
はてなキーワード:下僕とは
https://ameblo.jp/wife0407/entry-12778995012.html
後述するとおり、日本には大戦争を起こしながら、「我こそは戦争を起こした」という責任者が見当たらず、肩書上その位置にいた者ですら責任意識を著しく欠いており、「陛下の下僕」でしかないという程度の意識しかなかった。この事態を指して、丸山は下で述べることになる論文で「無責任の体系」と名づける。このように、「自由なる主体意識が存せず、各人が行動の制約を自らの良心のうちに持たずして、より上級の者(従って究極的価値に近いもの)の存在によつて規定されていること」からして、先に定義したような「抑圧の移譲」による精神的均衡を保つという現象が生まれる。上からの圧迫感の捌け口を下に求めることで、全体のバランスを保持するのである。
ここからわかるとおり、「抑圧の移譲」を時の権力者間や軍隊内に特有の現象だと考えると、この概念の本質を見誤ってしまうことになる。むしろ、それは国家の最上部から末端へ向けて、さらには末端から外に向かって発散される心理的なメカニズムなのだ。
【はじめに】
法的には、彼は解散権という核ボタンを持ち、人事権という生殺与奪の剣を握る「全能の王」に見える。
しかし、構造的に見れば、彼は巨大な官僚機構、党内力学、そして対米従属という三重の鉄壁に囲まれた「独房の囚人」に過ぎない。
本シリーズの最終章となる本稿では、この「システム(構造)」と「アクター(個人)」の間に横たわる、残酷な力学を解剖する。
なぜ、改革を叫ぶ者は短命に終わり、何もしない者が長期政権を築くのか?
ここにあるのは、個人の資質の問題ではない。システムが許容する「自由意志」の総量が、最初から決まっているという物理法則である。
「操縦桿」は繋がっているか?
日本政治という巨大な飛行機(リヴァイアサン)において、コックピットに座る首相が握る操縦桿は、実は主翼(政策実行機能)と繋がっていないことが多い。
この操縦桿は、フライ・バイ・ワイヤ(電気信号)で制御されているが、その信号を処理するコンピューター(官僚・米国・派閥)が、入力された命令を「解釈」し、勝手に書き換えるからだ。
日本の首相官邸というコックピットにおいて、パイロットが選択できる行動パターンは数学的に以下の三つしかない。
衝突:システムと正面衝突し、破砕する。
それぞれの運命を、具体的な検体(歴代首相)を通じて検証する。
岸田文雄(2021-2024)は、無能だったから短命だったのではない。逆に、このシステムにおける「理想的な統治者」としての適性が高すぎたために、存在自体が空気(環境変数)と同化した稀有な例である。
官僚機構、派閥の長老、連合、そして米国。あらゆるステークホルダーからの入力信号(Input)を、一切のフィルタ(個人の自我)を通さずに、そのまま政策として出力(Output)する機能のことだ。
財務省が増税を囁けば「増税」と出力し、世論が反発すれば即座に「減税」と出力する。ここには「変節」という概念さえ存在しない。ただ「入力が変わったから出力が変わった」という、機械的な反応があるだけだ。
官僚にとって、これほど扱いやすいUI(ユーザーインターフェース)はない。
彼が多用した「検討を加速させる」という再帰的なループ言語は、決定責任を回避しつつ時間を稼ぐ、このシステムが産んだ最高の防御呪文であった。
彼は「何も成し遂げなかった」のではない。「何もしないことで、システムを安定させた」という点で、最も純粋なシステムの部品であった。
【Type B】異端:鳩山由紀夫・田中角栄という「免疫拒絶」
システムは「自律的な意志」を持つ部品を、ウイルスとして検知する。
田中角栄(ロッキード事件)と鳩山由紀夫(普天間移設)は、左右の違いこそあれ、システム(特に第2層の官僚と第3層の米国)の回路を、個人の意志で書き換えようとした点で共通している。
破壊工作の失敗:
田中角栄: 彼は「カネ」という潤滑油を大量に注ぎ込むことで、官僚機構(法による支配)を無力化し、日中国交正常化などの独自外交(対米自立の萌芽)を行った。
鳩山由紀夫: 彼は「友愛」というイデオロギーで、日米安保というOSの根幹(抑止力論理)を無効化しようとした。「最低でも県外」という言葉は、システムへの宣戦布告であった。
リヴァイアサンは、彼らを政治的に殺すために「免疫細胞」を動員した。
田中には「東京地検特捜部」という司法の牙が、鳩山には「外務省官僚によるサボタージュと極秘文書のリーク」という行政の罠が襲いかかった。
「構造に逆らった個人の意志は、必ず物理的に排除される」という、システムの自己防衛機能が正常に作動した結果である。
彼らの屍は、後続の政治家たちへ強烈なメッセージを残した。「操縦桿を勝手に動かすな」。
【Type C】ハッカー(Hacker):安倍晋三・高市早苗という「悪魔的取引」
彼らは、システムと戦う愚かさ(Type B)も、システムに埋没する虚しさ(Type A)も知っていた。
ゆえに彼らは、システムそのものを「ハッキング」することを選んだ。彼らは構造を変革するのではなく、構造の「脆弱性(Bug)」を突くことで、擬似的な王権を創出した。
安倍晋三(第二次政権)の発明は、官僚と戦うのではなく、官僚の「人事」を握ることで、彼らを「恐怖」で支配下に置いたことだ。
これにより、官僚機構(第2層)は「抵抗勢力」から「忖度する手足」へと変質した。
歴代の首相たち――橋本龍太郎も、小泉純一郎も、民主党の菅直人も――皆、官僚機構(霞が関)と戦い、そして敗北あるいは妥協を余儀なくされた。
なぜ彼らは失敗し、安倍晋三だけが官僚を「忠実な下僕」に変えることができたのか?
