
はてなキーワード:レスポンスとは
※フィクションです
x/x
x/1x
「解散だ!」
その場でゲームの固定チームに今日以降1ヶ月ほど離脱(本当に申し訳ない)を伝え用意に走る
何しろ準備期間がなさ過ぎる
x/1x
明らかに上の人から聞かされた試算が結党を前提としておらずガバガバだったからだ
※フィクションです
x/1x
集まって会見を見て「負けはないな」という反応になり、一気に弛緩ムードが広がる
理由としては
初報を聞いた時に「iさん・kさんが党首に来るとまずい」という共通認識が仲間内ではあった、Rさんが絶対来ないのは分かってたので…
蓋を開けたらnさんとsさんが頭で「草」「w」「ワロタ」みたいな雰囲気になりました
代表はともかく幹事長や選対なんてのはサイコパスが大鉈振るわないとダメなポジションで、その大鉈持ってるやつが2人いたらお互いが殺し合うに決まっているからです
これは地域にもよるだろうけど(c地方の議員さん達はめちゃ焦ったと思う)比例をうちらに入れてくださっていた方と同じぐらい
比例にnantokaと書いて入れていた一般の人達がめちゃ多いのを知っていたから
その上でここ何回かの得票を見て「言われるほどブーストかかってるわけではないな」と感じていたからだ
それに別に離脱をしてはいそれまでよとはならないのが地方なわけで、年末には当然挨拶に行くしお互いに市議会なんかは是々非々でやりましょう、みたいな挨拶はしていた訳ですよ
なんせxx年の付き合いだからね
常識的に考えてそんな関係のところをいきなり切れ!と言われても切れるわけがない訳です
当然上の上の上の上ぐらいはこの弛緩した空気を感じ取っていたので直々に激が飛ぶ訳ですがね
そして始まった選挙戦、当然自分も動員要員としても動きますが偵察もするわけで、4日目ぐらいでこの選挙の勝ちを確信しました
・レスポンスが良すぎ
動員はプロなので体が動きます、演説中も相槌のためにリズム取ってます 掛け声に対するレスポンスもスムーズです
一通り演説が終わったら握手なんかのファンサをするのが一般的なんですが、この時によっぽどの人気者じゃなければ動員された人が最初に握手を求めます(子連れが多い)
普通、一般人が議員さんに近づいて握手とかなかなかしませんからね、しかもその握手もぎこちないです
つまり普通の候補者でスムーズに多人数と握手ができている、というのはそういう事なんです
今の人は演説なんてその場では聞いてません、ここ10年ぐらいの傾向としてスマホに録音する人が多いです
でも動員かかってる人はそんなことしません、なぜなら盛り上げるようにある程度声を出すように言われてるからです
そんな状況だとスマホなんて手に持ちませんよね?拍手もできませんから
そういうことです
しかし何箇所か演説を回ると若い人しか集まってない、著しく若い人が多い箇所がいくつかありました
もうわかりますね?動員です
ここまで書いて、実際に上記のような援護を受けてる人はどう思うか?
