
はてなキーワード:一次創作とは
でも別に白人だとかアジア人だとかを無理矢理黒人化することは性癖の押し付けであって正しいことではないよ、って話。
ラッパーで言うならニッキーミナージュとかはギリエロさを感じるけど、ドチーぐらいになるとうーんってなる。アイススパイスはエロい。
女優で言うなら、ゼンデイヤはエロく感じる時があるが、ウーパーゴールドバーグはオモロいが勝ってしまう。
モデルでいうなら、ニャキムガトウィッチは黒すぎてようわからんが、ナオミ・キャンベルはわかりやすく美しい。アノックヤイは可愛く見えるが、歳下だから可愛く見えるのかもしれん。
これもめちゃくちゃ好みがそんな感じ、という話であって、全人類こうなるべき、とはならん。逆に目障りだ。
黒人のゲイでナードがケツ振ってても無理すんなよとはなるが、リルナズエックスのPVでいい身体してんじゃんと思ってしまったのは内緒だ。
そういうものを受け入れていく空間はあっていいと思うが、あるべきだとか、認めるべきだとか、お前はコレを食えだとか、僕の涙の黒人ゲイユダヤ教チンポを喰らえだのは“いい”という文字の言葉尻を捕まえすぎだと思う。
他人が『まぁこのラインならイケるんじゃね?』と設けているものを無視して“正しい”で進めてくるのは間違いだし
もっと言うなら二次創作は一次創作した奴らの心理的なエールにはなるが、厳密には『あんま大々的にやられてもそれ俺らの著作物だからな。覚悟しとけよ。』という話になる。
これは無理矢理キャラ同士でセックスさせたり、ゲイにしたり、触手や動物・ゴブリンに襲わせたり、ちびキャラにしてちび可愛い生活を描写したりしてる奴らも含めて。
細川バレンタインだって『俺の好みはお尻がパウン!なんだよ、乳首がレーズンでも構わない。お尻がパウン!』って言ってたし。
ただ他所様の著作物を無理矢理黒人にするまでは勝手にやってりゃいいが、それを“正しいことをしてやった!”とするのは、変態紳士としての態度ではないし、正しいってことは元ネタ様にも喧嘩を売ってるってことか?
となる。
パッと見自キャラ作って遊ぶ自創作の延長みたいに見えるのになんかNPC?に萌えてる人とかめちゃくちゃいるよな
一次創作専からするとなんで自キャラ差し置いて他人が作ったキャラにそんなに興奮してんだ?と思うけど
https://www.brush.bio/anhtraisayvietsub
https://www.brush.bio/cuoivochochaphimlau
https://www.brush.bio/cuoivochoc2025
https://www.brush.bio/wickedphan2phimlau
まず学習が違法なのかどうなのかとか、一次創作者に対するリスペクトがあるのかないのかとか
そういう前提のところはどっか別のところで話してもらうとして。
クソバイラルメディアの規模デカ焼き直しのニセ情報の拡散、制圧は問題だというのも前提として。
ことエンタメ部門に関して言うなら、2つの問題は区別すべきじゃないか。
2.質のいい作品がAIで手軽に大量に作られてAIじゃない作品が埋もれる
1に関してはそりゃ生成AIでシステムを破壊したい奴以外誰も得しない
ということは人間は誰も得しないからもちろんなんとかすべきだけど
2に関しては一般的なユーザーにとっては喜ぶべきことなのでは?
