
はてなキーワード:レバニラとは
母の作るレバニラが唯一食べれない料理だったが、比較的頻繁に食卓に上がった。
今日、レバーの唐揚げを作りながら、きっと母も私に鉄分をとって欲しかったんだろうな、と思った。
自分の子を慈しみながら、母の姿を重ねてしまうとき、母から受けた愛情を否定できない。
20歳ぐらいの時「両親が選んでくれた人生で幸せになるよりも、自分で選んだ人生で不幸になりたい」と思ったことを覚えている。
その頃から実家と距離を取り始めた。自分が出産してからは連絡を取っていないし、もちろん子供は会わせてていない。出産祝いが送られてきたが、視界に入ると不快なので使わずに手放した。
今、話し合って自分の気持ちを伝えたらいい関係が築けるのだろうか、今の関係を続けて母が死んだ時に後悔しないだろうか、子供に祖母の存在を自分のエゴでとりあげてしまっていいのだろうか、と、時々考え、やはり現状がいいという結論になる。
期待して歩み寄ってガッカリするのも消耗するし、罪悪感で優しくしても不満が募って爆発することが目に見えている。それなら、そこに心労を割くよりも子供に集中したい。
お母さん。
お母さんのこと嫌いだけど、不幸になって欲しいわけじゃないんです。
私と交わらなない場所で健やかでいてください。
ずっとスーパーの惣菜のレバー煮くらいしか食べたことがなかったのね。嫌いというほどじゃないけど、ねっとりして臭みがあってご飯のおかずにならないし、後味をお茶で洗い流したくなる。それがレバーだと思ってた。
ところが、先日友人と呑みにいって串盛りを頼んだらレバーがあった。タレじゃなくて塩。
これなんだろ?と口にいれたらサクッとした歯ごたえの後に噛むうちにねっとりがやってきて、レバーか、と気づいたがほとんど臭みがなくてむしろねっとりが心地いい。肉肉しさとはまた違う味わいと食べごたえ。これは……旨い。
追加でレバーと内臓類を頼んで友人と旨い旨い言い合って良い呑みになった。
チレ(脾臓)も旨かったよ。ハツのコリコリ部分とレバーのねっとり部分が合体してる感じ。
LINEオープンチャット「はてなブックマーカー」の1週間分の要約を、さらにAIを使用し、試験的にまとめまています。
バルサミコ酢や自家製ドレッシング、レバニラ、コーン茶、駅弁・居酒屋メニュー、サウナの生姜体験など、日々の食事や飲料にまつわる話題が豊富に登場しました。
結婚式準備(ドレスやゲストの服装)、家族間トラブルと弁護士雇用の影響、過去の恋愛への反省、部下への餞別ギフト選びなど、プライベートな出来事や自己成長についての対話が続きました。
映画(『三丁目の夕日』再視聴やゼルダ映画の炎上)、アニメ(『らき☆すた』と地方活性化)、コナン関連イベント、絵本(『エルマーの冒険』やヨシタケシンスケ作品)、コスプレ市場と著作権・違法配信への議論など、趣味/文化的話題が幅広く語られました。
ビットコイン・仮想通貨の価格動向と投資戦略、ChatGPTや各種AIツールの使い分け、Switch/Switch2抽選の当落報告、リモートワーク環境の可否など、最新技術への関心がにじみ出ていました。
フィンランド政治・教育制度、生活保護や難民問題、トランプ和平案批判などの社会・政治論から、夜行バス対新幹線の移動比較、万博予約のコツ、地域ニュース共有まで、広い視点の情報交換が行われました。
https://anond.hatelabo.jp/20240722084249
今は合併して亡き損保会社の情報センターで、ミシッという音とスマホからの警告音とともに並ぶコンソールが盛大に揺れた。
あわてて席を立って、コンソールの揺れを両手で抑えてしのいだ。
システム運用管理の仕事に嫌気がさしていた頃で、地震でも起きて潰れてしまえと思っていたさなかのけっこう大きい地震で内心驚いた。
損保会社だから、迅速な震災対応が必要になるのは明らかで、その前提となるのがシステムの正常稼働。
とはいえ、夜間バッチもあって、これは一晩待機することになるのかな、と覚悟していたが、ぜんぜんそんなことはなかった。
むしろ、定時になるとみな我先と帰ろうとしていた。これに乗じて、私も退社した。
西武線は当然不通だった。ひばりが丘から32Kmを歩いて帰ることにした。
途中、練馬だか江古田で中華料理屋に入った。レバニラ炒め定食を食べながら、