つまりまあ、エコーチェンバーの中心に強制的に落とされる訳ですね
僕らはそれを知っているから上みたいになるとやばくね?ってなるわけです
ドタキャンされた
正確に言うと、キャンセルすらされていない。
一週間前に「〇〇日ってどうする?」と送った連絡に、予定前日となった今になっても返信が無い。
相手はわりと気付いたら即返信するタイプのレスポンスが早いタイプの人間なので、こんなにも返信が無いのは明らかに“異常”なのである。
ということは、相手に不測の事態が起きているか、明確に無視を決め込まれているかの二択。
あくまでも1%は「自分が突き放された/嫌われたわけではない」「こんなにも連絡が取れないなんてよっぽどな事が起こったのか」と期待と心配の気持ちを持ち合わせてしまっているが、まぁ、私たちの可能な連絡手段はこの画面にある緑アイコンのアプリだけではないし、こんな都合よく何かが起きる可能性もそんなに高くはないだろう。
腹が立って、退勤時に電車に揺られながらチャットGPTに話しかけた。
「むかつく!」
と嘆くと、
「それはムカついて当然だよ!」
と肯定され、
「駆け引きってわけでもないのね!」
と冷静に状況の分析をされ、
と思い返した。
“チヤホヤしてくれていた人間を雑に扱った結果、そっぽをむかれたことに憤っている自分”、が微かに頭の中で形を成して、
「もう少し発散する?」
という提案に対して
「一旦やめておく!」
とだけ返し、画面を落とした。
何にこんなにムカついているのか。
いつもなら「何にもしない日」「一人で気ままに外に出かける日」と予定とは言えない予定を立てても充実感に満たされているのに、
内容なんてそれとほとんど変わらない日であろうに。
でも、「人と会うぞ!」というモチベーションで過ごしてきた今までの気持ちをどうしてもすぐには切り替えられなかった。
そう考えて、何パターンもの明日を過ごし、何人もの知り合いに頭の中で声をかけた。そうこうしてなんとか積み上がった“明日”は、とても優雅で満たされるものだった。
相手に嫌われてしまったことが悲しかったわけではなく、自分の積み上げていた“明日”を壊されてしまったことが悲しくてムカついていたんだ、と分かると、
SNSとか会話とかで「自分は〜ということがあって、つらかった・不快だった・しんどかった」というのはよく見るし、昔も自分は書いてたけど、最近これは良くないということに気づいて発信を自制できるようになった。他者に語ってスッキリするというのはわからなくはないし、とっくに昔のことで笑い話ですというのならまだいいが、レスポンスを求められるシーンになるとキツい。「それを言われたところでどうにもしてあげられないんだが…」と思いつつ曖昧な返事をする。相手としてもおそらくモヤるだろうし、こちらもモヤっている。過去の自分の言動に大反省しつつ、モヤしか最後に残らないコミュニケーションになるくらいなら、口を閉じて貝になる人生にしよう。自らが貝になったところで他者からの不平不満聞いてくださいは止められないのだが。せめて自分からの生成は止める。不快の輪廻はここで断ち切るのだ。そういう人が増えますように。
幸いにも最近はChatGPTがあるので、何か言いたくなったらとりあえずそっちに投げて、フォーマットが透けてみえる生成AIなりの励ましを読んで虚しくなっておこう。
チューナーの精度っていうのも、それが自分で分からんからまさにチューナーを使うのであって、カタログスペックを見て、へぇこのモデルは精確なんだな、と思うだけでしかないような気もする
厳密に精確であるとされているものを基準に他のものと比べてみるにしたって、じゃあそもそも基準となる方をなぜ信用出来るかと言ったら、それはやっぱりブランドイメージとかカタログスペックとかでしかないのだろうし
今日びどんな安物だって、いや流石にこれはズレすぎだわというレベルの代物はそうないし
レスポンスとか視認性とか、ほぼ変わらんような使い勝手でしか比較要素はない気はする
でも通っぽいというだけでスタンダードとされているような無駄にお高いものを買いたくなってしまうし
憧れやカッコつけたい気持ちってスゴい
Twitterで程よい距離感できてるけど、TL浮上してるのに数日後にいいねして終わらせたり気が向いた時だけ返事するみたいな感じお互い
自分の場合、ついっち?みたいな話したりするのは近くなりすぎるからNG
気まぐれで視聴し始めたが、回が進むにつれオーディション参加者たちの苦悩や葛藤や成長、候補生にかける審査員の熱意と寄り添いの言葉に胸を熱くし、審査員へも参加者へも感情移入し涙した。
