸びたり、カレンダーやポスターなどビジネスを広げた、という事例がある
ガジェット雑誌の表紙からセクシャルな女性を外したところ、女性読者の比率が増えて、広告の出稿が増加した
やりがい? ない。
昇給? ない。
モテ? あるわけない。
でも転職って、思ってる以上に金がかかるんだよな。
スーツ・革靴・シャツの新調(それなりに見せるため)……10万円
メイクレッスン・スピーチ講座・立ち振る舞いトレーニング……10万円
資格取得(TOEIC、基本情報技術者、簿記、宅建など)……受験料・講座費あわせて20万円
ポートフォリオ制作用のソフト・機材一式(Adobe・PC・周辺機器)……38万円
ハイクラス転職エージェント登録料(優良サービスは有料もある)……5万円
転職活動中の収入ダウン(3ヶ月無職想定)……手取り月30万×3ヶ月=90万円
準備費用:35万円
「行動すれば変わる」ってよく聞くけど、まず資金がなきゃ動けない。
選択肢が多すぎて、気がついたら今の仕事が「まだマシ」って思えてきた。
俺は転職を諦めた。
1.問題の枠組み――“誰がやるか”ではなく“何を認めるか”
「公権力の弾圧」と「私的なキャンセル(解雇・排除)」は区別されるべき――これは当たり前だ。だが本件の争点はそこで止まらない。核心は次の可換性(対称性)だ。
> もしあなたが「Aの表現」に対する私的制裁(雇用終了・場からの排除)を正当化してきたなら、立場や陣営が逆回転したときも同じルールを受け入れねばならない。
「誰がやるか(政府か企業か)」を盾に「これは弾圧、あれは正当」と言い分けるのは、規範の可換性を破る。第一投稿が指摘するのはまさにこの点だ。
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2. 第二投稿(anond:20250915142944 )の論理的問題のコア
第二投稿は「弾圧(公権力)とキャンセル(市民・企業)は違う」と繰り返す。しかし歴史的にも現実にも、大学・大手メディア・巨大プラットフォーム・大雇用主は私的でありながら制度的権力そのものだ。過去、彼らが“右でも左でもない形で”人生を左右してきたことを知りながら、今回は「政府じゃないからOK/政府だからNG」とだけ言い分けるのは、制度的権力の実効性を過小評価している。
第二投稿は「今回は理不尽なパージ」と非難するが、過去に業務外の私語・私生活上の表現を理由に排除を容認してきたケースは枚挙に暇がない。
もし「場の規範」を根拠に是認してきたのなら、その規範が反転しても同じ論理が適用される(べき)だ。ここで急に「雇用契約の範囲外」「表現の自由」を持ち出すのは選好依存の二重基準である。
「彼らが最初に…」は、少数者保護の“原理論”だ。これを掲げつつ「こうなるのも仕方がない」と現に少数(今回は右派)への制裁の拡大を諦念で受け入れるのは、警句の目的(原理の維持)に反する。
原理を維持するなら、「自分が嫌う側」に対しても同じ保護を与えねばならない。
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議論を「誰が嫌いか」から外し、ルール設計に落とすと、選べるのは実は次の二択だ。
業務外の表現・私生活上の言動に対し、雇用・教育・プラットフォームからの排除を原則禁止(限定例外:直接的な違法煽動、重大な職務上の利害相反、明白な安全リスクなど)。
「場の規範」を掲げて、右でも左でも同じ条件で私的制裁を許容。ターゲットが反転しても泣かないことが前提。
第三の道、すなわち「自分たちの価値観に沿うキャンセルは是正、逆は弾圧」は原理として成立しない。それは規範ではなく部族的勝敗の表明に過ぎない。
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4.反論の先取りと応答
反論A:「今回は暴力に喝采だ。過去の“問題発言”とは質が違う」
応答:質の線引きこそが恣意の温床だ。危害の直接扇動や違法行為の教唆は既存法で対処すべきで、法外の私的制裁を一般化すると、線引きの“閾値”は政争と同調圧力で上下する。だからこそ原則①(厳格反キャンセル)を採る意義がある。
応答:公権力の越権は別軸で違法として糾すべきだ。しかしそれは、私的制裁の正当化を同時に免罪しない。二つの問題は直交する。公的越権を批判しつつ私的キャンセルも否定する、という一貫性が取り得る。
反論C:「大学・メディアは“表現の場”だから自律的に線引きできる」
応答:ならば対称性を守れ、がこちらの要求だ。右派・左派で運用を替えるなら、それは規範ではなく任意の私刑だ。
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キャンセルは低コスト・高威力の制裁手段だ。短期的に“自分の側”に有利でも、ルールを解禁する限り相手陣営も同じ武器を持つ。