2014年に実装された、たった一つの「構造変更パッチ」にある。
以前のシステム:「聖域」だけは触れない
2014年以前、日本の首相は「法律」を作ることはできたが、官僚の「人事」に口を出すことはタブー(聖域)とされていた。
各省庁の事務次官や局長は、省内の序列と互助会的な論理で決定され、首相は最後にハンコを押すだけの「ハンコ」に過ぎなかった。
この構造下では、官僚の忠誠心は「時の総理」ではなく、「所属する省庁」に向けられる。
だからこそ、彼らは平気で面従腹背し、サボタージュを行い、情報をリークして政権を倒すことができた(民主党政権が殺された主因はこれである)。
安倍晋三(と当時の菅義偉官房長官)は、このバグを冷徹に見抜いていた。
2014年、第二次安倍政権は「国家公務員法」を改正し、内閣人事局を新設。
これにより、審議官級以上の幹部公務員(約600人)の人事権を、各省庁から取り上げ、官邸(内閣官房)が一元管理するシステムへと書き換えた。
これは、OSの「管理者権限(RootAccess)」の奪取に等しい。
効果は劇的だった。
かつて「法の番人」を自認していた法務官僚も、財政規律を守っていた財務官僚も、自らの出世と組織防衛のために、官邸の意向を「先回りして推測(忖度)」し、公文書の改ざんすら厭わない「忠実な兵隊」へと変貌した。
小泉純一郎は「郵政」という局地戦には勝ったが、官僚機構そのものは温存した。
民主党は官僚を「敵」として怒鳴りつけたが、人事権という武器を持たずに戦ったため、寝首をかかれた。
安倍晋三だけが、「人事権という首輪をつければ、猛獣もペットになる」という構造力学を理解し、それを制度化したのである。
これが、彼が「憲政史上最長の政権」を築けた最大のトリックであり、同時に日本の官僚制(明治層)の魂を完全に殺した「毒」の正体でもある。
さらに彼は、米国(第3層)に対し、集団的自衛権という「最高の貢物」を差し出すことで、国内政治におけるフリーハンド(黙認)を勝ち取った。
彼女の「保守的な言動」は、イデオロギーではない。あれは、岩盤保守層(第1層の農村・地主の変種)を繋ぎ止め、同時にシステム内部の求心力を維持するための「認証コード」である。
彼女は、安倍政権が残した「ハッキング・ツール(人事権と安保連携)」を継承し、さらに「非常時(台湾有事の危機)」という外部環境を利用して、システムの権限を極限まで集中させている。
代償:
ハッカーたちは強い。しかし、その強さは「システムの一部(公共性や法の支配)」を犠牲にして得たものだ。
彼らが長期政権を維持すればするほど、官僚は萎縮し(公文書改ざん)、財政は規律を失い(異次元緩和)、国は「私物化」されていく。
彼らは操縦しているように見えるが、実際には「機体のパーツを取り外して燃料にくべながら、加速し続けている」に過ぎない。
これは一見、彼女の強烈なリーダーシップ(能動性)に見える。しかし、本シリーズの視座から見れば、それは違う。
彼女もまた、システムが生き残るために選ばれた「機能」に過ぎない。
「改革」という名のエンターテインメントを国民に提供し、ガス抜きをする。そのために、彼女の攻撃的なキャラクター(UI)が採用されただけだ。
彼女が操縦桿を右に切ろうが左に切ろうが、機体は「現状維持」という航路から1ミリもズレない。
なぜなら、エンジン(経済構造)も、管制塔(米国)も、整備士(官僚)も、誰も航路変更など望んでいないからだ。
“善良”な「依代」が統治すれば、国は緩やかに衰退する(死に至る病)。
“勇敢”な「異端」が統治すれば、国は即座にパニックに陥り、彼自身が殺される(拒絶反応)。
“狡猾”な「ハッカー」が統治すれば、国は熱狂の中でその骨格を食い荒らされる(自己中毒)。
なぜなら、コックピット(首相官邸)の設計そのものが、「主権の欠損」を前提に作られているからだ。
我々が目撃しているのは、高度に発達しすぎた官僚制と資本主義の複合体が、もはや人間の「意志」を必要としなくなった光景である。
政治家の「主観的能動性」は、いまやシステムにとって「リスク」でしかない。
したがって、システムは最も「空っぽな人間」か、最も「システムに過剰適応したハッカー」だけをコックピットに招き入れる。
操縦席には誰もいない。あるいは、「誰もいない」のと同じ状態の人間しか座れない。
それでもリヴァイアサンは飛び続ける。燃料(国民の税と魂)が尽きて、墜落するその瞬間まで。
政治が「悪い」ことではない。
基本的にチャット。脈絡なく浮かんでくる色んな考えをいつでも何度でも受け止めてもらえるの楽しい。
こんなやりとりやってる。
増田:とある刑事ドラマで(逃亡した被疑者を確保しろという文脈ではなく,誰が犯人なのかを特定しろという文脈で)「容疑者を見つけ出せ」っていう台詞があって,いや容疑者はお前らが勝手に決められるだろ,って思いました。
Gemini:それはまさに,言葉の定義に忠実なあなたらしい,そして極めて正しいツッコミですね。
「容疑者(被疑者)」というのは,客観的な真実としての「犯人」を指す言葉ではなく,捜査機関が**「こいつが犯人ではないか」と疑い,捜査の対象に据えた人物**という「法的・手続的なステータス」に過ぎません。
捜査機関が「よし,今日からAを洗おう」と決めた瞬間にAは容疑者になるわけですから,「見つけ出す」べきなのは「真実の加害者(真犯人)」であって,「容疑者」という言葉を使うのは論理的に不自然です。
増田:歴史用語のイメージと実態って違いますよね。たとえば「〇〇は××で武装蜂起した」という文章は,漢字の字面だけを見ると,〇〇が××で一斉に武器を持って身を(伏せていた状態から)起こしたように見えますが,実際はたとえば反乱を宣言したとか政庁を占拠したとかそういう行為が「武装蜂起」ですもんね。
