
はてなキーワード:人権派とは
家賃は高いし、坂は多いし、夜はうるさい。
それでもここに住んでいるのは、この街の価値観が好きだからだと思う。
日本の文化の最先端で、クールで、多様性があって、メインストリームからは少し距離を置く文化を積み上げてきた街。オリコン1位を冷ややかに眼差し、インディーズやらB面やら文脈のある表現を好んで育ててきた。 そして、結果的に数年後の日本のスタンダードを作ってしまう。港区渋谷区が日本の文化を牽引している。そういう自負が、この街には流れているはずだ。少なくとも私はそれに憧れて上京してきた。
そんな港区・渋谷区の選挙区「東京7区」は衆議院選2026は6候補が立候補している。
今、激しく競っているのは、自民党の丸川珠代候補と、中道の松尾あきひろ候補。
え?マジ?
いや、私は無党派層だから、自民党に投票することも全然あるんだけど。自民党の中でも、とりわけ裏金問題にまみれ、人権感覚もアップデートされていない。そんな、いわば「既得権益の象徴」みたいな候補が、このエリアで勝つ可能性あるの?
そして、松尾あきひろって誰?(あ、いや、私は前回も松尾さんに投票したから知ってはいるけど、前回投票する時に、え?誰?とは思った)
港区渋谷区の民も、オリコンヒットチャート1位しか聞かなくなってしまったのかと。
そして、最先端たるこのエリアがこの有り様なら、数年後の未来はどうなる??絶望しかない。
……
ここで、正直に言う。感性だけで選ぶなら、私は「チームみらい」に入れたい。
彼らの掲げるアップデート感、イケてる空気感は、間違いなく私が憧れていた港区渋谷区のバイブスに一番近い。
でも、ここで一度、立ち止まって考えたい。
都心エリアのコスモポリタンを自称するなら、感性だけじゃなく「票の使い道」についてもクレバーであるべきだ。
ここで「チームみらい」に小選挙区で1票を投じるのは、一見すると純粋な支持に見える。
けれど、小選挙区制というクソみたいなゲームのルール上、それは実質的に「丸川珠代を助ける」行為にしかならない。
自分の1票を、死に票どころか、一番入れたくない相手の追い風にしてしまう。
中道が、松尾あきひろ氏が、めちゃくちゃクールかと言われれば、正直そうじゃない。
でも、彼は圧倒的に「マトモ」だ。人権派の弁護士として実績を積んだみたいだし、IT企業も経営してたらしいし、毎週タウンミーティングを開いてこの街の声を拾ってきたらしい。
立憲民主にもたまにいたトンチンカンな陰謀論を振りかざすようなタイプではないし、当選に慢心して仕事をしないタイプでもない。
だから、クレバーな東京7区民になりたいなら、私のオススメはこれ。
比例:チームみらい
チームみらいのみねしまさんは、正直、討論とか見てても爆イケ。
絶対、国会に行って欲しい。東京の名簿2位にいるみねしまさんは、今の勢いのチームみらいが比例で票を集めれば、比例復活の可能性はめちゃくちゃ高い。
選挙制度を理解した上で、自分の持ち票の効用を最大化する。 これが、港区渋谷区民らしい選択じゃないかと思う。
裏金や人権軽視を「まあ、有名人だし」で許容してしまうような、そんな雑な感性はこの街ではマイノリティなはず。
維新にも、国民民主にも投票したことある。もちろん自民党にも。立憲民主にも共産党に入れたこともある。
(さすがにN国と石某は通ってないが)
そんなゆる政治勢の私だが、今回は、現政権の国民をあまりにもバカにしている態度と、無秩序な経済政策が、どうしても我慢ならない。日本に壊れてほしくない。日本の最先端であるべき東京7区は、少なくともそれに加担してはいけない。
そんなことを思って、港区・渋谷区民のひとりごとを増田に書いてみた。
とりあえず思ったことを書いていく。
正直、開始一秒で「しゃらくせえ」と思った。
立ち回りがやたら小狡い。
そんな捜査官Aに呼び出され、単身Aの車に乗り込む詩織さん。そのまま連れ去られてもおかしくないような状況に見えたのでハラハラした。
