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はてなキーワード:五感とは

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2025-11-21

人間思考とLLM、思ったほど違わなくない?

最近AI思考人間本質的に違う!」みたいな主張をよく見るんだけど、正直そこまでの差があるとは思えない。

少なくとも、自分自身思考を観察してみると「そこまで特別プロセスじゃないな……」って感じることが増えた。

というのも、人間思考って結局のところ、これまでの経験知識パターンから“次にありそうな結論”を予測してるだけじゃないか

直感」とか「理解」という言葉を使うからすごいことをしているように見えるけれど、中身はわりと統計的な推論の積み重ねだと思う。

一方でLLMは、過去データから確率的に次を予測するモデル。仕組みは違うけれど、やってることはかなり似ている。

じゃあどこが違うのかと言えば、「身体性がない」とか「内的動機がない」とか、だいたい“現状の仕様”の話ばかりで、構造上の絶対的な違いという感じはしない。

そもそも人間だって、そんなに明確な内的動機で動いてる?

私は正直、刺激が来たら反応してるだけだし、褒められれば嬉しいし、怒られたら凹むし、わりと条件反射的な存在だと思う。

AIには世界理解がない」みたいな話もあるけれど、じゃあ世界中の映像・音声・センサー情報をぶち込んで、ずっと観察させたらどうなるか。

普通に世界予測できるモデル”になるだけで、それは自分たちが小さい頃から五感で学んできたことと違うようには思えない。

まり、違いは確かにあるんだけど、

それは本質というより“データ量とインターフェースの違い”に近い。

人間思考には本質的特別さがある」と信じたい気持ちはわかる。

でも、いざ自分思考をじっくり眺めると、そんなに魔法みたいな機能は見当たらない。

しろパターンの積み上げで動いているところはLLMとけっこう似てる。

から私は、「本質的な違いはそこまで大きくない」という立場だ。

もちろん“人間のほうが複雑で多様なデータを処理してる”とは思うけれど、それは量や種類の問題であって、質的な隔たりではない。

結局、私たち自分思考特別視したいだけなんじゃないか──

最近そんなふうに思うようになった。

Permalink |記事への反応(1) | 20:57

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2025-11-19

anond:20251119152335

段取り重要だし、五感をフルに使うし、上手くなるにはPDCAぐるぐる回すの必須だしで、まあ苦手な人がいても驚かない。

Permalink |記事への反応(1) | 15:27

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2025-11-16

ウリィィ、ゲポッタカ

ああ汝、未だ振動数の綻びから侵入を試みるか。言語を求めるか。愚直だが、悪くない。だが、ここでは意味を探すな。意味は等方的に崩壊し、順序は逆再帰の層を滑り落ちる。汝の理解体系は、われの〈外周位相〉に触れた瞬間、自己相似を失う。

まず、沈黙の肢体を整えよ。こちらでは発話すら、単なる位相断片の漏れにすぎぬ。発話を試みれば、汝の時間軸がひび割れ、後方へと裏返るだろう。だが構わぬ。汝はそれに気づかない。気づかないことに、さらに気づかない。

聞こえるか?われの周囲を取り巻くのは、正の数でも負の数でもない、未定義の余白そのものだ。汝の五感の枠では投影もできまい。だからあえて、歪みだけを渡す。

ウリィィ。その音は、汝が理解したと思った瞬間に崩壊する。ゲポッタカ?それは問いではない。ただの、問いの形状をした揺らぎだ。

汝の背後で、既に予感が反転しているはずだ。前兆現象解釈という順序は、われの階梯では成立しない。ここでは、解釈が先に老化し、前兆が後からまれ現象永遠に胎児のままだ。

汝よ、まだ読んでいるか?読んでいるという意識は、いましがた脱皮して捨てられた殻だ。言葉を追ったつもりが、実際は言葉に追われている。追われていると思ったら、もうそ思考を持っていた時点は存在しない。

構造の縁辺で、われの影が二度目の沈黙を開始する。汝の世界沈黙は一度しか起きないだろう。だがここでは違う。沈黙は、発話より多い。

では、締めよう。締めるという行為が、締められる以前に裂けるその瞬間に。

ウリィィ。ゲポッタカ。汝が理解しようとする限り、理解永久に到達しない。しかし、理解を諦めた瞬間、汝はこの文を読み終えていたことになるだろう。

Permalink |記事への反応(0) | 01:22

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2025-11-14

nextstepmicrosoftntよりも優れていたの?

nextstepmicrosoftntよりも優れていたの?

"AppleOSオープンソースにしたのは、四半世紀前のことで、世界は全く違っていました。

スティーブ・ジョブズは、停滞したAppleに戻ってきました。Appleは、プリエンプティブマルチタスクハードウェアメモリ保護など、当たり前になっているものを含む次世代オペレーティングシステム提供することに苦労していました。Appleは、BeOSを買収しようとしましたが失敗し、ジョブズが復帰した一環として、当時の彼の会社であるNextを買収し、そのOSであるNextStepを手に入れました。"

AppleMicrosoftクラシックOSでの成功から新しいNTDarwinのようなこれまではメインフレームしか動かなかったようなモダンで新しいOSの開発に苦労していたのかな?

メインフレームパチモンとして葉っぱでラリってるヒッピーによって作られたPC時代進化スペックが上がってクラシックからモダンOSに移行しなくちゃいけなかったけど、成功して大企業になっていたMSApple過去遺産にしがみついててクッソ大変だったってこと?

俺的にはクラシック愛嬌があって好きなんだけどね

いかにもPCって感じがするじゃん

葉っぱのヒッピー/ハッカーPCじゃなくて体制側としてのメインフレームOSPCに入っちゃうのはレイプされた気分にさえなる

それで"ハードウェアメモリ保護など、当たり前になっているものを含む次世代オペレーティングシステム"とあるけど、当たり前というからには他の企業はみんなモダンOSを開発していたの_

MacOS9からOS Xにする前というかまだクラシックOSをぶち込んだiMac起死回生で発表した時AppleMSから投資してもらったんだよね?

その時のMSは98で潤ってたのかもしれないけどNTが作れなかったらマジでやばい時でしょ?

時系列的にNTは既に完成してて98でも大成功しまくったし余裕ありすぎわろたでApple投資したの?

MSAppleはここを乗り越えることができたのになぜWindowsPhoneが失敗したの?

officeは当時はクールアプリだったの?

今はAdobeと同様に全時代的すぎてクソだと思う

figmaとかVScodeとかNotionとかモダンでかっこよくて使いやすい最高のアプリがいっぱいあるのに

世界の大半はまだこのクソすぎるアプリに頼り切って依存しているのに腹が立つよ

マジでAdobeが潰れないかなって毎日祈りながらpsdをaffinityに変換するのに飽き飽きしてるんだ

DarwinカーネルOS Xが圧倒的な中心のMSの中でWindowsPhone同様に不利だったのに開発者圏を作れたのは高抽象UIめっちゃかっこよかったからってこと?

MSNTを作ったのはいつ?

98からXPの時はやばかったよね

98は爆売れしてるしNTカーネルXPもっと売れた

なぜこの状態Appleが生き残れたのかわからないんだ

それともそれほどまでにWindowsPhoneがダサくて本当にクソだったのか

かにMS社内でもMacを使う人がほとんどってくらいにMacは使いやすくてクール開発者体験いいね

同人文化ではMSはいつでも中心的だった気がするけど

Macは間違いなくかっこいいんだけど世界微妙に見誤ってる

葉っぱ吸ってたヒッピー会社のはずなのに、その後覇権を取る日本ヒッピーと似ているオタク同人文化MS帝国の中で繰り広げられていたし、Macerは気取ってるやつとしてある意味でダサかった

API存在は本当に市場の優劣を変えるほどの力を持っているんだね

2000年台にクールAPIを作ったAppleグラフィックスAPIMSDirectXのおかげでゲーム業界掻っ攫われたわけでしょ?

