
はてなキーワード:主義主張とは
他国の小選挙区制で野党第一党が壊滅せず二大政党制なのは単に完全小選挙区制だからだよ
日本は小選挙区比例代表連用制だからこの比例部分が小政党の生き残りを許して二大政党化を阻んでる
現行の小選挙区+比例代表制が始まって野党第一党がほぼ消滅したのは選挙制度その物の構造的な帰結
小選挙区では最大で51%の票を獲得しなければ当選できない、これは極端な主張やシングルイシュー政党では当選できないことを意味する
51%の票を得ようと思えば必然的に包括政党にならざるを得なくなる、明確な主張をするという事は喜ぶ人間も居るが逆の人間は逃げるからだ
そして支持の熱量に関係なく一人一票な以上大勢から票を集めたいなら曖昧で総論的な事を言うしかない
比例代表制では逆に包括的で曖昧な主張の政党は生き残れない、そんな政党に積極的に投票する理由が無いし他にはっきりとした主張のある政党に流れるからだ
片方が減税を訴えていてもう片方が経済状況を鑑みて決めますや熟議の上で決定しますなど言えば減税して欲しい票がどちらに行くかは明らかだろう
小選挙区では少数の支持では議席にならないが比例ならそれで政党は維持できる
二大政党を目指し他党と合流すれば曖昧な主義主張で与党批判ぐらしかできなくなり乱立した明確な主張を持つ他党に票を持っていかれる
中道が壊滅的な結果になったけどこれが国民や参政党、チームみらいが政権交代を目指しても同じ結果になるだろう
漫画とかのフィクションを読んでてそこに出てくるテンプレ悪党みたいな嫌なモブを見て、
現実にはそんな奴はまずいないのに民衆を愚かに描きすぎ、露悪的に過ぎると思い、冷めた気持ちで見ていたけれど
高市政権になる前辺りから素で人種差別、民族差別的な言動を表に出す人間が増えた
まさかフィクション作品の「嫌なモブ」みたいな人間が、現実にこんなにいるとはなぁ…って驚いている
それも工作としてやってるならばまだ分かるんだけど、
普通に趣味のアカウントで推しキャラ推しカプの話をしている仲間にそういう奴がいたりするものだから
そいつらは確かに生きた人間であって工作員でもbotでもなく素で書いているのが分かってカルチャーショックを受けている
それも作者の主義主張として調和と友好を重んじる作品の、その中でも差別される弱者的なキャラを推していながら平気でそういう発言をするものだから、本当に得体が知れなくて怖い
自分等が推しを虐げる嫌なモブキャラみたいな言動をしている自覚があるのかないのか
Permalink |記事への反応(14) | 15:32
って、ニュース見てりゃわかる気がするんだが、
『戦争は仕掛けなければ起こらない』って思う人も多いのかな……。
海外の人達も『兵士は要らない。話せば分かる』が主流だというなら、俺も再考してみるが、
だって、戦争が嫌なのなら、守って欲しいわけでしょ? 誰に守ってもらう腹積もりで徴兵反対なんだろ。徴兵が必要かどうかは、ソロバンのレベルで賛成反対の議論があるべきだとは思うが、少なくとも『徴兵が戦争への道である』というのは論理のレベルで間違ってると思うぞ。
それとも、守ってもらわなくても平和守れるって信じてるのかな。
俺は別に政治思想や政策について文句をつけたり意見したいわけじゃないんだよ。
夫婦別姓とか高額医療制度、憲法改正、まあいろんな考え方があるだろうし、そこは個人がどう思おうが自由だし。
でも、裏金問題は別だと思うんよ。グレーとはいえやってることはまあアウトなわけで。
不倫とかもそうだけどモラルの問題といえば裏金なんて完全にダメだし発覚したらなんらかの責任とれよって話だし。
統一教会の問題だって、なんら解決してない。すべてうやむや。その状態で日曜討論の場からも逃げる。説明しない。答えない。
今回の選挙だって、めちゃくちゃなスケジュールでバカみたいな金使って強行してさ。
なぜ今それやる必要がある?、裏金や統一教会、さまざまな問題に答えないまま逃げて肝心なことを何も説明しない。
何をやろうとしているのか言わないまま、大事なこと決めるんで、私を信頼して下さいって。