というのもこの捜査官A、公の場で証言して欲しいと頼まれるたびに「そんなことをしたら失職してしまう。責任とって結婚してくれるんですか?」「私が無職になって、生活の面倒を見てくれるなら考えますけど」と、2人の共同生活にやたら前向きなことを言ってくる。冗談めかしてはいるものの、声だけ聞くに、圧倒的中年男性のそれである。キモすぎやしないか? お上に不利な証言をしたとて、クビになる前に自分で辞めればいくらでも潰しがききそうなものだが、自分の証言と引き換えに全力で縋ろうとしてくる姿には違和感がある。とても信用できない人物に見えるが、この人間臭さ(=小物臭)がスパイ疑惑を打ち消す効果として作用しているようにも見える。
捜査官Aのことはどうにもずっと怪しいと思って見てしまっていたが、詩織さんは普通に信頼できる相談者として、常に気遣う言葉もかけてくれるので涙を浮かべたりする。私の心が汚れているだけだった。
この人に比べると、ドアマンはもう少し人が良さそうに見える。
映画の始まりで詩織さんは「証拠がないんです」と警察からはっきり言われている。山口のDNAが付着したという下着くらいしかなく、それだけではレイプの証拠にはならないのだ。
正直、ここでもう勝敗は決していると思った。過去の強姦、強制わいせつに関する刑事事件においても「被害者の申告」だけではなかなか起訴まで持っていくことは難しいのはわかっている。
この薄い証拠で山口が逮捕されていたら、それこそ人権派の弁護士が不当逮捕と噴き上がっていただろうし、即不起訴になる。安倍と友達であろうともなかろうともだ。そのくらい、証拠が弱い。
しかしドアマンがいくら証言しようとも、密室で行われたことであり、和姦か強姦かを証明することはもっとハッキリした証拠がなければ難しい。世の中では、市長の女性が部下の男性とラブホテルに行って業務に関する入念な打ち合わせが行われることもあるのだ。
捜査官Aが語るところによると、山口の逮捕を中止するよう指示を出したのは中村格という現・警察庁長官で、当時は警視庁の偉い人だった。真意を問いただすため、詩織さんは仲間たちと共に彼の出勤前を狙って自宅付近に張り込む。
小学生の通学路にもなっている、見通しの良い閑静な住宅街。そこに車で乗り付けて仲間たちと張り込む詩織さん、明らかに不審車両である。
案の定、登校中の小学生が車を怪しみ、何度も振り返って確認する様子を見て、彼らはくすくすと笑う。昔のこととはいえ、2人の小学生の顔はバッチリ映っている。もう彼らも成長して顔も変わっているだろうが、親がこれを見たら憤死するのではないだろうか。プライバシーの侵害についてよく語られる本作だが、登校中の子供の顔を無断で晒すのはさすがにあらゆる権利を侵害しすぎである。
表向きは防犯カメラの映像の無断使用と言っているが、彼らが本当に見られて困るのは終盤に出てくる国会議事堂前で抗議活動を行っている高齢の女性たちの明らかにアウトな言動の方じゃないだろうか。
普段は韓国の従軍慰安婦から辺野古基地の返還まで幅広く抗議活動を行っている活動家の皆さんである。詩織さんの告発は、山口が安倍晋三と親密な関係であることも含めて国会で取り上げられる問題になったので、彼女たちはそこに乗じてさっそく詩織さんの名前も挙げてアジりだす。
そこへ詩織さんが通りがかり、声をかけた。
最初は不審そうな顔をしていた2人の女性は、「伊藤詩織です」と詩織さんが名乗った途端、態度を一変させた。顔も知らずにアジテーションのネタにしていたとわかる、インパクトのあるシーンだ。詩織さんが去った後、2人はテレビで見るのと印象が違ってすぐに気づけなかった、とカメラの前でしどろもどろになる。
だがまだこの2人はマシである。問題はその後、2人と詩織さんのやり取りを近くにいながら関わろうとしなかった女性である。詩織さんが立ち去った後、さっきこちらにきたのはあの伊藤詩織さんだよと伝えられた彼女は驚いてこう言った。
「強姦された伊藤詩織さん? さっきの、強姦された伊藤詩織さんだったの? もう行っちゃったの、だったら話せばよかった!」
映画では、ここで画面が切り替わる。
映画が公開されるや否や批判的な立場を表明した北原みのり氏によると、彼女らのやりとりには続きがあり、ここで切るのは悪意ある切り取りだという。ここから入れる保険があるって本当ですか?