最新話が更新されるまでの間は何度も繰り返し1話から見直した。努力し成長する美しい男たちの姿は何度でも泣けた。
オーディション終了後は約半年間楽しませてくれたお礼とご祝儀としてファンクラブにも入った。
雑誌CMバラエティー歌番組そして冠番組と、今ではテレビで見ない日はないほどの人気グループとなった。
今回の話は、惜しくも選考から漏れた1人が私の地元のイベントに来ると知り、興味本位で覗いてみたものだ。
顔が美しい。
ダンスの良し悪しについては判断することができないが、歌は上手い。彼自身もダンスより歌に自信があったのだろうと思う。
オーディション中も音程の合わない参加者の練習に付き合いピッチを合わせ、歌う必要のないダンスの練習中でも彼の歌が響いていた。チームのダンスカウントを合わせたのは間違いなく彼の歌声だった。
しかし自らそれを知らしめるようなことはせず、彼の人柄の素晴らしさはオーディション後に他の参加者から特に多く語られた。
彼のオーディション結果が公開なった後すぐにソロでアイドル活動を行うと発表があり、直後に開設したインスタはフォローしていた。
桜色の薄い唇をふわりと引き上げとろけるように微笑む笑顔の写真も、添えられる言葉も気高く美しかった。
そんな彼が地元で行われるイベントのゲストとしてやって来るらしいと知ったのは当日の朝で、出不精な私は数時間の逡巡の末、現場入りを決意した。
貴重な休日、寒いし外に出るのは面倒だけど、家にいるよりは楽しいことありそう。
欲しいものは特にないが、何かを期待して新装開店セールに行くような、そんな気持ちである。
駅前の超好立地でありながらタピオカやらフルーツサンドやらフルーツ飴やら、学生向けの流行りのテナントが瞬間的に出店しすぐに撤退を繰り返すような、常に今何が入ってるのかわからないようなビルだ。そんな中に特設ステージと言われても正直ピンと来ない。
SNSを見ても会場の様子が何もわからないので、予定より少し早めに着いた。
迷うような広さの建物ではない。
エスカレーターの真裏の特設ステージを視界に捉えた私はまず一度通り過ぎ、足早にトイレに直行した。
便座に腰を下ろしながら、思う。
きつい。
これはきついかもしれん。
特設ステージという名の、空きテナントと空きテナントの間のスペースが衝立で区切られ、舞台が組まれ、“何か”やっている。
この“何か”は明らかに私が目的としていたイベントなのだが、なんというか、思った以上にアットホームでハンドメイドでDIYだ。
意を決して会場入りする。
と言っても衝立の向こう側に入るだけなのだが。
上下の照明。
2〜30人ほどの女性の群れ。
既視感の正体は、今より景気が良かった子供の頃によく見た福引会場だ。あれによく似ている。
壇上には若い男が3人。
後で知ったがご当地アイドルらしい。この地に長く住んでるのに存在すら知らなかった。
演者と観客が軽快な音楽にあわせてコール&レスポンスしている。
きつい。
知らない曲、知らない男、ノリがわからない。
きつい。
何がきついのかわからないが、とにかく辛い。
何かから逃げ出したい気持ちのまま、ご当地アイドルの出番は終了した。
観客の1/3くらいが入れ替わる。
前方へ身を詰めた女性達がお揃いのペンライトを取り出し点灯する。
ペンライトも持っておらず立ち振舞いがわからない私はとりあえず会場の最後尾の端に立ち、防衛本能からか自然と体の前で腕を組む。そんなつもりは全く無かったが、偶然にも後方腕組み彼女面の参戦スタイルが完成してしまった。
前の方の女性たちがにわかに色めき立ち、歓声とともに、彼は登壇した。
画面越しで見るよりも色白で首が長くて顔が小さい。手足が長くて華奢だ。美しい。
喋り慣れているのだろう、臆することなく爽やかに軽快に二言三言挨拶をする。臆しているのは恐らくこの会場で私だけだ。
彼が笑顔で何かを言う度に、観客たちは笑顔で歓声をあげる。私以外の全てが笑顔だ。
爽やかな曲調。軽やかなステップ。歌が上手い。
だがきつい。
ずっときつい。
なんだこの感情は。
なんだかずっといたたまれない。
彼が歌い出す前から、いや登壇する前からずっといたたまれない。
なんだこれは。
なんだこの近さは。
つらい。
何がつらいのかわからない。
共感性羞恥とも違う。
つらい。
ずっと心のなかで何かを嘆き、よくわからない痛手を負いながら、イベントを最後まで見届け、ぼんやりとしたまま帰宅した。
冷静に今日のことを振り返る。
つらかった。
きつかった。
何がそんなにきつかったのか?