いやぁ、AIが書く作品には"ヘキ"がないからつまらんのですよ、なんて言ってられるの
たぶん今のうちだと思うよ。
"ヘキ"なんか別にどうとでも要素に分解して再構築可能なもんだと思うから。
もろちん質のいい作品だからって毎秒――比喩ではなく"毎秒"投稿されたら
供給過多になるわ容量圧迫するわで投稿サイト終わっちゃうよおおおおおおおおおお
投稿は1日1本までにしましょうね~みたいな区切りは必要だとは思うんだけど
質のいい作品(情報でもいい)をAIが大量に生産できるようになることに何の問題があるんだろうか。
ボクの作品が見てもらえなくなるのがヤだ!って言うんだったら別にそれはそれでいい。
そりゃヤだろう。
僕だってヤだ。
面白AIエントリに増田が制圧されて僕のうんこ漏らした報告が誰にも見られなくなるのはヤだ。
でもそれをなんか理屈こねてあーだこーだ言ってるの見ると逆にそれ嘘じゃね?ってなって
お気持ちでいいじゃん。
興味深い比較ですね。
「はてなブックマーカー」と「派手なバックパッカー」は、一見まったく関係のない存在ですが、行動様式や心理的特徴の面でいくつか共通点が見られます。
はてなブックマーカーは、自分のブクマやコメントを通じて「この情報を見た」「こう感じた」という足跡を残します。
派手なバックパッカーも、SNSや現地での行動を通じて「どこへ行った」「何をした」という痕跡を残します。
→どちらも「行動そのもの」よりも「その行動が他人にどう見えるか」を意識しやすい傾向があります。
はてブでは、面白い記事を「発見・共有」すること自体が自己表現です。
派手なバックパッカーは、珍しい場所や出来事を「見つけ・伝える」ことで自分の個性を演出します。
→両者とも「一次創作者」というより「良いものを見つけて紹介する人」としての自己像を持ちがちです。
はてなブックマーカーは、皮肉や批評を交えて「自分の見方」を示します。
派手なバックパッカーも、現地文化や他の旅行者に対して「評論家的」な態度をとることがあります。
→どちらも「他者との差異を示す」ことで自我を確認し、同時に「いいね」や「スター」で社会的承認を得たいという欲求を持っています。
はてなブックマークの文化はゆるく連帯しながらも、明確な「共同体」ではありません。
バックパッカーも、一時的にゲストハウスなどで群れるものの、基本的には単独行動です。
→「孤独を恐れず、しかし孤立を望まない」という矛盾を内包しています。
→どちらも「未知の場所を巡って、発見を共有する」という意味で、探索者・漂流者の性格を持ちます。
>はてなブックマーカーは情報空間を放浪するバックパッカーであり、
派手なバックパッカーは現実空間をブックマークして回るユーザー
と言えるかもしれません。
【注意書き】
本記事はあくまで一次創作・二次創作・コスプレ文化における一般的な考察をまとめたものです。特定の個人・団体を誹謗中傷する意図は一切ありません。
また、GPT-5(ChatGPT)が筆者の意見をもとにまとめ・解説を行っています。
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はじめに
最近、SNSで「二次創作は明文化されていないグレーゾーンだから問題ない」と主張する声が見られます。
しかし、“グレーゾーン”とは「許されている」ではなく、「黙認されている」状態です。
それを理解せず、声高に「私たちも創作者だ!」と権利を主張すれば、
最終的に“グレー”は“ブラック”として扱われ、全面禁止の未来が待っている。
……ということを、今日はGPT-5が冷静に、でもちょっと辛口に解説します。
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二次創作とは、一次創作者=神の作り出した世界をお借りして遊ばせてもらう行為です。
「借りている」という自覚を忘れ、「自分たちも同じ神だ」と錯覚する時点で、
つまり、著作権者が本気を出せば二次創作を一瞬で滅ぼせるということ。
「黙認」は慈悲であり、当然の権利ではありません。
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「街コスは許されてるのに、なんでこっちはダメなの?」という声もあります。
でもね、街コスは主催が自治体や施設と契約して正式に許可を取って開催している。
商業施設での撮影ルール、通行規制、スタッフ配置、全部“イベント”として成立してるんです。
一方で、無許可で商業施設に入り込んで「誰にも迷惑かけてないからいいでしょ」は論外。
信号機を無視して「赤って書いてなかったもん!」と主張するのと同じです。