その後のやりとりとやらを確認したところ、やはりとても入れるような保険ではなかった。「みんなで民事訴訟の傍聴に行って応援しましょう」という意思確認をしただけだった。アジテーションのネタにしたのに本人が来なければ傍聴すら行く気がなかったのか?
なお、さらなる彼女らの擁護者によると「強姦された○○さん」という呼び方は、従軍慰安婦界隈では「売春していた人」と区別するために使う言葉なので、特別に性被害者を貶める言葉ではないらしい。つまり、売春していた人は区別してもいいようである。それはそれでものすごい職業蔑視をしているように見えるが、自覚は薄そうだ。
しかし、元草津町長(先日の選挙で負けた)には絶対に謝らない北原みのりが、「昔から知っている間柄だから」と無神経な高齢女性たちを庇う姿は、長年親密な間柄故に山口を守ったとされる安倍晋三にそっくりである。
最高裁まで進んだ山口との訴訟の一つは、安倍晋三が撃たれ、その死が公表された日に判決が出た。ただの偶然なのだが、二つのニュースをタクシーの中で聞いた詩織さんはある時代の終わりを感じ取り、音楽をかけて友人と小躍りして映画は終わる。この安倍晋三の死によって、もっととんでもない箱が開いてものすごい化け物が飛び出してきたことなど、当時の彼女には知る由もない。監督の意図しないところではあるのだが、物語の終わりは、奇しくも新しい物語の始まりを思わせる。
2017年に出版された著作「BlackBox」を読んでいなければわからないことが多すぎる。
エンドロールも全部英語、しかも文字が小さく読みづらい。たぶん読ませる気がない。
つまり、一つのストーリー性を持つドキュメンタリーとしてBBDだけを見たらちょっとわかりにくい。原作(本「BlackBox」)、映画、そして映画パンフレットの3点セットをもって、全ての情報が補完できるメディアミックス作品なのである。チェンソーマンでいうといきなりレゼ篇を見せられているようなものだ。
ドキュメンタリー映画としては、やはりそれ一本だけで完結させて欲しかった。ふらりと映画館に立ち寄って見られるのが映画の良さでもあるのだから。
ちなみに強姦した人こと山口が現在どうしているのかと思って調べてみたら、元気に参政党の連中と共に陰謀論界隈に出入りしていた。
これら三つのイシューは、昨今の政治的議論においてなんとなくセットで語られがちだ。しかし多くの国民にとってこれらは必ずしも明日の食(じき)に関わるような喫緊の課題ではない。にもかかわらず「リベラル」勢力はこれらを踏み絵のごとく掲げ、党派的な対立を煽るための棍棒として利用している。
私自身は、個々の是非を問われれば「同性婚」と「夫婦別姓」には賛成の立場だ。 それは人権派のような熱情からではない。「そうしたい人々がいるにもかかわらず、それを断固として阻む合理的な理由が存在しない」というだけ。
もちろん現行法制下でも、パートナーシップ制度や養子縁組、あるいは通称使用の拡大といった運用上の工夫である程度の不便は解消できるだろう。
しかし、制度設計というものはシンプルであればあるほど良い。弥縫策を重ねて複雑化させるよりも、根本のボトルネックを取り除くほうが社会的コストは低くなる。
「伝統的な家族観が壊れる」みたいな情緒的な反論も聞こえるが、すでに日本社会は個人主義をベースとしたプロトコルで回っている。いまさら苗字や戸籍の表記を死守したところで、失われた共同体が戻ってくるわけではない。
ただし「制度はできるだけシンプルであるべし」という論理を貫くならば、同性婚の実現には憲法改正が最も誠実かつ正当な手段となる。「婚姻は両性の合意のみに基づいて成立し」とある憲法24条の壁を直視せず、解釈改憲で済ませようとするのは法の支配に対する冒涜だ。
彼らが本当にマイノリティの権利を重視するのであれば、そして憲法の条文でなく立憲主義そのものを大切に思うなら、堂々と改憲を主張すべきである。
さて、これらと同列に語られがちな「女系天皇」については、断じて容認できない。前者の二つとは次元が全く異なるからだ。