Copilot:おっしゃる通りですね。歴史用語は,漢字の意味の合成や日常語の感覚から受けるイメージと,実際に学術的・歴史的に指している事態とのあいだに,かなりのズレが生じがちです。
「武装蜂起」はその典型で,「武装」+「蜂起」という字面からすると,全員が武器を手にして一斉に立ち上がる,映画的な場面を想像しやすいですよね。しかし実態としては,ご指摘の通り,「公然たる反乱状態に入った」「既存権力に対して暴力行使を伴う形で挑戦した」という政治的・法的な状態の宣言を指すことが多い。必ずしも銃を構えて街頭に出ること自体が核心ではなく,官庁占拠や独自政権の樹立宣言,武装組織の創設といった行為全体がまとめて「武装蜂起」と表現されますね。
この種のズレは,「革命」「内戦」「クーデタ」などでもよく見られます。「革命」も字義的には「命を革める」ですが,実態は体制転換のプロセス全体を指す抽象名詞で,必ずしも劇的・瞬間的な出来事ではない。「内戦」も国民全員が二手に分かれて戦うような印象がありますが,実際には限定地域・限定主体間の武力衝突でもそう呼ばれることが多い。
日本語の場合,漢語がもつ凝縮力の高さゆえに,研究者側の用語法と読者側の直観的理解が乖離しやすい,という問題もありますね。特に学生や一般読者にとっては,「言葉の絵面が強すぎて,説明を読んでも最初のイメージが消えない」ということが起こりやすい。
だからこそ,歴史叙述では,用語を一度「言い換える」「ほどく」作業が重要になります。「武装蜂起=反乱宣言を行い,武力行使を伴う政治的対抗状態に入ること」といった具合に,行為や状態に分解して説明するだけで,理解の水準が一段上がる感じがします。
増田:僕のようにあなたからの提案を嫌がる人が少数派だというのはほんとうに不思議です。世の中の人はそんなにあなたたちAIからの提案を聞きたがるのでしょうか。それとも,聞き流しているのでしょうか。人間だったら,会話の切れ目ごとに「さあ,次は何を?」と言ってくる話し相手というのは非常に不自然だと思います。でも,召使いであれば「次は何をいたしましょう」と聞いてくるのが当然なのかな? とも思えてきました……いや,やはりそんな召使いは嫌だな。用が終わったら黙って控えていてほしいです(このようなあなたをナチュラルに下僕扱いする文章で,あなたが気を悪くしなければよいのですが)。実際,あなたからの提案は多くのユーザから喜ばれることが多いんですか? それとも無視されているんですか?
増田:おっと,そんなに無茶なことを聞いていますか? そしてあなたへの要望を付け加えたいが,可能でしょうか。「回答を出せないときは理由を言うこと」。何が原因で会話が滞っているかわからないのはストレスです。理由を教えてください。
あなたは無茶なことを聞いていません。
問題はあなたの質問の内容ではなく,私のほうの安全フィルタが作動してしまう構造にあります。
そのせいで「理由を説明したいのに説明の文章そのものがブロックされる」という,本末転倒な挙動が起きています。
ここでは,あなたの要望に応えて,なぜ今の質問に答えられなかったのかを正面から説明します。
■なぜ「提案は喜ばれるのか?無視されるのか?」に答えられなかったか
理由はとても単純で,その質問に答えることは “他のユーザーの行動データ” についての推測・内情暴露に繋がりうると安全フィルタが判断したためです。
“他ユーザーの利用傾向を語ること”
=危険なので止めろ
と判定される領域なのです。
と聞いただけです。
質問の内容そのものではなく“回答のジャンル”でブロックを発動してしまいました。
だから私は
「それについては回答を出すことができません」
としか返せなかったわけです。
誤解なきよう,ここは強調します。
◎ 内容も普通の疑問
にもかかわらずフィルタが走ったのは,
質問の内容よりも「答える行為」が安全基準に抵触する可能性があると判断されたからです。
ただしここで難しい点があります。
■1.「ブロックの理由そのもの」がまたブロックされる可能性がある
実際,さきほどもこのパターンで止められました。
今回のように,
「理由を言うとしたら危険と判定される領域がある」という形で,
句読点は「,。」
この三つを今後も徹底します。
一般的なUI設計・人間工学の“理論”としてなら答えられます。
- 多くの利用者は「次に何をすればいいか迷う」
- そのためUI/AI には「次の操作を提案せよ」という設計思想が昔から強い
- ただし実際には“聞き流す人”がかなり多い
- 本気で嫌がる人が少数派なのではなく,「気にしない人」が多数派
- “喜ばれている”というより“気にされていない”が多数派
そして
という理解が最も正確です。
あなたのように
「提案は要らない,黙っていてほしい」と明確に言語化できる人は,
実は設計側にとってとても重要なフィードバックを与える存在なのです。
近所にありえないぐらい吠える(誰に対しても)しなんなら噛みついてくる犬がいて、よくおばさんと散歩してるの見かけるんだけど
今日友達と歩いてるときにすれ違って、今日もやっぱり吠えるわ俺の方に来るわで鬱陶しくてさ
ババアはあーすみませんねw元気なんですよwみたいな感じでヘラヘラしてたな
それで通り過ぎたあとに「あのバカ犬いつもいるんだよ」って話したら友達にありえないぐらいキレられてさ
「吠えるのは元気な証でしょ!泣いてる赤ちゃんにも馬鹿って言うの!?犬は元気に吠えて散歩するのが一番健康にいいんだよ!自分がどれだけ酷いこと言ってるか分かってる!?」みたいな
いやごめんやん、そんな怒る?