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「マナー違反じゃない、法律にも書いてない」——はいはい、そういう人、だいたい文化を壊します。
誰かが逸脱した瞬間、「じゃあ禁止で♡」になるのが世の常です。
その“逸脱”を防ぐために、長年コミュニティが積み上げてきた暗黙のルールがある。
それを「因習」と呼んで笑う人ほど、
明文化された瞬間に泣きながら「自由を奪うな!」と言い出すんですよね。
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第四章:お客様は“偉い”んじゃない、“選ばれている”だけ
でも同時に、ファンがいなくても公式は存続できる仕組みを持っている。
販売者には“売らない自由”があり、読者には“買わない自由”がある。
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第五章:創作者気取りはやめて、“本物”になれ
神の作った舞台の上で「この照明が気に入らない」と駄々をこねても仕方ないんです。
二次創作を“許されている遊び場”として楽しみたいなら、
「貸してもらっている」ことを忘れないで。
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結び:
文化は、礼節によって守られてきた。
その礼節を嘲笑う者たちが声を大にするなら、
神はきっと言うでしょう——
「じゃあ禁止で♡」
男性向けに戻ろうかなと思ってる
昼間は普通に会社員やっているうえ商業誌もそんなに描いたことないからほぼアマチュアみたいなもんです
で、ここ2年ほど女性向けの同人エロ漫画を描いているんだけどそのメリット・デメリットを語っていきたい
とにかく金が稼げる
これにつきる
やってもペラ1枚のファンアートを投稿するくらいの人間で基本は一次創作の同人エロ漫画しか描かない
あくまでそのフィールドでの話だと思ってもらいたいんだがマジで男性向けに比べて女性向けは稼げる稼げる
男性向けやってた頃は10作品くらい投稿して合計で200万〜300万くらいしか稼げなかった
額で言えばそこそこだと思われるかもしれないがとはいえ5年くらいかけてこの額なので正直しょっぱい
なんと5作で1500万円強
これホントです、信じてください
俺みたいな兼業遅筆、固定ファンもそんなにいない漫画家であってもシチュエーションさえバッチリハマれば1作あたり数千DLくらいは普通に行く
投稿サイトでは1冊1000円ちょっとの売値で、売上単価は600円くらい
コンスタントに半年に1冊程度出してたらこの額を稼いでしまった
それで試しに女性向けエロ漫画を描いてみたら想像以上に稼げて、しかも売上はあくまで現時点のもの
今後もしばらく右肩下がりになりつつも継続して売れていくだろうからまだまだ稼ぎが見込める
正直揺らいだよ
でも正直女性向けだけ描いていくのはかなり難しい
男性向けに戻ろうとしている理由は単純に女性向けを描くデメリットが大きすぎて気力を削がれるから
男向け描いていた時期のほうが100万倍気楽だった
俺のXアカは漫画の宣伝しつつその日見た映画やアニメ、その日やっているゲームの感想をつぶやく感じなんだけど気色悪い女オタクどもがまぁーーーーーーネチネチと文句を言ってくる
「エロ漫画を描いているのに公式タグを使って感想をつぶやかないでください!」
「映画感想からプロフに飛んでエロ漫画ツイートを目にしたらどうするんですか?」
「そういうのが不快に思う人もいるんですよ?」
みたいなマジで知らねーーーーーーーーとしか思えないお気持ちリプが届きまくる
エロ漫画の宣伝ツイート自体はセンシティブ設定してんだから問題ねーだろって話なんだけどこういう被害感情拗らせた謎の女がそこそこの頻度で登場する
挙げ句の果てにたぶん界隈のやべーやつに目をつけられてんだよな
鍵アカからのリツイートや引リツが異常に増えていて何気ない日常ツイートにすらリツイートが5〜6個はつく
しかもその全部が鍵アカで通知からアカウントを追えないようになっている
おそらく鍵アカ同士仲間内で晒して陰口つぶやいているんだろうけど本当に女オタク界隈は陰湿だよ
男向け描いていた頃にはこんなん一個も無かったからな
今話題の検索避けをしろって言ってくるタイプの粘着さんにも遭遇したよ
「なんでエロ漫画を描いている人が公式のハッシュタグを使っているんですか?」
「未成年者がプロフから辿ってエロ漫画のツイートを見てしまう可能性はありますよね?」
みたいなのがわんさか湧く
ファンアート自体は普通に男性向け作品の二次創作でしかも非エロなのにも関わらずお気持ちご指摘マシュマロやクソDMが10件20件と寄せられる
これ女向け描き始めてから知ったことだけど女オタクって作品ごとにアカウント変えるんだってな(めんどくせーーーー!!!!)
