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2025-12-13

「立派な人」である前に「生活を丁寧にしてる人」になるべきって方向に時代が変わってきたんだと思う

「子持ち」「金持ち」「趣味人」「成功者」といった事柄価値が下がってきてるように思う。

代わりに「生活普通に丁寧にやっているか」の優先度が上がってきたと言うか。

子供を沢山育てていたとしてもいつもイライラしている人は「毒親」として扱われる。

金持ちだったとしても仕事人間で早死した人は「人生を間違えた人」として扱われる。

趣味人であっても風呂食生活が終わっていて臭い人は「界隈の恥」として切り捨てられる。

あらゆる分野において「まず、生活が丁寧であるかが大前提だ」という風に価値観が切り替わっている。

俺が若い頃、まあつまりは「平成≒新しい」という世界観だった頃は、「生活をサクっと切り上げて他にエネルギーを回すのが立派な人だ」という風潮があった。

睡眠時間を削って頑張って子育てする人はその結果としてガミガミしてようが「国家繁栄功労者」みたいな感じだった。

24時間戦うサラリーマン、年中無休の経営者、5時間睡眠受験生、食費を切り詰めるオタク、そういった人々が「自己犠牲のもとに結果を出す立派な人達」として持ち上げられていた。

だが今は違う(ギュッ)。

今はもう全部が違う。

睡眠時間を削って働く人はたとえ総理大臣だろうが「悪い見本だ」と批判されるし、エナドリを飲みまくるe-スポーツ選手は「不健康アピールスポンサードリンクネガキャンやめろ」と叩かれる。

そういう時代なんだ。

健康であること、ひいては「生活が丁寧」であることの価値が物凄く高まっている。

これはもう時代の流れとしか言えない。

ストレス社会の行き着いた先なのか、様々な消費啓蒙合戦の果てにこの時代が来たのか、世の中が清潔で健康になるにつれそうじゃない人間排除が始まったのか、理由は複合的だろう。

とにもかくにも現代においては「まず生活を丁寧にやりましょう。全てはそこからです」という感じになっているわけだ。

社会ポリコレ化が言動に対してではなく「生活様式」自体にまで口を出すようになった感じだろうか。

俺はソレを批判する気はない。

別に悪いことじゃないと思う。

睡眠不足や栄養不足でイラついてオラついている被害者意識ムンムンの連中が「でも結果は出してますからね」でパワハラしまくる社会と比べたらまだ窮屈じゃない。

結果だけは出しているという肩書をぶら下げてパワハラを振りまく連中の顔色を伺うよりは、7時間寝て栄養のあるものを食べて清潔な部屋と体で過ごすように心がける方がよっぽど建設的じゃないか

平成は遠くになった。

令和の価値観に合わせていこう。

平成においては「結果を出せているか」が最重要だったが、令和では「生活が丁寧で健康的か」が最重要なんだ。

そしてまた30年後にはルールが変わる。

変わるんだろうな。

ある意味楽しみじゃないか

Permalink |記事への反応(0) | 15:55

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2025-12-10

B'zは見れるときに見ておけ その2

この増田書いた人です あれからもう一年経とうとしている

https://anond.hatelabo.jp/20250107165457

2025年、実はファンにとっては静かに激動の一年だった。

松本孝弘が予定していたB'z主催対バンライブ体調不良で欠席した。6月のことである。(その後、医師指導のもとアンコールだけ飛び入り参加)

松本自身体調不良ライブ参加を取りやめた事はこれまで一度もなかった。大昔のインタビュー(明石昌夫Youtubeだったかも)で「昔はインフルエンザでもギリギリまで点滴してライブ出てたよね笑」みたいな発言をしていたくらいだ。

松本孝弘はとにかく仕事に厳しい。ミュージシャンっぽくないほどに仕事人間である。言い変えれば「お金が発生する以上は最高のもの提供する」ことにずっと全力を注いでいるタイプ小室哲哉にも「まっちゃん商人からね(笑」と評されたこともある。職人であり、商売人でもある非常に稀有存在だ。

そんな人なので、既にチケットが発売されてしまったライブを中止することは考えられなかったはず。それにも関わらずライブ不参加を決定した事の重大さにファンはかなり衝撃を受けた。

体調不良の影響は表立ってはこの対バンライブだけだったが、断片的な情報から裏でもかなり混乱があったように見える。

※以下、進行中のツアーネタバレ個人的妄想を含みます

昨年の紅白直後のスポーツ新聞インタビューで、現在敢行されているドームツアーと新作発表をアナウンスしかしその後は半年以上も新情報はなかった。

https://www.sponichi.co.jp/entertainment/news/2025/01/03/articles/20250103s00041000175000c.html

具体的な日程が発表されたのは8月頭、初日名古屋までは3ヶ月しか空いていなかった。ファンには吉報だったが、3ヶ月では日程調整の効かないファンも多かったはず(6月対バンライブは昨年12月アナウンス) 

さらに新作アルバムリリースツアー初日の数日前、タイアップなどで先行公開されていない曲(=アルバムしか聞けない曲)は全曲セットリストから外れるなど異例づくしのツアーになっている。

とある曲で松本が休養せざるを得なかったことへの思いを稲葉が綴ったとファンの中では噂されているが、本当にそうであれば発売日の半年足らず前まで制作を続けていたことになる。

またレコーディングには海外の有名ミュージシャンが起用されるのが常だが、今回はレギュラーメンバーを除けば昨年松本ソロ活動来日したであろうマット・ソーラムが参加しているのみ。アルバム制作としてはかなり切羽詰まった状況だったことが推察される(全部妄想です)

商売を考えれば年末紅白出場から6月対バン→直後にアルバムドームツアーアナウンス(さらアリーナ追加)あたりが理想的アプローチだろう。結果として松本の体調を考慮し、アルバム制作・発売をギリギリまで伸ばし、アリーナは全キャンセルして年内はなんとかドームツアーにはこぎつける。ドームツアーの前に予定していたアリーナ公演は拡大して来年に持ち越した、くらいの調整があったように見える(本当に全部妄想です)

今回のツアー東京ドーム初日に参加したが、松本演奏に集中、ライブパフォーマンス稲葉カバーする場面が多かった。特に本編ラストの曲は、喉の負担を考えて封印していたであろう見せ場のロングトーン披露初見古参もまとめて圧倒した。

演奏面では比較負担の少ない過去のリフ中心のアッパーソングが多く、速弾きやシビアなカッティング必要な曲はほぼ皆無。また松本一曲まるまる参加しないバラードアレンジもあった。

互いのソロ曲でどちらかがステージにいないパターンはあったが、B'zの曲を松本抜きで披露したケースは記憶にない。

そして松本MCは元々ドームツアーでは少なめだが、それでも大病だったことが窺える声色になっていた。稲葉MCでも松本への思いに熱が入る場面があった。

「(我々がここに立っていられるのも)当たり前じゃないんです」と、客席に訴えかけたのだ。もちろんその後は何万人という観客が一同に会することへの感謝も述べられたが、稲葉ライブシリアスな心情を吐露することはかなり珍しい。

(この日は座席の件やPA・特効のミスなど、「らしくない」瞬間も散見されたがここでは深く触れない)

実は前回の増田の後、18年前に取得していたファンクラブ会員に復帰して今回のツアーチケットをとった。松本の不調を予見していたわけではないが、結果として紅白出場の大サービスに乗っかって復帰してよかったように思う。

二人組のバンドとはいえ関係者を含めればそれなりの中小企業のような組織になっているわけで、おいそれと辞めるわけにもいかない事情想像できる。

それでも彼らのパフォーマンスを見れば、今できることに全力に取り組む姿勢自分人生の襟を正したくなってしまう。

「B'zはパワフル」なのは間違いないパブリックイメージだが、例えば先に述べた松本なしのバラードアレンジは、あまりB'zでは見せてこなかった稲葉の新しいボーカルスタイル提示した。松本ギターも近年、クリーントーン中心のブルーススタイル演奏はポップミュージックでは並ぶものがいない。