こういうときの常套句、「他にいないから」ってのも完全に思考停止のバカの台詞だよ。
じゃあ、犯罪者を選ぶの?って話じゃん。主義主張、政治思想、それ以前の問題として、人としてどうかって人間性の問題じゃん。
ちゃんとそこを見ようよってだけの話だと思うんだけど。
それともどんなクズでも目的のためなら手段を選ばないのが正しいって言うの? それが大人だと。
政治的発言をしたって漫画やアニメ声優を叩いてるやついるけどさ、少年漫画やアニメの悪役がやってることだよ、今の政治家のあれやこれや。
そういう勧善懲悪スカッとフィクションに出てくる悪徳政治家そのまんまじゃん、今の自民党。
より正確にいえば、社会規範を軽視した主義主張を、さも当然かのように述べて、争いに発展している人がとにかく多いとは思いませんか。
もちろん、法律もその構成要素であることに違いはありませんが、私たちが行動を決めるときに参照する要素は他にもあると思いませんか。
たとえば、条理、道徳、慣習、正義などがこれに該当すると思いますし、国によればここに神意といった宗教的要素も入ってくるでしょう。
これらは往々にして多義的で、その本質は社会条件に依存して可変する変数のようなものです。
一義的な結論を導き出せないからこそ、規範として提示することは筋が悪いという指摘はまさにその通りです。
だからこそ社会規範としては法律を参照すべきで、法律に違反していなければ一応の正当性があると考えることは、一見すると聞こえがよいでしょう。
このような論理に依拠するような言論がリアル・インターネットを問わずに飛び交っていますが、私はあまり妥当とは思えません。
法律には、ある社会の中で規範として実質的に機能するもの、すなわち、条理や慣習と呼べるものが、長い年月をかけて、時として判例などを経て立法に繋がるという一面があるでしょう。
(法律家からはお叱りを受けそうな雑な説明だと思いますが、お目溢し願いたいです)
法律は条理や慣習の具体化の一類型であり、その源泉は道徳や正義だといえるのではないでしょうか。
無論、正義には悪しき慣習を否定し、断絶するための機能も内包されているというべきです。
このような立法の背景を見ていくと、法律の外側にある事柄も無視することができないことがおわかりいただけるはずです。
ただし、このような「広義の法」とでも呼ぶべき規範は万能ではありません。
特に、成立の初期段階において多義的であることが、広義の法の弱点といえるでしょう。
個々人が直感的におかしいと思っただけで、直ちに規範として機能するかといえば、そうとはいえないからです。
この弱点をもって広義の法は軽視されがちですが、中には社会的に反復支持され、制裁可能性を伴う非制定規範と位置づけることが可能な規範もあるでしょう。
これらをひとまとめにして「法律に違反していない」と一蹴してしまうことに、争いの本質があると私は考えます。
このように考えることで、昨今話題となっている様々な問題にも説明がつくはずです。
行き過ぎた個人主義とでも言うべき言論は、広義の法と間で摩擦を生じさせているのです。
言うまでもありませんが、個人の主義主張や権利は保障されるべきです。
ただし、それを「当然に」とまで踏み込んで考えることが問題なのです。
誰とも接点を持たない完全な個人として生きていくならば、どのような主義主張をしても構わないでしょう。
しかし、現実論として、私たちは他者と関わり合いながら社会生活を営んでいかなければなりません。
社会生活のために自己を犠牲にするのかという批判が聞こえてきそうですが、そうではなく、「折り合いをつけて生きていく」ことが必要なのです。
社会と調和して生きていこうとするからこそ、社会から個人として尊重されるというべきです。
個人が社会から尊重されることを当然のものと考えることには、論理の飛躍があると私は考えます。
このように述べると、貴様は日本国憲法を読んだことがないのかとお叱りを受けるかもしれません。
たしかに、我が国の憲法は自由や権利の保障、個人の尊重をそれなりに肯定しています。
憲法や憲法の委任を受けた法律で保障されていることを、当然のものと考えないことは筋が悪いかもしれません。