第一投稿の要旨はここにある。「兵器化」を歓迎したのは誰か。砲塔が回った途端、「非道だ」と叫ぶのは設計者としての責任回避であり、規範の議論ではない。
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業務外言論に対する雇用制裁の原則禁止(明確な違法煽動・職務上の重大な支障・安全リスクを限定列挙)
この最低ラインなら、右左どちらに砲塔が回っても可換性を守れる。
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第二投稿は、「公権力 vs私的制裁」の違いを強調しつつ、過去に自ら容認した私的なキャンセルの正当化との整合性を示せていない。ニーメラーの引用も、原理の普遍化ではなく選好に応じた適用に陥っている。
第一投稿が指摘した通り、キャンセルという兵器の解禁は、いずれ自分に向く。それが嫌なら、今こそ原理としての反キャンセルに立ち返るべきだし、なお解禁したいなら反転時にも黙って受ける覚悟が要る。
規範は誰を罰したいかではなく、どんなルールで社会を動かすかで決めるべきだ。今起きているのは「正義の交代」ではなく、原理の不在である。
普通に高校、大学などを出て、実家をはなれて給与所得者になった人で受信料を任意には払いたくないがテレビは持ってるよ、という状況で、被告となるシナリオを考えてみる
(訪問員に嘘をつくのは詐欺罪のリスクがちょっとあるから、そもそも会話をはじめない、はじまってしまっても「すまんが会話を続けたくない」でシャットダウン、必要に応じ不退去罪の規定の活用、がいいかな)
(通報は恨みをかってたらそれなりに可能性があるかな。ミスのシナリオはNHK側として狙うにはコスパが悪すぎるかな)
・SNSなどでテレビの存在を開示しちゃって、あるいは窓などから見えてNHK側にバレる
(セルフ開示はNHK側として狙うにはコスパが悪すぎるかな。窓などのほうのリスクは馬鹿にはできない、建物周辺から容易に見える階なら特に。)
***
賃貸vs持ち家論争は絶対に結論が出ない議論である。なぜなら、議論の参加者それぞれが異なる前提条件で話しているからだ。
まず、賃貸でも普通賃借と定期借家がある。借地借家法で強く守られているのは普通賃借だ。こちらは確かに借主側が非常に有利で、更新もできるし家賃を大幅に上げることはできない。 長くデフレが続いた日本においてはあまり気にならない点であるが、インフレ下においては貸主側にとって厳しい契約となる。強制的に追い出すこともできず、契約した時点での家賃を基準として契約を継続することになる。家賃が上がると言ってもそこまで大幅な上昇はない(たぶん)
しかしながら、定期借家は別である。一定以上の高級賃貸などはほぼこちらになっている。定期借家は借りた時点で契約が終わる時点が決まっており、それ以降に住みたい場合は再契約となる。しかもこの再契約は保証されておらず、家賃も大幅に変わるし、再契約不可(退去)となることも珍しくない。
家賃が大幅に上がることや、再契約できなかった際が問題である。 そうなると改めて新しい住居を探すことになるのだが、同居しているパートナーや家族がいる際はそう簡単に近い条件で探すことはできない。
特に都心3区(港区・千代田区・中央区)において、2LDK~3LDKの賃貸マンションは家賃が急激に高騰しているし、何よりもそれなりに予算を上げても空いている物件がない場合も多い。 そうなると、場所を変えることになるがその際は、自分だけでなく同居している人の仕事や子供がいる場合は子供の学校なども考慮する必要がある。
そう、定期借家で借りている場合は常に引っ越さなければいけないかもしれないというリスクを抱えることになる。これが定期借家の問題である。そして今後、新規に賃貸に出す場合は定期借家での契約が増えるだろう。
これはよく言われているが、流動性が低いと思われるエリア(23区外など)を購入してしまうと売却をしての住み替えが困難になるリスクがある。特に郊外に建てた注文住宅などは、流動性という意味ではかなり難しい。 当然、住み続ける前提で購入するのが持ち家なわけであるが、「もしも」のときのことを考えると流動性の高いマンションということになる。また、隣人問題なども懸念される。
しかしながら、現在、都心のマンションは非常に高価格帯で推移している。今後値が下がるといった保証もない一方で、買った後、価値が一定以上であるといった保証もない。 だからこそ、購入を見送ってしまい賃貸になる理由もわかる。
これがとても難しいところである。
まず、普通賃借で望ましい物件があれば賃貸でよいのではないだろうか。資産形成にはならないが、定期的に転居しなければいけないというリスクがない。
ある程度引っ越すリスクは許容できる、賃料が上がるリスクが許容できる、不動産会社が貸し出しをしているマンションである、などの条件が必要だろう。最後の、不動産会社が貸し出ししているマンションに関しては(有名なものだとラ・トゥールシリーズなどである)賃料が上がり続けることは確実だが、引っ越しリスクはほぼないと思われる。金さえ払えば何とかなる。
