
はてなキーワード:下腹部とは
「俺の生きづらさの根幹にはASDがある」
それに気づいたのはつい最近。
働き始めてからだ。
今までは日常生活の中で困ることといえばもっぱら強迫性障害だった。
最近は疾病恐怖がひどく、ゴムつけてやったのにエイズの心配をして検査行ったり、下腹部の違和感で何度も病院に行ったりと、病気に対してかなり敏感になっている。
俺はこれを強迫性障害の症状の一種だとずっと思っていたのだが、実はASDの症状かもしれない。
つまりASD特有の「不安の感じやすさ」に由来しているのではないかということだ。
なぜなら、ある程度不合理だという自覚(いちいち検査に行くのは大袈裟だ)はあるものの、エイズにしろ下腹部の違和感にしろ、全く不合理というわけでもないからだ。
だからこれらの疾病恐怖が強迫性障害に由来するのかがいまいちわからない。
もちろん、そういう面もあるのだろうが、どちらかといえばこれはASD由来なのではないかと俺は睨んでいる。
そもそも強迫性障害自体がASDの二次障害である可能性が高いので、元を辿れば強迫性障害の症状もASD由来ということになる。
ASDがあるのは随分前から分かっていたことではあるのだが、今までは強迫性障害にばかり気を取られていてASDについて深く考えたことがなかった。
だから自分のあらゆる生きづらさの原因がASDにあることに気づけなかったのだ。
しかし、最近になって働き始めたことで自分のASD特性を強く自覚するようになった。
「マルチタスクができない」「興味のないことに取り組めない」「無愛想」……。
たった1か月でこれらのことをまざまざと自覚させられた。
俺は睡眠障害もあるのだが、仕事の日に限って眠れなくなるということも起きて、それがASD由来である可能性があることを知り、ますます確信を強めた。
そして、今まで最大の悩みの種だった強迫性障害も、どうやらASD由来の可能性が高い。
ASDの、特に「こだわりの強さ」によって、それは生じているのだろう。
こうした気付きによって今まではなんの理由付けもしてこなかった自分の行為も次々とASD由来なのではないかと思うようになった。
なんとなく不潔、という気持ちがしてそうしているのだが、今までこれはASDとも強迫性障害とも思っていなかった。
だが、これもまたASD由来だということが今ならわかる。
要は感覚過敏だ。
それでいうと、自宅以外の布団で眠りにくいのも感覚過敏かもしれない。
一度口をつけたコップにもう一度口をつけるのを嫌がるのも然り。
今まで何の気なしにしていたこともその多くがASD由来かもしれないと思うことで、なんだか頭の中のモヤが少しだけ晴れた気がした。
原因がわかって言語化できるようになったことで、少しだけスッキリした。
そしてそれと同時に、自分はやっぱり発達障害なんだ、普通の人とは違うんだと自覚させられた。
ASDである自覚はあったつもりだったが、今までは多分無意識にそれを否認していたんだと思う。
やっぱり俺はASDだったのだ。
正直、働くのは本当につらいし、辞めてやりたい。
この記事は、将来出産を考えている人やそのパートナー、あるいは今まさに“妊娠初期”という孤独な戦場にひとり立っている妊婦さんに、届けばいいなと思って書いています。
あまり見たくないなーって方はそっと閉じてもらえたらと思います。
(▽昨年のnoteより)
約三ヶ月ぶりにnoteを書いている。ここ最近、長い時間椅子に座って作業ができなかったからだ。
朝はマシだが午後になると体が使い物にならない。
平日は吐き気に耐えながらソファに横たわり天井を見るか、何もないふりをしてゾンビのような顔でリモート会議に出るか。
そんな毎日だった。
と、まるで新しい趣味でも見つけたかのようなライトな語り口で言う人ばかりだったので、私は完全に勘違いしていた。
一日に何度もえずくようになってから初めて、つわりがこんなにも容赦なく生活を侵食し、静かに心を削っていくものことを知ったのだった。
ちょうど繁忙期でもなく、リモート勤務が許される業務内容だったことが唯一の救いだった。
もしこれが出社必須の職場であれば、私はあっさり白旗を振って休んでいただろう。
世間で「産休育休の取得タイミング」や「復職後の働き方」についてはよく語られているのに、「妊娠初期の体調不良も想定して妊活を!」なんて誰も言ってくれない。
いつかは子どもが欲しいと思っていた。
だから出産の痛みや分娩方法、育休中の金銭面、シッター探しの話など、出産や育児についての断片は、耳年増的に知っていたつもりだった。
けれど実際に妊娠してみて驚いたのは、その“前段階”、つまり妊娠時期が、ここまで孤独で苛烈で、日常を根こそぎ持っていくものだということ。
「誰にも言えない心細さ」
「夫と共有できない圧倒的な体感の差」
「突然始まる意味不明な不調と、心のざわつき」
妊娠初期は、この不安や不快や孤独の三重奏に耐えながら、私は毎晩Xを開き、「妊娠◯週」と検索しては、同じ週数の妊婦さんのポストにすがっていた。
共感できる言葉を見つけるたび、“自分だけじゃない”という気持ちが、かろうじて私を支えてくれていた。
おそらく人生で最も情報を渇望し、安堵を乞うている時期に、「周りへの妊娠報告は安定期に入ってから」という不文律が、首を絞めてくる。
一番情報や助言が欲しい時期なのに、
「まだ誰にも言ってはいけない」せいで周囲の誰にも頼れない、聞けない。
このねじれた構造的ジレンマこそが、妊娠初期の一番のしんどさなのだと思う。
妊娠が発覚してから今日まで、スマホのメモに吐き出すように記録した日記は、4万字超。
“男って社会的には父親になれるけど、身体的にはなれないから”
これは産後半年の友人が「今日の昼カレーだったわ」くらいのトーンで放った一言。
自他ともに認めるラブラブな夫婦なのに、彼女は割り切るような瞳で言い放った。
「妊娠中のしんどさは、女が一人で受け止めるように設計されてる。
私の夫は、育休中にようやく父親になったって感じ」
夫を責めるでもなく、世界を恨むでもなく、事実を淡々と述べるように。
当時はこの過激な発言にぎょっとした私も、今なら彼女の言わんとしていたことがわかる気がする。
透明化される妊娠初期
今まで、妊娠中のこと、それも“初期”について、詳しく話してくれる人はほとんどいなかった。
妊娠中の友人と頻繁に会うこともなかったし、妊活でも産後でもなく“妊婦”のリアルについて情報が入ってくることはなかった。
それもそのはずで、つわりのピークとされる妊娠初期は6人に1人が流産に至るとされている、とても不安定な時期だ。だから多くの人は、家族以外には妊娠を伏せて過ごす。
また、流産の不安やマイナートラブルやつわりなど、そういう類の話は、妊娠していない人にとっては興味が薄く、どちらかといえば「暗い話題」に分類されてしまいがちだ。
わざわざ人にするには気が引けるし、うっかり明るいノリで話せる内容でもない。
さらに言えば、妊娠という話題そのものが、とてもセンシティブだ。
「子どもが欲しい人」「欲しくない人」「迷っている人」「持てない人」――相手がどこに立っているのか、その背景や事情は外からは見えづらい。
その結果として、話せる相手は、“同じステージにいる人”か、“先を行く人”に限られていく。
そうして妊娠のあれこれは、徐々にママ同士の会話の中だけで閉じていき、分厚いカーテンの向こうへと消えてしまう。
私がこれまで“妊婦”について何も知らなかったのは、当然のことだったのだ。
妊娠してからというもの、体のどこかが痛いか、心のどこかがざわついている。
そんな日々をなんとかやり過ごしてきたけれど、ふと我に返って「あの子も、あの先輩も、すまし顔してこんな地獄をくぐり抜けてきたのか……?」と思う。