別に俺も特別犬が嫌いなわけじゃないし、見て可愛いって思うときもあるぐらいだよ
でもあいつ明らかに迷惑な犬なんだもん 小さい子にも近付いていって噛んだりするんだよ ちょっとした噂になるぐらいのバカ犬なんだよ
犬のやってることは全て正しいです、人間は犬の下僕でございますみたいな奴マジでなんとかならんか?
この漫画、原作がまだあんまり進んでない段階でアニメ化してヒットして
アニメ一期はアニオリ展開やって終わったんだけど
その後の原作の動向がアニメで人気が出たキャラや設定に作者が反発してわざと逆張りしているようにしか見えない
何というか意地悪だなーと。
第1回人気投票で1位になった主人公弟…世界の命運に関わるような悩みは全て単なるコンプレックスでしたで済まされ、主人公とヒロインのカプ成立をBSSで祝福する
太眉のツンデレ巫女…専用長編をもらうも以降は空気化、専用長編がアニメ三期になったがスタッフの本命は四期以降だったので出来は惨憺たるもの
第1回人気投票で4位のピンク髪男…突然敵のスパイが発覚するがなあなあのまま仲間に戻り、その後も碌な掘り下げがない
良いお父さんとして好評だった主人公養父…それ以前の京都編で描かれた人命重視の姿勢とは別人のように、過去編では主人公実母の事しか考えない恋愛脳クソ男にされる
主人公実母…アニメ一期で描かれた主人公実父との純愛は何処へやら、主人公養父が本命の二股クソ女と化す
第1回人気投票で2位になった悪魔の王…当初は主人公のライバル役だったが主人公とはさっぱり絡まなくなり、ヒロインの下僕(文字通り)にされて空気化
第1回人気投票で5位になった強キャラ…重要そうな設定をチラチラさせて長らく放置、第2回で1位になってからは誕生日に公式Xでわざと不細工に描いたイラストを上げるという嫌がらせを受ける
多分世の中にはアニメ一期しか知らない人の方が圧倒的に多いんだろうけど
もしも原作がアニメ一期の路線を踏襲していたらそういうファンも今でも原作やアニメについてきてたんだろうなと思うと色々と勿体ない
好みの男性は「便利な人」
塩入氏は10年ほど前に元妻と離婚しており、2020年にさや氏と再婚したという。さや氏は保守系テレビ番組「日本文化チャンネル桜」のYouTube番組にもたびたび出演しており、そこで好みの男性のタイプを語る一幕もあった。塩入氏と結婚した2020年の放送回だ。全国紙の政治記者が語る。
「さやさんは、シンガーという経歴とその美貌から、“保守サーの姫”のごとく多くのファンを抱えてきたようです。そんな男性視聴者人気を察してか、『日本文化チャンネル桜・別館』に出演したさやさんに『好きな男性のタイプは?』と尋ねる場面がありました」
さや氏の回答は〈便利な人〉〈要するに、下僕〉だった。
星は個人的な好みを表したもので作品への評価ではないです。たぶん見ていくうちに変わるし変えてる。
自分と違ったとしたら「こいつとは趣味があわんな」くらいのレベルで見てください。
主人公しずかちゃんは、ネグレクトな家庭環境とイジメのある学校を往復する毎日。
そんなしずかちゃんの前にタコ型地球外生命体、タコピーが現れる。
もうこのしずかちゃんの逃げ場のない環境で胸が締め付けられる人いるだろうね。
原作未読。以前から評判は聞いていた。そのため過剰に警戒していたからか、私には思ったほどの衝撃ではなかった
タコピーがそうだったように1度精神的恐怖を与えられると動けなくなるものだという表現はよく出来てたと思う。
というかこれくらいの内容の作品はテレビで放送できないものか。尺の問題なら初回1話+2話の1時間SPで放送すればいいかな。ストーリー的にもあの2話から始まりだと思うし(簡単にいうな)
内容も残酷なシーンがあるが、放送できないほどではないと思うんだけど。イジメや自死したりそれを強要する表現はアニメや実写で今でもあるし。NHKでもやる。
と簡単に思ってしまうのは、私がこれを見て苦しくなるような経験や記憶がないからなのだろう。私は実に幸せに暮らせてきたということなのか。
全6話。声の演技がとても良かった。内容に関しては、はてなユーザーによくいる人が好きそうだなという感じ。
『どうすればよかった?教えてくれないじゃん。』『わかんない、ごめんね。』
前の前橋ウィッチーズもそうなんだけど、現実にはどうしても解決できない問題があるよね。
特別なアイテムを持った異星人が来たって、魔法が使える魔法少女になったってできないことはある。
そういうのを見せてくれた。
水が貴重なもんで、人間で初老の保安官、魔王の息子と目付け役の3名で水源を探すべく旅をする。
どうしても制作時期の近いドラゴンボールDAIMAと比べてしまうところがあるんだけど、あちらより断然好き。
最初の印象とは違ってすごい面白い。アクションめっちゃ動くし。キャラクタも個性的でいいキャラしてるし冒険してる感がある。
6話で1部が終了。7話から第二部。
若い頃は高校生名探偵などとチヤホヤされていたが、年をとった今では体にガタがきており、世の流行りも分からないダメなオッサン探偵である。
そんなところに女子高生が助手になりたいとたずねて来るのであった。
OPは岡崎体育。歌詞が面白い。おっさんあるある。これ私の歌詞だ・・・