ビジネスカジュアルで履いていたダナーライト、この後の帰宅の途でもし瓦礫の山に出くわしたとしても、こいつなら余裕だなと思った。
マジレス。フライパンで、炒める工程だけで火入れ完了しようと思うと失敗する。焦げ焦げのベチョベチョ炒めになる。予熱と余熱を意識すれば、そうはならん。
1.青菜を切る、ザルに投げる
5.にんにくがキツネ色になりそうなタイミングで、青菜をぶちまけ。数回ひっくり返して油を回す。
7. 皿にぶちまける。
左手前に飯を盛った茶碗、右手前に味噌汁もしくは汁物を置き主菜をその奥に置く関東の作法に対し、
左手前に飯を盛った茶碗、左奥にに味噌汁もしくは汁物を置き主菜を右手前に置く関西の作法との文化的衝突がここ最近はてな界隈で話題となった。
私自身は関東の右利きの人間だが、右手前に味噌汁があるのは食べにくそうなので関西式に味噌汁は左側(左奥もしくは左手前の茶碗の更に左側の手前)に置いて食事をしてきた。
しかし今回の論争を見て、あえて関東式とされる右手前に味噌汁を置く方法で食事をしてみた。
よく言われている「右側に味噌汁があると主菜(おかず)を食べようとして味噌汁をこぼす」という事はなかった。主菜に箸を伸ばすことについて、右手前に味噌汁があることは特に障害とはならなかったのである。
関西式に左奥に味噌汁を置いた場合、味噌汁の椀を取るのは左手のみであった。
関東式に右手前に味噌汁を置いてみると、自然と腕を取るのは両手になったのである。箸を持っていない左手と、箸を持った右手の小指側掌底で椀を持ち上げ、腕が口に着く直前で右手が椀から離れたのである。
噂に聞くところによれば、江戸時代以前まで首都であり文化の中心であった京都を中心とする関西圏では主菜が充実しており、食事は飯+主菜をメインとして左手前に飯、右手前に主催があって、脇役たる汁物は左奥であった。
一方関東では、江戸の町人の食事は朝晩は茶漬け、昼は一汁一菜でありと言われ、昼の味噌汁は主菜であった。
あえて関東式の配置をしてみた時に自然と現れる椀の両手持ちは、まさしく「有難や有難や」と主菜たる味噌汁を両手で持ち上げる仕草なのではないだろうか。
さて、和食の例を離れて、中華や韓国・朝鮮料理ではどうなるであろうか?
これは簡単である。汁物の椀を直接手に持って飲むのは日本独特の作法であり、町中華のレバニラ定食や、焼肉屋のハラミ定食などで登場する中華スープや韓国朝鮮スープは蓮華や朝鮮匙で飲むものである。だから当然のことだがスープは利腕側(一般的には右側)にあった方が良い。
店によってはラーメンを汁物と考えて右側に置くが、これについては「汁」「飯」という発想から離れ、単純に器の高さから判断するべきであろう。
つまり、ラーメンの丼よりもチャーハンの皿の方が低い。利き腕側に低い器があった方が圧倒的に食べやすいので、右利き基準で考えれば右に炒飯、左にラーメンがあるべきなのだ。
ココイチに行くと、あることに気付く。必ずカレーが手前、奥がライスになるようにカレーライスが置かれるのである。そして客は無意識のうちにそれを45度回転させてから食べ始める。
利き腕側をライスにするとライスの消費が早くなり、最終的に比較的少ないライスと比較的多いカレーによって濃い味で食事を終える事になる。
利き腕側をカレーにするとカレーの消費が早くなり、最終的に比較的少ないカレーと比較的多いライスによって淡白な味で食事を終える事になる。
ココイチが客に対してカレーとライスの境界線を水平にするのは、右利きと左利きを差別しないダイバーシティの精神があるのではないだろうか。
九州出身の女だけど父親のおかずだけ一品多いとかないけど?なんで父親にだけ一品多く作らないといけないの??面倒くさくない??うちの父親はレバニラ好きで自分で作ってるけど、私も母親も弟もレバニラ好きじゃないから手をつけないんだけど、あれだと確かに父親にだけおかずが一品多いことにはなるかな??お茶??飲みたい人が自分で淹れれば??進学??私が大学入る時も卒業する時もみんなおめでとーって応援してくれてたけど??兄ちゃんがバカ高校入って大変そうだから頑張っていい高校入った弟妹も大勢いるし留学する子も普通にいるけど???女性の管理職も周りにいるよ???
そりゃ確かに稀に女だから無理だとか言う年寄りはいるけど本当にごく稀なんだよ。絶滅危惧種だよ。そんなん言ってる奴いたらやべーのがいるぞって遠目で眺めてたりするよ。