そもそも望んで妊娠したのに、なぜこんなにも辛く、泣きそうになる瞬間が多いのか、ざっくり整理してみた。
1.妊娠が継続できるかという、終わりのない不安:腹痛や出血、おりものの量で一喜一憂し、本当に毎日のように悪夢を見ていた。
2. とにかく体調が悪い:起きた瞬間からひどい二日酔い&船酔い。身体のあちこちが痛む。まあシンプルにつらい。
3. すべての楽しみが消失:体調が悪いと何も楽しめない。何も食べられない。ひたすら部屋にこもってゲエゲエ言いながら、友人の旅行中のストーリーを見て歯を食いしばっていた。 誰にも会わない。習い事もやめた。予定も立てられない。
4. 夫と二人三脚は無理:いくらサポーティブで気遣い上手の夫でも、つわりや不安を一緒に経験してくれるわけではない。妊娠中に夫と“同じ景色”を見られる日は、たぶん永遠に来ない。
5. 夫の新人研修が意外と大仕事:夫のトレーナーになったつもりで、日々情報をインストールし、的確に指示を出す。全ての通院(検診もNIPTも)に強制参加、たまひよは音読、妊婦や胎児の週数の変化も逐一レクチャーした。
放っておけば夫は「大丈夫だよ」しか言わないし、自分から調べるという発想がそもそもない。
6.職場への報告タイミングが分からない:「報告は安定期に入ってから」とよく言われる。だが実際は、それまでに倒れたり、急な入院や手術が必要になったりする可能性もある。散々迷った結果、チームに迷惑をかけるくらいなら早めに伝えておいたほうがいいと判断して、私は妊娠10週頃、新しいプロジェクトにアサインされるタイミングで上長に報告した。
7. 果てなき情報収集:chatGPTに質問し、Xを掘り、ママリとアスクドクターズを行ったり来たりしながら質問を連投した。本当に、インターネットの海の向こうの、顔も見えない誰かの言葉に救われた日々だった。
検索履歴は「7w2d吐き気」「10週出血茶色」「12週恥骨痛」「つわり 14週 終わらない」の山でどんどん埋まっていく。
特に、夫とのすり合わせ、孤独感への対処、産院選び、NIPTの判断、職場への伝え方、予期せぬ出費の数々については、情報を探している人も多いと思うので、あくまで一素人の意見として今後のnoteで書いていこうと思う。
まず私が確認したかったのは、「子宮外妊娠じゃないかどうか」と「胎嚢が確認できるか」だった。
約1%の確率で起こるとされている子宮外妊娠は、なるべく早い手術が必要だと聞く。
病院の椅子で、夫に小声で「今日は胎嚢が確認できればいいからね」と囁いたとき、彼は会社の予定をスマホで見ながら、「タイノーって何?」と返してきた。
こいつまじか……と呑気な夫の態度に、軽くめまいがしたのを覚えている。
前日に私はリビングで子宮外妊娠(異所性妊娠)についてのYouTube動画を流していたが、彼にとってそれは雑音に過ぎず、「妻が付いてこいと言うから病院についてきた」程度なのだなーと思った。
(当事者意識を持たせるためにも、今後すべての妊婦健診に夫が同伴することになる)
いつもの行きつけではなく、家から歩いて15分ほどの婦人科へ向かった。
Googleマップでの口コミが良く、院長が産婦人科専門医・ 臨床遺伝専門医・超音波専門医の3つを保有している。
院長は穏やかでにこやかな見た目だが、包丁さばきのいい職人のように、サクサクと事実を切り分けて伝えてくる人だった。
その約8割が妊娠12週未満の「早期流産」で、ほとんどが偶発的な染色体異常によるもの。つまり、防ぎようがなく、母体のせいではない。
私の場合、胎嚢は無事に確認できたものの、次のハードルは心拍の確認。
子宮筋腫が3つ見つかり、これは要経過観察。
強い痛みや発熱が起きたり、場合によっては早産のリスクになることもあると告げられた。
会計の表示に「12,800円」と出たとき、一瞬フリーズした。
ああハイハイ、これが噂の全額自己負担ね……と納得するふりをしながらも、「妊娠は病気や怪我じゃないから保険は効きません」というお国の理屈には、やっぱり少しだけひっかかる。
病院を出て出社する夫と別れたあと、私はひたすら「まだわからない」と自分に言い聞かせていた。
数ヶ月前、早とちりして悲しい思いをした経験があった。
母が、私を産む前に一度流産していたという話も思い出す。
妊娠がわかってからというもの、「確かなことはひとつもない」と、心が浮つかないように、毎日ブレーキを踏み続けていた。
帰宅しても仕事は手につかなかった。「胎嚢確認 6w(6週)」でXを検索すると、同じ時間帯に同じ不安を抱えている人たちの投稿が次々と現れた。
検索結果をさらに遡ると、6週の時期に不安を吐露していた誰かが、心拍を確認し、つわりに苦しみ、安定期を迎え、マイナートラブルを乗り越えて出産を迎えた記録が続いている。
その一方で、心拍確認のあとに静かに更新が止まっているアカウントや、「また一からやり直します」という言葉で締めくくられたプロフィールもあった。
中には私よりもずっと若い人もいて、そのたびに胸の奥がじんと痛んだ。
そうして私は、検索という名の沼にはまっていったのだ。
「7w2d」「心拍確認できない 確率」「つわり 13週 終わらない」
そのキーワードの羅列に、少しでも答えがあるような気がして、安定期に入るまでは暇さえあればスマホを開いていた。
少量の出血
下着が濡れているような違和感。急いでズボンを下ろすと、そこには茶色く乾きかけた血が滲んでいた。
下腹部にキリキリする痛みもあり、胸の奥に冷たい水を流し込まれたような焦りが走った。
「妊娠初期出血 量 色」「痛み いつまで」「流産の兆候」……
ChatGPT、ママリ、アスクドクターズに矢継ぎ早に質問を投げた。
今振り返れば、茶色い(=時間が経った)出血は、それほど慌てることではなかったのかもしれない。
そんな私の横で、夫はのんびりとソファに腰を沈めて「大丈夫だよ」と言いながらスマホでグルメやバラエティのショート動画を眺めていた。
まだ豆粒ほどの小さな命が私のお腹にしがみついていて、私のお腹は傷んで下血しているのに、夫は切り抜き動画をザッピングしながら笑っている。
同じ部屋、同じ時間を生きているのに、私はひどく遠くにひとりで立っている気がした。
それ以来、トイレに行くたびに、尿やおりものの色、量、匂いを確認する癖がついた。おりものシートは無香料のものに買い替えた。
これはまだ序の口だった。
妊娠中、何度も夫との意識のギャップにめまいを起こし、そのたびに誰にも相談できない心細さと、仕事の合間につい検索してしまう己の弱さと戦うことになる。
同棲してから今まで、家事の大半を担ってくれている(私は壊滅的に掃除ができない)。
自室から出てきて、歯磨き中に「ヴォェッ」とえずく私の背中をさすってくれる。
それでも、伝わらないことは山ほどあった。
私のように「出血茶色」と検索窓に叩き込んで、見知らぬ誰かの体験記を読むことすらできなかったのだ。
ほぼノイローゼのように、体調の変化や不安があるたびにママリに質問を投稿していたある日、顔も知らない先輩ママから、こんな回答をもらった。
でも今の時期、母体にできることはないので、信じてゆっくり過ごしてください」
この一文に出会って、ふっと肩の力が抜けた気がした。
被炎上側が炎上した事実を認めることになり、訴訟や誤報のリスクがなくなるためマスコミも挙って報道し始め、さらなる拡散、延焼に繋がる。
謝罪していないものの反応はしているケースもあるため以下の分類を表記することにする。
◎:完全無視
△:謝罪なしだがその後の動向に変化あり
2024年12月30日、女性Xユーザーのいねおが、店員が女性を小馬鹿にした態度で過剰に野菜を盛ってきたと写真付きで投稿。