そしてどちらの賃貸の場合も社宅として借り上げることで、半分は損金に算入できる。
さて、購入はどんな人に向いているのか。基本的には3つのパターンの人が購入に向いていると考えられる。
一定以上の資産(3億以上程度か?)の人は購入の方が向いているケースが多い。さほど給与所得はなくとも、資産背景があるだけで銀行の扱いは変わってくる。 こういったケースは、それほど安い金利は期待できないが頭金なしのフルローンで数億単位の融資がおりたりする。
例えば3億の自宅をフルローンで購入したとしよう。 3億で金利が1%で35年ローンをフルで組んだとすると、月々の支払いが85万円程度となる。 そして3億をリスク低めの投資商品(債券など)で回すと、4%程度の利回りは期待できる。結果として、税引きとでも3億の資産運用の利回りだけで3億の不動産を購入することができる。
ただ、これはかなり限られた人だけが実施可能な方法だ。実際、利回りが出る金融商品に3億回せる人は、少なくとも総資産で5億以上の人だろう。所謂、「超富裕層」のみが取ることができる戦略である。
恐らく、都心の億ション購入者の多くの人が狙っているのはこのパターンだ。しかしながら、これができるのは資産価値が下がらないことを前提として流動性のあるマンションだけである。リスクとしては、買い先行・売り先行どちらもかなり面倒である。こういった手間を惜しまない人ができる手法だ。
そして、昔ながらの自宅購入者はこのパターンであろう。注文住宅や郊外の建て売りがまさにそうだ。 購入したらそこに住み続け子供もそこで育つ。とても思い出にはなるし、注文住宅であれば自分の夢の邸宅をつくることだってできる。 ただし、売却における住み替えはそれなりに困難である。終の住処として考えるか、十分な予算を持っている人向きな選択だと思われる。松濤なんかにたっているバカでかい邸宅はまさに「十分な予算の人」である。
これが現時点での私の整理である。あくまで正解はなく、自分自身のライフスタイルや資産状況に合わせて選択すべきだ。 だからこそ、賃貸vs持ち家のようなシンプルな構図で争うのではなく、きちんと向き合って考えるべきである。
他の大手マスコミは辞任意向だの退陣意向だのと政治部の主観を垂れ流しているようだが
毎日は進退めぐる会見と中立的な見出しで読売は会見する事だけを書く客観報道で立派やなあ
https://www3.nhk.or.jp/news/html/20250907/k10014915751000.html
日経「石破茂首相が辞任意向 午後6時記者会見、総裁選要求が拡大」
https://www.nikkei.com/article/DGXZQOUA026EQ0S5A900C2000000/
産経「石破首相が退陣意向と政権幹部、今夜記者会見 「前倒し要求」過半数の勢いで続投断念」
https://www.sankei.com/article/20250907-5RDLSPPRQVJELCLA2RZLQNPXBE/
朝日「石破首相が退陣意向 自民党内の「石破おろし」耐えきれず、続投断念」
https://www.asahi.com/articles/AST9722FMT97UTFK00ZM.html
https://mainichi.jp/articles/20250907/k00/00m/010/082000c
以下で展開される議論は、アメリカのある哲学者が学術誌の査読(ピア・レビュー、同業者による査読)の適切さを確かめるためにでっち上げたデマ論文の内容であり、しかもその論文はある雑誌に受理された。
このことから投稿者は、文化人類学者ではないが、いくつかの考察を試みる。
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1. 以下の内容は、「サル山のボス猿とそのなかま」が信奉するペニス信仰と、それに対する「フェミニスト」の反論の両方を痛烈に揶揄している。これらの議論は、ここ「はてな」での果てしない同種のやり取りの上位互換となっている。つまり、そのことに気づかないでいる、いわば自己相貌失認を患う矮小な関係者の姿をアナロジカルに揶揄している。
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2. 仲間による「レビュー」を経て認められた「議論」が、いかに穴だらけなものであるか、つまり、特定のコミュニティの支配イデオロギーとはしばしば、ブードゥー教の偶像崇拝にすぎないことを示唆している。