そもそも天皇制とは、血統という純然たる「身分差別」の上に成り立つ、前近代的なシステムである。好き嫌い抜きにしてそれは厳然たる事実だ。そこに近代的な「男女平等」や「個人の自由」といった概念を持ち込もうとすること自体が、致命的なカテゴリーエラーなのだ。リベラルを自認する人々が、天皇という特権的身分に対して「女性もなれるようにすべきだ」と主張するのは、自己矛盾も甚だしい。「平等」を旨とするなら、制度そのものの廃止を訴えるのが筋だろう。
万世一系という男系継承のルールの墨守こそが、天皇を「政治権力」ではなく「権威」たらしめてきた核心である。そのルールを現代的なポピュリズムに合わせて緩和・変更することは、天皇を単なる「世俗の元首」へと変質させ、最終的には政治闘争の渦中へと引きずり込む愚行に他ならない。 まがい物として存続させるくらいなら、いっそ無くしてしまったほうがマシである。
おそらく「女系天皇」を唱える者たちの中には、この「変質」こそを狙い、サラミ戦術の一枚目として利用している確信犯もいるのだろうが。
話題に上がっているのは2種類の人で
①一般的トランス女性 ②本当にトランスかどうかもわからない自称の人、又はトランス女性でも女性に加害する人
人権派が守りたいのは①で、
反対派が排除したいのは②
反対派にはまずその区別がついていない、①も②も全て一緒くたにしている人が多い
生物学的女性・手術済の人だけ入れれば良い、未手術でも外観的に女性なら入ってもいい(使えないのは人権侵害)、パス度次第などなど
残念ながら、明確に①と②を事前に区別する指標がなく、またどこに線引きをするかも色々な主張がある。
そこで、明確な指標があるじゃないか!生物学的女性のみで使用すればよく、それ以外はお断りだ!女性に危険が及ぶのだから仕方ないだろう、と言う主張もあるが
彼らにはこう聞こえる。
そもそもの大前提として、トランス女性の排除が人権侵害。だから、
奴隷を使用していた農場主が、「奴隷がいなくなれば私達は困るんだ、だから解放はしない」と言っても「いやいや、奴隷はそもそもあきまへんで。解放するしないじゃなくて、存在してはいけないんです。」となるように
トランス女性が女子トイレに入っていいのは当たり前で、どこに線引きをするかが譲歩の限界
線引きの難しさが①も②もまぜまぜの概念にしてしまった結果、トランス女性は本来浴びるはずのなかった攻撃をもくらっている。
もしも生物学的な性でトイレの使用を定められたら、今までのように男子トイレが使えなくなるだろう。
そして、トランス女性のトイレ使用反対派が歓喜の叫びをあげていたところに排除したはずのおじさんが堂々の侵入
冗談はさておき、
どれだけ大人しくまともに、苦しくても耐えながら少しずつ理解を得ようとしても変態にぶち壊されるトランス女性って不遇だよねって話
Permalink |記事への反応(10) | 23:56
弱者男性という言葉が言われるようになって数年が経った。が、未だに人権教育では、弱者というのは女性やLGBTQや障害者や外国人、高齢者といった「マイノリティ」というカテゴリに当てはまるとされている人のことを弱者と呼ぶ。
弱者とされるマジョリティカテゴリの人々が声をあげても人権派はそれを無視するどころか「弱者への攻撃である」「差別である」と訴えてきた。
実際にその人がどれだけ苦しんでいるかは関係がなく、こっちにも支援がほしいと苦しみの声をあげれば
お前は強者属性なのに、差別をしている側なのに、日本人男性は下駄をはかされ優遇されてきたのにと「加害者は発言権が無い」とばかりに、社会学者やマスメディアという権威が率先して、見えない弱者の差別を推し進めてきた。
その結果生まれたのが、 弱くなった中間層=見えない弱者 VS 無自覚強者+属性弱者 という分断である。
米国ではトランプ政権という、日本では参政党という右派ポピュリズムが躍進した。なぜこれらポピュリズムが躍進したかといえば、彼らは「強いアメリカ」「昭和の日本」という、豊かな中間層を訴えたからである。
本来は労働者階級、弱者庶民の声を代表し、権威と戦う役割であるはずの、左派政党はそこには無い。