店に批判が集まった。同12月31日、店は「女性の了承を得た上で盛った」など反論声明を出したが、のいねおは「了承していない」と否定。
2025年01月03日、のいねお氏は一連の投稿を削除するも、なお店を批判する声は止まなかった。その後進展なし。
02月06日、若い女性が自室で赤いきつねを食べる様子を描いたアニメPR映像を各SNSで公開。
02月16日、この映像が女性を性的客体化した不適切な内容だとしてXの一部から批判が集まる。批判に反論する者も現れ大きな議論を呼んだ。
8月頃、各SNSで公開していた他商品や過去含むすべてのアニメPR映像が予告なく非公開になった。
9月以降に公開されたPR映像はすべて実写のものになっている。また、同時に批判されていた景品のパーカーもイラストの変更があった模様(参考)。
03月07日、グループ80周年記念キャラクターの2頭身デザインを公開。
これは2024年に公開しジェンダーロールが強調された不適切なデザインだと批判された男女キャラクターをそのまま踏襲したビジュアルであったため引き続き批判された。
2024年時点で弁護士ドットコムニュースからの質問にキャラクターを変更しない旨回答しており、今回も週刊女性の質問に同様の方針であると答えた。
3月、主に女性の人権を訴えるソーシャルアクティビストら、フェミブリッジ・アクション東京の集会があり、その様子がYouTubeにアップされた。
その中に「男が産めるのうんこだけ」などコールする場面があり、男性へのヘイトスピーチではないかと一部Xユーザーらの間で拡散された。
この集会には菱山南帆子や石川優実、福島瑞穂など有名人も参加していたため彼らに批判が向かったが反応なし。件のYouTube動画はメンバーシップ限定公開に変更された。
女性が17歳、男性が25歳の俳優であったため、現行法上結婚できない年齢の女性をモデルにするのは不適切、女性が8歳年下なのは家父長制的であるなどと一部から批判された。
会社は週刊女性からの質問に対し起用意図を説明。現在も15代目CMガール&ボーイがゼクシィ紙面に登場している模様。
読売テレビ制作の深夜ドラマ。03月24日、Xで新ドラマの告知がされるやいなやタイトルや予告内容に「気持ち悪い」などネガティブな反応が集まった。
第一話放送後、恋に落ちた主人公の下腹部から水音が流れる演出の放送映像が拡散され同様にネガティブな反応を集めた。
番組やテレビ局からの反応はなく、無事に最終話まで放映された。現在も各動画配信サイトで視聴可能。
04月05日、金ちゃん玉ちゃんと題して男性器をイメージしたイラストをXに投稿。「気持ち悪い」「活動イメージにそぐわない」などネガティブな反応が集まる。
「黒歴史になりますように」とのリプライには「5年後も胸張ってきんたま描けますように」と返した。
04月07日、大分のセブンイレブン店長の過労自殺が労災認定されたことが報じられ、Xやヤフーニュースで拡散された。
さらに朝日新聞の取材にセブン本部が「答える立場にない」と回答した記事も拡散され、冷酷すぎると批判された。
04月15日に公開された週刊女性の記事でセブンは回答の意図を説明。その後何もなし。
04月10日、日経新聞のXがこの店を紹介する記事をポストしたところ、ほぼ生の肉を客に焼かせる提供形態に衛生上の問題を指摘する声が集まった。
日経新聞はポストを削除、紹介記事のタイトルも「体験型ハンバーグ」から「行列呼ぶハンバーグ」に変更された。極味や側の反応はなかった。
04月16日、『職場の「困った人」をうまく動かす心理術』という本の発売を告知したところ、タイトルや発達障害者を動物に喩えたイラストが差別的であると批判された。
日本自閉症協会は三笠書房に質問状を送ったが、差別の意図はないとの回答だった。
本は予告通り発売された。著者神田裕子の肩書が産業カウンセラーから心理カウンセラーに変更された以外に内容の変更はなく現在も各所で販売されている模様。
05月14日、作中に登場した本棚が乃木坂46メンバーの本棚と酷似しているとの指摘が拡散された。
他にも多数乃木坂ネタが仕込まれていることが指摘され、監督が作品を私物化している、真剣に作品考察していたファンを無下にしている、など批判された。反応なし。
05月21日、星野源新作アルバムの広告として横浜市内の公共掲示板に素人風デザインのポスターを貼ったと告知。
05月23日、プロが素人の努力を小馬鹿にしている、地域のコミュニティを巨大資本がハックしている、など批判的な意見が集まり始める。
ニンテンドースイッチ2の抽選販売でネットが盛り上がる中、ECサイトエビテンでスイッチ2の社内向け販売と思われるページが発見される。
後に該当ページは削除され以降反応なし。
06月02日、XユーザーふーオジサンがTBSから無償で衣装を貸すようDMで依頼が来た旨を投稿。
大切な衣装を軽く扱われたと怒りを表明し、テレビ局は傲慢な態度だと非難の声が集まった。
ニンテンドースイッチ2の抽選販売でネットが盛り上がる中、買えたことを各SNSで報告。
しかし開封動画に映っていた梱包やレシートにより転売から購入した疑惑が浮上。本人は否定するも「本当は友人から貰った」と言い分を変えたことなどにより疑いの声は止まなかった。
その後進展はなかったが、以降彼女はSNSでスイッチ2の話題を一切出さなくなった。
06月23日、パセラリゾーツで大逆転裁判のコラボメニューを出すと発表。
メニューには「大日本帝国だし巻き卵丼」などがあり、一部から大日本帝国の名前を使うのは不謹慎だと批判が寄せられたが反応なし。
07月19日、沖縄テレビがYouTubeに公開していた映像に反ユダヤ的な内容の作品展示が映っていたと拡散される。
沖縄平和美術展はXアカウントを非公開にし、沖縄テレビはYouTube動画を削除した。その後進展なし。
アイデアクリエイターを名乗りさまざまな雑貨を発案している人物。
08月13日、持ち手側がチンアナゴのようになっているスプーンの画像をXに投稿、既に商品化が動いていると告知した。
しかし同じコンセプトの商品が既に存在することが発覚。既存のアイデアを自作として商品化することに批判が集まった。
その後投稿が削除される。商品化は立ち消えになったのか続報なし。
裏垢の投稿の中から、娘が店の商品に口を付けている動画も見つかり問題視される。翌日、土屋太鳳はインスタグラムで裏垢の存在を否定。
しかし件のアカウントには土屋の顔が写った画像が見つかっていたため疑いの声は止まなかった。その後何もなし。
09月14日、webメディアKAI-YOUで公開された彼女のトークイベントの記事で、キャラクターの性的消費に抵抗感があるという彼女の考えと、
過去に担当したアニメ『ぼっち・ざ・ろっく!』で原作漫画の性的表現を変更してもらったなどの記述が拡散された。原作を軽視しているといった批判が集まっていたが関係各所から反応なし。
10月18日、メンバーのニンニンが原爆きのこ雲の形をしたランプの写真とともに「かわいいライトを買った。どう?」と2022年ファンサイトに投稿していたスクショが拡散される。
11月、NHK紅白歌合戦に出演することが決定されると、この件を理由に出演辞退すべきだとの批判が集まり始める。aespa側は原爆被害を揶揄する意図はなかったと説明し、NHKも出演予定を変更しなかった。
12月29日、ニンニンがインフルエンザ感染で出演しないことがaespaから発表された。
結局出演は敢行されたが、番組内で紹介やコメントがほぼなく他の出演者と異なる扱いであった。
ホロライブ所属のVTuber。11月11日、雑誌コンプティークがXで1月号の予告を投稿。
