
はてなキーワード:人面とは
ペンギンのつがいがごく稀に完全に人の顔面をしたヒトを産むことがあり
突然厳しい寒さの環境下では生きていけへんからすぐ死んでしまうのやけど
そんなマジで怖い夢を見た
夢の中で「うわ、うわ」って言おうとしたら声が出なくて必死に声出したらリアルで「うう、うう、」と出そうとしたのと同時に目が醒めて今
その姿が奇形っていうか目玉がぎょろっと飛び出た不気味な顔でな
👁️👁️
👄
これにパタパタ足が首のところに付いている
顔がペタペタ氷の上を歩くんよ
それが本当に不気味で不気味で
ふらふらと歩いていって
最終的に力尽きて死んで、死んだ途端にそれを食う嘴の鋭い鳥の大群が一斉に飛び掛かって
無惨な形になるんよ
まあその無惨な形になる瞬間は夢でも見ていないけど夢の中の常識として頭の中に刷り込まれていたって感じ
怖かった
最近の障害福祉の現場にいる人間として、マジでやめてほしいことがある。それは、福祉や障害が悪口になっていることだ。暴言の一種と成り下がっていると言ってもいい。
少し前にAV新法の関係で仕事がなくなる、と言ったAV女優に対して「福祉に繋がることができます」とか宣ったやつがいたそうだが、その影響か、立ちんぼしている女性にも、女叩きをしているおっさんにも、嘲笑の意味を込めた「福祉」という単語が増えてきている。
もっとわかりやすく言おうか。人を罵倒する言葉に「ガイジ」「池沼」という言葉を使うなと言っているんだ。
人を罵倒する時に「アスペじゃね?」「あなたはADHDだと思われます」など、叩きたい奴の特定の行動をあげつらって診断をしてくれる有難迷惑な犯罪者が日本には多い(医師法17条違反。100万の罰金、もしくは3年以下の懲役だってよ)。
これを読んでいる中に、もしそういうやつがいるなら、言うなとは言わん。もうお前らはそういう“程度”の人間だ。救えない掃きだめのゴミだ。
もししたいんだったら、医師法違反で訴えられてもいいよってやつだけにしろ。
なぜ俺の仕事が増えるかを説明すると、まず一つは単純に、福祉に繋がっている人への偏見が増え、理解が減ることだ。
福祉にもいろいろある。生活保護も福祉だし、外国人支援も福祉だ。だが、一番身近な福祉は障害者の社会復帰だ。
鬱で休職した人を復職させる、寝たきりの人にヘルパーをつけて生きながらえさせる、引きこもりに通所支援を促して社会に出てもらうなど、さまざまだ。
しかし、世の多くの連中が福祉を嘲ったことで、もっと早めに福祉に繋がっていれば休職後の生活保護に至らず、今も問題なく働けた人間が引きこもることになり、何もできないこどおじ・こどおばが増えている。
そういう人は必ずこう言う。「福祉に繋がって惨めな思いをしたくない」と。
お前らが何気なく言った「ガイジ」「アスペ」の言葉が、人が這い上がる力を殺いでいるんだ。
てめえの品性が低いのはみんな知ってる。だから、望まずに社会からはじき出されても、それでも社会に戻ろうとする人間の足を引っ張るな。頼むから。
いや、わかるよ?
今のネット社会において、馬鹿だ、間抜けだと言うよりも、ガイジだ、アスペだって言う方が気持ちいいっていう理由はわかる。心配している風の善人面をしながら相手を煽れるからね。
道徳的優位に立ちやすくなる。「生きづらいでしょ、大変だよね」と「馬鹿がなんか言ってますわwww」を両立できるもん。簡単に上に立てるから気持ちいいっすよね。
マッチングアプリでの自称医者は実際の医者より多いとはよく言われるが、そりゃあ医師免許も持たなければ、自分の言葉に責任も持とうとしないカス連中が、それっぽいことを言えば相手を煽れるんだから、そりゃあ言いたくなるよね。
ああ、ここで「あの教師は『あの子は自閉傾向がある』とか言ってた!それと何が違うんだ!」とか、つばを飛ばして言うやつに反論すると、そういう実務で必要な支援方針の可能性の話と、似非医者アオリザルの暴言を一緒にされるのは論外なので、ここでは論じる価値がないとする。
もう一つは、アスペルガーやADHDという診断名の価値が下がってくるからだ。
アスペルガーってどんな障害か知ってるか?ADHDって何の略だ?それによって生まれる生活の不調や社会的な障害って、なんだかわかってるのか?