しかし、私はそれでも当然のものと考えるべきではないと強く思います。
なぜならば、憲法ですら「当然に」この世に存在しているわけではないからです。
どちらかといえば、自由や権利の保障、個人の尊重といった概念を持たない社会が継続していた期間の方が、人類史上では長かったことを私たちは忘れがちです。
自由や権利が守られる社会は、決して自然発生的なものではなく、偉大な先人の犠牲の上に成り立つ脆弱なものといわねばなりません。
(補足すると、自然権的に、当然に認められるべき権利もあるといえますが、その保護には憲法のような実定法を要するというべきであり、実際上当然に保護されるものとはいえないと考えます)
ですから、私たち一人ひとりがこれを守ろうとしなければ、いとも簡単に失われてしまいます。
これは決して憲法や法律に限ったことではなく、広義の法を含んだ社会規範全般に言えることではないでしょうか。
社会をリスペクトすることで、個人もまた社会からリスペクトされるのです。
私たちは自らの主義主張を社会に発信するとき、社会規範を通じて共感性を獲得し、もって社会から個人として尊重されることを目指さなければならないのではないでしょうか。
言い換えれば、自己の利益を最大化したいのであれば、逆説的に社会全体と調和を図るべきだと思うのです。
様々な意見を活発に交わすことが可能となった現代で、私たちはこのような視点をもって社会と向き合わなければならないのではないでしょうか。
日経新聞が昨日の高市総理の演説を無料で全文掲載。日経は基本有料なので、全文を無料で掲載したことに無言のメッセージを感じます。
世界3位or4位の経済大国の首相として、そろそろ高橋洋一氏のような、金融関係者から相手にされないような主張を信じるのは止めて欲しいと切に願います(高橋洋一氏の主張と今回の発言は酷似)。
今、日本の首相の発言として世界中の経済メディアが報道し、世界を駆け巡っています。
財政方針は首相の考え次第ですし、リフレ派でも一定の評価をされている専門家はいます。
私は高市総理の財政・金融政策とは意見が異なりますが、国民の多くが高市総理を支持している以上、民主主義としては高市総理の方針で行き、国民はその先にある世界で生きるべきなのだろうと理解しています。
高市総理の大きな方向性は変えなくとも、「誰の話を信用するべきか」、総理として聞くべき相手を間違えないで欲しいと思っています。
これで野党に追い風が吹かないのは、主要野党の財政・金融政策も同じレベルだからです(ジャパンファンドとか酷い)。SNSで政治について議論する群に影響を受け過ぎず、国民から負託を受けた者として専門知識に基づく政策決定を基本として欲しいと思います。
SNSの世論は気まぐれで、その時その時にコンテンツとして消費しているだけです。SNSで一世を風靡し、その人たちがもてはやした政治家も、気に入らなければ、もしくはなんとなく流れができれば、打ち捨てられるだけです。
もちろん、SNSも含めて世論は重要です。どのようにそうした世論に呼びかけるか、どう演出するかは大事ですが、根本的な魂や主義主張まで、うつろい易い「政治コンテンツ」消費者に寄りすぎてはいけません。
(追記)
消費減税については解散表明記者会見で「悲願」とまでご発言され、途中「2026年度中にも」と発言されましたが、ダボス会議やマーケットで様々な反応があり、その後はトーンダウンされ、最近は殆ど言及されていません。財政政策については選挙後は従来の我が国の方針に近い政策に近づいていくような気がしています。
今回の件を受けて金融政策についても修正されるのではないでしょうか。柔軟に変わることはむしろ良いことだと思います。
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https://anond.hatelabo.jp/20260201164924
20代前半のチーみらの印象
・なんか偉そう
・学歴鼻にかけてそう
・経歴がエリートすぎて、なんか他の人達のことどうでもよさそう