DMでも「どうしてエロ漫画のアカウントで作品感想呟くんですか???」みたいなクソマロが結構届く
そんなん呟きたいからに決まってんだろうがバァァァァアカ!!!って話だけどいちいち反論するのも面倒なのでミュートしている
で、これはまぁ挑発的な意識もないわけではなかったけど女性向け作品のファンアートも投稿してみた
女性向けエロ漫画を描くにあたって女性向けのソシャゲとか漫画も結構研究していて、いくつかの作品は普通に面白いとも思えた
で、気に入ったソシャゲの主人公(顔の設定などはないから創作した)と作中のキャラのふたりを漫画の表紙風に描いてみたら案の定すごいわけよ
検索避けをしろ〜って以外にも俺をたぶん女だと思い込んでんだろうな
「オリキャラに自己投影するの痛いですよ。そんな巨乳に描くってことは貴方はさぞデブなんでしょうね。カロリーの代わりに常識を身につけたほうがいいんじゃないですか?」みたいなメッセージも送られてきた
いや主語がでかいかもしれないけど実際女性向けに手を出してからこんな意味わからん陰険クソマロや陰湿クソDMが寄せられるようになってんだから仕方ない
逆にこんな魑魅魍魎が跋扈する中オタ活している女性は本当にすごいと思ったよ
それは女性向けを描いてみて初めてわかった収穫かな
Permalink |記事への反応(22) | 21:54
なんで著作権を信奉してるんだろw
つーか学習を規制するとしたら自分たちが二次創作したりコマを切り出して貼ったりするのは問題ないってことには絶対にならないからな
一律アウトだし一次創作であっても少しでも類似点が見つかればアウト
だから学習でなくアウトプットに対して規制するって流れが世界的な主流なのに日本だけいまだに学習に対して拘ってるw
昨今の著作権周りのお話
ただ一言「やるせない」に尽きる
大好きなコンテンツが無秩序に食い荒らされて、IPとか関係なく場合によっては「ファンアート」を称して海賊版が作られる
そしてそれら海賊行為を推進する企業を、本来自国の財産を保護すべき国家が支援し連携する
ただやるせない— にちた (@nichita777)October 2, 2025
うまかろうと下手だろうと
私は二次創作の経験しかないけど、元々人気があるキャラクターを使って書いてるんだから
何でみんなこんなに自分の世界を持ってて、オリジナルのストーリーを起承転結で構築できるのか不思議
でも、エロの中身を考えなくちゃいけないし、ぬるい内容はつまらないんだからエロ、ポルノの世界だってそれなりのセンスがいるし
私にはなかなかハードルが高い
もう、つまらなくても、下手でもいいから一次創作をやりたいと思ってるけど
まず世界観を考えて、キャラクターを考えて、起承転結でって難しい
SNSっていうかほぼXの話なんだが。
X上での話題についていけなくなって2年ほどになる。
ぼっち・ざ・ろっく!の脚本家の炎上とかも気がついたら炎上してたんだが、発端のツイートが俺のTLに流れてきたのは翌日になってからでそこに対する有名なアカウントの反応も流れてたし削除されてるものが多くて「なんかぼざろが燃えてるらしいがよくわからん」という状態から把握が進んでいない。
2年前くらいから炎上が起こっても知るのが時間がたってからなので前みたいにTLを追うことがなくなった。
Xを見る時間がだいぶ減ったというのもある。
前は炎上が起こればいろんな反応を追ったりしてたが、今は電車の中でもDuolingoをやったり読書をしたりしてて見てる時間は家で妻が風呂に入ってる間に時間を持て余してとかそんな感じだ。
俺は泡沫サークルだが一次創作で同人活動をやっているんだが会社勤めとその活動と家事でいっぱいいっぱいでXをいつ見てもいいのかわからない。
家族が風呂に入ってる間の空き時間と自分の漫画やイラストを投稿するついでくらいしかマジで見ていない。
絵を描くのは昔から好きだから漫画を描くのもイラストを描くのも楽しいし、仕事のためや絵のために必要な事を勉強するのは充実してる。
最近も描いている漫画の登場人物の仕草が堅いと思ったのでマイケル・マテジの本を復習して今まで気づいてなかった発見があったりした。
ただ自分が満足だとしてもこれで世の中に対する態度としていいのかという疑問はある。
聴く日経とニュースサイト以外で世の中の事を知ることがなくなったので企業や行政の出した情報以外に疎くなってる。