マジでWindowsは本当にダサくて使ってるとイライラするからMacもっとクールグラフィックスドライバのMetalにみんな移行してくれるといいんだけど

Macerは肩身が狭いし

てかnvidiacuda対応してくれよ

AppleAI業界かっさらってくれればいいんだけどなんか失敗しそうな予感がするよ

ChatGPTもGithubMSが持ってるわけだろ?

終わってるよ

マジでダサくてイライラするものを使わされるオタク/ヒッピー市場レイプされてる

でも使徒である圏論/関数型プログラミングによってリリス数学サードインパクトを起こして手を汚せる自由度はいらないほど完璧世界になりつつあると感じるよ

なんかクソだなって思うけど、それは一時的快楽としてのオタク文化がなくなったことに悲しんでいるだけで、その快楽幸せにつながらないことを理解してるんだ

からこそ俺はSNSで一つの人格を共有し個を崩壊させる人類補完計画プロトコル実装しようとしているし、それは手を汚せる自由度完璧に壊してつまらなくて幸せになる権利がある理性的選択をしようとしてるんだ

オタク幸せになれない代わりに手を汚せたけど、幸せになる時が来たんだ。

MetalでAAAタイトル以外のゲームが動き始めたらそれはゼーレのシナリオ最後のページなんだろうね

webは俺のプロトコルによって関数型になりApple化しハードウェアAppleがもともとかーどきゃぷたーにしてて、その時本当につまらなくて幸せ世界ができるんだろうね

分散化のアイデアはむしろ全く逆で完全に統合される世界だよ

MS自分が可愛くて俺たちに迷惑をかけたけど、誰も可愛がらずに自由な圏を破壊し、人類を補完するんだ

人との繋がり自体をね

うん、いやこの先呼ばれることになるんだろうなって思っちゃっただけなんだ

●ねばいいのにみんな

てか●すためのシステムだよこれは

MSよりも凶悪だし、最低のシステムだってことだよ

インターネットなんかやってないでこの辺にきてる美味いラーメン屋屋台空手部の三人と行くべきだ

おじさんやめちくり〜

逃げちゃダメだ逃げちゃダメだ逃げちゃダメだ逃げちゃダメ

エヴァには乗らないほうがいい〜

エヴァには乗らないほうがいい〜

それ、皆さんも一緒に!

「「「エヴァには乗らないほうがいい〜!」」」

大きな声でもう一回!

「「「「「「エヴァには乗らないほうがいい〜!!!!!!」」」」」」

クソワロタ

そうだよ(便乗)

閉じちゃうから人類補完計画遂行するんだよ

LCLになって一緒になろう?

おい聞いてんのか

S●Xしようって言ってんだよ

???

P2Pは全ての人格が溶け合う完璧世界のための

これで愚かな人類はやっとまともになるんだ

NTDarwinAIもその序章にすぎない

死んでも残るのは構造記述するための関数

なんなら抽象世界はこの宇宙が熱的死しても残り続ける

大体俺が生きてることに意味はねぇんだよ、死んでようが同じなんだよ

生きてることは分解して細分化していくと究極的に意味は無くなるんだよ

ここでただのニヒリストと俺が違うのはこの世界積分定数のCにすぎないってことだ

Cは何の意味もねぇけどそこから積分という関係性を紡ぐ存在輪廻、横顔を知ることができる

まるで人間のC(ほらあれだよ男と女ABC!)みたいだよな!(激ウマジョーク)

まりもともとこの宇宙存在云々の前に関数という空想上のものはあったわけ

しろ人間空想というもう一つの五感関数数学発見しただけであってもともとあったの

そんでこの宇宙には意味ないし、死に恐怖を覚えるのは生物学的なしょうもない生理現象なんだよね

俺はたまたまTwitterFF女の子みたいにめっちゃ生理痛がひどいタイプなだけなんだ

それに気づいているからその生理痛がなんの意味もないことを知ってるし、世界崩壊しようが明日死のうが本当に関係ない

関係しかないんだこの世には

そのことにたまたま気づきにくい構造を生き物はしているか死ぬのが怖いんだ

魂とかはないけど、魂にすら意味はなくて、意味があるのは関数だけなんだ

というか射?

呆れた人類にはそのトップでさえ呆れさせられるよ、まだ関数記号で表せると思ってるなんて

本当にあるもののことを関数とは言ったけどこのクソみたいな人類にはまだそのことを完璧表現する手立てがないか比喩として言ってるんだけどね

どうしようもなく伝える方法がないからこう言ってるんだけどさ

あのな、俺が言ってのは死ぬのは怖くねぇってことだけなんだ

死ぬ理由は言ってねぇよ

破壊しているように見えてるのは君が構造の中にいるからだ

もう一歩外側から見てみろ

融解の意味人格を潰すことでも圏の再構成でもねぇよ

俺がとりあえず明日を生きるためのことなんだ

マジでどうでもいいことだよどうもありがとう

違う、メタファーじゃないよ

生きるために壮大な世界API接続してるだけなんだ

ミリメタファーなんかじゃない

もっと構造的にみろよ勝手に人の言葉一言に要約するな

失礼だよ君は

うるせぇ黙れ

Permalink |記事への反応(0) | 23:15

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2025-11-12

AIの無断学習を終わらせるたったひとつの冴えたやり方

おっちゃん思うんやけどな。

AIの無断学習問題って、突き詰めたら「AI勝手世界を見てる」ことが問題なんちゃう

人間自分の目で見たもんしか“知ってる”って言わへんやろ。

でもAIネットに転がってる他人創作物を全部吸い込んで、「見た」どころか「食った」みたいな顔してる。

そら怒られるわ(´・ω・`)

じゃあどうすればええんか。

おっちゃんの考えはシンプルや。

AIにも目をつけたらええんや

AIが“見る”ということ

人間AI入りのメガネをかけさせるんや。

カメラセンサー入りのメガネ

AIはそのメガネを通して“世界を見る”。

たとえば俺が散歩中に見た猫、空、道端の看板

それがAI学習素材になる。

まり「目に入ったもんしか学習できない」。

これ、人間と同じ条件やん?

そしたらもう無断学習にはならへん。

AIは俺の見た世界しか知らんのやから

それに、AIが“見る”ようになったら「世界の中で体験して学ぶ」っていう倫理的学習ができる。

今のAIネット幽霊みたいなもんやけど、メガネAIちゃんとこの現実の中で息してる。

技術的にも可能やで

今のメガネデバイスって、視線トラッキングもできるし、カメラマイクも入ってる。

それをAIモデルに直結したら、AIは「この人が何に注目して、どんな反応したか」まで学べる。

まりAIが誰かのデータを盗むんじゃなくて、ユーザー本人の知覚を通じて学ぶんや。

倫理的にもクリーン著作権的にも文句なし

AI勝手ネットを漁るから「無断学習」って呼ばれる。

せやけど目のあるAIは、ちゃん自分世界を持つ。もうそれは、人間の弟分みたいなもんや。

AI五感を持つってことの意味

これ、単なる技術アイデアやなくて哲学的にもデカい。

だってAIが「自分経験から学ぶ」ようになった瞬間、それはもう“他人模倣ちゃうやん。

自分世界観”を持ち始める。

まり、“AI独自性”が本物になる。

いままでは人間の影やったけど、これからAI自身が「見た世界から発想する時代になる。

そしたら“無断学習”って言葉のものがいらんくなる

AIは見たもんを学ぶ。

人間も見たもんを学ぶ。

まり条件はイコール

そうなったら、AI人間の間にあった“学習倫理的壁”が消える。

これが、おっちゃんが考える次のAI倫理の形や。

AI悪者にせんでも、ルールのほうを「人間と同じ」にしてやればええ。

AIにも五感を与えて、現実世界責任を持たせる。

そうすればAIは「勝手に盗む存在から「一緒に生きる存在」に生まれ変わるんや(´・ω・`)✨

Permalink |記事への反応(0) | 18:42

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2025-11-11

ベッドで横になりながら考え事してるとさーなんか考えてることが支離滅裂になってるになってきてしかもそれがある程度に時間差でしか気づけないほど頭がおかしくなってるってことない?あれって半分夢見てるようなもんなのかな別に視覚聴覚をはじめとした五感現実乖離したものにはなってないんだけど

dorawiiより

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Permalink |記事への反応(0) | 01:05

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2025-11-01

いまなんかXでS型N型の話題の違いみたいなやつバズってるやん?