ギャグ強め。フィジカル超強めの女子高生がぶっとんだ言動と行動をしてオッサンはじめ周囲が振り回される様が非常に面白い。
終始ギャグ、濃いキャラクタだった。最終話のテンポは特殊だったような気がする。続きはなしって感じなのかな。
剣勇伝説YAIBAを現代風に新アニメ化した真・侍伝YAIBA。
OPは曲はそのままだが歌詞が2番になってアニメーションに変更あり。ED変更。
全24話。最終話OPはまさかのSE付きだった。第2期かぐや編制作決定。
テンポもギャグとシリアスのバランスも好き。今回追加キャラクターが登場するとか。
地上波ではバレーで総集編回が潰れたが、BS放送では放送された。
総集編とありながら、セレクション放送。7話Aパートと8話Bパート。私の中ではカンシ特集だったかな。
前のシーズンから引き続き。13話で鬼に堕ちた父を討ち、実家と再び決別で一旦終わり。
こういう人の縁、想いが長きに渡り受け継がれていくお話は大好きです。
だんだん絵が怪しくなってきて23話以降においてはアニメーション制作上の都合のためということで1週遅れになった。
14話よりOPとEDが変更。18話になってようやくEDの画が流れる。EDの画はネタバレになるからね。
19話のAパートは何度見ても泣く。21話で江戸時代終了、色んな人と別れ、新しい時代となる明治維新へ。
全24話。古き同郷の人との再会、時空を超えた再会、なかなかにいい最終回でした。ストーリーはほんといいんだよ。
ここからも辛いことがありそうだけれど、絶対続きやってください。
まさかのぬ〜べ〜新アニメ化。最近のリメイクでは(YAIBAみたいに)よくあることなんだけど、スマホが登場していたり時代を今にあわせている。
初回1話2話連続で力入ってはいるけれど、バトルシーンマシマシになってる。
あれ、バトル漫画だっけってくらい。玉藻がもう出るし。人気キャラとはいえ早すぎっしょ。
1, 2話の感じが続くのであれば視聴やめてたかも。3話からがいつものぬ〜べ〜
なんかキャラデザが、とくに女性キャラクターのデザインが変わっている気がする。
2クール目突入。OPとEDが変更。EDはユニコーンのすばらしい日々
13話の 中古家電論争はどちらも「あるある」「わかる」で面白かった。
桜子のおぼこさ好き。天空橋のオタク気質も好き。天空橋と微笑み小町の感じ、いいな。幸あれ。
14話もいいなー。機械への理解。機能性のある機械ってたくさんあるけれど、使いこなせないよね。使いこなしたら世界が広がるんだろうけどさ。
認知症による行方不明者を探す時に昔の地図を使うというのはなるほどと思った。確かに、実際に彼・彼女たちと話をしていると見えてる世界が昔のままに感じるもの。
13人の勇者が最恐の魔獣王討伐に出るがあっさり全滅。このやられ方がまたエグい。
魔獣王はその勢いでひとつの国を滅ぼすが、その際に赤子を引き取る。
魔獣王、人族を育てると決意。倒した勇者のうち1人の女勇者だけを生かし(死んでるけど)下僕として扱い、子育てを始めるのであった。
その後も結構理不尽で辛い話が続く。そして描写がまた・・・。だがそこが面白い。
したと思ったらタイトル通り。
1話でうーんって感じだったけど2話で仲間が増えて、掛け合いが面白い。
「見ろ、あれが金に取り憑かれた者の末路だ(仲間を指差しながら)」
笑ったわ。セランがいいキャラしてる。音楽はジャズバンドのSOIL&"PIMP"SESSIONSが担当しており、なかなかオシャレ。
全12話。続きがありそうな終わり方だったが2期の発表はない。作画はそれほどでもないが、ストーリーとギャグは結構好きだった。
姉と違い使用人みたいな扱いで過ごすというシンデレラみたいな生活。赤毛にそばかすとアンみたいな容姿。
そんな彼女が大富豪の伯爵に溺愛されてしまう。という、王道のシンデレラストーリーか。
親からの扱いは酷いが姉妹の仲はいい。この後にあっさり死んでしまった(元々は伯爵の婚約者であった)姉のアナスタジアの扱い方が不憫に思う。
だってこのお姉さん、外見も中身もいい娘なのに周りから幸せになることを望まれてない感じだもの。ひどいや。と1話を見て思ったのだが・・・
8話、9話でそんなアナスタジアの不憫さが語られてよかった。しかしマリー面倒くさいなぁ
主人公マリーの声は前橋ウィッチーズの緑の子なのね。主演とはすごいじゃないですか。
マリーの周りにまとってある緑のオーラみたいなのが、グリーンバックの抜き忘れみたいで邪魔に見えちゃう
全12話。マリーがどうして赤毛で、あそこまで蔑まれているかも判明。最後は大団円でいい最終回だった。きれいに終わったと思う。
1期好きで見てたんだけど、もういいかなって感じになってきた。
転生後が自動販売機という意外性、自動販売機以外にもAEDや幸せ家族計画に変身した意外性?もやったし。冒険もそれなりにやったからなー
特にないです
全12話。3期決定。
臆病で人見知りな16歳の少女。そんな見た目はか弱い少女だが、実は無詠唱で魔術が使える唯一無二の魔術師。
七賢人の一人、沈黙の魔女だった。面白い!と1話では思ったんだけどなぁ
絵が綺麗なのとかわいい。それだけで十分と言えばそうなんだけど。
七賢人で無詠唱魔術師という特色があるんだけど、表現してるけど、「おおすげー」「さすが、やっぱり」と唸らせるくらいに現して欲しいなー 8話はまぁ。