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3.投稿者はこのデマ論文の紹介により、いわば原始人に優れた棍棒の作り方の一例を教唆することになるかもしれない。いずれにせよ、上位互換の議論がデマであると著者により暴露されたことは、はてなでの「議論」の有効性の上界を抑えられたことを意味する。平たくいうと、0くxく1のように、xの取りうる範囲が有限なある一定の値以上にならないことである。原始人たちが、今後どのような道を選ぶのか知らないが、進化の選択肢があることを付け加えたい。
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4.敷衍すると、この論文の内容に限らず、はてなでの任意の「議論」には、それの上位互換となるある学術的な議論を作ることができる、という可能性が示唆される。平たくいうと、はてなの投稿を分析すれば論文が書けるかもしれない。
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この論文「概念的なペニスは社会構成物である」は、ジェイミー・リンゼイとピーター・ボイルによって2017年にCogent Social Sciencesに掲載された研究論文であり、ペニスという概念が単なる解剖学的な器官ではなく、社会的に構築されたものであり、それが有害な「毒性のある男性性」(toxic masculinity)と密接に関連しているという革新的な主張を展開しています[1]。著者らは、この「概念的なペニス」が、ジェンダー・アイデンティティ、生殖に関するアイデンティティ、社会および家族の力学に深刻な問題を引き起こし、女性やその他のジェンダー周縁化されたグループにとって虐待の根源となり、レイプの普遍的な原因であり、さらに気候変動の概念的な原動力であると結論付けています[2-4]。
伝統的に、ペニスは男性の生殖器または性器として圧倒的かつ議論の余地のないものとして科学的に認識されてきました[5]。しかし、著者らは、この見方が「過度に還元主義的」であり、ペニスを持つ人間の経験の多様性を完全に表現できていないため、「首尾一貫しない構成物」であると指摘します[6]。
この主張の根拠として、まず解剖学的なペニスが必ずしも男性の生殖器官としての役割を果たすわけではないという事実が挙げられます[5]。例えば、怪我を負った者、配偶者を強制できない者、子孫を産むことに興味がない者、医学的に不妊の者、またはアセクシュアルを自認する者など、ペニスを持つ多くの人々が生殖を行いません。これらの例は依然として「男性」を構成するかもしれませんが、彼らのペニスを生殖器官として特定することは明確に誤謬であるとされています[5]。
さらに重要な点として、ペニスを持つ女性が数多く存在することが強調されます[5]。これには、性別適合手術前のトランスジェンダー女性や、女性と自認し、性別移行を望んでいない染色体上の「男性」が含まれます[5, 7]。文化的な有害な常識に反して、これらの人々にとって、彼らの性器(ペニス)は、生殖に利用される場合があったとしても、男性の性器として最もよく理解されるべきではありません[7]。このような人間の表現の多様性という重要な事実に照らして、ペニスを具体的に男性の解剖学的な器官と概念化することは、非常に問題があり、言説的な再検討が喫緊に必要であるとされます[6]。
著者らは、ペニスが「男性性に対する首尾一貫しない構成物」であるとし、ペニスは解剖学的な器官としてではなく、**ジェンダー遂行的な、非常に流動的な社会構成物**である「概念的なペニス」として理解されるべきだと主張します[6]。この「概念的なペニス」は、ジェンダーに関連する様々な遂行的な行為や発言を通じて社会で確立されるペニスの操作的な表現です[6]。
この概念的なペニスが、**「毒性のあるハイパーマスキュリニティ(hypermasculinity)」と等型写像的(isomorphic)な関係にある**とされています[1, 8-10]。この等型写像関係とは、二つの異なる構造が、その構成要素間の関係性において本質的に同じ形を持っていることを意味します。ここでは、概念的なペニスという社会構成物が、毒性のあるハイパーマスキュリニティの行動や心理と鏡像のように一致しているということです。
特に、この等型写像関係は、**「マチスモ・ブラガドシオ」(machismo braggadocio)**という概念によって媒介されます[10,11]。マチスモは本質的に攻撃的な男性のプライドを指し、ブラガドシオは傲慢な自慢の性質を意味します[12]。これらが一体となって、社会的に男性的な心や異性愛規範的な女性の心がペニスを「客観視」し、それを介して男性性と支配的な男性の権力ダイナミクスを遂行的に表現する具体的な描写であるとされます[12]。
この等型写像関係において、概念的なペニスは、ハイパーマスキュリンな男性が権力のない主体的な立場から強力な立場へと自身を再配置するために、**「主体」「客体」「動詞」の三つの役割**を果たします[11-14]。