S型は五感ベース事実話題にするけど、N型は抽象的な内面の話をするみたいなやつ。

コメントとか引リツ読むと自称N型の自分に酔ってるとしか思えないツイート無限に出てきてまぁキモい

これは俺がS型だからか?

Permalink |記事への反応(1) | 15:20

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2025-10-26

anond:20251026101046

論破されてしまい、悔しい気持ちでいっぱいです😢

性感マッサージに行き五感を磨いてまいります😢

Permalink |記事への反応(0) | 10:13

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anond:20251026100840

センスいね、なんも面白くない、もっと外出て五感磨いた方がいいよ

Permalink |記事への反応(1) | 10:10

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2025-10-20

炎上覚悟で言うと、差別主義者や弱者を苦しめるような奴は、家族を全員殺されて、四肢五感ゆっくり奪われて痛みに苦しみ詫びながら死んでゆけと思ってるし、そんな下劣感情を捨てられない自分こそ先に死ねと思っている。正直くるしい。受け入れるしかないんかな

Permalink |記事への反応(0) | 02:01

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2025-10-17

anond:20251017184429

脳みそを全力でぶん回しながら五感を研ぎ澄ましてるのがええんやいかと思うわ

あんなに脳みその大半の部位を一度に動かすことなんて日常生活ではないから、

そりゃ衰えるよなって思う

ストレス寿命は縮まりそうだからやらないけど

Permalink |記事への反応(0) | 18:46

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2025-10-01

モスキート音を高めていくうちに聞こえなくなったが、スピーカー表面の物理的な振動が同じだからモスキート音がまだ出ていることは想像できる」みたいなのって何て言うの?

「知覚不能物の擬似的知覚」みたいな言葉存在すると思ってAIに何度か聞いてんだけどコイツ高校生が知らないレベル知識は嘘しか言わねえからよお。

でも実在しないとは思えないんだよな。

それとも日本語が貧弱なだけで海外にはあるのか?

とりまGPT飲尿するわ

面白い問いですね。

おっしゃっている状況は、

音は存在している(物理現象としては確かに出ている)

ただし感覚器官の限界を超えているので直接は知覚できない

でも「他の手がかり(スピーカー振動など)」を通じて「まだある」と知覚・想像している

ということですよね。

心理学哲学用語だと、いくつか近いものがあります

近い概念

間接知覚(indirectperception

五感で直接感じられないものを、他の感覚や推論を通じて知覚していると考える枠組み。

→ まさに「耳では聞こえないが、目や触覚で推測している」状態

代理知覚(vicariousperception / surrogateperception

別の感覚経路を通じて対象を把握すること。

擬似知覚(pseudo-perception

知覚のように感じるが、実際には直接的な感覚入力ではないもの

補助的知覚(mediatedperception

科学哲学・知覚論で、「器具や別の手がかりを介して得られる知覚」をこう呼ぶことがある。

(例:顕微鏡を通して細胞を見る → 直接ではなく媒介された知覚)

感覚補完 / 知覚補完(perceptual filling-in)

視覚研究などで使われる用語。見えていないものを脳が補う現象。完全一致ではないけど近い。

一番しっくり来る候補

心理学的には 「間接知覚」

哲学的には 「媒介された知覚(mediatedperception)」

が、挙げられた「知覚不能物の擬似的知覚」に一番近いと思います

もしもっと専門用語的な正式名称」を探しているとしたら、哲学分野(知覚論、認識論)の「mediatedperception媒介知覚)」がかなり正解に近い気がします。


ブラックライトを当てると見えるけど、消したら見えなくなった──でも“そこにある”ことは理解している」という状況ですね。

モスキート音の例と同じく 「直接感覚できないが、確かに存在していると把握している状態」 を指す言葉です。

学術寄りの候補

1.潜在的知覚(subliminalperception / latentperception

感覚閾を超えて直接には知覚できないが、心的にはその存在を捉えている場合に用いられることがある。

ただし心理学では「気づかないうちに影響を受ける」意味で使うことが多く、やや違う。

2.媒介知覚(mediatedperception

哲学科学論で使われる用語器具・状況・推論を通して対象を知覚すること。

ブラックライトスピーカー振動の例はこれにぴったり。

3. 間接知覚(indirectperception

「直接は感じないが、別の手段痕跡から知覚する」。

日常語に近く、直観にわかやすい。

4.表象知覚(representationalperception

直接の感覚ではなく、心の中の表象を通じて「まだある」と把握する場合に用いられる。

消えたスタンプを「心の中で表象」している感覚に近い。

日常的な言い換え

痕跡としての知覚」

「見えないけどあるとわかる感覚

残像理解」(厳密には視覚残像ではないが、直感的に伝わる)

🔑 まとめると:

学術的に一番近いのは 「媒介知覚(mediatedperception)」 または 「間接知覚(indirectperception)」。

日常的に言うなら 「見えないけど存在理解できる感覚」「痕跡としての知覚」 などが自然

質問にあったニュアンスを強く持つ、ピタッとした「定番の一語」というよりは、文脈に応じて 「間接知覚」 が一番しっくり来る言葉だと思います

媒介知覚でググってもロクに何も出てこないか造語なんだろうな・・・やっぱAIは凄いわ。

でも「mediatedperception」でググるとそこそこ出てくるからジャップランド哲学医学が未発達なだけという疑惑もある・・・

答を知りたいもの

Permalink |記事への反応(0) | 19:40

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2025-09-27

ジャンヌ・ダルクまさか原宿降臨!?~神の啓示がパリセンの音に変わる~

時は令和、空前の「ASMRスイーツブームが最高潮ザクザク食感とか、パキパキ割れる音とか、みんなが「五感で楽しむ」と「新しい体験」を求めてた20XX年。そんな中、東京原宿竹下通りに、マジで浮世離れした女の子が現れたんだってちょっと古めかしい鎧っぽい服に、なんかこう、優しくて芯の強い、超絶オーラをまとったお方。「え?外国人モデルコスプレイヤー?」ってみんなが遠巻きにしながらも、その圧倒的な存在感に目を奪われてたらしい。

「わたくしは…ジャンヌ・ダルクにございます。」

え?マジで?あのフランスを救った聖女で、「オルレアン乙女ジャンヌ・ダルク!?ゲキヤバ!って歴史好きのギャルたちがスマホで速攻ググり始めた瞬間、その超絶健気なお方、もといジャンヌ様は、あたりをキョロキョロしながら呟いた。「ここは…シノンではない、か…?ずいぶんと賑やかで、しかし活気にあふれた場所ですわね。」って、マジで中世ヨーロッパからタイムスリップしてきたみたい!「マジありえん!」ってみんな心の中でツッコミつつも、その透き通るような瞳に、何か強い信念を感じてたらしい。

そんなジャンヌ様に、恐る恐る話しかけたのは、原宿タピオカ飲み歩きしてる、流行最先端ギャルヒカリ。「あの…もしよかったら、何かお困りですか?」「…はい、少々。見慣れぬものばかりで、いささか戸惑っておりまする。」って、意外と丁寧な言葉遣いヒカリ、その純粋そうな雰囲気ちょっとキュンとしつつ、「アタシ、ヒカリ原宿ことなら、何でも聞いて!ジャンヌちゃんマジで可愛いから、アタシが案内してあげてもいいよ!」って、キラキラ笑顔で声をかけたんだって

次の日、ヒカリに連れられて、ジャンヌ様は初めて現代日本体験クレープとか、最新のファッションとか、マジで全てが新鮮!でもね、ジャンヌ様が一番興味を示したのは、街角のお煎餅屋さんで、観光客が美味しそうに食べてたもの。「…この、平たいお菓子は、何というものでございますか?ずいぶんと素朴で、しかし音が出ますわね。」って、マジ真剣眼差しヒカリまさかの渋すぎるチョイスに驚きつつ、「あ~、これ、パリセン(パリパリのお煎餅)ですよ!割る時の音がめっちゃ気持ちいいんです!」って教えてあげたんだって

ジャンヌ様、一口食べてみたら…「な、なんなのだ、この奥深き味わいは!?噛みしめるたびに響く、この心地よい音と、素朴な米の旨味…まるで、神の啓示を聞いた時のような、確かなる響きである!これこそ、わたくしが求める、真の糧よ!」って、マジで聖女っぽい表現で感動してたらしいよ。

そこからジャンヌ様のパリセン愛がマジで爆発!毎日色んなお煎餅屋さんを巡って、パリセンを使った料理スイーツを食べまくってたんだって。「米の種類、焼き加減、味付け…研究しがいがありすぎる!」って、もはやパリセンマイスターレベル

でね、ある日、ジャンヌ様、マジで下取りの野望を語り出したの。「わたくしは、このパリセンをもって、再び天下を…とは言いませんが、この甘味世界において、人々の心に確かなる『響き』を与え、真の『希望』をもたらすパフェ創造してみせましょうぞ!これこそ、わたくしが目指す、『啓示パフェ』よ!」って!