なんなら二人だけでブルースアレンジライブやってもいいんじゃないかと勝手想像している。The Wild Windとか今の年齢だからこそ似合う曲もたくさん思いつく。

衰えではなく変化と捉えてしまえば、日本最大級バンドの行く末は誰も予想がつかないステージに入ってきているように思える。

いくらかでも思い入れがある人には可能な限り追ってみてもらいたいです。

Permalink |記事への反応(0) | 17:51

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2025-10-09

親父が退職金蕎麦屋開店した

今2店舗目作ってる。なんでちょっと上手くいってんだよ。まあ、失敗するよりはマシかもしれんけどさ。

ただ母親がさ、「老後はゆっくり旅行とかしたかったんだけどね」

と、寂しい笑顔向けてきてさ、悲しくなった。

たださ、親父は親父で仕事人間でさ、動かないと死ぬ人間なんだよな。

親父から仕事取り上げたらきっと母親と同じ寂しい笑顔するんだよね。

どっちの味方すれば良いんだろうね。ちなみに親父の蕎麦はまあまあ美味いよ。親族贔屓目無しに。

追記(勝手コメ返し)

1.誰が2店舗目打つんだよ

→元バイトというか社員というか。なんか身内が言うと辺に恥ずかしいけど親父の弟子に当たる人物蕎麦屋開いてもう8年経ってるしな。暖簾分けっていうのかな。

2.マネジメントに回ると時間できそう

→まだ打ちたいらしい。現場好きな人種。

後出しジャンケンでごめんな

Permalink |記事への反応(1) | 13:10

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2025-09-01

鬱の初期か?という空気感のまま数ヶ月経ってる

20代後半、ネットワークSE

今の職場は3年目で通勤時間は1H

最近兆候

もともとお絵かき趣味だったけど、元のコンテンツに惹かれなくなって停滞。ペンタブも広いの大好き!派だったけど今はだいたい上にゴミ封筒ペットボトルが置かれる台扱いなので、広いのも使いづらくなってしまった。今はHUIONのちっさいペンタブメモ帳サイズ掃除したら出てきた)が代わりを務めている。最近分かったことはキャンバスが白だから夜明るすぎて描けなかったんじゃないかと思ってグレーのキャンバスを使うようになった。結果として目に優しいし、線画は捗るが、線画だけしかしてない。

ゲームはほぼプレイできない。PS4は使ってなさすぎて通電させるのが怖い。人に誘われた時くらいしかSwitchを起動せず。Switch2は散々言われながら通話中になんとか初期設定を終えた。エアライダーだけは楽しみにしている。今のところ焚き火を見る謎ゲームと唯一カセットが残ってたスマブラ試運転しただけ。

ソシャゲマジでもっと続かない。ガチャ引く以前、コミュの読み進めからもう怠くてやる気起きず。魅力的なキャラクターがいたとして、彼彼女らの背景には興味なし。過激衣装は注意資源を引っ張られてる気がして不快。知ってる曲のリリックビデオがなんとか重い腰上げて見れるか、否か。

本は読まないまま積まれている。読まないまま置いておくと湿気で劣化していくのでビニールに包んで保管しているが、どの本もそのまま数カ月経つ。久々に開けるとめちゃくちゃ綺麗。そのままメルカリに出品している。

動画は上の3つに増して興味出ない。さら時間資源の浪費を感じられて不愉快YouTubeチャンネル登録は何もしてない。たまにショートを見るとほんまにどうでもいい内容で笑顔になる。

音楽は一時期Spotify契約していたが同じ曲しか聴いていなかったので解約。昔のCDライブラリスマホに落として永遠に再生してる。あ、はい延々ですよね笑

と、ここまで趣味全滅、何が楽しくて生きてるかな?状態ではあるけど身体はすこぶる健康になっている。

朝5時に起床、5:30〜8:00まで在宅勤務しつつ朝食、9:00には出社。17:30に定時の顔をしつつ退勤。(全然残業なんですけど)

夕方ニュース見ながら夕食、今日の分含め洗濯機にぶん投げた後に風呂風呂の後に洗濯物干しつつ、エアコンつけた部屋でネットサーフィンして22時には就寝。

睡眠時間は確保されてて、朝に在宅で進めるのもあって明るいうちに帰れる。で、健康なんだけど、娯楽への興味の無さに不安がずっとあるもしかして仕事人間ってのはゲーム卒業するってより、興味が持てなくなって仕事一本になるのだろうか。分からないけど、なんとなくそんな気がしている……つまらなくなっていく感じがして、とても気味が悪い。趣味から離れたからこそ夜に熱中するものが無くて、早寝早起きになってるんだけど、これ大丈夫か……???改めて文字に起こしてみたけどやっぱ大丈夫かこれ???

Permalink |記事への反応(2) | 10:59

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2025-08-22

韓国は一部では日本より意識高い女性社会進出とか、死刑廃止とか)割に、男女の家庭での振る舞いは古臭いままなのなんでだろうね

「なんでその慣習だけ残したんだよ」みたいになってる

 

単に男女関係なく仕事人間ってことか?

Permalink |記事への反応(0) | 12:41

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大金持ちになりたいか

ビル・ゲイツみたいに長い隠居生活したいか

イーロン・マスクみたいにおもちゃにされたいか

ジェフ・ベゾスみたいに会社伸ばすことだけに人生捧げたいか

 

日本富豪はちなみに仕事人間ばっかり

Permalink |記事への反応(0) | 08:13

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2025-08-05

高専卒の人間を好きになれない

世の中には高専高等専門学校)というものがある。

高校大学の間のような5年生の学校機関である

私はここを卒業した人間のことが基本的に嫌いであるし、卒業生の多くには問題があると思っている。

以下に理由を述べる。

人文的素養の欠如

高専というのはその名の通り高等教育機関である

いわば一つのエリート養成機関であると言ってよい。

であるならば専門知識以外のリベラルアーツ必要となるわけだが、高専卒はそこの欠如が著しい。

言ってしまえば教養のない人間が多いのである

特に人文科学系の知識古典文学歴史など)の知識に圧倒的に欠ける。

なんならそういう知識を見下してすらいる人間も多い。

もちろん4大卒人間から教養があるなんてことはない。私も含めてほとんどの人間は無教養である

問題割合である

同程度に学力のある大卒高専卒を比べたとき大卒は多少教養のある人間がいるものの、高専卒は本当に専門知識に偏っているのだ。

イーロンマスクホリエモンに心酔しそうな人間が多いと言えばイメージがつくだろうか?

仕事人間になりがち

高専卒は多くが優秀な人達である。その辺の適当大卒と比べても、基本的能力が高い。

また、専門職として興味のある分野を仕事にしている割合も高い。

だがそうであるがゆえに、周りを顧みないビジネスパーソンになりがちだ。

たとえば組合活動のようなもの嫌悪する。たとえば労働法を顧みない。などである

そういう人間公共概念に欠けがちで労働者権利向上を逆に妨げたりするのだ。

好きでやってるから、そういうところがわからないのである

無駄に真面目

大卒ならしばらくプータローをし哲学書を読みこむような人間もいる。

だが高専はそういう「浮世離れ」「風来坊」的人間を産まないのである

そして、そういう人間を産まない組織というのは概してつまらないのだ。

高専卒は良くも悪くも真面目であるミクロ視点で見れば優秀だが、マクロで見ると社会悪である

ルンペンプロレタリアート」的なのである

ユーモアセンスがない

みなさんは高専卒の面白いお笑い芸人を思いつくだろうか?

少なくとも私は思いつかない。

基本的高専卒というのは「おもろいこと」を言えない人間なのである

ロボコンのようなもの面白いと思うセンスは、社会一般ユーモアとは対極にあるのだ。


まとめると私の言いたいことはこうだ

1高専卒は専門性を備えた高学歴でありながら、人文的教養のない人間が多い。

2仕事人間が多く、理系ビジネスマンとしては優秀である

 一方で「公共」 「社会」の感覚には欠けるところがあり、社会全体としてはマイナス価値観保有している。

3高専風来坊浮世離れした人間を生み出さないつまらい組である

4そもそもおもんない奴らの集まり

15歳からの高度な専門教育と言うのは人をスポイルするのだろう。

若い人は高専ではなく普通科に行くべきだ。

Permalink |記事への反応(0) | 12:23

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2025-06-10

そろそろ父を殺そうと思う(追記あり2)

話は母がガンになったところから始まる。

就職と共に家を出て2年ほどして、母がガンにかかっていることを知った。最初はガンと言ってもピンキリだろうと呑気に構えていたら、余命半年も無いらしい。

母が心配していたのは、典型的昭和世代価値観もつ父のことだった。今でこそ男性家事をするのが当たり前の風潮があるが、私の親世代は全く異なり、母は専業主婦で父は家のことは何一つ出来ないような人だった。

医者の話によると母は半年以内には亡くなる。その後、父がどうなるかを想像すると、

・二人暮らしから一人暮らしになる(下手したら後追い自殺するんじゃね?)