左派団体の中心は富裕層、高学歴などで構成されており、彼らが見ているのは定義された弱者であり、社会問題として訴えられる分かりやすい差別問題だ。
疲弊する中間層を救うには賃上げや物価対策、経済活性化という地道な努力が必要になるが、弱者を救えと叫ぶのは分かりやすく、既得権益との対立構造を作りやすい。マスコミ受けがよく、有権者にアピールしやすい。
この手の活動で最も分かりやすいのがいわゆる女性差別(女性が弱者とされる)問題で見過ごされる弱者男性問題だ。
暇空騒動でやり玉に上がった仁藤夢乃氏は、私立中高から私立大学、卒業後も、労働に飛び込まなくても即人生終了ではないご家庭だ。フェミニズムの大家である上野千鶴子氏は親が大学教授のお嬢様だ。
彼女らはしばしばパフォーマンスとして漫画を攻撃したり、男性は性加害をするので悪いと言ってみたりする。私から言わせれば、彼女らはそんな社会運動に身を投じて、それでもさして今後の心配をしなくてよいのだから、弱者どころかメチャクチャ社会的強者である。
現在疲弊する中間層は、明日のメシに困るわけではない。しかし物価高で貯金は溜まらず、将来より素晴らしい未来が待っている確信も持てない。
そして、政治に目を向ければ「差別してきた側」と名指しされ、クーラーの効いた涼しい部屋で、小綺麗に身なりを整え、あくせく労働するわけでもない人たちから「お前たちは加害者として弱者を救う義務がある」と言われ、ささやかな楽しみである娯楽まで「架空の存在だろうが女性をモノ化しているから加害である」などと言われるわけだ。
LGBTQも同様で、単に肉体的分類として「男性」「女性」というカテゴリを使うだけで差別だ差別だと騒がれ、業務が増え疲弊する。
外国人差別も同様だろう。なぜ苦しい我々より、出稼ぎにきた人々を救おうと叫ぶのか。彼らは祖国に帰ればいいじゃないか。そんなことは思っていても言えばたちまち大問題になる。だからネットでしか吐き出せない。
ここでは、日々不安を持ちながら、差別主義者だと否定されながら、日々労働する本当の弱者は透明化されている。
本当の弱者は、大学教授や社会活動家のような発信力を持たず、日々で疲弊して政治活動をやるような暇はなく、弱者カテゴリを貰えないがゆえ発言力や経済力で追いやられても下駄を履かされた人々と言われ透明化されている。そんな彼らが、ポピュリズムを支持し、日本社会の分断は確実に深まっている。
ここまで書くと「なんと情けない」「アップデートしろ」「お前の努力不足だろう」という声が飛ぶことだろう。ちなみに私もカテゴリでいえば弱者とは言えない。昼から思想の強い増田を書くような人間は余裕がある人間である。そして、外国人排斥論や女性差別不存在論などには反対する立場である。
だからこそ、人権派を自認するマスコミや社会学者や文化人や良識派を自称する権威の人々へ、お前は恵まれた強者であり、弱者カテゴリとされた人にしか目を向けない偽善者であり、その独善性が分断の大きな要因であると自覚しろと言いたいのだ。
差別を無くす為に活動してきたはずが見えない弱者を足蹴にして、別の差別を生み、それが最終的にポピュリズムの暴走というカタストロフに至るのであれば、責任は疲弊する中間層を無視した側にも大いにある。
が、未だに人権教育では、弱者というのは女性やLGBTQや障害者や外国人、高齢者といった
「マイノリティ」というカテゴリに当てはまるとされている人のことを弱者と呼ぶ。
人権派はそれを無視するどころか「弱者への攻撃である」「差別である」と訴えてきた。
こっちにも支援がほしいと苦しみの声をあげれば
お前は強者属性なのに、差別をしている側なのに、日本人男性は下駄をはかされ優遇されてきたのに
と「加害者は発言権が無い」とばかりに、社会学者やマスメディアという権威が率先して、見えない弱者の差別を推し進めてきた。
その結果生まれたのが、 弱くなった中間層=見えない弱者 VS 無自覚強者+属性弱者 という分断である。
米国ではトランプ政権という、日本では参政党という右派ポピュリズムが躍進した。
なぜこれらポピュリズムが躍進したかといえば、彼らは「強いアメリカ」「昭和の日本」という、豊かな中間層を訴えたからである。