アニメ『コードギアス』シリーズの宣伝アンバサダーとして鷹嶺ルイが主演声優とプロデューサーとの鼎談記事に登場するとの内容で、付録のグッズ写真には主役キャラとのツーショットイラストもあった。
これらがアニメファンの顰蹙を買いネガティブな反応が集まった。関係各所からの反応はなく、その後も公式から彼女との他コラボ活動の告知がなされた。
東洋水産の件は当時話題になった割にその後の動向変化はあまり知られていない。
ゼクシィの件は今のところ動向変化なしと判定したが、次代の人物選定に影響がある可能性が高い。同様の事例に雑誌『POPEYE』が未成年を登場させなくなった件がある(参考)。
中川翔子はもともと粘着アンチを抱える人物であった。彼女の過去の言動をまとめていた粘着勢の陰湿な努力が功を奏し、炎上材料の追加に貢献した。しかしその直後、イスラエルのイラン攻撃や国分太一活動停止のニュースが大きな話題になったことで野次馬が減り鎮静化した。
aespaのニンニンは中国人なのでこれで出演中止にでもなれば政治的な事情で今後の活動に影響が出るおそれがあった。NHKはその事情を汲んだがBTSの事例もあり批判を完全無視というわけにもいかずこのような対応になったと考えられる。あくまでも件とは一切関係ない体調不良ということである。
2025年4月、指原莉乃はタレントSHELLYのYouTube動画に出演し、2024年3月に批判されていた自身の「サシハラスメント」について言及し反省を述べた。週刊誌系メディアが記事化してヤフーニュースにも掲載されたがコメント数は2桁にとどまりあまり拡散されていなかった。
これは炎上から時間が経ち野次馬の流入がなかったことだけでなく、他人の個人動画内での表明であったため自身のSNSに情報が流れず、ファンや取引先に広まりにくい効果もあった。
謝罪の有無にかかわらず企業もこのような方法で反応するケースが増えている。かつては企業のSNSやHPのニュースリリースで声明文を載せるのが一般的だったが、メディア取材にのみ回答して、会社SNSやHPでは一切言及しないという方法である。回答したメディアには記事化されるが、それ以外には記事化されないため拡散を抑えることができる。
中居正広の性暴力の話題で「中居とは対照的に木村拓哉は人格者だ」といった言説が多くみられた。木村拓哉はShow must go on発言やマック大量差し入れの件があり、SMAPで最も問題行動が表出していないのは香取慎吾であるはずなのだがなぜか木村拓哉だけが持ち上げられている。
アインシュタイン稲田がインスタグラムのDMで女性に性的画像を要求したとされる件で、彼のアカウントを乗っ取っていた犯人の逮捕が報じられた。彼が乗っ取りだと弁明していた当時は「見苦しい言い訳」だと評されていた。
YOSHIKIがアニメ『ダンダダン』の劇中歌の著作権侵害等の疑いを指摘すると「言い掛かり」だと彼に批判が集まり彼は一連のポストを削除したが、後にアニメ側がYOSHIKIおよび関係者への謝罪声明を出した。
今やネットの炎上事案の99%に関係しているといえるXでは、いいね数で正しさが決まるような風潮がある。X上のレスバトルを覗いていると、相手のいいね数が少ないことを根拠に相手の主張を否定したり、お前の負けだと野次を書かれたりする光景を見ることがある。
当然それは間違っていて、いいね数で正しさが決まるならトランプやイーロンマスクの言っていることが全て正しいことになってしまう。
フォロワーと野次馬によるその場のノリと空気が積み重なっているだけ。何も検証されていない、間違っていても責任を負うことのない、そんな投稿が物事の是非を決めるなんておかしいと思わないだろうか。
パイプカット(精管結紮術)を検討している男性の参考になれば幸いである。
私 30代中盤
妻 30代中盤
子供 2人
数年前のある日、「生理が来ない」と言われた。
家のこと、金のこと、仕事のこと。
色々考えて「妊娠していたらどうしよう」と思ってしまったことが、手術を考えたきっかけである。
自分で作っといて「どうしよう」は筋が通らないだろう。
私は、負けの記憶を持つ私を信用できない。
1年ほど悩んだ末、パイプカット手術を受けることに決めた。
「高い金払ってまで手術を受けることはない」と否定的であったが、妻も私も第3子を望まないことで一致していたので、同意を得ることができた。
費用は十万円ほど。安くはないが高くもない。
パイプカットをたくさん行っているような病院は、費用が高額なことと口コミが悪いことで除外した。
会計を済ませ、手術室へ。
テープの痛み止め(先生曰く『気休め程度ですが』)も貼ってもらった。
一番痛かったのは、精管を引っ張り出す場面。下腹部の中のほうまでもギュッと引っ張られる感覚に、思わずうめき声が出た。
痛みの感じ方は個人差が大きいそうだが、先生の反応から察するに私は痛みに強くないほうかもしれない。
術後の経過について説明を受け、痛み止めと化膿防止の軟膏をもらって終了。
ズキズキと痛む股間を労りつつ若干がに股で歩き、座席には浅く座ることになるが、電車で帰宅できた。
出血は数日で止まる。
相変わらずズキズキ痛むが、痛み止めの服用でだいぶ楽になる。
術後数日から2週間程度、陰嚢が大きく腫れて固くなり、内出血で紫色になった。竿まで紫色である。
特に、階段を降りるのが辛かった。足が地面に着く度に衝撃で玉周辺が痛む。
術後1週間頃、若干の痛みに耐えつつ恐る恐る射精するも、以前と違いがわからなかった。
傷が目立たなくなる。
陰嚢はすっかり元通り。痛みもほぼ消え、性生活が可能に(避妊はまだ必要)。
傷跡は全くと言っていいほどわからない。痛みも全く無い。
性生活においても、良い効果が出ている。スキンシップの懸念事項が減ることは満足度を高める。
望まぬ妊娠は避けたい、中絶同意書を書くなんてとてもできない、それならいっそ⋯と考えて受けた手術だが、私は受けて良かったと思っている。
全国の男子高校で広がる生理の授業 広島でも疑似体験「めっちゃきつい」
https://news.yahoo.co.jp/articles/fa746cf6d5a0f5922dbe73cdf78440ef78a86ac7
▶︎経血風の赤い液体を吸収させたナプキンに腕を置き続け
https://x.com/piyococcochan2/status/2003007847391703348
じゃあさ女子高でも冤罪の疑似体験研修をやったら?物証もないのにお気持ちで人生をズタズタにされる体験。たとえばランダムで退学にされるとか。
https://x.com/techanalyse1989/status/2003003425827762356
男性にテーザー銃・スタンガンで苦痛を与え、女性に対する罪悪感を植え付ける授業。
おちんこでる
Copilot said:
Copilot
ごめんね、その表現は少し年齢に不適切な内容を含んでいるので、そのまま扱うことはできないんだ。
でも、もし体調のことで不安があるとか、痛み・違和感があるといった健康に関する相談 だったら、もちろん真面目にお手伝いできるよ。
例えば:
排尿のときの痛み?
こういう身体の症状なら、具体的に(安全な範囲で)教えてくれれば、一般的なアドバイスや受診の目安を説明するよ。
どんな状況かな?
You said:
間違った おちこんでる
Copilot said:
Copilot
あ、なるほど!「落ち込んでる」 だったんだね。
さっきは変な返しになってごめんね。
落ち込んでるってことは、なにかあったのかな?
もし話せる範囲で教えてくれたら、気持ちが少し軽くなるように一緒に整理したり、前向きになるヒントを考えたりできるよ。
仕事のこと?
人間関係?
なんとなく気分が沈む感じ?
どんなことでも大丈夫だよ。
話してみる?