議員の椅子から落ちたくないから創価に入信させてくださいって言って今までの主義主張全部捨てたくらいだからな
年収条件でフィルタリングした上でお見合いをすると、そこそこの頻度で日産自動車の社員と遭遇した。
アラフォー世代の婚活層だと、配属先は厚木・座間などの技術系拠点が中心で、横浜勤務の人も一定数いる。
実際に会ってみると、横浜勤務の人は社内競争が激しいせいか性格が尖りやすく、逆に地方・工場系拠点の人は受け身になりがちという傾向を感じた。共通していたのは、「できるだけ早く会社を出たい」「60歳までは絶対いない」といった発言が多かったこと。
この時点で、社内政治や将来不安のストレスが強い会社なのだろうな、という印象を持った。
しかも現在は、当時より日産の株価や業績ニュースも厳しくなっている。そう考えると、社内の空気はむしろさらにギスギスしている可能性が高い。
仕事を辞めたい男性ほど、実は「生活力のある女性」に惹かれがちだが、婚活市場では暗黙に「3〜5歳年下」「一人でも生きていける女性」に申し込みつつ、住む場所は男性側(例:座間)に合わせてほしい、という条件になりやすい。これは現実的に見て、かなりハードルが高い。
要するに、職場環境・将来不安・居住地制約が同時にのしかかると、婚活は一気に難易度が上がるということ。
「都内在住 or都内勤務」の人が多い環境を選ぶ方が圧倒的に有利。
人口密度、職種の幅、転職余地、生活インフラ、どれを取っても東京は選択肢が広い。
その点で、東京都が運営しているマッチングサービスは合理的だと思う。
https://www.futari-story.metro.tokyo.lg.jp/ai-matching/
自民党から離れた公明党を腐すことなく、離れたことによる自民の苦戦があったとしても得たものがあるのだと言い張る。上手い言い回しだと思う。
個人的に今回の選挙は「公明党って、いうほど選挙に影響力持ってるの?」ってのが顕になる選挙だと思ってる。
ここまで大々的に立民と合流したとなると、負けたら公明党が今まで築き上げてきた「自民の盤石体制に多大な貢献をした」というイメージは崩れ去る。
どんなに「立民のせいだ」と主張しても「じゃあそもそもそんなのと組むなよ」という話になる。
だから、公明党が生き残るには「自民の議席をそれなりに削って影響力を示す」しかない。
大勝ちしちゃうとそれはそれで過去の失敗以降全く与党経験のない立民のお守りにかかりっきりになって大変だしね。
立民も単独では今回の件で完全に主義主張のない根無草になったので議席を伸ばせなければ終わりだ。
維新と民民は相変わらず自民党の犬小屋狙いだし、それ以外の政党は微妙な情勢の時の調整弁程度の役割しかないし、俺たち有権者が無責任だとここまで政治家は腐ってしまうんだなというのを痛感している。
それもまた極端な話で、現実には『差別はよくない、隣人を大切に』ということを学んできて、例えば街頭インタビューやアンケートなんかをした時には『差別は良くないと思います』と答えるような市井の人が、同じ口で「旅行先が外国人ばっかりで嫌」「やっぱり◯◯(国名)の人はちょっとね」と、いやそれ普通に国籍差別、民族差別なんだが⋯⋯ということを、『素朴な肌感覚として』口にしたりするんよ
思想や主義主張ではなくて、生活の中の肌感覚からくる個人的な意見だと彼ら彼女ら自身は思っているから、それが差別なんていう大げさなものだとは思っていない
ちょっと大きな声では言いにくいけど、などと前置きをしたりしながら、そういう「本音」は交わされているわけだ
良くも悪くも人間は「それ(建前)とこれ(本音、生活感覚)とは別の問題」という不協和を成立させてしまう
教育レベルが低くはなく、裕福で、他者への配慮が行き届いており、マイノリティを扱ったドラマや映画も見ているから、勝手にリベラルな考え方に親和性のある人だと思っていると、ポロッとそういう発言をするのである
人はいつも無意識のうちに知らず知らず内集団の保身に流れ、差別に傾いていくもので、普通というのは「保守寄り」であり「右寄り」になってゆく