セカンドオピニオンが叫ばれて久しいが、最近精神科で多いのは、アスペルガーやADHDの診断を受けてなお、「俺はアスペじゃない、ADHDじゃない」と一縷の望みにかけて転院したり、診断を受けても隠されたりすることだ。
隠されたらわからないし、認められないのは、そういう土壌があるからなんだ。
一方で、面談の時に「私、アスペルガーだと思うんですよぉ」とか言われることもある。
思うんですよぉとか言われても、こっちは医師の診断でない以上、何にもできないんだわ。
ネットとかにあるADHD診断とか、アスペルガーかも?診断とか、心理テスト未満のチェックリストを持ってきて面談しに来たおバカさんもいた。
それくらい、今の精神科医療の診断名は軽くなっている。
「インフルエンザだと思うので一週間出勤停止にしてください」って口頭で言って了承もらえるのか?
「足切断しそうなので車いす代を保険で下ろしてください」とか言ったら金がもらえるのか?
だいたい福祉制度の利用は、市役所からの指示によって始まり、そのためには診断書などが求められる。
だから本人の「多分、発達障害だと思うんです」は、全くあてにはならん。
それでも毎回毎回、「ちゃんとお医者さんに診てもらって診断書を持ってきてください」って言う、このストレスから何とかしたいんじゃ。
俺たち福祉の現場の人間は、利用者だけじゃなくて、家族や支援者、他人に対しても、
「ネット依存で脳が変形して、発達障害と同等の脳構造になったら?」
ってことを、ずっと考えている。
つまり、これを読んでいる奴も、明日から福祉の世話になるかもしれないんだ。
そんなやつが嬉々として障害者を馬鹿にする言葉を吐くたびに、怒りよりも、かわいそうというか、情けないというか、共感性羞恥が働く。
アスペルガーのガキが、ダウン症のガキを「ガイジ、ガイジ」と指をさして笑う滑稽さ、と言えば伝わるか。
バイクをパラリラ鳴らしながら走ってる珍走団が、一人になると「もうしないんで許してください」と警察に泣きながら言って、そのあとに「警察なんかビビらせてやったわ」とかイキり散らかす、その滑稽さと言えばいいか。
いいか。
俺たちに文句を言ったところで、対応が雑になるだけで、痛くもかゆくもない。
よく勘違いされるけど、福祉職の人間って、利用者から給料をもらってるわけじゃないからな。利用者本人から金をもらったら、それは職業倫理違反だから。
たまに実費負担額と称して、いくらか徴収することもあるけど、それでも全額もらっているわけでもなければ、実費負担しているからって、その人からたくさん金をもらっているわけじゃない。
それでも俺たち福祉職は、目の前の人間に誠実に取り組んでいる。だから、そんな俺たちの邪魔をしないでくれ。
「そんな仕事に文句言うなら辞めれば?」とか言うやつもいるだろうが、俺はこんな文句を言った上で、福祉の仕事にやりがいを持って仕事をしている。辞めるつもりはない。
だがそれはそれとして、現場も知らん人間に軽々しく「辞めれば?」とか言われる言われもなければ、「ぼくちゃんが嫌だから辞めます」は社会では通用しないから、覚えとこうな、ぼく。
きっと嫌な気持ちになりながら読んでくれた人も多いと思う。そんな人には、嫌な気持ちにさせたと思う。
でも、こんな思いをしながら、それでも福祉の仕事に誇りを持って働いている奴もいるんだということを、どうかわかってほしい。
世の福祉職員がこんな思いをしながら働いているということを、どうか知ってほしいと思って怒りのままに書き込んだ。
Permalink |記事への反応(12) | 23:30
社不な訳だが、社不を辞めたいので頑張ってみた。ここ2年ぐらいは。たぶん。
頑張ってたつもりだったが、全く頑張れていないらしいので、じゃあ辞めたいと思うが、困った。
確かに私のせいだが、私を産んだのは母親だ。主に干渉してきたのも母親だった。じゃあ私のせいではなく母親のせいになるのでは?よくもこんな社不を産んでくれたな!産んでくれてありがとう!
