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2026-01-27

消費税を下げれば物価が下がるって話をよく見かけるんだけど、正直これには首をかしげている。

多くの人が消費税を「レジで払ってる=自分が国に直接納めてる税金」だと思ってるんだろうな。

レシートに書いてあるし、10%って数字も目立つから、そう思うのは分かる。

でも実際に消費税を納めてるのは事業者だ。

私たち税金を払ってる気分になってるだけで、実際は事業者が売上の中から国に振り込んでる。

この前提をすっ飛ばし消費税を減らせば商品は安くなると言われても、途中式を全部消して答えだけ書いたノートを見せられてる気分になる。

じゃあ今まで何を払ってたの?と聞かれたこともあるけど、払ってたのは払ってるという実感。

まり、「消費税が下がれば商品は安くなるんだよね?」っていう感覚は半分正解半分不正解

残念ながら、減税分を必ず価格に反映しなきゃいけない法律はない。

スーパー店長聖人じゃない。

現実事業者は、原材料費人件費電気代も上がってる中で必死だ。

減った税負担は、まず自分たちの延命に使われる。それが普通

すると今度は「じゃあ減税って意味ないじゃん」って言う。展開が極端すぎる。

消費税は景気に関係なく確実に効いてくる税金で、事業者にとっては資金繰りを圧迫する、地味に厄介な仕組み。

から減税が事業者負担を軽くする可能性はある。

ただしそれは「明日から白菜が安くなる」って話じゃない。もっと地味な話。

結局、消費税減税は魔法じゃない。

かといって無意味でもない。

問題は、減税を「物価下げの特効薬」みたいに売り込むことだ。

その期待は裏切られて、最後に「ほら、減税しても意味なかった」という雑な結論けが残る。

今日も誰かが「減税しろ!」と叫び、誰かが「意味ない!」と叫び、その横で事業者が黙って電卓を叩いてる。

日本経済は、なんとか倒れずに立ってる。

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2026-01-22

放課後教室は、日が傾くと急に“秘密基地”みたいになる。

窓ぎわの席で、私はペン先を止めた。ノートには数学の途中式じゃなくて、どうでもいい落書きが増えている。ハートに羽を描いたり、丸文字で「ねむい」と書いたり。そういうのって、誰にも見せる気がないのに、なぜか丁寧に描いてしまう。