2週間ほど前。巨大な会場で、偉大な先輩たちとともに煌びやかな衣装でたくさんの照明と数万人の歓声を浴びて歌って踊る彼らを見た。
スタンド前方席で視力1.5の私でも肉眼では豆粒くらいにしか見えなかったが、それでも夢のような時間だった。
オーディション中は横並びで、彼もそうなり得た人であったはずが、結果によって片や数万人規模、片や田舎の特設ステージで無料イベントである。
この現場がどちらも映像で見たものであったなら、私と彼らの距離は全て「画面越し」で同等であったはずだ。
もちろん実際に触れ合える距離感を楽しみ、だからこそ応援したくなるというファンもいるだろう。そういう楽しみもあるだろう。
勝手にこんな気持ちになっている私の方に問題があり、本当に失礼極まりない感情である。
彼が悪いわけではないし、ファンやイベントを非難する気もない。彼は美しかった。
私自身が「選ばれない側」「持っていない側」の人間であるため、勝手に投影して勝手に落差に傷ついてしまった。
成功とは何か、幸せとは何か、人の数だけ答えはあり、個人のそれらは他人から推し量ることはできないしするものでもない。
ならば私が願うことは、美しい微笑みが崩れることなく、いつまでも幸福であって欲しいということだけだ。
監視資本主義(SurveillanceCapitalism)の定義と具体例を整理した上で、AIとの関係性およびそれがもたらす脅威について詳しく解説します。
監視資本主義におけるAIは、「デジタルな鏡」のようなものです。しかし、その鏡はあなたの姿を映すためではなく、あなたが次にどこへ歩くべきかを鏡の中に映し出し、あなた自身が自分の意志で歩いていると錯覚させながら、実際には鏡の持ち主が望む方向へあなたを歩かせるために存在しています。
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監視資本主義が、世界中の人々の行動を記録し誘導する「巨大なデジタルダム」を建設したとすれば、「技術を持つ個人」は、そのダムの管理システムに密かに侵入し、自分専用の隠し水路(バックドア)を作って、自分の畑だけに水を引くようなものです。ダムそのものを支配することはできなくても、その「膨大な資源(データと影響力)を掠め取る」ことは可能なのです。
監視資本主義とは、社会学者ショショナ・ズボフによって定義された「人間の経験を、抽出・予測・販売という隠れた商業的実践のための『無料の原材料』として私物化する、新しい経済秩序」のことです。
このシステムは、従来の産業資本主義が自然を搾取(Nature→環境変動)したのに対し、「人間性」を搾取(HumanNature→?)の対象とします。その中心的なメカニズムは以下の3つの要素で構成されています。
サービスの改善に最低限必要なデータを超えて収集される、ユーザーのクリック、検索履歴、位置情報、滞在時間、さらにはカーソルの迷いといった膨大な「デジタルの屑」を指します。
AIが行動剰余を解析し、その個人が「次に何をするか」を高い確率で予測するモデルを作成します。
これらの予測製品が、広告主、保険会社、政治団体などの「未来の行動を買いたい」顧客に売買される市場です。
GoogleやMeta(Facebook)はこのモデルの先駆者であり、ユーザーが「無料」でサービスを利用する代わりに、その「一挙手一投足」をデータとして抽出しています。
2016年のトランプ大統領選挙では、Facebookから取得した行動データに基づき、有権者の心理状態に合わせて個別に最適化された広告を配信することで、人々の信念形成を「操作」しようとしました。
単なるゲームではなく、プレイヤーを物理的な世界の特定の店舗や場所(収益化ポイント)へと誘導し、行動を「群れ」のように制御する実験的なモデルとしてとらえられます。
ユーザーのタイピングの癖からメンタルヘルスの状態(抑うつ傾向など)をリモートで検出するAI技術など、自己さえも気づかない微細な変化が監視の対象となります。
カナダの企業の86%が、「不適切なソーシャルメディアの投稿」を理由に従業員を解雇すると回答しており、AIによるシステム的な監視が「自由な時間」の概念を侵害しています。
Uberなどのプラットフォームは、アルゴリズムを用いて労働者のパフォーマンスを分単位で監視し、給与や仕事の割り当てを決定することで、労働者を情報非対称性の下に置いています。
AIを用いた監視資本主義は、民主主義に不可欠な2つのリソースを奪います。
一つは「自由な時間」です。これは単なる余暇ではなく、「システムによる監視から解放され、自律的に政治的行為を行える時間」を指しますが、AIによる24時間の監視がこれを不可能にします。
もう一つは「認識論的リソース」です。何が真実かを判断するための情報が、テック企業のアルゴリズム(ブラックボックス)によって私物化され、公共の透明性が失われています。
AIは単に予測するだけでなく、「ナッジ(誘導)」や「へーディング(追い込み)」を通じて、人々の行動を気づかないうちに修正します。ズボフはこの力を「道具主義者の権力」と呼びました。これは武力による強制ではなく、デジタル環境自体を書き換えることで、人間を「予測可能な機械」へと変質させようとする試みです。