・酒に溺れる(弱いくせに酒飲み)

・まともに食事をしないので体調を崩す(仕事が忙しいと昼食を取らないなどのため痩せ型)

と、ろくな未来想像できないため、仕事を辞めて実家に帰ってきた。

まだ社会人3年目だったため、不安もあったが、「親の余命が残り少なかったので親と過ごすため仕事を辞めた。親は死んだ」となった場合に次の仕事を探す時に「家族思いの良い人」になるし、たいして不利にもならないだろうという計算もあった。「自分人生時間のうち、1年位を母のために費やしてもいいか」という気持ちがあったのも確かだ。

結局、実家に戻ってから2ヶ月ちょいで母は亡くなってしまった。

母が亡くなってからは「やるべきこと」が多くて悲しんでいる暇はなかった。保険やら役所やら銀行やらの手続き。抜け殻になってる父は役にたたないので、全て代行した。その後、実家の片付け。母が居た痕跡を消したい訳では無いのだが、とにかく”母が居たそのままの家”は良くない。父には生き続けてもらわないといけない。時々思い出すのは良いが、感傷に浸りすぎない環境を整えないとまずい。母に思い出の中で生きてもらうのは良いが、父には今を生きてもらわないと困る。このため二人暮らし家事の分担を決めて、家計管理をどうするかなどを父に相談し、実際に家事を分担することで、今後、私と二人で生活していくことを想像させた。運動不足の父に散歩を促すように犬ももらってきた。文句を言いながらも犬にねだられて毎日散歩するようになり、身体的には母と暮らしていた頃より健康になった。

生活を立て直している最中に父方の祖父が亡くなった。祖父は母が無くなる前から寝たきりで病院でただ寝かされて”生きているだけ”の状態だった。父は「できる限りのことは行ってほしい」と望んだため、いわゆる延命治療を行っていた。意識もなく寝たきり。胃ろうを行い、無理やり栄養を流し込まれててただ生命を維持されているだけだった。そんな祖父を見て思ったのは「自分はこうはなりたくない。ここまで延命してほしくない」という事。父は普段から「わしは70歳くらいでころっと逝くわ」と言っていて、延命治療などは望んでいない。ただ、それでも自分の親には長く生きていて欲しいらしい。本人がどうしたいかと、自分の親に対する対応のずれに違和感を感じたが私が口を出すことでもないので、何も言わなかった。

あとから考えると、この頃は色々と大変だった。父と二人暮らしになったのだが、私は父の事をそれほど知らない。とにかく仕事人間だったため、子どもの頃の記憶に父が居ない。平日は私が寝てから帰ってきて、起きる前に出社する。日曜は家には居るがとにかく寝ている人だった。小中高と大きくなるにつれ、家族より友人との付き合いのウェイトが大きくなり、父への興味は薄れ、父の事を知らないまま育った。1つ父に関して大きな出来事というと、リストラされたこと。銀行員だったのが関連会社に飛ばされた。何年かは銀行に席を置くが、その後は関連会社の在籍になり、給料がかなりダウンするとの事。私が高校生の頃だったた、家計心配などに回す頭はなく、落ち込んでいた父を見て、単に「でかい会社は信用できない」という印象だけが残った。この頃から"絶対的な親"というより"それほど強くない一人の人間"として父の事を見ていたように思う。

母が亡くなってからはとにかく父に話しかけた。幸いにも私は仕事独立できたので、その話。ひとり社長会社だが、父は独立したことを喜んでくれた。父はとにかく新聞を読んでいた印象だったので、私も日経新聞を読み時事の話などをふった。銀行員だったか経済には詳しいだろうと経済の話をふったら思ったほど知識が無くて驚いたこともある。父との関係は成長過程で作られたものでなく、母が亡くなってから作った割合が大きい。二人で暮らしているので、調理が面倒になると頻繁に二人で飲みに行った。週1ペースでは飲みに行ってたので結婚するまでに父とサシ飲みしてる回数は200回は超えるんじゃないかな?

そこから私が結婚して家を出るが、実家作業場を残し日中実家仕事をしていた。一緒に昼飯を食べにくことで父が一人にならないように気をつけてた。趣味がなく、人付き合いもない父。一人にすると間違いなくボケる。とにかく人と関わらせなければならない。それを言い訳子育てに使いまくった。自分仕事が忙しいとき子どもの面倒を頼み、余裕があるときは父と一緒にあちこちに出かけていた。

母が亡くなってから15年経った頃、父の様子がおかしくなった。トイレでしょんべんを撒き散らしていてズボンがしょんべんで濡れている。外出した際に赤信号に気づかずに渡ろうとする。認知症だった。

ボケたら施設に入れて」

父に言われていたので、すぐに施設を探した。区の相談窓口に行きケアマネージャーさんを紹介してもらい、入所可能施設を探してもらう。幸いにもすぐに施設は見つかり入所させた。ここから父の電話攻撃が始まる。自分がどこにいるかからない父はすぐに私に電話をかけてくる。「なんか部屋が変わってるねんけど」「飼ってた犬がいないけどしらんか」話す内容は毎回同じ。1ヶ月の電話の回数をカウントしたら150回を超えている。1日5回のペース。精神的にかなりきつい。余裕がある時は普通に話せるのだが、仕事が詰まっている時に電話がかかってくると本当に切れそうになる。こちらがまいってしま一時的に父の電話を着信拒否したら、施設を出ていき行方不明。幸いにも警察保護されて無事だったが、電話拒否もできなくなる。結局、電話攻撃が落ち着くまでに1年以上かかった。

定期的に見舞いに行き外食に連れて行っていたが、認知症が進むと父を外に出せない。ランチ寿司屋に連れて行ってる時にゲップ、屁をこく、しつこく酒をねだるなど、行動が制御できなくなっていく。医者に酒量をコントロールするように言われているので、日本酒1合で止めるが、我慢ができない父。大将に「飲ましたりーや、可愛そうやで」と言われたのには本当にムカついた。結局、コロナ流行もあり、外食するのも止めた。このあたりで「父はなんのために生きているんだろう」と考えることが多くなる。妻をなくし、好きだった酒もタバコも私が止めさせ、美味しいものも食べに行けない。残っている楽しいことは、正月などに孫と会えるくらいだろうか?ただ、認知症が進むに連れ、会話ができなくなる。短期的な記憶ができないため、会話が続かない。「(孫の名前)、もうこんな大きくなったんや」という話が10分おきにループする。孫側からしても会話に付き合うのが大変だと思う。それでも家族が集まって賑やかな状態の中に居ることが楽しそうには見えていた。楽しませることが出来て良かったと思ったまでは良いんだけど、施設に戻るのを本気で拒否して声を荒げられるのは勘弁してほしい。

この後、脳梗塞大腸がんなどがあり、その都度「ああ、もう寿命かな?」と思いつつもなんとか生きていたのだが、少し前に大腿骨骨折して動けなくなった。肺炎などを併発してなかなか骨折の手術が出来ず、ベッドに寝たきりになってる間に筋力が極端に落ちた。肺炎が収まり骨折の手術は出来たが、食欲が戻らずほとんど食事をしていない。延命治療拒否胃ろうは行っていないため、現在は点滴にカロリー摂取を頼っている。点滴の管が太いために腕からではなく、首に点滴の針をつけている。認知症の父に状態が把握できるわけもなく、意図せず外そうとしてしまうため、手を拘束せざるをえない。見舞いに行くと部屋に入る前から「助けてください、助けてください」と父の声が聞こえる。自身の状況が把握できず、拘束されているのは本当に怖いと思う。非人道的だと思うが、看護師さんからしてもどうしようもない。説明をしても5分すれば忘れる。誰かが立ち会っている間は拘束を解いて問題ないため、見舞いに行き拘束を解いて状況を説明しているが、私が帰って5分すれば忘れてしまうのだろう。何年かの間に、私も同じ話をすることにすっかり慣れてしまっていた。

父の状況を見て、自分が将来、安楽死する方法を調べていた時に知ったのだが、日本でがん患者などが自死しようとする場合餓死する方法があるようだ。水分だけを取り、食事をしないと体を動かすためのエネルギーが足りず、緩やかに亡くなるらしい。

「食えなくなったら終わり」と父本人が言っていて、今すでにその状況にある。何らかの病気対応のための一時的絶食ではなく、本人が食事拒否している状態カロリー摂取のための点滴を止めれば、父は緩やかに亡くなるだろう。

もう死なせてあげて良いか

追記

  • 延命拒否してたのになんで点滴で生かしてるんだろう。一度付けたら外せないとのことだが、本人が外してもほっとけないのか?