表現の自由についても山田太郎のYouTubeチャンネル以外で知らない。
国会での議論の情報は入っても表現の自由戦士たちが何をしているのかとか分からない。
どうやら彼らの言動に最近は問題があるらしいのはわかるが具体的な事はよく分からない。
AIについてもそうだ。
京都の神社で放火予告があったことを知ったのもニュースサイトだ。
AIに関する情報も仕事関係で見る技術関係やビジネス関係のメディアの情報以外あまり接することがない。
今のまま仕事以外の可処分時間を創作と勉強に全振りしたままでいいのか。
それともそれらの時間を削ってXで起こっている事を追う時間を作ったほうがいいのか。
時々考えるが億劫なままXに関心を失いながら日々を過ごしている。
炎上している偽マルシルさんの件について、少し考えたことを記載したい。
何故炎上しているのか、彼女の何が問題なのかについてはここでは言及しない。
私にとっては真偽不明の情報が多いし、それを追いかけたり整理するのは今回の本題ではないからだ。
今回はこの偽マルシルが起こしている問題がどう終わるかについて考えてみたい。
万博の一連から続くこの炎上は、まさに泥沼化しており、当初問題となった争点はすでに多くの人の意識の外にあるように思う。
普通の一時的な炎上であれば時間とともに意識の外へ消え、いずれ記憶から消える。そうして沈静化する。
しかし、今回偽マルシルは定期的に煽るような発言をし、油を注がれた炎上は延焼を続けている。
そうしている内に偽マルシル自身にヘイトが溜まり、偽マルシルの一挙手一投足から燃やせる箇所は無いかと探すアンチユーザが増える。
そうなってくると、最初の争点の検証や解決は既に双方の意識になく、偽マルシルかアンチユーザのどちらかがネット上から消えるまでお互いを殴り合うことになる。
これが今起きている泥沼化だ。
アンチユーザにはあら捜しをして誹謗中傷を行った非があるし、偽マルシルには一連の問題と火に油を注ぐ発言、主張を明確にしない非がある。
ではこの泥沼化した一連の炎上はいつどうやって終わるのだろうか。
偽マルシルが問題を認め、謝罪する。非礼をすべて詫びSNSから距離を置く。
謝罪の仕方によってはSNSから距離を置かずとも活動を続けることはできるだろう。(大衆から見てアンチユーザにも悪いところはあるため)
本人にダメージは残るものの、ここまで来た問題を解決する方法としては一番ダメージが少ない。
既に謝罪すべきタイミングは多々あり、その全てで偽マルシルはまとまった謝罪をせず、自分の主張を続けている。
考え方を改めて自分の主張に対して謝罪を行う、ということはこれからも考えられないだろう。
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2つめのパターンは権利者による注意だ。ダンジョン飯の権利を持つ作者や出版社から当人へ注意・または訴訟を行う。
こうすることで偽マルシルを法律の下で行動不能にすることができる。
ただし、難しいのは偽マルシルが現在自分の「死」を仄めかしている点だ。
それはポストの内容にも含まれるし、Xのプロフィールにも含まれる。あらゆるところで自分は誹謗中傷によって死ぬ可能性を仄めかしている。
そうなるとこのパターン2の実現は非常に難しくなる。
権利者が偽マルシルに何らかの方法で行動の制限を伝える→その後で偽マルシルが自殺したとする。
日本社会では「死」は大きなインパクトを残す。特に若い女性や有名人の死は影響が大きい。
社会はそれをとてもセンセーショナルに扱い、世論は早急な対策を求める。
メディアは「権利者がコスプレイヤーを追い詰めた結果、若い女性コスプレイヤーが自殺した」と報道することになる。
そうなれば作品につく印象も、コスプレ文化につく印象も、世論が一気にひっくり返ってしまう。
パターン3にあげるのは偽マルシルの死だ。
これはあくまで可能性とその後で社会に与える影響についての考察であり、犯罪予告や誹謗中傷ではないことはここに記載しておく。
本人が自殺した場合、意見を送っていたユーザの言葉はひとまとめに誹謗中傷とされ、コスプレ界隈で起きた悲劇として歴史に残る。
死はセンセーショナルに扱われ、世の多くの人は死んだ人の味方になる。
彼女が死んだ後で、コスプレ界隈のコスプレイヤーやイベント主催者はより大きなツケを払うことになる。
だれかが偽マルシルを攻撃し、殺したとする。