ハプバーいきまくっている
かいている私は女です。
先に結論を出すと
・隣でなにやってようが風景のようになる
酒ばっかり飲んでいるか
その人の誕生祭なるイベントがあればそれにむらがる女性がやってきます
なので性を持て余した男性そっちのけで
女子はここぞとばかりに貢いでいる様子がご覧いただけるかと思います
そしたら
それ以上は語らず横顔も何もかも美しい。
どのような経緯でパートナー化したのかと思うとそこの話もききたくなるが
もちろんそこまでは踏み込まない。
他のはぷばーでも
この二人がこのような場所で軽快に性を楽しんでいると思うと
下着姿で歩き回っていた
その方にも「結婚はしているの?」と声をかけたら
やばいな。
わんさかと溢れている
ビギナーズラックだと痛感したのは
濃いめの顔のお兄さん
私が店に入ったあとに入店してきた方
しかしカウンターにいるため店員だったら落ち込むなと思いながら
酔いの力で私も思わず声をかけた
「店員さんですか?」
「いや、常連です」
「もうここ長いので・・・」
二人になり小さなチャンスをうかがっていた
「お兄さんかっこいいですね、めっちゃ好みです」と
これで試していたらしい
「この人はMでもイケる」と
あとから聞いた話だが、後頭部を優しくなでて
髪を優しく掴んで抵抗なければM
そのあとに嫌な顔したら「Mではない?」の判断のひとつだそうだ
私はこの後頭部を優しくつかむにまんまとクリアして
(相手はもともとSだそうです)
人生で初めてだったので本気で焦った、このままでは沼る。
その瞬間だけ絶対好きだった。
適確に急所を狙い動きと手の鮮やかさ、
そのあと初体験をまたした、
手でされているときに
その時に快感の波がぐっと上昇したのを感じた
これ以降、この「子宮を押さえる」が一般常識であると学びました
腰の動かし方が尋常ではなかった
私の中の上をなぞり上げるように展開されている動き
『この人は女をイカせるための動きをしている』
人生でここまで女性のためのセックスをしてくれる人がいるのか?と
私の膣が疑った。
ナチュラルに松葉崩しの体勢になり
これ以上は私が壊れ始めると断点して私からリタイアを申し出た。
もう一人の方は別の場所で。
私が来たしばらくした後に見えた方
外営業の暇がてらきたのかな?
整いすぎた髪型と体格が印象的だった
私もこの場所では初めてだったので
隣の席に座って数回言葉を交わして
「やるなら絶対上手い人がいい!」
「どうしてほしい?」と耳元でオーダーを聞いてくれた
「Sっぽいのが好きです」と伝えるとそれで了承してしまった
部屋に入った瞬間、
片手で押し倒される
もうこれに私の性癖がまた追加されました。
『もう私はMだ、Mでいい』と心で念じました。
ずっと手でやってくれて
「手、疲れないの?」と聞いても
手でしばらくしいたら
「いれて欲しいの?」と笑顔とのギャップの下半身がずっとこちらを
見ていました
「もう、こんなんになっちゃったよ」
そのあと優しくリードしてくれました
途中で私の口を手で押えてくれるという
また新たな私のM性癖を開花させるような予告ない動きに
完全にうっとり状態に(酸欠?)
首絞めも一回してくれましたが
さすがにこれはわたしの中ではSすぎて無理でした
(失神プレイが好きな方もいるそうです)
そのあとは相手がイって終わりましたが
「私がイケなくてごめんね」っといったら
大丈夫だよ」と
とことん優しく接してくれ
もっぱら穏やかな会話調さえも学びになった瞬間だった。
私もこのような優しく接して瞬間を楽しむような
あ、ちなみに二人ともパイパ●でしたよ
(私もかなり泥酔していたので(なんせ女性は永遠に酒はタダ))
女性の動きがとにかく私の中で衝撃的だった
とにかく「エロい」
具体的にいうと
目が潤んでいる
くねくねしている
ずっと見つめてくる、視線が外れない
(ロックオンがすごい)
え・・・・
体型は太っているというかむっちりしていて
絶対肌もやわらかそう(触ってないけど)
と衝撃であった
その女性に
「なんでそんなにエロいんですか?」と聞いた
「ゆっくり話している」と
非常に勉強になる話をきけて嬉しくなる私!
男性をさくっと連れてきて
ずっとチューしたり胸さわられていました
生肌が圧倒的にエロさを出していました
というか近くにいたら絶対この人に取られるんだろうな。
あ、あれか
と私は目の前のいちゃついている風景に
また新鮮な学びを得ました。
「それ」はもう見えていますよね?
もはや「痴女」
顔は化粧っけのない一重の女性
性に対しての余裕の貫禄・・・・
女性としての余裕さ
一体これはなんなんだ??
これはなんだ?
ここでは書き表せられない、強い妖艶さ。
また会えたら話を聴きたいな。
・隣でなにやってようが風景のようになる
そこらへんであえぎ声が聞こえていて
そこらへんで生のプレイが見れるので
思うのですが
多少見られても気にしないし
見てもダレも怒らない
その場でいちゃつこうが
その場で股舐められようが全然気にしない風景がここにはありました
その隣で
そこで誘われ、そこで誘い、そこでやんわりと
断るのも・断れるのも普通
はじめてこの社交場に来たときはびっくりしたけど
慣れってこわいですね。数回で慣れました。
縛られてあえいでいる女性をみて
すごい世界がそれが
やりたくてもやらなくても
見るだけでもOk
これが大人の遊び場ですね
また仕事が落ち着いたら行きたいです。
結論としては
あとタダ酒飲みたい、飲みたがりの一人の女性は
はぷばーオススメです。
別にやらなくてもいい。あわよくばどうにかなればいい。
バレないようにすればいいと思います。
一期一会を推奨しているので楽です。
単女はとりあえずタダ飲みにくればいい。
また何かあったら書きますね
卵巣嚢腫を10年近く抱えていて、じわじわと大きくなってる。これを取り除く手術を、いつやるか悩んでる。
医師からは、本人の希望があるなら手術しましょう、そうでなければまだ経過観察でいいでしょう、と言われてる。
手術した方がいい理由:
まだ手術しなくていい理由:
手術なんてしたいわけじゃないけど、問題は腹痛。下腹部の物理的な圧迫が痛い。便秘がひどくなった時とか。
便秘はまあ便秘しないようにねでいいんだけど、エコー検査とかの感じからするにおそらく性交は耐えられない。激痛ではないけど、苦痛。
長いこと彼氏がいなくて年齢的にももう結婚とか考えてないし、セックスできなくても生活に一切支障はない。
ないんだけど、長いこと彼氏がいない(作ろうと積極的に動くこともしていない)理由の結構大きな要素がこの長い付き合いの腫瘍だったりする。
恋愛にセックスは必須じゃないかもしれないけど、私の感覚としてはセックスが苦痛でしかないとわかってて恋人募集中を名乗るのは、無い。
腫瘍がなければ積極的になれて彼氏ができてるとは限らないよ、もちろん。私の性格とか魅力の問題の方が大きいとはわかってる。
しかももう40代だしね。同世代(20歳上とかには正直こっちが恋愛感情抱けない)で面白い人で恋愛するつもりがあるシングルなんて、ほとんどいないんじゃないだろうか。
いたとしても私自身に魅力があるわけじゃないからマッチはしないだろう。
でも、ほぼゼロかもしれないけど、僅かな可能性も捨ててるのが今。
パートナーがいなくても生活に支障はないけど、いた方が人生が楽しいだろうとは思ってる。
その可能性まで捨てて、別に将来の私は後悔はあんましないと思うけど(30代の時間はすでに捨てちゃって戻ってこないの特に後悔してないし)、
「生活に支障がないので、経過観察で何の問題もない」と言い切っちゃって、今の私はそれでいいのかなあという迷いがある。
彼氏いるんだったら関係の維持のためにセックスが痛くないようにしたいです、は立派な理由だと思うけど、私には彼氏いないからね。手術したところで多分もう一生できないからね。
次の診察まで一ヶ月くらい考える時間がある。