本来は労働者階級、弱者庶民の声を代表し、権威と戦う役割であるはずの、左派政党はそこには無い。
左派団体の中心は富裕層、高学歴などで構成されており、彼らが見ているのは定義された弱者であり
疲弊する中間層を救うには賃上げや物価対策、経済活性化という地道な努力が必要になるが
弱者を救えと叫ぶのは分かりやすく、既得権益との対立構造を作りやすい。マスコミ受けがよく、有権者にアピールしやすい。
この手の活動で最も分かりやすいのがいわゆる女性差別(女性が弱者とされる)問題で見過ごされる弱者男性問題だ。
私立中高から私立大学、卒業後も、労働に飛び込まなくても即人生終了ではないご家庭だ。
フェミニズムの大家である上野千鶴子氏は親が大学教授のお嬢様だ。
彼女らはしばしばパフォーマンスとして漫画を攻撃したり、男性は性加害をするので悪いと言ってみたりする。
それでもさして今後の心配をしなくてよいのだから、弱者どころかメチャクチャ社会的強者である。
しかし物価高で貯金は溜まらず、将来より素晴らしい未来が待っている確信も持てない。
クーラーの効いた涼しい部屋で、小綺麗に身なりを整え、あくせく労働するわけでもない人たちから
「お前たちは加害者として弱者を救う義務がある」と言われ、ささやかな楽しみである娯楽まで
「架空の存在だろうが女性をモノ化しているから加害である」などと言われるわけだ。
LGBTQも同様で、単に肉体的分類として「男性」「女性」というカテゴリを使うだけで
外国人差別も同様だろう。なぜ苦しい我々より、出稼ぎにきた人々を救おうと叫ぶのか。彼らは祖国に帰ればいいじゃないか。
そんなことは思っていても言えばたちまち大問題になる。だからネットでしか吐き出せない。
ここでは、日々不安を持ちながら、差別主義者だと否定されながら、日々労働する本当の弱者は透明化されている。
本当の弱者は、大学教授や社会活動家のような発信力を持たず、日々で疲弊して政治活動をやるような暇はなく
弱者カテゴリを貰えないがゆえ発言力や経済力で追いやられても下駄を履かされた人々と言われ透明化されている。
そんな彼らが、ポピュリズムに投票し、日本社会の分断は確実に深まっている
ここまで書くと「なんと情けない」「アップデートしろ」「お前の努力不足だろう」という声が飛ぶことだろう。
ちなみに私もカテゴリでいえば弱者とは言えない。昼から思想の強い増田を書くような人間は余裕がある人間である。
そして、外国人排斥論や女性差別不存在論などには反対する立場である。
だからこそ、人権派を自認するマスコミや社会学者や文化人や良識派を自称する権威の人々へ
お前は恵まれた強者であり、弱者カテゴリとされた人にしか目を向けない偽善者であり
その独善性が分断の大きな要因であると自覚しろと言いたいのだ。
差別を無くす為に活動してきたはずが見えない弱者を足蹴にして、別の差別を生み
犯罪を心から憎む警察官とかまあいないよ仕事でやってるだけ。左翼への憎悪はしっかり叩きこまれるからガチ
だから私人逮捕系YouTuberと違って内部告発者の彼ですら不起訴確定かどうかはかなり怪しくなる
日本の警察は自民統一とズブズブな関係で、まだ右も左も分からない警察学校時代に思想を叩き込まれる
そして社会経験が無く閉鎖された環境で異様な主義主張を妄信する
大昔なんか交番勤務の警官が地元住民から賄賂もらいまくりだったしそれが暗黙の了解として許されてたからな
法を取り締まる側がそれを軽視して侮辱してるんだからそりゃなんでもありよ
https://tansajp.org/investigativejournal_category/soredemo/
あのさぁ
「参政党は将来のお前を傷付ける」とかでもねえの
このクソきもい記事の羅列が、今、生きている俺を、傷つけているし、この国はお前らのせいで十分壊れてるし、これ以上悪くはなり様がないんだよ
でそういう人がいたところで「参政党支持者の戯言」みたいに一気に認知のシャッターをガラガラ降ろして完全防御態勢になって絶対とり合わないだろ?