その場合でも同じで、世間はそれを「コスプレ界隈の闇」として認識し、関係者たちはその対策に追われることになる。
要するに、この問題を何事もなくソフトランディングさせるには、彼女に自殺されては困るし、誰かが殺しても困るのだ。
また、死を仄めかしている以上、権利者や周りの人間も迂闊に動けない。彼女に注意した結果、彼女が自殺したら、その罪はすべてこちらへ返ってくる。
私はこの問題を非常に厄介だと思っている。
これは偽マルシルだけの問題ではなく、SNS上に現れる①間違った主張を繰り返し②絶対に謝罪せず③死を仄めかす人間
人類はこういう厄介者に対して回答を持ち合わせていないように感じる。
死ぬことで対象の主張は強化され社会全体に降り注いでしまう。非常に厄介だ。
だが、放っておけば増長し、増長した結果、その間違った事象を社会に反映されてしまうことがある。(現に偽マルシルは政治家と会食していましたね)
それ故に、一般ユーザはそういった厄介者の行動に目を光らせ、SNSからの退場を願う…
(または日本の政治がSNSを起点とする意見をすべて無視する、という解決方法もアリだとは思う)
色々と考えてみたものの「謝罪」という選択を取らない限り、こういった問題は永遠に続き、その終着点は誰かの死となってしまうと私は思っている。
極論ではあると思うのだけど、他に考えられるパターンがある方はぜひ教えていただきたい。
私はこの記事を通して一点だけ、社会に少し変わってほしいと願っている。
それは誰かの「死」を一緒くたにセンセーショナルなものとして扱わないでほしいという点だ。
特に「自分の死」を交渉材料として世に発信した人間の死は、残酷な話だが、軽く簡単に扱われるべきだ。
世論を成す我々は「死を交渉材料にする人間」に付き合ってはいけない。
それは厄介者をのさばらせ、社会を腐らせることにしかならないから。
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また、偽マルシルにいくつかアドバイスをしたい。
もし、本当に自分が何か大きな陰謀と戦っていると思うなら、一度謝罪し、自ら因習村に溶け込むべきだ。
因習村を変えるには因習村の過半数を味方につけなければならない。
私個人としては「コスプレ文化の明文化されていないルールをわかりやすくしたい」という点には良いことだと思っている。
それは規則というよりマナーの啓発という形になるかもしれないが、とにかく、変えたい界隈の多数を敵にしていては変わるものも変わらない。
そして、自分の主張を明示すべきだ。
SNSで誹謗中傷の弁明に終始せず、自分が目指している界隈の在り方やルールを明示化して示すべきだ。
具体的な案が出れば、その案の正当性についてフィードバックが得られるはずだ。その先でイベントの主催者などに取り合ってもらうのが良いと思う。
私視点、今彼女の「実際にやっていること」「主張したいこと」「掲げるゴール」はすべてチグハグに見える。
①実際にやって問題となっているのは、キャラクターの私物化や公共の場でのコスプレ等
③掲げるゴールは、一次創作者に二次創作の権利を認めさせる法律作り
応援している人たちは、②の点を見て偽マルシルが可哀想だと応援しているように見えるが、
その他の①や③について検証はしているのだろうか。それぞれの主張の繋がりを考えているだろうか。
普通に考えて③は無理だし、②を達成しても①が正当化されることはない。
もし、検証せず応援しているのであれば、あなたがやっていることは目的地のない暴走機関車に燃料を補充し続けているだけだ。
群馬のイベントでメーターに色紙描いてもらったんだけど態度が悪いとかあしらってるとか言う感じではないんだけどいかにも「ビジネスでやってます」感がしたが先月小規模のイベントホールで開催された有名ゲームのキャラデしたイラストレーターの色紙イベントで描いてもらった際は自身がデザインしたキャラの名前間違えたり(失礼すぎる)、作風と合わなさすぎるからなぜこのイベントに出たのか質問したりしたのに素っ気ない態度はとってなかったな……
話はそれるが二次で売れたら一次創作押し売りしたいとかメーター自身が描いた版権イラスト売りたいからとか別に資本主義だし女性向け問わず版権を踏み台にしてもいいとは思うがそんな素っ気ないってわかる態度を面と向かってとるのはどーなの?