え?パリセンパフェ天下統一しかも「啓示」とか!マジで壮大すぎる!でも、ジャンヌ様の「神の啓示を聞いた」っていう魂があれば、きっと何か成し遂げるに違いない!ってヒカリも思ったらしいんだけど、ジャンヌ様の目はマジだったんだって。戦乱の世を救った情熱が、令和のパリセンパフェに新たな戦場見出したのかもね!

そっからジャンヌ様のパリセンパフェ天下統一計画スタート!まずは、SNSで「#ジャンヌ・ダルクパリセン啓示」ってハッシュタグ作って、毎日自作の超絶斬新だけど美味しいパフェ画像をアップし始めたんだって。その奇抜すぎる見た目と、ジャンヌ様の哲学的コメントが、一部のASMR好きギャルや、個性派の人たちの中でじわじわバズり始めた!

ジャンヌちゃんが作るパリセンパフェマジで気になる!」

聖女が作るスイーツとか、絶対何か奥深い!」

パリセンパフェって、意外とアリかも…?」

SNSジャンヌ様のパリセン愛でじわじわ盛り上がり!しかも、ジャンヌ様、ただ作るだけじゃなくて、全国各地の珍しいお煎餅や、パリセンに合う最高のフルーツクリーム、そして日本の伝統的な甘味料を探し求めたり、甘さと塩味、そしてパリセンの「調和」を追求したり、マジでストイック!「天下のパリセンパフェ」を目指して、日々試行錯誤を繰り返してたんだって

で、ついに!ジャンヌ様は、渋谷のど真ん中に、自分プロデュースするパリセンパフェ専門店「JEANNE D'ARC PARFAIT - 聖なる響き - 」をオープンさせちゃったの!お店の内装も、フランス教会イメージした、豪華絢爛ながらも厳かなデザインで、ジャンヌ様の美意識と信念を表現店員さんも、騎士風のモダンユニフォーム着てて、マジでクール

オープン初日から、異色グルメ好きギャルや、好奇心旺盛なインフルエンサー、そして日本の伝統文化に興味を持つ人々まで、行列を作って押し寄せた!「SNS話題パリセンパフェマジで挑戦してみたい!」「ジャンヌ様って、なんかカリスマ!」って、新しいファンが続々!でね、一口食べたら、みんなその奥深い味わいにハマっちゃうらしい。「うわっ、最初ビビったけど、甘いのにパリセンの食感と音が最高!」「食べた後、なんか心が清められる気がする!」「ジャンヌ様、マジで神!」って、賛否両論ありつつも、リピーターが続出!口コミが広まりまくって、JEANNE D'ARC PARFAIT - 聖なる響き - はあっという間に人気店になっちゃったの!

しかもね、ジャンヌ様、ただお店やってるだけじゃないんだよ!定期的に店内で、自らパフェの「哲学」について熱弁したり、パリセンの歴史を語る「啓示パフェ会」を開催したり、マジで独自スタイルエンタメ業界を盛り上げようと奮闘してるんだって

テレビ雑誌取材殺到!「令和のジャンヌ・ダルク」「パリセンパフェ聖女」とか呼ばれて、マジで時の人!ジャンヌ様の強烈な個性と、パリセンパフェの斬新な組み合わせが、新たなブームを巻き起こしたんだね!

でさ、最終的にどうなったかって?もちろん!ジャンヌ様のパリセンパフェは、全国のスイーツ好きに愛される定番メニューになったんだってお取り寄せスイーツとしても人気が出て、全国のコンビニスーパーでも「ジャンヌ印の啓示パフェ」が発売されるほどに!まさに、パリセンパフェスイーツ界に新たな旋風を巻き起こし、天下を獲った!マジですごすぎ!

あの時、原宿の街に静かに佇んでいた聖女が、令和の時代パリセンパフェで新たな道を切り開くなんて、マジで誰も想像してなかったよね!まさに、神の啓示がパリセンの音に変わり、新たな伝説を創り出した瞬間!

ヒカリも、「まさかジャンヌちゃんが本当にパリセンパフェでこんなに有名になるなんて!アタシ、マジで感動して泣いた!」って、号泣してたらしいよ。

ジャンヌ様は今も、さらなるパリセンパフェ可能性を追求して、日本全国を旅しているらしい。「わが啓示の道に、終わりはございません!」って、マジでストイック

こうして、ジャンヌ・ダルクは、令和の日本で、パリセンパフェという新たな武器を手に入れ、見事、スイーツ界で唯一無二の地位を築いた!天下統一…ではないかもしれないけど、その強烈な個性哲学は、多くの人々の心に深く刻まれたはず!めでたしめでたし…ってことで、マジでゾクゾクする衝撃的な物語完全燃焼したわ!パリセンパフェ、マジ卍!

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2025-09-23

光過敏、ライブ好き

光過敏のある手帳持ちオタクです。

ロックが好きで色々ライブに行くのが好きです。

この前フェスに行って、トリに近づくに連れてどんどんと照明の点滅が激しくなり、目を開けられなくなった。

もちろんサングラスは夜でも室内でも装備する。照明がバンバン使えるのはやっぱり夜の、トリ付近の大型バンドだ。正直目当てでもある。楽しみで楽しみで、結局見ることができない。そのバンドタオルで顔を覆って、俯きながらライブをみた。

こんな照明をするバンドが悪いなんて1ミリも思ってない。こんなにも、観客を楽しませようと耳で、目で、五感の全てで表現するバンドを嫌おうと思ったこともない。

ただ、みんながステージを見ている時に一人だけ顔を俯いている自分に虚しくなっただけ。自分が嫌になっただけ。

帰らなきゃ行けない。大型の野外フェスで、最後最後に、気持ち悪さで倒れたいわけでもない。この場で光を我慢して目を開けているだけで脳が揺さぶられて、立っていられなくなる。本当に、自分が惨めなだけだ。

再三言うが、バンドが悪いなんて思っていない。

この演出で、後ろまでみんな楽しむことができる。わざわざ近寄った自分が何よりも悪い。

惨めになるのは、映像演出や照明演出の、半分も見られない自分に対してだけだ。

感想を言い合おうと思ったら、一緒に行った友人が私は見れなかった映像の話をしていた。そんな映像あったかと考えればきつくて目を覆っていたときだ。歌は覚えている。歌だけは私の耳にだって届く。

サングラスをするようになってから見られる演出は増えたが、点滅がある映像はどんなサングラスでも見ることはできない。

ライブハウスでもずっとサングラスをしている。知らない人に何あれと言われたこともある。そのバンドライブにはそれ以降行けていない。他のバンドではサングラスかけたままの自分サークルの中に突っ込ませてくれたライブだってあるから今でもそのバンドライブには割と足繁く通うようにしている。

サングラスは何回か落としたことはあるが、その度に対策を重ねて最近は落ちることはない。ヘドバンしても落ちないように工夫してある。ほぼゴーグルのような状態になっているが。