この主体としての役割は、男性が性的な「征服」や「パフォーマンス」について自慢する際に明らかになります[16]。また、「俺は彼女にやった」「彼女はもっと欲しがった」といった表現に見られるように、名詞の「それ」("it")が客体的な概念的なペニスを女性の経験の知覚された主体に変え、概念的なペニスを男性のジェンダーパフォーマンスに関してさらに客体化します[16]。これにより、概念的なペニスは、ハイパーマスキュリンな心において、ペニスを主体として(男性の)セクシュアリティを強力な現実とする脱所有化(deappropriative)のツールとなります[16]。
この傾向は、性的なアイデンティティが根本的にヒエラルキーの維持に利用されるという考え方によって説明されます[17]。概念的なペニスを行動を表す動詞として使用することで、ハイパーマスキュリンな男性は、他者を抑圧し、脱制度化する社会的なヒエラルキーを強制し、自己を認識的に高めます[17]。この現象は、ラップ音楽におけるミソジニーの分析や、「マン・スプレッディング」(manspreading)と呼ばれる、公共交通機関などで男性が足を開いて座り、不必要に広いスペースを占有する行動にも見られます[17]。マン・スプレッディングの言い訳は、解剖学的なペニスと睾丸が「快適さ」のためにスペースを必要とするという男性的な社会言説に直接基づいていますが、これは概念的なペニスを遂行的な社会構成物として見た場合、周囲の空きスペースを「レイプする」ような支配的な物理的空間の占有であり、毒性のあるハイパーマスキュリニティへのマチスモ・ブラガドシオ等型写像を通じて最もよく理解されるとされます[17]。
マチスモはハイパーマスキュリンな本質であり、ブラガドシオはその表現です[10]。現代の思考における概念的な要素としてのペニスは、マチスモ・ブラガドシオの概念によって、ハイパーマスキュリニティにおける最も毒性があり問題のあるテーマと自然に等型写像関係にあります[10]。これらのテーマは、解剖学的なペニス自体には適用されず、生殖しない個人やアセクシュアルな個人にも関連性を持たないため、ペニスは既存の男性的な社会的な比喩を演じるために利用される、構築された社会的な客体、つまり言説的な「概念的なペニス」として理解されるべきだとされます[10]。
概念的なペニスが毒性のあるハイパーマスキュリニティに等型写像的に同定されることの最も問題のある結果の一つが、**気候変動**であると指摘されています[4, 18]。気候変動は、まさにハイパーマスキュリニティの特定の有害なテーマによって引き起こされており、これらは概念的なペニスと識別される気候生態学への支配的な略奪的アプローチを通じて最もよく理解できます[18]。
著者らは、地球が急速に2℃の気候変動閾値に近づいている原因が、現在の資本主義構造を維持する家父長的な権力ダイナミクス、特に化石燃料産業にあると主張します[18]。科学、政治、経済の言説におけるハイパーマスキュリンな支配と、生態系への修復不能なダメージとの関連性は明確であるとされます[18]。破壊的で持続不可能であり、ヘゲモニー的に男性的な環境政策と行動へのアプローチは、男性優位の精神性による自然の「レイプ」の予測可能な結果です[19]。この精神性は、男性心理に対する概念的なペニスの役割を認識することによって最もよく捉えられます[19]。
特に、資源を安価に略奪し、家父長的な経済的利益のためにその内在的な価値を奪われた後、荒廃し減退したまま放置されるような「未開の環境」にこの精神性が適用されるとき、概念的なペニスに内在するレイプ文化の延長が明らかになるとされます[19]。気候変動は、最もよく言えば、ハイパー家父長制社会が地球の生態系にメタファー的に「マン・スプレッディング」している例であると述べられています[19]。
この問題のある傾向の根底にある理由は、現代の資本主義理論、すなわち新資本主義理論が、科学と社会におけるハイパーマスキュリンな焦点から直接その合理性の主張を引き出していることにあります。そしてこの焦点は、概念的なペニスとの同一視によって最もよく説明されるとされます[20]。毒性のあるハイパーマスキュリニティは、概念的なペニスから直接その意義を引き出し、新資本主義的唯物論の支持に自身を適用します[20]。この新資本主義的唯物論は、特に炭素排出の化石燃料技術の無制限な使用や、未開の自然環境の無謀な支配において、気候変動の根本的な原動力であるとされます[20]。
この分析から導かれる実践的な推奨事項は、気候変動研究において、可能な限りハイパーマスキュリンなペニス中心の視点を避けるように、政治や科学の言説への関与方法を変えるべきであるというものです[3]。
結論として、著者らは、ペニスは男性の性器や生殖器として理解されるべきではなく、むしろPermalink |記事への反応(0) | 19:03