「なにそれ、かわい〜」

背後から声が落ちてきて、私はびくっと肩を跳ねさせた。

振り向くと、そこにいたのは——

藤堂あゆクラスギャル。髪は明るい蜂蜜色で、毛先だけくるんと巻いてる。長いネイルは薄ピンクラメで、指先を動かすたびに光が跳ねた。

「あ、あゆ……」

「え、なに、私のこと呼び捨てにしないのウケる。今どき“さん”とか固すぎじゃん?」

そう言いながら、あゆは私の机の横に腰を落とす。机の脚がきゅっと鳴った。彼女の甘い香りが、突然近くなる。

私の隣の席は本当は空いている。だけど、あゆが座ると一気に狭く感じる。肩と肩が、あと少しで触れそうで——触れたら何かが壊れそうで。

「それ、羽つきハート?なんかエモくね」

「あ、うん……なんとなく」

「ふーん。なんとなく、ねぇ」

あゆの声が、少しだけ意地悪に弾む。

「ね、真面目ちゃん今日も残って勉強?」

「……うん。家、静かじゃなくて」

「それ理由かわいそ、じゃん。私んち来る?犬いるけど」

「い、いぬ……」

「いやそこ反応するとこ!?犬じゃなくてもいいけど。てか、私は真面目ちゃん放課後ひとりでいるの、なんか気になるんだよね」

気になる。

その言葉が、私の胸に小さな穴を開ける。そこから空気が入って、ふわっと浮く感じがした。

「気になるって、……なにが」

「顔。すぐ赤くなるとこ」

あゆは笑った。カラカラじゃない。くすっと、近い。

かわいいからさ。いじりたくなる」

「い、いじらないで……」

「やだ。いじる。てかほら、また赤い。ほらほら」

あゆの指が、私の頬に触れ——そうになって止まった。

私は息を止めた。ほんの数ミリ距離なのに、指先の熱が想像で伝わる。

あゆは目を細めて、少しだけ真剣な顔になった。

「……触ったら、怒る?」

「……わかんない」

「わかんないってなに。かわいすぎ」

そのまま、彼女の指がそっと私の頬に触れた。

冷たいネイルじゃなくて、指の腹だけ。ぬくい。やさしい。あゆの触れ方は、意地悪のふりをして、すごく丁寧だった。

私の心臓が、ばくん、と変な音を立てる。大きくなりすぎて、胸の骨を叩きそう。

「……ね、真面目ちゃんさ」

あゆは頬に触れたまま、小さく言った。

「私のこと、怖い?」

「……怖くない」

「じゃあ、嫌い?」

「……嫌いじゃない」

答えた瞬間、私は自分の声が震えてるのを知った。恥ずかしくて、目を逸らしたい。でも逸らしたら、今の空気がほどけてしまいそうで。

あゆの目が、私を離さない。

「じゃあ好き?」

その質問は、軽いみたいに投げられたくせに、落ちた瞬間に教室空気を変えた。

黒板も、掃除当番の雑巾匂いも、夕焼けの色も。

全部が、今の言葉のために用意されてたみたいに見える。

「……わかんない」

私はまた言ってしまう。

あゆは笑わなかった。ただ、少しだけ困った顔をして、でもすぐにニヤッとした。

「じゃ、わかるようにしてあげる」

「え——」

あゆは立ち上がって、私の机の前に回った。視界が彼女で埋まる。制服スカートのひだが揺れて、靴下ラインが真っ直ぐで、なんか——全部が眩しい。

彼女は私のノートを取り上げて、さらさらペンを走らせた。

はい

返されたノートには、私が描いた羽つきハートの横に、あゆの字で大きく丸文字が書かれていた。

放課後屋上で待ってる。】

その横に、小さなキスマークみたいな唇の落書き

「……これ、なに」

「呼び出し」

「……呼び出しって、そんな……」

「来て。真面目ちゃん

呼び捨てじゃなくて、その呼び名で呼ばれると、胸がきゅっとなる。真面目ちゃんからかいみたいなのに、あゆが言うと、それが私だけの名前みたいに思えてしまう。

私は返事ができなくて、ただ小さく頷いた。

あゆは満足そうに笑って、「じゃ、先行ってるわ」と手を振って教室を出ていった。

残された教室は、さっきよりも広く感じた。だけど、私の頬だけがまだ熱い。

——屋上

そこはきっと、風が強い。髪が乱れる。顔が冷える。

でも、胸の中の熱は冷えない気がした。 <h3>o- *</h3>

屋上へ上がる階段は、いつもより長く感じた。

一段上るたびに、「行くな」と「行け」が交互に響く。

やめたほうがいい。だって私、あゆみたいにキラキラしてない。似合わない。隣に立ったら、比べられてしまう。

でも、行きたい。

ドアを押すと、きいっと音がして、冷たい風が頬を撫でた。夕暮れの匂い。遠くのグラウンドの声。空がオレンジから紫へ溶けていく。

フェンスのところに、あゆはいた。

制服リボンを少し緩めて、髪が風に揺れてる。振り返った彼女は、私を見つけた瞬間、ぱっと顔が明るくなった。

「来たじゃん」

「……来た」

私が近づくと、あゆフェンスにもたれたまま、じっと私を見た。

さっきと違う。意地悪じゃない目。逃げ場がない目。

「真面目ちゃんさ」

「……うん」

「私のこと、かわいいと思う?」

心臓が、また変な音を立てる。

「……思う」

へぇ

あゆの口角が上がる。だけど、すぐに真剣な顔に戻った。

「じゃあさ。私、真面目ちゃんのこと、かわいいと思う」

「……え」

「てか、かわいいっていうか……好き。わりとマジで

“好き”って言葉が、風に乗って真っ直ぐ刺さる。逃げられない。逃げたくない。

「……どういう好き?」

自分で言って、私はびっくりした。そんなこと、聞くタイプじゃない。

でも聞かなきゃ、今ここで終わってしまう気がした。

あゆは、少しだけ目を丸くして、それから笑った。

今度の笑い方は、照れたみたいだった。

彼氏とかの好きじゃないの、わかるっしょ」

「……うん」

女の子として、っていうか……“真面目ちゃん”が好き」

彼女は一歩近づく。風が強くなって、あゆの髪が私の頬をくすぐった。

「ねぇ、手」

「……手?」

あゆ自分の手を差し出した。ネイルが光って、指先が少し震えていた。

「つないでみたい」

私は、ゆっくり手を伸ばす。指先が触れて、肌が吸い寄せられるみたいに重なる。

あゆの手は思ったより小さくて、でも熱い。私の指を絡めるように握る。

「……あったか

「それ私のセリフ。真面目ちゃん、手あったかすぎ」

あゆは、ぎゅっと握り直した。

その握り方が、逃がさないっていうより、落ちないように支えるみたいで。

私はそれだけで、泣きそうになった。

「……ねぇ、真面目ちゃん

「……なに」

あゆは、私の顔を覗き込む。近い。息が混じりそう。

頬の熱が上がって、視界が少しにじむ。

「好きって、言ってほしい」

私は喉が詰まった。簡単言葉なのに、重い。

言ったら、もう戻れない気がする。

でも、戻る場所なんて、もうどこにもない。

「……好き」

声が小さすぎて、風に消えそうだった。

あゆの目が、ふっと柔らかくなる。

「もう一回」

「……好き」

ちゃんと」

「……あゆが、好き」

その瞬間、あゆは笑って、私の手を引いた。

転びそうになって、私はあゆの胸にぶつかる。制服生地越しに、彼女心臓も早いのがわかった。

「あーもう無理。かわいすぎ」

あゆの声は震えていた。意地悪じゃなくて、嬉しさで。

そして、あゆは私の頬に手を添えた。さっきよりも迷いがない。

「……キス、していい?」

私は答える代わりに、目を閉じた。

唇が触れる。ほんの一瞬。風の中で、やわらかい温度けが残る。

離れたあと、あゆが笑うのがわかった。

「やば。世界いちばんかわいい

「……そんなことない」

「ある。私が言うんだからある」

あゆはもう一度、私の手をぎゅっと握った。

夕焼けはもうほとんど消えて、校舎の影が長く伸びていく。

でも、私たちの指の間だけは、ずっと明るかった。

「ねぇ真面目ちゃん明日からさ」

あゆが言う。

「“好き”って言うの、毎日ね?」

「……え、毎日?」

毎日義務罰ゲーム。最高」

「……それ、罰ゲームじゃない」

「じゃあご褒美ね」

あゆは笑って、また私の額に軽くキスをした。

風が少し優しくなった気がした。

私はそのまま、あゆの手を離さずに、空を見上げた。

紫の中に、一番星ひとつだけ光っていた。

——これが、放課後秘密

私だけの、そしてあゆだけの。

明日から毎日が、少しだけ怖くて、でも楽しみで。

私はその両方を抱えたまま、あゆの隣で笑った。

Permalink |記事への反応(0) | 11:01

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2026-01-07

かけ算の順序とかいうやつ

かけ算の順序が逆だと不正解なのか云々という話題炎上を定期的に目にするので、なんとなく感想を残しておく。内容的には既出かもしれない。

かけ算順序に肯定的教員の多くは「小学校では結果より過程重要」という話をする。この主張は、状況説明としては適切だが、かけ算順序を肯定するための理由付けとしては弱い。理由として挙げるならば「理解たか否かを判別するために、過程の適切さを重視している」とする方が適切だ。そして、さらに踏み込んで説明するならば「過程定型に沿っているか否か以外で理解度を評価できるだけのリソース小学校には無い」となるだろう。

例えば、「部屋に箱が3箱あります。1つの箱にはりんごが4個入っていますりんごの数は全部でいくつでしょう?」という問題があるとする。答えは12個だ。ここで、途中式が4×3=12は正解だが、3×4=12不正解、という採点を小学校教員がしたとする。おそらく「いやいや、順序が逆なだけで不正解はないだろう」という批判がくるだろう。では、これが3+3+3+3=12とか、2×6=12とか、14-2=12とか書いてあるとどうだろう? 正解にするか否かはともかくとして、ここまでくれば「計算結果はあってるけど、問題文は理解できているのか?」と疑ってしま気持ち理解してもらえると思う。小学校教員は、この感覚をかけ算の順序に、さらに言えば文章問題以外にも適応している。

もちろん、先程のような途中式だったとしても、解き方が独特なだけで問題文も数式も理解できているという可能性はある。しかし、少なくとも大半の公立小学校においては「理解した上で他人とは異なる解き方をしている児童」より「理解していないので他人とは異なる解き方になっている児童」の方が圧倒的に多数派である。だからこそ、かけ算の順序が逆になっている解答を見た時は「3×4=12数学的に正しいか」ではなく、「その児童はなぜ3×4=12と書いたのか(なぜ教えた方法と違う解き方を選んだのか)」を考えなければならない。もし、文章中に並んでいる数字を何も考えずに並べただけの場合は「問題理解できていない」のだから、正解にするのはまずい。偶然正しい結果を導き出してしまった状態を正答として評価してしまうと、結果が不適当だった場合過程を見直そうとする意識が失われてしまうからだ。偶然の正答を許容し続けると、適切な結果が得られなかった要因を、適正の有無・状況の違い・運の悪さ等々に見出し、「よくわからないが今回は仕方がなかった」と判断するようになりかねない……というのが、おそらく多くの教員が考えていることだろう。

これに対し「だったら理解してなきゃ正解が出せないような問題にすればいいだろ」と言う人がいるかもしれない。それは正しい指摘だし、中学校以降の数学問題一定数はそういう風にできている。だが、理解していなければ正答できない問題は、丸暗記で問題に挑む人を篩い落とせるだけの情報量・複雑さが必要になる。算数範囲でこれらを実現するのは難しいし、仮に実現できたとして、中学入試みたいな問題ばかりテストに出ればモチベーションを失う児童が多発してしまう。

そうなると「理解している児童モチベーション犠牲にしていいのか?」とか「授業通りの解き方だから理解しているとは限らないのでは?」という点が問題になる。これも正しい。そして、児童全員の理解度を正確に把握することが目的ならば、最適解は「児童一人一人と対話しながら個別確認する」になる。だが、各学習過程ごとに詳細な個人面談実施できるだけのリソースなど小学校教員には無い。リソースが不足している以上、賢い一部の児童を切り捨ててでも、指導法多数派に合わせるしかない。それが現状だろう。だからこそ、小学校テストは「定型に沿った理解をしているか確認」以上の意味はなく、学力の優劣判定に適応すべきではないと思うのだが、能力相対的評価提示に対する需要が無くならない限り難しいのだと思う。このあたりは多分、どうしようもない。

Permalink |記事への反応(0) | 22:22

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2025-08-22

anond:20250822154723

いや別にチートでもなんでも作れるなら本物なのでは?

錬金術学問(だった)のに「答えが合ってれば途中式なくてもいいよね」なんて言えるわけねえだろ

anond:20250822143204

Permalink |記事への反応(1) | 16:01

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2025-08-04

dorawii@執筆依頼募集中

わかった気にさせる本が悪いとは言わないが、自分もっと厳密に分かりたいと思っていて、それで数学書を読むんだけど、こっちはこっちで「難しい議論をしている割に言葉足らず過ぎて分かりようがない」本になっているものが多すぎて、どないしろっちゅーねんって思いになる。

中学では十分証明問題になるような命題が、なんの説明もなくこれこれが成り立つ、だから~という調子フォローなく証明が続けられるのを見てきた。

それが許されるのなら中学生は「~相似であることを証明せよ」という問題に対して「相似が成り立つからだ」とだけ書けば正解答案として成立してしまうことになる。

思うに証明はいかに証明らしい言い回し言葉以外使ってはいけないかのような暗黙の了解もあるように感じる。

その割には術語を定義したときのその概念説明には割と自由度を持たせている傾向が見られる。

その概念が関わる具体例を使って概念目的を丁寧に説明していることも多い。

また証明といっても対角論法証明は初めて見る人間へのそのとっつにくさがさすがに自覚されるのかなぜ証明が成り立つのか表なりを書いてイメージの力の存分に援用するもうちょっとカジュアルな内容になっていることがある例外もある。

しかほとんどの場合そういった態度が証明(モード)では見られない。さらっと済まされてしまう。

これはある意味中学以来の伝統なのかもしれないと思った。

計算問題では途中式前後でも自由につまづきやすポイント解説した文章が挟まれたりするが、証明問題解説は模範解答でもって代えていた記憶がある。

まり模範解答の文章が難しく感じる人にとってはもうその解答を暗記するしかない。論語の丸暗記みたいなもの

そのままテストとかで通用するようにそういうような解答になっているのだろうか。

数学書論文として書いて格好悪くないものを、なんていう数学本質ではないことに配慮して「真似るべきもの」としてそういうスタイル証明記述しているのではないかと思える。

であるなら、証明全体が一番目の文、二番目の文…というふうに出来ていたとして「(一番目の文)と書けるのはこれこれがこのような理由で成り立っているからです。しっくりこない人のためにこの理由さらに掘り下げると~のようになっています。よって(数式)を証明最初に書くことになります。次に~なのでこの式が二番目に来ることになります~」という解説ではダメなのだろうか?

たこ解説はそのまま証明の一つの形にもなってないのだろうか?

そもそも証明とは万人にその事実が成り立つことを理解できるような形で書かれたものを言う。

一部の人にとって意味も分からず丸暗記するしかないようなものはもはや証明本来目的を満たしていない。

オーソドックス証明構成する文の全てが含まれてさえいるなら、それの言わんとすることをさらにわかやす説明した肉付けの部分が加わった上記のような形の解説証明の一つの形としていいのではないか

それをしていいという感覚がないことが世の中の数学書証明言葉足らずになっている一因になっているのではないか

もしそれが蛇足証明全体の厳密性を損ねるというのなら、コメントアウトのような記法を使えばいいと思う。

本来あるべき証明の一文

//これの言わんとするところは~

とか、必要に応じて

式//<は~

みたいな書き方をするとか。二番目の例はサクラエディタで一文が続いているときに折り返しで便宜上改行されていることを示す記法を参考にした。

証明が長くなりすぎてその始まりと終わりが分からなくなるという懸念については既に証明の行頭のさらに横の余白に記号をつけて開始や終了を示すようにした数学書存在するのでそれを他の数学書も参考にすればいい。

そもそも自然言語で書いている時点で完全な厳密性は諦めているわけなので、厳密だなんだと言うのはよりわかりよく書くことに対する言い訳にはならないと思う。

かといって従来の証明構成要素を押さえた書き方なのであれば、それは一般書籍にあるような「わかったつもりにさせる文章」というのとも一線を画す。

数学証明を完全に厳密に書こうとするとブルバキ数学原論ラッセルプリンピキアマセマティカみたいになってしまい、後者数学者には読む価値の無い本とされているし、前者にしても30年以上かけて刊行し続けて今だ数学の興味ある話題には到達できていないということになっているということから数学書は省略するということが好まれるらしい。

でも既に数学基礎論レベルの厳密さを求めてはいない一般的な数学書証明レベルの厳密さにわかやすさという要素を足し合わせたところで、原論並みに極端に嵩が増すということにはならないと思う。