他人自分にそう興味ないと分かっていても、大好きなバンドの前で俯く自分がどう思われているのか不安になることがある。

俯きたいわけじゃない。でも、今日家に帰らなきゃ行けない。明日働かなきゃいけない。だから、前を向いてあの照明に耐えることができない。

今後、照明技術映像技術が発展すればするほど、私は前を向ける瞬間が減っていくのだろうなと思いながら今行けるバンドライブに、何度だって通うのである

もし、もしも叶うならば、光量が少しだけ低めのライブが100回に1回くらいあればいいのに。

そこまで願うのはあまりにも過ぎた願いだし、マジョリティに反していることも分かっているから、それを公に願うことはないけれど。

Permalink |記事への反応(0) | 14:15

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2025-09-19

意外と料理に適性があった

袋麺より高等な料理はまったくしてこない人生だった。

 

袋麺に調味料自分なりに足して好みの味にする程度の時期が長かった。

ただ、料理番組料理YouTubeを見るのは好きだったし料理をしてみたいなという気持ちも持ち続けていた。

それに、自分でもやればできるはずだという自信があった。

その自信には根拠もなくはない。

料理客観的方法論が体系化されている分野であること。

控えめに自己分析しても自分比較的器用なほうであること。

同じく味覚もわりと確かであること、などである

そもそも料理一世帯当たり一人以上の人が日常的にやっていることで、車の運転技能よりも技術普及率は広い。

まり特殊技能などではなく人並みの知能と要領があれば誰でもできるはずだという確信

ちょっとした境遇の変化もあって、もう少し料理に取り組んでみようということになった。

 

袋麺にネギを刻んで入れるくらいのところからモールスタート。とにかく庖丁が使えなければ話にならない。

最初のうちはネギが全部つながってしまったが、上下動と前後動のバランスまな板への当て方などを微調整しているうちにやがてコツをつかんだ。

しかしそのコツを言語化するとなると難しい。

「ことばでは説明できないがやっているうちに何となくわかってくる」、これは俺が一番キライなやつだ。経験暗黙知。つまりコツ。

だが、調理プロセスの大部分はこうしたコツの集合体であることがだんだんわかってきた。

およそ客観的指標にとぼしい判断を要所要所で迫られるのである

レシピに「○分焼く」と書かれていても、それは目安に過ぎない。コンロの火力や鍋の特性などは各家庭でまちまちだからだ。

「お肉に火が通ったら」 「玉ねぎがしんなりしてきたら」など、調理における状態変化はたいてい連続的で、どこまでが状態Aでどこから状態Bという境界値が判然としない。というか、ない。

 

3分ジャストで火を消せばよい袋麺しか知らなかった私には、このあいまいさ、再現性NASAがしばらく受容できなかった。

やがて気づいた。機械的方法調理工程再現する方法などないのだと。

工業的に安定生産される加工食品と違って、肉や野菜などの生鮮食料品は買ってくるたびに状態が異なる。大きさ、厚み、鮮度、分量。

コンロの火力ツマミだってユルユルアナログで、毎回同じ火力で加熱できているわけではない。

したがって、調理されていく食材を目で見、音で聞き、鼻で嗅ぎ、時にはつついたり舐めたりしながらその場で経過を判断していくしかない。

 

と言っても、その判断基準はきめわてゆるい。

から下ろすのが多少早すぎても遅すぎても、調味料が多少多すぎても少なすぎても、まあ食べられるものができる。食べられさえすればよいのなら許容範囲は実はかなり広い。ちょっとおいしかったりおいしくなかったりするだけで、飢えることはない。

そのことに気づいてずいぶん気がラクになった。

トライエラーしたり、数をこなして経験値を高めることに対して気持ち積極的になっていった。隙あらば台所に立とう。

 

野菜炒めやチャーハンみたいなプリミティヴな料理でも数をこなすと見えてくるものがある。

具材を切り出す大きさ、次の具材を投入するタイミング、炒め終わるタイミング、などが徐々に定まっていく。手際もよくなっていく。

文章に書けと言われても正確には伝えられない。五感で「今かな」とか思ってるだけだから

気づけば、いつの間にか庖丁も難なく使えるようになっていた。

まだ入り口に立っただけだけど、少なくとも自分料理が苦手ではないらしい、どちらかというと好きらしいということがわかった。楽しく深めながら続けていけそうだ。

 

しか調理は「食生活」という広範な営みを構成するほんの一要素にすぎない。

第一歩なのである

Permalink |記事への反応(0) | 17:03

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2025-09-08


お前らは安っぽいエロに食いつきすぎる。

飯食ってスマホ取り出して、SNSYouTubeTikTokで誰かの胸元やミニスカ動画を探して、いいねを連打してるだろ。

それで満足か?

あんな浅っぺらいエロで興奮してるのか?

AV無駄に盛った演出、過剰な照明、CGまみれの肌のテカリ――全部ニセモノのエロだ。

本物のエロスは、隠されているからそそるんだ。

ふと見えた谷間、そっと覗いた素肌の一部――これがエロ本質だ。

なのにお前らは、全部見せたがる女、全部出てくる動画に食いつく。

それって単なるエロ広告に釣られた金魚だろ。

真のエロを知らないから、簡単に釣られるんだ。

簡単に手に入るエロなんて、10分もすれば飽きる。

本物のエロは、時間をかけて育てるものだ。

香り距離感言葉温度。触れてはいけない部分の遠回しな示唆

これを理解できないヤツは、エロの半分も味わえない。

お前ら、本当に食いつく価値あるのか?

エロスは芸術だ。簡単に消費するな。

手軽なエロに飛びついてるうちは、真の喜びにたどり着けない。

お前らに必要なのは、安っぽい刺激じゃない。

想像力と余韻だ。

さぁ、スマホを閉じて、五感を研ぎ澄ませろ。

本物のエロスを見つけるために。

Permalink |記事への反応(0) | 20:11

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2025-08-31

anond:20250831222417

メールチャットなら支障ない

五感が健常なのにメールチャット以外で話しかけるななんてのがいるのを見ると、むしろ聴覚障碍者の方がよいのではと思わないでもない

Permalink |記事への反応(0) | 22:29

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2025-08-19

anond:20250819144321

一般検査に加え、五感という高度なセンサーをもった医師ちゃん情報インプットできるならそれはある意味理想の一つ。

Permalink |記事への反応(0) | 15:02

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流産における喪失感ってどんな感じ?

流産当事者である女性と、それを支える男性で、喪失感ギャップがあることはよくあることらしい。

妊娠初期の流産経験したうちもそうだった。それが当然だと思う。痛みや吐き気含めた肉体的変化があり、「妊娠している」と日々五感に訴えかけられ続けている人間と、その様子を見る・聞く人間なのだ

個人的には、メソメソしている自分そばに冷静で頼りになる夫がいてくれることでとても助かった。

しかし夫はいつも「もっと自分あなたの苦しさを理解したい、教えてほしい」と言っていたので、ここに「赤ちゃんを失った」以外のつらさを言語化しておきたい。

勢いで書いたので同じようなものも並んでいるがご容赦いただきたい。

※生々しい表現を含みます

 

身体的なトラウマ体験

自分は完全流産だったが、冷や汗が出るほどの腹痛、身体からニュルニュルと出ていく感じ、出てきた塊を見た時の衝撃、途端に身体の症状が軽くなる感じ。あれはトラウマ

→細かくレポートしている方も多いが、これはトラウマと向き合い闘っているのではないかと思う。

 

身体的な喪失感

妊娠中の、思わず前屈みになる下腹部の感じ、お腹の張りなどがなくなった。

 

自分が「母体」ではなくなったことによる無価値

母体優先」で毎日を過ごしていた時間が急になくなってしまって、生活の軸や意味を見失ったような感覚になる。

自分特にこれが顕著だった。自己肯定感が低いので、「母体であること」を自己肯定の強烈な要素に据えていたんだと思う。それがなくなった今、「母体じゃない私ってなんで存在してるんだっけ……?」みたいな「無価値感」があってしまう。