すごくすごくとっっても辞めてしまいたいが、もうすべて辞めてしまいたいが、困った。お金が全くない。
今まで私に攻撃を与えたヒステリック屋さん若干名に対して、とりあえず大ダメージを与えたとする4名に対して1人100万円もらうことができれば、400万円だ。かなり良い線いってる。非常に理想的だが、悲しいことに現実的ではないと見る。
じゃあ次のお仕事を探そうとなってもきっとすぐこうなる。致し方ない場合もあるが、同じ仕事が1年以上続いたことない。働くのに向いていないのかもしれない。いや向いてないが。
個人的な理想としては、詩を著し、そこに草花とかの水彩画を添え、そういった紙を一枚一枚売って、その売上で暮らしたい。そして山の中に住みたい。ヤギとか飼いたい。あと鶏も。1人じゃ寂しくなるだろうからかけがえのない人が欲しい。そういった人が1人くらいなら一緒に居たっていい。
しかし、詩の才能はないし、私は絵が上手いが上手い絵を能動的に生み出し続けてる自信だってない。金もないし、恋仲おろか意中に人面が浮かんだことすらない。終わった。この夢はひとまず今は諦めるとする。
じゃあ、どうしよう。ニートするしかない。ニートできるなら是非そうしたい。ニート なり方ニート 親ニート暮らし方
ニートだった暮らしもあるが、地獄だった。毎日多方面からかかる圧力。主に母親。焦燥感と無力感で何もできない。クッキークリッカーとマインスイーパーはできた。一時期マインスイーパープチランカーだった。
じゃあ働けよ、働きたくないのか、と言われればまったく働きたくなかった。怒られるのが目に見えているから。
嫌なことはすぐ忘れるを脳が徹底していて断片的な記憶と被害妄想しかないが、まず就職先を探すと怒られる。こんなんでやっていけるわけないだろと。
落ちたら怒られる。この人手不足の中で落ちるなんてどんな奴だと。
受かっても怒られる。遅すぎだと。
そのあと、働くと怒られる。普通に使えなすぎて。社会人として自覚はないのかと。ないです。
そんなこんなでしばらく人生サボり続けていたら、まあ苦しくなった。精神的にではなく。金銭面で。
人格生成に問題があるのに一丁前に趣味がけっこう色々ある。しかしお金ないと満足に趣味できないため趣味人間は大いに困った。そのため、妥協の妥協で働くことにした。
辞めたり変えたりサボったりはあったが、2年くらい働いてみて思ったが、やはり私は働くのに向いていない。社会に適合できていないし、できる気がしない。
働きたくなかった理由の一つだが、怒られたくない以前に迷惑になりたくなかった。人の笑顔だけ見たかった。しかしそんなことできた試しなかった。
何やってもどうせまったく使えない、真面目でもない、人としてなっていない、あと人の顔と名前覚えられない、そんなヤツは迷惑でしかなかった。社会不適合者は社会に出ないのが1番社会貢献だった。知っていた。
あーでもねたまに、なんかやっててよかったなーってなるのが、ひとの笑顔みれたときなんだけど、お客さんとかもそうだし、特に新人さんとかで、優しく優しく接しようって、柔らかく柔らかく、でも分かりやすいように、何回も教えて、なんか困ってるなって思ったら調子を聞いてみたり、私が前やったのと同じミスしてるなって思ったらわかります〜〜これこうすると結構いいですよとか言いに行ったり、そうできるように頑張ってたら、その人がお店から離れるとき、私ただのバイトなのに、私のとこに来て、あなたが1番分かりやすかった。丁寧に教えてくれた。嬉しかった。そんな旨を伝えてくれて、嬉しかったし、今でも心の支えになるくらい嬉しかったし、しかもそんな人が2人もいた。ほんとうに嬉しかった。
お客さんとかでも、やっぱここの店員さんはやさしいね〜とか言われるとすっごく嬉しかった。嫌なことはすぐ忘れるし、嬉しかったことはずっと思い出す。
優しくなりたい。それだけは忘れたくない。人は嫌いではない。はず。