自分で考えないとその概念とかが身につかないから省略しているという反論に対しては、逐一圧倒的な量の具体例を持ち出すことで十分に補えるのではないかと思える(それでもメリハリをつければ原論ほどのボリュームにはならない)。

数学書は本当にチンプンカンプン状態の本も多いので、考える力を身に着けさせるとか以前に、もっと理解できるような教えを工夫することに焦点を当てるべき。

考える力だろうがなんだろうが、そもそも書いてあることがわかんないってような構成の本ではしょうがないと思う。

コストがかかる割に日本語というローカライズされた市場で本が少しでも分厚くなるようなことはコストが回収できなくなるから避けたいという考えもあるのだろうが、それこそよほどの天才じゃなければはっきり言語化しないだけで私のような考えをしたことがある人はむしろ大半を占めていると思うし、比較的私の考えと同じ考えを持っていそうな裳華房の手を動かして学ぶシリーズがその出版社内のランキング上位を占めていた。

言葉足らずな数学書がまだまだ多い状況ではむしろどこぞのwebデザインの本のように何万部と売れるチャンスがごろごろ転がっているんじゃないかな。

わかりやす解説証明の一つの形として通用するようになれば、中高での試験答案においても純粋数学論文でもそういう文章証明として書いていいことになるのだから参考書数学書証明部分も丸暗記するしかないようなわかりにくいものではなくなると思う。

丁寧な証明

https://id.fnshr.info/2017/12/10/polite-proof/

というジョーク記事があるけど、挨拶から書くとかは全く数学的な主張の分かりやすさにはつながらないか意味がないとしても(とはいえ親しみやすさもわかりやすさにつながることを完全否定もできないんだけど)根っこの部分ではもしかすると書き手は私と同じ問題意識を持っていたのではないかと感じさせる。

-----BEGINPGP SIGNEDMESSAGE-----Hash: SHA512https://anond.hatelabo.jp/20250804185908# -----BEGINPGP SIGNATURE-----iHUEARYKAB0WIQTEe8eLwpVRSViDKR5wMdsubs4+SAUCaJCEcQAKCRBwMdsubs4+SCv6APwPYZCxOIzijneKHMK5c+nrqS0YImv/gOsxm5/ERhIiXAD9EtAaFU6CTO3DUJ81tuHO6vv/pHwbom0ytd9gthgsPwU==6OiQ-----ENDPGP SIGNATURE-----

Permalink |記事への反応(0) | 18:59

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2024-02-18

中学受験成功させる秘訣

目標としている学校に通うイメージ子供に固めさせる

地頭至上主義ではなく、結局暗記が重要であるという現実から目をそらさせない

学習まんがをアホみたいに買い与える

・字を早くキレイに書くスキル重要なので鍛える

・これを4年生までにやっておく

ちょっと細かく言うと、

まず子供勉強する気にさせないと話にならないので、勉強する目的をハッキリさせる。

そのためには子供と相性がいい学校を見つけるのが大事

親の「ウチの子供がこんなだったらカッコイイゼ」というイメージではなく、子供の「こういう学校に通ったらカッコイイぜ」でもなく、子供が通って人生がいい方向に導かれそうな学校を探す。

偏差値の高い学校にとりあえず入れておけばいいは最大公約数的な正解なので、まずは子供と相性のいい学校探しをする。

これが出来てない状態スタートすると、子供モチベーションいつまでも上がらないので厳しい。

まあ中学受験組は元々頭がよくて「学校勉強アホらしすぎワロタwww教師馬鹿ばっかな中で俺だけ頭がいいから虐められてて草wwww」みたいな状態の子も多いから、「じゃあ馬鹿が少なそうな学校に行こうか」でモチベあげときゃいいことは多いんだがな。

暗記最重要はマジのガチなんだが、なまじ地頭がよくて学校の授業楽勝な子供はこの辺舐めてることが多い。

小学校テストは暗記出来なかった子を救い上げるために問題文にヒントもりもりな事があったりして、地頭があるとそれだけ拾ってれば落第回避余裕なので暗記舐めてることがある。

暗記しないと話にならない状況を浴びせてショック療法叩き込まないとスタートラインに立てない状況がままあるので、ここはなんとかしたい。

まあ歴史系の暗記ゲーをやらせ現実からせるのが早いっちゃ早いが。

逆に暗記に偏って頭使うの慣れてない子の場合は、とりあえず放置でいい。

地頭ゲーと認識するより暗記ゲーと認識してたほうが圧倒的に有利なので、変に地頭を鍛える方向に意識を向かわせるより、暗記で全部押し切る方向を目指させよう。

暗記ゲーと言っても子供に「とにかく覚えろ」と言っても中々やれるもんじゃない。

そこで学習まんがを買って読ませる。

まんがに出てきた内容が全部頭に入らなくても、イメージぐらいは頭の片隅に残る。

たとえば、コロンブスがどっち周りでアメリカに行ったのかなんて、文字で読むより絵で見るほうが分かりやすいし、なんでそうしたのかは漫画で読んだほうが分かりやすい。

基礎の基礎に対してなんのイメージも持ってない状態での暗記ほど苦痛ものはないので、まずは基礎イメージを固めてもらうためにひたすら漫画を読ませる。

学習まんがも相性があって子供にあったものを与えたい所。

くだらんギャグが出てくるのから人間模様が激しいもの受験に出てこないような細かい所まで踏み込む作品、とにかく駆け足で進むものまで色々ある。

どう選べばいいのか?答はシンプル。たくさん買え。

漫画10冊で1万円、100冊でも10万円。

塾の特別講習の値段と、学習に得られる効果を考えれば、まずは漫画を揃えるべきなのは明白だ。

早めに買っておいて子供適当タイミングで読んでくれることを願おう。

字をキレイに書くスキルについては、そもそも最初から出来てる子は問題ない。

早生まれで発育不十分なまま勉強ばかり先に進んだ子とかが、「字なんて読めればよくね?」で完全に舐めてるパターンがあったりするからその場合だけ鍛えておく。

キレイな字を書くのが早ければ早いほど問題を解く時間に余裕が出るので出来たほうが絶対にいい。

中式を振り返ってみて自分で読めないとかになると添削にも時間がかかる。

字の書き方については、もしも身についてなかった場合学校教科書は投げ捨てた方がいい。合ってなかったということだから

最初に大枠を説明せずに「あ~ん」までの書き方をいちいち丁寧に教えてひたすらなぞらせるタイプ教科書とかは、地頭がいい子には苦痛だろうからマジで投げ捨てた方がいい。

理論的にしろ感覚的にしろ、永字八法みたいな所からスタートするようなタイプの方があってる。

受験には高度な戦略必要になる!」みたいに言われることは多いが、むしろこういった地道で基礎的な所を固める方が大事だと思う。

4年生までって書いたけど、正直いつから始めても遅くはないよ。

でも高校2年生までにはやっておいた方がいいかな。

そこまでに済ませないと流石に大学受験には間に合わないからな。

Permalink |記事への反応(0) | 13:31

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2024-02-16

anond:20240216124331

記号論理学問題だって複雑なのだと解答を間違える人はいるわけじゃん。

それは記号の生成・操作規則に対して「正しく理解してる人」と異なる法則として理解しちゃってるからなの?

でもじゃあその法則が間違ってるってどうしていえる?淡い想像から自信ないけど究極的には「こうだからこれで合ってる!」「いいや違う!」と蒟蒻問答みたいになりそうだけど。

まあもちろん例題そのとおりの、考えうるもっとシンプル問題については与えられた「規則」を用いて誰もが同じ解を出すだろうけど、複雑な問題に対して、習熟してるとされる先生学生とで答えが異なったとき、どうして前者だけの規則適用の仕方が正しいと証明できるだろうか。しかも本人はそれなりに納得感を持ってその解を出しているのに。

規則に対して正しく内容を理解してる、言い換ええば、規則に対してその規則と異なる規則を持っているのではない、ということを解(途中式含めて)「こうだからこう!」じゃなくて、筋道立てて学生側の未熟とされる解を否定しきるのは「困難」なんじゃないかそもそも正しいってなんだ。

Permalink |記事への反応(0) | 18:20

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2023-12-13

一級建築士受験ストレート合格する勉強方法

数年前に一級建築士を初受験学科・製図をストレート合格した。

身の回りで何年も受験して不合格を続けている人が多いが、勉強の仕方があんまり上手じゃないなと感じることが多い。

とはいえ聞かれてもいないのにアドバイスする立場でもないので黙っているが、自分より遥かに仕事も出来て頭もいい人がカド番を落として落胆しているのを見るので、もしかしたら何かの拍子に見てもらえるかもしれないので自分勉強方法を書いておく。