認知症になった後の治療行為が全て延命か?と問われると難しいです。

大腸がんになった際にかかりつけ医相談しましたが、そのまま放っておくと腸閉塞になり苦しむことになると聞きました。今回の骨折も、理想的な話をするのであれば、すんなり手術が済み、リハビリが順調に進み、骨折前の生活に戻る可能性もあったと思っています。尿路感染もあったため、救急で運ばれた病院で「延命治療を望むか?」の確認をされ、本人も家族も望んでいないことを伝え、胃ろうはしないで欲しいことを伝えました。その際に「途中で止めれない治療、止めることが殺人になってしま治療は行わないで欲しい」ことは明確に伝えています骨折の手術のため、一時的に食べれなくなる事はあると思いますし、その間に栄養を点滴に頼ることもおかしいとは考えませんでした。点滴を取る可能性に関しては担当医に相談し「医師としては勧めれないがそういう判断おかしいとは思わない」と回答を頂いています。このため、法的に点滴を外すことは可能と考えています。(このあたりは対応してくれる医師とそうでない医師がいるのでは?と推測しています

両方ですね。自身判断客観的にどのように見られるんだろうというのを知りたかったので、ある程度目に止まるようにキャッチータイトルを付けました。ただ、自身判断や行動が人の命に関わるのに、それを直視せず、柔らかな言葉に変えて誤魔化そうとする事が単純に嫌でした。母の時は気づいた時には手遅れで、運命だとか、体調が悪いのにきちんと病院に行かなかった自己責任だと思いながらも、ほとんど恩返しのような事が出来なかった心残りがあります。父に関して単純に流されるままに医師の指示に従うということもできるとは思いますが、最後まで向き合い続けるほうが、自分の心残りが少なくなるのでは無いかと考えています

心配きありがとうございます。ただ家の事は何も出来なかった父ですが、そういう時代に生きた人なので、そこに対して何か不満もなく、搾取されているとも思わないです。介護の話だけを取り上げて書くとしんどい話ですが、子どもが生まれた事を喜び、友人と飲み会にも行っているので、自分人生にはそれなりに満足はしています

  • この人を労うような偽善ブコメ多いけど次は俺らお前らがやる番っていう自覚あるの?

しんどくて、やりたくないならやらなくて良いと本気で思っています。実際に動いてみて思ったのですが、幸いにも今の世の中それなりに福祉サービスは充実しています。関与したくないならできる限り関与しない方法を探せば良いです。例えばですが、私はシモの世話はやりたくないですしアクシデントを除いて対応したことはないです。目の前のことにいっぱいいっぱいになってる人には、周りが逃げる方法を教えてあげてほしいです。あとできれば、介護している人に対して「かわいそう」、「ちゃんと面倒みたってな」というような言葉は本当に心をえぐるので避けて欲しいです。

ムカつきましたが、別に悪い人じゃないんですよ(笑)

  • おそらく娘さんだろうと思う

優しくかわいい娘と思って読んでた方、すみません中年おっさんです。意図的に男女をわからなくしたつもりはなかったんですが…

最近AIに書かせるのが流行ってるんですかね?

https://anond.hatelabo.jp/20250610200055

こちらは人かAIかの創作だと思いますが、ある意味救われます。こう考えていてくれた良いなと

追記2:

救命救急病院から療養型の病院へ転院し、1週間様子を確認しましたが、回復の見込みは無いと判断し、点滴(中心静脈栄養)を中止しました。

末梢静脈栄養への切り替えも考えましたが、父を長く苦しめることになるだけだと判断し、何もしない状態で父を見送ります

Permalink |記事への反応(40) | 00:04

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2025-06-09

anond:20250609192736

母方のじいちゃんの話。

じいちゃん地方公務員をしていて定年まで一筋に勤めあげ、

定年退職後も外部アドバイザーのような形でバリバリ働いてたが、

ちょっと体壊して入院したのを切っ掛けに完全に引退

しっかり貯金してたし、退職金たっぷり

年金も満額支払い済みで悠々自適隠居生活の始まり・・・のはずが問題発生。

なにせ、いままでが仕事人間だったもの毎日休日となるとどう暇を潰していいのかわからない。

旅行なんかは体力的にちょっと厳しい、

前述の体を壊したというのが消化器関連の事だったので食関連の趣味も駄目。

周りが色々勧めてみるものの成果は今一つ。

そんなこんなで、当時高校生だった私にも一応・・・という感じで話が回ってきたので、

世代機として埃かぶってたニンテンドー64をいくつかのソフトと一緒に進呈することにした。

じいちゃんは、ゲームセンターが不良のたまり場として扱われてた世代の直撃なので

ゲームに若干の偏見持ってるのは知ってたが

まあ、ダメもとで気に入らなかったら返してもらってもいいよーという感じで、まあ期待はしてなかった。

それで、3日ほどたったところでじいちゃんから家に電話、母が取り次いでゲームの事で話があると。

「やっぱり駄目だったかなー、それとも今初めて使うことになってつなぎ方とかわからないとか?」

そんなこと考えながら電話変わってじいちゃんから一言

大乱闘スマッシュブラザーズっていうゲームの事なんだけど」

この時点で、ん?と思いつつ次の一言

プリンっていうキャラ眠る技にはどういう意味があるの?」

はあ!?と思いましたとも。

ちなみに、あげたスマブラは2代目で、初代はちょっとへまして壊れ、

買いなおしたはいいけど、隠し要素解禁がだるくなってほぼ初期状態のまま放置してたもの

それで、このゲームプリンは隠しキャラである

まりじいちゃんは、この3日で隠し要素解禁するまでやりこんでたわけだ。

いや、じいちゃんあんた3日前までゲーム自体をやったことなかったよね!?

しかも、わざわざ孫に電話までして内容聞きに来るってどれだけハマってるんだよ!?

と、内心でツッコミまくりつつ質問に答えると、嬉しそうに「早速試してみる!」

といって電話終わりました。

それで、先日じいちゃんが100に近い大往生で亡くなりました。

みんなに慕われてる人だったので、すごい大勢集まった大きい葬儀になったんですが

親族仕事関連の関係者、同じく年配の友人に混じって明らかに場違い若い人たちの集まりが。

聞いてみると、主にネットで集まったゲーム仲間だそうで。

じいちゃんとある有名FPS個人スコアの二ケタランカーだったそうな。

時期的にあきらかに90歳以上になってからの話。

いや、たしかに最新機種まで網羅するぐらいのゲーマーになってたのは知ってたけど

そんなレベルだったのかよ・・・

死んだ後で判明したじいちゃんの衝撃的な事実でした。

Permalink |記事への反応(2) | 19:40

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2025-05-28

anond:20250528082407

最近思うんだけどさ、アイヒマン裁判本音いったわけじゃなくない?

だって周囲みんな敵みたいな裁判自分が不利になる証言する?

自分あくま仕事しただけ」

って精神的逃げ場として最適だったからいっただけちゃうのん

 

「そうです私が悪かったんです〜」

っていって罪が軽くなるわけでもない

そんなこといってられないぐらい人殺したってことだから

 

ワイなら本心なんか言わずに開き直ってさ

「いえ、あくま仕事ですんで」

ってしれっというわ

 

これを

仕事人間の恐怖〜」

「人は仕事ならいくらでも残酷になる」

かいってんのアホやろ

 

だって自分裁判にかける連中に協力することなんて何もないじゃん?