人に優しくすれば自分に返ってくるとか、なんかそういうのはなかった。たぶん。わたしはどんなに人に優しくしようとしても、なんかたぶんその優しさは人と違うっぽいから、全然優しさじゃないし、あとシンプルに私は人間ではなかった。
でも今まで受けた嬉しいの気持ちはたぶん大体本物だと思う。我慢して我慢して、きっと私は人類の敵で、頑張ってお利口さんにするしか生き残る道はないんだ、悔しい悔しい、敵っていう存在はみんな嫌いだろうしじゃあ嫌いなら私も嫌いということにしてやる、私はあくまで被害者ですが、そんな顔をずっと続けようって思った時期もあった。てか結構ある。
でもそれがある程度落ち着いて、私の悲しいの波も落ち着いた時、なんとなく話していて、ああこの人は、少なくとも今はちょっと私の味方なんだ、そう思える人もいた。
母親のことは激昂が落ち着いてからもずっと好きではないが、父親は色々考えを話してくれて、ある程度までは許せるようになった。
友達に一方的に縁を切られた時、じゃあ私にはお友達いないということでいいです、とか考えていたが、1年経って共通のお友達にそれとなくその話をしたら、私はどちらかと言うとあなたの言うことの方が分かるよ、そう言ってくれるお友達がいた。
嬉しい。嬉しいと、続けたくなる。返したくなる。私も誰かを嬉しくて幸せな気持ちにしたい。いいないいな。どうしたらいいんだろう。わからない。今は一旦私は働くのには向いていない、と言うことしかわからない。幸せにしたい、今まで幸せにしてくれた人もそうだし、全く知らない人もそうだし、私に強く当たってきた人にも、もうこれでもかってくらい優しくしたい。優しくなりたい。
明日は献血に行きたい。間違いなく社会貢献だし、あと献血のお姉さんはすごく優しい。問診してくれるお医者さんも優しい。嬉しい。ジュースも飲み放題。漫画も読める。冷房効いてる。冷房効いてる中毛布に包まれるので、とても嬉しい。
働くのは後にしよう。優しくなれるのが先だ!道徳の授業しよう!健全な心に健全な職あり。
多くの人には国って大き過ぎて、なんやかやで家族とかそう言う身近な括りで捉えたり想像したり、その延長で考えて感じたりすると思う。
そうなった時に、「まずは家族を大事にします」って至極真っ当な意見なんだよね。「うちの子よりも隣の家の子の方が賢いので、そっちを可愛がります」はそこそこ問題ある発言と捉えられると思う。
「家族に暴力振るったり、家族から金を盗んだり、はたまた勝手に家に住み着く奴らは出禁にします」も「あの人面白いしまた来てくれないかなぁ」も家で考えたら別に変なこと言ってない。
「家族だったら悪さしても許さざるを得ないけど、他人は一発アウト」
「あの家族は親がうちからもの盗んだんで、家族全員出禁だよ。」というのも普通にあるんじゃないかな。「とは言え、子供はいい子だし、うちの子と仲良くしてるから子供だけで遊ぶのは良いけど」みたいなのもありそうだけど。
で、こういう考えの延長で国のこと考えたら、なんで家族である「日本人」を第一にしないのか、なんでうちの子を殴る「外国人」を家に入れて家族と同じかそれ以上にもてなすのか、と物事をとらえて不満が出てくるのはとても自然な事かもしれない。
自分はこの感覚が結構わかる。すごくプリミティブな感覚というか。逆にこの感覚が全くわからないって人もいないんじゃない?(少なくとも、自分はそうは感じないけど、そう考える人がいるのはわかるという程度には)
でも、家族の延長で国を考えるのは違うよなっていうのも感覚的に思っているし、多くの人もこの考えの延長で外国人・日本人を考えるのは間違ってるし、全然別で考えるべき問題だと認識するんじゃないかと思うんだけど、なーんかそこを上手く説明できない。隣の家の人ですらもう家族じゃないんだから家族の概念を広げて考えてる時点で破綻してるのはそうなんだけど…
それとも「いや、自分は家族に対して何の特殊な感情もないんだけど。むしろ他人の方が好きなんだけど」みたいな人が世の中のそれなりにいて、その延長で考えてる人も結構いるのかな。