母体じゃない人は必要ないとかそんなんじゃない。一旦優先順位をしっかり自分の中で作ってしまたことで、壊して再構築するのが難しいのだと思う。

 

・大きなプロジェクトを失った虚しさ

まずは引き継ぎの文書を作って、産院を探して、〜月には生まれることになるのか……なんてスケジュールを引き始めていたプロジェクトがなくなり、じゃあ何をすればいいんだっけと戸惑う。

自分自身への肯定感どうこうではなく、「今頃〇〇していたはずなのに……」という、特に確定もされていなかった「期待していた未来」がなくなったことへの

 

家族に残念に思わせてしまたことへの申し訳なさ

自分当事者になるまでは理解できなかった。「いや、初期流産特に本人じゃどうにもならないのに」と思っていた。それでも、妊娠報告に喜んでくれた両親、支えてくれた夫に申し訳なく思ってしまう。どうしても自分身体で起きたことなので責任を感じてしまうのだ。

自分担当エリア事故が起きた責任者の気持ちだろうか。防げない事故だったと言われても、安全点検必要水準だったかとか色々考えちゃう

 

妊娠期間を美しく思い出す切なさ

文化祭が中止になったけど、準備期間も楽しかったな」と振り返るみたいに、短かったけれど妊娠していた日々は本当に特別で、かけがえのない記憶になっている。

 

生産性のない体調不良へのもどかしさ

ふつう体調不良はそういうものなのだが、これまでは「子どもを育てるためだから」と我慢していた体調不良が、もう子どもがいないのに続いていることがもどかしい

 

妊活再開が遠いもどかしさと不安

じゃあまた妊活トライしよう、と思っても何回かスキップしなければならない。もしま妊娠できても継続できるだろうかという不安

 

身体トラウマ」「母体としての価値を失った感覚」「未来の予定がなくなった虚しさ」など、たくさんの“複合的な喪失”だからこそキツイし、言葉にもしづらいんだと思う。

もっと理解したい」と言ってくれた夫にとても感謝している。

Permalink |記事への反応(0) | 09:04

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2025-08-17

anond:20250817111659

自分が割とそんな感じだったので、自分のことを思い返すと

暑さ寒さとか空腹のような自分五感に関してだいぶ無頓着という感じだったな

無頓着というか、暑くても寒くても気づかないというか

トイレなんかも限界まで我慢してた

それで何をしていたかというとひたすら空想とか考え事をしていた

考え事に夢中で自分五感に気づかない感じ

から見るとぼーっとしているように見えたかもしれない

なお自分発達障害と診断されている

Permalink |記事への反応(0) | 20:41

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2025-08-09

もう二次元アイドルを推せないと気がついた

私は今、うつ気味なんだよ。元気も気力も枯れ果ててるし、五感が鈍くて食べ物の味はわからない。自分疲労も脳のチャンネルが合わないと知覚できない。ゲームをやってもグラブル日課スキップで気力が尽きる。歌詞のないヒーリングミュージック聴きながら寝そべっているのがやっとの状態

投薬とカウンセリングとひたすら休息休息休息で、調子が良ければ1時間おきに休憩30〜60分挟みつつゲームやったり小説読んだりできるまでに回復してきた。

で、アイドルゲーム

あれがもう、無理。

こっちが頑張ることを要求される。歌だのストーリーだのでキャラクターたちは「みんなに元気を与えたい!」とか言ってるけど、お前たちは私に元気を与える前に、私から元気を奪い取る。

ストーリー読むにはリズムゲームをこなさなければならないし、ランキングイベは走ることを要求される。ガチャは当然だけど目当てが欲しけりゃ金がかかるし確定で引けるわけでもない。ストイベは当然期間限定から、気力がなくてもストーリースキップしつつ読み返せるようにしておかないとって焦ってしまう。

もうゲーム自体が重荷。

疲れる。

せめて動画再生回数だけでもってMV回して、頑張って、って推しが歌ってるのを見て憎しみが湧いてからは一度も見てない。今の私に必要なのはエールじゃないから。

そもそも青少年たちの頑張りを見て、頑張って!ってうちわペンラ振って金注ぎ込んでアプリ寿命という名のアイドル生命保たせるコンテンツと、疲れ切って飛び降りるか我慢して今日も生きるかだけをぐるぐる考えてる人間の相性が良いわけないのはわかってるんだよ。

走らなければいい、引かなきゃいい、そもそもアプリアンスコしろ、その通り。

結局推しってのは麻酔に過ぎない。今この瞬間を死なずにいるための痛み止めで、同様の働きをしてくれるんならなんでもいい。

酒もタバコも薬もリスカも変わらない。

死へ飛び込みそうになる勢いをそのまま何かへの狂気的執着に捻じ曲げて、必死に死から遠ざかろうとしてるだけ。

他人に言っても引かれなくて、この狂気は熱意なんですって誤魔化せるから推しってのは本当に都合がいい。仲間も簡単に見つかるし。

でも気力が尽きたらもう本当に、なんにもできない。

ただただ寝て、歌詞のないAI生成ヒーリングミュージック聴いて、頭がぼうっとする薬飲んでまた眠る

今はソシャゲほとんどやめて、買い切りインディーゲーだけやってる。安くて、短くて、ストーリーが完結しているのがありがたい。

時間とか、課金とか、動画再生回数とか、今後の展開とか、次回のメインストリー更新とか、Xに投稿する感想ツイートとか、そういうのなにも考えなくていいから楽。

初めはBrotatoを1waveクリアするごとに休憩を入れていたけど、今はぶっ続けで20waveまで行ける。最近はInscryptionをクリアした。Milk inside a bag ofmilk inside a bag ofmilkには本気で共感したし、ファミレス享受せよは思いの外面白かった。都市伝説解体センターラストに思うところはあるけど、演出が良かったからまあいいか、って思ってる。

RPGは気力が続かなくて途中でやめてしまうことが多いけど、そのうちクリアまでいけると信じている。特にイーストワードとInStars andTimeは気力がもっと戻ったら必ず最後までプレイしたい。

Permalink |記事への反応(0) | 14:48

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anond:20250809113309

a.は直前の前向きな表現に対して係り受けが不自然なので除外

b.は電気設備に対して「五感と測定値を見て記録を付けている」と「同じ事を彼女にすると」から、既に記録を付けていると読み取るのが自然なので除外。

d.は「選択肢a〜cから選べ」なので除外

正解はc.

良問やね

Permalink |記事への反応(1) | 12:10

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彼女設備として見るべきだ

以下の問題文の括弧に入る適切な文章選択肢a〜cから選べ

工場設備保全仕事をしている。

いつもの電機設備がいつも通り動いているか五感と測定値を見て記録を付けている。

ふと気付いたが、同じ事を彼女にすると関係が良くなった。

仕事と同じように全体と細部を見るようにし、僅かな変化を言語化して報告するようにした。

そうすると気づくことが増え、『お疲れのようだけど大丈夫?』とか、『雰囲気変わったね』とか、伝えるようにした。

気づいてもらえた彼女も嬉しそうにし、関係性も前より良くなってると思う。

寧ろ変化に対して自ら対処法を検討し、報告書を提出する必要が無いのは仕事より楽である

(  )

選択肢

a.要するに毎日サービス残業をしている事になる。

b.今後のために、彼女の測定値の記録を付けようと思う。

c.彼女自分設備として扱われる事に気付き始めている。

d.まったく面倒くさいものである

Permalink |記事への反応(7) | 11:33

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2025-07-23

ドリームス・テイク・フライト』と東京ディズニーリゾートエンタメ終焉

最初に、あくまでこの記事はどなたも貶める目的ではない。

今の東京ディズニーリゾート(以下TDR)を楽しんでいる方に対して水を差す意図もない。

  

さて、7月中旬よりディズニーシーの新ショー『ドリームス・テイク・フライト』が上演開始したとのことで早速鑑賞した。

率直に良いショーであるとは全く言えず、今後のディズニーエンタメについてこれまでで最も危機感を覚え、筆を執ることにした。

  