数年前のことだから最新では使えない点もあるかも。

ちなみに俺はほとんど勉強無しで入れるFラン大学出身で、一級建築士試験を受けるまで勉強らしい勉強はしてこなかった。

あと、翌年の試験を受けようと思って12月末に資格予備校に行ったら翌年受験する人はもうとっくに予備校に通い始めてて、完全に出遅れたところから勉強スタートした。

ちなみに予備校は最大手のS資格

授業料クソ高い上に追加追加で金を巻き上げてくるからクソだが自分はこの予備校で受かったので「S資格はやめておけ」とも言えない。

学科

平日は大体21時くらいまでは仕事をしているので、仕事が終わった後マクドナルドに移動し0時~1時くらいまで3時間くらいマクドナルド勉強する。

これは習慣というのは自分精神の中に宿るものではなく、場所時間存在するものだという諦念によるもので、

毎日3時間勉強するのを半年間続けるのは絶対に無理だけど毎日同じ時間マクドナルド晩飯を食べるのなら続けられる。

勉強道具を持ってマクドナルドに行けば仕方ないので勉強するだろう、という自分への信頼がゼロからこそ生まれ作戦だ。

頼むのは侍マックベーコントマト肉厚ビーフ。平日は毎日これのセットを晩御飯にする。

なぜならこれはハンバーガートマトが挟まっているのでとても健康にいいから。健康が一番大事だ。

ここまでしてもダラダラしてしまい禄に勉強できないどころか予備校宿題すら終わらせられないこともある、当たり前だ。勉強が嫌いだから

でもだからと言って家に帰ってから絶対勉強しない。

この決まりが「誓約と制約」として効いてくる。平日の勉強マクドナルドだけ、家では一切勉強道具は広げない、家で勉強したら落ちる。そういう決まり自分で作り厳守する。

家でも勉強するという選択肢があると家に居ても気が休まらなくなってしまう。それは自尊心睡眠の質に影響する。

からどれほど勉強が出来ていなくても家では勉強しない。だからこそマクドナルドでの勉強に身が入る。

もちろんマクドナルドでなくてもいいけど「勉強時間場所を固定して厳守する」というのが大事で、勉強の進捗とかはあんまり考えない。

さて勉強方法だが、まず教科書最初ざっと一通り読むだけでその後は見ない。

その代わり問題集の解答の冊子を読み込みまくる。

問題文と見比べてどの単語が出題されるのかのパターンをひたすら頭に詰め込む。

もちろん教科書を読んで基礎から理解した方がいい。それが最高の勉強方法だと思うが、いかんせん一級建築士の出題範囲べらぼうに広いのでそれをやってる時間はない。

また、法規ちょっと違うやり方をする。極端な話をすると法規はほかの科目と違って自分を強くするゲームではなくて、法令集を育てるゲームだということを理解する。

法令集を育てるとはどういうことか?問題を解いたら法令集の該当の法文、単語ラインマーカーで印をつける。何度も出たらそのたびに何度も色々な色でラインマーカーを重ねる。

そうすると、問題を読んで法令集の該当ページを開けば頻出法文の頻出単語が汚ねぇ色で塗りつぶされて真っ先に目に飛び込んでくるようになる。

そこまで育てられれば、後は過去問最初の一文を読んで法令集のどのあたりのページを開けばいいのかが分かれば問題は解ける。

最後まで問題を解く必要はなく、問題文を読む→法令集の該当ページを開く、までを反復練習すれば試験時間内に全問題を解き終えるスピードを身に着けられる。

あとはアプリ活用するのも大事

紙の問題集といて答えをメモしておいて紙の解答でチェックするのは時間がかかりすぎる。アプリならタップ一つで済むのにそんなことに時間をかけてる場合じゃない。

試験直前はとにかく問題集をぶん回せるかが合否を分けるので紙でやってるのとアプリでやってるのでは同じくらい熱心に勉強してても倍くらい解ける問題の数が変わってくる。

【製図】

製図は各予備校ごとにプランの解き方を教わると思うんだけど、異常な天才でないならその手順を改変したり省略したりしないで完全に身に着けるのが一番いい。

正直、最初は何でこんなに手順が細かく決まってて一見無駄に見えるような図を描いたりしなきゃいけないのかと思うだろう。俺もそうだった。

でも学科試験が終わってから製図の試験までの短い期間で、最も効率よく合格まで持っていけるやり方を極限まで洗練したものがその手順なんだ。

問題文の数値一つ要件一つ見落としてただけで即死するのが製図試験で、その即死をほぼ完全に回避するための安全装置予備校で教わるプランの手順。

製図試験の直前くらいにならないとこの手順の意味は完全には理解できない。そしてそのころに気付いてももう遅い。

プランニングの勉強だけど、さっきも書いた通り製図試験対策に割ける期間は短い。

解ける問題数は数十問が限界だろう。だからこそプランニングは一問に対して4パターンくらい考える。

と言ってもそんなに大変なことじゃない。まず授業で一回解くだろう、そしてどうせ上手いプランは出来ないから授業で作ったプラン改善バージョンをもう一度作る。これでもう二回め。

さらスパンを変えたバージョンをもう一回、主要室の階を変えたパターンなどをもう一回、で全4パターン。もちろんいちいち製図はしないでプランだけな。

スパンを変えたり主要室の階を変えたパターンをやるのは、ここがプランニングで一番悩む運命の分かれ道だから

でも試験問題基本的にどのスパンでも主要室が何階でも合格できるように出来ている。

からここで悩んだり手戻りがあるのはかなり勿体ないので、どの道を選んでも合格プランまでたどり着けるという自信を付ける必要があるわけだ。

これさえできればプラン攻略できたようなもの

で、製図に入るわけだけど、言えるのは一つだけ。綺麗に描こうとしないこと。

本当に本当に思うんだけど、みんな図面が綺麗すぎ。

分かるよ、採点の時に前に貼り出されてみんなに見られるから汚いと恥ずかしいよね。

でもね、図面の綺麗さってマジで合否に全然関係ない。

なぜそう言えるかって俺が講師に逃げられるくらい字が下手でチュータービビるくらい図面が汚かったから。でも受かった。

有名な話だけど一級建築士の製図の試験は全部フリーハンドでも合格できるって聞いたことあると思う。

製図の採点は減点方式から書くべきことが書かれてさえいれば減点されることはないし、綺麗に書いたからと言って加点はない。

綺麗に書くための時間と労力はマジで無駄しかない。

その時間最後見直し修正にあてなければまず受からないのが製図の試験

出来れば3周くらい問題文を見直す時間が欲しい。見落としがあってデカ修正必要になっても落ち着いて直せるだけの時間が多分それくらい。

あと、最後は諦めないこと。

試験の製図はいもの仕事での図面と違うのはコストや工期を考えなくていいという点にある。

まり試験の終盤で梁のせいが足りないと気付いて修正する時間もないとなったら、その梁から線を引っ張って「十分な補強を行う」とか書いておけば、世の中には何かしらその梁成で成立する技術はある。

実際の仕事であれば工期もないしコストもかかるからそんなことはなかなか出来ないが、試験なら可能だ。

世の中には色々な工法があるわけで、「補強する」と一言書いてあれば採点官は「そんな補強方法はない」とは言えない。だから減点は出来ない。

もちろん最後の手段だけど、ほんの一文書き足せば合格まで持っていけるのが製図試験から、とにかく見直し時間を確保することが大事

あとは、なんだろうな、関数電卓は持ち込み禁止だけど、計算の途中式を表示できる電卓なら持ち込める(会場によるかもだけど)これがあるか無いか検算スピード全然うから絶対アマゾンで買った方がいい。

それくらいかな。

予備校講師とかチューターはよく徹夜勉強したみたいな武勇伝を未だに言う人がいるけどそれに騙されてはいけない。

睡眠時間を削れば翌日の仕事効率が落ち、残業時間が増え、勉強する時間が減る、そして焦ってまた睡眠時間を削る、という最悪のパターンに陥る。

合格たかったら少なくとも5時間は寝るのが鉄則。

Permalink |記事への反応(0) | 16:58

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2023-10-13

「4cm÷5mm=8」は間違い?

算数的には間違いではないけれど、

4cm ÷ 5mm = 40mm ÷ 5mm

このように、単位を揃えた途中式を省かずに書けば、〇がもらえたはず。

Permalink |記事への反応(0) | 07:01

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2023-10-12

anond:20231012220016

SI接頭語が2つも含まれた途中式では解答になってないか

Permalink |記事への反応(1) | 22:03

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2023-09-25

塾でバイトしているのだが、割とわかる

https://anond.hatelabo.jp/20230925133441

めっちゃわかる。

現在進行形個別指導塾バイトやってるけど、どうにも学力が伸びない生徒ってのがやっぱり居る(というかうちの校舎はそういう生徒ばっか)

生徒のやる気も原因の一つなんだけど、「考える方法」のコツが分からないことが、学力が伸びない最大の原因だと感じる。

一つ例として挙げられるのが、途中式や図を書く(描く)こと。勉強に限らず何かを覚えたり考えたりする時って書く(描く)ことが重要なんだけど、学力が平均に満たない生徒はこの点が本当に抜けている。

ノートには答だけしか書かず、分からない問題は腕組んでひたすら悩んでしまうような生徒が多い。とにかく間違っててもいいから、何でもいいから図や式を書こう!と指導するんだけど、謎に頑固な生徒は絶対やってくれない。中3にもなって「ヤダ」とか言い出す生徒に対してはどう指導すれば良いのか分からず頭を抱えてしまう。

しかしながら、大半の生徒は素直にやってくれるんだけど、元増田と同じく上手く定着しない。

授業では演習量が足りないので宿題を出す。うちの塾では大半の生徒が宿題をやってくれるのだが、授業で教えたことを実践せず、とりあえずやっただけな状態になることが多い。

本来ならば宿題ガッツリ添削してやり直しさせたいのだが、それも主に二つの理由で難しい。

一つ目は授業時間が短く、そこまで面倒を見きれないこと。しかしこれは私が上手く授業を回せば何とか解決できる問題なので、言い訳であることを認めよう。

重大なのは二つ目で、他の先生ちゃん指導しないこと。私もだがメインの先生学生バイトであるしかし大半の学生バイトはそこまでやる気がなく、指導適当でぬるい場合ほとんどである

これも元増田と同じく、毎回同じ生徒を担当できる訳ではない。なので次に担当する先生へ引き継ぎを書く。しかし、「途中式や図を書かせてください」と引き継ぎしても守ってくれないし、口答で伝えても「分かりました」と言うだけで実践してくれない。やり方を教えても、生徒はもちろん先生も覚えてくれないのである

また、生徒に嫌われるなどストレスも抱えたくないので、学生バイト先生は生徒に対する態度が甘く、生徒が抱える問題放置されがちになる。

唯一の社員である校舎長もその辺の問題は把握しており何とかしようとしているものの、保護者対応など各種事務処理が山積みでブラック労働常態化しており、そこまで手が回らない。