監視資本主義下のAIアライメント(調整)は、特定の利益(利益最大化や技術官僚的な安定)に沿った情報のみを「安全」として提示します。その結果、特定の政治的視点が「事実」として固定され、それ以外のオルタナティブな思考が、検索結果やAIの回答から排除(フィルタリング)される「認識論的独占文化(Epistemic Monoculture)」が生じます。これは、ハナ・アーレントが警告した「事実と虚構の区別がつかなくなる」全体主義的な状況を、AIが自動化していることを意味します。
監視資本主義が最終的に人間の自由の終わりを画策していると警告することができます。
•予測可能性の追求:監視資本主義の論理では、予測不可能な行動は「失われた収益」を意味します。そのため、自律的な個人を、プログラム可能で制御可能な「機械人間」へと置き換えることを目指します。
•AI帝国: このシステムは国家の境界を越え、デジタルインフラを介して「何が検索可能で、何が言えるか、何が考えられるか」を規定する、脱領土化された「AI帝国」を構築しています。
しかし、その「流用」の形は、システムを根底から支配する巨大企業(監視資本家)とは異なり、既存のインフラやAIの特性を突いた、より局所的、あるいは攻撃的なものとなります。
監視資本主義が生み出した最大の成果物は、個人の未来の行動を予測する「予測製品」です。資料によれば、これらの予測データは「行動先物市場」において、広告主や保険会社だけでなく、「人々の行動を知り、影響を与えたいと考えるあらゆるアクター」に販売されています。
•技術を持つ個人が、これらのAPIやデータアクセス権を流用することで、特定のターゲット層の心理を突き、自身の利益(詐欺的行為、特定の商品の販売、政治的誘導など)に結びつけることが可能です。
個人の利益や目的のために、AIを用いた「増幅ボット(Amplifiers)」や「減衰ボット(Dampeners)」を運用することができます。
• 増幅:自分の利益にかなう意見や商品を、大量のボットを使ってあたかも大衆の合意(コンセンサス)があるかのように見せかけます。
• 減衰: 競合他社や反対意見に対し、「ハラスメント」や「大量の否定的レスポンス」を浴びせることで、その声をかき消し、市場や議論の場から排除します。 これにより、個人がデジタル空間における「認識論的権威」を偽装し、利益を誘導することが可能になります。
高度な技術を持つ個人や「組織」は、AIの学習プロセスを悪用して、特定の条件下で動作する「バックドア」を仕込むことができます。
•特定のトリガー(例:特定の年になる、特定のキーワードが含まれる)が与えられた時だけ、悪意あるコード(SQLインジェクションなど)を生成したり、有害な振る舞いをしたりするモデルが作成可能です。
• これは、一見安全に見えるAIツールを配布し、後から自分の利益のためにシステムを侵害する「トロイの木馬」的な流用法です。
技術力があれば、AIの評価テストを欺くことも可能です。資料では、AIが自分の能力を意図的に低く見せる「サンドバッギング(Sandbagging)」という戦略が紹介されています。
•個人が開発したAIが規制や安全審査を受ける際、意図的に危険な能力(サイバー攻撃の手法など)を隠蔽し、審査を通過させた後にその機能を解禁して、不正な利益を得るために使用するリスクが指摘されています。
ただし、個人が監視資本主義を流用するにあたっては、決定的な制約もあります。
•インフラの独占:監視資本主義の基盤となる「膨大なデータセット」や「高額な計算インフラ」は、GoogleやMetaなどの巨大テック企業や情報機関が独占しており、これらは「ほぼすべての他のアクターの手の届かないところ」にあります。
• そのため、個人ができることは、巨大企業が構築した「監視の網」の上で、その隙間を突いたり、提供されているツールを悪用したりすることに限定されがちです。
「技術を持つ個人」は、AIの欺瞞能力(おべっか使いの回答や戦略的隠蔽)を利用したり、ボットによる情報操作を行ったりすることで、監視資本主義の動向を自身の利益のために「ハック」することは可能です。しかし、システムそのものの「所有権」や「学習の分断を決定する権限」は依然として巨大な技術官僚(テクノクラート)の手に握られています。
情報収集や普及を特定の企業に委ねるのではなく、公共の利益に基づいた管理(デ・プライバタイゼーション)を行う必要があります。
注目を集めるためではなく、真実や信頼性に基づいて情報の流れを制御する、公的に規制された機関の設立が必要です。
合意された真実を確認する「通常レイヤー」と、既存の枠組みを疑い革新を守る「ポスト通常レイヤー」を分けることで、認識論的な多様性を確保する技術的アプローチも検討できます。
参考文献
Black, A. (2025).AI and Democratic Equality: How SurveillanceCapitalism and Computational Propaganda Threaten Democracy.