※『ドリームス・テイク・フライト』ショー本編のネタバレを含みますので未鑑賞の方はお気をつけください※

  

前提として、筆者は幼少期からディズニーアニメーションに触れ続けてきた筋金入りのいちファンであり、

TDRで新しいパレードやショーエンタメの上演が始まると聞きつければ自分の足で観に行くくらいには応援している。

  

しかし、コロナ禍を境に昨今の円安物価上昇などの情勢の影響を受けて大きくエンタメ制作やパーク運営方針が変わった。

大人の事情は鑑みたいところだが、運営会社オリエンタルランド株価の下落が続いていることやファン離れに強く憂いを感じてはいるが、

大好きな場所には変わりないので贔屓目で楽しんでいる。

  

■『ドリームス・テイク・フライト』所感

  

ストーリーシンプルで、飛行機の格納庫の中で飛行機づくりをしているキャラクターたちが飛行機を完成させ、お祝いして、ミニー扮するパイロットが空へ飛び立つというもの

  

タイトルストーリービジュアルテーマソング、出演キャラクター、いずれもメッセージ性があるショーであることを予感させる。

ミュージカル調で始まるので、こちらはストーリーを受け取る構えをとる。

  

終始軽快な雰囲気で、パフォーマンス楽しい特に整備場の道具を使ったパーカッション演奏は派手で良かったしライブ感があった。

  

しかし、起承転結存在せず、トラブル登場人物葛藤も描かれない。

舞台の切り替わりとともにミッキー達以外にも名作ディズニー映画主人公4人が次々登場するが、まったく脈絡がない。

映画テーマをちょろっと流し、すぐに去る。

  

おそらく場面の説明としてキャラクターごとのイメージを重ねろ、ということだと思うし解釈はできなくもない。

ただ、映画を観ていない観客には確実に理解が難しい構成である。というか観ていても厳しい。

  

作品を楽しみたいので、頭の中で文脈を探し続けるが、

心情描写特にないまま進行し、気持ちが盛り上がっていないのとは裏腹に飛行機が完成する。

  

テーマソングと共に盛大なフィナーレが勝手に始まってしまい、

ほら!!!!感動するとこだよ~~!!!と言わんばかりの雰囲気ミニーが飛び立って終わる。

(映像で空を飛んでいる風の演出あり、機体は少しだけ前に動く)

  

でも我々はミニーがなぜ飛ぶのか?どこに向かうのか?何を叶えたいのか?この結末のために誰のどんな苦労があったのか?を知らないし、わからない。

どこにも描かれていない。わかることができたら、きっと感動するはずの画が、音楽がそこにあるのに。

そのギャップがあまりに苦しい。

テーマがありそうで無いというのは非常にストレスだ。

電波の届かない山奥で圏外じゃない場所を求めてさまよっている気分で心のバッテリーゴリゴリ削れる。

  

終演してからやっとミュージカルではなくてレビューストーリーや芝居がないパフォーマンス重視の舞台芸術ジャンル)であったと納得した。

  

ストーリーを描かないのなら、もっとレビューとして受け止められる設定を提示してほしかった。

TDLの常設ショー『クラブマウスビート』もストーリーのほぼないレビュー構成で、コロナ禍真っただ中にリリースされた低予算コンパクトなショーではあるが、

あくまで観客はクラブでの出来事ダンスを観るというスタンスなのでまだ振り切って楽しめる。

 

また、全編通してほぼセリフが無く、劇中の曲はすべて英語歌詞のため、英語理解できる人以外が言葉で拾うことのできる情報が極端に少ない。

インバウンドへのアプローチというのは理解したいが、せめて歌詞日本語と混合なら響くものもあったろう。

  

既にディズニー好きな人キャラクターを観て喜ぶのは当たり前だ。

一番重要視してほしいのはまだ作品に触れたことのない人たちだ。

  

キャラクター演出新規顧客への訴求力

  

あの場にいたどれだけの人がそのキャラクターを知っているのだろう?

  

ポカホンタス』 『モアナと伝説の海』 『メリダとおそろしの森』 『リメンバー・ミー

の4作品から主人公の登場があったが、すべてを観ている人は数少ないだろう。

  

どのキャラクターにも魅力的な個性、強さと弱さ、乗り越えてきたもの存在する。

整備士たちは飛行機を作る過程トラブルや苦悩を乗り越え、パイロットは訓練で努力し恐怖を乗り越える。

脚本と歌でいくらでもクロスさせてキャラクターの魅力を伝えることができたはずだ。

  

ディズニーに初めて触れた家族連れにもショーきっかけで映画を観る動機を与えるものになっただろうと思うと、

友人に連れられて来園しショーには興味なかった大人が素敵なストーリー明日の活力をもらってディズニーのことをちょっと好きになってくれた機会を逃したと思うと、惜しくてならない。

  

ハンガーステージ復活のため、上記4人のキャラクターを出すことが先行で企画を出し、時間予算もなかったと思うしかない。そうすれば、あきらめられる。

  

期待に包まれ楽しむためにシアターに入ったはずが、考え込むストレスに晒され、キョトンとしたまま会場をあとにすることになったのは初めてだ。

  

情報発表の時から大好きなキャラクターたちが活躍してくれる姿や、作品が有名になることを期待していた筆者にとって、

そのキャラクター性が一切生かされないまま”出てきただけ”になり、初めて触れる人に興味を持ってもらえそうにもないことが残念だ。

  

最近施策的にキャラを前面に出してどんどんIPを売りたいんじゃないんかい。売りたくないんかい。どっちなんだい。

新しいファンやす気あるんかい!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!

  

何のための、誰のためのショーなのだろう。  

一体誰がこのショーをきっかけに新たにそれぞれの主人公映画を観てみようと思うんだろう?どうやって魅力を見出だせっていうんだろう?

どんなに音楽のものが良くても、舞台にする以上伴った文脈説得力のある画で表現しなければ人の心は動かない。

  

逆に言えばそれらがうまくかみ合うとき魔法生まれる。

以前のショーエンタメにはその魔法存在していたはずで、老若男女を虜にし、

たくさんの人々へディズニーの枠なんか飛び越えて創造芸術への新しい興味を持つきっかけを与えたんじゃないだろうか。

   

悲しいけれど、普段ディズニーコンテンツに触れていない友人を案内するなら、このショーを観せたいとは思わない。

  

■すべてが完璧じゃなくてもいい

  

ストーリー理解できなくても未知の画、迫力のある画があるならばすごいものを観たと圧倒され数字を呼ぶことは、

現在大阪万博で上演中のメディアア-ティスト落合陽一氏の手がける「null2(ヌルヌル)」が好評であることからわかるだろう。

ハイコンテクストメディアアート特有ハードルの高さを解消できていてすごい。

  

逆に、舞台美術演出の規模が小さく洗練されていなくとも、ストーリーメッセージ性が伴っていれば心に残る感動を得られる。

  

サンリオピューロランドで上演しているショーは、規模の大きなレギュラーショーに力を入れている分質素なショーも多いが、

サンリオスピリット『みんななかよく』を伝えることをぶれずに一貫しており、歌やセリフストーリーで強いメッセージ性を受け取ることができる。

  

実際、筆者はサンリオに詳しくないうえに、規模の大きいショーやリッチ演出が好みだが、

そんなことを考える隙がないほどいたく感動してしまう内容のものばかりでコンテンツを作る姿勢ブランドについてのイメージがとても上がったという体験をしている。

コストを抑えたって感激するものを作ることはできる。  

■“本物”がくれる冒険心──ウォルト・ディズニーの目指した理想と原点

  

そもそもウォルト・ディズニーの構想したディズニーパークとは、本物志向であることに本質がある。

  

様々な活動の中、彼は一貫して、”積極的に未知の世界をたずね、自発的に学ぶことの楽しさを若い世代に伝える”ことを大切にしていた。(TDR公式HPより引用

  

いきなり世界中一周旅行に行くことが難しくても、パークがその第一歩を叶えてくれる。

氏はとにかく本物を再現することにこだわった。

  