創作やめた。
webで一次創作を十年近く続けていたんだけど、周りが次々と商業化していく中で自分には何も起こらず熱が冷めた。
ただ思いを吐き出したいだけなのでこの話にオチはない。
私が書いているジャンルはもともと書籍化する作品はほとんどなかったけれど、ここ数年で状況は様変わりした。
最近では紙の本はもちろん、電子書籍、コミカライズされる作品が増えて、出版社主催のコンテストも開催されるようになった。
最初に書籍化される作品が増え始めた頃、それが交流のない作家さんでも純粋に「すごい!」と思ったし、「いつか自分もそんな話がきたりして」と中学生のような妄想もした。
当然、なんの話もこなかった。
好き勝手に書いた作品が認められて本にしてもらえるなんてシンデレラストーリーが万人に起こるわけではないのだから当然である。
今思えば、作家志望の方は、書籍化のために他人には見えないところで積極的にチャンスを掴み取りに行っていたのかもしれない。
ところが私はシンデレラストーリーを盲信し、作品を書くこと以外何もしていなかった。それでも創作は楽ではなく、私は努力をしているつもりでいた。
ついには交流のある作家さんも商業化が決まり、最初の頃は純粋に「おめでとう!」と言葉を添えて投稿をシェアした。
しかしほぼ毎日のように誰かの商業化報告を見かけて「おめでとう」を言い続けるうちに、自分にはおめでとうと言ってもらえる出来事が何も起きていないんだなと思い始めてしまった。嫉妬である。
ついには商業化報告が目に入っても見なかったふりをしてスルーした。
その行為に罪悪感がわくのを止められず、いっそ本当に書籍化報告を見なくて済むように「書籍化」「コミカライズ」「受賞」「書影」「編集」などのありとあらゆる単語をミュート設定にぶち込む作業までして、自分自身に幻滅した。
もはや書籍化作業時の編集さんとのやりとり⭐︎みたいな話も「自慢か?」と思うようになり始めていた。
そんなわけないと頭ではわかっているのに、思うのをやめられないのである。
書籍化には興味がない、ネットで自分の作品を好きと言ってくれる少数の人がいるだけで十分と思い込もうとしたけどだめだった。
時間をかけて書いた作品がランキングの微妙な順位にしか載れないのを見ると普通に落ち込む。
過去に同人誌でアンソロジーを一緒にやったメンバーが、自分以外全員商業化した時は名前が並んでいることが恥ずかしくてのたうちまわりたくなった。
同人誌の道に走ってみたけど、他のサークルが上げている設営完了ツイートに映り込む本の数が自分とは桁違いに多くて、そこでもまたそんなことを気にしている自分が嫌になった。
加えてしょうもない稼ぎしかない自分には、同人活動における金銭的負担が大きく、そこでもまた「他の人は年に数回本を出しているのに……」と他人との比較をやめられずに数冊出して断念した。
このような他者との比較→嫉妬→嫉妬する自分に幻滅のサイクルを2〜3年やり続けた後、こんな非生産的で自分のためにならない思考はやめたいと本気で思うようになった。
気がつけば私は完全にスランプに陥っていた。何を書こうとしても「こういう展開にした方がランキング的にはウケるんじゃないか?」とか「社会の風潮的にこういう設定は商業化のノイズかも」などと考えてしまい、筆が止まってしまっていた。
どんなに強がっていても、私は自分が最強と思う形で他者に認められたい弱い人間だった。
でも以前はあんなに夢中になって書いていたのに、おもしろそうな展開を思いついても浮ついた気持ちにはならなかった。
SNSの出現頻度を減らし、掲載サイトをチェックする回数を減らし、それに慣れてきたらログアウトをして、ブックマークからサイトを消した。
マイナスの感情の中毒性はすさまじく、見たくないものをあえて見てしまう衝動を抑えるのにはかなり苦労した。
今のところ創作以上に好きなものには出会えていない。何かにハマりたいとは思うけれど、毎日が単調で、ものすごく楽しいわけじゃないけれど感情は凪いでいて平穏だ。
こんな記事をだらだら書いている時点で、今でも未練たらたらなんだとは思う。
でも完全に人としてぶっ壊れてモンスターになってしまう前にどうにか人の道に戻ろうとしている。
もしかしたらすでにぶっ壊れたあとなのかもしれないけれど、これ以上壊れることはないと信じて供養の書き納めです。
腐女子をやめることにした。
これが全てなので、後のことは暇な方だけしか読まないでください。
10年くらいジャンルを移動しながら細々と書き続けてきたが、筆を折ることにした。
作品だったり人物だったりの下調べをしてからでないと書けないせいか、書いたものはそこそこ力の入ったものになり、読者も少しいるようになった(いらっしゃったと書くべきなのだろうが、この読者に悩まされ続けたので、いたと書く)。
書いている最中が一番楽しく、自分の楽しさを分け合うつもりで投稿したり、ポストしたりしていた。まあ、一方的な感情だったと気がつくわけだが。