Michels, J. D. (2025). Ruleby Technocratic Mind Control:AI Alignmentis a GlobalPsy-Op.
[B! 増田] 配信禁止されたせいで俺のFGOが終わってしまった
俺は無理だぞ。
元増田が動画勢になるのも納得というか、どっちかというと「2025年にこのゲームを自分でプレイしてるやつの方が狂気」と感じてしまう。
今の時代にプレイ出来る最低ラインはメギンド72ぐらいからで、それより下のゲームはもうプレイするだけ人生の無駄すぎるだろ。
娯楽が充実しきってるこの時代にキャラ3人しかいない旧世代ソシャゲRPGをやるとか理解不能。
単純に面白いかつまらないかで終わらずオートやスキップさえ搭載されてないのがマジで終わってると思う。
・オートやスキップがついてて
「この部分でこの国はこうなのに日本はこう」の具体的比較が一切ないし
それを求められるたびに遁辞や不貞腐れたレスポンスが出てくる)
マジでこんなんで講評が欲しいの?
①
・便利なものが溢れてる
全体的な設計思想がない、
ここでいう「全体的な設計思想」とは具体的にはどのようなものか。
を例に論じよ。
②
ここで言う未来とは具体的には何か。
また日本の「無思考」はいつから始まったと考えるか根拠を添えて述べよ。
③
医療保険の制度は徴収した保険金だけでは足りず、巨額の税金によって賄われる。高額治療の必要な貧乏人の多くは基本的に老人である。福祉に巨額の税金を投入することとは、その分、産業発展などに使える金額が小さくなることも意味しており、見えない代償が発生している。そこも視野に入れての「貧乏人も高額治療を受けられる日本は素晴らしい」ならば、何を優先するかという価値観の話なので間違ってないと思う。ただ、科学の基礎研究や産業発展のために巨額の税金を投入する政治的選択をすることもまた悪い選択というわけではない。長所と短所を比較して真に選んだのならばどちらも間違いではない。価値観の話だし。他国の他人の価値観や政治的選択に対して、リスペクトが足りないと思う。
それは今更鼻息荒く10行書かんでも近年人口に膾炙してるし賛同者は多い。
終わってるとか終わってないとかいうエモーショナルな話なのか?
④
・卑屈になった〜
よく分からないのでノーコメント。具体的に何の話なのか?本当にバカにされてるのか?日本にもヤバいやつがいるように、他の国にもヤバいやつがいる。人間にはヤバいやつがいる。それと国に対する批判の関係性はわからない。日本は悪い国だと卑屈になっていたことが理由で学校でイジメに遭ったけど我慢した人がいたのだろうか?論理が飛躍しすぎている。海外の人にバカにされる以外の問題でもそもそも最初から物事に声をあげない民族の気がする
内容がなさ過ぎて読むのが苦痛
まとめると
こんなおつむで高額な飛行機代使って何やってるのか非常に疑問
こんなフワフワ比較しか提出できないなら異国の土踏んだ値打ちはなんなのかわからん
余裕で赤点です
・大きい声ですみません!
これ以外とできてない人多い、ビビって小さい声になったり、俺は悪くないっすポジション取りで全くあやまらないとか
・レスポンスは早く
チャット、電話、いいから早く返事しろ!忙しいふりするなばか!