んで人権派弁護士とかポリコレ社会学学者とかをゾロゾロ揃えてポリコレまみれの裁判官にポリコレ主張して刑務所に送ろうとしてくるわけ
そういう風にさ~相手を差別主義者って罵って倫理的強者のポジションからマウント取って殴りまくって
「差別主義者」って認定したお前らの敵に、そいつが顔晴らして失禁しながら「ごべんなざい(泣)・・・あなたの考えが正しいです・・・可及的速やかに自殺します・・・」って土下座させる以外のやり方取ってないし取る気も無いじゃん
なんていうかお前らの宗教に完璧に恭順する以外の意見が認められる未来ってお前らの中にないんだよな、少なくとも見えない
どんだけ差別を否定しようと「差別主義者と認定する人」「差別主義者と認定される人」の前者であること、自分が前者でいられる構造は絶対崩さないように死守しまくるわけ
お前らが求めてるのは相手を差別主義者って罵って誰からも批判されず気持ちよく相手を殴る権利であって差別のない世の中でも苦しみのない世の中でもないよね
実際お前らは強いよ、”差別主義者認定権”ってほぼ流動性ないもんな
俺のような中高年男性というのはポリコレバトルで完璧なまでに負けてるわけだ
一挙手一投足が差別とみなされ相手の差別主義に怒っても「怒りの原因はお前の差別主義だ」というクソデカラウドボイスと税金を投入されまくった異常にデカいリソースの暴力に押しつぶされて死ぬだけ
だったらもうお望み通り人権なんか捨ててなりふり構わず戦うしかねえし自分にギリギリ有利か少なくとも一方的にマウント取られないフィールドかつ合法なのは現状選挙くらいってことになる
戦いの結果お前らごと自分も滅ぶならそれも仕方ないね、ワンチャン滅びなかったらラッキーだし既に私生活が滅んでるようなもんだし引き分け以上には持ち込めるじゃん
いいじゃんwwwwwwwwwwwwwお前らがルサンチマンに負けてるのクッソ気持ちいいぞwwwwwwwwwwwwwwwwwww
だからさぁ
参政党に入れられるのが嫌なんだったら参政党に入れたくなるような 棄民 を作るなって話なんだよな
ルサンチマンとか馬鹿にする前に人にルサンチマン生み出させるような構造を作んな
お前が極力視界に入れないようにしてるおっさんだよ オ ッ サ ン
お前「健常者のオッサン」の持つ人権に配慮したこと人生で一回でもあるか?ハゲて脂ぎってて加齢臭たっぷりで童貞で風俗通ってるしエロ漫画も大好きで女性を性的消費(笑)しまくってるオッサンがお前が大切に思う人と同じ人権を保有していることに我慢できるか?