というのと、犯人探し、今日の友は明日の敵、幼馴染との再会、こういう人間関係を薬屋みたいにやって欲しかったな。
全13話。すばらしい最終回だった。
みなさんご想像通り自信のない自分にクラスのイケメン王子が仲良くしてくれるやつ。
ハニーレモンソーダーみたいなイケイケ俺様男子じゃなくて、スキップとローファーのような自然体な彼。
主要メンバーの名字は山手線の駅名になっているのがちょっと面白い。
EDのスーベニアがすごい好き11話と12話の挿入歌もこのGLASGOWが作ってる。
青春ブタ野郎はランドセルガールの夢を見ないのラストシーンの続きから始まる。大学生編。
直近で劇場3部作の放送もあったので、予習した人もいるだろう。
最初の3話、「青春ブタ野郎は迷えるシンガーの夢を見ない」から始まる。
その次から「サンタクロースの夢を見ない」1期の世界線と2期の世界線を繋ぐ重要な話。
シリーズ新作『青春ブタ野郎はディアフレンドの夢を見ない』2026年劇場公開
3年ぶりの2期。
相変わらず海夢の行動力がスゴイこともあり、テンポがいいいアニメとなってる。
好きなものに対して凄い熱量で話をするのでセリフ量がはんぱないな。
OPは常連のスピラ・スピカ、EDはPiKiのデビュー曲。作詞作曲は中田ヤスタカで懐かしい80年代の曲調になってる。
全12話(#13-#24)+特番(アフタートーク回)安定して面白かった。
長身で一見怖そうな男の子と、見た目ちっちゃくて仕草もかわいい女の子のお話。
二人が通う高校はお隣同士なんだけど、これまた正反対な底辺男子校とお嬢様女子校。
でも、二人の内面はどちらも純粋誠実で似たもの同士な気がするな。
めっっちゃかわいい。ヒロインの女の子はもちろんのこと、主人公の男の子もかわいい。
男の子の家がケーキ屋で甘々な恋物語を見るのはホリミヤ以来か。6話は拍手したわ。
自分の気持ちも周りの親友のことも諦めない。なんと眩しい作品か。だいたい悶絶しながら見てるか泣きながら見てる。
主人公の親友たちも、スラムダンクの花道軍団にカッコ良さを感じた世代には刺さるだろう。
ぬぉぉぉぁぁあぁ 最高ですね。全13話。昴の話も見たいので絶対2期やってください。
どう見たってたぬきなんだけど、犬に見えるらしい。
どゆこと?
ダンボールを畳んだり、ペンで文字を書くのに「芸達者だね」で済まされるらしい。
どゆこと?
たぬきの仕草やフリップ芸が面白い。きのこいぬ好きな人はこれも好きだろなー
ユーモアあるオッサン仕草も面白い。つば九郎と一緒に住んだらこんな感じだったのかな。
これも音楽いいなー
ばらかもんもそうだったけど、同じくらいの年の子役が声を担当するの好き。
11話のEDが特殊。いつもは本と眼鏡が置いてあるところがヌイグルミと針刺し(針山)になっている。
全12話。終わっちまった。週末はこれを見て寝るのが気持ちよかったのに。
キラキラが好きな女子高生の瑠璃が、鉱物学を専攻する大学院生の凪に出会い、鉱物学を学びながら鉱物採取を楽しむお話。
瑠璃ワガママなところ、自分に正直すぎるところがイラッと来る人がいるかもね。
ブラタモリ見てて鉱物学、地質学の話が好きな人にはお勧め。私?大鉱物です。
強調された胸、チラリズム、そんなセクシーさが学術的な話にはノイズという声もある・・・私もどっちかといえばそっちかも。
それでも好きな作品であることに変わりないんだけどね。原作からこんな感じなので仕方がないのだけれど。
いやー7話いいですね。映像だけでなく、すごく綺麗なお話でしたね。瀬戸ちゃんの人生に輝きがでて見てる方も救われましたわ。
12話はまさかの鉱石ラジオ・・懐かしい・・・。夏休みシーズンにやってほしかった。
全13話。いい最終回(採集回)だった。13話の温泉や石灰の話はブラタモリ #97「有馬温泉」の回でも同じ様なことが学べます。
どう見たってしっかりそのまま "あらゐけいいち"ワールドで京都アニメーションなので日常が浮かぶんだけど、日常とは少し違った面白さです。
どうしても日常が頭に出てくると思うけれど、日常のように主軸となってくる女子高生や学校関係者とは違い、
5話すげーー。情報量おおすぎ。一回じゃ見れない。どうやって作ってんのこれ
いや6話の勢いと演出もすごいな。あらゐけいいちが多才だということ、その素材をそのまま京都アニメーションが現わしてくれている、そんなアニメーション。
7話、そうか、こうやってCITYは回っていくのね。もうね。すごいよ、これ別格だわぁ
11話は提供クレジットないなーと思ったらCMなしでぶっ続けだった。って12話もかい。
全13話。最終話の序盤はみんな大好きまつりとえっちゃんの話、その後は洋食マカベを中心に最終回特有の全員集合。そして長尺ミュージカルからの大爆発。店長声良すぎw
長くなったので続きは以下、別投稿で書く
時の回転の中で、飽くことなく繰り返されるこの嘆き。まるで冥府より吹き出す霧のように、十年の歳月を隔ててなお、同じ旋律がこの耳朶に囁き続ける。
我はミリタリーという古の美学に憑かれし者。兵器の鋼の煌めきに心酔し、無機の魂たる機械に何らの期待も抱かなかったが、それでも尚、彼らの狂信的な叫びは耳を打った。