一応、本部方針によりバイト講師研修が定期的にあるのだが、「夏期講習のねらい」などのように抽象的な内容ばかりで、「途中式をかかせる」「ゴネる生徒にはこう対応しろ」などといった具体的かつ実践的な内容は皆無。

中小企業のくせに組織としての柔軟性は大企業並みにガチガチらしく、このあいだ校舎長が本部上司に問い合わせをしたら、「別の人間に聞け」のたらい回しに三周くらい遇ったと嘆いていた。バイトの私ですら感じる本部無能さに校舎長が不憫でならない。

しかしそんなグダグダ塾の門を叩く保護者は後を絶たない。それは元増田が指摘している通り、保護者もとりあえず子供を塾に放り込んでおけば良い、くらいにしか考えてないかである子供の成績(結果)を考察した上で、指導方法カリキュラムを細かく注文してくる保護者など皆無である

近江商人経営哲学ひとつとして「三方よし」が広く知られている。グダグダ教室(売り手)と、グダグダ保護者(買い手)により、グダグダな生徒を社会排出し続ける「三方よし」ならぬ「三方グダグダ」なシステムが、隙間産業学習塾実態である

最後に。「めっちゃわかる」と元増田共感してしまったのだが、共感できないところもあった。

元増田はまるっきりダメな生徒ばかりだと言っているが、私はそうは思わない。いっくら勉強が苦手で成績が悲惨な生徒でも、ちょっとくらいは成長できる。今まで解けなかった簡単方程式が解けるようになるとか、ほんとうにささいな進歩も含めれば、まるっきり成長がない生徒はいない。

しかし、こういったささいな進歩や成長は、中三受験生で中一の内容ができるようになった!といったレベルであり、受験戦争の中では焼け石に水なのである

偏差値45前後高校Fラン大学廃止して、ドイツ教育制度のように、職業訓練校で実学を身に付けさせた方が本人の為なのではないか、と最近は考えるようになった。

Permalink |記事への反応(2) | 23:53

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2023-09-18

anond:20230918160907

教師仕事を無くさないためにわざと非効率にしてるんやで。

例えば学校が配る数学問題集なんかも生徒用は問題と答えしか載ってないけど教師用は解説とか途中式も全部載ってるからな。

教師解説しないと生徒は理解できないという仕組みや。

Permalink |記事への反応(2) | 16:16

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2023-07-06

「大雑把に正しいこと」 を言うひろゆき中田敦彦みたいな人を信仰しがちな人は、たぶんあんまり数学ができないか数学ができても国語力に応用できてない人なんだと思う。

…前からTogetterコメントに「頭悪いなぁ〜」と思ってたけど、今回はさすがにちょっとブチ切れるレベルで頭悪い。

なに?

田舎者って言われて傷ついたの?

タイトルしか読めない偏差値3なの?

まずさぁ…

貴種流離譚説明がつく」

というコメントスタンスに影響された人が多すぎるんだけど…お前ら、「貴種流離譚」や定義についてちゃんと調べたの?

アレ、

お話形式として、王子様が追放されたり、不遇な幼少期を送ったところから冒険が始まる話が多いよね?」

しか言ってないぞ

こんなの、音楽オタクのマスタベで

ロックって、こんなふうに分類できるよね」

と言って、評論した気になってるのと同じやぞ。

…ごめん、貴種流離譚なんかそれ未満ですわ

主人公身分立場作品を分類するという中身そんなに見てない一番頭の悪い分類じゃん…アレ

ましてや、ぼくはハリポタNARUTOのよく似てるところに、【閉鎖的な狭い社会田舎)で生じる差別描写の多さ】を書いた

ただの貴種流離譚では片付かないほど描写いからね。

ナルトサスケ我愛羅まで差別されて描かれる。

ハリポタは純血じゃないと差別対象で、「汚れた血」の概念も出てくる

色々書こうと思ったし、書こうと思えば書けるけど、無意味からやめよ

なんか、反論したところで理解できない人に読解力ある前提で、丁寧な反論書いても無駄からやめます

議論っていうのはお互いがある程度頭良くて礼節がないと成り立たないことを思い出した。

切り替えよ

「大雑把に正しいこと」

を言うひろゆき中田敦彦みたいな人を信仰しがちな人は、たぶんあんまり数学ができないか数学ができても国語力に応用できてない人なんだと思う。

数学で途中式採点対象なのは、答えだけでなく理解度を問うてること、正しい順番で質問に答えているか?という話なわけで

インターネットの怖いところって

「この問題は、この法則で解ける」

とわかったら、それ以上自分計算したり、確かめたりする人が少なすぎること。

そして、正しい順番で計算することに対して敬意を払える人が少なすぎること。

一般的にそういう人を「頭でっかち」って言うんだけどさ

そもそも数学問題は、

「答え」

重要じゃないんだよ。

答えを出すための法則・組み合わせは1つじゃないことも往々にしてある。

大事なのはその人が使った法則論理矛盾やズレがないかという話。

解くための法則だけで正解になるなら、受験論文査読もいらない。

普段

高等教育なんか全員が受けるほどの価値もねぇ」

と言ってる俺が、「受験教育価値について説明しないとヤバい」と感じる人がインターネット普通にいるのを見てたら

教育しないとわからん人・何度も説明しないとわからん人がいる」

って思い知らされて、塾講師学校教諭に頭が上がらん

2週間前の俺

教育なんてクソなんだから高等教育を全員が受ける必要もないし、大学理系法律会計だけでいい」

今の俺

高校まで勉強したことが、ちゃんとわかってない人がこんなにいるのか…。人類の愚かさを舐めてました。もっと人類教育してください」

高校大学でやることなんか、独学でもできるから参考書だけ全員に渡せばええやん」

と思ってたけど…そもそも論理性も読解力もない人に独学なんて無理なんやね。

ほぼ独学(世界史先生質問したのは2回だけ)で、模試で、世界史偏差値74を取れるぼくみたいな人はマジでレアなんだなぁ…と

似たような話で行くと

Wikipedia(本・説明書)読めば、(たいていのことは)わかるでしょ」

と思ってたけど…そもそもちゃんと読める人」ばっかりじゃないんだなと。

文字は読めるかもしれないけど、理解や応用まで来ないんだなぁ…

としみじみ。

独学できる能力自体が軽度に才能なんだなぁと

俺、人類にすげー高度なことを求めてたんだなぁ…

ごめんね、人類

Permalink |記事への反応(1) | 15:39

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2023-03-18

anond:20230318170018

英語にかぎらず自然言語は決して帰納的に定義されたものじゃないので、部分の集合が全体とは言い切れないところがあるのでかたまりごとそういう意味だと思ってりゃいいところあるからまだまし。

数学の上極限集合下極限集合が定義を見てもなんでそこからそういう意味が導かれるのか全然わからん

証明を追っても途中式でなんでそこからそうなるのってウッってなるんだわ。

https://ushitora.net/archives/1300

Permalink |記事への反応(1) | 17:40

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2023-02-26

微分ができないchatgpt

r^2=x^2+y^2+z^2の全微分の右辺が2rdrになるのはなぜですか?drにならないのはなぜですか?

r^2 = x^2 + y^2 + z^2 は、3次元空間における球の方程式であり、rは球の半径を表します。

この式の全微分は次のように計算できます

d(r^2) = d(x^2 + y^2 + z^2)

左辺は、r^2 の微小な変化量 dr に対応する微分を表します。右辺は、x, y, z が微小に変化する場合の変化量を表します。

右辺を展開すると、以下のようになります

d(x^2 + y^2 + z^2) =2x dx + 2y dy +2zdz

ここで、x, y, z は球の中心を原点とした座標系であり、dx, dy,dz は微小な変化量です。この式を見ると、dx, dy,dz の係数が2倍になっていることがわかります

したがって、r^2 = x^2 + y^2 + z^2 の全微分の右辺は、2rdr になります。drにならない理由は、微小変化の一つである微小変位(dx, dy,dz)が直交座標系で考えると、球体表面に沿っての変化ではなく、球体内部での変化として扱われるためです。

すみません。左辺の話でした。

それとr^2の微小な変化量はd(r^2)ですよね。つまりなぜd(r^2)=2rdrになるのか知りたいのです。

変数関数における合成関数微分公式を使ったときの実行結果に形が似ているように見えますが、今回は全微分ですし、三変数なので合成関数微分公式を使って求められるものではないですよね。

どういう公式を使ってd(r^2)=2rdrと求めたのか途中式も含めて説明してください。

申し訳ありません、回答が不十分でした。

d(r^2) = 2rdr となる理由は、r^2 = x^2 + y^2 + z^2 という式の両辺を微分すると、

d(r^2) = d(x^2 + y^2 + z^2) =2x dx + 2y dy +2zdz

となります。ここで、x, y, z はそれぞれ r = sqrt(x^2 + y^2 + z^2) によって求められる値であり、その微分

dx = x/r dr, dy = y/r dr,dz = z/r dr

となります。これらを代入すると、

d(r^2) = d(x^2 + y^2 + z^2) =2x dx + 2y dy +2zdz

=2x(x/r dr) + 2y(y/r dr) +2z(z/r dr)

= 2(x^2 + y^2 + z^2)/r dr

= 2r^2/r dr

= 2r dr

となります。ここで、r = sqrt(x^2 + y^2 + z^2) を用いました。このようにして、d(r^2) = 2r dr となることが示されます



dx/dr=x/rになることを途中式を添えて解説してください。私が計算したら

dr/dx=sqrt(x^2 + y^2 + z^2)/dx=2x/2sqrt(x^2 + y^2 + z^2)=x/rとなり、あなたの答えとは分子と分母が逆転しています