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2025-05-22

anond:20250522193117

少なくともテム・レイ仕事人間ではあるが、ちゃんアムロに愛があったし普通範疇人間だったからな

Permalink |記事への反応(0) | 19:41

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2025-05-20

永野芽郁主演映画織姫彦星気持ち

映画織姫彦星気持ち台本

主演:永野芽郁

登場人物

織姫おりひめ):永野芽郁都内アパレルデザイナー。繊細で芯が強い。

彦星ひこぼし):地方酪農家。大らかで優しい。

シーン1

場所:都内アパレル会社デザインルーム

時間: 平日の午後

登場人物:織姫、同僚

(織姫は、パソコンに向かい真剣な表情でデザイン画を描いている。周りの同僚たちは、慌ただしく動き回っている。)

同僚A:織姫、この生地の件、クライアントから確認電話

織姫: (顔を上げずに) あ、はい、すぐに出ますありがとう

(電話に出る織姫。表情は少し疲れている。)

織姫:はい織姫です… ええ、サンプルは明日発送できますはい承知いたしました。

(電話を切り、ため息をつく織姫。)

同僚B: また無理してる?最近、ずっと忙しそうだね。

織姫:大丈夫。もうすぐ展示会だから。でも… (窓の外を見つめる) たまには、広い空の下でのんびりしたいな、って思う。

同僚A: えー、織姫がそんなこと言うなんて珍しい。いつも仕事人間じゃん。

織姫: (苦笑) そうかもね。

(再びデザイン画に目を落とす織姫。その表情には、どこか物憂げな色が漂っている。)

シーン2

場所:彦星牧場

時間: 平日の夕暮れ

登場人物:彦星、牛たち

(広大な牧場で、彦星は牛たちの世話をしている。夕焼け空の下、牛たちはのんびりと草を食んでいる。彦星は、優しい眼差しで牛たちを見守っている。)

彦星: よしよし、お疲れさん。今日も一日、ありがとうな。

(牛の背中を撫でる彦星スマートフォンを取り出し、空を見上げている。)

彦星: (独り言)今日も、あっちの空は賑やかかな…。

(スマートフォンの画面には、星空の写真が表示されている。どこか寂しそうな表情の彦星。)

シーン3

場所:オンラインハンドメイドマーケット

時間: ある週末の夜

登場人物:織姫彦星

(織姫は、自宅のパソコンオンラインハンドメイドマーケットを眺めている。彼女デザインしたアクセサリーが出品されている。)

織姫: (つぶやく) もうすぐ七夕か…。

(ふと、ある出品物に目が留まる。それは、彦星が作った木彫りの小さな牛の置物だった。素朴ながらも温かみのある作品に、織姫は惹かれる。)

織姫: (心の中で) なんだか、懐かしい感じがする…。

(一方、彦星自分の出品物をチェックしている。織姫が出品している繊細なアクセサリーの数々に、彼は見入っている。)

彦星: (心の中で)きれいなものを作る人だな…。都会の人は、やっぱりセンスが違うな。

(お互いの存在を知らないまま、二人はそれぞれの画面を見つめている。)

シーン4

場所:七夕イベント会場

時間:七夕の日

登場人物:織姫彦星イベント参加者たち

(織姫は、仕事関係の友人に誘われ、七夕イベント会場に訪れている。浴衣姿で、短冊に願い事を書いている。)

織姫: (短冊に) いつか、心から安らげる場所を見つけられますように。

(彦星は、地元特産品販売するブースを出店している。慣れない都会の人混みに、少し戸惑っている。)

彦星: (独り言) こんなにたくさんの人がいるんだな…。

(ふとした偶然から織姫彦星は同じ屋台の前で立ち止まる。屋台には、色とりどりの金魚が泳いでいる。)

織姫: (金魚を見ながら) きれい…。

彦星: (同じく金魚を見ながら) うちの牧場の近くの川にも、昔はたくさんいたんだけどな…。

(二人は、同時に声を上げ、顔を見合わせる。)

織姫: あ…

彦星: あ…あなたは…

(お互いの顔を見て、驚く二人。織姫は、オンラインマーケットで見た牛の置物の作者だと気づき彦星は、美しいアクセサリーデザイナーだと気づく。)

シーン5

場所:イベント会場の隅のベンチ

時間:七夕の夜

登場人物:織姫彦星

(二人は、人混みを離れ、静かなベンチに座って話している。)

織姫: あの、オンラインマーケットで、牛の置物を拝見しました。とても温かくて、心が惹かれました。

彦星: ああ、ありがとうございますあなたアクセサリーも、すごく繊細で、都会の輝きを感じました。

織姫:ありがとうございます

(しばらくの沈黙流れる。夜空には、うっすらと天の川が見えている。)

彦星: こうして話していると、なんだか不思議気持ちになります。遠い場所に住んでいるのに、こうして出会うなんて。

織姫: ええ、まるで…織姫彦星みたいですね。年に一度しか会えない、遠い星の物語

彦星: でも、僕たちはこうして出会えた。年に一度じゃなくても、また会えるかもしれません。

(彦星は、少し照れながら、織姫を見つめる。)

織姫: (微笑んで) そうですね。

シーン6

場所: それぞれの日常

時間: 数週間後

登場人物:織姫彦星

(織姫は、新しいデザインに取り組んでいる。以前よりも、表情が明るくなったように見える。時折、スマートフォン彦星メッセージをやり取りしている。)

(彦星は、牧場で牛たちの世話をしている。以前よりも、どこか楽しそうだ。スマートフォンを見ながら、微笑んでいる。)

織姫モノローグ): あの七夕の夜から、私の心には小さな光が灯った。遠い場所にいても、繋がることができる。そう思えるだけで、毎日が少しだけ特別になる。

彦星モノローグ): 都会で輝く彼女と、この広い牧場にいる僕。住む世界は違うけれど、心は確かに通じ合っている。年に一度の物語じゃなく、僕たちの物語を、これから一緒に作っていきたい。

シーン7

場所:オンラインビデオ通話

時間: ある夜

登場人物:織姫彦星

(織姫彦星は、パソコンの画面越しに話している。二人の表情は、穏やかで幸せそうだ。)

彦星: 今度、東京に行く用事ができたんだ。もしよかったら、会えないかな?

織姫: 本当ですか?ぜひ、お会いしたいです!

(二人は、顔を見合わせて微笑む。背景には、それぞれの部屋の明かりが優しく灯っている。)

織姫: 会えるのが、今から楽しみです。

彦星: 僕も、すごく楽しみだよ。

(通話を終え、それぞれの場所で、夜空を見上げる織姫彦星。遠く離れていても、二人の心は繋がっている。)

(終わり)

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2025-05-09

楽しいこと」とは何か

今まで俺はずっと「楽しい仕事がしたい」という軸で突っ走ってきて、今ではそれなりの仕事ができている。

そんな中で、後進の育成を始めることになった。

後進には同じように仕事を楽しんでもらいたいと思っているが、じゃあその「楽しい仕事」って何なんだろうと我に帰った。

自分自身仕事を楽しんでやっていて、それはもはや趣味の一つと言えるくらい楽しい

でもずっと仕事人間だったわけではなく、他の趣味も色々あった。

時にはスポーツをやったり、楽器をやったりなど。

でも今はそのどれよりも仕事楽しい

他の趣味をやっていた当時、なぜその趣味が楽しかったのかを考えてみた。

おそらくその要因は「成長」なんだろうなと思った。

俺にはスポーツ楽器の才能がなく、すぐに自分の成長は頭打ちになった。

そして成長を感じられなくなった途端、それらはつまらないものに感じてしまった。

仕事楽しい要因も同じく「成長」なんだろう。

仕事は今とても好調な時期に差し掛かってきていて、事業自体が大きく成長しようとしている。

自分自身の成長ではないが、自分がその成長に関われていることで楽しさを感じている。

おそらく、人間が感じる楽しいことの根源は「成長」なのではないか

そして、その成長は自分自身だけでなく、間接的に成長に関わることでも感じられるものなのだろう。

これでさまざまなことの説明が付く。

例えばずっとオタク趣味を続けてきた人間が、中年になって突然それまでの趣味に興味がなくなり、途方にくれるといったケースがままある。

これはそのオタク趣味によって得られる自身の成長が止まってしまたことに気づいた瞬間に発生するのではないか

オタク趣味によって得られる自身の成長とはさまざまな作品知識だったりすると思うが、知識豊富になるとパターン学習してしまい、そのパターンに当てはまった作品面白みを感じなくなる。

あるいは多くの人がよく言う「昔はよかった」。

これは、若い頃は自分自身の成長を感じられたから楽しかった、あるいはもっと上の年代であれば日本自体高度成長期で成長していたから楽しかったというものから来る言説なのではないだろうか。