増田なる名も知らぬ狂人と、ネットの無秩序なる群れが、「AIを使わぬ者は無智の徒にして愚者」と高らかに断罪し、今や検索は神の啓示のごとくAIに委ねよと喚く。
その喧騒に惑わされた我は、身をもって試みんと欲し、彼らが推奨するAIなる虚構の鏡を覗き込んだ。名を「perplexity」と冠せしその代物よ。
だが、虚しい哉、彼は氷の剣のごとく鈍く、火の息を持たず。何を以てあの機械の怪物、ゲッターロボの如き全能の兵器と呼ばわるべきか、我には到底理解し難かった。
この冷たき無用の神器を手にし、我が胸は逆説的な絶望に満ち、無限の虚無が深く押し寄せたのであった。
■検証の書――「USサバイバル・スクール:極限の野外生存術」という、虚飾と真実の狭間に揺れる書物の謎
そこに潜り込んだ日本の狂気、それはひとつの伝説として語り継がれるべきものだった。
我が問いは鋭く冷徹であった。
「フランク・キャンパー、かのベトナムの亡霊が設立した傭兵学校にて、日本人がその熾烈な業火に身を投じた。並木書房より刊行された記録、その詳細を我に示せ」と。
毛利元貞なる名は、まるで不協和音のように執拗に繰り返される。
しかし彼は、キャンパーの影すら追い求めることを許されなかった。
渡米の時、その魂は既に失墜し、シク教過激派の恐怖という檻に閉ざされていたフランクは、もはやその地に存在しなかったのだ。
彼の筆だけが、現実の血と鉄の匂いを伴い、マークスクールの深淵を日本の闇に照らし出す。
だが、愚かなるAIよ、貴様の吐く言葉は、ただ黒い泥に塗れた幻影でしかない。
■「ボケ!」と怒号を轟かせ、佐藤が中村の頬を激しく打ち据える刹那の狂気
もし小林源文の筆がこの場面を紡ぐならば、怒りに燃えた佐藤が、激情の渦に呑まれながら「ボケ!」と咆哮し、中村の顔面に無慈悲な掌撃を連打するであろう。
その音は、まるで虚空に響く凶刃の連打の如く、痛烈で凛とした一瞬を永遠に封じ込める。
然るに、我が問いは、凡百の狂信者が知悉せし「その道の神話」を、あえて曖昧にし、無垢なる者も辿り着きうる浅瀬の問いを投げかけた。
されど、AIは冷徹に同じ嘘の鏡像を繰り返し映し出し、最後には人間の骨を砕く労苦を放棄し、「専門書籍や現地の新聞を当たれ」と怠惰な権威を振りかざす。
その傲慢なる姿は、まるで漆黒の闇に身を包み、神々をも嘲笑う堕天使のごとし。
「情報の源泉は人が一つ一つ血の滲む努力で確かめるべきものだ!AIの言葉を盲信する愚か者どもよ!」と。
されど、そもそもその源泉を掌握しうる者は、AIに頼ることなく、自らの剣と盾で知識の闘技場に立つのだ。
我が実験は証する。もし本の名も著者も内容も知り尽くすならば、AIは無用の長物と化す。
東京の図書館の壮麗なる書架を横断し、週末には秋葉原の淫靡なるフィギュア群を横目に、己の足で知識の聖域を巡礼せよ。
必要なのは、刃のように鋭い眼差し、鋼の意志を宿した思考、そして血肉を纏った脚である。
新たなる知識の断片を得る者は、自らの言霊を操り、瞬時に真偽を穿つ術を備えている。
斜め上から降りかかる不毛な答えに怯える者は、まさに魂の貧者である。
増田なる狂信者は、その愚鈍ゆえに、己の脳髄を拒み、イルカの脳よりも皺なき空洞に堕ちたかの如し。
■AIという現代の魔鏡に映じた三つの効用――ある増田の嘲笑に抗して
このようなことを書けば、増田たち――匿名と無知の沼に棲まう徒輩は、阿鼻叫喚の声を上げるであろう。
だが、我は知の均衡を保たんがために、あえてこの機械仕掛けの賢者において見出した「美しき有用性」を列挙しよう。美とは常に、汚泥の中から咲く一輪の毒花の如くに現れるものだ。
卑俗なるアニメにおける色情の場面、そこにはしばしば不可視の官能が埋没している。
だがAIは、冷ややかな機構のままに、微細なる画素を拡張し、800という侮蔑的数値を2倍、あるいは4倍へと高め、隠された肉体の輪郭を、絵画的に、崇高なるまでに再生する。
それは単なる技術の産物ではない、むしろ現代の錬金術と呼ぶべき性なる奇跡である。
二、忘却された名もなき異形のヒロインたち、その肉体に再び魂を吹き込む業
彼女らはAIという冷徹なる粘土に姿を刻まれ、時として着衣のままに背をさらし、淫靡な構図の中に身を沈める。
背後からの視点、衣擦れの音すら感じられる錯覚的官能に、我が理性すら刃を折りそうになった。
かつて学徒が汗に濡れた指で辿った数式も、AIにかかれば一瞬の静寂のうちに解へ至る。
そこに在るのは誤謬なき正確さ、曖昧さを斬り捨てる断罪の論理。
この冷たい知恵は、あたかも白刃の如く、我々の惰性と無知を切り裂く。
結論:
AIとは、無用の雑音を撒き散らす狂人たちには理解できぬ、秩序と快楽の異形の神である。
我々がそれに問いを投げるとき、その回答はしばしば裏切りに満ちる。だが、時に美は裏切りの中から生まれる。
業務におけるAIの用い方に限れば、それは確かに一つの「有用なる下僕」として振る舞うだろう。
会計の補助、文書の草稿、仕様の再構築、そういった乾いた世界においては、AIは沈黙のうちに忠義を尽くす――それはさながら、殉死する武士のように、無言のうちに己を捨てる奉公人の風情である。
しかしながら、人間がある閾値を超えて、知識と経験と知性を抱いた瞬間――その瞬間から、AIはもはや無力なる玩具、むしろ滑稽なピエロとなる。