申し訳ありません、間違えておりました。正しくは、

r = sqrt(x^2 + y^2 + z^2) という式の両辺を微分すると、

dr/dx = x/sqrt(x^2 + y^2 + z^2) = x/r

となります。これは、xを微小に変化させたときのrの変化量(dr)と、xの変化量(dx)の比率を表しています。したがって、

dx/dr = 1/(dr/dx) = r/x

となります。これは、rを微小に変化させたときのxの変化量(dx)と、rの変化量(dr)の比率を表しています。これより、

dx/dr = x/r

が成立することがわかります。以上を踏まえて、先に示した回答における誤りをお詫び申し上げます



dx/dr = 1/(dr/dx) = r/xとdx/dr = x/rでは言ってることが食い違っているように見えます

ご指摘ありがとうございます。私の回答に誤りがありました。正しくは、以下のようになります

r = sqrt(x^2 + y^2 + z^2) という式の両辺を微分すると、

dr/dx = x/sqrt(x^2 + y^2 + z^2) = x/r

となります。これは、xを微小に変化させたときのrの変化量(dr)と、xの変化量(dx)の比率を表しています

したがって、

dx/dr = 1/(dr/dx) = r/x

となります。これは、rを微小に変化させたときのxの変化量(dx)と、rの変化量(dr)の比率を表しています

この式変形において、一つ目の等号は両辺の逆数を取ることで成り立ちます二つ目の等号は、1/(r/x) = x/r という式変形によって得られます

先に示した回答に誤りがあったことをお詫び申し上げます

最後まで矛盾が直らなくて笑えない

なんで一つ目も二つ目も左辺はdx/drなのに二つ目だけいきなり逆数とるんや…

別に2rdrという答え自体は間違っちゃいない。

教科書にそう書いてあったのが理解できなくてこちらも質問したんだからな。

ただなんというかこのAI原理本質的理解してない丸暗記による結論ありきで2rdrを導いてる感じがした

Permalink |記事への反応(1) | 17:16

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2022-09-02

anond:20220901184406

計算機パラメータ意味を知らない

なんで人間パラメータ意味を知ってると思ってるの?

人間が描く絵も遺伝子とこれまでの人生というパラメータを入れたら出てくる絵でしか無いといえるじゃん

意味なんてものは絵を出力するための途中式の整理されているところでしかないとも

そこにある人間AIの違いってのは何?

Permalink |記事への反応(1) | 11:34

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2022-07-31

anond:20220731004837

中式にしよう

Permalink |記事への反応(1) | 19:12

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2022-01-27

UMLとかシーケンス図とか回路図とか

ちゃん場合による経路をシミュレーションできるようになっといてくれや!

いつまで2次元世界にいる気やねん!

わかりにくいんやアホか!

中式書かないからなかなか意味のわからない授業と一緒なんや

あーあ、自分で作らなあかんのか

Permalink |記事への反応(1) | 07:18

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2021-12-15

算数のかけ算順序問題に決着をつける

皆さんはじめましてTwitterで「レンタル数学教える人」を名乗っている者です。つい今月の初めに、「そうか!だから小学校算数においてはかけ算順が大切なんだ」と目からうろこが落ち、そのことを夜中のうちにTwitterに書いたところ、朝になったら見たこともない数のリプや引用がついて驚いた。その内ほとんどが「バカ」とか「アホ」とか「クズ」とかの類の言葉でした。それで怖くなりました。「この程度」とか「周回遅れ」とか誹謗中傷まで酷いものでした。

その中でいくつかやり取りするうちに、これは一人一人返信してもらちが明かないから、カリキュラムの順番含めて整理してTwitter内に投稿しよう、と思いつきました。

何でかけ算導入時において順番が大切なのかを教えてやる

2年で「乗法意味」→「乗法の場面を式に表す」→「乗法交換法則

と段階を踏んで学ぶ。ポイントは「乗法の場面を式に表す」だ。この単元を学習中に式の順番が問われるわけだろ。その後に交換法則計算やすければ交換してもよいという話

勝手交換法則使って計算しろよ。ただし場面に合った式を書きなさいと言われている所に、一つ分×いくつ分の順番を無視した式を書くんじゃねえ!という話。途中式間違ってるけど答えはマルもらえるって中高生でも普通によくある話じゃない?

「場面を式に表す」が課題なのよ。段階的ってこと考えよう。

3年で「整数乗法」だ。数を抽象的なものとして計算するわな。結合法則分配法則も習うから計算の工夫をしてスマートに解いてみやがれ!かけ算に慣れてきた頃に「除法の場面を式で表す」をやる。何を何で割るかよく考えろ。割られる数、割る数っていう区別(順番)が理解スムーズにしてくれる。

ここでワケも分からず前から数字を順番に入れて式を立てる奴がいたらどうなる。解答欄の「□÷○=△」穴ポコに順番に入れたらどうなる。かけ算だったら答え合ってて良かったね。

それ習慣ついてたら割合の単元で地獄を見ることになる。ったゆうか現実としてすでに地獄だけどな。

4年で「長方形正方形の面積」だ。お待たせしました。なんか知らんけどかけ算順番の話してるとすっ飛んでくる輩が「縦×横と横×縦は違うんですか?」ってドヤ顔で聞いてくる。うるせえ。交換法則しとけよ。場面を式で表すとは状況が違うんだから好きにしろこちとら「卵10個が3パック」の話してんだよ

この前spaceで聞いた知見を共有する。面積ってのは「1㎝×1㎝の□が何個分」ってところから考える。縦に3個、横に5個、なら一個ずつ数えてもいいが3×5で出してもいい。「1つ分はいかようにも取れるんですよ?」のドヤ顔勢が言いたいのはそれだろ。勝手に5×3やっとけよ。

あのさ、面積ってのはそうやって丁寧に学習していくんだよ。「そもそも面積とは〜積分の考え方を使っているのであり〜」とか言う自称理系人間。アタマおかしいと言わざるを得ない。お前小学生相手に何言ってんの?中学生ですら錐の体積や球の体積を厳密に理解できない。そうやって積み上げていくんだろ

僕がずっと違和感を持っているのは、なぜ掛け算順を認めない人はこのように必死Twitter内を警備し、いきなり引用リツして人格否定的なことを繰り返してしまうのかということです。バカとか洗脳とか悪影響とか「理由説明してください」という謎のエンドレス質問。そしてそのような人はいつも同じメンツで、仲間同士でコメントを付けあっている。「井超算数」というタグをつけるのが彼らの仲間を呼び寄せるシグナルのようです。以後、この一派のことを「超算数警察」と呼称します。

逆に、いつも虐められている(ように見える)人は言葉使いが丁寧で、明らかに教育現場にいる率が高い。誠実な教育者であることが見受けられた。懇切丁寧に掛け算順の必要性説明しているのに、いくら必死説明しても聞かないうえに暴言を吐かれる、謎のエンドレス質問返しで、いつの間にかダンマリになっていく。この誠実な教育者たちを「掛け順派」とします。

■■■

恥ずかしい告白します。僕は半年ほど前まで「掛け算順序否定派」でした。くだらねえ理由で減点して子供可哀想と思っていました。「バカな慣習だ」と暴言を吐いたこともあります。ただし、ここから重要。耳かっぽじってよく聞け。Twitterで「掛け順必要派」の人に対して凸撃とかしなかった。極めて一般的に、まともな大人は、フツーの人間は、Twitter自分と反対な意見の人をわざわざ見つけて攻撃したりしない。時間的なヒマもない。

だってその人にリプを飛ばして考えを改めさせるなんてことができると思うか?まあ出来なくはないんだけど、現実的じゃない。しかし超算数警察は平気でやる。まあしつこい。相手ブロックするまでやめない。結局は見下してバカにしていい気分になりたいだけだろう。同調者が表れて良いキモチ。ちなみにこの人たちは「ブロックされたこと=論破した」と定義している。世間一般的にはそうではないが、超算数警察の中ではそうなのだスクショ付きで「逃げやがった」「やっとブロックたか」が決め台詞である

実は僕がTwitter意見を投下し始めて、あまり暴言がひどいので反論意味で多方面暴言を吐いてしまったところ、ある方に批判された。対話を重ねていたら、その方はスマート教育をされ、学校に期待しすぎないで家庭と学校で協力していけばいいという考えの持ち主だった。

あなたスマート教育をされていることは分かった。学校先生必死でやっているんだ。掛け順間違いでバツされたことなど、学校ってそんなもんだよなと受け流してくれればいいのに

と伝えたら、そこで衝撃の一言「とっくにそうしている。はじめから掛け算の話などしていない」と。僕は冷や汗をかいた。

そうなのだ。始めからそうだった。そしてそうやってある種諦めの境地でもって受け流し、家でも教育しておけば良いというバランス感覚こそ僕が求めているものだった。それこそ思想転向のずっと前から

テスト不本意ながらバツをもらってきた子供に対して、親としてもし、その採点に納得がいかないのなら「これは学校テストにおいてのみ守っておかなければならないルールで、数学的には答えが合ってるから、まあ気にするな」と教えてやればいいのだ。僕だったらそうする。

実際、社会に出たら本当にどちらでもいい問題だ。よくある例としては「個数×単価」のような書き方がある。英語圏では「〇倍した□」といった言い方が一般的だ。だから僕はあくまでも日本国内での「算数ルール」「小学校ルール」と言っても良いと思っている。

冒頭の固定ツイと内容が被るが、僕自身は掛け算の順序を丁寧に教えていくのは極めて有用だと思っている。それは日本語的な感覚という意味でもだ。「●個が〇セット」、割合の単元なら「▼の□倍」という語順がしっくりくる。まだ抽象理解言語運用いまいちな低学年にとってはなおさらだ

■■■

算数警察は厄介なことに、叩ける相手だと認定したらとにかく他のどんなことでもツッコめる穴は無いかと探し始める。たとえば僕は連ツイの最後に「面積の学習は丁寧にやっていく。そもそも面積は積分の考えを使っているので~とか言うな。中学生ですら錐の体積や球の体積を厳密には理解できない」と書いたら、まあそこに食いつく食いつく。一言わずにいられない馬鹿どもが。