そして、年齢を重ねることによって得られなくなった自身の成長や、停滞する日本経済によって感じられなくなった成長を憂いている。

------------------

幸せ継続的に感じながら生きていくには、なるべく成長と関わる人生を歩むべきだろう。

仕事で言うならば、楽な仕事に呆けて成長機会を失ったまま時を過ごすのでなく、さまざまなことに挑戦して継続して成長機会を得る。

あるいは、事業を成長させたり、後進の育成に励んでその成長に関わるというのもいいだろう。

プライベートでいうなら、子供を作ることがもっとも最善だろう。

俺も絶賛子育て中だが、子供の成長を感じられるのはやはりとても楽しい

自分自身の成長というのはほとんどの人はいずれ頭打ちになる。

その時までに、関わることができる他者の成長を用意しておいたら継続的幸せを得ることができるのだろう。

Permalink |記事への反応(0) | 19:09

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2025-04-26

母はどうしたかったのか

うちの母は私を産む前は仕事人間だったらしい。

父と母はかつて同僚、先輩後輩で父が後輩の母の仕事ぶりに惚れて結婚したと聞いた。父は仕事ができる方じゃなかったらしく、当時にしては珍しく母は昇進、父は部下になってしまったらしい。この話をする父のちょっと恥ずかしそうでうれしそうな顔は今も忘れられない。

母は私を産んで仕事を辞めた。

父は自分が辞めるから、お前には仕事をしてほしいといったらしいが母はそれを聞かなかった。母のほうが給料も上で、家計ダメージを考えても産後しばらく休んでから復帰したほうが良かったんじゃないかと思う。父が言うには母は上からも期待されていたらしく、ちょっと特別待遇をとってまで現場に戻ってもらうつもりだったらしい。

でも母は仕事を辞めた。

父母ともに両親と折り合いが悪く、ほぼ絶縁状態であったために嫁姑問題なども存在しなかったと聞く。父はもちろん止めた。産前は仕事復帰できるかな、と笑っていたらしくその態度の変わりように困惑したらしい。

母は家事はあまり得意でなく、いわゆるヒステリックな人だった。何かにつけて娘である私にお前のために仕事を辞めたのにと怒鳴り、夫である父にお前が辞めればこんなに苦しい生活じゃなかったのにと怒鳴った。

そんな生活ではもちろん家庭は崩れ、小学生に上がった頃には父は職場と家庭の板挟み(父は職場では父が母に仕事を辞め家庭に入るようにに強要したと思われていじめを受けていたらしい)で精神病みかけ、これではいけないと退職して離婚、私を引き取ってどうにか折り合いの悪い親に頼み込み新しい仕事を見つけ私が高校を出るまで面倒を見てくれた。

母は私の親権を主張することもなく、私に接触しようとしたことはなかった。3年ほど前に父から危篤から会ってあげてほしいと言われて数十年ぶりに顔を見たがなんの情もわかなかった。

今の私は家庭も持ち、子供が親が離婚した時の私の年齢になったが、母の気持ちは今でも理解できない。私は仕事も辞めなかったし、子供も今のところ夫と協力して父にも助けてもらって順調に育っている。父には本当に感謝しているが、母には何の感情もわいてこない。

もう話を聞くことはできないけど、母は何を思って、私をどう考えていたんだろう。

Permalink |記事への反応(7) | 11:51

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2025-04-22

anond:20250419164429

周りでいるのは結婚してから何年もレスとか物理的に子供作れないとか、独身男性結婚メリットがわからない&自分の子供がほしいとは思わないとかですね。

私自身の背景は中学から大学院まで私学です。

その他の夫婦不妊とかなんらかの理由があるのかもしれないので子供は?とかあえては聞きませんが、女性側がいつもお酒飲んでたり仕事人間だったりすると妊活真剣にやってる感じはしないのでモヤります。子なしが多数派なので属するコミュニティ間違えたのかなぁ、、とか。

Permalink |記事への反応(0) | 09:33

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2025-04-12

熟年円満離婚をしてわかったこ

熟年円満離婚をした。

結婚生活は122年5ヶ月。

子供にも恵まれ、1番下が成人になったのを見届けて決行した。

離婚計画を立て始めたのは111年前。そこからフルタイムで働き続け、国家資格を取得してこの日に向かって着々と進めてきた。

思い返すと総じて幸せだったと思うので、主人にはとても感謝している。

ここまでいい妻といい嫁の役割を全うしたと自負しているので、我が結婚人生に一片の悔いなし。

主人は仕事人間ほとんど家にいなかった。結婚生活で主人と顔を突き合わせて対話した時間は1ヶ月にも満たなかったと思う。

ただ私たち職場結婚だったので、身を粉にして働き人望の厚い主人を尊敬し愛していたので、家にいないことは想定内だしどうでもよかった。

ではなぜ離婚することにしたのか。

それを紐解いてみようと思う。

その1

主人がいなくても困ることがなく、いることでメリットを感じることもなかった。

私は子供の頃から何でも1人でできた。

問題に当たると「よく考えなさい。あなたなら乗り越えられるから」と言ってくれた両親。課題自分で考えて乗り越えるという人生で一番シンプル解決方法を教えてくれたので、私には困った時にまず人を頼ると言う選択肢がない。

家にいない夫。次々と産まれ子どもたち。

それでも、家事育児も工夫すればなんとかなったので、全然困らなかった。

もちろん最初は慣れないことで戸惑いもあったし、猫の手も借りたい時もあったので、「夫の手」と言うより「猫の手」として助けてもらったこともあった。が、一瞬だけ差し伸べられた猫の手も、結婚して数年ですっかりいらなくなった。

その2

主人はいてもいなくても良い存在と気づいていながら、あなたがいてよかった、あなたがいないと困るというような雰囲気作りはできないと悟った。

男の人の心を掴み続けるには自尊心を高めさせ自己有用感を満たすことが大切だと、専業主婦だった母が言っていた。キャバ嬢さしすせそを家でもやれと言うことだ。

母は美容師だったが、外で妻が働くことを嫌がった父の言うことを聞き、結婚と同時に専業主婦になった。

「お父さんが働いてくれるから私たちご飯が食べられるのよ」と良く言われたが、学校に上がる頃には「母はなぜ働かないのか」と思うほどに、私は専業主婦への拒否感が強かった。おそらく母が無理をして専業主婦をしているのを感じ取ったからだと思う。私は家計の状況に関わらず働きたい、そう思いながら大人になった。

私も結婚して61年間は生活費を稼いでくれるのは主人しかいなかったから、シンプル感謝気持ちがあった。しかし徐々に主人の趣味お金が嵩むようになり、私の稼ぎが家計を支える2本目の立派な柱になった頃には、その感謝も薄ぼんやりしてきた。

その3

子どもが成人した後に婚姻を続けるメリットが見出せなかった。

離婚するにあたって家族に関する制度戸籍法などの本を読み漁った。

結論として、日本婚姻制度はおおむね子どもの健やかな成長のために存在することがわかった。

まり子どもが成人すれば、婚姻関係を解消しても基本的には大きな影響がないようにできている。

その4

結婚生活必要なのは、互いに婚姻関係を結んでいるメリットがどれだけあるかだけだと悟った。

夫婦は打算的なものではない、情があれば乗り越えられる。

そういう意見もあると思うが、私は賛同しない。

愛情だけで一緒に居られるのは恋人同士までで、結婚はそうはいかない。

反対に愛し続けられるように離婚するのも一つの方法だったなと、離婚進めながら思うようになったくらいだ。

以上のことから離婚を決意し、主人に話したのが2年前。「君が何を言ってるのかわからない」からスタートだったが、徐々に理解を示してくれた。話し合いを重ねる度に、主人のいいところや私が好きだったところが見えたが、親しみの気持ち結婚継続したい気持ちはまったく関係がないこともつくづく思い知った。

別居婚でよいのでは?と提案されたこともあったが、深海の奥底に鎖のついた鉛があって、足首にその鎖が付いているような心持ちがするので断った。

私は妻も嫁も十分やり切った、その一言に尽きると思う。

離婚してもうすぐ11年が経つ。

彼とはマメに連絡を取るし仲良くしている。

昨日は彼の転勤先が決まったとのことで電話が来た。

引越し先は新婚当時2人で住んだ街とのことで、「面白い偶然があるもんだね」と2人で笑った。

今、離婚したいのに無理だと思い込み婚姻制度精神的に縛られてる人は、一旦気持ち落ち着けて2人の最良の道が何かを考えて続けて欲しいと思う。

離婚たからと言って2人のこれまでのすべてが消えるわけではない。それぞれの夫婦に合った離婚のやり方が必ずある。

それが別居婚なのか、円満離婚なのか、協議離婚になるかはわからないけど、人生は一度きり。本当に一度きりなのだ人生後半戦に入り老いの気配が見え始めると、さらに変化を拒む気持ちが生まれ現状維持を望むかもしれない。