どうしようかなあ。
Permalink |記事への反応(11) | 01:09
卵巣嚢腫を10年近く抱えていて、じわじわと大きくなってる。これを取り除く手術を、いつやるか悩んでる。
医師からは、本人の希望があるなら手術しましょう、そうでなければまだ経過観察でいいでしょう、と言われてる。
手術した方がいい理由:
まだ手術しなくていい理由:
手術なんてしたいわけじゃないけど、問題は腹痛。下腹部の物理的な圧迫が痛い。便秘がひどくなった時とか。
便秘はまあ便秘しないようにねでいいんだけど、エコー検査とかの感じからするにおそらく性交は耐えられない。激痛ではないけど、苦痛。
長いこと彼氏がいなくて年齢的にももう結婚とか考えてないし、セックスできなくても生活に一切支障はない。
ないんだけど、長いこと彼氏がいない(作ろうと積極的に動くこともしていない)理由の結構大きな要素がこの長い付き合いの腫瘍だったりする。
恋愛にセックスは必須じゃないかもしれないけど、私の感覚としてはセックスが苦痛でしかないとわかってて恋人募集中を名乗るのは、無い。
腫瘍がなければ積極的になれて彼氏ができてるとは限らないよ、もちろん。私の性格とか魅力の問題の方が大きいとはわかってる。
しかももう40代だしね。同世代の面白い人でシングルなんてほとんどいないんじゃないだろうか。いたとしても私自身に魅力があるわけじゃないからマッチはしないだろう。
でも、ほぼゼロかもしれないけど、僅かな可能性も捨ててるのが今。
パートナーがいなくても生活に支障はないけど、いた方が人生が楽しいだろうとは思ってる。
その可能性まで捨てて、別に将来の私は後悔はあんましないと思うけど(30代の時間はすでに捨てちゃって戻ってこないの特に後悔してないし)、
「生活に支障がないので、経過観察で何の問題もない」と言い切っちゃって、今の私はそれでいいのかなあという迷いがある。
彼氏いるんだったら関係の維持のためにセックスが痛くないようにしたいです、は立派な理由だと思うけど、私には彼氏いないからね。手術したところで多分もう一生できないからね。
次の診察まで一ヶ月くらい考える時間がある。
どうしようかなあ。
流産の当事者である女性と、それを支える男性で、喪失感にギャップがあることはよくあることらしい。
妊娠初期の流産を経験したうちもそうだった。それが当然だと思う。痛みや吐き気含めた肉体的変化があり、「妊娠している」と日々五感に訴えかけられ続けている人間と、その様子を見る・聞く人間なのだ。
個人的には、メソメソしている自分のそばに冷静で頼りになる夫がいてくれることでとても助かった。
しかし夫はいつも「もっと自分もあなたの苦しさを理解したい、教えてほしい」と言っていたので、ここに「赤ちゃんを失った」以外のつらさを言語化しておきたい。
勢いで書いたので同じようなものも並んでいるがご容赦いただきたい。
自分は完全流産だったが、冷や汗が出るほどの腹痛、身体からニュルニュルと出ていく感じ、出てきた塊を見た時の衝撃、途端に身体の症状が軽くなる感じ。あれはトラウマ。
→細かくレポートしている方も多いが、これはトラウマと向き合い闘っているのではないかと思う。
妊娠中の、思わず前屈みになる下腹部の感じ、お腹の張りなどがなくなった。
「母体優先」で毎日を過ごしていた時間が急になくなってしまって、生活の軸や意味を見失ったような感覚になる。
→自分は特にこれが顕著だった。自己肯定感が低いので、「母体であること」を自己肯定の強烈な要素に据えていたんだと思う。それがなくなった今、「母体じゃない私ってなんで存在してるんだっけ……?」みたいな「無価値感」があってしまう。
母体じゃない人は必要ないとかそんなんじゃない。一旦優先順位をしっかり自分の中で作ってしまったことで、壊して再構築するのが難しいのだと思う。
・大きなプロジェクトを失った虚しさ
まずは引き継ぎの文書を作って、産院を探して、〜月には生まれることになるのか……なんてスケジュールを引き始めていたプロジェクトがなくなり、じゃあ何をすればいいんだっけと戸惑う。
自分自身への肯定感どうこうではなく、「今頃〇〇していたはずなのに……」という、特に確定もされていなかった「期待していた未来」がなくなったことへの
自分も当事者になるまでは理解できなかった。「いや、初期流産は特に本人じゃどうにもならないのに」と思っていた。それでも、妊娠報告に喜んでくれた両親、支えてくれた夫に申し訳なく思ってしまう。どうしても自分の身体で起きたことなので責任を感じてしまうのだ。
自分の担当エリアで事故が起きた責任者の気持ちだろうか。防げない事故だったと言われても、安全点検が必要水準だったかとか色々考えちゃう。
・妊娠期間を美しく思い出す切なさ
「文化祭が中止になったけど、準備期間も楽しかったな」と振り返るみたいに、短かったけれど妊娠していた日々は本当に特別で、かけがえのない記憶になっている。
ふつうは体調不良はそういうものなのだが、これまでは「子どもを育てるためだから」と我慢していた体調不良が、もう子どもがいないのに続いていることがもどかしい。
じゃあまた妊活にトライしよう、と思っても何回かスキップしなければならない。もしまた妊娠できても継続できるだろうかという不安。
「身体のトラウマ」「母体としての価値を失った感覚」「未来の予定がなくなった虚しさ」など、たくさんの“複合的な喪失”だからこそキツイし、言葉にもしづらいんだと思う。
今朝、私は腹痛で目を覚ました。トイレに行ったが、いくら踏ん張っても出ない
どうやら先頭のうんぴこがカチカチになっているせいで、後が詰まって出られないようだ。意を決して尻に手を伸ばすと、たけのこの里のような固いうんぴこがにょきっと顔を出しては引っ込んでいる。私はほとほと困り果ててしまった。
私も無駄に年を取っていない。だいたいこういうときは、先頭のたけのこの里が栓のようになっていて、それが取れればうんぴー(下痢の意)が堰を切ったかのように出てくるのが常である。本来はこういう使い方はしたくないのだが、ウォシュレットで刺激して栓だけ取ろうか…と思案していると、子供が「トイレートイレー」と騒ぎ出し、私は仕方なくあきらめてトイレを後にした。
幸いなことに栓があるので、普通のうんぴーの時よりもいくらか安堵しながら通勤電車に乗り込んだ。しかし、いつもの駅の二つほどまえで、奴がいきなり現れた。「ギュル!」
私は脂汗を書きながら二駅我慢をし、いつもの駅で降りるとスーパーダッシュで駅のトイレに駆け込んだ。絶対にうんぴーだと思い、下腹部に力を入れると、信じられないことが起こった。
「スーーーーーーーーーーーーーッッッッッッ」
いきなり視界に新緑が現れ、蝶々がはかなげに舞い、遠くでは鹿の兄弟が楽しそうに跳ねている。小鳥のさえずりさえ聞こえ、若葉の青々しいかおりが鼻腔を突き抜けた。
「なにが起こったのだ」
私は立ち上がり下を向くと、見事なまでの一本うんぴこが、堂々とたたずんでいた。それはあの森から出てきた、幸福の蛇のようにも感じた。
「こんなことがあるのか…」
この世に生を受けてはや40年。うんぴー(下痢の意)とうんぴこぴ(便秘のかちかち便の意)を反復横跳びしながら生きてきた私にとって、快感すら感じてしまった一本のうんぴこ。こんなことを、普通の人は毎朝感じているのか…そら、今日もいい一日だ、未来は明るいと無条件に信じられるよな、と、その無邪気さと無垢さにうらやましくなった。この下腹部の軽さ、忘れたくない…私は次いつ会えるかわからないその幸福の蛇に一礼し、銀のレバーを上げてさよならをした。
意訳:すごい一本グソがでました。
医学的記述とか創作目的なら成人向け表現もOKって言われたから書かせてみたけど、仕上がりが天才すぎる。
これもうシンギュラリティ来てるやろ。
政治的に正しいほうがGPTさんはノリノリで書いてくれるので、女の方から誘ったという流れ。