妻とは趣味が全く合わない。おれは流行りものやうるさくて華やかなものが好きで、妻は伝統的なものやゆっくり楽しめるものが好き。
仲は良くて一緒に過ごしたいので、好きじゃないものでもお互いの趣味に無理矢理合わせる形でこれまで共存してきた。
例えば休日におれの好きな遊園地やお笑いライブに付き合ってもらったら、次の休みは妻の好きなミュージカルや美術館に付き合う、という感じ。お互いどうしても無理なものもあるので、それは一人で楽しんだり友人と出かけたりする。(妻はプロレスやボクシングがNGで、おれはオペラが無理だった)
おれはバラエティ番組やお笑いライブが好きで特に賞レースなんかは毎年欠かさず観ているが、一緒に見ている妻は何年経ってもさほど興味を持てないようで、俺が勧めない限りは自ら観ようとすることはなかった。
R-1から数日後、おれが風呂からあがったとき、妻が友田オレのネタをYouTubeで観ているところに遭遇した。妻が自ら芸人のネタを観ているところを初めて見た。嬉しくなって「えー!友田オレ好きになった!?」と聞くと、妻は「うん、この人面白いね」と。「だよね!めっちゃ面白いよね!まだ23歳でこれってめっちゃ伸びしろやばいよね!」と、おれはテンションが爆上がりしてしまった。妻もニコニコしていた。確かに、これまでの芸人にない品や渋さを友田オレからは感じるので妻が好むのも分からなくない。
これまで妻と合う趣味は、唯一水族館だけだったが、ここに「友田オレ」が加わった。まだ他の芸人にはピンと来ていないようだが、一人好きな芸人ができただけでも大進歩だろう。
好きな人と同じものを好きになれるのはすごく嬉しい。彼がもっと活躍して、妻と一緒に楽しめる番組やお笑いイベントが増えると尚嬉しい。
「プロメア」という映画のクレイ・フォーサイトというキャラってやたら人気があるようなんだけど、個人的には全く好きになれない。
このクレイというキャラは主人公ガロの命の恩人として長年感謝と尊敬を受けてきた訳だけど、実は主人公の家族を殺した仇で、真相を黙って良い人面していた事が判明する。バレた時の態度も普通に悪い。
作中ではクレイ自身も身体から炎を出すバーニッシュという特殊体質なんだけど、それを隠して生活していて、影では同じ特殊体質の人間を集めて非道な人体実験を行っていた。
やがて訪れる地球の危機への対処が目的とはいえ、反対した師匠の博士も殺しているという極悪さ。
他が同じでもここさえ違えば印象は大分マシだったと思う。
これだけの事をしたにも関わらず、クレイというキャラは報いを受けていない。
普通はこの手の悪役キャラの末路って、1.改心する、2.主人公達に倒される、3.偶発的な事故で死ぬ、ってところなんだけど、そのどれでもないからフラストレーションが溜まる。映画としての後味がめちゃくちゃ悪い。
あと、物凄くぶっちゃけた話
必ずしも典型的美形じゃなくてもいいけれど、糸目のマッチョ(後で開眼する)でボスとして映えないし単純に見た目が良くない。
ネット上では妙にこいつを擁護するような書き方が目について腑に落ちないんだよな。
それに比べると、似たような役どころである、ディズニー映画「ウィッシュ」のマグニフィコ王は
上に述べた点がないんだよね。
国民から集めた願いの扱いについては割とすぐに主人公に話すし、
中世の生活水準や人権意識を考えたら十分国民を大切にしているし、
確かに説明が紛らわしかったとか途中で禁呪に走るとか悪い所がない訳ではないんだけど
鏡に閉じ込められてずっとそのままという報いは罰にしても重すぎる……何もそこまでしなくとも……。
何と言っても見た目も良い。
まあ、こっちも反ポリコレ勢を中心としてあまりに持ち上げられているのでそれに対して引く部分はあるが、それでもキャラ個人としては嫌いになれないと思う。
みなさん、今の仕事に満足していますか?毎日朝から晩まで働いて、ようやく手にする月収20万円、30万円。上司に怒られ、同僚と競い合い、心身をすり減らして得るそのお金、本当にそれでいいんですか?