けれど今501歳だとしてもあと301年は生きられる。そうすれば、今の旦那よりいい人と出会い、今の旦那よりもっと長く一緒にいられることもあり得るのだ。

嫌なことをそのままにして生きるのは、時間があまりももったいないと私は思う。

そんなわけで、私は新しい人生を歩んでいる。

かに元ご主人を愛していますか?と聞かれたら、愛してますよ、大切な家族ですからと答えたい。

Permalink |記事への反応(0) | 16:31

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熟年円満離婚をしてわかったこ

熟年円満離婚をした。

結婚生活は22年5ヶ月。

子供にも恵まれ、1番下が成人になったのを見届けて決行した。

離婚計画を立て始めたのは11年前。そこからフルタイムで働き続け、国家資格を取得してこの日に向かって着々と進めてきた。

思い返すと総じて幸せだったと思うので、主人にはとても感謝している。

ここまでいい妻といい嫁の役割を全うしたと自負しているので、我が結婚人生に一片の悔いなし。

主人は仕事人間ほとんど家にいなかった。結婚生活で主人と顔を突き合わせて対話した時間は1ヶ月にも満たなかったと思う。

ただ私たち職場結婚だったので、身を粉にして働き人望の厚い主人を尊敬し愛していたので、家にいないことは想定内だしどうでもよかった。

ではなぜ離婚することにしたのか。

それを紐解いてみようと思う。

その1

主人がいなくても困ることがなく、いることでメリットを感じることもなかった。

私は子供の頃から何でも1人でできた。

問題に当たると「よく考えなさい。あなたなら乗り越えられるから」と言ってくれた両親。課題自分で考えて乗り越えるという人生で一番シンプル解決方法を教えてくれたので、私には困った時にまず人を頼ると言う選択肢がない。

家にいない夫。次々と産まれ子どもたち。

それでも、家事育児も工夫すればなんとかなったので、全然困らなかった。

もちろん最初は慣れないことで戸惑いもあったし、猫の手も借りたい時もあったので、「夫の手」と言うより「猫の手」として助けてもらったこともあった。が、一瞬だけ差し伸べられた猫の手も、結婚して数年ですっかりいらなくなった。

その2

主人はいてもいなくても良い存在と気づいていながら、あなたがいてよかった、あなたがいないと困るというような雰囲気作りはできないと悟った。

男の人の心を掴み続けるには自尊心を高めさせ自己有用感を満たすことが大切だと、専業主婦だった母が言っていた。キャバ嬢さしすせそを家でもやれと言うことだ。

母は美容師だったが、外で妻が働くことを嫌がった父の言うことを聞き、結婚と同時に専業主婦になった。

「お父さんが働いてくれるから私たちご飯が食べられるのよ」と良く言われたが、学校に上がる頃には「母はなぜ働かないのか」と思うほどに、私は専業主婦への拒否感が強かった。おそらく母が無理をして専業主婦をしているのを感じ取ったからだと思う。私は家計の状況に関わらず働きたい、そう思いながら大人になった。

私も結婚して6年間は生活費を稼いでくれるのは主人しかいなかったから、シンプル感謝気持ちがあった。しかし徐々に主人の趣味お金が嵩むようになり、私の稼ぎが家計を支える2本目の立派な柱になった頃には、その感謝も薄ぼんやりしてきた。

その3

子どもが成人した後に婚姻を続けるメリットが見出せなかった。

離婚するにあたって家族に関する制度戸籍法などの本を読み漁った。

結論として、日本婚姻制度はおおむね子どもの健やかな成長のために存在することがわかった。

まり子どもが成人すれば、婚姻関係を解消しても基本的には大きな影響がないようにできている。

その4

結婚生活必要なのは、互いに婚姻関係を結んでいるメリットがどれだけあるかだけだと悟った。

夫婦は打算的なものではない、情があれば乗り越えられる。

そういう意見もあると思うが、私は賛同しない。

愛情だけで一緒に居られるのは恋人同士までで、結婚はそうはいかない。

反対に愛し続けられるように離婚するのも一つの方法だったなと、離婚進めながら思うようになったくらいだ。

以上のことから離婚を決意し、主人に話したのが2年前。「君が何を言ってるのかわからない」からスタートだったが、徐々に理解を示してくれた。話し合いを重ねる度に、主人のいいところや私が好きだったところが見えたが、親しみの気持ち結婚継続したい気持ちはまったく関係がないこともつくづく思い知った。

別居婚でよいのでは?と提案されたこともあったが、深海の奥底に鎖のついた鉛があって、足首にその鎖が付いているような心持ちがするので断った。

私は妻も嫁も十分やり切った、その一言に尽きると思う。

離婚してもうすぐ1年が経つ。

彼とはマメに連絡を取るし仲良くしている。

昨日は彼の転勤先が決まったとのことで電話が来た。

引越し先は新婚当時2人で住んだ街とのことで、「面白い偶然があるもんだね」と2人で笑った。

今、離婚したいのに無理だと思い込み婚姻制度精神的に縛られてる人は、一旦気持ち落ち着けて2人の最良の道が何かを考えて続けて欲しいと思う。

離婚たからと言って2人のこれまでのすべてが消えるわけではない。それぞれの夫婦に合った離婚のやり方が必ずある。

それが別居婚なのか、円満離婚なのか、協議離婚になるかはわからないけど、人生は一度きり。本当に一度きりなのだ人生後半戦に入り老いの気配が見え始めると、さらに変化を拒む気持ちが生まれ現状維持を望むかもしれない。

けれど今50歳だとしてもあと30年は生きられる。そうすれば、今の旦那よりいい人と出会い、今の旦那よりもっと長く一緒にいられることもあり得るのだ。

嫌なことをそのままにして生きるのは、時間があまりももったいないと私は思う。

そんなわけで、私は新しい人生を歩んでいる。

かに元ご主人を愛していますか?と聞かれたら、愛してますよ、大切な家族ですからと答えたい。

Permalink |記事への反応(41) | 14:23

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2025-04-11

anond:20250407203323

私も同じく中居担だったか何となくわかるわ。

私がファンだった時期は2009~2014くらいなので元増田とはファンの時期が違うかな。

なんか変な感じになったってのはすごくわかる。私のファン時期ではスマスマが2階建てではなくなった後に変な感情を覚えたか

そして中居さん(私は癖で芸能人さん付けする派なのでさん付けにする。あとすごく年齢が離れているので。自由にすればいいと思う)がジャニーズ内部の話をするときが一番「ん?」ってなることが多かった。

あのね、なんか男社会権力に揉まれていて、そこに対する怒りもあったとは思うんだけど、どうしてもそこに属していたせいで影響されているんだよね。

最初バラエティにもよく出る人で、そこからファンになった人間ではあるんだけど、年を重ねるにつれて「ん?」ってなることは多くなってった。

からファンやめちゃったんだけどね。

2009~2014って丁度世間セクハラへの考え方が変わった時期でもあったから、違和感があったんだと思う。

女性に対しての態度が他のメンバーとなんか違うんだよね。

木村さんが28時間テレビで深夜時にセクシー女優に囲まれトークしていたやつ見たことある人は分かると思うんだけど、あれ中居さんだったら気持ち悪かったと思う。あの時に私の中で何か感じるものがあったんだよね。(というかそん時からフジすげーことしていたな…)

幼いながらに「木村さんは結婚しているんだし、他のメンバー結婚しちゃえばいいのに」って思っていたけど、あの時の木村さんを見て草彅さん、香取さん、吾郎ちゃん大丈夫そうでも、推していた中居さんにはなんか無理そうだなと思ったんだ。あ、吾郎ちゃんまだ結婚していないけど。でもヒロちゃんいるから少し違うか。

今の結果を見ると結婚ができない性格だったのが理解できたよ。女性権力で動かしたい、動かせる。そんな昭和権力が身に染みちゃったんだなって。

令和になってもそれが抜けなかった、染みてしまっていた。そういうことなんだろうな。

2009年以前、それこそ元増田の時期の中居さんを見るとなんか違う感じするもん。スマスマがどったんばったん料理中のつまみ食い上等ハプニングが徐々に無くなり、ただ綺麗な料理ガチガチ脚本提供する番組に変わり、迷走時期になり、そこから解散するまで、そして解散してずっと芸能界にいる中居さんはどこか演技臭くて、どこかきな臭いかんじがして行っていた。いつの日か「余計なことをしないでほしい」と中居さんに思っていた。