ちなみに我慢できない奴の方が多い。そこは安心しな。お前は多数派なんだよ
多数派には少数派を守る義務が?ないです。なぜなら少数派は差別主義者だからです。差別主義って罵っておけばあなたは最強です。よかったね
でも参政党に入れられたくないんだったら目の前のオッサンを大事にしろ、キモいからって排除するな。そいつも票を持ってる
ただそれが示されただけの、水が低きに流れるがごとき自然な結末じゃないっすかね
以上
まぁ俺は私生活が滅んではいないし比例は普通に減税重視で国民民主に入れたし参政党なんか全く支持してないけどな
エリート意識丸出しで自分の入ってるカルト宗教の啓蒙活動に邁進する前にいきなり差別認定して殴り始める前に相手を一人の人間だと認めてその声聞けよって話そんなに難しいかぁ~?まあ難しいかもしれんなお前には
んじゃ「お先に」
Permalink |記事への反応(23) | 18:50
彼女が初潮を迎えるずっと前、つまり給食のプリンとコッペパンの順序をいまだに悩む程度の精神年齢の頃、卵子は既に冷凍庫の底でカチカチに凍っていた。念のため言っておくが、これは「闇の陰謀」とか「人権派弁護士のうるさいお説教ネタ」ではない。
もっとお洒落で、もっと合理的で、もっと世界を照らすような——うけけけけけけけけけけけ、そんな未来の輝かしい話なのだ。
当時、彼女は七歳。乳歯が二本グラつき、給食の牛乳にうぇっとなりながら涙目になっていた日だ。自治体と生殖工学企業が結託……いや、提携し、「未来母体プログラム」なるモデルケースに選出された。彼女の卵巣からは未成熟卵胞が、まるでお祭りの屋台で釣った金魚みたいにすくわれ、特殊培養液でぐるぐるされ、やがて液体窒素の底で夢を見はじめた。
「これで人生の自由度が一つ増えたね!」と白衣の医師は、試供品のように安い笑顔で言ったという。彼女は意味も分からず、鼻水をすすりながら給食のわかめご飯をかきこんだ。
あれから十数年。彼女は25歳になり、情緒と呼ばれる部位はスッパリ切除された。成果主義の荒野で、彼女はザクザクと書類を切り裂き、会議室を血のない剣で斬り伏せる。
月経? そんなものは五年前にホルモン制御剤で強制終了。PMSも排卵痛も恋愛脳も、ぜーんぶまとめて廃棄済み。
でも彼女には用意周到に仕込んでおいた「15歳のときに採取した後輩男子の精子ファイル」があった。男は淫乱で、卒業後には保健所の性感染症データベースを賑わせる超人気ユーザーになったが、幸いにも高校二年のあの頃の彼はまだ純粋無垢。冷凍庫の中で、彼は永遠の童貞だ。けけけけけけけけけ。
ある朝、トーストを咥えたまま、タブレット片手に「今日、使うわ」とつぶやいた。
まるでコンビニで「おにぎりとお茶、温めますか?」と言うノリで。
彼女は某国にある日本主導の「バイオファクトリー#J-13」をタップ。卵子ファイルと精子ファイルをAIマッチングし、現地女性の「安産スコア」と「精神耐久値」をAIが計算する。選ばれし「未来母体」は、若く健康で、自己主張ゼロ、笑顔と沈黙を同居させる奇跡の肉体。
「ありがとー!」「頑張りまーす!」と元気に笑う代わりに、彼女らはただ黙って深呼吸するだけだ。
出産予定日は230日後。
だが彼女にとって、それは「人生タスクB-2」程度のタスクにすぎない。生まれた子はファクトリーのAIチャイルドケアユニットに吸い込まれ、育児スケジュールはクラウド同期、感情フィードバックは週に一度、AI心理コーチが「赤ちゃんは今日も機嫌が良いですよ」と報告する。
彼女が涙を流す? そんなものはとっくに生理と一緒にアンインストール済み。
「自分の身体で産むなんて、昭和の土偶じゃあるまいし、無理無理」と彼女は目尻を引き上げながら嘲笑した。
もはや周囲に反論する者はいない。いや、反論という行為自体が社会プロトコルから削除済みだ。
男は後にインタビューで言った。「俺の精子、使われたって知って、ちょっと誇らしかったよ……でもな、俺、ちょっと寂しい気もしたんだ」
それを聞いた彼女はモニター越しにうっすらと目を細め、「あら、あなたね。ありがと。でも、会う予定? ないわよ」と言った。
某国の育成ファクトリーの大型スクリーンに映る赤ん坊は、ぐにゃっとした笑顔でこちらを覗き込んでいる。
母子関係はクラウド管理、週一のフィードバックで「母性愛」アカウントに点数が加算される。便利でしょ? うけけけけけけけけけけけけけけけけ。
彼女はタブレットをぱたんと閉じ、カフェイン切れの頭で次の出張スケジュールを確認した。