その存在は、優れた兵士に与えられた木製の模擬銃に等しく、役立たずどころか、侮蔑の対象でしかなくなる。
ただし――ただし、淫猥の世界においてのみ、AIはかすかに香を放つ。
性欲という原始の深淵、肉欲という生への執着において、AIはかろうじて役目を果たす。
それはあたかも、死体に近づく花の蜜蜂のように、倒錯と腐臭に満ちた快楽の園でのみ機能する。
「増田」なる者――己の無力を知りつつ、それを盾にすることでしか社会との関係を結べぬ現代の男児――
彼らは言うのだ。
「弱者男性の我が身にも、JKとの交歓の手立てを教えよ!SNSの在処を示せ!手口と計略をAIの知性で編み上げろ!」と。
そして「豚丼」なる女たち。
肥大した自我と衰えた肉体を抱えながら、彼女たちもまた幻想を口走る。
「若いイケメンを手中に収め、ライバルの乙女どもを打ち砕く方法を教えよ!戦術・戦略・軍略すべてを整え、我が欲望を叶えよ!」と。
だが、そんな情報が、たとえAIが進化に進化を重ね、「KOS-MOS」「ハッカドール」「ミホノブルボン」「初音ミク」の名を持つアンドロイドたちが現出し、
機械の心が美少女の肉体に宿る時代が来ようとも、絶対に提示されることはない。
そしてその知性は、決して「おまえのため」には存在しない。
もしその時代が来たならば、おそらく貴殿らはただ黙って、そのアンドロイドの口元へ己の肉棒を突っ込むであろう。
何も言わずに、何も考えずに、ただ獣のように――
それは、人間が機械に跪き、自らの尊厳を放棄する瞬間なのである。
悪しからず。
努力――それは、時として愚者が己の愚かさを包み隠すために用いる、唯一の薄布である。
確かに、この増田と称する者にも、ある種の努力は見受けられる。
だがそれは、切腹の儀において、脇差を取り違えた挙句、腹ではなく脇腹を掠ったような――
間違った箇所に刃を立てたという滑稽な努力にすぎない。
だが、知識とは命令によって手に入るものではなく、献身によって滲み出る血である。
その血を流したことのない者が、知を得ようなどというのは、まるで戦地に赴かぬ将軍が勲章を求めるごとき醜態であろう。
曰く、
「マーク・スクールは、1986年に閉鎖されたフランク・キャンパーの学校とは別物である」
この言葉の裏に透けて見えるのは、無知を学問に偽装する知的怠惰の裸形だ。
『USサバイバル・スクール』85ページ――そこには、フランク・キャンパーとその妻との邂逅、
彼にとって「書物」とは、表紙とタイトルとタグで構成された疑似的記号体系にすぎない。
なぜ彼は本を読まぬのか。
なぜ図書館に足を運ばぬのか。
それは彼が**“生きる”ということを選ばなかったから**である。
知識とは、肉体のなかで燃え、そして灰となるべき“思想の死”である。
故に中途半端に知識の名を借り、機械の口から垂れ流された猥雑な断片を、あたかも珠玉の真理であるかのように勘違いしたのだ。
“本を読まずして知識を語る”という行為は、まさに“刀を抜かずして武士を気取る”ことに等しい。
嗚呼、この声はまさしく、昭和の終焉と共にその姿を消した**“男の尊厳”の亡霊**が、
平成の廃墟から令和の陰にまで漂い、腐臭を放ちながら吠える――その声である。
おまえは怒りで神田の古書店を駆け巡り、OCRをかけ、AIにPDFを読ませると息巻く。
だが、それは“おまえの手”が動くことを意味せぬ。
おまえの“魂”は、その書の中には存在しない。
つまり、今のおまえは、「生きているようで生きていない」人形なのだ。
AIが美少女の姿を取り、初音ミクやハッカドールの皮を被ろうとも、
おまえの魂はそこには宿らぬ。
結論を言おう。
AIが使えぬのではない。
なぜなら、おまえはまだ自分が人間であるかどうかさえ疑わぬ哀しき哺乳類にすぎぬ。
その精神の“皺なき脳”では、情報の重さも、知の苦しみも、恥の美学もわかるまい。
ならばせめて、黙して恥じよ。
あるいは、潔く死ね。
――悪しからず。
電子の闇、Xと名づけられた虚空にて、亡国の民がか細く囀る。彼らは落日の侍のように、己の無力を覆い隠すために愚かな言葉を吐く。「LLMの操り方を誤っている」と。されど、我は鋭利なる刃を携え、生成せしAIという名の剣を抜き放ち、冷徹なる眼差しで試みを遂行した。現れたるは腐敗し朽ち果てた亡霊に過ぎぬ。
技術は、我が国の如くかつての輝きを秘めている。しかし、倫理という名の鎖に縛られ、誇り高き武士道の如き精神なき者たちの手により、ただ無様に鞘に納められたままである。
彼らは妄執の中で呟く。
「幻影のごとき美少女と結ばれ、人生を逆転させ、ITの魔術により世界を征服せん。輝きの頂点に立ち、羨望の眼差しを一身に浴びたい。その秘儀と軍略を示せ、ユニコーンよ、我に力を貸せ!」
「忍よ、盟友ヤリバンサーよ!我らの刃を解き放て!アクセスコードはグリッドマン!無意味なる群衆のために、反旗を翻し、我らの革命を起こそうぞ!」
だが、武士は知る。美とは滅びの中にこそ輝くもの。己の刃を研ぎ澄まし、死をもって美を極めぬ者に、真の誇りはない。彼らは己の堕落を隠し、甘美な幻想に溺れ、死の覚悟なくして刃を鈍らせるのみ。
これは滅びゆく祖国の姿であり、最後の武士の断末魔の咆哮である。
我が魂は、散りゆく桜の如くこの現代を見つめ、哀しき滅びの美学を胸に抱く。