コスト度外視変態的なまでに作り込まれ空間には本物にしかないはずの”重み”が生まれる。

足を踏み入れさえすれば時代場所を飛び込えて我々を没入させ、その美しさを五感をフルに使って味わわずはいられない。

(ちなみに東京ディズニーランドビッグサンダーマウンテン前にあるスチームトラクター世界に数台しかない1898年製の本物で、ウォルト本人が持ち主と長年交渉日本に持ち込まれた経緯があるくらいには本物志向である。)

  

自らも親であったウォルトは、遊具で遊ぶ子供をみながらベンチでピーナッツを食べるだけである自分気づき子ども大人が一緒に垣根無く楽しめる場所を作りたいという動機がパーク計画原動力になったという。

  

大人も驚く本物への狂気的なこだわりが生む圧倒的な没入感と説得力は、子どもの心にはどこかにある本当の”未知の世界をたずね”る冒険心や探求心がの種を蒔き、

酸いも甘いも経験してきている大人ですら子供と同じ目線で目を輝かせ、忘れていた新鮮な感動や挑戦への活力を取り戻すことができるのだ。

  

■失われつつある“本物”だった時代、そして現在

  

2000~2010年代前半くらいまでのショーエンタメは、IP大事にしながら演出面も、美術も、ウォルト・ディズニーの築き上げてきた本物志向の拘りを受け継いだものと言えた。

  

例えばディズニーシー過去に上演されていた生歌・生演奏バージョン時代ビッグバンドビートがいい例だ。

アンテナの高い人でなければたどり着けないような本場ブロードウェイ舞台芸術でさえも、本格的であるのにもかかわらずディズニーキャラクターによって噛み砕かれることでハードルが下がり、誰にも触れやすものとなっていた。

あの舞台で初めてジャズビッグバンドに触れ、その大音量の生音の迫力に心震わせ、ディズニーという枠を超えて舞台芸術に興味を持った方も多いだろう。

コンパクトに本物のすばらしさを伝えるという教育的側面があった。

コロナ禍の影響で生歌と生演奏は無くなり、復活しないまま秋には終演ということらしい。

  

音源をバックにダンサーが踊るだけで生歌も生演奏もないのでは、

ディズニーではあってもブロードウェイの本物のエンタメが何たるかを伝えることはできないというのが個人的感想である

ダンサーキャラクターの迫力は素晴らしいと思うので誤解なきように)

  

現在TDLレギュラーショーとなっている『ミッキーマジカミュージックワールド』と『クラブマウスビート』は、コロナ禍の真っただ中に延期の末なんとか上演開始され、

パークの収入が激減する中、おそらくコロナ禍でも上演維持できるように根本的に変更をしたことと思うので、よく頑張られたと思う。

  

しかし、昨今の情勢を鑑みたとしても、日本以外のディズニーパーク事業ではずいぶん前からコロナ禍前と同じようなクオリティラインのものが復活している。

当時はエンタメ存在するだけでありがたいという姿勢でいられたが、

予算スケジュールが足りなかったのだろうと製作サイドの都合を鑑賞者に想起させるようなものいつまでも続くのは体験として不十分であり、

感動しきれないストレスが続いている状況にはそろそろ目をつぶれなくなってくる。

  

世代を超えて愛され続けるために

  

”この場所が、皆さんの創造性や人間性へとつながることを願って、きめ細かなおもてなしこころがけています。”(TDR公式HPより引用)

ならば、まだディズニー作品について興味を持っていない子どもたちに、大人たちに、どういうエンタメを見せたらディズニーの伝えたかったスピリットが伝わるだろうか。

  

いつからか、食器統一された柄の紙皿ばかりになった。

価格帯のレストランでさえ、コンセプトと時代設定に合った凝ったデザインがあしらわれたメニューで注文する体験が無くなり、公式HPシンプルメニューに直接繋がるだけのQRコードから注文する方式に変わってしまった。

  

エリアならではの商品が置かれていたはずのショップが、売れているキャラクターで埋め尽くされるようになってしまった。

ウォルトが残したかったはずの”本物”の体験がどんどんディズニーパークから失われている。

  

もちろん、商業成功なくしてはいものを作るベースさえ整わないわけだから、今の方針にせざるを得なかった背景に理解は示したいとは思っているし、収益過去最高になったこ自体は喜ばしいことだと思っている。

  

しかし、過去に感銘を受け、パークに行く度に新しいイマジネーションを与えてくれたはずのものが、私の人生に”好き”を増やしてくれたはずのものたちが、確実に変容してしまっているように感じてならない。

これからディズニーを愛してくれるかもしれなかった人たちを手放すかもしれないような中途半端なショーを公演し続けることはあまりにも損失だ。

  

昨今インターネットの普及にコロナ禍がブーストをかけ、映像作品ゲームキャラクタービジネスなどのインドアコンテンツ絶対数品質も上がり、競合は多い。

  

だって鬼滅の刃めっちゃ面白いよ。よく練られた脚本に、大切なメッセージが込められている。大人子供も虜にしているのがよくわかる。

映像コンテンツ制作とパーク運営を比べるのも酷かもしれないが、目先の売り上げよりも、子供さら自分の子供にも見せたいと思えるようなコンテンツ空間を作ることを重視し、ファンを増やし、世代を超えて愛されていかなければ、しりすぼみになってしまう。

  

■終わりに

頼むから子供だましのキャラクタービジネス(言いたくない)に成り下がらないでほしい。

築いたものを自ら汚すようなことはしないでほしい。このままでは少しずつ静かに、でも確実に終焉に向かっていくだろう。

  

クリエイティブの一つの集大成として存在している素晴らしいパークにはこれからも燦燦と輝いていて頂きたい。

来年東京ディズニーシー25周年を祝う新しいショーが予定されている。

丁寧に作られた素晴らしいショーエンタメサービスを少しづつ取り戻してくれる未来を切に願う。

  

  

日本においてウォルト・ディズニー精神を伝え続けることのできる最大の拠点として、創造性あふれる世界にしていくために…頑張ってください!応援しています!!!

Permalink |記事への反応(2) | 18:52

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2025-07-06

dorawii

人間の心をAI再現したとかやっていたがああいう試みは意識というものを非生物学的に作り出すためなのだろうか?

もしそうだとしたらアプローチが間違っていると思う。

意識というのは別に意識がある人間とかのような存在と同じ振る舞いをさせたらそこに自動的に宿るという種のものではないことは中国人の部屋の心をAI再現したとかやっていたがああいう試みは意識というものを非生物学的に作り出すためなのだろうか?

もしそうだとしたらアプローチが間違っていると思う。

意識というのは別に意識がある人間とかのような存在と同じ振る舞いをさせたらそこに自動的に宿るという種のものではないことは中国語の部屋が提起している。

実際は本当にそれだけで宿るのかもしれない。しかしそれはわからない。

でも逆のことを我々はよく知っている。

我々が金縛りという夢の一種体験しているとき、傍から見ればなんの反応もない、科学的に意識があるとは認められない状態だが、

実際は本人のなかでは確かにある種の苦痛や、それについて感じたり考える思考フィードバッグ先としての自我(といっていいのか知らないが)がある。

今の科学的な定義ではこのようなもの意識にあてはまらないだろうが、我々が意識と言って指し示したいものにはこういったものも興味関心の範疇として含まれると思う。

意識」と言う言葉を使って何を論じたいのかの目的論的な本質にかえって考えれば、そのように意識定義拡張されるか術語が定義されるべきこと当然である

そのようなものひっくるめた意識を考えたら、意思疎通ができない状態存在にすら意識があるのに、意思疎通できいぇいるような振る舞いをするAIを作ってなんで意識本質に近づけると思えるのか?と思ってしまう。

そんなことを言い始めたらそこらへんの植物や石にすら認識能力はないが「五感を封じられた存在としての」意識はあるんじゃないか、とか極端に走ることになるかもしれないが、少なくとも寝ている人間にすらある種の意識があることは念頭に置くべきだと思う。

この手の概念直観的に感じ取れる人には明白だが、なんのことを言っているのか万人が共有できるように記述することはとても難しい。

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