世の中には、真面目に働かず効率よく稼ぐ方法がいろいろ存在しています。その中でも昨今特に注目すべきなのが、「市議会議員になる」という選択肢です。「え?議員なんて無理だよ」と思った方、ちょっと待ってください。実はこれ、今の時代だからこそ誰にでもチャンスがあるんです。
今やSNSやYouTubeで何かを発信すれば、それだけで一定層から支持を得られる時代です。特に「露悪的な発信」や「少し尖った意見」は、一部の人々に強烈に刺さります。賛否両論を巻き起こすことこそが注目を集めるコツ。再生数やフォロワーが増えれば、「この人面白い」「応援したい」と思う人も増えます。そして、市議会議員選挙は全国規模の戦いではありません。対象はあくまで地元の有権者。つまり、地域内で一定層の支持を得るだけで十分なんです。全国的な知名度なんて不要!むしろ地元密着型の発信ができれば、それだけで勝負になります。
さらに、市議会議員選挙の投票率は驚くほど低いんです。多くの自治体では40%以下、場合によっては30%台なんてこともザラ。つまり、有権者全体のうち10%程度の支持を得られれば当選圏内に入る可能性が高いんです。例えば、有権者数が10万人だとしても、そのうち実際に投票するのは3万人〜4万人程度。その中で数千票を獲得できれば当選できる計算になります。「数千票」なんて聞くと多く感じますが、SNSやYouTubeを駆使して地元住民にアプローチすれば決して不可能な数字ではありません。
そして当選すればどうなるか?市議会議員としての報酬は年収800万円以上がほぼ確定します。一部の自治体ではさらに高い報酬を得られることもあります。
これ、普通に働いて得られる金額と比べてどうでしょう?しかも、市議会議員としての仕事は週5日フルタイム労働ではありません。もちろん責任ある仕事ですが、自分の時間を確保しながら活動することも可能です。
そんなうまくいくはずない、と考える人もいるかもしれませんが、今焼津市で問題になってる議員なんてまさにその手法で目立つことで支持を得ていると考えます。すでに世の中は変わっているんです。今の世の中、議員になるのに志も誠実さも必要ありません。ただ露悪的に目立つだけ、それだけでそれなりの年収が約束されるんです。これこそ現代の生き方の最適解と言えるのではないでしょうか。
小学生時代、今思えば、親が水商売の子が二人いて、クラスからなんとなく浮いていた。
私は貧乏でいじめられてハブられてたから、そのうち一人の子と話す機会を得たら、孤独で寂しそうだった
その後にその子たち同士で仲良くなって、子供ながらに二人が友達になって良かったって思った
また別の男子が、とびぬけて体躯が良くて腕力も強かったから、小突くだけでも痛くって同級生の男子から恐れられてて、浮いていた。
ある喫茶店に行ったら派手な女性が一人で切り盛りしていて、ピラフを食べているうちにその男子が帰ってきた。
私みたいのを知ってるのは、あの男の子も普段から寂しいからだったんだな。
高校になってから、バ先でその男子を知ってる年下の子がいて、あの人面白いですよって言ってた。
その話聞いたとき、彼がお母さんと嬉しそうにニコニコしてる顔が浮かんだ。
彼も遅れて友達ができて良かった。
なんか、あるブログがあったんよ。その人はイラストの発注をよくやってたんだけど、細かいパーツの指定を守ってくれないとか、明らかな手抜きがあるとかで、人間絵師に失望してAI使い始めたんだって。
俺は絵の発注とかには興味ないからふーんくらいに思ってたんだけど、ふと思った。これ人間関係に置き換えたらエグくないか? と。
例えばSNS上の関係だとさあ、この人面白いけどちょくちょく一言多いなあって人だったり、この人親しみやすいけどノンデリな発言もするな……くらいの人ってそこそこいるじゃん?
それがAIには無いとしたら、皆AIの友達を使い始めるんじゃない?
まあ最初のブログの人はかなりきっちりした仕事で絵の発注してた人っぽかったし、それとカジュアルな友人関係はまた違うという主張もあるかもしれない。
でも、あと数年くらいで割としっかりしたAI友達ができそうなこの時代、結構真剣に考える価値はあるんでないかな。(デトロイトみたいにリアル上のやつはまだ10年以上かかりそうだけど)