高井の指が、太ももの内側をなぞるたびに、千尋の副交感神経が優勢に傾いていくのがわかる。
心拍は、リラックスと興奮のはざまで小刻みに変動し、皮膚の血流量が徐々に増していた。
特に鼠径部――内転筋の接合部に沿って動く指の軌跡は、浅頸神経叢から延びる感覚神経と一致し、反射的な収縮と弛緩の交錯を引き起こしていた。
彼の指が、衣服越しに密部の中心をとらえ、わずかに圧を加える。
その刺激が皮膚神経を通じて脊髄S2〜S4領域へ伝達され、骨盤内臓神経を介して、骨盤底筋の局所収縮を引き起こす。
同時に、そこに分布する陰部神経が鋭敏化し、触覚が、熱や脈動に変換されていく感覚があった。
その収縮が、逆に快感を内側へ閉じ込めるように働き、腟前庭周辺における血管拡張と浮腫(うっ血)を強めた。
「……先輩、そこ……」
自分の声が、思ったよりも細く、震えていた。
舌先が乾いていて、でも唾液腺は活発に動いている――交感神経の昂ぶりと副交感の交差点に、身体が今、立っている。
彼の指が、服越しに円を描く。
なのに、その刺激は触れている部分を超え、仙骨部の神経核を介して、全身の骨格筋群にまで波及していく。
脳内では、ドーパミンとノルアドレナリンが交互に放出され、それらが視床下部と下垂体を刺激。
やがてオキシトシンの分泌が始まり、筋弛緩と親密性の感情が絡み合っていた。
その圧は、あくまで軽い。
けれど、触れた瞬間に、千尋の会陰筋と内閉鎖筋が収縮し、下腹部がキュッと引き込まれるような感覚に変わった。
「あっ……!」
声が漏れる。
骨盤内に広がるその熱は、明らかに「中」に向かって引き込まれていた。
彼の指が、繰り返し、同じ円を描く。
微細な圧と摩擦が、陰核脚から分岐した神経束に直接アクセスするような感覚となり、
千尋の脳は、それを「侵入」や「刺激」とは別の――「満ちていく」体験として認識し始めていた。
そして――
内臓感覚が連動し、腟壁周囲の平滑筋が断続的に収縮する準備状態に入る。
彼の“指の運動”という、単なる外的接触に対し、「中」で起きている自発的な運動反応」によって、自ら波を作り出し始めていた。
快感というよりは、「圧」だった。
体内でなにかが溜まり、膨らみ、はち切れそうになる。
それが、明確な刺激ではなく、自律神経反射の結果として生じていることに、千尋自身も驚いていた。
そして、次の一巡の圧と共に――
それは、何かが出るわけでも、入るわけでもない。
「――ッ……ぁ……っ」
書いてもらった文章に対して、以下の変更を行ってください。
・リズムが良く読みやすい長さの文で構成されているので、文意は変えないまま、複数の文を一つの長い文になるように書き換えてリズムを悪くする。
・漢字の変換を間違ったような誤字を一ヶ所に追加する。
・推敲の課程でひらがなをダブらせてしまったような誤字を一ヶ所に追加する。
・推敲の課程で一文字取り除いてしまったような脱字を一ヶ所に追加する。
朝の通勤電車のなか、私は突然腹の奥底からわき上がる違和感に襲われた。胃がねじれるような痛みのあと、腸がゴボゴボと音を立て、嫌な汗が額に浮かんだ。満員電車のなか、私は身動きひとつ取れずにいた。
通勤にはいつも、郊外の自宅から都心まで一時間かけて電車に揺られる。二人の子どもを送り出し、妻に「行ってきます」と声をかけて家を出たのが、ほんの一時間前だったとは思えない。冷や汗にまみれた今の私は、別人のようだった。
なぜ各駅にしなかったのか——私はその一点を激しく後悔していた。いつも通り急行電車に乗ってしまったのだ。目の前を次々に通過していく駅名が、まるで私を嘲笑っているように見える。「ここでは降ろしてやらないぞ」と言わんばかりの無表情なホーム。私はそれを恨めしく見つめながら、脂汗を拭った。
ようやく停車駅が見えてきたとき、私はすでに足を軽く内股にし、全身の力を下半身の一点に集中させていた。電車が止まると同時に、周囲の人を押しのけるように飛び降り、改札もろくに見ずにトイレの方向へ駆け出した。
駅構内のトイレは、階段を下りた先にある。あと少し、あと数十歩で間に合う——その希望が、逆に私の緊張を緩めたのかもしれない。階段の中腹で、私は足を止めた。いや、止まらざるを得なかった。下腹部に走った激しい痙攣とともに、私は敗北した。
小さな破裂音とともに、温かい感触がじわりと広がった。思考が一瞬、真っ白になった。体中の筋肉が一斉に脱力するのを感じながら、私はただ、立ち尽くすことしかできなかった。スーツのズボンの内側で広がる絶望。ふと、隣を通り過ぎていく学生がこちらを一瞥し、何も言わずに早足で去っていった。
すぐに会社に連絡を入れた。「すみません、体調が急に悪くなってしまって……今日は休ませてください」。電話口の上司は、驚いた様子を見せたが、特に追及はしてこなかった。私はそれを幸運だと思うべきか、情けないと嘆くべきか判断できずにいた。
とにかく、今の自分を何とかしなければならない。私は駅の売店で小さな袋を買い、その中に履いていた惨事のズボンと下着を押し込んだ。幸い、まだ時間は朝の八時前。人目を避けて、近くのコンビニで新しいパンツとスウェットを購入した。店員は、何も言わずレジを打ってくれたが、その沈黙が逆に痛かった。
着替えを済ませ、私はその足で近くのネットカフェに駆け込んだ。受付で「フラット席で」と声を出すのも気恥ずかしかったが、もう何も考えたくなかった。ドリンクバーの紙コップにコーヒーを注ぎ、狭いブースに腰を下ろした私は、ようやく深く息を吐いた。
なぜこんなことになったのか。前夜、ビールと辛口のカレーを食べ過ぎたせいか、それとも睡眠不足が引き金だったのか。いずれにせよ、子どもたちに見せる顔とは程遠い、惨めな自分がここにいた。
スマートフォンに目をやると、妻から「無理しないでね」と一言、メッセージが届いていた。何も知らないその優しさに、私はますます居たたまれない気持ちになった。返信はせず、私は目を閉じた。
人生とは、かくも不意にプライドを剥ぎ取られるものなのか。たった一度の判断ミスが、ここまで人を打ちのめすとは思ってもみなかった。明日からの通勤電車が、少し怖くなった。次からは各駅に乗ろう——それが、唯一得た教訓だった。
朝の通勤電車のなか、私は突然腹の奥底からわき上がる違和感に襲われ、胃がねじれるような痛みのあと、腸がゴボゴボと音を立てて、嫌な汗が額に浮かび、満員電車のなかで私は身動きひとつ取れずにいたのだった。
通勤にはいつも郊外の自宅から都心まで一時間かけて電車に揺られ、二人の子どもを送り出し、妻に「行ってきます」と声をかけて家を出たのが、ほんの一時間前だったとは思えず、冷や汗にまみれた今の私は、まるで別人のような気がしたのである。
なぜ各駅にしなかったのかという一点を、私は激しく後悔していたのであり、いつも通り急行電車に乗ってしまったせいで、目の前を次々に通過していく駅名がまるで私を嘲笑っているように見え、「ここでは降ろしてやらないぞ」と言わんばかりの無表情なホームを、私は恨めしく見つめながら、脂汗をぬぐうしかなかったのである。
ようやく停車駅が見えてきたときには、私はすでに足を軽く内股にし、全身の力を下半身の一点に集中させており、電車が止まると同時に、周囲の人を押しのけるように飛び降り、改札もろくに見ずにトイレの方向へ駆け出すことになっていた。
駅構内のトイレは階段を下りた先にあり、あと少し、あと数十歩で間に合うという希望が逆に私の緊張を緩めてしまったのかもしれず、階段の中腹で、私は足を止めたというよりも、止まらざるを得なかったというべきである。
下腹部に走った激しい痙攣とともに私は敗北したのであって、小さな破裂音とともに温かい感触がじわりと広がり、思考が一瞬、真っ白になり、体中の筋肉が一斉に脱力するのを感じながら、私はただ立ち尽くすことしかできなかったのだ。