「おまえ数学講師なら中学生積分くらい教えてやれ」

中学生に球の体積の理屈くらい教えてあげないのは怠慢、講師失格」

小学生でも球の体積なんか理解する。小学生を甘く見すぎ」

などという酷い言われようだった。まったく現実を見ていない、好き勝手意見だなと思うわけだが、一方でそんな教え方ができるのであればすごいことだ(たとえ受け手側に理解するポテンシャルがなかったとしても)と思って、全員に「中学生でも理解できる球の体積の考え方を教えてくれませんか?」と聞いた。

もう大半がヘンなリンク送ってきたり、有名な説明からさらする必要なしとか繰り返すだけで、何の益もなかった。30人くらいいたかな。そんな中で2人だけ実際に説明を書いて送ってよこしてきた。2,3分でササっとかける代物ではない。余裕で中学生で習う範囲を超えている。しかし素晴らしいと思った。

からするとそもそも僕が主張したいことと話がズレているし、それを活用できるほどの力量もないので、それをどうこうはできない。それは2人にとって肩透かしだったと思う。そもそもこちらは煽られてスタートしているのだ。「できるものならやってみろ」とは言ったが、本当にやってきたのならば敬意を表するほかない。そう。これなのだ数学を愛し、数学を嗜んでいるのなら、自分の手を動かしてみろっていうんだ。超算数警察みたいに「数学は答えがあってればマル、ウソを教えるのは迷惑」とかいってTwitter内でクソリプ飛ばしてないでさ。んでマウンティンググルーミング。それの繰り返し。

算数警察は、小学生学校先生も、そもそも全部ひっくるめて公教育というもの人間社会のなかで行われているということを忘れている。自分の大好きな数学の美しさに惹かれて、極めて抽象的で、この世界中どころか宇宙全体に通用する法則をはやいと小学生にも教えてやれと言っている。んで「合ってるのにバツされるのは可哀想」という。だからもう一回思い出してくれ。こちとら小学校低学年を相手にしているし、そもそも算数」の授業をしているんだって!教科名が「数学」じゃないことに注意。段階を踏むってことが彼らには理解できていない。

算数警察は「美しさ」にこだわっているんだと思う。掛け算は順序を問わないのだから、式が逆なくらいでバツされている答案が目に入るのが耐えられないんだ。現実には日本中小学校で丁寧に式の立て方から指導している。「一つ分×いくつ分」も「○○の□割(倍)」もとても重要視されている。だって最初に「3+3+3+3+3のことを3×5だって説明しているんだから。そりゃ5×3って書いたらバツでしょ。お前思いついた順に数字を書いてんじゃねえよ!って言いたくなるでしょ。「一つ分」を先に書けと言われているのだから

Twitterで見かけた例を拝借すると、二つの倉庫があって「右の倉庫にはボールを、左の倉庫にはバットを入れてな」と決めてそれを周知したのに、逆に入れるヤツがいたら説教したくなるでしょ。右がボール、左にバットなんていう必然性なんかない。ただそう決めただけなんだが、決めなきゃしょうがねえだろ。そのきめたルールが無くなることはないと思うぞ。調べたら100年近くやってるらしいじゃん。じゃあお前らは永遠に不満を持ってTwitterで吹き上がるだけの人生だぞ。超算数警察たちは、ごく普通人間たちの営みを否定している。だってようやく数字という概念を学び始める準備段階の子供を相手にしているんだぞ。ムチャ言うな。

なあ、そんな理論通りの、全てが数式通りに記述された、超算数警察理想とする美しい世界が実現するにはどうしたらいいか教えてやる。「この世界から人間がソックリいなくなる」しかないんだよ!

■■■

から30年ほど前に超絶ヤバ集団いたことを覚えているな。「オウム真理教」っていうんだけど。ムチャクチャへんな主張をするカルト宗教メディア面白がって、バラエティ番組なんかにも出ていたな。あれのトップが何て言っていたか知っているか

近いうちに日本人口が十分の一になる」って言ってたんだぞ。これが何を意味しているか分かるよな。それがどうだ。東京のど真ん中の地下鉄サリンがまかれた。彼らの母数が大したことなかったから、同時多発的にってところまではいかなかったけどな。

そりゃ今だって地球環境を壊さないためには」とか「埋蔵資源を枯渇させないためには」とか「海や山の生態系を守るためには」とか考えると、人間がいなくなるしかねえ!って結論になるよな。ま、それを言っちゃおしめえなので・・とスルーされるのが常識的な流れなんだけど。

しかし超算数警察よ!お前らがやっていることはそれに近い。すべての人間が「極めて忠実に数学の美しさを体現するためには」なんてことをやっている。無理だよ。この世界にはとんでもなく計算が苦手だったり、日本語が通じなかったり、中学生の半分が教科書を読めていなかったり、高校生で「数学を捨てる」なんて発言がまかり通っているんだから中学卒業したら数学というものから離れる人だって多い。そういう人がどれくらい数学が苦手か分かるか?そういう多くの人たちをとりあえず一斉に教えるために作られたカリキュラムだ。ちょっとやそっとじゃ揺るがねえよ。

掛け算を逆に書いてしまったものを慈悲深い心でマルにしてもらえたら、彼らは数学を好きになれただろうか。小学校カラーテストで、本来だったらもらえてた(とおまいらが主張する)5点を取り返したところで、その後の人生に1ミリも役に立たねえよバカ

んで超算数警察の口癖、「掛け順教」。数学的に正しくないウソを教えている宗教って言いたいんだろうけど。あのなあ。宗教って言葉相手バカにする言葉に使えると思っているところが人間のことを分かってねえっていうんだよ。もしかしてお前らって「もともと存在しない神とかいものにすがって、科学否定してきた宗教というもの信じてるヤツってバカ」ってシンプルに思ってない?でなきゃ「掛け順教」なんていう言葉が気軽に出てこないと思うんだけど。

それこそ人間社会のことを分かってないってことの証左なんだよ!人間はこの世界のよく分からないもの暫定的な解を与えるために宗教というものを生み出した。それがよりよく生きるための術だったからだ。もちろんそれが命の奪い合いを引き起こすこともあるがな。現代日本だって神様にお願いしたり、クリスマスを祝ったり、葬式したり、全部宗教だろが!そのことを分かってないで「自分無宗教なんで」とか言ってる。んでここ100年とかで明らかになってきた科学的な知見をかってに借用して、「今どき宗教にハマってるなんてプギャー」とか喚いてんだろ。お前たちは人類の先輩たちが大切にしてきた偉大な宗教というものコケにしているんだよコラ!

この世界のことが科学的に説明できるようになっていることは事実だろう。それと、人間認知機能が一気に進化するってことは話が違うだろが。お前らは数学の美しさ(数式は場面を捨象するからこそ美しい、程度の知識)を知ったからと言って強化人間にでもなったつもりなんだろう。んで科学知識を得た我々は、次から次へとニュータイプが生まれてくるとでも思っているんだろう。そして、現行の算数教育はそのニュータイプの育成をジャマしていると。

バカ言ってんじゃねえよ。そんな簡単人間進化してたまるか。お前らなんか強化人間にすらなり切れていないし、だいたいジャレドダイアモンド先生が言う「認知革命」が起こって以来、人間なんか大して成長してねえわ。ホモサピエンスは昔も今も、ちょっとずつ日常の数的感覚自然数から抽象的な理解に至っていくんだろうが。小学校6年間は、まず数学に入る前の準備段階だって決まってんの!それを数学的な知識を先取りしたうるさい大人たちがエラそうに・・・

俺たちは真っ当に義務教育の中で算数指導をしているだけなんだよ!

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お前らが何と戦っているか教えてやる。

僕は超算数警察を見ていると「進撃の巨人11巻で「敵は何だ!」と喚いてユミルにたしなめられているエレンをいつも思い出すよ。

お前らには見えていない。お前らはお前らが言うところの「掛け順教」と戦ってんじゃねえ。Twitter内にいる「掛け順教」をやっつけて終わりだと思ってんのなら・・そりゃ・・大きな勘違いだ。

お前らは「敵は何だ!」と問うだろう。

そうして僕はこう答える。「そりゃ言っちまえば・・世界だ」と。

あるいは「人間社会」とか「人間世界」と言ってもいいかもな。

お前らが数学が得意で数学が好きでその魅力にヤラれちまっているのは認める。そしてそれは素晴らしいことだ。んでハッキリ言うとくけど、世の中の人はそんなに数学が好きじゃないし、数学に興味がない。

数学が好きならお前たちそれくらい分かんだろがよ。数学列伝とか読めば明らかだろうがよ。数学を専攻する人間なんてのは奇人変人だと相場が決まってんだよ!