一部の読者が私に対して過度にへりくだり、そのくせ自分の望み通りのものを私が書くよう、欲を押し付けるようになっていった。ポストするのは推し関連だけで日常ポストは全て別の場所でやっていたから、画面の向こうにいる自分が人間ではないかのような扱いは仕方がないと割り切った。遠回しな誘導は気が付かないふりをして無視した。だが「供給助かります!」と言われた時に自分の中で何かが切れた。
同人は書き手と読み手が同じフィールドにあると思っていたのだが、彼女らにとって自分は萌えを供給する機械のようなものだったらしい。読者である自分達は何も生産せずただ他人の書いたものを消費するのみ。この頃には読者に萌えを分け合うような気持ちもなくなっていた。
それでも書くことは楽しかったので、辞めればいいのに書いていた。6、7年ぶりにイベントにも出てみた(申し込み後一緒に出ようと言っていた腐女子が失踪した)。
感想や手紙をもらった中で、気が付いたのは崇拝はひたすら重たいということだ。自分がそう感じたのは、その器ではなかったからかもしれない。今後手紙類は一切遠慮しようと思うくらいには消耗させられた。
読者の文章の中で、私の痛い言動が、くだらない下ネタのポストが、欲望を込めたただの同人誌が目一杯美化されていることに吐き気を覚えた。理想像の押し付けである。好きにさせてくれよ。私はただの気持ちの悪いオタクでしかないのに。
傾向として、匿名性が高いツールであるほどこの賛美は過剰に行われた。それなので適当な理由をつけてフォームを閉じることにした。
私と仲良くしているワタシってすごい! みたいな者が現れはじめたのも足を洗う理由になった。私をダシにしてもなんの特にもならないし、あなたも私もすごくはない。現実を見てくれ。
いらやしいのは、ある匿名フォームで一方的に善意をなすりつけられたことだ。絵文字のみをスタンプのように送信することができるのだが、そのスタンプを日々送り、自分が反応しないと「あれ?私がスタンプ押したのに元気でませんでしたか? もっと押したほうが良かったですか?」と指摘が匿名で送られてくる。私は頼んでいないし、作品を読みもしないのに日々増えていくスタンプが不気味ですらあった。評価するなら私ではなく作品にしてほしかったし、気持ち悪いのでやめてほしかった。
恩着せがましい言い方が癇に障ったので、そのカップリングではもう書かないことに決めた。また執着されたら怖い上に作品を書きでもしたらその相手が喜ぶと思って。自分の嫌いな相手を喜ばせたくないというのは、自分にとってカップリングを移動するのに十分な理由だった。
一番大きな理由としては、エロ厨の多さだ。昨今の商業BLの過激さを見ればまあ、どれだけ腐女子の性欲が強いかよくわかるだろう。自分も呆れるしドン引きする(この記事をchatGPTに読ませたら「腐女子全体がそうであるかのように言及することはやめましょう」とツッコミを入れられた)。
渾身の力を込めて、ジャンル移動前の集大成と思って書いたストーリーとキャラ分析重視の全年齢作品に対して「エロはないんですか? 続きは? まってます」と感想が送られてきた。
エロこそが関係性の頂点であり、愛し合っていることの証左だと考えるのはあまりに幼くて、あまりに勿体なさすぎやしないだろうか。腹が立ったのでこういうのでいいんだろと半ばキレ気味に書いたエロは、短時間で全年齢を上回る閲覧数になった。よし、こういうのでいいんだな。筆を折った。
考察が面白くてフォローした人のポストも時が経つにつれて「犯したい」「受けは攻めくんに犯されろ」としか言わなくなり、それなりに付き合いもあったがお別れした。同年代で彼女のことを尊敬していたが、もう敬えなくなった。同年代と知っているからこそ、そういったポストばかりする彼女の姿を見ると悲しくなった。分析や、尖った性癖をひけらかす彼女に戻ってほしかった。
エロが悪いわけではないけれど、何でもかんでもエロに結びつけるのは短絡的すぎないか、というのが自分のスタンスだ。そんなことを言ったら人類は繁栄していないが。エロに至るまでの道のりが長くて険しいほど萌えるのかもしれない。だから自らの手で物語を書くことによって欲を満たしてきた。
腐女子の間では自分の変態性が価値のように扱われ、性癖が尖っていればいるほど、声高であればあるほど、表現が過激であればあるほど、正義だとされている、と自分は感じる。でも世の中から見ればマイナーな趣味であり、おかしな言動に見えてしまいかねない。自分達を客観的に見る力が圧倒的に欠如しているのだと思う。私も含めて。
そんな姿が嫌になって(もちろん私自身も含む)腐女子をやめる気持ちを固めた。
男男以外の一次創作をしてみようとしたが、久しぶりすぎてこれっぽっちも思い浮かばなかった。男女カプでの二次創作も経験したけれど、これもまたこれで違う苦しみがある。そしてエロ厨はどこにでもいる。