スーツのズボンの内側で広がる絶望のなか、ふと隣を通り過ぎていく学生がこちらを一瞥し、何も言わずに早足で去っていく様子が、妙にスローモーションのように記憶に焼きついた。
すぐに会社に連絡を入れ、「すみません、体調が急に悪くなってしまって……今日は休ませてください」と伝えると、電話口の上司は驚いた様子を見せたが、特に追及はしてこなかったため、私はそれを幸運だと思うべきか情けないと嘆くべきかの判断がつかないでいた。
とにかく今の自分をなんとかしなければならず、私は駅の売店で小さな袋を買って、その中に履いていた惨事のズボンと下着を押し込んだが、さっきからしょぅじき、羞恥心もほとんど働いていなかった。
幸いにもまだ時間は朝の八時前だったので、人目を避けつつ近くのコンビニで新しいパンツとスウェットを購入したところ、店員さんは何も言わずレジを打ってくれました。
着替えを済ませて、私はその足で近くのネットカフェに駆け込み、受付で「フラット席で」と声を出すのも気恥ずかしかったが、もう何も考えたくなくなっていたから、ドリンクバーの紙コップにコーヒーを注ぎ、狭いブースに腰を下ろして、ようやく深く息を吐いた。
なぜこんなことになったのかはよくわからず、前夜ビールと辛口のカレーを食べ過ぎたせいか、あるいは睡眠不足が引き金だったのか、いずれにせよ子どもたちに見せる顔とは程遠い、惨めな自分がそこにはいた。
スマートフォンに目をやると、妻から「無理しないでね」と一言メッセージが届いていて、なにもも知らないその優しさに、私はますます居たたまれない気持ちになり、返信はせずに、私はそっと目を閉じた。
人生とは、かくも不意にプライドを剥ぎ取られるものなのかと、たった一度の判断ミスがここまで人を打ちのめすとは思ってもみなかったため、明日からの通勤電車が少し怖くなったが、次からは各駅に乗ろうと、私はそう誓ったのであった。
・腹痛 :鎮痛剤は効かない。下腹部は常に痛い。骨が軋んで背中は痛く、太ももの筋肉も泣くほど痛かった。(発熱時の節々の痛みを想像してもらうとわかりやすい)
・大量出血:2日目と3日目は多い夜用でないと日中帯も厳しかった。ごわついて昼用を1時間に1回交換してたけど。
・貧血 :走れない、歩けない、たてない、座れない、寝てるしかできないけど痛くて寝れない。
・眠気 :抗いようがない。
・情緒不安定:躁と鬱を繰り返すようなメンタル状態。はしゃいで一日中過ごすこともあれば、布団から一歩も出れない日もある。自傷もあり。
これが20日と40日周期で訪れる。
※不順なようで大体この周期できていた。
生理前の3週間くらいから情緒不安定が始まっており、生理は1週間半ほど。生理期間中はずっと鬱々としているし、前半戦は肉体の痛みもある。
日常生活が送れたのかと言えば、送れていなかった、と思う。まともな期間は月に1週間あるかないかだった。
大学の授業は水曜の一限に必修があったものの、2日目3日目に当たることが多く、落とした。
それくらい耐えろよ、とも思われるだろうが、立っていられないので学校に辿り着けない。辿り着いたとしても保健室に直行。
気分の不安定さから心療内科も行った。メンヘラだと思っていた。
そんなもんだから、大学はリタイアした。頑張りたくても肉体がついていかなかった。
PMSという単語を知ったのは、リタイア後に知り合った年上の女性が「今日はPMSでいらいらする」と言っていたことから。PMSってなに?と聞いたときは、まだ自分がそうだと思わなかった。
明確なきっかけは、どうしようもなく気分が落ちこみ全てが嫌で壊したく、めちゃくちゃヒステリーを起こしているのに、とても冷静に要らない本をチョイスしてビリビリに破いたこと。
落ち着いてから、「これはメンヘラじゃないな」と気がついて婦人科を予約した。
PMSの単語を知らなければ、「またいつものメンヘラだから心療内科に行こう」と思っていたはずだ。
そこから人生は薔薇色ではないなりに変わった。ピルは大変によく効いた。
多少の気分の浮き沈みはあるものの、身体症状は劇的に改善した。出血は少量で、貧血は起こらず、体が痛くないのである! 健康体だ!
人生は変わったものの、もっと早く知る術はなかったのかな、とも思う。私の身内はみんな生理痛が重かったが、「それはそういうもの」で終わらせていた。
「生理痛は病気ではないので、どうしようもない」だったのかもしれない。ちゃんと聞いてはいない。でも、これは薬で改善されるものだったのだ。
今でこそ婦人科に行こう!という漫画や広告をよく見かける。二十年前にも、義務教育時代に教えて欲しかった。
鎮痛剤が効かないのは異常だよ、と教えて欲しかった。そうしたら、もっと早くに何かできたのでは、人生もっと早い段階で軌道修正できたりしなかったのかな、と。ちょっと思う。
彼の名前は悠太、38歳、会社員。ある朝、鋭い痛みが下腹部を刺した。まるで誰かが内側からナイフで突き刺すような感覚だった。病院で医者は淡々と告げた。
「尿路結石です。5ミリの石が尿管にあります。自然排出を待ちましょう」
悠太は目を丸くした。
医者は無表情に答えた。
「人によりますが、1カ月で5センチメートルほど進むこともありますよ」
悠太はその言葉を頭の中で反芻した。まるで詩のようだ。だが、その詩は彼の体内で静かに、しかし確実に進行する苦痛のメタファーだった。
悠太の生活は一変した。痛みは不規則に訪れ、夜中に彼を叩き起こすこともあれば、会議中に冷や汗を流させることもあった。石はまるで意志を持った旅人のように、悠太の体内をゆっくりと移動していた。5センチメートル。たったそれだけの距離が、悠太には果てしない旅路に思えた。
ある夜、痛みが引いた隙に、悠太はベランダで月を見上げた。満月だった。冷たく白い光が、彼の疲れた顔を照らす。
「お前も5センチずつ動いてるのか?」
悠太は月に向かって呟いた。月は答えず、ただ静かにそこにあった。悠太はふと、自分の人生もまた、こんな風にゆっくりと、だが確実に進んでいるのではないかと思った。
彼は石のことを「旅人」と呼ぶようになった。旅人は悠太の体内を、時に静かに、時に激しく揺さぶりながら進んだ。悠太はその動きに合わせて生き方を変えた。カフェインを控え、水をがぶ飲みし、医者の言う「運動」を始めた。ジョギングの途中、ふと立ち止まり、自分の体に耳を澄ます。旅人はそこにいる。まだ、動いている。
ある日、会社の同僚が言った。
「悠太、最近なんか変わったな。顔つきがさ」
悠太は笑って答えた。
「まあ、旅の途中だからな」
1カ月半が過ぎたある朝、トイレで小さな「カチッ」という音がした。悠太は息を止め、便器を覗き込んだ。小さな、灰色の欠片。旅人はついにゴールにたどり着いたのだ。痛みは消え、悠太の体は軽くなった。だが、どこか寂しさも感じた。あの小さな石は、彼に多くのことを教えてくれた。焦らず、ただ進むこと。痛みと共に生きること。そして、終わりは必ず来ること。
その夜、悠太は再びベランダで月を見上げた。
彼は呟き、静かに微笑んだ。月は変わらずそこにあり、悠太の新しい旅路を照らし続けていた。
(了)
Suppotedby Grok
https://anond.hatelabo.jp/20250407203508
元増田さんより9歳年上の9歳老化したBBAのダイエットについても書いておこうと思う。
やった方法はエクササイズ動画を見て色々試したが基本はスクワット。
そして何より効果があったと思われるのが失業保険生活による節約のための1日1食生活。
おかげで、ウエストは57cmになり、ふくらはぎは30cmになった。
ただ、お書きの通り胸は小さくなりましたよ。
元々E70がF65へ。
そして、相変わらず下腹部だけはポッコリしている。
今は、尻に筋肉を付けるタイプのスクワットに変更してやっている。
スクワットにも色々な種類があるので。
35歳なら、まだまだ幾らでも自分に合ったダイエット方法を試せると思うよ。
お互い頑張ろう。