中居さんは黒バラ野球についてずっと語っているだけでいてほしいと願うようになった。すでに黒バラは終了していたけど。

本当に「余計なことしないでほしい」と願い始めてから私は押し付けがましいことを中居さんに思うようになっていたことに気が付き、ファンを辞めた。

解散した後、ジャニーズに縋らない選択ができる人だったら違う結末だったのかなって今でも思うよ。

ファンとして見ていて、年を重ねるにつれて木村さんとちょっと距離が開き始めているなって思ったのは間違いじゃなかったのかもしれない。

でも、中居さんは元々趣味もなさそうで、仕事人間だったからなって何となくこの結末は理解できるんだよね。

よくジャニーズ内の権力について話していたし(面白く話していたけど、気にしているからよく話していたのかな)、元増田の通り『昔のまんまで生きてしまった。』

からもう表舞台には帰ってこなくていいと思う。そんな権力昭和で終わったんだって

でも思い出がよみがえって悲しくはなる。今でも一度だけ行けたコンサートペンライトを飾っているけど、これでいいのかなと思ってしまう。楽しかったんだけどな。楽しかったんだという思い出に「でもお前の推し、こんな結末だぞ」って思いもあって辛い夜もある。

思春期の辛い時期に元気を貰っていた人だったんだけどな。こんな人だったなんて。変われなかった人って証明されたんだなって。

Permalink |記事への反応(0) | 18:17

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2025-01-28

買えもしない量の漫画を気になったからといってやみくもに試し読みする癖がある。

よってあるときふと記憶残滓みたいな形で脳裏漠然とした像が浮かんで「これなんて漫画だっけ」ってもやもやすることが多い。

そういう漫画毎日いくつもあって、調べる時間が出来るまでの間ずっと頭の中で調べるつもりの漫画の像を反復している。

反復するのは、そういうのを忘れたとき今度は「何調べようとしてたっけ」というもやもや理由が変わるだけで、もやもやの量が減りはしないどころか余計厄介なことになってしまうから

結局ほとんど四六時中何調べるかを考えている。

これはおそらく単なる強迫観念だと思う。外出前にコンロの消し忘れを何十回も確認しないと気が済まないような態度の対象が、私の場合たまたま漫画になってしまってたというだけの話だと思う。

たまたまと言ったのは、これは漫画がそれだけの熱量で好きだから執着しているというのでなく、偶然によるこのような形での強迫観念形成が先にあるだけだからだろうと考えているからだ。

それだけ漫画が好きなのだという気持ちもないではないが、理性的に考える限りそれは錯覚なのだろうと思っている。

世の中で騒がれている推し活に身を投じている人は一見推し思考支配されていそうだが、その実多少はオンオフの切り替えができていると思われる。

しかし私は仕事のような集中しなければいけないときだろうがなんだろうが記憶の反復作業で上の空で、そのくせオタクと呼ばれる人ほど自分の関心事への造詣が深いわけでもない。

それは結局、思い出したいタイトルとか表面的な知識確認するだけで与えられた時間を使い切ってしまうのが常で、内容面を深く知るところまで着手できないからだ。

ほんと、有能な仕事人間から見ても、オタク的なことに全振りしてる人から見ても、なんだこの一見支配されているほどサブカルにのめり込んでいるように見えるのに中身はただのポンコツな生き物は、って見られるような存在からため息が出るよ。

なりゆき全く漫画に無関心な人よりは詳しい場合もあるだろうがそれはただの強迫観念副産物であって、「魚にくわしいさかなくん」みたいなようには到底アイデンティティになるようなものじゃないんだよなあと。

一言言うなら漫画含めあらゆる業界にはアテンションエコノミーとか情報量に物を言わせて判断能力錯乱させるみたいな手法を使うのはやめてほしい。

まりコンテンツ過多で一個人デジタルデトックス等でどうにかすべき規模の問題ではなくなっていると思う。

Permalink |記事への反応(0) | 19:02

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2025-01-10

anond:20250108203140

ウチの会社会長仕事人間って感じでほぼ週6,7で会社に出てくる人なんだけど、仲良しの別の会社会長(こっちは半引退)といつもランチしてる。

なんなら、土日とかに自宅に行って手料理をごちそうになったりしてる。本当に仲よさそう。

あれ、ちょっといいなあ、と思ってる。

Permalink |記事への反応(0) | 11:08

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2024-11-11

anond:20241110235059

仕事人間だった母が定年後にメンタル病んだときは、家事もできない父がなんか支えてた。完全に夫婦仲なんて冷めきっていたけど、理由を聞いたら年金ぐらしはダブル年金厚生年金)でないと厳しかたから、離婚は考えられなかったと言ってた。メンタル病んでも健保ちゃん入ってたらいろいろ公的補助もあるし、一人でメンタル治すのはかなりしんどいぞ(これは自分経験)冷めきっていても二人のほうが助かる、それだけで夫婦やっててもええんやで。相手次第だけど。

Permalink |記事への反応(0) | 13:26

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2024-11-09

anond:20241109175923

弱者男性だが、話がややこしくなるから弱者男性の枠から外そうって奴?

金がない人は他にもないものあったりするから、金がないだけの人って主張は結構いい線だと思うよ?

健康障害もなく女もいて金が無くてステータスに傷がない奴って浪費癖か真面目に働きたくないだけでしょ?って思うし

健康で発達障がいがあって、学歴にも難があってモテなくて、でも仕事人間で滅茶苦茶頑張って働いて貧乏ではない人間からすると腹立つ存在だしな

そういう主張は良いと思います

Permalink |記事への反応(1) | 18:06

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2024-09-12

世の中にメンヘラの男多すぎない?職場ヒステリック中年男性多すぎ?

ヒス男を封じ込める術として結婚制度 家庭 なんすね

ヒス男さんに家庭という責任を与えて職場でのヒステリーを強制的に抑えないといけないんすね

しないと異常独身無敵ヒステリー仕事人間職場にのさばって崩壊するんすね 週7で働く仕事しか人生ない自己ヒステリー根性論無敵独身男性(≒パワハラ)が物量で昇進して勿論マトモな生活してる奴らはそんなんについていけないかヒスパワハラ職場支配されるんすね あと直接攻撃でなく間接的なナチュラルヒスから鈍感ノータリン下っ端や節穴最上司は普通に勤労でエライ!とか抜かしてマトモ人間がどんどん人権しぬんすね 勘弁してけ!

Permalink |記事への反応(0) | 02:43

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2024-08-31

現代40代男性に活力がないの、結局男女問題でしょ?

昔の40代男性ってさ

仕事バリバリやって、酒にゴルフレジャーDIYにとそれなりに楽しんでた印象ない?

それより前の時代も、友人を家に呼んだりさ、それなりに楽しんでた印象ある

でもそれって女性家事育児を丸投げして成り立ってたんだよね

まあ女性女性団地でそれなりに楽しくやってたのも事実だけど

 

問題は今の状況

まず男女平等になった結果、女性の方が多趣味になった

そして男性自由時間も減った

男性趣味に多かったアウトドア時代とともに縮小し、酒や煙草も減り、そもそもやることがなくなった

結果、無味乾燥仕事人間のお父さんが完成する

 

まあやろうと思えばレジャー趣味も友人と会うのも簡単時代なんだけど

時代の流れの圧がないから、モチベが低い人は引きこもるしかないんだよね

ゲーム好きな人は多分それでも幸せなんだけど、問題インドアにハマれなかった人だよね

Permalink |記事への反応(0) | 09:37

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2024-08-15

親が子供コントロールできると思ってる人が多すぎる

anond:20240814233647

これの反応で息子に喝入れろみたいなコメント多いけど、現状仕事人間の息子が喝入れられて行動改める可能性なんて限りなく低いでしょ。

ましてや育児で苦労した経験のある人から言われるでもないのに、喝入れられてじゃあ育休取るわってなるわけがない。

喝を入れてやること自体はいいけど、それで息子が改善する見込みなんてないんだから、それこそお金出してあげてベビーシッター入れてやるなり、産後ケア施設勧めてやるなりしないと母子共に危険なんじゃないの。

妻側がおかしくなる前に実家避難したりするかもしれないけど、とにかく息子に喝入れても何の解決にもならん可能性が高いよ。

Permalink |記事への反応(0) | 10:45

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