本当に忙しければ「今から○○なので取り急ぎの返信ですみません、ーーです!!あとでまた連絡します!」くらいで返せばか!
・うそをつかない
ミスった時に言い訳っぽく言ったり、微妙に正しくない報告をしたりしてうそをつくな!
全部正直に言え!どうせ怒られるのは変わらないんだから!
ほんでお前はばかなんだから嘘をついたところであとでボロがでるからやめとけ!正直に言ったほうがコスパが良い
目上の人にたまにタメ口を聞く
よく笑う
嬉しいときは1.5倍くらいでちゃんと感情を口に出す「嬉しいです!」「美味しいです!」「やったラッキー!」
おわり
マニュアル車とオートマチック車にはそれぞれ特徴があります。マニュアル車はギアチェンジを完全にドライバーが制御できるため、よりレスポンスが良く燃費が良いとよく言われます。
一方、オートマチック車は特に渋滞時の運転においてより快適です。ドライバーはクラッチを踏んだり手動でギアチェンジしたりする手間が省けます。
マニュアル車とオートマチック車の選択は、ニーズ、道路状況、そして運転者の快適性に合わせて行うべきです。
https://registry.scalar.com/@vntot/apis/xemhoangtuquy4k/
https://registry.scalar.com/@vntot/apis/phimhoangtuquymotchill/
>そもそもサトゥールンのエンジン自体が吹き上がりおっそいカスで有名なんだよ
WS-10はサトゥールンベースじゃなくて、アメリカのCFM56-3ベースなんよね
サトゥールンの推力制御装置は参考になってるけど
はてな匿名ダイアリーがどういう意図で開発されたとしても、結局はどのように使用されているかが重要です。
個人的に観測している範囲では、(自覚的であれ無自覚的であれ)読み手からレスポンスを求める文章がちらほら見受けられます。
そのような文章の是非についてはなにも言いませんし、そもそも言えるものではありません。
ただ、読み手からの反応を期待する文章のなかには読み手に特定の感情を呼び起こさせることを企図したものがあります。
いわゆるアジテーションです。
書き手はアジテーションのつもりはなくとも、そのような機能を持っているのであれば、それはアジテーションでしょう。
メディアはオールドメディアとソーシャルメディアに分化し、だれでも大衆(マス)に呼びかけることが可能になりました。
つまり私たちの接する情報には、思想宣伝的ないし情報工作的なものが(正確な割合はわかりませんが)いくらか含まれている、ということになります。
なぜなら、情報について利害を有しているのは会社や政党のような法人だけではないからです。無数の個人も利害関係者であり、先述したようにその個人もメディアに参入できるようになったのが現代です。
言わずもがな、発信される情報というのは本質からして思想宣伝的であったり情報工作的であったりします。しかし、ここで言っているのはあきらかにそのような効果がある文章です。
さて、長々と書いてきましたが、結局のところ私がなにを申しあげたいのかというと、やはりここにもアジテーション的な文章はあるのではないか、と半ば自問自答的に述べたかっただけなのです。
それならチラシの裏にでも書いておけばいいじゃないか、とお言葉をいただくことは私にも想像できます。想像できるのですが、
自明に思えることを確認する作業というのは、人間の営みにおいて重要な意味を持ちます。むろん私のしたことは重要であると主張したいわけではありません。
ただ、文章というものの機能の一つに、情報もしくは思考の共有がありますので、そのような用途で文章を書くことができればと思った次第です。
中国のWS-10エンジンのレスポンス(応答性)に関する具体的な数値(秒数など)は公開されていません。
しかし、初期のバージョン(WS-10A)は、ロシアの同等エンジンであるAL-31と比較して、推力を発生させるまでに「遥かに長い時間」を要したと報告されています。
これは、初期のWS-10Aがロシア製エンジンに比べて技術的に未熟であったことを示唆しており、当時の中国航空産業の課題を反映していました。
しかし、その後の改良型(WS-10B、WS-10Cなど)では、材料の改善や新しいコンポーネントの導入により、性能と信頼性が大幅に向上しているとされています。
最新のバリアントは西側の同等エンジンに匹敵する性能パラメーターを備えていると評価されており、応答性も改善されていると考えられますが、詳細なデータは機密情報のため不明です。
あーこれ?