算数警察一般人相手に「それ数学的に間違ってますけど!」とか言ってないで、自分数学的な真理を突き詰めたらどうだよ。ただしそれは生きるか死ぬかのイバラの道だと心得よ。フェルマーの最終定理証明したアンドリューワイルズ先生10年間誰とも連絡を取らずに、生きてるか死んでるかも分からないような状況に追い込んで偉業を成し遂げた。ワイルズ先生必死こいてTwitterクソリプ飛ばしてたらとか考えると笑えるよな。あ、コイツ生きてるなって安心できるよな。やってるわけねーよな。

まり人のことを気にしてる暇があったら、自分のやるべきことやっとけってこった。だから僕に対して自筆証明を送ってきた二人以外のお前らは、どっかからリンク引っ張ってきた以外になんか生み出したか

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君たちは三重の壁の外に、バカ天才秀才も凡人もひっくるめた人間社会が営まれているということを忘れちまってる。Twitterの中でお仲間を見つけて、自分たちだけが世界真実に気づけていると思って正義感燃えているんだろう。それをあの頃のエレンだって言ってんだよ。

エレンは壁の外にいる巨人をすべて駆逐すると誓った。そして裏切り者だった同期生を許さねえと言った。しかしやがて真実にたどり着いたエレンは全てを理解したよな。そしてそんな風に怒り狂っていた自分を恥じた。そうか、みんな同じだったんだって。それは壁の外に出たからだ。外に出るという強い意志を持ったからだ。

算数警察よ。君たちはいつまでも三重の壁の中に閉じこもって、つかの間の楽園享受しているんだ。とことんまで抽象世界にもぐりこむのも良い。ただそれは浮世離れした人生を歩むことを意味する。それがイヤだったら、人間たちの世界に戻ってこい。人と心を通わせることを選択しろ三重の壁(心の壁)を壊して外の世界に出るんだ。

算数警察よ。これより配属を言い渡す。

君たちを、人間社会調査兵団に任命する。

Permalink |記事への反応(23) | 23:10

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2021-09-05

断りもなく微積分の式が載っている。理系じゃなくてもやさしく分かるって書いてあった気がするんだけど。

まあ式の意味がなんとなく分からないでもないがそれじゃだめだろう。

「前述の式より~」みたいなの多すぎ。前述の式をどのように当てはめたり式変形したのかもうちょっと中式書くべきだろ。

式の意味がなんとなく分かる状態から自力で導出過程本質理解にまで達することができた人間暗号解読の素質があると思う。

その力で線文字も解読してくれ。

Permalink |記事への反応(0) | 18:26

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2021-08-13

簡単ものを難しくする

簡単ものを難しくする処理しようとする人がいる。

これは学問的には正しい態度かもしれない。たとえば数学証明で、途中式を緻密に書いていくこと。

または芸術の場で、当たり前とされることを疑うことで思わぬ視点発見すること。

そうしたシーンではこの態度は効果的かもしれない。

ビジネスの場でこのタイプの人と巡り会うと大変だ。目的・ゴールが見えていて、そこに向けて進んでいけば良いと思われるシーンで、途中の厳密性を重視し前進できない、思わぬ視点でこだわることでゴールが遠のくといった困難が生まれることがある。

Permalink |記事への反応(0) | 17:49

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2021-06-07

日本過程信仰に囚われていた

ちょっと趣味探しでイラスト書こうと思って色々勉強してみて思ったんよ

トレースがズルとか、デッサンしねえでイラストができるわけねえだろとか。

まぁ他人イラストを丸々トレースするのはどうかと思うけど、そういう利用がOK3Dモデルトレースするのって別にいいよな。楽だし。

でもプロ作成風景見てると「そういうのは使ってはいいから、自分らもそうしなきゃいけないんじゃないの?」って思った。

そういう思想に至るのは、子供の頃から黒板の書いてあることをノートとったり、テストで途中式書いたから加点っていうのが原因じゃないか・・・

頑張ったかOK!っていうのはガキの頃までじゃん。

頑張って作ったからいいモノではなく、いいからいいモノなんだよ。

現在仕事しているなら「頑張った」っていう思考は捨てなきゃな。結果が全てよ結果が。

Permalink |記事への反応(1) | 22:54

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2021-01-15

anond:20210115104253

ディズニーのように美式ポリコレ中式ポリコレを両方守らなきゃいけない商売は大変。

折衝の苦労は察するに余りある

Permalink |記事への反応(0) | 18:23

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2021-01-11

技術に対して、答えを教えることは簡単だが

推理小説の答えを教えてもしょうがないというのとおなじで

おれのころは、答えだけ書いたプリントとか

怒られるぞ、

みんな途中式がみたいんだからノートコピーさせろって。偏差値かなり低いが

だよなーとおもったもんだ。

ただ、俺のクラス ヤンキー担当が負けてよ 応援がたりなかったと、インテリ派としては反省したもんだ

Permalink |記事への反応(1) | 13:28

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2021-01-05

anond:20210104215028

理系はまず基準を整えるべきだと思うけれども如何か。

・【教育者が考える優秀な人】:何の教育者で考えるとは何を基準化したもので、優秀とはそのうちの何割なのか。

二次試験思考力を問い、1次試験で処理能力を問うてるらしい:一次二次文字が違う意図と順序が逆な理由、その「力」とは具体的に何がどれだけ出来ることなのか、その問われている基準得点か偏差のどの部分を問うているのか。

・ぼくがネットで調~い理由個人が行ったことが個人として特有でない事を前提としないと他の人がそれを同じにできるわけがないがぼくというのはどの広義の平均を言っているのか。

教育レベル知識:他に何のレベルがあり、それらは段階としてどれだけあり、羅列していくというサンプル提示がそれらすべてなのか、結果を出して報告することなのか。

詰め込み教育~できんかったのかな?:何の話をしているのか。詰め込み否定からゆとり成果物エンタメとか意味不明。「でした」「ありました」と成果をあげることと成果物の差は、エンタメとは「人が興味をもつ事、楽しいと感じる方法」のことであればその対象付与されるべき装飾は結論について何らかの意味もつのか。

・けっこう大事観点:なにがどうどの分野において重要視されているのか。

ゴリゴリヘンタイだったり、マニアックな形で知識を使ったりしててユニーク手段特殊であっても導かれる答えは有用であり一般的なはずだが、手段について特殊性を先述のエンタメや新しいものにする必要はない。伝統的な同じ数字記号しかできていないし公式の利用も同じで充分。用途にあわせて意外性を発揮することを創作と同じ未定義空想仮定を織り込むのはそんな妙な表現でするものではないはずだが。

知識の使い方や見せ方を面白くできる人:継承には必要かもしれないが実質的知識を利用するのは結果を出すことであって、当人特殊性を評価するものではないはずだが。


他にも多く訳の分からない文章はあるけれども、最低限これらは定義していただかないと、妄想小説とかわらないのではないか

文章雰囲気から高校教育についての議題で高校教育教育者が行っている教育内容について「教育者」が登場しそれらが考えている基準かのように見えるが、試験についての意見を述べているようなので「大学受験を採点する位置にいる教育者」の話のようでもある。

それらが混在するのであれば教育者に番号を振ってどの教育者問題なのかを明確に分ける必要がある。化学物質の水溶実験をするのであればその触媒にもとから混在している物質ができるだけ少ないほうが結果を再現たかくできるし要素を明確にしていたほうがそれをまとめて情報化したとき再利用できる情報として利用できる。

試験で何を問われているのかしらないが、問うからには答えを返す受験生がなにかの解答をしているはず。能力を答えるわけではないだろうという事から能力を測定できるなんらかの結果を返しているはず。思考の力や処理の力とは何を指しているのか。

学校教育で覚えた定型公式や基本構造の骨子を変えず代入する値や求めるべき結果の状態を変えて記憶したもの再現させる数学問題などで途中式や結果の正誤を採点している現在様式についてなんらかの問題を提起しているのだと思われるが、学校教育記憶とそれを応用する1場面中の注目点以外に採点基準があるのだとしたら、思考の力や処理の力とは何なのか。

後半は導かれた結果が、いか大衆受けする身近で理解が容易く期待をさせ購入や投資などなんらかの行動を喚起するような表現方法をする必要性が書かれているようだが、人間の関心や行動が具体的にデータになっていないのではそれらがどれだけの割合で影響しているのか、人数以外では測定のしようがない。

人数で行動原理が測れるなら人に迷いはないはずで、そうなれば買い物や事故犯罪について統計から正確な予測ができるはず。人の行動が予測できないためそんなものは出来ていないのはエンタメや新しいものというのは成果物評価とは別のものだということになるが、そのいう教育とは一体なにを指しているのか。


文系ならば一旦理系のように、準備するものを紙に書いて一覧にしてほしい。

実験材料を用意するのと同じである

東浩紀氏のようにゴリゴリ文系言葉世界を創るとか、準備なしでその場で言葉にするライブ動画での音声で知がどうのといった頭のおかしい事を言うそれの様に、その場で言葉で言ったから、先に言った通り、他の誰かの言葉を借りるなら、という構成では結果は再現性も再利用性もなくその場にそれが存在したというだけの証明しかならない。

まず準備した要素を並べて合わせて、結果がでたのならそれら1要素ずつを組み合わせて得られた結果に有用性のあるものを残していった結果がどうなるのか。

理系であるならば、答えを導くための要素を準備の段階で精製し、再現率が高くなるように合成の手順を単純化し、得られた結果から従来の手段や結果にどう利用できるのかを文章にすべきだろう。

教育者免許をもたないもの幼稚園保育士も含むのか、考えるとか優秀なとは日常的な接触を含むのか具体的な試験のどれの得点を指すのか、それらをどのタイミングでどの部分を変化させれば現在に発生していない結果が得られるのか、それを示すべき。


いまの文章では砂場泥団子や砂山をつくって、自分は城が創れるのだけれどもなぜみんなこんなものができないのか、これからはこういうのが大事

と言っているのとさして変わらない。



理系として科学的に必要文章

どの成分のどんな素材をつかって、どういう経緯を経ればどんな形を形成することができるのか、それは何に応用できるのか

そういうことではないか

以上で凡そお分かりの通り、文系理系にもどちらかよりに中間の者はいると思うが、それらが大きく異なる点がある。

それは「否定で語る」か「肯定で語る」かである

理系の分野において否定をもって何かを成立させようとすると無限否定の要素を永遠に試し続けなくてはならない。

そんな不毛なことを最初からする人間などいないのだ。

できない、しない、たりない、ならば、できたことを、してみて、たしていく、をするだけだ。

理系なのであれば、各種定義肯定されるべき、いやもう要素の定義だけでもいいのですべきだと思うが。

Permalink |記事への反応(2) | 12:01

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